デニス・コジュヒン/ピアノ・リサイタル(2013年2月1日 東京オペラシティコンサートホール)

未来のマエストロ・シリーズ第4回
デニス・コジュヒン ピアノ・リサイタル

2013年2月1日(金)19:00 東京オペラシティコンサートホール(1階1列7番)
デニス・コジュヒン(Denis Kozhukhin)(piano)

オール・ショパン・プログラム

ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品35

24のプレリュード 作品28より 第1番~第12番

~休憩~

24のプレリュード 作品28より 第13番~第24番

ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58

~アンコール~

バッハ=ジローティ/プレリュード ロ短調
シューベルト/即興曲D899-3

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ロシアの若手ピアニスト、デニス・コジュヒンを聴いた。
以前BSで来日公演を放映していて、機会があれば実演を聴いてみたいと思っていた。
金曜日は仕事も定時であがれた為、急いで初台へと向かった。

オール・ショパンだが、前奏曲集を半分に割って、休憩をはさんで分けて演奏するというのは面白い試み。
コジュヒンの演奏は表現の幅が広く、自在に歌う。
しかし、強音でも決して汚くならないのは、ロシア人としては珍しいのではないか。
美しい音がよく鳴り出したのはソナタ第2番の「葬送行進曲」の途中あたりから。
それ以降はぐんぐんと尻上がりに良くなり、聞き手を魅了した。

アンコールのバッハの作品はとても繊細な美しい作品だったが、最後にシューベルトの「即興曲第3番」を弾いてくれたのは私にとっては予想外で、とても沁みる演奏だった。

今後注目のピアニストの一人だろう。

Kozhukhin_20130201


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第16回ショパン国際ピアノ・コンクール2010 入賞者ガラ・コンサート(2011年1月22日 オーチャードホール)

第16回ショパン国際ピアノ・コンクール2010 入賞者ガラ・コンサート
2011年1月22日(土)14:00 オーチャードホール(1階3列24番)

Chopin_competition_201101

ユリアンナ・アヴデーエワ(Yulianna Avdeeva)(piano)(第1位・ソナタ賞 ロシア)
ルーカス・ゲニューシャス(Lukas Geniušas)(piano)(第2位・ポロネーズ賞 ロシア/リトアニア)
インゴルフ・ヴンダー(Ingolf Wunder)(piano)(第2位・幻想ポロネーズ賞、協奏曲賞 オーストリア)
ダニール・トリフォノフ(Daniil Trifonov)(piano)(第3位・マズルカ賞 ロシア)
フランソワ・デュモン(François Dumont)(piano)(第5位 フランス)

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団(The Warsaw National Philharmonic Orchestra)
アントニ・ヴィット(Antoni Wit)(conductor)

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ダニール・トリフォノフ(第3位)
 ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11<エディション・コンポーザー、サンクトペテルブルク>
 [アンコール]ダニール・トリフォノフ/「ラフマニアーナ」よりフィナーレ

~休憩~

フランソワ・デュモン(第5位)
 即興曲第1番 変イ長調 作品29
 スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 作品39
 [アンコール]ショパン/12の練習曲作品10-5「黒鍵」

インゴルフ・ヴンダー(第2位)
 ポロネーズ 第7番「幻想」 変イ長調 作品61
 [アンコール]モーツァルト(ヴォロドス編曲)/トルコ行進曲

ルーカス・ゲニューシャス(第2位)
 ポロネーズ第5番 嬰へ短調 作品44
 12の練習曲 作品10 第2番 イ短調
 12の練習曲 作品25 第4番 イ短調、第11番 「木枯」イ短調
 [アンコール]ショパン/ワルツ第4番ヘ長調作品34-3

~休憩~

ユリアンナ・アヴデーエワ(第1位)
 ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11<ナショナル・エディション>
 [アンコール]ショパン/ワルツ第5番変イ長調作品42

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実に楽しく充実したコンサートを聴いてきた。
昨年秋に開催された5年に一度のショパンコンクールの上位入賞者たちが1月に入り日本ツアーを行っている。
その東京公演の1日目である。

コンクール第3位のトリフォノフと、第1位のアヴデーエワが協奏曲第1番を第1部と第3部に演奏し、第2部にデュモン(5位)、ヴンダー(2位)、ゲニューシャス(2位)がショパンのソロ作品を演奏するという3部構成だった。
予定されたプログラムの他に各人が1曲ずつアンコールを演奏してくれたのも楽しかった。
2時に始まったコンサートが終了したのは5時過ぎというたっぷりとしたボリュームだった。

ちなみに第2部のピアノソロの時もステージにオーケストラ団員の席は残したままだったが、第3部で再び登場するので片付ける手間と時間を省いたのだろう。

それぞれの演奏を聴いた感想を以下に簡単に記しておく。

ダニール・トリフォノフ
FAZIOLIのピアノをただ一人弾いた(他の4人はSteinway)。
このピアノははじめて聴くが、パリパリと派手な響きがした。
トリフォノフはまだ二十歳前の若さでステージマナーもういういしい。
演奏は特に静かに歌わせるところでの繊細な美しさにうっとりとさせられた。
さらに成長の余地は残されているようにも感じたが、有望な才能を感じた。
アンコールでは自ら作曲した華やかな作品を演奏して作曲の才能も披露した。

フランソワ・デュモン
あたかも経験を積んだベテランのような味のある演奏をする人だった。
技術は安定しているが、それが前面に出ずに、音楽そのものに語らせるタイプと感じた。
このようなタイプの演奏はコンクールでは必ずしもアピールしにくいのではと思うが、高評価されたということはショパンコンクールの審査ポイントがテクニックだけではないことの証であろう。

