F=ディースカウ&サヴァリッシュ/1992年東京公演ライヴCD化!!!

バリトンのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウが引退を表明したのは1993年の年明けごろだったと思います。
1992年の大晦日のコンサートが私の歌手活動最後のステージだったという発表を聞いて驚いたことを思い出します。
つまり、引退の1カ月ちょっと前に来日して2晩にわたるシューベルトの夕べを催してくれたのは、彼の長いコンサート・キャリアの殆どピリオドを打とうとしていた時期だったのです。
私は11月16日の個々の歌曲アンソロジーのコンサートを聴いたのですが、池袋の東京芸術劇場ということもあって、遠くてあまりよく見えなかったという印象があります。
しかし、F=ディースカウお得意の歌がずらりと並んだ演奏はやはり私にとっていい思い出になっています。
「水車屋の娘」の日(11月24日)は、アーメリングの府中公演と重なっていた為、迷った挙句、アーメリングの方に行ってしまいました。
そういうわけで、今回、この2夜のシューベルト・リサイタルがCD化されるというのは大歓迎なわけです(CD化されるとは全く想像もしていませんでした)。
この時期は、ディースカウ、アーメリング、ポップ、テオ・アダム、ミュンヒェン歌劇場のガラコンサートなど、毎日異なる公演を連続して聴いたのを懐かしく思い出します。

曲目などの詳細は以下のページをご覧ください。
 こちら

ここのところ、ニコライ・ゲッダやクルト・モルの逝去など、歌曲ファンにとって悲しいニュースが続いたので、久しぶりに嬉しいニュースとなりました。

購入してじっくり聴いてみようと思います。

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ロベルト・ホル&みどり・オルトナー/ロベルト・ホル バス・バリトンリサイタル(2016年11月27日 川口リリア・音楽ホール)

ロベルト・ホル バス・バリトンリサイタル
シューベルト! ~自然を描く幻想画家

2016年11月27日(日)14:00 川口リリア・音楽ホール

ロベルト・ホル(Robert Holl)(バス・バリトン)
みどり・オルトナー(Midori Ortner)(ピアノ)

シューベルト(Schubert)作曲

戸外にて D880
花の便り D622
春に D882

愛らしい星 D861
星々 D939
夜のすみれ D752
しおれた花 D795-18(「美しき水車小屋の娘」より)

野ばら D257
羊飼いの嘆きの歌 D121
月に寄せて D296
魔王 D328

~休憩~

丘の上の少年 D702
秋 D945
夕べの画像 D650

菩提樹 D911-5(「冬の旅」より)

夕映え D690
月に寄せて D193
夜と夢 D827

冬の夕べ D938

~アンコール~

音楽に寄せて D547

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1年ぶりにロベルト・ホルとみどり・オルトナーが川口リリアに帰ってきてくれた。
彼らの川口でのリーダーアーベントを昨年聴いた時はオルトナーさんの解説が非常に分かりやすく、気さくなお人柄も感じられて、もちろん演奏も素晴らしく、このコンビのコンサートが再び聴けることを心待ちにしていたのである。

今回も客席はかなりの盛況で、熱心な歌曲ファンが集まった。
この日はオール・シューベルト・プログラムで、どうやら選曲はオルトナーさんがしたようだ。
四季の移り変わりや、夜、月、星、夢、花など、歌曲の重要なテーマを盛り込んだ選曲のようだ。

「羊飼いの嘆きの歌」はオルトナーさん自身の解説にもあったように、珍しい前奏付きの版で演奏された。

ホルは今回はトークに加わらず、オルトナーさんの解説の間は横の椅子に腰掛けていた。
オルトナーさんはご自分のことを「とても真面目なディスクジョッキー」というような言い方をしていたが、その解説は各曲に対する造詣の深さと愛着が強く感じられて、それぞれの曲を聴くうえでの大きな道しるべとなった。
いっそオルトナーさんによるシューベルト歌曲全曲の解説本を出してほしいほどだ。

