ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ (ピアノ:デームス、ヘル、ブレンデル)/シューベルト&R.シュトラウス・ライヴ(1980年,1982年,1984年アムステルダム)

オランダの放送局NPO Radio4が、本日(5月28日)誕生日のディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)のアムステルダム・コンセルトヘバウでのライヴを3種類、期間限定でアップしています。
おそらく数週間で消されてしまうと思いますので、もし興味のある方は早めに聴いてみて下さい。1曲ずつでも再生できるようになっているので、聞きたい曲だけ聞くことも出来ます。
シューベルトの方は1980年のライヴで、2014年にアップされた時にブログの記事にしていますので、その後アップされていなかったとしたら8年ぶりということになります。ピアノはイェルク・デームスです。

●Schubert-recital door Dietrich Fischer-Dieskau

ライヴ録音:1980年12月9日, Concertgebouw Grote Zaal Amsterdam(アムステルダム・コンセルトヘバウ大ホール)

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ) (bariton)
Jörg Demus(イェルク・デームス) (piano)

Schubert(シューベルト)作曲

1.Prometheus(プロメテウス) D.674
2.Meeresstille(海の静けさ) D.216
3.An die Leier(竪琴に寄せて) D.737
4.Memnon(メムノン) D.541
5.Freiwilliges Versinken(自ら沈み行く) D.700
6.Der Tod und das Mädchen(死と乙女) D.531
7.Gruppe aus dem Tartarus(タルタロスの群れ) D.583
8.Nachtstück(夜曲) D.672
9.Totengräbers Heimweh(墓掘人の郷愁) D.842

10.Der Wanderer an den Mond(さすらい人が月に寄せて) D.870
11.Abendstern(夕星) D.806
12.Selige Welt(幸福の世界) D.743
13.Auf der Donau(ドナウ川の上で) D.553
14.Über Wildemann(ヴィルデマンの丘を越えて) D.884
15.Wanderers Nachtlied(さすらい人の夜の歌Ⅱ) D.768
16.Des Fischers Liebesglück(漁師の恋の幸福) D.933
17.An die Laute(リュートに寄せて) D.905
18.Der Musensohn(ムーサの息子) D.764

19.Nachtviolen(はなだいこん) D.752
20.Geheimes(秘めごと) D.719
21.An Sylvia(シルヴィアに) D.891
22.Abschied(別れ) D.957 nr.7

次にR.シュトラウスのリサイタルで、こちらも2014年にアップされた時に記事にしていました。ピアノはハルトムート・ヘルです。

●Richard Strauss recital door Dietrich Fischer-Dieskau

ライヴ録音:1982年2月18日, Concertgebouw, Amsterdam(アムステルダム・コンセルトヘバウ)

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ) (bariton)
Hartmut Höll(ハルトムート・ヘル) (piano)

Richard Strauss(リヒャルト・シュトラウス)作曲

1 Schlechtes Wetter(悪天候), op.69 nr.5
2 Im Spätboot(夜更けの小舟で), op.56 nr.3
3 Stiller Gang(静かな散歩), op.31 nr.4
4 O wärst du mein(おお君が僕のものならば), op.26 nr.2
5 Ruhe, meine Seele(憩え、わが魂よ), op.27 nr.1 (04:00)
6 Herr Lenz(春さん), op.37 nr.5
7 Wozu noch, Mädchen(少女よ、それが何の役に立つのか), op.19 nr.1
8 Frühlingsgedränge(春の雑踏), op.26 nr.1
9 Heimkehr(帰郷), op.15 nr.5
10 Ach, weh mir unglückhaftem Mann(ああ辛い、不幸な俺), op.21 nr.4

11 Winternacht(冬の夜), op.15 nr.2
12 Gefunden(見つけた), op.56 nr.1
13 Einerlei(同じもの), op.69 nr.3
14 Waldesfahrt(森の走行), op.69 nr.4
15 Himmelsboten(天の使者), op.32 nr.5
16 Junggesellenschwur(若者の誓い), op.49 nr.6
17 "Krämerspiegel(「商人の鑑」)": O lieber Künstler(おお親愛なる芸術家よ), op.66 nr.6
18 "Krämerspiegel": Die Händler und die Macher(商人どもと職人どもは), op.66 nr.11
19 "Krämerspiegel": Hast du ein Tongedicht vollbracht(あなたが交響詩を書き上げたら), op.66 nr.5
20 "Krämerspiegel": Einst kam der Bock als Bote(かつて牝山羊が使者にやって来た), op.66 nr.2

21 Traum durch die Dämmerung(黄昏を通る夢), op.29 nr.1
22 Ständchen(セレナーデ), op.17 nr.2
23 Morgen(明日), op.27 nr.4
24 Zugemessene Rhythmen(整いすぎたリズム), WoO.122

1984年のアルフレート・ブレンデルとの『冬の旅』のライヴは、スタジオ録音やDVDの映像と比較してみるのも興味深いかと思います。

●Legendarisch archief: Winterreise door Dietrich Fischer-Dieskau

ライヴ録音:1984年6月29日, Concertgebouw, Amsterdam(アムステルダム・コンセルトヘバウ)

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ) (bariton)
Alfred Brendel(アルフレート・ブレンデル) (piano)

Schubert(シューベルト)作曲

Winterreise(『冬の旅』) D.911 - compleet

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フィッシャー=ディースカウ&ヴァイセンボルン(Fischer-Dieskau & Weissenborn)/R.シュトラウス・リサイタル(1964年パリ)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウがギュンター・ヴァイセンボルンのピアノでR.シュトラウスのコンサートを開いた際のライヴ音源がfrance musiqueのサイトにアップされていましたので、ご紹介します。

