内藤明美&平島誠也/24のシェック歌曲

ぐらばー亭さんが、なんと2007年のシェック歌曲コンサートの録音もアップしてくださいました。

 こちら

シェックの歌曲をこれだけまとめて聴ける機会はなかなかありませんよ!
あらためて聴いてみると、スイス出身のシェックはドイツリートの伝統に則った、詩と音楽の緊密な結びつきを実現していたと思います。
それに若かりし頃の作品が集められたためかもしれませんが、とても聴きやすいです。
はじめて聴く方もきっとリートを聴く喜びを満喫していただけると思います。
動画は歌詞の日本語訳も表示されていますので、シェック歌曲に親しむのに最適です。

実は私が内藤明美さんと平島誠也さんの歌曲の夕べを初めて聴いたのが、このコンサートだったので、とりわけ思い出深いコンサートでした。
内藤さんの深く温かい声と、平島さんの清涼感あふれる美しいピアノが印象的でした。

ちなみにこのコンサートを聴いた時の感想は以下の記事をご覧ください。

 こちら

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内藤明美&平島誠也/シェーンベルク作曲の歌曲集「架空庭園の書」

ぐらばー亭さんのブログで、2014年11月7日、東京オペラシティ リサイタルホールで行われた「内藤明美メゾソプラノリサイタル」(ピアノ:平島誠也)からシェーンベルク作曲の歌曲集「架空庭園の書」全15曲の音源公開のご紹介があります。

 こちら

このコンサート、私は行けなかったので、こうして録音が公開されて聴くことが出来るのは大きな喜びです!
しかも、歌詞も表示されていますので、内容を読みながら1曲ずつ聴くことが出来ます。

内藤さんも平島さんもあらためて言うまでもなくドイツリートの幅広いレパートリーを持つ方々です。
いわゆる現代音楽専門家の尖った演奏とは一味違ったリートの流れの中での演奏は、はじめて聴く方にもとっつきやすいと思います。
実際聴いてみると、それほど難解ではなく、テキストの世界をユニークな視点で描いた魅力的な音楽であるように感じられます。
内藤さんのドラマティック、かつ繊細な語り口は温かみすら帯び、平島さんの明晰なタッチも冷徹さに陥ることがなく、魅力的な演奏でした。
ぜひ1曲ずつ、その独自の音楽を味わってみてください。

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内藤明美&平島誠也/メゾソプラノリサイタル(2012年11月9日 東京オペラシティ リサイタルホール)

内藤明美メゾソプラノリサイタル

2012年11月9日(木)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール(全自由席)
内藤明美(Akemi Naito)(mezzo soprano)
平島誠也(Seiya Hirashima)(piano)

ゲーテの詩による歌曲(Lieder nach Gedichten von Goethe)

シューベルト(Schubert)/湖の上で(Auf dem See)
ベートーヴェン(Beethoven)/悲しみの喜び(Wonne der Wehmut)
レーヴェ(Loewe)/安らぎは失せ(Meine Ruh ist hin)
ヘンゼル(Mendelssohn-Hensel)/旅人の夜の歌(Wanderers Nachtlied)
リスト(Liszt)/空より来たりて(Der du von dem Himmel bist)

シュトラウス(Strauss)/見つけたものは(Gefunden)
クシェネク(Krenek)/新しいアマディス(Der neue Amadis)
シェック(Schoeck)/黄昏は空より降り(Dämmrung senkte sich von oben)
ベルク(Berg)/失った初恋(Erster Verlust)
レーガー(Reger)/孤独(Einsamkeit)

~休憩~

ヴォルフ(Wolf)作曲

アナクレオンの墓(Anakreons Grab)
現象(Phänomen)
ガニメード(Ganymed)

ミニョンⅠ(語れとは言わず)(Mignon I)
ミニョンⅡ(ただ憧れを知る人だけが)(Mignon II)
ミニョンⅢ(この装いのままで)(Mignon III)
ミニョンⅣ(あなたはご存知ですか)(Mignon IV)

~アンコール~
ブラームス(Brahms)/セレナーデ(Serenade)op.70-3
チャイコフスキー(Tchaikovsky)/ただ憧れを知る人だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt)
島原の子守唄

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毎年秋に催される内藤明美と平島誠也によるリサイタルを聴くようになって何回目になるであろうか。
今宵もまたテーマをもったプログラミングと充実した演奏で、歌曲ファンを満足させてくれた。
今年のテーマは「ゲーテの詩による歌曲」。
前半は10人の作曲家による10様のゲーテ作品、後半はヴォルフ作曲という軸のもとで様々なゲーテ解釈を味わうという趣向。
昨夜ルプーを聴いた東京オペラシティを再び訪れ、今回は小ホールの響きを味わった。

