マーラー「私はこの世からいなくなった」を聴く

Ich bin der Welt abhanden gekommen
 私はこの世からいなくなった

Ich bin der Welt abhanden gekommen,
Mit der ich sonst viele Zeit verdorben,
Sie hat so lange nichts von mir vernommen,
Sie mag wohl glauben, ich sei gestorben.
 私はこの世からいなくなった、
 そこで私はかつて多くの時を堕して過ごしたものだった。
 世間が私の消息を何も聞かなくなってすでに久しく、
 私が死んでしまったのだと信じているのだろう。

Es ist mir auch gar nichts daran gelegen,
Ob sie mich für gestorben hält,
Ich kann auch gar nichts sagen dagegen,
Denn wirklich bin ich gestorben der Welt.
 私には全くどうでもよいことなのだ、
 世間が私を死んだものとみなしているかどうかなどは。
 私もそのことに対して全く何も言うことが出来ないのだ。
 なぜなら本当に私は世間というものからは死んでしまったのだから。

Ich bin gestorben dem Weltgetümmel,
Und ruh' in einem stillen Gebiet.
Ich leb' allein in meinem Himmel,
In meinem Lieben, in meinem Lied.
 私は世の喧騒から死んでしまい、
 ある静かな地域で安らいでいる。
 わが天空の中で一人生きているのだ、
 わが愛の中、わが歌の中で。

詩:Friedrich Rückert (1788 - 1866)
曲:Gustav Mahler (1860 - 1911)

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マーラーがリュッケルトの詩に作曲した歌曲「私はこの世からいなくなった」をアーメリングが歌った録音がアップされていたので(Omniumレーベルから出ている放送録音と思われます)、この機会に他の歌手たちと聴き比べてみようと思います。
ちなみにマーラーはいつも通り、リュッケルトの原詩に手を加えています。
世の中の喧騒を離れた孤高の心境が、マーラーの静かで美しい音楽で語られます。

Elly Ameling(S), Radio Kamerorkest, Ed Spanjaard(C) 1991

演奏活動の最後の時期に差し掛かり、アーメリングの歌の奥行きは増すばかりです。胸にしみ渡ります。

Hermann Prey(BR), Michael Krist(P) Oct. 1972

ここではクリストのピアノ伴奏で歌われます。プライはコントロールを効かせながら、希望の光を灯しているかのように歌っています。

Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Berlin Philharmonic, Karl Böhm(C) 1964

ディースカウの声がつやつやしていた頃にあえてこの深みのある作品に挑戦しています。丁寧なディクションが印象的です。

Kathleen Ferrier(A), Wiener Philharmoniker, Bruno Walter(C) 20 May 1952

この夭折した英国のアルト歌手、キャスリーン・フェリアが何故現在までこれほど評価され続けているのかよく分かります。人間味に満ち溢れた声の素晴らしさ!

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シューベルト/「狩人の合唱」 D797-8(『ロザムンデ』より)を聴く

Jägerchor
 狩人の合唱

Wie lebt sich's so fröhlich im Grünen,
im Grünen bei fröhlicher Jagd,
von sonnigen Strahlen durchschienen,
wo reizend die Beute uns lacht.
 緑の中ではいかに陽気に過ごせることか、
 緑の中で、陽気な狩りをする時は。
 太陽の光に当たって
 獲物が我らに魅力的に笑いかけるところでは。

Wir lauschen, und nicht ist's vergebens,
wir lauschen im duftenden Klee.
O sehet das Ziel unsres Strebens:
ein schlankes, ein flüchtiges Reh.
 我らは耳を澄ます、すると徒労に終わることはない、
 我らは香るクローバーの中で耳を澄ます。
 おお、我らの狙っている標的を見よ、
 すらりとした逃げ足の速いノロジカだ。

Getroffen bald sinkt es vom Pfeile,
doch Liebe verletzt, dass sie heile,
nicht bebe, du schüchternes Reh,
die Liebe gibt Wonne für Weh.
 すぐに獲物は矢に当たり倒れこむ、
 だが、愛は治すために傷つけるのだ。
 震えることはない、臆病なノロジカよ、
 愛は痛みと引き換えに喜びを与えるのだ。

詩:Wilhelmina Christiane von Chézy, née Klencke (1783-1856)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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この曲もZu-simolinさんのリクエストです。
「ロザムンデ」は声楽曲が多く含まれているのですが、いずれも名作ですね。
単独で演奏されてもいい曲ばかりです。
狩人の歌なのでホルンが活躍するのは定番ですね。
「美しい水車屋の娘」の狩人とは違って、こちらは気楽に聴けます(獲物の立場になれば、単純に気楽にとは言えないかもしれないですが)。

演奏者不明

生き生きと歯切れのいい歌声と、オケのつやつやした感じが素晴らしかったです。

演奏者不明

速めのテンポで軽快に進んでいきます。

ホルン八重奏のための編曲版

狩りの歌なのでホルンだけで聴くのも違和感がないです。演奏はちょっと荒っぽいかな?

