シューベルト/「湖畔で」(Schubert: Auf dem See, D746)を聞く

Am See, D746
 湖畔で

In des Sees Wogenspiele
Fallen durch den Sonnenschein
Sterne, ach, gar viele, viele,
Flammend leuchtend stets hinein.
 湖の波の戯れの中へ
 陽光を通って
 星々が落ちて行く、ああ、とても多く、多く、
 きらきら輝きながら、絶えることなく。

Wenn der Mensch zum See geworden,
In der Seele Wogenspiele
Fallen aus des Himmels Pforten
Sterne, ach, gar viele, viele.
 人が湖になったら
 魂の波の戯れの中へ
 天国の門から
 星々が落ちて行く、ああ、とても多く、多く。

詩:Franz Seraph Ritter von Bruchmann (1798-1867)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Am See", D 746 (1817?/1822?), published 1831

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シューベルトを囲む音楽やパーティーの会シューベルティアーデは数年フランツ・フォン・ブルッフマンの家で催されました。ブルッフマンは裕福な家庭に生まれ、シューベルトのパトロンでもありました。そのブルッフマンのテキストにシューベルトは5曲の独唱歌曲を作曲しましたが、そのうちの1つが「湖畔で(Am See, D746)」です(個人的に大好きな作品の一つです)。

テキストは、第1連で太陽の光を通って、空の星々が湖の中へ落ちていくと歌われ、第2連では人が湖になったならば魂の湖の中へ天空の星々が落ちていくと歌われます。水鏡に映る星を描写しただけでなく、人間の魂を湖になぞらえているのでしょう。人が亡くなってお星さまになっても湖の水鏡に映れば身近に感じられるということなのでしょうか。星々が落ちるのが月明かりによるのではなく太陽の光というところも詩の解釈を難しく感じさせます。

シューベルトは「水の上で歌う(Auf dem Wasser zu singen, D774)」や「ゴンドラの船頭(Gondelfahrer, D808)」など水を扱った多くの作品同様、6/8拍子を採用し、細やかな十六分音符の分散和音で水の流れや波の戯れを描いています。ちなみにこの分散和音は、歌声部の旋律とは基本的に独立していますが、第1連の後のピアノ間奏冒頭は、直前の歌の旋律をエコーのように右手の最高音で繰り返します。

【ピアノ前奏】
Ex1 
【第1連~ピアノ間奏】
Ex2 

第2連が始まると、ピアノパートの左手バス音が変ホ音(Es)から順に下行していきます(変ホ長調のドシラソファミレドシと下行します)。歌は1小節遅れて変ホ音(Es)つまりドからファまで下行していきます。ここで第1連の音楽とは異なる何かが生じているということが聞き手に伝わりますね(「人が湖になったら」と歌われる個所です)。

【第2連】
Ex31_20240212160001 
Ex32 

第2連の歌詞が終わっても音楽は続き、第2連第2行から詩を繰り返します。第4行(Sterne, ach, gar viele, viele)の繰り返しは1回目の歌声部を変奏しています。特に"viele, viele"は2回目では間に四分休符+八分休符が入り、1小節から2小節に伸びています。それによってリタルダンドをしているような効果があり、終結に向かっていることを予感させます。

【第2連第4行(1回目)】
Ex41 
【第2連第4行(2回目)】
Ex42 

最後にもう1度第4行を繰り返しますが、"Sterne, ach, gar"のメリスマがすべて十六分音符で、ピアノの分散和音も十六分音符なので、歌手のテクニックの聞かせどころでありながら、歌とピアノで息を合わせる必要もあり、演奏者たちにとって気を使うところなのではないかと想像されます。

【第2連第4行(3回目)】
Ex5 

ちなみにシューベルトは、ゲーテの詩による「湖上にて(Auf dem See)」という歌曲を以前に作曲していますが、拍子、調、作品冒頭に記載した標示のすべてがブルッフマンによる「湖畔にて」と同じだったという事実に驚かされます。それが無意識的なものなのかどうかは分かりませんが、シューベルトの湖を表現する時の手法を知るうえで一つのヒントになるかもしれません。

【ゲーテの詩による「湖上にて(Auf dem See, D543)」冒頭】
Auf-dem-see 

6/8拍子
変ホ長調(Es-dur)
Mäßig

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

流麗に美しく歌うディースカウとムーアの演奏に聞きほれます。

●マティアス・ゲルネ(BR), アンドレアス・ヘフリガー(P)
Matthias Goerne(BR), Andreas Haefliger(P)

聞き手を優しく慰撫するようなゲルネの歌に引き付けられました。第2連2行目の"Wogenspiele"の"-spiele"に付けられる前打音が聞き慣れた音数より少なかったのは新全集がそうなっているのか、いつか確認してみたいと思います(装飾音の解釈の違いなのかもしれませんが)。名テノール、ヘフリガーの息子アンドレアスのピアノは1連から2連に移る間奏でいったん流れを止めていたのが興味深かったです。

●藤村実穂子(MS), ヴォルフラム・リーガー(P)
Mihoko Fujimura(MS), Wolfram Rieger(P)

藤村実穂子の磨かれた声の質感が速めのテンポ設定にもかかわらずしっとりと伝わってきます。ベテラン、リーガーもぴったり合わせていました。

●アンナ・プロハスカ(S), エリック・シュナイダー(P)
Anna Prohaska(S), Eric Schneider(P)

若手から中堅にさしかかったプロハスカは世界中の歌劇場から引く手あまたのソプラノです。声質に独自の色があって華がありますね。

●アニヤ・ハルテロス(S), ヴォルフラム・リーガー(P)
Anja Harteros(S), Wolfram Rieger(P)

ハルテロスの歌唱は円熟した彫りの深い解釈でとても魅力的でした。

●イアン・ボストリッジ(T), ジュリアス・ドレイク(P)
Ian Bostridge(T), Julius Drake(P)

若かりし頃のボストリッジの甘い美声を味わえる歌唱でした。"viele(多くの)"を繰り返す時の抑えた響きが美しかったです。

●ハインリヒ・シュルスヌス(BR), フランツ・ルップ(P)
Heinrich Schlusnus(BR), Franz Rupp(P)

1931年録音。シュルスヌスは所々音価を伸ばして甘美に歌っていました。

ちなみにエリー・アーメリング&ドルトン・ボールドウィン(Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P))も1983年にEtceteraレーベルにこの曲を録音しています。こちらのリンク先の11番目の矢印マークをクリックすると少しだけですが試聴できます。彼女らしい温かみのある歌唱です。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Franz von Bruchmann (Wikipedia)

Graham JohnsonによるAm See, D746の解説 (Hyperion Records)

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コルネーリウス/「一つの音(Cornelius: Ein Ton, Op. 3, No. 3)」(歌曲集『悲しみと慰め(Trauer und Trost, Op. 3)』より)を聞く

Ein Ton, Op. 3, No. 3
 一つの音

Mir klingt ein Ton so wunderbar
In Herz und Sinnen immerdar.
Ist es der Hauch, der Dir entschwebt,
Als einmal noch Dein Mund gebebt?
Ist es des Glöckleins trüber Klang,
Der Dir gefolgt den Weg entlang?
Mir klingt der Ton so voll und rein,
Als schlöß er Deine Seele ein.
Als stiegest liebend nieder Du
Und sängest meinen Schmerz in Ruh.
 一つの音がとても素晴らしく
 いつも私の心と感覚に響いている、
 それはあなたから漏れて消えた息吹だろうか、
 かつてまだあなたの口が震えていたときの。
 それとも悲しみの鐘の響きだろうか、
 道沿いにあなたの後ろで奏されたあの響き。
 私にはその音はとても豊かで澄んで響く、
 あたかもあなたの魂を包んでいるかのように。
 あなたが愛をこめて降りてきて
 私の苦しみを鎮めて歌ってくれるかのように。

詩:Peter Cornelius (1824-1874), "Ein Ton", appears in Gedichte, in 2. Zu eignen Weisen, in Trauer und Trost
曲:Peter Cornelius (1824-1874), "Ein Ton", op. 3 no. 3 (1854), from Trauer und Trost, no. 3

