フランシスコ・アライサ&ジャン・ルメール/「冬の旅」「詩人の恋」DVD発売

テノールのフランシスコ・アライサ(Francisco Araiza)とピアニストのジャン・ルメール(Jean Lemaire)が共演したシューベルトの「冬の旅」とシューマンの「詩人の恋」の映像がDVDで発売されました。
海外盤なのですが国内再生可能です。
1993年ごろの録画と思われます(正式な収録日は記載されていませんでした)。
私も先日取り寄せたのですが、まだ見ていませんので、後ほど感想を追記したいと思います。
ご興味のある方はAmazonなどで購入可能です。

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フィッシャー=ディースカウのドキュメンタリーDVD「秋の旅」

名バリトン、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925.5.28, Zehlendorf生まれ)が1992年大晦日の公演を最後に歌手活動から引退して随分経った。
かつて歌曲のエンサイクロペディアと言われ、男声で歌えるドイツ歌曲はことごとく歌い尽くした感のある彼だが、リートを歌う後継者たちが続々現れ、「第二のF=ディースカウ」という形容もそろそろ不要になってきたほど、それぞれが自分の個性を発揮しはじめてきた。
そんな中、今一度この歌曲の巨人を振り返り、その偉大さを実感するドキュメンタリーをあらためて見てみた。

ブリュノ・モンサンジョン監督によるF=ディースカウのドキュメンタリーDVD「秋の旅~シューベルト・リサイタル」は、F=ディースカウの過去の貴重な映像と、引退後の長いインタビューが代わる代わる映し出され、それだけで100分を超える長編である。
さらに、1991年5月9日にニュルンベルク市立劇場で行われたシューベルト・リサイタル(ヘルのピアノ共演)の映像もアンコールも含めて23曲収録されており、かつてCDで同じ音源が発売された時には省かれた一部のアンコールも含まれている。
国内ではワーナー・ミュージックから発売され、ドキュメントでは日本語字幕もついている(歌曲演奏では残念ながら字幕なし)。

ドキュメントはシューベルトの歌曲「悲しみ」をニュルンベルクで歌う映像の抜粋で始まる(動画サイトにアップされていました)。

「メランコリックなテキストを歌うことが多かったので陰気なイメージをもたれることが多かったが、実際の私は情熱的な“冒険家”だ」(以下彼の言葉は大意)
「歌手である以前に音楽家 Musiker でありたい」と多才な彼らしいコメント。

そして、「自己評価は徐々に厳しくなる。引退の理由はそこだ。相談はしなかった」と引退について述べる。
1992年12月31日、ヴェルディの「ファルスタッフ」から「この世は道化の世界だ」を歌い、引退するのは今日だと確信したという。

「歌ったオペラの役柄は60、歌曲は3000曲にも及んだ。」
「子供のころは聞こえてくる音を声でまねするのが好きだった。」
「10才ごろには意味も分からずゲーテやシラーの詩を朗読して両親をうるさがらせた。」

1943年1月30日に彼にとって初の公演が行われた。
シューベルトの「冬の旅」を歌ったが、それがナチスの記念公演だったことを知らずに歌い、空襲で中断しながら最後まで歌ったとのこと。

「エミ・ライスナーのコンサートでリートが好きになった。」

初めて練習したのはブラームスの「四つの厳粛な歌」だったそうだ。

「はじめは弱いオーボエみたいな声だったので、響きを広げる訓練をした。」
「戦地で仲間たちのために歌曲を歌ったが何人かは退屈そうにしていたよ。」

そして、オペラ歌手としてのスタートについても語られる。

「市立オペラが「ドン・カルロ」のバリトンを募集していたので応募し、ロドリーゴ役に選ばれた。」
「はじめてヴァーグナーを聴いたのは9才で「ローエングリン」だった。」と言い、ヴァーグナーの音の魔法に魅せられていたという。
「「ファルスタッフ」を歌い、自分と全く違った性格の役を演じられることが分かった。」
「「外套」で今の夫人ユリア・ヴァラディと出会った。」

そして、ライマンの「リア王」を最後に35年に及んだオペラの舞台を降りた。

「シューベルトほど言葉の響きをメロディーで表現した者はいない。」と歌曲の王に最高の賛辞。

共演者たちについて、
「ムーアは最高だった。」
「リヒテルからは強弱の変化のつけ方を学んだ。」と語る。

シューベルトの歌曲「春に」をムーア、サヴァリシュ、リヒテル、ヘルの映像をつなぎ合わせて歌った映像はとても興味深かった。

そして、パーフェクトと謳われた彼の口から「天賦の才などない」と語られる。
「メディアの評価も気になるが、アーティスト自身が一番分かっていることだ。」

「歌手は二度死ぬ。1度目は声の死、2度目は肉体の死だ。」と歌手ならではの意見。
1度目の声の死を迎えて、余生をのんびり過ごしているかと思いきや、モーニカ・ヴォルフ氏によるF=ディースカウのホームページを見る限り、まだまだ隠遁生活には程遠いようだ。
3日前に84歳の誕生日を迎えたF=ディースカウ、いつまでもお元気で!

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クリスタ・ルートヴィヒ生誕80年

メッゾ・ソプラノのクリスタ・ルートヴィヒ(Christa Ludwig: 1928.3.16, Berlin 生まれ)が今年で80歳となった(1928年生まれ説が正しければ)。
1993年から94年にかけて世界中で行われた引退コンサートからすでに10年以上が過ぎ、時の流れの速さを思わずにはいられない。
彼女は1963年にベーム指揮のベルリン・ドイツ・オペラの一員として初来日して「フィデリオ」のレオノーレを歌ったそうだが、その後、1973年の来日予定が流れ、1990年が2回目の来日となり、この時はじめて日本の聴衆の前でリート・リサイタルを披露した。
その翌年はエッシェンバッハ指揮PMFオーケストラとの共演でマーラーの「復活」を歌い、1994年10月に大阪、愛知、東京の3箇所でフェアウェル・コンサートを開いた。
東京公演(NHKホール)はテレビで放映され、私もこの時最初で最後の彼女の実演に接した。

彼女の歌をはじめて聴いたのは、私がクラシックを聴きはじめたばかりの頃、F=ディースカウ&ムーアが演奏した「魔王」の入ったオムニバスのカセットテープを購入した時に遡る。
そのテープにシューベルトの「アヴェ・マリア」を歌う彼女(&ゲイジ)の録音が収められていたのである。
そのカセットにはヴンダーリヒの「ます」や、マティスの「春への憧れ」、シュライアーの「歌の翼に」、さらにディースカウの歌う「カルメン」の闘牛士の歌なども入っていて、今思えば随分豪華な面子によるオムニバス編集だった。
その後、ムーアとの「女の愛と生涯」&ブラームス歌曲集(ムーアは彼女の「甲斐なきセレナーデ」を誉めていた)や、かつてのパートナーだったヴァルター・ベリーとのユーモラス歌曲集、ゲイジとの2枚のシューベルト歌曲集、F=ディースカウ&バレンボイムとのヴォルフ「イタリア歌曲集」、ジェフリー・パーソンズとの歌曲集(ラヴェル「マダガスカル島民の歌」を含む)などいくつもの歌曲の録音を聴き、彼女の歌唱の安定した見事さは私の中で揺ぎないものとなっていった。

