アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)の言葉-共演者たちとの思い出など

下記のリンク先に、アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)が2007年頃に"Freunde der Villa Musica"というドイツのラインラント=プファルツ州(Rheinland-Pfalz)の団体のインタビューに答えた記事がありました。
エンガース城のディアーナホール(Diana-Saal von Schloss Engers)という場所での公開インタビューのようです。
過去の共演者についても語っており、とても興味深いので、いくつか抜粋してご紹介します(インタビュアーはこの団体の総裁であるBarbara Harnischfegerという人です)。

 こちら

「歌手の伴奏者は荷物運びの価値しかない」という偏見と伴奏者たちはずっと闘ってきた。
ゲイジはカールスルーエのプラットホームでのエピソードを語って、ほくそえんだ。
「私のかばんをソプラノのジェシー・ノーマンが持ってくれたんですよ。私よりも彼女の方が力持ちですからね。」

ゲイジは自分の契約をエージェントに主張した最初の伴奏者らしい。ジェラルド・ムーアでさえそうではなかったとのこと。

ゲイジはアメリカ合衆国のオハイオ州クリーヴランドに生まれた。
母親はロシア人、父親はハンガリー人だった。
4歳からピアノは弾いていたが、本格的に勉強したのは18歳の時。
ゲイジの母親は指揮者のジョージ・セルと親しく、グレン・グールドにピアノを聞いてもらう仲介をしてくれた。
13歳の時、ピアノを完全にやめて、野球に打ち込んだ。
ミシガン大学では、将来駐日アメリカ大使になろうとして、日本語を勉強した。
その後、イェール大学へ行き、文学を専攻する。
「パーティを開く代わりに、私たちは夕方図書館でテキストを朗読していたのです」
このようにして自然に例えばマックス・レーガーの作品全集を知り、文学を通じてリートに行き着き、再びピアノを弾くことになる。
「私にとって芸術は神聖なもの(Heilige Kuh)ではなかったのです。私はスポーツ観戦するよりも早くからピアノを弾いていたのです。」

1963年にゲイジはヴィーンへ渡る。
「アメリカ人はヨーロッパに2年ほど滞在するものでした。」
しかし、ゲイジは今にいたるまでチューリヒに住み続けている。

ヴィーンでは向こう見ずにも当時の大歌手に手紙を出して知り合おうとした。

フリッツ・ヴンダーリヒのエージェントからこんな返事がきた-「アメリカ人がヴンダーリヒの伴奏をしたいとどうして思ったのでしょう」
1966年にヴンダーリヒはすでに亡くなっていた。

グンドゥラ・ヤノヴィッツからはこういう返事がきた-「今私の伴奏をヘルベルト・フォン・カラヤンがしてくれているのですが、あなたに弾いてもらう日もくるでしょう。」
カラヤンが病気になった時、ゲイジは列車に乗ってヤノヴィッツの許に向かった。
演目はヒンデミットの「マリアの生涯」だったが、ゲイジはヒンデミットを知っていた。イェール大学時代の先生だったのだ。

ヴィーンで学んでいた時、ゲイジはリート伴奏家のエリク・ヴェルバの譜めくりとして演奏会ツアーに同行を許された。
「父親が歯医者で、毎月小切手を送ってくれたので、ぶらぶら過ごすことも出来たでしょう。」
ゲイジはヴィーンのユーゲントシュティール時代の歌曲シリーズで名前を知られるようになった。
彼はアルバン・ベルク夫人と知り合い、戦後初めてヴィーン・コンツェルトハウスでベルク作品の入ったプログラムを演奏した。
これらの成功によって、上層部はエリー・アーメリングのリートコンサートを彼に依頼した。
「このオランダ人女性は私にとって最良のシューベルト歌手でした。」
アーメリングと詩の内容を議論することで「彼女から私はシューベルト歌曲を理解することを学んだ。」

その後、彼は同時代の大歌手たちと演奏した。その際、彼はいつもパートナーと同価値であろうとした。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウは、「呼吸のしかたが違います」とゲイジに言われて気分を害した。
「ここでブレスすれば、このフレーズを最後までたやすく歌えますよ」とゲイジは助言し、実際うまくいった。
しかしフィッシャー=ディースカウは「アメリカ人の野球プレーヤーが、私フィッシャー=ディースカウにこうすればよいとよく言えるものですね。」
そして、これが一緒に演奏した最後となった。

ヘルマン・プライに対しては、彼が楽譜を見ずに合わせてみて、音楽的に不確かな箇所があったとしても、これまで得た教訓から何も言わなかった。
「私たちはみんなフィッシャー=ディースカウの影響を受けていた。でもプライは模範的なディクションをしていた。言葉を強調し過ぎるフィッシャー=ディースカウよりもプライの方が良いディクションだった。」
「プライは親切で、父親のようでさえあり、愛想が良く、そして傷つきやすかった。」
「彼の美点はナチュラルなところです。あれこれとやるのではなく、我々は音楽を奏でたのです。」
ゲイジは師のヴェルバの言葉を引用する。「思い悩んだり、試行錯誤するのは、コンサートの舞台ではなく、家でやることだ。コンサートではなにもかも忘れて、準備をしていないように演奏しなければならない。どのコンサートも重要だ。それが村のホールだろうが、カーネギーホールだろうが一緒である。私の与え得るものをすべて感情にのせるのだ。」

