ツェムリンスキー「夕暮れのハーモニー」(ボドレールの原詩による)

前回のベルク作曲「ワイン」の記事のためにボドレールの詩の独訳を翻訳してみて、この詩人の詩の面白さを再認識し、他に独訳された彼の詩による歌曲を探してみたところ、ドビュッシーのボドレール歌曲集で使われている"Harmonie du soir"の独訳にツェムリンスキーが作曲していることを知り、訳してみた。この詩も「悪の華」に含まれ、独訳はアントーン・エングレルトという人による。
この曲が含まれているCD(SONY CLASSICAL: SK 57 960)もたまたま持っていたので、ルート・ツィーザク(S)&コルト・ガルベン(P)の演奏を聴いてみたが、かなり色彩感豊かな音楽になっている。ドビュッシーの曲とは全く雰囲気は違うものの、詩にも出てくるワルツのリズムを基調にして、色合いを音で表現しようとしているように感じられた。

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Harmonie des Abends
 夕暮れのハーモニー

Es naht sich der Abend mit düsterem Schweigen,
Den zitternden Blüten ein Weihrauch entquillt;
Die Luft ist mit kreisenden Düften erfüllt.
O schmerzlicher Walzer, o schmachtender Reigen!
 薄暗く沈黙した夕暮れが近づき、
 震える花々から香が湧き出る。
 大気は旋回する香りに満たされている。
 おお、苦悩のワルツよ、おお、喘ぐ輪舞よ!

Den zitternden Blüten ein Weihrauch entquillt.
Wie ein Herz, das gekränkt ward, erzittern die Geigen.
O schmerzlicher Walzer, o schmachtender Reigen!
Ernst prangt wie ein Altar des Äthers Gefild.
 震える花々から香が湧き出る。
 傷ついた心のように、ヴァイオリンは震える。
 おお、苦悩のワルツよ、おお、喘ぐ輪舞よ!
 天空の祭壇のように野は厳粛に輝きわたる。

Wie ein Herz, das gekränkt ward, erzittern die Geigen,
Wie ein Herz, dem es bangt, wenn der Tag sich verhüllt;
[Ernst prangt wie ein Altar des Äthers Gefild.]
Die Sonne, sie scheint sich verblutend zu neigen.
 傷ついた心のように、ヴァイオリンは震える、
 昼が身を隠すときの不安な心のように。
 [天空の祭壇のように野は厳粛に輝きわたる。]
 太陽、それは血を流し息絶えながら傾いていくようだ。

Ein Herz, dem es bangt, wenn der Tag sich verhüllt,
Sucht Strahlen, die aus der Vergangenheit steigen.
Die Sonne, sie scheint sich verblutend zu neigen.
Gleich einer Monstranz in mir leuchtet dein Bild.
 昼が身を隠すときの不安な心は
 過去から立ち昇る光線を捜し求める。
 太陽、それは血を流し息絶えながら傾いていくようだ。
 聖体顕示台さながら私の中であなたの姿が輝くのだ。

O schmerzlicher Walzer, o schmachtender Reigen!
 おお、苦悩のワルツよ、おお、喘ぐ輪舞よ!

原詩:Charles Pierre Baudelaire (1821.4.9, Paris - 1867.8.31, Paris)
訳詩:Anton Englert (?-?)
曲:Alexander Zemlinsky (1871.10.14, Wien - 1942.3.15, Larchmont, New York):1916年作曲

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ボドレールの詩は各節2、4行目が次の節の1、3行目にそのまま使われているが、エングレルトによる訳詩もおおよそその通りになっている。ただし、第3節がツェムリンスキーの曲では3行分しかなく、第2節の第4行(天空の祭壇のように野は厳粛に輝きわたる)が第3節第3行に流用されていない。これはエングレルトの訳詩がもともとこうなっているのか、それともツェムリンスキーによる省略なのかは調べがつかなかった。ただ、第1節の第4行(おお、苦悩のワルツよ、おお、喘ぐ輪舞よ!)が曲の最後に再度繰り返されているのは、おそらくツェムリンスキーによる追加なのではないだろうか。

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アーメリング初出音源(アルバン・ベルク/コンサートアリア「ワイン」)

