アーメリングのEMI録音発売予定!

アーメリング・ファンに朗報!
来年の2月にEMIのICONシリーズの一環としてエリー・アーメリング(Elly Ameling)の録音が8枚組でリリースされるそうだ。
EMIへの録音といえば、
シューベルト歌曲2枚(デームスとゲイジ共演各1枚)、
モーツァルトとシューマン歌曲1枚ずつ(デームス共演)、
サティなどのリサイタル盤(ボールドウィン共演。これは国内でCD化されていた)、
フォーレ、ドビュッシー、プーランクの各歌曲全集(ボールドウィン共演)、
オランダの作曲家ハイヘンスの作品(佐藤豊彦ほか共演)、
マーラーの交響曲第4番のソロ(プレヴィン指揮ピッツバーグ響)、
バッハの宗教曲、カンタータなど数々の名盤が思い出されるが、未CD化の録音も多く、今回の組物CDが待ちに待ったリリースとなる。
さらにEMIのリリースはブックレットに録音データの詳細が記載されるのも楽しみである。
まだ一度もCD化されていないシューマン歌曲集が収録されるとすれば、これまで明記されなかった正確な録音データをようやく知ることが出来るだろう。
収録内容の詳細は今のところ明らかになっていないが、今から来年のリリースが待ちきれない。

ドイツのamazon

ジャケット写真(下の"Coming soon in February 2012"に掲載。この写真は私もはじめて見ました)

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(2011年12月24日追記)

上記のCDの曲目が以下のサイトで判明しました。
 こちら

すでにCDで入手可能だった作品が意外と多く、未CD化だったデームスとのシューマン歌曲集が収録されないのは本当に残念です。
ただ、ゲイジとのシューベルト歌曲集はほとんどが初CD化となり、ドビュッシーとプーランクは歌曲全集中のアーメリング担当分が全曲含まれるので、曲ごとの詳細な録音データが楽しみです。
さらにマリナー指揮のバッハ「結婚カンタータ」ほかは初CD化で、1972年録音という全盛期の歌唱なので、こちらも期待大です。
そのほかにもデームスとのシューベルトの「エレンの歌Ⅰ、Ⅱ」は国内CD化時におそらく収録時間の関係上カットされていたので初CD化となります。
欲を言えば、せっかく組物としてまとめられるのならばフォーレ歌曲全集からもアーメリング担当分を抜粋ではなく全曲収録してほしかったところですが、音源自体はいくらでも他に入手方法があるのでまぁ良しとしましょう。
ICONシリーズの他のアーティストのCDは10枚組というのもあるので、アーメリングも他の作品を追加可能だったと思うのですが、それは次の機会までの楽しみにとっておくことにします。

CD収録曲を「メモ帳」ソフトにまとめましたので、興味のある方は以下のリンク先へどうぞ。
 「ameling_emi_icon_cd.txt」

TOWER RECORDSのサイト
 こちら

HMVのサイト
 こちら

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プライ&ヴァイセンボルン/1963年リーダーアーベントのライヴCD

Hermann Prey Liederabend 1963

Prey_weissenborn_1963_3

EDITION SCHWETZINGER SWR FESTSPIELE
ヘルマン・プライ 1963年リーダーアーベント
シュヴェッツィンゲン音楽祭エディション

hänssler CLASSIC: CD 93.713
録音:1963年5月15日, Schwetzinger Schloss (live)

Hermann Prey(ヘルマン・プライ)(バリトン)
Günther Weißenborn(ギュンター・ヴァイセンボルン)(ピアノ)

Peter Cornelius(コルネリウス: 1824-1874)/Neun geistliche Lieder(9つの宗教歌曲) Op.2(抜粋)
 Vater unser, der du bist im Himmel(天におられる私たちの父よ) Op.2-1
 Zu uns komme dein Reich(あなたの国が私たちへとやって来る) Op.2-3
 Führe uns nicht in Versuchung(私たちを誘惑に導かないでください) Op.2-8
 Erlöse uns von dem Übel(私たちを災いから救ってください) Op.2-9

Hans Pfitzner(プフィッツナー: 1869-1949)
 Im Herbst(秋に) Op.9-3
 In Danzig(ダンツィヒにて) Op.22-1
 Der Kuhne(勇敢な男) Op.9-4
 Der Gärtner(庭師) Op.9-1

Wolfgang Fortner(フォルトナー: 1907-1987)/Vier Gesänge nach Worten von Hölderlin(ヘルダーリンの詞による4つの歌)
 An die Parzen(運命の女神に)
 Hyperions Schicksalslied(ヒュペーリオンの運命の歌)
 Abbitte(謝罪)
 Geh unter, schöne Sonne(沈め、美しい太陽よ)

Johannes Brahms(ブラームス: 1833-1897)
 Dein blaues Auge(あなたの青い瞳) Op.59-8
 Wie Melodien zieht es mir(メロディーのように) Op.105-1
 Die Mainacht(五月の夜) Op.43-2

Richard Strauss(R.シュトラウス: 1864-1949)
 Morgen(明日) Op.27-4
 Befreit(解き放たれて) Op.39-4

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シュヴェッツィンゲン音楽祭のライヴ・シリーズとして、ヘルマン・プライ(1929-1998)の初出音源がhänssler CLASSICから発売された。
共演者がプライ長年の良きパートナーだったギュンター・ヴァイセンボルン(1911-2001)なのも嬉しい。
1963年といえば、プライが初来日した2年後。
初来日時のプログラムに含まれていたフォルトナー作曲の「ヘルダーリンの詩による4つの歌」が聴けるのは貴重である。
当時の実演もこんな風だったかもしれないと想像を巡らせる楽しみ方も出来るだろう。
また、プライは自伝の中でプフィッツナーの歌曲をヴァイセンボルンのおかげで知ったと述べており、それが今回のプログラミングにも反映されているのかもしれない。

プライの来日公演を私は幸いにも1980年代前半から聴くことが出来たが(今となっては懐かしい思い出である)、日本ではもっぱら「冬の旅」や「水車屋の娘」ばかり歌っていて、レパートリー的に若干新鮮味に欠ける印象をもっていた(もちろんプライの意向だけではないだろうが)。
しかし、この1963年のシュヴェッツィンゲン・ライヴのプログラム・ビルディングのなんと魅力的なことか!
コルネリウスもプフィッツナーもフォルトナーも、現代のリーダーアーベントですら決して頻繁に演奏される作曲家ではない。
ドイツ本国とはいえこれらを50年前に立て続けに演奏するということが、興行的にいかに勇気のいることだったかと思わずにはいられない。
しかし、このライヴ録音を聴くと、そういう危惧も無意味なことに思われてくる。
馴染みの薄いレパートリーでさえプライに歌われるとこれほどまでに親しみを増すのである。
当時33歳のプライはあふれるほどの豊潤な美声をもっていた。
惜しげもなく朗々と甘美な声を響かせるここでのプライは、歌を聴くという素朴な喜びを味わわせてくれる。
しかし、20世紀初頭の名歌手たちのような、声をアピールする為の歪曲の類は一切なく、作品への誠実なアプローチがその前提にあるのが素晴らしい。

