エリー・アーメリング(Elly Ameling)の「Musings on Music」シリーズ:ヴォルフ「ただ憧れを知る者だけが(Wolf: Nur wer die Sehnsucht kennt)」

●Musings on Music by Elly Ameling - Wolf - Nur wer die Sehnsucht kennt

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

エリー・アーメリングによる説明(大意)

親愛なる、ゲーテの詩とフーゴ・ヴォルフの歌曲のファンの皆さん、私たちは再び、大人の感情を持つ少女ミニョンを聴くことにします。ゲーテの小説「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」の中で、彼女の言葉はほとんど言葉で表すことの難しい「憧れ」を意味する「Sehnsucht」にあふれています。
「憧れを知る者だけが、私の苦しみを理解することができます。」
最初の小節から、このゲーテの詩のフーゴ・ヴォルフによる歌曲は、以前に「Musings on Music」シリーズで聞いたシューベルトの同じテキストの解釈とは全く異なることが明白です。ヴォルフのバージョンには、シューベルトの独唱版やソプラノとテノールの二重唱版のような胸を打つ叙情性はありません。ヴォルフの場合、前奏の最初の小節から歌の最後までドラマティックです。

(1:36-3:56 ヴォルフ:ミニョンII「ただ憧れを知る者だけが」全曲の演奏)

(3:57-5:06 アーメリングによる詩の朗読と英訳)

メロディーラインの半音階と、ほとんど無調といえる絶えず変化する和声によって生じるドラマと興奮が聞かれます。さらに、テンポは常に前後に揺れます。これらすべてが、ヴォルフの記譜で綿密に示されています。
楽譜編纂者がヴォルフの書いたあらゆる記譜と音符に正確に従っているかどうかを常に注意深くチェックしていたことはよく知られています。

(5:53-6:52 冒頭から"nach jener Seite"まで)

私たちは「jener Seite(あちら側)」という言葉を聞きました。そしてピアノは、この断片を毎回デクレッシェンドしながらどんどんゆっくりと繰り返し、聴く人にまさに「永遠」の感覚を与えています。

(7:19-7:39 "Seh ich an's Firmament nach jener Seite.")

ここでミニョンは「ああ、私を愛し、知る方は遠方にいる」と言います。
そしてヴォルフは、この歌詞の上に再びデクレッシェンドとリタルダンドを書き、その後2小節のピアノソロで「遠方にいる」を表現します。確かに遠く離れています。しかし、直前の「nach jener Seite」という歌詞で「永遠」を表現したときほど遠くはありません。永遠は愛する人の不在よりも遠いのです。

(8:30-9:11 "Seh ich ans Firmament"から"in der Weite."まで)

「私は眩暈がして、体が燃え上がります」
少女は自分の感情に溺れ、それはたった4小節、たった7語で表現されます。その後、ピアノソロがその2倍以上の時間でこの制御不能な状態を表現し、後に彼女が落ち着いて我に返り、悲しく孤独な憧れに戻ります。
「Nur wer die Sehnsucht kennt」の箇所に「innig」という指示があります。これは「親密に」または「内側から」という意味で、演奏者にとって非常に重要です。
最後のフレーズでは、冒頭の同じ単語がここでは違った響きになります。

(10:17-11:24 "Es schwindelt mir, es brennt mein Eingeweide."から最後まで)

フーゴ・ヴォルフは、わずか2分半の歌で、この詩の感情の完全なスケールを表現しました。
シューベルトと異なり、ヴォルフは詩のどの部分も繰り返しませんでした。
ただ、ゲーテ自身と同様に、ヴォルフは詩の最初の行だけを最後に繰り返しました。
この歌曲は 1888 年に作られました。シューベルトがこの詩に最後に2つのバージョンで作曲してから62年後のことです。
時代は変わり、スタイルも異なります。

それではフーゴ・ヴォルフのミニョンをもう一度聞きましょう。

(12:27-14:48 全曲の演奏)
エリー・アーメリング
ルドルフ・ヤンセン(ピアノ)
1983年10月18日, アムステルダム・コンセルトヘバウ

Elly Ameling
Rudolf Jansen, piano
18-10-1983, Concertgebouw Amsterdam

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Nur wer die Sehnsucht kennt
 ただ憧れを知る人だけが

Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
Allein und abgetrennt
Von aller Freude
Seh ich an's Firmament
Nach jener Seite.
Ach, der mich liebt und kennt,
Ist in der Weite.
Es schwindelt mir, es brennt
Mein Eingeweide.
Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!
 ひとり
 あらゆる喜びから引き離されて
 私は天空の
 あちら側に目をやります。
 ああ、私を愛し、知る方は
 遠方にいるのです。
 私は眩暈がして、
 内臓がちくちく痛みます。
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mignon", written 1785, appears in Wilhelm Meisters Lehrjahre, first published 1795
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Mignon II", published 1891 [ voice and piano ], from Goethe-Lieder, no. 6, Mainz, Schott

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(参考)

ヴィルヘルム・マイスターの修業時代 (Wikipedia)

Wilhelm Meisters Lehrjahre (Wikipedia: 独語)

The LiederNet Archive

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コルネーリウス:シメオン (Cornelius: Simeon, Op. 8, No. 4)

Simeon
 シメオン 

Das Knäblein nach acht Tagen
Ward gen Jerusalem
Zum Gotteshaus getragen
Vom Stall in Bethlehem.
 8日後に幼子は
 エルサレムの
 神の家に移されました、
 ベツレヘムの厩舎から。

Da kommt ein Greis geschritten,
Der fromme Simeon,
Er nimmt in Tempels Mitten
Von Mutterarm den Sohn.
 その時一人の老人が歩いてきました、
 敬虔なシメオンです。
 彼は神殿の中央で
 母親の腕から息子を受け取りました。

Vom Angesicht des Alten
Ein Strahl der Freude bricht,
Er preiset Gottes Walten
Weissagungsvoll und spricht:
 老人の顔から
 喜びの輝きがあらわれ、
 彼は神の摂理を称えて
 予言をしてこう言いました。

"Nun lässest du in Frieden,
Herr, deinen Diener gehn,
Da du mir noch beschieden,
Den Heiland anzusehn,
 「さあ、心穏やかに
 主よ、あなたの下僕を行かせてください、
 あなたが私に
 救世主を見る役目をお与えになったのですから。

Den du der Welt gesendet,
Daß er dem Heidenthum
Des Lichtes Helle spendet
Zu deines Volkes Ruhm!"
 あなたはこの方をこの世に送られました、
 異教徒に
 光の明るさを与えようとして、
 あなたの民の栄光のために!」

Mit froh erstauntem Sinnen
Vernimmt's der Eltern Paar,
Dann tragen sie von hinnen
Das Knäblein wunderbar.
 嬉しさのあまり驚いて
 両親はそれを聞き
 後ろから
 奇跡の幼子を抱きました。

(※オリジナルの詩集では連に分かれておらず、すべて一続きで書かれていますが、見易さを考慮して4行ずつに分けました)

詩:Peter Cornelius (1824-1874), "Simeon", appears in Gedichte, in 2. Zu eignen Weisen, in Weihnachtslieder
曲:Peter Cornelius (1824-1874), "Simeon", op. 8 no. 4 (1856), published 1871 [ voice and piano ], from Weihnachtslieder, no. 4, Leipzig, Fritzsch

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●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

●アンゲリカ・キルヒシュラーガー(MS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Angelika Kirchschlager(MS), Helmut Deutsch(P)

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Peter Cornelius: Gedichte (C. F. Kahnt, 1890) ("Simeon"はP.142)

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フォレ:降誕祭(Fauré: Noël, Op. 43, No. 1)

