河原忠之/リサイタル・シリーズ 2014 ~歌霊(うたたま)~第6回 フランシス・プーランクⅡ(2014年03月28日 東京文化会館 小ホール)

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河原忠之リサイタル・シリーズ 2014 ~歌霊(うたたま)~第6回 フランシス・プーランクⅡ
デビュー30周年記念

2014年03月28日(金)18:30 東京文化会館 小ホール(全自由席)

河原忠之(Tadayuki Kawahara)(ピアノ / Piano)
羽根田宏子(Hiroko Haneda)(ソプラノ / Soprano)
林美智子(Michiko Hayashi)(メゾ・ソプラノ / Mezzo-soprano)
村田健司(Kenji Murata)(バリトン・レジェ / Baritone martin)※プレ・トークと語り

第1部 ポール・エリュアールの詩による歌曲

歌曲集「5つの詩」(林美智子)
1.睡るその男は…
2.彼は彼女を…
3.透きとおった水の羽…
4.ガラスの額をもち…
5.恋する女たち…

歌曲集「こんな日 こんな夜」(林美智子)
1.うららかな日…
2.空の貝殻…
3.ちぎれた軍旗…
4.災難にあった馬車…
5.まっしぐらに…
6.野の花は…
7.きみだけを…
8.猛々しい顔…
9.私達は夜を創った…

歌曲集「燃える鏡」(羽根田宏子)
1.君は夕暮れの火を見る…
2.お前の額に名前を…

歌曲「この優しい顔」(羽根田宏子)

歌曲「・・・だが それは滅ぶこと」(羽根田宏子)

歌曲「心に支配される手」(羽根田宏子)

歌曲集「冷気と火」(林美智子)
1.眼から太陽から…
2.朝枝々は…
3.すべて消え去った…
4.庭の闇の中に…
5.冷気と火を…
6.おとこやさしい微笑…
7.流れて行く大河は…

歌曲集「画家の仕事」(林美智子)
1.パブロ・ピカソ
2.マルク・シャガール
3.ジョルジュ・ブラック
4.フアン・グリス
5.パウル・クレー
6.ホアン・ミロ
7.ジャック・ヴィヨン

歌曲「磁器の歌」(林美智子)

~休憩~

第2部 反戦と詩人

~マックス・ジャコブ詩~

歌曲集「5つの詩」(羽根田宏子)
1.ブルターニュの唄
2.お墓
3.かわいい女中
4.子守歌
5.スリックとムリック

歌曲集「パリジアーナ」(羽根田宏子)
1.コルネットを吹くこと
2.あなたもう書かないの?

~ルイ・アラゴン詩~

歌曲集「2つの詩」(羽根田宏子)
1.セー
2.みやびやかな宴

~ロベール・デスノス詩~

歌曲「消えた男」(林美智子)

歌曲「最後の詩」(羽根田宏子)

~休憩~

第3部 子供の世界

ジャン・ド・ブリュノフ作詞・絵
「子象ババールの物語」(語り:村田健司)

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河原忠之リサイタル・シリーズ“歌霊”も今年で第6回目を迎え、プーランクのⅡ回目が東京文化会館小ホールで演奏された。
Ⅰ回目を聴けなかったのが残念だが、前回と同じメンバーによるとのこと。
今回は6時半にスタートし、2回の休憩をはさみ、終演が9時20分頃というボリュームのある内容だった。
それでもちらしで予告されていたいくつかの歌曲はプログラムから省かれたというのも致し方ないことだろう(「村人たちの歌」が省かれたのは残念だったが)。

仕事を終えて会場に着くと、すでに村田健司氏のプレ・トークが始まっていた。
舞台上手側に立ち、穏やかで冷静に詩人と作曲家のかかわりを語る村田氏のトークは興味深いものだった。
スクリーンも利用され、詩人の写真や、演奏中の訳詩、さらに「子象ババールの物語」ではもとの絵本の中からの絵も映し出され、視覚からも楽しませてもらった。

エリュアールの詩はシュルレアリスムの言葉のとらえがたい内容を理屈でとらえずに、感覚で浴びることが大事とのこと。
確かに日本語に訳されたもので意味をとろうとすることは難しく、またそうする必要もないのかもしれない。
フェリシティ・ロットのリサイタルで好きになった歌曲集「こんな日 こんな夜」も理屈に合わない場面の連続であり、むしろその不思議な感覚そのものを楽しめばよいのだろう。
またちょっと変わった猥雑な人だったというマックス・ジャコブや、ロベール・デスノスといった詩人たちは、いずれもユダヤ人であった為に収容所で亡くなったとのこと。
そういう事実を知ったうえで、デスノスの「消えた男」というユダヤ人の友人がある日ぱったり町から消えたという内容の曲を聴くと、その重みが(曲の軽さも相まって一層)実感される。
プーランクの音楽はしゃれていたり、真面目くさっていたり、早口言葉だったり、悲しげだったり、そのころころ変わる楽想は飽きることがない。
だが、じっくり聴いていると、同じような曲想を異なる作品で使ったりもしている。
例えば、歌曲集「村人たちの歌」の中の「乞食」の前奏の音楽は、「子象ババールの物語」の中で母象が子象を背中に乗せて歩く場面で流用され、重い足取りを表す時のプーランクのお決まりの音楽なのかもしれない。

今回20歳でデビューして30周年の記念も兼ねているという河原忠之のピアノはまったくもって素晴らしい!
先日望月哲也のリサイタルで世紀末のウィーンの歌曲集を聴いたばかりだが、この短期間にプーランクの多彩で雄弁で難しい(であろう)音楽をよくここまで見事に自分のものにして演奏していることか。
河原氏の能力に脱帽するだけでなく、彼の各作品への愛情が演奏する姿勢からも感じられ、本当に素晴らしいピアニストだとあらためて実感させられた。
音があいかわらず温かみのあるみずみずしい響きなのが素敵だ。

歌手も多彩だ。
今が旬のさなかのメゾソプラノの林美智子は、舞台姿も美しく、さらに深みのあるメゾの美声がそれぞれの歌曲に息吹を与えているのを心地よく聴くことが出来た。
ベテランのソプラノ、羽根田宏子は全曲暗譜(!)で、どの曲も味わいがにじみ出た血肉となった表現が素晴らしかった。
そして各ブロック演奏前のトークもこなした村田健司がフランス語の語りで出演した「子象ババールの物語」のなんという名演!
目をつむっていればここにいるのが日本人であるとは誰も思わないだろう。
名俳優さながらの起伏に富みドラマティックに演出する村田氏の語りは、映像がもしなかったとしても聴き手の胸に温かいものを灯したであろうことは間違いない。
目の前にババールが、町の老婦人が、象の国の王様が、ぱっと目に浮かぶような迫真の語りであった。
これはよいものが聴けて大満足である。
前回の再演とのことだが、これは次回のプーランクの時にもぜひ再演を重ねてほしい演目である。

長丁場だが全く疲れを感じずに一気に楽しめた(演奏者は大変だったろうが)。
唯一注文をつけるとすれば、この文化会館の小ホールの構造上の問題なのかもしれないが、舞台裏の話し声や物音が結構聞こえるのが多少気になった。
だが演奏と選曲自体は大満足で、プーランクがますます身近になり、好きになった。

なお“歌霊”シリーズの次回は来年の3月31日、R.シュトラウスのⅡ回目とのこと。
楽しみである。

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Mouvement perpétuel/エスプリとリリシズム プーランクの歌曲~没後50年に寄せて(2013年11月26日 ルーテル市ヶ谷ホール)

Mouvement perpétuel特別演奏会
エスプリとリリシズム
プーランクの歌曲~没後50年に寄せて

2013年11月26日(火)18:45 ルーテル市ヶ谷ホール(自由席)

上沼純子(soprano)
齋藤青麗(soprano)
原彩子(soprano)
新井田さゆり(soprano)
萩原雅子(soprano)
成川友希(soprano)
鳥海仁子(soprano)
島田裕里子(mezzo soprano)
池端歩(mezzo soprano)
武田正雄(ténor)
佐藤光政(bariton)

