シューマン「詩人の恋」を歌おう!(YouTube)

シューマン(Schumann)の歌曲集「詩人の恋(Dichterliebe)」全曲のピアノパートを動画にアップしている方がいらっしゃいました。
歌の練習にもなるし、美しいピアノパートのみに耳を傾けるにもいい映像です。
楽譜も一緒に映るので、ハミングでもいいので、ぜひ歌ってみてください!
ピアニストのアンナ・カルドナさんという方も素直で細やかさのあるいい演奏をしています。

演奏:Anna Cardona (piano)

I. Im wunderschönen Monat Mai(素晴らしく美しい月、五月に)

II. Aus meinen Tränen sprießen(ぼくの涙から)

III. Die Rose, die Lilie(薔薇、百合、鳩、太陽)

IV. Wenn ich in deine Augen seh(ぼくがきみの瞳を見つめると)

V. Ich will meine Seele tauchen(ぼくの魂を潜らせたい)

VI. Im Rhein, im heiligen Strome(ライン川、聖なる川の)

VII. Ich grolle nicht(ぼくは恨まない)

VIII. Und wüßten's die Blumen, die kleinen(そして花々が、小さな花々が)

IX. Das ist ein Flöten und Geigen(これはフルートにヴァイオリン)

X. Hör' ich das Liedchen klingen(ぼくはその歌の響きを)

XI. Ein Jüngling liebt ein Mädchen(ある若者が娘に恋をしたが)

XII. Am leuchtenden Sommermorgen(輝く夏の朝に)

XIII. Ich hab' im Traum geweinet(ぼくは夢の中で泣いた)

XIV. Allnächtlich im Traume(毎晩夢の中できみに会い)

XV. Aus alten Märchen winkt es(昔のおはなしから)

XVI. Die alten, bösen Lieder(昔の嫌な歌)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

フランシスコ・アライサ&ジャン・ルメール/「冬の旅」「詩人の恋」DVD発売

テノールのフランシスコ・アライサ(Francisco Araiza)とピアニストのジャン・ルメール(Jean Lemaire)が共演したシューベルトの「冬の旅」とシューマンの「詩人の恋」の映像がDVDで発売されました。
海外盤なのですが国内再生可能です。
1993年ごろの録画と思われます(正式な収録日は記載されていませんでした)。
私も先日取り寄せたのですが、まだ見ていませんので、後ほど感想を追記したいと思います。
ご興味のある方はAmazonなどで購入可能です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

クリスティアン・ゲルハーヘル&ゲロルト・フーバー/シューマン歌曲集の夕べ(2014年1月8日 王子ホール)

ニューイヤー・コンサート
クリスティアン・ゲルハーヘル~シューマン歌曲集の夕べ~第1夜
(Schumann Lieder)
2014年1月8日(水)19:00 王子ホール

Gerhaher_huber_20140108_1


クリスティアン・ゲルハーヘル(Christian Gerhaher)(Baritone)
ゲロルト・フーバー(Gerold Huber)(Piano)

オール・シューマン・プログラム
(All Schumann Program)

ミルテの花(Myrthen)Op.25より7曲
 2.自由な想い(Freisinn)
 8.お守り(Talismane)
 15.ヘブライの歌から(Aus den hebräischen Gesängen)
 17.2つのヴェニスの歌I(Zwei Venetianische Lieder I)
 18.2つのヴェニスの歌II(Zwei Venetianische Lieder II)
 25.東方のばらの花から(Aus den östlichen Rosen)
 26.エピローグ(Zum Schluss)

リーダークライス(Liederkreis)Op.39 全12曲
 1.異郷で(In der Fremde)
 2.間奏曲(Intermezzo)
 3.森の語らい(Waldesgespräch)
 4.鎮けさ(Die Stille)
 5.月夜(Mondnacht)
 6.麗しき異国(Schöne Fremde)
 7.古城にて(Auf einer Burg)
 8.異国で(In der Fremde)
 9.哀しみ(Wehmut)
 10.たそがれ(Zweilicht)
 11.森のなかで(Im Wald)
 12.春の夜(Frühlingsnacht)

~休憩~

ライオンの花嫁(Die Löwenbraut)Op.31-1(3つの歌Op.31より)

12の詩(12 Gedichte)Op.35 全12曲
 1.嵐の夜の悦び(Lust der Sturmnacht)
 2.愛と喜びよ、消え去れ(Stirb, Lieb' und Freud')
 3.旅の歌(Wanderlied)
 4.新緑(Erstes Grün)
 5.森へのあこがれ(Sehnsucht nach der Waldgegend)
 6.亡き友の杯に(Auf das Trinkglas eines verstorbenen Freundes)
 7.さすらい(Wanderung)
 8.秘めたる恋(Stille Liebe)
 9.問いかけ(Frage)
 10.秘めたる涙(Stille Tränen)
 11.それほどまでに悩むのは(Wer machte dich so krank?)
 12.古いリュート(Alte Laute)

~アンコール~
シューマン/レクイエム(Requiem)(「6つの詩」追加曲 Op.90 bis)

--------------

クリスティアン・ゲルハーヘル(ゲアハーアー)とゲロルト・フーバーという現役最高のリート演奏家コンビが新年早々来日してくれた。
銀座の王子ホールでシューマンの歌曲のみによる2夜のコンサートを開いたのだが、その第1夜を聴いた。

前半は「ミルテの花」から比較的珍しい曲を7曲、続いてアイヒェンドルフの詩による名作「リーダークライスOp.39」全曲、
後半は7分前後かかるシャミッソーの詩によるバラード「ライオンの花嫁」と、ユスティヌス・ケルナーの詩による「12の詩Op.35」全曲であった。

普通「ミルテの花」からの抜粋といえば、「献呈」「くるみの木」「はすの花」「あなたは花のよう」などが定番で、少なくともこれらから1曲は必ず含まれるといってもいいのだが、今回のコンサートでは(おそらく)意識的にこれらの定番を外している。
そこに演奏家の並々ならぬ意欲と挑戦がうかがえる。

当夜のゲルハーヘルは、歌い終わった時に鼻をすすっていたりしていたので、若干風邪気味だったのかもしれない。
だが、歌っている時は殆どそうした状態を感じさせないプロの歌を聴かせていた。

