シューベルト/「春の憧れ」(Schubert: Frühlingssehnsucht, D 957, No. 3)を聞く
Frühlingssehnsucht, D 957, No. 3
春の憧れ
1.
Säuselnde Lüfte
Wehend so mild,
Blumiger Düfte
Athmend erfüllt!
Wie haucht Ihr mich wonnig begrüßend an!
Wie habt Ihr dem pochenden Herzen gethan?
Es möchte Euch folgen auf luftiger Bahn!
Wohin?
ざわめく風が
穏やかに吹き
花の香りが
放たれ いっぱいになる!
きみは僕に喜んで挨拶をし、息を吐きかける!
きみはこのどきどきする心に何をしたんだい?
風の道を通ってきみに付いて行きたい!
でもどこへ?
2.
Bächlein, so munter
Rauschend zumal,
[Wollen]1 hinunter
Silbern in's Thal.
Die schwebende Welle, dort eilt sie dahin!
Tief spiegeln sich Fluren und Himmel darin.
Was ziehst Du mich, sehnend verlangender Sinn,
Hinab?
小川は、こんなに元気に
いっせいに音を立てながら
谷へと
銀色に輝き下ろうとする。
漂う波、それはあちらへと急いで行きたいのだ!
野原や空が水底深くに映っている。
どうやってきみは僕を引っ張っていくのか、切望して、欲しがる気持ちよ、
向こうへ下りながら?
3.
Grüßender Sonne
Spielendes Gold,
Hoffende Wonne
Bringest Du hold.
Wie labt mich Dein selig begrüßendes Bild!
Es lächelt am tiefblauen Himmel so mild,
Und hat mir das Auge mit Thränen gefüllt! -
Warum?
挨拶する太陽が
金色にゆらめく、
望みをもつことの喜びを
きみは優しくもたらしてくれる。
きみが幸せに満ちて迎えてくれる姿がどれほど僕を元気づけることか!
藍色の空はとても穏やかに微笑み、
僕の目は涙でいっぱいになった!
でもどうして?
4.
Grünend umkränzet
Wälder und Höh'!
Schimmernd erglänzet
Blüthenschnee!
So dränget sich Alles zum bräutlichen Licht;
Es schwellen die Keime, die Knospe bricht;
Sie haben gefunden was ihnen gebricht:
Und Du?
周囲を緑に飾るのは
森や丘!
きらきら輝くのは
雪のように舞う花々!
あらゆるものが花嫁の放つ光へと突き進む、
芽はふくらみ、蕾は開き、
彼らに足りなかったものを見つけたのだ、
ではきみはどうなんだ?
5.
Rastloses Sehnen!
Wünschendes Herz,
Immer nur Thränen,
Klage und Schmerz?
Auch ich bin mir schwellender Triebe bewußt!
Wer stillet mir endlich die drängende Lust?
Nur Du [befreist]2 den Lenz in der Brust,
Nur Du!
絶え間ない憧れ!
欲する心、
常に涙、
嘆き、苦しみばかりなのか?
僕だって衝動が膨らんでくるのを自覚している!
僕の急き立てられた欲望をようやく鎮めてくれるのは誰なのか?
きみだけが胸の中に春を解き放ってくれる、
きみだけなのだ!
1 Rellstab: "Wallen"
2 Rellstab: "befreiest"
詩:Ludwig Rellstab (1799-1860), "Frühlings-Sehnsucht"
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Frühlingssehnsucht", D 957 no. 3 (1828), published 1829 [voice and piano], from Schwanengesang, no. 3, Tobias Haslinger, VN 5370, Wien
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シューベルトの死後『白鳥の歌 D957』として出版された歌曲集の第3曲に置かれた「春の憧れ」は、その名の通り、春がやってくる期待感、いてもたってもいられない焦燥感をこれ以上ないぐらい見事に描いた作品です。
シューベルトは亡くなる直前にルートヴィヒ・レルシュタープの詩にまとめて作曲しています。それらは兵士の孤独感、甘美な恋の歌、疎外感でいっぱいの心情、慣れ親しんだものからの別れ等多岐にわたり、それぞれが晩年(というにはあまりにも若すぎますが)のシューベルトの熟した技法で作曲されています。
この第3曲の詩を見ると春の到来と同時に、第4連にあるように「足りなかったもの(was ihnen gebricht)」つまり伴侶を見つけるということが主人公にとっての春であることが分かります。風や花や小川や太陽が主人公の心の中の衝動を引き起こそうとします。最終連で主人公は僕にも衝動が膨らんできて、それを鎮めてくれるのは「きみだけ(nur du)」なんだと気づきます。春が恋する気持ちを呼び覚ます、なんともロマンティックな詩ですね。
