バウアー&デームス/「冬の旅」(2009年11月2日 日経ホール)

第370回日経ミューズサロン
Bauer_demus_20091102_pamphletトーマス・バウアー(バリトン)&イェルク・デームス(ピアノ)
~シューベルト 歌曲集「冬の旅」(全曲)~

2009年11月2日(月) 18:30 日経ホール(C列16番)

トーマス・バウアー(Thomas Bauer)(BR)
イェルク・デームス(Jörg Demus)(P)

シューベルト/歌曲集「冬の旅(Winterreise)」(全曲)

 おやすみ/風見の旗/凍る涙/氷結/菩提樹/あふれる水流/川の上/回想/鬼火/休息/春の夢/孤独

~休憩~

 郵便馬車/白髪/からす/最後の希望/村で/嵐の朝/まぼろし/道しるべ/宿屋/勇気/幻の太陽/辻音楽師

~アンコール~
シューベルト/音楽に寄せて(An die Musik)

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大手町にある日経ホールに出かけたのははじめてである。
ふかふかで幅も広めのシートは座り心地がよく、前の席から簡易テーブルも引き出すことが出来る仕組みになっているのは多目的な使用を念頭に置いているのだろうか(テーブルは使用不可の旨アナウンスが流れていたが)。

このホールで、最近頭角をあらわしているバリトン歌手トーマス・E.バウアーの「冬の旅」を聴いた。
彼は普段は夫人のピアニスト、ウタ・ヒールシャーとコンビを組んでいるが、今回は80歳を超えてなお精力的な活動を続けているイェルク・デームスとの共演だった。

「冬の旅」は第1部と第2部に分かれているが、普通は全曲通して演奏される。
しかし、今回は第1部の後に20分間の休憩が入り、ばっさり二分された。
私がこれまで実演で聴いた「冬の旅」で、途中で休憩が入ったのは今回が初めてである。
従って、第12曲「孤独」の後にデームスが立ち上がり、拍手とともに演奏者が退場したのには驚いた。
しかし、個人的にはこれは悪くないのではという気もする。
確かに「冬の旅」の世界を中断なく聴きたい人にとっては途中の分断は有難くないだろうが、70分ほどの間集中力を途切れさせずに聴くのは案外疲れるものである。
今回途中で休憩が入ったことによって、第2部以降もだれることなく集中して聴くことが出来たのは確かだった。

バリトンのトーマス・バウアーはCDですでに多くのリートを聴いていて、ハイバリトンのとても美しい声をもっているという印象を受けていたので、今回はじめて実演を聴けるのを楽しみにしていた。
バウアーは確かにとても美しいドイツ語と歯切れのよいデクラメーションで言葉の一言一言を理想的に発声する。
その点はほかのゲルネやゲンツ、ヘンシェルといった有名どころと比べていささかも遜色ない印象を受ける。
ただ、今回若干風邪気味だったのだろうか、最初から時折声がかすれることがあり、思ったように歌えていないのではという感じを受けた。
それでも音程はほぼ問題なく決めていたのはさすがだと思ったが、CDで聴いた時と比べてかなり思い入れの強いドラマティックな歌唱だったのは意外だった。
もっと理知的にコントロールするイメージをもっていたのだが、この数年で歌へのアプローチも変わったのだろうか。
ボストリッジやゲルネほどではないものの、バウアーもかなり体を動かしながら全身で表現していた。
意外と声色を変えることが多く、それがぴたりとはまる場合と、表面的に響いてしまう場合の差があり、その辺が今後の課題かなと思った。
「辻音楽師」の最後の箇所も本当はじっくりと盛り上げようとしていたようだが、声がついていかなかった感じだ。
身体が楽器の歌手にとって好不調の差は大きい。
次回、絶好調の時の彼の歌唱に接してみたいと思う。