Ludwig_spencer_1994ルートヴィヒの80歳を祝って、いくつかの記念CDが出たが、初出音源の2枚組DVDがARTHAUSからリリースされたので購入した(輸入盤)。
1枚目は「冬の旅」全曲、2枚目はシューベルト、マーラー、バーンスタイン、ヴォルフ、シュトラウスの歌曲集で、どちらも1994年にアテネで収録された(制作スタッフの名前もギリシャ人っぽい名前が並んでいる)。
ピアノは日本公演でも共演したチャールズ・スペンサー(Charles Spencer: 1957, Yorkshire, England 生まれ)。
ヤノヴィツ、バルトリ、リポヴシェク、クヴァストホフなどとも共演している著名な歌曲ピアニストである。

まず「冬の旅」を視聴したが、見た感じ、おそらくテレビ放送用のスタジオ録画ではないだろうか。
照明もシックで映像も凝りすぎず、音楽に集中できる理想的な録画と感じた。
彼女の「冬の旅」といえば、往年のソプラノ、ロッテ・レーマン以来久しぶりの女声による全曲録音(DG:1986年12月録音:レヴァインのピアノ)がかつて注目され、その後、ファスベンダー&ライマンや白井光子&ヘルなどの録音が後に続いたのである。
この映像、ルートヴィヒ引退の年の収録の筈なのに、彼女がとても若々しく、声も全く衰えていないのがまず驚異的だった。
1つ1つの言葉や音符をとても丁寧に心をこめて表現する彼女の姿勢にはベテランの慢心は微塵もなく、いつまでも向上心をもって謙虚に作品に接しているのが感じられて素晴らしかった。
彼女の歌唱の一番の特徴は音域を問わず一貫したまろやかな包容力だろう。
「冬の旅」を歌う彼女は主人公の日記を慈愛をもって朗読する母親のような印象だ。
オーソドックスではないかもしれないが、これもまた「冬の旅」の新鮮な解釈である。
自ずと滲み出てくる優しい視線が、厳しい冬の旅に不思議な温かみを与えている。
こういう感触は男声歌手たちの歌唱からは感じられなかったものだ。
また、同じメッゾでも白井光子の厳しい世界とも全く異なる。
酸いも甘いも噛み分けた者による達観した世界という感じだろうか。

スペンサーのピアノは作品の世界にのめりこもうとする意気込みは伝わってくるのだが、神経質で、どうもタッチが荒く、音色もあまり魅力的ではない。
もっと美しい音が出るはずなのにと思えてしまう。
テンポも極端に揺らすが、あまり必然性が感じられない。
多くの歌手たちから信頼されているのだからきっとそれだけの実力は備えているのだろうが、単に私の好みではないだけかもしれない。
だが、様々な作曲家の作品によるヴィーンでのルートヴィヒ・フェアウェル・コンサートの実況CDを聴いた時にはそれほど悪いと思わなかった(それどころかむしろ満足できる演奏だった)。
「冬の旅」という大曲を前に気負いすぎたのだろうか。

このDVDにはボーナスとしてルートヴィヒのヴィーンでのマスタークラスの模様(1999年)が収められているが、こちらもなかなか面白かった。
メッゾソプラノ、テノール、バリトンの3名がそれぞれモーツァルトのオペラ・アリアを歌うのだが、ルートヴィヒはおしゃべり好きな気さくなおばさんといった感じで、早口であれこれ指示を出す。
明らかに突出した才能をもったテノール(Valerij Serkin)に対しては孫を見るような視線で顔をほころばせ、時々「駄目じゃないの」と言わんばかりに彼をぶつ仕草を繰り返しながらも好感をもっているのが明白で微笑ましかった。
彼に対してはレガートが素晴らしいことを誉め(他の2人には「もっとレガートに」と繰り返していた)、歌唱についてではなく、殆ど演技のことを注意していた。

このマスタークラスを見て、彼女の「冬の旅」の魅力の一端に触れた気がする。
彼女の「冬の旅」も確かにレガートに溢れていたのだ。

2枚目のリートリサイタルの映像も早速楽しみたいと思う。

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フリッツ・ヴンダーリヒ/ライフ・アンド・レジェンド:生涯と伝説

Wunderlich_dvd昨年で没後40年だったドイツの名テノール、フリッツ・ヴンダーリヒ(1930.9.26, Kusel - 1966.9.17, Heidelberg)を記念したDVDが海外より1年遅れで国内でも発売された。ヴンダーリヒといえば、多くのオペラファンはタミーノの名演を思い出すであろう。だが彼は、レパートリーは必ずしも多くないもののリートにも積極的に取り組み、特に「詩人の恋」はあまたの名演の中で未だにベスト演奏の1つだと思っている。

これまで録音を通じて彼の美声とみずみずしい表現に接してきたが、今回初めて彼の歌う姿や家族や同僚とのくつろいだ姿が映像で見られ、さらに彼を偲ぶ多くの人(夫人エーファから恩師や同僚、友人)のインタビューも盛り込まれ、35歳の若さで散ったヴンダーリヒを様々な角度から知ることが出来る作品に仕上がっている。

(これから先はネタばれもあるので、まだ知りたくない方は気をつけてください。)

ヴンダーリヒの一見順風満帆に思えるキャリアも実際にはそうでなかったことが語られている。彼は指揮者の父親とヴァイオリニストの母親という音楽一家に生まれるが、ナチスの台頭と共に父親は追いつめられ、最終的には自ら命を絶つ。この時、フリッツはわずか5歳。それ以来女手一つで母親はフリッツたち子供を養い、フリッツも生活費の足しにするためにアコーディオンやピアノ、ホルンを習い、各地の祭りなどで演奏する。フリッツの音楽の才能に気付いた母は、指揮者エメリヒ・スモーラの薦めに従い、彼をフライブルクの音楽学校に入学させる。フリッツは当時ホルンを専攻していたが、最終的には声楽に力を注ぐようになり、入学試験の試験官だった盲目の女性マルガレーテの前でシューベルトの「道しるべ」を歌った。彼女曰く「出来は素晴らしく、情感はたっぷりで温かみがあった」。ヴンダーリヒが彼女に「俗っぽかったか」と尋ね、彼女が「少しね」と答えると、「だから学びたい」と言ったそうだ。他の人のエピソードでもヴンダーリヒは似たようなことを言っており、自分の意欲を積極的にアピールするタイプだったようだ。それは、長く辛い経験をした少年時代があったからこその成功願望だったのかもしれない。

1954年に「魔笛」のタミーノを歌い、その成功により2つの終身雇用の依頼が舞い込む。1つはフライブルクでの主役、もう1つはシュトゥットガルトでの端役で、ヴンダーリヒはシュトゥットガルトを選ぶ。