シューベルトはこの春に「突き動かされる」心情に焦点を当てて速いスピードで表現しています。歌声部は、詩のリズムに合わせた「♩♪♪」のリズムが印象的です。ちなみに第1連から第4連は有節形式で、詩句の音節の数に応じた多少の音価の違いがあるのみです(ちなみに旧全集の楽譜ではリピート記号で第1~4連を繰り返していますが、初版ではすべての節を記載していました)。最終連(第5連)でこれまでの変ロ長調(B-dur)から変ロ短調(b-moll)に転調して、主人公が憧れて満たされないあまりに、泣いたり嘆いたり苦しんだりするだけなのかとこぼす箇所の辛さを表現します。その後、もう一度同じ個所を繰り返す時には変ニ長調(Des-dur)に転調して、主人公の一瞬の気持ちの陰りも衝動の力によってポジティブに変わっていくことを示しているように思います。その後、もとの変ロ長調に戻りますが、歌の最後"Nur Du!"の"Du"をソの音で終わらせて、「きみ」に呼びかけているような効果を感じさせます。ピアノ後奏も変ロ長調のまま進みますが、最後の主和音の一つ前のIVの和音の第3音をフラットで半音下げてちょっとした陰りを加えるところなど「きみ」への一抹の不安が表現されていて、心憎い締めくくりとなっています。
●冒頭部分:初版(Vienna: Tobias Haslinger, n.d.[1829])
2/4拍子
変ロ長調 (B-dur)
Geschwind (速く)
●ヘルマン・プライ(BR), ヴァルター・クリーン(P)
Hermann Prey(BR), Walter Klein(P)
「春の憧れ」は7:26からです。プライは数回『白鳥の歌』を録音していますが、第1回目のこの録音は忘れられない名盤です。若かりしプライは勢いをつけて威勢よく歌っています。他の時期にはない全霊を込めた熱唱でただただその熱気に引き込まれます。クリーンもプライの熱気を生かした雄弁な演奏です。
●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), アルフレート・ブレンデル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Alfred Brendel(P)
年を重ねた人にももちろん平等に春はやってきます。円熟期のディースカウが若い頃に劣らず春への期待感をめりはりつけて歌っているところに感銘を受けます。ブレンデルの雄弁なリズム感も素晴らしいです。
●ハンス・ホッター(BSBR), ジェラルド・ムーア(P)
Hans Hotter(BSBR), Gerald Moore(P)
温かみのある歌とピアノのコンビです。最後の「きみだけなのだ!(Nur du!)」に込められた寂寥感が印象的です。
●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)
シュライアーの爽やかな美声と、涼風が吹き渡るような軽快なオルベルツのピアノが素晴らしいです!
●マティアス・ゲルネ(BR), クリストフ・エッシェンバハ(P)
Matthias Goerne(BR), Christoph Eschenbach(P)
ゲルネはこういう軽快な曲にも違和感なく対応できるのが凄いです。
●ジェラール・スゼー(BR), ドルトン・ボールドウィン(P)
Gérard Souzay(BR), Dalton Baldwin(P)
スゼーの歌は気品のある優しい響きがこの曲のもつ爽やかさとぴったり合致していて魅力的でした。ボールドウィンのピアノが押し寄せる焦燥感を素晴らしく表現していました。3,4節を省略していたのがもったいないぐらい、もっと聞いていたい演奏でした。
●クリストフ・プレガルディアン(T), アンドレアス・シュタイアー(Fortepiano)
Christoh Prégardien(T), Andreas Staier(Fortepiano)
さすがプレガルディアン!第2節以降、かなり装飾・変更をしています。もちろんシュタイアーも第3節以降、同様に変更を加えています。ぼーっと聞いていても、急に聞きなれない音が聞こえるので、一瞬で目が覚めます。最初の4節は完全な有節形式なので、こういう変更は他のアーティストもやりやすいのでは。
●アンドレ・シュエン(BR), ダニエル・ハイデ(P)
Andrè Schuen(BR), Daniel Heide(P)
新世代のリート歌手シュエンが力強さと丁寧さを両立させた歌を聞かせています。ハイデも丁寧な演奏でした。
●エリー・アーメリング(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P)
アーメリングは各節最終行の2音節(Wohin?など)の陰りを帯びた表情が絶妙です。
●ヤン・コボウ(T), クリスティアン・ベザイデンホウト(Fortepiano)
Jan Kobow(T), Kristian Bezuidenhout(Fortepiano)
古楽を得意とするコボウらしく新鮮な歌唱でした。ベザイデンホウトのフォルテピアノはいろいろ仕掛けていて新しい側面を引き出していたように感じました。
※有名な「白鳥の歌」の中の1曲なので、他にも沢山の録音があります。皆さんのお気に入りを探してみるのもいいかもしれません。
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(参考)
Schubertlied.de (Frühlingssehnsucht, D 957, No. 3)
Wikipedia - Ludwig Rellstab (Dichter) (ドイツ語)
Wikipedia - Ludwig Rellstab (英語)
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(CD)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), アルフレート・ブレンデル(P)
ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
マティアス・ゲルネ(BR), クリストフ・エッシェンバハ(P)
クリストフ・プレガルディアン(T), アンドレアス・シュタイアー(Fortepiano)
エリー・アーメリング(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
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