ベートーヴェン「ウーリアンの世界旅行(Urians Reise um die Welt, Op. 52 No. 1)」

Urians Reise um die Welt, Op. 52 No. 1
 ウーリアンの世界旅行

1:
Wenn jemand eine Reise tut,
So kann er was verzählen.
D'rum nahm ich meinen Stock und Hut
Und tät das Reisen wählen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 人は旅をすると
 何かを語れるようになる。
 だから私はステッキと帽子をとって
 旅することを選んだのだ。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

2:
Zuerst ging's an den Nordpol hin;
Da war es kalt bei Ehre!
Da dacht' ich denn in meinem Sinn,
Daß es hier beßer wäre.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 まず北極に行ったんだ、
 名誉にかけて言うが、そこは寒かった!
 その時私が思ったのは、
 ここにいた方が良かったということ。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

3:
In Grönland freuten sie sich sehr,
Mich ihres Ort's zu sehen,
Und setzten mir den Trankrug her:
Ich ließ ihn aber stehen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 グリーンランドでは人々が
 彼らの土地を訪ねたことをとても喜んでくれて、
 酒のジョッキを持ってきてくれた。
 だが私は手をつけなかった。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

4:
Die Eskimos sind wild und groß,
Zu allen Guten träge:
Da schalt ich Einen einen Kloß
Und kriegte viele Schläge.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 エスキモーは粗野で大柄、
 どんな善い人に対しても面倒くさそうに接する。
 私がそのうちの一人に平手打ちしたところ
 たくさん殴られてしまった。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

5:
Nun war ich in Amerika!
Da sagt ich zu mir: Lieber!
Nordwestpassage ist doch da,
Mach' dich einmal darüber.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 さて私はアメリカに来た!
 そこで私は独り言を言った、ここの方がいいぞ!
 北西航路がある、
 さあ始めるんだ。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

6:
Flugs ich an Bord und aus in's Meer,
Den Tubus festgebunden,
Und suchte sie die Kreuz und Quer
Und hab' sie nicht gefunden.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 急いで私は海に行き、船を乗降し、
 望遠鏡を結びつけ、
 あちこち探しまわったが
 北西航路は見つからなかった。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

7:
Von hier ging ich nach Mexico -
Ist weiter als nach Bremen -
Da, dacht' ich, liegt das Gold wie Stroh;
Du sollst 'n Sack voll nehmen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 ここから私はメキシコに行った、
 ブレーメンへ行くよりも遠いのだ。
 そこには、私が考えていたところでは、黄金が藁のようにある、
 袋いっぱいに取ってこなければ。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

8:
Allein, allein, allein, allein,
Wie kann ein Mensch sich trügen!
Ich fand da nichts als Sand und Stein,
Und ließ den Sack da liegen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 ひとり、ひとり、ひとり、どこまでもひとりぼっち、
 いかに人は間違い得ることか!
 そこには砂と石のほか何も見当たらなかったので
 袋をそこに置き去りにした。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

9:
D'rauf kauft' ich etwas kalte Kost
Und Kieler Sprott und Kuchen
Und setzte mich auf Extrapost,
Land Asia zu besuchen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 その後私は何か冷たい食べ物と
 キール産のニシンとケーキを買って、
 特別馬車に腰をおろした、
 アジアの地を訪れるために。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

10:
Der Mogul ist ein großer Mann
Und gnädig über Massen
Und klug; er war itzt eben dran,
'n Zahn auszieh'n zu lassen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 ムガル帝国の皇帝は大男で
 とてつもなく寛大で
 賢い人だ。彼は今
 歯を抜いてもらわなければならなかった。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

11:
Hm! dacht' ich, der hat Zähnepein,
Bei aller Größ' und Gaben!
Was hilfts denn auch noch Mogul sein?
Die kann man so wohl haben!
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 ふむ!私は思った、皇帝は歯が痛いのだ、
 威容と天賦の才をもっていながら!
 ムガル帝国皇帝であることが何の助けになろうか?
 歯痛はおそらく誰でもなりうるだろう!
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

12:
Ich gab dem Wirt mein Ehrenwort,
Ihn nächstens zu bezahlen;
Und damit reist' ich weiter fort,
Nach China und Bengalen.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 私は主人に誓った、
 次回に支払うと。
 それで私はさらに旅を続けた、
 中国やベンガルへ。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

13:
Nach Java und nach Otaheit
Und Afrika nicht minder;
Und sah bei der Gelegenheit
Viel Städt' und Menschenkinder.
Da hat er gar nicht übel dran getan,
Verzähl' er doch weiter, Herr Urian!
 ジャワ島へ、さらにタヒチや
 アフリカへも行った、
 そして折々に
 多くの町や人を見た。
 この人は全く悪さをしなかったぞ、
 続きを話しておくれよ、ウーリアンさん!

14:
Und fand es überall wie hier,
Fand überall 'n Sparren,
Die Menschen grade so wie wir,
Und eben solche Narren.
Da hat er übel, übel dran getan,
Verzähl' er nicht weiter, Herr Urian!
 そしてどこもここと同じと分かり、
 どこも風変わりだと分かった。
 人々はまさに我々と同じで
 このような愚か者である。
 この人は、ひどい、ひどい仕打ちをした、
 話の続きはもう結構です、ウーリアンさん!

