ヴォルフ:ある墓(Wolf: Ein Grab)

Ein Grab
 ある墓

Wenn des Mondes bleiches Licht
Auf das dunkle Grab hier fällt,
Dann aus meinem Auge bricht
Die Trän', die keine Macht mehr hält.
 月の青白い光が
 この暗い墓に落ちるとき
 私の眼から
 堪えきれずに涙があふれる。

Keine Blum am Grabe blüht,
Keine Seele denkt daran;
Kalter Wind vorüberzieht -
Was deckt das kühle Grab, sag an?
 墓に花は咲いておらず
 誰もそれを気にとめる者はいない。
 冷たい風が吹き渡る。
 涼しい墓は何を覆っているのか、言っておくれ。

Was des Grabes Hülle deckt,
Kannst du dann nur ahnen,
Wenn dich gleicher Schmerz bewegt,
Der mag dich daran mahnen.
 墓の覆いが包んでいるものを
 君が気づくことが出来るのは
 同じ苦しみが君の心を揺り動かすときのみ、
 その苦しみによって君はそれを思い出すかもしれない。

詩:Paul Peitl (1853-1902?(1922?)), as Paul Günther
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Ein Grab", 1876

作曲:1876年12月8/10日, Wien

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ヴォルフの友人でパウル・ギュンター(Paul Günther)、パウル・マンスベルク(Paul Mannsberg)という筆名で文筆活動をしていたパウル・パイトル(Paul Peitl: 1853.8.2, Wien生まれ。没年不詳)の詩による「ある墓」にヴォルフは1876年12月8~10日にかけて作曲しました。
ヴォルフの現存する最も初期の作品は「夜と墓(Nacht und Grab)」(ハインリヒ・チョッケの詩)であることを思うと、夜・墓といった暗く重いテーマは若かりしヴォルフにとって魅力的であったに違いありません(シューベルトの初期歌曲も同様でした)。

ピアノパートはトレモロや分散和音、オクターブのバス音などを使いながら、全体的に統一感のある作り方をしていると思います。歌声部については、3つの連で共通する素材も用いながら、通作的に展開させていき、最後にクライマックスを置いています。

「mit Dämpfer(弱音ペダルを使って)」「ausdrucksvoll(表情豊かに)」といった指示もあり、強弱記号もppからfffまで用いて、曲の表情を細かく描き出そうという意思も感じられます。

この頃になるとかなり手慣れた感じもして、ロマンティックな趣の作品として優れた出来栄えではないかと思います。

C (4/4拍子)
ト短調(g-moll)
Ziemlich langsam (かなりゆっくりと)

●曲の冒頭部分
Nachgelassene Werke, Erste Folge (Lieder mit Klavierbegleitung): Heft 1: Leipzig: Musikwissenschaftlicher Verlag, 1936.
Wolf-ein-grab 

●Wolf: Ein Grab
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)

Channel名:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●[Hugo Wolf:] Ein Grab
クイレイン・ドゥ・ラン(BR), ショルト・カイノホ(P)
Quirijn de Lang(BR), Sholto Kynoch(P)

Channel名:Release - Topic(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:11 October 2011, Holywell Music Room, Oxford, U.K.

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(参考)

The LiederNet Archive

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder II (1876-1890)
stretta music
Musikwissenschaftlicher Verlag

IMSLP

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ヴォルフ:別れのまなざし(Wolf: Scheideblick)

Scheideblick
 別れのまなざし

Als ein unergründlich Wonnemeer
Strahlte mir dein tiefer Seelenblick;
Scheiden mußt' ich ohne Wiederkehr,
Und ich habe scheidend all' mein Glück
Still versenkt in dieses tiefe Meer.
 底知れぬ歓喜の海のように
 君の深い魂のまなざしが僕に向けて輝いていた。
 僕は別れなければならず、もう戻ってくることはない。
 そして僕は別れる際、僕の幸せすべてを
 ひそかにこの深い海に沈めた。

詩:Nikolaus Lenau (1802-1850), "Scheideblick", appears in Gedichte, in 1. Erstes Buch, in Vermischte Gedichte
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Scheideblick", 1876

作曲:1876年後半 (2. Jahreshälfte 1876)
※この曲が出版されたヴォルフ全集第7/3巻(1976年)では編集者のHans Jancikは「1876年末頃(um das Jahresende 1876)」の作曲と記載している。その後、第7/4巻(1998年)の中で、編集者のLeopold Spitzerは、未完の「密猟者(Der Raubschütz, Op. 5)」(レーナウ詩)の第2稿(1876年6月24日作曲)同様、歌声部がヘ音譜表で書かれ、声部進行の誤り(Stimmführungsfehler)が時折みられることから、「密猟者」第2稿が作曲された後「ある墓(Ein Grab)」(1876年12月8-10日作曲)が作曲される前に作曲されたものと記している。

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前回取りあげた「静かな安心」同様、レーナウによる「別れのまなざし(Scheideblick)」も1876年後半に作曲されたものと推定されています(自筆譜は「静かな安心」の楽譜の裏側に書かれています)。こちらも歌声部がヘ音譜表で書かれていて、低声歌手が歌うことを想定しているものと思われます。

ちなみにヴォルフはこの曲にもタイトルを付けておらず、ヴォルフ全集第7/3巻に記載されているタイトル「別れのまなざし(Scheideblick)」は、詩人レーナウのオリジナルのタイトルによるものです。