ゲーテの詩による歌曲はシューベルトやヴォルフをはじめ膨大な作品が存在する。
その中から歌手の声や質に合った作品を選び出し一夜の選曲をするというのはそれだけでも気が遠くなるほど大変な作業であろう。
事実プログラムノートに山崎裕視氏が記しているように「その彼女(注:内藤さんのこと)をしても長い間、ゲーテへの接近は心怯むものがあったに違いない」のである。

今回の選曲、前半は私が初めて聴く作品が圧倒的に多く、いつもながらその選曲の斬新さに敬意を覚えずにいられない。
シューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン」ではなく、同じ詩にレーヴェが作曲した「安らぎは失せ」、またシューベルトの「旅人の夜の歌Ⅰ」ではなく、ファニー・ヘンゼルやリストによる同じ詩による作品、さらにヴォルフではなくクシェネクによる「新しいアマディス」など、その変化球の見事さに興味は尽きない。

内藤さんの歌唱は相変わらず懐の深いもの。
声が聴き手を包み込み、そして作品の各キャラクターに変幻自在に対応して、短い時間に一つのドラマを凝縮して描き出す。
年々増してきた温かみは、通好みの作品であろうが、ポピュラーな作品であろうが、平等に聴き手の作品への近寄りやすさを感じさせる。
だが、もちろんホールいっぱいに広がる豊かで強靭さすら感じさせる響きも健在である。
こうして、日の目を見ることの少ない作品をも照らし出して、それを自分のものとして消化して提示するということを毎年続けていると、これほどまでに充実した空間を作り出せるものなのだろう。

今回楽しみだったヴォルフの「ミニョン」歌曲群は、その真摯さと充実感で、感動的であった。
とりわけ「この装いのままで」の最後の一節"Macht mich auf ewig wieder jung!(永遠の若さをまた私にお与えください!)"(山崎裕視訳)の高音から低く降りて、再度ディミヌエンドしながら高く舞い上がる際の内藤さんのメッツァヴォーチェの見事さは本当に胸に響いた。

平島誠也氏のピアノはいつもながらストレートに作品に向き合ったものだった。
実直なまでにくっきりと作品の細部まで照らし出す平島氏だが、例えばヴォルフの「あなたはご存知ですか」ではテンポの変化や強弱、音色など、いつも以上の大胆さを見せ新鮮な驚きを覚えた。
彼のその柔軟な対応が作品の壮大さを充分に描き出していたことは特筆すべきだろう。

なお、この日会場ロビーで待望のCD「ブラームス歌曲集」が販売された。
内藤さんのホームページでも買えるようだ。
秋の夜長に温かい声に包まれるのも素敵ではないだろうか。

毎年最後に同じことを書いている気もするが、来年のコンサートが今から待ち遠しい。

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内藤明美&平島誠也/テッセラの春・第10回音楽祭 第2夜(2012年5月12日 サロンテッセラ)

テッセラの春・第10回音楽祭「新しい耳」
第2夜 内藤 明美(Ms)/平島 誠也(Pf) ~大地の歌~

2012年5月12日(土)16:00 サロンテッセラ(全席自由)
内藤明美(MS)
平島誠也(P)

廻由美子(“新しい耳”企画・ナビゲーター)

ヴォルフ(Wolf)/『メーリケ歌曲集』より

 希望に寄せる心癒えた者の思い(Der Genesene an die Hoffnung)
 捨てられた娘(Das verlassene Mägdlein)
 飽くことなき恋(Nimmersatte Liebe)
 隠棲(Verborgenheit)

 祈り(Gebet)
 ヴァイラの歌(Gesang Weylas)
 さようなら(Lebe wohl)
 エーオルスの琴に寄せて(An eine Äolsharfe)

~休憩~

マーラー(Mahler)/『大地の歌(Das Lied von der Erde)』より
 第六楽章「告別(Abschied)」

~アンコール~
ヴォルフ/祈り

渋谷から田園都市線で2駅目の三軒茶屋駅近くにあるサロンテッセラに初めて出かけた。
「テッセラの春」と題された年2回催される音楽祭の一環で、今回で10回目とのこと。
その第2夜は、メゾソプラノの内藤明美とピアノの平島誠也によるリサイタル。
地道な歌曲の伝道者たちであり、優れた演奏家たちである。
70席しかない親密な空間はリートを聴くのにはまさにうってつけ。
歌曲ファンにとっては非常に贅沢なコンサートとなった。
緑のあるこじんまりとした素敵なテラスでは休憩時間にワンドリンクがふるまわれた。