詩:Matthias Claudius (1740-1815)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ベートーヴェンの作品番号52の『8つの歌(Acht Lieder)』は1805年にWienのBureau des Arts et d'Industrie (Kunst- und Industrie-Comptoir)から出版されました。この歌曲集に含まれる曲はほぼ初期作品で(作曲年代が不明な曲もありますが)、この「ウーリアンの世界旅行」は1792年11月以前の作曲(ベートーヴェン21歳)とのことです。

詩のタイトルにある"Urian"というのは、ウーリアン(発音記号的に表記すると「ウーリアーン」)という人名なのですが、小学館の独和辞典によると、婉曲な表現で「Teufel(悪魔)」の別称、もしくは「好ましからぬ客」のことらしいです。
世界中を旅した男性は当時の人の目には悪魔のように思えたのかもしれません。
どんな話が聞けるのか目を輝かせて男性を取り囲む人々の姿が目に浮かぶようです。

クラウディウスの原詩は、各節最後の2行の前に"Tutti(全員)"と記されており、ベートーヴェンの作品も楽譜の該当箇所のうえに"Tutti"と記しており、その部分を斉唱することを示唆しています。

すべてを1人の歌手が独唱曲として歌う場合と、Tuttiを数人の歌手、もしくは合唱団が斉唱する場合があります。
ピアノ右手高音と歌声部の旋律が同一(楽譜は分かれています)なので、ピアノ独奏で演奏することも可能ではあります。

歌詞は14節あり、完全な有節形式なので、独唱者が全14節歌うのか、あるいは抜粋で歌うのか、後者の場合、どの節を歌うのか等、演奏者の意図を想像してみるのも楽しいと思います。
歌手には演出の巧みさも求められると思います。
実際下記の録音は皆さん芸達者でした!
ぜひどんなふうに歌われるのか楽しんで下さい!地名が沢山出てくるのも面白いですね。

3/4拍子
イ短調(独唱)-イ長調(Tutti)
8小節(独唱)-4小節(Tutti)
冒頭に記されたベートーヴェンの指示:In einer mässigen geschwinden Bewegung mit einer komischen Art gesungen. (適度に速く、コミカルに歌う)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Jörg Demus(P)

1-14節
全節歌っていますが、斉唱パートもフィッシャー=ディースカウが一人で歌っています。さすが芸達者のF=ディースカウ、お見事としか言いようのない語り口です!

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

1,2,3,7,9,10,11,12,14節
シュライアーもまた語りに定評のある人で、有節形式でも飽きさせずに聞き手を惹き込んでしまいます。

●ヘルマン・プライ(BR) & ベルリン・ハインリヒ・シュッツ・クライス & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Heinrich-Schütz-Kreis Berlin & Leonard Hokanson(P)

1,2,5,7,9,13,14節
プライが歌うと一気に酒場の情景が目に浮かびますね。持って生まれたキャラクターゆえでしょうか。

●ロデリック・ウィリアムズ(BR) & イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR) & Iain Burnside(P)

1-5,7-14節
第6節のみ省略で、それ以外すべて歌っています。英国人ウィリアムズは現役ばりばりのバリトン歌手ですが、語りがとても素晴らしく、声も魅力的です。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BSBR) & ヴィーン・グスタフ・マーラー合唱団 & クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Gustav Mahler Chor Wien & Kristin Okerlund(P)

1-14節
全節歌っています。斉唱部分は第4節のエスキモーのくだりでは男声合唱で他は混声合唱と、詩の内容によって変えています。

●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T) & ダニア・エル・ゼイン(S) & ナタリー・ペレス(MS) & ジャン=フランソワ・ルッション(BR) & ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Dania el Zein(S), Natalie Pérez(MS), Jean-François Rouchon(BR), Jean-Pierre Armengaud(P)

1,2,4,7,8,13,14節
Tがソロ、他の声部が斉唱担当。斉唱パートが少人数なので、合唱団の時と雰囲気が違って面白いですね。

●マックス・ファン・エフモント(BR) & 男声合唱団 & ヴィルヘルム・クルムバハ(Hammerklavier)
Max van Egmond(BR) & Männerchor & Wilhelm Krumbach(Hammerklavier)

1-14節
全節歌っています。エフモントのハイバリトンの美声が心地よく響きます。クルムバハのハンマークラヴィーアの響きもいいですね。

その他に、水越啓(T) & 重岡麻衣(Fortepiano)のCDでは最初と最後の節(1,14節)のみ歌っていました。このCD、ベートーヴェンの初期歌曲がまとめられていてとてもいいのでお勧めです!

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シューマン「くるみの木(Der Nußbaum, Op. 25 No. 3)」を聴く

Der Nußbaum, Op. 25 No. 3
 くるみの木

Es grünet ein Nußbaum vor dem Haus,
Duftig,
Luftig
Breitet er blättrig die [Äste]1 aus.
 くるみの木が家の前で緑映えている、
 香りたち、
 風たち、
 葉が生い茂った木は枝を広げている。

Viel liebliche Blüten stehen dran;
Linde
Winde
Kommen, sie herzlich zu umfahn.
 沢山の愛らしい花が木から咲き出ている、
 穏やかな
 風が
 吹き寄せる、花々を心をこめて包み込もうとして。

Es flüstern je zwei zu zwei gepaart,
Neigend,
Beugend
Zierlich zum Kusse die Häuptchen zart.
 二輪ずつ二組対になってささやく、
 傾けて
 かがめるのは
 愛くるしくキスしようとするきゃしゃな頭。

Sie flüstern von einem Mägdlein, das
Dächte
Die Nächte,
Und Tage lang, [wusste]2, ach! selber nicht was.
 花々はある娘のことをささやく、その娘は
 考えていたのだと、
 夜も
 昼もずっと、ああ、自分では何についてなのか分からなかったのだ。

Sie flüstern - wer mag verstehn so gar
Leise
Weis'? -
Flüstern [von]3 Bräut'gam und nächstem Jahr.
 花々はささやく、誰が聞き取れようか、そんな
 ひそひそした
 しゃべり方では。
 ささやくのは花婿と来年のこと。