詩は、恋人と別れる際に、これまでの幸せを海のような恋人のまなざしの奥深くに沈めたと歌われます。どことなくハイネの詩を思い起こさせます。

繊細な和音のピアノにのせて、歌は最初の2行で「君」の魂のまなざしの深さを順次進行で述べ、3行目以降の「僕」の別れの辛さを跳躍進行で表現しています。コラールのような信仰告白の響きのうえで苦悩が切々と歌われ、聴きごたえのある作品になっていると思います。

3/4拍子
ト短調(g-moll)
Sehr langsam (非常にゆっくりと)

●[Hugo Wolf:] Scheideblick (Als ein unergrundlich Wonnemeer)
マーカス・ファーンズワース(BR), ショルト・カイノホ(P)
Marcus Farnsworth(BR), Sholto Kynoch(P)

Channel名:マルクス・ファーンズワース - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:13 & 15 October 2012, Holywell Music Room, Oxford, U.K.

●【参考】ヨゼフィーネ・ラング(1815-1880):別れのまなざし Op. 10, No. 5
[Josephine Lang:] Scheideblick, Op. 10 No. 5
カトリオナ・モリソン(MS), マルコム・マーティノー(P)
Catriona Morison(MS), Malcolm Martineau(P)

Channel名:Release - Topic(オリジナルのリンク先はこちら)

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(参考)

The LiederNet Archive

Gedichte von Nicolaus Lenau: Erster Band: Stuttgart und Augsburg: J. G. Cotta'scher Verlag: 1857 ("Scheideblick"はP. 378)

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder III (1875-1878)
stretta music
Musikwissenschaftlicher Verlag

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ヴォルフ:静かな安心(Wolf: Stille Sicherheit)

Stille Sicherheit
 静かな安心

Horch, wie still es wird im [dunklen]1 Hain,
Mädchen, wir sind sicher und allein.
 耳をすましてごらん、暗い林の中のなんと静かなこと、
 娘よ、僕らは心安らかで他に誰もいない。

Still [umsäuselt hier den Wiesenhang]2
Schon der Abendglocke müder Klang.
 静かにここの草原の斜面のまわりで
 もう夕暮れの鐘のかすかな音が響いている。

Auf den Blumen, die sich dir verneigt,
Schlief das letzte Lüftchen ein und schweigt.
 君におじぎをした花々の上で
 最後に吹いたそよ風が眠りにつき、沈黙する。

Sagen darf ich dir, wir sind allein,
Daß mein Herz ist ewig, ewig dein.
 君に言わせてほしい、僕らは二人きりだ、
 僕の心は永遠に永遠に君のものだ。

1 Lenau: "dunkeln"
2 Lenau: "versäuselt hier am Wiesenhang"

詩:Nikolaus Lenau (1802-1850), "Stille Sicherheit", appears in Gedichte, in 1. Erstes Buch, in Vermischte Gedichte
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Stille Sicherheit", 1876

作曲:1876年後半 (2. Jahreshälfte 1876)
※この曲が出版されたヴォルフ全集第7/3巻(1976年)では編集者のHans Jancikは「1876年末頃(um das Jahresende 1876)」の作曲と記載している。その後、第7/4巻(1998年)の中で、編集者のLeopold Spitzerは、未完の「密猟者(Der Raubschütz, Op. 5)」(レーナウ詩)の第2稿(1876年6月24日作曲)同様、歌声部がヘ音譜表で書かれ、"Baryton"と記載されていて、声部進行の誤り(Stimmführungsfehler)が時折みられることから、「密猟者」第2稿が作曲された後、パウル・ギュンターの詩による「ある墓(Ein Grab)」(1876年12月8-10日作曲)が作曲される前に作曲したのだろうと記している。

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レーナウの詩による「静かな安心」は、同じくレーナウによる「別れのまなざし(Scheideblick)」(次回投稿予定)とともに1876年後半に作曲されたものと推定されています。両曲ともに歌声部がヘ音譜表で書かれ、「静かな安心」については「バリトン(Baryton)」と声種の指示まで書かれています(第7/3巻の校訂報告(Revisionbericht)参照)。

ちなみにヴォルフはこの曲にタイトルを付けておらず、ヴォルフ全集第7/3巻に記載されているタイトル「静かな安心(Stille Sicherheit)」は、詩人レーナウのオリジナルのタイトルによるものです。

恋人が二人きりでないことを心配している心理状態を反映したかのように曲は短調ではじまりますが、最後の2行で主人公がとうとう二人きりになったと宣言するところで、長調の穏やかな響きに変わり、ピアノ後奏が余韻を美しく奏でて終わります。

第1行の"im dunk-len"の3つの音が半音下降(e-es-d)しているのは偶然かもしれませんが、後のヴォルフの小さな萌芽かもしれないとつい思いたくもなります。しかし全体的には半音進行はほぼ見られず、素直な小品です。ただ、以前にはよく見られた過剰な装飾・メリスマは見られなくなり、簡潔なやりかたでテキストの音楽化を実現できているのは、ヴォルフの進歩に思えます。作品自体もなかなか魅力的だと思います。

2/4拍子
ニ短調(d-moll)
Langsam (ゆっくりと)

●[Hugo Wolf:] Stille sicherheit (Horch, wie still es wird)
マーカス・ファーンズワース(BR), ショルト・カイノホ(P)
Marcus Farnsworth(BR), Sholto Kynoch(P)

Channel名:マルクス・ファーンズワース - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:13 & 15 October 2012, Holywell Music Room, Oxford, U.K.