Noël, Op. 43, No. 1
 降誕祭

La nuit descend du haut des cieux,
Le givre au toit suspend ses franges.
Et, dans les airs, le vol des anges
Éveille un bruit mystérieux.
 夜が天高くから降りてきて
 屋根のつららが縁を垂らしています。
 そして、空には、天使が飛び、
 不思議な音を目覚めさせます。

L'étoile qui guidait les mages,
S'arrête enfin dans les nuages,
Et fait briller un nimbe d'or
Sur la chaumiére où Jésus dort.
 賢者たちを導いた星は、
 ついに雲の中で止まり、
 金色の光輪で輝かせます、
 イエスが眠るわらぶき小屋を。

Alors, ouvrant ses yeux divins,
L'enfant couché, dans l'humble crèche,
De son berceau de paille fraîche,
Sourit aux nobles pèlerins.
 そして、その神聖な目を開き、
 質素な飼い葉桶に横になった幼子は
 新鮮なわらのゆりかごから
 気高き巡礼者たちに微笑みます。

Eux, s'inclinant, lui disent : Sire,
Reçois l'encens, l'or et la myrrhe,
Et laisse-nous, ô doux Jésus,
Baiser le bout de tes pieds nus.
 彼らは頭を下げて幼子に言いました、「主よ、
 乳香と黄金と没薬をお受け取りください。
 そして、おお優しいイエス様、
 あなたの裸足の端っこに口づけをしましょう。

Comme eux, ô peuple, incline-toi,
Imite leur pieux exemple,
Car cette étable, c'est un temple,
Et cet enfant sera ton roi !
 彼らのように、おお人々よ、ひれ伏して、
 彼らの敬虔な模範に倣いましょう。
 なぜならこの厩舎は神殿であり、
 そしてこの幼な子はあなたの王になるでしょう!

(※テキストの和訳作成については、私のフランス語の文法知識が乏しい為、The LiederNet Archiveの英訳なども参考にしています。)

詩:Victor Wilder (1835-1892)
曲:Gabriel Fauré (1845-1924), "Noël", op. 43 no. 1 (1886), published 1886 [ voice and piano ], Éd. Heugel

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●エリー・アーメリング(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P)

●ジャック・エルビヨン(BR), テオドル・パラスキヴェスコ(P)
Jacques Herbillon(BR), Théodore Paraskivesco(P)

●ルネ・ドリア(S), シモーヌ・グア(P)
Renée Doria(S), Simone Gouat(P)

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP

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エリー・アーメリング(Elly Ameling)の「Musings on Music」シリーズ:シューベルト「ただ憧れを知る者だけが(Schubert: Nur wer die Sehnsucht kennt, D 877/1)」(二重唱曲)

●Musings on Music by Elly Ameling - Schubert - Nur wer die Sehnsucht kennt, Duet version D.877

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

エリー・アーメリングによる説明(大意)

視聴者の皆様、前回の「Musings on Music」では、シューベルトが女性1人の声とピアノ用に作曲した「憧れを知る者だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt, D 877/4)」を聴きました。
今回はソプラノ、テノール、ピアノという編成の二重唱曲です。
この詩は、小説「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代(Wilhelm Meisters Lehrjahre)」の中で、ミニョンが朗読した一連の詩のうちの1つです。
このドイツ文学の古典作品は、ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)によって書かれ、1796年に発表されました。
シューベルトは、このバージョンと、前に聞いたバージョン、そしてミニョンの他の2つのテキスト(※訳注:Heiß mich nicht reden; So laßt mich scheinen)を1826年に書きました。

(1:34-6:11 Nur wer die Sehnsucht kennt, D 877/1(二重唱曲)の全曲演奏)

この二重唱曲は、前回聞いたシューベルトの独唱曲よりもさらに感動的であることに、皆さんも同意されることでしょう。

(6:31-7:45 詩の朗読と英訳)

シューベルトはゲーテの小説「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」を正確に読みました。
ミニョンと竪琴弾きが二重唱として歌っていた歌は、最も心のこもった表現でした。

この竪琴弾きは白ひげの老人で、茶色の修道服を着ており、小説の冒頭で一団に加わりました。ここでミニョンと竪琴弾きは、ロマン派、そしてシューベルトの音楽のほとんどに特徴的な憧れ(longing)、切望(yearning)を表現しています。

ピアノの前奏は、3小節目ですでに驚異的な和声、つまりアクセント付きのハ長調の和音に変わり、その後ロ短調に戻ります。

(9:19- 前奏の演奏)

続いて、ソプラノとテナーがお互いに絡み合います。

(9:48-11:02 冒頭から"Weiß, was ich leide"までの演奏)

曲の中間部「ひとり引き離されて(Allein und abgetrennt)」はピアニシシモ(ppp)で始まり、天空(Firmament)をあらわすかのようにフォルテ(f)に強まり、「あちら側(jener Seite)」つまり永遠(Ewigkeit)に達します。

(11:33-12:24 "Allein und abgetrennt"から"nach jener Seite."までの演奏)

そして、「ああ、私を愛し、知る方は遠く離れています(Ach, der mich liebt und kennt, ist in der Weite)」は不在の雰囲気を表すppで始まり、悲しみの叫びはテノールの高音、そして何よりもピアノの最高音にあらわれています。
わずか2小節でフォルテッシモ(ff)からピアニッシモ(pp)へと移るのです。

(13:04-13:52 "Ach, der mich liebt und kennt, ist in der Weite."の演奏)

そして「私は眩暈がして、内臓がちくちく痛みます(Es schwindelt mir, es brennt mein Eingeweide.)」の
左手のトレモロが取り乱した様子を表現しています。
この部分の後、最初のゆっくりのセクション
「Nur wer die Sehnsucht kennt」が繰り返されますが、最初と異なるのはピアノパートにトレモロが加わっていることです。

(14:41-16:33 "Es schwindelt mir"から最後までの演奏)

16歳から19歳頃までに、シューベルトは既にこの詩の独唱用と男声五重唱用の曲を書いていました。
そして1826年には、前に述べたように、ここで議論した2つのバージョンがさらに作曲されました。
フィッシャー=ディースカウは、この二重唱曲について「シューベルトが独唱曲としてこのテキストに作曲したすべてのバージョンを凌駕している」と評しています。

それでは、二重唱曲全体をもう一度聴いてみましょう。

(17:27- 全曲の演奏)

エリー・アーメリング(S)
ピーター・ピアーズ(T)
ドルトン・ボールドウィン(P)
1977年ベンソン&ヘッジズ音楽祭
スネイプ・モールティングスでのライヴ録音

Elly Ameling, soprano
Peter Pears, tenor
Dalton Baldwin, piano
Benson & Hedges Music Festival 1977
Recorded live at Snape Maltings

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Nur wer die Sehnsucht kennt
 ただ憧れを知る人だけが

Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
Allein und abgetrennt
Von aller Freude
Seh ich an's Firmament
Nach jener Seite.
Ach, der mich liebt und kennt,
Ist in der Weite.
Es schwindelt mir, es brennt
Mein Eingeweide.
Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!
 ひとり
 あらゆる喜びから引き離されて
 私は天空の
 あちら側に目をやります。
 ああ、私を愛し、知る方は
 遠方にいるのです。
 私は眩暈がして、
 内臓がちくちく痛みます。
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mignon", written 1785, appears in Wilhelm Meisters Lehrjahre, first published 1795
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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(参考)

ヴィルヘルム・マイスターの修業時代 (Wikipedia)

Wilhelm Meisters Lehrjahre (Wikipedia: 独語)

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【没後100年】フォレ「月の光」(Fauré: Clair de lune, Op. 46, No. 2)を聴く

Clair de lune (Menuet), Op. 46, No. 2
 月の光 (メヌエット)