ゲルハーヘルの声質はハイバリトンとでも言おうか、心地よい響きで、言葉を明瞭に伝えてくる。
そのドイツ語の発音の美しいこと!
詩の朗読を聴いているのではと錯覚するほど、彼のドイツ語の響きにまず聴き惚れてしまう。
それから彼の歌唱を聴いて感じるのが、楷書風のかちっとしたアプローチであること。
これが彼の歌唱の安定感を作り出しており、私が魅力的に感じるところである。
ボストリッジの神経質なほど繊細でひりひりする歌唱も、ゲルネの包み込むような声の響きの中に封じ込められた求心的な歌唱も素晴らしいが、ゲルハーヘルの歌唱はその正攻法のアプローチがなんとも魅力的である。
彼の声は弱声では本当にささやくように柔らかく歌うのだが、フルヴォリュームとなると、聴き手を圧倒する鋭さももっている。
その幅の広さも、語りの巧みさと相まって、聴き手を深いリートの世界に引き込む魅力となる。

そうしたアプローチで歌われた彼のシューマンは、ロマンティックさをことさら強調せず、作品のもつ色合いを自然に醸し出すものだった。
「ミルテの花」ではまず「自由な想い」と「お守り」でフロレスタン風の元気でエネルギッシュな歌を安定感をもった歌唱で聴かせる。
そして「ヘブライの歌から」では一転して憂鬱な雰囲気をごく自然に醸し出す。
「2つのヴェニスの歌」では情景が浮かぶような軽快な歌いぶりを聴かせ、愛らしい「東方のばらの花から」を経て、シューマンの組曲の終曲では定番ともいえるコラール風の「エピローグ」を優しく歌い、小さなツィクルスを締めくくる。
てらいのない自然な表情で、歌曲の様々な心情を的確に描き出す点にかけて、うってつけの歌手がそこにいた。
ちなみに「2つのヴェニスの歌I」の"Gondolier"(ゴンドラ乗り)の発音を従来は「ゴンドリール」と歌う人が多かったが、ゲルハーヘルは「ゴンドリエー」と発音していたのが興味深かった。
その後に演奏された有名な「リーダークライス」は、ゲルハーヘルの安定感のある歌唱が、シューマネスクな響きに溶け合って素晴らしかった。
とりわけ「月夜」は、フーバーの何段階にも階層があるのではと思うほど豊富な色のパレットをもったピアノにのって、真摯な歌唱が胸を打った。

休憩後の最初は珍しい「ライオンの花嫁」という歌曲。
飼っていたライオンに対して、飼い主の女性が自身の結婚を報告し、もうすぐお別れしなければならないと伝える。
そこへ婚約者の男がやってくると、ライオンは飼い主の女性が檻から出られないように出口をふさぐ。
それでも飼い主が出口から出ようとすると、ライオンは彼女を噛み殺し、屍となった飼い主のそばに横たわる。
ライオンは婚約者の銃に撃たれて死ぬという内容。
なんとも血なまぐさい内容ではあるが、シューマンはとりたててドラマティックな音楽を付けようとはしなかった。
ピアノは暗欝な響きが全体を貫き、その上を第三者的に歌が語る。
ゲルハーヘルもここでは語り手に徹し、激しい表情はほとんどとらずに緊張感を持続する。
珍しい作品をコンサートで聴くことが出来たのは意義深かった。

プログラムの最後はディースカウやプライも歌っていたケルナーの詩による「12の詩」である。
このうち、最後の2曲や「新緑」などはホッターが得意としていたのが思い出される。
ツィクルスとして12曲が演奏されることは最近ではめっきり少なくなってしまったが、こうして通して聴いてみると、単にばらばらな歌を寄せ集めたというのではない全体だからこその味わいというものが感じられた。
配布された解説書にも広瀬大介氏が書かれていたが、フィッシャー=ディースカウが「声とユニゾンで演奏される伴奏があまりに頻繁である」と指摘しているのは、この歌曲集全体の雰囲気の一端を作り出す要因となっているのではないか。
余計な装飾なく、歌とピアノが付かず離れずして平行に歩んでいく様がイメージされる。
その無駄のなさが独自の心象風景を描くのに寄与しているのではないか。
第2曲で多くのバリトン歌手が高すぎる音域をファルセットで歌う箇所があるのだが、そこをゲルハーヘルはおそらくファルセットなしで歌っていたように私の耳には聞こえた(違っていたらすみません)。
最後の2曲「それほどまでに悩むのは」と「古いリュート」はほぼ同じ音楽を続けて歌うのだが、ゲルハーヘルは過剰な思い入れもなく、さらりと歌って、ツィクルスとしての見事な締めくくりとしていた。
彼こそが現在最も知的なリート歌手と言えるかもしれない。

ピアニストのゲロルト・フーバーは、今回も非常に優れた演奏を披露した。
以前何度か彼の生演奏に接した限りでは、彼特有のうなり声が特徴的だったが、今回はかなり抑えていたように感じた。
自身でも意識しているのかもしれない。
演奏はふたを全開にしても歌を壊すことが皆無で、非常にバランス感覚に優れていた。
そのうえ、自身がピアノを歌わせるべきところは、外すことなく歌わせて、歌唱とピアノとの優れたデュオとなっていた。
いわゆる対決型のピアノではなく、歌とピアノで一体になる演奏であり、それがこの夜の成功の一因であったことは明らかだった。

この世界的なリート歌手とピアニストをこんな小さな空間でたっぷり味わうという贅沢を心ゆくまで堪能した時間だった。
なお、今回ドイツワインが無料でふるまわれ、心地よい気分のまま音楽を味わえたのもうれしい。

第2夜(1月10日)が聴けなかったのは悔しかったが、せめてプログラムの内容を以下に記して自らへの慰めとしよう。

--------------

<第2夜 1/10>

6つの歌曲Op.107 全曲
 1.心の痛み 2.窓ガラス 3.庭師 4.糸を紡ぐ女 5.森の中で 6.夕暮れの歌

詩人の恋Op.48 全16曲
 1.美しき五月 2.この涙から芽生えた花が 3.バラ ユリ ハト お日様
 4.きみの瞳を見つめると 5.この心を消してしまおう 6.ライン川 美しき流れに
 7.恨んだりしない 8.小さな花よ わかってくれるか
 9.あれはフルートとヴァイオリン 10.あの歌を聴くと
 11.とある男が娘を愛す 12.光あふれる夏の朝 13.夢の中で泣いた
 14.毎夜きみを夢に見る 15.昔の童話が手招きする 
 16.古き悪しき歌