コルネリウスの4つの歌曲は敬虔な響きながら、プライの歌はどこまでも人の温もりを感じさせる。
一方、プフィッツナーのアイヒェンドルフの詩による名作4曲は、心の深いところをぞくぞくと震わせるような冷たい肌触りの表現が秀逸だった。
フォルトナーの歌曲はヘルダーリンによる愛の表現(愛する対象はディオティーマ(Diotima)と名付けられている)を多彩な音楽で描いていて、なかなか面白い作品がそろっている。
第2曲などはモーツァルトの「トルコ行進曲」付きソナタの1楽章を思い出させるリズムが前半を貫き(アルバン・ベルクにもこのモーツァルトのリズムによる歌曲があったような)、後半は力強く厳格な雰囲気に転じる。
第4曲は非常に美しい作品で、耳に馴染みやすい。
こうした知られざる作品がプライの親しみやすい歌唱でぐっと身近に感じられるのは素晴らしいことだ。
そしてブラームスの旋律美をプライの歌唱で味わえる喜び!
若さゆえの情熱的な盛り上がりもブラームスのラブソングではなかなか聴けないプライならではの魅力である。
「五月の夜」で若干音程があがり切らない箇所があったほかは、絶好調のコンディションと感じられた。
そしてR.シュトラウス「解き放たれて」の最後の長大なフレーズのなんと豊かで素晴らしいことか。
ライヴなので、拍手が完全にカットされているのは惜しい気がする。
拍手が含まれていたならばこの場にいた聴衆の反応も多少は伝わってきただろうに。

ピアニストのギュンター・ヴァイセンボルンは、指揮もこなし、教育者としても優れた後進を生んだ(小林道夫氏もたしかその一人)というから、多才な人だったのだろう。
F=ディースカウやペーター・アンダース、ローテンベルガーなどとの共演でも知られるが、プライ&エルナ・ベルガーと録音したヴォルフの「イタリア歌曲集」はヴァイセンボルンの素晴らしさを味わうことが出来る(YouTubeで聴けます)。
今回のプライとのライヴでも、コルネリウスの単純な和音の連続でさえ繊細な歌心を感じさせるのは豊かな音楽性の証だろう。
プフィッツナーでの聴き手を惹きこむ雰囲気づくりの妙技、ブラームス「五月の夜」での絶妙なテンポの揺らし方、フォルトナーでの多彩な音色など、ヴァイセンボルンのリート解釈の深さとそれを表現する技の見事さをたっぷり堪能した。

このような優れたリートのライヴ録音がさらに発掘されることを願ってやまない。

余談だが、来週はNHK-FMで今年のシュヴェッツィンゲン音楽祭のライヴ録音が放送される予定(19:30~)で、特にソプラノのクリスティーネ・シェーファー・リサイタル(7日)やイモジェン・クーパー等による「ます」五重奏(8日)は楽しみである(音楽祭のサイトで聴ける音源もあるが)。
最近インターネットでも無料でNHKのラジオを聞くことが出来るようになったので、アンテナの具合で雑音が入る心配もなく楽しめるのは有難い。
 こちら(らじる★らじる)

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アーメリングのメサジェ「フォルテュニオ」録音

オランダのバリトン、故ヤン・デルクセンの生誕80周年記念CD"Jan Derksen 80: Un Giubileo Immaginario"が発売された。
6枚組でこの往年の名バリトンの足跡を偲ぶ、デルクセンのファンにはたまらない内容になっているが、実はその中のいくつかでエリー・アーメリングの共演した録音も含まれているのが嬉しい。

モーツァルトの「コジ・ファン・トッッテ」内の三重唱曲"Soave sia il vento"(アーメリングはFiordiligi、デルクセンはAlfonso)や「魔笛」での第一の童子の歌は、他のCDでも聴けるが(この「魔笛」はずっと抜粋盤しか出ていなかったが、今年になってようやく全曲盤がリリースされた)、アンドレ・メサジェのコメディ・リリック「フォルテュニオ」からの抜粋(主役といってもいいJacqueline役)は、これまで聴くことが出来なかったと思われるので、アーメリング・ファンにとっては垂涎物である。
ここで26歳のアーメリングは非常に若々しい美声と細やかな表情で歌っており、非常に魅力的な歌唱だった。

CD全体の内容は以下のリンク先の通り。
 こちら

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André Messager / Fortunio (Excerpts)

van der Geest (Fortunio)
Elly Ameling (Jacqueline)
Jan Derksen (Clavaroche)
Hans Willbrink (Landry)
Jos Burcksen (Maître André)

Omroepkoor
Omroeporkest
Albert Wolff (Conductor)

3 January 1959

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最後にデルクセン・ファンの為に、彼がユベール・スダーン指揮、オランダ放送管弦楽団との共演で歌ったマーラー「さすらう若者(遍歴職人)の歌」全曲の録音(1973年)も含まれていることを記しておこう。

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ゲルネ&シュマルツ/ゲルネ・シューベルト・エディション第5巻「夜と夢」(harmonia mundi)

Nacht und Träume: MATTHIAS GOERNE SCHUBERT EDITION 5
(夜と夢:マティアス・ゲルネ・シューベルト・エディション第5巻)

Goerne_schmalcz_schubert

harmonia mundi: HMC 902063
録音:2008年9月, Teldex Studio Berlin

Matthias Goerne(マティアス・ゲルネ)(baritone)
Alexander Schmalcz(アレクサンダー・シュマルツ)(piano)

1. Nacht und Träume(夜と夢), D827 (Matthäus von Collin) [4:08]

2. Der blinde Knabe(盲目の少年), Op. 101, No. 2, D833 (Jakob Nikolaus Craigher de Jachelutta (nach "Colley Cibber")) [3:19]

3. Hoffnung(希望), Op. 82, No. 2, D637 (Johann Christoph Friedrich von Schiller) [3:37]

4. Totengräber-Weise(墓掘人の歌), D869 (Franz Xaver Freiherr von Schlechta) [4:24]

5. Tiefes Leid(深い苦悩), D876 (Ernst Konrad Friedrich Schulze) [3:22]

6. Greisengesang(老人の歌), Op. 60, No. 1, D778b (Friedrich Rückert) [6:11]

7. Totengräbers Heimweh(墓掘人の郷愁), D842 (Jakob Nikolaus Craigher de Jachelutta) [7:00]

8. An den Mond "Geuss, lieber Mond"(月に寄せて), D193 (Ludwig Christoph Heinrich Hölty) [3:29]

9. Die Mainacht(五月の夜), D194 (Ludwig Christoph Heinrich Hölty) [1:53]

10. An Sylvia(シルヴィアに), Op. 106, No. 4, D891 (William Shakespeare (aus "Two Gentlemen of Verona"); Deutsche Übersetzung: Eduard von Bauernfeld) [3:03]

11. Ständchen "Horch, horch! die Lerch"(セレナード“聞け、聞け!ひばりを”), D889 (Strophe 1 von William Shakespeare (aus "Cymbeline"); Deutsche Übersetzung: August Wilhelm Schlegel. Strophen 2 und 3 von Friedrich Reil) [4:47]

