【エリー・アーメリング】シューマン「リーダークライス(Liederkreis, Op. 39)」の第1曲「異郷にて(In der Fremde, Op. 39, No. 1)」の分析

●Musings on Music by Elly Ameling - Schumann, In der Fremde (Liederkreis op. 39 no. 1)

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちら。リンク先は音が出ますので注意!)

ブラームスの「知らせ(Botschaft,op. 47 no. 1)」に続いて、エリー・アーメリングによる歌曲分析講座第2弾がアップされました。
アイヒェンドルフのテキストによるシューマンの歌曲集『リーダークライス(Liederkreis, Op. 39)』から第1曲「異郷にて(In der Fremde, Op. 39, No. 1)」です。

「この曲は、ゆっくりで、典型的にロマンティックな感情に満ちています」

「歌曲集『リーダークライス』のテキストの多くはアイヒェンドルフの小説『予感と現在(Ahnung und Gegenwart)』」から採られています」

※ちなみに第1曲「異郷にて」は小説『空騒ぎ(Viel Lärmen um nichts)』(1833年)から採られているそうです。

「この曲のテンポは「速くなく(Nicht schnell)」です」

アーメリングは数行ずつ原詩と英訳を交互に朗読します。

そして別の演奏家による速いテンポの音源が流れます。
「私の意見では、このテンポでは正しい雰囲気が損なわれていると思います」

「冒頭はpで始まり、両親はすでにいないと歌われる5小節目(第3行)はppと指示されています。そして冒頭からピアノ右手最高音に付いているアクセントが5小節目以降は付いていません」

「11,12小節のピアノ右手:5度上行する箇所でクレッシェンド→デクレッシェンドが付いていて、これは「もうすぐ(wie bald = how soon)」を表現しています」

「1回目の"Da ruhe ich auch(その時に私も休むことにしよう)"では"auch(〜も)"に最高音が当てられているが突出しないように歌われるべきです(ソプラノは最高音でボリュームを上げがちなので、ここはpppで歌うぐらいでいい)。
歌う前に考えてみましょう(Think, before you sing!)」

第2連2~3行目"und über mir rauscht die schöne Waldeinsamkeit,(そして頭上では美しい森の孤独がざわめいている)"を1ブレスで歌うことについて

「2回目の録音ではschöne(美しい)とWaldeinsamkeit(森の孤独)の間にブレスを入れてしまったのが残念(後で種明かしされますが、これはアーメリング&ヤンセンのライヴ録音です)。どうしてブレスを入れてしまったのかというと、このフレーズはどんな人にとっても非常に長いのです。ただしフィッシャー=ディースカウを除いて。彼なら何でも出来るでしょう」

1:02-3:31
1回目の録音。イェルク・デームスとのスタジオ録音(1979年4月15-21日, La Chaux-de-Fonds録音)→アーメリングは動画後半で1973年録音と言っているがおそらく誤り。「女の愛と生涯」のスタジオ録音(ボールドウィンのピアノ)が1973年なのでそれと混同した可能性あり

11:38-(抜粋) Wie bald ...
13:06-(抜粋) und über mir rauscht die schöne Waldeinsamkeit,
2回目の録音。ルドルフ・ヤンセンとのライヴ録音(1980年5月2日録音と思われます。全曲はこちらで聞けます)→アーメリングは1979年と言っているがおそらく誤り

15:00-
冒頭に流されたイェルク・デームスとのスタジオ録音(1979年録音)を再度全部流します。

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In der Fremde, Op. 39, No. 1
 異郷にて

Aus der Heimat hinter den Blitzen rot
Da kommen die Wolken her,
Aber Vater und Mutter sind lange tot,
Es kennt mich dort keiner mehr.
 赤い稲光の向こうにある故郷から
 雲がこちらに流れてくる、
 だが父母はずっと前に亡く
 あそこで私を知る者はもういない。

Wie bald, wie bald kommt die stille Zeit,
Da ruhe ich auch, und über mir
[Rauscht]1 die schöne Waldeinsamkeit,
Und keiner [kennt mich mehr]2 hier.
 もうすぐ、もうすぐ静かな時がやってくる、
 その時に私も休むことにしよう、そして頭上では
 美しい森の孤独がざわめいている、
 そしてここでも私を知る者はもういない。

1 Eichendorff: "Rauschet"
2 Eichendorff: "mehr kennt mich auch"

詩:Joseph Karl Benedikt, Freiherr von Eichendorff (1788-1857), "In der Fremde", appears in Gedichte, in 5. Totenopfer, first appeared in the novella "Viel Lärmen um nichts" (1833)
曲:Robert Schumann (1810-1856), "In der Fremde", op. 39 no. 1 (1840), published 1842 [voice and piano], from Liederkreis von Joseph Freiherr von Eichendorff, no. 1, Wien, Haslinger

このシリーズの次回は同じく『リーダークライス』Op. 39から第8曲(曲目も第1曲と全く同じ"In der Fremde")とのことです。楽しみですね。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ (Wikipedia)

Joseph von Eichendorff (Wikipedia)(独語)

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ブラームス/二重唱曲「海」(Brahms: Die Meere, Op. 20/3)を聞く

Die Meere (Nach dem Italienischen), Op. 20/3
 海(イタリアの詩による)

Alle Winde schlafen
Auf dem Spiegel der Flut;
Kühle Schatten des Abends
Decken die Müden zu.
 すべての風は眠りにつく、
 水鏡の上で。
 夕暮れの涼しい影が
 疲れた者たちを包み込む。

Luna hängt sich Schleier
Über ihr Gesicht,
Schwebt in dämmernden Träumen
Über die Wasser hin.
 月はベールを
 彼らの顔の上にかぶせ
 黄昏の夢の中で
 水の上に浮かぶ。

Alles, alles stille
Auf dem weiten Meer!
Nur mein Herz will nimmer
Mit zur Ruhe gehn;
 みな、なにもかも静かだ、
 広大な海の上は!
 ただ私の心だけは決して
 眠ろうとしない。

In der Liebe Fluten
Treibt es her und hin,
Wo die Stürme nicht ruhen,
Bis der Nachen sinkt.
 愛の洪水に
 わが心はあちらこちらへと流される、
 そこでは嵐はやむことがない、
 小舟が沈むまで。

詩:Wilhelm Müller (1794-1827), "Die Meere", appears in Lyrische Reisen und epigrammatische Spaziergänge, in Lieder aus dem Meerbusen von Salerno 
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Die Meere", op. 20 (Drei Duette) no. 3 (1860), published 1862 [vocal duet for soprano and alto with piano], Bonn, N. Simrock

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今回はブラームスの非常に美しい二重唱曲を聞きたいと思います。

1858–60年に作曲され、1861年に「ソプラノ、アルトとピアノ伴奏のための3つの二重唱曲(Drei Duette für Soran und Alt mit Begleitung des Pianoforte, Op. 20)」として出版された中の3曲目が「海(Die Meere)」です。ちなみに"Die Meere"というのは"Das Meer"の複数形になります。

テキストはシューベルトの『美しい水車屋の娘』『冬の旅』でもお馴染みのヴィルヘルム・ミュラーで、『サレルノ湾の歌(Lieder aus dem Meerbusen von Salerno)』という11篇からなる詩集の2番目に置かれています。

詩の内容は海上にいる主人公の夕方から夜にかけての描写と心情が描かれています。なにもかもが眠りについた海の上の静かな光景と、一方であふれんばかりの愛のために決して落ち着かないままの主人公の心の内が対比されています。

ブラームスは6/8拍子の舟歌のスタイルで作曲しています。物悲しく流麗なメロディーはメンデルスゾーンの「ヴェネツィアの舟歌」を思い起こさせます。詩の2連、4連の各2行目最後の音節(Ge-sicht / hin)の息の長いメリスマは聞きどころの一つと言えるでしょう。