Votre âme est un paysage choisi
Que vont charmant masques et bergamasques
Jouant du luth et dansant et quasi
Tristes sous leurs déguisements fantasques.
 あなたの魂は精選された風景だ、
 魅力的な仮面やベルガモの衣装をまとった人が行きかい、
 リュートを弾き、踊るが、
 奇抜な変装の下はほぼ悲しい表情。

Tout en chantant sur le mode mineur
L'amour vainqueur et la vie opportune,
Ils n'ont pas l'air de croire à leur bonheur
Et leur chanson se mêle au clair de lune,
 短調の調べで
 愛の勝者と時宜を得た人生を歌いながらも
 自らの幸せは信じていないようで、
 彼らの歌は月の光に混ざり合う。

Au calme clair de lune triste et beau,
Qui fait rêver les oiseaux dans les arbres
Et sangloter d'extase les jets d'eau,
Les grands jets d'eau sveltes parmi les marbres.
 静かな月の光は悲しく美しい、
 それは木々の鳥たちに夢を見させ、
 噴水をうっとりとむせび泣かせるのだ、
 大理石像の間の細く大きな噴水を。

(※テキストの和訳作成については、私のフランス語の文法知識が乏しい為、The LiederNet Archiveの英訳なども参考にしています。)

詩:Paul Verlaine (1844-1896), "Clair de lune", written 1867, appears in Fêtes galantes, no. 1, Paris, Alphonse Lemerre, first published 1867
曲:Gabriel Fauré (1845-1924), "Clair de lune", op. 46 no. 2 (1887), published 1888 [ voice and piano or orchestra ], Paris, Hamelle

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波乱に満ちた人生を送ったポール・ヴェルレーヌ(Paul Verlaine)が1867年に書いたテキストに、1歳下のガブリエル・フォレ(Gabriel Fauré)が1887年に作曲した「月の光(Clair de lune, Op. 46, No. 2)」は、フォレ歌曲の代表曲の一つでもあり、彼の最も美しい歌曲の一つとも言えると思います。

ヴェルレーヌのテキストは各行交互に脚韻を踏んでいるのが分かりますが、鼻母音も多く使われていて、第3節1行目を除いてすべての行に鼻母音が1箇所から3箇所(第1節3行目、第2節1行目)使われています。特に第2節1行目は"en chan-tant"と3音節連続して鼻母音が使われていて、こういうところをいかに美しく響かせるかも詩の朗読、歌曲の発音の際に注目されるポイントの一つだと思います。また、アンシェヌマン&リエゾンが多いのも特徴的で(第1節1行目から両方出てきます)、流れるような雅な雰囲気が感じられます。

・アンシェヌマン(enchaînement)
語末の発音される子音が、次の語の冒頭の母音と結びつく。
例えば、"Votre âme est(ヴォトゥル+アム+エ)"→"Votre âme est(ヴォトゥラメ)"

・リエゾン(liaison)
語末の発音されない子音や鼻母音が、次の語の冒頭の母音や無音のhと結びつく。
例えば、"est un(エ+アン)"→"est un(エタン)"

(※「AOI ABC French:【フランス語の発音ルール】「アンシェヌマン」と「リエゾン」の違いとは?」の解説を参照させていただきました)

この歌曲の魅力はなんといってもピアノパートにあると思います。前奏で弾かれる右手のメロディーと左手の分散和音による音楽が何度もそのまま繰り返されます。一方、歌声部は、ほぼ独立しているピアノパートの対旋律を歌うオブリガート(助奏)の役割が中心だと思います。とはいえ、そのオブリガートを歌う歌声部がまた魅力的で、歌の入り方がきりのいい所ではなく途中からさりげなく入るというのもチャーミングに感じられます。結局歌とピアノの結びつきの重要性をいつも以上に実感させてくれる作品ではないかと思います。

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3/4拍子
変ロ短調(b flat minor)
Andantino quasi Allegretto. ♩=78

●ヴェルレーヌの詩の朗読(Louis Velle)
Clair de lune, Paul Verlaine

Channel名:Poème(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
男性による比較的速めの朗読です。

●ヴェルレーヌの詩の朗読(Dana Andreea Nigrim)
Clair de lune de Paul Verlaine (Poetry reading/lecture de poèmes) english sbt.

Channel名:akattara(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
こちらはピアニストの女性による丁寧な朗読です。BGMにフォレの「月の光」のおそらくハープ編曲版が流れていて、ヴァトーの絵画を映しながら、いい雰囲気の映像です。

●カミーユ・モラーヌ(BR), リリ・ビヤンヴニュ(P)
Camille Maurane(BR), Lily Bienvenu(P)
(BR), Lily Bienvenu(P)

ビヤンヴニュのピアノは古い録音にもかかわらず、その魅力が十分に伝わってきます。明晰で高貴で美声のモラーヌの歌唱はただただ素晴らしく聞き惚れます。

●ジェラール・スゼー(BR), ジャクリーヌ・ロバン=ボノー(P)
Gérard Souzay(BR), Jacqueline Robin-Bonneau(P)

ボノーは出たり引っ込んだりの加減が印象的な演奏でした。スゼーはいつもながら素晴らしいですね。最後(parmi)の高音がファルセットだったのが意外でした。

●Victoria de los Ángeles(S), Gerald Moore(P)
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S), ジェラルド・ムーア(P)

ムーアは彼女の他にも複数の歌手とこの曲を録音していますが、この録音は右手のメロディの歌わせ方が非常に美しく、テンポ設定なども含めて一つの理想的な演奏だと思います。そしてロス・アンヘレスのなんとチャーミングなこと!

●ナタリー・ステュッツマン(シュトゥッツマン)(CA), カトリーヌ・コラール(P)
Nathalie Stutzmann(CA), Catherine Collard(P)

惜しくも早世したカトリーヌ・コラールはかなりテンポを自在に揺らし、他のピアニストとは異なる興味深い演奏です。ステュッツマンのつやつやした低音ボイスはとても魅力的です。

●ブリュノ・ラプラント(BR), ジャニーヌ・ラシャンス(P)
Bruno Laplante(BR), Janine Lachance(P)

ラシャンスは流れるように演奏しています。ラプラントの美声で聞けるのが嬉しいです。

●シリル・デュボワ(T), トリスタン・ラエ(P)
Cyrille Dubois(T), Tristan Raës(P)

ラエは美しい録音技術も相俟って細やかな表情まで伝わってくるピアノでした。フォレの全歌曲を一人で歌ったデュボワですが、この曲でも"r"を巻き舌でしっかりと発音しているのが印象的です。このヴェルレーヌのテキストにいかに"r"が多く含まれているかを実感しました(数えてみたところ、タイトルを含めて発音する"r"が27箇所ありました)。

●ジャネット・ベイカー(MS), ジェラルド・ムーア(P)
Janet Baker(MS), Gerald Moore(P)

楽譜付き。ムーアはフォレの指示に忠実で、冷静かつメロディラインをよく響かせた演奏をしています。ベイカーは温かみのある声です。

●川口聖加(S), 森田基子(P)
Seika Kawaguchi(S), Motoko Morita(P)

ピアノの森田さんの手のアップがあり、この美しいメヌエットの丁寧な演奏を見ることが出来ます。川口さんの透明でクールな感触の歌唱も素晴らしかったです。

●ニノン・ヴァラン(S), 名前の記載のないピアニスト
Ninon Vallin(S), with unidentified pianist

1928年の歴史的な録音ですが、当時としては驚くほどにピアノパートが明瞭に録音されていて、この歌曲におけるピアノの美しさを存分に堪能できます。それだからこそピアニストの名前の記載がないのは、当時の慣習なのかもしれませんが残念です。往年のソプラノ、ニノン・ヴァランは最後の3語(parmi les marbres)を除くと、特にテンポを大きく揺らすこともなく、古さを感じさせない素敵な演奏だと思います。

