ベーア&ドイチュ/シューマン歌曲集
シューマン/リート、ロマンツェ、バラーデ集(Lieder, Romanzen & Balladen)
EMI CLASSICS: 7243 5 56199 2 1
録音:1996年2月, No. 1 Studio, Abbey Road, London
オーラフ・ベーア(Olaf Bär)(BR)
ヘルムート・ドイチュ(Helmut Deutsch)(P)
シューマン/「E.ガイベルによる3つの詩」Op. 30(魔法の角笛をもった少年/小姓/イダルゴ(スペイン貴族))
「ある画家の歌集からの6つの詩」Op. 36(日曜日にライン川で/セレナーデ/無上のこと/日光に寄せて/詩人の癒し/愛の使い)[詩:ライニク]
「ロマンツェとバラーデ、第1集」Op. 45(宝を掘る男/春の旅/夕べ浜辺で)[詩:アイヒェンドルフ;アイヒェンドルフ;ハイネ]
「ロマンツェとバラーデ、第2集」Op. 49(二人のてき弾兵/敵対し合う兄弟/尼僧)[詩:ハイネ;ハイネ;フレーリヒ]
手袋Op. 87[詩:シラー]
「ロマンツェとバラーデ、第3集」Op. 53(ブロンデルの歌/ローレライ/哀れなペーター)[詩:ザイドル;ローレンツ;ハイネ]
ベルシャザルOp. 57[詩:ハイネ]
「デンマークと北ギリシャの5つのリート」Op. 40(においすみれ/母の夢/兵隊/楽師/漏らされた恋)[訳詩:シャミッソー]
オーラフ・ベーアは1957年ドレースデン生まれのバリトン歌手で、1985年にデビューアルバムの「詩人の恋」、「リーダークライス」Op. 39をジェフリー・パーソンズの共演でリリースした時、F=ディースカウの後継者という扱いでかなり騒がれたのが懐かしく思い出される。初来日した際には声の不調で本来の良さが堪能出来なかったが、その後再来日して爽やかな歌を聴かせてくれたものだった。最近は来日もなく、リートの録音も2000年を過ぎてからはリリースされていないのが寂しい(オペラの録音はあるようだが)。
ベーアのシューマンは前述した1985年7月録音の「詩人の恋」、「リーダークライス」Op. 39に次いで、1989年9月録音の「リーダークライス」Op. 25、「ケルナーの詩による12の歌曲集」Op. 35がリリースされ、3枚目のアルバムがここで扱う1996年2月録音のCDである。最初の2枚はジェフリー・パーソンズの共演だったが、パーソンズは残念ながら1995年に亡くなり、3枚目のアルバムは現在の歌曲界の第一人者ヘルムート・ドイチュが共演している。
このCDの特徴はその選曲にあるといえるだろう。シラーの詩による「手袋」以外はすべて“歌の年”1840年に作曲された作品を出版された形のまままとめて演奏している。こういう形の選曲によるシューマン歌曲集は非常に珍しいので、レパートリー的にも貴重な録音といえるのではないか。ハイネの歌曲やOp, 40のシャミッソー訳の歌曲集は比較的演奏されることが多いが、ガイベルによるOp. 30やライニクによるOp. 36はかなり聴く機会が少ないレパートリーである。
ベーアの声はデビュー録音から約10年後の録音にもかかわらず、爽やかで柔らかい美声は健在である。彼は豊かな声量で聴かせるタイプではないので、巨大なコンサートホールで聴くよりも録音でその良さを発揮するように思える。デビュー録音からすでに際立っていたドイツ語の発音の美しさも相変わらずで、言葉の比重の大きいシューマンを歌う時にこの特質が大きな強みになっている。「二人のてき弾兵」などハイネの詩が生き生きと語られているのを感じずにいられない。彼は声を張る時によく専門家から力みを指摘されていたが、録音では無理をする必要もないせいかあまり気にならない。「魔法の角笛をもった少年」のような明るく希望に満ち溢れた曲はベーアの歌が最も生き生きと輝く。一方「イダルゴ」のリズムにのった歌や「セレナーデ」のような甘い誘惑、さらに「宝を掘る男」でのドラマティックな表現なども彼の持ち味にさらに一味加わった役者ぶりを披露している。ガイベルの詩による「ある画家の歌集からの6つの詩」Op. 36のようなドラマよりも抒情を優先した作品群は彼の清涼感をまさに求めていたのではないか。簡素な抒情から劇的なバラードまで特有の気品で聴く者に違和感を抱かせずに聴かせてしまう技量はやはり彼が非凡な逸材である証ではないだろうか。個人的にはF=ディースカウよりもベーアの方がシューマンのロマンティックな世界を見事に描き出しているように思える。