ピアノパートは舟が揺れながらゆっくり進むような左手の音形と、装飾音(プラルトリラー)のついた物憂い右手が極上の美しさで魅了されます。右手は常に2声で進み、時に歌声2声と重なり、時に歌声と離れ、ハーモニーの綾を聞かせてくれます。
詩の2連ずつを1まとまりにした有節形式ととらえることが出来ますが、詩の最後の2行(Wo die Stürme nicht ruhen,/Bis der Nachen sinkt.)だけが繰り返され、同主調のホ長調に転調し、明るい響きで歌は終わります。その後、ピアノ後奏で再びホ短調に戻り、メランコリックな雰囲気のまま曲が締めくくられます。この明暗の入れ替わりは海の上でたゆたう主人公の心の内を反映しているかのようで素晴らしいです。

ソプラノとアルトのための歌と指定されていますが、テキストの内容から男声2人によって歌われても全く問題ないと思います。

【冒頭】
Die-meere-beginning 

【最後の2行の繰り返し(ホ短調→ホ長調)とピアノ後奏(ホ長調→ホ短調)】
Die-meere-ende_20240113184101  

6/8拍子
ホ短調(e-moll)
Andante

●エディト・マティス(S), ブリギッテ・ファスベンダー(MS), カール・エンゲル(P)
Edith Mathis(S), Brigitte Fassbaender(MS), Karl Engel(P)

マティス、ファスベンダー、エンゲルの黄金トリオによる名演です!

●ユリアーネ・バンゼ(S), ブリギッテ・ファスベンダー(MS), コート・ガルベン(P)
Juliane Banse(S), Brigitte Fassbaender(MS), Cord Garben(P)

師弟によるデュエットです。バンゼの柔らかい声とそっと寄り添うファスベンダーの響きが美しいです。

●ジュリー・カウフマン(S), マリリン・シュミーゲ(MS), ドナルド・サルゼン(P)
Julie Kaufmann(S), Marilyn Schmiege(MS), Donald Sulzen(P)

女声2人の声がとても溶け合っていて美しかったです。

●チャーリー・ドラモンド(S), ジェイド・モファット(MS), ジェイムズ・ベイリュー(P)
Charlie Drummond(S), Jade Moffat(MS), James Baillieu(P)

Channel名:Independent Opera(オリジナルのサイトはこちらのリンク先:音が出ますので注意!)
2017年Wigmore Hallでのライヴ映像。実際に歌っている表情を見ながら聞くのもいいですね。ベイリューは今引く手あまたの歌曲ピアニストです。

●ピアノパートのみ(マイヤ・メリニチェンコ(P))
Brahms - Die Meere - Sopran and Alt - accompaniment
Майя Мельниченко(P)
※この動画は共有が出来ない為、こちらのリンク先からご覧ください。(音が出ますので注意!)
Channel名:Майя Мельниченко
ピアノの右手がほぼ二重唱のメロディーと一致しているので、ピアノパートだけで聞いても美しいです。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Vermischte Schriften von Wilhelm Müller. Zweites Bändchen. Leipzig: F. A. Brockhaus, 1830 (p.104)
Lieder aus dem Meerbusen von Salerno (11篇からなる詩集。Die Meereは2番目に置かれている)
※「110ページ」のリンクをクリックして104ページまで上にスクロールすると"Die Meere"の詩が見られます。

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ブラームスの「知らせ(Botschaft,op. 47 no. 1)」についてエリー・アーメリングが語った動画

エリー・アーメリング(Elly Ameling)が自身のYouTubeチャンネルで新年早々動画をあげてくれました。

"Musings on Music by Elly Ameling (日本語にすると「エリー・アーメリングによる音楽の考察」という感じでしょうか)"と題し、ブラームスの愛らしい歌曲「知らせ(Botschaft, op. 47 no. 1)」について複数の録音を聞きながらアーメリングが少しずつ解説を加えていくというものです。
彼女がどのように歌曲にアプローチし、歌う準備をしていくのかを追体験出来ると思います。
ここで使われる2種類の女声歌手の録音と、最後に流される男声歌手の録音については、アーメリングが後半で種明かしをしますので、ここでは触れないでおきます。

「私は2種類の演奏を再生しますが、誰が歌い、ピアノを弾いているかはまだ明かしません。テキストを全部聞くまでは耳と心はまだ判断をしないで下さい。
ダウマーのテキストはしばしば14世紀ペルシャの詩人ハーフィズに影響を受けています。」

Musings on Music by Elly Ameling - Brahms, Botschaft (op. 47 no. 1)

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音声が出るので注意ください!)

アーメリングの解説
1:07- 1番目の演奏(全曲)
アーメリングの解説(詩の解説)
3:59- 2番目の演奏(ピアノ前奏)
アーメリングの解説(ピアノ前奏について)
5:43- 2番目の演奏(冒頭から4行目まで)
アーメリングの解説
6:44- 2番目の演奏(第1連4行目"Eile nicht hinwegzufliehn!")
アーメリングの解説
7:36- 2番目の演奏(5行目"Tut sie dann vielleicht die Frage,")
アーメリングの解説
7:58- 2番目の演奏(5行目"Tut sie dann vielleicht die Frage,")
アーメリングの解説
8:30- 2番目の演奏(6行目"Wie es um mich Armen stehe;")
アーメリングの解説
9:10- 2番目の演奏(7行目"Sprich: »Unendlich war sein Wehe,")
アーメリングの解説(8行目"Höchst bedenklich seine Lage;"は暗い音色、次の9行目"Aber jetzo kann er hoffen,"で明るい音色)
10:06- 2番目の演奏(7行目"Sprich: »Unendlich war sein Wehe,")
アーメリングの解説
11:24- 2番目の演奏(11行目"Denn du, Holde, denkst an ihn.«")
12:38- 2番目の演奏(全曲)
アーメリングの解説(1番目と2番目の演奏者答え合わせ。次に聞く録音の演奏者について「これは男性用のテキストであることを忘れないでください」)
15:15- 男声による録音(全曲)
アーメリングの解説

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Botschaft, Op. 47 no. 1
 知らせ

Wehe, Lüftchen, lind und lieblich
Um die Wange der Geliebten,
Spiele zart in ihrer Locke,
Eile nicht hinwegzufliehn!
Tut sie dann vielleicht die Frage,
Wie es um mich Armen stehe;
Sprich: »Unendlich war sein Wehe,
Höchst bedenklich seine Lage;
Aber jetzo kann er hoffen,
Wieder herrlich aufzuleben,
Denn du, Holde, denkst an ihn.«
 そよ吹け、風よ、優しく、心地よく
 あの女性(ひと)の頬をかすめて。
 彼女の巻き毛にそっと戯れておくれ、
 急いで逃げ去ってしまっては駄目だよ!
 すると彼女はもしかしたら尋ねるかもしれない、
 かわいそうな僕がどうしているかと。
 そうしたら言っておくれ、「彼の悲しみは果てしなく続いていました。
 状況はきわめて重大です。
 でも今彼は望めます、
 再びすっかり元気を取り戻すことを。
 なぜならいとしいあなたが彼のことを気にかけてくれるからです」と。

詩:Georg Friedrich Daumer (1800-1875)
曲:Johannes Brahms (1833-1897)

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ブラームス/「打ち勝ちがたい(Unüberwindlich, Op. 72/5)」を聞く

Unüberwindlich, Op. 72/5
 打ち勝ちがたい

Hab' ich tausendmal geschworen
Dieser Flasche nicht zu trauen,
Bin ich doch wie neugeboren,
Läßt mein Schenke fern sie schauen.
 私は千回も誓った、
 この酒瓶を信用しないと、
 だが私は生まれたばかりのようになってしまう、
 私の酌人が遠くから瓶を見せてくると。

Alles ist an ihr zu loben,
Glaskristall und Purpurwein;
Wird der Propf herausgehoben,
Sie ist leer und ich nicht mein.
 すべては酒瓶をほめたたえるためのもの、
 クリスタルガラスに深紅のワイン、
 栓が抜かれると、
 瓶は空になり、私は自分を見失ってしまう。