ホルの声は相変わらず、地の底から響き渡るような朗々とした低音が素晴らしく、声の艶は見事に保たれていた。
各曲に対する表情の細やかさも素晴らしく、どの曲も血肉となった表現で聴かせてくれた。
歌曲に対する真摯な姿勢がどの作品からも感じられ、とても充実した音楽を聴いたという気持ちにさせてくれた。
右手を動かす癖も健在だったが、それが鑑賞を妨げるほどではない。
彼の「魔王」を聴いたのはおそらくはじめてだったが、4つの役を違和感なく聴かせる術はさすがベテランの貫禄であった。
ちなみに「魔王」についてオルトナーさんは「ピアニストにとって地獄の曲」と語って笑いを誘っていた。
オルトナーさんの「魔王」の演奏は左手を効果的に使って右手の連打を助けていたが、それが実に自然で、全く見事な「魔王」だった。

オルトナーさんのピアノは、蓋を全開にしていて、バランスはもちろん見事にコントロールされていたが、あたかもシューベルトの即興曲を聴いているかのようなコードの美しさ、内声の浮き上げ方、明瞭なタッチによる立体感、ホルを導くリズム感の見事さ、そしてよく歌うメロディなど、その美質を挙げだしたらきりがない。
オルトナーさんはホルのことを「巨匠」と呼んでいたが、オルトナーさんもすでに「巨匠」のような素晴らしい演奏を聞かせてくれた。
ホルが日本に他のピアニストを連れてこないのも納得である。

なお、事前にピアニストが立ち上がるまでは拍手をしないようにアナウンスがあったが、曲のつながりが重要な歌曲のコンサートでは、拍手のタイミングをあらかじめ指示してくれるのは有難い。

アンコールの「音楽に寄せて」は胸にしみた。

なお、このコンサートの後に、昨年同様公開レッスンが催されたが、私は都合により、そちらは聞けなかった。
きっと受講生にとっても聴衆にとってもためになるレッスンが繰り広げられたのではないだろうか。

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バーバラ・ボニー&デイヴィッド・シフリン&アンドレ・ワッツ/シューベルト「岩の上の羊飼い」動画(米・アリス・タリー・ホール)

シューベルト(Schubert)/岩の上の羊飼い(Der Hirt auf dem Felsen) D965

録画:Alice Tully Hall

バーバラ・ボニー(Barbara Bonney)(S)
デイヴィッド・シフリン(David Shifrin)(CL)
アンドレ・ワッツ(André Watts)(P)

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ソプラノのバーバラ・ボニーがシューベルトの「岩の上の羊飼い」を歌っている動画を見つけました。
アメリカのリンカーン・センター内アリス・タリー・ホールでのライヴ映像のようです。
インターネットに記載されている1998年10月14日に演奏された時の録画である可能性があります(断定は出来ませんが)。
ボニーの伸びやかで透き通った声は歌う姿の可憐さと共に楽しませてくれます。
クラリネットはアメリカ人のデイヴィッド・シフリンで、ボニーと絶妙なデュエットを奏でます。
そして、一見地味なピアノパートを担当するのが、日本でもお馴染みのアンドレ・ワッツです。
歌うべきところでは歌い、支えるべきところでは支える、いいピアノ演奏だと思います。

ぜひお楽しみ下さい!

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中村紘子さん逝去

ピアニストの中村紘子さんが2016年7月26日に亡くなった。
かねてから大腸がんの闘病をしながら復帰公演もしていたようだが、残念な結果となった。

私は中村さんの実演は学生時代に一度だけ聞いたことがある。
その時は学校に無料コンサートの形で来てくれて弾いてくれたのだと記憶している。
確かブラームスの「2つのラプソディー」などを弾いてくれたのではなかったか。

もちろん中村さんは私がまだクラシックに興味を持つか持たないかのうちに、すでにテレビなどでお馴染みの存在だった。
クラシックの演奏家がテレビCMに出演したはしりの一人ではないだろうか。
カレーのCMで大きなアクション付きで演奏していたりしたが、その後のインタビューで、あれはCM用にあえて派手な身振りをしたのだとか。
実際の彼女はあまり余計な動きをせずに、必要最低限の身振りで演奏に集中していたように思う。
彼女の打鍵は鋭く強いがために、演奏が荒いという評価もあったが、彼女の手の小ささをカバーする弾き方なのではないだろうか。
好き嫌いがあるのはそれだけ個性のはっきりした演奏だったということも言えるのではないだろうか。