Ensemble du Mouvement perpetual (choeur)

白取晃司(pf)
室伏琴音(pf)
吉本悟子(pf)
田中健(pf)

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●島田裕里子(mezzo soprano) 白取晃司(pf)
『動物詩集またはオルフェオのお供』(ギヨーム・アポリネール)
 駱駝
 チベットの山羊
 蝗
 海豚
 ざりがに
 鯉

『ギヨーム・アポリネールの四つの詩』
 鰻
 絵はがき
 映画に行く前に
 1904年

●上沼純子(soprano) 室伏琴音(pf)
『ルイーズ・ラランヌの三つの詩』
 贈り物
 歌
 昨日

『変身』(ルイーズ・ド・ヴィルモラン)
 カモメの女王
 おまえはこんなふうだから
 パガニーニ

●齋藤青麗(soprano) 白取晃司(pf)
『そんな日そんな夜』(ポール・エリュアール)
 素晴らしい日
 空の貝殻のかけら
 失われた旗のような額
 瓦礫に覆われた四輪馬車
 全速力で
 一本の哀れな草
 私は君を愛したいだけだ
 燃えるような野生の力の姿
 私たちは夜を作った

●原彩子(soprano) 室伏琴音(pf)
『かりそめの婚約』(ルイーズ・ド・ヴィルモラン)
 アンドレの貴婦人
 草の中で
 飛んでいるのだ
 私の死骸は手袋のように柔らかい
 ヴァイオリン
 花

●新井田さゆり(soprano) 吉本悟子(pf)
『ルイ・アラゴンの二つの詩』
 C.(セー)
 雅やかな宴

ラ・グルヌイエール(ギヨーム・アポリネール)
モンパルナス(ギヨーム・アポリネール)
ハイドパーク(ギヨーム・アポリネール)

~休憩(Entr'acte)~

●萩原雅子(soprano) 吉本悟子(pf)
『カリグラム』(ギヨーム・アポリネール)
 女スパイ
 変異
 南へ
 雨が降る
 追放された恩恵
 蝉たちと同じ程度に
 旅

●池端歩(mezzo soprano) 田中健(pf)
『画家の仕事』(ポール・エリュアール)
 パブロ・ピカソ
 マルク・シャガール
 ジョルジュ・ブラック
 フワン・グリス
 ポール・クレー
 フワン・ミロ
 ジャック・ヴィヨン

●武田正雄(ténor) 田中健(pf)
いなくなった人(ロベール・デスノス)
平和の祈り(シャルル・ドルレアン)
やぐるまぎく(ギヨーム・アポリネール)

●佐藤光政(bariton) 白取晃司(pf)
『村人の歌』(モーリス・フォンブール)より
 祭りに行く若者たち
 乞食

●成川友希(soprano) 室伏琴音(pf)
モンテカルロの女(ジャン・コクトー)

●オペラ『カルメル派修道女の対話』第二幕第二場 第二の修道院長の祈り「わが娘たちよ」
リドワーヌ新修道院長:鳥海仁子(soprano)
受肉のマリー上級修道女:池端歩(mezzo soprano)
修道女たち:Ensemble du Mouvement perpétuel
新海華子・高橋季絵・牧優雅(sopranos 1)
鈴木亜矢子・出口佳子・長坂理絵(sopranos 2)
友光耀子・庄司由美・望月唯(altos)
田中健(pf)

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先週に引き続き、プーランクの没後50年を記念する歌曲コンサートがあったので、出かけてきた。
先週も出演していたテノールの武田正雄がおそらく中心になっているのであろうMouvement perpétuelという団体の特別演奏会である。
配布されたプログラムの挨拶として武田氏が書かれているところによると、レジーヌ・クレスパンの元夫Lou Bruder氏の話として紹介されていたことが特に興味深かった。
Bruder氏の詩にプーランクが作曲してクレスパンに捧げる計画があったそうだが、その矢先にプーランクが亡くなってしまったそうだ。
もう少しプーランクが長生きをしていたら、クレスパンに献呈した新しい歌曲が存在したであろうに残念だ。

今回も多くの歌手、ピアニストが出演して、プーランクの多彩な歌曲の花束が編まれた。
休憩15分をはさみ、9時5分ごろ終演で、正味2時間を超すボリュームたっぷりの内容であった。
今回もある歌曲集の全曲を特定の一人の歌手とピアニストが演奏して、それを次々に別の演奏者がリレーしていくという形が中心であり、最後にオペラの抜粋を合唱を加えて演奏した。

歌手陣は若手から中堅、ベテランまで幅広く、今後が楽しみな若々しい歌唱から、脂の乗り切った中堅の立派な歌唱、さらに経験豊かさが滲み出るベテランの味わい深い歌唱まで、それぞれの個性が際立つ歌の競演であった。
さらにピアニスト4人もそれぞれの個性がありながら、みなテクニックもしっかりしており、作品への把握も素晴らしく、大いにその妙技を楽しんだ。

みな素晴らしかったが、ひとつだけ挙げるとすると、先週のボールドウィンのコンサートにも出演した池端歩による『画家の仕事』が実に堂々たる歌唱で、メゾソプラノの深みと力強さがあり、特筆に値する素晴らしさだった。
そして彼女をサポートする田中健がピアニスティックな鋭利さで歌唱と互角に演奏していたのも印象に残った。

こうしてプーランクの歌曲をまとめて聴いてみると、フランスのエスプリというものがどんなものか、その雰囲気だけは感じられたような気がする。
ちょっと平たく私なりの印象で表現すると、プーランクの歌曲は「お茶目」ということになるのではないか。
真摯な中に遊び心がある、また真面目なテキストにちょっと軽さを加えてみたりする。
また、ピアノ後奏がとても充実して美しい作品が多い印象もある。
例えば『そんな日そんな夜』の終曲「私たちは夜を作った」や『カリグラム』の終曲「旅」の後奏など、惹きこまれる魅力がある。
また、私がスゼー&ボールドウィンで知って以来大好きな『村人の歌』は全曲ともに歌とピアノの結びつきが特に緊密で面白い。
本来は全曲で聴きたいところだったが、バリトンの佐藤氏は独特のオーラを発して、クラシックの枠を超えた歌唱と表情で、曲集中の2曲を披露していた。
それから「モンテカルロの女」という曲が長いモノローグで興味深かった。

企画したスタッフと演奏者の皆さんに拍手を贈りたい。
とても意義深い楽しいコンサートだった。

今年もあと1月を残すのみだが、プーランクの歌曲にますますはまってしまいそうな今日このごろである。

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鎌田滋子ほか&ダルトン・ボールドウィン/プーランク没後50年記念ガラコンサート(2013年11月19日 白寿ホール)

プーランク没後50年記念ガラコンサート
(Francis Poulenc 50 Anniversary Gala Concert)
2013年11月19日(火)19:00 白寿ホール(全自由席)
(休憩15分。21:20終演)

ダルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)(ピアノ)({対話」以外)
鎌田滋子(Shigeko Kamada)(ソプラノ)
高橋さやか(Sayaka Takahashi)(ソプラノ)
池端 歩(Ayumi Ikehata)(メゾ・ソプラノ)
坂本貴輝(Takateru Sakamoto)(テノール)
武田正雄(Masao Takeda)(テノール)
坂下忠弘(Tadahiro Sakashita)(バリトン)
鈴木靖子(Yasuko Suzuki)(ピアノ)(「対話」)

企画構成:鈴木靖子;鎌田滋子

プーランク(Poulenc)作曲

1.アポリネール(Guillaume Apollinaire)の詩による
「動物詩集(Le Bestiaire, ou le Cortège d'Orphée)」(池端)
1. らくだ(Le dromadaire)
2. チベットの牝山羊(La chèvre du Thibet)
3. いなご(La sauterelle)
4. イルカ(Le dauphin)
5. ザリガニ(L'Écrevisse)
6. 鯉(La carpe)

モンパルナス(Montparnasse)(坂本)
ハイド・パーク(Hyde Park)(坂本)
矢車菊(Bleuet)(坂本)

