シューベルト/子守歌(Schubert: Wiegenlied, D 498)を聞く

Wiegenlied, D 498
 子守歌

Schlafe, schlafe, holder, süßer Knabe,
Leise wiegt dich deiner Mutter Hand;
Sanfte Ruhe, milde Labe
Bringt dir schwebend dieses Wiegenband.
 お眠り、お眠り、いとしい可愛い坊や、
 お母さんが手でそっと揺らしてあげるよ。
 あなたは安らかに休んで、穏やかに元気を回復するのよ、
 この揺り籠のベルトに揺らされてね。

Schlafe, schlafe in dem süßen Grabe,
Noch beschützt dich deiner Mutter Arm.
Alle Wünsche, alle Habe
Faßt sie liebend, alle liebewarm.
 お眠り、お眠り、甘きお墓の中で、
 お母さんの腕であなたを守ってあげる。
 望むもの全部、持ち物全部を
 お母さんが愛情こめてみんな捕まえておいてあげるわ。

Schlafe, schlafe in der Flaumen Schoße,
Noch umtönt dich lauter Liebeston;
Eine Lilie, eine Rose,
Nach dem Schlafe werd' sie dir zum Lohn.
 お眠り、お眠り、綿毛にくるまれて、
 まだあなたのまわりで大きな愛の音が鳴っているよ、
 一輪の百合と薔薇が
 眠りから覚めたらあなたのご褒美となるのよ。

詩:Anonymous, sometimes misattributed to Matthias Claudius (1740-1815)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Wiegenlied", op. 98 (Drei Lieder) no. 2, D 498 (1816), published 1829

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世界中にあまたの「子守歌」がありますが、とりわけモーツァルト(実際には別人の作曲)、ブラームスと並んで知られているのがシューベルトの子守歌でしょう。
とはいえシューベルトだけでも「子守歌」を複数作曲していますので、ここではD 498の「子守歌」を扱いたいと思います。

3節からなるテキストの作者として、初版楽譜にはクラウディウスの名前が挙げられていますが、クラウディウスの作品中には見当たらず、現在にいたるまで特定されていないようです。

グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)はこのテキストの第2節に「墓(Grabe)」という単語が使われていることに注目し、「当時幼児の死は日常茶飯事でした」と記しています。成人しないまま亡くなる乳幼児の多かった中、生きているその瞬間に母親としての愛情を注ごうという気持ちがあらわれているのかもしれません。

シューベルトはこの曲を1816年11月に作曲しました(19歳)。トニックとドミナントが交互にあらわれる平明な音楽で、子供をゆったりと眠りに誘うのにうってつけと言えるのではないでしょうか。

当時の雑誌に楽譜の出版情報が掲載されています(Österreichische Nationalbibliothek)。

【初版】(Op. 98, No. 2: Ant. Diabelli und Comp., Wien [1829])
Langsam (ゆっくりと)
C (4/4拍子)
変イ長調(As-dur)

●エリー・アーメリング(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P)

1982年録音。まさに理想の歌声!

●アンゲリカ・キルヒシュラーガー(MS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Angelika Kirchschlager(MS), Helmut Deutsch(P)

キルヒシュラーガーの素直なメゾの響きは子供を慈しむ母親感がよく出ていると思います。

●グンドゥラ・ヤノヴィツ(S), アーウィン・ゲイジ(P)
Gundula Janowitz(S), Irwin Gage(P)

ヤノヴィツの芯のある響きはどこか高貴な家柄の母親のようなイメージが浮かんできます。ゲイジが第2節でバス音を強調しているのはテキストに現れる「墓(Grabe)」という言葉を反映しているのでしょうか。

●アナ・ルツィア・リヒター(MS), アミール・ブシャケヴィツ(P)
Anna Lucia Richter(MS), Ammiel Bushakevitz(P)

現役で活躍中の演奏家による映像です。ソプラノからメゾに転向したというリヒターは確かに声に深みがあり、母性を感じさせます。それと同時に眠りと死の近親性も暗示するような歌いぶりに感じられました。ピアニストのブシャケヴィツが面白い試みをしています。徐々にオクターブ上げていき、トイピアノのような響きで締めくくっています。おそらく作曲当時もこのような類のアレンジはされていたのでしょう。

●リタ・シュトライヒ(S), エリク・ヴェルバ(P)
Rita Streich(S), Erik Werba(P)

オペラでは華やかなコロラトゥーラを聞かせるシュトライヒも、一方でこんな可憐な歌を聞かせてくれます。

●三浦 環(S), アルド・フランケッティ(P)
Tamaki Miura(S), Aldo Franchetti(P)

1922年録音。往年の日本のプリマドンナ三浦 環もこの曲を録音していました。ここで歌っている有名な日本語歌詞は内藤濯(ないとう あろう)という人の訳だそうです(こちらのサイト(「世界の民謡・童謡」様)に詳しい解説があります)。

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(参照)

The LiederNet Archive: Wiegenlied

IMSLP (International Music Score Library Project): Wiegenlied, D.498 (Schubert, Franz)

Schubertlied.de: Wiegenlied

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シューベルト/ムーサの息子(ミューズの子)(Der Musensohn, D 764)

Der Musensohn, D 764
 ムーサの息子(ミューズの子)

Durch Feld und Wald zu schweifen,
Mein Liedchen wegzupfeifen,
So gehts von Ort zu Ort!
Und nach dem Takte reget,
Und nach dem Maß beweget
Sich alles an mir fort.
 野や森を超えてさすらい、
 僕の歌を口笛で吹きながら
 あちこちと歩いていく!
 拍子を取って進み、
 僕の歩幅で動くんだ、
 僕のそばを通り過ぎるものはみんな。

Ich kann sie kaum erwarten,
Die erste Blum' im Garten,
Die erste Blüt' am Baum.
Sie grüßen meine Lieder,
Und kommt der Winter wieder,
Sing' ich noch jenen Traum.
 僕はほとんど待ちきれないぐらいだ、
 庭に最初に咲く花や、
 木に最初に開く花がね。
 それらに僕の歌が挨拶し、
 また冬がやってくると、
 僕はまだあの夢を歌っているというわけ。

Ich sing' ihn in der Weite,
Auf Eises Läng' und Breite,
Da blüht der Winter schön!
Auch diese Blüte schwindet,
Und neue Freude findet
Sich auf bebauten Höhn.
 僕は彼方で歌う、
 長く広がる氷の上で、
 そこは冬が美しく花開いている!
 この花が消えても
 新たな喜びが
 耕された丘の上に見つかるんだ。

Denn wie ich bei der Linde
Das junge Völkchen finde,
Sogleich erreg' ich sie.
Der stumpfe Bursche bläht sich,
Das steife Mädchen dreht sich
Nach meiner Melodie.
 というのも、僕がシナノキのそばで
 若い連中を見つけるやいなや
 彼らを掻き立てるのさ、
 さえない兄(あん)ちゃんはいきり出し、
 ぎこちない娘はぐるぐる回る、
 僕のメロディーに合わせて。

Ihr gebt den Sohlen Flügel
Und treibt, durch Thal und Hügel,
Den Liebling weit von Haus.
Ihr lieben holden Musen,
Wann ruh' ich ihr am Busen
Auch endlich wieder aus?
 あなたがたはこの足裏に翼を授け、
 谷や丘を渡るように
 お気に入りの僕を家からはるばる引きずり出す。
 いとしいムーサたちよ、
 僕があの娘(こ)の胸で
 ようやくまた休めるのはいつになるのだろう。

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Der Musensohn", written 1774, first published 1800
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Der Musensohn", op. 92 (Drei Lieder) no. 1, D 764 (1822), published 1828 [ voice, piano ], M. J. Leidesdorf, VN 1014, Wien

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シューベルトの歌曲の中でもとりわけ人気の高い「ミューズの子(ムーサの息子)D764, Op. 92-1」は、ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテのテキストに1822年12月に作曲されました。A-B-A-B-Aの簡潔な形式ですが、一番最後のAの締めくくり「あの娘(こ)の胸でようやくまた休めるのはいつ?」の「胸(Busen)」でリタルダンドが指示されているのが後ろ髪を引かれるような感じで印象的です。この部分をどのように歌い演奏するかも聴きどころの一つではないでしょうか。Aのト長調とBのロ長調が交互に現れるのですが長3度上下という遠い関係の転調(シューベルトはこの長3度の転調を好んだようです)ですが、歌声部の開始音がどちらもH音で、雰囲気ががらっと変わりながらも自然につながっていくところが素晴らしいと思います。

シューベルトの歌曲について、詩、曲それぞれの成立状況やオリジナルの資料へのリンクの他、サイト用に録音された演奏も聞けるようにしている"Schubertlied.de"というサイトの情報の充実ぶりは驚きです!シューベルト歌曲ファンの方はぜひご覧ください(トップページはこちら、「ムーサの息子」はこちら)。

『ゲーテ全集 1』(新装普及版)(2003年 潮出版社)の訳者山口四郎氏の解説によれば、ゲーテの詩の成立は「1774年頃の作とする説もあるが、大方は1799年11月よりあまり早くない時期としている」とのことで、習熟度からして若い頃の作品ではないと指摘されています。わくわくするようなリズムが感じられますね。

ちなみにムーサというのはWikipediaによれば「技芸・文芸・学術・音楽・舞踏などを司るギリシア神話の女神」とのことで、複数います。その息子(Musensohn)はドイツ語で「詩人(Dichter)」を意味するそうです(DUDEN)。このゲーテの詩は、母親のムーサに翼を与えられた息子(詩人)が、あちこち野山を駆け巡り、歌声で周りのあらゆるものを活気づけるという内容です。

古今東西の歌曲歌手たちが録音していますが、マティス、ボニーのような歌曲の女神たちが録音していないのが残念です。テキストから男声用の作品と判断したからかもしれませんね。オッターは今のところスタジオ録音は残していませんが、動画サイトにライヴ映像がアップされています。興味のある方は検索してみて下さい。

●第1稿
変イ長調(As-dur)
6/8拍子
Ziemlich lebhaft (かなり生き生きと)

●第2稿
ト長調(G-dur)
6/8拍子
Ziemlich lebhaft (かなり生き生きと)

●詩の朗読(speaker: Susanna Proskura)
Schubert, Der Musensohn, pronunciation

●ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

この曲はプライの為にあると言ってもいいぐらいです!野山を駆け巡る天真爛漫な少年像にぴったりで絶品です。エンゲルのリズムに乗った演奏もとても良かったです。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T), Hubert Giesen(P)

ヴンダーリヒの輝かしい甘い美声はただただ魅力的です!

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーの歯切れの良さが爽快です。オルベルツも出たり引っ込んだりのタイミングが絶妙です!