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シューベルト「アトラス」D957-8を聴く

Der Atlas
 アトラス

Ich unglücksel'ger Atlas! Eine Welt,
Die ganze Welt der Schmerzen muß ich tragen,
Ich trage Unerträgliches, und brechen
Will mir das Herz im Leibe.
 俺は世にも不幸なアトラス!ひとつの世界、
 苦悩の全世界を俺は支えねばならぬ。
 俺は耐えがたきを背負い、
 心は体内で破裂すればいいさ。

Du stolzes Herz, du hast es ja gewollt!
Du wolltest glücklich sein, unendlich glücklich,
Oder unendlich elend, stolzes Herz,
Und jetzo bist du elend.
 誇り高き心よ、おまえは望んでいたはずだ!
 幸せでありたい、限りなく幸せでありたい、
 さもなければ限りなく惨めでありたいと、誇り高き心よ、
 いまやおまえは惨めそのものだ。

詩:Heinrich Heine (1797 - 1856)
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828)

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シューベルトが最晩年になってはじめて手がけたハイネの詩による作品群は、後に出版社によってレルシュタープやザイドルの詩による歌曲と合わせて「白鳥の歌」としてまとめられました。
そのハイネの詩による6曲はどれも最晩年の新しい境地を垣間見せていて、その深淵に戦慄を覚えるものばかりですが、ギリシャ神話に題材をとった「アトラス」は歌曲の限界に挑戦するかのような激しい怒りの表現が聴き手に強い印象を与えます。

音楽は重々しい左手のバスを伴った右手のトレモロのピアノ前奏で始まり、世界を背負った重みと、心の中の自暴自棄を激しく吐露するさまがイメージされます。
A-B-A’の構成をとった歌は高低の音域の広さが際立っていて、落ち着かず苦しむ様が旋律で見事に描かれているように感じられます。
Bの部分で歌もピアノも突然雰囲気を変えるところと、最後に元の音楽に回帰するところが非常に印象的です。

詩の朗読(Susanna Proskura)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ピアニスト(おそらくジェラルド・ムーアとの1970年代の録音)

ディースカウの余裕をもった歌唱はほれぼれするほどうまいです。ムーアもただ激しいだけでない音楽としてのゆとりが感じられます。

ハンス・ホッター(BSBR)&ジェラルド・ムーア

ホッターの低音はこの曲と相性ぴったりで、いつもより速めでリズムを強調しながら歯切れよく歌うのが素晴らしいです。ムーアも硬質の歯切れ良いタッチが効果的で見事です。

ヘルマン・プライ&レナード・ホカンソン

5:11-が「アトラス」です。1980年代のプライがまるでもっと若返ったかのようなドラマティックな響きで全身全霊の歌唱を聴かせてくれます。ホカンソンはさすがにプライと息がぴったりです。

ペーター・シュライアー(T)&アンドラーシュ・シフ(1989年録音)

47:39-が「アトラス」です。シュライアーがまだ美声を保っていた頃の貫録の名唱です。シフもよいコンビネーションを聴かせています。

ナタリー・シュトゥッツマン(CA)&インゲル・セーデルグレン

シュトゥッツマンほどこの曲を違和感なくしっかり歌い上げる女声は他になかなかいないのではないでしょうか。セーデルグレンもさりげない巧さが感じられます。

トーマス・E.バウアー(BR)&ヨス・ファン・インマーセール(2013年録画)

期待のリート歌手バウアーも丁寧に歌っていて好感が持てます。重鎮インマーセールのフォルテピアノもこの曲の激しさを十分に表現しています。

Ayhan Baran (BS)&ジェラルド・ムーア

トルコのバス歌手は地の底から響くような狂気を感じてユニークです。ここでもムーアが好サポートしています。

ヴェルナー・ギューラ(T)&クリストフ・ベルナー

ギューラは非常にうまい歌手なので、テノールでも激しい感情の吐露が伝わってきて素晴らしいです。ベルナーも上手い演奏です。

リスト編曲のピアノ独奏版:Valentina Lisitsa(P)

最初のピアノのトレモロが分散和音に変わっていたり、終盤あたりの音楽など、リストの歌曲編曲の中ではアレンジの要素がかなり強い方だと思います。演奏は見事です。

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シューベルト「羊飼いの合唱」D797-7(「ロザムンデ」より)を聴く

Hirtenchor, D797 no. 7
(Rosamunde, no. 7)
 羊飼いの合唱(「ロザムンデ」より)

Hier auf den Fluren mit rosigen Wangen,
Hirtinnen, eilet zum Tanze herbei,
lasst euch die Wonne des Frühlings umfangen,
Liebe und Freude sind ewiger Mai.
 ここ野原でバラ色の頬をした
 羊飼いの娘たちよ、急いで踊りにおいで、
 春の喜びを抱きしめさせておくれ、
 愛と喜びは永遠の五月なのだ。

Hier zu den Füssen, Holde, dir grüssen,
Herrscherin von Arkadien, wir dich;
Flöten, Schalmeien tönen, es freuen
deiner die Fluren, die blühenden sich.
 ここで、いとしい人、あなたのおみ足に我々は挨拶をしよう、
 アルカディアの君主よ。
 横笛や縦笛が鳴り渡り、
 あなたを喜び、野原が花開く。