ヴィーン出身のヘルムート・ドイチュの演奏はシューマンの描いた世界を最大限に読み解いて余すところなく表現した素晴らしいものだ。彼の美質の一つにそのタッチの素晴らしさがあると思う。作品によって、なめらかなレガートや、重厚な表現、軽快なリズムなど、あらゆるパレットを自在に駆使している。それに加え常に引き締まったテンポ設定は作品に推進力を与え、決してだれることがない。スマートだがすべきことはすべて表現し尽す彼の演奏から作品の魅力を教えてもらえるのは贅沢な喜びである。
最初に演奏される「E.ガイベルによる3つの詩」Op. 30と「ある画家の歌集からの6つの詩」Op. 36について簡単にご紹介しておきたい。
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「E.ガイベルによる3つの詩」Op. 30(希望に満ちた若者、けなげな小姓、自信みなぎるプレイボーイといった異なるタイプの男を歌った興味深い曲集)
1 「魔法の角笛をもった少年」陽気な若者が馬にまたがり広大な世界に繰り出し、各地で人々との交流をもちながら旅を続けるという内容で、生き生きとした勇壮な曲。希望に満ちた気持ちを反映したかのようなtraraの繰り返しが印象的。ベーアの爽やかな語り口がとても魅力的である。
2 「小姓」小姓としてお仕えさせてもらえるならば、恋人との逢瀬の見張り役でも何でもしますという健気な男の気持ちを歌った内容。詩に影響されてか、慎ましやかな曲調で貫かれている。地味だが詩の内容には一致しているように思える。丁寧なベーアの歌がこのつつましい曲にはよく合っていた。
3 「イダルゴ」2曲目とは一転してドン・ジョヴァンニのような放蕩男が女性とのアバンチュールやライバルとの決闘に繰り出すという内容。ツィターのつまびきを思わせるリズムに乗って、世慣れた男のセリフが堂々と歌われる。女性を誘惑するのにうってつけのベーアの声の魅力が感じられ、ドイチュの曲の性格に応じたタッチの巧みさも素晴らしい。
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「ある画家の歌集からの6つの詩」Op. 36(詩人のライニクは画家としても活動していた)
1 「日曜日にライン川で」日曜日にライン川のほとりを散歩する楽しさを歌い、最後にはドイツを賛美して終わる。和音の連打にのって穏やかに歌われる。素直な中にシューマンらしい才気もあり、なかなか魅力的な曲だ。
2 「セレナーデ」ギターをつまびくピアノパートの上で恋する女性を外に誘い出そうとする男の甘い恋歌が披露される。ベーアの甘い声はこの種の曲にぴったりだ。
3 「無上のこと」恋人の美しい瞳を見つめることやキスをすること以上に素敵なことがあるとはまさか想像もしていなかったという内容。これも和音連打のピアノの上で穏やかだがリズミカルに進む曲。
4 「日光に寄せて」明るい日の光に誘われて外に出るが、愛する相手のいない自分はそれゆえに苦しむという内容。付点のリズムが特徴的な曲。
5 「詩人の癒し」夢でみた美しい女性にある晩谷間で実際に会ったが彼女は妖精の女王だった。ぼくは別の女性をさがすことにしようという内容。和音の連打にのってはじまるが、詩の内容に従って通作的に展開していく。ただ基本的なテーマは繰り返され、統一感も配慮されている。かなりドラマティックな展開の曲で、曲集中のアクセントになっているように思う。ベーアも見事だが、ドイチュの雄弁な演奏は聴き応え充分である。
6 「愛の使い」東へと急ぐ雲に、恋人への言伝を頼むという内容。ゆったりとした曲想が4節続くので若干冗長さは免れないが、その甘美な抒情はシューマンらしいと言えるかもしれない。
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