最初は端役だったが、当初タミーノを歌う予定だったヨーゼフ・トラクセルが機転を利かせ、1959年ヴンダーリヒにタミーノを歌わせる機会を与え、彼の輝かしい道が開かれた。

その後、ベーム指揮で「無口な女」を歌ったり、各地で成功を収め、テレビ出演にも進出し、依頼は殺到した。

ヘルマン・プライとの交友は、エーファ夫人曰く「互いに共鳴しあっていた」。うまが合っていたのだろう。プライによれば、ヴンダーリヒはプライに音楽上のヒントを与え、プライは逆に演技上の助言をしたとのこと。

歌曲のピアニストとしてロルフ・ラインハルトを抜擢して1963年3月にミュンヒェンで催したリサイタルでは、「歌い方がオペラのアリアみたいで、プログラムも単調」との酷評が出て、ヴンダーリヒを悩ませる。その時にプライの助言に従ってフーベルト・ギーゼンの門を叩き、彼との共演が始まった。ギーゼンといくつかの名盤を残して結果的には彼のリート歌手としての成功のきっかけとなったのだろう。F=ディースカウはギーゼンについて辛口のコメントをしているが、テクニックを超えた歌手との相性という意味ではヴンダーリヒとギーゼンは理想的なコンビだったのではないだろうか。

また、彼は成功の裏で心の均衡を自然に求め、自分自身だけの時間を大切にしたそうで、成功した人にしか分からないプレッシャーの大きさがあったのであろう。故郷クーゼルの友人たちとも連絡を取り続け、彼らに支えられてきたと夫人も語っている(友人たちと一緒の映像もある)。

1966年ニューヨークのメトロポリタン歌劇場からのオファーを受け、気乗りのしないままサインすると、出発する前にエディンバラでギーゼンとリサイタルを開き、さらにシュヴァーベンに狩りに出かける。その翌日に出かけた知り合いの館の階段から足をすべらせてそれが原因で35年の生涯を閉じる。この時のことを語る友人ペーター・カーガー氏が涙に声を詰まらせるのに対して、エーファ夫人は事態を受け止めようとしたと冷静に語っているのが好対照だった。

クリスタ・ルートヴィヒやブリギッテ・ファスベンダー、アンネリーゼ・ローテンベルガーといった往年の名歌手がインタビューに応じて、久しぶりに姿を現しているのもとても興味深かったし、現役のトマス・ハンプソンやロランド・ビリャソンがヴンダーリヒを絶賛しているのも今なお彼の名唱が生き続けているのを実感させられた。

さらに特典として、ペルゴレージの歌劇「音楽の先生」、モーツァルトの歌劇「魔笛」、R.シュトラウスの歌曲「舟歌」Op. 17-6、エックの歌劇「サン・ドミンゴの婚約」、チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」の映像で彼の名唱を目にすることが出来る。

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Legendary British Performers

EMI CLASSICSより最近リリースされたDVDを購入した。"Legendary British Performers"と題され、イギリスの名だたる演奏家たちの往年の映像がたっぷり収録されているという記録的にもお宝的価値をもったDVDである。内訳は以下の通り(すべてモノクロ映像)。

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1)ジャクリーン・デュプレ(VLC);イリス・デュプレ(P)[1962年]
メンデルスゾーン/無言歌ニ長調Op. 109
グラナドス(カサド編曲)/ゴイエスカス~間奏曲
サン=サーンス/アレグロ・アパッショナート、ロ短調Op. 43

2)ピーター・ピアーズ(T);ベンジャミン・ブリテン(P);エマニュエル・ハーヴィツ(VLN);セシル・アロノヴィツ(VLA);テレンス・ウェイル(VLC)[1964年]
ブリッジ/行かないで、幸福な日々よ
ブリテン編曲/サリー・ガーデン
民謡/The Shooting of his Dear(無伴奏)
モーツァルト/ピアノ四重奏曲第1番ト短調K. 478~2楽章(Andante)
ブリテン編曲/農場の少年

3)アルフレッド・デラー(CT);マーク・デラー(CT);デズモンド・デュプレ(LUTE, GT)[1972年]
ロセター/What then is love but mourning?(独唱、リュート)
作者不詳/Have you seen but the white lily grow(独唱、リュート)
ブロウ/Ah, Heaven, what is't I hear(二重唱、ギター)
パーセル/Sound the trumpet(二重唱、ギター)

4)ハレ管弦楽団;サー・ジョン・バービローリ(C)[1962年]
ドヴォジャーク/スケルツォ・カプリッチョーソOp. 66

5)ジョン・オグドン(P)[1961年]
リスト/ダンテを読んで

6)ソロモン(P)[1956年]
シューベルト/即興曲変イ長調D899-4

7)デイム・マイラ・ヘス(P)[1954年]
バッハ(ヘス編曲)/主よ、人の望みの喜びよ
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第31番変イ長調Op. 110
バッハ/トッカータ、アダージョとフーガ、ハ長調BWV564~アダージョ

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夭折した天才チェリスト、ジャクリーン・デュプレ(Jacqueline du Pré: 1945.1.26, Oxford, England - 1987.10.19, London)の映像を見るのは今回が初めてだったが、レコードジャケットなどで見慣れた肩まで伸びた長髪ではなく、ショートカットのデュプレが大人びた表情で情熱的に演奏している。ピアニストはジャクリーンの母親のイリス(Iris du Pré: 1924-1985)で、親子の共演により初々しいジャクリーンの若さが引き出ていた。「無言歌」など、ムーアと後にスタジオ録音したものと比べて随分テンポも速く、自由に思ったまま演奏に没頭している様が微笑ましい。

ブリテンを中心としたブロックでは、名パートナー、ピアーズとの歌曲演奏と同時にモーツァルトのピアノ四重奏曲も組み合わせて、ピアニスト、ブリテンをクローズアップしたものとなっていた。ピアーズ&ブリテン・コンビの歌曲演奏は言うまでも無く素晴らしい。切々と訴えかけるようなピアーズの表情豊かな歌と、それを余裕のあるテクニックで変幻自在にサポートする名ピアニスト、ブリテンのコンビネーションは歌曲コンビの一つの理想的な姿を示していた。やはり「サリー・ガーデン」の演奏には胸を打たれた(素敵な編曲と演奏)。モーツァルトはちょっとした気分転換になり、ピアニスト、ブリテンをフィーチャーしたものになっていた。

アルフレッド・デラー(Alfred Deller: 1912.5.31, Margate, UK – 1979.7.16, Bologna, Italy)はカウンターテナーの先駆けともいえる存在で、多くの後継者たちが生まれた現在にあっても大きな敬意を払われるべき偉大な歌手であろう。ひげをはやした容貌でカウンターテナーの繊細な歌を歌う映像を見るのは不思議な感覚ではあったが、確かにパイオニアとしての自負心と自在な表現には惹き込まれるものがあった。細かいところを見れば多少技術的な問題点がないこともなかろうが、この歌手の歌にかける気持ちを聴き取ることの方がずっと意味のあることであろう。後半2曲は息子Markとの二重唱だった。デズモンド・デュプレ(Desmond Dupré: 1916.12.19, London - 1974.8.16, Tonbridge)のひなびたリュートやギターの響きも心地よい。