ピアニストでこの音楽祭の企画をした廻(めぐり)由美子さんがナビゲーターを務めた。
個人的には、クラシックのフリー情報誌「ぶらあぼ」で長いこと幅広い観点から執筆されていたエッセーを愛読していたのだが、今回は案内役と演奏者へのインタビュアーとしても秀でたところを発揮されていた。
今回のヴォルフとマーラーというプログラムは企画者からの希望とのことで、演奏者側がそれにこたえたということになる。

内藤さんがヴォルフとマーラーを歌うのを聴くのは私にとって初めてのことである。

廻さんの紹介により登場した内藤さんと平島さんはまずフーゴ・ヴォルフの「メーリケ歌曲集」から4曲を演奏した。
今宵も内藤さんの声は絶好調で、深々としたメゾの響きと、切れ味のある美しい発音が小さなサロンのすみずみにまで届く。
最初の「希望に寄せる心癒えた者の思い」では「死を思いつつ朝を迎えた(山崎裕視氏訳)」という言葉のとおり、平島さんの半音進行の苦悩を暗示するようなピアノ前奏にのって、静かな緊張感をもって歌い始められた。
そして、「希望」が「勝利の名乗り」をあげた箇所で内藤さんは歓呼のフルヴォイスを朗々と響かせ、平島さんは堂々とファンファーレを奏でる。
そして、「ああ、ただ一度でも苦しみなく/おまえの胸に抱きしめておくれ」と締めくくる箇所では祈るように声は高まり、最後は低く沈み込む。
希望による癒しを感謝するという内容を歌う内藤さんの表現した響きそのものが、すでに聴き手にとっての「癒し」であった。
ピアノ後奏は和音をふくらませてから徐々に減衰して消えてゆく。
その和音間の響きの微妙な加減が絶妙で、決して分かりやすくダイナミクスを派手にしないままこれほど豊かな表情をつくりあげる平島氏の演奏はさすがである。

続く「捨てられた娘」では薄情な男に捨てられた辛い思いを、抑制と、抑えきれなくなった感情の吐露との対比で、伝えてくる。
一転「飽くことなき恋」では庶民だろうがお偉方だろうが恋する時にはなんの違いもないと、コミカルな表情をこめて歌われた。
こういう作品でのさりげない上手さは内藤さんにとって新鮮な一面に感じられた。
テンポを揺らし、間をとって、コミカルな表情をさりげなく表現する平島さんも素晴らしかった。

「隠棲」はヴォルフの歌曲中もっとも有名であり、かつもっともヴォルフらしくない作品の一つでもある。
だが、そのヴォルフらしくないところが、親しみやすさを増していることも事実で、内藤さんも素直に曲の魅力を伝えていた。

その後、ナビゲーターの廻さんが演奏者お二人にインタビューをした。
内藤さんは海外での生活が長く、それゆえに"u"という母音は西欧語と日本語に大きな違いがあると述べ、日本語の"u"の方が特殊であると語る。
平島さんは呼吸を意識して演奏するようにお弟子さんたちに指導し、それがソロ演奏にも役立つことと思うと述べつつ、「でも僕はソロはしないから分からないけれど」と言って笑わせる。

話の後、さらに「メーリケ歌曲集」から「祈り」「ヴァイラの歌」「さようなら」といった名作が深い思いをこめて歌われ、前半最後は美しい「エーオルスの琴に寄せて」で締められた。

休憩後はマーラー「大地の歌」の終楽章「告別」。
30分ほどかかる大規模な作品だが、内藤さんは一貫して美しいレガートの響きを聴かせ、聴き手を魅了した。
平島さんのピアノは、かなり雄弁な演奏だったが、例えば数ヶ月前に同じ曲を演奏したゲロルト・フーバーのようなとげとげしさはなく、ピアノ歌曲としてのスタイルをわきまえた中で色彩豊かな表現を聴かせてくれた。

拍手にこたえ、アンコールとしてヴォルフの「祈り」を再度歌ってくれた。

ピアノの平島氏は内藤さんが異なる歌詞を歌おうとしたり、歌い出すタイミングが違っていたりすると、少し待ってから軌道修正する。
それは長年の共演関係から得た熟練技に違いない。

そういうハプニングも楽しみつつ(失礼ながら)、理想的な空間に響き渡る名歌曲の数々を堪能させていただいた。
やはりサロンコンサートには、大ホールにはない魅力が確かにある。

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内藤明美&平島誠也/メゾソプラノリサイタル(2010年11月8日 東京オペラシティ リサイタルホール)

Naito_hirashima_20101108

内藤明美メゾソプラノリサイタル
アイヒェンドルフの詩による歌曲(Lieder nach Gedichten von J. v. Eichendorff)
~シューマン生誕200年に因んで~