教育テレビでピアノのレッスンの番組なども持っていたが、私がシューマンの「謝肉祭」などを知ったのも、その番組を通してだった。

ある番組ではスクリャービンの美しいピアノ曲を弾いていたが、あれも私の記憶の中では中村さんと結びついている。

彼女は一時N響アワーの司会をしていた時期もあった。
ヘルマン・プライがN響とシューベルトのオーケストラ編曲歌曲を歌ったのを放送する際に、本来ならばオーケストラ編曲もこんなに素晴らしいのですよと言うのが望まれたであろうところ、中村さんは「シューベルトのリートはピアノ伴奏が一番いいんですが」と正直なことをおっしゃって番組的に大丈夫なのだろうかと驚いたことがある。
それだけ音楽に対して嘘の付けない方だったのだろう。

文筆活動やコンクールの審査員などの仕事もこなし、マニア向けのクラシックを大衆に啓蒙したという意味で、彼女の果たした役割はとても大きかったのではないかと思われる。

ところで、とても珍しい貴重な動画をアップしてくださっている方がいた。
ショパンを弾いているのだが、出演しているのが、往年の歌謡曲の某名番組である。
お馴染みの司会のお二人の他に高田みづえやマッチの姿も見える。
アウェイ感たっぷりなこのような雰囲気でもマイペースに対応する中村さんの度胸も大したものである。
これを見て、中村紘子さんを追悼したいと思う。

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ドーナト夫妻、ローレンツ&ガルベン/ヴォルフ「イタリア歌曲集」映像(1988年シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭)

フーゴ・ヴォルフ(Hugo Wolf)/「イタリア歌曲集(Italienisches Liederbuch)」全46曲(79分25秒)

録画:1988年、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭(Schleswig Holstein Musikfestival)

ヘレン・ドーナト(Helen Donath)(S)
ジークフリート・ローレンツ(Siegfried Lorenz)(Br)
クラウス・ドーナト(Klaus Donath)(P)
コルト・ガルベン(Cord Garben)(P)

珍しい動画を見つけたのでご紹介します。
ヴォルフの全46曲からなる「イタリア歌曲集」のライヴ映像です。
歌手はソプラノのヘレン・ドーナトとバリトンのジークフリート・ローレンツ。
ピアノはそれぞれクラウス・ドーナト(ヘレンの夫)、コルト・ガルベンです。
この4人いずれも歌曲を演奏している動画は珍しいのではないかと思います。
特にジークフリート・ローレンツはF=ディースカウ、プライ後のドイツを担うリート歌手として取り上げられていた時期もあり、歌曲演奏の実績もしっかりある名歌手なので、こうして歌唱姿を見ることが出来るのはとても貴重です。
ドーナト夫妻は数多くの歌曲の録音を残していて、歌曲演奏者としての実力は広く知られていますので、彼らの演奏動画もまた嬉しいです。
そしてDGのプロデューサーとして、ディースカウやミケランジェリと組みながら、歌曲ピアニストとしても第一線で活躍していたガルベンの演奏もまた、注目されます。
ガルベンは若かりしボニーやオッター、シュミットらを世に出すきっかけとなった録音を企画したり、レーヴェの全歌曲を録音したりと、歌曲演奏史において決して忘れることの出来ない存在です。

ここで演奏されているヴォルフの「イタリア歌曲集」はイタリア起源の詩にドイツ人のパウル・ハイゼが独訳した歌詞によるもので、男女の恋愛の駆け引きが絶妙な音楽で描かれています。
ここでの演奏のように男女の歌手がそれぞれ異なるピアニストと演奏することで、よりドラマティックな効果が期待できそうです。

ヘレン・ドーナトのオペラで培った表現力は映像で見るとより楽しみを増します。
持ち前の美声による巧みな語りかけは、これらのささやかな歌曲を歌ううえでとても魅力的です。
ご主人のピアノは、例えば普段大音量で盛り上げるような曲の最後の和音をあえて軽めに弾くことによって、これらが庶民のささやかなドラマであることを思い出させてくれます。

ローレンツは見た目もいかにも真面目なドイツ人という感じですが、その歌声の柔らかさと伸縮自在な表現の幅で、歌曲歌手としての非凡さをあらためて認識させてくれます。
そして、同じくドイツ人的なガルベンの堅実なピアノもテキストの機微を見事に描いています。

ぜひお楽しみ下さい!