~休憩~

ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスター」による歌曲集Op.98aより4曲
 2.竪琴弾きの歌/4.涙とともに パンを食べたことがないものは
 6.孤独に身を委ねると/8.扉のそばへ忍びより 

メランコリーOp.74-6(スペインの歌遊びOp.74より)

哀れなペーターOp.53-3(ロマンスとバラード第3集Op.53より)
 a.ハンスとグレーテが/b.この胸に/c.哀れなペーターは

心の奥深くに痛みを抱えつつOp.138-2(スペインの恋の歌Op.138より)

悲劇Op.64-3(ロマンスとバラード第4集Op.64より)
 1.俺と逃げてくれ 妻になってくれ 2.春の夜に蔭がさす 3.墓の上には菩提樹が

隠者Op.83-3

~アンコール~
シューマン/牛飼のおとめ(「6つの詩」 第4曲 Op.90-4)
シューマン/君は花のごとく(「ミルテの花」 第24曲 Op.25-24)

Gerhaher_huber_20140108_2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

シューマン/オペラ《ゲノフェーファ》(2011年2月5日 新国立劇場・中劇場)

東京室内歌劇場42期第129回定期公演
シューマン/オペラ《ゲノフェーファ》日本舞台初演
原語(ドイツ語)上演/字幕付/全4幕

2011年2月5日(土)14:00 新国立劇場・中劇場(1階16列65番)

ペーター・ゲスナー(演出)

前川朋子(ゲノフェーファ)
和田ひでき(ジークフリート)
内山信吾(ゴーロ)
紙谷弘子(マルガレータ)
大澤建(ドラーゴ)
小島聖史(ヒドゥルフス)
大澤恒夫(バルタザール)
岡元敦司(カスパール)
神谷真士(コンラート)

東京室内歌劇場合唱団
東京室内歌劇場管弦楽団
山下一史(指揮)

---------------------

珍しいシューマンのオペラ《ゲノフェーファ》を聴いてきた。
原作者としてヘッベルやティークといった名前が見られ、さらに台本もシューマンと共同でライニクが参加している。
なんだか歌曲で御馴染みの名前ばかりなので、いつもより親しみを感じる。

新国立劇場の中劇場ははじめて足を踏み入れたが、客先が放射状に舞台を囲む形をとり、前方のオーケストラピットもあまり深くなく、いつものオペラパレスに比べるとかなりはっきりと舞台が見えた。
16列目というからどれほど後ろかと思っていたら、前方の数列分はオーケストラピットが占めていた為、比較的前方の席だった。

全4幕からなり、2幕ずつをまとめて上演し、その間に1度だけ休憩をはさむ形をとっていた。
私は例によって第1幕の大部分と終幕の後半に睡魔に襲われ、特に終幕はかなり意識が飛んでしまった(最初のうち会場が暑く感じられた)。
せっかく珍しい作品を堪能できる機会だったのにもったいなかったが、半分起きていられただけでも私としては上々だろう(などと満足してしまってはいけないのだが)。

従って、ちゃんとした感想を書ける立場にはないので、起きていた時に聴いた分についてだけだが、シューマンが《ゲノフェーファ》に付けた音楽は私にはとても魅力的に感じた。
もともとシューマンに馴染んでいたということもあるのだろうが、初めて聴くオペラにもかかわらず親しみを感じながら聴いていた。
ロマン派のオペラ失敗者の烙印を押されがちなシューベルトやシューマンはよくドラマティックな展開に乏しいということが言われる。
おそらくその通りなのだろう。
しかし、私にはそれがそれほど欠点には感じられなかったのは、あまり様々なオペラを聴き込んでいない為かもしれない。

演出は合唱団の各人にも細かな演技を加え、そうした群衆が主役を引き立てることにもなったように感じた。
歌手の中ではゴーロ役の内山信吾が良かった。
山下一史指揮東京室内歌劇場管弦楽団も、必ずしも上手ではないらしいシューマンのオーケストラ手法をよく理解して魅力的に演奏していたと思う。
最初のうち不安定感もあったが、すぐに調子を取り戻したように感じた。
この馴染みの薄い作品にこれだけの情熱を注いだ関係各位の尽力には心から拍手を贈りたい。

なお、演奏終了後にロビーで演出のペーター・ゲスナー氏、指揮の山下一史氏、評論家の長木誠司氏がアフタートークを行った。
ゲスナー氏は日本に住んで長いらしく、すべて日本語で話していた。
以下のようなことが話された。

Genoveva_201102_chirashi

今回のオペラ、本来最後は大団円で終わることになっているのだが、そうしなかったという話。
現代はヒーローが出にくい時代なので、シューマン当時よりもさらに共感しやすい内容になっているという話。
シューマンはオケの手法をピアノの発想で作曲した為、思い描いていたイメージと実際に演奏した時の効果が必ずしも一致しないが、それを理解して演奏することが大事という話。
などであった。

ちなみにゲスナー氏は今回がオペラ初演出とのことで、今後もオペラ演出をやってみたいという意欲を述べておられた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シューマン/アンナにⅡ(An Anna II)

An Anna II, op. posth. 21 no. 7 (WoO 10, No. 2)
 アンナにⅡ

Nicht im Tale der süßen Heimat,
Beim Gemurmel der Silberquelle -
Bleich getragen aus dem Schlachtfeld
Denk' ich dein, du süßes Leben!
 甘美な故郷の谷ではなく、
 銀色の泉のせせらぎのそばで、
 青ざめて戦場から運ばれながら
 僕はきみを思っている、かわいいひとよ!