今でこそ特に女声のリート歌手に大人気のR.シュトラウスですが、一晩全部をR.シュトラウスの歌曲に限定したリサイタルは1964年当時はかなり珍しかったのではないかと思います。
有名な曲と無名な曲をバランスよく配置したF=ディースカウならではの意欲的なプログラミングと言えると思います。
30代後半のまだみずみずしい声のF=ディースカウを堪能できると思います。
また一緒に来日したこともある名手ヴァイセンボルンのピアノも聞きどころの一つでしょう。

Récital Dietrich Fischer-Dieskau à la Salle Pleyel : Une archive de 1964

 こちらのリンク先の再生ボタンをクリックすると聞けます

録音:1964年5月7日, Salle Pleyel

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ: 1925-2012)(BR)
Günther Weissenborn(ギュンター・ヴァイセンボルン: 1911-2001)(P)

Richard Strauss(リヒャルト・シュトラウス)作曲

Gefunden(見つけた), Op. 56-1
Das Rosenband(ばらのリボン), Op. 36-1
Einerlei(同じもの), Op. 69-3
Winterweihe(冬の捧げもの), Op. 48-4
O lieber Künstler sei ermahnt(おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように), Op. 66-6 (aus "Krämmerspiegel()")
Einst kam der Bock als Bote(かつて雄山羊が使いに来た), Op. 66-2 (aus "Krämmerspiegel")

Wer wird von der Welt verlangen(世界を求めるものは), Op. 67-4
Hab' ich euch denn je geraten(あれほど忠告したのに), Op. 67-5
Wanderers Gemütsruhe(さすらい人の心の安らぎ), Op. 67-6

Stiller Gang(静かな散歩), Op. 31-4
Ruhe, meine Seele(憩え、わが魂), Op. 27-1
Herr Lenz(春(レンツ)さん), Op. 37-5
Die Nacht(夜), Op. 10-3
Ach weh mir unglückhaftem Mann(ああ辛い、俺は不幸な男), Op. 21-4
Heimkehr(帰郷), Op. 15-5

Traum durch die Dämmerung(黄昏を通る夢), Op. 29-1
Ständchen(セレナード), Op. 17-2
Morgen(明日), Op. 27-4
Wozu noch, Mädchen, soll es frommen(娘さん、それが何の役に立つのだろう), Op. 19-1
Freundliche Vision(親しい幻影), Op. 48-1
Zueignung(献呈), Op. 10-1

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ヘルマン・プライのマスタークラス映像(1997年)

Meisterkurs für Gesang mit Hermann Prey
Richard-Strauss-Tage
Garmisch-Patenkirchen 1997

動画サイトにヘルマン・プライ(Hermann Prey)のマスタークラスがありました。
「Habe Dank(感謝します)」と題されたドキュメンタリーで、最初にプライが歌曲「献呈(Zueignung)」を歌詞を替えて歌い、「Habe Dank」の箇所だけ生徒たちが歌うという形で始まります。

プライが生徒に教えている場面は珍しいのではないでしょうか。
私ははじめて見ました。
お客さんが入っているので、公開講座のようです。

今回はR.シュトラウスの歌曲ばかりを6人の歌手が2曲ずつ披露しています(ピアノはすべてヘンシェルの共演者として著名なフリッツ・シュヴィングハンマー)。
前半はプライのマスタークラスで、後半は成果を発表する修了コンサートのような感じです。

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Meisterkurs für Gesang mit Hermann Prey
Richard-Strauss-Tage
Garmisch-Patenkirchen 1997

1:58 Susanne Kelling/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Heimkehr Op.15, 5

8:59 Jörg Hempel/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Nachtgang Op. 29, 3

15:39 Jeanne Roth/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Ich sehe wie in einem Spiegel Op. 46, 5

19:07 Thomas Kuckler/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Schlechtes Wetter Op. 69, 5

22:14 Daniela Wiche/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Cäcilie Op. 27, 2 (画面上は誤ってMeinem Kindeと表示されている)

29:00 David Molnar/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Herr Lenz springt heute durch die Stadt Op. 37, 5

Abschlussmatinee
Richard-Strauss-Tage
15. Juni 1997

32:32 Susanne Kelling/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Winternacht Op. 15, 2

35:02 Jörg Hempel/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Schön sind, doch kalt die Himmelssterne Op. 19, 3

36:03 Jeanne Roth/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Die sieben Siegel Op. 46, 3

37:45 David Molnar/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Leise Lieder Op. 41, 5

39:07 Daniela Wiche/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Meinem Kinde Op. 37, 3 (画面上は誤ってCäcilieと表示されている)

41:21 Thomas Kuckler/Fritz Schwinghammer
Richard Strauss - Heimliche Aufforderung Op. 27, 3

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このマスターコースは若い歌手の卵たちを相手にしており、しかも公開方式ということもあってか、非常にプライの明朗快活でユーモラスな側面がうかがわれて、気持ちよく楽しむことが出来ます。
この動画の最後に修了コンサートを終えて、プライと生徒たちが再び替え歌版の「献呈」を歌う場面があるのですが、プライの人間性が滲み出ていて、温かい雰囲気に包まれた会だったことが感じられます。
最晩年のプライの表情を見られるのもとても貴重だと思います。
ぜひご覧下さい。

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R.シュトラウス「四つの最後の歌」

R.シュトラウス、アニバーサリーイヤーの最後にはやはり「四つの最後の歌」をお聴きいただきましょう。
R.シュトラウス最晩年の傑作「四つの最後の歌」は「春」「九月」「眠りにつく時」がヘルマン・ヘッセの詩、そして「夕映えの中で」がアイヒェンドルフの詩による作品です。
曲順については、作曲家の意図が分かるものが残っていないらしく、そもそも4曲をツィクルスにしようとしていたのかさえはっきりしていないようです。
従って、どれがオリジナルということは言えないようで、1950年の初演時もこの順序とは異なっていました(キルステン・フラグスタートの歌唱)。
成立過程などについては、音楽之友社発行の「四つの最後の歌」ミニチュア・スコアの広瀬大介氏の解説が詳しいです。
私はシュヴァルツコプフとヤノヴィッツの歌唱で、この作品のとりことなりましたが、今回はあえて珍しいアーメリングによる歌唱でお楽しみいただこうと思います。
彼女の声で聴くとオーケストラ歌曲の壮大さに親密さが加わるのが新鮮に感じられるのではないでしょうか。
演奏はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、指揮はヴォルフガング・サヴァリシュで、1983年(アーメリング50歳)の録音です。