Hab' ich tausendmal geschworen,
Dieser Falschen nicht zu trauen,
Und doch bin ich neugeboren,
Läßt sie sich ins Auge schauen.
 私は千回も誓った、
 この不実な女を信用しないと、
 だが私は生まれたての赤子になってしまう、
 この不実な女が目に入ると。

Mag sie doch mit mir verfahren,
Wie's dem stärksten Mann geschah.
Deine Scher' in meinen Haaren,
Allerliebste Delila!
 私に振る舞うというのならそうすればいい、
 最強の男の身にふりかかったように。
 おまえのはさみを私の髪に入れればいいさ、
 最愛のデリラよ!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Unüberwindlich", first published 1860
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Unüberwindlich", op. 72 (Fünf Gesänge) no. 5 (1875), published 1877 [voice and piano], Berlin, Simrock

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ブラームスの歌曲はともすると晦渋でとっつきにくいと思われがちですが、この曲を聴けば考えが変わるかもしれません。
ゲーテのテキストによる「打ち勝ちがたい(Unüberwindlich, Op. 72/5)」は、酒と女を断とうと誓ったのに結局その誘惑に打ち勝てなかった男の告白がユーモラスに描かれています。

ゲーテは、旧約聖書の士師記13章〜16章に登場するサムソンの話に関心を持っていて、ヘンデルのオラトリオ『サムソン』も知っていたということです(HyperionレーベルのGraham Johnsonによる解説による:リンクをクリックすると解説書のPDFがダウンロードされます。この曲の解説は22~23ページです)。この詩の最後にデリラ(Delila)という女性の名前が出てきますが、彼女はサムソンの妻で、第4連2行目の最強の男(dem stärksten Mann)であるサムソンの弱点が髪にあることを本人から聞き、寝ている間に髪を剃り、ペリシテ人に売り渡すという聖書の記述に基づいています(サン=サーンスのオペラ『サムソンとデリラ(Samson et Dalila)』ではその話が描かれています)。この詩の第4連3行目「私の髪におまえのはさみを入れればいいさ(Deine Scher' in meinen Haaren)」というのは、弱点をさらして彼女の誘惑に逆らう心を自ら差し出してしまうわけですね。酒と女に打ち勝つと千回(tausendmal)も誓ったのに結局その沼から抜け出す気持ちは毛頭ないということが分かります。

ブラームスはこの歌曲を1875/6にヴィーンで作曲し、作品72の5曲目として1877年7/8月に出版されました。

ピアノの前奏の冒頭左手パートに「D.Scarlatti」と記載されていますが、ブラームスはこの箇所にドメニコ・スカルラッティのソナタ ニ長調, K. 223, L. 214(Sonata in D major, K. 223, L. 214)の冒頭を移調して引用しています。

ドメニコ・スカルラッティ:ソナタ ニ長調, K. 223, L. 214(冒頭)

Scarlatti-sonata-k-223 

歌の冒頭も、スカルラッティの冒頭9音分の上下を再現しています(隣り合った音の音程は完全に同じではないですが、上下関係は一緒です)。
Unuberwindlich 

スカルラッティのソナタでは、この部分は冒頭にしかあらわれないのに対して、ブラームスはピアノ前奏、歌の冒頭と、さらに第2連、第4連の3行目でも引用し、しかも歌の冒頭箇所と違い、第2連、第4連の歌声部は隣り合った音の音程関係もスカルラッティの引用元と一致しています。何故この曲を引用したかについては分かりませんでした。ブラームスのお気に入りだったのでしょうか。
Photo_20231217151101 

曲の形式はA-B-A'-Bで、A'は前半がAの前半と異なり(後半2行はほぼ一緒です)、後半はAと一緒です。A'の直前のピアノパートに突然現れる左手バス音2つは、私の印象では裁判官が「静粛に」と言いながら打つ木槌のように感じました。

アッラ・ブレーヴェ (2/2拍子)
イ長調(A-dur)
Vivace

●ドメニコ・スカルラッティ:ソナタ ニ長調, K. 223, L. 214
Domenico Scarlatti: Sonata in D major, K. 223, L. 214
スコット・ロス(Harpsichord)
Scott Ross(Harpsichord)

引用元のD.スカルラッティのソナタを聞いてみましょう。早世したスコット・ロスはD.スカルラッティの膨大な鍵盤楽器作品の全集を残しています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)

歌、ピアノともにただただ脱帽の超名演!3連2行目の"Falschen(不実な女)"のディースカウの歌いぶりに注目してほしいです。

●テオ・アーダム(BR), ルドルフ・ドゥンケル(P)
Theo Adam(BR), Rudolf Dunckel(P)

アーダムのきっちりした持ち味と詩・曲のコミカルな要素が混ざり合い、ユニークな味わいを醸し出しています。

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ユストゥス・ツァイエン(P)
Thomas Quasthoff(BR), Justus Zeyen(P)

クヴァストホフは豊かな響きで曲のコミカルさを自然に表現していたと思います。

●アンドレアス・シュミット(BR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Andreas Schmidt(BR), Helmut Deutsch(P)

シュミットは真面目なキャラクターでまっすぐ表現しています。ドイチュの雄弁なピアノが素晴らしいです。

●マック・ハレル(BR), ブルックス・スミス(P)
Mack Harrell(BR), Brooks Smith(P)

マック・ハレル(1909-1960)は米国の往年のバリトン歌手で、私は初めて聞きましたがなかなかいいですね。J.ハイフェッツやR.リッチなど楽器奏者との共演のイメージが強いブルックス・スミスが歌手と共演した貴重な録音です。

●ジュリア・ブライアン(CA), ノエル・リー(P)
Julia Brian(CA), Noël Lee(P)

2004年録音。この曲の女声による歌唱は珍しいと思います。故ノエル・リーはソロも器楽アンサンブルも歌曲も満遍なく演奏するオールラウンダーでした。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

IMSLP:Keyboard Sonata in D major, K.223 (Scarlatti, Domenico)

Hyoerion Records: The Complete Songs, Vol. 6 - Ian Bostridge

Hyoerion Records: グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)の解説書(PDFファイル)

サムソン(Wikipedia)

デリラ(Wikipedia)

サムソン (ヘンデル)(Wikipedia)

サムソンとデリラ (オペラ)(Wikipedia):サン=サーンスのオペラ

士師記(Wikipedia)

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ブラームス/鼓手の歌(Tambourliedchen, Op. 69/5)を聞く

Tambourliedchen, Op. 69/5
 鼓手の歌

Den Wirbel schlag' ich gar so stark,
Daß euch erzittert Bein und Mark,
Drum denk' ich ans schön Schätzelein,
Blaugrau,
Blau,
Blaugrau,
Blau
Ist seiner Augen Schein.
 俺はこんなにも強くドラムロールする、
 あなたたちの身も心も震わせるほどに、
 だから美しい恋人のことを思い出してしまうんだ、
 ブルーグレー
 ブルー
 ブルーグレー
 ブルー
 はあの子の瞳の輝き。

Und denk' ich an den Schein so hell,
Von selber dämpft das Trommelfell,
Den wilden Ton, klingt hell und rein:
Blaugrau,
Blau,
Blaugrau,
Blau
Sind Liebchens Äugelein.
 そして明るいあの輝きのことを思うと
 太鼓の皮がおのずと
 荒々しい音を和らげ、明るく澄んだ響きになる。
 ブルーグレー
 ブルー
 ブルーグレー
 ブルー
 は恋人のかわいい瞳の色。
 
詩:Karl August Candidus (1817 - 1872), "Tambourliedchen"
曲:Johannes Brahms (1833 - 1897), "Tambourliedchen", op. 69 (Neun Gesänge) no. 5, published 1877