インゴルフ・ヴンダー
非の打ちどころのない完成された音楽を一貫して聴かせてくれた。
テクニックも音楽性も申し分なく、自信に満ちた演奏ぶり。
将来大物の予感大である。

ルーカス・ゲニューシャス
ヴンダー同様、彼もまた高度な技術と細やかな表情のある演奏を聴かせた。
ロシア人のイメージ通り、彼も打鍵が強めで鋭利な印象。
拍手にこたえる時には他の出演者とは違ってポーカーフェースだったが、緊張していたのかもしれない。

ユリアンナ・アヴデーエワ
コンクール一位に納得の素晴らしさ。
男性陣が時にタッチが強すぎることがあるのに対して、彼女はフォルテでも充分響かせながら決してうるさくならない。
コントロールの非凡さを感じた。
その音色の美しさと表情の細やかさ、そして弛緩しないテンポの良さで、私個人の印象では一番好みのタイプの演奏だった。
コンチェルトのオケのみの箇所では、常にオケに耳を傾け、時にその演奏に体を揺らして浸りこむ。
管楽器とピアノがデュエットのように重なる箇所では、相手の楽器の音をよく聞きながら演奏しているのが伝わってきて、素晴らしかった。

Chopin_competition_201101_chirashi

また、コンクールでも共演したというアントニ・ヴィット指揮ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団のデリカシーに富んだ演奏も非常に素晴らしく、心から拍手を贈りたい。

この日の演奏会、NHKのカメラが入っていて、いずれハイビジョンで放送されるそうだ。

なお、コンクールで第4位だったエフゲニ・ボジャノフ(ブルガリア出身)は不参加だったが、同時期に来日して兵庫近郊でベートーヴェンのコンチェルト第3番を弾いていたようだ。

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ブレハッチ/ピアノ・リサイタル(2010年10月19日 東京オペラシティコンサートホール)

Blechacz_20101019

ラファウ・ブレハッチ ピアノ・リサイタル
ショパン生誕200周年記念<オール・ショパン・プログラム>

2010年10月19日(火)19:00 東京オペラシティコンサートホール(2階R1列11番)
ラファウ・ブレハッチ(Rafał Blechacz)(ピアノ)

ショパン(Chopin)作曲

バラード第1番ト短調 作品23
Ballade No.1 in G minor Op.23

3つのワルツ 作品34
Three Waltzes Op.34
 変イ長調
 イ短調
 ヘ長調

スケルツォ第1番ロ短調 作品20
Scherzo No.1 in B minor Op.20

~休憩~

2つのポロネーズ 作品26
Two Polonaises Op.26
 嬰ハ短調
 変ホ短調

4つのマズルカ 作品41
Four Mazurkas Op.41
 嬰ハ短調
 ホ短調
 ロ長調
 変イ長調

バラード第2番ヘ長調 作品38
Ballade No.2 in F major Op.38

~アンコール~
マズルカ第31番変イ長調 作品50-2
ポロネーズ第6番変イ長調「英雄」
ノクターン第20番嬰ハ短調

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本当はラドゥ・ルプーのチケットを入手していて、そちらに行く予定だったのだが、京都での公演後に体調を崩したとのことでキャンセル(京都で聞けた人がうらやましい)。
せっかくなので、いつか聴こうと思っていたポーランドのピアニスト、ラファウ・ブレハッチのコンサートを当日券で聴いてきた。
舞台右側の真横の2階席で、演奏者の顔を真正面から見れると思ったら、ピアノの蓋が邪魔をして表情はたまにちらっと見える程度。
しかし、演奏する様子ははっきり分かったので充分楽しめた。

それにしてもあの巨大なオペラシティのコンサートホールの客席が見事なほどに埋まっている。
しかもいつも私が行くコンサートよりも明らかに若年層の割合が多い。
ショパンコンクール優勝(2005年)の威力をまざまざと見せ付けられた形だ(つい先日開かれた今年のコンクールの優勝者はロシア出身のユリアンナ・アブデーエワ)。

プログラム構成は最初と最後にバラードを置き、その間にワルツ、スケルツォ、ポロネーズ、マズルカといった様々なスタイルの作品を織り込んだ、ショパンの多様さを味わえる内容。

登場したブレハッチは華奢で繊細な印象。
ブレハッチの演奏を聴いた印象はとても清潔感のある端正な表現をする人だなぁということ。
余韻を非常に大切にして演奏する。
テクニックは万全と感じられたが、決してスタンドプレーに走らず、あくまで作品重視の姿勢に好感をもった。
丁寧な姿勢は一貫して感じられ、ショパン弾きにありがちな自己主張という名の歪みがないのが心地よい。
一方、作品から滲み出る味わいとか深みといった要素は、ブレハッチが年齢を重ね経験を積むことによって徐々に加わっていくことだろう。
彼はまだ25歳とのこと。
今現在の等身大のショパンを魅力的に聴かせてくれたということで充分に感銘を受けたコンサートだった。

残念だったのは、最後の「バラード第2番」の終わり寸前あたりの静かな箇所で客席から携帯の着信音が響いたこと!
毎回開演前に耳にたこが出来るほど聞かされる「携帯の電源はあらかじめ切っておいてください」という案内ももうそろそろいいだろうと思っていたが、まだ必要なようだ。

Blechacz_20101019_chirashi

アンコール2曲目の「英雄」ポロネーズは乗りに乗った演奏で素晴らしかった(今年は沢山のショパンのコンサートに出かけたが、「英雄」ポロネーズを実演で聴けたのは何故か今年はじめてだった)。
聴衆の熱狂も凄く、アンコールではスタンディングオーベーションをしている人もいた。
だがアンコール最後の「戦場のピアニスト」で有名な「ノクターン第20番」では最後の音が消える前に拍手が起きてしまったのはちょっと残念だ。