Frühling
 春

In dämmrigen Grüften
Träumte ich lang
Von deinen Bäumen und blauen Lüften,
Von deinem Duft und Vogelsang.
 薄暗い墓穴で
 私は長いこと夢見ていた、
 おまえの木々や青い風のこと、
 おまえの香りや鳥の歌のことを。

Nun liegst du erschlossen
In Gleiß und Zier,
Von Licht übergossen
Wie ein Wunder vor mir.
 今おまえは姿をあらわし、
 輝きと装飾をまとい、
 光を注がれ、
 奇跡のように私の前にいるのだ。

Du kennst mich wieder;
Du lockst mich zart.
Es zittert durch all meine Glieder
Deine selige Gegenwart!
 おまえは再び私に気付き、
 やさしく私を誘う。
 私の全身に震えが走る、
 おまえがここにいる幸せに!

詩:Hermann Hesse (1877.7.2, Calw - 1962.8.9, Montagnola, Switzerland)
曲:Richard Strauss (1864.6.11, München - 1949.9.8, Garmisch-Partenkirchen, Germany)

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September (aus "Vier letzte Lieder")
 九月

Der Garten trauert,
Kühl sinkt in die Blumen der Regen.
Der Sommer schauert
Still seinem Ende entgegen.
 庭は悲しみにくれ、
 冷たく花の中に雨が沈み落ちる。
 夏は身震いする、
 静かに最期の時に向かって。

Golden tropft Blatt um Blatt
Nieder vom hohen Akazienbaum.
Sommer lächelt erstaunt und matt
In den sterbenden Gartentraum.
 黄金色に一枚一枚、葉が滴り落ちる、
 高いアカシアの木から。
 夏は驚いて、力なく、
 死に行く庭の夢に微笑みかける。

Lange noch bei den Rosen
Bleibt er stehen, sehnt sich nach Ruh.
Langsam tut er die (großen)
Müdgewordnen Augen zu.
 さらに長いこと、バラのそばに
 夏はとどまり、休みたいと願う。
 ゆっくりと夏は、
 眠くなった目を閉じるのだ。

詩:Hermann Hesse (1877.7.2, Calw - 1962.8.9, Montagnola, Switzerland)
曲:Richard Strauss (1864.6.11, München - 1949.9.8, Garmisch-Partenkirchen, Germany)

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Beim Schlafengehen
 眠りにつく時

Nun der Tag mich müd' gemacht,
Soll mein sehnliches Verlangen
Freundlich die gestirnte Nacht
Wie ein müdes Kind empfangen.
 いまや昼が私を疲れさせ、
 わが切なる焦がれる思いを
 親しげに星の夜が
 疲れた子供のように迎えいれてほしい。

Hände, laßt von allem Tun,
Stirn, vergiß du alles Denken,
Alle meine Sinne nun
Wollen sich in Schlummer senken.
 両手よ、行いをやめよ。
 額よ、あらゆる思考を忘れよ。
 あらゆるわが感覚がいま
 眠りに沈みたがっている。

Und die Seele unbewacht,
Will in freien Flügen schweben,
Um im Zauberkreis der Nacht
Tief und tausendfach zu leben.
 そして人目につかずに魂は
 自由な翼で漂おうとしている、
 夜の魔界の中で
 深く、千倍も生きるために。

詩:Hermann Hesse (1877.7.2, Calw - 1962.8.9, Montagnola, Switzerland)
曲:Richard Strauss (1864.6.11, München - 1949.9.8, Garmisch-Partenkirchen, Germany)

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Im Abendrot
 夕映えの中で

Wir sind durch Not und Freude
Gegangen Hand in Hand;
Vom Wandern ruhen wir
Nun überm stillen Land.
 私たちは苦楽の中を
 手に手をとりあって歩んできた。
 旅はもう終わりにして
 静かなところで休もうではないか。

Rings sich die Täler neigen,
Es dunkelt schon die Luft,
Zwei Lerchen nur noch steigen
Nachträumend in den Duft.
 あたりでは、谷が傾き、
 すでに大気は暗くなっている。
 二羽のひばりはまだ
 香りたつ中、夢見心地で上っていく。

Tritt her und laß sie schwirren,
Bald ist es Schlafenszeit,
Daß wir uns nicht verirren
In dieser Einsamkeit.
 こちらへおいで、ひばりには飛ばせておけばいい、
 じきに眠る時間だ、
 私たちが道に迷わないように、
 この孤独の中で。

O weiter, stiller Friede!
So tief im Abendrot,
Wie sind wir wandermüde -
Ist dies etwa der Tod?
 おお広大で静かな平穏!
 夕映えの中でこんなに深く。
 私たちは旅することに疲れきった、
 もしやこれが死というものなのか?