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ヘルマン・プライ&フェーリクス・ドゥ・ノーブル/1961年オランダ・ライヴからシューベルト2曲

ドイツの名バリトン、ヘルマン・プライ(Hermann Prey)と、オランダの名伴奏者フェーリクス・ドゥ・ノーブル(Felix de Nobel)が組んだシューベルトのライヴ録音から2曲がアップされていたのでご紹介します。
オランダフェスティヴァルの一環として演奏されたものらしく、コンセルトヘボウでのライヴ録音です。

1.「美しい水車屋の娘」から「仕事を終えて」D795-5 (1961.7.5, Concertgebouw)
2.「冬の旅」から「おやすみ」D911-1 (1961.7.9, Concertgebouw)

プライが初来日したのと同じ1961年の録音とのことで、初来日当時の声を想像しながら聴くのもいいのではないでしょうか。
みずみずしい美声を丁寧にコントロールしながらも若々しい意気の良さが感じられました。
「仕事を終えて」の情熱的な歌いぶりと、「おやすみ」での抑制した表情の違いが感じられて、興味深い歌唱でした。

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デジュー・ラーンキ/ピアノ・リサイタル(2015年7月8日 Hakuju Hall)

第16回 ワンダフルoneアワー
デジュー・ラーンキ ピアノ・リサイタル

2015年7月8日(水)15:00 Hakuju Hall

デジュー・ラーンキ(Dezső Ránki)(ピアノ)

ベートーヴェン(Beethoven)/ピアノ・ソナタ 第16番 ト長調 op.31-1

ショパン(Chopin)/24の前奏曲 op.28

アンコール
リスト(Liszt)/聖ドロテアをたたえて

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この日は休暇をとって、白寿ホールの休憩なしの1時間コンサート・シリーズ「ワンダフルoneアワー」の昼の部に出かけた。
デジュー・ラーンキは数年前関西旅行中に宗次ホールで聴いたリストの「ダンテを読んで」を聴いて衝撃を受けて以来、気になるピアニストの一人となった。
今回待望のソロリサイタルは久しぶりにその妙技を堪能できて大満足の一時間強だった。

久しぶりの白寿ホール、椅子の座るところと背もたれの両方が適度に柔らかい素材で出来ていて心地よい。
今回はラーンキのピアノの響きと、ラーンキのうなり声(!)と、客席のおじ様の気持ちよさそうな寝息が三重奏を奏でていた。

最初のベートーヴェンは、円熟味たっぷりの味わいあふれる演奏。
第1楽章の右手と左手のずれる効果も必要以上に強調せず、それでいて確実にずれは感じられるというコントロールの妙が感じられる演奏だった。
第2楽章も静かな歌心にあふれた演奏。ややゆっくりめのテンポながらだれることなく美しく端正に演奏された。
第3楽章の出だしはいつもモーツァルトの「トルコ行進曲」を思い出してしまう。この楽章の高音のパッセージの弱音の美しさと他の部分とのダイナミクスの違いが明確に感じられた演奏で素晴らしかった。

ショパンの「24の前奏曲」を実演で聴くのはおそらくはじめて。
「雨だれ」や太田胃散のCM曲など数曲はばらで知っているものの全曲を通して聴いたことがほとんどなかった。
だが、全曲通すことによって得られるまとまりが感じられた。
様々なキャラクターの作品が並置されているのだが、それぞれが大きなひとつの作品の構成要素として存在しているのを、ラーンキの豊かでみずみずしい響きの演奏を聴きながら感じた。
大きなものに包まれるような感触と、温かみのあるタッチ、それに自己に溺れることのないコントロールの行き届いたテンポ感覚で、ショパンの作品のありのままが提示されたような心地よさを感じた。