デームスの歌曲演奏は録音だけでなく実演でもこれまでに随分聴いていたことに気付く。
今回は光沢のある薄い金色のようなスーツでお洒落に決めていた。
蓋を全開にしたピアノを弾いたデームスはもはや我が道を行くという感じの演奏ぶりで、決して歌手にとって歌いやすいピアノではなかったと思うが、現代のピアニストにはない独自の趣は確かに感じられた(「最後の希望」の木の葉の描写などは良かった)。
案外音の粒が大きく、歌と対等な関係を築いていたと思う。
だが、かなり大雑把で素っ気無い箇所を聴くと若い頃が懐かしいし、「勇気」のような曲でのテクニックの衰えなどはどうしても年齢を感じざるをえなかった。
テクニック的なものではなく、20世紀中ごろからのピアノ演奏の伝統の生き証人として彼の演奏を聴けることが貴重なのだろう。
あまたの大歌手たちと共演してきたデームスからバウアーも得るところがあったに違いない。
今後のバウアーのますますの飛躍に期待したいものである。

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フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1966年(第2回来日)

第2回来日:1966年10~11月

ディートリッヒ・フィッシャー=ディスカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)(BR)
イヨルク・デームス(Jörg Demus)(P)
ベルリン・ドイツ・オペラ(Deutsche Oper Berlin)
オイゲン・ヨッフム(Eugen Jochum)(C)
ロリン・マゼール(Lorin Maazel)(C)
ハンス・ウェルナー・ヘンツェ(Hans Werner Henze)(C)

10月17日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
10月18日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
10月21日(金)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
10月23日(日)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
10月24日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
10月26日(水)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
10月29日(土)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
11月1日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
11月2日(水)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「若い恋人たちの悲歌」
11月5日(土)19:00 東京文化会館大ホール:「ヨッフム/フィッシャー=ディスカウの夕べ」
11月6日(日)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
11月7日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「若い恋人たちの悲歌」
11月8日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
11月9日(水)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「若い恋人たちの悲歌」
11月12日(土)19:00 東京文化会館大ホール:「冬の旅」
11月14日(月)19:00 大阪フェスティバルホール:「冬の旅」

●ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」
モーツァルト/「魔笛」

グスタフ・ルドルフ・ゼルナー(演出)
イエルク・チンマーマン(装置)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(伝者)
ゲルト・フェルトホフ(伝者)
マルティ・タルベラ(ザラストロ)
ヨーゼフ・グラインドル(ザラストロ)
エルンスト・ヘフリガー(タミーノ)
ドナルド・グローベ(タミーノ)
ヒルデ・ギューデン(パミーナ)
ピラール・ローレンガー(パミーナ)
エリカ・ケート(パミーナ)
キャサリン・ゲイヤー(夜の女王)
ベラ・ヤスパー(夜の女王)

ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団と管弦楽団
ワルター・ハーゲン=グロル(合唱指揮)
オイゲン・ヨッフム(C)

●ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
ヴェルディ/「ラ・トラヴィアータ」

グスタフ・ルドルフ・ゼルナー(演出)
フィリポ・サンジュスト(装置・衣裳)

ディートリヒ・フィッシャーディースカウ(ジェルモン)
ピラール・ローレンガー(ヴィオレッタ)
ヒルデ・ギューデン(ヴィオレッタ)
フランコ・タリアヴィーニ(アルフレード)

ベルリン・ドイツ・オペラ
ロリン・マゼール(C)

●ベルリン・ドイツ・オペラ「若い恋人たちの悲歌」
ヘンツェ/「若い恋人たちの悲歌」

ハンス・ウェルナー・ヘンツェ(演出・装置)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(グレゴール・ミッテンホーファー)
ワルター・ディックス(ウィルヘルム・ライシュマン)
ローレン・ドリスコル(トニー・ライシュマン)
リザ・オットー(エリーザベト・チンマー)

ベルリン・ドイツ・オペラ
ハンス・ウェルナー・ヘンツェ(C)

●日生劇場開場3周年記念講演
ベルリン・ドイツ・オペラ特別演奏会
「ヨッフム/フィッシャー=ディスカウの夕べ」
共演:ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団;オイゲン・ヨッフム(C)

シューベルト/交響曲第8番ロ短調「未完成」
マーラー/「さすらう若人の歌(Lieder eines fahrenden Gesellen)」(君がとつぐ日/露しげき朝の野辺に/灼熱せる短刀もて/君が青きひとみ)
モーツァルト/交響曲第40番ト短調K.550

●ベルリン・ドイツ・オペラ特別演奏会
「冬の旅」
共演:イヨルク・デームス(P)