詩:Josef Karl Benedikt von Eichendorff (1788.3.10, Schloß Lubowitz bei Ratibor - 1857.11.26, Neiße)
曲:Richard Strauss (1864.6.11, München - 1949.9.8, Garmisch-Partenkirchen)

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R.シュトラウス「好ましい(親しげな)幻影Op.48-1」を聴く

R.シュトラウスの歌曲の中でも繊細な美しさをもった「好ましい幻影(Freundliche Vision)」を聴きたいと思います。
エリー・アーメリングのマスタークラスのDVDでこの曲がとりあげられていましたが、生徒が8行目の"Frieden(平和)"という語を非常に抑制のきいた美しい表現で歌った時にアーメリングが見せた満足気な表情が印象に残っています。
この曲の一番の聴きどころ、そして聴かせどころはその"Frieden"の高音をいかに抑えながら美しく歌うかにあるといっても過言ではないでしょう。
ゆったりとしたレガートをどのように歌手たちが歌うか、そして静謐感をいかに保ちながらピアニストが表現するかに注目してみるのもいいかと思います。

Freundliche Vision, op. 48, no. 1
 好ましい幻影

Nicht im Schlafe hab' ich das geträumt,
Hell am Tage sah ich's schön vor mir:
Eine Wiese voller Margeriten;
Tief ein weißes Haus in grünen Büschen;
Götterbilder leuchten aus dem Laube.
Und ich geh' mit Einer, die mich lieb hat,
Ruhigen Gemütes in die Kühle
Dieses weißen Hauses, in den Frieden,
Der voll Schönheit wartet, daß wir kommen.
[Und ich geh' mit Einer, die mich lieb hat,
in den Frieden, voll Schönheit]
 眠りの中で私はそれを夢に見たのではなかった。
 明るい昼間に私の目の前に美しいそれを見たのだ。
 フランスギクでいっぱいの草原。
 緑の茂みの奥深くにある白い家。
 神像が木の葉の間から輝いている。
 そしてぼくは、ぼくを愛してくれる女(ひと)と行く、
 穏やかな心で
 この白い家の冷気の中へ、
 美にあふれて、ぼくらが来ることを待ちわびていた平和の中へ。
 [そしてぼくは、ぼくを愛してくれる女(ひと)と行く、
 平和の中へ、美にあふれて。]

詩:Otto Julius Bierbaum (1865 - 1910)
曲:Richard Georg Strauss (1864 - 1949)

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アーリーン・オジェー(S)&アーウィン・ゲイジ(P)

オジェーのとびきりの美声で語りかけるように歌われるのは至福の時間です。ゲイジもゆったりとしたたゆたうような演奏がよいです

ディアナ・ダムラウ(S)&ミュンヒェン・フィルハーモニー管弦楽団&クリスティアン・ティーレマン(C)

ダムラウの豊麗な美声に細やかな表情を付けて歌われて素晴らしいです。

グンドゥラ・ヤノヴィツ(S)&アカデミー・オヴ・ロンドン&リチャード・スタンプ(C)

ヤノヴィツの芯のある美声が素晴らしいです。オケも感情がこもっていて美しいです。

ヘルマン・プライ(BR)&クルト・パーレン(P)

1975年録画。プライの抑えた声の温かみが胸に沁みます。パーレンのざっくばらんな演奏も味があります。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

ディースカウの知性だけでない感性も込められた歌唱はユニークで美しいです。ムーアも安定した演奏です。

フランシスコ・アライサ(T)&ミュンヒェン放送管弦楽団(指揮者不明)

アライサの開放的な美声をコントロールしながらの歌唱も感動的です。

ヨナス・カウフマン(T)&ヘルムート・ドイチュ(P)

今年の来日公演が残念ながらキャンセルになったカウフマンがほぼ弱声だけで聴き手を惹きこむ歌唱を聴かせています。ドイチュも堅実に支えています。

ヴァルター・ギーゼキング(P & ARR)

往年のピアノの巨匠ギーゼキングがピアノ独奏用に編曲して演奏しています。原曲に忠実な編曲です。

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その4(第10曲~第12曲)

今回はいよいよR.シュトラウス「商人の鑑」の最終回で、第10曲~第12曲を取り上げます。

10. Die Künstler sind die Schöpfer
 芸術家は創造者である

Die Künstler sind die Schöpfer,
Ihr Unglück sind die Schröpfer.
Wer trampelt durch den Künstlerbau
Als wie der Ochs von Lerchenau?
Wer stellt das Netz als Jäger?
Wer ist der Geldsackpfleger?
Wer ist der Zankerreger?
Und der Bazillenträger?
Der biedere, der freundliche,
Der treffliche, der edle
Verleger!
 芸術家は創造者である。
 彼らの災いは吸血鬼たちだ。
 誰が芸術家の館をドシンドシン歩き回るのか、
 オックス・フォン・レルヒェナウのように。
 誰が狩人の網を仕掛けるのか。
 誰が財布の管理をするのか。
 誰がけんかの元凶なのか。
 菌を持っているのは?
 それは、ご誠実で、友好的で、
 優秀で、高潔な
 出版業者さまである!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

第2行の行末にあらわれる"Schröpfer"というのは吸い玉のことで、くっついて利益をくすねる出版業者をあてこすっているのでしょう。
吸い玉は瀉血療法(血を排出して症状をよくする)に使われるので、私は吸血鬼と訳しました。
テキストの4行目に出てくるオックス・フォン・レルヒェナウは、シュトラウスの楽劇「ばらの騎士」に登場する男爵で、粗野な嫌われ者です。
これらが誰のことを指すのかは一番最後に明かされます。
しかも、「ご誠実で、友好的で、優秀で、高潔」とほめ殺して貶めるという念の入り用です。
シュトラウスらしい豪華絢爛としたピアノの響きが一見したところ、このテキストの皮肉な内容を想起させないところがミソです。
最後の「出版業者さま」を明かす直前の「edle(高潔な)」に長大なメリスマを与えているのもシュトラウスの皮肉が込められているのでしょう。

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11. Die Händler und die Macher
 商人と仕掛け人は