●【参考】ローベルト・フランツ(1815-1892):静かな安心 Op. 10, No. 2
[Robert Franz:] 6 Gesange, Op. 10: No. 2. Stille Sicherheit
白井光子(MS), ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS), Hartmut Höll(P)

Channel名:白井光子 - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

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(参考)

The LiederNet Archive

Gedichte von Nicolaus Lenau: Erster Band: Stuttgart und Augsburg: J. G. Cotta'scher Verlag: 1857 ("Stille Sicherheit"はP. 375)

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder III (1875-1878)
stretta music
Musikwissenschaftlicher Verlag

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ヴォルフ:真珠を採る人(Wolf: Perlenfischer)

Perlenfischer
 真珠を採る人

Du liebes Auge, willst dich tauchen,
In meines Aug's [geheimster]1 Tiefe,
Zu [späh'n]2, wo in blauen Gründen
Verborgen eine Perle schliefe?
 ねえ、かわいい眼よ、
 僕の眼の秘密の奥底にもぐってみたいかい、
 青い底に
 ひっそりと真珠が眠っているのを見るために。

Du liebes Auge, tauche nieder,
Und in die klare Tiefe dringe
Und lächle, wenn ich dir [dies Bild]3
Als schönste Perle wiederbringe.
 ねえ、かわいい眼よ、もぐって
 澄んだ奥底に行ってみなよ、
 そして微笑んでおくれ、僕が君にこの姿を
 極めて美しい真珠として返してあげた時には。

1 Roquette: "geheimste"
2 Roquette: ""spähen
3 Roquette: "dein Bildniß"

詩:Otto Roquette (1824-1896), "Perlenfischer"
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Perlenfischer", 1876 [ voice and piano ]

作曲:1876年5月3日(水), Prater (Wien)

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ルートヴィヒ・アウアーバハの詩による「黄金色の朝(Der goldene Morgen, Op. 9, No. 6)」の2日後にヴォルフが作曲したのは、オットー・ロケットの詩による「真珠を採る人(Perlenfischer)」です。この詩には、ローベルト・フランツやアドルフ・イェンゼン、マックス・レーガーなどの著名な作曲家も作曲しているようですが、録音は見つかりませんでした。

「僕の瞳の奥に真珠が眠っているからもぐってみなよ」と歌われます。この「真珠」というのは目の前にいる恋人の瞳(もしくは姿)が主人公の瞳に映っている状態を表現しているのでしょう。
この愛らしいテキストに、ヴォルフは繊細な曲を付けました。
左手と右手を交互に打つピアノのリズムにのって、歌は基本的に上行しながら慎ましやかに進みます。途中で細かい音価で畳みかけるように歌われる箇所もありますが、概して美しいメロディーで一貫しています。第2連で"langsam und innig(ゆっくりと内面的に)"という指示とともに歌はこれまでの上行から下行中心の旋律になります。ピアノの右手が細かい十六分音符の音型に変わり、後半から後奏にかけてはこの十六分音符が上がっては下がる弧を描きます。後奏の最後から3~4小節目はシューベルトの「釣り人(Der Fischer, D 225)」の影響を受けたものと思われます。無視するにはあまりにも惜しい魅力的な作品だと思います。

2/4拍子
変イ長調(As-dur)
(冒頭の標示なし)

●[Hugo Wolf:] Perlenfischer
メアリー・ベヴァン(S), ショルト・カイノホ(P)
Mary Bevan(S), Sholto Kynoch(P)

Channel名:メアリー・ビーヴァン - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:11 October 2011, Holywell Music Room, Oxford, U.K.

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(参考)

The LiederNet Archive

Otto Roquette (Wikipedia:独語)

Otto Roquette: Gedichte (Verlag der J. G. Cotta'schen Buchhandlung. Stuttgart, 1880)("Perlenfischer"は"P.16)

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder III (1875-1878)
stretta music
Musikwissenschaftlicher Verlag

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ヴォルフ:黄金色の朝(Wolf: Der goldene Morgen, Op. 9, No. 6)

Der goldene Morgen, Op. 9, No. 6
 黄金色の朝

Golden lacht und glüht der Morgen
Über maiengrünen Höh'n,
Und [die Seele bricht]1 voll Sorgen,
Und die Welt ist doch so schön!
 朝は黄金色に笑い、燃えている、
 五月の緑映える丘の上で、
 心は不安のあまり砕けているが
 世の中はかくも美しい!

[Vöglein singen, Glocken schlagen,]2
[Blütenduft durchzieht]3 das Land.
Wirf dein [Klagen und dein Zagen]4
[Ganz]5, in diesen Freudenbrand!
 小鳥たちは歌い、鐘は鳴り、
 花々の香しさが大地に広がる。
 おまえのためらいや嘆きを
 残さずこの燃え上がる歓喜の中に投げ入れてしまえ!

