ドーナト夫妻、ローレンツ&ガルベン/ヴォルフ「イタリア歌曲集」映像(1988年シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭)

フーゴ・ヴォルフ(Hugo Wolf)/「イタリア歌曲集(Italienisches Liederbuch)」全46曲(79分25秒)

録画:1988年、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭(Schleswig Holstein Musikfestival)

ヘレン・ドーナト(Helen Donath)(S)
ジークフリート・ローレンツ(Siegfried Lorenz)(Br)
クラウス・ドーナト(Klaus Donath)(P)
コルト・ガルベン(Cord Garben)(P)

珍しい動画を見つけたのでご紹介します。
ヴォルフの全46曲からなる「イタリア歌曲集」のライヴ映像です。
歌手はソプラノのヘレン・ドーナトとバリトンのジークフリート・ローレンツ。
ピアノはそれぞれクラウス・ドーナト(ヘレンの夫)、コルト・ガルベンです。
この4人いずれも歌曲を演奏している動画は珍しいのではないかと思います。
特にジークフリート・ローレンツはF=ディースカウ、プライ後のドイツを担うリート歌手として取り上げられていた時期もあり、歌曲演奏の実績もしっかりある名歌手なので、こうして歌唱姿を見ることが出来るのはとても貴重です。
ドーナト夫妻は数多くの歌曲の録音を残していて、歌曲演奏者としての実力は広く知られていますので、彼らの演奏動画もまた嬉しいです。
そしてDGのプロデューサーとして、ディースカウやミケランジェリと組みながら、歌曲ピアニストとしても第一線で活躍していたガルベンの演奏もまた、注目されます。
ガルベンは若かりしボニーやオッター、シュミットらを世に出すきっかけとなった録音を企画したり、レーヴェの全歌曲を録音したりと、歌曲演奏史において決して忘れることの出来ない存在です。

ここで演奏されているヴォルフの「イタリア歌曲集」はイタリア起源の詩にドイツ人のパウル・ハイゼが独訳した歌詞によるもので、男女の恋愛の駆け引きが絶妙な音楽で描かれています。
ここでの演奏のように男女の歌手がそれぞれ異なるピアニストと演奏することで、よりドラマティックな効果が期待できそうです。

ヘレン・ドーナトのオペラで培った表現力は映像で見るとより楽しみを増します。
持ち前の美声による巧みな語りかけは、これらのささやかな歌曲を歌ううえでとても魅力的です。
ご主人のピアノは、例えば普段大音量で盛り上げるような曲の最後の和音をあえて軽めに弾くことによって、これらが庶民のささやかなドラマであることを思い出させてくれます。

ローレンツは見た目もいかにも真面目なドイツ人という感じですが、その歌声の柔らかさと伸縮自在な表現の幅で、歌曲歌手としての非凡さをあらためて認識させてくれます。
そして、同じくドイツ人的なガルベンの堅実なピアノもテキストの機微を見事に描いています。

ぜひお楽しみ下さい!

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モイツァ・エルトマン&マルコム・マルティノー/モイツァ・エルトマン ソプラノ・リサイタル(2016年4月20日 東京文化会館 大ホール)

都民劇場音楽サークル第636回定期公演
モイツァ・エルトマン ソプラノ・リサイタル

2016年4月20日(水)19:00 東京文化会館 大ホール

モイツァ・エルトマン(Mojca Erdmann)(ソプラノ)
マルコム・マルティノー(Malcolm Martineau)(ピアノ)

R.シュトラウス(Strauss)/もの言わぬ花(Die Verschwiegenen) Op.10-6
モーツァルト(Mozart)/すみれ(Das Veilchen) K.476
R.シュトラウス/花束を編みたかった(Ich wollt ein Sträusslein binden) Op.68-2
シューベルト(Schubert)/野ばら(Heidenröslein) D257
R.シュトラウス/イヌサフラン(Die Zeitlose) Op.10-7
シューマン(Schumann)/重苦しい夕べ(Der schwere Abend) Op.90-6