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私がクラシック音楽を聞き始めた頃はまだ学生で小遣いも少なかった為、FMラジオから流れてくるコンサートのライヴ放送がとても有難かったものです。ザルツブルク音楽祭のシーズンが終わると歌曲のコンサートがいくつか放送され、それをカセットテープに録音して繰り返し聞いたりしていました。F=ディースカウがヘルとブラームスのコンサートを催した時の放送もラジカセの前に鎮座してタイミングよく録音ボタンを押すべく奮闘したものでした。ディースカウは一般的によく歌われるブラームス歌曲だけでなく当時はかなり珍しかった曲を散りばめたプログラミングだったのが印象的でしたが、そんな中「夜に飛び起きて(Wie rafft ich mich auf in der Nacht)」や「エオリアンハープに寄せて(An eine Äolsharfe)」のようなとびきり素晴らしい作品に出合えて夢中になって聴いていました。「鼓手の歌」もこのディースカウ&ヘルのザルツブルク・ライヴ放送で初めて聞き、軽快で楽しい曲だなぁと印象に残っていました。

カール・アウグスト・カンディドゥスのテキストによるこの歌曲は1877年3月にヴィーンで作曲され、同年8月に出版されました。恋人と遠く離れてドラムロールを奏でる主人公はその荒々しい振動につい恋人のことを思い出してしまいます。その恋人の目の色が青灰色であることをリズミカルに歌います。青灰色(Blaugrau)というのはリンク先のような色のことだそうです。そして第2連では彼女の目の輝きを思い出しているうちに荒々しい太鼓の響きが明るい澄んだ響きに変わっていくと歌います。演奏が恋人の目に影響されるということですね。なんとも微笑ましい情景にも思えますが、太鼓を叩いているということは戦場にいる可能性もあります。マーラーのいくつかの歌曲を想起するまでもなく、死と隣り合わせの地でつかの間の夢想に浸っているという情景なのかもしれません。そうだとするとこの詩がただの明るい歌ではなく、空元気を出して自らを奮い立たせている若い兵士の悲哀がこめられているのかもしれないとすら思えてきます。

このテキストに付けたブラームスの音楽には悲劇的な要素はありません。ドラムロールを模したピアノパートに乗って、威勢よく元気に歌われる2節の有節歌曲として作曲されました。勝利の凱旋の太鼓なのかもしれませんね。Blaugrau blauと繰り返される"(b)lau"と"(g)rau"が韻を踏んで心地よい響きを作っています。外国人の歌手にとっては"l"と"r"の訓練にもなりますね。

アッラ・ブレーヴェ (2/2拍子)
イ長調(A-Dur)
Sehr lebhaft (非常に生き生きと)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)

ディースカウは威勢のいいところと恋人を思い起こすところの表情の違いが印象的でした。バレンボイムの切れ味鋭いピアノは、この太鼓叩きが物凄い名手に聞こえてきます。

●エルンスト・ヘフリガー(T), ヘルタ・クルスト(P)
Ernst Haefliger(T), Hertha Klust(P)

ヘフリガーの折り目正しい歌が主人公の性格を想起させて楽しいです。

●テオ・アーダム(BR), ルドルフ・ドゥンケル(P)
Theo Adam(BR), Rudolf Dunckel(P)

アーダムの「武士のよう」と形容される佇まいがこの歌曲に気品を与えていました。ドゥンケルの雄弁なピアノも魅力的でした。

●シュテファニー・イラーニ(MS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Stefanie Irányi(MS), Helmut Deutsch(P)

イラーニの表情の細やかさとドイチュの完璧な表現力で素敵な演奏でした。

●マリ=ニコル・ルミュー(CA), マイクル・マクマホン(P)
Marie-Nicole Lemieux(CA), Michael McMahon(P)

茶目っ気のある語り口がなんとも魅力的なルミューの歌でした。

●アンドレアス・シュミット(BR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Andreas Schmidt(BR), Helmut Deutsch(P)

シュミットは丁寧な歌いぶりで、ここでもドイチュが見事なまでにドラムの響きを表現しています。

●ウィリアム・パーカー(BR), ウィリアム・ハッカビー(P)
William Parker(BR), William Huckaby(P)

ウィリアム・パーカーはEMIのプーランク歌曲全集に参加していた人ですが、ドイツリートも見事にこなしています。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Deutsche Biographie (Candidus, Carl August)

Münchener Digitalisierung Zentrum - Candidus, Karl August: Gedichte eines Elsässers (テキスト)

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ブラームス:リートとゲザングOp.32(Brahms: Lieder und Gesänge, Op. 32)全曲

これまでブラームスの『リートとゲザングOp.32(Lieder und Gesänge, Op. 32)』を1曲ずつ聞いてきました。ちなみにリートとゲサングという言葉はどちらも「歌」を意味し、それほど厳密な区別がされているわけではないのですが、おおまかに言って前者が有節歌曲、後者が通作歌曲を指すことが多いようです。日本語でも同じような意味の言葉をつなげたりすることがありますが、それに近いのかなぁと思っています(あくまで個人的な所感です。違っていたらすみません)。

1. Wie rafft' ich mich auf in der Nacht
なんと私は夜中に飛び起きた
テキスト:August von Platen (1796-1835)
作曲:September 1864, Baden-Baden

2. Nicht mehr zu dir zu gehen
もう君のもとに行くまいと
テキスト:Georg Friedrich Daumer (1800-1875) "Hafis: Eine Sammlung persischer Gedichte"
作曲:September 1864, Baden-Baden

3. Ich schleich umher
私はあたりを忍び歩く
テキスト:August von Platen (1796-1835)
作曲:September 1864, Baden-Baden

4. Der Strom, der neben mir verrauschte
僕のそばを流れ去った大河
テキスト:August von Platen (1796-1835)
作曲:September 1864, Baden-Baden

5. Wehe, so willst du mich wieder
つらいことに、こうしてあなたは私を再び
テキスト:August von Platen (1796-1835)
作曲:September 1864, Baden-Baden

6. Du sprichst, dass ich mich täuschte
きみは言う、僕が思い違いをしていたと
テキスト:August von Platen (1796-1835)
作曲:September 1864, Baden-Baden

7. Bitteres zu sagen, denkst du
辛辣なことを言ってやろうときみは思っている
テキスト:Georg Friedrich Daumer (1800-1875) "Hafis: Eine Sammlung persischer Gedichte"
作曲:September 1864, Baden-Baden

8. So steh'n wir, ich und meine Weide
こうして僕らは立っている、僕と僕の喜びである彼女は
テキスト:Georg Friedrich Daumer (1800-1875) "Hafis: Eine Sammlung persischer Gedichte"
作曲:September 1864, Baden-Baden

9. Wie bist du, meine Königin
なんとあなたは、僕の女王よ
テキスト:Georg Friedrich Daumer (1800-1875) "Hafis: Eine Sammlung persischer Gedichte"
作曲:September 1864, Baden-Baden

9曲まとめてLPやCDに録音している音源をリスト化してみました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)
レーベル:His Master's Voice; Angel Records; EMI Electrola
録音:21-22 March 1964, Studio Zehlendorf
Discogs

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)
レーベル:Deutsche Grammophon
録音:March 1978, Studio Lankwitz, Berlin
Deutsche Grammophon - Complete Lieder Recordings on DG - CD 7
Discogs

●オラフ・ベーア(BR), ジェフリー・パーソンズ(P)
Olaf Bär(BR), Geoffrey Parsons(P)
レーベル:EMI; ETERNA
録音:April 1987, Studio Lukaskirche, Dresden
Discogs

●ジョゼ・ヴァン・ダム(BR), マチェイ・ピクルスキー(P)
José van Dam(BR), Maciej Pikulski(P)
レーベル:Forlane
録音:décembre 1994, Théâtre Jean Lurçat d'Aubusson
Discogs
Amazon

●アンドレアス・シュミット(BR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Andreas Schmidt(BR), Helmut Deutsch(P)
レーベル:cpo (Brahms - Complete Edition, Vol. 2)
録音:August, December 1996
Discogs