Von Jubel erschallen die grünenden Hallen
der Höhen, die luftig, der Fluren, die duftig
erglänzen und strahlen in Liebe und Lust,
in schattigen Thalen, da schweigen die Qualen
Der liebenden Brust.
 歓喜のために、緑なす広間は鳴り響く
 空高く、ほのかに
 光輝く野原へと、愛と楽しさの中で、
 陰のかかった谷の中で、その時黙り込むのは
 愛する胸の泉。

詩:Wilhelmina Christiane von Chézy (1783-1856)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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まず、Zu-simolinさんのリクエストによって、この素敵な合唱曲に出会えたことに感謝したいと思います。
「ロザムンデ」と言えば、序曲(とは言っても別の作品の流用なのですが)と、女声独唱の「ロマンツェ」が有名ですが、この羊飼いの合唱という曲も魅力的です。
のどかな田園風景が浮かんでくるような音楽ですね。
曲は、長短短のリズムが全体を貫きますが、シューベルトの音楽でこのリズムが使われるのは「死と乙女」や「さすらい人」など“のどかさ”とは真逆の曲が印象的なだけに、この曲のリズムの使い方は何か裏に込められた意図があるのではと勘ぐってしまいます。
しかし、晩年の「星」のような星のまたたきを模した時にもこのリズムは使われていますし、考え過ぎでしょうね。

テキストが何度も繰り返されながら、美しく親しみやすい音楽が進行していきます。

以下に魅力的な演奏を3種類貼り付けておきます。

ライプツィヒ放送合唱団、シュターツカペレ・ドレスデン、ヴィリー・ボスコフスキー指揮

David Alexander Rahbee指揮

演奏者不明

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シューベルト/「春の信仰」D686を聴く

Frühlingsglaube, D686
 春の信仰

Die linden Lüfte sind erwacht,
Sie säuseln und weben Tag und Nacht,
Sie schaffen an allen Enden.
O frischer Duft, o neuer Klang!
Nun, armes Herze, sei nicht bang!
Nun muß sich alles, alles wenden.
 穏やかな風が目を覚まし、
 昼夜を問わず、そよぎ、息づいている。
 それはいたるところで活動している。
 おお新鮮な香り、おお新しい響き!
 さあ、あわれな心よ、心配するな!
 今やすべてのことが変わるにちがいない。

Die Welt wird schöner mit jedem Tag,
Man weiß nicht, was noch werden mag,
Das Blühen will nicht enden;
Es blüht das fernste, tiefste Tal:
Nun, armes Herz, vergiß der Qual!
Nun muß sich alles, alles wenden.
 世の中は日ごとに美しくなっていく。
 さらにどうなりたがっているのか誰も知らない。
 花は咲くことをやめようとしない。
 最も遠く深い谷まで花が咲いている。
 さあ、あわれな心よ、苦しみを忘れるのだ!
 今やすべてのことが変わるにちがいない。

詩:Johann Ludwig Uhland (1787-1862)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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真子さんと、Zu-Simolinさんのリクエストにより、シューベルトの「春の信仰」を取り上げます。
もう季節は夏に向かっているようですが、この曲を聴いて、さわやかな春を思い出してみるのもいいのではないでしょうか。
春の到来とともに事態が好転するのだから悩むのはやめるのだと歌われます。
シューベルトの音楽はこれ以上ありえないほどに春の息吹を描き出しています。

歌詞の朗読(Susanna Proskura)

テキストをまず味わってみて下さい。

アンネリーゼ・ローテンベルガー(S)&ジェラルド・ムーア(P)

ローテンベルガーの爽やかな美声で聴くのは気持ち良いですね。ムーアの縁取りのはっきりした演奏も彩を添えています。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

なんと柔らかく爽やかな美声でしょう!彼の表現力の素晴らしさに脱帽です。ムーアのピアノがなんとも温かく優しいです!

クリスティアン・ゲアハーアー(BR)&ゲロルト・フーバー(P)

ゲアハーアーの力の抜けた柔らかい美声と語り口に魅了されない人はいないのでは?フーバーが柔らかくそよぐ風のような演奏を聴かせてくれます。

フリッツ・ヴンダーリヒ(T)&ピアノ伴奏(フーベルト・ギーゼン?)

ヴンダーリヒは美声を聴かせながらも、歌いこみ過ぎず抑制が効いています。ピアノも味があります。

ヘルマン・プライ(BR)&レナード・ホカンソン(P)

プライが描き出したのは成熟した大人による春の歌に感じられます。ホカンソンはプライの解釈を徹底して再現しているかのようです。

クリスタ・ルートヴィヒ(MS)&アーウィン・ゲイジ(P)

ルートヴィヒの低めの声は落ち着いた包容力を感じさせます。ゲイジは流れるように演奏しています。

エリーザベト・シューマン(S)&ジョージ・リーヴズ(P)

シューマンの歌はポルタメントが独特の味わいを醸し出しています。リーヴズは内声を浮かび上がらせた演奏を聴かせます。

ピアノ伴奏のみ(演奏者不明)

一部弾かれるべき和音が弾かれていない箇所もありますが、演奏自体はいいと思いますので、伴奏に耳を傾けて、さらに歌ってみて下さい。

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R.シュトラウス「好ましい(親しげな)幻影Op.48-1」を聴く

