〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第2篇
イアン・ボストリッジ
2008年11月24日(月)17:00 トッパンホール(D列6番)
イアン・ボストリッジ(Ian Bostridge)(T)
ジュリアス・ドレイク(Julius Drake)(P)
詩:ハインリヒ・ハイネ(Heinrich Heine: 1-17)+プラーテン&ダウマー(Platen & Daumer: 18-26)
シューマン(Schumann)作曲
1.きみの顔(Dein Angesicht) Op.127-2
2.きみの頬を寄せたまえ(Lehn deine Wang) Op.142-2
3.ぼくの愛はかがやき渡る(Es leuchtet meine Liebe) Op.127-3
4.ぼくの馬車はゆっくりと行く(Mein Wagen rollet langsam) Op.142-4
歌曲集《リーダークライス(Liederkreis)》 Op.24
5.第1曲 朝、目が覚めるとまず思う(Morgens steh' ich auf und frage)
6.第2曲 なんだってそんなにうろうろ、そわそわするんだ!(Es treibt mich hin)
7.第3曲 ぼくは樹々の下をさまよう(Ich wandelte unter den Bäumen)
8.第4曲 恋人ちゃん、ぼくの胸にお手々を当ててごらん(Lieb' Liebchen, leg's Händchen)
9.第5曲 ぼくの苦悩の美しいゆりかご(Schöne Wiege meiner Leiden)
10.第6曲 おーい、待ってくれ、舟乗りさんよ(Warte, warte, wilder Schiffsmann)
11.第7曲 山々や城が見おろしている(Berg' und Burgen schaun herunter)
12.第8曲 はじめはほんとうに生きる気をなくして(Anfangs wollt' ich fast verzagen)
13.第9曲 愛らしく、やさしいばらやミルテで(Mit Myrten und Rosen, lieblich und hold)
~休憩~
ブラームス(Brahms)作曲
14.夏の夕べ(Sommerabend) Op.85-1
15.月の光(Mondenschein) Op.85-2
16.海をゆく(Meerfahrt) Op.96-4
17.死、それは冷たい夜(Der Tod, das ist die kühle Nacht) Op.96-1
歌曲集《プラーテンとダウマーの詩による9つのリートと歌(Lieder und Gesänge)》 Op.32
18.第1曲 私は夜中に不意にとび起き(Wie rafft' ich mich auf in der Nacht)(プラーテン詩)
19.第2曲 もう二度とあなたのもとへ行くまいと(Nicht mehr zu dir zu gehen)(ダウマー詩)
20.第3曲 わたしはそっと歩きまわる(Ich schleich' umher betrübt und stumm)(プラーテン詩)
21.第4曲 わたしのそばでざわめいていた流れは今はどこ(Der Strom, der neben mir verrauschte)(プラーテン詩)
22.第5曲 いまいましい、おまえはぼくをまた(Wehe, so willst du mich wieder)(プラーテン詩)
23.第6曲 わたしは思いちがいしているときみは言う(Du spricht, daß ich mich täuschte)(プラーテン詩)
24.第7曲 あなたはきびしいことを言おうとしている(Bitteres mir zu sagen)(ダウマー詩)
25.第8曲 わたしと愛しいあなたは立っている(So steh'n wir)(ダウマー詩)
26.第9曲 わたしの女王さま(Wie bist du, meine Königin)(ダウマー詩)
~アンコール~
すべてブラームス作曲
27.恋人のもとへ向かって(Der Gang zum Liebchen) Op.48-1(ボヘミアの詩のヴェンツィヒ訳)
28.教会の墓地にて(Auf dem Kirchhofe) Op.105-4(リーリエンクローン詩)
29.私は夢を見た(Ich träumte mir) Op.57-3(スペインの詩のダウマー訳)
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祝日の月曜日の夕方、雨の降りしきる中、飯田橋まで出かけてきた。
トッパンホールでの〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~シリーズ、10月9日のパドモア&クーパーの「冬の旅」に続き、第2篇にあたるこの日はボストリッジ&ドレイクによるシューマン&ブラームス歌曲集が演奏された。
今回はシューマンの全曲とブラームスの最初の4曲がハインリヒ・ハイネの詩によるもの、そしてブラームスの後半はプラーテンとダウマーによるOp. 32の9曲がまとめて演奏された。
実はブラームスのOp.32は大好きな歌曲集なので、こうして初めて実演でまとめて聴けるというので、楽しみにしていた。
最近の不況の中、小さなホールとはいえ全席完売というのは根強い人気の高さを物語っているように思う。
席がすべて埋まっている中で聴くのは久しぶりだ。
ボストリッジは依然美しい高音は健在で、その独自の声の魅力は全盛期の輝きを放っていた。