「四つの詩(Quatre poèmes)」(池端)
1. ウナギ(L'Anguille)
2. 絵はがき(Carte-Postale)
3. 映画の前に(Avant le cinéma)
4. 1904(1904)

「月並み事(Banalités)」(坂下)
1. オルクニーズの歌(Chanson d'Orkenise)
2. ホテル(Hôtel)
3. ワロニーの沼地(Fagnes de Wallonie)
4. パリへの旅(Voyage à Paris)
5. すすり泣き(Sanglots)

2.アラゴン(Louis Aragon)の詩による
「二つの詩(Deux Poèmes de Louis Aragon)」(坂本)
1. セーの橋(C)
2. 艶なる宴(Fêtes Galantes)

3.ヴァレリー(Paul Valéry)の詩による
対話(Colloque)(高橋;坂下)

4.ジャコブ(Max Jacob)の詩による
「マックス・ジャコブの5つの詩(5 Poèmes de Max Jacob)」(鎌田)
1. ブルターニュ風の歌(Chanson bretonne)
2. 墓地(Cimetière)
3. ちいさな召使い(La petite servante)
4. 子守唄(Berceuse)
5. スリックとムリック(Souric et Mouric)

「パリジアーナ(Parisiana)」(武田)
1. ビューグルを吹く(Jouer du Bugle)
2. もう手紙をくれないの?(Vous n'écrivez plus?)

〜休憩〜

5.ヴィルモラン(Louise de Vilmorin)の詩による
「かりそめの婚約(Fiançailles pour rire)」(高橋)
1. アンドレの奥さん(La Dame d'André)
2. 草の中で(Dans l'herbe)
3. 飛んでいるの(Il vole)
4. 私の屍は手袋のようにぐったりと(Mon cadavre est doux comme un gant)
5. ヴァイオリン(Violon)
6. 花(Fleurs)

6.エリュアール(Paul Éluard)の詩による
「そんな日、そんな夜(Tel jour, telle nuit)」(武田)
1. よい1日(Bonne journée)
2. からの貝殻のかけら(Une ruine coquille vide)
3. 失われた旗のような額(Le front comme un drapeau perdu)
4. 瓦礫に覆われた四輪馬車(Une roulotte couverte en tuiles)
5. 全速力で(A toutes brides)
6. 一本の哀れな草(Une herbe pauvre)
7. 私は君を愛したいだけだ(Je n'ai envie que de t'aimer)
8. 燃え上がる荒々しい力の姿(Figure de force brûlante et farouche)
9. 私たちは夜を作った(Nous avons fait la nuit)

「燃える鏡(Miroir brulante)」より
君は夕暮れの火を見る(Tu vois le feu du soir)(池端)

7.カレーム(Maurice Carême)の詩による
「くじ引き遊び(La courte paille)」(鎌田)
1. 眠け(Le sommeil)
2. 大冒険(Quelle aventure!)
3. ハートの女王(La reine de Coeur)
4. バ、ベ、ビ、ボ、ブ(Ba, be, bi, bo, bu)
5. 音楽家の天使たち(Les anges musiciens)
6. 小さなガラスびん(Le carafon)
7. 四月のお月さま(Lune d'Avril)

8.オペラ「ティレジアスの乳房(Extrait de "Les Mamelles de Tirésias")」より
「いいえ、旦那様」("Non, Monsieur, mon mari")(高橋;武田)

〜アンコール〜
愛の小径(Les chemins de l amour)(全員)

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今年もドルトン・ボールドウィンが来日し、多くの日本人歌手たちと共演している。
そのうちの一つを聴いた。
今年はヴァーグナーやヴェルディばかりが盛り上がっているが、プーランクも没後50年の記念年なのであった。
この夜は、プーランクの歌曲ばかりを集めたガラコンサートである。
まずはパンフレットに掲載されたボールドウィンの言葉から。

「ジェラール・スゼーと私が50年以上前、日本で最初にプーランクの歌曲を演奏した時、観客は困惑し、批評家からは好評を得られませんでした。いつの世も新しい芸術の形式を受け入れるのには時間が掛かります。」
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ボールドウィンが日本でプーランクを演奏してから50年経ち、日本のプーランク受容は変わったのか。
少なくとも当時と比べれば演奏される機会が増えたことは確かだろう。
ただ言葉の壁がある歌曲に関して言えば、まだまだ浸透しているには程遠い状態ではないか。
かく言う私も、プーランクの歌曲の中で好んで聴く曲は限られている(曲調に慣れるとこの上なく楽しい作品ばかりだが)。
そういう状況で、このようなプーランクの歌曲にどっぷり浸かるコンサートは大きな意味を持つのではないか。
実際、ボールドウィンの演奏目当てで来たこのコンサートで、私はプーランクの魅力にあらためて惹きこまれてしまったのである。

ここ数年ボールドウィンの実演を聴いていると、どうしても記憶力の面で年齢を感じてしまう場面に少なからず遭遇してきた(楽譜は置いているのだが)。
それが、この日のコンサートでは、十八番のプーランクの作品ということもあるのか、行方不明になることがほとんどなく、しかもテクニカルな面で難曲の多い彼の歌曲をものの見事に弾いていた。
来月で82歳を迎えるピアニストとしてはそれは驚異的なことではないだろうか。
相変わらずタッチは骨太でよく歌い、それでいながら歌手それぞれへの細やかな配慮は怠りない。
まさに円熟の演奏であった。
ボールドウィンの名人芸にサポートされた日本の優れたフランス歌曲歌手たちも気持ちよく歌えたのではないだろうか。
一つだけ苦言を呈させてもらうと、曲が終わって最後の音をペダルで伸ばしながら次の曲の楽譜を置く時の音ががさがさ大きすぎ、余韻に浸りにくいということはあった。
いっそ譜めくりを頼んではどうかと思ってしまったが、あるいはプーランクの歌曲は余韻に浸ることを拒むものなのだろうか。
そのあたりは分からず仕舞である。

今回は詩人ごとにまとめられた歌曲集をそれぞれ担当の歌手が登場して歌っては袖に戻り、次の歌手が登場して歌うということを繰り返し、ボールドウィンはただ1曲愛の二重唱「対話」でお弟子さんの鈴木靖子が演奏した以外は全曲ひとりで通して演奏した。
その鈴木さんが伴奏した時はボールドウィンは客席1列目の左端に腰を下ろし、弟子たちの演奏を満足そうに見ていた。
ボールドウィンは本当に歌が大好きで、演奏するのも大好きで、また仲間の歌手たちがうまく歌ったのがうれしくて仕方がないという風に見えた。
歌い終えて引っ込む歌手それぞれに拍手を送ったり声や合図を送ったりするボールドウィンの姿は慈愛にあふれていた。
以前EMIのプーランク歌曲全集の解説書にボールドウィンが寄稿した文章によれば、確かプーランクにはじめて彼が会った時、手を調べられたという。
プーランクの歌曲を演奏するのに必要な厚みがあるかどうかを見られたのだとか。
プーランク自身が優れたピアニストであり、自作の演奏をピエール・ベルナックらと数多く演奏してきたわけで、彼の歌曲においていかにピアノパートが充実しているかは想像に難くない。
そのような歌曲を解釈するうえで、ボールドウィンの経験がこうして次代の歌手たちに引き継がれていくことがどれほど意義深いことか。
例えば、最初の「動物詩集」を歌った池端歩は、歌う前に各曲のタイトル(動物名)をフランス語で語るのだが、そのうちの一つの発音が正しくなかったのか、すぐにボールドウィンが正しい発音をし直していた。
その妥協のなさと、歌手たちへの指導の一端が垣間見えた瞬間であった。