1 Auerbach: "du, Seele, sinnst"
2 Auerbach: "Glocken rufen, Vöglein schlagen,"
3 Auerbach: "Blütenlicht durchflammt"
4 Auerbach: "Zagen und dein Klagen"
5 Auerbach: "Herz"

詩:Ludwig Auerbach (1840-1882), "Goldner Morgen"
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Der goldene Morgen", op. 9 no. 6 (1876)

作曲:1876年5月1日, Wien

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ヴォルフが付与した作品番号9の第5曲はゲーテの詩による「五月(Mai, Op. 9, No. 5)」(歌い出し:Leichte Silberwolken schweben / durch die erst erwärmten Lüfte,)で、2つの稿が残されていますがいずれも未完成の為、現在のところ録音で聞くことが出来ません。
第1稿についてはほぼ完成しているので演奏可能だと思いますが、第2稿も途中まで録音してくれる演奏者が今後あらわれてくれることを期待したいと思います。
ちなみに「五月」は未完成作品なので、楽譜は「ヴォルフ全集」の第7/4巻(Fragmente)(Leopold Spitzer編纂:Musikwissenschaftlicher Verlag, Wien, 1998)に掲載されています。

・五月(第1稿) Mai (1. Fassung)
1876年4月25日(火)7時, プラーター左側の草地(in der Aue links Prater)にて着手
4月25日(火)午前9:30完成(「完成(vollendet)」とヴォルフは書いているが、下記の通り未完成箇所あり)
全3連中第1連の歌声部は完成、ピアノパートは最後の2小節が空白
全24小節
6/8拍子
ヘ長調(F-dur)
sehr schnell (非常に速く)

・五月(第2稿) Mai (2. Fassung)
76年5月1日午後3時改訂
18小節まで(第1連の9行中第6行(sich am reichen Ufer hin;)まで歌、ピアノともに書かれている)
2/4拍子
ヘ長調(F-dur)
(冒頭の速度表示なし)

作品番号9の第6曲(最終曲)は、ルートヴィヒ・アウアーバハ(Ludwig Auerbach: 1840-1882)のテキストによる「黄金色の朝(Der goldene Morgen, Op. 9, No. 6)」で、前曲「五月」の第2稿と同じ日に作曲されましたが、この曲は完成しています。1976年にヴォルフ全集第7/3巻(Hans Jancik編纂)として出版された時には詩人不詳(Dichter?)と記載されていたので、その後にアウアーバハのテキストであることが判明したのでしょう。

ヴォルフの曲は6/8拍子のたゆたうような心地よいピアノの響きにのって歌も穏やかに進行していきます。途中2箇所で3/8拍子を挿入したのはヴォルフなりの試みなのでしょう。全体はあっという間に過ぎていきますが、以前のようなメリスマは影をひそめ、簡潔で効果的な書法に進化したように思います。ピアノ後奏が長めなのはシューマンの影響かもしれません。コンサートのプログラムにのっていても問題ない完成度だと思います。

6/8拍子
ロ長調(H-dur)
(冒頭の標示なし)

●[Hugo Wolf:] Der goldene Morgen, Op. 9, No. 6
クイレイン・ドゥ・ラン(BR), ショルト・カイノホ(P)
Quirijn de Lang(BR), Sholto Kynoch(P)

Channel名:Release - Topic(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:11 October 2011, Holywell Music Room, Oxford, U.K.

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(参考)

The LiederNet Archive

Ludwig Auerbach (Wikipedia)

Internet Archive: Aus dem Schwarzwald, Gedichte (by Auerbach, Ludwig): Goldner Morgen

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder III (1875-1878) / IV Fragmente (1875-1882)
stretta music (Nachgelassene Lieder III)
stretta music (Nachgelassene Lieder IV)
Musikwissenschaftlicher Verlag

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ヴォルフ:夕暮れの鐘(Wolf: Abendglöcklein, Op. 9, No. 4)

Abendglöcklein, Op. 9, No. 4
 夕暮れの鐘

Des Glöckchens Schall durchtönt das Tal,
Mir Ruhe zu verkünden;
Nur ich allein mit meiner Pein
Vermag sie nicht zu finden.
 小さな鐘の音が谷に響き渡る、
 それは私に休息の時を告げるためのもの。
 だが苦しみを抱く私だけは
 休息を見出すことができないのだ。

Wann läutest du denn mir zur Ruh'
Von deinem Kirchlein droben?
Sei ruhig, Herz! Ein jeder Schmerz
Hört einmal auf zu toben.
 いつになったら私に休息の鐘を鳴らしてくれるのか、
 おまえのいるあの小さな教会から?
 落ち着け、心よ!苦しみは
 いつか荒ぶるのをやめるから。

Einst wird dich schon des Glöckchens Ton
Mit deiner Qual versöhnen.
Und schweigt der Klang auch noch so lang,
Er muß doch endlich tönen!
 いつの日かお前を鐘の音が
 苦しみと和解させてくれるだろう、
 そして響きも長いこと静まっていたが
 ついに鳴るにちがいない!

詩:Vincenz Zusner (1804-1874)
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Abendglöcklein", op. 9 no. 4 (1876)

作曲:(1876年)3月18日(土)/(1876年)4月24日(月)7:45pm

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ヴォルフが付与した作品番号9の第4曲は、ヴィンツェンツ・ツスナーの詩による「夕暮れの鐘(Abendglöcklein, Op. 9, No. 4)」です。ヴォルフがツスナーの詩に作曲したのはこれが唯一です。ツスナーのWikipediaの記述を見ていたところ、彼は若い音楽家のパトロンでもあって、寄付金をもとに彼の死後、ヴィーン学友協会の音楽学校で毎年彼の詩による音楽作品に1位と2位の賞が授与されたそうです。Wikipediaのリストが1875/76年の学年が初回になっていて、ヴォルフのこの歌曲「夕暮れの鐘」も1876年3月~4月に作曲されているので、もしかしたらこの賞に応募しようと考えていたのかもしれません。