ゲイジは2年前にやむなくピアノ演奏を断念した。ローマン・トレーケル(※訳注:原文ではNorman Trekelと書かれていますが、おそらく誤植と思われます)とのアムステルダムでの「冬の旅」が彼の最後のコンサートとなった。
彼は指先を負傷していたのだった。
コンクールやマスタークラスの仕事で多忙だったので、演奏からの引退はそれほど悲しまずに受け入れることが出来た。

クリストフ・プレガルディエンと演奏する時はいつも過剰なほどの感情表現をこめて演奏していた。
プレガルディエンはもっとあっさりした方が好みかもしれない。
「私たちは水と油でした。いつも沢山議論しましたが、我々はお互い好感をもっています」

マティアス・ゲルネをゲイジはよく知っていた。「私はゲルネのはじめての伴奏者でした。私と演奏していた頃、彼は若くて礼儀正しかった。」
ゲルネのロンドン・デビューの時、ロンドンっ子がすでによく知っていたゲイジに対しては良い批評が書かれ、新人のゲルネに対しては悪く書かれた。
それによってゲイジはゲルネを失った。
「ゲルネは決して悪い演奏ではなかった。ただ、大都市で最初に演奏する時にはよくあることなんだよ」
最後にゲイジはいたずらっぽく付け加えた。「もっともピアニストはあまり良い演奏をしない方がいいのだろうね」

ゲイジにとってリートとは?
「それは言葉で言うことは出来ないです。それはテキストと音楽の融合であり、私のファンタジーを促すものです。リートは私の人生です。私の本質はすべてリートです。それは私の私的な世界なのです。」

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アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)特集ラジオ放送(SWR2: 2018年4月22日(日))

先日78歳で亡くなった歌曲ピアニストのアーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)を特集したラジオ放送がドイツのSWR2で放送されるようです。

2018年4月22日(日)日本時間22:05-24:00(現地時間15:05-17:00)

 SWR2のサイトはこちら

SWR2の放送は、上記のサイトの真ん中あたりにある"Webradio an!"という青い箇所をクリックすると、別ウィンドウが立ち上がるので、その下の方の ">>SWR2" の矢印マークをクリックすると聞けます。

なお、放送後、しばらくは下記のサイトで好きな時に聞けるようです。

 Rückschau und Nachhören

曲目リスト等は次のリンク先をご覧ください。

 曲目リスト等、番組詳細はこちら

上記サイトのリストの中で注目すべき録音がいくつかあります。

・F=ディースカウとのシューベルト「魔王」
・トレーケルとの「冬の旅」抜粋

そして、ゲイジのピアノ独奏(!!!)で、シューベルトのピアノ小品3曲
・即興曲 D 935-1
・12のドイツ舞曲 D 790
・ハンガリーのメロディー D 817
も放送されるとのことです。

今挙げた曲目はおそらくスタジオ録音されていないと思われるので、すべてライヴ録音と推察されます。
まさかゲイジのシューベルト・ソロの録音が聴けるとは思ってもいませんでした(オーストリアのシューベルティアーデで演奏しているはずなので、その時の録音でしょうか)。

この放送は2003年にMarlene Weber-Schäferという人がゲイジと語った内容の再放送のようです。

アーメリングやヤノヴィッツ、ファスベンダー、オジェー、ノーマン、ポップといった名歌手たちとの録音や、ゲイジの伴奏パートのみのシューベルト「春に」の録音も聞けるようで今から楽しみです(これらはおそらくCD録音と思われますが)。

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曲目リストは放送が終わればいずれ上記のサイトから削除されると思われますので、下記に転載しておきます。

Franz Schubert:
"Gretchen am Spinnrade", Lied D.118
Cheryl Studer (Sopran)
Irwin Gage (Klavier)

Franz Schubert:
"Die Forelle", Lied D.550
Elly Ameling (Sopran)
Irwin Gage (Klavier)

Anselm Hüttenbrenner:
"Lerchenlied"
Gundula Janowitz (Sopran)
Irwin Gage (Klavier)

Robert Schumann:
Nr. 5 bis Nr. 7 aus dem Liederkreis op. 24
Brigitte Fassbaender (Mezzosopran)
Irwin Gage (Klavier)

Wolfgang Amadé Mozart:
"Abendempfindung", Lied KV 523
Arleen Auger (Sopran)
Irwin Gage (Klavier)

Gustav Mahler:
"Das irdische Leben" aus der Sammlung "Des Knaben Wunderhorn"
Jessye Norman (Sopran)
Irwin Gage (Klavier)

Franz Schubert:
"Der Erlkönig" D.328
Dietrich Fischer-Dieskau (Bariton)
Irwin Gage (Klavier)

Franz Schubert:
"Im Frühling", Lied D.882, Klavierbegleitung solo
Irwin Gage (Klavier)

Franz Schubert:
Ausschnitt aus dem Liederzyklus "Die Winterreise"
Roman Trekel (Bariton)
Irwin Gage (Klavier)

Richard Strauss:
"Blauer Sommer", Lied op. 31 Nr. 1
Lucia Popp (Sopran)
Irwin Gage (Klavier)

