ハイネ(Heine)の詩「そっと私の心を通り抜ける(Leise zieht durch mein Gemüt)」による歌曲を聴く
Leise zieht durch mein Gemüt
そっと私の心を通り抜ける
Leise zieht durch mein Gemüt
Liebliches Geläute,
Klinge, kleines Frühlingslied,
Kling hinaus ins Weite.
そっと私の心を通り抜けるのは
愛らしい鈴の音。
響け、ちいさな春の歌。
向こうの彼方まで響き渡れ。
[Kling]1 hinaus bis an das Haus,
Wo die [Blumen]2 sprießen,
Wenn du eine Rose schaust,
Sag, ich laß sie grüßen.
あの家のそばまで響き渡れ、
そこには花が芽吹いているよ、
きみが1輪のバラを見たら
伝えておくれ、彼女にぼくからの挨拶を。
詩:Heinrich Heine (1797-1856), no title, appears in Neue Gedichte, in Neuer Frühling, no. 6
1 Grieg: "Zieh"
2 Grieg, Urspruch: "Veilchen" (すみれ)
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ハイネの詩「そっと私の心を通り抜ける(Leise zieht durch mein Gemüt)」は短い2連の詩ですが、人気が高く、膨大な数の作曲家が曲を付けています。ハイネには珍しくシニカルな面のない純粋な恋の歌ととらえていいように思います。
歌曲の作曲でお馴染みのレーヴェ、フランツ、グリーグなどに混ざって、交響曲の作曲家ブルックナーも曲を付けているのが珍しいです。この詩に作曲した歌曲の中で最も有名で親しまれているのはメンデルスゾーンによる「挨拶」でしょう。メンデルスゾーンの歌曲集の録音には大抵この曲が選ばれています。コンパクトで愛らしい作品です。
歌曲の歌詞を掲載したサイト"The LiederNet Archive"を見ると、この詩にいかに多くの作曲家が曲を付けているかに驚かされます。
民謡調の無駄のない凝縮された言葉の中に人々を惹きつけるものがあるのだと思います。
●ハインリヒ・ハイネの詩の朗読(フリッツ・シュターフェンハーゲン)
Rezitation: Fritz Stavenhagen
渋い声で穏やかに語られます。ドイツ語の美しさが感じられます。
●カール・レーヴェ:そっと私の心を通り抜ける
Carl Loewe (1796-1869): Leise zieht durch mein Gemüt, 1838
ユリアーネ・バンゼ(S), ヘルムート・ドイチュ(P)
Juliane Banse(S), Helmut Deutsch(P)
レーヴェは慎ましやかに始めますが、「響け」というところで力強く感情を爆発させます。ハイネの詩に忠実に表現していますね。後半「きみが1輪のバラを見たら」の詩行を4回も繰り返しています。この詩行を強調しようとしたということは言えると思いますが、彼女にぼくの挨拶を伝えてほしいという言葉が照れくさくてなかなか言えずにためらっていたという風にもとらえられるかと思います。
●フランツ・ラハナー:春の歌 Op. 96, Heft 3, No. 15
Franz Lachner (1803-1890): Frühlingslied, Op. 96 (Sängerfahrt : achtzehn Lieder), Heft 3, No. 15
ルーフス・ミュラー(T), クリストフ・ハマー(P)
Rufus Müller(T), Christoph Hammer(P)
フランツ・ラハナーはシューベルトの友人でもあり画家シュヴィントによってシューベルトたちと酒場で語り合う絵が残されています。ケルントナートーアの楽長になるなど当時の楽壇の重鎮だったようです。この曲でのピアノ高音の連打は明らかに鈴の音ですね。歌は基本的に明るく伸びやかなメロディーラインですが時々装飾的な箇所や大きな跳躍もありなかなか技巧的です。ピアノパートはかなり雄弁でした。
●フェーリクス・メンデルスゾーン:挨拶 Op. 19, No. 5
Felix Mendelssohn (1809-1847): Gruß, Op. 19, No. 5, published 1834
ブリギッテ・ファスベンダー(MS), エリク・ヴェルバ(P)
Brigitte Fassbaender(MS), Erik Werba(P)
メンデルスゾーンのこの有名な曲は、ささやかでコンパクトなのにどこまでも広がるような響きがとても魅力的で、多くの録音があるのもうなずけます。有節形式なのにそれを感じさせない感情表現の豊かさが感じられます。ファスベンダーのこの録音は歌が気持ちよく広がっていくところが気に入っています。
●ローベルト・フランツ:そっと私の心を通り抜ける Op. 41, No. 1
Robert Franz (1815-1892): Leise zieht durch mein Gemüt, Op. 41, No. 1 (1867?), published 1867
マルクス・ケーラー(BR), ホルスト・ゲーベル(P)
Markus Koehler(BR), Horst Göbel(P)
フランツのこの曲は、前奏も後奏もなく、詩と歌とピアノが完全に密着したささやかな宝石のようです。
●アントン・ブルックナー:春の歌 WAB. 68
Anton Bruckner (1824-1896): Frühlingslied, WAB. 68 (1851)
ローベルト・ホルツァー(BS), トーマス・ケルブル(P)
Robert Holzer(BS), Thomas Kerbl(P)
交響曲や宗教曲で有名なブルックナーも少数ながら歌曲を残していました。この曲では伸びやかな歌のメロディーラインが心地よいです。
●アントン・ルビンシテイン:春の歌Ⅰ Op. 32, No. 1
Anton Rubinstein (1829-1894): Frühlingslied I, Op. 32, No. 1, published 1856?