テキストは、弔いの鐘が聞こえるが、苦しみをかかえた主人公のためにはその鐘は鳴ってくれない。だがいつか主人公のために鐘が鳴る日が来るにちがいないという内容です。

ヴォルフは比較的音数を抑えた繊細な作品に仕上げました。左手がバス音だけでなく高音域の鐘の音も表現する為、右手と交差する場面が少なからずあるのが印象的で、この部分をヴォルフは見せ場として演奏したのかもしれません。
歌の旋律は語りのような部分とメロディアスな部分を巧みに使い分けて、なかなか魅力的な作品に仕上がっているのではないかと感じました。速度の変化も細かく指示しています。これまでのようないたずらに装飾的なメリスマを多用することはなくなり、必要最低限の音の使い方で魅力的な旋律を作りあげているように思います。ヴォルフ全集の楽譜第7/3巻では、編集者が臨時記号や音部記号を多く補っており、書法の面ではまだ見落としが多いようですが、音楽自体は成長が見られるのではないでしょうか。

C (4/4拍子)
嬰ハ短調(cis-moll)
Langsam und zart (ゆっくりと繊細に)

●[Hugo Wolf:] Abendglocklein, Op. 9, No. 4
メアリー・ベヴァン(S), ショルト・カイノホ(P)
Mary Bevan(S), Sholto Kynoch(P)

Channel名:メアリー・ビーヴァン - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:11 October 2011, Holywell Music Room, Oxford, U.K.

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(参考)

The LiederNet Archive

Vinzenz Zusner (Wikipedia:独語)

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder III (1875-1878)
stretta music
Musikwissenschaftlicher Verlag

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ヴォルフ:はじめての喪失(Wolf: Erster Verlust, Op. 9, No. 3)

Erster Verlust, Op. 9, No. 3
 はじめての喪失

Ach wer bringt die schönen Tage,
Jene Tage der ersten Liebe,
Ach wer bringt nur eine Stunde
Jener holden Zeit zurück!
 ああ、誰が美しかった日々を戻してくれるのか、
 初恋のあの日々を。
 ああ、誰が
 あのいとしい時のほんの一時間だけでも返してくれるというのか!

Einsam nähr' ich meine Wunde
Und mit stets erneuter Klage
Traur' ich um's verlorne Glück.
 一人さびしく私は傷をはぐくみ
 絶えずわき起こる嘆きとともに
 失った幸せを悲しむまでだ。

Ach, wer bringt die schönen Tage,
[Jene holde Zeit zurück!]1
 ああ、誰が美しかった日々を
 あのいとしい時を返してくれるというのか!

1 Schubert: "Wer jene holde Zeit zurück!"; Medtner, Zelter: "Wer bringt die holde, süße, liebe Zeit zurück?"

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Erster Verlust", first published 1789
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Erster Verlust", op. 9 no. 3 (1876)

作曲:1876年1月30日(日)午前9時半着手、午前11時半完成

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ヴォルフが付与した作品番号9の第1,2曲はレーナウの詩による歌曲でしたが、第3曲はゲーテの詩による「はじめての喪失(Erster Verlust, Op. 9, No. 3)」です。前曲「愛の春」の1日後に作曲されています。

はじめて失恋をした主人公の心の痛手を歌ったゲーテの詩に多くの作曲家が曲を付けていますが、中でもシューベルトの作品(D 226)は簡素ながら非常に優れていると思います。
この若きヴォルフによる作品は、「つらい!苦しい!」と訴えるのではなく、全編を穏やかな長調の響きで貫き、自ら心の傷を癒そうとしているかのように感じられます。

初期のヴォルフの歌曲で顕著なのが、歌声部にメリスマを使うことで、この歌曲でも使われています。興味深いのが、歌声部に合わせてピアノパートもメリスマと同じリズムを奏でることで、しかも右手と左手両方がそれぞれ異なるフレーズを奏で、あたかも歌と三重唱を奏でているかのようです。あまり一般的なやり方ではないように思いますが、若かりしヴォルフは、オペラアリアの手法を歌曲に取り入れようとしていたのかもしれません。

第2連の最初"Einsam"のところにヴォルフは"Recitativ(レチタティーヴォ)"、"innig(内面的に)"と記しており、少しの間無伴奏になります。とはいえ、いわゆる語りというよりはメロディーの続きのようにも聞こえるので、ヴォルフはこの部分を語るように歌ってほしいと考えたのかもしれません。

若さゆえの未熟さはありますが、あれこれ工夫しようという意欲も伺えて、美しさも感じられる作品だと思います。

3/4拍子
変ホ長調(Es-dur)
Mäßig (中庸のテンポで)

●[Hugo Wolf:] Erster Verlust, Op. 9, No. 3
トマス・ホッブス(T), ショルト・カイノホ(P)
Thomas Hobbs(T), Sholto Kynoch(P)

Channel名:トーマス・ホッブス - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:29 June 2013, St John the Evangelist, Oxford, U.K.