All die Freunde sind gefallen,
Sollt' ich weilen hier der eine?
Nein! schon naht der bleiche Bote,
Der mich leitet zur süßen Heimat.
 友はみな死んでしまった、
 僕はここで一人でいなければならないのか?
 いや!すでに青白い使者が近づいてくる、
 彼が僕を甘美な故郷へ連れて行ってくれるのだ。

(省略された第3節)
Flecht ins Haar den Kranz der Hochzeit,
Halt bereit die Brautgewande
Und die vollen, duft'gen Schalen:
Denn wir kehren alle wieder
In das Tal der süßen Heimat.
 髪に結婚式の花冠を編み込み、
 準備しておくのだよ、花嫁衣裳と
 たっぷりとした薄いショールを。
 僕らはみんなで再び
 甘美な故郷の谷に帰るのだから。

詩:Justinus (Andreas Christian) Kerner (1786-1862): "Episteln" no. 5
曲:Robert Alexander Schumann (1810-1856)

------------------

Hyperionレーベルでピアニストのグレアム・ジョンソン(Graham Johnson)が企画したシューマン歌曲全集は11巻で完結したが、今年に入り、シューマン生誕200年を記念して、組物の形でまとめて再リリースされた。
シューベルト全集の時同様、今回もセット化するにあたり作曲順に並べ替えられているため、年代を追ってシューマンの作風を追える楽しみがある。
その1枚目にはシューマン初期のめったに聴くことの出来ない歌曲が「ミルテの花」とともに収められている。

シューマンと言えば1840年のいわゆる「歌の年」に怒涛のように歌曲創作に集中したことで有名だが、それ以前数年はピアノ曲作曲に集中していた為、初期の歌曲は1827年から1828年に作曲されたものがあるのみらしい。

Hyperionの全集に収録された初期歌曲は以下の11曲。

1.憧れ(Sehnsucht)(Schumann:詩)(1827年2月28日作曲)

2.泣く娘(Die Weinende)(Byron/Körner:詩)(1827年7月作曲)

3.XXXのための歌(Lied für XXX)(Schumann:詩)(1827年7月作曲)

4.短い目覚め(Kurzes Erwachen)(Kerner:詩)(1828年6~7月作曲)

5.歌の目覚め(Gesanges Erwachen)(Kerner:詩)(1828年6~7月作曲)

6.釣り人(Der Fischer)(Goethe:詩)(1828年6~7月作曲)

7.秋に(Im Herbste)(Kerner:詩)(1828年6~7月作曲)

8.アンナにⅠ(An Anna I)(Kerner:詩)(1828年6~7月作曲)

9.アンナにⅡ(An Anna II)(Kerner:詩)(1828年7月31日作曲)

10.羊飼いの少年(Hirtenknabe)(Schumann:詩)(1828年8月16日以前作曲)

11.思い出(Erinnerung)(Jacobi:詩)(1828年8月16日以前作曲)

最初のシューマン自身の詩による「憧れ」からすでに音楽作品としての魅力を備えているのは驚きだ。
後年のようなシューマン特有の二面性はまだ見られず、美しい旋律と詩の言葉に対するデリカシーのある扱いが特徴的と感じられた。

その中でとりわけ興味を惹いたのは「アンナにⅡ」という作品。
1828年7月31日作曲でシューマン18歳の時の作品ということになる。
ユスティーヌス・ケルナーの「書簡集」という6編からなる短い詩のシリーズの中をテキストにして「アンナに」と題する2曲を作った。
ちなみにこの曲名は詩人の付けたタイトルではないものの、女性が「アンナ」という名前である設定はケルナーによるものである。
「アンナにⅡ」のオリジナル詩は3節からなるが、シューマンは作曲に際して最後の3節目を削除して、最初の2節を使っている。
しかし、最後に第1節が回帰する作曲法をとっているので、原詩の第3節の削除はシューマンの強い考えがあってのことと推測される。
非常に優しい響きの短い作品だが、聴き手を惹きつけるものを持っている。
この初期歌曲の中心テーマをシューマンは彼のピアノ・ソナタ第1番嬰ヘ短調作品11(1832年から1835年作曲)の第2楽章Ariaにほぼそのまま引用しているのが興味深い。

現在のところCDで聴けるのは、トマス・ハンプソン(BR)&ジェフリー・パーソンズ(P)のケルナー&アンデルセン歌曲集と、ハイペリオンのシューマン歌曲全集第8巻でのマーク・パドモア(T)&グレアム・ジョンソン(P)の2種類と思われる(F=ディースカウは彼の全集で「アンナにⅠ」は録音したが、Ⅱは録音しなかった)。
しかし、いずれは現在進行中のナクソスレーベルのシューマン歌曲全集でも録音されて聴けるようになるだろう。

以下のサイトで「アンナにⅡ」の演奏を聴くことが出来る。

トマス・ハンプソン(BR)&ジェフリー・パーソンズ(P)
ハンプソンがとろけるような甘美な歌を聞かせ、パーソンズは優しい音色でサポートする。

歌唱部をヴァイオリンで演奏した映像

「アンナにⅡ」を主題に使ったピアノ・ソナタ第1番嬰ヘ短調作品11の第2楽章(Klára Würtzの演奏)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

林美智子&望月哲也/シューマン生誕200年 歌曲と詩の朗読の夕べ(2010年10月29日 王子ホール)

Hayashi_mochizuki_20101029

林美智子&望月哲也
~シューマン生誕200年 歌曲と詩の朗読の夕べ~

2010年10月29日(金)19:00 王子ホール(J列20番)

林美智子(Michiko Hayashi)(メゾ・ソプラノ)
望月哲也(Tetsuya Mochizuki)(テノール)
河原忠之(Tadayuki Kawahara)(ピアノ)
久世星佳(Seika Kuze)(朗読)

シューマン/歌曲集「詩人の恋(Dichterliebe)」Op.48(望月)

~休憩~

シューマン/歌曲集「女の愛と生涯(Frauenliebe und Leben)」Op.42(林)

シューマン/4つの二重唱曲(Vier Duette)Op.78(林&望月)
 舞踏歌(Tanzlied)
 彼と彼女(Er und Sie)
 あなたを思う(Ich denke dein)
 子守歌~病にふせる子供のため(Wiegenlied am Lager eines kranken Kindes)

-------------------------

売れっ子の2人、メゾ・ソプラノの林美智子とテノールの望月哲也がシューマンを歌うコンサートを聴いてきた。
今回は宝塚出身の久世星佳を迎え、林と望月が訳した詩を演奏の合間に朗読するという趣向であった。
ピアノは河原忠之。