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

ディースカウは比較的抑えたテンポで美しいディクションを聞かせています。ムーアの変幻自在な表現力の多彩さに舌を巻きます。

●マティアス・ゲルネ(BR), エリク・シュナイダー(P)
Matthias Goerne(BR), Eric Schneider(P)

ゲルネはアンドレアス・ヘフリガーとの録音(DECCA)に続き、2回目の録音です(Harmonia mundi)。速めのテンポで表情を付けながらリズミカルに歌うゲルネの歌は素晴らしかったです。ゲルネの動きを想像しながら聞いていました。シュナイダーも軽快で見事でした。

●クリスティアン・ゲアハーアー(BR), ゲロルト・フーバー(P)
Christian Gerhaher(BR), Gerold Huber(P)

ゲアハーアーは端正かつ軽快な歌唱です。

●ダニエル・ベーレ(T), オリヴァー・シュニーダー(P)
Daniel Behle(T), Oliver Schnyder(P)

現役世代のドイツのリート歌手ベーレの歌は、言葉さばきが巧みで、シュニーダーのピアノと共にうきうきするような演奏でした。

●イアン・ボストリッジ(T), ジュリアス・ドレイク(P)
Ian Bostridge(T), Julius Drake(P)

ボストリッジの軽やかな声は、翼を得て重力から解放されたさまをイメージさせてくれます。ドレイクも歌手を知り尽くした演奏でした。

●ヨナス・カウフマン(T), ヘルムート・ドイチュ(P)
Jonas Kaufmann(T), Helmut Deutsch(P)

Grafenegg-Festival 2020のライヴ映像。この曲を歌うカウフマンはテノールらしい高音を響かせていて、彼のキャラクターに合った曲だと思います。

●エリー・アーメリング(S), ルドルフ・ヤンセン(P)
Elly Ameling(S), Rudolf Jansen(P)

円熟期(1984年)のアーメリングによる細やかな語り口が味わえます。ヤンセンの雄弁なピアノも良かったです。

●キャスリーン・フェリア(CA), フィリス・スパー(P)
Kathleen Ferrier(CA), Phyllis Spurr(P)

イギリスの往年の名コントラルト、フェリアの人肌を感じさせる歌声はなんともチャーミングです。

●ジェスィー・ノーマン(S), フィリップ・モル(P)
Jessye Norman(S), Phillip Moll(P)

ノーマンは強靭な曲だけでなく、このような軽快な作品でも言葉のイメージを細やかに表現していて素晴らしいです。モルのすっきりとした演奏ぶりも良いです。

●ハンス・ホッター(BSBR), マルセル・ドリュアール(P)
Hans Hotter(BSBR), Marcel Druart(P)

1959年6月21日, INR(ベルギー国営放送研究所)録画。ホッター(1909.1.19-2003.12.6)がちょうど50歳の時の映像。温かみのある声と巧みなテキストへの反応が感じられました。

●ハンス・ホッター(BSBR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Hans Hotter(BSBR), Helmut Deutsch(P)
Hans Hotter sings Schubert's "Der Musensohn" at age 78!

上記の映像の28年後の貴重な映像!ホッターは若かりし頃から老成した響きを聞かせていた為か、80代近くになっても違和感なくこの曲の軽やかさが感じられ素晴らしいです。ドイチュの著書の序文に寄稿したホッターは、ドイチュと共演する機会が残念ながらなかったと書いていたので、この映像はレアなものなのでしょう。

●ピアノパートのみ(Giorgia Turchi(P))
Piano accompaniment (Karaoke + score)

チャンネル名:Giorgia Turchi(リンク先は音声が流れます)

●ライヒャルト(Johann Friedrich Reichardt: 1752-1814)作曲:ムーサの息子(Der Musensohn)
木村能里子(S), クリストフ・トイスナー(GT)
Norico Kimura(S), Christoph Theusner(GT)

ゲーテお気に入りの作曲家ライヒャルトによる歌曲はギター伴奏の素朴で愛らしい作品です。木村さんは一点の曇りもない晴れやかな歌唱で魅力的ですね。

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(参考)

The LiederNet Archive

Schubertlied.de

IMSLP: Der Musensohn, D.764 (Schubert, Franz) (楽譜)

ムーサ(Wikipedia)

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NPO Radio4で、エリー・アーメリング(Elly Ameling)の特集ページ公開

オランダのラジオ局NPO Radio4のサイトで、エリー・アーメリング(Elly Ameling)の特集ページが公開されました。

Elly Ameling

オランダ語で彼女の経歴が書かれているほか、貴重な写真も掲載されていて、ファンにはたまらない内容になっています!

1963年のフォレ「レクイエム」とヴェルディ「聖歌四篇」は数年前からずっとアップされたままですが、その他のいくつかの音源が久しぶりにアップされているのは嬉しいです。

30 november 1963: Elly Ameling zingt Fauré
フォレ:「レクイエム」とヴェルディ:「聖歌四篇」

1963年11月30日, Concertgebouw, Amsterdam(コンセルトヘバウ、アムステルダム)

Elly Ameling, sopraan
Bernhard Kruysen, bariton (Fauré)
Bernard Bartelink, orgel (Fauré)
Radio Filharmonisch Orkest
Groot Omroepkoor
Carlo Maria Giulini, dirigent

エリー・アーメリング(ソプラノ)
ベルナルト・クラウセン(バリトン)(フォレ)
ベルナルト・バルテリンク(オルガン)(フォレ)
オランダ放送大合唱団
オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団
カルロ・マリア・ジュリーニ(指揮)

Gabriel Fauré - Requiem
フォレ:レクイエム(19:15頃からアーメリングの「ピエ・イエズ」)

Giuseppe Verdi - Quattro pezzi sacri (Ave Maria; Stabat Mater; Laudi alla Vergine Maria; Te Deum)
ヴェルディ:「聖歌四篇」(アーメリングは4曲目「テ・デウム」の最後の方37:35からわずかな出番のみ)

Die Zauberflöte door RFO o.l.v Bernard Haitink met Fritz Wunderlich
モーツァルト:歌劇「魔笛」全曲(アーメリングは第一の童子、ヴンダーリヒがタミーノ)

1958年5月24日

Maria van Dongen(マリア・ファン・ドンゲン) (Pamina; sopraan)(パミーナ)
Fritz Wunderlich(フリッツ・ヴンダーリヒ) (Tamino; tenor)(タミーノ)
Albert van Haasteren(アルベルト・ファン・ハーステレン) (Sarastro/spreker; bas)(ザラストロ、弁者)
Juliane Farkas(ユリアーナ・ファルカス) (Köningin der Nacht; sopraan)(夜の女王)
Jan Derksen(ヤン・デルクセン) (Papageno; bariton)(パパゲーノ)
Nel Duval(ネル・デュヴァル) (Papagena; sopraan)(パパゲーナ)
Annette de la Bije(アネッテ・ド・ラ・ベイエ) (Erste Dame; sopraan)(第一の侍女)
Lucienne Bouwman(ルシエネ・バウマン) (Zweite Dame; mezzosopraan)(第二の侍女)
Annie Deloirie(アニー・デローリ) (Dritte Dame; mezzosopraan)(第三の侍女)
Reinier Schweppe(レニエ・シュヴェッペ) (Monostatos; tenor)(モノスタートス)
Elly Ameling(エリー・アーメリング) (Erste knabe)(第一の童子)
Thea van de Steen(テア・ファン・デア・ステーン) (Zweite knabe)(第二の童子)
Cora Canne Meyer(コーラ・カネ=メイアー) (Dritte knabe)(第三の童子)
Jan Waayer(ヤン・ヴァイアー) (Erster Priester & Erster geharnischter Mann; bas)(第一の僧、第一の武士)
Sybert van Keeken(シーベルト・ファン・ケーケン) (Zweiter Priester & Zweiter geharnischter Mann; bas)(第二の僧、第二の武士)
Nederlands Omroep Koor(オランダ放送合唱団)
Radio Filharmonisch Orkest(オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団)
Bernard Haitink(ベルナルト・ハイティンク) (Dirigent)

Wolfgang Amadeus Mozart - Die Zauberflöte, KV 620
モーツァルト:歌劇「魔笛」全曲

Elly Ameling en Bernard Haitink
モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」、マーラー:交響曲第2番

1969年11月8日, Concertgebouw, Amsterdam

Elly Ameling (sopraan)
Aafje Heynis (alt)
Groot Omroepkoor
Radio Filharmonisch Orkest
Bernard Haitink (Dirigent)

エリー・アーメリング(ソプラノ)
アーフィエ・ヘイニス(アルト)
オランダ放送大合唱団
オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団
ベルナルト・ハイティンク(指揮)

Wolfgang Amadeus Mozart - Motet voor sopraan en orkest KV.165, "Exsultate, jubilate"
モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」

Gustav Mahler - Symfonie nr. 2 in c "Auferstehung"
マーラー:交響曲第2番ハ短調「復活」

※上記のサイトから当日のプログラムをPDFでダウンロード出来ます(Mediaという見出しの下の行のリンクを右クリックして「名前をつけてリンク先を保存」)。

Elly Ameling zingt Schubert
シューベルト・リサイタル(ドルトン・ボールドウィン:ピアノ)

1978年4月14日, Concertgebouw, Amsterdam

Elly Ameling (sopraan)
Dalton Baldwin (piano)

エリー・アーメリング(ソプラノ)
ドルトン・ボールドウィン(ピアノ)

Franz Schubert

1. Ellens Gesang nr.1 (エレンの歌Ⅰ“憩いなさい、兵士よ”D837)
2. Ellens Gesang nr.2 (エレンの歌Ⅱ“狩人よ、休みなさい”D838)
3. Ellens Gesang nr.3 (エレンの歌Ⅲ“アヴェ・マリア”D839)
4. Rosamunde, Fürstin von Zypern D.797: Romanze "Der Vollmond strahlt" (「キプロスの女王ロザムンデ」D797より~ロマンツェ“満月は輝き”)
5. Amalia (アマーリアD195)
6. Das Mädchen (娘D652)
7. Refrainlieder: Die Männer sind méchant (「4つのリフレイン歌曲」より~男はみんなこんなものD866-3)
8. Suleika I (ズライカⅠD720)
9. Der König in Thule (トゥーレの王D367)
10.Gretchens Bitte (グレートヒェンの祈りD564)
11.Gretchen am Spinnrade (糸を紡ぐグレートヒェンD118)
12.Claudine von Villa Bella: "Liebe schwärmt auf allen Wegen" (「ヴィラ・ベラのクラウディーネ」D239より“愛はいたるところに”)
13.Die Liebende schreibt (恋する娘が手紙を書くD673)
14.Nähe des Geliebten (恋人のそばD162)
15.Liebhaber in allen Gestalten (あらゆる姿をとる恋人D558)
16.Heidenröslein (野ばらD257)
17.Der Schmetterling (蝶々D633)

Elly Ameling en Irwin Gage spelen Schubert
シューベルト・リサイタル(アーウィン・ゲイジ:ピアノ)

1975年6月19日, Circustheater, Scheveningen

Elly Ameling (sopraan)
Irwin Gage (piano)

エリー・アーメリング(ソプラノ)
アーウィン・ゲイジ(ピアノ)

Franz Schubert

An Sylvia(シルヴィアにD891)
Ganymed(ガニュメデスD544)
Der Musensohn(ミューズの息子D764)
Ellens Gesang I: Raste, Krieger(エレンの歌ⅠD837:憩いなさい、兵士よ)
Ellens Gesang II: Jäger, ruhe(エレンの歌ⅡD838:狩人よ、狩をお休みなさい)
Ellens Gesang III: Ave Maria(エレンの歌ⅢD839:アヴェ・マリア)
Im Frühling(春にD882)
Suleika I(ズライカⅠD720)
Frühlingsglaube(春の思いD686)
Heimliches Lieben(ひそやかな愛D922)
Der Einsame(孤独な男D800)
Du liebst mich nicht(あなたは私を愛していないD756)
Auf dem Wasser zu singen(水の上で歌うD774)
Gretchen am Spinnrade(糸を紡ぐグレートヒェンD118)
Seligkeit(幸福D433)
Lachen und Weinen(笑ったり泣いたりD777)
Suleika II(ズライカⅡD717)
"Claudine von Villa Bella": Liebe schwärmt auf allen Wegen(「ヴィラ・ベラのクラウディーネ」D239~愛はいたるところに)
An die Musik(音楽に寄せてD547)
Romanze aus "Rosamunde": Der Vollmond strahlt(「ロザムンデ」D797~ロマンス:満月は輝き)
Die Forelle(ますD550)

アーメリングのマスタークラス
Podium Witteman Masterclass: Elly Ameling - 29 augustus

2021年8月29日放送

7分頃~
Lucie Horsch (mezzo soprano), Hans Eijsackers (piano)

Schumann: Widmung, Op. 25-1
シューマン:献呈

25分頃~
Noëlle Drost (soprano), Hans Eijsackers (piano)

Debussy: Mandoline
ドビュッシー:マンドリン

43分頃~
Vincent Kusters (baritone), Hans Eijsackers (piano)

Fauré: Après un rêve, Op. 7-1
フォレ:夢のあとで

Schumann: Widmung, Op. 25-1
シューマン:献呈

Wie is... Elly Ameling?