シューベルト/「冬の旅(Winterreise)」(おやすみ/風見の旗/凍った涙/かじかみ/菩提樹/あふれる涙/川の上で/回顧/鬼火/休息/春の夢/孤独/郵便/霜おく髪/鴉/最後の希望/村で/嵐の朝/幻影/道しるべ/宿/勇気/幻の太陽/辻音楽師)

(特別演奏会の演奏者名、曲名の日本語表記はプログラム冊子の表記に従い、オペラ公演の情報は「音楽年鑑」の記載に従った)

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前回の来日から3年後のフィッシャー=ディースカウ2回目の来日(当時41歳)もベルリン・ドイツ・オペラの一員としてだった。
演じるのは、モーツァルトの「魔笛」(弁者)とヘンツェの「若い恋人たちの悲歌」(ミッテンホーファー)である。
古典と現代の異なる役柄を日本の聴衆の前で披露したわけだが、今回も「魔笛」はゲルト・フェルトホフとのダブルキャストで、どの日にF=ディースカウが出演したのかまだ調べがついていない。
だが、ほかの公演との過密な日程を考えると、F=ディースカウは初日と2日目ぐらいしか出演していないのかもしれない。
オペラ歌手としてのF=ディースカウの今回の目玉はなんといってもヘンツェのオペラであろう。
こちらは3公演とも彼が登場しており、作曲者自身が指揮、演出を担当している。

今回はオペラ公演の合間にオイゲン・ヨッフム指揮オーケストラコンサートでの「さすらう若人の歌」全4曲と、シューベルト「冬の旅」全曲の日本初披露がされた。
今回もピアニストはイェルク・デームスで、その時のTV収録の模様が動画サイトにアップされていた(「冬の旅」第1曲「おやすみ」)。

http://www.youtube.com/watch?v=Tc_GCguYgHw

円熟期のF=ディースカウしか生で聴いていない私にとって、この動画での彼はまぶしいほど若々しい。
この時代に実演を聴けた人が本当にうらやましい。

(9月26日追記)
コメント欄でさすらい人さんが教えてくださったサイト「NHKイタリア歌劇団」に来日歌劇場の情報が非常に詳細に掲載されていました(ベルリン・ドイツ・オペラについてはこちら)。
F=ディースカウは「ラ・トラヴィアータ」のジェルモン役でも出演していたそうです。
その情報も追加させていただきました。
さすらい人さん、そして「NHKイタリア歌劇団」の管理人様に御礼申し上げます。

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フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1963年(初来日)

第1回来日:1963年10~11月

ディートリッヒ・フィッシャー=ディスカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)(BR)
イヨルク・デームス(Jörg Demus)(P)
ベルリン・ドイツ・オペラ(Deutsche Oper Berlin)
カール・ベーム(Karl Böhm)(C)

10月20日(日)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」
10月21日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
10月23日(水)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
10月24日(木)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」(W.ドウリーとダブルキャスト)
10月26日(土)19:00 京都市民会館:プログラムA
10月28日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
10月29日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」(W.ドウリーとダブルキャスト)
10月31日(木)19:00 日生劇場:プログラムB(日生劇場開場記念公演:ベルリン=ドイツ=オペラ特別演奏会)
11月2日(土)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
11月5日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」(W.ドウリーとダブルキャスト)

●ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」
ベートーヴェン/「フィデリオ」

グスタフ・ルドルフ・ゼルナー(演出)
W.ラインキング(装置・衣装)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(ドン・フェルナンド: 10/20)
W.ドウリー(ドン・フェルナンド: 10/20以外)
ヴァルター・ベリー(ドン・ピツァロ)
G.ナイトリンガー(ドン・ピツァロ)
ジェイムズ・キング(フロレスタン)
クリスタ・ルートヴィヒ(レオノーレ)
ヨーゼフ・グラインドル(ロッコ)
リーザ・オットー(マルツェリーナ)
D.グローブ(ヤキーノ)

ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団と管弦楽団
W.ハーゲン=グロル(合唱指揮)
カール・ベーム(C)

●ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
モーツァルト/「フィガロの結婚」

グスタフ・ルドルフ・ゼルナー(演出)
M.ラファエリー(装置・衣装)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(アルマヴィーヴァ伯爵)
エリーザベト・グリュンマー(伯爵夫人)
エーリカ・ケート(スザンナ)
ヴァルター・ベリー(フィガロ)
エーディト・マティス(ケルビーノ)
パトリシア・ジョンソン(マルツェリーナ)
P.ラッガー(バルトロ)
B.フォーゲル(バルバリーナ)
J.カトナ(バジリオ)

ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団と管弦楽団
W.ハーゲン=グロル(合唱指揮)
カール・ベーム(C)

●プログラムA 共演:イヨルク・デームス(P)

シューベルト作曲
アトラス(Der Atlas, D957-8)
あのひとの絵姿(Ihr Bild, D957-9)
漁師の娘(Das Fischermädchen, D957-10)
町(Die Stadt, D957-11)
海べにて(Am Meer, D957-12)
影法師(Der Doppelgänger, D957-13)

シューマン作曲
「詩人の恋(Dichterliebe, Op. 48)」全曲

●プログラムB 共演:イヨルク・デームス(P)

シューベルト作曲
魔王(Erlkönig, D328)
さすらい人(Der Wanderer, D489)
冥府の群像(Gruppe aus dem Tartarus, D583)
メムノン(Memnon, D541)

友らに(An die Freunde, D654)
沈みゆく日の神(Freiwilliges Versinken, D700)
たて琴に(An die Leier, D737)
ヘリオポリス(2作)(Heliopolis 2, D754)

~休憩~

ミューズの子(Der Musensohn, D764)
あなたはわたしのやすらぎ(Du bist die Ruh', D776)
孤独な男(Der Einsame, D800)
夕映えに(Im Abendrot, D799)

ブルックの丘で(Auf der Bruck, D853)
セレナーデ(Ständchen, D957-4)
星(Die Sterne, D939)

(プログラムA、Bの演奏者名、曲名の日本語表記はプログラム冊子の表記に従い、オペラ公演の情報は「音楽年鑑」の記載に従った)

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これまでアーメリング、シュヴァルツコプフ、プライ、ホッターと続けてきた過去来日公演調査だが、リート歌手の代名詞と言っても過言ではないあの人を忘れるわけにはいかない。
もし彼がいなかったら私もこれほど歌曲にのめりこむことはなかったかもしれない。
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ。
この偉大なバリトン歌手の1980年代以降の実演を何度か聴けたことは、私にとって最高の思い出の一つとなっている。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau: 1925.5.28, Zehlendorf生まれ)の初来日は、ベルリン・ドイツ・オペラのメンバーとしてであり、当時すでに38歳の絶頂期だった。
日生劇場の開場記念として行われたベルリン・ドイツ・オペラの公演中、F=ディースカウは「フィデリオ」のドン・フェルナンド(W.ドウリーとダブルキャスト)と、「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵を歌った(どちらもカール・ベームの指揮)。
10月23日の「フィガロの結婚」ライヴ録音はかつてキャニオンからCD発売されていた。
ちなみに彼が出演しなかった他の演目はベルク「ヴォツェック」とヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」だった。

「フィデリオ」はダブルキャストのため、どの日にF=ディースカウが出演したのか今のところ確認できていないが、オペラ2役の合間を縫ってリサイタルを京都と東京で行っている(追記:「フィデリオ」のF=ディースカウの出演は10月20日のみとコメント欄でさすらい人さんに教えていただきました)。
京都ではハイネの詩によるシューベルトとシューマンの名作、そして東京ではシューベルトの歌曲ばかりでプログラムが組まれている。
どちらのプログラムもF=ディースカウがジェラルド・ムーアとともにザルツブルクで歌ったプログラムと共通しており、そのザルツブルク公演はORFEOレーベルからCD化されている。
日本ではじめてF=ディースカウが歌った歌曲はシューベルトの「アトラス」、そして東京の聴衆がはじめて聴いた彼の歌曲はシューベルトの「魔王」だったことになる。

この時のピアニストはイェルク・デームスがつとめたが、すでに海外でコンビを組んでいた二人だけにF=ディースカウも安心して初めての日本公演にのぞめたのではないだろうか。