R.シュトラウスの歌曲の中でも繊細な美しさをもった「好ましい幻影(Freundliche Vision)」を聴きたいと思います。
エリー・アーメリングのマスタークラスのDVDでこの曲がとりあげられていましたが、生徒が8行目の"Frieden(平和)"という語を非常に抑制のきいた美しい表現で歌った時にアーメリングが見せた満足気な表情が印象に残っています。
この曲の一番の聴きどころ、そして聴かせどころはその"Frieden"の高音をいかに抑えながら美しく歌うかにあるといっても過言ではないでしょう。
ゆったりとしたレガートをどのように歌手たちが歌うか、そして静謐感をいかに保ちながらピアニストが表現するかに注目してみるのもいいかと思います。

Freundliche Vision, op. 48, no. 1
 好ましい幻影

Nicht im Schlafe hab' ich das geträumt,
Hell am Tage sah ich's schön vor mir:
Eine Wiese voller Margeriten;
Tief ein weißes Haus in grünen Büschen;
Götterbilder leuchten aus dem Laube.
Und ich geh' mit Einer, die mich lieb hat,
Ruhigen Gemütes in die Kühle
Dieses weißen Hauses, in den Frieden,
Der voll Schönheit wartet, daß wir kommen.
[Und ich geh' mit Einer, die mich lieb hat,
in den Frieden, voll Schönheit]
 眠りの中で私はそれを夢に見たのではなかった。
 明るい昼間に私の目の前に美しいそれを見たのだ。
 フランスギクでいっぱいの草原。
 緑の茂みの奥深くにある白い家。
 神像が木の葉の間から輝いている。
 そしてぼくは、ぼくを愛してくれる女(ひと)と行く、
 穏やかな心で
 この白い家の冷気の中へ、
 美にあふれて、ぼくらが来ることを待ちわびていた平和の中へ。
 [そしてぼくは、ぼくを愛してくれる女(ひと)と行く、
 平和の中へ、美にあふれて。]

詩:Otto Julius Bierbaum (1865 - 1910)
曲:Richard Georg Strauss (1864 - 1949)

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アーリーン・オジェー(S)&アーウィン・ゲイジ(P)

オジェーのとびきりの美声で語りかけるように歌われるのは至福の時間です。ゲイジもゆったりとしたたゆたうような演奏がよいです

ディアナ・ダムラウ(S)&ミュンヒェン・フィルハーモニー管弦楽団&クリスティアン・ティーレマン(C)

ダムラウの豊麗な美声に細やかな表情を付けて歌われて素晴らしいです。

グンドゥラ・ヤノヴィツ(S)&アカデミー・オヴ・ロンドン&リチャード・スタンプ(C)

ヤノヴィツの芯のある美声が素晴らしいです。オケも感情がこもっていて美しいです。

ヘルマン・プライ(BR)&クルト・パーレン(P)

1975年録画。プライの抑えた声の温かみが胸に沁みます。パーレンのざっくばらんな演奏も味があります。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

ディースカウの知性だけでない感性も込められた歌唱はユニークで美しいです。ムーアも安定した演奏です。

フランシスコ・アライサ(T)&ミュンヒェン放送管弦楽団(指揮者不明)

アライサの開放的な美声をコントロールしながらの歌唱も感動的です。

ヨナス・カウフマン(T)&ヘルムート・ドイチュ(P)

今年の来日公演が残念ながらキャンセルになったカウフマンがほぼ弱声だけで聴き手を惹きこむ歌唱を聴かせています。ドイチュも堅実に支えています。

ヴァルター・ギーゼキング(P & ARR)

往年のピアノの巨匠ギーゼキングがピアノ独奏用に編曲して演奏しています。原曲に忠実な編曲です。

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その4(第10曲~第12曲)

今回はいよいよR.シュトラウス「商人の鑑」の最終回で、第10曲~第12曲を取り上げます。

10. Die Künstler sind die Schöpfer
 芸術家は創造者である

Die Künstler sind die Schöpfer,
Ihr Unglück sind die Schröpfer.
Wer trampelt durch den Künstlerbau
Als wie der Ochs von Lerchenau?
Wer stellt das Netz als Jäger?
Wer ist der Geldsackpfleger?
Wer ist der Zankerreger?
Und der Bazillenträger?
Der biedere, der freundliche,
Der treffliche, der edle
Verleger!
 芸術家は創造者である。
 彼らの災いは吸血鬼たちだ。
 誰が芸術家の館をドシンドシン歩き回るのか、
 オックス・フォン・レルヒェナウのように。
 誰が狩人の網を仕掛けるのか。
 誰が財布の管理をするのか。
 誰がけんかの元凶なのか。
 菌を持っているのは?
 それは、ご誠実で、友好的で、
 優秀で、高潔な
 出版業者さまである!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