Das Mägdlein horchet, es rauscht im Baum;
Sehnend,
Wähnend
Sinkt es lächelnd in Schlaf und Traum.
 娘は聴き耳を立てる、木がざわざわ葉擦れの音をたてている。
 思い慕い、
 妄想して、
 娘は微笑みつつ眠りと夢の中に沈みこんでいく。

詩:Julius Mosen (1803-1867)
曲:Robert Schumann (1810-1856)

1 Mosen: "Blätter", Schumann: "Äste"
2 Clara Schumann編纂の楽譜では"wüsste"。Mosenの詩では"wusste"
3 Clara Schumann編纂の楽譜では"vom"

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ローベルト・シューマンが結婚相手のクラーラに贈った歌曲集『ミルテ』Op. 25の第3曲に置かれているのが「くるみの木」です。
知名度では第1曲「献呈」に及びませんが、曲の美しさでは決して負けていません。
最もシューマンらしい歌曲として私なら「くるみの木」を挙げます。ロマンティックなピアノと歌との掛け合いの美しさはちょっと比類がないほどだと思います。
1行目を歌った後にピアノの間奏が入り、2行目以降に進み、最終行は歌とピアノが一緒に歌います。まさに対話しているかのようですね。
ピアノの分散和音は短いフレーズですぐに主和音に戻り、安定した響きが全体を支配しているので、時々展開する和声が生きてくると思います。

6/8拍子
ト長調(G-dur)
Allegretto

●詩の朗読:ズザンナ・プロスクラ(speaker)
Susanna Proskura(speaker)

ゆっくりと発音しているので、歌う人の発音の確認にちょうど良さそうです。ちなみに朗読しているプロスクラはソプラノ歌手です。

●エディト・マティス(S) & カール・エンゲル(P)
Edith Mathis(S) & Karl Engel(P)

芯があって知的で表情豊かでチャーミングで、どれだけ形容してもしきれないほど最高の歌唱です!マティスはコンサートなどではこの曲をよく歌っていたようですがなぜかスタジオ録音がされなかったので、つい最近リリースされたこのLuzern音楽祭ライヴ録音は待ちに待った音源でした!

●バーバラ・ボニー(S) & ヴラディーミル・アシュケナージ(P)
Barbara Bonney(S) & Vladimir Ashkenazy(P)

第1節Äste→Blätterに変更して歌っています。ボニーの声はこの曲を歌うのにうってつけですね。なんとも可憐で伸びやかで大好きな歌唱です。アシュケナージも常に磨かれた美音で素晴らしいです。

●白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

白井さんの歌は言葉の意味をイメージさせてくれます。例えば1節目の"Breitet"という言葉を彼女が語ると、枝が大きく広がるイメージが浮かんできます。言葉のもつ意味をこれほど伝えてくれる歌唱はなかなかないのではないでしょうか。

●エリー・アーメリング(S) & イェルク・デームス(Fortepiano)
Elly Ameling(S) & Jörg Demus(Fortepiano)

若かりしアーメリングの柔らかく甘い美声が味わえます。この数年後にEMIに録音したシューマン歌曲集のLPでの歌唱も素晴らしいので、いつか復活してほしいものです。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S) & ジェラルド・ムーア(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S) & Gerald Moore(P)

第1節Äste→Blätterに変更して歌っています。シュヴァルツコプフは馥郁たる気品漂う歌唱ですね。ムーアがいつもながら美しくピアノを歌わせていて聴き惚れます!

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S) & ジェフリー・パーソンズ(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S) & Geoffrey Parsons(P)

ムーアの録音より随分後に録音されたこの音源は、テンポが前回に比べてずっとゆっくりになっていることに驚かされます(演奏時間が5分近い!)。年代ごとに演奏家の解釈は変わりますが、ここまで変わるのはなかなかないと思います。こういう聞き比べも興味深いと思います。

●ベルナルダ・フィンク(MS) & ロジャー・ヴィニョールズ(P)
Bernarda Fink(MS) & Roger Vignoles(P)

フィンクの深みのある低い声で聴くと味わい深さが感じられていいです。

●ロッテ・レーマン(S) & ポール・ウラノウスキー(P)
Lotte Lehmann(S) & Paul Ulanowsky(P)

レーマンの表情の豊かさといったら!歌いまわしは多少時代を感じますが、それでも最高です!

●レオ・スレツァーク(T) & ピアニスト
Leo Slezak(T) & pianist

第1節Äste→Zweige(枝)に変更して歌っています。1928年録音。リートの演奏史にはこういう時代がありました。ポルタメントやフェルマータの多用はありながら、それらを皆魅力に変えてしまう魔法のような声と表現力です。弱声の美しさにぐっと惹き込まれてしまうのは私だけでしょうか。

●ディアナ・ダムラウ(S) & グザヴィエ・ドゥ・メストレ(Harp)
Diana Damrau(S) & Xavier de Maistre(Harp)

ピアノパートをハープに編曲して演奏しています。今最も多忙なソプラノ、ダムラウの伸びやかな歌唱とメストレの美しいハープが溶け合って素晴らしいです。ちなみに彼女はピアノ伴奏でも2種類録音を残しています。

●ピアノパートのみ(ピアニスト名記載なし)
Unidentified pianist

投稿者:Karaoke for singers オペラ・歌曲伴奏音源。手元が近くから見られます。とても美しい演奏です。ピアノパートだけでも独立したピアノ曲として聴けるほどです。

●クラーラ・シューマンによるピアノ独奏用編曲:クラウディオ・コロンボ(P)
Arranged for Piano Solo by Clara Schumann: Claudio Colombo(P)

クラーラ・シューマンは夫ローベルトの歌曲をいくつかピアノ独奏用に編曲していますが、ほぼ原曲通りなので、歌曲を一人で演奏したい時にうってつけだと思います。

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ベートーヴェン「親愛なるヘンリエッテ(Traute Henriette, Hess 151, Unv 21)」

Traute Henriette, Hess 151, Unv 21
 親愛なるヘンリエッテ

Traute Henriette,
Holdeste Brünette!
Hast du Lieb' für mich?
 親愛なるヘンリエッテ、
 いとしいブルネット(栗色)の髪の娘よ!
 ぼくに好意を持っているのかい?