久しぶりにエリー・アーメリングの録音が発売された。コンセルトヘボウ管弦楽団の1970年~1980年までの放送録音を収めた"Anthology of the Royal Concertgebouw Orchestra"(RCO: RCO 06004)という14枚組のCDの中に彼女の演奏が2曲含まれている。1つはバッハの結婚カンタータ「今ぞ去れ、悲しみの影よ」BWV202(オイゲン・ヨッフム指揮)、もう1つはアルバン・ベルクのコンサート・アリア「ワイン」(一般的には「ぶどう酒」と訳されるようだ)(エーリヒ・ラインスドルフ指揮)である。バッハはかつてTAHRAレーベルから出ていたものと同一音源だが、TAHRA盤がカンタータ全曲で1トラックだったのに対して、今回のRCO盤は9トラックに分けてあるので、途中のアリアを取り出して聴くのに便利である(歌唱の伸び伸びとした美しさは言うまでもない)。そして、ベルクの「ワイン」は初出音源であり、スタジオ録音もおそらくされていないので貴重な録音で、RCOに感謝である!アーメリングはベルクでは「ワイン」のほかにも「7つの初期の歌」や「アルテンベルク歌曲集」もレパートリーにしていたそうなので、いつか発見されることを期待したい。

ベルク(Alban Berg: 1885-1935)の「ワイン(Der Wein)」は、シャルル・ボドレール(Charles Baudelaire: 1821-1867)の「悪の華(Les fleurs du mal)」の中の詩に、彼同様象徴派のシュテファン・ゲオルゲ(Stefan George: 1868-1933)が独訳した3篇の詩をまとめて1曲にしたコンサート・アリア(Konzertarie)で、歌劇「ルル」作曲の合間に作られた。おそらく12音音楽といっていいのだろうが、詩に応じた音楽の描き分けが聴き取れて、詩が単なる素材にとどまっていないように感じられた。オーケストラ・パートも混沌としているようでいて、実は統率がとれているという感じで、案外詩の展開に沿っていて、知らず知らず惹き込まれる引力をもっているように思った。アーメリングの歌うベルクはまずその発音の明瞭さに驚かされる。難曲のはずなのに何でもないようにすっきりと歌ってしまう。聴き易くはない12音音楽がぐっと親しみやすくなるのは彼女ならではであろう。私はザビーネ・ハス(Sabine Hass)の歌った録音も聴いたが、ハスの濃密で爛熟した表現はアーメリングにはあまり無い特質である。ベルクの音楽が求めるものをより表現しているのはハスの方だろう。だがアーメリングのはっきりとした語り口と、ぴたっと決まる音程の見事さ、それに張りのある伸びやかな美声は、20世紀前半のこの種の音楽に馴染みの薄い私のような聴き手には一気に曲を身近な存在に感じさせてくれるのである。

Ameling_berg_rco"Anthology of the Royal Concertgebouw Orchestra 1970-1980"(RCO: RCO 06004)

CD8
バッハ/結婚カンタータ「今ぞ去れ、悲しみの影よ」BWV202 (22'43)
 Elly Ameling(S)
 Royal Concertgebouw Orchestra
 Eugen Jochum(C)
 1973年4月5日コンセルトヘボウでのライヴ録音

CD9
ベルク/コンサート・アリア「ワイン」 (13'00)
 Elly Ameling(S)
 Royal Concertgebouw Orchestra
 Erich Leinsdorf(C)
 1973年12月2日コンセルトヘボウでのライヴ録音

CD収録全曲の内容は以下のサイトにあります。
http://www.hmv.co.jp/Product/detail.asp?sku=2513439

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Der Wein
 ワイン

1. Die Seele des Weines
 ワインの魂

Des weines geist begann im fass zu singen:
Mensch - teurer ausgestossener - dir soll
Durch meinen engen kerker durch erklingen
Ein lied von licht und bruderliebe voll.
 ワインの精が樽の中で歌い始めた。
 人間よ、親愛なる追放されし者よ、おまえに
 わが狭き牢獄を通して響かせよう、
 光と兄弟愛にあふれた歌を。

Ich weiss: am sengendheissen bergeshange
Bei schweiss und mühe nur gedeih ich recht
Da meine seele ich nur so empfange
Doch bin ich niemals undankbar und schlecht.
 私は知っている、焼けつくように暑い山の斜面で
 汗と苦心によってのみ私が良く育つことを。
 私の魂を私はこのようにしてのみ受け取るのだが、
 決して恩知らずでも、悪さをするわけでもない。

Und dies bereitet mir die grösste labe
Wenn eines arbeit-matten mund mich hält
Sein heisser schlund wird mir zum kühlen grabe
Das mehr als kalte keller mir gefällt.
 そして私を最も元気にしてくれるのは、
 働き疲れた者の口が私に当たるときだ。
 その熱い喉が私には涼しい墓になる、
 そこは冷たい貯蔵室よりも私のお気に入りなのだ。

Hörst du den sonntagsang aus frohem schwarme?
Nun kehrt die hoffnung prickelnd in mich ein:
Du stülpst die ärmel - stützest beide arme
Du wirst mich preisen und zufrieden sein.
 陽気な群集が日曜日に歌う歌が聞こえるかい?
 今や希望が泡立ちながら私の中で休憩している。
 あなたは袖を折り返して、両腕を支える、
 あなたは私を褒め称え、満足するであろう。