●シャルル・パンゼラ(BR), 名前の記載のないピアニスト
Charles Panzéra(BR), with unidentified pianist

こちらは1923年の録音でやはりピアニストの記載がありません。パンゼラのうっとりするような甘美なレガートを存分に堪能できる録音です。パンゼラも最後の3語はファルセットを使っていました。

●ピアノパートのみ
Fauré: Clair de lune (Piano accompaniment) (Dario Martin(P))

Channel名:Dario Martin(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)
ピアノパートだけで成立することがこの演奏で分かります(厳密に言うと最後の"parmi les marbres"の部分だけ完全な伴奏になっていますが、全体としてソロ曲としても成り立つと思います。)。Dario Martin氏の演奏、繊細でとても良かったです。

●ピアノパートのみ
Gabriel Fauré: "Clair de lune" op 46 No 2 - Sing Along Lied (Raul Neuman(P))

Channel名:Raul Neuman(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)
こちらはピアニストの手を上から見ることが出来ます。ピアニストの練習の参考にもなると思いますが、演奏も素晴らしいです。

●フォレ:「マスクとベルガマスク」Op. 112~6.月の光
Fauré: Masques et Bergamasques, Op. 112: VI. Clair de lune
ニコライ・ゲッダ(イェッダ)(T), トゥルーズ・キャピトル国立管弦楽団, ミッシェル・プラッソン(C)
Nicolai Gedda(T), Orchestre du Capitole de Toulouse, Michel Plasson(C)

フォレ自身のオーケストラ・アレンジ版が組曲「マスクとベルガマスク」の6曲目に組み込まれました。ピアノパートのどの部分をどの楽器が担当しているのかなど注目して聞いてみるのも面白いと思います。

●ドビュッシー:月の光
Debussy: Clair de lune
マディ・メスプレ(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Mady Mesplé(S), Dalton Baldwin(P)

ドビュッシーはこのヴェルレーヌの詩に2回作曲しています。その1回目がこの曲で1882年の作曲です。歌は広い音域を上に下に行き来し、メリスマも使用される、かなり技巧的な作品です。ピアノパートは空から降り注ぐ月光を模したと思われる和音の下行が印象的です。
【参考】Clair de lune (mélodie)

●ドビュッシー:「艶なる宴 第1集」~3.月の光
Debussy: Fêtes galantes, Book 1, L. 86, L. 80: III. Clair de lune
エリー・アーメリング(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P)

ドビュッシーがこのテキストに2回目に作曲したのは1891年~1892年のことで、歌曲集「艶なる宴 第1集」の第3曲として1904年に出版されました。噴水を模したかのような分散和音の前奏に導かれて物憂いメロディーが歌われます。
【参考】艶なる宴 (ドビュッシー)
Fêtes galantes (Debussy)

●ドビュッシー:月の光(「ベルガマスク組曲」~第3曲)
Claude Debussy: Clair de Lune (from "Suite bergamasque")
パスカル・ロジェ(P)
Pascal Rogé(P)

おまけとして、このヴェルレーヌの詩に触発されてドビュッシーが作ったという有名なピアノ組曲『ベルガマスク組曲』の3曲目「月の光」です。フランスを代表するピアニスト、ロジェの映像を見ながら演奏を味わえます。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP

Clair de lune (poème de Verlaine) (Wikipedia: 仏語)

月の光 (詩) (Wikipedia: 日本語)

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ブルックナー「秋の苦しみ(Herbstkummer, WAB. 72)」を聴く

Herbstkummer, WAB. 72
 秋の苦しみ

Die Blumen vergehen, der Sommer ist hin,
Die Blätter verwehen. Das trübt mir den Sinn.
Ein Röslein, das bracht' ich im Sommer ins Haus,
Es hält ihn, so dacht' ich, den Winter wohl aus.
Die Vögelein sangen, es lauschte der Hain,
Die Rehlein, sie sprangen im Mondenschein,
Der Blümlein so viel hier erblühten im Tal,
Von allen gefiel mir das Röslein zumal.
 花々は枯れ、夏は過ぎた。
 葉は吹き飛ばされてしまった。それが私の心を沈ませる。
 私が夏に家に持ち帰った一輪のばらは、
 持ちこたえているが、私が思うに、冬には枯れてしまうだろう。
 小鳥たちは歌い、林が耳を傾けていた。
 ノロジカは月明かりの中飛び跳ねていた。
 花々はこの谷に非常に多く咲いていた。
 なかでもこのばらがとりわけ私の気に入ったのだった。

Der Herbst ist gekommen, der Sturm braust heran,
Die Luft ist verglommen, der Winter begann.
Gern wollt' ich nicht klagen um Stürme und Schnee,
Könnt's Röslein ertragen das eisige Weh!
O schon' mir die Zarte, das liebliche Kind,
Die Eiche, die harte, umbrause du, Wind!
Blüh', Röslein, ohn' Bangen, von Liebe bewacht,
Bis Winter vergangen und Mai wieder lacht!
 秋が来て、嵐が徐々に荒れ狂う、
 風は次第におさまり、冬が始まった。
 私は嵐や雪を嘆きたくなかった。
 あのばらが氷の痛みを耐えられるなら!
 おお、私の繊細な娘をいたわっておくれ、愛らしい子よ、
 硬いナラの木よ、ナラの周りで轟音を立てろ、風よ!
 咲け、ばらよ、心配しないで、愛に見守られて、
 冬が過ぎ去り、五月が再び笑う時まで!

詩:Matthias Jacob Schleiden (1804-1881), as Ernst
曲:Anton Bruckner (1824-1896), "Herbstkummer", WAB. 72 (1864) [ voice and piano ]

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2024年はブルックナーの生誕200年のアニバーサリーで、いろいろな企画がなされています。本音を言うとちょっとブルックナーの交響曲に苦手意識を持っている私ですが、せっかくの機会なので、解説動画などで少しずつ慣れていこうと思っています(以前に一度N響のコンサートで聞いた記憶がありますが、何番だったか失念しました...)。
金管がごぉーっと咆哮するところや、シューベルトから受け継いだようなゲネラルパウゼ(全休止)などがブルックナーの特徴というのは覚えましたが、もっと勉強してみようと思います。こちらから近づかなくてもすぐに魅了される作曲家とそうでない作曲家がいますが、私の場合ブルックナーは残念ながら後者のようです。でも、気長に接していけたらなと思っています。

閑話休題。ブルックナーにも20曲ほどの歌曲があるということを今回何か記事を書こうと調べていて知りました(ブルックナー歌曲のリスト)。
その中で、マティアス・ヤーコプ・シュライデンという植物学者が、本業とは無関係に出版した詩集のテキストにブルックナーが作曲した「秋の苦しみ」という歌曲を聞いてみました。2節の変形有節形式ですが、秋の描写が沁みる素敵な曲だと思います。

作曲:1864年4月 リンツ(Linz)
C (4/4拍子)
ホ短調(e-moll)
Mäßig bewegt (適度な動きをもって)

●Emil Poschの写譜による楽譜(1ページ目)
Bruckner 

●ギュンター・グロイスベック(BS), マルコム・マーティノー(P)
Günther Groissböck(BS), Malcolm Martineau(P)

グロイスベック&マーティノーが「Männerliebe und Leben(男の愛と生涯)」というアルバムを作り、ブルックナーの歌曲を3曲収録しています。この録音はその中の1曲で、秋から冬にかけての厳しい季節の苦悩をバスの深い音で歌っています。寒々としたピアノパートも効果的です。

