サラ・ブライトマン&パーソンズ/「ザ・ツリーズ・ゼイ・グロウ・ソー・ハイ」

これまでのオリンピック、普段からあまりスポーツ観戦をしない私は開会式もあまりじっくり見たことがなかったのだが、今回の北京五輪は珍しく最初から選手の入場までかなりしっかりと見ることが出来た。
著名な映画監督のチャン・イーモウがプロデュースをした開会式は、2年以上もかけて構想を練ったというだけあって、よく考えられていて芸術的だったと思う。
中国の悠久の歴史を表現したパフォーマンスは、長いこと国内開催を待ち望んでいたというだけあって、中国の威信をかけているのが痛いほど伝わってきた。
もう少しコンパクトにまとめた方が見ている人には親切かもしれないという気もしたが、中国人にとっては自国をアピールする絶好の機会とばかりにあれこれ繰り出してくる気持ちも分からなくはない。
だが、これだけのパフォーマンスの連続とそれにかかわる膨大な数の人を采配するのは大変なことだろう。
混乱もなく次々にパフォーマンスを進めるその手際のよさは、社会主義国ならではかもしれない。
200国以上の選手団が入場してくる間、中国の女性たちがずっと踊り続けていたが、これは結構体力的にきついのではないかと余計な心配をしてしまいたくなる。
テロ予告があったり、ロシアとグルジアが戦争状態に入ったり、観光スポットで米国人が事件にまきこまれたりと、平和とは程遠い中での開催だが、とにかく出来る限り無事に全日程が進むことを祈りたい。

この開会式の後半で、中国のピアニスト、ラン・ランが出てきたりして、パフォーマーも中国の一流どころの妙技で世界に向けてアピールしているのが感じられたが、この五輪のために作られたという曲を中国の男性歌手と共に歌っていたのが、イギリスのミュージカル歌手サラ・ブライトマンであった。
彼女はこのようなイベントには引っ張りだこのようだが、最近は日本のCMなどでも聞く機会が増え、他の歌手と間違えようのないその個性的で澄んだハイトーン・ボイスがもてはやされるのは何となく分かる気がする。
彼女の声は“癒し”が求められる現代にあって、まさに歌声でそれを実現できる希少な存在であることは間違いないだろう。

ミュージカル「オペラ座の怪人」などでよく知られた歌手だが、彼女は若い頃、ジェフリー・パーソンズと組んで、ベンジャミン・ブリテンの編曲した民謡集を19曲録音している。
それを久しぶりに引っ張り出して聴いてみた。

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「ザ・ツリーズ・ゼイ・グロウ・ソー・ハイ」
Brightman_parsons_britten東芝EMI: EMI CLASSICS: TOCE-9688
録音:1986年8月2~4日、11月14日、アビーロード 第1スタジオ
サラ・ブライトマン(Sarah Brightman)(S)
ジェフリー・パーソンズ(Geoffrey Parsons)(P)

ブリテン(Benjamin Britten)編曲
1.ある朝早く(Early one morning)
2.ニューカッスルからおいででは?(Come you not from Newcastle?)
3.優しのポリー・オリヴァー(Sweet Polly Oliver)
4.木々は高だかと(The trees they grow so high)
5.とねりこの木立(The Ash Grove)
6.ああ、ああ(O Waly, Waly)
7.答えのなんと優しいことか(How sweet the answer)
8.牧童(The Plough Boy)
9.春が過ぎてゆく(Voici le Printemps)
10.夏の最後のバラ(庭の千草)(The last rose of summer)
11.美しいひとは愛の庭に(La belle est au jardin d'amour)
12.糸を紡ぐ女(Fileuse)
13.愛しきわが祖国のハープ(Dear Harp of my Country!)
14.小さなサー・ウィリアム(Little Sir William)
15.ねえ、クッションを縫える?(O can ye sew cushons?)
16.しんとした夜にはよく(Oft in the stilly night)
17.おいらが親父のところで(Quand j'étais chez mon père)
18.慰めてくれる人もなく(There's none to soothe)
19.オリヴァー・クロムウェル(Oliver Cromwell)