12. Der Schäfer und der Reiter(羊飼いと馬に乗った男), Op. 13, No. 1 D517 (Friedrich Heinrich Karl, Freiherr de la Motte-Fouqué) [3:26]

13. Die Sommernacht(夏の夜), D289 (Friedrich Gottlieb Klopstock) [3:17]

14. Erntelied(収穫の歌), D434 (Ludwig Christoph Heinrich Hölty) [1:57]

15. Herbstlied(秋の歌), D502 (Johann Gaudenz Freiherr von Salis-Seewis) [1:27]

16. Der liebliche Stern(愛らしい星), D861 (Ernst Konrad Friedrich Schulze) [3:01]

17. An die Geliebte(恋人に寄せて), D303 (Josef Ludwig Stoll) [2:10]

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ドイツのバリトン、マティアス・ゲルネによるharmonia mundiレーベルへのシューベルト歌曲シリーズも第5巻を迎えた。
今回は「夜と夢」というタイトルのもとに17曲が歌われている。
毎回変わるピアニスト、今回は頻繁に来日もしているドイツのアレクサンダー・シュマルツである。

横を向いたゲルネが影になって写っているジャケット写真が暗示しているように、今回は「夜」「死」といった重めのテーマを中心にした選曲がなされている。
例えば「夜と夢」「墓掘人の歌」「墓掘人の郷愁」といった死、眠りを暗示させるようなモノトーンな響きは、シューベルト歌曲の中でも重要な意味を占めているであろう。
それに対応するのが“希望”を歌った「希望」「深い苦悩」といった作品で、前者ではシラーらしい理想主義的発想で“内なる声が語るものを希望の心が裏切ることはない”と歌う一方、シュルツェの詩による後者では“いつわりの希望は決して退こうとはしない”と希望が恐怖や苦労を追い払ってはくれないことを悲観的に語る。
しかし、その一方で「五月の夜」「夏の夜」「秋の歌」のような季節感を盛り込んだり、「シルヴィアに」「セレナード(聞け、聞け!ひばりを)」のようなシューベルトの快活な側面を代表する曲を加えたりもしており、ただ沈潜した雰囲気だけで統一しようとはしていないようだ。
だからこそ、重みをもった作品の存在感が際立ってくるともいえるだろうが。

ゲルネのベルベットのようなまろやかな響きはますます磨きがかかり、「夜と夢」などどこまでも心地よく響くレガートのなんと素晴らしいことか。
彼にしかなしえないであろう「夜と夢」の新しい名演の誕生である!
「盲目の少年」では慰撫するような穏やかな響きで、盲目の少年のけなげなたくましさを表現する。
ゲルネの歌唱は情景をイメージさせる。
例えば彼の師匠であったF=ディースカウはその巧みな語り口によって、語り部のように情景を説明したものだが、ゲルネは声自体の中に情景や心理状況を織り込んで表現する。
決して饒舌な表現に向かうことはなく、あくまで歌声で勝負する彼の歌唱は、師の影響からの完全な決別を実感させられる。

シュマルツの演奏はゲルネの包み込むような声の特質に合った温かい音色を聴かせる。
「夏の夜」の前奏のニュアンスに富んだ演奏などは彼の良さが出ている。
「墓堀人の郷愁」の"Im Leben, da ist's ach! so schwül(人生は、ああ!なんと苦しいものなのか。)"という箇所では隣り合った低音をあえてペダルを踏みっぱなしにして濁らせるといった斬新な解釈もみせる。
また「羊飼いと馬に乗った男」の後半のようにいつになく雄弁な切れ味を聴かせる箇所もあり、彼の共演ピアニストとしての持ち味の広がりもこのディスクを聴く楽しみの一つといえるだろう。

この第5巻まででゲルネは114曲を歌ってきたことになる。
全部で10巻ほどを予定している筈だから、この倍の作品をゲルネの歌唱で楽しめることになる。
今後のリリースが今から待ち遠しい。

なお、これまでの作品リストは以下のとおり(Excel)
 こちら(Excelファイル)

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ポップ&ゲイジ/1984年ミュンヒェン・ライヴ(ORFEO: C 789 101 B)

Popp_gage_1984_live

Schubert, Schonberg, Strauss Lieder(シューベルト、シェーンベルク、シュトラウス歌曲集)
ORFEO: C 789 101 B
録音:1984年7月25日, Cuvilliés-Theater

Lucia Popp(ルチア・ポップ)(soprano)
Irwin Gage(アーウィン・ゲイジ)(piano)

Schubert(シューベルト)作曲

Der Knabe(少年), D692
Die Gebüsche(茂み), D646
Der Fluss(流れ), D693
Der Schmetterling(蝶), D633
Die Rose(ばら), D745
Fülle der Liebe(愛の充溢), D854

An mein Herz(わが心に), D860
Der Jüngling an der Quelle(泉のほとりの若者), D300
Die Liebende schreibt(恋する女が手紙を書く), D673
Der Einsame(孤独な男), D800

Schönberg(シェーンベルク)作曲

"Vier Lieder(四つの歌)", Op.2
 Erwartung(期待)
 Schenk mir deinen goldenen Kamm(私にあなたの金の櫛をください)
 Erhebung(高揚)
 Waldsonne(森の太陽)

R.Strauss(シュトラウス)作曲

"Drei Lieder der Ophelia (aus Hamlet)(ハムレットのオフィーリアの三つの歌)", Op. 67
 Wie erkenn ich mein Treulieb(まことの恋人をどうして見分けよう)
 Guten Morgen, 's ist Sankt Valentinstag(おはよう、今日は聖ヴァレンタインの日)
 Sie trugen ihn auf der Bahre bloß(彼女はあらわに棺にのせられ)

Mein Auge(私の目), Op.37/4
Meinem Kinde(わが子に), Op.37/3
Die Zeitlose(さふらん), Op.10/7
Die Verschwiegenen(もの言わぬものたち), Op.10/6
Hat gesagt - bleibt's nicht dabei(言いました、それだけでは済みません), Op.36/3

Zugaben(アンコール)

R.Strauss / Allerseelen(万霊節), Op.10/8
Schubert / An Silvia(シルヴィアに), D891
Schubert / Seligkeit(幸福), D433

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ルチア・ポップの透明で張りのある美声を録音で聴くと、なんとなく未だに現役で活動しているような錯覚に陥ってしまう。
彼女は東京でリサイタルを開いた翌年に病気でこの世を去ってしまったのだが、そのリサイタルでピアノを弾いていた井上直幸氏も亡くなり、無常を感じずにはいられない。

今回バイエルン・シュターツオーパーでの彼女の1984年のライヴが発売されたが、これなども過去の人の記録というよりは、同時代人の歌唱を楽しむような気持ちで聴いた。
彼女はパーソンズ、サヴァリッシュ、ゲオルク・フィッシャーなどのピアニストと共演してきたが、今回の新譜で共演しているアーウィン・ゲイジも最も緊密なパートナー関係を築いた一人であろう。

