宮本益光&辛島輝治/シューベルト「白鳥の歌」(2008年12月11日 日暮里サニーホールコンサートサロン)

独演コンサートシリーズ シューベルト三大歌曲集
2008年12月11日(木)19:00 日暮里サニーホールコンサートサロン

Miyamoto_karashima_2008宮本益光(Masumitsu Miyamoto)(BR)
辛島輝治(Teruji Karashima)(P)

シューベルト/「白鳥の歌(Schwanengesang)」D957

第1部
1.愛の便り(Liebesbotschaft)
2.戦士の予感(Kriegers Ahnung)
3.春の憧れ(Frühlingssehnsucht)
4.セレナーデ(Ständchen)
5.我が宿(Aufenthalt)
6.遠い地で(In der Ferne)
7.別れ(Abschied)

 ~休憩~

第2部
8.アトラス(Der Atlas)
9.彼女の絵姿(Ihr Bild)
10.漁師の娘(Das Fischermädchen)
11.街(Die Stadt)
12.海辺にて(Am Meer)
13.影法師(Der Doppelgänger)

 アンコール(シューベルト作曲)
1.鳩の便り(Taubenpost)D965A
2.この世からの別れ(Abschied von der Erde)D829

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JR日暮里駅から2~3分の距離にあるホテルラングウッドの4階にある日暮里サニーホールコンサートサロンで宮本益光構成による6回にわたる「シューベルト三大歌曲集」のシリーズが進行中である。
11日にその宮本益光による「白鳥の歌」のコンサートを聴いた。
ピアニストはベテランの辛島輝治。

まずホテルの場所が分かりづらくしばらく駅前をうろうろしてしまったが、分かってしまえばそれほど遠くなかった。
100席しかないというそのサロンは確かにこじんまりとした空間で、舞台と客席が近い。
宮本自身も語っていたが(軽妙なトークも彼の人気の一因だろう)、演奏者も一番後ろの席の客の顔まで見えるらしい。
音響面では乾いた響きだったように感じたが、リートを聴くには理想的な親密な空間だった。

シューベルトの「白鳥の歌」はレルシュタープ、ハイネ、ザイドルのテキストによる最晩年の深みと抒情の交錯した作品群である。シューベルトのあらゆる要素が詰め込まれた集大成のような歌曲集であり、特に後半のハイネ歌曲では最低限まで音を切り詰め、削ぎ落とし、新たな境地に足を踏み入れてさえいる。これを1人の歌手が歌いとおすのは並大抵のことではないだろう。

宮本の歌唱はとにかく勢いがある。
どの1曲からも熱い思い入れが感じられ、手抜きなく全力投球しているのが伝わってくる。
歩き回ることはないもののかなりアクションも大きく、全身で表現しているのが感じられる(お辞儀をする時も立位体前屈ばりの折り曲げ方である)。
歌の彫りの深さなどはまだこれからかもしれないが、今出来ることをエネルギッシュにぶつけてくるその姿勢は有無を言わさぬ彼独自の世界をつくりあげていて、新鮮でとても良かった。
彼の言うところの「修行」の場をさらに重ねて、さらなる高みをめざしてリートの活性化に一役買ってくれることを今後も期待したい。

辛島輝治との共演は宮本のたっての希望で実現したようだ。
枯淡の境地といったらいいだろうか、軽めの音で静かに淡々と弾き進められる中に、今の演奏家が失いつつある詩情が息づいている。
常に歌手に配慮したバランスを保っていた彼が「影法師」では実に雄弁に和音を響かせていたのが印象深かった。
アンコールで演奏された朗読とピアノのための珍しい「この世からの別れ」(メロドラマと呼ばれるジャンル)では辛島の詩情が最高に発揮されていて心にしみた。

ちなみにこの「この世からの別れ」の朗読、宮本は日本語訳ではなく、オリジナルのドイツ語で語った。
彼の意欲とシューベルトへの愛情、そして辛島氏への敬愛の念が充分伝わってきた気持ちのよいコンサートであった(配布された歌詞対訳も宮本氏自身によるものであった)。