2010年11月8日(月)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール(全席自由)

内藤 明美(Akemi Naito)(メゾソプラノ)
平島誠也(Seiya Hirashima)(ピアノ)

R.シューマン(Schumann: 1810-1856)

リーダークライス(Liederkreis)Op.39

異郷にて(In der Fremde)
間奏曲(Intermezzo)
森の対話(Waldesgespräch)
静けさ(Die Stille)
月の夜(Mondnacht)
美しき異郷(Schöne Fremde)
古城にて(Auf einer Burg)
異郷にて(In der Fremde)
悲しみ(Wehmut)
たそがれ(Zwielicht)
森の中で(Im Walde)
春の夜(Frühlingsnacht)

~休憩~

O.シェック(Schoeck: 1886-1957)

森の孤独(Waldeinsamkeit)Op.30-1
帰依(Ergebung)Op.30-6
余韻(Nachklang)Op.30-7
夜の挨拶(Nachtgruss)Op.51-1
座右銘(Motto)Op.51-2
慰め(Trost)Op.51-3

思い出(Erinnerung)Op.10-1
別れ(Abschied)Op.20-7
夕暮れの風景(Abendlandschaft)Op.20-10
病める人(Der Kranke)Op.20-9
回心(Umkehr)Op.20-12
追悼(Nachruf)Op.20-14

~アンコール~
F.グルダ(Gulda)/夜の挨拶(Nachtgruss)
メンデルスゾーン(Mendelssohn)/夜の歌(Nachtlied)
島原の子守唄

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毎年意欲的なプログラムを組む内藤明美と平島誠也による今年のコンサートはアイヒェンドルフの詩による作品集だった。
前半は生誕200年のシューマン作曲の有名な「リーダークライス」、そして後半は多くのアイヒェンドルフ歌曲を作ったオトマール・シェックによる歌曲から12曲が歌われた。

シューマンの「リーダークライス」ではアイヒェンドルフの常套句にあふれたテキストが多い。
故郷、雲、森の孤独、夜、空、風、梢、星、月、ナイチンゲール・・・。
解説の山崎裕視氏が的確に述べておられるように「さまざまな光景は詩の中では、どことも知れぬ場所、いつとも知れぬ時として現れてくる。その不分明さは、読む人にかえって自己の中に抱える原風景を思い起こさせる」。
つまり、ドイツの風景として描かれながら、ドイツに限定されない誰もが抱く自然のイメージが喚起されるのである。
それゆえに、この作品はシューマンの代表的な歌曲の一つとして普遍的な魅力を放っているのであろう。

シェックの歌曲は清冽な抒情性と濃密さを合わせもったような作風が印象的だ。
決して声高でなく、また前衛的な要素を取り入れたものでもなく、一見地味だが、過去の伝統に連なった作風は、詩に傾斜しがちだったヴォルフから再び音楽とのバランスを回復してみせたかのようだ。

内藤明美は今夜も作品のイメージを反映したかのような美しいドレスを前後半で変えて登場した。
そしてメゾソプラノの深みをもって聴く「リーダークライス」もまた格別だった。
普段ソプラノやテノールで聴き慣れたこれらの作品が、内藤の深みのある声と表現によって一層自然の神秘感や詩人の内面を際立たせていたように感じられた。
「静けさ」では愛らしく、「月の夜」では翼を羽ばたかせるかのような広がりをもって、「悲しみ」では内に秘めた悲しみをそっと滲ませて、「春の夜」では解放感を押し出して、各曲の魅力を描き出していた。
後半のシェックは内藤が力を入れている作曲家の一人。
アイヒェンドルフの詩という共通項でくくりながら、シェックの様々な時期の作品を作品番号ごとにまとめて歌った。
彼女の歌はいつもながら素直に作品の中に入って、そっと魅力を引き出すという歌唱。
最後の「追悼」では簡素だが印象的なメロディーに温かく寄り添って、シェックの慎ましやかな魅力を伝えてくれた。

平島誠也は、かなり低く移調された「リーダークライス」でも、響きの明晰さを失わないように演奏していたのはさすがだった。
テンポを揺らすこと以上に、音色やダイナミクスによってシューマンの響きを追求していたように感じられた。
シェックの歌曲でもその透徹した音色を魅力的に響かせていた。
アンコールのメンデルスゾーン「夜の歌」では、内藤さんの歌が最後に盛り上がるところで平島さんは一緒になって和音を大音量で叩くことはせず、その後に歌が落ち着いてからようやくピアノで歌ってみせ、前へ出たり引っ込んだりの的確さがいつもながら絶妙だった。