このCDではポップの声とゲイジのピアノがほぼ対等に入っており、そのため、ピアノの音の粒だちまでかなり明瞭に聴き取れる。
だが、そういう録音においてもゲイジの音がポップを妨げることは決してなく、「対等」であることと「対決」することは全く別物であることが感じられる。
ゲイジは一貫して作品の核心をついた演奏をする名手ぶりをここでも発揮していた。

ポップが録音した歌曲レパートリーはそれほど多くはなかったが、じっくりと一つの作品を熟成させていくタイプだったのかもしれない。
ここで最初に演奏されるシューベルトの歌曲は「恋する女が手紙を書く」を除き、ゲイジとEMIにスタジオ録音した曲ばかりが集められ、当時の彼女が力を入れていたレパートリーといえるだろう。
これらの歌曲は可憐で茶目っ気があったり、軽快に飛翔するかと思えば、内面を激しく吐露したりする。
そういう様々なタイプの作品を並べて、リートのもつ多彩な感情を魅力的に伝達することを、当時のポップは見事に実現していた。
「少年」では違和感なく子供の無邪気さを表現し、ガラス細工のように繊細な「ばら」では温かい包容力でばらを見守るように歌う。
歌もピアノも大きな孤を描く「流れ」では、シューベルト特有の伸びやかなメロディーの美しさを気品に満ちて表現し、「わが心に」では焦燥感をあふれさせる。
なかでも「泉のほとりの若者」での抑制された魔法のような美しさに引き込まれた。

シェーンベルクの「4つの歌曲」は、東京でのリサイタルでも披露されたのが思い出される。
スタジオ録音もゲイジとしており、彼女の核となるレパートリーの一つだろう。
シェーンベルクの妖しい官能性に、ポップの涼やかな声が新たな魅力を加えていたように感じた。

R.シュトラウスの歌曲もポップ十八番の作品。
ハムレットからの「オフィーリアの三つの歌」も各曲の心理の変化を鮮やかに表現していたし、「わが子に」などを含む個々の歌曲でも伸びやかに開放された声が心地よい。

アンコールでは馴染み深い三曲が、会場の聴衆を喜ばせたことだろう。
最後の曲の後にわきおこった拍手がその雰囲気を伝えている。

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キルヒシュラーガー&ジョンソン/ハイペリオン・ブラームス歌曲全集Vol.1

The Songs of Johannes Brahms~1(ブラームス歌曲全集Vol.1)

Kirchschlager_johnson_brahms

Hyperion: CDJ33121
録音:2008年8月18-20日, All Saints, Durham Road, East Finchley, London

Angelika Kirchschlager(アンゲリカ・キルヒシュラーガー)(MS)
Graham Johnson(グレアム・ジョンソン)(P)

1.Scheiden und Meiden(別れ), Op.19-2 (ウーラント:詩)[1'09]
2.In der Ferne(異郷), Op.19-3 (ウーラント:詩)[2'16]
3.Von ewiger Liebe(永遠の愛), Op.43-1  (ファラースレーベン:詩)[4'45]
4.Der Gang zum Liebchen(恋人のもとへ), Op.48-1 (ヴェンツィヒ:詩) [1'19]
5.Der Überläufer(裏切り), Op.48-2 (「子供の不思議な角笛」より) [1'39]
6.Liebesklage des Mädchens(乙女の愛の嘆き), Op.48-3 (「子供の不思議な角笛」より) [1'25]
7.Gold überwiegt die Liebe(黄金は愛にまさる), Op.48-4 (ヴェンツィヒ:詩) [1'22]
8.Trost in Tränen(涙の慰め), Op.48-5 (ゲーテ:詩) [3'08]
9.Vergangen ist mir Glück und Heil(幸福と平和は私から去った), Op.48-6 (民謡) [4'03]
10.Herbstgefühl(秋の気配), Op.48-7 (シャック:詩) [3'20]
11.O komme, holde Sommernacht(おお来たれ、やさしい夏の夜よ), Op.58-4 (グローエ:詩) [1'06]
12.Dämmrung senkte sich von oben(たそがれが降りて来る), Op.59-1 (ゲーテ:詩) [3'53]
13.Auf dem See(湖上にて), Op.59-2 (ズィムロック:詩) [3'08]
14.Junge Lieder I "Meine Liebe ist grün"(わが恋は緑), Op.63-5 (フェーリクス・シューマン:詩) [1'35]
15.Junge Lieder II "Wenn um den Holunder"(にわとこの木に夕風が), Op.63-6 (フェーリクス・シューマン:詩) [2'11]
16.Salome(サロメ), Op.69-8 (ケラー:詩) [1'57]
17.Abendregen(夕べの雨), Op.70-4 (ケラー:詩) [5'09]
18.Therese(テレーゼ), Op.86-1 (ケラー:詩) [1'33]
19.Feldeinsamkeit(野の寂しさ), Op.86-2 (アルメルス:詩) [2'55]
20.Nachtwandler(夢にさまよう人), Op.86-3 (カルベック:詩) [3'11]
21.Über die Heide(荒野を越えて), Op.86-4 (シュトルム:詩)  [1'58] 
22.Versunken(思いに沈んで), Op.86-5 (フェーリクス・シューマン:詩) [1'57]
23.Bei dir sind meine Gedanken(私の思いはあなたの許で), Op.95-2 (ハルム:詩) [1'40]
24.Beim Abschied(別れの時に), Op.95-3 (ハルム:詩) [1'00]
25.Der Jäger(狩人), Op.95-4 (ハルム:詩) [1'12]
26.Da unten im Tale(あの下の谷の底では) (ドイツ民謡集より)[1'54]
27.Soll sich der Mond nicht heller scheinen(月はこれより輝かないで) (ドイツ民謡集より)[3'05]
28.Feinsliebchen, du sollst mir nicht barfuss gehn(可愛い人) (ドイツ民謡集より)[3'01]
29.Och Moder, ich well en Ding han!(お母さん、ほしいものがある) (ドイツ民謡集より)[2'16]

(上記の日本語訳は輸入会社の帯の表記による)

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英Hyperionレーベルの歌曲全集にあらたなシリーズが加わった。
ヨハネス・ブラームスの歌曲全曲!
これまでローデシア生まれの英国ピアニストのグレアム・ジョンソン(Graham Johnson: 1950-)が、このレーベルでシューベルト(全37巻)とシューマン(全11巻)の全歌曲録音という偉業を成し遂げ、それだけでも後世にまで残る優れた録音となったが、これからさらにブラームス全曲シリーズをスタートさせたのは楽しみだ。
シューベルト全集をスタートさせた当初は30代後半だったジョンソンも今年で60歳。
いまやベテランの域に達し、ますます磨きのかかった演奏を聴かせてくれるに違いない(余談だが、来年にはロットやボストリッジと共に来日してくれるようだ。生ジョンソンがとうとう聴ける!)。