アンコールは以前のコンサートでも聴いたリストの「聖ドロテアをたたえて」。
余程ラーンキのお気に入りの作品なのだろう。
愛らしい小品である。
1時間のコンサートでも、これだけ密度の濃い充実した演奏を聴くと、それだけで満足して帰路につくことが出来る。
そんな素敵なコンサートだった。

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サンドリーヌ・ピオー&スーザン・マノフ/~Evocation 美しい想い出への喚起~(2015年5月21日 王子ホール)

サンドリーヌ・ピオー ~Evocation 美しい想い出への喚起~

2015年5月21日(木)19:00 王子ホール

サンドリーヌ・ピオー(Sandrine Piau)(ソプラノ)
スーザン・マノフ(Susan Manoff)(ピアノ)

ケクラン(Koechlin)/グラディスのための7つの歌(Les sept chansons pour Gladys) Op.151
 1.愛の神は告げた(M'a dit Amour)
 2.縛るつもりが(Tu croyais le tenir)
 3.罠に落ちながら(Prise au piège)
 4.ナイアス(La Naïade)
 5.嵐(Le Cyclone)
 6.鳩(La Colombe)
 7.運命(Fatum)

ツェムリンスキー(Zemlinsky)/
愛と春(Liebe und Frühling)
夜の森を歩くとき(Wandl' ich im Wald des Abends)
ばらのリボン(Das Rosenband)
春の歌(Frühlingslied)

ドビュッシー(Debussy)/
西風(Zéphyr)
「ロマンス」より そぞろな悩める心(Romance "L'âme évaporée...")
麦の花(Fleur des blés)
星月夜(Nuit d'étoiles)

~休憩~

シェーンベルク(Schönberg)/4つの歌(Vier Lieder) Op.2
 1.期待(Erwartung)
 2.ほしいのは黄金の櫛(Schenk mir deinen goldenen Kamm)
 3.昂ぶる心(Erhebung)
 4.森の陽光(Waldsonne)

ショーソン(Chausson)/
魅惑(Le charme) Op.2-2
セレナード(Sérénade) Op.13
蜂雀(Le Colibri) Oop.2-7
リラの花咲く頃(Le temps des lilas) Op.19

R.シュトラウス(R.Strauss)/おとめの花(Mädchenblumen) Op.22(全4曲)
 1.矢車菊(Kornblumen)
 2.けしの花(Mohnblumen)
 3.きづた(Epheu)
 4.睡蓮(Wasserrose)

~アンコール~
フォーレ(Fauré)/シルヴィ
フォーレ/ひめごと
ドビュッシー(Debussy)/あやつり人形
ドビュッシー/美しき夕べ

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サンドリーヌ・ピオーとスーザン・マノフによる王子ホールのリサイタルは今回も実に充実した時間でした。
実は聴いてから記事を書かずに放置してしまって記憶の定かでない点もありますので、申し訳ありませんが詳細は書かないことにします。

絶頂期といってもいいピオーはばらばらな6人の作曲家の作品それぞれの核心に迫った充実した歌唱を聴かせてくれていましたし、なにしろ独仏のディクションが素晴らしいです!
ピアノのマノフは前回聴いた時に感じた感情的な部分は影をひそめ、知的に繊細にコントロールされ尽くした至芸を聴かせてくれました。
とにかく、知っている曲も未知の曲も二人の卓越した演奏家によって素晴らしく満ち足りた演奏となっていました。

アンコールで耳馴染みな曲が演奏されたのもほっと一息つけて良かったです。
歌曲の演奏家として、この二人に注目していきたいと思いました。

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ロベルト・ホル&みどり・オルトナー/~心のふるさと - 春のドナウへの旅~(2015年5月16日 川口リリア・音楽ホール)

ロベルト・ホル(バス・バリトン)
~心のふるさと - 春のドナウへの旅~

2015年5月16日(土)14:00 川口リリア・音楽ホール

ロベルト・ホル(Robert Holl)(バス・バリトン)
みどり・オルトナー(Midori Ortner)(ピアノ)