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ブライトマンの20代半ばの歌唱はさすがに現在の声の印象とは違う。
今のミュージカル歌手としての押しの強さはあまりなく、黙って聴いていると普通のクラシック歌手が歌っているようにすら思える。
だが、彼女の美声はブリテン編曲の素朴な民謡にも新鮮な魅力を表現しているように感じた。
言葉の発音がしっかりしていて、表情がとても豊かなのは、ミュージカルでの鍛錬がものを言っているに違いない。

普段TVや企画CDなどでいわゆる“癒し系”の楽曲を歌う彼女の声は確かに聴く人の心を癒やすことに大きな比重が置かれた作品をその意図にのっとって歌っているのだろう。
それらが大きな需要をもっていることは言うまでもない。
一方、このブリテン歌曲集、彼女のどこまでも伸びる高音の美しさはすでに満喫できるのだが、このCDを“癒し系”と呼べるかというとそうは思えない。
もちろん楽曲が“癒し”を目指したものではないということもあるのだが、彼女の声が、これらの民謡の中の苦悩や悲しみ、ユーモアなどの要素に対して内的に掘り下げたアプローチをしているため、癒すどころか時に聴き手の心の傷に触れる可能性すらある。
つまりこの録音では正統的な歌曲歌手と同じアプローチで歌われていると考えていいのではないだろうか。

ジェフリー・パーソンズが亡くなってすでに13年が過ぎた。
返す返すもこのような巨匠級の歌曲ピアニストを65歳の若さで失ったのは残念なことこのうえない。
テクニックも音楽性もずばぬけた偉大な存在だった。
ベーアやノーマンの共演者として何度か来日公演を聴くことが出来たが、どの演奏会でも彼の手から生まれた音はこれ以上ないほどの美しさと歌心があった。
この録音でもパーソンズ節はいたるところに聴くことが出来る。

わが国でも好まれた「庭の千草」という曲がある。
あまりにも日本で親しまれたため、日本の曲と思っている人がいてもおかしくないが、実際にはトマス・ムーアの詩によるアイルランド民謡である。
正確に訳せば「夏の最後のバラ」となるのだろう。
ブリテンもこの曲を編曲しており、歌声部はお馴染みの旋律に特に手を加えていないと思われるが、ピアノはくすんだ不協和音を分散させて不安をかきたてるような響きで貫いている。
夏に最後に残ったバラの花が一輪寂しがっている。それを見た者がバラに呼びかける「最期には仲間たちの墓の上に撒いてあげるよ」と。私も友に逝かれたら最後のバラの後に続こうと、友に先立たれる者の悲しみが歌われている。

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庭の千草(詩:里見義)

庭の千草も 虫の音も
枯れて寂しくなりにけり
ああ白菊 ああ白菊
一人遅れて 咲きにけり

露もたわむや 菊の花
霜におごるや 菊の花
ああ あわれあわれ ああ白菊
人の操(みさお)も かくてこそ

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The last rose of summer

'Tis the last rose of summer,
Left blooming alone;
All her lovely companions
Are faded and gone;
No flow'r of her kindred,
No rosebud is nigh
To reflect back her blushes,
Or give sigh for sigh.

I'll not leave thee, thou lone one,
To pine on the stem;
Since the lovely are sleeping,
Go, sleep thou with them;
Thus kindly I scatter
Thy leaves o'er the bed
Where thy mates of the garden
Lie senseless and dead.

So soon may I follow,
When friendships decay,
And from love's shining circle
The gems drop away!
When true hearts lie wither'd,
And fond ones are flown,
Oh! who would inhabit
This bleak world alone?