シューベルトやシューマンとは異なり、ブラームス歌曲はこれまでにも他レーベルで全曲録音がされてきた。
DGでのノーマン&F=ディースカウ&バレンボイム(P)盤、そしてcpoでのバンゼ&フェアミリオン&アンドレアス・シュミット&ドイチュ(P)盤。
今回のHyperion盤はおそらく1枚ごとに歌手が代わるのだろうから、DGやcpoの全集とは違った趣の録音になるのだろう。

そのブラームス歌曲集の第1巻がリリースされたので、早速購入して聴いてみた。
歌手はリート歌手として旬の時期を迎えたオーストリアのメゾ、アンゲーリカ・キルヒシュラーガー。
全29曲が一見無造作に並べられているように感じられるが、作品48と作品86は出版された番号順にまとめて演奏され、そのほかの曲も作品番号の若い方から順に並べてあり、最後のブロックを簡素で美しい「ドイツ民謡集」の編曲からの抜粋で締めくくる。
メゾで歌うにふさわしい深みのある作品を、ブラームスの創作の流れに沿って体感できる、良く練られたプログラミングといえるだろう。

最初に「別れ」作品19-2と「異郷」作品19-3が演奏されるが、この2曲、共通の音楽的テーマが用いられた一対の作品群と位置づけられよう。
ブラームスはほかにも「雨の歌」と「残響」、「夏の夕べ」と「月の光」など、共通のテーマを用いた作品を歌曲集で連続して配置することがあり、まとめて演奏することを意識しているのであろう。

この巻にはブラームスの代表曲と言えるほど著名な作品も含まれている。
「永遠の愛」「恋人のもとへ」「わが恋は緑」「野の寂しさ」「あの下の谷の底では」などはブラームス歌曲初心者の方にはまず最初に聴いてみていただきたい名作である。

一方、あまり馴染みのない作品もここには多いが、そのどれもが心にしみる味わいを感じることが出来る。
ゲーテの詩による「たそがれが降りて来る」などはブラームスでなければ書けないような染み渡ってくる作品である。

もともと私はブラームス歌曲は大好きで、シューベルトに次いで好きなぐらい(ヴォルフと同じぐらい)なのである。
様々な歌手とピアニストがこれまで多くのブラームスの歌曲集を実演や録音で聴かせてくれたが、余程未熟でない限りはそれぞれの演奏を楽しんできたつもりだ。
今回のキルヒシュラーガーとジョンソンによる新たなブラームス歌曲集も、あらゆる方に堂々とお勧めしたくなる素晴らしく魅力的な演奏だった。

まず彼女の声が、これまでソプラノ寄りに感じられたのが、今回、メゾの深みを充分に味わわせてくれたこと。
これは彼女の声の成熟によるのだろう。
さらにこまやかさを増した表現力が、どんな小品にも生き生きとした息吹を与えている。

ピアノのジョンソンは相変わらず作品を知り尽くした演奏を聴かせてくれた。
彼の演奏は詩の言葉に反応した細やかさが特徴的で、それが作品に奥行きを与える場合と、「木を見て森を見ず」的な全体の流れを停滞させてしまう場合もあるが、今回は概して効果的な演奏になっていたように感じた。

このシリーズも、シューベルトやシューマンの時と同様にピアノのジョンソンが解説を執筆しているが、そこで新しい事実を知ることが出来た。
有名な「永遠の愛」の詩は、従来ヨーゼフ・ヴェンツィヒによるものとされてきたが、実際はファラースレーベンによるようだ。

今後のラインナップがどうなっているのか気になるが、それは楽しみに待つことにしよう。

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フォレスター、レーフスの歌う「こどもの不思議な角笛」(キングレコード: VANGUARD: KICC 2051)

マーラー/歌曲集「こどもの不思議な角笛」
キングレコード: VANGUARD: KICC 2051
録音:1958年頃

モーリン・フォレスター(Maureen Forrester)(A)
ハインツ・レーフス(Heinz Rehfuss)(BSBR)
ウィーン交響楽団(Wiener Symphoniker)
フェリックス・プロハスカ(Felix Prohaska)(C)

マーラー(Mahler)/歌曲集「こどもの不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)」

1.死んだ鼓手(Revelge)(レーフス)
2.浮き世の生活(Das irdische Leben)(フォレスター)
3.高い知性への賛歌(Lob des hohen Verstandes)(レーフス)
4.ラインの伝説(Rheinlegendchen)(フォレスター)
5.番兵の夜の歌(Der Schildwache Nachtlied)(レーフス)
6.だれがこの歌を作ったか(Wer hat dies Liedlein erdacht?)(フォレスター)
7.むだな骨折り(Verlor'ne Müh')(フォレスター)
8.少年鼓手(Der Tamboursg'sell)(レーフス)
9.不幸な時の慰め(Trost im Unglück)(レーフス)
10.トランペットが美しく鳴り響く所(Wo die schönen Trompeten blasen)(フォレスター)
11.魚に説教するパドヴァの聖アントニウス(Des Antonius von Padua Fischpredigt)(フォレスター)
12.塔の中の囚人の歌(Lied des Verfolgten im Turm)(レーフス)
13.原光(Urlicht)(フォレスター)

※上記の演奏者、曲名などの日本語表記はCDでの表記に従った。

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最近中古屋を見ていたら、偶然にも先日亡くなったカナダのコントラルト歌手フォレスターの歌った「こどもの不思議な角笛」のCDを見つけたので、早速購入して聴いてみた。
この録音、1959年にLPで発売された後しばらくして廃盤になり、その後1990年にCD化されるまで長く日の目を見ることがなかったらしい。
その事実が信じられないほど、歌唱もオケも明晰で味わいもあり素晴らしい演奏であった。

フォレスターの声はいぶし銀の光沢をもった低音で、メロディーラインがくっきりと描かれるので、マーラーの民謡の形を借りた歌がストレートに伝わってくる。
マーラーが意図したのはこういう歌い方ではなかっただろうかと思えるほど飾り気のない実直な歌いぶりがしっくりと作品と合っていた。
とりわけ「トランペットが美しく鳴り響く所」や「原光」のような静謐な作品において彼女はしっとりとした味わいを聴き手に感じさせてくれた。

ハインツ・レーフスといえばフランク・マルタンと共演したマルタンの「イェーダンマンからのモノローグ」が思い出されるが、リート歌手として数々の名演を残しているようだ。
ここでも実にめりはりのきいた発音と耳に心地よいハイバリトンが美しく響いていた。

プロハスカ指揮のウィーン交響楽団は実に色彩感豊かに各曲を彩っていく。
マーラーが各楽器に込めた意味合いをすべて丁寧に掬い上げようとしたかのような意欲が漲っていた。

今年はヴォルフと同年生まれのマーラーの生誕150年。
歌曲のリサイタルでも例年以上に選曲されているようだが、まだ「角笛」を生のオケ版で聴いたことがない。
いつか聴いてみたいものである。

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カウネ&ケーリング/シューマン歌曲集(Berlin Classics: 0115202BC)

Robert Schumann Lieder(ローベルト・シューマン歌曲集)

Kaune_kehring_schumann

BERLIN Classics: 0115202BC
録音:2005年8月26-30日, Deutschlandfunk Sendesaal

Michaela Kaune(ミヒャエラ・カウネ)(S)
Burkhard Kehring(ブルクハルト・ケーリング)(P)

