グリンカ没後150年

今日は、ミハイル・グリンカ(Михаил Иванович Глинка:1804.6.1, Novospasskoye - 1857.2.15, Berlin)の没後ちょうど150年目にあたる。それを記念して、グリンカの歌曲リストを公開したい。リストの作成には、グローヴのリスト、三省堂の「クラシック音楽作品名辞典」と共に、伊東一郎氏の訳による「グリーンカ歌曲歌詞対訳全集」(新期社:1980年初版発行)を参照させていただいた。

 グリンカ歌曲リスト

彼の歌曲は素朴で、チャイコフスキーのような濃厚さは希薄かもしれないが、繊細であったり、甘美であったり、時にはがっちりとした威勢のよい側面もあり、その多彩な性格は演奏者と聴衆のどちらにも好まれ、ロシア歌曲の広大なレパートリーの中でもとりあげられることが多い。

グリンカの数ある魅力的な作品の中で唯一の歌曲集の形態をとっているのが、「ペテルブルクとの別れ」である。12曲から成るこの歌曲集はクーコリニク(1809-1868)の詩によるもので、元は、グリンカが歌詞なしで作曲した「ボレロ」(第3曲)への詩をクーコリニクに依頼したことにはじまり、その後、クーコリニクの詩による歌曲をまとめて歌曲集として出版した。この頃、グリンカは家庭問題でペテルブルクを離れようとしていた為、「ペテルブルクとの別れ」というタイトルにしたそうである。

(以下の曲名、対訳などは上述の伊東氏の著書を参照しました。)

歌曲集「ペテルブルクとの別れ」(Прощание с Петербургом)
 詩:ネストール・クーコリニク(Нестор Васильевич Кукольник:1809.9.8, Saint Petersburg - 1868.12.8, Taganrog)

1)ロマンス:彼女は誰か、そしてどこにいるのか(叙事詩「ダヴィッド・リッチオ」より)
(Романс : Кто она и где она)
「見知らぬ女性に私は心ひかれ、風や雲は彼女を知っている。その彼女に出会う日が来ることを信じている」というような内容。上行する3つの音のモティーフによる前奏で始まり、歌もそのモティーフを引き継いでいる。秘めやかな音楽はどこか神秘的な女性像をイメージさせる。

2)ヘブライの歌(悲劇「ホールムスキイ公」より)
(Еврейская песня)
「天からたれこめた霧がパレスチナの墓をおおった。先祖は復興の時代を待っている」という内容。グリンカの弟子のユダヤ人のために書かれたそうだ。装飾音のついた歌はメランコリックで耳に残る。力強く壮大な印象。

3)ボレロ
(Болеро)
詩は恋人との熱烈な愛のやりとりに始まるが、後半は彼女が裏切ったときのことを思い描き、最後に振り切るように、おまえは裏切りはしないと自分に言い聞かせて終わる。グリンカが作ったこの曲に、彼自身の依頼でクーコリニクが後から詩を付けた。曲はボレロの厳格なリズムのもとで愛の讃歌が続き、「口づけは続く」と歌われるくだりでリズムが崩れて甘美な響きを聞かせるが、すぐにもとのリズムに戻る。

4)カヴァチーナ:長い間美しくきみは薔薇のように咲きほこっていた
(Каватина : Давно ли роскошно ты розой цвела)
彼女の美しかった人生の春は過ぎ去ったが、今目の前にいる彼女を誰にも渡さないと歌われる。ため息を表すような下降する音型の繰り返されるピアノ前奏の後で、もの哀しい歌が始まる。第1節3~4行目の「けれどはかないこの世の春は過ぎ去った」が何度も繰り返され、グリンカがこの箇所に重点を置いているのが伝わる。後半は「おまえをわたさない」と明るく決然と歌われる。

5)子守歌
(Колыбельная песня)
しっとりと暗さを帯びた美しい子守歌で、詩の3つの節をひとまとめにしてそれが2節分ある有節形式である。「お眠り、私の天使よ」と子守歌らしい優しい口調ではじまるが、途中で「黒雲」「苦しみ」「嵐」など物騒な描写が描かれ、この子をどうかお守りくださいと結ばれる。「ねんねんころり」に相当するという「バーユ・バーユシキ・バユー」が何度もあらわれて印象的である。