今回の演奏会を聴き終えて最も印象的だったのが、ピアノの河原忠之。
この人はコレペティートルとしての経験が豊富な為か、以前に聴いた時は勘所は押さえているものの若干大雑把な印象を受けた。
ところが、今日の演奏はその特質が素晴らしい方向に働いた。
あたかも往年のピアノの巨匠のようにシューマンの音楽の揺らぎを濃密に表現したのだ。
深い味わいがどの音からも感じられ、テキストの主人公の心情が雄弁に描き出されていた。

前半は望月の歌唱で「詩人の恋」。
1曲、あるいは数曲分の詩がまず久世によって朗読され、その後で演奏されていく。
望月の歌唱はオペラでの歌を歌曲にも持ち込んだような印象で、外に発散されていく。
爽やかな美声で各曲を真摯に表現していき、彼の声と曲との相性の良さを感じた。
一方で、さらに歌いこむことでより素晴らしくなる可能性も残しているように思われた。
久世の朗読は歌手たちの世界を壊さないようにという配慮からか、意外と薄味。
もちろん詩の言葉に反応した語り分けなどはきちんとなされているのだが、もう一歩思い切った表情の豊かさがあってもいいと感じた。
3曲分の朗読をした後で、2曲演奏された後に次の朗読を始めてしまったりといったハプニングもあった(ご本人はおそらく気付いていない感じである)が、ピアノの河原氏がさりげなく元に戻そうとしていたのはさすがだった。

後半は林の歌唱で「女の愛と生涯」。
彼女は数ヶ月前の公演を体調不良で降板したりしていたので、この夜も大丈夫だろうかと思っていたが、いたって元気な様子で安心した。
第1曲の前、真っ暗な舞台にそっと登場して、久世と背中合わせに立ち、まず正面の久世が第1曲を朗読し、その後、林がぐるりと回って正面に移り、歌唱が始まった。
林のリートをじっくり聴くのは実は初めてなのだが(以前「ロザムンデのロマンス」だけは聴いたが)、まずその声の重心の低い深さに驚いた。
メゾソプラノではあるが、アルトのような深みがある。
また声量も豊かで、懐の深い歌唱だった。
この声質が特に最終曲「今、あなたは私にはじめて苦痛を与えました」に生きたのは当然だろう。
ソプラノ歌手が歌うと軽くなりがちなこの曲の心痛をメゾソプラノの深みで真実味をもって表現していて素晴らしかった。
各曲の歌唱もしっとりとした味わいが素敵だったが、ちょっとした表情や軽い演技が女優顔負けのうまさで貫禄すら感じられた。
久世も曲の展開に従って、林とともにちょっとした動きをつけるのだが、むしろ林が主導して、久世が従っている感じだった。
この歌曲集では「詩人の恋」ほどピアノパートに見せ場は多くないが、最終曲の後に第1曲が回想されるシーンでは河原がとても味わい深い演奏を聴かせてくれた。

最後のブロックは作品番号78の二重唱曲を全4曲。
芸達者な二人の歌手がこれらの曲で、さらに生き生きとしていたのは偶然ではないだろう。
楽譜を見ながらではあったが、第1曲「舞踏歌」など、ちょっとしたオペラの一場面を見ているかのようだった。
久世はこの曲集に関しては最後の曲「子守歌」のみに登場し、河原のピアノに合わせて朗読し、その後すぐに歌が始まった。
病にふしている子供に向けた設定だからだろうか、子守歌にしては暗い響きの作品だが、メロディーの美しさは一度聴けば忘れられない。
最後にふさわしい作品だった。

Hayashi_mochizuki_20101029_chirashi

満席の会場から何度も拍手でステージに呼び戻されたが、アンコールはなかった。
なお、久世が出入りする際にいつも駆け足なのだが、これは宝塚の習慣なのだろうか。
林もそれを真似したりして、茶目っ気のある人である。

良質の演奏でシューマンの代表作を満喫できて満足の一夜だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シーララ&マリナー指揮N響/シューマン「ピアノ協奏曲」ほか(2010年9月26日 NHKホール)

NHK交響楽団第1681回定期公演 Aプログラム2日目
~シューマン生誕200年~
2010年9月26日(日)15:00 NHKホール(1階L2列3番)
 
アンティ・シーララ(Antti Siirala)(ピアノ)
NHK交響楽団(NHK Symphony Orchestra)
ネヴィル・マリナー(Neville Marriner)(指揮)

シューマン(Schumann)/序曲、スケルツォとフィナーレ 作品52

シューマン/ピアノ協奏曲 イ短調 作品54

~休憩~

シューマン/交響曲 第3番 変ホ長調 作品97「ライン」

-----------------------

昨夜、FMラジオでN響の生中継放送を聴いて、アンティ・シーララの弾くシューマンのコンチェルトがあまりにも素晴らしかったので、今日当日券で聴いてきた(土日2回公演の2回目)。
席は2列目のほとんど左端で、第1バイオリン奏者を背中から見る位置だが、NHKホールの1階席ははじめてで、間近に見られたのは非常に興味深かった。

指揮はイギリスの巨匠ネヴィル・マリナー。
すでに86歳とは驚きだが、指揮者は比較的高齢になってもこうして活動が出来るのが素晴らしい。
最後まで立ちっぱなしで積極的に指揮していたが、高齢の指揮者にありがちなほとんど直立不動で手も動かさずというのとは全く対照的で、いまだ現役ばりばりのスマートな指揮ぶりを披露していたのは心強い。
私の席からだとマリナーの指揮ぶりを左側から見ることが出来て、貴重な体験だった。