Heitre mein Gemüthe,
Sänftge mein Geblüte -
Mädchen, - liebe mich!
 ぼくの気持ちを明るくし、
 ぼくの血の気を鎮めてよ、
 娘さん、ぼくを愛しておくれ!

詩:Ludwig Christoph Heinrich Hölty (1748–1776)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ヘルティの原詩のタイトルは「ヘンリエッテに寄せて(An Henrietten)」。
この詩に1790年から1792年に作曲したベートーヴェンの作品は詩の第1行をとって「親愛なるヘンリエッテ(Traute Henriette)」と呼ばれています。
1949年の『オーストリア音楽雑誌(Österreichische Musikzeitschrift. – 4 (1949), S. 23-25)』に掲載されたスキャンコピーが初出版のようです。
今では、ベートーヴェンの未完成のスケッチを後世の人が補完した形で録音を聴くことが出来ます。

どこまでがベートーヴェン自身の手によるものなのか今のところスケッチを見れていないので分からないのですが、ピアノ後奏の付点のはずむようなリズムが印象的です。

6/8拍子
ニ長調(D-dur)

●ライナー・トロースト(T) & ベルナデッテ・バルトス(P)
Rainer Trost(T) & Bernadette Bartos(P)

A. Orelによる補完。2018年録音。トローストの子音のよく響く生き生きとした歌唱は聴く者を楽しい気持ちにさせてくれます。

●フローリアン・プライ(BR) & ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR) & Norbert Groh(P)

楽譜も表示されます。F.プライの気品のある声が耳に心地よく響きます。

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ベートーヴェン「ミナに(An Minna, WoO. 115)」

An Minna, WoO. 115
 ミナに

Nur bei dir, an deinem Herzen,
fliehen Sorge, Gram und Schmerzen
und die Stifterin der Leiden,
Uns're Liebe schafft uns Freuden,
die kein Gott mir ohne dich,
die kein Gott dir ohne mich
schaffen, keiner geben kann,
du mein Weib und ich dein Mann.
 ただあなたのそばにいて、あなたの心に寄り添えば
 心配事も悲嘆も苦悩も
 苦しみの基となった女性も消え失せてしまいます。
 私たちの愛は我々に喜びをもたらしてくれます。
 その喜びは神があなたなしに私にもたらすことはなく、
 神が私なしにあなたにもたらすことはなく、
 誰も与えることの出来ないものです。
 あなたは私の妻で、私はあなたの夫です。

詩:Anonymous
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1792年頃(ベートーヴェン22歳)はベートーヴェンが比較的多くの歌曲を生み出した年でした。
その中の一つ「ミナに」は、作者不詳の短いテキストに作曲されました。夫から妻ミナへの愛情のこもった恋文のようなものでしょう(若干三角関係の匂いはしますが...)。曲は穏やかで優美です。

3/4拍子
ニ長調(D-dur)
Allegretto
全22小節
歌声部の最高音:2点ホ音(E)
歌声部の最低音:1点ニ音(D)

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

プライは噛みしめるような語り口で、熟した表現を聞かせてくれます。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

シュライアーは快適なテンポで爽やかに歌っています。オルベルツも爽快で美しい演奏です。

●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T) & ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

リエーヴル=ピカールの誠実そうな歌唱もいいですね。

他に水越啓(T) & 重岡麻衣(Fortepiano)(ALM Records)の録音も素敵でした。

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シューマン/「はすの花(Die Lotosblume, Op. 25-7)」を聴く

Die Lotosblume, Op. 25-7
 はすの花

Die Lotosblume ängstigt
Sich vor der Sonne Pracht,
Und mit gesenktem Haupte
Erwartet sie träumend die Nacht.
 はすの花は怖れている、
 太陽の輝きを。
 そして、頭を垂れて
 夢見心地で夜を待ちわびる。

Der Mond, der ist ihr Buhle,
Er weckt sie mit seinem Licht,
Und ihm entschleiert sie freundlich
Ihr frommes Blumengesicht,
 月は、はすの花の彼氏、
 彼はその光で彼女を目覚めさせる、
 すると親しげに
 彼女のやさしい花の顔をあらわにする。

Sie blüht und glüht und leuchtet,
Und starret stumm in die Höh';
Sie duftet und weinet und zittert
Vor Liebe und Liebesweh.
 彼女は花咲き、身を焦がし、照り輝き、
 そして無言で天を見つめる。
 彼女は匂い立ち、泣き、震える、
 恋と恋の痛みゆえに。

詩:Heinrich Heine (1797-1856) 
曲:Robert Schumann (1810-1856)

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ハイネの詩集『歌の本(Buch der Lieder)』の中の「抒情的間奏曲(Lyrisches Intermezzo)」に含まれる詩にシューマンが作曲した「はすの花」は、クラーラへの贈り物でもある歌曲集『ミルテ(Myrten)』Op. 25の7曲目に置かれて出版されました。
シューマン歌の年(1840年)に作られた数多くの歌曲の中でもとりわけ親しまれている1曲です。

ハイネの詩は、はすの花が昼間は太陽の光を恐れているのですが、夜になると彼氏である月があらわれ、はすの花はその彼氏に向けて恋と恋の痛みゆえに花開き匂い立つというなんともロマンティックな内容です。