第2行の行末にあらわれる"Schröpfer"というのは吸い玉のことで、くっついて利益をくすねる出版業者をあてこすっているのでしょう。
吸い玉は瀉血療法(血を排出して症状をよくする)に使われるので、私は吸血鬼と訳しました。
テキストの4行目に出てくるオックス・フォン・レルヒェナウは、シュトラウスの楽劇「ばらの騎士」に登場する男爵で、粗野な嫌われ者です。
これらが誰のことを指すのかは一番最後に明かされます。
しかも、「ご誠実で、友好的で、優秀で、高潔」とほめ殺して貶めるという念の入り用です。
シュトラウスらしい豪華絢爛としたピアノの響きが一見したところ、このテキストの皮肉な内容を想起させないところがミソです。
最後の「出版業者さま」を明かす直前の「edle(高潔な)」に長大なメリスマを与えているのもシュトラウスの皮肉が込められているのでしょう。

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11. Die Händler und die Macher
 商人と仕掛け人は

Die Händler und die Macher
Sind mit Profit und Schacher
Des "HELDEN" Widersacher.
Der lässt ein Wort erklingen
Wie Götz von Berlichingen.
 商人と仕掛け人は
 利益と暴利をむさぼるので
 「英雄」の敵だ。
 英雄はある言葉を響かせる、
 ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンのように。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここでもシュトラウスの怒りが露骨に出ていて、商人と仕掛け人に対して正面切って「敵」と吐き捨てています。
しかも自身のことは「英雄」扱いです(「英雄の生涯」という有名な交響詩がありますね)。
その「英雄」のもう一つの名作といえばベートーヴェンの第3交響曲ですが、シュトラウスは「英雄」ではなく「運命」(交響曲第5番ハ短調)の第1楽章の誰でも知っているモティーフを後半から引用しています。
最終行のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンは中世ドイツの実在の人物で、気性が荒く盗賊のようなことを繰り返していたようですが、ゲーテはこの人物を美化した作品を書いています。
そのゲーテの作品中の有名な言葉に因んで"Götz"には「オレ様のケツを舐めやがれ!(Leck mich am Arsch!)」という意味があります。
ここでは英雄たるシュトラウスが出版業者たちに向けてこの言葉を放ったということなのでしょう。
なお、この曲は歌曲集中で唯一ピアノ前奏のない短い作品です。

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12. O Schröpferschwarm, o Händlerkreis
 おお吸血鬼の一団よ、おお商人業界よ

O Schröpferschwarm, o Händlerkreis,
Wer schiebt dir einen Riegel?
Das tat mit neuer Schelmenweis'
Till Eulenspiegel.
 おお吸血鬼の一団よ、おお商人業界よ、
 誰があんたにかんぬきをかけるのだ。
 新しい悪戯のしかたでそれをやってくれたのは
 ティル・オイレンシュピーゲルさ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

シューベルト風の軽快で優美なレントラーのピアノ前奏が印象的です。
最終曲で敵を退治してくれるのは、これまた自作に使用したいたずら者のティル・オイレンシュピーゲルです。
この動画でいうと0:56からのピアノパート右手に、シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」の有名なホルンのメロディーが若干リズムを変えてあらわれます。そのピアノに導かれて歌声部も「Till Eulenspiegel」と歌います。
そして歌が終わると、第8曲の前奏で聴かれた美しい音楽(後に「カプリッチョ」の月光の音楽に転用されます)が再びあらわれ、あたかもシューマンの歌曲集「詩人の恋」のような手法で締めくくります。
この美しい音楽が出版業者に打ち勝ったことを宣言しているかのようですね。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その3(第7曲~第9曲)

今回はR.シュトラウス「商人の鑑」の第7曲~第9曲を取り上げます。

7. Unser Feind ist, grosser Gott
 我々の敵は、偉大なる神よ

Unser Feind ist, grosser Gott,
Wie der Brite so der Schott.
Manchen hat er unentwegt
Auf das Streckbett hingelegt.
Täglich wird er kecker--
O du Strecker!
 我々の敵は、偉大なる神よ、
 あのイギリス人同様、あのスコットランド人(ショット)である。
 そいつは絶えず多くの人々を
 拷問台(シュトレックベット)に寝かせたんだ。
 日に日にそいつはずうずうしくなるのさ、
 おお、あんたのことだよ、手足伸ばし屋さん(シュトレッカー)!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここではマインツの楽譜出版社、ショット社(B.Schott's Söhne)と、その経営者である商務顧問官(Kommerzienrat)のドクトル・ルートヴィヒ・シュトレッカー(Dr. Ludwig Strecker)に矛先が向かっています。
ショットはドイツ語でスコットランド人を意味します。
ここでは作曲した1918年当時戦争でドイツの敵であったスコットランドと出版社の名前をかけています。
シュトレックベットというのは拷問台で、手足を伸ばして苦しめたようです。
 こちら
もちろんこの名前は経営者シュトレッカーとかけてあるのは明白です。
シュトラウスはこの歌曲集中で最も激しい曲調をこのテキストに与えました。
ピアノパートは急激に下降するオクターブ音型と大きく飛躍する和音の組み合わせが使われ、その飛躍はあたかも拷問台で手足を引き裂かれる様を模しているかのようです。
歌は第3行以降でやはり音程の飛躍が大きくなり、5行目の「kecker(ずうずうしい)」にメリスマを与えて強調しています。
そして最終行の落ちで、これまでの深刻な曲調から一転して快活な音楽に変わるのは、この歌曲集でシュトラウスがよくやる仕掛けで、強烈な皮肉となっています。