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ペーター・コルネーリウス(Peter Cornelius)は自作の歌曲のテキストをほとんど自分で手掛ける文才の持ち主でした。ヴァイオリニスト兼俳優としてキャリアを始め、音楽評論家として雑誌に投稿もしていました。多くの詩人(アイヒェンドルフ、ハイゼ)や音楽家(リスト、ヴァーグナー等)とも交流があり、代表作の歌劇『バグダッドの理髪師』の初演はリストが指揮をしました。歌曲の作曲が多く、特に歌曲集『クリスマスの歌Op. 8』は現在まで広く親しまれています。

今回取り上げる歌曲「一つの音(Ein Ton)」はカール・ヘスターマン(Carl Hestermann: 1804-1876)という商人・政治家に捧げられた6曲からなる歌曲集『悲しみと慰め(Trauer und Trost, Op.3)』の第3曲で、1854年11月にヴァイマル(Weimar)で自身のテキストによって作曲されました。

この歌曲、まず聞いていただくとあることに気づくと思いますので、最初に演奏を聞いてみましょう。

●フェリスィティ・ロット(S), グレアム・ジョンソン(P)
Felicity Lott(S), Graham Johnson(P)

チャンネル名:SOLRACPILINO EL IMPROVISADOR CUBANO(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音が出ますので注意!)

歌手は最初から最後までロ音(H)のみを歌います。これがテキストのタイトル"Ein Ton(一つの音=ある音)"に由来していることは間違いないでしょう。ピアノパートが陰影に富んだ美しいハーモニーを奏でる為、曲として全く違和感なく成立していますが、こうした作品は他の作曲家の前例が何かあるのでしょうか。少なくとも古今の歌曲においては私の知る限り他に例はないと思います。

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ピアノパートの前奏と後奏でも右手のみでロ音が2回奏でられますが、主人公が「あなた(Du)」と呼ぶ相手(おそらく恋人)が亡くなった際の葬列の鐘の音と想像されます。

歌声部はロ音しか歌わないので、あとはリズムによって変化をつけますが、基本的に重要な音節に長い音価を与えて語るようなリズムが与えられています。ただ、「Glöckleins trüber (Klang)(鐘の悲しい(響き))」と歌われるところのみシンコペーションのリズムになり、弔いの鐘への主人公の動揺を表現しているように思われます。

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音楽はホ短調(e-moll)が基本で、テキスト7-8行(あの響きはとても豊かであなたを包んでいるかのようだ)で畳みかけるように盛り上がり、亡き恋人の歌ってくれる響きが主人公の苦しみを和らげてくれるという9-10行でホ長調(E-dur)に転調して、主人公の気持ちが救われたことを暗示します。後奏で再びホ短調に戻り、後奏の最後のロ音が2回鳴り、主人公の中で恋人の響きが途切れることなく続いていくことを示しているかのようです。

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3/4拍子
ホ短調(e-moll)
Etwas bewegt (Poco mosso)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヘルマン・ロイター(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hermann Reutter(P)

F=ディースカウは同音反復でも演劇的な素晴らしさが際立っています。作曲家ロイターのピアノも魅力的でした。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライは落ち着いたテンポでソット・ヴォーチェを美しく貫きます。ホカンソンの繊細な響きの美しさも聞きどころです。

●マーガレット・プライス(S), グレアム・ジョンソン(P)
Margaret Price(S), Graham Johnson(P)

プライスの豊かな声も素敵でした。ジョンソンも緩急自在でいい演奏でした。

●ロッテ・レーマン(S), ポール・ウラノウスキ(P)
Lotte Lehmann(S), Paul Ulanowsky(P)

レーマンの落ち着いたテンポで語るような歌が説得力がありました。ウラノウスキも細やかな響きでした。

●2024年が生誕150年(没後70年)のチャールズ・アイヴズによる作品「一つの音」
Charles Ives (1874-1954): Ein Ton
トマス・ハンプソン(BR), アルメン・グゼリミアン(P)
Thomas Hampson(BR), Armen Guzelimian(P)

アイヴズは「一つの」音に全くこだわっておらず、美しい哀感漂う作品に仕上がっていました。ハンプソン、グゼリミアンともに素晴らしい演奏です。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

ペーター・コルネリウス(Wikipedia)

Peter Cornelius (Komponist)(Wikipedia)

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メンデルスゾーン/ヴェネツィアのゴンドラ歌(Mendelssohn: Venetianisches Gondellied, Op. 57 no. 5)を聞く

Venetianisches Gondellied, Op. 57 no. 5
 ヴェネツィアのゴンドラ歌

Wenn durch die Piazetta
Die Abendluft weht,
[Dann]1 weißt du, Ninetta,
Wer wartend [hier]2 steht.
Du weißt, wer trotz Schleier
Und Maske dich kennt,
[Du weisst, wie die Sehnsucht
Im Herzen mir brennt.]3
 広場を
 夕風が吹きわたる時、
 きみは知っている、ニネッタよ、
 誰がここに立って待っているのかを。
 きみは知っている、ベールと
 仮面を付けていてもきみだと分かるのは誰なのかを。
 きみは知っている、憧れが
 ぼくの心で燃え上がっていることを。

Ein Schifferkleid trag' ich
Zur selbigen Zeit,
Und zitternd dir sag' ich:
„Das Boot [ist]4 bereit!
[O, komm'! jetzt, wo Lunen]5
Noch Wolken umziehn,
Laß durch die Lagunen,
[Geliebte]6 uns fliehn!“
 船頭の服を、
 同じころ僕は着て、
 震えながらきみに言うんだ、
 「ボートの準備は出来た!
 おお おいで!さあ、月を
 雲が覆うところに、
 潟を抜けて
 恋人よ、逃げよう!」

1 Sommer: "So"
2 Sommer: "dort"
3 Fischhof, Mendelssohn: "Du weisst, wie die Sehnsucht / Im Herzen mir brennt." ; Sommer: "Du weisst, wie die Sehnsucht / Im Herzen hier brennt." ; Original: "Wie Amor die Venus / Am Nachtfirmament."
4 Fischhof, Mendelssohn, Sommer: "ist" ; Original: "liegt"
5 Schumann: "O komm, wo den Mond"
6 Fischhof, Mendelssohn, Sommer: "Geliebte" ; Original: "Mein Leben,"

原詩:Thomas Moore (1779-1852), "When through the Piazzetta"
独訳:Ferdinand Freiligrath (1810-1876), "When through the Piazetta"
曲:Felix Mendelssohn (1809-1847), "Venetianisches Gondellied", op. 57 no. 5 (1842)

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メンデルスゾーンの「ヴェネツィアの舟歌」と言って多くの人が最初に思い浮かべるのは、ピアノ独奏のための『無言歌集(Lieder ohne Worte)』の中の数曲でしょう。私もはるか昔の記憶ですが、Op.30-6の「ヴェネツィアの舟歌」に非常に惹かれて、家の電子ピアノを弾いて物哀しい雰囲気に浸っていたものでした。

ダニエル・バレンボイムの演奏で聞いてみましょう。

Barenboim plays Mendelssohn Songs Without Words Op.30 no.6 in F sharp Minor - Venetian Gondellied

今でも全く色あせない魅力に聞き入ってしまいます。『無言歌集』の中の多くの表題はほとんどがメンデルスゾーン自身によるものではないそうですが、「ヴェネツィアの舟歌」と題された3曲(作品19-6, 30-6, 62-5)はメンデルスゾーン自身による表題なのだそうです(Wikipedia)。

メンデルスゾーンは裕福な家に生まれ、20歳で当時ほとんど忘れられていたというバッハの『マタイ受難曲』を蘇演して大成功をおさめますが、この年から数年間ヨーロッパ各地に旅行に出かけます。その時にヴェネツィアにも行き、お目当ての絵画を見たりして研鑽を深めていたのですが、ヴェネツィアの舟歌の原体験はこの時だったのではないでしょうか。『無言歌集』の3曲の「ヴェネツィアの舟歌」のいずれもが短調の哀愁こもった曲調であるというのも興味深いです(途中で長調になる場合もありますが)。

