ショスタコーヴィチ「風刺」

「サーシャ・チョールヌイの詩による五つの風刺」Op. 109
1)批評家へ
2)春の目覚め
3)子孫
4)思いちがい
5)クロイツェル・ソナタ

ショスタコーヴィチ(1906~1975)の生誕百周年の今年、いろいろと記念の録音も出ているようだが、ショスタコーヴィチの歌曲は私にとってこれまで全く未知の領域だったので、この機会に少し聴いてみようとDECCAの声楽曲集とEMIのヴィシネフスカヤ歌曲集の録音を入手した。
DECCAは対訳もあり4枚組なのでじっくり聴こうと思いつつなかなか進まず、ヴィシネフスカヤの録音をなんとなく流していたら「風刺」という歌曲集がとても面白く、何度か対訳を見ないまま音楽だけでリピートしてみた。「風刺」の前にヴァイオリンやチェロも加わった「ブロークの詩による七つの歌曲」Op. 127というのがあり、これも聴きこめば面白そうだが、第一印象で面白かったのは断然「風刺」だった。朗唱風に音を切り詰めた歌があるかと思うと、リズムの立っている畳み掛けるような曲があり、ピアノパートが縦横無尽に高低を行き来する曲もあれば、軽快な舞曲風の音楽がスパイスにように効果的に使われている曲もあり、ラフマニノフの「春の流水」ピアノパートのパッセージやらベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」の冒頭箇所が引用されていたりと詩の内容を知らなくても聴き手の心をつかむ音楽だったように感じた。特に第3曲「子孫」の音楽は体制批判的な詩の内容を軽快に聴かせてしまおうというつもりなのか、早口の歌とリズミカルかつ駆け巡るピアノパートの効果が著しかった。最後に後奏で突然低く降りて不意打ちのように終わる箇所など洒落ていて強く印象付けられた。

ヴィシネフスカヤ&ロストロポーヴィチ夫妻が1961年にこの歌曲集を初演していて、「革命後にやってきた反動期の俗物ども」への露骨な嘲笑を歌った詩の内容をカムフラージュするために「過去の絵」という副題を作曲家に提案したのもヴィシネフスカヤだそうだ(参考:工藤傭介著「ショスタコーヴィチ全作品解読」:東洋書店:2006年)。

曲については5つの個性的な作品が集まっているという感じだ。全曲に共通しているのが、各曲のタイトルが歌詞として最初に歌われていることだ。こういう例はちょっと他には思い出せない。歌手が詩の主人公になりきるというよりは、詩の朗読者として第三者の立場を守ることで、客観的な冷めた視点を維持しようとしたのだろうか。

辛口のユーモア、現状への露骨な批判、男女間・あるいは芸術家と一般人の間、さらにいわゆる知識層と庶民の間の「思いちがい」などをショスタコーヴィチはウィットに富んだ音楽で表現したというところだろうか。

そして詩と音楽の毒とユーモアをヴィシネフスカヤ夫妻は驚くほどの熱演で訴えかけていた。ピアニストとしての腕の確かさを披露しているロストロポーヴィチに天はニ物も三物も与えているようだ。

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