R.シュトラウス/オフィーリアの3つの歌(Drei Lieder der Ophelia) Op.67-1~3
 1.どうしたら私は本当の恋人を(Wie erkenn ich mein Treulieb)
 2.おはよう、今日は聖バレンタインの日(Guten Morgen, s'ist St. Valentinstag)
 3.むき出しのまま、棺台にのせられ(Sie trugen ihn auf der Bahre bloss)
リーム(Rihm: 1952-)/オフィーリアは歌う(Ophelia sings)
 [1. How should I your true love know]
 [2. Tomorrow is Saint Valentine's day]
 [3. They bore him bare-faced on the bier]

~休憩~

ライマン(Reimann: 1936-)/「オレア(Ollea)」より 2.ヘレナ(Helena)(無伴奏)
R.シュトラウス/夜(Die Nacht) Op.10-3
シューマン/レクイエム(Requiem) Op.90-7
R.シュトラウス/万霊節(Allerseelen) Op10-8
シューベルト/万霊節の連祷(Litanei) D343(全9節中、おそらくよく歌われる3つの節が歌われた)

R.シュトラウス/私は漂う(Ich schwebe) Op.48-2
メンデルスゾーン(Mendelssohn)/歌の翼に(Auf Flügeln des Gesanges) Op.34-2
R.シュトラウス/星(Der Stern) Op.69-1
ライマン/「オレア」より 4.賢い星(Kluge Sterne)(無伴奏)

~アンコール~

モーツァルト/夕べの想い(Abendempfindung) K.523
R.シュトラウス/明日(Morgen!) Op.27-4

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ドイツの売れっ子ソプラノ、モイツァ・エルトマンと、イギリス伴奏界のベテラン、マルコム・マルティノーによる歌曲の夕べを聴きに行った。
今年に入って歌曲のコンサートはこれが最初!
本当は1月にトーマス・バウアーを聴こうと思っていたのだが、気づいた時には終わっていた!
最近コンサート通いをあまりしなくなっていたのだが、久しぶりのリーダーアーベントはやはり良いなぁと思った。

以前にエルトマンを聴いた時はゲロルト・フーバーのピアノで、彼がかなり立体的な演奏で自己主張が強かった為、今回はマーティノーに変わり、歌とピアノが寄り添って溶け合っていたように感じた。

それにしてもエルトマンはまだリートの録音は少ないものの、今回のリサイタルのプログラミングはかなり凝ったもので、歌曲マニアをもうならせるに足る内容だった。
R.シュトラウスの歌曲の間に他の作曲家の歌曲を挟むというもので、シュトラウスと他の作曲家の感性の違いがお互いの魅力を光らせることになった。
最初に花にちなんだ作品が並んだが、それらがどれもぴりっとした苦味をもったものが選ばれていて、恋の雲行きが危うくなる前触れとなっていた。
そしてシェイクスピアの「ハムレット」の詩の独訳によるシュトラウスの「オフィーリアの3つの歌」が歌われた後、現役の作曲家ヴォルフガング・リームによる同じ詩の英語原詩による3曲が歌われた。
リームの3曲中、最初の2曲は突然マーティノーがセリフを語り、エルトマンと掛け合いの芝居のような感じとなったが、これは原作のGertrude(ガートルード)やClaudius(クローディアス)の台詞の箇所をマーティノーが語っていたのだろう。
ちなみにマーティノーの語り、なかなか良い声で違和感なく演奏に溶け込んでいた。

シュトラウスのどこまでも感覚的な愉悦を目指しているかのような爛熟したフレージングは、女声歌手にとっては魅力的に違いないし、エルトマンのクールな美声にはうってつけだった。
彼女はリリカルな作品もコロラトゥーラの必要な作品も実に見事に自分のものにしてしまう。
リートのレパートリーというのは歌手の適性に応じた作品が選ばれるわけだが、エルトマンの場合、歌おうと思えば、どんな作品も歌えてしまえるのではないかと思えるほどだ。
もちろん歌えるからといってそれがふさわしくない作品もあるだろうが、彼女の技術、音楽的な感性、そしてステージ映えする容姿など、天性のものも相まって、彼女には無限の可能性があるように感じられた。