Die Händler und die Macher
Sind mit Profit und Schacher
Des "HELDEN" Widersacher.
Der lässt ein Wort erklingen
Wie Götz von Berlichingen.
 商人と仕掛け人は
 利益と暴利をむさぼるので
 「英雄」の敵だ。
 英雄はある言葉を響かせる、
 ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンのように。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここでもシュトラウスの怒りが露骨に出ていて、商人と仕掛け人に対して正面切って「敵」と吐き捨てています。
しかも自身のことは「英雄」扱いです(「英雄の生涯」という有名な交響詩がありますね)。
その「英雄」のもう一つの名作といえばベートーヴェンの第3交響曲ですが、シュトラウスは「英雄」ではなく「運命」(交響曲第5番ハ短調)の第1楽章の誰でも知っているモティーフを後半から引用しています。
最終行のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンは中世ドイツの実在の人物で、気性が荒く盗賊のようなことを繰り返していたようですが、ゲーテはこの人物を美化した作品を書いています。
そのゲーテの作品中の有名な言葉に因んで"Götz"には「オレ様のケツを舐めやがれ!(Leck mich am Arsch!)」という意味があります。
ここでは英雄たるシュトラウスが出版業者たちに向けてこの言葉を放ったということなのでしょう。
なお、この曲は歌曲集中で唯一ピアノ前奏のない短い作品です。

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12. O Schröpferschwarm, o Händlerkreis
 おお吸血鬼の一団よ、おお商人業界よ

O Schröpferschwarm, o Händlerkreis,
Wer schiebt dir einen Riegel?
Das tat mit neuer Schelmenweis'
Till Eulenspiegel.
 おお吸血鬼の一団よ、おお商人業界よ、
 誰があんたにかんぬきをかけるのだ。
 新しい悪戯のしかたでそれをやってくれたのは
 ティル・オイレンシュピーゲルさ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

シューベルト風の軽快で優美なレントラーのピアノ前奏が印象的です。
最終曲で敵を退治してくれるのは、これまた自作に使用したいたずら者のティル・オイレンシュピーゲルです。
この動画でいうと0:56からのピアノパート右手に、シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」の有名なホルンのメロディーが若干リズムを変えてあらわれます。そのピアノに導かれて歌声部も「Till Eulenspiegel」と歌います。
そして歌が終わると、第8曲の前奏で聴かれた美しい音楽(後に「カプリッチョ」の月光の音楽に転用されます)が再びあらわれ、あたかもシューマンの歌曲集「詩人の恋」のような手法で締めくくります。
この美しい音楽が出版業者に打ち勝ったことを宣言しているかのようですね。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その3(第7曲~第9曲)

今回はR.シュトラウス「商人の鑑」の第7曲~第9曲を取り上げます。

7. Unser Feind ist, grosser Gott
 我々の敵は、偉大なる神よ

Unser Feind ist, grosser Gott,
Wie der Brite so der Schott.
Manchen hat er unentwegt
Auf das Streckbett hingelegt.
Täglich wird er kecker--
O du Strecker!
 我々の敵は、偉大なる神よ、
 あのイギリス人同様、あのスコットランド人(ショット)である。
 そいつは絶えず多くの人々を
 拷問台(シュトレックベット)に寝かせたんだ。
 日に日にそいつはずうずうしくなるのさ、
 おお、あんたのことだよ、手足伸ばし屋さん(シュトレッカー)!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここではマインツの楽譜出版社、ショット社(B.Schott's Söhne)と、その経営者である商務顧問官(Kommerzienrat)のドクトル・ルートヴィヒ・シュトレッカー(Dr. Ludwig Strecker)に矛先が向かっています。
ショットはドイツ語でスコットランド人を意味します。
ここでは作曲した1918年当時戦争でドイツの敵であったスコットランドと出版社の名前をかけています。
シュトレックベットというのは拷問台で、手足を伸ばして苦しめたようです。
 こちら
もちろんこの名前は経営者シュトレッカーとかけてあるのは明白です。
シュトラウスはこの歌曲集中で最も激しい曲調をこのテキストに与えました。
ピアノパートは急激に下降するオクターブ音型と大きく飛躍する和音の組み合わせが使われ、その飛躍はあたかも拷問台で手足を引き裂かれる様を模しているかのようです。
歌は第3行以降でやはり音程の飛躍が大きくなり、5行目の「kecker(ずうずうしい)」にメリスマを与えて強調しています。
そして最終行の落ちで、これまでの深刻な曲調から一転して快活な音楽に変わるのは、この歌曲集でシュトラウスがよくやる仕掛けで、強烈な皮肉となっています。

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8. Von Händlern wird die Kunst bedroht
 商人に芸術は脅かされる

Von Händlern wird die Kunst bedroht,
Da habt ihr die Bescherung:
Sie bringen der Musik den Tod,
Sich selber die Verklärung...
 商人に芸術は脅かされる、
 なんともひどい話だよ。
 やつらは音楽に死をもたらし、
 自分たちには浄化をもたらすっていうんだからなぁ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

この曲の前奏は非常に美しく、恍惚とする表情さえうかがえます。
そしてその長大さは曲の半分以上を占めているほどです。
この美しい音楽はもちろんシュトラウスが守ろうとしている「芸術」をあらわしています。
そして、その美しい前奏が終わると突然激しい曲調に変わり、商人たちへの積もり積もった不平が歌われます。
第3行と第4行の歌詞の最後には、シュトラウスの有名な交響詩「死と浄化(変容)(Tod und Verklärung)」が織り込まれています。
第3行最後の"Tod(死)"で歌手はハイAを歌わなければならず、さらに次の音は2オクターブ低いAで歌い始めなければなりません。
歌手にとっても試練の曲ですね。
そして、最終行の歌声部は「死と浄化」の最後の方にあらわれるフレーズが引用されています。
また、後年シュトラウスは、歌劇「カプリッチョ」の中の月光の音楽として、この曲の長大な前奏を再度使用しています。
私がはじめて劇場で「カプリッチョ」を鑑賞した際、そのことを知らず、この音楽どこかで聞き覚えがあるなぁとしばらく考え込んでしまった記憶があります。

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9. Es war mal eine Wanze
 昔々一匹の南京虫がおったとさ