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吉江忠男&デームス/ブラームス「美しいマゲローネ」によるロマンス(11月10日 津田ホール)

吉江忠男バリトン・リサイタル
Yoshie_demus_22008年11月10日(月)19:00 津田ホール(自由席)

吉江忠男(Tadao Yoshie)(BR)
イェルク・デームス(Jörg Demus)(P)
江守徹(Toru Emori)(語り)

ブラームス「美しいマゲローネ」によるロマンス op. 33

朗読:むかしむかしプロヴァンス地方を・・・
1.若々しい青春時代に・・・
朗読:若者はじっとこの歌に聞き入り・・・
2.そうだ!弓と矢があれば敵に打勝つことができる
朗読:彼は幾日も旅を続けた末に・・・
3.苦しみなのか、喜びなのか・・・
朗読:この同じ晩にマゲローネは・・・
4.恋の女神が遠い国からやって来たが・・・
朗読:この歌はマゲローネの心を揺り動かしました
5.それではあなたはこの哀れな男を・・・
朗読:騎士はまた翌朝・・・
6.どのようにして喜びに、歓喜に堪えていけばいいのか?
朗読:とうとう騎士が愛するマゲローネを・・・
7.この唇の震えていたおまえに・・・
朗読:ペーターがその間にもうしばしば・・・
8.別れなければならないのだ・・・
朗読:約束の夜が来ました
9.お休み、かわいい恋人よ・・・
朗読:ペーターも歌いながら・・・
10.吠えるなら吠えよ、泡立つ波よ・・・
朗読:マゲローネは甘い眠りによって・・・
11.何とすみやかに光も輝きも・・・(マゲローネ)
朗読:恐ろしいほどの光が
12.別れがなくてはかなわぬのか
朗読:そんな風に1週間
13.愛する方よ、どこでぐずぐずと・・・(スリマ)
朗読:ペーターはこの歌を聞いて・・・
14.何と楽しくさわやかに心が踊ることだろう
朗読:朝日が昇った時・・・
15.誠実な愛は長続きし・・・

アンコール(すべてブラームス作曲)
1.「美しいマゲローネ」によるロマンス~第14曲「何と楽しくさわやかに心が踊ることだろう」
2.五月の夜
3.あなたの青い瞳

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千駄ヶ谷の津田ホールに来たのは一体何年ぶりだろう。
バリトンの吉江忠男がイェルク・デームスと江守徹を共演者に迎えてブラームスの「美しいマゲローネ」によるロマンスを歌った。

この歌曲集のテキストは、ドイツ・ロマン派の詩人・作家であるルートヴィヒ・ティークによるもので、物語の進行はナレーターが簡潔に語り、詩の部分にブラームスが作曲した15曲が語りと交互に歌われる。

バリトンの吉江忠男は先日聴いたベルギーのテノール、ファンダーステーネと同い年。
それにしてもその声の若々しさには正直驚いた。
とても60代後半の声には聞こえない。
そしてその顔の表情の若々しさと立ち姿のしゃんとしたところも全く年齢を感じさせない。
余程節制した声のケアをしてきたのだろう。
また、みずみずしい抒情と、男性的な重厚さを併せ持った声と表現は、中世プロヴァンスの凛々しい騎士ペーターを歌うにはまさにうってつけであった。
この歌曲集の厄介なところはペーターだけでなく、ナポリの王女マゲローネの歌1曲、スリマという異国の女性の歌1曲も含まれていることだ。
潔癖なF=ディースカウは初期の頃、女性用の2曲を省いて歌っていたし、ヘフリガーの日本公演ではこの2曲だけソプラノ歌手が歌っていた。
しかし、吉江はマゲローネの歌では悲痛な表情で、そしてスリマの歌ではコケティッシュに1人3役(第1曲の吟遊詩人も含めれば1人4役)をなんの違和感もなくこなしていた。