アイルランドの詩人トマス・ムーアの詩にフライリヒラートが独訳したテキストは、ゴンドラ漕ぎの男が恋人ニネッタと駆け落ちする為にゴンドラの準備を整え、ニネッタに向けて顔を隠して早く来ておくれと(心の中で)語りかけます。

メンデルスゾーンの歌曲「ヴェネツィアのゴンドラ歌(舟歌)」もピアノ曲同様短調のメランコリックな曲調が聞き手の心を一瞬でとらえます。

第1連はゴンドラを漕ぐさま(もしくは寄せては返す波の動き)を思わせるピアノ右手と付点四分音符のバス音が、聞き手をゴンドラ内の心地よい揺れ(とは言っても私は乗ったことはないですが)に誘います。2行目(Abendluft weht)と6行目(Maske dich kennt)だけ歌声部とピアノ右手が同じ音を奏でますが、それ以外の箇所は歌とピアノは別の動きをします(ゴンドラ漕ぎの歌声はゴンドラの進行にほぼ影響を与えないと示唆しているのでしょうか)。

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第2連でこれまでのロ短調から平行調のニ長調に転調して、4行目までは明るい響きで曲調に変化をもたらします。テキストでは「ボートの準備が出来た」というところまでですね。

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5行目"O, komm'! jetzt, wo Lunen / noch Wolken umziehn"から元の短調の響きに戻りますが、その後で"O, komm'! jetzt"を数回繰り返す際にピアノ左手のバス音が半音ずつ上がり、歌声部のsfやクレッシェンドも相まって、主人公の気持ちの高揚感が否応なく伝わってきます。

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第2連が終わると、再び第1連の最初の4行分をほぼ同じメロディーで繰り返して、最後の"wartend(待ちながら)"をフェルマータで強調して、メランコリックな曲調のまま締めくくります。

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6/8拍子
ロ短調(h-moll)→ニ長調(D-dur)→ロ短調(h-moll)
Allegretto non troppo

●パトリック・グラール(T), ダニエル・ハイデ(P)
Patrick Grahl(T), Daniel Heide(P)

繊細で柔らかい声のグラール、最初に聞いただけでその個性に引き込まれました。テキストの主人公はここでは決して強引ではなく、今で言う優男の印象です。ハイデは今後のリート界を背負って立つピアニストになるのではと思います。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Wolfgang Sawallisch(P)

心理描写を見事に表現するF=ディースカウに脱帽です。いつもはクールなサヴァリシュが間奏でテンポをかなり落とすのが珍しく感じました。暗から明への転換を表現しているのでしょうか。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

人生が集約されているかのようなプライの味わい深い歌唱に胸を打たれます。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

ディクションの美しいシュライアーで聞くと、情景がまざまざと浮かんできます。オルベルツも美しい響きです。

●ナタリ・ステュッツマン(CA), ドルトン・ボールドウィン(P)
Nathalie Stutzmann(CA), Dalton Baldwin(P)

ステュッツマンの温かみのある声が、舟歌の揺れるリズムも相まって心地よく感じられました。

●リセット・オロペサ(S), ヴラッド・イフティンカ(P)
Lisette Oropesa(S), Vlad Iftinca(P)

楽譜を見ながら聞くことが出来ます。オロペサは初めて聞きましたが、ヘンドリックスと系統が似ているように感じました。細身だけれど芯があるように感じました。

●ハンス=イェルク・マンメル(T), アルテュール・スホーンデルヴルト(Hammerklavier)
Hans-Jörg Mammel(T), Arthur Schoonderwoerd(Hammerklavier)

他の演奏よりもかなりゆっくりめのテンポでメランコリックなヴェネツィアの情景に浸っているかのようです。

●アントニー・ロルフ・ジョンソン(T), グレアム・ジョンソン(P)
Anthony Rolfe Johnson(T), Graham Johnson(P)

ロルフ・ジョンソンの爽やかな声が切ない音楽と美しく溶け合っていました。

●シューマンによる作品:ヴェネツィアの歌II, Op. 25, No. 18
Schumann: Venetianisches Lied II, Op. 25, No. 18
ブリン・ターフェル(BR), マルコム・マーティノー(P)
Bryn Terfel(BR), Malcolm Martineau(P)

シューマンはこのテキストによる歌曲を歌曲集『ミルテ(Myrthen, Op. 25)』の中に置き、メンデルスゾーンとは全く対照的な軽快で明るい曲にしています。野太い印象のターフェルの歌は船頭のイメージに合っていると思います。

●アドルフ・イェンゼンによる作品:広場を通って, Op. 50 No. 3
Adolf Jensen: Wenn durch die Piazzetta, Op. 50 No. 3
アントニー・ロルフ・ジョンソン(T), グレアム・ジョンソン(P)
Anthony Rolfe Johnson(T), Graham Johnson(P)

かなり凝った作品ですね。フランス音楽のような色彩感と茶目っ気が感じられました。歌の最後が高くあがるのは意外性があって興味深かったです。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Thomas Moore (Wikipedia)

フェルディナント・フライリヒラート(Wikipedia)

Ferdinand Freiligrath (Wikipedia)

大井駿の「楽語にまつわるエトセトラ」その66
バルカローレ:ヴェネツィアのゴンドラで口ずさまれた歌をショパンらが芸術作品に!

ゴンドラ (船)(Wikipedia)

※ゴンドラについて大変参考になるサイトがいくつかありましたのでご紹介します。

「記録庫 ・ イタリア・絵に描ける珠玉の町・村、 そしてもろもろ!」
ゴンドラ についてのあれこれを

「新・ イタリア・絵に描ける珠玉の町・村、 そしてもろもろ!」
ゴンドリエーリ・デ・ヴェネツィア ・ ゴンドラ漕ぎ  その歴史と現在の姿

「イタリアの歴史解説 | 吉田・マリネッロ・マキ / Maki Yoshida Marinello」
ヴェネツィアのゴンドラとは何か

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ブラームス/二重唱曲「海」(Brahms: Die Meere, Op. 20/3)を聞く

Die Meere (Nach dem Italienischen), Op. 20/3
 海(イタリアの詩による)

Alle Winde schlafen
Auf dem Spiegel der Flut;
Kühle Schatten des Abends
Decken die Müden zu.
 すべての風は眠りにつく、
 水鏡の上で。
 夕暮れの涼しい影が
 疲れた者たちを包み込む。

Luna hängt sich Schleier
Über ihr Gesicht,
Schwebt in dämmernden Träumen
Über die Wasser hin.
 月はベールを
 彼らの顔の上にかぶせ
 黄昏の夢の中で
 水の上に浮かぶ。

Alles, alles stille
Auf dem weiten Meer!
Nur mein Herz will nimmer
Mit zur Ruhe gehn;
 みな、なにもかも静かだ、
 広大な海の上は!
 ただ私の心だけは決して
 眠ろうとしない。

In der Liebe Fluten
Treibt es her und hin,
Wo die Stürme nicht ruhen,
Bis der Nachen sinkt.
 愛の洪水に
 わが心はあちらこちらへと流される、
 そこでは嵐はやむことがない、
 小舟が沈むまで。

詩:Wilhelm Müller (1794-1827), "Die Meere", appears in Lyrische Reisen und epigrammatische Spaziergänge, in Lieder aus dem Meerbusen von Salerno 
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Die Meere", op. 20 (Drei Duette) no. 3 (1860), published 1862 [vocal duet for soprano and alto with piano], Bonn, N. Simrock

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今回はブラームスの非常に美しい二重唱曲を聞きたいと思います。

1858–60年に作曲され、1861年に「ソプラノ、アルトとピアノ伴奏のための3つの二重唱曲(Drei Duette für Soran und Alt mit Begleitung des Pianoforte, Op. 20)」として出版された中の3曲目が「海(Die Meere)」です。ちなみに"Die Meere"というのは"Das Meer"の複数形になります。

テキストはシューベルトの『美しい水車屋の娘』『冬の旅』でもお馴染みのヴィルヘルム・ミュラーで、『サレルノ湾の歌(Lieder aus dem Meerbusen von Salerno)』という11篇からなる詩集の2番目に置かれています。