プーランクの歌曲は大まじめだったり、おふざけがあったり、華やかだったり、シンプルだったり、早口だったり、ゆったりだったりと実に多彩である。
しかし、その多彩さの中にプーランクの色が強く刻印されているのがすごいとあらためて感じた。
「動物詩集」の第1曲「らくだ」という曲は下降するピアノパートに乗って、荘厳と言ってもいい真面目さで「私に4匹のらくだがいたら、ドン・ペドロ・ダルファルベイラがしたように世界を巡り歩いただろう」と妄想が歌われる。
しかし、最後のピアノ後奏はどう見てもおちゃらけた響きである。
大真面目に妄想を繰り広げ、「なーんちゃって」と煙に巻くかのようだ。
一方で「矢車菊」や「セーの橋」は戦争で傷ついたフランスの現実を真摯に表現する。
そうかと思えば早口の「艶なる宴」のナンセンスな内容を実に面白おかしく表現する。
ポール・ヴァレリーの「対話」は男女の官能的な対話を静かに表現する(この曲の最後で坂下さんが急に背中を向けて高橋さんと口づけを交わす演技が唐突でびっくりしたが、テキストの内容がストレートに伝わってきた)。
「かりそめの婚約」や「くじ引き遊び」は今やフランス歌曲の重要なレパートリーに定着したのではないか。
「そんな日、そんな夜」はフェリシティー・ロットで聴き馴染んでいた為、武田さんのバリトンでの歌唱は新鮮だった。

歌手たちはヴェテランも若手も実にフランス歌曲に真摯に向き合って、素晴らしい歌唱を聴かせてくれた。
メゾの池端さんはきれいな声が印象的で、テノールの坂本さんもよい声をしており、将来を期待させてくれた。
バリトンの坂下さんは昨年はじめてボールドウィンとのコンサートで聴いたが、今回も豊かに響くディクションと響きが素晴らしく、特に抑えた声が良かった。
ソプラノの高橋さんは声量も豊かでディクションも美しく、歌曲だけでなく、オペラ「ティレジアスの乳房」からの一場面を実に生き生きと歌って、強く印象に残った。
ソプラノの鎌田さんはベテランの味わいを滲ませた声の響きが美しく、表情も愛らしい。
テノールの武田さんもベテランらしい安心感で、フランス語の美しさと、プーランクらしい響きを堪能した。
武田さんだけ「もう手紙をくれないの?」という快活な歌を歌った後にボールドウィンに耳打ちされて、もう一度歌った。
前半の最後なので、アンコール的な意味合いもあるのだろうが、それにしてもボールドウィンのスタミナには驚かされた。

全曲が終わったアンコールでは、ボールドウィンが「愛の小径」の前奏を弾きはじめると、一人ずつ順番に歌いながら再度登場して、全員が最後に舞台に勢ぞろいするという形だった。
こうしてボリュームたっぷりのプーランク祭りは楽しく幕を閉じたのだった。

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フォーレ全歌曲連続演奏会IV(2010年11月2日 東京文化会館 小ホール)

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日本フォーレ協会創立20周年記念 フォーレ全歌曲連続演奏会IV
-日本フォーレ協会第XXIII回演奏会-

2010年11月2日(火)19:00 東京文化会館 小ホール(全自由席)

フォーレ(Fauré: 1845-1924)作曲

Op.85-1 九月の森で Dans la forêt de septembre
Op.85-2 水の上を行く花 La fleur qui va sur l'eau
Op.85-3 同行 Accompagnement
 土屋雅子(ソプラノ)、伊藤明子(ピアノ)

Op.87-1 もっとも甘美な道 La plus doux chemin
Op.87-2 山鳩 Le ramier
Op.92 静かな贈物 Le don silencieux
 美山節子(ソプラノ)、堀江真理子(ピアノ)

Op.94 歌 Chanson
Op.114 平和になった C'est la paix
--- 朝焼け L'aurore
 加納里美(メゾソプラノ)、高木由雅(ピアノ)

Op.113 《まぼろし Mirages》(全4曲)
 水の上の白鳥
 水に映る影
 夜の庭
 踊り子
 立木稠子(メゾソプラノ)、堀江真理子(ピアノ)

Op.118 《幻想の水平線 L'horison chimérique》(全4曲)
 海は果てしなく
 私は船に乗った
 ディアーヌよ、セレネよ
 船よ、私たちはおまえたちを愛したことだろう
 佐野正一(バリトン)、高木由雅(ピアノ)

 ~休憩~

Op.68bis アポロン賛歌 Hymne à Apollon
 野々下由香里(ソプラノ)、木村茉莉(ハープ)、アンサンブル・コンセールC(4人の合唱)

Op.86 即興曲 Impromptu
Op.110 塔の奥方Une chatelaine en sa tour
 木村茉莉(ハープ)

Op.65-1 アヴェ・ヴェルム・コルプス Ave verum corpus
Op.47-2 マリア、恩寵の聖母 Maria, Mater gratiae
 野々下由香里(ソプラノ)、中村優子(メゾソプラノ)、高木由雅(ピアノ)

Op.65-2 タントゥム・エルゴ Tantum ergo
Op.22 小川 Ruisseau
 野々下由香里(ソプラノ:Op.22)、アンサンブル・コンセールC(12人の合唱)、伊藤明子(ピアノ)

Op.35 マドリガル Madrigal
Op.50 パヴァーヌ Pavane
Op.11 ジャン・ラシーヌの雅歌 Cantique de Jean Racine
 野々下由香里(ソプラノ)、中村優子(メゾソプラノ)、安冨泰一郎(テノール)、佐野正一(バリトン)、高木由雅(ピアノ)

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昨年7月よりスタートしたフォーレ全歌曲連続演奏会も今回でとうとう最終回を迎えた。
東京文化会館の小ホールもなかなか無いほどの盛況であった。

今回は最終回ということで、フォーレ最晩年の渋みあふれる歌曲が集まった。
Op.85-1の「九月の森で」にはじまる個々の歌曲たちは、教会旋法の使用が目立ち、分かりやすさとは無縁な作品ばかりだが、虚飾のないフォーレの晩年の心境を反映しているのだろう。
音楽の方が私たちに接近してくれるわけではないので、聴き手が何度も耳を傾けることによって、ようやく心を開いてくれるような感じだ。
それらの中に何故か初期作品の「朝焼け」(作品番号なし)が混ざっていたが、この作品の分かりやすさが際立つ結果となった(本来ならばシリーズ1回目で演奏されるべきだったと思うが、何か意図があるのだろうか)。
フォーレ最後の歌曲集「まぼろし」と「幻想の水平線」は、余計なものを一切削ぎ落とした詩のエキスだけを抽出したような音楽であり、それゆえにこれ以上ないほど簡素なピアノパートは決して二次的な「伴奏」とみなしてはならない。
フォーレは初期の「蝶と花」のようなロマンスから随分遠い境地に達したことになる。
率直に言うと私もいまだフォーレの歌曲は初期作品を聴くことが多いのだが、以前よりも少しは晩年の作品に近づいていけたような気がする。

休憩後は合唱曲や重唱曲をまとめてとりあげており、珍しいハープの独奏(木村茉莉の演奏)なども演奏された。

ハープの独奏を生で聴くことはこれまでほとんどなかったと思うが、同じ弦から様々な音色が響き、グリッサンドもあれば指でぽつぽつはじく手法もあり、一台で多様な響きが可能なのだとあらためて感じた。
それにしてもやはりこの楽器は独自の美しい響きをもっていた。
その場の空気が浄化されるような感じであった。
ただ、木村さんの演奏を見ていると、そんな気品にあふれたこの楽器もきっと相当な力仕事なのだろうなという印象は受けた。

なお、「パヴァーヌ」という曲、私はてっきりオーケストラ曲だとばかり思っていたのだが、どうやら後に合唱パートが付け加えられたようだ。
この典雅なたたずまいの音楽に、こんなに俗っぽいテキストというのがなんともミスマッチで面白いが、ルネッサンス以前の声楽作品などは案外このタイプのテキストが多かったりするので、フォーレもそれに倣ったのだろうか。

今回は晩年の歌曲ということで、演奏される方々もベテラン勢が多かったようだ。
声のコンディションに苦心するところがあったとしても、厳しい訓練を経てこれまで長いこと歌いこんできたであろう歌の数々はやはり背筋を伸ばして聴くに値するものであった。
とりわけ「幻想の水平線」を歌ったバリトンの佐野正一は心技バランスのとれた名唱だったと感じた。