6)旅の歌
(Попутная песня)
詩は、汽船、雑踏、汽車などの旅の情景(1、3、5)と、彼方に待つ恋人への思い(2、4)が交互に現れる。1、3、5節は全く同じ詩節で、2節では心に秘めた思いは汽車よりも早く飛ぶと歌い、4節では自然の情景が目に入らないのは恋人の瞳のせいだと歌う。グリンカの曲も詩に合わせてA-B-A-B-Aの形で進む。リズミカルなピアノパートは汽車の走行の描写だろうか。歌は早口にまくしたてるように歌うが、軽快で明るいAと若干影を落とすBがいい対照を成している。

7)ファンタジヤ:とまれ,私の忠実な荒馬よ
(Фантазия : Стой,мой верный,бурный конь)
スペインを舞台にした詩で、敵の邸の前に荒馬をとめて、中に押し入り、敵を殺害した後、ヘニル川に身投げする。残された馬は墓の芝生で蹄を踏み鳴らすという情景が歌われる。殺害計画を馬に語る前半は勇ましく始まり、何も知らない彼女の描写と愛の言葉を歌う中間部は甘美な響きに変わり、夢が実現した後半は穏やかな響きで冷静に締めくくる。

8)バルカローラ:青空は眠りについた
(Баркарола : Уснули голубые)
青空が眠りにつき、夜が到来すると、恋人たちが愛に燃え上がり、船上で愛を歌うので、波よ、おまえたちは朝まで眠れないという内容。心地よい舟歌のリズムに乗り、ゆったりとした歌が大きく弧を描く。A-B-A-B-A’の構造だが、Aの最後に歌われるハミングが美しい。

9)古(いにしえ)の勲(いさお):騎士の歌
(Virtus antiqua : Рыцарский романс)
十字軍の騎士が戦に出かける港の設定で、勝っても負けてもあなたのもとに帰ってくると力強く歌う。音楽は軍歌の勇ましいリズムで一貫した3節の有節形式。

10)雲雀
(Жаворонок)
歌が響いているが、その歌い手の姿は見えない。しかし歌を送られた人は誰からの歌か分かるという相聞歌を描いた歌。雲雀は相聞歌の響く中、友人の頭上で歌っているという設定になっている。グリンカの歌曲の中で最も有名なものの1つ。ピアノパートのソロの箇所に雲雀の歌が美しく響く。歌は哀愁を帯びた極めて美しい旋律で耳に残る。ちなみに、「雲雀」はロシア語で「ジャーヴァラナク」と言うらしい。

11)モリーに:歌人に歌を求めるな(小説「ビュルガー」からの歌曲)
(К Молли:Не требуй песен от певца)
浮世の波に沈みこんだ時の歌びとに歌を求めてもうめき声にしかならない。彼を共感を持って迎え、たとえ戯れであっても彼に希望を与えたならば、明るく熱く言葉がほとばしり、力強く歌が響くだろうという内容。だから歌びとにつれない態度をとらないでと訴えているのだろう。グリンカの曲は、竪琴を思わせるようなアルペッジョの前奏で始まり、諭すような口調の旋律が歌われる。

12)別れの歌 <独唱+TTBの編成>
(Прощальная песня)
グリンカがペテルブルクを去る時に、クーコリニクが催した送別会で歌われたという。詩の内容もまさに別れを告げる当人の挨拶と彼を励ます者たちとの対話の形になっている。曲も詩に応じて独唱と男声合唱が交互に歌われる。行進曲の趣で、壮行会の歌として全く違和感のない音楽になっている。

Glinka_evtodieva_1_1COMPLETE SONGS AND ROMANCES: VOLUME ONE
DELOS: DE 3338
録音:2003年5,6,11月、2004年1月、St. Catherine Lutheran Church, St. Petersburg
Victoria Evtodieva(S)
Liudmila Shkirtil(MS)
Piotr Migunov(BS)
Yuri Serov(P)
The male group of the LEGE ARTIS Chamber Choir
(Boris Abalian: artistic director)
 歌曲集「ペテルブルクとの別れ」(全12曲)
 あなたと一緒ならどんなにかすばらしい
 告白
 おまえを愛する、いとしい薔薇よ
 彼女に
 かわいい娘
 あなたはすぐに私を忘れるでしょう
 聞こえるのはあなたの声か
 祝盃
 マルガレーテの歌
 おお、いとしい乙女よ
 アデーレ
 メリー
 フィンランドの入江
 ああ、前からわかっていたら
 心が痛むと言わないで

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