タイトルを訳すと「アーメリングってどんな人?」という感じでしょうか。
いくつかの動画も引用されていますが、このサイトでは彼女の秘話がオランダ語で紹介されています。Google翻訳の助けを借りて読むと、小さい頃から歌好きだったアーメリングは母親に連れられて行ったジェラール・スゼーのリサイタルに啓示を受け、この時のことを「歌手人生の始まり」とみなしたとのこと。そして引退を決意した時もスゼーの言葉を引用しました「精神的に成熟した瞬間に楽器が劣化してしまうのが歌手の悲劇です」。Google翻訳でぜひ読んでみて下さい。

De Gouden Opnamen van Elly Ameling

タイトルは「エリー・アーメリングのゴールド・ディスク」という感じでしょうか。アーメリングの優れた録音をいろいろな人が日替わりで選ぶ企画のようです。

初日の月曜日はバスバリトンのロベルト・ホル(Robert Holl)がシューベルトの「音楽に寄せて」を、De Podiumというこの番組のスタッフがラヴェルの「シェエラザード」を選びます。
「Speel fragment af」をクリックすると、これらの録音やホルの祝福の言葉を聞くことが出来ます。

火曜日はオーボエ奏者のハン・ドゥ・フリース(Han de Vries)セレクトのバッハ「結婚カンタータ」BWVから"Sich üben im Lieben"と、番組スタッフセレクトのマーラー「交響曲第4番」の第4楽章です。

水曜日はフォレ「夢のあとに」、ドビュッシー「美しい夕暮れ」、ベルリオーズ『夏の夜』~「ばらの精」

木曜日はアーメリングの弟子のバリトン、ラウル・ステファーニ(Raoul Steffani)の選んだシューマン『リーダークライスOp.39』~第1・2曲と、番組のセレクトによるバッハの「マタイ受難曲」より「私の心は涙の中を漂っています-私はあなたに私の心を捧げます(Wiewohl mein Herz in Tränen schwimmt - Ich will dir mein Herze schenken)」

金曜日はアーメリングの弟子のソプラノ、レネケ・ラウテン(Lenneke Ruiten)の選んだシューベルト「岩の上の羊飼い」がオーケストラ伴奏版で放送されます。

土曜日は意外なところで、今大きく売り出し中のアイスランドのピアニスト、ヴィキングル・オラフソン(Víkingur Ólafsson)がアイスランドに来た彼女の声を聞いて「私の人生を変えた」とコメント

Elly Ameling in podcast Hollandse Helden

「オランダの英雄たち」というポッドキャストにエリー・アーメリングも加わりました。説明の他に動画が2つ掲載されていて、一つはNOS Radio 1 Journaalのパーソナリティとの電話の会話。もう一つは最近のアーメリングの姿を映した動画でハンス・ハフマンス(Hans Haffmans)と会話しながら衣装やスーツケースをお披露目し、最後には貴重な運転姿まで披露しています。
肝心のポッドキャストですが、残念ながら日本からは聞けない仕様になっているようです。

SOPRANISTIN ELLY AMELING
Eine Stimme aus Kristall

Jürgen Kestingによるアーメリングの経歴と歌唱に関する独語のエッセーです。彼女が賞を獲得した後、しばらく音楽から離れて本屋に勤めていたこと、その後復帰したこと、それからベルナック門下の彼女の歌うフランス歌曲について等が書かれています。

Elly Ameling (90): Weet u welk liedje mijn moeder voor me zong als ik slapen ging?

オランダの日刊紙Trouwのインタビュー記事ですが、料金を払わないと記事は見れません。ヘッダーに白髪のアーメリングのアップ写真が掲載されています。

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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ (ピアノ:デームス、ヘル、ブレンデル)/シューベルト&R.シュトラウス・ライヴ(1980年,1982年,1984年アムステルダム)

オランダの放送局NPO Radio4が、本日(5月28日)誕生日のディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)のアムステルダム・コンセルトヘバウでのライヴを3種類、期間限定でアップしています。
おそらく数週間で消されてしまうと思いますので、もし興味のある方は早めに聴いてみて下さい。1曲ずつでも再生できるようになっているので、聞きたい曲だけ聞くことも出来ます。
シューベルトの方は1980年のライヴで、2014年にアップされた時にブログの記事にしていますので、その後アップされていなかったとしたら8年ぶりということになります。ピアノはイェルク・デームスです。

●Schubert-recital door Dietrich Fischer-Dieskau

ライヴ録音:1980年12月9日, Concertgebouw Grote Zaal Amsterdam(アムステルダム・コンセルトヘバウ大ホール)

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ) (bariton)
Jörg Demus(イェルク・デームス) (piano)

Schubert(シューベルト)作曲

1.Prometheus(プロメテウス) D.674
2.Meeresstille(海の静けさ) D.216
3.An die Leier(竪琴に寄せて) D.737
4.Memnon(メムノン) D.541
5.Freiwilliges Versinken(自ら沈み行く) D.700
6.Der Tod und das Mädchen(死と乙女) D.531
7.Gruppe aus dem Tartarus(タルタロスの群れ) D.583
8.Nachtstück(夜曲) D.672
9.Totengräbers Heimweh(墓掘人の郷愁) D.842

10.Der Wanderer an den Mond(さすらい人が月に寄せて) D.870
11.Abendstern(夕星) D.806
12.Selige Welt(幸福の世界) D.743
13.Auf der Donau(ドナウ川の上で) D.553
14.Über Wildemann(ヴィルデマンの丘を越えて) D.884
15.Wanderers Nachtlied(さすらい人の夜の歌Ⅱ) D.768
16.Des Fischers Liebesglück(漁師の恋の幸福) D.933
17.An die Laute(リュートに寄せて) D.905
18.Der Musensohn(ムーサの息子) D.764

19.Nachtviolen(はなだいこん) D.752
20.Geheimes(秘めごと) D.719
21.An Sylvia(シルヴィアに) D.891
22.Abschied(別れ) D.957 nr.7

次にR.シュトラウスのリサイタルで、こちらも2014年にアップされた時に記事にしていました。ピアノはハルトムート・ヘルです。

●Richard Strauss recital door Dietrich Fischer-Dieskau

ライヴ録音:1982年2月18日, Concertgebouw, Amsterdam(アムステルダム・コンセルトヘバウ)

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ) (bariton)
Hartmut Höll(ハルトムート・ヘル) (piano)

Richard Strauss(リヒャルト・シュトラウス)作曲

1 Schlechtes Wetter(悪天候), op.69 nr.5
2 Im Spätboot(夜更けの小舟で), op.56 nr.3
3 Stiller Gang(静かな散歩), op.31 nr.4
4 O wärst du mein(おお君が僕のものならば), op.26 nr.2
5 Ruhe, meine Seele(憩え、わが魂よ), op.27 nr.1 (04:00)
6 Herr Lenz(春さん), op.37 nr.5
7 Wozu noch, Mädchen(少女よ、それが何の役に立つのか), op.19 nr.1
8 Frühlingsgedränge(春の雑踏), op.26 nr.1
9 Heimkehr(帰郷), op.15 nr.5
10 Ach, weh mir unglückhaftem Mann(ああ辛い、不幸な俺), op.21 nr.4

11 Winternacht(冬の夜), op.15 nr.2
12 Gefunden(見つけた), op.56 nr.1
13 Einerlei(同じもの), op.69 nr.3
14 Waldesfahrt(森の走行), op.69 nr.4
15 Himmelsboten(天の使者), op.32 nr.5
16 Junggesellenschwur(若者の誓い), op.49 nr.6
17 "Krämerspiegel(「商人の鑑」)": O lieber Künstler(おお親愛なる芸術家よ), op.66 nr.6
18 "Krämerspiegel": Die Händler und die Macher(商人どもと職人どもは), op.66 nr.11
19 "Krämerspiegel": Hast du ein Tongedicht vollbracht(あなたが交響詩を書き上げたら), op.66 nr.5
20 "Krämerspiegel": Einst kam der Bock als Bote(かつて牝山羊が使者にやって来た), op.66 nr.2

21 Traum durch die Dämmerung(黄昏を通る夢), op.29 nr.1
22 Ständchen(セレナーデ), op.17 nr.2
23 Morgen(明日), op.27 nr.4
24 Zugemessene Rhythmen(整いすぎたリズム), WoO.122

1984年のアルフレート・ブレンデルとの『冬の旅』のライヴは、スタジオ録音やDVDの映像と比較してみるのも興味深いかと思います。

●Legendarisch archief: Winterreise door Dietrich Fischer-Dieskau

ライヴ録音:1984年6月29日, Concertgebouw, Amsterdam(アムステルダム・コンセルトヘバウ)

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ) (bariton)
Alfred Brendel(アルフレート・ブレンデル) (piano)

Schubert(シューベルト)作曲

Winterreise(『冬の旅』) D.911 - compleet

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シューベルト「ルイーザの返答(Luisens Antwort, D 319)」を聴く

Luisens Antwort, D 319
 ルイーザの返答

1.
Wohl weinen Gottes Engel,
Wenn Liebende sich trennen,
Wie werd' ich leben können,
Geliebter ohne dich!
Gestorben allen Freuden,
Leb' ich fortan den Leiden,
Und nimmer, Wilhelm, nimmer
Vergißt Luisa dich.
 神の天使たちは泣くでしょう、
 恋人同士が別れるときには、
 私はどうやって生きていけるというのでしょう、
 愛する方、あなたなしで!
 喜びはすべて死に絶え、
 これからは苦しんで生きていくのです、
 そして決して、ヴィルヘルムよ、決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

2.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Wohin ich, Freund, mich wende,
Wohin den Blick nur sende;
Umstrahlt dein Bildniß mich.
Mit trunkenem Entzücken
Seh' ich es auf mich blicken.
Nein nimmer, Wilhelm, nimmer
Vergißt Luisa dich.
 どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
 友よ、どこを向いても
 視線だけをどこに送ろうと
 あなたの姿が私を光で包み込むのです。
 うっとりと陶酔して
 あなたの姿を私自身に見るのです。
 いいえ決して、ヴィルヘルムよ、決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

3.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Geröthet von Verlangen,
Wie flammten deine Wangen,
Von Inbrunst naß um mich!
Im Wiederschein der Deinen
Wie leuchteten die Meinen!
Nein nimmer, Wilhelm, nimmer
Vergißt Luisa dich.
 どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
 憧れるあまり赤くなっています、
 あなたの頬はなんと燃え上がり、
 情熱のあまり私は濡れています!
 あなたの頬に照らされて
 なんと私の頬が輝いていることでしょう!
 いいえ決して、ヴィルヘルムよ、決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

4.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen, wie die Blöde
In Blick' und Nick und Rede
Die Liebe süß beschlich.
Dein zartes Liebeflehen,
Mein stammelndes Gestehen
Sollt' ich vergessen? Nimmer
Vergißt Luisa dich.
 どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
 お馬鹿さんみたいに忘れるなんて、
 あなたが視線を向け、うなずき、お話するさまに接しているうちに
 甘い愛にとらわれたのです。
 あなたの優しい求愛や
 私のしどろもどろの告白を
 忘れろとおっしゃるのですか?決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