後半はハープ伴奏の作品など珍しい歌を満喫したが、バッハコレギウムジャパンでも活躍しているソプラノの野々下由香里はずば抜けた素晴らしさだった。
生ではおそらくはじめて聴いたと思うが、透明でどこまでもよく伸びる美声と明瞭な語り口は、古楽だけでなく、19世紀の作品にも見事にはまっていた。
ステージでの所作も魅力的で、さらにいろいろと聴いてみたいと思わせられた。

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今回登場した3人のピアニストたちもそれぞれ皆素晴らしく、フォーレの音楽を見事に表現していたことは特筆しておきたい。

この意義深い企画にかかわったすべての方々にシリーズ完結のお祝いを申し上げたい。

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フォーレ全歌曲連続演奏会Ⅲ(2010年5月26日 東京文化会館 小ホール)

日本フォーレ協会創立20周年記念 フォーレ全歌曲連続演奏会Ⅲ
-日本フォーレ協会第ⅩⅩⅡ回演奏会-

Faure_20100526

2010年5月26日(水) 19:00 東京文化会館 小ホール(全自由席)

フォーレ(Fauré: 1845-1924)作曲

ヴォカリーズ(Vocalise étude)
贈物(Les présents) Op.46-1
月の光(Clair de lune) Op.46-2
口づけをしたから(Puisque j'ai mis)(未出版曲)
 三林輝夫(Teruo Sanbayashi)(T)、井上二葉(Futaba Inoue)(Pf)

涙(Larmes) Op.51-1
墓地で(Au cimetière) Op.51-2
憂鬱(Spleen) Op.51-3
ばら(La rose) Op. 51-4
 坂本知亜紀(Chiaki Sakamoto)(S)、ローラン・テシュネ(Laurent Teycheney)(Pf)
 
「シャイロック(Shylock)」より
 歌(Chanson) Op.57-1
 マドリガル(Madrigal) Op.57-3
 根岸一郎(Ichiro Negishi)(Br)、柴田美穂(Miho Shibata)(Pf)
 
「ヴェネチアの5つの歌(Cinq mélodies "De Venise")」 Op.58
 マンドリン(Mandoline) Op.58-1
 ひそやかに(En sourdine) Op.58-2
 グリーン(Green) Op.58-3
 クリメーヌに(A Clymène) Op.58-4
 やるせない夢見心地(C'est l'extase langoureuse) Op.58-5
 小宮順子(Yoriko Komiya)(S)、井上二葉(Pf)
 
不滅の香り(Le parfum inpérissable) Op.76-1
アルペジオ(Arpège) Op.76-2
牢獄(Prison) Op.83-1
夕べ(Soir) Op.83-2
 石井惠子(Keiko Ishii)(S)、柴田美穂(Pf)

 ~休憩~
 
金色の涙(Pleurs d'or) Op.72
 石井惠子(S)、根岸一郎(Br)、柴田美穂(Pf)
 
シシリエンヌ(Sicilienne) Op.78
幻想曲(Fantaisie) Op.79
 三上明子(Akiko Mikami)(Fl)、ローラン・テシュネ(Pf)
 
「閉ざされた庭(Le jardin clos)」 Op.106(全8曲)
 Ⅰ.願いの聞き入れられんことを
 Ⅱ.あなたに目を見つめられると
 Ⅲ.春を告げる使い
 Ⅳ.あなたの心に身を委ねましょう
 Ⅴ.ニンフの神殿で
 Ⅵ.薄明のなかで
 Ⅶ.愛の神よ、私にとって大切なもの、それは目隠し
 Ⅷ.砂の上の墓碑銘
 林裕美子(Yumiko Hayashi)(S)、井上二葉(Pf)

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昨年7月よりスタートしたフォーレ全歌曲連続演奏会も今回で3回目。
今回もベテランから若手まで様々な世代、様々な個性の歌手、ピアニストたちによってフォーレ中期の歌曲を中心に演奏された。
考えてみると、普段フォーレの歌曲をステージで聴く機会というのはかなり少ない。
そういう意味で、この連続演奏会は貴重な機会であると同時に、フォーレの音楽の素晴らしさを堪能させてくれるまたとないチャンスである。

そして、今回もまた最初から最後まで一貫して素晴らしい音楽と演奏を心ゆくまで楽しむことが出来て大満足だった。

特に未出版曲の「口づけをしたから(Puisque j'ai mis)」というヴィクトル・ユゴーの詩による作品をはじめて聴くことが出来たのは貴重だった。
1862年作曲というからごく初期の作品であり、実際に演奏を聴いてみても細かいピアノ音型の上を素朴な歌が流れていくという印象である。
フォーレが出版しなかったのもなんとなく分かる気もするが、なにはともあれ珍しい作品に接することが出来て良かった。

今回配布された歌詞の日本語訳付きパンフレットの土屋良二氏作成のフォーレ歌曲リストの分類によると、この日に演奏された作品は全4期中第3期の作品が中心で、それに第4期の歌曲集「閉ざされた庭」が加わっている。
若かりし頃の流麗で親しみやすい旋律に比べると、旋法的な独特な旋律の流れと、最低限の簡素なピアノパートによって徐々に渋みを増してきた。
特に歌曲集「閉ざされた庭」は何度か聴いて、こちらから歩み寄って行かないと、なかなかその良さが分からない晦渋さがある。
しかし、そういう歩み寄りの結果、きっと晩年のフォーレが心を開いてくれるような予感がする。

やはり「月の光」は際立って美しい作品である。
ピアノ曲に歌声のオブリガートが乗っかっているというようなことが良く言われるが、ヴェルレーヌのテキストがそのような音楽を求めているようにも思える。

なお、こういう機会でもないとなかなか聴くことの出来ない二重唱曲「金色の涙」が歌われたのも良かった。

おのおのの演奏に対する私の所感は以下のとおり(演奏順)。

三林輝夫(T)、井上二葉(Pf)
歌はリリカルな美しい声で真摯な表現が素晴らしかった。
ピアノは大ベテランだが、妥協のない引き締まった音楽と、衰えを知らぬテクニックの冴えは驚くほどで、大変感銘を受けた。

坂本知亜紀(S)、ローラン・テシュネ(Laurent Teycheney)(Pf)
歌は非常に素直で清潔感のある声だが、「涙」のようなドラマティックな曲にもよく同化していて良かった。
ピアノは音の濁りもものともせず骨太な演奏だった。日本人のピアニストとの個性の違いが印象的だった。

根岸一郎(Br)、柴田美穂(Pf)
歌はヴィブラートの少ないユニークな声で洒脱な登場人物になりきって歌っていたと思う。
北とぴあのオペラで何度か聴いたが、歌曲もとても合っていると感じた。
柴田さんのピアノは非常に安定していて、音色もまろやかで美しく粒が揃っていて、非の打ちどころがなかった。
優れた歌曲ピアニストとして名前を覚えておこう。

小宮順子(S)、井上二葉(Pf)
声量が豊かで、ソプラノだが厚みもあり、様々なタイプの曲に対応できる歌手だと思った。
ピアノは変幻自在な音色にまたまた驚かされ、特に「クリメーヌに」での演奏はピアノに耳を奪われっぱなしだった。

石井惠子(S)、柴田美穂(Pf)
この歌手は今晩の出演者の中でもとりわけ優れていたと思った。
どの声域でもかすれたり弱くなったりすることが一切なく、常に熟達した豊かな音楽が表現されていて、素晴らしい歌手だった。

三上明子(Fl)、ローラン・テシュネ(Pf)
フルートの音色は高く澄んでいるのだが、若干ハスキーな響きも混ざっている。
その響きは人の声を想起させる気がした。
ピアノは歌手との共演の時よりも自在さが増し、より対等に主張していた。
フォーレの名作2曲を素晴らしい演奏で堪能した。
それにしても「シシリエンヌ」は何度聴いてもノスタルジックな感傷にひたってしまうような美しい作品である。

林裕美子(S)、井上二葉(Pf)
林さんは素直でリリカルな声と表現力で、この一見晦渋な作品に生き生きとした生命感を与えていた。
井上さんは最後まで隙のない完成された演奏を聴かせてくれた。
井上二葉さんの実演を聴けたというだけでも素晴らしい体験だった。