●Hugo Wolf: Erster Verlust - Andre Morsch (Bariton) & Marcelo Amaral (Klavier), 23.03.2017
アンドレ・モルシュ(BR), マルセル・アマラウ(P)→※余談ですが、このバリトン歌手モルシュ、少しプライと声質が似ているように感じました
André Morsch(BR), Marcelo Amaral(P)

Channel名:Internationale Hugo-Wolf-Akademie(オリジナルのリンク先はこちら)

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●【参考】ツェルター:はじめての喪失 D 226
[Carl Friedrich Zelter:] Sämtliche Lieder, Balladen und Romanzen, Z. 124, Book 4: Erster Verlust
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), アリベルト・ライマン(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Aribert Reimann(P)

Channel名:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】シューベルト:はじめての喪失 D 226
Schubert: Erster Verlust, D. 226
ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

Channel名:ヘルマン・プライ - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】ファニー・ヘンゼル=メンデルスゾーン:はじめての喪失(I)
[Fanny Hensel (1805-1847):] Erster Verlust (I)
トビアス・ベルント(BR), アレクサンダー・フライシャー(P)
Tobias Berndt(BR), Alexander Fleischer(P)

Channel名:Alexander Fleischer - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】ファニー・ヘンゼル=メンデルスゾーン:はじめての喪失(II)
[Fanny Hensel (1805-1847):] Erster Verlust (II)
トビアス・ベルント(BR), アレクサンダー・フライシャー(P)
Tobias Berndt(BR), Alexander Fleischer(P)

Channel名:Alexander Fleischer - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】フェーリクス・メンデルスゾーン:はじめての喪失 Op. 99, No. 1
[Felix Mendelssohn:] 6 Songs Op.99 : I Erster Verlust
バーバラ・ボニー(S), ジェフリー・パーソンズ(P)
Barbara Bonney(S), Geoffrey Parsons(P)

Channel名:バーバラ・ボニー - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】ニコライ・メトネル:はじめての喪失
[Nikolai Medtner (1880-1951):] 9 Lieder von W. Goethe, Op. 6: VIII. Erster Verlust - First Love
エカテリナ・レヴェンタル(MS), フランク・ペータース(P)
Ekaterina Levental(MS), Frank Peters(P)

Channel名:Ekaterina Levental - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】アルバン・ベルク:はじめての喪失
[Alban Berg (1885-1935):] Erster Verlust
白井光子(MS), ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS), Hartmut Höll(P)

Channel名:白井光子 - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

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(参考)

The LiederNet Archive

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder III (1875-1878)
stretta music
Musikwissenschaftlicher Verlag

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ヴォルフ:愛の春(Wolf: Liebesfrühling, Op. 9, No. 2)

Liebesfrühling, Op. 9, No. 2
 愛の春

Ich sah den Lenz einmal
Erwacht im schönsten Tal;
Ich sah der Liebe Licht
Im schönsten Angesicht.
 私はかつて
 きわめて美しい谷間で春が目覚めたのを見た。
 私は愛の光を
 きわめて美しい顔の中に見た。

Und wandl' ich nun allein
Im Frühling durch den Hain,
Erscheint aus jedem Strauch
Ihr Angesicht mir auch.
 そして私が今ひとりきりで
 春の林をぶらついていると
 各々の茂みから
 彼女の顔があらわれるのだ。

Und seh ich sie am Ort
Wo längst der Frühling fort,
So sprießt ein Lenz und schallt
Um ihre süße Gestalt.
 そして彼女を
 春がとうに過ぎ去った場所で見ると
 春が芽生え、響きわたるのだ、
 彼女の愛らしい姿のまわりで。

詩:Nikolaus Lenau (1802-1850), "Liebesfrühling", appears in Gedichte, in 4. Viertes Buch, in Liebesklänge 
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Liebesfrühling", op. 9 no. 2 (1876)

作曲:1876年1月29日(木)に着手・完成

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ヴォルフが付与した作品番号9の第2曲も、第1曲同様ニコラウス・レーナウの詩によるもので、タイトルは「愛の春」です。

ドイツ語で「春」はFrühlingですが、雅語としてLenzも使われます。このレーナウの詩ではFrühlingとLenzが両方使われていて、意図的に使い分けているのかと思ったのですが、全ての行が弱強のリズムで統一している為、2音節の時にFrüh-ling(強-弱)、1音節の時にLenzを使っているようです。

第1連では主人公の過去の体験が語られ、ある谷間で春が目覚めた(レーナウの原詩では「花開いた」)のを見て、美しい顔の中に愛の光を見たと言います。
第2連以降は現在形で、春の林を散策しているとあらゆる茂みから彼女の顔(ihr Angesicht)があらわわれます。この「彼女」というのが、主人公の恋人なのか、もっと一般的な対象なのかはっきりしませんが、おそらく主人公が愛する対象なのでしょう(春をあらわすFrühling、Lenzはどちらも男性名詞なので、春の擬人化ではなさそうです)。
春がとっくに過ぎ去った場所で「彼女」を見ると、彼女の姿のまわりで「春が芽生え、響き渡る」のです。この「春の芽生え」は「愛の芽生え」なのかもしれません。季節の春は過ぎたものの、人生の春である「愛」が芽生えたということでしょうか。主人公にとっては明るい未来が予感されそうですね。

ヴォルフはこの詩にト長調の軽快な響きで作曲しており、「Allegro scherzando(速く、戯れるように)」という指示を与えています。
ピアノの右手と左手が下行音型をずらして演奏し、主人公と愛する姿がじゃれあっているさまを暗示しているかのようです。
第2連で「そして私が今ひとりきりで/春の林をぶらついていると」の箇所で"langsam(ゆっくりと)"に変わりますが、その後すぐに彼女があらわれる箇所で「lebhaft(生き生きと)」となり、陽気な音楽が戻ってきます。第3連も「そして彼女を/春がとうに過ぎ去った場所で見ると」で「langsamer(よりゆっくりと)」という指示に変わり、続く「春が芽生え、鳴り響くのだ」で「sehr lebhaft(非常に生き生きと)」になります。テキストに細かく対応するところは、後年のヴォルフの兆しが感じられるように思います。これまでの作品同様、この曲でもメリスマのパッセージはいくつかあります。当時のヴォルフはオペラ的な技巧を歌曲に盛り込もうとしていたのかもしれません。あっというまに終わる短い作品ですが、なかなか魅力的だと感じました。

2/4拍子
ト長調(G-dur)
Allegro scherzando

●[Hugo Wolf:] Liebesfrühling (Ich sah den lenz einmal) , Op. 9, No. 2
ベンジャミン・ヒューレット(T), ショルト・カイノホ(P)
Benjamin Hulett(T), Sholto Kynoch(P)

Channel名:ベンジャミン・ヒューレット - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:13 & 15 October 2012, Holywell Music Room, Oxford, U.K.