今後の活躍が楽しみなピアニストをまた知ることが出来たコンサートだった。

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ピアニスト横山幸雄ショパンを弾く(2010年6月18日 北とぴあ つつじホール)

2010年ショパン生誕200年記念企画
ピアニスト横山幸雄ショパンを弾く

Yokoyama_20100618

2010年6月18日(金) 19:00 北とぴあ つつじホール(M列11番)
横山幸雄(Yukio Yokoyama)(ピアノ)

【オールショパン 名曲プログラム】

ショパン作曲

バラード 第1番
幻想即興曲
ノクターン 第20番 嬰ハ短調「遺作」
ワルツ 第1番「華麗なる大円舞曲」
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ

~休憩~

華麗なる変奏曲 変ロ長調
幻想曲 ヘ短調
舟歌
スケルツォ 第2番

~アンコール~
ノクターン 第2番 作品9-2
練習曲「革命」
小犬のワルツ

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王子駅近くの北とぴあの大ホールはこれまでも何度か出かけたが(職場からの帰り道の乗り換え駅なので私にとっては便利)、今回のつつじホールという中程度のホールははじめて。
ロビーからして昭和の雰囲気を感じさせる懐かしい趣である。
仕事が定時で終わったので、当日券で横山幸雄のコンサートをはじめて聴いてきた。

最近はショパンのピアノ曲全曲を1日がかりで演奏してギネスから認定されたり、辻井伸行の師としても知られている。
以前から一度実演を聴いてみたいと思っていた。

今年のショパン生誕200年を記念してオール・ショパン・プロ。
しかも、様々なジャンルから有名なものを中心にまとめた内容。
私にとっては「華麗なる変奏曲」ははじめて聴く曲だった。
次々に演奏されるショパンの代表曲を堪能したが、後半の「幻想曲 ヘ短調」はやはり「雪のふるまちを」の元ネタであることは間違いないのではないか。
お客さんたちもこの似ている箇所が演奏されるとお仲間同士で顔を見合わせたりしていた。

ステージに登場した横山幸雄はイメージしていたよりも長身だった。
そして1曲ごとに拍手にこたえて、次の曲をすぐに続ける(最初の「バラード 第1番」の後だけ一度袖に引っ込んだが、遅れてきたお客さんを入れる為だろう)。
最初は遠慮がちだった聴衆の拍手も時間の経過と共に徐々に熱気を帯び、横山さんの演奏もどんどん乗っていくのが明らかに感じられた。
そして、どの曲も高いテクニックと豊かな音楽性、そして明確な主張をもって余裕をもった自在さがあり、また一人素晴らしいピアニストと出会えたことを感じながら聴いていた。

「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」は、これまでそれほど愛着を感じなかったのだが、ステージで聴くと、歌うような前半と、華やかで盛り上がる後半と、様々な要素でコンサートの締めにふさわしい作品なのだと感じた。
そして横山さんの演奏がまた繊細さと華麗さのどちらもものの見事に表現していて、おおいに盛り上がった。

横山さんの演奏はダイナミクスの幅が大きく、最初のうちは強音が若干きつめに感じられたが、徐々に彼の演奏に慣れてくると、それがそのようなタッチでである必然性が感じられるようになり、違和感が消えていった。
今年は随分いろいろなピアニストでショパンの曲を聴いたが、案外「幻想即興曲」や「華麗なる大円舞曲」はステージで聴く機会に恵まれなかったので、今回これほどの充実した演奏で聴けたのは嬉しかった。
また、アンコールの3曲も、誰もが知っているスタンダードナンバーなだけに、気楽に楽しめて大満足だった(特に「革命」)。
「ノクターン 第2番」は、ほかの曲の演奏の時と比べて一見そっけないぐらいに薄味に感じられたが、それは右手の美しいメロディを変に小細工しないで自然に響かせようとしていたのかもしれない。

今年はほかにもショパンにちなんだ演奏会を多く催すようだ。
また聴きに行きたいピアニストである。

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」2010 ショパンの宇宙(3日目)(2010年5月4日 東京国際フォーラム)

最終日に聴いたのは以下の3公演。

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2010年5月4日(火・祝)

公演番号:313
14:15~15:00
ホールA(フォンタナ)(2階25列73番)

小山実稚恵(ピアノ)
シンフォニア・ヴァルソヴィア
ヤツェク・カスプシク(指揮)

ショパン/ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 op.11

~アンコール~
ショパン/ワルツ第7番嬰ハ短調op.64-2

5000人を収容する(そしてほぼ満席だった)会場でも、小山実稚恵の奏でる音のなんと美しかったことか。
いつも通り飾らず、どこまでも作品優位の演奏ぶりだが、ショパンの感情の綾がきめこまやかに表現されていく。
シンフォニア・ヴァルソヴィアの精妙な伴奏とともに至福の時間だった。
もはや言葉で形容するのももったいないほどのピュアな響きに酔いしれた。

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2010年5月4日(火・祝)

公演番号:376
17:15~18:00
ホールG409(グジマワ)(3列6番)

広瀬悦子(ピアノ)

フィールド/ノクターン 第14番 ハ長調
フィールド/ノクターン 第15番 ハ長調

アルカン/練習曲 ニ短調op.27「鉄道」

ショパン/ノクターン 嬰ヘ長調 op.15-2

アルカン/風(「悲愴趣味の3つの小品」 op. 15より 第2番)
アルカン/イソップの饗宴(「すべての短調による12の練習曲」 op.39より 第12番)