この全歌曲シリーズ最終回は11月2日の予定。

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フォーレ全歌曲連続演奏会II(2009年11月5日 東京文化会館 小ホール)

日本フォーレ協会創立20周年記念 フォーレ全歌曲連続演奏会II
Faure_20090708-日本フォーレ協会第XXI回演奏会-

2009年11月5日(木) 19:00 東京文化会館 小ホール(全自由席)

フォーレ作曲

ネル op.18-1
旅人 op.18-2
秋 op.18-3
オリンピオの悲しみ(未出版曲)
 鎌田直純(Br)、野平一郎(P)

ある日の詩 op.21 1.出会い 2.いつまでも 3.別れ
 山田暢(S)、犬伏純子(P)

ゆりかご op.23-1
わたしたちの愛 op.23-2
秘密 op.23-3
 佐伯葉子(S)、藤井ゆり(P)

愛の歌 op.27-1
歌の妖精 op.27-2
 神谷明美(S)、藤井ゆり(P)

あけぼの op.39-1
捨てられた花 op.39-2
夢の国 op.39-3
イスファハーンのばら op.39-4
 前田地香子(S)、藤井ゆり(P)

クリスマスop.43-1
夜想曲 op.43-2
祈り
 神谷明美(S)、藤井ゆり(P)

~休憩~
 
この世ではどんな魂も op.10-1
タランテラ op.10-2
 神谷明美(S)、佐伯葉子(S)、藤井ゆり(P)

エレジー op.24
 倉田澄子(Vc)、野平一郎(P)

歌曲集「イヴの歌」(全10曲)op.95
 森朱美(S)、野平一郎(P)

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フォーレ全歌曲連続演奏会も7月に続き、今回で2回目。
今回も「ネル」「秋」「ゆりかご」「捨てられた花」「イスファハーンのばら」など聴きたかった曲が満載!
しかも、大好きなチェロとピアノのための「エレジー」まで聴けて、幸せな時間だった。
また、フォーレの二重唱曲もこういう機会でなければなかなかとりあげられないと思われ、曲も演奏も素晴らしかった。

以下、私の勝手な感想です。

●歌手

鎌田さんはハイバリトンの美しい声をもっているが、起伏が少なく感じられた。高音があまり出ていなかったのが惜しい。

山田さんはベテランらしい含蓄のあるフランス語の語りかけが素晴らしく、声はよく通り、解釈も安定していて安心して聴けた。

佐伯さんはソプラノといっても低めの響きが特徴的で、声を張ると深みのある声になった。

神谷さんはよく響く安定した声といい、めりはりのある語りといい、この日の歌手の中でもとりわけ素晴らしかった。

前田さんはベテランらしい余裕のある表現で特徴的な声質を生かして朗々と歌っていた。

森さんはビジュアル的にも華があり、白を基調とした美しいドレスとともに魅了された。
声は美しいものをもっていて、フランス歌曲に向いているように感じたが、さらに細かい表情が加わったらより良くなるのではと思った。

●ピアニスト

野平さんのピアノは以前から一度聴いてみたかったので、ようやく念願かなった。
どの1曲をとってもしっかり自分のものにして、最大限に曲の魅力を引き出していた。
色彩感にもことかかず、テクニックも申し分ない。
力強さと繊細さを併せ持った素晴らしいピアニストだと感じた。

藤井さんはどの曲にも対応できる優れたテクニックと過不足のない理想的な響きで一貫して素敵な演奏をしていた。

犬伏さんは山田さんとの共演のみだったが、堅実で丁寧な演奏は好感がもてた。

●チェリスト

倉田さんはかなりたくましい朗々とした低音を響かせ、フォーレの名曲「エレジー」の美しい旋律を力強く奏でていた。
特にピアノがメロディーを弾く箇所でチェロがずしんと低い音を持続する時の倉田さんの奏でた音はチェロの醍醐味を味わわせてくれた。
チェロの音色は生で聴くと録音以上に素晴らしい。

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このシリーズ、次回は来年の5月26日とのこと。
有名な「月の光」が歌われるほか、未出版曲「口づけをしたから」という曲も披露されるようで楽しみである。

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フォーレ全歌曲連続演奏会I(2009年7月8日 東京文化会館小ホール)

フォーレ全歌曲連続演奏会I
Faure_20090708-日本フォーレ協会第XX回演奏会-

2009年7月8日(水) 19:00 東京文化会館小ホール(自由席)

Op.1-1 蝶と花
Op.1-2 五月
Op.2-1 僧院の廃墟にて
Op.2-2 水夫たち
 田中詩乃(S)中村玲子(P)

Op.3-1 ひとりきり
Op.3-2 トスカーナのセレナーデ
Op.4-1 漁夫の歌
Op.4-2 リディア
 平林龍(BR)徳田敏子(P)

Op.5-1 秋の歌
Op.5-2 愛の夢
Op.5-3 いない人
 中村まゆ美(MS)徳田敏子(P)

Op.6-1 朝の歌
Op.6-2 悲しみ
Op.6-3 シルヴィ
 安陪恵美子(S)中村玲子(P)

Op.7-1 夢のあとに
Op.7-2 賛歌
Op.7-3 舟歌
 秋山理恵(S)須江太郎(P)

~休憩~

Op.8-1 水のほとり
Op.8-2 身代金
Op.8-3 この世
 岡田理恵子(S)徳田敏子(P)

Op.16 子守唄
Op.28 ロマンス
 鈴木まどか(VLN)佐々木京子(P)

Op.61 「優しい歌」(全9曲)
 武田正雄(T)須江太郎(P)

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水曜日に上野でフォーレ歌曲の全曲シリーズ1回目を聴いてきた。
フォーレの歌曲を作品番号ごとに異なる歌手が分担して(ピアニストはかけもちあり)、来年までの全4回で全曲演奏しようという壮大な企画である。
日本フォーレ協会の創立20周年を記念したシリーズとのことだが、フランス人によるフォーレ歌曲の歌唱を聴ける機会ですら極めて乏しい中で、日本人ばかりでこのような貴重な機会を得られたのは有難いことである。

EMIに録音されたフォーレ歌曲全集は、LP発売時は5枚組で、CD化にあたって4枚組になったが、私は1枚目の初期歌曲を聴く機会が圧倒的に多い。
「五月」「愛の夢」など珠玉のような歌曲(メロディというよりはロマンス)で大好きである。
フォーレ晩年の最低限の音を用いた朗誦に近づいた作品はフォーレの円熟を示していて素晴らしいのだが、やや晦渋な印象もあり、気楽に旋律美と和声の美しさを味わうには、初期の歌曲が一番である。

そんなわけで、今回の初期歌曲中心の選曲は私にとって次々に披露される宝物のような時間だった。
7人の歌手たちは世代も声域も異なる人たちで、それぞれ個性も異なり、バラエティに富んだ響きを味わうにはもってこいだった。
女声はメゾの中村まゆ美(味わいがあった)以外はすべてソプラノだったが、同じソプラノでも個性がみな異なり、堅実な田中、明朗な安陪、安定感のある秋山、しっとりとした岡田といった具合におのおのの良さを生かしていた。
まだ若そうなバリトンの平林龍はベルナックのような声に恵まれ、フランス歌曲との相性のよさを感じた。
そしてフォーレ中期の傑作「優しい歌」全曲を歌ったテノールの武田正雄はベテランの貫禄を感じさせ、生気みなぎる歌いぶりで感銘を受けた。

3人のピアニストもみな粒が揃った名手たちだったが、「優しい歌」などを弾いた須江太郎は音のパレットの豊かさと美しい響きでとりわけ素晴らしかった。
また、徳田敏子は堅実で丁寧な演奏ぶりが理想的な歌曲演奏を実現していたと感じた。

なお、後半でヴァイオリンとピアノのための小品2曲が演奏され、心地よい気分転換になった。

Faure_20090708_chirashiフォーレを演奏する人材がこんなにも豊富であることに感謝すると共に、彼らが今後もフォーレを歌う機会を多くもってほしいと願わずにはいられない。