今年31歳の北欧人シーララのシューマンは、詩人が言葉を紡いでいるかのようだった。
とてもデリケートにメロディーを歌わせる箇所では息吹を吹き込まれた音が心にしっとりとしみこんでくる。
そうかと思うと、技巧的な箇所ではなんの苦もなくさらりと弾きこなしてしまう。
シューマンの音楽に外向的なフロレスターンと、内面に沈潜するオイゼービウスの両極端が交互にあるいは同時にあらわれるとすると、シーララはフロレスターン的な箇所もクールな表情のままはじける。
だからといって紡ぎだされる音楽に情熱が不足しているというわけではなく、充分に音は鳴らすが、それが派手になりきらず、どことなく冷静な第三者の視点が残っているという感じだろうか。
フロレスターンはあくまで忘我的にというのが好みの人には物足りないかもしれないが、私はシーララの叙情的な表情の美しさに惚れこんでしまっているので、非常に心に響いた演奏だった。
第1楽章の美しさは言わずもがなだが、今回マリナー指揮のN響の演奏に接して、「間奏曲」と位置付けられている第2楽章の弦の響きの陶酔するような美しさにあらためて感銘を受けた。
そこに溶け込むシーララのピアノももちろん素晴らしい。
そして、第3楽章のはねるような主題から上下にうねるような箇所まではったりもごまかしもなく、ごく自然に聴かせてくれたシーララの演奏はやはり第一級のものだったと感じられた。
それにしてもシューマンのコンチェルト、せっかくソリストが弾いていてもオケの響きにかき消されてしまう箇所があるのは惜しい気がする。
これは演奏者の問題ではなく、おそらくシューマンの作曲上の問題なのだろう。

最初に演奏された「序曲、スケルツォとフィナーレ」は小規模な交響曲的な作品。
親しみやすく、演奏も素敵だった。

後半の交響曲「ライン」では、マリナーのすっきりとした指示のもと、シューマンのロマンティックな側面と古典的な側面の両者が美しく共存しているように感じた。
滔滔と流れるライン川のような流麗な響きは、この曲の明朗さと共に聴き手を惹きつける要素だろう。

生誕200年のシューマンを管弦楽作品で堪能した時間だった。
なお、コンサートマスターは篠崎史紀氏だった。

余談だが、休憩時間のトイレの行列が女性だけでなく、男性もほかのホールでは見たことがないほど長くなっていたのは、トイレの数が少ないということだろうか。
あまりNHKホールに来なかったのでこれまで気付かなかったが、客席数のわりにトイレが足りていないのではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゲンツ&岡原慎也/バリトンリサイタル(2010年9月6日(月) 宝塚ベガ・ホール)

Genz_okahara_20100906

ベガ・ホール開館30周年記念
シュテファン・ゲンツ バリトンリサイタル ~シューマン イヤーに寄せて~

2010年9月6日(月)19:00 宝塚ベガ・ホール(全自由席)
シュテファン・ゲンツ(Stephan Genz)(baritone)
岡原慎也(Shinya Okahara)(piano)

シューマン(Robert Schumann)

詩人の恋(Dichterliebe) Op.48

~休憩~

4つの歌 Op.124より「私の馬車はゆっくりと(Mein Wagen rollet langsam)」Op.124-4

ベルシャザール(Belsatzar) Op.57

リーダークライス(Liederkreis) Op.24

~アンコール~
シューベルト/ドッペルゲンガー(Der Doppelgänger)
R.シュトラウス/献身(Zueignung)

-----------------------

遅めの夏休みをとって関西旅行に出かけていたのだが、事前に関西方面のコンサートを調べていてこのコンサートのことを知った。
ゲンツは2008年のラ・フォル・ジュルネで聴いて以来。
今回は東京公演はないようで、ちょうど旅行の日程と重なった為に聴くことが出来てラッキーだった。

もちろん会場の宝塚ベガ・ホールに行くのも初めて。
宝塚歌劇で有名な宝塚駅から阪急線で1駅のところにある清荒神(きよしこうじん)駅が最寄り駅。
駅のすぐ前といってもいい立地で、図書館の隣に会場があった。
ホールの壁はレンガを模した(?)模様で、中央にあるパイプオルガンの両脇には美しいステンドグラスがある。
響きは教会のように若干残響が多い印象を受けたが、座席の関係だろうか。

今回ゲンツは岡原慎也の共演でシューマンのハイネの詩による作品ばかりを選んで演奏した。
事前の宣伝が少なかったのか、空席が目立つ、もったいない状態だった。
短く髪を刈って登場したゲンツは、あまり大きな身振りをせずに歌うので、聴き手は歌に集中できる。
以前より声に厚みを増した印象を受けたが、優しい美声は変わらない。
相変わらずドイツ語の発音が非常に美しく、聴いていて心地よい。

ゲンツの歌唱は作品第一の姿勢を感じさせる。
「我」を捨てて作品そのものを提示する、奇をてらわない歌唱。
ハイネの毒よりもシューマンの感傷に焦点をあてた歌唱と感じた。
「詩人の恋」などでも、作品にこめられた表情をくまなく表現しながら、どこか第三者的な冷静さも感じられ、その距離感がかえって聴衆の多様な受け取り方を許容することになったと思う。
抑えた弱声で歌われた時がとりわけ素晴らしく、例えば「詩人の恋」の第4曲など至芸だった。
なお「リーダークライス」の第2曲では歌声部を複数のメロディーから選べるようになっている箇所があるが、ゲンツは高い方を歌っていた(私にはあまり馴染みのないメロディーだった)。

岡原慎也のピアノも素晴らしい。
歌曲のことを知り尽くしている人にのみ可能な名演だったと感じられた。
例えば「詩人の恋」の第5曲の後奏など、非常にニュアンス豊かに歌うが、決して流れがとまらず、そのさじ加減が絶妙だった。
ピアノの蓋は全開で、雄弁な響きから繊細な表情まで、自在にコントロールしていた。
「弾く」というよりも「歌う」演奏だったことが素晴らしかった。

なお、配布冊子の解説と対訳は岡原氏自身が担当されていたが、読む人がすっと理解できるような分かりやすい日本語訳だったのが有難い。
シューマンイヤーに素晴らしいシューマン歌曲を聴けて満足の一夜だった。
今度は東京でもお願いします!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

長島剛子&梅本実&國土潤一/生誕200年のシューマン(2010年7月16日 川口リリア 催し広場)

リリア歌の花束 第1夜 生誕200年のシューマン
2010年7月16日(金)19:00 川口リリア 催し広場(自由席)

國土潤一(お話)
長島剛子(S)
梅本実(P)