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歌曲演奏家の世代交代

先日のペーター・シュライアーの引退コンサートは長いこと歌曲演奏の一つの時代を築いてきた人の最後の舞台に立ち会えた幸せを感じながら、未だその余韻に浸っています。

私が初めて関心を持った演奏家はフィッシャー=ディースカウとジェラルド・ムーアでしたが、その後にシュライアー、プライ、ホッター、シュヴァルツコプフ、アーメリング、マティス、ベイカーなど円熟の境地に達した大物たちの録音や実演に接して、歌曲の伝統の輝きが不滅のように感じていました。でも、とうに現役を引退していたムーアは1987年3月に亡くなり、ルートヴィヒ、ファスベンダー、F=ディースカウ、アーメリングの引退や、オジェー、ポップ、プライ、ホッター、スゼー、ロス・アンヘレス、ヴェルバやパーソンズの逝去など私が十代、二十代の頃に夢中で聴いてきた人たちが続々と過去の伝説と化していくのを寂しい思いをしながら受け入れてきました。

1980年代はF=ディースカウ、プライ、シュライアーの後継者が不在だと嘆かれ、歌曲の伝統もぷっつり途絶えてしまうのではないかと危惧された時期がありましたが、オーラフ・ベーアが現れナイーヴな感性で録音を多数出し始め、堅実な歌いぶりのアンドレアス・シュミットがF=ディースカウの愛弟子としてベーアと比較されたりし出してから、続々と新しい世代のリート演奏家たちが現れ、以前の不毛の時代が遠い過去の話に思えるほどです。女声ならボニー、フォン・オッター、それにわが国の至宝、白井光子なども同時期に盛期を迎えて歌曲の伝統を受け継いできました。ピアニストではヘルムート・ドイチュ、ルドルフ・ヤンセン、コルト・ガルベン、ロジャー・ヴィニョールズ、グレイアム・ジョンソンなどがパーソンズ、ボールドウィン、ゲイジ以降の名伴奏者の伝統をつないできました。

今はさらに新しい世代の歌手、ピアニストたちの花盛りといった感があります。彗星のごとくという言い方をしても言い過ぎではないと思えるイアン・ボストリッジを始め、ゲルネ、ゲンツ、ヘンシェル、ゲアハーヘル、ターフェル、バンゼ、ツィーザク、キルヒシュラーガーやマルコム・マーティノー、ユストゥス・ツァイエン、ウルリヒ・アイゼンローア、ゲロルト・フーバーなど新鮮な人材に不足しません。

一見華やかに見える歌曲演奏の世代交代ですが、F=ディースカウたち、私の親のような世代の人たちを懐かしんでしまうのは自分が年をとったということなのでしょうか。

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生誕*年記念

作曲家でも演奏家でも生誕*周年、あるいは没後*周年などといってきりのいい年を記念年に祭り上げる風潮がある。こういうとなんだかけちをつけているみたいだが、実は大歓迎で、記念の年に普段あまり接することのない曲や録音に出会える喜びは大きい。

生誕250年が間近のモーツァルトなど来年の大騒ぎが今から目に浮かぶようだが、地味ながらリートの演奏家たちも記念年を迎えている。例えば今年70歳のペーター・シュライアー、80歳のフィッシャー=ディースカウ、そして90歳のシュヴァルツコプフといった大家たちである。シュライアー以外は歌手としての活動をやめて久しいが、シュライアーも今週末と来週、東京で引退コンサートを開いて幕を閉じる。一時代を築いてきた巨匠たちが続々と活動に終止符を打つのは寂しい限りだが、時の流れには誰も逆らえない。

でも実演に接することが出来なくなっても過去の数々の録音で全盛期の名唱にいつでも接することが出来るのはうれしい。記念年の今年、フィッシャー=ディースカウは初音源を含む多くのCD、DVDが発売されてわくわくさせてもらった。DVDで出たサヴァリッシュとのリサイタルやエッシェンバッハとの「美しい水車屋の娘」はまだ購入していないが、さらに近日中にTDKからブレンデルとの「冬の旅」のDVDも出るようで、金欠の私には嬉しい悲鳴である。シュライアーはシューマン歌曲集の新録音がそろそろ店頭に出ている頃だろう。他方、シュヴァルツコプフは殆どのリートの録音がすでにCD復刻されているのか、今年特別な動きがないようだ。

同じリート演奏家でもリートのピアニストたちは記念年も殆ど関係がないようで残念だ。せめて名前を挙げて彼らの功績を称えたい。今年60歳なのがヘルムート・ドイチュ(墺)、マーティン・カッツ(米)、ロジャー・ヴィニョールズ(英)など、そして70歳になったのがブルーノ・カニーノ(伊)、コンラート・リヒター(独)などである。いずれも現役バリバリの名手ばかり、まだまだ妙技を楽しませてくれそうだ。

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