今年の12月で80歳を迎えるイェルク・デームスは各地で精力的にソロリサイタルや他の演奏家とのアンサンブルの日程を組んでいる。
この日演奏された「マゲローネ」は、かつてF=ディースカウやアンドレーアス・シュミットと共に録音しているレパートリーであり、デームスにとっては得意なレパートリーではないか。
猫背気味でほとんど体を動かさずに鍵盤に向かう姿はあくまでマイペース。
この日の彼のピアノは自分の世界で気ままに弾いているように見えて、実は歌とぴったり合わせているという感じだった。
この呼吸の合わせ方は歌曲演奏の経験の蓄積が大きく生きているのだろう。
指の運びなどは覚束ない箇所も散見されたが、迷子になるほどではなく、大事な音ははずさない。
今の彼の演奏は特有の味わい深さが聴きどころだろう。
アンコールの「五月の夜」の後奏は、最初はあっさりと、そして締めくくりはゆったりと繊細に歌い上げ、さりげない味わいが素晴らしかった。
それにしてもデームス、最後にアンコール用の楽譜が譜面台にないことが分かって軽く癇癪を起こしていたが、吉江さんが上手になだめていた。
世話をする周囲の人たちは大変なのではないか。

ナレーターを務めた江守徹は言うまでも無くベテラン俳優であるが、私はあまり舞台や日本映画を見ていないので、どちらかというとバラエティ番組に出演しているイメージが強い。
朗読は俳優の仕事の一つだろうし、これほど知名度の高い俳優だから、かなり期待できるだろうと考えていた。
だが、勝手が違ったのか、最初のうちはマイクを使っているにもかかわらず声が前に出てこず、表情も乏しかった。
彼は背中を丸めて、原稿に顔をくっつけるかのような姿勢で読んでいたため、朗読中に客席に視線を送ることは全くといっていいほどなかったように思う。
例えば期待に満ちて旅に出るペーターの心のときめきや、恋人マゲローネを失った時の絶望感など、もう少し表情が豊かでもよかったのではないか。
常に第三者の立場を崩さず、控えめな朗読に終始していたのは、演奏者たちに遠慮があったのだろうか。
もちろん含蓄のある江守氏特有のテンポでの語りは彼独自のものであり、それが生で聞けたことは貴重な体験だったと思う。

(11月22日追記:この記事にいただいたコメントで知ったのですが、江守氏は長らく大病を患っておられ、この公演が復帰の第一歩だったとのことです。私の記事の言葉が過ぎた点、お詫びいたします。)

なかなか舞台で聴くことの出来ない歌曲集であり、この貴重な機会に充実した演奏を聴くことが出来て満足だった。自由席だったが、今回も前から4列目の若干左側でじっくり見ることが出来た。

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アーメリングのシューベルト歌曲集(デームス共演:1970年)

「シューベルト歌曲集」

Ameling_demus_schubert_emi録音:1970年1月10~13日、ツェーレンドルフ・エレクトローラ・スタジオ、ドイツ
(Electrola Studio Zehlendorf, Germany)

エリー・アーメリング(Elly Ameling)(S)
イェルク・デームス(Jörg Demus)(P)

シューベルト(Schubert)作曲
1)糸を紡ぐグレートヒェン(Gretchen am Spinnrade)D118(詩:J.W.v.ゲーテ)
2)歌の中の慰め(Trost im Liede)D546(詩:F.v.ショーバー)
3)音楽に寄す(An die Musik)D547(詩:F.v.ショーバー)
4)ガニメード(Ganymed)D544(詩:J.W.v.ゲーテ)
5)春のおもい(Frühlingsglaube)D686(詩:L.ウーラント)
6)恋はいたるところに(Liebe schwärmt auf alle Wegen)D239(詩:J.W.v.ゲーテ)
7)笑いと涙(Lachen und Weinen)D777(詩:F.リュッケルト)
8)セレナーデ:きけ、きけ、ひばり(Ständchen: Horch, horch, die Lerch')D889(原詩:W.シェイクスピア)
9)ズライカⅠ:吹きかようものの気配は(Suleika 1: Was bedeutet die Bewegung?)D720(詩:M.v.ヴィレマー)
10)ズライカⅡ:ああ、湿っぽいお前の羽ばたきが(Suleika 2: Ach, um deine feuchten Schwingen)D717(詩:M.v.ヴィレマー)
11)エレンの歌Ⅰ:憩いなさい、兵士よ(Ellens Gesang 1: Raste, Krieger! )D837(原詩:W.スコット)
12)エレンの歌Ⅱ:狩人よ、狩を休みなさい!(Ellens Gesang 2: Jäger, ruhe von der Jagd!)D838(原詩:W.スコット)
13)エレンの歌Ⅲ:アヴェ・マリア(Ellens Gesang 3: Ave Maria)D839(原詩:W.スコット)