ショパン/ノクターン 変ホ長調 op.9-2
ショパン/バラード第1番 ト短調 op.23

~アンコール~
リスト/ラ・カンパネッラ

広瀬悦子に関して全く予備知識なしに聴いたのだが、驚異的なヴィルトゥオーゾ・ピアニストだった。
小柄な身体からは信じられないほどのスタミナで難曲ばかりを楽々こなし、そのいずれもが完璧な出来栄えだった。
アルカンという作曲家、何となく20世紀の人かなと思っていたのだが、実際にはショパンと同時代の人。
しかし、リストとは違った意味でもの凄い超絶技巧をピアニストに要求する。
「鉄道」は超高速で鉄道を走る列車を模しているかのよう。
平然と前進していく彼女の演奏は、新しいタイプのピアニストの誕生を見るようだった。
「ノクターン」の創始者として名高いフィールドの作品が聴けたのも確かに貴重だったし、ショパンのノクターンは2曲ともよく知られた作品で美しく歌って素晴らしかった。
だが、アルカンでのテクニックの印象があまりにも強く、ショパンのノクターンが場違いにすら感じられたのは私だけだろうか。
またアンコールで弾かれた「ラ・カンパネッラ」も非の打ちどころのない完璧さ。
ヴィルトゥオーゾピアニストとして選ばれた才能をもった逸材なのだろう。
ただただ、そのすさまじいテクニックと、豊かな歌心で、魔術師のように彼女の魔力にとらえられたままコンサートが終わった。
今後の活躍が楽しみである。

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2010年5月4日(火・祝)

公演番号:377
18:45~19:30
ホールG409(グジマワ)(1列8番)

江口玲(ピアノ)

ショパン/ポロネーズ ニ短調 op.71-1

ショパン/3つのエコセーズ op.72-3

ショパン/ノクターン ホ短調 op.72-1
ショパン/葬送行進曲 ハ短調 op.72-2

フランツ・クサヴァー・モーツァルト/ポロネーズop.17-1
ミハウ・オギンスキー(モシュコフスキー編)/ポロネーズ「祖国への別れ」

ショパン/ポロネーズ 変ロ長調 op.71-2
ショパン/ポロネーズ ヘ短調 op.71-3

~アンコール~

ローズマリー・ブラウン(ショパンが死後に彼女を媒介にして作曲)/バラード

ローズマリー・ブラウン(ショパンが死後に彼女を媒介にして作曲)/即興曲

今回はショパンが生前に出版しなかった初期の作品にスポットをあてて、江口自身が解説しながら演奏するという、あたかもレクチャーコンサートの趣。
大変勉強になった。

江口氏は肉付きのいい豊かな音を奏でる。
その強めの音は一見ショパンのイメージとは異なるように思えたが、巧みにコントロールされたタッチで、「3つのエコセーズ op.72-3」などは軽妙に演奏してみせた。

op.72の「ノクターン」と「葬送行進曲」は、江口氏によれば、なぜショパンが出版しなかったのか不思議なぐらい優れた作品とのこと。
先日ケフェレックの演奏でも聴いたばかりだが、あらためて10代の青年の作曲とは思えない深みのある美しさを感じた。
作曲当時妹を亡くしたショパンの悲しみがこめられているのかもしれないとのこと。
そういう作曲家をとりまく環境も影響する可能性は大きいだろう。

予定されていた「ロンド ハ長調 op.73」が省かれ、代わりに別の作曲家の作品2曲が追加された。

追加されたのは、モーツァルトの末っ子フランツ・クサヴァーによるポロネーズと、モシュコフスキー編曲のオギンスキー作曲「祖国への別れ」というポロネーズ。
「祖国への別れ」は、センチメンタルなメロディーがきわめて印象的。
ポロネーズといってイメージされる特有のリズムはポロネーズの特徴の1つに過ぎないとは江口氏の弁。
なるほどポロネーズにもいろんなタイプの曲があるものである。

かつて、音楽の素養のほとんどない女性の体を借りて多くの亡くなった作曲家たちが新しい曲をつくったという。
その女性ローズマリー・ブラウンを介して作曲された故ショパンによる2曲の短い作品がアンコールで演奏された。
そんな紛い物と否定することは簡単だが、学者たちの鑑定によると、完全にインチキとはねつけることは出来ないそうだ。
まぁ、こういう不思議なことも解明しないまま残しておくのも楽しいと思うのだが・・・。
江口氏は最初、正規のプログラムにこれらの曲を組み込もうとしたらしいのだが、LFJディレクターのR.M.氏の許可が下りなかったと言って会場を湧かせる。
そんななごやかな雰囲気のトーク付きコンサートをおおいに楽しんで、今年のLFJを終えた。

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ちなみにアルカンの「鉄道」をおそらくアマチュアの方が演奏した動画をリンクしておく。
アマチュアでこれだけ弾けたらどれほど楽しいことだろう。
 アルカン作曲「鉄道」

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」2010 ショパンの宇宙(2日目)(2010年5月3日 東京国際フォーラム)

2日目に聴いたのは以下の3公演(すべてガラス棟のホールG402)。

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2010年5月3日(月・祝)

公演番号:266
17:30~18:15
ホールG402(ミツキエヴィチ)(3列10番)

セドリック・ティベルギアン(ピアノ)

ショパン/スケルツォ第1番 ロ短調 op.20
ショパン/マズルカ ホ短調 op.17-2
ショパン/マズルカ イ短調 op.17-4
ショパン/3つのマズルカ op. 59

スクリャービン/マズルカ風即興曲 ハ長調 op.2-3
スクリャービン/マズルカ ホ短調 op.3-7
スクリャービン/マズルカ 嬰ハ短調 op.3-6
スクリャービン/マズルカ ホ短調 op.25-3