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ブリテン&ピアーズ、ヘフリガー&ニキーティナの来日公演

この前の日曜日のNHK「思い出の名演奏」で過去の2つの歌曲演奏が放送された。この枠で歌曲が放送されたのは初めてではないか。前半がピアーズ&ブリテンの50年以上前の演奏、後半がヘフリガー&ニキーティナのドイツ語訳による日本歌曲という興味深い内容だった。

ピアーズとブリテンの演奏会は、曲ごとに日本語のアナウンスが入るもので、当時の放送の様子がうかがえて面白かったが、これまで晩年の声を聴くことの多かったピーター・ピアーズがまだ若かった頃の美声を披露していたのがうれしかった。パーセルの歌2曲とブリテンのミケランジェロの詩による歌曲集、それにブリテンの編曲した有名な民謡3曲というプログラムは実に魅力にあふれた選曲で、ピアーズのほとんど動かないまま、表情豊かに歌う様は、曲の世界に感情移入するのをたやすくしてくれた。ブリテンの演奏は堅実だが、作曲家らしい自己主張もみられた(「サリー・ガーデン」の左手をスタッカート気味に弾いていたのが印象に残った)。

スイスのテノール、ヘフリガーはドイツ語訳による日本歌曲の録音を沢山残しているが、このコンサートではよく知られた作品を真摯な表現で聴かせてくれた。演奏前のインタビューでも誠実さが滲み出ていたが、歌もひたむきな表現が何の虚飾もなく迫ってくる。当時すでに高齢だったが、しっかりと基礎の出来ている人は芸で聴かせてくれるのだからすごいものである。これらの曲、日本人が聴けば日本歌曲であることは分かるが、何も知らせずに外国人が聴いたらどうだろうか。少なくとも「花」は日本歌曲とは思わないのではないか。ヘフリガーは日本歌曲が世界的に歌われる機会を増やすためにこれらの独訳の作品を歌っているとのことだが、それだけではなく、日本歌曲から日本語を除いたら、どれぐらい日本的な刻印が残っているのだろうかということも考えさせてくれる良い機会を与えてくれたように思う。ピアノのニキーティナは弾き方は柔和な感じだが、原曲を自分のものにしているような同化した演奏を聴かせていた。

本当は、この記事を書くために録画をもう1度見ようとしたのだが、悲しいかな、ビデオテープがデッキに巻きついてしまい、貴重な録画がおじゃんになってしまった(先週のコジェナーたちの放送も入っていたのだが)。

-ブリテン&ピアーズ来日公演-

パーセル/われ恋の傷手をのがれんとて
パーセル/男は女のためのもの
ブリテン/「ミケランジェロの7つのソネット」 Op. 22(愛と芸術/愛の支配/愛は光をもたらすもの/愛の願い/むなしき愛/愛のいさめ/美の破滅)
イギリス民謡、ブリテン編曲/ディー河の粉屋さん
アイルランド民謡、ブリテン編曲/サリーガーデンのほとりで
イギリス民謡、ブリテン編曲/オリヴァー・クロムウェル

ピーター・ピアーズ(Peter Pears)(T)
ベンジャミン・ブリテン(Benjamin Britten)(P)
収録:1956年2月9日、旧NHKホール

-ヘフリガーが歌う日本歌曲-

山田耕筰(詩:北原白秋)/この道
山田耕筰(詩:北原白秋)/待ちぼうけ
近衛秀麿(詩:北原白秋)/ちんちん千鳥
岡野貞一(詩:高野辰之)/おぼろ月夜
岡野貞一(詩:高野辰之)/ふるさと
中田喜直(詩:内村直也)/雪のふるまちを
滝廉太郎(詩:武島羽衣)/花
滝廉太郎(詩:土井晩翠)/荒城の月
(以上独訳:村上紀子、マルグリット畑中)

エルンスト・ヘフリガー(Ernst Haefliger)(T)
イリナ・ニキーティナ(Irina Nikitina)(P)
収録:1992年11月8日、王子ホール

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サリー・ガーデン

12月4日はベンジャミン・ブリテン(Benjamin Britten: 1913.11.22-1976.12.4)の没後30年の命日である。彼は前回の記事でも触れた通り多くの歌曲を残しているが、民謡編曲も数多い。その中から第1集の第1曲に置かれた有名な「サリー・ガーデン」の詩を記して、偲びたい。Hyperionからブリテンの民謡編曲をまとめた2枚組のCDがあるが、聴いていると英国人でもないのに懐かしい気持ちになるのが不思議である。