●エリーザベト・ヴィンマー(S), ダニエル・リントン=フランス(P)
Elisabeth Wimmer(S), Daniel Linton-France(P)

ソプラノで聞くとまた雰囲気が変わりますね。この演奏も素敵です。2019年10月5日リンツ、ブルックナーハウスでのライヴ録音です。

●ロベルト・ホルツァー(BS), トーマス・ケルブル(P)
Robert Holzer(BS), Thomas Kerbl(P)

同じバス歌手でもホルツァーはバリトンに近い印象を受けました。この演奏も素敵です。

●合唱用編曲版(Jonathan Rathbone編曲)
Calmus Ensemble, Robin Gaede(P)

透明な声の男女の歌手が非常に美しく歌っていて、胸に直接語り掛けてくるような感銘を受けました。

また、ブルックナーには秋をテーマにした短いピアノ独奏曲もありますのでご紹介します。

●秋の夕暮れに寄せる静かな省察
Stille Betrachtung an einem Herbstabend, WAB 123
ヴォルフガング・ブルンナー(P)
Wolfgang Brunner(P)

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP

Herbstkummer (Bruckner) (Wikipedia)

Liste der Lieder von Anton Bruckner (Wikipedia)

マティアス・ヤーコプ・シュライデン (Wikipedia: 日本語)

Matthias Jacob Schleiden (Wikipedia: 独語)

Matthias Jakob Schleiden (Wikipedia: 英語):筆名でErnstと名乗っていたことも記載されている

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エリーの要点「宣伝」(Elly's Essentials; “Publicity”)

●Elly's Essentials; “Publicity”

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音声が出ます。)

(エリー・アーメリングの言葉の大意)

私は1953年から1996年までの音楽家としてのキャリアにおいて、ラジオ番組のための録音で報酬を得ていました。
ラジオ会社は番組を他社に売ることを許可していませんでした。
今日ではあらゆるコンサートが録音され交換されています。音楽家は録音し、演奏しますが、それに対する唯一の報酬は宣伝になることだけです。
私が現役の時にはLPやCDに70分の音楽を録音して報酬を得ていました。
今日では多くの演奏家はクラウドファンディングをしなければなりません。プロデューサーを見つけて、彼に報酬を支払います。つまり演奏家は自分の仕事に対して支払われるのではなく、支払う側なのです。まるでモーツァルトの時代のようではありませんか。
宣伝は新しい仮想通貨なのでしょうか。

2:06- フーゴー・ヴォルフ:「早朝に」(Hugo Wolf: In der Frühe (from Mörike Lieder))
エリー・アーメリング(Elly Ameling)(S), ルドルフ・ヤンセン(Rudolf Jansen)(P)
1986年1月14日, アムステルダム・コンセルトヘバウでのライヴ音源(14 January 1986, Concertgebouw Amsterdam)

In der Frühe
 早朝に

Kein Schlaf noch kühlt das Auge mir,
Dort gehet schon der Tag herfür
An meinem Kammerfenster.
Es wühlet mein verstörter Sinn
Noch zwischen Zweifeln her und hin
Und schaffet Nachtgespenster.
-- Ängste, quäle
Dich nicht länger, meine Seele!
Freu' dich! Schon sind da und dorten
Morgenglocken wach geworden.
 眠りがまだ私の目を冷やしてくれないうちに、
 あそこではもう夜が明けたのが分かる、
 部屋の窓辺から察するに。
 取り乱した私の心は
 まだあれこれ疑念を巡らせては
 夜の幽霊を生み出すのだ。
 -恐れ、苦しむのは
 もうやめよ、わが魂よ!
 喜ぶのだ!もうあちらこちらで
 朝の鐘が目を覚ましている。

詩:Eduard Mörike (1804-1875), "In der Frühe"
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "In der Frühe", from Mörike-Lieder, no. 24

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(参考)

Elly's Essentials; “Publicity”(YouTube)

The LiederNet Archive

IMSLP (Volume 1, P.88)

Gedichte von Eduard Mörike (Stuttgart, Göschen'sche Verlagshandlung, 1867) (P.38: In der Frühe)

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エリー・アーメリング(Elly Ameling)の「Musings on Music」シリーズ:シューベルト「ただ憧れを知る者だけがSchubert: (Nur wer die Sehnsucht kennt, D 877/4)」

●Musings on Music by Elly Ameling - Schubert - Nur wer die Sehnsucht kennt

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

エリー・アーメリングによる説明(大意)

親愛なる視聴者様、シューベルト歌曲の愛好家の皆様、
今回はシューベルトがゲーテの有名な詩「ただ憧れを知る者だけがSchubert: (Nur wer die Sehnsucht kennt)」に作曲した歌をとりあげます。

(0:43-4:11 全曲演奏:楽譜付き)

(4:16-5:26 アーメリングによる詩の朗読と英訳(行ごとに交互に))

主人公の名前を英訳すると「William Master(ウィリアム・マスター)」となり、ちょっと人名に聞こえないですね。
この小説は1796年に初版が発行されました。それはゲーテのイタリア旅行の8年後のことでした。
シューベルトは、この曲を他のミニョンの3曲と一緒に1826年に作曲しました。
この小説はゲーテ自身の人間の生活についてのアイデアと結びついています。
読者は、詩(韻文)や散文で語る多くの登場人物との出会いによってそれを体験するのです。
登場人物の一人がミニョンで、イタリアから誘拐された14歳の少女です。
彼女はヴィルヘルム・マイスターに救われます。
ヴィルヘルムは旅回りの劇団とドイツ中を旅していました。
ゲーテはミニョンに、北国の人が南国、特にイタリアに強く憧れる典型的な性格を付与しました。

ミニョンは最初の行で「ただ憧れを知る人だけが私が何に苦しんでいるのか分かるのです!(Nur wer die Sehnsucht kennt weiß, was ich leide!)」と歌います。シューベルトはこの詩句を繰り返しますが、その際フレーズの音を最初より高くして強調しています。

(7:52-8:56 曲の冒頭から"Nur wer die Sehnsucht kennt, weiß, was ich leide!"を繰り返しの終わりまで)

ミニョンは「永遠の世界(来世)」に憬れます。
つまり彼女が「私は天空のあちら側に目をやります(Seh ich an's Firmament nach jener Seite.)」と語る詩句がそれを示しています。
シューベルトは"je-ner(あちらの)"の"je"の音節にこのフレーズの最高音を置いています。和声は、服を着ていないあの世の印象を与えています。

(9:41-10:08 "Allein und abgetrennt von aller Freude"から"Seh ich an's Firmament nach jener Seite."までの演奏)

そしてミニョンの純粋で控えめな思慕は、父親像を重ねたヴィルヘルム・マイスターへの思いでもあります。

「ああ、私を愛し、知る方は遠方にいるのです。(Ach, der mich liebt und kennt, ist in der Weite.)」

(10:30-10:53 "Ach, der mich liebt und kennt, ist in der Weite."の音楽)

「私は眩暈がして、(Es schwindelt mir,)」
「内臓がちくちく痛みます。(es brennt mein Eingeweide.)」

彼女は自身の感情に圧倒されていて、シューベルトはリズムを突然細かく増やすことでそれを捉えています。繰り返した後にリズムは落ち着き、再び歌の冒頭に戻ります。

「ただ憧れを知る人だけが私が何に苦しんでいるのか分かるのです!(Nur wer die Sehnsucht kennt weiß, was ich leide!)」

シューベルトは冒頭の音楽同様にこのフレーズを繰り返しますが、"kennt"(知る)という言葉に"sf(スフォルツァンド)"を付けています(※訳注:アーメリングはsfを"striking fermata"と言っているように聞こえます)。

(11:52-13:25 "Es schwindelt mir, es brennt mein Eingeweide."から曲の最後まで)