シューマン(Robert Schumann: 1810-1856)作曲

Frühlingslust, Op.125-5(春の楽しみ)

"Lieder der Mignon,  Op.98a"(ミニョン歌曲群)
Kennst du das Land? Op.98a-1(あの国を御存知ですか)
Nur wer die Sehnsucht kennt, Op.98a-3(ただ憧れを知る人だけが)
Heiß mich nicht reden, Op.98a-5(語らなくてよいとおっしゃって下さい)
So laßt mich scheinen, Op.98a-9(このままの姿でいさせて下さい)

"Sieben Lieder von Elisabeth Kulmann, Op.104"(「エリーザベト・クールマンの詩による7つの歌」)
Mond, meiner Seele Liebling(月、わが魂のお気に入りよ)
Viel Glück zur Reise, Schwalben!(よい旅を、つばめたち!)
Du nennst mich armes Mädchen(私を貧しい娘だと言うのね)
Der Zeisig(まひわ)
Reich mir die Hand, O Wolke(私に手をのばして、おお雲よ)
Die letzten Blumen starben(最後の花々が枯れてしまった)
Gekämpft hat meine Barke(わが小舟は奮闘した)

"Gedichte von Der Königin Maria Stuart, Op.135"(「メアリー・ステュアート女王の詩」)
Abschied von Frankreich(フランスからの別れ)
Nach der Geburt ihres Sohnes(御子の生誕後)
An die Königin Elisabeth(エリザベス女王に)
Abschied von der Welt(この世からの別れ)
Gebet(祈り)

Blume der Ergebung, Op.83-2(忍従の花)

"Frauenliebe und -leben, Op.42"(「女の愛と生涯」)
Seit ich ihn gesehen(あなたとお会いしてからというもの)
Er, der Herrlichste von allen(彼は、あらゆる中で一番素敵な方)
Ich kann's nicht fassen, nicht glauben(私には分からない、信じられない)
Du Ring an meinem Finger(私の指にはめた指環よ)
Helft mir, ihr Schwestern(手伝って、姉妹たち)
Süßer Freund, du blickest(素敵な友よ、あなたはご覧になります)
An meinem Herzen, an meiner Brust(わが心に、わが胸に)
Nun hast du mir den ersten Schmerz getan(今あなたは私にはじめて苦痛をお与えになりました)

Schneeglöckchen, Op.79-26(ゆきのはな)

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馴染みの薄い若い歌手の新譜CDが出た時、余程ほかに惹き付けられる要素(例えば選曲やピアニスト)がない限りなかなか手が出なくなってしまった。
そんなわけで最近の歌手にはすっかり疎くなってしまったが、たまたま中古屋を物色していて安価で売られていると、そういう類にも手が伸びる。
そのようにして手にしたこのCDは私にとって「大当たり」であった。

ハンブルク出身のソプラノ、ミヒャエラ・カウネという歌手がピアニストのブルクハルト・ケーリングと組んで録音したシューマン歌曲集。
女声にふさわしい選曲というだけにとどまらず、珍しい作品(冒頭の「春の楽しみ」や、夭折した女性クールマンの詩による7曲)も織り交ぜた意欲的な内容になっている。

カウネの声はリートを歌うのにふさわしい語り口の細やかさと色合いの豊かさが感じられる。
それがシューマンの内面性を理想的に描き出すことに成功しているように思った。
そしてリリカルな声は繊細で美しい。
ミニョン歌曲群やメアリー・ステュアート歌曲集での悲痛な感情表現、エリーザベト・クールマン歌曲集でのバラエティに富んだ曲調へのぴったり寄り添った対応力、そして「女の愛と生涯」での噛んでふくめるような語り口の見事さなど、カウネのリート歌手としての適性が充分に感じられる録音となっていた。

なお、彼女は今年新国立劇場の「アラベッラ」でタイトルロールを歌うようだ。
実はチケットを買ったのだが、先に買っておいたほかの公演とダブルブッキングしてしまったので残念だがあきらめることにした。

ブルクハルト・ケーリングはおそらくまだ中堅の入り口に立ったところといったピアニスト。
ラルフ・ゴトーニ、ゲアノート・カール、ハルトムート・ヘル、マーティン・カッツといった錚々たる歌曲ピアニストたちのもとで学んでいる。
F=ディースカウがDGに録音した朗読とピアノのためのメロドラマ集(シューマンやリスト、R.シュトラウス「イノック・アーデン」など)で共演していたのが印象に残っている。
この録音でも安定したテクニックと快適なテンポ感でカウネとの緊密なアンサンブルを築いていた。
特にある声部を浮き立たせて面白い効果をあげている箇所もあり印象的だった。

シューマンイヤーにじっくり聴くのにふさわしい素敵なCDだった。
なお、私が入手したCDは実は再発されたもののようで、オリジナルではローベルトとクラーラ夫妻の手紙のやりとりも朗読されているようだ。

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英テノール、フィリップ・ラングリッジを偲んで

イギリスの名テノール、フィリップ・ラングリッジ(Philip Gordon Langridge: 1939.12.16, Kent, UK – 2010.3.5, London)が3月5日に癌のため亡くなったそうだ。
享年70歳。
私がラングリッジの歌を初めて聴いたのはグレアム・ジョンソンの企画・ピアノでHyperionレーベルに録音されたシューベルト・エディションの第4巻だったのだが、それからすでに20年も経ってしまった。
その後一度来日して歌曲のコンサートを開いたと記憶しているが、その時に聴かなかったのが悔やまれる(結局一度も実演に接することが出来なかった)。

ほかに彼の録音を探してみると、家にはアーメリングも参加しているマリナー指揮の「メサイア」と、ショスタコーヴィチの歌曲集、クィルターの民謡編曲集があった。
オペラではモーツァルト、ブリテン、ヤナーチェクなどを得意とし、ごく最近まで活躍していたようだ。

彼を偲んで久しぶりにハイペリオンのシューベルトを引っ張り出して聴いてみた。

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シューベルト歌曲全集4「シューベルトの友人たち」

Langridge_johnson_schubert

The Hyperion Schubert Edition 4
ミュージック東京 (Hyperion): NSC154 (CDJ33004)
録音:1988年9月11-12日, Rosslyn Hill Unitarian Chapel, Hampstead, London

フィリップ・ラングリッジ(Philip Langridge)(テノール)
グレアム・ジョンスン(Graham Johnson)(ピアノ)