The Salley Gardens
 柳の庭(サリー・ガーデン)

Down by the salley gardens my love and I did meet;
She passed the salley gardens with little snow-white feet.
She bid me take love easy, as the leaves grow on the tree;
But I, being young and foolish, with her did not agree.
 向こうの柳の庭のそばで、恋人と私は会った。
 彼女は小さな雪のように白い足で、柳の庭を通った。
 彼女は、葉が木の上で育っていくようにゆっくり愛を育みましょう、と私に言った。
 だが若くて愚かだった私は、彼女の話に同意しなかった。

In a field by the river my love and I did stand,
And on my leaning shoulder she laid her snow-white hand.
She bid me take life easy, as the grass grows on the weirs;
But I was young and foolish, and now am full of tears.
 川のほとりの原っぱに、恋人と私は立っていた。
 寄りかかった私の肩の上に、彼女は雪のように白い手をのせた。
 彼女は、草が堰で育つようにゆったり人生を送りましょう、と私に言った。
 だが私は若くて愚かだった。今も涙が溢れ出る。

詩:William Butler Yeats(1865.6.13~1939.1.28)

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ベンジャミン・ブリテン没後30年

Before life and after
 生命の前と後

A time there was - as one may guess
And as, indeed, earth's testimonies tell -
Before the birth of consciousness,
When all went well.
 ある時が存在していた -もう推測されているだろうし、
 実際、地球の証言が語っているように-
 意識が生まれる以前に、
 万事がうまくいっていた時が。

None suffered sickness, love, or loss,
None knew regret, starved hope, or heart-burnings;
None cared whatever crash or cross
Brought wrack to things.
 誰も病気に、愛に、喪失に苦しむことがなく、
 誰も後悔を、飢えた希望を、燃え上がる心を知らなかった。
 衝突もしくは反逆が
 事物を破壊することになろうが、気にかける者は誰もいなかった。

If something ceased, no tongue bewailed,
If something winced and waned, no heart was wrung;
If brightness dimmed, and dark prevailed,
No sense was stung.
 もし何かが終わっても、嘆き悲しむ声はなく、
 もし何かがたじろいだり、衰えたりしても、心が痛むことはなかった。
 もし明るさが弱まり、暗さが広がっても、
 感覚は痛まなかった。

But the disease of feeling germed,
And primal rightness took the tinct of wrong;
Ere nescience shall be reaffirmed
How long, how long?
 だが、感情という病いが芽生えると、
 原初の正義は悪の色合いに染まってしまった。
 無知が再び是認されるようになるまで、
 どれぐらい、どれぐらい?

歌曲集「冬の言葉(Winter Words)」第8曲:トマス・ハーディー(Thomas Hardy: 1840-1928)詩

※Emily Ezust氏のWebサイト"The Lied and Art Song Texts Page"では、アメリカの著作権法に抵触する可能性がある為、詩を掲載しない旨書かれていましたが、死後70年まで権利が持続することになったアメリカの新しい法律に従っても、ハーディーは1928年に亡くなっているので、1998年に権利が切れているものと判断して原詩と対訳を掲載しました(ハーディーはイギリス人ですが、アメリカの法律の適用を受ける理由も私には分かりませんでした)。掲載に問題がある場合はご指摘いただけると助かります。