アンコールの1曲目では、ピアニストとして著名だったフリードリヒ・グルダによる珍しいアイヒェンドルフ歌曲が聴けたのが良かった。
ピアノの分散和音が印象的な、ほの暗い作品であった。

Naito_hirashima_20101108_chirashi

アンコール最後の「島原の子守唄」はもう彼女の十八番といってよいもので、ドイツリートの時とは全く別人のように濃密な情念を吐き出す。
今回もまた胸をえぐられるような絶唱だった。

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内藤明美&平島誠也/メゾソプラノリサイタル(2009年11月6日 東京オペラシティ リサイタルホール)

内藤明美 メゾソプラノリサイタル
Naito_hirashima_20091106二人のフェリックス
~メンデルスゾーン生誕200年に因んで~
メンデルスゾーンとドレーゼケの歌曲

2009年11月6日(金) 19:00 東京オペラシティー リサイタルホール(自由席)

内藤明美(Akemi Naito)(MS)
平島誠也(Seiya Hirashima)(P)

メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy: 1809-1847)作曲

月op.86-5
ふたつの心が離れる時op.99-5
問いop.9-1
最初の喪失op.99-1
恋する女の手紙op.86-3
ズライカop.34-3
ズライカop.57-3

花束op.47-5
あいさつop.19-5
思い出(Erinnerung)(1841)(詩:Heine)
君のもとに飛んで行けたら(O könnt' ich zu dir fliegen)(1840)(詩:Schenkendorf)
民謡(Volkslied)(1845?)(詩:Burns)
葦の歌op.71-4
夜の歌op.71-6

~休憩~

ドレーゼケ(Felix Draeseke: 1835-1913)作曲

捨てられた娘op.2-11
夕暮れの輪舞op.17-1
アグネスop.81-2
君は翳らぬ日の光op.67-2

「風景画集」op.20(中声のための六つの歌曲)
 小舟
 おまえの息吹の香を
 私はただ人生について考えた
 夜の慰め
 ローマの夜
 ヴェネツィア

~アンコール~
1.メンデルスゾーン/歌の翼にop.34-2
2、リスト(Franz Liszt)/それは素晴らしいことにちがいない(Es muss ein Wunderbares sein)S.314
3.島原の子守唄

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内藤明美&平島誠也によるリサイタルは毎年地道に続けられ、その意欲的なプログラミングと聴き手を魅了する演奏は毎回貴重な体験をさせてくれる。
今回のリサイタルでは生誕200年ながらなかなかまとまった歌曲のレパートリーとして聴くことの出来なかったメンデルスゾーンと、彼の名前にあやかって同じくフェリックスという名前の付けられたドレーゼケという作曲家の歌曲が披露された。
私はメンデルスゾーン歌曲が大好きなのだが、実演で聴ける機会が殆どないので、今回のリサイタルはおおいに期待して出かけてきた。

内藤さんは前半は金色のシックなドレス、後半は鮮やかなブルーのドレスで、それぞれ髪型も変えて魅せてくれた。

メンデルスゾーンの歌曲というと「歌の翼に」「新しい恋」「あいさつ」あたりが定番で、そのほかに数種類ある「春の歌」や「月」「ヴェネツィアのゴンドラの歌」などが歌われることが多いが、今回の内藤さんのレパートリーはそれらの有名曲はあまりとりあげず、作品番号のついていない非常に珍しい3曲(そのうちの1曲「思い出」はシューマンの「寂しさの涙は何を望むのか」Op.25-21と同じハイネの詩による)も含めて、意欲的な選曲をしているのが目を引く。
次々披露されるメンデルスゾーンの歌曲を聴きながら、これほど魅力的な作品を彼女のような優れた歌唱で聴ける幸せを感じる一方で、なかなか彼の歌曲が普及しないのは案外聴衆を惹きつけるような演奏をするのは歌手たちにとって難しいのかもしれないと感じた。

はじめて聴くドレーゼケの歌曲の中では、最初に演奏された「捨てられた娘」がかなりドラマを感じさせる作品で印象に残った。
同じ詩によるヴォルフの歌曲以上に革新的といってもいいぐらいである。
一方で同じくヴォルフの曲がある「アグネス」では、詩の悲壮感よりも民謡の味わいを前面に出して、ヴォルフとは対照的な解釈をしていたのが興味深かった。
「風景画集」という歌曲集はウーラントら様々な詩人のテキストによる、諸国を旅しているかのような情景描写が歌われている。
そのテキストの性格上、いくらでも手の込んだ描写的な音楽にもなりそうなものだが、ドレーゼケはそのようには作曲しなかったように感じた。
カラーの美麗なパンフレットで充実した解説を執筆されている山崎裕視氏の言葉を借りれば「古典的とも言える様式性と落ち着き」ということになるだろう。