5.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Die Töne je verlernen,
Worin bis zu den Sternen
Du mich erhubest, mich.
Ach unauslöschlich klingen
Sie mir in Ohren, singen
Sie mir im Herzen - Nimmer
Vergißt Luisa dich.
 どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
 かつてのあの響きを忘れるなんて、
 星々まで
 あなたが私を引き上げてくれた響きを。
 ああ、忘れられず響いています、
 あなたが私の耳に、
 私の心に歌っています、決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

6.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen deiner Briefe
Voll zarter, treuer Liebe,
Voll herben Grams um mich!
Ich will sie sorgsam wahren,
Für meinen Sarg sie sparen.
Geliebter, nimmer, nimmer,
Vergißt Luisa dich.
 どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
 あなたの手紙を忘れるなんて、
 優しく誠実な愛にあふれ、
 私についての苦々しい痛みに満ちた手紙を!
 私はその手紙を大事にとっておき、
 私の棺に入れるために残しておこうと思います。
 愛する方、決して、決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

7.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen jener Stunden,
Wo ich von dir umwunden,
Umflechtend innigst dich,
An deine Brust mich lehnte,
Ganz dein zu seyn mich sehnte! -
Geliebter, nimmer, nimmer
Vergißt Luisa dich.
 どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
 あの時間を忘れるなんて、
 あなたに巻き付かれて、
 あなたに愛をこめてからみつかれて、
 あなたの胸にもたれ、
 すべてあなたのものになることを望んだあの時間を!
 愛する方、決して、決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

8.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen je der Fragen,
Die du in schönern Tagen
Ohn' Ende fragtest: "Sprich,
Luisa, bist du meine?"
Ja, Trauter, ja, die Deine
Bin ich auf ewig. - Nimmer
Vergißt Luisa dich.
 どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
 かつてのあの問いかけを忘れるなんて、
 あなたがあの素晴らしかった日々に
 果てしなく「ねえ、
 ルイーザ、きみは僕のもの?」と尋ねた問いかけを。
 ええ、いとしい方、そうです、
 私は永遠にあなたのものです、決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

9.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen je der Schauer
Von Seligkeit und Trauer,
Die allgewaltig mich
An deiner Brust durchzückten,
Aus deinem Arm entrückten
Zu höhern Sphären! - Nimmer
Vergißt Luisa dich.
 どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
 かつてのあの身震いを忘れるなんて、
 幸せと悲しみのあまり
 激しく
 あなたの胸にもたれた私を貫き、
 あなたの腕から
 高き天空へと連れ去ったあの身震いを!決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

10.
Wie könnt' ich dein vergessen!
Vergessen je der Qualen,
Womit aus goldnen Schalen
Die Liebe tränkte mich!
Was ich um dich gelitten,
Was ich um dich gestritten
Sollt' ich vergessen? Nimmer
Vergißt Luisa dich.
 どうしてあなたのことを忘れられましょうか!
 かつてのあの苦しみを忘れるなんて、
 黄金の鉢から
 愛が私にしみこませた苦しみを!
 あなたのために苦しんだことや
 あなたのために口論したことを
 私に忘れてほしいのですか?決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

11.
Ich kann dich nicht vergessen,
Auf jedem meiner Tritte,
In meiner Lieben Mitte,
Umschwebt dein Bildniß mich.
Auf meiner Leinwand schimmerts,
An meinem Vorhang flimmerts,
Geliebter, nimmer, nimmer
Vergißt Luisa dich.
 あなたのことが忘れられないのです、
 私が一歩歩くたびに
 私の愛の中心で
 あなたの姿が周りに浮かびます。
 私のスクリーンにほのかに光り
 私のカーテンにちらつくのです。
 愛する方、決して、決して
 ルイーザはあなたのことを忘れません。

12.
Ich kann dich nicht vergessen.
Mit jedem goldnen Morgen
Erwacht mein zärtlich Sorgen,
Mein Seufzen, ach, um dich!
"Wo weilst du itzt, du Einer?
Was denkst du itzt du Meiner?
Denkst du auch an Luisen?
Luisa denkt an dich!"
 あなたのことが忘れられないのです、
 黄金色の朝を迎えるたび
 私の愛のこもった気がかりが、
 溜息が、ああ、あなたを思って目覚めるのです。
 「今どこにいるのですか、あなた?
 今何を思っているのですか、私のものであるあなた?
 ルイーザのことも思っていてくれますか?
 ルイーザはあなたのことを思っています。」

13.
Ich kann dich nicht vergessen.
Des Nachts auf meinem Bette
Gemahnt michs oft, als hätte
Dein Arm umschlungen mich.
Des Penduls Schwingung weckt mich,
Das Horn des Wächters schreckt mich.
Allein bin ich im Dunkel,
Und weine still um dich.
 あなたのことが忘れられないのです、
 毎晩ベッドにいると
 よく思うのです、
 あなたの腕が私にからみついているかのように。
 時計の振り子の揺れで目が覚め、
 番人の角笛に驚きます。
 私は暗闇の中一人きりで
 あなたを思って静かに泣くのです。

14.
Ich kann dich nicht vergessen.
Nicht fremde Huldigungen,
Nicht Sklavenanbetungen,
O Freund, verdrängen dich.
Luisa liebt nur Einen,
Nur Einen kann sie meinen,
Nur Einen nie vergessen,
Vergessen nimmer dich.
 あなたのことが忘れられないのです、
 他の人に熱中しようとしても
 奴隷を好きになろうとしても
 おお友よ、あなたを排除できないのです。
 ルイーザはただ一人の方を愛しています。
 ただ一人の方と言えます、
 ただ一人の方を忘れません、
 あなたのことを決して忘れません。

15.
Luisa liebt nur Einen,
Verschmäht des Stutzers Schmeicheln,
Verhöhnt sein süsslich Heucheln,
Gedenkt, o Wilhelm, dein;
Denkt deines Geistes Adel,
Dein Lieben sonder Tadel
Dein Herz so treu, so bieder -
Und brennt für dich allein.
 ルイーザはただ一人の方を愛しています、
 伊達男のお世辞を退けて
 そいつの猫をかぶった甘ったるい言動をあざ笑って
 ヴィルヘルムよ、あなたのことを思うのです。
 あなたの心の気高さを
 非の打ち所のないあなたの愛情を
 とても誠実で純真なあなたの心を思い、
 そしてあなただけに燃え上がるのです。

16.
Für dich nur mag ich brennen,
Für dich, für dich nur fühlen.
Dieß Feuer in mir kühlen
Mag Zeit, mag Ferne nicht.
Von dir, von dir mich scheiden
Mag Freude nicht, nicht Leiden,
Mag nicht die Hand des Todes,
Selbst dein Vergessen nicht.
 あなたのためだけに燃え上がりたい、
 あなたのためだけに感じたいのです。
 私の中のこの炎を冷ますのは
 遠さではなく、時の経過であってほしいです。
 あなたから、あなたから私を隔てているのは
 喜びでも、苦しみでもありません、
 それは死神の手でもなく、
 あなたに忘れられることですらありません。

17.
Selbst, wenn du falsch und treulos
An fremde Brust dich schmiegtest,
In fremdem Arm dich wiegtest,
Vergessend Schwur und Pflicht
In fremden Flammen brenntest,
Luisen gar verkenntest,
Luisen gar vergässest -
Ich, ach! vergäss' dich nicht!
 あなたが不実で不貞にも
 他の女の胸にもたれかかり
 他の女の腕の中で腰を振ったとしても
 忘れつつある誓いと義務が
 他の女の炎の中で燃え上がろうと
 ルイーザを完全に見誤ろうと
 ルイーザを全く忘れようと
 私は、ああ!あなたを忘れないでしょう!

18.
Verachtet und vergessen,
Verloren und verlassen,
Könnt' ich dich doch nicht hassen;
Still grämen würd ich mich,
Bis Tod sich mein erbarmte,
Das Grab mich kühl umarmte -
Doch auch im Grab', im Himmel,
O Wilhelm, liebt' ich dich!
 軽蔑され、忘れられ、
 見捨てられ、見放されても
 私はあなたを憎むことは出来ないでしょう。
 静かに私は嘆くでしょう、
 死が私に同情してくれるまで、
 墓が私を冷たく抱きしめるまで、
 でも、墓の中でも、天国でも
 おおヴィルヘルム、私はあなたを愛すでしょう!

19.
In mildem Engelglanze
Würd' ich dein Bett umschimmern,
Und zärtlich dich umwimmern:
"Ich bin Luisa, ich!
Luisa kann nicht hassen,
Luisa dich nicht lassen,
Luisa kommt, zu segnen,
Und liebt auch droben dich."
 穏やかな天使の輝きの中
 私はあなたのベッドのまわりでほのかに光り
 あなたを思ってめそめそ泣くでしょう。
 「私はルイーザ、私です!
 ルイーザは憎んだり出来ません、
 ルイーザはあなたと別れられません、
 ルイーザは祝福するために来たのです、
 そして天上でもあなたを愛しています。」

詩:Ludwig Gotthard Theobul Kosegarten (1758-1818), "Luisens Antwort", written 1785, first published 1786
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Luisens Antwort", D 319 (1815), published 1895

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今日はルートヴィヒ・ゴットハルト・テオブル・コーゼガルテンの詩によるシューベルトの歌曲「ルイーザの返答(Luisens Antwort, D 319)」を採り上げます。シューベルト18歳の時(1815年10月19日)に作曲されました。

詩は19連からなり、シューベルトは有節歌曲として作曲していますので、全部演奏したらかなりの時間になると思いますが、今のところ全節演奏した録音は存在しません(2022年3月現在)。

恋人だったヴィルヘルムに捨てられたルイーザという女性による未練たっぷりの心情が切々と綴られています。

詩の内容を大雑把に要約してみます。

1. 恋人の別れには天使も涙するでしょう。あなたなしでどうやって生きていけるのでしょうか?

2. どこを見てもあなたの姿がまわりで輝いています。

3. あなたの頬は燃え上がり、私の頬を照らしています。

4. あなたが求愛してくれたことやしどろもどろになりながら私が打ち明けたことを忘れることなど出来ません。

5. あなたが私に歌ってくれた歌を忘れられません。

6. あなたがくれた手紙を棺に入れるためにとっておきます。

7. あなたに抱かれたあの時間を忘れません。

8. きみはぼくのもの?と聞かれたことを忘れません。私は永遠にあなたのものです。

9. あなたに抱かれたときに私を貫いた身震いを忘れません。

10. あなたへの愛ゆえに苦しんだり言い争ったりしたことを忘れません。

11. 私が歩くたびにあなたの姿が私の中のスクリーンに投影されるのです。

12. 朝になるとあなたのことが気がかりで、どこでどうしているのか考えてしまいます。

13. 毎晩ベッドにいるとあなたに腕を回されているかのように錯覚して、時計の音で目が覚めます。

14. 他の人を好きになろうとしてみても、あなたのことが頭から離れないのです。私が愛しているのはただ一人だけです。

15. 私に言い寄ってくる男を払いのけて、あなたの完璧な愛情を思い出します。

16. あなたのためだけに燃え上がりたい。時間が経ってこの炎が冷めてしまえばいいのに。

17. あなたが他の女を抱いて私のことを忘れても、私はあなたのことを忘れません。

18. あなたに捨てられてもあなたを嫌いになりません。死神が迎えに来てくれるまで静かに嘆き悲しむだけです。

19. 天使になったらあなたのベッドにあらわれて、泣きながら天国でもあなたを愛していることを伝えます。

ちょっとひいてしまうぐらい情熱的な詩ですね。過去の思い出や現在の心境を書き連ね、どんな仕打ちにあっても今後もあなただけを愛し続けますという決意のようなものが感じられます。
詩人は男性ですが、どんな心境でこの女性の立場からの詩を書いたのでしょう。ちょっと気になります。

ここで、この詩の第1連最初の4行をご覧ください。

Wohl weinen Gottes Engel,
Wenn Liebende sich trennen,
Wie werd' ich leben können,
Geliebter ohne dich!
 神の天使たちは泣くでしょう、
 恋人同士が別れるときには、
 私はどうやって生きていけるというのでしょう、
 愛する方、あなたなしで!