(曲名の日本語表記は11、12曲目以外はCD解説書に従いました。)

アーメリング2番目のシューベルト・アルバムはEMIの為に36才の時に録音され、前回同様イェルク・デームスと共演している。

選曲面では、「糸を紡ぐグレートヒェン」だけが前回と重複している。シューベルトのよく知られた作品が多く選ばれているが、一方で「歌の中の慰め」のように、当時としては珍しかったであろう選曲もあり、さらに後半で「ズライカ」の2曲、「エレンの歌」の3曲を並べて歌っているのは彼女のプログラミングの意欲と気配りを示しているだろう。

この録音におけるアーメリングの声は相変わらず若々しく美しいが、若干硬さが感じられる時がある。5年前の録音があまりにも無理なく声が前に出ていたのでそれと比較してしまうせいかもしれないが、以前ほど楽に声が出るというわけではないようだ。5年前の録音が声のつややかさを前面に出したものだとすると、こちらはより言葉に寄り添って、言葉の響きと対応するシューベルトの音楽を誠実に再現しようとしているように感じられる。楷書風ではあるが決して四角四面というわけではなく、血の通った温かさがある。アーメリングによって生命力を吹き込まれたシューベルトの音楽が大空に羽ばたいているかのようだ。優美であると同時に、気分に流されない厳格さもあり、人の感情を声に乗せることをあたかも簡単なことのように実現している。喜怒哀楽のうち、怒りや哀しみはほかに多くの名歌手たちの名唱を思い出せるだろうが、声で笑い、楽しさを伝えることにかけて彼女は全く傑出しているように思う(「恋はいたるところに」「きけ、きけ、ひばり」などによく表れている)。また、発語の明瞭さは彼女のとりわけ優れた美質の一つだろう。どの言葉もクリアーに響いている。

「ズライカ」の艶っぽい世界はアーメリングにかかると健全な親しみやすさを増す。この2曲に官能の響きを求める向きには物足りないのかもしれないが、彼女の弱声の見事な響きが音楽の美しさをストレートに引き出していることは否定できないのではないか。例えば「ズライカⅡ」に聴かれる言葉に応じた声の絞りこんだ表現は彼女が詩の世界にさらに深く踏み込もうとした証であろう。「エレンの歌」の3曲はアーメリングの声質と表現が最も発揮される類の作品群であり、実際、彼女の歌唱は、狩りをしていた兵士を眠りに誘う1・2曲、けなげに岩窟で聖母に慈愛を求める3曲目(アヴェ・マリア)ともに心が洗われるような名唱である。

デームスはいつも通りの味のある表現でアーメリングの描き出す緊密な世界にゆとりを与えているように感じられた。彼のピアノは歌と緊密な一体感を目指すというよりは、もっと自由に愛嬌のあるおしゃべりを楽しんでいるといった趣だ。「音楽に寄す」では単純な和音から温かい歌を紡ぎ出し、本当に素晴らしかった。

東芝EMIからかつてCD化された際にはモーツァルト歌曲集(1969年12月録音)とのカップリング編集盤だった為、「エレンの歌Ⅰ・Ⅱ」が省かれたのが残念である。
このCDジャケットの彼女の写真は、おそらく1972年の初来日のリサイタルの際に撮影されたものと思われる。

なお、ドイツEMI Electrolaから出ているLPではズライカの2曲とエレンの歌の3曲がA面で、他がB面になっているので、その曲順がオリジナルなのかもしれない。

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アーメリングのシューベルト歌曲集(デームス共演:1965年)

「シューベルティアーデ」(Schubertiade)

Ameling_demus_shetler_harmonia_mundi録音:1965年6月、フッガー城、糸杉の間、キルヒハイム(シュヴァーベン地方)
(Cedernsaal des Fuggerschlosses, Kirchheim, Schwaben)