1.吟遊詩人(Der Liedler) D209 (ケンナー・詩) [15'20]
2.歌びとの朝の歌(第1作)(Sängers Morgenlied) D163 (ケルナー・詩) [2'23]
3.歌びとの朝の歌(第2作)(Sängers Morgenlied) D165 (ケルナー・詩) [3'38]
4.それはぼくだった(Das war ich) D174 (ケルナー・詩) [3'08]
5.恋のたわむれ(Liebeständelei) D206 (ケルナー・詩) [2'00]
6.愛の陶酔(第2作)(Liebesrausch) D179 (ケルナー・詩) [3'06]
7.愛の憧れ(Sehnsucht der Liebe) D180 (ケルナー・詩) [4'56]
8.邪魔される幸せ(Das gestörte Glück) D309 (ケルナー・詩) [2'20]
9.リーゼンコッペ山頂で(Auf der Riesenkoppe) D611 (ケルナー・詩) [4'17]
10.湖畔で(Am See) D124 (マイアーホーファー・詩) [5'03]
11.昔の愛は色褪せない(Alte Liebe rostet nie) D477 (マイアーホーファー・詩) [2'56]
12.河のほとりで(Am Strome) D539 (マイアーホーファー・詩) [2'25]
13.夜曲(Nachtstück) D672 (マイアーホーファー・詩) [5'46]
14.恋の立ち聞き(Liebeslauschen) D698 (シュレヒタ・詩) [4'52]
15.リンツの試補ヨーゼフ・フォン・シュパウン氏に寄す手紙(An Herrn Josef von Spaun, Assessor in Linz (Epistel)) D749 (コリーン・詩) [4'46]

(上記の表記は国内盤の表記に従った。ただし録音場所と演奏時間はHyperionのWebサイトに従った)

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この第4巻ではシューベルトと個人的に付き合いのあった友人たちの詩による歌曲を集めている(ちなみにシリーズ第3巻を担当していたのが、彼の奥さんであるメゾソプラノ歌手のアン・マリー)。
ケンナー、ケルナー、マイアーホーファー、シュレヒタ、コリーンといった5人の詩人たちの詩への付曲はシューベルトの彼らへの友情の証だろう。

1.吟遊詩人D209
愛する女性がほかの男と結婚式を挙げる前日に吟遊詩人は彼女に最後の別れを告げて遍歴に出る。
旅先でも彼女を忘れることが出来ない吟遊詩人は、思いを振り切るために戦地へ赴く。
だが、鎧を着て武勲をたててもやはり彼女を忘れることは出来ず、ついに女性のもとに向かう。
すでに結婚した彼女と騎士が列をなして通るところに出くわすと、突然人狼(Werwolf)が現れる。
吟遊詩人は愛する彼女のために人狼に立ち向かい、大切な竪琴を人狼に打ちつけ、最後には人狼ともども谷底へと落ちる。
竪琴の響きを模したかのような繊細なピアノ前奏で始まり、全体で15分もかかる長大な作品。
ラングリッジはレガートを基調にした丁寧な語り口と声の豊かな表情で、起伏に富んだバラードを巧みに歌っていた。

2&3.歌びとの朝の歌D163 & D165
朝の美しさを讃美し、表現した内容。
第1作が1815年2月27日作曲、第2作が1815年3月1日作曲とわずかな間隔で作られたが、改作ではなく全く別個の音楽になっており、どちらも有節形式である。
ラングリッジの歌唱は、第1作では軽快なメリスマの歌い方の素晴らしさが印象的。
一方、第2作では心情のこもった真摯な表現に胸を打たれた。

4.それはぼくだったD174
夢の中である女性と一緒にいたのはぼくだった。そして夢から覚めても・・・。
有節形式で前半の抑えた曲調と後半の焦燥感と喜びに満ちた曲調の対比が面白い。
ラングリッジの詩の言葉への密着ぶりが魅力的。

5.恋のたわむれD206
女性を落とす手管にたけた人のくどき文句。
ラングリッジはドン・ジョヴァンニのようにというよりは、誠実さすら感じさせる。

6.愛の陶酔D179
恋人に向けた熱烈な讃歌。
ラングリッジの情熱的な表現が聴ける。

7.愛の憧れD180
恋心にかき乱される苦しい心情が歌われる。
有節形式だが、各節前半の静謐さと後半の激しい表現の落差が興味深い。
ラングリッジの表現力の幅広さを見事に披露している。

8.邪魔される幸せD309
恋人にキスしたくてたまらないが、必ず邪魔されてしまうと歌う。
これも有節形式だが、ラングリッジのコミカルな芸達者ぶりが堪能できる。

9.リーゼンコッペ山頂で
山頂から見える眺めに感動し、故郷に挨拶を送るという内容。
ラングリッジの堂々たる歌いぶりは神々しさすら感じる。

10.湖畔でD124
湖のほとりで詩人は物思いに耽る。
そのうち、洪水で溺れている人を救おうとして犠牲になったレーオポルト公への思いへと移り行く。
音楽も詩の観念的な内容に対応してややとりとめのない印象を受ける。
この曲の超高音をラングリッジはぴたりと決めていたのはすごい。

11.昔の愛は色褪せないD477
「昔の愛は色褪せない」と母親から聞かされていたが、失った恋人の幻影を見てそれを実感するという内容。
ラングリッジは抑制された歌い方で詩の内容を表現していた。

12.河のほとりでD539
常に落ち着くことのない不安な心情を河にたとえた歌。
音楽はA-B-Aの形式で作られている。
ラングリッジの歌は真摯で丁寧だ。

13.夜曲D672
夜半に老人が竪琴を弾きながら己の死を予感するという内容。
私の特に好きな作品だ。
きわめて繊細で内面的なシューベルトの音楽を、ラングリッジは共感をこめて美しく歌っていた。

14.恋の立ち聞きD698
騎士は恋人を思って夜にセレナーデを奏でる。
しかし、恋人は現れないので、恋人の窓辺にのぼり花を結びつけると・・・。
シューベルトはとても優美でチャーミングな音楽をつけている。
ラングリッジの役になりきった歌には、優しさが感じられる。

15.リンツの試補ヨーゼフ・フォン・シュパウン氏に寄す手紙D749
リンツに赴任した友人シュパウンにシューベルトは手紙を書いたが、それに対する返信は来なかった。
それを知ったコリーンが冗談めかしたあてつけの詩を書き、それにシューベルトがレチタティーヴォとアリアの形で曲を付けたという真面目にふざけた曲。
シューベルト仲間の絆の深さを感じずにはいられない。
ラングリッジの歌は、まさに真面目にこの冗談音楽を表現していてとても面白かった。
超高音も現れるが、ラングリッジは余裕をもって響かせていた。

Langridge_johnson_schubert_2

細やかなピアノを聞かせたグレアム・ジョンスンの周到に考え抜かれたプログラミングによって、ラングリッジの声の特質が存分に発揮されたシューベルト・リサイタルとなっていた。
1曲1曲聴き進めるのが楽しい、魅力的なリサイタルCDだった。
ラングリッジが間違いなく超一流のリート歌手の一人であったことを今さらながら知ることが出来て良かった。

この非凡な名歌手のご冥福をお祈りします。

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(2010年8月1日追記)

ラングリッジの来日公演のパンフレットを音楽資料室で見ることが出来たので、プログラムを追記しておきます(ちらしは私の家から出てきました)。

フィリップ・ラングリッジ テノール リサイタル
1992年9月14日(月)19:00 東京文化会館小ホール

フィリップ・ラングリッジ(Philip Langridge)(テノール)
ジョン・コンスタブル(John Constable)(ピアノ)