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ユストゥス・ツァイエン(P)
Thomas Quasthoff(BR), Justus Zeyen(P)
レーベル:Deutsche Grammophon
録音:Oct. 1999, Teldec Studio, Berlin
Deutsche Grammophon

●イアン・ボストリッジ(T), グレアム・ジョンソン(P)
Ian Bostridge(T), Graham Johnson(P)
レーベル:Hyperion Records (Brahms - The Complete Songs, Vol. 6)
録音:3-5 June 2013, All Saints' Church, East Finchley, London
Hyperion Records

●マティアス・ゲルネ(BR), クリストフ・エッシェンバハ(P)
Matthias Goerne(BR), Christoph Eschenbach(P)
レーベル:harmonia mundi
録音:April 2013 & December 2015, Teldex Studio Berlin
Discogs

●サイモン・ウォルフィッシュ(BR), エドワード・ラッシュトン(P)
Simon Wallfisch(BR), Edward Rushton(P)
レーベル:Resonus Classics (Songs of Loss and Betrayal)
録音:25-27 November 2019, St John the Evangelist, Oxford
Resonus Classics

●ヤニナ・ベヒレ(MS), マルクス・ハドゥラ(P)
Janina Baechle(MS), Markus Hadulla(P)
レーベル:Capriccio
Capriccio
Discogs

●クリストフ・プレガルディアン(T), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Christoph Prégardien(T), Ulrich Eisenlohr(P)
レーベル:NAXOS (Brahms: Complete Songs, 1)
録音:21-24 September 2020, Hans-Rosbaud-Studio, SWR, Baden-Baden
NAXOS

●コンスタンティン・クリンメル(BR), エレーヌ・グリモー(P)
Konstantin Krimmel(BR), Hélène Grimaud(P)
レーベル:Deutsche Grammophon (For Clara)
録音:28-30 August 2022, Turbine Hall at Lake Stienitz
Universal Music Japan

★抜粋だが曲数が多い録音

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヘルタ・クルスト(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hertha Klust(P)
レーベル:His Master's Voice; Angel Records
録音:25 May 1955, Berlin-Zehlendorf
Op.32/1,2,3,4,6,5,9
Discogs

●リュート・ファン・デル・メール(BR), ルドルフ・ヤンセン(P)
Ruud van der Meer(BR), Rudolf Jansen(P)
レーベル:ottavo
録音:21,22 & 27 Dec. 1986, 'de Doelen', Rotterdam
Op.32/1,2,3,4,5,6,9
Muziekweb

★YouTubeで聴けるOp.32全曲

●ヴォルフガング・シュヴァイガー(BR), バルバラ・モーザー(P)
Wolfgang Schwaiger, Bariton - Brahms op 32
Wolfgang Schwaiger, baritone
Barbara Moser, piano

Channel名:Wolfgang Stefan Schwaiger(オリジナルの動画サイトはこちら:音が出ますので注意!)

●Hélène Grimaud, Konstantin Krimmel – Brahms: Lieder & Gesänge Op. 32: 7. Bitteres zu sagen denkst du

Channel名:Deutsche Grammophon - DG (オリジナルのサイトはこちら:音が出ますので注意!)

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(参考)

Hyperion Records (Lieder und Gesänge, Op 32)

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ブラームス/「なんとあなたは、僕の女王よ(Wie bist du, meine Königin, Op. 32, No. 9)」を聞く

Wie bist du, meine Königin, Op. 32, No. 9
 なんとあなたは、僕の女王よ

Wie bist du, meine Königin,
Durch sanfte Güte wonnevoll!
Du lächle nur, Lenzdüfte wehn
Durch mein Gemüte, wonnevoll!
 なんとあなたは、僕の女王よ、
 穏やかで親切な気質によって喜びに満ちていることか!
 あなたが微笑むだけで、春の香りが
 僕の心を吹き抜けて、喜びに溢れるのだ!

Frisch aufgeblühter Rosen Glanz,
Vergleich ich ihn dem deinigen?
Ach, über alles, was da blüht,
Ist deine Blüte wonnevoll!
 咲いたばかりのバラの輝き、
 それを私はあなたの輝きと比べようか。
 ああ、ここに咲いているすべてにまさって
 あなたという花は喜びにあふれている!

Durch tote Wüsten wandle hin,
Und grüne Schatten breiten sich,
Ob fürchterliche Schwüle dort
Ohn Ende brüte, wonnevoll!
 荒涼とした砂漠を歩いて行くと、
 緑の陰が広がっている、
 そこではひどい蒸し暑さに
 果てしなく襲われているのに、喜びに満ちている!

Laß mich vergehn in deinem Arm!
Es ist in ihm ja selbst der Tod,
Ob auch die herbste Todesqual
Die Brust durchwüte, wonnevoll!
 僕をあなたの腕の中で死なせてください!
 その腕の中では、死さえも、
 最もつらい死の苦痛が
 胸を荒れ狂っていたとしても、喜びいっぱいなのだ!

詩:Georg Friedrich Daumer (1800-1875), no title, appears in Hafis - Eine Sammlung persischer Gedichte, in Hafis, first published 1846
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Wie bist du, meine Königin", op. 32 (Neun Lieder und Gesänge) no. 9, published 1865 [ voice and piano ], Winterthur, Rieter-Biedermann

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ダウマーとプラーテンの詩によるブラームスの『リートとゲザング(Lieder und Gesänge)』Op. 32の9曲目(最終曲)はハーフィズの詩のダウマー独訳による「なんとあなたは、僕の女王よ(Wie bist du, meine Königin, Op. 32, No. 9)」です。ブラームスの全歌曲の中で最もよく歌われる人気の高い作品です。

テキストは、主人公の愛する「わが女王様」(恋人をたてた呼び方とも実際に高貴な身分の女性とも解釈できると思います)がいかに喜びに満ちているかを描いています。まず穏やかな気質を褒め、次に微笑みを称え、さらに彼女の輝きはどんなバラにもまさっていて、猛烈に蒸し暑く生き物もいないような荒地でも喜びにあふれていて、あなたの腕の中では死ぬ時でさえ喜びいっぱいだと言います。Op.32の直前の2曲と異なり、分かりやすいラブソングですね。

ブラームスは、歌冒頭の3音を展開した美しい5小節のピアノ前奏で曲を始め、同じ音楽を間奏でも用います。
歌はA-A'-B-A''の変形有節形式で、死んだような荒地を歩く時の様子を描いた第3連のみ暗い影がさしますが、全体的に甘い(dolceが2回指示されます)雰囲気で進んでいきます。ピアノは歌と同音(厳密には1オクターブ上)をなぞったり、デュエットを奏でたり、歌を先取りしたりして、付いたり離れたりの塩梅がなかなか素敵です。

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この曲のピアノパートの中に、1つの音の上にクレッシェンドとデクレッシェンドが付いている箇所がいくつかあります。デクレッシェンドは何もしなくても打鍵した後は減衰していくので問題ないとして、クレッシェンドはどう解釈したらよいのでしょう。一つの可能性としてはアルペッジョにしたり、左手を右手より少し先に弾くことで音数が増えることによるクレッシェンドの効果が多少出るのではないかと思われます。

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ブラームスは言葉に対する音楽のつけ方が無頓着と言われがちで、実際そういう面もあるのですが、この曲の1,2,4連の各2行目冒頭を見てみましょう。

1連
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2連
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3連
5a 
5b 

1,2連は冒頭の言葉(durch, vergleich)の前に十六分休符があり、3連(es)は休符なしでいきなり八分音符で歌うようになっています。
1連のdurchは前置詞、2連のvergleichのver-は弱音節であるのに対して、3連のesは主語(意味のない形式的な主語ですが)なので、3連は後続の音節と同じ音価(長さ)を与えているのだと思われます。ちょっとしたところにブラームスのこだわりが見えて興味深いです。