サー・ジョン・バービローリ(Sir John Giovanni Battista Barbirolli: 1899.12.2 - 1970.7.29)指揮のドヴォジャークのオケ演奏の後は、ジョン・オグドン(John Andrew Howard Ogdon: 1937.1.27, Mansfield Woodhouse, Nottinghamshire – 1989.8.1, London)によるリストの難曲「ダンテを読んで」である。オグドンの演奏は軽快である。リストを弾く時の名人芸的華やかさやきらびやかさの誇示は彼の演奏にはあまりなく、むしろなんでもなくごく当たり前に軽やかに弾き進める。その衒いのなさに大いに好感を持てた。こういうリストの演奏が好きな人も必ずいるはずだ。

続くソロモン(Solomon: 1902.8.9, London - 1988.2.2, London)はシューベルトの「即興曲変イ長調D899-4」を弾いている。ジェラルド・ムーアが自伝の中でソロモンのコンチェルトの演奏を褒め称えていたのを知っていたが、この1曲を聴くだけではこのピアニストの真価が分かったとは言えなかった。下降する右手の細かい音型はあまり粒が揃っているようでもなく、流れを重視しているかのようだ。この頃の演奏ならこういうのもありなのだろう。

最後にこのDVDの目玉とも言うべきデイム・マイラ・ヘス(Dame Myra Hess: 1890.2.25, London - 1965.11.25, London)の演奏が3曲収められている。大変残念なのが、テープの保存状況が最悪だったようで、常に歪んだ音なので、演奏をとても冷静に判断できる状態にはない。ここでは、この偉大な伝説的ピアニストの演奏する姿を味わうことに集中するしかなさそうだ。彼女が編曲したことであまりにも有名なバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」を彼女の映像で見ることが出来るのは大きな収穫である。彼女が醸し出す堂々とした風格は、このバッハの気品にあふれた音楽とぴったり一致していた。

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ジェラルド・ムーア没後20年

イギリスが生んだ歌曲演奏の伝説的ピアニスト、ジェラルド・ムーア(Gerald Moore: 1899.7.30 - 1987.3.13)が亡くなってから今日でちょうど20年が経った。この偉大なピアニストは私がクラシック音楽にのめり込むきっかけを与えてくれた人であり、今でも最も尊敬する音楽家である。

まず、彼の経歴を振り返ってみたい。

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Moore_unashamed_accompanist1899年7月30日:イギリス、ハートフォードシャー州(Hertfordshire)ウォトフォード(Watford)で、3人兄弟の長男として誕生。

幼少時代、ウォトフォード音楽学校(Watford School of Music)でウォリス・バンディー(Wallis Bandey: 1878-?)から最初のピアノのレッスンを受ける。

1913年:家族でカナダのトロントへ移住し、そこでマイクル・ハンバーグ(Michael Hambourg: 1855-1916)にピアノを学び、独奏者、伴奏者として最初のリサイタルを開く。

1919年:イギリスに戻り、マイクル・ハンバーグの息子のマーク・ハンバーグ(Mark Hambourg: 1879-1960)に学ぶ。また、リサイタル・ツアーの伴奏者を引き受ける。

1921年:レコード録音の長いキャリアをHMVで始める(ヴァイオリニストのルネ・シュメー(Renée Chemet: 1888-?)と共演)。

1925年:ムーアが芸・技を彼から学んだと後に述懐したテノール歌手ジョン・コーツ(John Coates: 1865-1941)の伴奏者を始める。

1929年:カナダ人と結婚(3~4年後離婚。後にイーニッド(Enid Kathleen)と再婚)。

1931年:初めてパリで演奏する(ラインホルト・ファン・ヴァーリヒと共演)。

1945年:パブロ・カザルス(Pablo Casals: 1876-1973)と初共演。

1950年3月4日:ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(Victoria de los Angeles: 1923-2005)と彼女のロンドン・デビュー・リサイタルで初共演(ウィグモア・ホール)。

1951年10月:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau: 1925-)と初共演(EMIへの録音:「美しい水車屋の娘」「遥かな恋人に」ほか)。

1965年10~11月:初来日して、日本人歌手たちと共演。公開レッスンも開く。
1965年10月21日(木):中山悌一(BR):シューベルト/「冬の旅」(東京文化会館)
1965年10月22日(金):野崎幸子(MS):モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ワーグナー、ヴォルフ(神奈川県立音楽堂)
1965年10月24日(日):川村英司(BR):ブラームス/「四つの厳粛な歌」;シューマン/「詩人の恋」(日生劇場)
1965年11月1日(月):市来崎(いちきざき)のり子(MS):シューマン、R.シュトラウス他(毎日ホール(大阪))
1965年11月5日(金):佐々木成子(A):シューベルト(イイノホール)
1965年11月9日(火):三宅春恵(S):モンテヴェルディ、カッチーニ、グルック、ヘンデル、シューマン、石井歓、團伊玖磨、ブラームス、R.シュトラウス(東京文化会館(小))
1965年11月11日(木):平田黎子(S);木村宏子(MS);築地利三郎(BSBR):<日本フーゴー・ヴォルフ協会例会>ヴォルフ(虎の門ホール)
1965年11月12日(金):<ジェラルド・ムーア歌曲・伴奏法特別公開レッスン>(第一生命ホール)

1967年2月20日:ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール(Royal Festival Hall)で引退演奏会に出演(シュヴァルツコプフ、デ・ロス・アンヘレス、F=ディースカウが共演)。

1987年3月13日:イギリス、バッキンガムシャー州(Buckinghamshire)ペン(Penn)で就寝中に死去(87歳)。

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次に、ムーアの膨大な共演者リストの一部を。

1)ソプラノ歌手
エリー・アーメリング
イソベル・ベイリー
リーサ・デラ・カーサ
マッティウィルダ・ドッブス
キルステン・フラグスタート
マルタ・フックス
アグネス・ギーベル
リア・ギンスター
エリーザベト・グリュンマー
デイム・ジョーン・ハモンド
エーリカ・ケート
ゼルマ・クルツ
フリーダ・ライダー
アンネリーゼ・ローテンベルガー
ジョーン・サザーランド
エリーザベト・シューマン
エリーザベト・シュヴァルツコプフ
レナータ・スコット
イルムガルト・ゼーフリート
エリサベト・セデルストレム
テレサ・スティッチ=ランドール
デイム・マギー・テイト
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス
ヨー・フィンセント

2)メッゾ・ソプラノ&アルト歌手
デイム・ジャネット・ベイカー
テレサ・ベルガンサ
アストラ・デズモンド
キャスリーン・フェリア
エレーナ・ゲールハルト
エリーザベト・ヘンゲン
クリスタ・ルートヴィヒ
ナン・メリマン
ケルスティン・メイアー
フローラ・ニールセン