ベートーヴェン(Beethoven)
別れWoO124(L Partenza)
愛の嘆きOp.82-2(Liebesklage)
希望Op.82-1(Hoffnung)
いらだつ恋人(アリエッタ・アッサイ・セリオーサ)Op.82-4(L'amante impaziente: Arietta assai seriosa)
いらだつ恋人(アリエッタ・ブッファ)Op.82-3(L'amante impaziente: Arietta buffa)

ドヴォルザーク(Dvořák)
歌曲集「糸杉」より4曲(4 Songs from "Cypřiše")
1.わが歌よ響け(Vy vroucí písně pějte)
5.それは何とすばらしい夢だったことか(O byl to krásný zlatý sen)
14.小川のほとりの森で(Zde ve lese u potoka)
15.私の心を暗い不安がおそう(Mou celou duší ză dumnĕ)

リスト(Liszt)
マルリングの鐘よS.328(Ihr Glocken von Marling)
祖先の墓S.281(Die Vätergruft)
三人のジプシーS.320(Die drei Zigeuner)

ブリテン(Britten)
ジョン・ダンの聖なるソネットop.35(The Holy Sonnets of John Donne)
1.おお わたしの暗い魂よ(Oh my blacke soule)
2.わたしの心をいためつけよ(Batter my heart)
3.おお あのため息と涙が(O might those sighs and teares)
4.おお いらだたすため(Oh to vex me)
5.もし現在が(What if this present)
6.愛した彼女が(Since she whom I loved)
7.まるい地球の片すみで(At the round earth's imagined corners)
8.汝がわたしを造りたもうた(Thou hast made me)
9.死よ、驕るなかれ(Death be not proud)

Langridge_constable_japan_1992

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シューベルトの誕生日に寄せて(シュライアー&シェトラーの「美しい水車屋の娘」)

今日1月31日はシューベルトの213回目の誕生日。
私の最も敬愛するこの作曲家の誕生日には毎年その音楽を聴くことにしているが、今年は「美しい水車屋の娘(Die schöne Müllerin) D795」のちょっと珍しいヴァージョンのCDを聴いた。

すでに歌手活動から引退したテノールのペーター・シュライアー(Peter Schreier: 1935年生まれ)はシューベルトの歌曲集「美しい水車屋の娘」を十八番にしていて、私もかつて実演で聴く幸運に恵まれたが、彼は1980年になんと3種類もの「水車屋」を録音している。
ただ、その3種とも録音当時としては一味ひねった趣向が凝らされている。

●ギター版(BERLIN Classics)
 録音:1980年1月5-7日, Lukaskirche, Dresden
 コンラート・ラゴスニク(Konrad Ragossnig: 1932年生まれ)(ギター)

●ハンマークラヴィーア版(Intercord)
 録音:1980年2月28-29日, Schubert-Saal des Wiener Konzerthauses
 シュテフェン・ツェーア(Steven Zehr: 1944年生まれ)(ハンマークラヴィーア)

●フォーグルによる改変版(musicaphon)
 録音:1980年8月22-23日, Grosse Aula der Universität Salzburg
 ノーマン・シェトラー(Norman Shetler: 1931年生まれ)(ピアノ)

最初の2種は、現代ピアノではない楽器の共演によるもの。
ラゴスニクのギターとの共演は日本でも披露され、テレビでも放映されたようだ。
音量の小さめなギターに合わせて、シュライアーは劇性を抑えて、語り聞かせるようにゆったりめのテンポで歌っていた。
ひなびたギターの響きは、サロンで聞くような親密さを増していた。

また、今でこそ当時の楽器を使って歌曲を演奏することが珍しくなくなったものの、この当時にはまだ稀だったと思われる。
ツェーアのよるハンマークラヴィーア共演盤は、その響きの古雅な趣に新鮮さを感じた。

 ツェーアとの録音(第5曲「仕事を終えて」、第8曲「朝の挨拶」、第14曲「狩人」)

Schreier_shetler_muellerinところで、今日聴いたのはノーマン・シェトラーの現代ピアノ共演による3番目の盤。
musicaphonレーベルのCDのケース表裏どちらにも普通の「水車屋」と違う旨明記されておらず、ケースを開き解説書を取り出してはじめて通常と違うことが分かる。
これは明らかに販売上の戦略であろう。
ヨーハン・ミヒャエル・フォーグル(Johann Michael Vogl: 1768-1840)は、シューベルトの友人として彼の数々の歌曲の普及に貢献したテノール歌手である。
フォーグルが実際にシューベルトの歌曲を歌う時にオリジナルにはない装飾を加えたり、旋律線を変更したりすることは珍しいことではなかったようだ。
そのフォーグルが「水車屋」に加えた変更版を、国際シューベルト協会が楽譜の形で出版した(新シューベルト全集の一環として)。
それに基づいて演奏したのが、このシュライアーとシェトラーによる録音である。

第1曲「さすらい」では5節の有節形式だが、例えば第1節の"Das Wandern ist des Müllers Lust, Das Wandern!"が繰り返される時の"Wandern!"に装飾音が加えられている。
だが、各節の同じ箇所に必ずしも同じ装飾が加えられているわけではないのが興味深い。
また、各節最後に繰り返されるリフレイン(第1節ならば"Das Wandern")の締めの直前をピアノのみに演奏させて、最後の一言の効果を挙げようとしているかのようである。

第2曲「どこへ」の歌声部でもメリスマの上下を逆にしたり、歌の出を遅らせたり、リズムを若干変化させたりと、ある種即興的に感じさせるような変更を加えている。

第6曲「知りたがり屋」の最後「言っておくれ、小川よ、彼女は僕を愛しているだろうか(Sag', Bächlein, liebt sie mich?)」の歌の出を遅らせているのは、主人公のためらいを印象づけて効果的だと思った。

第11曲「僕のもの」では途中"mein"を繰り返す箇所で"Ja, ist mein"と歌詞を加えてさえいる。

第13曲「リュートの緑色のリボンで」の最初のピアノの和音が省略されているのは、フォーグルの意図なのか、それとも演奏家の判断なのか(この和音を省略する演奏家もいるので)はっきりしないが、それはいつか全集楽譜を見て確かめてみたい。

第14曲「狩人」のピアノ前奏、間奏、後奏はそれぞれ同じパッセージだが、その中の右手の1音がすべて変更されているので、フォーグルの変更はピアノパートにも及んでいたということなのだろう。

シューベルト公認の変更ということになるのだろうが、私としては繰り返し聴く録音では原則としてシューベルトのオリジナルで聴きたい(このシュライアーのCDは史料としての価値もあり、素晴らしいと思うが)。ただ、1度きりのコンサートではこのような自由な装飾の加えられた演奏も今後の潮流になっていくのかもしれないし、こういう演奏に聴き手も徐々に慣れていくべきなのかもしれない。

なお、シュライアーの歌唱は年輪を感じさせる余裕の語り口で美声を響かせ、聴き手の心をぐっとつかむ。シェトラーのピアノもドラマに沿った安定感のある表現の中に音色の効果的な変化を織り込んで素晴らしかった。

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