次に、クラーマー・エーバーハルト・カール・シュミット(Klamer Eberhard Karl Schmidt: 1746-1824)の詩にモーツァルトが作曲した歌曲「別れの歌(Das Lied der Trennung, KV 519)」の第1連最初の4行をご覧ください。

Die Engel Gottes weinen,
wo Liebende sich trennen!
wie werd' ich leben können,
o Mädchen,ohne dich?
 神の天使たちは泣いています、
 恋人同士が別れるときに、
 僕はどうやって生きていけるというのだろう、
 おお乙女よ、きみなしで?

この4行は明らかに対応しているのが分かります。シュミットより12歳年下のコーゼガルテンが、「別れの歌」のアンサーソングを書いたということのようです。
シュミットの詩は全18連(モーツァルト旧全集では第1,3,8,12,16,17,18連が掲載されていますが、新全集には全連掲載されているようです(新全集未確認ですが、文献にそう記載されていました))で、コーゼガルテンの詩は全19連ですから、ルイーザの返答の方が1連多いことになります。

「ルイーザの返答」は彼氏が不実を働いたという設定で書かれていますが、その基となる彼氏側の「別れの歌」ではルイーザが不実を働いたということになっていて、お互いに浮気をしていたということになるのでしょうか。

それでは音楽を見ていきます。モーツァルトの「別れの歌(Das Lied der Trennung) KV 519」の楽譜を見てみましょう。

Mozart-das-lied-der-trennung-kv-519-exce

次にシューベルトの「ルイーザの返答 D 319」の楽譜です。

Schubert-luisens-antwort-d-319-excerpt-s

まず拍子ですが、モーツァルト「別れの歌」が2/4拍子、シューベルト「ルイーザの返答」が2/2拍子(Alla breve)です。基準となる音価は「ルイーザ~」の方が「別れ~」の2倍ですが、どちらも2拍子です。

調は「別れ~」がフラット4つのヘ短調であるのに対して、「ルイーザ~」がフラット5つの変ロ短調で「別れ~」の下属調にあたり近い関係にあります。

歌の旋律は1小節あたり4音節→3音節を繰り返す点で両曲とも共通しています。

ピアノパートは、「別れ~」は左手で強拍に八分音符を弾き、右手は十六分休符の後に3つの十六分音符が続くパターンが続きます。一方「ルイーザ~」は左手で強拍に二分音符を弾き、右手は八分休符の後に3つの八分音符が続くパターンが続きます。右手の3つの音符については両者とも上行、下行の順で動き、かなり似ていると言えると思います。

形式はモーツァルトが最初の15連を有節形式で進めた後、16,17連で変化を見せ別の音楽が進行していきます。最終連で再び冒頭の音楽が回帰しますが、終わりに向けて変化を見せ、強い訴求力を加えながら静かに終わります。一方の「ルイーザ~」は完全な有節形式です。

以上両曲を比較してみましたが、シューベルトが両方の詩の関連性を理解したうえで、かなりモーツァルトの音楽を意識した作曲をした形跡が伺えます。少なくともシューベルトが「別れの歌」と無関係に「ルイーザの返答」を作曲したとは考えにくいと思います。

無名なのが信じられないほど切なく美しい曲で、8行のテクストがシューベルトによって見事に起承転結の展開を与えられています。たった6小節のピアノ前奏(間奏にも使われ、ほぼ後奏とも同じ)が曲の世界観を素晴らしく描いていて、ぐっと引き込まれます。個人的にはシューベルトの知られざる傑作ではないかと思っています。

2/2拍子
変ロ短調(b-moll)
Klagend (嘆いて)

Hyperion Schubert Edition, Vol. 7 (リンク先の音符マークをクリックすると一部試聴可能です)
エリー・アーメリング(S), グレアム・ジョンソン(P)
Elly Ameling(S), Graham Johnson(P)
1,7,18,19節。1989年8月15-18日録音。グレアム・ジョンソンによるハイペリオンレーベルのシューベルトエディション7巻に含まれるこの音源はおそらく世界初録音と思われます。アーメリングの奥行を感じさせる繊細な語りかけが素晴らしく、このCDをはじめて聴いた時からとりわけ印象に残ったことを覚えています。一体何度聞いたことでしょう(今でも折に触れて聞いています)!彼女は第7節のヴィルヘルムとの情事の思い出を歌うことで、元恋人たちの親密な関係をより明るみに出していると思います。

●カタリナ・コンラーディ(S), ダニエル・ハイデ(P)
Katharina Konradi(S), Daniel Heide(P)

1,2,12節。2020年7月録音。ここでコンラーディが選んで歌っている第12節では朝になってルイーザがヴィルヘルムに「今何をしているのですか。私のことを思ってくれていますか」と気に掛けるという内容で、好きだった人のことをつい気にしてしまう進行中の恋人同士のような情景です。最近の私のお気に入りソプラノ歌手、コンラーディはゆっくりめのテンポで丁寧に歌い、詩の主人公が冷静に言葉を紡いでいるかのようです。歌曲を歌うのにとても適性が感じられてこれからの活躍が楽しみです。ダニエル・ハイデは次世代の歌曲演奏を担っていくであろうピアニストです。

●エルス・クロメン(S), ヤン・フェルムレン(Fortepiano)
Els Crommen(S), Jan Vermeulen(Fortepiano)

1,2,8,14,17,18,19節。クロメンは他のどの録音よりも多くの節を歌っています。「どこを見てもあなたの姿が輝いている(2節)」「私は永遠にあなたのもの(8節)」「他の人を好きになろうとしてもあなたのことが忘れられない(14節)」「他の女を抱いていてもあなたを忘れない(17節)」「捨てられても嫌いにならない(18節)」「天国でもあなたを愛している(19節)」という流れがクロメンの歌によって描かれます。クロメンはリリックな持ち味で、清楚な女性が裏切られた男性に切々と訴えている感じが出ています。

●リュディア・トイシャー(S), ウルリヒ・アイゼンローア(Fortepiano)
Lydia Teuscher(S), Ulrich Eisenlohr(Fortepiano)

1,2,18,19節。2003年11月10-14日, 2004年1月12-16日, 2005年11月2-3日録音。トイシャーは速めのテンポで吸い付くような趣で悲壮感を打ち出しながら歌っています。装飾音の扱いが他の演奏と違い興味深いです。

●ルート・ツィーザク(S), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Ruth Ziesak(S), Ulrich Eisenlohr(P)

1,2,18節。2006年9月25-30日, 2007年2月12-14日録音。Naxosレーベルのモーツァルト歌曲全集にこの曲だけぽつんとシューベルト歌曲が含まれているので、事情を知らない方は疑問に思うことでしょう。「別れの歌」→「ルイーザの返答」という流れのプログラミングがステージでも演奏されるといいなと思います。ツィーザクは今やベテランですが歌曲に打ってつけの歌手ですね。

●クラウディア・タンドル(MS), ナイアル・キンセラ(P)
Klaudia Tandl(MS), Niall Kinsella(P)

1,2節。2020年2月17-19日録音。タンドルは声域に応じて低く移調しているのでより深刻な心境が感じられました。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Luisens Antwort: Ludw. Theob. Kosegarten's Poesieen, Zweyter Theil. (Wien 1826. B. Ph. Bauer). P.172-

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シューベルト「さすらい人が月に寄せて(Der Wanderer an den Mond, D 870)」を聴く

Der Wanderer an den Mond, D 870, Op. 80 no. 1
 さすらい人が月に寄せて

[Ich auf der Erd', am Himmel du]1,
Wir wandern beide rüstig zu: -
Ich ernst und trüb, du [mild]2 und rein,
Was mag der Unterschied wohl sein?
 私は地上にいて、おまえは空にいる、
 われらはどちらも元気にさすらい行く。
 私は真剣でうち沈み、おまえは穏やかで澄み切っている、
 何が違うのだろうか。

Ich wandre fremd von Land zu Land,
So heimatlos, so unbekannt;
Bergauf, bergab, waldein, waldaus,
Doch [bin ich nirgend - ach! -]3 zu Haus.
 私はよそ者として国から国へと渡り歩く、
 故郷もなく、知人もいない。
 山を登っては山を下り、森へ入っては森を出る。
 だが私はどこにも、ああ!家と呼べるところはないのだ。

Du aber wanderst auf und ab
Aus [Westens Wieg' in Ostens]4 Grab, -
Wallst Länder ein und Länder aus,
Und bist doch, wo du bist, zu Haus.
 おまえはしかし上っては下りて行く、
 西の揺りかごから東の墓場へと。
 国の中へ国の外へと歩み行き、
 おまえがいる場所が家となる。

Der Himmel, endlos ausgespannt,
Ist dein geliebtes Heimatland:
O glücklich, wer wohin er geht,
Doch auf der Heimat Boden steht!
 果てしなく広がる空は
 おまえの愛する故国だ、
 おお、幸せだ、どこに行こうが
 故郷の大地に立っている者は!

詩:Johann Gabriel Seidl (1804-1875), "Der Wanderer an den Mond", appears in Lieder der Nacht
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Der Wanderer an den Mond", op. 80 (Drei Lieder) no. 1, D 870 (1826), published 1827, Tobias Haslinger, VN 5028, Wien

1 Seidl (1851 and 1877 editions): "Auf Erden - ich, am Himmel - du"
2 Seidl (1851 and 1877 editions): "hell"
3 Seidl (1826 edition): "nirgend bin ich ach!"
4 Seidl (1851 and 1877 editions), and Schubert (Alte Gesamtausgabe): "Ostens Wieg' in Westens"

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地上をさすらい行く男性と、空を進む月-その境遇の違いを男性は愚痴ります。私はどこへ行ってもよそ者で故郷がないが、月よ、おまえはいる場所すべてが故郷で幸せ者だな、と。

ヨーハン・ガブリエル・ザイドルの詩によるシューベルト作曲「さすらい人が月に寄せてD870」は、1826年に作曲され、翌年の5月15日にトビアス・ハスリンガー社(Tobias Haslinger)から作品80の第1曲として出版されました(作品80には他に同じくザイドルの詩による「弔いの鐘D871」「戸外にてD880」も含まれています)。

ピアノ前奏からは歩行のリズムが聞かれます。強拍にアクセントとアルペッジョが付けられていて、ざくっと音を立てながら歩みを進めている様を表しているように私には感じられました。ところが、歌が始まった最初の小節では、ピアノパートの左手と右手の交互のリズム打ちのどちらにもアクセントが付けられていて、左右どちらの足でも大地をしっかりと踏みしめて歩く様を描いているのかなと思いました(旧全集の楽譜)。

Der-wanderer-an-den-mond-sheet

上記の旧全集の楽譜(IMSLP等で入手しやすい)を見た後で、シューベルト生前の初版楽譜を見たところ、上記の右手の後打ちのアクセントがないことに気付きました。ということは"Ich auf der Erd' am"の"der"と"am"のアクセントは、シューベルトのあずかり知らぬ旧全集編纂者の解釈ということになるのでしょう。

Der-wanderer-an-den-mond-erstausgabe←初版楽譜(1827年)

哀愁の漂う歌の旋律ははじめて聴く人をもすぐに惹きつける魅力があります。
最初の行に出てくるErd(大地)という言葉で低く下降し、Himmel(空)という言葉で1オクターブ上行するなど、単語の意味を音程に反映させながら、そのメロディーを全体のテーマとして使用しています。