第3節のピアノパートにも興味深いところがあります。
詩行「Durch tote Wüsten wandle hin(荒涼とした砂漠を歩いて行くと)」のピアノパートは右手と左手がユニゾン(同じ音。厳密には1オクターブの関係)で進み、和音の飾りのない丸裸な音を用いることで、死んだように何もない砂漠をとぼとぼ歩く様子が浮かんでくるのではないでしょうか。
さらに「Ob fürchterliche Schwüle dort(そこではひどい蒸し暑さに)」という箇所の各小節冒頭の左手の2音が9度音程という不協和音で、そのうえsf(スフォルツァンド)で強調され、右手はシンコペーションを刻み、否が応でも蒸し暑さの不快感が増幅される仕組みになっています。
こういうブラームスの仕掛けを知るとさらに曲を聴くのが楽しくなるのではないでしょうか。

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この曲は古今東西の名歌手、名伴奏者たちが多く録音していますので、下に挙げたものはあくまで一例に過ぎません。他にも優れた録音があると思いますので、動画サイトや音楽アプリ、CDなどで聞いてみるのもいいかもしれません。

3/8拍子
変ホ長調(Es-Dur)
Adagio

●ズィークフリート・ローレンツ(BR), ヘルベルト・カリガ(P)
Siegfried Lorenz(BR), Herbert Kaliga(P)

なんと柔らかい声!!ローレンツが1970年にブダペストのコンクールに出場した時の録音らしいです。彼は後にシェトラーと素晴らしいブラームス歌曲集の録音をリリースし、そこでの演奏も素晴らしいですが、初期のこの若々しい声はこの作品の"wonnevoll(喜びに満ちた)"を見事に表現していると思います。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライのこの温かい美声で聞いてしまうと、彼のために書かれた曲のように思えてきます。最終節の"wonnevoll"のソットヴォーチェをお聞き逃しなく!ホカンソンが実に美しく歌っているのも聞きものです。

●ハンス・ホッター(BSBR), ジェラルド・ムーア(P)
Hans Hotter(BSBR), Gerald Moore(P)

ホッターの歌は本当に「喜び」があふれ出している名唱です!!ムーアは滴がしたたり落ちるような美しい音で、聞きほれます。このコンビのブラームス歌曲集(EMI)は以前から高く評価されてきましたので、おすすめです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヘルタ・クルスト(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hertha Klust(P)

ディースカウ初期の甘美な歌が聞けます。

●コンスタンティン・クリンメル(BR), エレーヌ・グリモー(P)
Konstantin Krimmel(BR), Hélène Grimaud(P)

グリモーが思い入れ強めにテンポを揺らし、両手のタイミングの意図的なずらし(歌曲ピアニストがよく用いる手法)で彩る中、クリンメルは若いつやのある声で爽やかに歌っていて、両者の持ち味の違いがいい方向にいっていたと思います。

●ミヒャエル・フォレ(BR), カール=ペーター・カンマーランダー(P)
Michael Volle(BR), Karl-Peter Kammerlander(P)

フォレは深みと爽快さの両方を併せ持った声をしていて、惹きつけられました。

●テオ・アーダム(BS), ルドルフ・ドゥンケル(P)
Theo Adam(BR), Rudolf Dunckel(P)

アーダムは気品ある実直な歌いぶりが真に感動的で、リート歌手として再評価されてほしい歌手の一人です。ドゥンケルとも長年の共演で見事なアンサンブルを聞かせてくれます。

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ユストゥス・ツァイエン(P)
Thomas Quasthoff(BR), Justus Zeyen(P)

クヴァストホフの律儀な歌いぶりがツァイエンの丁寧なサポートと共にこの主人公によく合っているように感じました。

●マティアス・ゲルネ(BR), クリストフ・エッシェンバハ(P)
Matthias Goerne(BR), Christoph Eschenbach(P)

抑制した表現を聞かせるゲルネは静かな情熱を秘めた歌唱と感じました。エッシェンバハも響きが美しかったです。

●ラファエル・フィンガーロス(BR), サーシャ・エル・ムイスィ(P)
Rafael Fingerlos(BR), Sascha El Mouissi(P)

2023年5月21日Gmundenでのライヴ映像とのことです。演奏する姿を見ながら聞くと、この詩と音楽が訴えかけてくる力の強さをさらにまざまざと感じます。両者ともいい演奏でした。

●ゲルハルト・ヒュッシュ(BR), ハンス・ウード・ミュラー(P)
Gerhard Hüsch(BR), Hanns Udo Müller(P)

ヒュッシュは真摯な歌ですね。ドイツ語のディクションの格調の高さも素晴らしいです。

●ハインリヒ・シュルスヌス(BR), ゼバスティアン・ペシュコ(P)
Heinrich Schlusnus(BR), Sebastian Peschko(P)

シュルスヌスの流麗な歌は、魔術的です。

●ロッテ・レーマン(S), ポール・ウラノウスキー(P)
Lotte Lehmann(S), Paul Ulanowsky(P)

感情豊かなレーマンの歌は"wonnevoll"のポルタメントに彼女らしさがよくあらわれていました。

●フランツ・シュタイナー(BR), ピアニスト名不詳
Franz Steiner(BR), unidentified pianist

1911年録音。ピアニストの名前が記載されない時代の録音。この時代の演奏様式を知る意味でも貴重な録音だと思います。伸縮自在でのめり込むような歌ですね。

●ピアノパートのみ(piano: Mariya Broytman)
Johannes Brahms, Wie bist du, meine Königin, E flat major, Piano Accompaniment, no voice (piano: Mariya Broytman)

Channel名:accompaniment piano(元のサイトはこちら:リンク先は音が出ますので注意!)
ピアノパートにテキストの内容をいかに反映させているかが分かります。

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(参考)

The LiederNet Archive (テキスト)

IMSLP (楽譜)

Wikipedia (Georg Friedrich Daumer) (英語)

Wikipedia (Georg Friedrich Daumer) (独語)

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ブラームス/「こうして僕らは立っている、僕と僕の喜びである彼女は(So stehn wir, ich und meine Weide, Op. 32, No. 8)」を聞く

So stehn wir, ich und meine Weide, Op. 32, No. 8
 こうして僕らは立っている、僕と僕の喜びである彼女は

So stehn wir, ich und meine Weide,
So leider miteinander beide.
 こうして僕らは立っている、僕と僕の喜びである彼女は、
 残念なことに二人一緒に。

Nie kann ich ihr was tun zu Liebe,
Nie kann sie mir was tun zu Leide.
 僕は彼女を愛してあげることが出来ず、
 彼女は僕を苦しめることが出来ない。

Sie kränket es, wenn ich die Stirn ihr
Mit einem Diadem bekleide;
 彼女は気分を害するんだ、僕が彼女の額に
 ダイアデム冠をかぶせると。

Ich danke selbst, wie für ein Lächeln
Der Huld, für ihre Zornbescheide.
 僕は、好意の微笑みを向けられた時と同じように、
 彼女が怒りをあらわしてくれることにすら感謝している。

詩:Georg Friedrich Daumer (1800-1875), no title, appears in Hafis - Eine Sammlung persischer Gedichte, in Hafis, first published 1846
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "So stehn wir, ich und meine Weide", op. 32 (Neun Lieder und Gesänge) no. 8 (1864), published 1865 [ voice and piano ], Winterthur, Rieter-Biedermann

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ダウマーとプラーテンの詩によるブラームスの『リートとゲザング(Lieder und Gesänge)』Op. 32の8曲目はハーフィズの詩のダウマー独訳による「こうして僕らは立っている、僕と僕の喜びである彼女は(So stehn wir, ich und meine Weide, Op. 32, No. 8)」です。この曲も第7曲と同じ系統で、テキストは気まずい瞬間の恋人同士のようですが、音楽は穏やかな愛の歌です。慎ましやかに始まり、消え入るように終わるこの曲はリートを聞く醍醐味を味わわせてくれると思います。