詩の内容は海上にいる主人公の夕方から夜にかけての描写と心情が描かれています。なにもかもが眠りについた海の上の静かな光景と、一方であふれんばかりの愛のために決して落ち着かないままの主人公の心の内が対比されています。

ブラームスは6/8拍子の舟歌のスタイルで作曲しています。物悲しく流麗なメロディーはメンデルスゾーンの「ヴェネツィアの舟歌」を思い起こさせます。詩の2連、4連の各2行目最後の音節(Ge-sicht / hin)の息の長いメリスマは聞きどころの一つと言えるでしょう。

ピアノパートは舟が揺れながらゆっくり進むような左手の音形と、装飾音(プラルトリラー)のついた物憂い右手が極上の美しさで魅了されます。右手は常に2声で進み、時に歌声2声と重なり、時に歌声と離れ、ハーモニーの綾を聞かせてくれます。
詩の2連ずつを1まとまりにした有節形式ととらえることが出来ますが、詩の最後の2行(Wo die Stürme nicht ruhen,/Bis der Nachen sinkt.)だけが繰り返され、同主調のホ長調に転調し、明るい響きで歌は終わります。その後、ピアノ後奏で再びホ短調に戻り、メランコリックな雰囲気のまま曲が締めくくられます。この明暗の入れ替わりは海の上でたゆたう主人公の心の内を反映しているかのようで素晴らしいです。

ソプラノとアルトのための歌と指定されていますが、テキストの内容から男声2人によって歌われても全く問題ないと思います。

【冒頭】
Die-meere-beginning 

【最後の2行の繰り返し(ホ短調→ホ長調)とピアノ後奏(ホ長調→ホ短調)】
Die-meere-ende_20240113184101  

6/8拍子
ホ短調(e-moll)
Andante

●エディト・マティス(S), ブリギッテ・ファスベンダー(MS), カール・エンゲル(P)
Edith Mathis(S), Brigitte Fassbaender(MS), Karl Engel(P)

マティス、ファスベンダー、エンゲルの黄金トリオによる名演です!

●ユリアーネ・バンゼ(S), ブリギッテ・ファスベンダー(MS), コート・ガルベン(P)
Juliane Banse(S), Brigitte Fassbaender(MS), Cord Garben(P)

師弟によるデュエットです。バンゼの柔らかい声とそっと寄り添うファスベンダーの響きが美しいです。

●ジュリー・カウフマン(S), マリリン・シュミーゲ(MS), ドナルド・サルゼン(P)
Julie Kaufmann(S), Marilyn Schmiege(MS), Donald Sulzen(P)

女声2人の声がとても溶け合っていて美しかったです。

●チャーリー・ドラモンド(S), ジェイド・モファット(MS), ジェイムズ・ベイリュー(P)
Charlie Drummond(S), Jade Moffat(MS), James Baillieu(P)

Channel名:Independent Opera(オリジナルのサイトはこちらのリンク先:音が出ますので注意!)
2017年Wigmore Hallでのライヴ映像。実際に歌っている表情を見ながら聞くのもいいですね。ベイリューは今引く手あまたの歌曲ピアニストです。

●ピアノパートのみ(マイヤ・メリニチェンコ(P))
Brahms - Die Meere - Sopran and Alt - accompaniment
Майя Мельниченко(P)
※この動画は共有が出来ない為、こちらのリンク先からご覧ください。(音が出ますので注意!)
Channel名:Майя Мельниченко
ピアノの右手がほぼ二重唱のメロディーと一致しているので、ピアノパートだけで聞いても美しいです。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Vermischte Schriften von Wilhelm Müller. Zweites Bändchen. Leipzig: F. A. Brockhaus, 1830 (p.104)
Lieder aus dem Meerbusen von Salerno (11篇からなる詩集。Die Meereは2番目に置かれている)
※「110ページ」のリンクをクリックして104ページまで上にスクロールすると"Die Meere"の詩が見られます。

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シューベルト/「あなたと二人きりでいると」(Schubert: Bei dir allein!, D 866/2)を聞く

Bei dir allein!, D 866/2
あなたと二人きりでいると!

Bei dir allein empfind' ich, daß ich lebe,
Daß Jugendmut mich schwellt
Daß eine heit're Welt
Der Liebe mich durchbebe;
Mich freut mein Sein
Bei dir allein!
 あなたと二人きりでいると、私は感じる、生きていることを、
 若い気力が膨らむことを、
 愛の明るい世界が
 私の全身を震わせることを。
 私はここにいることが嬉しい、
 あなたと二人きりでいると!

Bei dir allein weht mir die Luft so labend,
Dünkt mich die Flur so grün,
So mild des Lenzes Blüh'n,
So balsamreich der Abend,
So kühl der Hain,
Bei dir allein!
 あなたと二人きりでいると、風が爽快に吹いてきて
 野原はこんなに緑に見える、
 春にはとても穏やかに花咲き、
 夕暮れはよい香りで満ち溢れ、
 林はこんなにも涼しい、
 あなたと二人きりでいると!

Bei dir allein verliert der Schmerz sein Herbes,
Gewinnt die Freud an Lust!
Du sicherst meine Brust
Des angestammten Erbes;
Ich fühl' mich mein
Bei dir allein!
 あなたと二人きりでいると、苦痛はつらくなくなり、
 喜びや愉悦を得る!
 あなたは私の胸を守ってくれる、
 古来の財産である私の胸を。
 私を自分自身のものだと感じる、
 あなたと二人きりでいると!

詩:Johann Gabriel Seidl (1804-1875)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Bei dir allein!", op. 95 (Vier Refrainlieder) no. 2, D 866 no. 2 (1828?), published 1828 [ voice and piano ], Thaddäus Weigl, VN 2794, Wien

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シューベルトはザイドルの4つの詩に作曲し、『4つのリフレイン歌(Vier Refrainlieder, Op. 95)』として1828年8月13日に出版されました。作曲年については、ドイチュの目録(Franz Schubert. Thematisches Verzeichnis seiner Werke in chronologischer Folge)では1828年夏(?)と記載されていて、確定していないようです。自筆譜も4曲中第1曲のスケッチが残っているだけで、第2曲を含む他の曲は紛失してしまったそうです。その出版譜の2曲目に置かれたのが、「あなたのそばにいるだけで!(Bei dir allein!, D 866/2)」です。
ちなみに「リフレイン」というのは音楽や詩の繰り返しのことで、この4つの曲集では各連の最終行が同じ詩句になっていることを指していると思われます。この第2曲では各連最初の行も同じ詩句で始まります。

このザイドルのテキストは、手書き原稿の形でシューベルトに渡されたらしく、シューベルトの生前(1826年)に出版されたザイドルの詩集には掲載されていないそうです(ソースはこちら)。

詩の内容は、主人公があなたと一緒にいると生きていると感じ、愛の世界に身を震わせることを感じ、自然の素晴らしさを感じ、苦痛が喜びに変わると高らかに述べます。あなたというのはおそらく恋人のことなのでしょう。もちろん恋人に限らず人生において大切な家族・友人に置き換えて読んでもいいと思います。

シューベルトの曲は、冒頭の「速すぎず、だが燃えるように」という指示が示しているように、熱くたぎる急流のように情熱的に進んでいきます。全体はA-B-A'の形で、B(第2連)でホ長調(E-dur)に転調して自然に心癒される落ち着いた雰囲気に変わり、最後のA'で元の躍動感を取り戻します。聴く人をわくわくさせてくれる作品だと思います。

2/4拍子
変イ長調(As-dur)
Nicht zu geschwind, doch feurig (速すぎず、だが燃えるように)

●ヴェルナー・ギューラ(T), クリストフ・ベルナー(Fortepiano)
Werner Güra(T), Christoph Berner(Fortepiano)

喜びが爆発しているかのようなギューラとベルナーの急速なテンポ設定が聴き手をわくわくさせてくれます。

●クリスティアン・ゲアハーアー(BR), ゲロルト・フーバー(P)
Christian Gerhaher(BR), Gerold Huber(P)

ゲアハーアーのハイバリトンの声が軽快なリズムに乗っていてとても良かったです。フーバーもいいアンサンブルでした。

●クリストフ・ゲンツ(T), ヴォルフラム・リーガー(P)
Christoph Genz(T), Wolfram Rieger(P)