シューマンの音楽は素朴ながらとても繊細な和音をピアノパートにゆったりと刻ませます。歌の旋律は第1節では太陽を恐れてほぼ低い音域に留まりますが、第1節最終行から月が登場する第2節にかけて音がぐっと高まり、視点が月に移ります。その後、はすが花咲き、天上の月を仰ぎ見る箇所で少しづつ旋律が上行していくのが、恥じらいながら少しづつ顔をあげて高揚していくはすの花の気持ちを絶妙に表現しているようで、聞き手もここで悶えます!!詩の最後の"Liebesweh(恋の苦しみ)"という語にハイネらしい辛辣な思いが込められているのかもしれませんが、シューマンはその言葉すらもはすの花が喜んで受け入れているかのような響きに包みました。本当に奇跡的な作品だとあらためて思います。

以前こちらの記事で訳詞だけ作っていましたので、今回の記事であらためて聞き比べをしてみたいと思います。

ちなみにシューマンの歌曲集のタイトルである「ミルテ」の花は日本語では銀梅花(ギンバイカ)というようです。下記のリンク先をご覧ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AB

はすの花を画像検索した結果は下記リンク先にあります。
https://www.google.co.jp/search?q=lotusblume&hl=ja&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwiuuaGlmOnuAhVLPHAKHRPTAM4Q_AUoAXoECAEQAw&biw=1366&bih=628

はすの花や葉は植物に疎い私でも見たことがあるぐらい身近ですね。
子供の頃に読んだ芥川龍之介の「蜘蛛の糸」をつい思い出します。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html

●ハイネの詩の朗読(ゲルト・ウード・フェラー)
Gerd Udo Feller(Rezitation)

とてもいい朗読ですね!第3節の"blüht und glüht und leuchtet"や"duftet und weinet und zittert"の"und(英語のand)"で動詞をつなげて畳みかける箇所をどう朗読しているかに注目してみるのも興味深いです。

●白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

白井さんの深みと含蓄のある歌唱はこのハイネの詩の心情をこれ以上ないほど細やかに描いていて素晴らしいです。

●バーバラ・ボニー(S) & ヴラディーミル・アシュケナージ(P)
Barbara Bonney(S) & Vladimir Ashkenazy(P)

ボニーの可憐な美声とアシュケナージの美しい音色で至福の時間が味わえます。とりわけ"zittert"の抑制した歌唱に惹き込まれました。

●マーガレット・プライス(S) & ジェイムズ・ロックハート(P)
Margaret Price(S) & James Lockhart(P)

大きな弧を描くプライスの歌唱はこの曲の旋律美を浮き彫りにします。

●マティアス・ゲルネ(BR) & マルクス・ヒンターホイザー(P)
Matthias Goerne(BR) & Markus Hinterhäuser(P)

2017年録音。ゲルネの前半の抑制した響きから後半の解放した響きまで、自然で温かみがあり素晴らしいです。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T) & フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T) & Hubert Giesen(P)

ライヴ録音(Edinburgh, Usher Hall, 4. September 1966)。ヴンダーリヒはこの曲をスタジオ録音していないのでは?不慮の事故で亡くなる2週間前の貴重なライヴ音源が残されていたことに感謝です。ほれぼれするほど美しい歌唱ですね。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

1985年録音。プライはもう血肉となった歌唱ですね。歌い上げずに抑制した魅力が滲み出ています。第2節第2行の"sie"が聞きなれた音よりも高く歌っていますが、こういう版があるのかどうか調べてみたいです。

●ピアノパートのみ
Die Lotosblume/はすの花  Schumann/シューマン【ドイツ語字幕/和訳付き/PianoKaraoke】

投稿者:PIAVO。演奏の映像と歌詞対訳が表示されます。ピアノパートだけで聴いても歌が浮かんできて、単なる和音の連なりにとどまらないハーモニーの繊細な美しさが感じられますね。

●シューマンによる無伴奏男声四部合唱の「はすの花」Op. 33 No. 3
Robert Schumann: Die Lotosblume, Op. 33 No. 3
レナー・アンサンブル & ベルント・エンゲルブレヒト(C)
Renner Ensemble & Bernd Engelbrecht(C)

独唱曲とば別の作品で、無伴奏男声四部合唱のための作品です。この曲もまた神秘的な響きが美しく、時々あらわれる半音進行が印象的ですね。詩の言葉の扱い方がOp.25の独唱曲と似ているので、シューマンはハイネの詩をこのように朗読したのだなと想像出来るのが興味深いです。

●シューマンによる二重唱の「はすの花」Op. 33 No. 3
Robert Schumann: Die Lotosblume, Op. 33 No. 3
ペーター・シュライアー(T) & ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & クリストフ・エッシェンバハ(P)
Peter Schreier(T) & Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Christoph Eschenbach(P)

無伴奏男声四部合唱曲と同じ作品番号で、確かに同じ曲のようなのですが、インターネット上にこの編成の楽譜を見つけることは出来ませんでした。二重唱+ピアノ伴奏という編成はシューマン自身によるものなのか、楽譜出版社が売上をのばす為に男声合唱曲から編曲したのかは今のところ確認できませんでした。

●カール・レーヴェ作曲の「はすの花」Op. 91 No. 1
Carl Loewe: Die Lotosblume, Op. 91 No. 1
白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

バラード(Ballade)作曲家レーヴェがリート(Lied)としてこのハイネの詩に曲を付けました。歌は素朴ですが、ピアノはドラマティックに展開します。

●ローベルト・フランツ作曲の「はすの花」Op. 25 No. 1
Robert Franz: Die Lotosblume, Op. 25 No. 1
白井光子(MS) & ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS) & Hartmut Höll(P)

フランツの作曲した作品は、素朴ですがメランコリックな響きがなんとも美しいです。

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シューベルト「マリアの憐憫について(Vom Mitleiden Mariä, D 632)」を聴く