ピアノの後奏は前奏と全く同じです。シューベルトはシンプルさによってロマンティックな来世の少女の感情の深さを作り出しているのです。

もう一度中断なしで全曲聞いてみましょう。

(13:55-17:24 全曲の演奏)

今回流した演奏はドルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)のピアノ、私(Elly Ameling)の歌でした。

(※注:この後、アーメリングがサプライズで(surprisingly)次回に取り上げる曲を1曲まるまる流してくれます。今回の曲に関連した曲ですが、「サプライズで」とおっしゃっているので、ここには詳細を記載しないことにします。皆さんも直接アーメリングからのサプライズを楽しんでみてください。)

(18:05-22:36 次回に扱う曲の演奏)

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Nur wer die Sehnsucht kennt
 ただ憧れを知る人だけが

Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
Allein und abgetrennt
Von aller Freude
Seh ich an's Firmament
Nach jener Seite.
Ach, der mich liebt und kennt,
Ist in der Weite.
Es schwindelt mir, es brennt
Mein Eingeweide.
Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!
 ひとり
 あらゆる喜びから引き離されて
 私は天空の
 あちら側に目をやります。
 ああ、私を愛し、知る方は
 遠方にいるのです。
 私は眩暈がして、
 内臓がちくちく痛みます。
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mignon", written 1785, appears in Wilhelm Meisters Lehrjahre, first published 1795
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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(参考)

ヴィルヘルム・マイスターの修業時代 (Wikipedia)

Wilhelm Meisters Lehrjahre (Wikipedia: 独語)

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シューベルト「夜曲」(Schubert: Nachtstück, D 672)を聴く

Nachtstück, D 672
 夜曲

[Wenn]1 über Berge sich der Nebel breitet,
Und Luna mit Gewölken kämpft,
So nimmt der Alte seine [Harfe]2, und schreitet,
Und singt waldeinwärts und gedämpft:
        "Du heil'ge Nacht!
        Bald ist's vollbracht.
        Bald schlaf' ich ihn
        Den langen Schlummer,
        Der mich erlöst
        Von [allem]3 Kummer."
    "Die grünen Bäume rauschen dann,
    Schlaf süß du guter alter Mann;
    Die Gräser lispeln wankend fort,
    Wir decken seinen Ruheort;
    Und mancher [liebe]4 Vogel ruft,
    O [laßt]5 ihn ruh'n in Rasengruft!" -

 Der Alte horcht, der Alte schweigt -
 Der Tod hat sich zu ihm geneigt.

 山々の上方に霧が広がり
 月がたなびく雲と争うとき、
 老いた男が竪琴を手にとり、歩み出て
 森に向かって小声で歌う。
    「聖なる夜よ!
    じきに終わるだろう。
    私はすぐに
    長い眠りにつく、
    その眠りは私を
    あらゆる苦悩から解放してくれるのだ。」
  「すると緑の木々はざわめく、
  善良な老人よ、安らかに眠れ。
  さらに草は揺れながらそよぐ、
  私たちが彼の休息の地を覆ってあげよう。
  そして多くの鳥は鳴く、
  おお、芝生の墓穴に彼を休ませてあげよう!」

  老人は耳を澄まし、そして老人は沈黙する。
  死が彼に近寄っていった。

1 Mayrhofer: Wann
2 Mayrhofer: Harf’
3 Mayrhofer: jedem
4 Mayrhofer: traute
5 Schubert (Alte Gesamtausgabe): laß

詩:Johann Baptist Mayrhofer (1787-1836), "Nachtstück"
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Nachtstück", op. 36 (Zwei Lieder) no. 2, D 672 (1819), published 1825 [voice, piano], Cappi und Comp., VN 60, Wien

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シューベルトの友人で1819年から3年間同居していたヨハン・マイアホーファー(Johann Mayrhofer)のこのテキストにシューベルトは1819年10月(第1稿)に作曲しました。この詩が出版されたのは1824年だったので(Johann Mayrhofer: Gedichte (Wien: Friedrich Volke))、おそらくマイアホーファー自身から直接詩を受け取って作曲したものと思われます。第2稿は1825年にOp. 36の第2曲としてヴィーンのCappi und Comp.社から出版されました(第1曲は「怒れるディアーナ(Die zürnende Diana, D 707)」)。

雲の群れが月にかかろうという夜分に、今際の時が近づいていることを予感した老人が竪琴を手にして「もうすぐ長い眠りにつく。あらゆる苦しみから解放されるのだ」と歌います。すると、木々や草、鳥たちが老人をいたわり声をかけます。それらの声に耳を澄ましていた老人はいつしか黙り込んでいました。いよいよ死が老人に寄りかかってきたのです。

"Es ist vollbracht(成し遂げられた)"は「ヨハネによる福音書」内の十字架にかけられたイエスの最後の言葉だそうです。これに"bald(間もなく、じきに)"を付けた詩句が老人の歌の2行目です(Bald ist's vollbracht.)。このイエスの最後の言葉についてはネット上にいろいろな解説が出ていますが、詳しい方がいらっしゃいましたらご教示いただけますと幸いです。

ちなみにこの曲(詩)のタイトル"Nachtstück"は「夜の曲」つまり「ノクターン」ですね。シューベルトはノットゥルノ(=ノクターン)(Notturno in E-flat major, D 897)と題するピアノ三重奏曲を後年作りますが、歌曲でもこんなに美しい作品を残してくれました。夜の神秘は詩人も作曲家も引き付けられるテーマなのでしょう。

ピアノの前奏の左手は半音ずつ下行する二分音符の3度間隔の音が不穏な雰囲気を醸し出します。右手は十六分音符とアクセント付きの四分音符の組み合わせが主人公の老人のおぼつかない足取りを想起させます。しかもこの短い前奏の間でppから始まりクレッシェンドしてfにいたり、歌直前にppに戻るというダイナミクスの大きな変化があります。老人はつまづきながらも歩みを止めません。
Photo_20241026194401 

アッラブレーヴェ(2/2拍子)に変わり、老人が竪琴を取り歌おうとするところで左手のバス音は四分音符で静かに上行し、右手もこれまでの不安定さがなく、死を予感して歌おうとする老人が最後に矍鑠とした歩みを見せているかのようです。
So-nimmt-der-alte 

続いて老人の歌が始まりますが、竪琴をもって歌う美しいアルペッジョの部分の冒頭に"mit gehobener Dämpfung"という指示があります。
Du-heilge-nacht 
"Dämpfung"は「減衰」という意味を持ち、ピアノの左ペダル(ソフトペダル)のことと書かれているサイトもありました。ただ、ベートーヴェンの「月光」ソナタの1楽章に「senza sordino(文字通りの意味は弱音器なしで)」という指示があり、「sordino」がソフトペダルではなく、ダンパーをあらわし、ダンパーなし=つまり右ペダルを踏んで弦からダンバーを外すことで音を保持するという意味に使っているという説が濃厚であることを考えると、シューベルトのこの指示も同様の可能性が出てきます。つまり"mit gehobener Dämpfung"の"Dämpfung"もダンパーと同義と仮定すると「ダンパーをあげて」つまり「右ペダルを踏んで(音を保持して)」という意味になるのではないかと想像します。ちなみにドイツ語でダンパーはDämpferであり、シューベルトのDämpfungも同じものを指しているという可能性があると思います。実は「夕映えの中で(Im Abendrot)」の第1稿の冒頭標示も"Sehr langsam, mit gehobener Dämpfung"であり、こちらも右ペダルが必須の曲なので、「右ペダルを踏んで」のような気がしますがどうなのでしょう。