内藤さんは最初のうちこそ若干固く感じられたが、徐々に本来の響きを聞かせてくれたと思う。
内藤さんの深さと官能性を併せ持った声はどちらかというとメンデルスゾーンの清潔で軽快な歌曲とは対照的な印象を持っていたが、実際に聴いていくうちにいつのまにか彼女の世界に引き込まれていくのを感じた。
「最初の喪失」や2曲の「ズライカ」など、シューベルトの歌曲との比較も楽しい。
「ズライカ」についてはシューベルトの曲に劣らず魅力的な作品だと思うがいかがだろうか。
詩人レーナウの憂愁をそのまま音に移し変えたかのような「葦の歌」では、彼女の深みのある声が最大限に生きて、平島さんのピアノともども素晴らしい演奏だった。
アイヒェンドルフの詩による「夜の歌」ではボリューム感のある声でクライマックスを築き、ストレートに胸に迫ってくる名唱だった。
ドレーゼケのはじめて聴く歌曲の数々も決して近寄りがたいものとならず、接しやすい雰囲気で歌ってくれたのは彼女ならではといえるかもしれない。

平島さんのピアノはいつものことながら周到に細部まで目配りの行き届いた演奏。
ピアノの蓋は一番短いスティックでわずかに開けられているに過ぎないが、どの音もつぶすことなく美しく響かせる。
そして各曲の終わりの音をたっぷり伸ばして最後まで曲の雰囲気を大切にしていた。
その作品に対するデリカシーに溢れた感性は、外来のピアニストたちにも見習ってもらいたいほどである。

アンコールの最初で有名な「歌の翼に」が流麗に演奏され、温かい雰囲気に包まれたが、2曲目の作曲家のリストはドレーゼケと深い交流があったようだ。
最後は演奏者お2人の故郷、長崎の歌、辛い境遇に巻き込まれた女性たちを歌った悲しい子守歌だが、内藤さんは独特の節回しを情感豊かに表現し、平島さんは楽譜なしで深い共感をもって演奏していた。

次回はどんなプログラムを聴かせてくれるのか、今から楽しみである。

Naito_hirashima_20091106_chirashi

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内藤明美&平島誠也/シューベルト「冬の旅」(2009年1月30日 日暮里サニーホールコンサートサロン)

独演コンサートシリーズ シューベルト三大歌曲集
Naitoh_hirashima_2009012009年1月30日(金)19:00 日暮里サニーホールコンサートサロン(全席自由)

内藤明美(Naitou Akemi)(MS)
平島誠也(Hirashima Seiya)(P)

シューベルト/「冬の旅(Winterreise)」D911

1.おやすみ(Gute Nacht)
2.風見の旗(Die Wetterfahne)
3.凍れる涙(Gefrorne Tränen)
4.かじかみ(Erstarrung)
5.菩提樹(Der Lindenbaum)
6.あふるる涙(Wasserflut)
7.川の上で(Auf dem Flusse)
8.かえりみ(Rückblick)
9.鬼火(Irrlicht)
10.休息(Rast)
11.春の夢(Frühlingstraum)
12.孤独(Einsamkeit)
13.郵便馬車(Die Post)
14.霜おく頭(Der greise Kopf)
15.からす(Die Krähe)
16.最後の希望(Letzte Hoffnung)
17.村にて(Im Dorfe)
18.あらしの朝(Der stürmische Morgen)
19.幻(Täuschung)
20.道しるべ(Der Wegweiser)
21.宿屋(Das Wirtshaus)
22.勇気(Mut)
23.幻の太陽(Die Nebensonnen)
24.辻音楽師(Der Leiermann)

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シューベルトの誕生日を翌日にひかえた1月30日、日暮里サニーホールコンサートサロンで、メゾソプラノの内藤明美とピアニスト平島誠也による「冬の旅」を聴いた。
この長崎県出身コンビの実演を聴くのは2007年のシェックのコンサート以来2度目となる。
そして、女声の歌う「冬の旅」を生で聴くのも白井光子に続いて2度目である。