第1節から第2節にかけて己の境遇を愚痴り、月に敵対心をぎらぎらさせていた主人公が、第3節で月の歩みにフォーカスすると突然柔らかい表情になります。

これまでのト短調→ニ短調の有節形式(歌の締めが第1節と第2節で少し異なりますがそれ以外は同一と思います)から、第3節に入り、ト長調に変わり穏やかな分散和音が続きます。この箇所をグレアム・ジョンソンは「月が光と幸福のプールで泳いでいる(we hear the moon swimming in a pool of light and well-being.)」と形容しました(Hyperion recordsでの解説)。

第3節以降は終始穏やかに心癒される音楽が続き、あれほど自暴自棄になっていた主人公が、月の光に包まれて最後には己の境遇を受け入れたように思えます。最後の2行は繰り返され、いる場所すべてが故郷である月に照らされて、主人公も故郷を見出したのかもしれません。

第3節第2行のテキストについてですが、ザイドルの1826年版とシューベルトの自筆譜、生前の初版は"Aus Westens Wieg' in Ostens Grab(西の揺りかごから東の墓場へ)"となっていますが、ザイドルの1851年版やシューベルト旧全集では"Aus Ostens Wieg' in Westens Grab(東の揺りかごから西の墓場へ)"と変更されています。
再びグレアム・ジョンソンのコメントを借りますと、月は東からのぼって西に沈む為、初版の詩句は誤りであり、詩人が後(1851年版)に修正したように"Aus Ostens Wieg' in Westens Grab"に直して演奏したとのことです。
下記に転載した演奏はどちらのパターンもあり、ここに転載していない演奏も両方のパターンに分かれています。
シューベルトのオリジナルを尊重すれば「西から~」になり、天体の事実(そしてザイドルの後年の修正)を優先すれば「東から~」になりますが、この選択も演奏家に委ねられますね。

↓ザイドル1826年版(シューベルトが使ったと思われる版)

Der-wanderer-an-den-mond-text-1826

↓ザイドル1851年版

Der-wanderer-an-den-mond-text-1851

↓シューベルト自筆譜

Der-wanderer-an-den-mond-westens-wieg-in

↓初版楽譜(1827年)

Der-wanderer-an-den-mond-erstausgabe-wes

↓シューベルト旧全集

Der-wanderer-an-den-mond

ちなみにシューベルトは第2節第4行を"Doch bin ich nirgend, ach, zu Haus"として作曲していますが、ザイドルの1826年版では"Doch nirgend bin ich ach! zu Haus"と語順が違っており、シューベルトが変更したものと思われます。ところが、ザイドルの詩集の1851年版ではこの箇所がシューベルトの語順と同じになっており、ザイドルがシューベルトの曲に合わせたのかもしれませんね(上記詩集の赤線参照)。

この曲、その魅力ゆえか古今東西の新旧演奏家たちが録音や動画を残していて、どれを選ぶか迷いました。結局ほとんど有名な演奏家たちを選んでしまいましたが、他にも素晴らしい演奏は山のようにありますので、興味のある方は動画サイトやCDなどでチェックしてみてください。

2/4拍子
ト短調(g-moll)
Etwas bewegt (いくぶん動きをもって)

●バリー・マクダニエル(BR), アーネスト・ラッシュ(P)
Barry McDaniel(BR), Ernest Lush(P)

BBC London 1965。マクダニエルの艶のある深い声が伸びやかに聴き手に訴えかけてきて感動的な演奏です。
第3節:Aus Westens Wieg' in Ostens Grab

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), アルフレート・ブレンデル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Alfred Brendel(P)

初めてこの曲を聴いたのはおそらくF=ディースカウの横浜でのコンサートだったと思います。ほぼ同じ頃に録音されたこの演奏は老境にそろそろ入ろうかという時期のF=ディースカウがこれまでの人生の行程を思い返して述懐しているかのような印象を持ちました。
第3節:Aus Westens Wieg' in Ostens Grab

●ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

若かりしプライの溶けるような甘美な美声を前面に押し出した歌唱でした。プライの歌う主人公のイメージは、故郷のない自分の境遇を悲しむのではなく、歩み行く場所すべてが故郷である月に対して「良かったね」と共感しているような印象を受けました。
第3節:Aus Westens Wieg' in Ostens Grab

●アンナ・ルツィア・リヒター(S), アミエル・ブシャケヴィツ(P)
Anna Lucia Richter(S), Ammiel Bushakevitz(P)

映像で演奏する姿が見られます。リヒターの声質は一見クールですが、細やかな表情がこめられ、歩行の様を巧みに描き出したブシャケヴィツのピアノと共に素晴らしい演奏でした。
第3節:Aus Ostens Wieg' in Westens Grab

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), ベンクト・フォシュバーリ(P)
Anne Sofie von Otter(MS), Bengt Forsberg(P)

オッターの歌唱は詩句の内容を反映させながら、主人公に共感を寄せているように感じられました。
第3節:Aus Westens Wieg' in Ostens Grab

●ピアノパートのみ(ピアニストの名前不詳。チャンネル名:insklyuh)
Der Wanderer an den Mond, D 870 (Franz. Schubert) - Accompaniment

歌がないと、シューベルトがピアノにどのような音楽を付けたかよく分かるので興味深いです。演奏も素敵でした。

●ラファエル・フィンガーロス(BR), サシャ・エル・ムイスィ(P), チェイェフェム
Rafael Fingerlos(BR), Sascha El Mouissi(P), Tschejefem

おそらくアンサンブルグループのチェイェフェムが編曲したのではないかと想像されます。フィンガーロスは力強く働き盛りの男性が威勢よく愚痴っているイメージを受けました。ピアノと他の楽器群(バスクラリネット、ツィター、アコーディオン)が交互に演奏しています。第4節に入る直前の伴奏部分のツィターの演奏など、シューベルトの音楽と民俗音楽的な要素の近さを気付かせてくれます。
第3節:Aus Ostens Wieg' in Westens Grab

●アコースティックバンドの編曲(アールキングズ)
The Erlkings (Ivan Turkalj · Bryan Benner · Gabriel Hopfmüller · Thomas Toppler)

英語でクラシック歌曲をポップス編曲して演奏するグループ。アールキングズというグループ名は「魔王(エルルケーニヒ)」の英語訳ですね。この曲も英語で歌われています。シューベルトの原曲ではこの主人公が最後に月によって心の平安を得るのですが、アールキングズは冒頭の歩行の箇所を最後に持ってきて、主人公のさすらいが変わらず続くことを示唆しているように感じました。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (旧全集の楽譜)

Schubertlied.de (初版楽譜、音源他各種情報)

グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)の解説(Hyperion records)

Franz Schubert. Thematisches Verzeichnis seiner Werke in chronologischer Folge

Staatsbibliothek zu Berlin: Digitalisierte Sammlungen (自筆楽譜)

Johann Gabriel Seidl: Lieder der Nacht (F. P. Sollinger, Wien, 1826): P.24

Johann Gabriel Seidl: Lieder der Nacht (F. P. Sollinger's Witwe, Wien, 1851): P.23

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シューベルト「酒神賛歌(Dithyrambe, D 801)」を聴く

Dithyrambe, D 801(Op. 60 No. 2)
 酒神賛歌

Nimmer, das glaubt mir,
Erscheinen die Götter,
Nimmer allein.
Kaum daß ich Bacchus den lustigen habe,
Kommt auch schon Amor, der lächelnde Knabe,
Phöbus der Herrliche findet sich ein.
      Sie nahen, sie kommen
      Die Himmlischen alle,
      Mit Göttern erfüllt sich
      Die irdische Halle.
 私を信じなさい、決して
 神々は
 一人では現れないだろう。
 陽気なバッコスがいると思ったら
 微笑む子供アモル(*恋愛の神。ギリシャ神話のEros)もすでに来ていて、
 立派なポイボス(*Apolloの呼び名の一つ)も姿を現す。
  彼らは近づき、やって来る、
  天上の神々はみな。
  神々で
  この世の会堂はいっぱいになる。

Sagt, wie bewirth' ich,
Der Erdegeborne,
Himmlischen Chor?
Schenket mir euer unsterbliches Leben,
Götter! Was kann euch der Sterbliche geben?
Hebet zu eurem Olymp mich empor!
      Die Freude, sie wohnt nur
      In Jupiters Saale,
      O füllet mit Nektar,
      O reicht mir die Schale!
 教えてくれ、
 地上に生まれた私はいかにもてなせばよいのか、
 天の合唱団を?
 あなたがたの不死の生命を私に贈ってくれ、
 神々よ!死すべき者はあなたがたに何を与えられよう?
 オリンポス山に私を引き上げておくれ!
  喜び、それはただ
  ユピテル(*ギリシャ神話のZeusと同一視される)の広間に住む。
  おお、ネクタル(*不老長寿の美酒)で満たせ、
  おお、私に杯を手渡してくれ!

Reich ihm die Schale!
O schenke dem Dichter,
Hebe, nur ein, schenke nur ein!
Netz' ihm die Augen mit himmlischem Thaue,
Daß er den Styx, den verhaßten, nicht schaue,
Einer der Unsern sich dünke zu sein.
      Sie rauschet, sie perlet,
      Die himmlische Quelle,
      Der Busen wird ruhig,
      Das Auge wird helle.
 彼に杯を手渡してくれ!
 おお、その詩人に酒をついで、
 ヘーベ(*青春の美の女神)よ、さあついで、ついでおくれ。
 天上の露で彼の両目を濡らせ、
 忌むべきステュクス(*ギリシャ神話で「冥界の川」)を彼が見ることがないように、
 私たちのうちの一人だと思いこむように。
  さざめき、したたり落ちるのは
  天上の泉だ。
  胸は安らぎ、
  目は明るくなる。

詩:Friedrich von Schiller (1759 - 1805), "Dithyrambe", written 1796, first published 1797
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828), "Dithyrambe", op. 60 (Zwei Lieder) no. 2, D 801 (1826), published 1826, first performed 1828

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タイトルのDithyrambe(ディテュランベ)というのは、グレアム・ジョンソンの解説によれば、紀元前7世紀のギリシャで生まれた酒の神ディオニュソス(ローマ神話のバッコス)への賛歌とのことです。詩の中に神様の名前が沢山出てきますね。

シューベルトはシラーのこのテキストに2回作曲しました。
1回目は1813年頃にテノール、バスと四部合唱、ピアノという編成の未完の作品(D 47)で、2回目が今回取り上げる1826年作曲・出版の独唱曲(D 801, Op. 60/2)です。

はじめてこの曲を聴いたのはF=ディースカウ&ムーアの全集の録音でしたが、聴いてすぐに魅了されたのを覚えています。
躍動的かつ情熱的で聴いていて楽しいです。祝祭的な華やかさに聴く者も興奮させられます。
歌声部がヘ音譜表で書かれている為、低声歌手によって歌われることが多いですが、高声歌手でも聴いてみたいものです(低いイ音(A)を出さなければなりませんが)。
なお、この曲の一番最後に弾かれるピアノ後奏ですが、初版は前奏と同じ形ですが、旧シューベルト全集では前奏よりも短く上昇していく形に変更されています(下記に引用した録音では、モル&ガルベンが旧シューベルト全集版で演奏しています)。どのタイミングで誰が変更したのか、おそらく新シューベルト全集の校訂記録を見れば何か載っているのではないかと思います。いつになるか分かりませんが、後日何か分かりましたら追記します。

6/8拍子
Geschwind und feurig (速く、燃えるように激しく)
イ長調(A-dur)

●詩の朗読(Susanna Proskura (speaker))

ソプラノ歌手ズザンナ・プロスクラが朗読しています。

●クルト・モル(BSBR), コルト・ガルベン(P)
Kurt Moll(BSBR), Cord Garben(P)

