ラフマニノフ&グリンカ歌曲集/ヴィシネフスカヤ&ロストロポーヴィチ

ラフマニノフ&グリンカ歌曲集

ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(Galina Vishnevskaya)(S)

ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Mstislav Rostropovich)(P)

Deutsche Grammophon:00289 477 6195

1975年12月録音

ラフマニノフ(1873-1943)作曲
夜は悲しいOp. 26-12(ブーニン詩);歌わないで、美しい女(ひと)よOp. 4-4(プーシキン詩);音楽Op. 34-8(ポロンスキー詩);春の流れOp. 14-11(チュッチェフ詩);ヴォカリーズOp. 34-14

グリンカ(1804-1857)作曲
疑い(クーコリニク詩);私はあのすばらしい一時を覚えている(プーシキン詩);あなたと一緒だとなんとすばらしいのだろう(ルィンジン詩);彼女に(ミツキェヴィチ原詩/ゴリツィン訳);あなたを知るとすぐに(デリヴィク詩);ヴェネツィアの夜(コズロフ詩);「ペテルブルクとの別れ」~ひばり(クーコリニク詩);「ペテルブルクとの別れ」~舟歌(クーコリニク詩)

Rachmaninov_20060720 ソプラノ歌手ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(1926.10.25.Leningrad生まれ)と、チェリストでピアニスト、指揮者でもあるムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927.3.27.Baku生まれ)夫妻はロシア歌曲演奏の名コンビだが、今年がヴィシネフスカヤの生誕80年にあたるのを記念してDGからラフマニノフ&グリンカ歌曲集がはじめてCD復活した。
よく歌われる曲を中心に選ばれているようだが、「夜は悲しい」「音楽」「ヴェネツィアの夜」は私にとっては初めて聴く作品だった。
グリンカの選曲がラヴソングのオンパレードの感があるのに対して、ラフマニノフの方は自然や音楽への思いなど特定の異性ではないものに向けた作品が中心のように感じた。
ヴィシネフスカヤの声は時に白井光子を思わせるような清澄な響きもあるが、ロシア人特有の芯のある強靭な歌声がメランコリックなメロディーによく映える。強靭ではあるが同時に繊細な感覚があり、これらの歌曲の小世界をデリケートに描いていると思う。ロストロポーヴィチは完全に余技の域を越えた演奏を聴かせている。ピアノが美しい単旋律を響かせることの多いこれらの作品で彼は慈しむように1音1音を歌わせている。歌曲のピアニストとしても味のあるいい演奏を聴かせてくれる。

まず、ラフマニノフの歌曲5曲から。

「夜は悲しい」は、心に憂いと愛を抱きながら、夢のような夜の悲しさを歌った曲で、ヴィシネフスカヤのロマンティックで静かに抑えた表現が美しい。ロストロポーヴィチのピアノ低声部の歌わせ方が見事だった。

有名な「歌わないで、美しい女(ひと)よ」は、異国での暮らしとそこで出会った娘を思い出してしまうから、そのグルジアの歌を歌わないでくれという内容。詩の中で美しい女性が歌うグルジアの歌をピアノパートが美しく表現する。歌声部が対旋律を奏で、ピアノが主役になる箇所があり、実に美しくピアノで歌っている。深い思い入れが感じられる演奏だが、やり過ぎないところがいい。

「音楽」は、妙なる音の波が広がり、私をとらえると歌われる。繊細なガラスのような曲。ピアノ後奏の最後の和音が長和音になり、希望を託しているかのようだ。ソプラノにしてはかなり低い声域の音も実に表情をこめて歌っている。

「春の流れ」は、雪どけの水はいたるところで春の到来を告げるという内容。ヴィシネフスカヤは、第2節最後の最高音が若干叫び声のようになってしまった以外は、この急速な歌を生き生きと堂々と表現していた。ピアノも難曲だが雪解け水の奔流をこれだけ見事に表現できればこれ以上望むものはない。

キャスリーン・バトルの蠱惑的な歌唱が記憶に残る「ヴォカリーズ」でも、ヴィシネフスカヤの芯の通った渋い光沢のある歌声は、歌詞がないのにネイティヴの味がしっかり伝わってくるように感じられる(たっぷり7分以上かけて歌っている)。

続いてグリンカの歌曲8曲。

「疑い」は、恋敵に嫉妬して疲れ果てたすえに彼女が再び自分のもとに戻ってくることを夢想するという内容。耳に残るピアノのメロディーとストレートに苦悩を訴える歌声が印象的な作品でグリンカの歌曲中有名な1曲。太い声を出し、ヴィヴラートの荒さもいとわず、苦悩を情熱的に歌い感動的。前奏、後奏のメロディもとても音楽的な演奏で素晴らしかった。

「私はあのすばらしい一時を覚えている」は、感情の移ろいが実に自然に生き生きと表現されていて聴きものだ。特に“つかのまの幻のように”という箇所で声を柔らかくしたり、再会後に歓喜のあまり鼓動が鳴る箇所で力強く表現するなど、彼女の幅の広い表現力を堪能できた。

「あなたと一緒だとなんとすばらしいのだろう」は、ピアノの下降音型が耳に残る。詩の内容に反してほの暗い曲調だが、幸せすぎて不安という感情の反映なのだろうか。全3節の有節形式だが、各節最後の2行の、あなたの姿を見ると心が震えたり、理性を失ったり、歓喜におぼれたりするという箇所の歌い方がなんとも思いがこもっている。

「彼女に」は、恋する女性への賛美が3拍子系の舞曲風のリズムに乗って軽快に歌われるが、力強さと細やかさの両方の表現が可能な彼女ならではの歌だった。

「あなたを知るとすぐに」は、恋人をたたえ、あなたは明るさや気高さを私の心に生み出すと歌う。分散和音に乗って、恋に陶酔する気持ちをひそやかに歌い、ヴィシネフスカヤの表現も詩に合わせてういういしい。

「ヴェネツィアの夜」は、春の夜のヴェネツィアの情景が幻想的に描かれる。長短のリズムに乗って(シューベルトの「ゴンドラの船頭」D. 808が思い出される)、楽しげな旋律が歌われる。ヴィシネフスカヤも楽しんで歌っている。

以下の2曲は歌曲集「ペテルブルクとの別れ」からの選曲である(歌曲集といっても内容の関連があるわけではなく、家庭問題のため、ペテルブルクを離れようと考えていたことからこのタイトルのもと、クーコリニクの詩による作品をまとめたそうだ)。

「ひばり」は、最も知られたグリンカ歌曲の1つで、天と地の間に歌が響き、風がその歌を運ぶが、歌を送られた女性には誰から送られたのか分かるだろうという内容。真摯な歌が胸に響く。

「舟歌」は、夜の光が水面に照り映えているかのようなきらきらしたピアノの響きのうえで、のどかなバルカローレが魅力的に歌われる。節の最後に何度かあらわれるハミング風のヴォカリーズ箇所は舟歌の特徴なのだろうか(シューベルトの「舟乗り」D. 694にも同様のハミングがあらわれる)。ヴィシネフスカヤは、このヴォカリーズの抑えた歌いぶりと他の箇所の力強さを対照的に描いていて引き込まれる。

目下、「詩と音楽」サイトでFujiiさんがこのCDのグリンカ歌曲集の各曲を順に投稿するシリーズを始めておられます。訳詞や解説など充実していますので、チェックしてみてください。

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