老人の歌の最後の部分「Der mich erlöst / von allem Kummer.(その眠りは私をあらゆる苦悩から解放してくれるのだ)」で左手のバス音が半音ずつ上行して、最後に変ホ長調(Es-dur)の明るい響きに至る箇所は、個人的に聞いていて特に感動する部分です。この部分はもう一度繰り返されますが"erlöst"のメロディに変化が見られます(友人の歌手フォーグルの意見が反映されているのかもしれないと想像したりもします)。
Photo_20241026200301 

老人の歌が終わると、緑の木々や草や鳥たちが老人を慰め、安らかに眠らせてあげようと歌います。ここでピアノパートの音型が変わり、右手のジグザグな音型は動植物たちのささやきを模しているように感じられます。最後に死が老人に寄っていくところまでこの音型は継続され、動植物たちに守られながらいつのまにか長い眠りについた様が描かれているように思います。
Die-gruenen-baeume-rauschen-dann 

そして最後はハ長調(C-dur)の明るい響きで老人の安らかな眠りが暗示されて終わります(この記事で使った楽譜は初版(Erstdruck)によりました)。
Photo_20241026202101 

私がこの曲をはじめて聞いたのは1983年10月21日(金)19:00 神奈川県民ホールでのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ&ハルトムート・ヘルによるオール・シューベルト・リサイタルでした。その時は当時ほとんど知らない曲ばかりのプログラムの中、曲の区別もつかないまま聞いていたと思いますが、後に当時いろいろリートのことを教えてくださった方から有難いことにディースカウとムーアの全集の録音でこのプログラムをそのままダビングしてくださり、そのカセットテープをそれこそテープがのびるまで繰り返し聞いたものでした。あの頃が私にとって現在まで続くリート愛の原点だったのでとても懐かしいです。その後、当時のディースカウがブレンデルとシューベルト歌曲集を録音したものがPhilipsからリリースされ、その中にこの曲も含まれていたので、その録音を聞いても当時を思い出します。回想が長くなってしまいました...。当時は珍しい曲でしたが、今はいろいろな演奏者がレパートリーに加え、この曲の素晴らしさが認識されてきたのだと思います。曲の最後で長調の響きで主人公の男性が安息を得たという結末にしたシューベルトの優しい解釈に感銘を受けます。この曲をご存じの方もそうでない方も下の録音からお好きなものを聞いてみて下さい。

・1. Fassung (第1稿)
C (4/4拍子)
cis-moll (嬰ハ短調)
Sehr langsam

・2. Fassung (第2稿)
C (4/4拍子)
c-moll (ハ短調)
Sehr langsam

●詩の発音(Susanna Proskura)
Schubert, Nachtstück, pronunciation

Channel名:A Susanna Proskura (元のサイトはこちらのリンク先です。どちらのリンク先も音が出るので要注意)
朗読というよりは、テキストの正確な発音を知りたい人に役に立つと思います。ソプラノ歌手のプロスクラが語っています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), アルフレート・ブレンデル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Alfred Brendel(P)

当時老境に入りかかったF=ディースカウの抑えた響きでのレガートが、テキストの主人公を彷彿とさせ、素晴らしいです。ブレンデルの美しい響きをPhilipsの録音技術がよくとらえていると思います。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライのメッザ・ヴォーチェの美しさを堪能できる歌唱です。ホカンソンも美しく寄り添っています。

●マティアス・ゲルネ(BR), エリック・シュナイダー(P)
Matthias Goerne(BR), Eric Schneider(P)

深々とした包容力のあるゲルネの声は今際の時の老人を優しく慰撫しているようです。

●ズィークフリート・ローレンツ(BR), ノーマン・シェトラー(P)
Siegfried Lorenz(BR), Norman Shetler(P)

ローレンツの東独出身者らしい律儀で一点もゆるがせにしない正確な歌唱は、お手本のようです。しかも声もみずみずしく美しいです。テキストの老人像とは遠いかもしれませんが、あまり知られていないのが残念なほど素晴らしい歌唱です。ローレンツと長く共演してきたシェトラーのピアノも非常に美しいです。

●ライナー・トロースト(T), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Rainer Trost(T), Ulrich Eisenlohr(P)

原調で聞ける貴重な録音。トローストの美声は聞き手の胸にぐいぐい迫ってきます。他の歌手が母音化しがちな"-er"の響きを(おそらく意図的に)しっかり発音している箇所が多いのが印象的です。

●クリストフ・プレガルディアン(T), アンドレアス・シュタイアー(Fortepiano)
Christoph Prégardien(T), Andreas Staier(Fortepiano)

プレガルディアンが丁寧にメロディーラインの美しさを聞かせてくれます。シュタイアーの古雅な響きも良いです。

●ブリギッテ・ファスベンダー(MS), グレアム・ジョンソン(P)
Brigitte Fassbaender(MS), Graham Johnson(P)

濃厚な声質をもったファスベンダーが、単色になりがちなこの作品で彩り豊かな歌唱を聞かせています。ジョンソンが前奏の十六分音符を鋭く弾いているのは当時の演奏習慣がそうだったのでしょうか。

●オラフ・ベーア(BR), ヤン・ザーチェク(GT)
Olaf Bär(BR), Jan Žáček(GT)

この曲はギター編曲版で歌われることも多いらしく、いくつかの動画があがっていましたが、このベーアの演奏は、他のギター伴奏歌曲と一緒に録音されたものです。ベーアの優しい歌声がギターの味わいと溶け合い、よりインティメートな雰囲気が感じられますね。

●ピアノパートのみ+歌声部もピアノで演奏した版(Piano. 홍이루(Iru Hong))
Nachtstück/accompaniment, with Melody/반주 멜로디연주/(high voice)Schubert

Channel名:홍반주 yourpianist (元のサイトはこちらのリンク先です)
ピアノパートがいかに精巧に出来ているのを感じることが出来ます。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP

Schubertlied.de

Österreichische Nationalbibliothek - Johann Mayrhofer: Gedichte (Wien: Bey Friedrich Volke: 1824) ("Nachtstück"はP.12)

Otto E. Deutsch: Franz Schubert. Thematisches Verzeichnis seiner Werke in chronologischer Folge - Seite 391 (PDFのP.415)

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レーヴェ「エフタの娘」(Loewe: Jeptha's Tochter, Op. 5, No. 2)を聴く

Jeptha's Tochter, Op. 5, No. 2
 エフタの娘

Soll nach des Volkes und nach Gottes Willen,
O Vater, sich mein Schicksal jetzt erfüllen,
Hat dein Gelübde dieses Land befreit,
So triff den Busen, der sich jetzt dir beut!
 民衆と神の意志に従って
 おお、父上、私の運命が今実現することになっているのでしたら
 あなたの誓いがこの国を解放したのです、
 今あなたの前にあるこの胸を突いてください。

Die Zeit der Klag' und Trauer ist vollendet,
Der Schoß der Berge hat mich hergesendet.
Führt deine Hand, die ich geliebt, den Stahl,
So ist auch in dem Tode keine Qual.
 嘆きと悲しみの時が過ぎて
 山々のふところは私をこちらに送ってよこしました。
 私が愛したあなたの手が刀を扱うのでしたら
 死ぬ時も苦しくありません。

Und glaub', o Vater, was ich dir verkünde:
Ein reines Blut entströmet deinem Kinde.
Und wie dein letzter Vatersegen rein,
Wird auch in mir das letzte Denken sein.
 信じてください、おお、父上、これから私があなたに告げることを、
 純潔の血があなたの子供からあふれ出て
 あなたの最後の父親としての清らかな祝福のように
 私にとっても最後の思いとなるのです。

Es ziemt, wenn Salem's Jungfraun um mich klagen,
Dem Helden und dem Richter nicht das Zagen.
Die große Schlacht gewann ich ja für dich,
Mein Vater und mein Volk sind frei durch mich.
 サレムの処女たちが私を悼むとき
 英雄や審判者がひるまないことこそがふさわしいのです。
 あなたのために大きな戦いに私は勝ったのです、
 私によって父上やわが民衆たちは自由になったのです。

Ist längst das Blut, das du mir gabst, verrauchet,
Und dieser Ton, den du geliebt, verhauchet,
So denke nach des Ruhms, den ich erwarb,
Und o, vergiß nicht, daß ich lächelnd starb!
 あなたがとうの昔に私に与えてくれたこの血が煙と消え
 そしてあなたが愛したこの声が絶えた時
 私が得た栄誉によって思い出してください、
 そして、おお、私が微笑んで死んだことを忘れないでください!