今年に入って、フローリアン・プライ&読響、淡野太郎&武久源造と「冬の旅」ばかり聴いているが、この歌曲集ほど演奏者にとっても聴き手にとってもチャレンジを投げかける作品はそう多くないのではないだろうか。
ぎりぎりの精神状態を歌い、弾き、そして聴くのだから、いい演奏であればあるほど、終わった後にぐったり疲れる。
そういう意味で、今回の内藤&平島の演奏は緊張感の途切れることのないもので、「辻音楽師」が終わってようやく呪縛から解き放たれた気分だった。
ドレスに黒いジャケットをまとって舞台に登場した瞬間から内藤は言い知れぬ緊張感をみなぎらせていたが、それはすでに「冬の旅」の世界に入り込んでの登場と映った。
「壮絶」という言葉で形容したらよいだろうか、内容が「冬の旅」ということもあってか、内藤の歌は感情の起伏を前面に押し出したものだった。
ドイツ語の発音の美しさや、音程の完璧さといったレベルをとうに超えた実力を備えていることは前回のシェックのコンサートで了解済みだったが、安定した実力に安住せず、全力でこの大きな歌曲集にぶつかっていこうとする姿はやはり壮絶という以外の言葉が見当たらない。
自らぎりぎりの状況に追い込んでの歌唱といったらいいだろうか。
そのため、1曲1曲の密度が濃く、ある曲が終わると次の曲が始まるまでの間にかろうじて息をつけるという状況である。
息苦しいほどの緊迫感は、この歌曲集が失恋した男の旅というだけでない、普遍的な心の旅でもあることを思い出させる。
素晴らしい解説を執筆された山崎裕視氏はクリスタ・ルートヴィヒの言葉を引用している。

“冬の旅”の歌い手は男性であろうと女性であろうと、音楽や詩を、さらには人間的な情動をはるかに超えた状態にまで自己と聴衆を置かねばならない。
それは私たちを、意識するかしないかに関わらず、もはや戻ることのできぬ目標に向かって一歩ずつ近づける連れ立ちの旅なのである。

ルートヴィヒの「冬の旅」はあたかも母親目線のような第三者的な優しい包容力を感じさせるものだった。
しかし、内藤の「冬の旅」はあくまで自身の中に主人公を置いた歌であった。
男声歌手が歌うとさりげなく響く"Fremd bin ich eingezogen"も、内藤が歌うと激しい慟哭の歌となる。
女声であることを生かしたアプローチといえないだろうか。
「うまい」「深い」といった次元を超えた、言葉を失うような「冬の旅」の絶唱であった。

平島誠也のピアノは持ち前の美しく清冽な音色を生かしつつも、シューベルトの音楽そのものに語らせようという姿勢を貫く。
一見なにげない表現の中に磨きぬかれた響きの彫琢がある。
「辻音楽師」の最後の1ふし「私の歌にあなたのライアーを合わせてくれないか」で歌と共に盛り上がったあと、一瞬の間を置き、再び何事もなかったかのようにライアーの淡白な響きに戻すという解釈はこれまでのどのピアニストからも聴かれなかった新しい響きではっとさせられた。

さきほど触れた山崎氏の解説では、氏の師匠であった柳兼子との貴重な思い出と共に、彼女自身が「冬の旅」を歌っていたこと、さらに「お蝶夫人」で一世を風靡した三浦環までもがその晩年に自身の日本語訳で「冬の旅」や「水車屋」を歌っていたという貴重な情報を交えて、読み応えのある「女性歌手の“冬の旅”」論を執筆されている。

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内藤明美メゾソプラノリサイタル(2007年11月9日 東京オペラシティ リサイタルホール)

没後50年に因み オトマール・シェック「若き日の歌」
2007年11月9日(金)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール
内藤明美(MS)
平島誠也(P)

シェック作曲

山のあなたo. Op. No. 11(ブッセ)
やすらぎの谷Op. 3-1(ウーラント)
葦の歌ⅠOp. 2-1「彼方には陽も沈みゆき」(レーナウ)
葦の歌ⅡOp. 2-2「空は曇りて雲は飛ぶ」(レーナウ)
葦の歌ⅢOp. 2-3「こもりたる森の小径を」(レーナウ)

別れOp. 3-3(ウーラント)
さよならOp. 3-4(ウーラント)
礼拝堂Op. 3-2(ウーラント)
九月の朝Op. 7-1(メーリケ)
捨てられた娘Op. 6-1(シュヴァーベン民謡)

エリーザベトOp. 8-1(ヘッセ)
知らせOp. 8-3(ヘッセ)
二つの谷からOp. 8-2(ヘッセ)
非難o. Op. No. 27(ヘッセ)

~休憩~

美しいところOp. 14-3(フライ)
思い出Op. 10-1(アイヒェンドルフ)
森の湖Op. 15-1(ロイトホルト)
わが母にOp. 14-1(メーリケ)
眠りよ 眠りOp. 14-4(ヘッベル)
プラハ学生の旅の歌Op. 12-2(アイヒェンドルフ)

ペレグリーナⅠOp. 15-6「人言うに 恋人は杭に」(メーリケ)
ペレグリーナⅡOp. 17-4「かつて神聖であった愛の」(メーリケ)
秋にOp. 17-2(ウーラント)
春の教会墓地Op. 17-3(ウーラント)