言葉さばきは完璧、現代音楽の難解な作品の音程もおそらく完璧、高音から低音までよく訓練された響きは、東京文化会館の3階左の席にいた私にも明瞭に聞こえてきた。
涼やかな美声というと一見冷たく感じられやすいかもしれないが、そうならないのが彼女の凄さで、クールな響きが心地よい風のように聴き手に爽快感を感じさせてくれた。

前半後半それぞれ途中で一回ずつ拍手に答えて舞台に引っ込み、あらたなブロックを始めるという感じだが、有名な「野ばら」「万霊節」「歌の翼に」は終わるとすぐに拍手が来たりして、聴衆の反応もストレートである。

後半は最初と最後に現役作曲家で最近オペラ2作が日生劇場で上演されたことで注目を浴びたアリベルト・ライマンの4曲からなる歌曲集「オレア」(柴田克彦氏の解説によるとギリシャ語で「美」を意味する)からの2曲が置かれた。
これらは無伴奏なので、この時だけエルトマンが舞台右側へ移り、楽譜立ての前で一人スポットライトを浴びて歌うという形になった。
ライマンのオペラでもすでに慣れていたが、これらの歌曲も超人的な高音が多い印象だ。
それを難なくこなしてしまうエルトマンはただただ凄い。
後半最初の「Helena」で超絶的な技巧を聴かせた後に続けて歌われたシュトラウスの「夜」の何と美しかったことか。
後半は死をテーマにした曲で始まり、最後は天空に飛翔して星に到達する。
シューベルトの「連祷」などは録音ではよく聴くが実際に生で聴くことはこれまで少なかったと思う。
こんなに簡素なのに心のこもった響きはさすがシューベルトの天才を感じずにはいられない。

アンコールも本プログラムの続きでシュトラウスと交互の選曲が続き、しかも、夕暮れから翌日の日の出までの時の流れがテーマになっていて、最後までエルトマンの知性に貫かれた演奏会だった。
「夕べの想い」と「明日」、作られた時代も違う2曲がどちらも鎮魂歌のように聴き手の心に染み渡った。

そして、久しぶりに聴いたマルコム・マーティノーの演奏はもはや名人芸と言ってよいだろう。
今では珍しくピアノの蓋を短いスティックで軽く開けただけだったが、緩急、強弱、自由自在という感じで、強音でも決して汚い音にならずにコントロールされていたのが心地よかった。
彼のピアノは例えば往年のジェフリー・パーソンズのようなピアノパートだけでソロのような完結した美音を貫くというタイプではなく、曲に応じ、多彩なパレットを使い分け、時には奥に引っ込み、時には前面に出て、あくまで歌との一体感に重きを置く演奏をしていた。
いまや円熟期を迎えた伴奏者の名人芸にも感銘を受けたこの日のコンサートだった。

ちなみに招聘元のジャパンアーツのツイッターに当日のお二人の写真がありました!
 こちら

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アンネリーゼ・ローテンベルガー&ギュンター・ヴァイセンボルン/リサイタル映像

往年の名ソプラノ、アンネリーゼ・ローテンベルガーのリサイタル映像がアップされていたので、ご紹介します。

ローテンベルガーはオペラ、歌曲、それに本国のテレビ出演などで人気の高かった歌手で、録音も多く、来日公演もあったらしいですが、私はこれだけまとまった歌曲リサイタルの映像を見るのははじめてです。
しかも、ピアノのパートナーは小林道夫らを育てた歌曲ピアノの名手で、F=ディースカウやプライとの共演も多かったギュンター・ヴァイセンボルンです。
彼の映像も珍しいと思います。

今回の映像、シューベルトなどのお馴染みの曲と並んで、マイアベーアやシュポーアのクラリネット助奏付き歌曲など比較的演奏される機会の稀な作品も取り上げられていて、リートファン必見です!