モルの深々としていながら重くなり過ぎない声がとても生きた歌唱だと思います。ガルベンのパリパリしたタッチがここで効果的だと思います。一番最後のピアノ後奏は旧シューベルト全集版で演奏されています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

F=ディースカウの雄弁な語り口が素晴らしく、聴いていて体が自然に動いてしまうほどです。ムーアの安定した演奏も非常に魅力的です。

●ロベルト・ホル(BSBR), デイヴィッド・ラッツ(P)
Robert Holl(BSBR), David Lutz(P)

バスバリトンのホルの響きがこの歌によく合っているように思います。

●ジェラール・スゼー(BR), ドルトン・ボールドウィン(P)
Gérard Souzay(BR), Dalton Baldwin(P)

スゼーの気品のある歌唱がこの曲の新たな魅力を引き出しているように思います。スゼーのドイツリートは本当に魅力的で大好きです!ボールドウィンの弾むリズムが印象的です。

●クリスタ・ルートヴィヒ(MS), ジェラルド・ムーア(P)
Christa Ludwig(MS), Gerald Moore(P)

これまでお蔵入りのままで最近日の目を見た音源のようです。ルートヴィヒの強靭さも兼ね備えた歌唱はとても魅力的でした。

●自動ピアノの演奏(歌声部も含み、MIDI音源と思われます)

歌声部の正確な音程を知るのにうってつけだと思います。

他にエレナ・ゲルハルト(Elena Gerhardt)(MS) & ジェラルド・ムーア(Gerald Moore)(P)、ゲオルク・ハン(Georg Hann)(BS) & ミヒャエル・ラウハイゼン(Michael Raucheisen)(P)、ヴォルフガング・ホルツマイア(Wolfgang Holzmair)(BR) & ジェラール・ヴィス(Gérard Wyss)(P)、マルティン・ブルンス(Martin Bruns)(BR) & ウルリヒ・アイゼンローア(Ulrich Eisenlohr)(P)、トマス・メリオランザ(Thomas Meglioranza)(BR) & 内田怜子(Reiko Uchida)(P)、ティロ・ダールマン(Thilo Dahlmann)(BR) & チャールズ・スペンサー(Charles Spencer)(P)の録音を動画サイトで聴くことが出来ます。

ちなみにHyperionのシューベルト・エディションではブリギッテ・ファスベンダー(Brigitte Fassbaender)(MS)&グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)(P)が録音しています。
https://www.hyperion-records.co.uk/dw.asp?dc=W2209_GBAJY9101118

未完の第1作(D 47)については、Hyperionの歌曲全集で補筆版が録音されており、下記リンク先で少しだけ試聴できます。
https://www.hyperion-records.co.uk/tw.asp?w=W1792

[参照]
The LiederNet Archive: Dithyrambe

Schubertlied.de

Wikipedia: ディテュランボス

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シューベルト「緑野の歌(Das Lied im Grünen, D 917)」を聴く

Das Lied im Grünen, D 917, Op. posth. 115 no. 1
 緑野の歌

1:
Ins Grüne, ins Grüne!
Da lockt uns der Frühling der liebliche Knabe,
Und führt uns am blumenumwundenen Stabe,
Hinaus, wo die Lerchen und Amseln so wach,
In Wälder, auf Felder, auf Hügel, zum Bach,
Ins Grüne, ins Grüne.
 緑野へ、緑野へ!
 春という愛らしい少年がわれわれをそこへ誘い、
 花を巻き付けたステッキでわれわれを導く。
 出かけよう、ひばりやつぐみがとても元気な場所へ、
 森へ、野原へ、丘へ、小川へ、
 緑野へ、緑野へ。

2:
Im Grünen, im Grünen!
Da lebt es sich wonnig, da wandeln wir gerne,
Und heften die Augen dahin schon von ferne;
Und wie wir so wandeln mit heiterer Brust,
Umwallet uns immer die kindliche Lust,
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で!
 そこでは楽しく暮らしたり、喜んで歩き回ったりする。
 そしてすでに遠くからそちらへと見やる。
 そして陽気な気分でわれわれは歩き回ると、
 子供のような喜びがいつもわれわれを包む。
 緑野で、緑野で。

3:
Im Grünen, im Grünen,
Da ruht man so wohl, empfindet so schönes,
Und denket behaglich an Dieses und Jenes,
Und zaubert von hinnen, ach! was uns bedrückt,
Und alles herbey, was den Busen entzückt,
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で、
 ここでくつろぎ、こんなに素晴らしいものを感じ、
 のんびりとあれこれ考える。
 ここから魔法をかける、ああ!われわれの気分を滅入らせるものに。
 この胸を魅了するものはすべて集まれ、
 緑野で、緑野で。

4:
Im Grünen, im Grünen, [im Grünen,]
Da werden die Sterne so klar, die die Weisen
Der Vorwelt zur Leitung des Lebens uns preisen.
Da streichen die Wölkchen so zart uns dahin,
Da heitern die Herzen, da klärt sich der Sinn,
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で、
 そこでは星々はとても澄んでいて、
 太古の世界の歌がわれわれの人生を統率するものとして星を讃える。
 小さな雲の数々はやさしくあちらへと動き、
 心は明るくなり、感覚は澄みわたる、
 緑野で、緑野で。

5:
Im Grünen, im Grünen,
Da wurde manch Plänchen auf Flügeln getragen,
Die Zukunft der grämlichen [Ansicht (NGA: Aussicht)] entschlagen.
Da stärkt sich das Auge, da labt sich der Blick,
[Sanft wiegen die Wünsche sich hin und zurück,
(NGA: Leicht tändelt die Sehnsucht dahin und zurück,)]
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で、
 多くの計画が翼に乗って運ばれた、
 不愉快な[光景(※NGAの歌詞も同じような意味)]の未来は捨て去り
 そこで目は強くなり、まなざしによって元気になる。
 [望みはやさしく揺れて行き来する、
 (NGA: 憧れは行き来しながらすぐにたわむれる)]
 緑野で、緑野で。

6:
Im Grünen, im Grünen,
Am Morgen, am Abend, in traulicher Stille,
[Entkeimet (NGA: Da wurde)] manch Liedchen und manche Idylle,
[Und Hymen oft kränzt den poetischen Scherz,
(NGA: Gedichtet, gespielt, mit Vergnügen und Schmerz,)]
Denn leicht ist die Lockung, empfänglich das Herz
Im Grünen, im Grünen.
 緑野で、緑野で、
 朝に、夕方に、心地よい静けさの中、
 かなり多くの歌や牧歌[が生まれ(NGA: となり)]、
 [そして婚礼の歌はしばしば詩的な冗談に花冠をかぶせる。
 (NGA: 喜びや苦しみを伴って詩作したり、遊んだりした。)]
 というのも、誘惑はたやすく、心は感じやすいから、
 緑野で、緑野で。

7:
O gerne im Grünen
Bin ich schon als Knabe und Jüngling gewesen,
Und habe gelernt, und geschrieben, gelesen,
Im Horaz und Plato, dann Wieland und Kant,
Und glühenden Herzens mich selig genannt,
Im Grünen, im Grünen.
 おお、緑野にいるのが
 すでに青少年の時に好きだった、
 私は学んだり、手紙を書いたり、本を読んだりしたものだ、
 ホラティウスやプラトン、それからヴィーラントやカントを。
 そして燃え上がる心の私を幸せだと言った。
 緑野で、緑野で。

8:
Ins Grüne, ins Grüne!
Laßt heiter uns folgen dem freundlichen Knaben!
Grünt einst uns das Leben nicht fürder, so haben
Wir klüglich die grünende Zeit nicht versäumt,
Und, wann es gegolten, doch glücklich geträumt,
Im Grünen, im Grünen.
 緑野へ、緑野へ!
 親切な少年のあとを陽気について行こう!
 われわれの人生が今後いつか若返ることはないとしても、
 賢明にも若い時期をなおざりにはしなかった。
 そして若さの効力があった時には、幸せを夢見ていたものだった。
 緑野で、緑野で。

※(NGA: )内は、新シューベルト全集(Neue Gesamtausgabe)で採用されている歌詞

詩:Johann Anton Friedrich Reil (1773-1843), "Das Lied im Grünen", written 1827, first published 1827
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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ライルの詩は何度かの改変があり、この曲の出版物にもそれが反映されているとのことで、新シューベルト全集(Neue Gesamtausgabe)で採用されている歌詞は上記では(NGA: )として区別しました(現在聴ける録音のほとんどが旧全集の歌詞で歌われています)。また、第7節はシューベルト自身のあずかり知らない詩節とのことです。

曲は変形有節形式といってよいでしょう。基本的にはほぼ同じ楽想ながら、時に変化が加わります。例えば第3-4節や第6-7節は少し変化させていますし、最後の第8節を繰り返す箇所はコーダのように終結に向かっていく感じがします。しかし、それらが天衣無縫の自然さでつながっていて、シューベルトの器楽曲などに見られる息の長いメロディーが微妙な光加減を変えながら続いていく感覚に近いと思います。
亡くなる前年に書かれた作品だけあって無垢でありながらも素晴らしい輝きを放っていると思います。
最後の節を繰り返すところで"Grünt einst uns das Leben nicht fürder"の詩行に陰りを見せるところとその後すぐに元の明るさに戻っていくところは胸をつかまれますね。こういうところ本当に最高です!最後の方の"golten"の"gol-"では歌手は2点イ音(A)を出さなければならず、歌手たちもここは気合いを入れて歌っている気がします。歌声部は基本的に長-短-短のリズムなのが特徴的で、例えば同じ晩年の歌曲「星(Die Sterne, D 939)」でも同様のリズムがあらわれます。

第1節(音部記号と調号はすべての節で共通です)

20210430_1

第2節

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第3節

20210430_3

第4節

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第5節

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第6、7節

20210430_6-7

第8節

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20210430_8_2

●エリー・アーメリング(S) & ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S) & Dalton Baldwin(P)

1-8節。旧全集の歌詞で歌っています。アーメリングの情緒豊かで細やかな歌を聴いていると5分が一瞬に感じられるほどです。ボールドウィンも見事に一体となっています。

●マーガレット・プライス(S) & ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)
Margaret Price(S) & Wolfgang Sawallisch(P)

1-8節。旧全集の歌詞で歌っています。涼やかな風のようなプライスの美声が春の心地よさを感じさせてくれる名唱でした。サヴァリシュのくっきりとした枠組みのピアノが雄弁に語っていて素晴らしかったです。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S) & エトヴィン・フィッシャー(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S) & Edwin Fischer(P)

1-5,8節。旧全集の歌詞で歌っています。シュヴァルツコプフが歌うと奥行きのある気品が感じられますね。最終節の陰りの表現が秀逸でした!