爽やかな声のテノール、Ch.ゲンツと、ベテランピアニストのリーガーの雄弁なピアノの緊密なアンサンブルに惹かれました。

●イアン・パートリッジ(T), ジェニファー・パートリッジ(P)
Ian Partridge(T), Jennifer Partridge(P)

イアン・パートリッジの素直で美しい歌唱に引き付けられました。また、妹のジェニファーの沸き立つようなピアノの素晴らしさは特筆すべきでしょう。

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), ベンクト・フォーシュバリ(P)
Anne Sofie von Otter(MS), Bengt Forsberg(P)

オッターの安定した美声でこういう躍動的な歌を聴くのもいいなぁと思って聞いていました。フォーシュバリはテンポの揺れがなかなか激しいですが、最終的にはうまくまとめていました。

●グンドゥラ・ヤノヴィツ(S), チャールズ・スペンサー(P)
Gundula Janowitz(S), Charles Spencer(P)

ヤノヴィツのキャリア後期の録音で、肩の力の抜けた自然体の歌唱がなんとも心地よく感じられます。装飾音を除いて歌っているのもなんらかの考えがあってのことなのでしょう。

●カミラ・ティリング(S), パウル・リヴィニウス(P)
Camilla Tilling(S), Paul Rivinius(P)

ティリングのリリックな声による細やかな表情付けが素敵で、歯切れのよいリヴィニウスのピアノも良かったです。

●マティアス・ゲルネ(BR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Matthias Goerne(BR), Helmut Deutsch(P)

ゲルネはこういう曲では重くならず、絶妙な語り口で聞かせてくれます。ドイチュも素晴らしかったです。

ちなみにエリー・アーメリング&ドルトン・ボールドウィン(Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P))もEtceteraレーベルにこの曲を録音していて、国内盤として発売されたこともあります。こちらのリンク先の13番目の矢印マークをクリックすると少しですが試聴できます。アーメリングの歌は成熟した女性が若い恋人を相手にしているような余裕が感じられて個人的にとても好きな演奏です。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Schubertlied.de: Bei dir allein, D 866 Opus 95 -2

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ブラームスの「知らせ(Botschaft,op. 47 no. 1)」についてエリー・アーメリングが語った動画

エリー・アーメリング(Elly Ameling)が自身のYouTubeチャンネルで新年早々動画をあげてくれました。

"Musings on Music by Elly Ameling (日本語にすると「エリー・アーメリングによる音楽の考察」という感じでしょうか)"と題し、ブラームスの愛らしい歌曲「知らせ(Botschaft, op. 47 no. 1)」について複数の録音を聞きながらアーメリングが少しずつ解説を加えていくというものです。
彼女がどのように歌曲にアプローチし、歌う準備をしていくのかを追体験出来ると思います。
ここで使われる2種類の女声歌手の録音と、最後に流される男声歌手の録音については、アーメリングが後半で種明かしをしますので、ここでは触れないでおきます。

「私は2種類の演奏を再生しますが、誰が歌い、ピアノを弾いているかはまだ明かしません。テキストを全部聞くまでは耳と心はまだ判断をしないで下さい。
ダウマーのテキストはしばしば14世紀ペルシャの詩人ハーフィズに影響を受けています。」

Musings on Music by Elly Ameling - Brahms, Botschaft (op. 47 no. 1)

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音声が出るので注意ください!)

アーメリングの解説
1:07- 1番目の演奏(全曲)
アーメリングの解説(詩の解説)
3:59- 2番目の演奏(ピアノ前奏)
アーメリングの解説(ピアノ前奏について)
5:43- 2番目の演奏(冒頭から4行目まで)
アーメリングの解説
6:44- 2番目の演奏(第1連4行目"Eile nicht hinwegzufliehn!")
アーメリングの解説
7:36- 2番目の演奏(5行目"Tut sie dann vielleicht die Frage,")
アーメリングの解説
7:58- 2番目の演奏(5行目"Tut sie dann vielleicht die Frage,")
アーメリングの解説
8:30- 2番目の演奏(6行目"Wie es um mich Armen stehe;")
アーメリングの解説
9:10- 2番目の演奏(7行目"Sprich: »Unendlich war sein Wehe,")
アーメリングの解説(8行目"Höchst bedenklich seine Lage;"は暗い音色、次の9行目"Aber jetzo kann er hoffen,"で明るい音色)
10:06- 2番目の演奏(7行目"Sprich: »Unendlich war sein Wehe,")
アーメリングの解説
11:24- 2番目の演奏(11行目"Denn du, Holde, denkst an ihn.«")
12:38- 2番目の演奏(全曲)
アーメリングの解説(1番目と2番目の演奏者答え合わせ。次に聞く録音の演奏者について「これは男性用のテキストであることを忘れないでください」)
15:15- 男声による録音(全曲)
アーメリングの解説

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Botschaft, Op. 47 no. 1
 知らせ

Wehe, Lüftchen, lind und lieblich
Um die Wange der Geliebten,
Spiele zart in ihrer Locke,
Eile nicht hinwegzufliehn!
Tut sie dann vielleicht die Frage,
Wie es um mich Armen stehe;
Sprich: »Unendlich war sein Wehe,
Höchst bedenklich seine Lage;
Aber jetzo kann er hoffen,
Wieder herrlich aufzuleben,
Denn du, Holde, denkst an ihn.«
 そよ吹け、風よ、優しく、心地よく
 あの女性(ひと)の頬をかすめて。
 彼女の巻き毛にそっと戯れておくれ、
 急いで逃げ去ってしまっては駄目だよ!
 すると彼女はもしかしたら尋ねるかもしれない、
 かわいそうな僕がどうしているかと。
 そうしたら言っておくれ、「彼の悲しみは果てしなく続いていました。
 状況はきわめて重大です。
 でも今彼は望めます、
 再びすっかり元気を取り戻すことを。
 なぜならいとしいあなたが彼のことを気にかけてくれるからです」と。

詩:Georg Friedrich Daumer (1800-1875)
曲:Johannes Brahms (1833-1897)

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コルネーリウス/東方の三王 (Cornelius: Die Könige, Op. 8/3)

Die Könige, Op. 8/3
 東方の三王

Drei Kön'ge wandern aus Morgenland;
Ein Sternlein führt sie zum Jordanstrand.
In Juda fragen und forschen die drei,
Wo der neugeborene König sei?
Sie wollen Weihrauch, Myrrhen und Gold
Dem Kinde spenden zum Opfersold.
 三王が東方から歩いてくる。
 ある小さな星が彼らをヨルダン川の川辺へと導く。
 ユダ王国で三王は尋ねて探す、
 産まれたての王は何処かと。
 彼らは乳香、没薬と黄金を
 供物としてこの子に与えたいと思っている。

Und hell erglänzet des Sternes Schein:
Zum Stalle gehen die Kön'ge ein;
Das Knäblein schauen sie wonniglich,
Anbetend neigen die Kön'ge sich;
Sie bringen Weihrauch, Myrrhen und Gold
Zum Opfer dar dem Knäblein hold.
 そしてその星が明るく輝くと
 厩舎へ三王は入っていく。
 彼らは喜んで幼な児を見つめ
 賛美して身をかがめる。
 彼らは供物としていとしい幼な児に
 乳香、没薬と黄金を捧げる。

O Menschenkind! halte treulich Schritt!
Die Kön'ge wandern, o wandre mit!
Der Stern der Liebe, der Gnade Stern
Erhelle dein Ziel, so du suchst den Herrn,
Und fehlen Weihrauch, Myrrhen und Gold,
Schenke dein Herz dem Knäblein hold!
 おお、人の子よ!誠実に歩み続けよ!
 三王は歩く、おお、一緒に行こう!
 愛の星、慈悲の星よ、
 あなたの目的地を明るく照らせ、あなたは主を探し、
 乳香、没薬と黄金がなくなったら
 あなたの心をいとしい幼な児に贈りたまえ。