Franz Schubert:
Impromptu f-Moll D. 935 Nr. 1
Irwin Gage (Klavier)

Franz Schubert:
12 Deutsche D. 790
Irwin Gage (Klavier)

Franz Schubert:
Ungarische Melodie h-Moll D. 817
Irwin Gage (Klavier)

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アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage: 1939.9.4-2018.4.12)の動画

IRWIN GAGE - DER BEGLEITER
アーウィン・ゲイジ-伴奏者

ゲイジのドキュメンタリーの一部。
ルチア・ポップ(Lucia Popp)とのR.シュトラウス「子守歌(Wiegenlied)Op. 41-1」のおそらくリハーサル風景。
討論をしつつも和気藹々とした雰囲気が伝わってきます。


Tom Krause - Auf dem Flusse, Die Winterreise
トム・クラウセ-川の上で(シューベルト「冬の旅」より)

フィンランドのバリトン、トム・クラウセとの「川の上で(Auf dem Flusse)」のおそらく練習風景。
クラウセのドキュメンタリーでしょうか。
ゲイジの弾くバス音がずしりと重量感があります。


Schubert_Der_Atlas_Schleswig_Holstein_Musikfestival
シューベルト「アトラス」(シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭)

エスター・デ・ブロス(Esther de Bros)と共にシューベルトの「アトラス(Der Atlas)」を指導するゲイジ。受講者の歌手はヤン・ブッフヴァルト(Jan Buchwald)
この受講者、F=ディースカウのマスタークラスの映像にも出ていたような気がします。


Arleen Auger Morgen Richard Strauss 1988 YouTube 9
アーリーン・オジェー歌唱、R.シュトラウス「明日」

オジェーとゲイジによるR.シュトラウス「明日(Morgen)Op. 27-4」のコンサート映像。ゲイジの歌うような演奏が味わえます。オジェーの透明な美声も素敵です。

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アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)の思い出

Irwin_gage_2


アーウィン・ゲイジという名前をはじめて知ったのがいつだったのか、記憶を手繰り寄せてみたところ、ある一つの情景が浮かんできました。
私は中学生の音楽の授業でシューベルトの「魔王」を鑑賞したことがきっかけでクラシック音楽を聴くようになったのですが、最初に「魔王」の入った音源を探していたところ、「野ばら」と題された世界の名歌が収録されたカセットテープを見つけたのでした。
なけなしのお小遣いでそのテープを買った私は当然まずは4番目に入っている「魔王」まで早送りをしては何度も繰り返し聞いていました。
そのテープはDeutsche Grammophonの音源だったので、F=ディースカウ&ムーアの歌曲全集の中の音源が使われていました。
今でも私にとって「魔王」といえばその音源が真っ先に思い浮かびます。
実際に演奏も素晴らしかったですし、何度繰り返し聞いたか分かりません(今でもCDで聞いています)。
そして、「魔王」熱がひとまず収まると、そのカセットテープに入っていた他の歌曲も聴くようになりました。
ヴンダーリヒ&ギーゼンの「ます」「野ばら」「セレナーデ」、シュライアー&オルベルツの「歌の翼に」、マティス&クレーのモーツァルト「春への憧れ」などがありましたが、その中でシューベルトの「アヴェ・マリア」を演奏していたのが、クリスタ・ルートヴィヒ&アーウィン・ゲイジでした。

私とゲイジとの最初の出会いは間違いなく、そのカセットテープでの「アヴェ・マリア」にあったと思います。

「歌曲」というクラシック音楽ファンにとって"脇道"にある芸術に心惹かれた私は、さらに"脇道"に逸れて、歌手以上にピアノ伴奏者に注目することになります。
このカセットテープには表裏に記載された1枚の解説書が入っていたのですが、歌手についての紹介はあっても、ピアニストの紹介は一切ありません。
「魔王」の壮絶な三連符を見事に弾いていたジェラルド・ムーアというピアニストはどういう人なのだろう、という疑問を抱きながら、歌曲のLPレコードを収集する日々が続きました。
とはいえ、当時学生の身、限られたお小遣いであれこれ買えるはずもなく、当時はFM放送の番組表が2週間ごとに書店に並んでいた時期だったので、その番組表の曲目を見ながらエアチェック(ラジオ放送を個人的な楽しみのためにテープに録音すること)をし始めました。

FMラジオでは、LPレコードの新譜なども流れますが、特に歌曲ファンにとって有難かったのが、海外の音楽祭ライヴ放送でした。
夜に2時間弱クラシックライヴ番組があるのですが、たまに一週間ぐらいオーストリアやドイツで行われた歌曲コンサートのライヴ録音がシリーズで流れるのです。
当時テノールのフランシスコ・アライサが勢いを増している時期で、FMでも彼のシューベルトの歌曲が多く放送されたのです。
その時の伴奏者はほぼアーウィン・ゲイジでした。
一方、シューベルトの完成された最初の歌曲「ハガルの嘆き」という20分ぐらいかかる長大な歌曲をソプラノのグンドゥラ・ヤノヴィッツがライヴで歌った時もゲイジが共演していました。
そんな風にゲイジの演奏はFMラジオから沢山流れてきて、いつの間にか馴染みの深いピアニストになったのでした。