3)テノール歌手
ヴィクター・カーン
ジョン・コーツ
カール・エルプ
ニコライ・ゲッダ
ヴェルナー・クレン
ホルスト・R.ラウベンタール
ジョン・マコーマック
ラウリツ・メルヒオル
ヘドル・ナッシュ
ユーリウス・パツァーク
ヘルゲ・ロスヴェンゲ
アクセル・シェッツ
ルードルフ・ショック
ペーター・シュライアー
セット・スヴァンホルム
フェルッチョ・タリアヴィーニ

4)バリトン&バス歌手
ピエール・ベルナック
ヴァルター・ベリー
キム・ボルイ
フョードル・シャリヤピン
ボリス・クリストフ
ピーター・ドーソン
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
ティート・ゴッビ
ロイ・ヘンダーソン
ハンス・ホッター
ゲールハルト・ヒュッシュ
ロバート・アーウィン
ヘルベルト・ヤンセン
アレクサンダー・キプニス
ベンジャミン・ラクソン
ヘルマン・プライ
ティッタ・ルッフォ
ベルナルト・セネルステット
ルートヴィヒ・ヴェーバー

5)管楽器奏者
リチャード・アドニー(FL)
レオン・グーセンス(OB)
ハインリヒ・ゴイザー(CL)
レジナルド・ケル(CL)
ジャーヴァス・ド・ペイアー(CL)
フィリップ・ジョーンズ(TRP)
デニス・ブレイン(HRN)

6)ヴァイオリン奏者
ギラ・ブスタボ
ルネ・シュメー
ミッシャ・エルマン
シモン・ゴルトベルク
アルテュール・グリュミオー
イダ・ヘンデル
ヨセフ・ハッシド
サー・イェフディ・メニューヒン
ナタン・ミルステイン
ヴォルフガング・シュナイダーハン
ヨーゼフ・シゲティ
ティボル・ヴァルガ

7)ヴィオラ奏者
ウィリアム・プリムローズ
バーナード・ショア
ライオネル・ターティス

8)チェロ奏者
パブロ・カザルス
ガスパール・カサド
ジャクリーン・デュ・プレ
エマヌエル・フォイアーマン
ピエール・フルニエ
ビアトリス・ハリソン
アンドレ・ナヴァラ
ヤーノシュ・シュタルケル
ギリェルミーナ・スッジア
ポール・トルトリエ

9)その他
ステュアート・ナッセン(CB)
ダニエル・バレンボイム(P)
ルース・ファーモイ(P)
グレアム・ジョンソン(P)
ラリー・アドラー(Harmonica)

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ムーアの膨大な録音の中にはソロ演奏も少数だが含まれている。私の把握している限りでは以下の通り。

バルトーク/「子供のために」より~第5、7、31、22、13、71、54、42、10、16、1、55、3、30番(HMV: B.9882, B.9883)

バルトーク/「ルーマニアのクリスマス・キャロル」より~第1巻第5&2曲、第2巻第9曲(HMV: B.9883)

バルトーク/「ミクロコスモス」より~第97、128、113、125、130、138、100、139、116、109番(HMV: B.10409, B.10410)

ヘラー/練習曲ホ長調Op. 45-9(HMV: B.9936)

シューベルト(ムーア編)/音楽に寄せてD547(全2節)(HMV: B.9936)

シューベルト(ムーア編)/音楽に寄せてD547(1節のみ)(EMI)(CD化されている)(1967年2月20日ロンドン・ライヴ)

トゥリーナ/「歌の形の詩」より~献呈(EMI)(CD化されている)(ニコライ・ゲッダの歌曲集)

私は「ミクロコスモス」抜粋とヘラーの練習曲を除くすべてを聴くことが出来たが、バルトーク「子供のために」における温かい血の通った演奏は素晴らしかった。引退記念コンサートでの「音楽に寄せて」の染み入るような歌心の豊かさはあらためて言うまでもないだろう。

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ムーアは演奏の手引きから肩の凝らないエッセー、自叙伝まで何冊かの著作を残している。邦訳されているものも多いのでご覧になった方もいらっしゃるだろう。

1)The Unashamed Accompanist (London, 1943, 3/1984) 伴奏者の発言(大島正泰訳:音楽之友社:1959)

2)Singer and Accompanist: The Performance of Fifty Songs (London, 1953, 2/1982) 歌手と伴奏者(大島正泰訳:音楽之友社:1960)

3)Am I Too Loud?: Memoirs of an Accompanist (London, 1962) お耳ざわりですか-ある伴奏者の回想-(萩原和子・本澤尚道共訳:音楽之友社:1982)

4)The Schubert Song Cycles with thoughts on performance (London, 1975) シューベルト三大歌曲集 : 歌い方と伴奏法(竹内ふみ子訳:シンフォニア:1983)

5)Farewell Recital (London, 1978)

6)Poet's love: the Songs and Cycles of Schumann (London, 1981)

7)Furthermoore: Interludes in an Accompanist's Life (London, 1983)

「伴奏者の発言」では伴奏は生まれつきのものではなく、習得できる技術であると言い、その奥義をジャンルごとに説き明かす。
「歌手と伴奏者」では各国の歌曲を50曲とりあげて、主に演奏のヒントを与える。
「お耳ざわりですか」はムーアの自伝で、伴奏者としての道のりを特有のユーモアを交えて著す。シャリヤピンやカザルスなど共演者たちのエピソードも楽しめる。
「シューベルト三大歌曲集」はその名の通り、「美しい水車屋の娘」「冬の旅」「白鳥の歌」の全曲の演奏法を説く。
"Farewell Recital"は、1967年の引退コンサートなど、彼の半生を振り返るエッセイ。
"Poet's love"は所有していないが、「詩人の恋」などシューマンの歌曲について書かれているようだ。
"Furthermoore"もエッセイ集で、23の章から成る。

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ジェラルド・ムーアの演奏と語りを今や映像で見ることが出来る。
N.ゲッダ、T.スティッチ=ランドール、J.サザーランド、E.シュヴァルツコプフ、K.ボルイ、C.ルートヴィヒと共演した"WORLD SINGERS"というDVDには、かつてBBCで放送された歌曲リサイタルがモノクロ映像だがたっぷり収録されている(150分)。手首はやわらかく、上体の動きは必要最低限に留めながら、歌手と息を合わせた妙技を目と耳で味わうことが出来る。

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バーバラ・ボニー&マルコム・マーティノー/シューマン「詩人の恋」と、“北欧の「詩人の恋」”

TDKから「シャトレ座リサイタル」シリーズとして、8枚の歌曲リサイタルDVDが国内リリースされることになった。
ラインナップは、既に発売されているのが「ボニー&マーティノー」「オッター&フォシュベリほか」「マクネアー&ヴィニョールズ」で、これから発売されるのが「バンブリー&ドイチュ」「ロット&G.ジョンソン」「アップショー&カリッシュ」「ボストリッジ&ヴィニョールズ」「ハンプソン&リーガー」である。
実はこのうちマクネアーとアップショー以外の6枚はすでに輸入盤で入手していたのだが(国内盤が出るとは思わなかったので)、演奏だけでなく、歌手とピアニストの充実したコメントも多く収録されており、日本語字幕が欲しいので、買い換えることにした。