Ich mache deines weibes augen heiter
Und deinem sohne leih ich frische kraft
Ich bin für diesen zarten lebensstreiter
Das öl das fechtern die gewandtheit schafft.
 私はあなたの夫人の目を明るくし、
 あなたの息子に新鮮な力を貸し与える。
 私はこのか弱き人生の闘士にとって、
 剣士の機敏さを作り出す油となるのだ。

Und du erhältst von diesem pflanzenseime
Den Gott - der ewige sämann - niedergiesst
Damit in deiner brust die dichtkunst keime
Die wie ein seltner baum zum himmel spriesst.
 そして、あなたはこの植物の液から受け取るのだ、
 神、つまり永遠なる種蒔き人が注ぎ落とす液から、
 あなたの胸の中で詩歌が芽生えるように、
 珍しい木のように天に向けて芽吹く詩歌が。

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2. Der Wein der Liebenden
 恋する二人のワイン

Prächtig ist heute die weite
Stränge und sporen beiseite
Reiten wir auf dem wein
In den feenhimmel hinein!
 今日の彼方はきらめている、
 綱と拍車は脇にやり、
 ワインにまたがって
 妖精たちの天空へ進み行こう!

Engel für ewige dauer
Leidend im fieberschauer
Durch des morgens blauen kristall
Fort in das leuchtende all!
 天使は永遠に
 悪寒に苦しみながら、
 朝の青い結晶を通って
 輝く宇宙へと進むのだ!

Wir lehnen uns weich auf den flügel
Des windes der eilt ohne zügel.
Beide voll gleicher lust
 私たちはやさしくもたれかかる、
 手綱も無いまま、急ぐ風の翼に。
 二人とも同じほどの喜びにあふれて、

Lass schwester uns brust an brust
Fliehn ohne rast und stand
In meiner träume land!
 妹よ、寄り添って
 休まず立ち止まらず逃げようよ、
 わが夢の国へと!

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3. Der Wein des Einsamen
 孤独な男のワイン

Der sonderbare blick der leichten frauen
Der auf uns gleitet wie das weisse licht
Des mondes auf bewegter wasserschicht
Will er im bade seine schönheit schauen
 軽薄な女たちの奇妙なまなざし、
 我々に滑らせるそのまなざし、
 あたかもゆらめく水面の月の白光のようだ、
 月は水浴しながら己の美しさを見ようとする。

Der letzte thaler auf dem spielertisch
Ein frecher kuss der hagern Adeline
Erschlaffenden gesang der violine
Der wie der menschheit fernes qualgezisch -
 賭博台の上の最後のターラー銀貨、
 やせこけたアデリーネの無遠慮なキス、
 ヴァイオリンのたるんだ歌、
 それは人間が彼方から漏らす苦痛のうめき声のようだ。

Mehr als dies alles schätz ich - tiefe flasche -
Den starken balsam den ich aus dir nasche
Und der des frommen dichters müdheit bannt.
 これらすべてよりありがたいのは、深き瓶よ、
 あなたの中から失敬した強いバルサムだ。
 それは実直な詩人の疲労を封じ込めてくれる。

Du gibst ihm hoffnung liebe jugendkraft
Und stolz - dies erbteil aller bettlerschaft
Der uns zu helden macht und gottverwandt.
 あなたが詩人に与えてくれるのは、希望と愛と若き力、
 それに誇り-すなわち、あらゆる物乞いの素質、
 詩人は我らを英雄にも神の一族にもしてくれるのだ。

原詩:Charles Pierre Baudelaire (1821.4.9, Paris - 1867.8.31, Paris):L'âme du vin / Le vin des amants / Le vin du solitaire
訳詩:Stefan Anton George (1868.7.12, Büdesheim - 1933.12.4, Minusio)
曲:Alban Maria Johannes Berg (1885.2.9, Wien - 1935.12.24, Wien):1929年作曲

(訳注:名詞の最初が小文字なのは、ゲオルゲの原文がそのようになっているようです。)

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余談だが、アルバン・ベルクには「私の両目を閉じて(Schliesse mir die Augen beide)」というシュトルム(名作「みずうみ(Immensee)」で知られる作家、詩人:Theodor Storm:1817-1888)の詩による短い歌曲が2種類ある。1回目は1907年、2回目は1925年の作曲だが、この20年近い経過でベルクの書法がすっかり変わった証言として聴き比べるのも興味深いと思う。マーガレット・マーシャル(S)&ジェフリー・パーソンズの演奏(DG:1984年8月録音)がなかなかいいが、確かジェシー・ノーマンもこの2種を録音していたと思う。

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