タンスマン/マズルカ曲集第1巻より 第3番、第4番
タンスマン/マズルカ曲集第3巻より 第1番、第3番
タンスマン/マズルカ曲集第1巻より 第9番「オベレク」

今回、マズルカを共通項にして、ショパン、スクリャービン、タンスマンといった3人の作曲家のアプローチの違いを比較できるプログラムが組まれていて興味深かった。
最初に「スケルツォ第1番」で大いに盛り上げた後、マズルカのミニアチュールの世界が続く。
ショパンのマズルカはやはりリズム、和声ともに精巧な工芸品のような細やかさが感じられ、どの曲も魅力的である。
スクリャービンは意外と内面的で小規模な作品だった。
タンスマンの珍しいピアノ曲が聴けたのは貴重な機会だったと思う。

ティベルギアンの演奏を聴くのは昨年の上野でのリサイタルに続いて2度目だが、今回も若々しい爽快感が感じられて良かった。
どの曲も手の内に入っていて、よく歌い、しかも弛緩せずにうまく全体に目を行き届かせる。
ただ、演奏しながら結構うなり声が大きく、そちらに気をとられることもあった。

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2010年5月3日(月・祝)

公演番号:267
19:00~19:45
ホールG402(ミツキエヴィチ)(2列35番)

カティア・ブニアティシヴィリ(ピアノ)

ショパン/バラード第4番 ヘ短調 op.52
ショパン/スケルツォ第1番 ロ短調 op.20
ショパン/スケルツォ第2番 変ロ短調 op.31
ショパン/スケルツォ第3番 嬰ハ短調 op.39

リスト/メフィスト・ワルツ第1番

はじめて聴くグルジア出身のカティア・ブニアティシヴィリはまだ20代前半という若さ。
ショパンの技巧的な名作ばかりずらりと並べてどれも堂々と演奏していて素晴らしかったが、リスト「メフィストワルツ」の迫力も見事だった。
彼女の演奏は感情の起伏が大きめで、ゆっくりの箇所と速めの箇所の差が大きい。
よく歌い、テクニックもしっかりしているので、ダイナミックな迫力が感じられるが、若干荒削りなところもあったのが今後の課題だろう。
容姿も美しく、カリスマ性が感じられるので、今後演奏にさらに磨きがかかってくると素晴らしくなるのではないか。

ショパンのスケルツォは第2番が特に有名だが、こうして聴いてみると、第1番も第3番もどこかですでに聴いて馴染んでいる。
知らず知らずのうちに幅広く脳裏に刻み込まれているのがショパンの音楽なのかもしれない。

ところで、ショパンのスケルツォは、聴いているとあまり諧謔曲というか滑稽な感じがしない。
従来のイメージを、ショパンのスケルツォに求めてはいけないのだろう。
重かったり感傷的だったりする中で、時折右手と左手が追いかけっこをしたり、ユニゾンを奏でたりして自由に動こうとして、異質な響きやリズムを加える。
ちょっとしたパッセージの自由な遊びを、深刻な曲調の中に紛れ込ませる感覚こそが、ショパンがスケルツォという曲種に込めたものなのかもしれない。

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2010年5月3日(月・祝)

公演番号:268
20:30~21:15
ホールG402(ミツキエヴィチ)(3列7番)

北村朋幹(ピアノ)

シューマン(リスト編曲)/春の夜(歌曲集「リーダークライス」op.39より第12番)
シューマン/幻想曲 ハ長調 op.17
シューマン(リスト編曲)/献呈(歌曲集「ミルテの花」op.25より第1番)

~アンコール~
シューマン/「謝肉祭」~ショパン

まだ20歳前の北村朋幹のコンサートはオール・シューマンだった。
ショパンの影に隠れているが、もちろんシューマンも今年生誕200年を迎えるのである。

リスト編曲のシューマンの歌曲では、北村のテクニックの冴えが存分に発揮されたが、同時に彼の歌おうという姿勢も明確にあらわれていた。
「春の夜」ではリストはシューマンの曲をまるまる繰り返し、拡大しているが、連打、トレモロ、急速なパッセージなどテクニックの見せ場にも事欠かない。

シューマン「幻想曲」は、先月に北村の演奏を聴いたばかり。
今回、残響の乏しい部屋での演奏ということもあるのか、先月とはまた異なる印象を受けた。
全体的に遅めのテンポで間もたっぷりとるため、演奏者の思い入れは伝わるものの、流れが停滞しがちに感じられた。
とはいえ、この大作を表現しようという意欲は充分伝わってきたので、経験を経て、さらに核心に近づいた演奏をいずれ聴かせてくれることを楽しみにしたい。

LFJの常連ということで固定ファンも増えつつあるのだろう、今回LFJで聴いた演奏会の中で最も熱烈な拍手が続き、何度も呼び戻された北村はアンコールを1曲弾いた。
演奏前に、今の自分にはショパンよりもシューマンの方が親しいが、ショパンを弾かないのも後ろめたいのでというようなコメントの後に、シューマンの「謝肉祭」の中から短い「ショパン」を演奏した。
北村いわく「ショパン」と名付けられていても「どこまでもシューマン的」というのは確かにその通りだろう。
美しい演奏だった。

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今日はNHKで収録が行われていて、FM放送も午後いっぱい生中継されていたが、放送ブースがガラス張りで音声も外に聞こえるようになっており、N響アワーでお馴染みの岩槻さんやリスト研究家の野本さんがブースでDJをしていた。
北村の演奏が終わって、ブースに行ってみると、ケフェレックがゲストで来ていて、ジョルジュ・サンドがショパンにいかに大きな存在だったかを語っていた。
最後にはブースを囲んでいるファンの人たちにも感謝の気持ちを述べるなど、その気さくで優しい人柄にすっかり魅了された。

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」2010 ショパンの宇宙(1日目)(2010年5月2日 東京国際フォーラム)