シューベルト/
春の信仰D686
さすらい人D489
菩提樹D911-5

川のほとりでD539
エアラーフ湖D586
ドナウにてD553

水の上に歌うD774
湖上にてD543
船乗りD536

~休憩~

シューマン/
「ミルテの花」より
 自由な想いOp.25-2
 私はただひとりでOp.25-5(西東詩集・酌童の巻より)
 手荒くするなOp.25-6(西東詩集・酌童の巻より)

亡き友の杯にOp.35-6
旅の歌Op.35-3

ロベルト・ホル/「ヴァッハウ地方の民謡集」より
 我がドナウの谷
 孤独な道
 ヴァッハウの歌
 ヴァッハウ、夢見る娘

~アンコール~
シューベルト/楽に寄すD547
シューベルト/夕映えの中でD799

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オランダの名バスバリトン、ロベルト・ホルのリサイタルを川口リリアホールで久しぶりに聴いた。
ピアノはいつものみどり・オルトナー。
みどりさんのトークとホルへの簡単なインタビューをはさみながらのトークコンサートといった趣だった。

今回は「心のふるさと - 春のドナウへの旅」と題されたプログラミングがされていたが、みどりさん曰く「春の歌を集めて来日したら夏だった」と言って会場を沸かす。
みどりさんのトークははじめて聞くが、ユーモアも交えながらなかなか達者である。
ドナウ川というのはただ良いイメージだけではなく、水難事故も引き起こすおそろしい一面ももっているのだとか。
様々なお話を分かりやすくかみくだいて話してくれたみどりさんには、ぜひ今後もこのようなトークを交えたコンサートを続けてほしいものである。

前半はすべてシューベルト。
比較的知られた春と水の歌が並び、ホルの声は相変わらず朗々と豊かに響き渡る。
体の中から豊麗な響きが分厚く会場を満たすのを存分に堪能したが、もちろんホルの歌唱は作品への誠実で血肉となった自然な表情を伴っていた。
丁寧にじっくり歌われる歌はシューベルトの音楽の温かさを感じさせるものだった。

後半の最初はシューマンのミルテの花から3曲と、ケルナーの詩によるOp.35からの2曲。
こちらは酒の歌が中心。
特に「ミルテの花」の酌童の巻からの2曲は、酔っ払いホルの名演技も見られて楽しかった。「私はただひとりで」は確か2回繰り返して歌われた。

最後のホル自身による作曲(むしろアレンジだろう)の「ヴァッハウ地方の民謡集」のヴァッハウというのは、ドナウ河畔で最も美しい地方とされるワインの名産地だそうだ。
この土地の民謡(作曲者は分かっているらしい)にホルがピアノ伴奏を付けたものらしい。
みどりさん曰く「ホルも20世紀の作曲家だから、独特の和音が感じられる」とのこと。
歌の内容は「孤独な道」を除くと、素朴なヴァッハウ賛歌といった感じだ。
確かにホルによるピアノパートは独特の和音が置かれて、単なる民謡に芸術の香りを付与していると言えるだろう。

アンコールはシューベルトの名歌2曲。
もはや何も語ることはない。
心の底からの名歌唱で感動的だった。

ピアノのみどり・オルトナーはすべてにおいて目の行き届いた細やかな演奏を聴かせてくれた。
ホルの暗めの響きに清澄さを加えていたのはみどりさんの響きゆえだろう。
素敵なピアニストである。

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リートの巨匠ロベルト・ホルによるオープン・レッスン
シューベルトの光と影~リリアのシューベルティアーデ

2015年5月16日(土)16:45 川口リリア・音楽ホール(自由席)

ロベルト・ホル(Robert Holl)(講師)
みどり・オルトナー(Midori Ortner)(ピアノ・通訳)

シューベルト(Schubert)/若き尼D828
大江美里(ソプラノ)
みどり・オルトナー(ピアノ)

シューベルト/丘の少年D702
小野山幸夏(メゾ・ソプラノ)
山内三代子(ピアノ)

シューベルト/ますD550
今井照子(ソプラノ)
西祥子(ピアノ)