そうこうするうちにNHKの教育テレビ(現在のEテレ)でアライサが来日公演で歌った「美しい水車屋の娘」が放送されることになりました。
伴奏者はもちろんゲイジです。
インターネットなどなかった時代、ゲイジの弾く録音は聞いていても、その容姿を見たことなどなく、テレビ放送が待ち遠しかったことを思い出します。

歌曲におけるピアノ伴奏者の役割について、その重要性はすでに認識されていた時期だとは思いますが、テレビ放映となるとまた話は違ってきます。
容姿端麗(当時イケメンなどという言葉ももちろんありません)のメキシコ人、アライサの絵になる歌いっぷりが映像のほとんどを占め、たまに申し訳程度にゲイジの姿(主に手のみ)が映ります。
それでも私にとっては、音でしか知らなかったピアニストの姿を見ることが出来て、嬉しかったことを覚えています。

その時の映像が幸い動画で見れますので、最初の数曲を貼っておきます。

そのうち、ポップ、ファスベンダー、ノーマン、オジェー、そしてアーメリングなどのLPレコードや80年代半ばから取って代わったコンパクトディスクという媒体により、ゲイジの演奏を聴く機会は増えていきました。

大学生になると、実際に演奏を聞いてみたいということになり、当時頻繁に来日していたアライサのリサイタルではじめてゲイジの演奏を聴くことになります。

当時のアライサは素晴らしかったです。
リートの伝統を踏まえていないことを自覚していて、自分にしか出来ない演奏を最初から目指しているのですが、それがなかなかいいのです。
特にライヴだと、その場の空気も相俟って感銘深いシーンにいくつも出会いました。
そして、ゲイジはレコードで聞くと、かっちりと作曲家の意図に忠実に演奏していることが多いのですが、実演ではかなりのめり込むようなデフォルメがなされることがありました。
例えば、途中で止まってしまうのではないかと思うほどテンポを大胆に揺らしたりすることもありました。
おそらく繰り返し聞く録音媒体ではそれは大げさに聞こえてしまうのでしょうが、一度限りの実演においては、その場の空気を察知することが大切なのだと思います。
確かに、その大胆なルバートはコンサート会場においてはいささかも大げさに聞こえないどころか、胸に強く訴えかけてくるのです。

アライサとゲイジがよくアンコールで演奏した「カタリ・カタリ」のドラマティックな演奏は本当に胸に迫ってきて込み上げてくるものがありました。
録音媒体とライヴの違いをまざまざと体験させてくれたという意味でアライサ&ゲイジの例は非常に印象深いものでした。

ムーアやパーソンズといった名手たちは、切れの良さと起伏に富んだドラマの妙で聞かせてくれましたが、ゲイジは決してピアノを粒立ちそろった美しい音で弾こうとはしていないように思います。
彼はペダルも惜しまず使うピアニストなのですが、それが時に重ったるく感じられることもありました。
ただ、彼は音色に独特の感性を持っていたように思います。
切れの代わりに音色のパレットの豊富さで、歌手たちを豊かに包み込むような演奏という感じでしょうか。
「うまい伴奏者ね」と言われるよりも「いい曲ね」と言われることを目指していたのではないか-そんな風に思うのです。

彼は歌曲の伴奏者がまだまだ注目されていないことをおそらく自覚していたのではないでしょうか。
70年代にヤノヴィッツやルートヴィヒと録音したシューベルトの歌曲集のジャケットに歌手と一緒に彼も写っています。
当時は歌手のみがジャケットに写ることが多かったと思うので、ゲイジは意図的に伴奏者も表に出ようとしたのではないかと推測されます。

そういえば、アライサのリサイタルのプログラム冊子で、何度かゲイジについてのエッセーが掲載されていましたが、これは他の歌手のコンサートプログラムではほとんどないことでした。
演奏だけでなく、メディアの露出という面でも伴奏者はもっと表に立つべきだと彼が考えたのではないだろうかと思わずにはいられません。

以前、音楽の友ホールでゲイジが日本人学生のためにマスタークラスを開いたことがありました。
彼は教師としても常に紳士で、決して声を荒げることなく、歌手とピアニストに助言を与えていました(英語1割、ドイツ語9割ぐらいだった記憶があります)。
シェーンベルクの「期待」という歌曲を扱った時にピアノの雰囲気を伝えるために、ゲイジはホラー映画(タイトルは忘れてしまいましたが)の名前を出して、不気味な様を指導していたのを覚えています。
ブラームスの「五月の夜」をレッスンしていた時に、最後を締めくくる後奏を彼が模範演奏した時、その場の空気が上の方へと吸い上げられてしまうかのような体験をしました。あの時の感銘はいまだに忘れられません。

私が彼の実演を聞いたのはほとんどアライサのコンサートだったように記憶しています。
あとルネ・コロとクリスティーネ・シェーファーが1回づつぐらいあったかなという感じです。

海外では女声歌手たちから引く手あまたの彼ですが、遠い国へはさすがにそうそう頻繁に来るわけにはいかなかったでしょう(1970年代にはローテンベルガーやヤノヴィッツと来日していたようです)。