第1弾として発売された「ボニー&マーティノー」のDVDを早速見てみた(以下、演奏者のインタビューの内容にも触れているので、ネタバレを望まない方はDVDを視聴した後でご覧になった方がいいかもしれません)。

Bonney_martineau_2001 TDKコア:TDBA-0111
Barbara Bonney(S) Malcolm Martineau(P)
2001年1月31日、パリ、シャトレ座(Châtelet)におけるライヴ収録

●Part 1
シューマン(Schumann: 1810-1856)/歌曲集「詩人の恋」Op.48(全16曲)

●Part 2 : 北欧の「詩人の恋」(A Scandinavian Dichterliebe)
シベリウス(Sibelius: 1865-1957)/三月の雪の上のダイヤOp.36-6
ステンハンマル(Stenhammar: 1871-1927)/バラに寄すOp.8-4
グリーグ(Grieg: 1843-1907)/睡蓮をつけてOp.25-4
ステンハンマル/少女は逢引から戻ったOp.4b-1
シベリウス/迷いOp.17-4
ステンハンマル/アダージョOp.20-5
グリーグ/君を愛すOp.5-3
ステンハンマル/フィルギアOp.16-4
アルヴェーン(Alfvén: 1872-1960)/さあ私の心をあげる
シベリウス/ファースト・キスOp.37-1
ステンハンマル/森で
シューベリ(Sjöberg: 1861-1900)/楽の音
シベリウス/夢だったのかOp.37-4

●アンコール
シューマン/くるみの木Op.25-3
リスト(Liszt: 1811-1886)/僕がまどろむ時N11
アルヴェーン/森は眠っているOp.28-6

バーバラ・ボニーは1956年アメリカ、ニュージャージー州Montclair出身のリリック・ソプラノで、歌曲の録音も数多い。現在はオペラよりもリサイタルに力を入れているようだ。つやのある美声に、若々しい容姿も相まって、人気が高い。

マルコム・マーティノーは1960年イギリスのEdinburgh出身のピアニストで、いまや歌曲演奏の第一人者となった。フェリシティー・ロット、マグダレーナ・コジェナー、トマス・アレンなど膨大な歌手たちから共演を求められている。

「詩人の恋」が男声の専売特許だった時代はいまや過ぎ去った。古くはロッテ・レーマンの録音があるものの、女声がこの歌曲集に進出したのはこの20年ぐらいだろう。ファスベンダー、シェーファーなどがレパートリーにして、ボニーもDECCAにCD録音しているが、今回のマーティノーとの映像はライヴ収録であり、広い会場で客を前にして歌ったものとしてスタジオ録音とは異なるところもあるだろう。ボニーはインタビューの中で19世紀のソプラノ歌手、イェニー・リント(Jenny Lind: 1820-1887:「スウェーデンのナイティンゲール」と呼ばれた歌手)がすでに1850年(「詩人の恋」作曲の10年後)にこの歌曲集を歌っていることを指摘している。
ボニーいわく、新鮮なレパートリーが欲しくなり「詩人の恋」を歌うことにしたが、大切なのは性別ではなく、情熱と純粋な恋心とのこと。低声用に移調した版がいい場合はバリトン譜やテノール譜を使用したと述べ(テノールとソプラノは声の切れ目が違うそうだ)、オリジナルの調の流れにこだわりはないようだ(2度下げた第5曲と原調の第6曲のつながりはやや違和感を感じたが)。

ボニーのドイツ語の発音はごつごつした感じが少なく、流麗に響く。独特の粘りのある発声が時に母音の明暗の区別をぼやかしている印象を受ける箇所がある。若干舌足らずな響きに感じられる箇所もあるものの、総じて模範的な発音なのだろう。

今回ボニーのライヴ歌唱を聴いて、はじめて彼女の声で「詩人の恋」を聴いた時の抵抗感が確実に薄まっているのをはっきりと感じた。慣れというものは不思議なものである。声だけで聴くと、男声の時と異なり、浮世離れした存在、例えば天使が歌っているようなイメージを感じるが、映像で歌っている姿を見ると、彼女が主人公になりきって歌っているのが明らかになる。ヴィブラートをかける時に舌や喉が小刻みに振動するのが見て取れるのも映像ならではだろう(彼女の安定したヴィブラート技術は肉体的鍛錬の賜物なのだろう)。
普段早めのテンポで軽く歌われることの多い第3曲「ばら、ゆり、鳩」では、テンポを抑えてしっとりと歌い、7曲目「恨まないよ」の最後に「Ich grolle nicht(恨まないよ)」と繰り返す箇所は男声で聴くのとは明らかに異なる印象を受ける(言葉で形容するのは難しいが)。12曲目「明るい夏の朝」最後の「trauriger, blasser Mann(悲しみ青ざめた方)」を重く、抑えた声の色に変えたのが印象的だ。最終曲「昔の忌まわしい歌々」は低音箇所も多いが、野太い声を厭わず使って、声質とのギャップを効果的に響かせている。ボニーの歌声は濃い響きの時と薄い響きの時があるが、ハイネの自嘲的な要素を意図的に描き分けようとしているのかもしれない。

ピアニストのマーティノーは、すでに70回この歌曲集を演奏しているそうで、ハイネの詩はどれも内容が結末で暗転するが、それをピアノ後奏が表現していると語る。例えば第6曲のオルガンを模した後奏の途中で彼がテンポを落とす箇所など、不吉な未来を予感させ、マーティノーの言う「結末の暗転」を演奏に反映させていると言えるだろう。彼の演奏は鋭利さ、切れのよさはあまり感じられないが、余韻に富んだ内的な表現に優れていた。手や体を必要以上に動かさないのも、音楽に集中している様がうかがえて、視覚的にも好ましいと思った。

この歌曲集が本来男声用歌曲であることには変わりないが、女声が進出することによって新たな視点が開けてくるのは意義深いことだろう。バリトンのマティアス・ゲルネがヨーロッパ各地で「女の愛と人生」を歌っているようだが、ボストリッジならともかく、いかついゲルネが歌うとどうなるのか一度聴いてみたいものだ。

ハイネの「詩人の恋」は、繊細で傷つきやすいがゆえにあえて自嘲表現をとることによって、他人から傷つけられる前に予防線を張っているという印象を受けてしまうのだが、後半のボニーが選んだ北欧歌曲にそのような要素はないようだ(私は北欧の言葉を全く解さないので、あくまで日本語字幕を読む限りだが)。
ボニーは“北欧の「詩人の恋」”というテーマで選曲した経緯について語っている。それによると、当初はステンハンマルとシベリウスだけを歌うつもりだったが、それだと重くなってしまうので、他の作曲家の作品も組み合わせて、「詩人の恋」と対になるようにしたとのこと。連続性を狙い、調も揃え、退屈しないようにテンポも工夫したそうだ。そうして形成されたボニーによるツィクルスは、シベリウス、ステンハンマル、グリーグ、アルヴェーン、シューベリの5人による13曲になった。