Vom Mitleiden Mariä, D 632
 マリアの憐憫について

Als bei dem Kreuz Maria stand,
Weh über Weh ihr Herz empfand,
Und Schmerzen über Schmerzen:
Das ganze Leiden Christi stand
Gedruckt in ihrem Herzen.
 マリアが十字架の前に立ったとき
 彼女の心が感じたのは、悲しみにつぐ悲しみ、
 苦痛につぐ苦痛。
 キリストのあらゆる苦悩が
 彼女の心を押しつぶした。

Sie ihren Sohn muß bleich und todt,
Und überall von Wunden roth,
Am Kreuze leiden sehen.
Gedenk, wie dieser bittre Tod
Zu Herzen ihr mußt' gehen!
 彼女は息子が青ざめて生気を失い、
 いたるところが傷で真っ赤になり
 十字架で苦しんだのを見なければならない。
 思い馳せよ、いかにこの辛い死が
 彼女の心へ向かわざるをえなかったか。

In Christi Haupt durch Bein und Hirn,
Durch Augen, Ohren, durch die Stirn
Viel scharfe Dornen stachen;
Dem Sohn die Dornen Haupt und Hirn
Das Herz der Mutter brachen.
 キリストの頭に、脚や脳を通じて、
 目、耳を通じて、額を通じて、
 多くの鋭いとげが刺さった。
 とげは息子の頭や脳を、
 そして母の心を砕いた。

詩:Friedrich von Schlegel (1772-1829)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

---------

フリードリヒ・フォン・シュレーゲルの詩は、十字架上で息絶えた息子イエスキリストの姿を見た母マリアの悲痛な心情を描いています。

シューベルトの曲は有節形式で3節からなります。
歌声部、ピアノの右手、左手といった三つの声部がコラール風に進行していきます。
歌の音域は1オクターヴ内にすっぽり収まってしまいます。
グレアム・ジョンソンはC.P.E.バッハのゲレルト(Gellert: Geistliche Oden und Lieder, Wq. 194, H. 686)とクラーマー(Cramer: 42 Psalmen mit Melodien, Wq. 196, H. 733)の詩による歌曲をシューベルトが思い浮かべていたのではと指摘しています。

この曲の厳かで神々しい雰囲気は、静かにじわじわと訴えかけてきます。

2/2拍子
Langsam(ゆっくりと)
ト短調(g-moll)
28小節(1節分の小節数。全3節の有節形式)

歌声部の最高音:2点ト音(G)
歌声部の最低音:1点ト音(G)

作曲:1818年12月

●クリスティーネ・シェーファー(S) & アーウィン・ゲイジ(P)
Christine Schäfer(S) & Irwin Gage(P)

シェーファーの凛とした歌声が情景をくっきりと描き出していて素晴らしいです。ゲイジのピアノはヤノヴィツと共演の時もそうですが、第3節でタッチを強めて演奏し、彼の主張をそこに聴くことが出来ます。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

ここでは第3節は残念ながら省略されています。F=ディースカウのむらのない響きが静かな感銘を与えてくれます。ムーアが来日した際、畑中良輔氏が彼から「毎日バッハのコラールをさらう」という話を聞いてそれがムーアのレガートの秘訣なのではないかと思ったという記述をこの演奏を聴きながら思いました。

●ジビュラ・ルーベンス(S) & ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Sibylla Rubens(S) & Ulrich Eisenlohr(P)

細身のリリックなルーベンスの歌唱は、けなげなマリア様を想起させてくれます。

●ヴェルナー・クレン(T) & ジェラルド・ムーア(P)
Werner Krenn(T) & Gerald Moore(P)

第3節のとげの描写でクレンの悲痛な表現が迫ってきます。

●グンドゥラ・ヤノヴィツ(S) & アーウィン・ゲイジ(P)
Gundula Janowitz(S) & Irwin Gage(P)

ゆっくり目のテンポで一見クールで泰然としたヤノヴィツの歌唱はそれゆえにマリアの哀しみを自然に浮き立たせているようにも感じられます。

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ベートーヴェン「独り言(Ein Selbstgespräch, WoO 114)」

Ein Selbstgespräch, WoO 114
 独り言

Ich, der mit flatterndem Sinn
Bisher ein Feind der Liebe bin,
Und es so gern beständig bliebe,
Ich! Ach! Ich glaube, daß ich liebe.
 私は移り気な男、
 これまでずっと愛の敵だ、
 一途でいられたらいいのだが。
 私は!ああ!私は今愛しているのだと思う。

Der ich sonst Hymen angeschwärzt,
Und mit der Liebe nur gescherzt,
Der ich im Wankelmuth mich übe,
Ich glaube, daß ich Doris liebe.
 私はかつて婚礼の神ヒュメナイオスを中傷し、
 愛をただからかっていた、
 私は移り気の修行をしてきた、
 そんな私がドーリスを愛しているのだと思う。

Denn ach! seitdem ich sie gesehn,
Ist mir kein andre Schöne schön,
Ach, die Tyrannin meiner Triebe;
Ich glaube gar, daß ich sie liebe.
 というのもああ!私が彼女に会って以来
 他の美女は私にとって美しく思えないのだ、
 ああ、わが欲望の専制君主よ、
 私は彼女を愛していると本当に思う。

詩:Johann Wilhelm Ludwig Gleim (1719-1803)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

-----------

グライムの詩により1792-173年に作曲されました。旧全集では"Ich, der mit flatterndem Sinn"という1行目の歌詞がタイトルに冠されていました。

2節目の最初の2行は「かつては処女を奪い、ただ女遊びにふけっていた」というふうにもとれます。ちょっと生々しいですが暗示されているのはそういうことだと思います。

左手と右手が交互にリズムを刻むピアノパートは後のシューマン「薔薇、百合、鳩、太陽」を予感させますが、シューマンはこのベートーヴェンの歌曲を知ることはなかったので(1888年頃初出版)、単なる相似ですね。
歌詞の繰り返しがかなり自由に行われていたり、突然の総休止(Generalpause)があったりと、22~23歳のベートーヴェンのチャレンジが感じられます。表情や強弱・テンポの指示が一切ないのは演奏家に委ねられているということなのでしょう。第2節第4行の"glaube"で歌手は10度上行しなければなりません。