詩:Peter Cornelius (1824-1874), "Die Könige", appears in Gedichte, in 2. Zu eignen Weisen, in Weihnachtslieder
曲:Peter Cornelius (1824-1874), "Die Könige", op. 8 no. 3 (1856), published 1871 [voice and piano], from Weihnachtslieder, no. 3, Leipzig, Fritzsch

●ペーター・シュライアー(Boy alto), カール=ディートフリート・アーダム(P)
Peter Schreier(Boy alto), Karl-Dietfried Adam(P)

●ペーター・シュライアー(T), ノーマン・シェトラー(P)
Peter Schreier(T), Norman Shetler(P)

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

●東方の三王(第1作)
Die Könige (1st Version)
クリスティーナ・ランツハマー(S), マティアス・ファイト(P)
Christina Landshamer(S), Matthias Veit(P)

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

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ブラームス/「打ち勝ちがたい(Unüberwindlich, Op. 72/5)」を聞く

Unüberwindlich, Op. 72/5
 打ち勝ちがたい

Hab' ich tausendmal geschworen
Dieser Flasche nicht zu trauen,
Bin ich doch wie neugeboren,
Läßt mein Schenke fern sie schauen.
 私は千回も誓った、
 この酒瓶を信用しないと、
 だが私は生まれたばかりのようになってしまう、
 私の酌人が遠くから瓶を見せてくると。

Alles ist an ihr zu loben,
Glaskristall und Purpurwein;
Wird der Propf herausgehoben,
Sie ist leer und ich nicht mein.
 すべては酒瓶をほめたたえるためのもの、
 クリスタルガラスに深紅のワイン、
 栓が抜かれると、
 瓶は空になり、私は自分を見失ってしまう。

Hab' ich tausendmal geschworen,
Dieser Falschen nicht zu trauen,
Und doch bin ich neugeboren,
Läßt sie sich ins Auge schauen.
 私は千回も誓った、
 この不実な女を信用しないと、
 だが私は生まれたての赤子になってしまう、
 この不実な女が目に入ると。

Mag sie doch mit mir verfahren,
Wie's dem stärksten Mann geschah.
Deine Scher' in meinen Haaren,
Allerliebste Delila!
 私に振る舞うというのならそうすればいい、
 最強の男の身にふりかかったように。
 おまえのはさみを私の髪に入れればいいさ、
 最愛のデリラよ!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Unüberwindlich", first published 1860
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Unüberwindlich", op. 72 (Fünf Gesänge) no. 5 (1875), published 1877 [voice and piano], Berlin, Simrock

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ブラームスの歌曲はともすると晦渋でとっつきにくいと思われがちですが、この曲を聴けば考えが変わるかもしれません。
ゲーテのテキストによる「打ち勝ちがたい(Unüberwindlich, Op. 72/5)」は、酒と女を断とうと誓ったのに結局その誘惑に打ち勝てなかった男の告白がユーモラスに描かれています。

ゲーテは、旧約聖書の士師記13章〜16章に登場するサムソンの話に関心を持っていて、ヘンデルのオラトリオ『サムソン』も知っていたということです(HyperionレーベルのGraham Johnsonによる解説による:リンクをクリックすると解説書のPDFがダウンロードされます。この曲の解説は22~23ページです)。この詩の最後にデリラ(Delila)という女性の名前が出てきますが、彼女はサムソンの妻で、第4連2行目の最強の男(dem stärksten Mann)であるサムソンの弱点が髪にあることを本人から聞き、寝ている間に髪を剃り、ペリシテ人に売り渡すという聖書の記述に基づいています(サン=サーンスのオペラ『サムソンとデリラ(Samson et Dalila)』ではその話が描かれています)。この詩の第4連3行目「私の髪におまえのはさみを入れればいいさ(Deine Scher' in meinen Haaren)」というのは、弱点をさらして彼女の誘惑に逆らう心を自ら差し出してしまうわけですね。酒と女に打ち勝つと千回(tausendmal)も誓ったのに結局その沼から抜け出す気持ちは毛頭ないということが分かります。

ブラームスはこの歌曲を1875/6にヴィーンで作曲し、作品72の5曲目として1877年7/8月に出版されました。

ピアノの前奏の冒頭左手パートに「D.Scarlatti」と記載されていますが、ブラームスはこの箇所にドメニコ・スカルラッティのソナタ ニ長調, K. 223, L. 214(Sonata in D major, K. 223, L. 214)の冒頭を移調して引用しています。

ドメニコ・スカルラッティ:ソナタ ニ長調, K. 223, L. 214(冒頭)

Scarlatti-sonata-k-223 

歌の冒頭も、スカルラッティの冒頭9音分の上下を再現しています(隣り合った音の音程は完全に同じではないですが、上下関係は一緒です)。
Unuberwindlich 

スカルラッティのソナタでは、この部分は冒頭にしかあらわれないのに対して、ブラームスはピアノ前奏、歌の冒頭と、さらに第2連、第4連の3行目でも引用し、しかも歌の冒頭箇所と違い、第2連、第4連の歌声部は隣り合った音の音程関係もスカルラッティの引用元と一致しています。何故この曲を引用したかについては分かりませんでした。ブラームスのお気に入りだったのでしょうか。
Photo_20231217151101 

曲の形式はA-B-A'-Bで、A'は前半がAの前半と異なり(後半2行はほぼ一緒です)、後半はAと一緒です。A'の直前のピアノパートに突然現れる左手バス音2つは、私の印象では裁判官が「静粛に」と言いながら打つ木槌のように感じました。

アッラ・ブレーヴェ (2/2拍子)
イ長調(A-dur)
Vivace

●ドメニコ・スカルラッティ:ソナタ ニ長調, K. 223, L. 214
Domenico Scarlatti: Sonata in D major, K. 223, L. 214
スコット・ロス(Harpsichord)
Scott Ross(Harpsichord)

引用元のD.スカルラッティのソナタを聞いてみましょう。早世したスコット・ロスはD.スカルラッティの膨大な鍵盤楽器作品の全集を残しています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)

歌、ピアノともにただただ脱帽の超名演!3連2行目の"Falschen(不実な女)"のディースカウの歌いぶりに注目してほしいです。

●テオ・アーダム(BR), ルドルフ・ドゥンケル(P)
Theo Adam(BR), Rudolf Dunckel(P)

アーダムのきっちりした持ち味と詩・曲のコミカルな要素が混ざり合い、ユニークな味わいを醸し出しています。

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ユストゥス・ツァイエン(P)
Thomas Quasthoff(BR), Justus Zeyen(P)

クヴァストホフは豊かな響きで曲のコミカルさを自然に表現していたと思います。

●アンドレアス・シュミット(BR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Andreas Schmidt(BR), Helmut Deutsch(P)

シュミットは真面目なキャラクターでまっすぐ表現しています。ドイチュの雄弁なピアノが素晴らしいです。

●マック・ハレル(BR), ブルックス・スミス(P)
Mack Harrell(BR), Brooks Smith(P)

マック・ハレル(1909-1960)は米国の往年のバリトン歌手で、私は初めて聞きましたがなかなかいいですね。J.ハイフェッツやR.リッチなど楽器奏者との共演のイメージが強いブルックス・スミスが歌手と共演した貴重な録音です。

●ジュリア・ブライアン(CA), ノエル・リー(P)
Julia Brian(CA), Noël Lee(P)

2004年録音。この曲の女声による歌唱は珍しいと思います。故ノエル・リーはソロも器楽アンサンブルも歌曲も満遍なく演奏するオールラウンダーでした。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

IMSLP:Keyboard Sonata in D major, K.223 (Scarlatti, Domenico)

Hyoerion Records: The Complete Songs, Vol. 6 - Ian Bostridge

Hyoerion Records: グレアム・ジョンソン(Graham Johnson)の解説書(PDFファイル)

サムソン(Wikipedia)

デリラ(Wikipedia)

サムソン (ヘンデル)(Wikipedia)

サムソンとデリラ (オペラ)(Wikipedia):サン=サーンスのオペラ

士師記(Wikipedia)

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ブラームス/鼓手の歌(Tambourliedchen, Op. 69/5)を聞く