この詩の主人公は「僕の喜び(meine Weide)」である彼女と一緒に立っています。それならば一緒にいられて嬉しいはずなのに「残念なことに(leider)」という副詞が添えられています。何が残念なのかというと、主人公は彼女を怒らせてしまったようなのです。僕は彼女に愛を示してあげたいのにそう受け取ってもらえず、一方で彼女は僕を苦しめてやりたいと思っているのに、僕にとってはちっとも苦しみではないという状況です。彼女が怒った原因は主人公が彼女にダイアデムと呼ばれるヘッドバンド(冠)をかぶせようとしたことにあるようです。本当に怒っているのか、単なる恋人同士の戯れなのかは詩を読む人に任されているのでしょうが、少なくともブラームスは後者と判断したと思います。そうでなければ、こんなに甘い恋の歌になるはずがないからです。主人公は「好意の微笑み」と同様に「怒りの通知」にも感謝すると述べています。怒っているということをはっきり示してくれるのは主人公にとっては有難いのですね。締めに冒頭の「二人一緒に(miteinander beide)」が繰り返されるのですが、"dolce poc a poco(少しずつ甘く)"という指示があり、ブラームスはここからピアノ後奏までで二人が仲直りをしたことを暗示しているかのようです。

ピアノパート右手の休符で始まる三連符は常に上行の動きで、心臓の鼓動のようにも聞こえます。特に第4連で「彼女が怒りをあらわしてくれる(ihre Zornbescheide)」と歌った後に休符後の2つの音がオクターブにまで広がり、鼓動が激しくなっている様が反映されているような気がしました。

Ex-1 
Ex-2

一方ピアノの左手は、歌の冒頭2小節の下降音型に由来してたびたび現れますが、特に曲の締めくくり箇所から後奏にかけては一貫して使われています。

曲の冒頭
Ex-3 

曲の最後
Ex-4 

アッラ・ブレーヴェ (2/2拍子)
変イ長調(As-Dur)
In gehender Bewegung (歩く動きで)

●コンスタンティン・クリンメル(BR), エレーヌ・グリモー(P)
Konstantin Krimmel(BR), Hélène Grimaud(P)

クリンメルの穏やかな歌はこの主人公が実は悩んでいるわけではないことを示しているかのようです。

●マティアス・ゲルネ(BR), クリストフ・エッシェンバハ(P)
Matthias Goerne(BR), Christoph Eschenbach(P)

ゲルネの包み込むような歌できっとお相手の機嫌も直ってしまったことでしょう。

●インゲボルク・ダンツ(MS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Ingeborg Danz(MS), Helmut Deutsch(P)

ダンツの温かみのある歌唱とドイチュの細やかなピアノが心地よい雰囲気を醸し出していました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)

感情表現のきめ細やかさがさすがディースカウと言うほかないです。

●アンドレアス・シュミット(BR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Andreas Schmidt(BR), Helmut Deutsch(P)

シュミットのまっすぐな歌いぶりは、こういう曲にとても合っていました。

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(参考)

The LiederNet Archive (テキスト)

IMSLP (楽譜)

Wikipedia (Georg Friedrich Daumer) (英語)

Wikipedia (Georg Friedrich Daumer) (独語)

Wikipedia (ダイアデム (冠)) (日本語)

Wikipedia (Diadem) (独語)

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ブラームス/「辛辣なことを言ってやろうときみは思っている(Bitteres zu sagen denkst du, Op. 32, No. 7)」を聞く

Bitteres zu sagen denkst du, Op. 32, No. 7
 辛辣なことを言ってやろうときみは思っている

Bitteres zu sagen denkst du;
Aber nun und nimmer kränkst du,
Ob du noch so böse bist.
Deine herben Redetaten
Scheitern an korall'ner Klippe,
Werden all zu reinen Gnaden,
Denn sie müssen, um zu schaden,
Schiffen über eine Lippe,
Die die Süße selber ist.
 辛辣なことを言ってやろうときみは思っている、
 でもきみが傷つけることなど今後絶対に出来ない、
 きみがまだ腹を立てていたとしても。
 きみの容赦ない言葉攻めは
 サンゴの岩礁で座礁してしまうだろう、
 みな清らかな好意に変わってしまうのだ、
 なぜなら、傷つけようとするには
 甘美さそのものである唇を通って
 言葉が渡航しなければならないのだから。

詩:Georg Friedrich Daumer (1800-1875), no title, appears in Hafis - Eine Sammlung persischer Gedichte, in Hafis, first published 1846
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Bitteres zu sagen denkst du", op. 32 (Neun Lieder und Gesänge) no. 7 (1864), published 1865 [ voice and piano ], Winterthur, Rieter-Biedermann

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ダウマーとプラーテンの詩によるブラームスの『リートとゲザング(Lieder und Gesänge)』Op. 32の7曲目はハーフィズの詩のダウマー独訳による「辛辣なことを言ってやろうときみは思っている(Bitteres zu sagen denkst du, Op. 32, No. 7)」です。これまでOp.32の最初の6曲はどれも重々しく深刻な作品ばかりでしたので、第7曲で突然雲が晴れたかのように穏やかなラブソングになり、聞き手もほっと一息つけるのではないかと思います。

ダウマーのテキストは、君が私に腹を立てて辛辣な言葉を発しようとしているけれど、それで私を傷つけることなど出来ない、なぜなら君の唇は甘美さそのものなので、言葉が唇を通ると好意に変わってしまうから、という何とも微笑ましい内容になっています。相手に何を言われてもすべて愛の言葉に変換してしまえる超プラス思考な主人公なのか、それとも罵詈雑言を言われれば言われるほど嬉しくなるマゾヒスティックな性向の持ち主なのか、ひどいことを言われても相手と一緒にいるだけで嬉しくなってしまうとびきり大きな寛容さをもっているのか、それともお相手が文句を言おうとしても唇を通って発する時に本当に優しい言葉になってしまうのか、いずれにせよ、この主人公が相手の唇を「甘美さそのもの(die Süße selber)」と言ってしまえるほどにべた惚れなのかもしれませんね。もう一つ、このテキストを相手の前で言って、怒っている相手のご機嫌をとろうとしている可能性もありますが、ブラームスの音楽を聞く限り、ブラームスはこの主人公と相手の関係は極めて良好だと解釈したように思われます。ピアノパートにも「dolce(甘く)」という指示が3回も出てくるくらいですから、恋人同士ののろけ話とブラームスはとらえたのかもしれませんね。

ピアノパートの右手高音はほぼ歌声部の旋律をなぞり、左手の八分音符のリズムと高低の動きも前奏1小節目の形をほぼ全体にわたって使っています。

Bitteres-zu-sagen

C (4/4拍子)
ヘ長調(F-Dur)
Con moto, espressivo ma grazioso (動きをつけて、表情豊かに、だが優美に)

●コンスタンティン・クリンメル(BR), エレーヌ・グリモー(P)
Konstantin Krimmel(BR), Hélène Grimaud(P)

クリンメルの甘い美声は、この主人公のイメージによく合っているように感じました。

●ヤンニク・デーブス(BR), ヤン・シュルツ(Fortepiano)
Yannick Debus(BR), Jan Schultsz(Fortepiano)

デーブスの歌は優しさと強さの両面を感じさせます。

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ユストゥス・ツァイエン(P)
Thomas Quasthoff(BR), Justus Zeyen(P)

クヴァストホフは声の色合いが魅力的で、こういう穏やかな作品に向いているように思います。

●マティアス・ゲルネ(BR), クリストフ・エッシェンバハ(P)
Matthias Goerne(BR), Christoph Eschenbach(P)

ゲルネの包容力のある声で、相手をしっかり包み込んであげたかのようです。

●レネケ・ライテン(S), ハンス・アドルフセン(P)
Lenneke Ruiten(S), Hans Adolfsen(P)

アーメリング門下のオランダのソプラノ、ライテンはオペラ、リートともに活躍しています。その清楚な歌声はクリスティーネ・シェーファーを思い起こさせます。このテキストは代名詞で性が特定されていないので、男女どちらでも歌えます。相手の機嫌をとるのに慣れている風な穏やかな歌いぶりでした。