低音もかなり充実してきたようで、これまでにない重心のしっかりした響きになっていた印象を受けた。
相変わらず細長い体で舞台上をよく歩き回り、足を交差させたり、後奏ではピアノの方に体を向けるなど、以前聴いた時と基本的には変わらない自由さだった。
彼らは前半のシューマンのすべての曲を間隔を空けずに一つの流れで演奏していた(「ぼくの馬車は」と「リーダークライス」1曲目の間さえ続けて演奏された)。
彼らにとってはハイネの詩の流れを停滞せずに一気に伝えようという意図だったのだろう。
緊張感が途切れることもなく、ハイネの世界にひたることが出来てよかったと思うし、そのような意図を汲み取って聴いていた聴衆も素晴らしかったと思う。
ボストリッジの繊細で神経質な歌い方はシューマンの歌ととても相性がいいように感じる。
この日の最初は、もともと歌曲集「詩人の恋」に含まれるはずだったが、結局そうならなかった4曲(つまりシューマン「歌の年」に作られた作品)で始まったが、ハイネの毒はボストリッジの表情の中に確かに表現されていた。
特に「きみの顔」の一見穏やかな表情から間髪を入れずに激しく歌われる「きみの頬を寄せたまえ」で、恋するあまりに死を予感する心情が一つの流れを形成していた。
ハイネの詩による歌曲集「リーダークライス」は歌の年の中でも比較的早く作曲され、ハイネの詩と懸命に向き合っているシューマンのういういしい若さがかえってすがすがしく感じられる。
「青春」というともう古臭い言葉かもしれないが、まさにこの歌曲集はシューマンの「青春」のうぶな心情を綴ったモノローグになっていると思う。
それはハイネの毒すら、シューマンのナイーヴさで包み込んでしまったかのようだ。
そうしたういういしく繊細な作品にボストリッジの声質と語るような歌は絶妙のはまり具合であった。
ドレイクもそうしたボストリッジの歌と真っ向から対峙した演奏を聴かせていた。
ボストリッジはまだブラームス歌曲集の録音を出していない。
ブラームスの太く流れる旋律線は、ボストリッジの自在で繊細な歌の語りかけと一見相容れないような印象をもっていた。
だが、実際聴いてみると、彼の歌うブラームスはまた新たな可能性を感じさせるものだった。
ブラームスの旋律を彼なりにかなり意識して歌っていたように感じたし、様式の違いはしっかり現れていたように思う。
しかし、ボストリッジのこと、従来のブラームス歌唱の伝統と比べると、やはり自在に語る。
弱声と強声をかなり大きな幅で使い分け、語りへの比重が高まったことで、ブラームス特有の重厚さはより軽さを増していた。
時々ノンビブラートの音を混ぜていたが、それが成功しているように感じる箇所と、必然性を感じない箇所とに分かれた印象を受けた。
ドレイクは先日のボールドウィンよりは長い棒で蓋を開けていたが、全開ではなかった。
相変わらずまろやかでよく磨かれた音は健在だった。
しかし、この日のドレイク、かなり雄弁な熱演で、前奏や間奏部分はもちろんのこと、ボストリッジとのアンサンブルでもかなり互角に対峙した演奏を聴かせていた。
時に勢い余って音を外したりすることも。
しかし長いコンビでも惰性に陥ることなく、積極的な関係を築いているのが感じられて素晴らしかったと思う。
シューマンではかなりロマンティックな要素を加えつつも停滞感は全くなく、常に推進力が感じられたのが良かった。
ブラームスでは「いまいましい、おまえはぼくをまた」のドラマティックで細かい連打を全身で雄弁に表現していたのが印象的だった。
二人ともシューマンでは何の戸惑いもなく自在に表現していたが、ブラームスでは若干手探りのような印象を受けた箇所があったのは気のせいだろうか。
しかし、ブラームス「わたしは思いちがいしているときみは言う」は後半のベストだったと感じた。
「私の女王さま」の各節最後の"wonnevoll"を歌うボストリッジの旋律は私が聴きなれたものと違う音を歌っていたように思うが、そのようなバージョンがあるのかもしれない。
アンコールはオール・ブラームス3曲。
比較的知られている「恋人のもとへ向かって」はショパンのワルツ風のピアノパートがなんとも美しい。
こうして実演で聴けて得した気分である。
「教会の墓地にて」ではドレイクが堂々たるアルペッジョを響かせる。
そうした中、ボストリッジは曲のもつ表情の幅の広さを存分に表現していた。
シューマンはもちろんだが、ブラームスのめったに演奏されない名曲がまとめて彼らの演奏で聴くことが出来たという喜びは何物にもかえがたい素晴らしい体験だった。
水曜日の初台公演、チケットはとっていないが、なんだか気になってきた。
←24日公演のちらし
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(2009年1月24日追記)
たまたま見つけたのですが、ボストリッジとドレイクが似たプログラム(「リーダークライス」の代わりに「詩人の恋」)を演奏した録音を以下のサイトで聴くことが出来ます(オランダのRadio4)。
最初の2~3分はニュースとCMで、その後に番組が始まります。
http://player.omroep.nl/?aflID=8268570
ブラームス/歌曲集《プラーテンとダウマーの詩による9つのリートと歌》 Op.32
ブラームス/夏の夕べOp.85-1
ブラームス/月の光Op.85-2
ブラームス/海をゆくOp.96-4
ブラームス/死、それは冷たい夜Op.96-1
シューマン/歌曲集《詩人の恋》 Op.48
(2008年5月25日シュヴェッツィンゲン音楽祭)
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