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8. Von Händlern wird die Kunst bedroht
 商人に芸術は脅かされる

Von Händlern wird die Kunst bedroht,
Da habt ihr die Bescherung:
Sie bringen der Musik den Tod,
Sich selber die Verklärung...
 商人に芸術は脅かされる、
 なんともひどい話だよ。
 やつらは音楽に死をもたらし、
 自分たちには浄化をもたらすっていうんだからなぁ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

この曲の前奏は非常に美しく、恍惚とする表情さえうかがえます。
そしてその長大さは曲の半分以上を占めているほどです。
この美しい音楽はもちろんシュトラウスが守ろうとしている「芸術」をあらわしています。
そして、その美しい前奏が終わると突然激しい曲調に変わり、商人たちへの積もり積もった不平が歌われます。
第3行と第4行の歌詞の最後には、シュトラウスの有名な交響詩「死と浄化(変容)(Tod und Verklärung)」が織り込まれています。
第3行最後の"Tod(死)"で歌手はハイAを歌わなければならず、さらに次の音は2オクターブ低いAで歌い始めなければなりません。
歌手にとっても試練の曲ですね。
そして、最終行の歌声部は「死と浄化」の最後の方にあらわれるフレーズが引用されています。
また、後年シュトラウスは、歌劇「カプリッチョ」の中の月光の音楽として、この曲の長大な前奏を再度使用しています。
私がはじめて劇場で「カプリッチョ」を鑑賞した際、そのことを知らず、この音楽どこかで聞き覚えがあるなぁとしばらく考え込んでしまった記憶があります。

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9. Es war mal eine Wanze
 昔々一匹の南京虫がおったとさ

Es war mal eine Wanze,
Die ging, die ging aufs Ganze.
Gab einen Duft, der nie verflog,
Und sog und sog.
Doch Musici, die packten sie
Und knackten sie.
Und als die Wanze starb und stank,
Ein Lobgesang zum Himmel drang.
 昔々一匹の南京虫がおったとさ、
 そいつは徹底していて、
 決して消えない臭いを発しては
 血を吸いまくったんだ。
 だが音楽家がそいつをつかみ、
 パチッとつぶしてやったのさ。
 そうして南京虫は死に、悪臭を放ち、
 賛歌は天まで届いたとさ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここで言う「南京虫(Wanze)」が商人たちをあらわしているのは明白ですね。
不協和音を用いた不気味な前奏は南京虫が強烈な臭いを発しながら、血を吸いまくっている様を模しているのでしょう。
後半で音楽家が登場すると音楽も明るくなり、南京虫をつぶす様が装飾音を伴ったピアノパートで描写されます。
商人に対して音楽家の勝利が描かれている作品と言えるでしょう。
なお、ドイツ語で"Wanzen und Flöhen(南京虫とのみ)"と言うと当時の音楽家の隠語で「シャープとフラット」のことを意味していたそうです。
この曲にピアノの黒鍵が多く使われているのはそういう意味も掛けてあるのでしょう。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その2(第4曲~第6曲)

今回はR.シュトラウス「商人の鑑」の第4曲~第6曲を取り上げます。

4. Drei Masken sah ich am Himmel stehn
 三つの仮面が空に架かるのを私は見た

Drei Masken sah ich am Himmel stehn,
Wie Larven sind sie anzusehn.
O Schreck, dahinter sieht man ...
Herrn Friedmann!
 三つの仮面が空に架かるのを私は見た、
 それらは目かくしの仮面のように見えた。
 おお、ビックリしたー、その後ろに見えるのは、な、なんと、
 フリートマン氏!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

この曲ではドライマスケン社(Dreimasken-Verlag)という音楽出版社が槍玉にあがっています。
「ドライマスケン」とは「三つの仮面」のことです。
このテキストの1行目はシューベルトの歌曲集「冬の旅」の第23曲「幻日」の第1行「Drei Sonnen sah ich am Himmel stehn(三つの太陽が空に架かるのを私は見た)」をもじっているのは明白です。
音楽は第2曲前奏の不気味なパッセージが再び現れ、何層にも渡りポリフォニックに重なって演奏されます。
第3行「Schreck」で歌手はハイCならぬ「ハイBフラット」を出さなければなりません。
歌っている本人が「ビックリ」してしまいますよね。
「後ろに見えるのは」と大げさにじらしておいて、ドライマスケン社の社長ルートヴィヒ・フリートマン氏が登場するくだりで急遽音楽が軽快なポルカを奏で、シュトラウスのいたずらっぽいしたり顔が目に浮かぶようです。

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5. Hast du ein Tongedicht vollbracht
 きみが交響詩を書き上げたら

Hast du ein Tongedicht vollbracht,
Nimm vor den Füchsen dich in Acht,
Denn solche Brüder Reinecke,
Die fressen dir das Deinige!
[das Deinige! das Deinige!
Die Brüder Reinecke!
Die Brüder Reinecke!]
 きみが交響詩を書き上げたら
 あのキツネどもに気をつけろ、
 というのもあのライネケ兄弟が
 きみの作品を食っちまうからな。
 [きみの作品を!きみの作品を!
 ライネケ兄弟が!
 ライネケ兄弟が!]