ツィクルス冒頭に置かれたシベリウスの「三月の雪の上のダイヤ」は、太陽の光に映える雪をダイヤにたとえているのだろうか。
続くステンハンマルの「バラに寄す」は、このボニーによるツィクルス中でもとりわけ美しい小品で、民族色を感じさせる印象的なピアノ前奏の後、バラをあげる人は誰もいない、母も姉も弟も、そして恋人も…と歌われる。ドイツリートでも似たような内容の詩は見られるが、民謡的な素朴な詩にもの哀しい歌が印象的に響き、胸を打たれた。
次のグリーグのイプセンの詩による「睡蓮をつけて」は歌い始めを先取りした短いピアノ前奏で始まり、マリーという娘に語りかける内容である(母親の言葉なのか、彼氏の言葉なのか、よく分からないが)。「白い翼のついた花」と形容される睡蓮のうしろで水の精が寝たふりをしているという忠告めいた内容のようだ。はじめの楽節が最後に再び繰り返される。繊細で静かな「バラに寄す」の次に、この細かい動きの曲をもってきて、ボニーの言っていた「退屈しないようにテンポも工夫した」一例であろう。彼女の弱声が光っていた。
ステンハンマル「少女は逢引から戻った」はもの哀しい前奏で始まる。逢引から帰ってきた娘と母親との対話の形をとり、「どうして手が赤いの?」-「バラのとげが刺さったの」、「どうして唇が赤いの?」-「野いちごの汁が付いたから」と母親の追究を交わそうとするが、「どうして頬が青ざめているの?」と聞かれ、とうとう真実を明かすというもの。これも似たような内容の詩をほかに見出せるだろう。ボニーが後奏で見せる悲痛な顔の表現は、歌っていない時でも表現が続いていることを思い起こさせられる。
シベリウスの「迷い」は道にはぐれて2人きりになった時に相手を意識し始めて「あなたの輝くような微笑には聖人でも抗えないでしょう」と軽快にユーモラスに歌った短い作品。前の深刻な曲とよいコントラストを成している。
ステンハンマルの「アダージョ」は「水が揺れ、風が戯れる」と始まり、自然の情景が静かに描写され、「白鳥の歌」伝説も織り込みながら、「いないのはお前だけ」と歌われる。辛い人生を歩み、物乞いとなった今も恋人のもとに行くことを望むという内容。ゆりかごのようなリズムがピアノに一貫して流れている。
グリーグの「君を愛す」は今回の北欧歌曲の中でも最も有名な作品だろう。「私の真の想いは君だけ」と歌う熱烈なラヴ・ソング。ボニーはテンポをたっぷり揺らして、想いを込めて歌っている。
ステンハンマルの「フィルギア」は慰めの守り神フィルギアへの呼びかけの形をとる。昼間の苦しみを、夜に現れる「美を追い求める乙女」が忘れさせてくれると歌われる。細かく劇的なピアノに乗って激しく歌われる。
次にアルヴェーンという作曲家の作品が続く。ボニーいわく、アルヴェーンはスウェーデンの重要な作曲家で、ステンハンマルよりも人気があったとのこと。彼の歌は庶民的で流行歌のようなもので、分かりやすく美しいと語る。マーティノーも、彼の歌曲はポップスのようで、単純だが心を打つと述べる。「さあ私の心をあげる」はゆったりとしたテンポで、恋を知った女性が、私の心はもうあなたのものと歌う。
シベリウスの「ファースト・キス」は歌声部を先取りした、暗く憂鬱な前奏で始まる。宵の星に娘が語りかける形をとり、シベリウスらしい暗い曲調が感動的な曲。
ボニーが「スウェーデン最大の作曲家」と評するステンハンマルの「森で」は、ボニーによれば「北欧の最も完璧な歌曲と言う人が多い」とのこと。蘭("nattviol"はドイツ語の"Nachtviole"とは別の花らしい)やつぐみを称え、彼らに心の苦しみを訴える。森のざわめきや風のそよぎを思わせる繊細なピアノの上で美しく歌われる。
シューベリの「楽の音」はユッシ・ビョルリングがよく歌ったそうで、昼間の喧騒に苦しんだ心が音楽に癒されると歌われる。
“北欧の「詩人の恋」”を締めくくるのは、シベリウスの「夢だったのか」。過去の恋を回想し、あれは夢だったのかと自問する。ボニーは低音のドスの利いた響きから高音のクライマックスまで、シベリウスの音楽の魅力を表現し尽くした。マーティノーはこの曲について「伴奏と声が別に動く。対比による効果を狙ったのでしょう」と語る。よく考え抜かれた音で繊細、かつ重厚な響きを聴かせていた。
恋の思い出を夢の中に封じ込めて、ボニーのツィクルスは終わる。シューマン&ハイネの世界と厳密に対応したものではないが、多面的な恋の曲を組み合わせて、北欧歌曲の幅と奥行きを聴き手に印象づけることには成功しているのではないか。彼女の選曲のセンスは賞賛に値するだろう。
アンコールはシューマンのこの上なくロマンティックな「くるみの木」、このコンサート唯一のフランス語によるリストの「僕がまどろむ時(夢に来ませ)」。そして最後はアルヴェーンの「森は眠っている」という歌曲。六月の夜(「六月」を歌った歌は珍しいのではないか)に森の中で眠る彼女の傍らにいる幸せを歌っている。神秘的な美しい作品で、R.シュトラウスやマルクスを思わせる。恋する女性の笑い声を模すピアノの描写が印象的。

男声ばかりの「詩人の恋」に新風を吹き込む歌唱と、北欧のほの暗く、心を揺り動かされるような作品、演奏を堪能できる、充実したリーダーアーベントだった。

※DVDの訳詩(黒田享氏による)を参考にさせていただきました。

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フィッシャー=ディースカウの誕生日

今日は、引退して久しいバリトン歌手、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau:1925年5月28日Zehlendorf生まれ)の81回目の誕生日である。この不世出の大歌手ほどドイツ歌曲を網羅的に高い技術と音楽性で聴かせてくれた歌手はほかにいないであろう。いろいろな歌手で1つの曲を聴き比べてみると、いかに彼が飛び抜けた存在であるのか気付かないわけにはいかない。幸運にも舞台での演奏に何度か接することが出来たが、まずその声量の豊かさに驚かされた。どんな単語もくっきりと聴こえてくるのは、大ホールでも楽に届くボリュームによるところが多いのだろう。1980年代になると声は衰えを隠せなくなったが、レパートリーの意欲的な開拓は以前にも増して積極的になり、彼の録音でないと聴けない曲の多さは際立っていた。ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームス、ヴォルフ、R.シュトラウスの男声歌曲のほとんどは彼の万全な歌唱によって歌曲ファンを喜ばせてくれた。そんなF=ディースカウの珍しい映像を収録したDVDをご紹介したい。

The Art of Dietrich Fischer-Dieskau

(Deutsche Grammophon:B0004493-09)

DVD 1 - THE OPERA SINGER

モーツァルト/「フィガロの結婚」より(アルマヴィーヴァ伯爵:1975年録画);「ドン・ジョヴァンニ」より(ドン・ジョヴァンニ:1961年録画)