今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのテーマは「ショパンの宇宙」。
東京国際フォーラムでの有料コンサートは5月2日~4日まで行われた。
今年は好天に恵まれ、相変わらずのすごい人出だった。

初日に聴いたのは以下の2公演。

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2010年5月2日(日)

公演番号:125
17:30~18:30
ホールB7(ドラクロワ)(7列16番)

アンヌ・ケフェレック(ピアノ) 
フィリップ・ジュジアーノ(ピアノ) 
イド・バル=シャイ(ピアノ) 
アブデル・ラーマン・エル=バシャ(ピアノ) 
石丸幹二(朗読)

ショパン ピアノ・ソロ作品全曲演奏
第2部 1827年-1828年「青春」

ショパン/3つのエコセーズ op.72-3(エル=バシャ)
ショパン/コントルダンス 変ト長調(エル=バシャ)
ショパン/ワルツ 変ホ長調 KK IV a-14(エル=バシャ)

ショパン/葬送行進曲 ハ短調 op.72-2(ケフェレック)
ショパン/ノクターン ホ短調 op.72-1(ケフェレック)

ショパン/ピアノ・ソナタ第1番 ハ短調 op.4(ジュジアーノ)

ショパン/マズルカ イ短調 op.68-2(バル=シャイ)
ショパン/ポロネーズ 変ロ長調 op.71-2(バル=シャイ)

ショパン/ワルツ 変イ長調 KK IV a-13(エル=バシャ)
ショパン/ロンド ハ長調 op.73(エル=バシャ)

ショパンの17~18歳の頃のピアノ曲が4人のピアニストによって演奏された。

まず朗読の石丸幹二が登場し、若きショパンの歩みを朗読し、それに続いて最初のピアニスト、エル=バシャ(レバノン出身)が登場した。
最初の「3つのエコセーズ op.72-3」は短いが軽快な愛らしい作品だった。
コントルダンスは舞曲とは一見思えないほどしっとりとした美しさがあり、一種の無言歌のような印象だったが、偽作の可能性もあるらしい。
続くワルツは第17番としてワルツ集の録音などで馴染んでいたが、こんな若い頃の作品とは知らなかった。
オクターヴを優雅に上下する印象深いワルツである。

続いてケフェレック(フランス出身)が登場してop.72の2曲を演奏した。
「葬送行進曲 ハ短調」はもちろんソナタ第2番の3楽章とは別の作品だが、中間に甘美な部分があるなど、共通点も感じられる。
ショパンの「幻想曲」を聴いて、中田喜直が「雪の降るまちを」を作曲したというエピソードがあったが(真偽のほどは分からないが)、この「葬送行進曲」もどことなく中田作品を想起させるものが感じられた。
悲哀感に満ちた「ノクターン ホ短調」も単なる美しさ以上のものをもった聴きごたえのある作品と感じた。

続いてめったに聴けないピアノソナタ第1番がフランス人ジュジアーノによって演奏されたが、このソナタを全曲聴けたのは貴重な体験だった。
第2番や第3番より演奏される機会が少ないというのは納得は出来るものの、だからといって駄作とはとても言えない。
終楽章など、シューベルトの「さすらい人幻想曲」のようなリズムで始まり、華麗な音の洪水が聴き手を魅了する。
若さみなぎるエネルギーのようなものがこのソナタのあちらこちらに感じられた。

続いてイスラエルの若手バル=シャイが登場して、小品を2曲。
「マズルカ イ短調 op. 68-2」はあたかもサティを聴いているかのような不思議な響きが脳裏に残る。
「ポロネーズ 変ロ長調 op.71-2」は力強く揺ぎ無い雰囲気ではじまるが、徐々にポロネーズらしいリズムが弾み出す。

最後に再びベテラン、エル=バシャが登場して、まずワルツ第16番として知られるくるくる回るような愛らしい変イ長調を演奏した。
そして、10分近くかかる大作「ロンド ハ長調 op.73」の華麗な響きで締めくくり、予定時間を10分以上オーバーして終わった。

エル=バシャの演奏はどこまでも力みのない自然な演奏だった。
さりげなさの中のちょっとした響きの妙のようなものが素晴らしかった。
ただ、ワルツのテンポ設定は私の感覚では変ホ長調は速め、変イ長調は逆に遅めに感じた。

ケフェレックはもう私にとって大好きなタイプの演奏。
繊細で細やかな表現がいたるところに感じられ、どの音にも演奏者の愛情がこもっている感じだ。
こういう風に弾かれたらただただうっとりと聴きほれるしかない。

ジュジアーノは技術が安定しており、安心して聴けた。

まだ若いバル=シャイはかなり音色の響きにこだわった個性的な演奏だった。
特に「マズルカ」は素晴らしかったと思う。

4人の世代も個性も違う演奏家の演奏を聴き比べながら、初期の珍しいピアノ曲を堪能できた楽しい時間だった。
本当はほかの回もチケットがとれたら聴きたかったのだが、この回だけでも入手できたことに感謝しなければ。

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2010年5月2日(日)

公演番号:181
19:00~19:45
相田みつを美術館(ヴォイチェホフスキ)(2列4番)

ハンス=イェルク・マンメル(テノール)
モード・グラットン(フォルテピアノ:プレイエル 1848年製)

メンデルスゾーン/歌の翼に op.34-2
メンデルスゾーン/挨拶 op.19-5
メンデルスゾーン/朝の挨拶 op.47-2
メンデルスゾーン/旅の歌 op.34-6
メンデルスゾーン/夜ごとの夢に op.86-4

リスト/ラインの美しき流れのほとり S.272
リスト/唐檜の木はひとり立つ S.309-1
リスト/私はまさに絶望しようとした S.311
リスト/毎朝私は起き、そして問う S.290