歌曲を聴く素晴らしさを教えてくれた演奏家は沢山いますが、ゲイジも間違いなくその中の一人でした。

彼の名前と演奏はこれからは録音を通してずっと生き続けていくことと思います。

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最後に、彼のコンサート記録のいくつかが見られるサイトをご紹介しておきます。青い文字をクリックすると、それぞれのサイトに飛びます。

(1) Schubertiade Schwarzenberg Hohenems
シュヴァルツェンベルク、ホーエネムス、シューベルティアーデ

Vergangene Veranstaltungenをクリックすると、出演した公演の日程が表示されます。
各日付の右端の"Details"をクリックすると、詳細が表示されます。

1979年6月23日から1993年6月27日まで21公演に出演。


(2)SALZBURGER FESTSPIELE
ザルツブルク音楽祭

1970年8月15日から1992年8月30日まで14公演に出演。

GUNDULA JANOWITZ 1970,1972,1974,1976
TOM KRAUSE 1970,1973,1982
LUCIA POPP 1983
EDITA GRUBEROVA 1984
FRANCISCO ARAIZA 1985,1986,1987,1989
CHERYL STUDER 1992


(3)Wien Musikverein
ヴィーン・ムジークフェライン

1963年6月26日から2003年4月2日まで68公演に出演。

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追悼アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)

歌曲のピアニストとしてステージに録音に活躍してきたアーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)が2018年4月12日にスイス、チューリヒで亡くなったそうです。78歳でした。

ソース

Wikipedia

長く闘病生活をしてこられたとは知りませんでした。
昔から馴染んでいたピアニストの一人だったので驚きと哀しみの入り混じった心境です。
彼の実演も録音も沢山の思い出があります。
後で思うことを記事にしたいと思いますが、まずはご冥福を心よりお祈りいたします。

そしてゲイジさん、歌曲の素晴らしさを沢山教えてくれて本当に有難うございました。

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アーリーン・オジェー&アーウィン・ゲイジのシューマン&ヴォルフ映像(1985年)

ソプラノのアーリーン・オジェーとピアノのアーウィン・ゲイジによるシューマンとヴォルフの映像を最近見つけました。
1985年収録ということでオジェーもゲイジも脂の乗り切った時期の演奏です。
至福の演奏をじっくり味わってみてください。

Arleen Augér(アーリーン・オジェー), Sopran(ソプラノ)
Irwin Gage(アーウィン・ゲイジ), Klavier(ピアノ)

1985年

Robert Schumann(ローベルト・シューマン):
Singet nicht in Trauertönen(悲しい音色で歌わないで)
Der Nussbaum(くるみの木)
Meine Rose(私のばら)

Hugo Wolf(フーゴー・ヴォルフ):
Lied der Mignon (Kennst du das Land?)(ミニョンの歌:あの国をご存じですか)

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アーメリング&ゲイジ/1975年シューベルト・ライヴ

エリー・アーメリングのディスコグラフィーを作成されているSandmanさんのブログで、アーメリングの1975年オランダ・フェスティヴァル・ライヴがRadio4の"BIS!"で放送されたことを知りました。
 こちら

以下のサイトでしばらくは聴けるようです。
 第1曲~第5曲前半(目盛りを1時間13分頃にするとアーメリングのライヴが始まります)
 第5曲後半~第21曲

ピアノはアーウィン・ゲイジで、アンコール5曲を含め、シューベルトの歌曲全21曲を42歳のアーメリングの美声で聴くことが出来ます。
なお、Radio4の過去の放送のアーカイブは1時間半ごとに機械的に区切ってしまうようで5曲目の「ミューズの息子」が途中で分かれてしまっているのが残念ですが、他はコンサートの流れに沿って聴衆の拍手喝采まで味わうことが出来ます。

エリー・アーメリング(Elly Ameling)(soprano)
アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)(piano)

録音:1975年6月19日 Circustheater, Scheveningen (オランダ・フェスティヴァル)

(1)1時間13分頃から1時間29分59秒まで

シューベルト(Franz Schubert)作曲

春にD882(Im Frühling)
春の思いD686(Frühlingsglaube)
シルヴィアにD891(An Sylvia)
ガニュメデスD544(Ganymed)
ミューズの息子D764(Der Musensohn) (途中で切れる)

(2)残り約1時間10分(目盛りの01:11:06まで)

(「ミューズの息子」の続き)
エレンの歌ⅠD837:憩いなさい、兵士よ(Ellens Gesang I: Raste, Krieger)
エレンの歌ⅡD838:狩人よ、狩をお休みなさい(Ellens Gesang II: Jäger, ruhe)
エレンの歌ⅢD839:アヴェ・マリア(Ellens Gesang III: Ave Maria)

ズライカⅠD720(Suleika I)
ズライカⅡD717(Suleika II)

ひそやかな愛D922(Heimliches Lieben)
孤独な男D800(Der Einsame)
あなたは私を愛していないD756(Du liebst mich nicht)
水の上で歌うD774(Auf dem Wasser zu singen)
糸を紡ぐグレートヒェンD118(Gretchen am Spinnrade)
幸福D433(Seligkeit)

笑ったり泣いたりD777(Lachen und Weinen)
「ロザムンデ」D797~ロマンス:満月は輝き(Romanze aus "Rosamunde": Der Vollmond strahlt)
ますD550(Die Forelle)
「ヴィラ・ベラのクラウディーネ」D239~愛はいたるところに("Claudine von Villa Bella": Liebe schwärmt auf allen Wegen)
音楽に寄せてD547(An die Musik)