シューベルト/ガニメートD544
小島博(バリトン)
小島まさ子(ピアノ)

シューベルト;野田暉行(Teruyuki Noda)(合唱編曲)/アヴェ・マリアD839
女声合唱団リーダークライス
関根裕子(指導・指揮)
高松和子(ピアノ)

シューベルト;リディア・スモールウッド(Lydia Smallwood)(合唱編曲)/楽に寄すD547
混声合唱団アン・ディー・ムジーク
人見共(指導・指揮、ソプラノ)
みどり・オルトナー(ピアノ)

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ロベルト・ホルのレッスンが、演奏会に引き続いて行われた。
みどり・オルトナーも通訳とピアノで登場したが、実際にはレッスンもしていた(特にピアニストに対して)。
当初は18:30終演の予定が大幅にずれこみ、「ガニメード」が終わった時にすでに18:30になっていた。
私は所用の為、残念ながら合唱団のレッスンは聞かずに、「ガニメード」終了時に退出した。

レッスンは一度受講生が1曲まるまる演奏した後で、ホルの指示により、最初から再度少しづつ演奏しては止めて、指導を受けるという形だった。
ホルは簡潔に問題点を語り、それをオルトナーが通訳する。
そして、その通りに受講生が歌えた時はホルはよく出来たというサインをする。
穏やかで気さくな気持ち良い先生だった。

ホルが指導の際よく言っていたのが、「子音をもっと強調して発音する」ということだった。
日本語と異なるドイツ語での歌唱なので、発音に重きが置かれるのは当然であり、リートを歌ううえでやはり外せないところだろう。
また、テキストには重要な単語とそうでない単語があり、すべてを同等に歌うのではなく、重要性を考慮して歌うということが言われていた。
それから曲にのめりこむあまり、演奏が停滞しがちなコンビにはもっと流れるようにテンポを保って演奏するように言っていた。
メカニックに過ぎる演奏者に対しては、むしろオルトナーさんが注意していた。

「ガニメート」の最後の長いフレーズについて、ホル氏が面白いエピソードを披露していた。
彼の師でもあるハンス・ホッターは最後のフレーズを一息で歌えない人はこの歌を歌ってはいけないと言っていたそうだ。
だが、そうすると、この曲を歌える人はわずかしかいなくなってしまうので、息継ぎをしてもいいから、音楽的に演奏することが大事だとホルは言う。
確かにリートはもともと選ばれた大歌手のためだけのものではなく、サロンのこじんまりとして雰囲気の中で歌われていたものだから、高度なテクニックを持たない者にも門戸は開かれているべきだろう。

今回聴いた歌手たちの中で私は最初の大江美里さんの美声と歌唱の素晴らしさに強い印象を受けた。
今後に期待したい歌手である。

また、珍しい「丘の少年」のレッスンもなかなか聞けない貴重な機会で、この曲を選曲したのは勇気がいることだったと思う。
中身の濃いレッスンであった。

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クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース/〈歌曲(リート)の森〉 ~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第16篇(2015年5月13日 トッパンホール)

〈歌曲(リート)の森〉 ~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第16篇
クリストフ・プレガルディエン(テノール)

2015年5月13日(水)19:00 トッパンホール

クリストフ・プレガルディエン(Christoph PRÉGARDIEN)(テノール)
ミヒャエル・ゲース(Michael GEES)(ピアノ)

マーラー(Mahler)/さすらう若人の歌(Lieder eines fahrenden Gesellen)
 第1曲 いとしいひとがお嫁に行く日は(Wenn mein Schatz Hochzeit macht)
 第2曲 今朝ぼくは野原を歩んだ(Ging heut morgen übers Feld)
 第3曲 ぼくは燃える剣をもっている(Ich hab' ein glühend Messer)
 第4曲 いとしいあの子のつぶらな瞳が(Die zwei blauen Augen von meinem Schatz)

ヴィルヘルム・キルマイヤー(Wilhelm Killmayer: 1927-)/ヘルダーリンの詩による歌曲集 第2巻より(Lieder aus Hölderlin-Lieder II)
 やさしい青空に(In lieblicher Bläue)
 人間(Der Mensch)
 あたかも雲を(Wie Wolken)
 ギリシア(Griechenland)