ヘレーン・リンドクヴィスト(S), フィリップ・フォーグラー(P)
Hélène Lindqvist(S), Philipp Vogler(P)
アントン・ルビンシテインは19世紀に活躍したロシアのピアニストですが、作曲家としても幅広いジャンルで作品を残しています。この曲は聴いた感じでは2節の有節形式と思われます。一見素朴に思えますが、歌声部に同音反復や半音進行を織り交ぜているのがスパイスのように効果的です。
●エドヴァルド・グリーグ:挨拶 Op. 48, No. 1
Edvard Grieg (1843-1907): Gruß, Op. 48, No. 1 (1884-8), published 1889
アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), ベンクト・フォシュバーリ(P)
Anne Sofie von Otter(MS), Bengt Forsberg(P)
グリーグのハイネの詩による6つの歌曲Op.48はいずれも優れた作品ですが、この曲では短い中に感情の移り行きがドラマのように進行していき、グリーグの非凡さにあらためて驚かされます。ここで歌っているオッターは間然する所がありませんが、特に最後の"grüßen"で徐々に抑制していく響きがなんとも素晴らしかったです。
●アントン・ウアシュプルフ:そっと私の心を通り抜ける Op. 5, No. 1
Anton Urspruch (1850-1907): Leise zieht durch mein Gemüt, Op. 5, No. 1, published 1875, from Rosenlieder. Fünf Gesänge für 1 Singstimme mit Pianoforte, no. 1, Leipzig, Kahnt
スィビュラ・ルーベンス(S), カール=マルティン・ブットゲライト(P)
Sibylla Rubens(S), Carl-Martin Buttgereit(P)
作曲家ウアシュプルフはフランツ・リストの弟子で、ホーホ音楽院でピアノと作曲を指導したそうです(クラーラ・シューマンもここで教えていました)。この作品ではピアノの高音にずっと鈴を模した音が響いていますね。短調の物悲しい雰囲気で始まりますが、第2連で長調の響きに変わりほのかに希望が見えてきたようです。歌とピアノの繊細な味わいがなんとも魅力的です。
●アレクサンダー・ツェムリンスキー:春の歌
Alexander Zemlinsky (1871-1942): Frühlingslied, 1892, from Zwei Lieder auf Texte von Heinrich Heine, No. 1
サンドリーヌ・ピオー(S), スーザン・マノフ(P)
Sandrine Piau(S), Susan Manoff(P)
ツェムリンスキーによるこの作品は、濃厚なピアノの響きの中、まとわりつくような官能的な歌が19世紀の歌曲とは一線を画しているように感じられます。ここで歌っているピオーはドイツリートもフランス歌曲も共に素晴らしいソプラノです。
●チャールズ・アイヴズ:挨拶
Charles Ives (1874-1954): Gruß, 1895?8?
トマス・ハンプソン(BR), アーメン・グゼリミアン(P)
Thomas Hampson(BR), Armen Guzelimian(P)
アメリカの作曲家アイヴズは歌曲を沢山書いていますが、その中にはドイツ語の詩によるものも含まれています。このハイネの詩による作品では、繊細な味わいのある慎ましやかな小品という印象で、歌が細かい音で上行していく箇所が印象的でした。ピアノも歌と理想的な関係を保っている作品だと思います。ハンプソンの歌声もとてもいいですね。
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(参考)
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