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余談ですが、Radio4は、過去の貴重な録音を期間限定で聴けるConcerthuisというサイトをあらたに立ち上げ、上述のアーメリングの録音も含まれているのですが、権利の関係で現在はオランダ国内のみの配信に限っているそうです。
しかし、いずれは世界中で聴けるように、アーティストたちに働きかけているそうなので、将来聴ける日が来るかもしれません。

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ポップ&ゲイジ/1984年ミュンヒェン・ライヴ(ORFEO: C 789 101 B)

Popp_gage_1984_live

Schubert, Schonberg, Strauss Lieder(シューベルト、シェーンベルク、シュトラウス歌曲集)
ORFEO: C 789 101 B
録音:1984年7月25日, Cuvilliés-Theater

Lucia Popp(ルチア・ポップ)(soprano)
Irwin Gage(アーウィン・ゲイジ)(piano)

Schubert(シューベルト)作曲

Der Knabe(少年), D692
Die Gebüsche(茂み), D646
Der Fluss(流れ), D693
Der Schmetterling(蝶), D633
Die Rose(ばら), D745
Fülle der Liebe(愛の充溢), D854

An mein Herz(わが心に), D860
Der Jüngling an der Quelle(泉のほとりの若者), D300
Die Liebende schreibt(恋する女が手紙を書く), D673
Der Einsame(孤独な男), D800

Schönberg(シェーンベルク)作曲

"Vier Lieder(四つの歌)", Op.2
 Erwartung(期待)
 Schenk mir deinen goldenen Kamm(私にあなたの金の櫛をください)
 Erhebung(高揚)
 Waldsonne(森の太陽)

R.Strauss(シュトラウス)作曲

"Drei Lieder der Ophelia (aus Hamlet)(ハムレットのオフィーリアの三つの歌)", Op. 67
 Wie erkenn ich mein Treulieb(まことの恋人をどうして見分けよう)
 Guten Morgen, 's ist Sankt Valentinstag(おはよう、今日は聖ヴァレンタインの日)
 Sie trugen ihn auf der Bahre bloß(彼女はあらわに棺にのせられ)

Mein Auge(私の目), Op.37/4
Meinem Kinde(わが子に), Op.37/3
Die Zeitlose(さふらん), Op.10/7
Die Verschwiegenen(もの言わぬものたち), Op.10/6
Hat gesagt - bleibt's nicht dabei(言いました、それだけでは済みません), Op.36/3

Zugaben(アンコール)

R.Strauss / Allerseelen(万霊節), Op.10/8
Schubert / An Silvia(シルヴィアに), D891
Schubert / Seligkeit(幸福), D433

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ルチア・ポップの透明で張りのある美声を録音で聴くと、なんとなく未だに現役で活動しているような錯覚に陥ってしまう。
彼女は東京でリサイタルを開いた翌年に病気でこの世を去ってしまったのだが、そのリサイタルでピアノを弾いていた井上直幸氏も亡くなり、無常を感じずにはいられない。

今回バイエルン・シュターツオーパーでの彼女の1984年のライヴが発売されたが、これなども過去の人の記録というよりは、同時代人の歌唱を楽しむような気持ちで聴いた。
彼女はパーソンズ、サヴァリッシュ、ゲオルク・フィッシャーなどのピアニストと共演してきたが、今回の新譜で共演しているアーウィン・ゲイジも最も緊密なパートナー関係を築いた一人であろう。

このCDではポップの声とゲイジのピアノがほぼ対等に入っており、そのため、ピアノの音の粒だちまでかなり明瞭に聴き取れる。
だが、そういう録音においてもゲイジの音がポップを妨げることは決してなく、「対等」であることと「対決」することは全く別物であることが感じられる。
ゲイジは一貫して作品の核心をついた演奏をする名手ぶりをここでも発揮していた。

ポップが録音した歌曲レパートリーはそれほど多くはなかったが、じっくりと一つの作品を熟成させていくタイプだったのかもしれない。
ここで最初に演奏されるシューベルトの歌曲は「恋する女が手紙を書く」を除き、ゲイジとEMIにスタジオ録音した曲ばかりが集められ、当時の彼女が力を入れていたレパートリーといえるだろう。
これらの歌曲は可憐で茶目っ気があったり、軽快に飛翔するかと思えば、内面を激しく吐露したりする。
そういう様々なタイプの作品を並べて、リートのもつ多彩な感情を魅力的に伝達することを、当時のポップは見事に実現していた。
「少年」では違和感なく子供の無邪気さを表現し、ガラス細工のように繊細な「ばら」では温かい包容力でばらを見守るように歌う。
歌もピアノも大きな孤を描く「流れ」では、シューベルト特有の伸びやかなメロディーの美しさを気品に満ちて表現し、「わが心に」では焦燥感をあふれさせる。
なかでも「泉のほとりの若者」での抑制された魔法のような美しさに引き込まれた。

シェーンベルクの「4つの歌曲」は、東京でのリサイタルでも披露されたのが思い出される。
スタジオ録音もゲイジとしており、彼女の核となるレパートリーの一つだろう。
シェーンベルクの妖しい官能性に、ポップの涼やかな声が新たな魅力を加えていたように感じた。