シューマン作曲

ミルテの花 作品25より(Aus "Myrten")
 1.献呈
 3.くるみの木
 4.ある人
 7.はすの花
 9.ズライカの歌

 11.花嫁の歌(1)
 12.花嫁の歌(2)
 21.孤独な涙
 23.西の方に
 24.きみは花さながらに
 26.エピローグ

~休憩~

女の愛と生涯 作品42(Frauenliebe und Leben)
 あの方にお会いしてから
 だれよりもすてきなあの方
 わたしにはわからない、信じられない
 わたしの指にはまった指輪よ
 妹たちよ、手伝ってね
 あなた、ごらんになって
 わたしの胸に抱かれている
 今初めての苦痛をお与えになって

~アンコール~
シューマン/春だ(Er ist's)

------------------

「リリア歌の花束」というシリーズはこの数年毎年リリアで企画されているそうだが、私は今回はじめて聴いた。
川口リリアは普段は音楽ホールやメインホールのコンサートを聴いてきたが、「催し広場」ははじめて。
段差のつけられた小さな空間で、ステージは最前列以外は客席から見下ろす形となる。
音響は必ずしも良いとは言えず、本当にイベントのための小空間といった感じである。
しかし、歌曲のコンサートにおいて、このこじんまりとしたスペースはある意味理想的と言えるだろう。
シューマンの歌曲などはもともとサロンなどで歌われていた作品なので、本来に近い形で聴けたということになるのだろう。

さて、この催しは音楽評論でよく名前を見かけ、声楽家でもある國土潤一氏によるレクチャーコンサートの形をとっていた。
最初に國土氏が登場して、今年の「リリア歌の花束」の全3回のシリーズのテーマを記念年の作曲家の作品でまとめたという話にはじまり、ローベルトとクラーラのシューマン夫妻の結婚前後の恋文をいくつか朗読しながら、分かりやすくかみくだいてシューマン歌曲について解説していた。
その話術は巧みで場慣れしているように感じられた。
ユーモアをまじえながらリラックスした雰囲気で語られる話の内容は充実していながら初心者にも配慮したものだった。
欲を言えば若干早口になる傾向があったので、固有名詞などはもっとゆっくり話した方があまり馴染みのない人にも親切だったかもしれない。

話の後に演奏を担当したのはソプラノの長島剛子とピアニストの梅本実で、ご夫婦だそうである。
「リートデュオ」という看板で数多くのコンサートを行ってきたそうで、19世紀後半から20世紀の作品を得意にされているようなので、シューマンの歌曲は彼らにとってむしろレアなレパートリーということになるのかもしれない。
ソプラノの長島さんはリリカルな清澄さをもっていながら深みも兼ね備えた奥行きのある歌唱をしていた。
この日は体調があまり良くなかったそうで、確かに弱声では不安定さが感じられたが、強く響かせると魅力的な歌声が会場を満たした。
また、ピアノの梅本さんが細やかな表情をもってテンポ感もよく、実に素晴らしい演奏を聴かせてくれた。

「ミルテの花」にしても「女の愛と生涯」にしても、クラーラの父親と裁判沙汰になりながらもようやく結婚を勝ち取った1840年、いわゆる「歌の年」に作られただけに、シューマン自身のプライベートな心情が反映されていると見て間違いないだろう。
クラーラへの熱烈な愛がローベルトの歌曲創作の原動力になって、これらの愛の歌の数々が生み出された。
幸せな将来への期待感と、立ちはだかる障害に対する不安感がないまぜになって、これらの歌曲に独特の奥行きを与えたのだろう。
シューマネスクなピアノパートも含めて、シューマン歌曲の美しいメロディーの絡み合いを満喫できた一夜となった。

Lilia_uta_no_hanataba_2010

このシリーズの第2回はヴォルフとマーラーが予定されている。
こちらも都合がつけば出かけたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カウネ&ケーリング/シューマン歌曲集(Berlin Classics: 0115202BC)

Robert Schumann Lieder(ローベルト・シューマン歌曲集)

Kaune_kehring_schumann

BERLIN Classics: 0115202BC
録音:2005年8月26-30日, Deutschlandfunk Sendesaal

Michaela Kaune(ミヒャエラ・カウネ)(S)
Burkhard Kehring(ブルクハルト・ケーリング)(P)

シューマン(Robert Schumann: 1810-1856)作曲

Frühlingslust, Op.125-5(春の楽しみ)

"Lieder der Mignon,  Op.98a"(ミニョン歌曲群)
Kennst du das Land? Op.98a-1(あの国を御存知ですか)
Nur wer die Sehnsucht kennt, Op.98a-3(ただ憧れを知る人だけが)
Heiß mich nicht reden, Op.98a-5(語らなくてよいとおっしゃって下さい)
So laßt mich scheinen, Op.98a-9(このままの姿でいさせて下さい)

"Sieben Lieder von Elisabeth Kulmann, Op.104"(「エリーザベト・クールマンの詩による7つの歌」)
Mond, meiner Seele Liebling(月、わが魂のお気に入りよ)
Viel Glück zur Reise, Schwalben!(よい旅を、つばめたち!)
Du nennst mich armes Mädchen(私を貧しい娘だと言うのね)
Der Zeisig(まひわ)
Reich mir die Hand, O Wolke(私に手をのばして、おお雲よ)
Die letzten Blumen starben(最後の花々が枯れてしまった)
Gekämpft hat meine Barke(わが小舟は奮闘した)

"Gedichte von Der Königin Maria Stuart, Op.135"(「メアリー・ステュアート女王の詩」)
Abschied von Frankreich(フランスからの別れ)
Nach der Geburt ihres Sohnes(御子の生誕後)
An die Königin Elisabeth(エリザベス女王に)
Abschied von der Welt(この世からの別れ)
Gebet(祈り)

Blume der Ergebung, Op.83-2(忍従の花)

"Frauenliebe und -leben, Op.42"(「女の愛と生涯」)
Seit ich ihn gesehen(あなたとお会いしてからというもの)
Er, der Herrlichste von allen(彼は、あらゆる中で一番素敵な方)
Ich kann's nicht fassen, nicht glauben(私には分からない、信じられない)
Du Ring an meinem Finger(私の指にはめた指環よ)
Helft mir, ihr Schwestern(手伝って、姉妹たち)
Süßer Freund, du blickest(素敵な友よ、あなたはご覧になります)
An meinem Herzen, an meiner Brust(わが心に、わが胸に)
Nun hast du mir den ersten Schmerz getan(今あなたは私にはじめて苦痛をお与えになりました)