[アンコール]
シェック/山のあなたo. Op. No. 11
レーガー/マリアの子守歌
山田耕筰/赤とんぼ
島原の子守唄

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いつもお世話になっている歌曲投稿サイト「詩と音楽」の甲斐さんに声をかけていただき、メゾソプラノの内藤明美さんとピアニストの平島誠也さんによるオトマール・シェックの歌曲のみによるリサイタルを聴いてきた。
シェックは今年が没後50年のアニバーサリーなので、それに因んでのプログラミングだが、歌曲創作に人一倍力を注ぎ、重要な歌曲作曲家でありながら知名度は必ずしも高くないシェックの歌曲ばかりを実演で聴けるということはどれほど貴重なことだろうか。
しかも、後年の熟した作品ではなく、シェックの若かりし頃の作品ばかりで一晩のプログラムを組むというのは今後もなかなか無い快挙ではないだろうか。

シェックの歌曲創作はシューベルトからヴォルフに至る大家たちをリスペクトしているのが感じられるが、彼らの作曲している多くの詩に果敢にチャレンジしていながら、メーリケの「ペレグリーナ」作品群の中でヴォルフが作曲している2編を避けているのが興味深い。
特に「ペレグリーナⅡ」は深刻なピアノパートも含め、惹き込まれる名曲だった。
上田敏の「海潮音」で有名なブッセの「山のあなた」には素直な旋律が付けられ、リサイタルの最初とアンコールの2回歌われた。
ブラームスも同じ詩に作曲している「捨てられた娘」(ブラームスの題名は「悲しむ娘」Op. 7-5)はシュヴァーベン民謡の詩により、ブラームス歌曲の深い悲しみとは異なり、民謡的な素朴さを追求しているようだ。
ヘッセの詩による4曲はいずれもなかなか魅力的な作品だが、特にたゆたうような響きが聞かれる「エリーザベト」が美しく素晴らしかった。
アイヒェンドルフの「プラハ学生の旅の歌」は3節からなる歌曲で、ヴォルフのアイヒェンドルフ歌曲に通ずる物語展開の面白さがあり楽しかった。
プログラム最後の「春の教会墓地」はしっとりとした趣が印象的で、平島さんのピアノ後奏が深い思いを反映した美しさだった。
アンコールは4曲歌われたが、ドイツリートとは全く異なる世界をもった「島原の子守唄」の感動的な歌唱には驚かされた。
ほんの数分の中で1つのドラマがくっきり浮かび上がってくるようで、内藤さんの持ち駒の豊かさを感じさせられた。
ちなみに内藤さんは前半では髪を束ね青いドレスで登場し、後半では鮮やかな赤いドレスに衣装を変え、髪もほどき、さらにペレグリーナを歌うセクションではショールをまとい、奔放な放浪癖のある女性を演出していた。

寡聞にして私はこれまで内藤さんのお名前も演奏も存じ上げなかったのだが、今回、その歌唱を聴き、甲斐さんが絶賛しておられたのが納得できる素晴らしい名唱であった。
これほどリートの歌唱に適性をもった歌手にはそう出会えるものではない。
声はどこをとっても美しく練られているばかりか、色合いの豊富さと深みがあって、1曲1曲に思いが込められているのがしっかりと伝わってくる。
そのドイツ語は明晰でネイティヴのような自然さだった。
珍しい作品を演奏する人の中には手探りで危なっかしい演奏を聴かされることもあるものだが、内藤さんは暗譜で完全にご自分の血肉とされていた。
これは平島さんのピアノにも感じられ、芸術家としての誠実で真摯な姿勢に感銘を受けた。
客席はほとんどがお弟子さんで占められていた感もあり、一般の歌曲ファンと思われる客層があまりいなかったのは残念だが、派手なプロモーションはなさらない主義なのかもしれない。

平島氏のピアノは見事なまでの完成度の高さで、自在に操る音色の美しさはベテランならではの底力のようなものを感じさせられた。
特に「ペレグリーナⅡ」での深みのある表現が素晴らしかった。

内藤明美という屈指の名歌手を知ることが出来、さらに平島誠也という現役最高の歌曲ピアニストの妙技を味わえて、とても収穫の多いコンサートだった。
今後は是非このコンビでの録音を望みたいものである。

なお、今回は甲斐さんと初めてお会いできたばかりか、甲斐さんのお知り合いの方たちとも知り合えて、充実した楽しい時間を過ごすことが出来た。
同じ趣味を持つ方たちと時間を共有する楽しみを感じられて感謝!

Naito_hirashima_200711

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