R.シュトラウスの歌曲もポップ十八番の作品。
ハムレットからの「オフィーリアの三つの歌」も各曲の心理の変化を鮮やかに表現していたし、「わが子に」などを含む個々の歌曲でも伸びやかに開放された声が心地よい。

アンコールでは馴染み深い三曲が、会場の聴衆を喜ばせたことだろう。
最後の曲の後にわきおこった拍手がその雰囲気を伝えている。

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トム・クラウセ&アーウィン・ゲイジ/シューマン、ブラームス&ムソルグスキー歌曲集

「シューマン:詩人の恋 他」
Krause_gage_schumannワーナーミュージック・ジャパン: FINLANDIA: WPCS-10617
トム・クラウセ(Tom Krause)(BR)
アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)(P)
録音:1990年12月2~5日, Järvenpää Hall, Finland

シューマン/「詩人の恋」作品48(全16曲)
ブラームス/エオリアン・ハープに寄す 作品19の5;セレナーデ 作品106の1;きみの青い瞳 作品59の8;わたしは夜中に不意に飛び起き 作品32の1;ああ、涼しい森よ 作品72の3;死、それは冷たい夜 作品96の1
ムソルグスキー/「死の歌と踊り」(子守歌;セレナーデ;トレパック;司令官)

(上述の演奏者表記、曲名表記はCD解説書に従った。)

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トム・クラウセ(Tom Krause: 1934.7.5, Helsinki, Finland -)はヘルシンキ出身のバリトン歌手。オペラ、オラトリオ歌手として世界各地で活躍する一方、リート歌手としても評価されてきた。このCDではシューマンの代表的な歌曲集「詩人の恋」全16曲に始まり、ブラームスの比較的知られた6曲が続き、ブラームスの最後に置かれた「死、それは冷たい夜」が次のムソルクスキーの歌曲集「死の歌と踊り」への橋渡しの役目を担っているのは明白である。

クラウセの声はバリトンとしてはどっしりした重厚な感じがある一方、どこかお人よしっぽい優しい響きも混ざり合ったユニークな歌を聴かせる。「詩人の恋」では繊細な詩人を描くには重厚になりすぎかねないところを、彼の優しい声質が作品に自らをひきつけていたように感じた。ブラームスでは彼の丁寧な歌い方がしっかりした旋律線を描き、ブラームスの作品との相性の良さが感じられた。私が個人的に特に好きな曲「わたしは夜中に不意に飛び起き」も真摯な歌でなかなか良かった。
さらにムソルクスキーの歌曲集「死の歌と踊り」での歌いぶりは圧巻であった。この歌曲集に含まれる4曲「子守歌」「セレナーデ」「トレパック」「司令官」はタイトルだけ見ればありがちだが、「子守歌」や「セレナーデ」といっても、子供をあやして眠りにつかせるのは死神であり、セレナーデを歌って若い娘をとりこにするのも死神である。曲はいずれも5分前後の規模の大きなもので、朗誦風と形容されるムソルクスキーの作風そのものである。死神は力ずくではなく、甘美な声で人々を死に誘う。そういう存在を歌うのに、クラウセの優しさとたくましさの融合した声質はうってつけだった。苦しむ子供をめぐる母親と死神のやりとりを歌った「子守歌」、病気の娘にセレナーデを歌って死に誘う「セレナーデ」、酔っ払った貧しい老農夫とトレパックを踊り、雪の中で死に至らしめる「トレパック」、戦場で沢山の死人がころがる中、司令官となった死神が、死者たちが墓の中から出られないように大地を踏み固めると歌う「司令官」、いずれも優しさをまとった凄みのあるクラウセの声と表現が死神にぴったりはまっていた。

アーウィン・ゲイジのピアノは彼の録音の中でも特に切り込みの鋭い優れた演奏を聴かせていて、「詩人の恋」では繊細さと大胆さ、淡い響きと鋭い響きを変幻自在に使い分け、全身全霊をかけて作品に向き合う姿勢にはただ頭が下がるばかりだ。時々、意外な内声を前面に響かせており、例えば第15曲「むかしむかしの童話の中から」では普段埋もれてしまいがちなアクセントを強調することで新鮮な魅力が生まれていた。第8曲「花が、小さな花がわかってくれるなら」の激しい後奏と第9曲「あれはフルートとヴァイオリンのひびきだ」の前奏を切れ目なしに続けることで、怒りの感情のまま、結婚式の輪舞の響きを聴くことをうまく表現しているように感じた。そして最終曲「むかしの、いまわしい歌草を」の後奏は、余韻に満ちたシューマネスクな響きを実現していた。ブラームスも良かったが(特に「エオリアン・ハープに寄す」は繊細で美しい演奏だった)、ムソルクスキーでは雄弁に心情と背景を描いていた。

それにしても「死の歌と踊り」の第1曲「子守歌」の前奏は、ヴォルフの「ミケランジェロ歌曲集」の第1曲「しばしば私は考える(Wohl denk' ich oft)」の前奏とそっくりである。おそらくヴォルフは「死の歌と踊り」を知っていたのではないだろうか。片やうめく幼子、片や毀誉褒貶を受けた詩人、不安な心情を描くのに確かに適しているように思える。