プッチーニ/「外套」より(マルセル:1974年録画)

R.シュトラウス/「影のない女」より(バラク:1963年録画);「アラベラ」より(マンドリカ:1960年録画)

ライマン/「リア王」より(リア王:1982年録画)

DVD 2 - MASTER OF THE LIED

ベートーヴェン/アデライーデOp. 46;うずらの鳴き声WoO. 129

シューベルト/月に寄せてD. 259;ブルックにてD. 853;星D. 939;春にD. 882;漁師の娘D. 957-10

シューマン/あなたは花のようOp. 25-24;ミルテとばらでOp. 24-9;月の夜Op. 39-5;献呈Op. 25-1;はじめての緑Op. 35-4;俺はひとりで座るとOp. 25-5;置くな、がさつ者よ、甕をそんなに乱暴にはOp. 25-6

ブラームス/航海Op. 96-4;セレナーデOp. 106-1;なんとあなたは、わが女王よOp. 32-9

ヴォルフ/旅路で;一年中、春;散歩;天才のふるまい;亡き母上に祝福あれ;心よ、すぐに落ち込むことはない

R.シュトラウス/見つけたOp. 56-1;明日!Op. 27-4;娘よ、なんの役に立つというのかOp. 19-1

以上、Wolfgang Sawallisch(P):1974年8月Berlin録画

マーラー/「子供の死の歌(亡き子をしのぶ歌)」(いま太陽はかくも明るく昇ろうとしている;いまや私にはよく分かる;おまえのお母さんが扉から入ってくるとき;何度も思うのだ、彼らはただ出かけただけなのだと;こんな悪天候に!)

Radio-Symphonie-Orchester Berlin;Lorin Maazel(C):1968年Berlin録画

F=ディースカウは歌曲の膨大な録音を残しているわりには映像で現在見ることが出来るものは少ない。その意味でヴォルフガング・サヴァリシュとの共演による歌曲の映像はとても貴重である。彼はサヴァリシュと1974年にこの録画をした際、プフィッツナー、マーラー、シュヴァルツ=シリングも演奏しているらしいのだが、今回のDVDからは残念ながら省かれている。ここで選ばれた作曲家は歌曲の重要な作曲家を古い方から順に並べて、歌曲の大ざっぱな流れをつかめるようによく考えられているように思う。概して明るい曲調のものが選ばれ、その中で動きのあるものと静かなものが交互に置かれて変化がつけられている。F=ディースカウはこの頃、ちょうどシューマン歌曲全集の録音に取り組んでおり、声は衰えをまだ少しも見せていない時期だが、いくぶん声が渋くなり、テノラールと評されてきたハイバリトンは重みを増している。このDVDはF=ディースカウとサヴァリシュの演奏を楽しむにはいささかの問題もなく、素晴らしく自在な表現を堪能できる。ただ、問題なのは映像の演出で、とにかく歌手とピアニストをめまぐるしく交互に写すため、落ち着かず演奏に集中できないのである。歌とピアノを対等に撮ろうとしたアイディアなのかもしれないが、あまりにもこまぎれの映像が連続して、見ているだけで疲れてしまう。演出に懲り過ぎるのもどうだろうかと考えさせられた映像であった。

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若かりしジェラール・スゼー

フランスの名バリトン、ジェラール・スゼー(Gérard Souzay:1918年12月8日 Angers−2004年8月17日 Antibes)が85歳で亡くなってからもう1年半が経とうとしている。月日の流れは無情にも亡き人を忘却の彼方に追いやろうとする。しかし、昨年末頃に発売された"THE ART OF GÉRARD SOUZAY"というアメリカのレーベルVAIのDVDは、この不世出の歌手の映像を多面的に集めて、30代から40代の「ビロードの声」を甦らせてくれた。私個人の思い出を振り返っても、1980年代にただ一度だけ実演に接したのみで、彼の歌う姿を目にする機会が殆どなかったので、このカナダのテレビ放送用映像でメフィストーフェレスの真っ黒な扮装をしたり、伊達男ドン・ジョヴァンニの衣装でマンドリン片手に「窓辺においで」を歌ったりするのを見ることが出来るのはとても貴重である。貴公子然としたノーブルな雰囲気がこの歌手の持ち味だったことを強く印象付けられたが、だからこそ目を見開いて歌う悪魔メフィストーフェレスのインパクトは余計に強く感じられた。往年の名ソプラノ、ロッテ・レーマンならずとも「スゼーを聴くためなら世界中どこに出かけるのもいとわない」という気持ちにさせられたファンも多かったのではないか。りりしく舞台映えのする容姿と甘美な声は当時の聴衆を惹き付けてやまなかったであろうことは、この映像を見ただけで容易に想像できる。収録時間は53分なのであっと言う間だが、スゼーの広いレパートリーを概観できる選曲になっている。「月の光に」は「ドドドレミーレードミレレド」の誰でも聞いたことのある曲だが、リュリの作曲ということになっている。ここでは第1節のみ無伴奏でさらりと歌われている。最後の2曲はピアノ共演だが、ボールドウィンはここでは写らず、スゼーのバックに子供たちや自然の風景が映し出されて牧歌的な素朴な雰囲気が演出されていた。特に「バイレロ」では川をはさんだ若い男女の対話が音響的な効果も交えて表情豊かに歌われている。若きボールドウィンの演奏は後年よりも腕の動きが大きいが、そのゆきとどいたタッチのコントロールはすでに非凡さを示している。

(1)1955年2月3日録画:Orchestre de Radio-Canada; Roland Leduc(C)

リュリ/歌劇「アルチェステ」〜Il faut passer(仏)

ドビュッシー/「フランソワ・ヴィヨンの3つのバラード」〜2)ヴィヨンが聖母に祈るために母の願いにより作ったバラード(仏)

ラヴェル/歌曲集「ドゥルシネア姫に思いを寄せるドン・キホーテ」全3曲(ロマネスクな歌/叙事的な歌/乾杯の歌)(仏)

(2)1966年3月3日録画:Dalton Baldwin(P); Orchestre de Radio-Canada; Jean Beaudet(C)

リュリ伝/月の光に(仏)(ア・カペッラ)

ラモー/歌劇「優雅なインドの国々」〜輝く太陽(仏)(オケ)

モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」〜窓辺においで(伊)(オケ)

シューベルト/野ばらD. 257;さすらい人の夜の歌D. 768(独)(ピアノ)

ベルリオーズ/「ファウストの劫罰」Op. 24〜Une puce gentille; Voici des roses; Devant la maison(仏)(オケ)

グノー/おいで芝生は緑(仏)(ピアノ)

デュパルク/悲しい歌(仏)(ピアノ)

フォレ/歌曲集「ある日の詩」Op. 21〜2)いつの日も(仏)(ピアノ)

グルック/歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」〜われエウリディーチェを失えり(仏)(オケ)

民謡/五月の最初の日(仏)(ピアノ)

カントルーブ/民謡集「オヴェルニュの歌、第1集」〜バイレロ(オヴェルニュ地方方言)(ピアノ)

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