エリー・アーメリング(Elly Ameling)(S)
イェルク・デームス(Jörg Demus)(Hammerflügel)
ハンス・ダインツァー(Hans Deinzer)(CL:D965)

シューベルト(Schubert)作曲
1)岩の上の羊飼い(Der Hirt auf dem Felsen)D965
2)12のレントラー(12 Ländler)D740(ピアノ・ソロ)
3)幸福(Seligkeit)D433
4)糸を紡ぐグレートヒェン(Gretchen am Spinnrade)D118
5)わたしを愛してはいない(Du liebst mich nicht)D756
6)秘めた恋(Heimliches Lieben)D922
7)春に(Im Frühling)D882
8)鳥(Die Vögel)D691
9)泉のほとりの若者(Der Jüngling an der Quelle)D300
10)ミューズの子(Der Musensohn)D764

(曲名の日本語表記はCD解説書に従いました。)

アーメリング最初のシューベルト・アルバムはハルモニア・ムンディの為に32才の時に録音されたもので、オリジナルのLPでは「シューベルティアーデ」と題し、イェルク・デームスのハンマーフリューゲルと共演している。

LPでは1~3曲目がA面で、4曲目以降がB面であった。A面で牧歌的な素朴な喜びが表現され、B面の前半でアクセントのように恋の様々な想いが深刻に表現され、後半は一転して軽快な「鳥」、しみじみとした「泉のほとりの若者」を経て、まるでアーメリングのことを歌っているかのような「ミューズの子」で締めくくるという、一連の流れがプログラミングの工夫を感じさせる。

10分以上かかる長大な「岩の上の羊飼い」でアーメリングの第一声が響く時、そのあまりにもみずみずしい美声に驚かされる。私がこのアルバムを初めて聴いた時、すでに彼女のほかの録音を知っていたのだが、後年の録音からは感じられないほどのほとばしる声の豊かさが強く印象付けられた。こんなに無理なく自然に声が前に出ている彼女の録音はなかなか無いかもしれない。それほど豊かな声でありながら、声にまかせて歌うということがなく、常に丁寧なコントロールが行き届いているのが彼女らしい。彼女が歌うと、コロラトゥーラの「岩の上の羊飼い」でさえリリカルな作品に聞こえてくるから不思議である。彼女の美質の一つであるしっかりした造形、様式感がすでに備わっているのは、例えば「わたしを愛してはいない」を聴くだけではっきり分かるだろう。最初のアルバムにしてすでにリート歌手としての抜きん出たセンスを感じさせる。「糸を紡ぐグレートヒェン」や「わたしを愛してはいない」は、人によってはあるいはまだ若いと感じるかもしれない。でも私はこの若さは大好きである。低声の歌手のように深刻な声色をそれほど難なく出せるわけではない彼女が、その声にソプラノなりの重みを加えて歌うからこそ、そのギャップが心を打つのだと思う。おそらく度重なる修練によって得るのであろう、言葉に則した細やかな声の表情づけが声質のハンディを補って深みのある表現を実現しているのではないだろうか。シュヴァーベンの城の響きも関係しているのだろうか、豊かな残響を響かせながらも、かなり細かい表情が聞き取れる。

イェルク・デームスは録音当時30台後半だが、すでに彼特有の揺らせ方が現れていて、いい味を出していた。「秘めた恋」の前奏など、デームスの歌わせ方がなんとも味わい深く、心地よい。ソロの「12のレントラー」の演奏も洗練され過ぎていないのがかえってふさわしい。素朴で朴訥な旋律の中で、ふと見せる陰の表情(例えば5番目の音楽)がいかにもシューベルトらしくて素敵だ。この曲の後、間髪をいれずに「幸福」(これもレントラーのリズムによる歌曲)の前奏に入るところなど、なかなか気が利いている(あたかも13番目のレントラーのようだ)。ひなびたハンマーフリューゲルの音色がサロンのあたたかい雰囲気を醸し出していた。

どの曲もアーメリングのかけがえのないみずみずしさ、デームスの味わい深さを感じ取れるが、なかでも「泉のほとりの若者」が心に静かに染み込んできて特に気に入っている。
徹底して声の魅力を味わうなら、後年の録音以上にこの録音を聴いてみてはいかがだろうか。

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