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(参考)

The LiederNet Archive

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder III (1875-1878)
stretta music
Musikwissenschaftlicher Verlag

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ヴォルフ:春の挨拶(Wolf: Frühlingsgrüße)

Frühlingsgrüße
 春の挨拶

Nach langem Frost, wie weht die Luft so lind!
Da bringt Frühveilchen mir ein bettelnd Kind.
 長かった極寒が過ぎて、風は何と穏やかに吹くことか!
 すると早咲きのすみれを物乞いの子が私に持ってくる。

Es ist betrübt, daß so den ersten Gruß
Des Frühlings mir das Elend bringen muß.
 春の最初の挨拶を
 惨めな状態で私にしなければならないのは悲しいことだ。

Und doch der schönen Tage Liebespfand
Ist mir noch werter aus des Unglücks Hand.
 だが素晴らしい日々の愛のあかしは
 不幸な手から与えてもらう方が私には価値がある。

So bringt dem Nachgeschlechte unser Leid,
Die Frühlingsstimmen einer bessern Zeit.
 だから私たちの苦悩は後世に
 より良き時代の春の声をもたらすのだ。

詩:Nikolaus Lenau (1802-1850), "Frühlingsgrüße", appears in Gedichte, in 4. Viertes Buch, in Vermischte Gedichte
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Frühlingsgrüße", 1876

作曲:1876年(※ヴォルフは誤って1875年と記載している)1月3日夕方6時着手

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1875年8月以前に書かれたOp. 3の5つの歌曲は、ヴォルフ15歳の若書きではありましたが、うち4曲をゲーテの詩でまとめているのは後年に作曲した詩人ごとのアンソロジーの小さな萌芽と見ることもあるいは可能かもしれません。
その後、ヴォルフはレーナウの詩による歌曲をいくつか作曲しますが、「春の挨拶」はその最初の試みの一つとなります。

ヴォルフは1876年1月(ヴォルフは1875年と書いていますが、誤りとみなされています)にレーナウの詩による「春の挨拶(Frühlingsgrüße)」の2つの稿を作曲しました。第1稿は未完成で36小節まで書かれたト長調(G-dur)の断片で、第2稿は40小節からなる完成作品で、ホ長調(E-dur)です(1998年出版のMusikwissenschaftlicher Verlag社のヴォルフ全集第7/4巻(Nachgelassene Lieder IV)に掲載されています)。ちなみにこの2つの稿のうち、第2稿には27小節(Prestoの箇所)から6小節にわたるヴァリアンテが作曲されています。1976年出版のヴォルフ全集第7/3巻に掲載されている楽譜は編纂者のハンス・ヤンツィク(Prof. Dr. Hans Jancik)が第2稿をもとに演奏可能な形にアレンジしたもののようで、この6小節のヴァリアンテが採用されています(第2稿は完成されているとはいえ、歌いにくい箇所がある為、1オクターブ下げたり、テキストの割り振りを多少変更しています)。いつかヴォルフのオリジナルの第2稿を演奏してくれる方がいたら嬉しいですが、大変そうです。

この曲へのヴォルフ自身による作品番号は、最初にOp. 6, No. 2が付与され、続いてOp. 9, No. 1に変更されましたが、最終的には作品番号なしとなったそうです。この作品番号は出版とは無関係で、単なるヴォルフ自身による整理番号ということになります(ヴォルフは最初期のみ自作に作品番号を付与していました)。

レーナウの詩は、春の到来を最初に伝えてくれたのが物乞いの子供だったが、苦しい境遇から得られた春の到来の方が価値があるのだと歌われます。

ヴォルフの作品は同じフレーズを繰り返す際のピアノパートの変奏の仕方や、テキストに応じた明暗の使い分けなど注目に値する箇所はあります。
一方で、歌声部は装飾的なパッセージが目立ちます(例えば、第2連の「Elend bringen muß」や最終連の「Frühlingsstimmen einer bessern」)。
また、高音への大きな跳躍もあります(最終連の「einer bessern Zeit」の「ei-ner」の10度)。このあたりはイタリアオペラの要素を取り入れたかのようです。後年の洗練された技法には聞かれない試行錯誤の様子を感じることが出来て、微笑ましい作品だと思います。

ちなみにシューマンも断片ながら同じテキストによる美しい歌曲を作っていますので、聞き比べてみるのも興味深いと思います。

【第1稿】未完成
C (4/4拍子)
ト長調(G-dur)
(冒頭の標示記号なし)

【第2稿】完成
C (4/4拍子)
ホ長調(E-dur)
(冒頭の標示記号なし。最後の方でPrestoになり、再びTempo Iで元に戻る)

●[Hugo Wolf:] Frühlingsgrusse (Nach langem frost) , Op. 6
ベンジャミン・ヒューレット(T), ショルト・カイノホ(P)
Benjamin Hulett(T), Sholto Kynoch(P)