Es war mal eine Wanze,
Die ging, die ging aufs Ganze.
Gab einen Duft, der nie verflog,
Und sog und sog.
Doch Musici, die packten sie
Und knackten sie.
Und als die Wanze starb und stank,
Ein Lobgesang zum Himmel drang.
 昔々一匹の南京虫がおったとさ、
 そいつは徹底していて、
 決して消えない臭いを発しては
 血を吸いまくったんだ。
 だが音楽家がそいつをつかみ、
 パチッとつぶしてやったのさ。
 そうして南京虫は死に、悪臭を放ち、
 賛歌は天まで届いたとさ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここで言う「南京虫(Wanze)」が商人たちをあらわしているのは明白ですね。
不協和音を用いた不気味な前奏は南京虫が強烈な臭いを発しながら、血を吸いまくっている様を模しているのでしょう。
後半で音楽家が登場すると音楽も明るくなり、南京虫をつぶす様が装飾音を伴ったピアノパートで描写されます。
商人に対して音楽家の勝利が描かれている作品と言えるでしょう。
なお、ドイツ語で"Wanzen und Flöhen(南京虫とのみ)"と言うと当時の音楽家の隠語で「シャープとフラット」のことを意味していたそうです。
この曲にピアノの黒鍵が多く使われているのはそういう意味も掛けてあるのでしょう。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その2(第4曲~第6曲)

今回はR.シュトラウス「商人の鑑」の第4曲~第6曲を取り上げます。

4. Drei Masken sah ich am Himmel stehn
 三つの仮面が空に架かるのを私は見た

Drei Masken sah ich am Himmel stehn,
Wie Larven sind sie anzusehn.
O Schreck, dahinter sieht man ...
Herrn Friedmann!
 三つの仮面が空に架かるのを私は見た、
 それらは目かくしの仮面のように見えた。
 おお、ビックリしたー、その後ろに見えるのは、な、なんと、
 フリートマン氏!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

この曲ではドライマスケン社(Dreimasken-Verlag)という音楽出版社が槍玉にあがっています。
「ドライマスケン」とは「三つの仮面」のことです。
このテキストの1行目はシューベルトの歌曲集「冬の旅」の第23曲「幻日」の第1行「Drei Sonnen sah ich am Himmel stehn(三つの太陽が空に架かるのを私は見た)」をもじっているのは明白です。
音楽は第2曲前奏の不気味なパッセージが再び現れ、何層にも渡りポリフォニックに重なって演奏されます。
第3行「Schreck」で歌手はハイCならぬ「ハイBフラット」を出さなければなりません。
歌っている本人が「ビックリ」してしまいますよね。
「後ろに見えるのは」と大げさにじらしておいて、ドライマスケン社の社長ルートヴィヒ・フリートマン氏が登場するくだりで急遽音楽が軽快なポルカを奏で、シュトラウスのいたずらっぽいしたり顔が目に浮かぶようです。

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5. Hast du ein Tongedicht vollbracht
 きみが交響詩を書き上げたら

Hast du ein Tongedicht vollbracht,
Nimm vor den Füchsen dich in Acht,
Denn solche Brüder Reinecke,
Die fressen dir das Deinige!
[das Deinige! das Deinige!
Die Brüder Reinecke!
Die Brüder Reinecke!]
 きみが交響詩を書き上げたら
 あのキツネどもに気をつけろ、
 というのもあのライネケ兄弟が
 きみの作品を食っちまうからな。
 [きみの作品を!きみの作品を!
 ライネケ兄弟が!
 ライネケ兄弟が!]

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここで登場するのはカール&フランツ・ライネケ兄弟(Karl & Franz Reinecke)で、彼らもシュトラウスに対抗していた出版社の経営者でした。
ライネケ狐というのはヨーロッパに古くから伝わるいたずら狐の話を基にゲーテが書いた叙事詩のことを指しています。
快活な音楽はあっという間に終わってしまい、一見普通の歌曲のように感じられます。
しかし、第2行の"Füchsen(キツネ)"をメリスマを用いて長く引き伸ばしたり、"das Deinige(きみの作品を)"や"Die Brüder Reinecke(ライネケ兄弟が)"を繰り返し歌って強調しているところなどに、シュトラウスの意図が感じられます。

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6. O lieber Künstler sei ermahnt
 おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように

O lieber Künstler sei ermahnt,
Und übe Vorsicht jedenfalls!
Wer in gewissen Kähnen kahnt,
Dem steigt das Wasser bis zum Hals.
Und wenn ein dunkel trübes Licht
Verdächtig aus dem Nebel lugt,
Lustwandle auf der Lienau nicht,
Weil dort der lange Robert spukt!
[Der lange Robert]
Dein Säckel wird erobert
Vom langen Robert!
 おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように。
 いかなる時も用心するのだ!
 ある小舟を漕ぐ(カーント)奴は
 首まで水につかってしまうぞ。
 そして暗くくすんだ光が
 怪しげに霧からのぞいた時
 リーナウで散歩してはならぬ、
 そこにのっぽのローベルトの霊が出るのだから!
 [のっぽのローベルトが]
 きみの財布は取られちまうよ、
 のっぽのローベルトにね!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここでやり玉に挙がっているのは、ライプツィヒのC.F.カーント社(C.F.Kahnt)と、ベルリンのローベルト・リーナウ社(Robert Lienau)です。
3行目に"Kahn(小舟)"を動詞化した"kahnen"という単語の3人称単数形として"kahnt"の名前が読み込まれ、7行目では架空の地名として"Lienau"が読み込まれています。
歌声部の冒頭は「戒めを聞くように」という真剣な表情はなく、滑らかな音楽に乗って穏やかに歌われ、シュトラウスのしらばっくれた顔が目に浮かぶようです。
ピアノパートは描写にも事欠かず、第4行では水があふれ出てくるような情景が描かれ、第5行目ではくすんだ光を高音域で装飾音とともに描いています。
著名な共演ピアニストのロジャー・ヴィニョールズによれば、この曲のピアノパートはマズルカとレントラーが融合したものとのことで、舞曲に乗って、2人の敵をおちょくっていることになりますね。
首まで水につかってしまうカーント氏と、財布を巻き上げようとするひょろっとした幽霊のローベルト・リーナウ氏-今だったら名誉棄損で訴えられそうですね。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その1(第1曲~第3曲)

