バウアー&デームス/「冬の旅」(2009年11月2日 日経ホール)
第370回日経ミューズサロン
トーマス・バウアー(バリトン)&イェルク・デームス(ピアノ)
~シューベルト 歌曲集「冬の旅」(全曲)~
2009年11月2日(月) 18:30 日経ホール(C列16番)
トーマス・バウアー(Thomas Bauer)(BR)
イェルク・デームス(Jörg Demus)(P)
シューベルト/歌曲集「冬の旅(Winterreise)」(全曲)
おやすみ/風見の旗/凍る涙/氷結/菩提樹/あふれる水流/川の上/回想/鬼火/休息/春の夢/孤独
~休憩~
郵便馬車/白髪/からす/最後の希望/村で/嵐の朝/まぼろし/道しるべ/宿屋/勇気/幻の太陽/辻音楽師
~アンコール~
シューベルト/音楽に寄せて(An die Musik)
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大手町にある日経ホールに出かけたのははじめてである。
ふかふかで幅も広めのシートは座り心地がよく、前の席から簡易テーブルも引き出すことが出来る仕組みになっているのは多目的な使用を念頭に置いているのだろうか(テーブルは使用不可の旨アナウンスが流れていたが)。
このホールで、最近頭角をあらわしているバリトン歌手トーマス・E.バウアーの「冬の旅」を聴いた。
彼は普段は夫人のピアニスト、ウタ・ヒールシャーとコンビを組んでいるが、今回は80歳を超えてなお精力的な活動を続けているイェルク・デームスとの共演だった。
「冬の旅」は第1部と第2部に分かれているが、普通は全曲通して演奏される。
しかし、今回は第1部の後に20分間の休憩が入り、ばっさり二分された。
私がこれまで実演で聴いた「冬の旅」で、途中で休憩が入ったのは今回が初めてである。
従って、第12曲「孤独」の後にデームスが立ち上がり、拍手とともに演奏者が退場したのには驚いた。
しかし、個人的にはこれは悪くないのではという気もする。
確かに「冬の旅」の世界を中断なく聴きたい人にとっては途中の分断は有難くないだろうが、70分ほどの間集中力を途切れさせずに聴くのは案外疲れるものである。
今回途中で休憩が入ったことによって、第2部以降もだれることなく集中して聴くことが出来たのは確かだった。
バリトンのトーマス・バウアーはCDですでに多くのリートを聴いていて、ハイバリトンのとても美しい声をもっているという印象を受けていたので、今回はじめて実演を聴けるのを楽しみにしていた。
バウアーは確かにとても美しいドイツ語と歯切れのよいデクラメーションで言葉の一言一言を理想的に発声する。
その点はほかのゲルネやゲンツ、ヘンシェルといった有名どころと比べていささかも遜色ない印象を受ける。
ただ、今回若干風邪気味だったのだろうか、最初から時折声がかすれることがあり、思ったように歌えていないのではという感じを受けた。
それでも音程はほぼ問題なく決めていたのはさすがだと思ったが、CDで聴いた時と比べてかなり思い入れの強いドラマティックな歌唱だったのは意外だった。
もっと理知的にコントロールするイメージをもっていたのだが、この数年で歌へのアプローチも変わったのだろうか。
ボストリッジやゲルネほどではないものの、バウアーもかなり体を動かしながら全身で表現していた。
意外と声色を変えることが多く、それがぴたりとはまる場合と、表面的に響いてしまう場合の差があり、その辺が今後の課題かなと思った。
「辻音楽師」の最後の箇所も本当はじっくりと盛り上げようとしていたようだが、声がついていかなかった感じだ。
身体が楽器の歌手にとって好不調の差は大きい。
次回、絶好調の時の彼の歌唱に接してみたいと思う。
デームスの歌曲演奏は録音だけでなく実演でもこれまでに随分聴いていたことに気付く。
今回は光沢のある薄い金色のようなスーツでお洒落に決めていた。
蓋を全開にしたピアノを弾いたデームスはもはや我が道を行くという感じの演奏ぶりで、決して歌手にとって歌いやすいピアノではなかったと思うが、現代のピアニストにはない独自の趣は確かに感じられた(「最後の希望」の木の葉の描写などは良かった)。
案外音の粒が大きく、歌と対等な関係を築いていたと思う。
だが、かなり大雑把で素っ気無い箇所を聴くと若い頃が懐かしいし、「勇気」のような曲でのテクニックの衰えなどはどうしても年齢を感じざるをえなかった。
テクニック的なものではなく、20世紀中ごろからのピアノ演奏の伝統の生き証人として彼の演奏を聴けることが貴重なのだろう。
あまたの大歌手たちと共演してきたデームスからバウアーも得るところがあったに違いない。
今後のバウアーのますますの飛躍に期待したいものである。
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