ショパン/17のポーランドの歌 op.74より
 第1番「おとめの願い」
 第5番「彼女の好きな」
 第6番「私の見えぬところに」
 第3番「悲しみの川」
 第15番「花婿」
 第16番「リトアニアの歌」
 第14番「指環」
 第10番「闘士」

LFJを聴くようになって相田みつを美術館でのコンサートは私にとってはじめてだった。
相田みつをの含蓄のある前向きな言葉に囲まれながら異国の音楽に耳を傾けるというのもなかなかいいものであった。

メンデルスゾーンは1809年生まれ、リストは1811年生まれということで、1810年生まれのショパンとほぼ同世代の作曲家の歌曲を並べたプログラミングとなっている。
また、前半のメンデルスゾーンとリストはハイネの詩による作品ばかりでまとめて、変化と統一の両者に目を配った好選曲だと思う。

テノールのマンメルの声はリートを歌うのにまさにうってつけ。
とても軽やかでリリカルな声が美術館のこじんまりとした空間に映えた。
気品があり知的な歌唱は素敵だった。
ショパンのみ楽譜を見ながら歌っていたが、外国語の作品である以上、適切な処置だろう。
しかし、ショパンのどの曲もかなり自分のものとして、しっかり歌っていたという印象を受けた。

フォルテピアノのモード・グラットンはとても小柄な女性だった。
ショパンの時代のプレイエルピアノを使って、しっかりと楷書風の演奏をしていた。
メンデルスゾーンやショパンの素朴さはプレイエルピアノにぴったりだったが、一方リストの歌曲はその濃密さゆえに、古楽器で聴くとギャップを感じ、不思議な感覚だった。
悪いというのではないのだが、ミスマッチゆえの面白さみたいなものはあった。

配布された歌詞対訳(毎度のことながら無料で配布されるのは有難い)を見ながら、ショパン歌曲の魅力にあらためて気付かされた。
以前にも記事にしたことがあったが、「花婿」を聴くと、やはりヴォルフの「風の歌」を思い出してしまう。
ヴォルフはショパンの歌曲も聴いていたのかもしれない。

アンコールはなかったが、素敵な楽興の時だった。

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小山実稚恵/ショパン・リサイタル・シリーズⅢ(2010年3月20日 川口リリア 音楽ホール)

小山実稚恵 ショパン・リサイタル・シリーズⅢ

Koyama_michie_20100320

2010年3月20日(土) 18:00 川口リリア 音楽ホール(E列3番)

小山実稚恵(Michie Koyama)(ピアノ)

ショパン(Chopin: 1810-1849)作曲

1.練習曲嬰ハ短調作品25-7

2.マズルカ第36番イ短調作品59-1
3.マズルカ第37番変イ長調作品59-2
4.マズルカ第38番嬰へ短調作品59-3

5.ソナタ第2番変ロ短調作品35「葬送」
  1.Grave - Doppio movimento
  2.Scherzo
  3.Marche Funebre
  4.Presto

~休憩~

6.ソナタ第3番ロ短調作品58
  1.Allegro maestoso
  2.Scherzo, Molto vivace
  3.Largo
  4.Presto, non tanto

~アンコール~
1.ワルツ第10番Op.69-2
2.ピアノ協奏曲第2番Op.21~第2楽章

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小山実稚恵の生演奏を久しぶりに聴いた。
彼女の爽やかで美しい演奏は聴いていて清々しくて大好きなのだ。
今回は、今年生誕200年ということですでに盛り上がりをみせているショパンの作品のみによるリサイタルだった。
すでにショパンシリーズを川口リリアで2回行っていたようで、今回がその最終回とのこと。

明るい黄緑色のドレスをまとって登場した小山はにこやかな笑顔を湛えていた。
最初に「練習曲ハ短調」が演奏される。
最初からデリケートで美しい音に引き込まれる。
憂いを帯びた感傷的なメロディが印象的な作品だが、途中で急速なパッセージなどもあり、表現力とテクニックの双方を求められる練習曲といえるだろう。

マズルカからは作品59の3曲が続けて演奏された。
さらりとした表情の中から繊細な感情の移ろいをそっと描き出す。
このような小品から作品の身の丈に合った魅力をそのまま引き出してくれる小山さんの演奏は、私が最も理想的と感じるショパン演奏と感じた。

ソナタ第2番は前半最後の演目ということもあってか、若干疲れも見られたが、弛緩することなく、落ち着いた表情を基本にしながら、重量感のある響きも聴かせていた。
第1楽章は飛ばし過ぎたか、迫力は満点だったが、音の取りこぼしが若干あったように聞こえた(それでも素晴らしい演奏だったことは確かだが)。
だが、第3楽章の「葬送行進曲」中間部のなんという美しさ!
この世から送られた人が天上で浄化されたかのような響き。
このような歌心に満ちた演奏はそうそう聴けるものではない。
うっとりと聴きほれてしまった。
それにしても無窮動的な最終楽章は何度聴いても不思議な曲である。
柿沼唯氏のプログラムノートによると、ショパンは「左手が右手と同音でぺちゃくちゃ喋るのだ」と語ったそうだが、おしゃべりというよりは、カオスのようにも感じられる。
もちろん小山の演奏はこのような細かいテクニカルな楽章でも全く見事に弾きこなしていた。
前半の練習曲やマズルカと、このソナタ第2番を聴くと、やはりショパンにおいても小品とソナタでは随分作曲する際の意識が異なっていたのではないかと感じた。
ソナタではショパンなりに構成をがっちり意識して、楽章ごとの性格の違いをドラマティックに対比させようとしていたのではないか。
そんなことを小山さんの演奏を聴きながら感じた。