2/4拍子
ホ長調 (E major)
160小節

●マーク・パドモア(T) & クリスティアン・ベザイデンハウト(Fortepiano)
Mark Padmore(T) & Kristian Bezuidenhout(Fortepiano)

現役イギリス人歌手の中で特にドイツ歌曲に優れた演奏を聴かせるパドモアのユーモラスで生き生きとした歌唱にブラボー!!ベザイデンハウトも楽しげな雰囲気が伝わってきますね。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

さすが芸達者シュライアー、巧みな語りで聴き手を詩の世界に引き込みます。飛ばしすぎず落ち着いたテンポで歌われます。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

プライは温かみのある声でゆとりを持って表現していますね。

●ジョン・マーク・エインスリー(T) & イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T) & Iain Burnside(P)

エインスリーの爽やかで誠実そうな美声が伊達男の告白を歌うギャップが面白い効果をあげていると思います。バーンサイドのピアノが音楽の展開に応じてタッチを自在に変えて聴きごたえがありました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Hartmut Höll(P)

F=ディースカウの語り口のうまさがここでも生きています。おそらくヘルと共演した最初の録音だったと思います。大御所を前にしてヘルも見事な演奏だと思います。

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ベートーヴェン「ラウラに(An Laura, WoO. 112)」

An Laura, WoO. 112
 ラウラに

Freud' umblühe dich auf allen Wegen,
Schöner als sie je die Unschuld fand,
Seelenruh, des Himmels bester Segen
Walle dir wie Frühlingshauch entgegen,
Bis zum Wiedersehn im Lichtgewand!
 喜びがあなたの周りのあらゆる道に花咲いておくれ、
 無垢がこれまで見つけたどんなものよりも美しく、
 魂の安らぎ、天の最良の祝福が
 春の息吹のように、あなたに向かって沸き立っておくれ、
 光の衣の中で再会するときまで!

Lächelnd wird der Seraph niederschweben,
Der die Palme der Vergeltung trägt,
Aus dem dunkeln Thal zu jenem Leben
Deine edle Seele zu erheben,
Wo der Richter unsre Thaten wägt.
 微笑みながら熾天使(してんし)が降りてくる、
 お返しの棕櫚を運ぶ天使が。
 暗い谷からあちらの生活へ
 あなたの気高き魂を昇らせるために、
 そこでは審判者が私たちの行いを吟味するのだ。

Dann töne Gottes ernste Waage
Wonne dir, von jedem Misklang frei,
Und der Freund an deinem Grabe sage:
Glückliche! der lezte deiner Tage
War ein Sonnenuntergang im Mai!
 その時神の真剣な裁定が鳴り響くだろう、
 あなたに至福あれ、不協和音から解き放たれて、
 そして友があなたの墓でこう言う:
 幸せな娘よ!あなたの最後の日は
 五月の日没だった!

詩:Friedrich von Matthisson (1761-1831) 
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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マッティソン(Matthisson)の詩に1792年(ベートーヴェン22歳)に作曲された作品です。
詩は「ドイツ遍歴時代(Wanderjahre in Deutschland)」に発表されたそうです。亡くなったラウラという女性の墓前で思いに浸る主人公の心情が歌われています。
最初の2つの節は完全な有節形式で、最後の3節目に入ると神の裁きが下る前半箇所でレチタティーヴォ風になります。詩の展開にベートーヴェンが対応したと言えるでしょう。

6/8拍子-4/4拍子(第3節1~3行目)-6/8拍子
ト長調(G-dur)
前奏4小節
歌声部の最高音:2点変イ音(As)
歌声部の最低音:1点嬰ヘ音(Fis)

※この曲はIMSLPに楽譜が掲載されていなかった為、Beethoven-Haus Bonnのサイトに掲載されていた1916年Heyerの初版楽譜を参照しました。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

シュライアーの優しい歌声はいいですね。

●マックス・ファン・エフモント(BR) & ヴィルヘルム・クルムバハ(P)
Max van Egmond(BR) & Wilhelm Krumbach(P)

往年のハイバリトンの歌は涼風が吹くような心地よい響きです。

●パメラ・コバーン(S) & レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S) & Leonard Hokanson(P)

コバーンの芯のある歌声は宗教曲を聴いている気持ちになります。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BSBR) & クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Kristin Okerlund(P)

ヴァルダードルフの丁寧な歌いぶりが胸に響きます。
第2節4行目:edle→schöne(マッティソンの原詩)で歌っています。

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シューベルトの誕生日に寄せて「ダンス(Der Tanz, D 826)」

Der Tanz, D 826
 ダンス

Es redet und träumet die Jugend so viel,
Von Tanzen, Galoppen, Gelagen,
Auf einmal erreicht sie ein trügliches Ziel,
Da hört man sie seufzen und klagen.
Bald schmerzet der Hals, und bald schmerzet die Brust,
Verschwunden ist alle die himmlische Lust,
"Nur diesmal noch kehr' mir Gesundheit zurück!"
So flehet vom Himmel der hoffende Blick!
 若者たちは多く語ったり夢見たりするものだ、
 ダンスやギャロップや酒盛りを。
 突然目標を達成したかのように錯覚したかと思えば
 溜息をついたり嘆いたりするのが聞こえる。
 首を痛めるかと思えば胸を痛め、
 天上の喜びはみな消え去った。
 「今度だけは健康が私に戻ってきますように!」
 このように天に希望の眼差しで懇願する!