Tambourliedchen, Op. 69/5
 鼓手の歌

Den Wirbel schlag' ich gar so stark,
Daß euch erzittert Bein und Mark,
Drum denk' ich ans schön Schätzelein,
Blaugrau,
Blau,
Blaugrau,
Blau
Ist seiner Augen Schein.
 俺はこんなにも強くドラムロールする、
 あなたたちの身も心も震わせるほどに、
 だから美しい恋人のことを思い出してしまうんだ、
 ブルーグレー
 ブルー
 ブルーグレー
 ブルー
 はあの子の瞳の輝き。

Und denk' ich an den Schein so hell,
Von selber dämpft das Trommelfell,
Den wilden Ton, klingt hell und rein:
Blaugrau,
Blau,
Blaugrau,
Blau
Sind Liebchens Äugelein.
 そして明るいあの輝きのことを思うと
 太鼓の皮がおのずと
 荒々しい音を和らげ、明るく澄んだ響きになる。
 ブルーグレー
 ブルー
 ブルーグレー
 ブルー
 は恋人のかわいい瞳の色。
 
詩:Karl August Candidus (1817 - 1872), "Tambourliedchen"
曲:Johannes Brahms (1833 - 1897), "Tambourliedchen", op. 69 (Neun Gesänge) no. 5, published 1877

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私がクラシック音楽を聞き始めた頃はまだ学生で小遣いも少なかった為、FMラジオから流れてくるコンサートのライヴ放送がとても有難かったものです。ザルツブルク音楽祭のシーズンが終わると歌曲のコンサートがいくつか放送され、それをカセットテープに録音して繰り返し聞いたりしていました。F=ディースカウがヘルとブラームスのコンサートを催した時の放送もラジカセの前に鎮座してタイミングよく録音ボタンを押すべく奮闘したものでした。ディースカウは一般的によく歌われるブラームス歌曲だけでなく当時はかなり珍しかった曲を散りばめたプログラミングだったのが印象的でしたが、そんな中「夜に飛び起きて(Wie rafft ich mich auf in der Nacht)」や「エオリアンハープに寄せて(An eine Äolsharfe)」のようなとびきり素晴らしい作品に出合えて夢中になって聴いていました。「鼓手の歌」もこのディースカウ&ヘルのザルツブルク・ライヴ放送で初めて聞き、軽快で楽しい曲だなぁと印象に残っていました。

カール・アウグスト・カンディドゥスのテキストによるこの歌曲は1877年3月にヴィーンで作曲され、同年8月に出版されました。恋人と遠く離れてドラムロールを奏でる主人公はその荒々しい振動につい恋人のことを思い出してしまいます。その恋人の目の色が青灰色であることをリズミカルに歌います。青灰色(Blaugrau)というのはリンク先のような色のことだそうです。そして第2連では彼女の目の輝きを思い出しているうちに荒々しい太鼓の響きが明るい澄んだ響きに変わっていくと歌います。演奏が恋人の目に影響されるということですね。なんとも微笑ましい情景にも思えますが、太鼓を叩いているということは戦場にいる可能性もあります。マーラーのいくつかの歌曲を想起するまでもなく、死と隣り合わせの地でつかの間の夢想に浸っているという情景なのかもしれません。そうだとするとこの詩がただの明るい歌ではなく、空元気を出して自らを奮い立たせている若い兵士の悲哀がこめられているのかもしれないとすら思えてきます。

このテキストに付けたブラームスの音楽には悲劇的な要素はありません。ドラムロールを模したピアノパートに乗って、威勢よく元気に歌われる2節の有節歌曲として作曲されました。勝利の凱旋の太鼓なのかもしれませんね。Blaugrau blauと繰り返される"(b)lau"と"(g)rau"が韻を踏んで心地よい響きを作っています。外国人の歌手にとっては"l"と"r"の訓練にもなりますね。

アッラ・ブレーヴェ (2/2拍子)
イ長調(A-Dur)
Sehr lebhaft (非常に生き生きと)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)

ディースカウは威勢のいいところと恋人を思い起こすところの表情の違いが印象的でした。バレンボイムの切れ味鋭いピアノは、この太鼓叩きが物凄い名手に聞こえてきます。

●エルンスト・ヘフリガー(T), ヘルタ・クルスト(P)
Ernst Haefliger(T), Hertha Klust(P)

ヘフリガーの折り目正しい歌が主人公の性格を想起させて楽しいです。

●テオ・アーダム(BR), ルドルフ・ドゥンケル(P)
Theo Adam(BR), Rudolf Dunckel(P)

アーダムの「武士のよう」と形容される佇まいがこの歌曲に気品を与えていました。ドゥンケルの雄弁なピアノも魅力的でした。

●シュテファニー・イラーニ(MS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Stefanie Irányi(MS), Helmut Deutsch(P)

イラーニの表情の細やかさとドイチュの完璧な表現力で素敵な演奏でした。

●マリ=ニコル・ルミュー(CA), マイクル・マクマホン(P)
Marie-Nicole Lemieux(CA), Michael McMahon(P)

茶目っ気のある語り口がなんとも魅力的なルミューの歌でした。

●アンドレアス・シュミット(BR), ヘルムート・ドイチュ(P)
Andreas Schmidt(BR), Helmut Deutsch(P)

シュミットは丁寧な歌いぶりで、ここでもドイチュが見事なまでにドラムの響きを表現しています。

●ウィリアム・パーカー(BR), ウィリアム・ハッカビー(P)
William Parker(BR), William Huckaby(P)

ウィリアム・パーカーはEMIのプーランク歌曲全集に参加していた人ですが、ドイツリートも見事にこなしています。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Deutsche Biographie (Candidus, Carl August)

Münchener Digitalisierung Zentrum - Candidus, Karl August: Gedichte eines Elsässers (テキスト)

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ブラームス/「なんとあなたは、僕の女王よ(Wie bist du, meine Königin, Op. 32, No. 9)」を聞く

Wie bist du, meine Königin, Op. 32, No. 9
 なんとあなたは、僕の女王よ

Wie bist du, meine Königin,
Durch sanfte Güte wonnevoll!
Du lächle nur, Lenzdüfte wehn
Durch mein Gemüte, wonnevoll!
 なんとあなたは、僕の女王よ、
 穏やかで親切な気質によって喜びに満ちていることか!
 あなたが微笑むだけで、春の香りが
 僕の心を吹き抜けて、喜びに溢れるのだ!

Frisch aufgeblühter Rosen Glanz,
Vergleich ich ihn dem deinigen?
Ach, über alles, was da blüht,
Ist deine Blüte wonnevoll!
 咲いたばかりのバラの輝き、
 それを私はあなたの輝きと比べようか。
 ああ、ここに咲いているすべてにまさって
 あなたという花は喜びにあふれている!

Durch tote Wüsten wandle hin,
Und grüne Schatten breiten sich,
Ob fürchterliche Schwüle dort
Ohn Ende brüte, wonnevoll!
 荒涼とした砂漠を歩いて行くと、
 緑の陰が広がっている、
 そこではひどい蒸し暑さに
 果てしなく襲われているのに、喜びに満ちている!

Laß mich vergehn in deinem Arm!
Es ist in ihm ja selbst der Tod,
Ob auch die herbste Todesqual
Die Brust durchwüte, wonnevoll!
 僕をあなたの腕の中で死なせてください!
 その腕の中では、死さえも、
 最もつらい死の苦痛が
 胸を荒れ狂っていたとしても、喜びいっぱいなのだ!