休憩後に演奏されたのは、ソナタ第3番。
一晩のコンサートでこの名ソナタ2曲の両方ともが聴けるとは嬉しい。
休憩をとったせいか、第3番では最初から力強さが漲り、しかも粒立ちの美しさも維持しつつ、硬軟の間を行き来する自在さが感じられて素晴らしかった。
軽快な第2楽章、歌にあふれた第3楽章、そして推進力のある最終楽章、どれをとっても目配りの行き届いた聴き応えたっぷりの演奏だった。

彼女の演奏はバランスの良さが際立っていて、テクニックを誇示したり、これみよがしなスピードアップをすることが一切無いため、作品そのものに集中できるのだ。
演奏する時の動きも必要最低限にとどまり、視覚的な見苦しさが皆無なのも彼女の美点の一つだと思う。
それでいて、高度で安定した技巧をもち、どんな難所もごまかすことなく、磨きぬかれた美音で響かせる。
強弱のダイナミックレンジも充分に幅広く、フォルテではずっしりとした芯のある響きを聴かせる。
その一方、静かな箇所ではだれることが一切なく、適度なテンポで、歌うように響かせる。
若いショパン弾きにしばしば見られる「主張」という名の自己満足に陥ることが無く、一貫して作品に対して誠実に対峙しているのが感じられる。

盛大な拍手にこたえて弾かれたアンコールは2曲。
最初のワルツはよく耳にする作品で、彼女のしっとりとした味のある演奏が素敵だった。
2番目に弾かれた曲、私は何の曲だか分からなかったのだが、後で掲示を見て、コンチェルト第2番の第2楽章と知る。
ピアノソロ・バージョンが存在するようだ。
これはショパンっぽい響きと、ほかの作曲家のような響きの両方が混ざり合ったような不思議な作品と感じた。
そのうち、録音でも耳にすることが出来る日が来るのだろう。

とても充実したショパンの音楽と演奏に浸ることの出来たコンサートで大満足だった。

Koyama_chopin_cd_20100320

終演後にはCDジャケットにサインを頂いたが、その時に「素晴らしかったです」と伝えると、優しい笑顔を返してくれた。
間近で見ると、随分小柄な方だと気付く。
これほど小さな体のどこからあれだけのエネルギーがあふれてくるのだろう。
日ごろのプロとしての精進なくしてはありえないであろう、その素晴らしい演奏に尊敬の念すら感じた。

今年のGWの「ラ・フォル・ジュルネ」でも彼女は何回か登場し、私はショパンのピアノ協奏曲第1番のチケットが運良くとれたので、そちらも楽しみにしたい。

Koyama_michie_20100320_chirashi

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ショパンの歌曲「許婚者」

先日ショパン(Frederic Chopin:1810-1849)の歌曲を集めたCDを聴いていたら、ちょっと驚くことがあった。

ショパンの歌曲というと一般には馴染みが薄いと思う。
実際私も「願い(Życzenie)(「乙女の願い」というタイトルで有名)」や「春(Wiosna)」「美しい若者(Śliczny Chłopiec)」ぐらいしかすぐには思い浮かばないが、全部で20曲のポーランド語の歌曲が残されており、そのうち17曲はショパンの死後、1856年に親友のフォンタナによって、「17のポーランドの歌」Op. 74として出版されたという(Op. 74から漏れた3曲は「魅惑(Czary)」「ドゥムカ(Dumka)」と、歌声部のみの「どんな花、どんな花冠(Jakiez kwiaty, jakie wianki)」)。

それでなぜ驚いたかというと、「許婚者(Narzeczony)」という歌曲(Op. 74-15)の前奏が始まった時、両手が半音階進行でうなるように1オクターヴのユニゾンを奏でていて、これはまさにヴォルフ(Hugo Wolf:1860-1903)の「風の歌(Lied vom Winde)」ではないかと思ったのだ。

ヴィトヴィツキの詩による「許婚者」は、風吹く中、草原の中を馬を駆ってきた若者が恋人の死に際に間に合わなかった苦悩を訴える内容である。

小坂裕子さんという方が「ショパン 知られざる歌曲」(集英社 2002年発行)という本を出していて、この巻末にショパン歌曲のうち13曲の楽譜が付けられているので「許婚者」を見てみた。

「許婚者」の前奏では十六分音符のうなりは4分の2拍子で8小節続くが、うち最初の6小節は完全に半音階進行で、フラット3つの調号で「ニ音(右手)/に音(左手)」ではじまる。
一方、ヴォルフの「風の歌」の前奏では十六分音符のうなりは8分の6拍子で4小節続き(4分の3拍子に直すと6小節になる)、シャープ3つの調号で「嬰ロ音=ハ音(右手)/嬰ろ音=は音(左手)」ではじまる。

「許婚者」の詩の第1行が「風はしげみをざわつかせる」であり、ピアノパートが風の吹く様を描写していることは明らかである。
一方「風の歌」はタイトルが示すとおり、子供と風との対話であり、同じくピアノパートが風の吹きすさぶ様子をあらわしている。

ただ、「許婚者」では風の半音階表現は歌のない前奏、間奏、後奏に限られるのに対して、「風の歌」は歌の最中にも風の表現があらわれているという違いも見られる。

ショパンの「許婚者」は前述したように1856年に出版されているが、
ヴォルフが「風の歌」を作曲したのは1888年2月29日のことである。
ショパンの歌曲集Op. 74の楽譜が当時のオーストリアで入手可能だったかどうかは分からないが、小さい頃から家庭音楽会でショパンの曲を演奏し、批評家として活動していた時期にはルビンシテインの演奏に接して、ショパンを傑出したピアノの巨匠と称えていることからも、ヴォルフにとってショパンの音楽が身近にあったことは確かである。

両歌曲を繰り返し聴いてみても、単なる偶然とは言い切れない気持ちになるのだがいかがだろうか。

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