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここで登場するのはカール&フランツ・ライネケ兄弟(Karl & Franz Reinecke)で、彼らもシュトラウスに対抗していた出版社の経営者でした。
ライネケ狐というのはヨーロッパに古くから伝わるいたずら狐の話を基にゲーテが書いた叙事詩のことを指しています。
快活な音楽はあっという間に終わってしまい、一見普通の歌曲のように感じられます。
しかし、第2行の"Füchsen(キツネ)"をメリスマを用いて長く引き伸ばしたり、"das Deinige(きみの作品を)"や"Die Brüder Reinecke(ライネケ兄弟が)"を繰り返し歌って強調しているところなどに、シュトラウスの意図が感じられます。

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6. O lieber Künstler sei ermahnt
 おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように

O lieber Künstler sei ermahnt,
Und übe Vorsicht jedenfalls!
Wer in gewissen Kähnen kahnt,
Dem steigt das Wasser bis zum Hals.
Und wenn ein dunkel trübes Licht
Verdächtig aus dem Nebel lugt,
Lustwandle auf der Lienau nicht,
Weil dort der lange Robert spukt!
[Der lange Robert]
Dein Säckel wird erobert
Vom langen Robert!
 おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように。
 いかなる時も用心するのだ!
 ある小舟を漕ぐ(カーント)奴は
 首まで水につかってしまうぞ。
 そして暗くくすんだ光が
 怪しげに霧からのぞいた時
 リーナウで散歩してはならぬ、
 そこにのっぽのローベルトの霊が出るのだから!
 [のっぽのローベルトが]
 きみの財布は取られちまうよ、
 のっぽのローベルトにね!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここでやり玉に挙がっているのは、ライプツィヒのC.F.カーント社(C.F.Kahnt)と、ベルリンのローベルト・リーナウ社(Robert Lienau)です。
3行目に"Kahn(小舟)"を動詞化した"kahnen"という単語の3人称単数形として"kahnt"の名前が読み込まれ、7行目では架空の地名として"Lienau"が読み込まれています。
歌声部の冒頭は「戒めを聞くように」という真剣な表情はなく、滑らかな音楽に乗って穏やかに歌われ、シュトラウスのしらばっくれた顔が目に浮かぶようです。
ピアノパートは描写にも事欠かず、第4行では水があふれ出てくるような情景が描かれ、第5行目ではくすんだ光を高音域で装飾音とともに描いています。
著名な共演ピアニストのロジャー・ヴィニョールズによれば、この曲のピアノパートはマズルカとレントラーが融合したものとのことで、舞曲に乗って、2人の敵をおちょくっていることになりますね。
首まで水につかってしまうカーント氏と、財布を巻き上げようとするひょろっとした幽霊のローベルト・リーナウ氏-今だったら名誉棄損で訴えられそうですね。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その1(第1曲~第3曲)

R.シュトラウスの記念年を祝して記事を書こうと思った時にまず最初にこれだけは必ず取り上げたいと思った歌曲集があります。
それが今回から数回に分けて取り上げる「商人の鑑(Krämerspiegel, Op. 66)」という作品です。
シュトラウスが自身の作品出版に際して、出版社との間に権利上の諍いが起き、うさをはらす為にドイツの著名な文芸評論家アルフレート・ケルにテキストを依頼しました。
その12篇の詩に作曲したのがこの「商人の鑑」で、出版社たちをあてこすった辛辣な内容ゆえに、出版社はこの作品の出版を拒否し、裁判の結果、シュトラウスは別の新作歌曲を書かなければならなくなりました。
テキストには出版に関わった人たちの名前が言葉遊びのように織り込まれ、作曲家が彼らをやっつけるという内容になっています。
今回は最初の3曲を聴いてみます。

Krämerspiegel, Op. 66
 商人の鑑

1. Es war einmal ein Bock
 昔々一匹の雄山羊がおったとさ

Es war einmal ein Bock, ein Bock,
Der fraß an einem Blumenstock, der Bock.
Musik, du lichte Blumenzier,
Wie schmatzt der Bock voll Schmausegier!
Er möchte gar vermessen
Die Blüten alle [alle] fressen.
Du liebe Blüte wehre dich,
Du Bock und Gierschlung, schere dich!
Schere dich, du Bock!
[Schere dich, du Bock!
Du liebe Blüte wehre dich,
Du Bock und Gierschlung,
Schere dich, du Bock!]
 昔々一匹の雄山羊(ボック)が、雄山羊がおったとさ、
 そいつは鉢植えの草花を食っちまった、雄山羊の野郎がさ。
 音楽よ、輝く花飾りよ、
 御馳走をたっぷり欲した雄山羊が音を立てながら貪り食ってやがる!
 そいつは、身の程も知らず
 花々を全部[全部]食い尽くしたいと思っているぞ。
 いとしい花よ、身を守るんだ、
 大食らいの雄山羊よ、失せやがれ!
 失せやがれ、雄山羊よ!
 [失せやがれ、雄山羊よ!
 いとしい花よ、身を守るんだ、
 大食らいの雄山羊よ、
 失せやがれ、雄山羊よ!]