原詩:a text in English by George Gordon Noel Byron, Lord Byron (1788-1824), "Jeptha's Daughter", appears in Hebrew Melodies, no. 7
訳詩:Franz Theremin (1780-1846), appears in Hebräische Gesänge, first published 1820
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Jeptha's Tochter", op. 5 no. 2 (1824)

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イギリスの詩人ロード・バイロン(Lord Byron: 1788-1824)は『ヘブライの旋律(Hebrew Melodies)』という詩集を書き、1815年にそのうち最初の24編が出版されました。これはアイザック・ネイサン(Isaac Nathan: 1792–1864)作曲の音楽に歌詞を付けるために作られました。その後、ネイサンが6編を加えて、バイロンがそれらにも詩を提供しました。その内容は、トマス・アシュトンの分析によると「世俗的な恋愛の詩」「ユダヤ風の詩」「旧約聖書の主題を直接扱った詩」に分類されるようです。

ちなみに、原詩バイロンによる『ヘブライの旋律(Hebrew Melodies)』のタイトルは次の30編になります。

Magdalen
She Walks in Beauty
Oh! Snatched Away in Beauty's Bloom
Bright be the Place of Thy Soul!
Sun of the Sleepless!
I Speak not - I trace not - I breathe not
I Saw Thee Weep
Oh! Weep for Those
From Job
The Harp the Monarch Minstrel Swept
The Wild Gazelle
My Soul is Dark
Jephtha's Daughter
They say that Hope is happiness
Herod's Lament for Mariamne
We Sate Down and Wept By the Waters of Babel
In the Valley of Waters
On the Day of the Destruction of Jerusalem by Titus
Saul
Song of Saul, before his last Battle
Vision of Belshazzar
To Belshazzar
The Destruction of Semnacherib
Were My Bosom as False as Thou Deem'st It To Be
When Coldness Wraps This Suffering Clay
If That High World
“All is Vanity, Saith the Preacher”
On Jordan's Banks
Thy Days Are Done
Francisca

上記のリストを見ると、シューマンやメンデルスゾーン、ヴォルフも作曲した詩が含まれています。

フランツ・テレミンによって独訳された『ヘブライの歌(Hebräische Gesänge)』にカール・レーヴェは全部で12曲の歌曲を作り、最初の6曲は『ロード・バイロンのヘブライの歌 第1分冊 作品4(Hebräische Gesänge, Heft I, Opus 4)』として1825年に出版され、続く6曲は『ロード・バイロンのヘブライの歌 第2分冊 作品5(Hebräische Gesänge, Heft II, Opus 5)』として1826年に出版されました。
一人の詩人にフォーカスして作曲して出版するという方法はレーヴェも行っていたことになります。

レーヴェは1824年に「エフタの娘」に作曲し、1826年に作品5の第2曲として出版されました。

「エフタの娘」は、旧約聖書の「士師記」第11章に基づいています。

エフタはアルモン人との戦いに勝ったら、私が帰った時に家の戸口から出てきて私を迎える者を主に捧げますという誓いをします。その後、戦いに勝利したエフタが家に帰るとエフタの一人っ子の娘がタンバリンを叩き踊りながら彼を出迎えます。エフタは彼女を見ると服を引きちぎって誓約を悔いますが、娘はその誓約の通りにしてくださいと父親に言います。その後、彼女は二か月だけ友人と山々を巡り、純潔であることを嘆かせてほしいと懇願し、エフタは許可します。二か月後、山から戻った彼女は誓約の通りに実行されるという内容です。
エフタの誓いの内容がどう考えても自分の家族を犠牲にすることになると分かりそうに思うのですが、なぜこのような誓いをしてしまったのでしょうか。戦いに勝つ為には自分の最も大切なものを引き換えにすることが求められているということでしょうか。このエピソードを読んでちょっと不思議な気がしました。

ヘンデルが「イェフタ(Jephtha, HWV 70)」というオラトリオを作っていて、この作品の中では娘は殺されず、その代わり一生処女として過ごさなければならないという結末だそうです(「イェフタ (ヘンデル)(Wikipedia)」)。

レーヴェの音楽はコラール風のピアノ前奏で始まります。父親を悲しませないように明るく振舞っていることを示すような長調の一見けなげな響きの中、ピアノパートは下行音型が聞かれ、本心は辛く沈んでいることを暗示しているかのようです。この歌曲はリピート記号を使わない有節形式で作曲されています。節ごとに歌声部やピアノパートに繊細な変化が施されていて、変形有節形式と言えるでしょう。
シューベルトの有節歌曲が記譜されたものに演奏者が即興的に軽い装飾を加えるとすると、レーヴェはそのちょっとした変更までも律儀に記譜したというところでしょうか(この曲の場合、装飾というよりもどっしりとした安定感があるので、ちょっと違うかもしれませんが)。

最終節の最後の方に「mit hoher Begeisterung(極めて興奮して)」という指示が与えられ、レーヴェが有節形式ではあってもバラードのような展開をこの作品に付与したかったのかなと感じました。演奏者によってエフタの娘の感情表現がどう変わってくるか、本当は聞き比べできたらいいのですが、私の知る限り今のところエディト・マティス&コルト・ガルベンの録音があるのみと思われます。なかなかの良作だと思うので、今後もっと演奏されるといいなと思います。

※この記事のコメント欄に真子様がキリスト教、聖書の背景について解説くださいました。このテキストの内容を理解するうえで大きな助けとなりますので、ぜひご覧ください。

ピアノ前奏
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第1節
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第2節
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第3節
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第4節
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第5節
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C (4/4拍子)
イ長調(A-dur)
Andante maestoso

●エディト・マティス(S), コルト・ガルベン(P)
Edith Mathis(S), Cord Garben(P)

ガルベンによるcpoレーヴェ歌曲全集の第5巻収録。今のところこの曲の唯一の録音かもしれません。芯のある折り目正しいマティスの歌唱は、エフタの娘のぶれない強さを真摯に表現していて感動的です。

●シューマン作曲「エフタの娘」Op. 95/1
[Schumann: ]3 Gesänge, Op. 95: No. 1, Die Tochter Jephthas
アンケ・フォンドゥング(MS), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Anke Vondung(MS), Ulrich Eisenlohr(P)

同じバイロンの原詩にケルナーが独訳したテキストにシューマンが作曲した作品です。こちらはかなり緊張感のみなぎった娘の辛い心情に焦点を当てたような音楽がつけられています。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP ("Jeptha's Tochter"はPDFのP.141)

World Project(士師記 第11章)

エフタ(Wikipedia:日本語)

ジョージ・ゴードン・バイロン(Wikipedia:日本語)

Lord Byron (Wikipedia:英語)

Franz Theremin (Wikipedia:独語)

Hebrew Melodies (Wikipedia:英語)

HEBREW MELODIES

Hebräische Gesänge (Franz Theremin) (Berlin, Duncker und Humblot, 1820) (P.22,24原詩、P.23,25テレミンの独訳)

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