Schneeglöckchen, Op.79-26(ゆきのはな)

-----------------------------

馴染みの薄い若い歌手の新譜CDが出た時、余程ほかに惹き付けられる要素(例えば選曲やピアニスト)がない限りなかなか手が出なくなってしまった。
そんなわけで最近の歌手にはすっかり疎くなってしまったが、たまたま中古屋を物色していて安価で売られていると、そういう類にも手が伸びる。
そのようにして手にしたこのCDは私にとって「大当たり」であった。

ハンブルク出身のソプラノ、ミヒャエラ・カウネという歌手がピアニストのブルクハルト・ケーリングと組んで録音したシューマン歌曲集。
女声にふさわしい選曲というだけにとどまらず、珍しい作品(冒頭の「春の楽しみ」や、夭折した女性クールマンの詩による7曲)も織り交ぜた意欲的な内容になっている。

カウネの声はリートを歌うのにふさわしい語り口の細やかさと色合いの豊かさが感じられる。
それがシューマンの内面性を理想的に描き出すことに成功しているように思った。
そしてリリカルな声は繊細で美しい。
ミニョン歌曲群やメアリー・ステュアート歌曲集での悲痛な感情表現、エリーザベト・クールマン歌曲集でのバラエティに富んだ曲調へのぴったり寄り添った対応力、そして「女の愛と生涯」での噛んでふくめるような語り口の見事さなど、カウネのリート歌手としての適性が充分に感じられる録音となっていた。

なお、彼女は今年新国立劇場の「アラベッラ」でタイトルロールを歌うようだ。
実はチケットを買ったのだが、先に買っておいたほかの公演とダブルブッキングしてしまったので残念だがあきらめることにした。

ブルクハルト・ケーリングはおそらくまだ中堅の入り口に立ったところといったピアニスト。
ラルフ・ゴトーニ、ゲアノート・カール、ハルトムート・ヘル、マーティン・カッツといった錚々たる歌曲ピアニストたちのもとで学んでいる。
F=ディースカウがDGに録音した朗読とピアノのためのメロドラマ集(シューマンやリスト、R.シュトラウス「イノック・アーデン」など)で共演していたのが印象に残っている。
この録音でも安定したテクニックと快適なテンポ感でカウネとの緊密なアンサンブルを築いていた。
特にある声部を浮き立たせて面白い効果をあげている箇所もあり印象的だった。

シューマンイヤーにじっくり聴くのにふさわしい素敵なCDだった。
なお、私が入手したCDは実は再発されたもののようで、オリジナルではローベルトとクラーラ夫妻の手紙のやりとりも朗読されているようだ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

CD | DVD | J-Pop | LP | おすすめサイト | アイヒェンドルフ | アンゲーリカ・キルヒシュラーガー | アンティ・シーララ | アーウィン・ゲイジ | アーリーン・オジェー | イアン・ボストリッジ | イェルク・デームス | イタリア歌曲 | イモジェン・クーパー | ウェブログ・ココログ関連 | エディト・マティス | エリック・ヴェルバ | エリーザベト・シュヴァルツコプフ | エリー・アーメリング | エルンスト・ヘフリガー | オペラ | オルガン | オーラフ・ベーア | カウンターテナー | カール・エンゲル | ギュンター・ヴァイセンボルン | クリスタ・ルートヴィヒ | クリスティアン・ゲアハーアー | クリスティーネ・シェーファー | クリスマス | グリンカ | グリーグ | グレアム・ジョンソン | ゲアハルト・オピッツ | ゲアハルト・ヒュッシュ | ゲロルト・フーバー | ゲーテ | コンサート | コントラルト歌手 | シェック | シベリウス | シュテファン・ゲンツ | シューベルト | シューマン | ショスタコーヴィチ | ショパン | ジェフリー・パーソンズ | ジェラルド・ムーア | ジェラール・スゼー | ジュリアス・ドレイク | ジョン・ワストマン | ソプラノ歌手 | テノール歌手 | ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ | ディートリヒ・ヘンシェル | トーマス・E.バウアー | ドルトン・ボールドウィン | ナタリー・シュトゥッツマン | ノーマン・シェトラー | ハイドン | ハイネ | ハルトムート・ヘル | ハンス・ホッター | バス歌手 | バッハ | バリトン歌手 | バレエ・ダンス | バーバラ・ヘンドリックス | バーバラ・ボニー | パーセル | ピアニスト | ピーター・ピアーズ | フェリシティ・ロット | フランス歌曲 | フリッツ・ヴンダーリヒ | ブラームス | ブリテン | プフィッツナー | ヘルマン・プライ | ヘルムート・ドイチュ | ベルク | ベートーヴェン | ペーター・シュライアー | ペーター・レーゼル | ボドレール | マティアス・ゲルネ | マルコム・マーティノー | マーク・パドモア | マーティン・カッツ | マーラー | メシアン | メゾソプラノ歌手 | メンデルスゾーン | メーリケ | モーツァルト | ヤナーチェク | ヨーハン・ゼン | ルチア・ポップ | ルドルフ・ヤンセン | ルードルフ・ドゥンケル | レナード・ホカンソン | レルシュタープ | レーナウ | レーヴェ | ロシア歌曲 | ロジャー・ヴィニョールズ | ロッテ・レーマン | ロバート・ホル | ローベルト・フランツ | ヴァルター・オルベルツ | ヴァーグナー | ヴェルディ | ヴォルフ | ヴォルフガング・ホルツマイア | 作曲家 | 作詞家 | 内藤明美 | 北欧歌曲 | 合唱曲 | 小林道夫 | 岡原慎也 | 岡田博美 | 平島誠也 | 指揮者 | 日記・コラム・つぶやき | 映画・テレビ | 書籍・雑誌 | 歌曲投稿サイト「詩と音楽」 | 演奏家 | 白井光子 | 研究者・評論家 | 藤村実穂子 | | 音楽 | R.シュトラウス