●エリーザベト・シューマン(S), レオ・ローゼネク(P)
Elisabeth Schumann(S), Leo Rosenek(P)

しっとりと味わい深く歌うシューマンの歌唱からは、相手とじっくり向き合っていつのまにか相手の機嫌が直ってしまったような印象を受けました。

●ロッテ・レーマン(S), パウル・ウラノフスキー(P)
Lotte Lehmann(S), Paul Ulanowsky(P)

ポルタメントを使ったロッテ・レーマンの歌は、年下の彼氏に向けて大人の余裕で機嫌を直してしまったかのようです。

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(参考)

The LiederNet Archive (テキスト)

IMSLP (楽譜)

Wikipedia (Georg Friedrich Daumer) (英語)

Wikipedia (Georg Friedrich Daumer) (独語)

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ブラームス/「きみは言う、僕が思い違いをしていたと(Du sprichst, daß ich mich täuschte, Op. 32, No. 6)」を聞く

Du sprichst, daß ich mich täuschte, Op. 32, No. 6
 きみは言う、僕が思い違いをしていたと

Du sprichst, daß ich mich täuschte,
Beschworst es hoch und hehr,
Ich weiß ja doch, du liebtest,
Allein du liebst nicht mehr!
 きみは言う、僕が思い違いをしていたと
 きみは神かけてそう誓った、
 きみが僕を愛していたことは僕も知っている、
 だが、今はもうきみは愛していないのだ!

Dein schönes Auge brannte,
Die Küsse brannten sehr,
Du liebtest mich, bekenn es,
Allein du liebst nicht mehr!
 きみの美しい瞳は輝いていて、
 キスはとても燃え盛っていた、
 きみが僕を愛していたことは認めるよ、
 だが、今はもうきみは愛していないのだ!

Ich zähle nicht auf neue,
Getreue Wiederkehr;
Gesteh nur, daß du liebtest,
Und liebe mich nicht mehr!
 私は当てにしていない、あらためて
 誠実に戻って来るなどということを、
 白状しておくれ、きみはかつては愛していたが、
 今はもう僕を愛していないと!

詩:August von Platen-Hallermünde (1796-1835), no title, appears in Lieder und Romanzen, first published 1819
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Du sprichst, daß ich mich täuschte", op. 32 (Neun Lieder und Gesänge) no. 6 (1864), published 1865 [ voice and piano ], Winterthur, Rieter-Biedermann

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ダウマーとプラーテンの詩によるブラームスの『リートとゲザング(Lieder und Gesänge)』Op. 32の6曲目はプラーテンのテキストによる「きみは言う、僕が思い違いをしていたと(Du sprichst, daß ich mich täuschte, Op. 32, No. 6)」です。

詩のリズムは弱強格(Jambus)で統一されています。ブラームスも詩のリズムに則った旋律を付けています。

主人公の恋人が昔は確かに私のことを愛していて瞳は輝き、キスも情熱的だったが、今はもう愛していないことを知っている、白状してほしいと相手に詰め寄ります。

「愛する」の過去形(du liebtest)と現在形(du liebst)の違いによって、以前は愛してくれていたのに、今はもう愛していないよね、知っているよ、と言っているわけです。
おそらくそれは事実なのでしょう。相手は否定しているのか、もしくは答えを曖昧に濁している様子です。一方で主人公は相手が今でも本当に愛していると言ってくれることを期待しているという一面も否定できないのではないでしょうか。

ブラームスの曲は変形有節形式と言ってもよさそうです。基本的に第1連の音楽が他の連でも核になっていますが、それぞれ展開していきます。第2連の最初の2行で過去の甘い思い出を語りますが、ここでは長調の響きになります。その後、すぐに短調に戻り、主人公の深刻な心情が描かれます。第3連は最終行の詩行(きみはもう愛していない)を繰り返し、歌は解決しないまま終わり、ピアノが短い後奏でクライマックスを築き「f(フォルテ)」のまま終わります。最後の右手は単音を「f」で弾くことになり、和音で飾り立てないむき出しの感情がここで表現されているように思います。最後はハ短調の主和音で終わると思いきや4小節ほど前から「ド」の音にナチュラルが付けられていて(変ホ→ホ:Es→E)、長和音で終わることになります。最後の和音だけというわけではなく、数小節にわたってドがナチュラルで半音上がっているのですが、明るい希望は一切見えず、鬱屈した感情のまま終了します。最後の小節の2番目の音はハ音(C)とニ音(D)の短2度がぶつかり、緊張感を印象づけます。
この短い後奏でどれほどのドラマを表現するかはピアニストにかかっていると思います。

ピアノパートは少なくない箇所で拍を休符で始めているのが印象的です(下の譜例赤枠)。かつて愛し合った恋人を前にして多少の躊躇を感じながら気持ちを伝えようとしているのかもしれません。前奏から歌の箇所を経て、間奏、後奏に至るまで執拗にピアノパートに現れる三連符は、主人公の心の中から消えない執着心のようなものを私はイメージしました。

Du-sprichst 

前奏や間奏の左手バス音はハ短調の根音のCの音を保続しています。相手が自分を愛していないという確信が揺るぎないものである様を表現しているのでしょうか。

前奏
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第1連
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第2連
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第3連
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後奏
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C (4/4拍子)
ハ短調(c-moll)
Andante con moto

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

若かりし頃のディースカウの甘い声で歌われる恨み節も素晴らしいです。

●クリスティアン・エルスナー(T), ブルクハルト・ケーリング(P)
Christian Elsner(T), Burkhard Kehring(P)

深みを増したテノールのエルスナーの低声部まで充実した響きに魅せられました。

●コンスタンティン・クリンメル(BR), エレーヌ・グリモー(P)
Konstantin Krimmel(BR), Hélène Grimaud(P)

クリンメルのつややかで若さあふれる美声が主人公の一途な様を彷彿とさせ、グリモーの熟したピアノが内面の激情を強く表現しています。

●ヤニナ・ベヒレ(MS), マルクス・ハドゥラ(P)
Janina Baechle(MS), Markus Hadulla(P)

ベヒレは細やかな情感表現を素晴らしく聞かせてくれて感動的でした。

●ジュリー・カウフマン(S), ドナルド・サルゼン(P)
Julie Kaufmann(S), Donald Sulzen(P)

原調による演奏。普段低く移調した演奏で聞き慣れている為、とても新鮮でした。女声が歌っても内容的に全く問題ないと思います。

●サイモン・ウォルフィッシュ(BR), エドワード・ラッシュトン(P)
Simon Wallfisch(BR), Edward Rushton(P)

ウォルフィッシュは高音で痛々しいほど生の感情をむき出しにして聞き手を主人公の内面に引きずりこみます。

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ユストゥス・ツァイエン(P)
Thomas Quasthoff(BR), Justus Zeyen(P)

クヴァストホフは例えば第2連のクライマックスの"liebst"をあえて柔らかく歌うことで、主人公の意固地になっていた気持ちの中の迷いを表現していたように感じました。ツァイエンは雄弁な演奏でした。

●ローマン・トレーケル(BR), オリヴァー・ポール(P)
Roman Trekel(BR), Oliver Pohl(P)

リートの名手トレーケルは、各連のクライマックスでテンポを速め、全体の設計を違和感なく構築していました。

●クリストフ・プレガルディアン(T), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Christoph Prégardien(T), Ulrich Eisenlohr(P)

プレガルディアンはさすがにスタイリッシュな魅力がありますね。

●マティアス・ゲルネ(BR), クリストフ・エッシェンバハ(P)
Matthias Goerne(BR), Christoph Eschenbach(P)

ゲルネは思いつめたように引きずって歌っています。エッシェンバハは後奏の最後の1音までフォルテを貫いていて効果的でした。

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(参考)

The LiederNet Archive (テキスト)

IMSLP (楽譜)

Wikipedia (August von Platen-Hallermünde) (英語)

Wikipedia (August von Platen-Hallermünde) (独語)

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