~休憩~

マーラー/《子供の魔法の角笛》より(Aus "Des Knaben Wunderhorn")
 この歌をつくったのはだれ?(Wer hat das Liedlein erdacht?)
 高い知性への賛美(Lob des hohen Verstandes)
 ラインの伝説(Rheinlegendchen)
 原光(Urlicht)
 トランペットが美しく鳴りひびくところ(Wo die schönen Trompeten blasen)
 死んだ鼓手(Revelge)

~アンコール~
マーラー/《5つのリュッケルトの詩による歌》より 私はこの世に捨てられて(Ich bin der Welt abhanden gekommen)

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クリストフ・プレガルディエンとミヒャエル・ゲースによるドイツリートのコンサートがトッパンホールで2夜にわたって行われた。
その1日目を聴いた。
本当は2日目のゲーテ歌曲集も聴きたかったが、残念ながらそちらは見送り。
空席の多さに驚いたが、演奏は真に感動的だった。

1日目のプログラムはマーラー歌曲を中心に、途中に1927年ミュンヒェン生まれというキルマイアーという作曲家のヘルダーリン歌曲集(全3巻)から第2巻最後の4曲が歌われた。

キルマイヤーの歌曲は、最初の「やさしい青空に」が長大なテキストによる規模の大き目な作品である以外は、どれもコンパクトな作品だった。
現代音楽の尖鋭性はここにはほとんどなく、後期ロマン派リートの伝統に位置付けてもおかしくないような曲調だったように感じられる。
ヘルダーリンのテキストによっていることもあってか、どこか深淵なところがあったようにも感じられる。
最初の3つの曲はいずれもピアノ後奏が長めだったのが印象的だった。

プレガルディエンの声は絶好調だった。
前から5列目ぐらいで聴くと、彼の声は確かにテノールなのだなぁと感じられる。
清澄で美しい声は健在で、高音に年齢から来るのであろう若干の苦しい箇所もあったものの、それすらも表現の一部に取り込んでしまう。
もはや細かい箇所をあれこれ論じることが無意味に感じられるほど、一貫して充実した音楽が響き渡った。
その語り口の素晴らしさと、各曲の空気を一瞬にして作り上げる表現は至芸と言っていいだろう。
マーラーの「さすらう若人の歌」では彼の歌唱がまだまだ十分に若者になりきって苦悩を表現していたのが素晴らしかった。
「子供の魔法の角笛」のコミカルかつシニカルな表現をかなり大胆に表現していたのも印象的だった。

ピアノのゲースは相変わらずの濃い演奏であった。
かつて彼の演奏をはじめて聞いた時は鼻白んだものだったが、こうして繰り返し彼の演奏に接していると、ドラマを強烈に強調した彼の音楽づくりはプレガルディエンの歌唱と不思議なほど相性がよいようなのだ。
そこに演奏姿勢の違いからくる居心地の悪さがないのである。
ゲースが蓋全開のピアノから大粒の音を鳴らしても、それがプレガルディエンの表現の一部として確かに絶妙なバランスを保っている。
長年のパートナーだからこそ得られた境地なのかもしれない。

生演奏ならではのハプニングもあった。
プレガルディエンは「ラインの伝説」の確か2節目後半の箇所で突然歌詞を忘れたのか、黙ってしまったのである。
すると、すかさずゲースがかなりのボリュームで歌詞を唱え、助け舟を出したのであった。
ピアノ伴奏者のエピソードとしてよく出てくる類の話だが、実際にこのような場面に出くわしたのは珍しいことである。
ピアノが奏でられている中でそっと気づかれないように歌詞をささやくだけでは、歌手には聞きとれないだろう。
ゲースは楽譜を見ながら弾いていたのは確かだが、あの咄嗟のサポートはおそらく歌詞を暗記していなければ出来なかったのではないか。
そういう意味で私は歌曲ピアニストとしてのゲースにちょっと尊敬の念を抱いたのであった。

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