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ジャルスキ&デュクロ/フランス歌曲集(ネットラジオ局france musiqueの放送)

さきほど素敵なコンサートをフランスのネットラジオで聴いた。
若手カウンターテナー(フランス語ではcontre-ténorと言うそうだ)のフィリップ・ジャルスキが、ピアニストのジェロム・デュクロと組んで、フランス歌曲を歌ったコンサートのライヴ録音である。
様々な作曲家の名曲を散りばめたフランス歌曲の花束といった趣である。

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フランス歌曲集(Mélodies Françaises)

フィリップ・ジャルスキ(Philippe Jaroussky)(contre-ténor)
ジェロム・デュクロ(Jérôme Ducros)(piano)

録音:2009年4月5日、パリ、シャトゥレ座(ライヴ)
(Concert donné le 5 avril 2009 au Théâtre du Châtelet à Paris)

1.デュポン(Gabriel Dupont)/マンドリン(Mandoline)
2.ショッソン(Ernest Chausson)/ハチドリ(Le colibri)
3.フランク(César Franck)/夜想曲(Nocturne)
4.サン=サーンス(Camille Saint-Saëns)/阿片の夢想(Opium)
5.アーン(Reynaldo Hahn)/捧げ物(Offrande)
6.シャミナッド(Cécile Chaminade)/ソンブレロ(Sombrero)
7.シャミナッド/秋(ピアノ独奏)(Automne en ré bémol Majeur pour piano op.35 n°2)
8.アーン/クロリスに(A Chloris)
9.マスネ(Jules Massenet)/スペインの夜(Nuit d'Espagne)
10.ショッソン/時の女神(Les heures)
11.アーン/ブドウの収穫期の3つの日(Trois jours de vendange)
12.ルク(Guillaume Lekeu)/墓の上で(Sur une tombe)
13.アーン/艶やかな宴(Fêtes galantes)
14.フランク/前奏曲(ピアノ独奏)(Prélude pour piano)
15.シャミナッド/ミニョン(Mignonne)
16.フォレ(Gabriel Fauré)/秋(Automne)
17.フォレ/ネル(Nell)
18.ショッソン/リラの花咲くころ(Le temps des lilas)
19.アーン/わたしが離れ家にとらわれていたとき(Quand je fus pris au pavillon)
20.アーン/恍惚のとき(L'Heure exquise)

[アンコール]
21.ヴィヤルド/(曲名不明)
22.シャミナッド/ソンブレロ

(上述の作曲家の日本語表記、慣用と異なるものは私の表記ですのでご了承ください。)

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カウンターテナーというと、どうしても古楽の演奏家というイメージが強い。
もちろん、これまでも芸術歌曲を歌うカウンターテナーはいたが、どこか「余技」の印象は拭えなかった。

このフィリップ・ジャルスキ、1978年生まれというからやっと30代になったばかりである。
昨年は来日公演も行ったようだが、私はその頃、この歌手のことをほとんど知らず、チケットを買わなかった。

さて、実際の彼の歌唱、若い声が魅力である。
決して完成された声ではないかもしれないが、独自の魅力を持っている。
若干不安定さを残す部分もあるが、あらゆる音域にわたって、これだけの表現力で歌えるのはやはり非凡な能力なのではないか。
時々聞かせるポルタメントがやたら官能的で、それが曲によってプラスにもマイナスにもなりうるのは若さゆえかもしれない。
しかし、その妖しさは、確かにこれまでの近代歌曲の演奏にはなかったものではないだろうか。
例えば、フランス女声アルトのナタリー・ステュッツマンの声質は比較的近いものがあるように感じたが、ステュッツマンの方がさばさばとした健全そのものといった雰囲気で、アンニュイな趣には乏しい感もある。
それよりも30そこそこのこのコントルテノール(カウンターテナー)の方が余程なまめかしい。
この声でドゥビュッシーの「ビリティスの歌」などはぴったりはまるのではないかと思うが、今回の選曲には含まれていなかった。
フォレやドゥビュッシーの付曲で有名なヴェルレーヌの詩による「マンドリン」をガブリエル・デュポンという作曲家が作曲した珍しい作品で始めて、馴染みのある曲とそうでない曲をうまく組み合わせた変化に富んだプログラムビルディングを形成していたと感じた。
アーンの「恍惚のとき」でのジャルスキの弱声は繊細さを極めて、素晴らしい芸であった。
アンコールで再び歌ったシャミナッド作曲の「ソンブレロ」では、カウンターテナーだけでなく、テノールの音域も織り交ぜて歌い、聴衆の喝采を受けていたが、テノールとしての発声の訓練はあまりしていないのかもしれない(もちろんアンコールの楽しい雰囲気ではそんなことを言うのは野暮であり、素直にジャルスキのサービス精神を楽しめばよいのである)。

ピアノのジェロム・デュクロは美しい音を奏でていたが、聴きなれていた作品ではかなり大胆でドラマティックな演奏をしているように感じた(例えばフランクの「夜想曲」など)。
また、歌曲演奏会に2曲のピアノ独奏曲が加わっているのは珍しいと思うが、ここでもデュクロの華麗なテクニックが生かされていた。

アーンの「ブドウの収穫期の3つの日」という作品、途中で「怒りの日(ディエス・イレ)」のメロディがピアノにあらわれていた(それにしても、ベルリオーズをはじめとしてこのメロディを引用した作品の多いこと!)。

この放送、実は個人的にもう1つ楽しみだったことがあって、フランス人アナウンサーが、我々にお馴染みのフランス人作曲家の名前をどのように発音するのか、フランス語に疎い私は興味津々で耳を傾けていた。
サン=サーンスは確かにそのように発音していたし、フランク(Franck)も最後の"ck"(ク)は確かに発音していた。

一番興味深かったのは"Reynaldo Hahn"。
ヴェネズエラ出身の彼はフランス人ではないのだから(父親はドイツ系ユダヤ人とのこと)、フランス語の発音がオリジナルとは必ずしも言い切れないが、フランスで活動していたのだから、ほとんどフランス人といってもいいかもしれない。
フランス人アナウンサーは「アーン」ではなく、「アン」もしくは「アンヌ」のように発音していた。
"an"のような鼻母音でないことだけは確かであるが、"Jeanne"という時の"n"に近い感じだろうか。

また、Guillaume Lekeuの"Guillaume"は「ギョーム」というよりも「ギヨム」のように聞こえた。
ネットラジオで世界中の言語が耳に出来るのはこの上なく楽しい。
貴重な演奏をチェックするのはもちろん、しばらくネットラジオでアナウンサーの発音を聞き取る楽しみが続きそうだ。

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フォレ(フォーレ)に寄せて

最近、廉価盤で知られるブリリアント・クラシックからEMIのフォレ(Gabriel Fauré)全集が再発売された(なお、一般的には「フォーレ」と表記されるが、フランス語では途中の音節が伸びることはないと文法書にも書いてあるので、あえて「フォレ」と表記します。テレビでピアノレッスンを受け持っているミッシェル・ベロフも伸ばしていなかったし)。私はEMIでCD化された時に購入したので、今回は買わなかったが、2000円ぐらいでフォレの全歌曲を、アーメリング&スゼー&ボールドウィンという最高のフォレ演奏家たちの名演で聴けるのだからこれはお買い得だと思う。この全集、ネクトゥーによる作曲年代順に収められているので、フォレの作曲の歩みを体感出来るという意味でも意義深い録音である。細やかな表情と若く張りのある美声でフォレの音に見事に寄り添うアーメリング、ネイティヴの美しい発音で甘さと力強さの両方を合わせもつ表現を存分に聴かせるベテランのスゼー、いずれも最上級の演奏だが、最近じっくり聴き返してみて、この全集の本当の素晴らしさはピアノがボールドウィンであるということではないかと思えてきた。一見、彼のピアノは歌にぴったり寄り添う控えめな伴奏に聴こえかねないし、私も十代の頃はボールドウィンのピアノにもっと音の魅力が欲しいなどと分かったようなことを思っていたものだが、今になってじっくり聴いてみて驚いた。フォレが楽譜に書き込んだことが全くありのまま過不足なく音になり、再現されているのである。しっかりとくまどられた枠組みと、和声の中の各音の位置づけが全く見事に処理されて、テンポ、ダイナミクス、粒の揃ったタッチも素晴らしい。もちろん歌との隙は全くない。簡素な音の中から充分な主張が聴こえてくる。これ以上何を望めるのだろうか。