Jüngst wähnt' auch ein Fräulein mit trübem Gefühl,
Schon hätte ihr Stündlein geschlagen.
Doch stand noch das Rädchen der Parze nicht still,
Nun schöner die Freuden ihr tagen
Drum Freunde, erhebet den frohen Gesang,
Es lebe die teure Irene noch lang!
Sie denke zwar oft an das falsche Geschick,
Doch trübe sich nimmer ihr heiterer Blick.
 最近気分が塞いだ女性に
 すでに最期の時が到来したのかと思い込んでいた。
 だが、運命の女神パルカの歯車は止まっていなかった、
 より素晴らしい喜びが彼女を照らした、
 だから友人たちよ、陽気な歌を歌おう、
 いとしいイレーネが長生きしますように!
 彼女は確かにしばしば誤った運命を考えてしまうが
 彼女の明るい眼差しが決して曇りませんように。

詩:Karl Kolumban Schnitzer von Meerau (1795-1854)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

---------

今日はシューベルトの誕生日です!短いけれど印象的な「ダンス」という作品をご紹介したいと思います。

シューベルトの最期の年1828年に作曲されたソプラノ、アルト、テノール、バス、ピアノの編成による歌曲。重唱でも合唱でも演奏可能です。

Breitkopf & Härtel版のシューベルト全集の楽譜では歌詞が1節しか掲載されていませんので、1節のみ歌ったり、1節を2回繰り返す録音もありましたが、最近は2節まで歌う録音も出てきました。(新シューベルト全集の楽譜に第2節が掲載されているのかもしれませんね。こちらは未確認です。)

6/8拍子
ハ長調 (C-dur) 
Allegro giusto

●エリー・アーメリング(S), ジャネット・ベイカー(MS), ペーター・シュライアー(T), ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Elly Ameling(S), Janet Baker(MS), Peter Schreier(T), Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

1972年録音。第1節のみ。この豪華な顔ぶれ!生き生きとした演奏!この録音(Deutsche Grammophon)の存在を初めて知った時に狂喜したことを今でも覚えています。シューベルティアン5人の贅沢な録音です。

●ジビュラ・ルベンス(S), インゲボルク・ダンツ(A), マルクス・ウルマン(T), マルクス・シュミードル(BS), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Sibylla Rubens(S), Ingeborg Danz(A), Marcus Ullmann(T), Marcus Schmidl(BS), Ulrich Eisenlohr(P)

全2節。2008年8月録音。NAXOSシューベルト歌曲全集の32巻収録。第2節の歌が終わった後に再度前奏を繰り返して終わっています。丁寧かつ新鮮で良かったです。

●ヨハネッテ・ゾーマー(S), エヒディユス四重唱団, アルテュール・スホーンデルヴルト(Fortepiano)
Johannette Zomer(S), Egidius Kwartet, Arthur Schoonderwoerd(Fortepiano)

全2節。フォルテピアノの味のある音色と、見事に溶け合った四重唱が非常に美しいです。

●アクサンテュス, エドゥアール・ギャルサン(P), ロランス・エキルベ(C)
Accentus, Edouard Garcin(P), Laurence Equilbey(C)

全2節。混声合唱団による演奏。1節と2節の間に間奏を入れないで演奏しています。合唱だとより奥行きが出ますね。とてもいいです。

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ベートーヴェン「パンチ酒の歌(Punschlied, WoO. 111)」

Punschlied, WoO. 111
 パンチ酒の歌

Wer nicht, wenn warm von Hand zu Hand
der Punsch im Kreise geht,
der Freude voll're Lust empfand,
der schleiche schnell hinweg.
Wir trinken alle hocherfreut,
so lang uns Punsch die Kumme beut.
 手から手へと
 温かいパンチ酒がぐるぐる渡るとき
 喜びいっぱいの楽しさを感じなかったヤツは
 さっさと忍び足で出て行くがいい。
 われらは皆高らかに喜んで飲むのだ、
 器がわれらにパンチ酒を提供してくれるかぎりは。

詩:Anonymous
曲:Ludwig van Beethoven (1770 - 1827)

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独唱と斉唱とピアノの為の歌曲。1791~1792年頃(ベートーヴェン21~22歳頃)の作曲。これもまた「酒宴の歌(Trinklied, WoO. 109)」同様に酒場で仲間うちで歌うための歌ですね。
"Punsch"というのは、小学館の独和大辞典によると「アラク酒またはラム酒・レモン・香料・砂糖・茶または水の五つを混ぜて作る飲料。熱して飲む」とのことで「パンチ、ポンチ、ポンス」と呼ばれるお酒だそうです(フルーツポンチの「ポンチ」もこの飲み物が由来のようです)。"Punschlied"というタイトルの歌曲はシューベルトも複数作っていますので、当時よく飲まれていたお酒なのでしょうね。

最後の2行を独唱が繰り返した後で、斉唱が同様に繰り返します。パンチ酒の入った器を手から手へと渡しながら少しずつ飲む状況が目に浮かぶようです。

Feurig (燃えるように)
6/8拍子
ト長調 (G-dur)

●ヘルマン・プライ(BR) & ベルリン・ハインリヒ・シュッツ・クライス & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Heinrich Schütz-Kreis Berlin & Leonard Hokanson(P)

プライの威勢のいい歌声は聴く者を楽しい気分にさせてくれますね。"hocherfreut"の"hoch"はプライの良さ全開です!楽譜付きです。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Wlater Olbertz(P)

斉唱のパートもシュライアーが一人で歌っています。斉唱の部分に入ってからシュライアーはより開放的に歌っているように感じられます。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BSBR) & ヴィーン・グスタフ・マーラー合唱団 & クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Gustav Mahler Chor Wien & Kristin Okerlund(P)

ヴァルダードルフの歌はここでも紳士的な感じですね。

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