R.シュトラウスの記念年を祝して記事を書こうと思った時にまず最初にこれだけは必ず取り上げたいと思った歌曲集があります。
それが今回から数回に分けて取り上げる「商人の鑑(Krämerspiegel, Op. 66)」という作品です。
シュトラウスが自身の作品出版に際して、出版社との間に権利上の諍いが起き、うさをはらす為にドイツの著名な文芸評論家アルフレート・ケルにテキストを依頼しました。
その12篇の詩に作曲したのがこの「商人の鑑」で、出版社たちをあてこすった辛辣な内容ゆえに、出版社はこの作品の出版を拒否し、裁判の結果、シュトラウスは別の新作歌曲を書かなければならなくなりました。
テキストには出版に関わった人たちの名前が言葉遊びのように織り込まれ、作曲家が彼らをやっつけるという内容になっています。
今回は最初の3曲を聴いてみます。

Krämerspiegel, Op. 66
 商人の鑑

1. Es war einmal ein Bock
 昔々一匹の雄山羊がおったとさ

Es war einmal ein Bock, ein Bock,
Der fraß an einem Blumenstock, der Bock.
Musik, du lichte Blumenzier,
Wie schmatzt der Bock voll Schmausegier!
Er möchte gar vermessen
Die Blüten alle [alle] fressen.
Du liebe Blüte wehre dich,
Du Bock und Gierschlung, schere dich!
Schere dich, du Bock!
[Schere dich, du Bock!
Du liebe Blüte wehre dich,
Du Bock und Gierschlung,
Schere dich, du Bock!]
 昔々一匹の雄山羊(ボック)が、雄山羊がおったとさ、
 そいつは鉢植えの草花を食っちまった、雄山羊の野郎がさ。
 音楽よ、輝く花飾りよ、
 御馳走をたっぷり欲した雄山羊が音を立てながら貪り食ってやがる!
 そいつは、身の程も知らず
 花々を全部[全部]食い尽くしたいと思っているぞ。
 いとしい花よ、身を守るんだ、
 大食らいの雄山羊よ、失せやがれ!
 失せやがれ、雄山羊よ!
 [失せやがれ、雄山羊よ!
 いとしい花よ、身を守るんだ、
 大食らいの雄山羊よ、
 失せやがれ、雄山羊よ!]

※[ ]内は、テキストの繰り返しの箇所を示す。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

シュトラウスが「家庭交響曲」を出版したボーテ&ボック社(Bote & Bock)とはOp.56の歌曲集の契約時に、次に書かれる6つの歌曲の権利はボーテ&ボック社が有する旨を許可してしまいました。
その件などを経て両者の間に諍いが生じたようです。
このテキストの第1行にある"Bock"とは「雄山羊」という意味ですが、ボーテ&ボック社の商業顧問官フーゴ・ボック(Hugo Bock)へのあてつけとなっています。
花(Blumen, Blüte)は楽曲、もしくは作曲家を暗示しているのでしょう。
大食らいの出版者に向けて、作品を食いつくすなと警告しているテキストとなっています。
この歌曲集の音楽上の特徴はピアノパートに重要な役割を持たせていることで、その長さが歌を優に超えている作品すらあります。
この第1曲の前奏からすでにかなり規模は大きめで、歌の旋律を先取りしています。
Es war einmalというのは「昔々あるところに」という昔話の始まりに使われる文言で、音楽も品の良さを湛えて、テキストとのギャップが面白い作品です。


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2. Einst kam der Bock als Bote
 かつて雄山羊が使いに来た

Einst kam der Bock als Bote
Zum Rosenkavalier ans Haus;
Er klopft mit seiner Pfote,
Den Eingang wehrt ein Rosenstrauss.
 かつて雄山羊(ボック)が使い(ボーテ)に来た、
 ばらの騎士の屋敷へ。
 そいつは前足でノックしたが、
 ばらの花束(シュトラウス)はそいつが入ってくるのを阻止した。

Der Strauss sticht seine Dornen schnell
Dem Botenbock durch's dicke Fell.
O Bock, zieh mit gesenktem Sterz
Hinterwärts, hinterwärts!
 花束はトゲですばやく
 使者の雄山羊の厚い毛皮をぶっ刺した。
 おお雄山羊よ、しっぽを下ろして
 引き下がれ!引き下がれ!

[O Bock, zieh mit gesenktem Sterz
hinterwärts, hinterwärts!
O Bock, o Botenbock,
zieh mit gesenktem Sterz
hinterwärts, hinterwärts!]
 [おお雄山羊よ、しっぽを下ろして
 引き下がれ!引き下がれ!
 おお雄山羊よ、おお使者の雄山羊よ、
 しっぽを下ろして
 引き下がれ!引き下がれ!]