詩:Georg Friedrich Daumer (1800-1875), no title, appears in Hafis - Eine Sammlung persischer Gedichte, in Hafis, first published 1846
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Wie bist du, meine Königin", op. 32 (Neun Lieder und Gesänge) no. 9, published 1865 [ voice and piano ], Winterthur, Rieter-Biedermann

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ダウマーとプラーテンの詩によるブラームスの『リートとゲザング(Lieder und Gesänge)』Op. 32の9曲目(最終曲)はハーフィズの詩のダウマー独訳による「なんとあなたは、僕の女王よ(Wie bist du, meine Königin, Op. 32, No. 9)」です。ブラームスの全歌曲の中で最もよく歌われる人気の高い作品です。

テキストは、主人公の愛する「わが女王様」(恋人をたてた呼び方とも実際に高貴な身分の女性とも解釈できると思います)がいかに喜びに満ちているかを描いています。まず穏やかな気質を褒め、次に微笑みを称え、さらに彼女の輝きはどんなバラにもまさっていて、猛烈に蒸し暑く生き物もいないような荒地でも喜びにあふれていて、あなたの腕の中では死ぬ時でさえ喜びいっぱいだと言います。Op.32の直前の2曲と異なり、分かりやすいラブソングですね。

ブラームスは、歌冒頭の3音を展開した美しい5小節のピアノ前奏で曲を始め、同じ音楽を間奏でも用います。
歌はA-A'-B-A''の変形有節形式で、死んだような荒地を歩く時の様子を描いた第3連のみ暗い影がさしますが、全体的に甘い(dolceが2回指示されます)雰囲気で進んでいきます。ピアノは歌と同音(厳密には1オクターブ上)をなぞったり、デュエットを奏でたり、歌を先取りしたりして、付いたり離れたりの塩梅がなかなか素敵です。

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この曲のピアノパートの中に、1つの音の上にクレッシェンドとデクレッシェンドが付いている箇所がいくつかあります。デクレッシェンドは何もしなくても打鍵した後は減衰していくので問題ないとして、クレッシェンドはどう解釈したらよいのでしょう。一つの可能性としてはアルペッジョにしたり、左手を右手より少し先に弾くことで音数が増えることによるクレッシェンドの効果が多少出るのではないかと思われます。

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ブラームスは言葉に対する音楽のつけ方が無頓着と言われがちで、実際そういう面もあるのですが、この曲の1,2,4連の各2行目冒頭を見てみましょう。

1連
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2連
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3連
5a 
5b 

1,2連は冒頭の言葉(durch, vergleich)の前に十六分休符があり、3連(es)は休符なしでいきなり八分音符で歌うようになっています。
1連のdurchは前置詞、2連のvergleichのver-は弱音節であるのに対して、3連のesは主語(意味のない形式的な主語ですが)なので、3連は後続の音節と同じ音価(長さ)を与えているのだと思われます。ちょっとしたところにブラームスのこだわりが見えて興味深いです。

第3節のピアノパートにも興味深いところがあります。
詩行「Durch tote Wüsten wandle hin(荒涼とした砂漠を歩いて行くと)」のピアノパートは右手と左手がユニゾン(同じ音。厳密には1オクターブの関係)で進み、和音の飾りのない丸裸な音を用いることで、死んだように何もない砂漠をとぼとぼ歩く様子が浮かんでくるのではないでしょうか。
さらに「Ob fürchterliche Schwüle dort(そこではひどい蒸し暑さに)」という箇所の各小節冒頭の左手の2音が9度音程という不協和音で、そのうえsf(スフォルツァンド)で強調され、右手はシンコペーションを刻み、否が応でも蒸し暑さの不快感が増幅される仕組みになっています。
こういうブラームスの仕掛けを知るとさらに曲を聴くのが楽しくなるのではないでしょうか。

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この曲は古今東西の名歌手、名伴奏者たちが多く録音していますので、下に挙げたものはあくまで一例に過ぎません。他にも優れた録音があると思いますので、動画サイトや音楽アプリ、CDなどで聞いてみるのもいいかもしれません。

3/8拍子
変ホ長調(Es-Dur)
Adagio

●ズィークフリート・ローレンツ(BR), ヘルベルト・カリガ(P)
Siegfried Lorenz(BR), Herbert Kaliga(P)

なんと柔らかい声!!ローレンツが1970年にブダペストのコンクールに出場した時の録音らしいです。彼は後にシェトラーと素晴らしいブラームス歌曲集の録音をリリースし、そこでの演奏も素晴らしいですが、初期のこの若々しい声はこの作品の"wonnevoll(喜びに満ちた)"を見事に表現していると思います。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライのこの温かい美声で聞いてしまうと、彼のために書かれた曲のように思えてきます。最終節の"wonnevoll"のソットヴォーチェをお聞き逃しなく!ホカンソンが実に美しく歌っているのも聞きものです。

●ハンス・ホッター(BSBR), ジェラルド・ムーア(P)
Hans Hotter(BSBR), Gerald Moore(P)

ホッターの歌は本当に「喜び」があふれ出している名唱です!!ムーアは滴がしたたり落ちるような美しい音で、聞きほれます。このコンビのブラームス歌曲集(EMI)は以前から高く評価されてきましたので、おすすめです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヘルタ・クルスト(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hertha Klust(P)

ディースカウ初期の甘美な歌が聞けます。

●コンスタンティン・クリンメル(BR), エレーヌ・グリモー(P)
Konstantin Krimmel(BR), Hélène Grimaud(P)

グリモーが思い入れ強めにテンポを揺らし、両手のタイミングの意図的なずらし(歌曲ピアニストがよく用いる手法)で彩る中、クリンメルは若いつやのある声で爽やかに歌っていて、両者の持ち味の違いがいい方向にいっていたと思います。

●ミヒャエル・フォレ(BR), カール=ペーター・カンマーランダー(P)
Michael Volle(BR), Karl-Peter Kammerlander(P)

フォレは深みと爽快さの両方を併せ持った声をしていて、惹きつけられました。

●テオ・アーダム(BS), ルドルフ・ドゥンケル(P)
Theo Adam(BR), Rudolf Dunckel(P)

アーダムは気品ある実直な歌いぶりが真に感動的で、リート歌手として再評価されてほしい歌手の一人です。ドゥンケルとも長年の共演で見事なアンサンブルを聞かせてくれます。

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ユストゥス・ツァイエン(P)
Thomas Quasthoff(BR), Justus Zeyen(P)

クヴァストホフの律儀な歌いぶりがツァイエンの丁寧なサポートと共にこの主人公によく合っているように感じました。

●マティアス・ゲルネ(BR), クリストフ・エッシェンバハ(P)
Matthias Goerne(BR), Christoph Eschenbach(P)

抑制した表現を聞かせるゲルネは静かな情熱を秘めた歌唱と感じました。エッシェンバハも響きが美しかったです。

●ラファエル・フィンガーロス(BR), サーシャ・エル・ムイスィ(P)
Rafael Fingerlos(BR), Sascha El Mouissi(P)

2023年5月21日Gmundenでのライヴ映像とのことです。演奏する姿を見ながら聞くと、この詩と音楽が訴えかけてくる力の強さをさらにまざまざと感じます。両者ともいい演奏でした。

●ゲルハルト・ヒュッシュ(BR), ハンス・ウード・ミュラー(P)
Gerhard Hüsch(BR), Hanns Udo Müller(P)

ヒュッシュは真摯な歌ですね。ドイツ語のディクションの格調の高さも素晴らしいです。

●ハインリヒ・シュルスヌス(BR), ゼバスティアン・ペシュコ(P)
Heinrich Schlusnus(BR), Sebastian Peschko(P)

シュルスヌスの流麗な歌は、魔術的です。

●ロッテ・レーマン(S), ポール・ウラノウスキー(P)
Lotte Lehmann(S), Paul Ulanowsky(P)

感情豊かなレーマンの歌は"wonnevoll"のポルタメントに彼女らしさがよくあらわれていました。

●フランツ・シュタイナー(BR), ピアニスト名不詳
Franz Steiner(BR), unidentified pianist

1911年録音。ピアニストの名前が記載されない時代の録音。この時代の演奏様式を知る意味でも貴重な録音だと思います。伸縮自在でのめり込むような歌ですね。

●ピアノパートのみ(piano: Mariya Broytman)
Johannes Brahms, Wie bist du, meine Königin, E flat major, Piano Accompaniment, no voice (piano: Mariya Broytman)

Channel名:accompaniment piano(元のサイトはこちら:リンク先は音が出ますので注意!)
ピアノパートにテキストの内容をいかに反映させているかが分かります。

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(参考)

The LiederNet Archive (テキスト)

IMSLP (楽譜)

Wikipedia (Georg Friedrich Daumer) (英語)

Wikipedia (Georg Friedrich Daumer) (独語)

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