フォレの歌曲、はじめは初期の作品ばかり好んで聴いていたが、それらはメロディmélodieと呼ばれる前のロマンスromance(グノーの歌曲など)に近いものだろう。最近、ようやく中期から後期にかけての渋く、とっつきやすいとは言えない作品が親しいものになってきた。「幻影Op.113」やパンゼラに捧げられた「幻想の水平線Op.118」は何度も繰り返し聴きこむことによってやっと心を開いてくれる作品に思える。旋律やピアノの美しさを期待していたらこれらの曲の価値を理解できないだろう。

Hyperionからも4枚の独立したCDでフォレの全歌曲が録音された。シューベルト、シューマンやフランス歌曲の多くの全集も手がけるグレイアム・ジョンソン(Graham Johnson)のピアノと、イギリス人を中心とした新旧の優れた歌手たちの演奏である。1枚ごとにコンサートを聴くようにプログラムがまとめられている。フェリシティ・ロット(Felicity Lott)が余裕のある表現力で「月の光」や「ヴェネツィア歌曲集」を聴かせ、スティーヴン・ヴァーコー(Stephen Varcoe)はフランス歌曲も達者にこなすところを示している。フランス人のジャン=ポール・フシェクール(Jean-Paul Fouchécourt)も参加している。ジョンソンの軽いタッチと音色はドイツリート以上にこのフォレ歌曲のようなフランスものに向いているのではないか。

往年の名バリトンのカミーユ・モラーヌ(Camille Maurane)のフォレ歌曲集を最近購入した。ピアノは作曲家でもあるピエール・マイヤール=ヴェルジェ(Pierre Maillard-Verger)である。モラーヌの声はバリトンといってもとても澄んで爽やかな響きをもっている。これほど透明感を感じさせるバリトンも珍しいだろう。このCDを聴いて強く感じたのが、鼻母音の美しさである。まったく見事なまでに鼻に響かせているのである。それから深刻な歌を歌ってもどこか軽さ(いい意味で)がある。あたかもシャンソン歌手が歌っているかのように決してもたつかず、重くならず、それでいて聴く者を魅了する歌、なかなか似たタイプが見当たらないような個性の持ち主と感じた。最後に歌われる「とてもやさしい道(Le plus doux chemin)」はこれまで地味でとっつきにくい曲だったが、彼のこの歌で魅力を感じることが出来た。マイヤール=ヴェルジェのピアノは作曲家ということもあるのか、バス音を重視する土台のしっかりした演奏という印象を持った。

スイスのテノール、ユーグ・キュエノー(Hugues Cuenod)がマルティン・イセップ(Martin Isepp)とNimbusに録音したフォレの歌曲は初期から後期まで万遍なく36曲収録されており、「ヴェネツィアの5つの歌(Cinq mélodies 'de Venise')」「優れた歌(La bonne Chanson)」「幻影(Mirages)」「幻想の水平線(L'horizon chimérique)」といった重要な4つの歌曲集も含まれている。来月26日には104歳の誕生日を迎えるキュエノーだが、このフォレを録音したのもちょうど70歳の時であり、その声だけでなく、技術も70歳とは思えないしっかりした歌である。崩れが殆どないのがまずすごい。どの曲もしっかり歌いきっているうえに、表現にも凛とした風格が漂い、まさに名人芸である。余程自己管理がしっかりしていたのだろう。それからヴィーン出身のピアニスト、イセップが本当に素晴らしかった。ジャネット・ベイカーの共演者としてぐらいしか聴いたことがなかったのだが、その紡ぎ出す音の美しさはなかなか聴けないほど魅力的だった。名人芸を聴かせる歌に、美しいピアノの響きが混ざり、フォレの歌曲がいつになく高貴に響いていた。

五月、愛の夢、漁師の歌、水のほとりで、「ある一日の歌」、ネル、秋、ゆりかご、私たちの愛、歌の精、捨てられた花、イスファハンの薔薇、月の光、涙、スプリーン、マンドリン、ひそやかに、牢獄、夕べ、水の上をゆく花、…好きな曲を挙げていたらきりがない。フォレ歌曲の素晴らしい案内書をご紹介したい。河本喜介(かわもとよしすけ)著の「フォーレとその歌曲」という本が音楽之友社から出ている。残念ながら著者はすでに亡くなられているが、フランスで認められ、フランスや日本国内でフランス歌曲の歌い手として精力的に活動された方である。フォレの歌曲をほぼ年代順に解釈から演奏のヒントまで論じ、各曲を聴くうえでの最高のお供になると思う。彼の録音は出ていないものだろうか。

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仮面舞踏会

これぞエスプリの極致と分かったような口をききたくなるのが、無条件に楽しいプーランク(Francis Poulenc:1899−1963)の「仮面舞踏会(Le Bal masqué)」。マックス・ジャコブ(Max Jacob:1876−1944)の詩は意味があって無いようなもの。言葉の「意味」ではなく「響き」に触発されたと想像されるプーランクの6曲からなる歌曲集は、2曲(ほかに最終曲は半分器楽曲と言える)の器楽曲を含み、ピアノとアンサンブルが歌とついたり離れたりしながら陽気にはしゃぎまわる。なかでもパーカッションの活躍ぶりは際立っている。曲は次の6曲。

(1)序曲と華やかな歌(Préambule et Air de bravoure)

(2)間奏曲(Intermède)(器楽曲)

(3)マルヴィナ(Malvina)

(4)バガテル(Bagatelle)(器楽曲)

(5)盲目の婦人(La dame aveugle)

(6)フィナーレ(Finale)

録音は

1)ヨセ・ファン・ダム(BR)アラン・プラネス(P)リヨン歌劇場管弦楽団;ケント・ナガノ(C)[1990年10月31日〜11月3日、Auditorium Maurice Ravel, Lyon録音]

2)フランソワ・ル・ルー(BR)パスカル・ロジェ(P)フランス国立管弦楽団員;シャルル・デュトワ(C)[1995年12月16〜19日、Salle Wagram, Paris録音]

がすぐに見つかったが、ベルナック&プーランク・コンビや、ホルツマイア&斎藤記念オーケストラのCDも所有している。ダムはどっしりした男性的なアプローチで巧まずしてユーモアを滲み出させるタイプの歌唱で、テンポをかなり自在に動かして意外性で楽しませてくれる。ル・ルーは1961年生まれというから録音当時34歳。若く羽毛のような優しい声で懸命に演じている。大胆に声色を変えてなかなか魅力的である。ピアノのロジェを筆頭にアンサンブル陣の巧さには舌を巻く。ベルナック&プーランクはかつて聴いた印象ではさすがに声の演技力がずばぬけていたように記憶する。プーランク自身のピアノは完璧を目指すよりは楽しんで弾いていたように感じた。ホルツマイアは言葉さばきは巧みだがユーモアや皮肉表現という点でもう少し何か欲しい感じはした。以前F=ディースカウ&サヴァリッシュの演奏(1975年、Berlin録音)がCD化されたことがあるが、図書館からLPを借りて聴いた時に、フランス人とは明らかに異なる雰囲気ながら「F=ディースカウのプーランク」として聴いた時、その言葉の扱いやユーモア、皮肉表現は余人の追随を許さないすごさがあり、感動したのを覚えている(F=ディースカウが録音したプーランクは「仮面舞踏会」だけである。「村人の歌」なども歌ってほしかったが残念)。スゼー&ボールドウィンのLP(1972年3月6〜24日、Salle Wagram, Paris録音)はまだCD化されていないのが残念だが、さすがに、歌もピアノも非の打ちどころがない。スゼーのフランス語は素人の私が聴いても本当に美しい。

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