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アーメリングのシューベルト歌曲集(ゲイジ共演:1971年)

「岩の上の羊飼い:シューベルト歌曲集」

Ameling_gage_schubert_emi_1LP:東芝EMI:EMI Angel:EAC-50112
録音:1971年10月7-14日 Zehlendorf Studio, Germany

エリー・アーメリング(Elly Ameling)(S)
アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)(P)
ジョージ・ピーターソン(George Pieterson)(CL:D965)

シューベルト(Schubert)作曲
1)岩の上の羊飼い(Der Hirt auf dem Felsen)D965(ミュラー&シェジ詩)
2)春に(Im Frühling)D882(シュルツェ詩)
3)アマーリア(Amalia)D195(シラー詩)
4)アティス(Atys)D585(マイルホーファー詩)
5)水の上で歌う(Auf dem Wasser zu singen)D774(シュトルベルク詩)
6)湖上で(Auf dem See)D543(ゲーテ詩)
7)エルラフ湖(Erlafsee)D586(マイルホーファー詩)
8)鱒(Die Forelle)D550(シューバルト詩)
9)捕われた歌びと(Die gefangenen Sänger)D712(A.W.シュレーゲル詩)
10)浄化(Verklärung)D59(ポープ詩、ヘルダー訳)
11)若者と死(Der Jüngling und der Tod)D545(シュパウン詩)

(曲名の日本語表記はLPジャケット表記に従いました。)

アーメリング3枚目のシューベルト・アルバムは前回の1年後、同じEMIのために、はじめてアーウィン・ゲイジ(米:1939-)のピアノで録音された。アーメリングの共演者というとデームスやボールドウィン、ヤンセンがよく知られているが、実はゲイジとも録音、ステージ共にしばしば共演しているのである(日本公演での共演は無かったが)。

LPでは1~4曲目がA面で、5曲目以降がB面であった。解説の西野茂雄氏も指摘されているが、アーメリングの配置の妙のようなものがここでも発揮されていて、A面がのどかな牧歌的な情景ではじまり、後半は戯曲の一場面で緊張を増す。B面の前半は水にちなんだ様々な情景が描かれ、後半は内面的な思索、死を巡る思いが歌われる。

ここでのアーメリングは、前年(1970年)のデームスとのEMI録音以上に伸びやかな美声を惜しげもなく披露しており、硬さもとれて、個人的にはこのゲイジ盤の方がより魅力を感じる。

「岩の上の羊飼い」は65年のharmonia mundiへのデームスとの録音に続いて2回目だが、声がいい意味で落ち着きを増し、美声だけでなく、細やかな表情に聴き手の耳がより向かうような芸の深化がはっきりと感じられる。
「春に」や「湖上で」「エルラフ湖」のような作品で、彼女の温かく優美な特質がもっとも生かされているのは当然だろう。
だが、「アマーリア」や「アテュス」のような劇的なモノローグでも、彼女の語り口の精妙さが生きて、イメージが目に浮かぶように鮮明に伝わってくる。
また、「水の上で歌う」における詩の言葉に則して丁寧に表情を付けていくやり方はすでに堂に入っている。

彼女が1997年に来日した際の公開講座で「鱒」をとりあげた時、第2節の"Solang dem Wasser Helle, so dacht ich, nicht gebricht."の"so dacht ich"(そう思った)は弱く歌うようにと言っていたことを今も覚えているが、この録音でもまさにその通りに歌われているのが興味深い。

「捕われた歌びと」は籠に閉じ込められたナイティンゲールになぞらえて、地上の谷に捕らえられた人が不安の中で天上の明るさを歌うことが「ポエジー」なのだと歌う。この閉じ込められた鳥の嘆きの"Ach"という言葉に込められたアーメリングの声の表情が素晴らしい。

「若者と死」はクラウディウスの詩による有名な「死と少女」のパロディであることは明白だが、アーメリングは死を懇願する若者を明るめに溌剌と歌い、死神の慰撫する言葉の抑制した表現との対照をうまく表現していた。

アーウィン・ゲイジは共演専門のピアニストとしてはかなり大胆にペダルを使うが、音の粒立ちがそれで潰れてしまうことがないのはさすがである。「水の上で歌う」ではたゆたう波の反射を、技に溺れず絶妙なコントロールで表現していた。彼のピアノはリズミカルな進行よりも、包みこむような響きの色合いを重視しているように感じる。それ故に時に重く感じられることもあるが、その彩りの豊かさは他のピアニストにはあまりない彼の個性だろう。

コンセルトヘボウの首席奏者だったピーターソンは「岩の上の羊飼い」の牧歌を、歌うように表情豊かに吹いていた。

このLPは、「岩の上の羊飼い」「鱒」「若者と死」だけがCD化(EMI CLASSICS: 7243 5 72004 2 4)されたが、他の曲は未だに復活しないのが残念である。意欲的なプログラムを上り坂の頃のアーメリングの溌剌とした表現で堪能できるいいアルバムである。

今日はアーメリング74歳の誕生日だが、翌日の9日にはアムステルダムで公開講座を開くらしい。もうあちこちに出かけることはあまりないようだが、地元で後進の指導にあたるほどお元気なのはうれしいことである。

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