※[ ]内は、テキストの繰り返しの箇所を示す。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

シュトラウスが「家庭交響曲」を出版したボーテ&ボック社(Bote & Bock)とはOp.56の歌曲集の契約時に、次に書かれる6つの歌曲の権利はボーテ&ボック社が有する旨を許可してしまいました。
その件などを経て両者の間に諍いが生じたようです。
このテキストの第1行にある"Bock"とは「雄山羊」という意味ですが、ボーテ&ボック社の商業顧問官フーゴ・ボック(Hugo Bock)へのあてつけとなっています。
花(Blumen, Blüte)は楽曲、もしくは作曲家を暗示しているのでしょう。
大食らいの出版者に向けて、作品を食いつくすなと警告しているテキストとなっています。
この歌曲集の音楽上の特徴はピアノパートに重要な役割を持たせていることで、その長さが歌を優に超えている作品すらあります。
この第1曲の前奏からすでにかなり規模は大きめで、歌の旋律を先取りしています。
Es war einmalというのは「昔々あるところに」という昔話の始まりに使われる文言で、音楽も品の良さを湛えて、テキストとのギャップが面白い作品です。


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2. Einst kam der Bock als Bote
 かつて雄山羊が使いに来た

Einst kam der Bock als Bote
Zum Rosenkavalier ans Haus;
Er klopft mit seiner Pfote,
Den Eingang wehrt ein Rosenstrauss.
 かつて雄山羊(ボック)が使い(ボーテ)に来た、
 ばらの騎士の屋敷へ。
 そいつは前足でノックしたが、
 ばらの花束(シュトラウス)はそいつが入ってくるのを阻止した。

Der Strauss sticht seine Dornen schnell
Dem Botenbock durch's dicke Fell.
O Bock, zieh mit gesenktem Sterz
Hinterwärts, hinterwärts!
 花束はトゲですばやく
 使者の雄山羊の厚い毛皮をぶっ刺した。
 おお雄山羊よ、しっぽを下ろして
 引き下がれ!引き下がれ!

[O Bock, zieh mit gesenktem Sterz
hinterwärts, hinterwärts!
O Bock, o Botenbock,
zieh mit gesenktem Sterz
hinterwärts, hinterwärts!]
 [おお雄山羊よ、しっぽを下ろして
 引き下がれ!引き下がれ!
 おお雄山羊よ、おお使者の雄山羊よ、
 しっぽを下ろして
 引き下がれ!引き下がれ!]

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

前の曲ではフーゴ・ボック個人に対するあてこすりだったのですが、この曲ではボーテ&ボック社に対して攻撃しています。
ボーテ(Bote)というのはドイツ語で「使者」のことを指します。
そして「ばらの騎士」というのはご存じシュトラウスの代表作のオペラの名前ですね。
シュトラウス(Strauss)の名前は「花束」という意味があり、花束がトゲで使者の雄山羊(ボーテ&ボック社)を刺して復讐します。
ピアノ前奏はおどろおどろしい低音で雄山羊が使いに来たことをグロテスクに表現しています。
そして歌が始まる少し前にウィンナー・ワルツのような軽快な音楽に変わります。
私は残念ながらまだ「ばらの騎士」を聞き込んでいないのですが、おそらくこのオペラを意識したワルツなのではないかと思われます。
歌っている内容は過激ですが、音楽はほぼ一貫して優美さを保っているのが余計に相手を刺激してしまいそうです。

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3. Es liebte einst ein Hase
 かつて一匹の野うさぎが愛していた

Es liebte einst ein Hase
Die salbungsvolle Phrase,
Obschon wie ist das sonderbar,
Sein Breitkopf hart und härter war.
Hu, wisst ihr, was mein Hase tut?
Oft saugt er Komponistenblut
Und platzt hernach [und platzt hernach] vor Edelmut.
 かつて一匹の野うさぎ(ハーゼ)が
 もったいぶった楽句を愛していた。
 なんとも奇妙なことではあるが、
 うさぎの扁平頭(ブライトコップフ)はますます固く(ヘルテル)なった。
 げっ、僕のうさぎがどうなるか分かるかい。
 そいつは作曲家の血をしょっちゅう吸って、
 その後高潔なあまりに破裂しちまうんだとさ[破裂しちまうんだとさ]。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

この曲では音楽出版社のブライトコップフ&ヘルテル社(Breitkopf & Härtel)と、その経営者の枢密顧問官ドクトル・オスカル・フォン・ハーゼ(Geheimrat Dr. Oskar von Hase)がやり玉にあがっています。
シュトラウスは初期の作品をブライトコップフ&ヘルテル社から出版していました。
「ハーゼ(Hase)」とは野うさぎのこと、「ブライトコップフ(Breitkopf)」は扁平頭のことです。
4行目に「ブライトコップフ&ヘルテル」が織り込まれています(Härtelとhärterの違いはありますが、「l」と「r」の違いは詩の脚韻でも同じものとして扱われます)。
シュトラウスの歌は高低差が大きく、歌手は大変だろうと思います。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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