●マティアス・ゲルネ(BR) & ヘルムート・ドイチュ(P)
Matthias Goerne(BR) & Helmut Deutsch(P)

1-8節。旧全集の歌詞で歌っています。ゲルネの声で聴くと大地に包まれているような安心感があります。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

1-8節。旧全集の歌詞で歌っています。軽快で語るように歌うF=ディースカウの歌唱も素敵です。

●ダニエラ・ズィントラム(MS) & ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Daniela Sindram(MS) & Ulrich Eisenlohr(P)

1-6,8節。新全集で採用された歌詞で歌っています(私がこの機会にまとめて聴いた様々な音源の中で、唯一新全集の歌詞で歌っていました)。ズィントラムは深みのある強めの声をコントロールしながら歌っています。影のある詩行を歌う時に特に効果的に感じました。

●ピアノパートのみ(Giorgia Turchi, pianist)

ピアノパートだけで聴いてもこのまま即興曲の中の1曲と錯覚しそうです。

他にベンヤミン・アップル(Benjamin Appl)(BR) & グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)(P)のウィグモア・ライヴ(1-8節)は、この勢いに乗ったバリトンの清々しい歌唱と、様々なフレーズを引き立たせるジョンソンの老練なピアノがとても良かったです。グンドゥラ・ヤノヴィツ(Gundula Janowitz)(S) & チャールズ・スペンサー(Charles Spencer)(P)の録音(1-6,8節)も軽快なテンポで、円熟期らしい余裕とつやつやした美声を味わえます。シェリル・ステューダー(Cheryl Studer)(S) & アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)(P)(1-8節)やエディト・ヴィーンス(Edith Wiens)(S) & ルドルフ・ヤンセン(Rudolf Jansen)(P)(1-4,8節)の録音もあります。

往年の演奏でいえば、エリーザベト・シューマン(Elisabeth Schumann)(S) & カール・アルヴィン(Karl Alwin)(P)(1,3,5,8節)、エレナ・ゲルハルト(Elena Gerhardt)(MS) & ハロルド・クラクストン(Harold Craxton)(P) (1,3,5,8節)、イルムガルト・ゼーフリート(Irmgard Seefried)(S) & エリク・ヴェルバ(Erik Werba)(P)(1,3,5,8節)やリタ・シュトライヒ(Rita Streich)(S) & エリク・ヴェルバ(P)(1,3,5,8節)の録音もありますので、機会がありましたら是非聴いてみて下さい。

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シューベルト「ヒッポリュトスの歌(Hippolits Lied, D890)」を聴く

Hippolits Lied, D890
 ヒッポリュトスの歌

Laßt mich, ob ich auch still verglüh',
Laßt mich nur stille gehn;
Sie seh' ich spät, Sie seh' ich früh
Und ewig vor mir stehn.
 放っておいて、私が静かに燃え尽きようとも。
 ただ静かに行かせてほしい。
 遅かろうが早かろうが彼女に会い、
 永遠に私の前に立つのだ。

Was ladet ihr zur Ruh' mich ein?
Sie nahm die Ruh' mir fort;
Und wo Sie ist, da muß ich seyn,
Hier sey es oder dort.
 何できみたちは私を憩いに誘うのか?
 彼女は憩いを私から奪ってしまった。
 そして彼女のいるところに私は行かねばならぬ、
 ここだろうが、あちらだろうが。

Zürnt diesem armen Herzen nicht,
Es hat nur einen Fehl:
Treu muß es schlagen bis es bricht,
Und hat deß nimmer Hehl.
 この哀れな心を恨むな、
 それはただ一つの欠点がある。
 破れるまで忠実に打ち続けなければならない、
 決して隠すことなく。

Laßt mich, ich denke doch nur Sie;
In Ihr nur denke ich;
Ja! ohne Sie wär' ich einst nie
Bei Engeln ewiglich.
 放っておいて、私はただ彼女のことを思っている、
 彼女の中でだけ私は思う。
 そう!彼女がいなければいつの日か
 天使のそばに永遠にいることは出来ないだろう。

Im Leben denn und auch im Tod',
Im Himmel, so wie hier,
Im Glück und in der Trennung Noth
Gehör' ich einzig Ihr.
 生きていようが、死んでいようが、
 天国にいようが、ここと同じだ。
 幸せの中だろうが、別れの苦しみの中だろうが、
 私はただ彼女のもの。

詩:Georg Friedrich Conrad Ludwig Müller von Gerstenbergk (1778-1838)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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有名な哲学者アルトゥア・ショーペンハウアーの母ヨハンナ・ショーペンハウアー(Johanna Schopenhauer)の小説にこの詩が登場する為、ヨハンナの作と思われることが多かったようですし、グレアム・ジョンソンによればシューベルト自身もそう信じていた可能性があるようです。
ヨハンナはこの「ヒッポリュトスの歌」が含まれる『ガブリエーレ(Gabriele)』の序文に「この本に含まれる詩は私の作ではありません(daß daher die in diesem Buche enthaltnen Gedichte nicht von mir sind.)」と明記しています。
実際の作者はゲオルク・フリードリヒ・コンラート・ルートヴィヒ・ミュラー・フォン・ゲルステンベルクという人です。
父の姓がミュラー、母の姓がフォン・ゲルステンベルクだそうです。

ヒッポリュトスというのはギリシャ神話の登場人物で、テーセウスとアンティオペー(またはヒッポリュテーかメラニッペー)の子です。狩猟・貞潔の女神アルテミスと森に住んでいました。アプロディーテーの策略により継母パイドラーから求愛されますが、断ったことでパイドラーは遺書を残して自殺し、その為にテーセウスの呪いを受け、ヒッポリュトスは戦車を曳いていた馬に轢かれて亡くなります。

 (参考:Wikipedia)

このゲルステンベルクの詩でヒッポリュトスが愛した女性は誰のことなのでしょう。アルテミスはヒッポリュトスにとって恋愛の対象ではなく崇拝の対象のようです。
グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)によると、ヒッポリュトスを題材にしたジャン・ラシーヌ(Jean Racine)の作品『フェードル(Phèdre)』にアリシー(Aricie)というキャラクターが登場しており、そこではアリシーへの愛をヒッポリュトスが父親に打ち明けているそうです。

 (参考:グレアム・ジョンソンの解説)

このシューベルトの作品をはじめて聴いたのはF=ディースカウが1980年代にブレンデルと録音したCDでした。ピアノの弱拍に絶えずあらわれるプラルトリラー(元の音から2度上の音に行き、また元の音に戻る装飾音)が特徴的で一瞬のうちに魅了されたことを思い出します。

曲はA-B-A-B-A'のほぼ有節形式といってよいでしょう。最後のA'は最後の2行を繰り返すのですが、"Gehör'"の"hör"の音がこれまでの2点ホ音(E)より1音高い2点ヘ音(F)になって締めくくるところがなんとも心憎いと思います。私はここでぐっときてしまいます。

1826年7月作曲
2/2拍子
イ短調(a-moll)
Etwas langsam

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & アルフレート・ブレンデル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Alfred Brendel(P)

いい具合に枯れた当時のF=ディースカウの声が、この作品の雰囲気にぴったりはまっています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

ここでF=ディースカウはAの4行目の前打音付きの音(例えば第1節の"ewig")を「ホ-ニ」と八分音符で分けずに「ホ」の四分音符のみで歌っています(ブレンデルと共演の盤では「ホ-ニ」で歌っています)が、シューベルトの記譜ではこの歌い方も正しいようです(「音楽に寄せて」D547の"entzunden"も同様の例です)。最後の節の"Gehör'"の"hör"は装飾音ではなく、八分音符2つで記されているので、ここだけは八分音符2つがシューベルトの意図に沿うことになり、F=ディースカウもそのように歌っています。

●ズィークフリート・ローレンツ(BR) & ノーマン・シェトラー(P)
Siegfried Lorenz(BR) & Norman Shetler(P)

F=ディースカウやプライの次の世代のリート歌手として名前の挙がっていたローレンツの歌唱です。ディクションも歌唱も美しく素晴らしいと思います!

●マルクス・シェーファー(T) & ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Markus Schäfer(T) & Ulrich Eisenlohr(P)

シェーファーの真摯な歌いぶりもいいですね。アイゼンローアはプラルトリラーの弾きはじめを左手の音の前に出さず、同時に弾いていますが、また違った趣があります。

●イアン・ボストリッジ(T) & ジュリアス・ドレイク(P)
Ian Bostridge(T) & Julius Drake(P)

ウィグモア・ホールでのライヴ録音。曲に合わせたのかボストリッジの声がやや重めに感じられます。ドレイクがプラルトリラーを強調して弾いているのも印象的です。

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シューベルト「マリアの憐憫について(Vom Mitleiden Mariä, D 632)」を聴く

Vom Mitleiden Mariä, D 632
 マリアの憐憫について

Als bei dem Kreuz Maria stand,
Weh über Weh ihr Herz empfand,
Und Schmerzen über Schmerzen:
Das ganze Leiden Christi stand
Gedruckt in ihrem Herzen.
 マリアが十字架の前に立ったとき
 彼女の心が感じたのは、悲しみにつぐ悲しみ、
 苦痛につぐ苦痛。
 キリストのあらゆる苦悩が
 彼女の心を押しつぶした。

Sie ihren Sohn muß bleich und todt,
Und überall von Wunden roth,
Am Kreuze leiden sehen.
Gedenk, wie dieser bittre Tod
Zu Herzen ihr mußt' gehen!
 彼女は息子が青ざめて生気を失い、
 いたるところが傷で真っ赤になり
 十字架で苦しんだのを見なければならない。
 思い馳せよ、いかにこの辛い死が
 彼女の心へ向かわざるをえなかったか。

In Christi Haupt durch Bein und Hirn,
Durch Augen, Ohren, durch die Stirn
Viel scharfe Dornen stachen;
Dem Sohn die Dornen Haupt und Hirn
Das Herz der Mutter brachen.
 キリストの頭に、脚や脳を通じて、
 目、耳を通じて、額を通じて、
 多くの鋭いとげが刺さった。
 とげは息子の頭や脳を、
 そして母の心を砕いた。

詩:Friedrich von Schlegel (1772-1829)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

---------

フリードリヒ・フォン・シュレーゲルの詩は、十字架上で息絶えた息子イエスキリストの姿を見た母マリアの悲痛な心情を描いています。

シューベルトの曲は有節形式で3節からなります。
歌声部、ピアノの右手、左手といった三つの声部がコラール風に進行していきます。
歌の音域は1オクターヴ内にすっぽり収まってしまいます。
グレアム・ジョンソンはC.P.E.バッハのゲレルト(Gellert: Geistliche Oden und Lieder, Wq. 194, H. 686)とクラーマー(Cramer: 42 Psalmen mit Melodien, Wq. 196, H. 733)の詩による歌曲をシューベルトが思い浮かべていたのではと指摘しています。

この曲の厳かで神々しい雰囲気は、静かにじわじわと訴えかけてきます。

2/2拍子
Langsam(ゆっくりと)
ト短調(g-moll)
28小節(1節分の小節数。全3節の有節形式)

歌声部の最高音:2点ト音(G)
歌声部の最低音:1点ト音(G)

作曲:1818年12月

●クリスティーネ・シェーファー(S) & アーウィン・ゲイジ(P)
Christine Schäfer(S) & Irwin Gage(P)

シェーファーの凛とした歌声が情景をくっきりと描き出していて素晴らしいです。ゲイジのピアノはヤノヴィツと共演の時もそうですが、第3節でタッチを強めて演奏し、彼の主張をそこに聴くことが出来ます。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

ここでは第3節は残念ながら省略されています。F=ディースカウのむらのない響きが静かな感銘を与えてくれます。ムーアが来日した際、畑中良輔氏が彼から「毎日バッハのコラールをさらう」という話を聞いてそれがムーアのレガートの秘訣なのではないかと思ったという記述をこの演奏を聴きながら思いました。

●ジビュラ・ルーベンス(S) & ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Sibylla Rubens(S) & Ulrich Eisenlohr(P)

細身のリリックなルーベンスの歌唱は、けなげなマリア様を想起させてくれます。

●ヴェルナー・クレン(T) & ジェラルド・ムーア(P)
Werner Krenn(T) & Gerald Moore(P)

第3節のとげの描写でクレンの悲痛な表現が迫ってきます。

●グンドゥラ・ヤノヴィツ(S) & アーウィン・ゲイジ(P)
Gundula Janowitz(S) & Irwin Gage(P)

ゆっくり目のテンポで一見クールで泰然としたヤノヴィツの歌唱はそれゆえにマリアの哀しみを自然に浮き立たせているようにも感じられます。

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