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

前の曲ではフーゴ・ボック個人に対するあてこすりだったのですが、この曲ではボーテ&ボック社に対して攻撃しています。
ボーテ(Bote)というのはドイツ語で「使者」のことを指します。
そして「ばらの騎士」というのはご存じシュトラウスの代表作のオペラの名前ですね。
シュトラウス(Strauss)の名前は「花束」という意味があり、花束がトゲで使者の雄山羊(ボーテ&ボック社)を刺して復讐します。
ピアノ前奏はおどろおどろしい低音で雄山羊が使いに来たことをグロテスクに表現しています。
そして歌が始まる少し前にウィンナー・ワルツのような軽快な音楽に変わります。
私は残念ながらまだ「ばらの騎士」を聞き込んでいないのですが、おそらくこのオペラを意識したワルツなのではないかと思われます。
歌っている内容は過激ですが、音楽はほぼ一貫して優美さを保っているのが余計に相手を刺激してしまいそうです。

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3. Es liebte einst ein Hase
 かつて一匹の野うさぎが愛していた

Es liebte einst ein Hase
Die salbungsvolle Phrase,
Obschon wie ist das sonderbar,
Sein Breitkopf hart und härter war.
Hu, wisst ihr, was mein Hase tut?
Oft saugt er Komponistenblut
Und platzt hernach [und platzt hernach] vor Edelmut.
 かつて一匹の野うさぎ(ハーゼ)が
 もったいぶった楽句を愛していた。
 なんとも奇妙なことではあるが、
 うさぎの扁平頭(ブライトコップフ)はますます固く(ヘルテル)なった。
 げっ、僕のうさぎがどうなるか分かるかい。
 そいつは作曲家の血をしょっちゅう吸って、
 その後高潔なあまりに破裂しちまうんだとさ[破裂しちまうんだとさ]。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

この曲では音楽出版社のブライトコップフ&ヘルテル社(Breitkopf & Härtel)と、その経営者の枢密顧問官ドクトル・オスカル・フォン・ハーゼ(Geheimrat Dr. Oskar von Hase)がやり玉にあがっています。
シュトラウスは初期の作品をブライトコップフ&ヘルテル社から出版していました。
「ハーゼ(Hase)」とは野うさぎのこと、「ブライトコップフ(Breitkopf)」は扁平頭のことです。
4行目に「ブライトコップフ&ヘルテル」が織り込まれています(Härtelとhärterの違いはありますが、「l」と「r」の違いは詩の脚韻でも同じものとして扱われます)。
シュトラウスの歌は高低差が大きく、歌手は大変だろうと思います。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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R.シュトラウス「万霊節Op.10-8」を聴く

万霊節とは、キリスト教で11月2日の死者の霊を祀る記念日のことを指すそうです。
亡くなった女性への変わらぬ愛の告白がシュトラウスによって厳かさと情熱をもった作品として永遠の命を吹き込まれました。
動画サイトでこの曲を演奏した人の多さが人気の高さを物語っています。
各節最後の"Wie einst im Mai(かつての五月のように)"にそれぞれ異なったメロディが付けられていますが、最後にいたってようやくトニックに解決して、これまで引きずっていた亡き人の五月の思い出が吹っ切れたかのようです。

Allerseelen, Op.10-8
 万霊節

Stell auf den Tisch die duftenden Reseden,
Die letzten roten Astern trag herbei,
Und laß uns wieder von der Liebe reden,
Wie einst im Mai.
 テーブルに、香るモクセイソウを置いて、
 最後の赤いアスターをこちらへ持ってきておくれ、
 そして再び愛を語ろう、
 かつての五月のように。

Gib mir die Hand, daß ich sie heimlich drücke
Und wenn man's sieht, mir ist es einerlei,
Gib mir nur einen deiner süßen Blicke,
Wie einst im Mai.
 手を出してごらん、ひそかに握れるように、
 見られても、ぼくはかまわない、
 きみの甘いまなざしをただ一度ぼくに向けておくれ、
 かつての五月のように。

Es blüht und duftet heut auf jedem Grabe,
Ein Tag im Jahr ist ja den Toten frei,
Komm an mein Herz, daß ich dich wieder habe,
Wie einst im Mai.
 今日はどの墓も花咲き、香る。
 年に一日、亡き人が自由になるのだ。
 ぼくの胸においで、きみは再びぼくのものだ、
 かつての五月のように。

詩:Hermann von Gilm zu Rosenegg (1812-1864)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

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ヘルマン・プライ(BR)&カール・エンゲル(P)

プライの人肌の温もりが感じられる歌は切々と訴えかけてきて真に感動的です。エンゲルは控えめにプライの良さをサポートしています。

ヨナス・カウフマン(T)&ヘルムート・ドイチュ(P)

カウフマンの熱い歌唱は聴き手の気持ちを動かすものを持っています。ドイチュのしっとりとした美しいピアノも素晴らしいです。

ルチア・ポップ(S)&ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)

ポップの細い美声がテキストに的確に反応して歌う歌は素晴らしいです。サヴァリシュの滴るようなみずみずしい音色が説得力に満ちています。

エリー・アーメリング(S)&ドルトン・ボールドウィン(P)

アーメリングの細やかな語り口が爽やかな感動をもたらします。ボールドウィンは前奏からよく歌う名演です。

バーバラ・ボニー(S)&ジェフリー・パーソンズ(P)

ボニーの声特有の浮遊感がテキストの雰囲気とマッチしているように感じられます。パーソンズは安定したよい演奏です。

ブリギッテ・ファスベンダー(MS)&アーウィン・ゲイジ(P)

ファスベンダーの暗めの声色が曲に深みを与えています。ゲイジはここでもピアノでよく歌っています。

ペーター・シュライアー(T)&ノーマン・シェトラー(P)

シュライアーの折り目正しい歌唱もまた魅力的です。シェトラーが実に歌心の豊かな音楽を奏でていて素晴らしいです。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

ディースカウが技巧を前面に出さずに真摯に歌っているのが良いです。そしてムーアの温かい音色!

ジェシー・ノーマン(S)&ジェフリー・パーソンズ(P)

パーソンズのややゆっくり目のテンポのピアノに乗って、ノーマンも悠然と落ち着いた味わいを聴かせます。

ロッテ・レーマン(S)&オーケストラ伴奏

1948年ライヴ。レーマンの感情を乗せた情熱的な歌唱は生き生きと聞き手の心に訴えかけてきます。

ピアノパートのみ

楽譜を見ながら、伴奏がどのようになっているのか注目してみてください。

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