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今年はベンジャミン・ブリテン(Benjamin Britten: 1913-1976)の没後30年にあたり、記念の録音が多くリリースされているようだ。「青少年のための管弦楽入門」は良く知られているが、彼の歌曲は一般にはあまり馴染みがないだろう。
私の手元には日本人として深くイギリス歌曲に踏み込んだ辻裕久&なかにしあかね夫妻の2枚のブリテン歌曲集がある。ブリテンのよきパートナーだった名テノール、ピーター・ピアーズを想定して書かれた歌曲を中心に、爽やかで感情豊かな辻氏の美声と表現、さらにパーソンズやヘル仕込みのなかにし氏の柔軟性に富んだ美しい演奏が、ブリテンの多彩な世界に誘ってくれる。ブリテンは膨大な民謡編曲も残しており、「庭の千草」として日本でもよく知られている「夏の名残のばら」の編曲も聴くことが出来る。早口な「オリバー・クロムウェル」は、ブリン・ターフェル&マーティノーのより速い演奏があり、まさに名人芸だったが、辻&なかにしはテンポ設定をやや控えめに抑えて、言葉をしっかり響かせて、日本人らしい味わいを感じさせる。第2集には、ハープ共演の作品(歌曲集「誕生日を祝う歌」など)もいくつかあり、声と予想以上によく融け合って、独特の親近感を醸し出している。
また、辻、なかにし御両人がブックレットに書かれている文章も素晴らしく、とても勉強になった。特に、第2集の解説書になかにしさんが書かれている文章で、ブリテンは日本ではイギリスの代表的な作曲家のように思われているが、イギリスでは彼が多種な要素を融合させている(欧大陸や東洋との折衷)ことから“傍流”と位置づけられている。しかし、そもそもイギリスという国自体が異なる要素を共存させて、折衷を繰り返してきており、ブリテンはそのようなイギリスの両極性の申し子と言えるのではないかという、イギリス芸術を日本人として外から見ることの出来る立場のなかにしさんならではの説はとても説得力があり、なるほどと納得させられた。

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Tsuji_nakanishi_britten_1●ベンジャミン・ブリテン歌曲集
ファウエムミュージックコーポレーション:FAUEM:FMC-5040
辻裕久(T);なかにしあかね(P)
録音:2001年8月3~4日、滋賀、ガリバーホール

ブリテン/歌曲集「冬の言葉」Op. 52[T.ハーディー詩](11月の黄昏に;真夜中のグレートウェスタン鉄道(旅する少年);セキレイと赤ん坊(皮肉);小さな古いテーブル;クワイヤマスターのお葬式(テナーマンズストーリー);誇り高き歌手達(つぐみ、フィンチ、ナイチンゲール);駅舎にて(または囚人とヴァイオリンを携えた少年);生命の芽生えの前と後);
「民謡編曲集」より(ある朝早く;農場の少年;ディーの陽気な粉ひき;夜霧の露;とねりこのしげみ;ああ せつない せつない;若く朗らかな未亡人;夏の名残の薔薇);
歌曲集「この島で」Op. 11[W.H.オーデン詩](いざ 華麗なる音楽で讃えよう;今や木の葉は落ち急ぎ;海の情景;ノクターン;この通り裕福なのは…)

Tsuji_nakanishi_britten_2●ベンジャミン・ブリテン歌曲集Ⅱ
ファウエムミュージックコーポレーション:FAUEM:FMC-5045
辻裕久(T);木村茉莉(HP);なかにしあかね(P)
録音:2004年8月17~18日、滋賀、ガリバーホール

ブリテン/歌曲集「誕生日を祝う歌」Op. 92[R.バーンズ詩](ハープ共演)(誕生日の歌;朝の散歩;ウィー・ウィリー;おいらの山羊;アフトンの流れ;冬;リージー・リンジー);
「8つの民謡集」より(ハープ共演)(神様!おいらかみさんもらったが…;レマディ;かわいいお寝坊さん;白い小麦;鳥追いの歌);
「トーマス・ムーアの詩によるアイルランド民謡集」より(復讐と栄光;真夜中に(モリーに捧ぐ);甘美なこだま);
「民謡編曲集」第1巻より(サリー・ガーデン;オリバー・クロムウェル);
カンティクル第5番「聖ナルシサスの死」Op. 89[T.S.エリオット詩](ハープ共演);
歌曲集「この子らは誰?」Op. 84[W.スーター詩](なぞなぞ(地球);若者の歌;悪夢;ついてない日;ねるとき;殺戮;なぞなぞ(君らも子供だった);ひょうきん者;この子らは誰?;夕食;子供達;樫の老木)