Channel名:ベンジャミン・ヒューレット - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:13 & 15 October 2012, Holywell Music Room, Oxford, U.K.
ここでは、ヴォルフ全集第7/3巻のHans Jancik編曲版で演奏されています。

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●【参考】シューマン:春の挨拶(断片)
Schumann: Frühlingsgrüsse (Fragment)
リュディア・トイシャー(S), グレアム・ジョンソン(P)
Lydia Teuscher(S), Graham Johnson(P)

Channel名:Lydia Teuscher - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

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(参考)

The LiederNet Archive

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder III (1875-1878)
stretta music
Musikwissenschaftlicher Verlag

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ヴォルフ:海の静寂(Wolf: Meeresstille, Op. 9, No. 1)

Meeresstille, Op. 9, No. 1
 海の静寂

Sturm mit seinen Donnerschlägen
Kann mir nicht wie du
So das tiefste Herz bewegen,
Tiefe Meeresruh!
 雷鳴轟く嵐も
 お前以上に
 私の心を動かせはしない、
 海の深き安らぎよ!

Du allein nur konntest lehren
Uns den schönen Wahn
Seliger Musik der Sphären,
Stiller Ozean!
 お前だけが
 私たちに
 天球の至福の音楽という美しい空想を教えることができるのだろう、
 静かな大洋よ!

Nächtlich Meer, nun ist dein Schweigen
So tief ungestört,
Daß die Seele wohl ihr eigen
Träumen klingen hört;
 夜の海よ、今やお前の沈黙は
 妨げられることなく深いので
 魂が自身の
 夢の響きを聞けるほどだ。

Daß im Schutz geschloss'nen Mundes,
Doch mein Herz erschrickt,
Das Geheimnis heil'gen Bundes
Fester an sich drückt.
 口を閉じたことに助けられて、
 私の心は驚愕しているのだが、
 神聖な結束の秘密を
 より固く抱きしめる。

詩:Nikolaus Lenau (1802-1850), "Meeresstille", appears in Gedichte, in 4. Viertes Buch, in Reiseblätter (Viertes Buch)
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Meeresstille", op. 9 no. 1 (1876)

作曲:1875年8月以前, MarburgあるいはWindischgrazにて
(※1976年に出版されたヴォルフ全集第7/3巻(Hans Jancik編)では「1876年1月初旬あるいは中旬, Wienにて」と記載されていましたが、1998年に出版されたヴォルフ全集第7/4巻(Leopold Spitzer編)において、アレクサンダー・ペッヒ(Alexander Pöch)宛てのヴォルフの手紙でこの曲が言及されていることから、すでに8月半ばまでには作曲されていて、後にOp. 9に組み込む際にもしかしたら改訂したかもしれないと書かれています)

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Op. 3の5曲と同じ1875年8月以前に、ヴォルフはニコラウス・レーナウの詩による「海の静寂(Meeresstille, Op. 9, No. 1)」を作曲しました。
ヴォルフによってOp. 9と付けられた作品は「海の静寂(レーナウの詩)」「愛の春(Liebesfrühling)(レーナウの詩)」「はじめての喪失(Erster Verlust)(ゲーテの詩)」「夕暮れの鐘(Abendglöcklein)(ヴィンツェンツ・ツスナーの詩)」「五月(Mai)(ゲーテの詩)」「黄金色の朝(Der goldene Morgen)(ルートヴィヒ・アウアーバハの詩)」です。

歌声部はヘ音譜表で書かれ、海を歌うのにヴォルフは低声歌手がふさわしいと考えたのでしょう。ただ後半に高いト音(G)が出てくるのは低音歌手には若干酷かもしれません。

10小節からなる前奏に導かれて歌がはじまりますが、ピアノの右手パートはしばらく前奏と同じ音楽を奏で、途中で歌と右手が美しいデュエットを奏でます("So das tiefste Herz bewegen"の箇所)。第3節が終わると再び前奏とほぼ同じ音楽が奏でられ、第4節が終わったところで再び後奏としてほぼ同じ音楽が奏でられるのは変化が欲しいところですが、この音楽をヴォルフが気に入っていたのかもしれません。前奏ではピアニッシモ(pp)の指示だったのに対して、後奏はフォルテ(f)で力強くはじまり、徐々に音量を下げて、最後はピアニッシモ(pp)で終わります。

例えばゲーテの詩によるシューベルトの「海の静寂 (Meeres Stille, D215A, D216)」などは、まさに波一つ立っていない不気味なほどの静けさが音楽で見事に表現されていましたが、レーナウの詩によるこのヴォルフの「海の静寂」は必ずしも"静寂"に焦点を当てておらず、むしろ静けさの中における心の"動き"が描かれているように思えます。後半のピアノパートの両手にわたる急速なアルペッジョのパッセージも当時の彼なりの試みなのでしょう。若かりしヴォルフの意欲が感じられる作品だと思いました。

C (4/4拍子)
ホ短調(e-moll)
Ruhig bewegt

●[Hugo Wolf:] Meeresstille (Sturm mit seinen donnerschlägen) , Op. 9, No. 1
マーカス・ファーンズワース(BR), ショルト・カイノホ(P)
Marcus Farnsworth(BR), Sholto Kynoch(P)

Channel名:マルクス・ファーンズワース - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:13 & 15 October 2012, Holywell Music Room, Oxford, U.K.

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(参考)

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