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◆歌曲集「冬の言葉」について(詩の内容は辻氏自身の訳を参照させていただきました)

生あるものの無常さや、時の流れを歌った詩が多いように感じたが、そのようなはかない感情を纏めた歌曲集のタイトルとして「冬の言葉」というのはなかなか合っているように感じた(「冬の言葉」はハーディーの詩集のタイトルだが、辻氏の解説によると、この詩集から採られた詩は第6曲のみという)。

1)「11月の黄昏に」
子供の頃に植えて、いまや大きく育った木々を見て、物質のはかなさを思うという歌。冬を目前にした黄昏時の夕映えを模しているのだろうか、ピアノの急速な分散音型が頻繁に現れる。絶えず揺れる歌の旋律が主人公の不安を表現している。

2)「真夜中のグレートウェスタン鉄道(旅する少年)」
真夜中の鉄道に乗っている少年はこの世の者ではなく、高き世界から罪深きこの世界に立ち寄ったのかと歌われる。神秘的な響きによって、不思議な少年の乗った鉄道が描かれている。ピアノにしばしば現れるため息のような短い音型は汽笛でも表しているのだろうか。独特のリズムも鉄道の動きを模しているかのようだ。

3)「セキレイと赤ん坊(皮肉)」
物語仕立てになっており、セキレイという鳥が荒っぽい牛や馬、犬にはびくともしないのに紳士が登場するや慌てて逃げる様を赤ん坊がじっと眺めてなにやら考え始めるという内容。「皮肉」という副題をもった詩の内容だが、素直に詩の内容を描写することによって巧まずして皮肉の効果を出そうとしたのだろうか。ピアノ高音部の細かいパッセージが特徴的な曲。セキレイが飛び立った後にこのパッセージは出てこなくなるので、セキレイの羽ばたきなのだろう。

4)「小さな古いテーブル」
きいきい鳴る古いテーブルに向けての歌。テーブルの立てる音にこれまでどんな歴史が刻まれてきたのかと問う最後の文は愛らしいテーブルに、時の重みを与えている。テーブルのきしむ音を模したピアノの上で歌も擬音を聞かせる。

5)「クワイヤマスターのお葬式(テナーマンズストーリー)」
葬式で亡くなった人を音楽で送る仕事をしていた聖歌隊指揮者が、自身が亡くなる際に好きな聖歌を歌って欲しいと願いながら、現実には叶えられなかった。しかし、亡くなった翌日に彼の埋葬された墓地で白衣の楽隊が演奏していたという内容。死んだマスターの夢をかなえたいという者に対して、時間やら天候やらの言い訳を並べ立てて反対する牧師のセリフに独特の低音のはずむようなリズムをピアノパートに与えて皮肉っているのが印象的だ。

6)「誇り高き歌手達(つぐみ、フィンチ、ナイチンゲール)」
昼夜と誇りをもって美しい歌を響かせる鳥たちも一、ニ年前にはまだ存在していなかったのだという内容。存在することの不思議さを感じさせられる。鳥たちの我が物顔の歌をピアノが仰々しく表現し、歌も力強く堂々と鳥たちの自信を表現する。

7)「駅舎にて(または囚人とヴァイオリンを携えた少年)」
ヴァイオリンを持って駅で列車を待つ少年が、護送されるために駅にいる囚人にヴァイオリンを弾いて聞かせ、その響きに乗せて囚人が歌うという内容。それぞれの人生を歩む者たちの一時の交流がほっとさせる。ピアノは前奏の段階からすでにヴァイオリンの哀愁に満ちた音を響かせ、囚人が荒っぽく歌う箇所では歌声部も高らかに表現する。

8)「生命の芽生えの前と後」
意識(consciousness)が生まれる前、感情(feeling)という病が芽生える前はあらゆることが問題なく運んでいたと歌う。アダムとエヴァの話だろうか。絶えず刻むピアノの和音の上で流麗な旋律のまま詩を語り、最後の"How long?"(どれぐらい)に至って高揚し、思いを込めて繰り返しながら締めくくる。

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