実際、ローテンベルガーの伸びやかで可憐な美声がたっぷり堪能出来ます。
ヴァイセンボルンのピアノも優れたテクニックによる含蓄に富んだ演奏です。
アップしてくれた方に感謝です。
なお、「笑ったり泣いたり」以降は乱れがあり、映像と音が合っていませんが、想像力で補っていただきながら、楽しんで下さい。
ぜひご覧下さい!

アンネリーゼ・ローテンベルガー(Anneliese Rothenberger)(S)
ギュンター・ヴァイセンボルン(Günther Weissenborn)(piano)
ゲルト・シュタルケ(Gerd Starke)(clarinet)(マイアベーア, シュポーア)

00:23 マイアベーア(Meyerbeer)/羊飼いの歌(Hirtenlied)
06:16 シュポーア(Spohr)/二重唱(Zwiegesang), 子守歌(Wiegenlied)
12:21 シューマン(Schumann)/耐え忍ぶ花(Die Blume der Ergebung)
15:21 シューベルト(Schubert)/笑ったり泣いたり(Lachen und Weinen), 夜と夢(Nacht und Träume), 野ばら(Heidenröslein)
22:22 グリーグ(Grieg)/君を愛す(Ich liebe Dich), 白鳥(Ein Schwan), 小舟で(Im Kahne)(グリーグはドイツ語訳による歌唱)
29:14 ヴォルフ(Wolf)/春だ(Er ist's)

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アンネ・ソフィー・フォン・オッター&カミラ・ティリング&ジュリアス・ドレイク/リサイタル(2015年9月25日 東京オペラシティ コンサートホール)

アンネ・ソフィー・フォン・オッター and カミラ・ティリング in リサイタル

2015年9月25日(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

アンネ・ソフィー・フォン・オッター(Anne Sofie von Otter)(メゾソプラノ)
カミラ・ティリング(Camilla Tilling)(ソプラノ)
ジュリアス・ドレイク(Julius Drake)(ピアノ)

メンデルスゾーン(Mendelssohn)
挨拶Op. 63-3 (デュエット)

リンドブラード(Lindblad: 1801-1878)
夏の日(ティリング)
警告(フォン・オッター)
少女の朝の瞑想(デュエット)

グリーク(Grieg)
「6つの歌」Op.48 (ティリング)
 挨拶
 いつの日か、わが想いよ
 世のならい
 秘密を守るナイチンゲール
 薔薇の季節に
 夢

シューベルト(Schubert)
ますD550(フォン・オッター)
夕映えの中でD799(フォン・オッター)
シルヴィアにD891(フォン・オッター)
若き修道女D828(フォン・オッター)

メンデルスゾーン
渡り鳥の別れの歌Op.63-2 (デュエット)
すずらんと花々Op.63-6 (デュエット) 

~休憩~

マイアベーア(Meyerbeer)
シシリエンヌ(ティリング)
来たれ、愛する人よ(フォン・オッター)
美しい漁師の娘(フォン・オッター)

マスネ(Massenet)
喜び!(デュエット)

フォーレ(Fauré)
黄金の涙Op.72(デュエット)

シュトラウス(Richard Strauss)
憩え、わが魂よOp.27-1(フォン・ オッター)
たそがれの夢Op.29-1(ティリング)
どうして秘密にしておけようかOp.19-4(フォン・オッター)
ひそやかな誘いOp.27-3(ティリング)
明日!Op.27-4(フォン・オッター)
ツェツィーリエOp.27-2(ティリング)

~アンコール~
オッフェンバック/「ホフマン物語」より「舟歌」
ブラームス/姉妹
フンパーディンク/「ヘンゼルとグレーテル」より「夜には、私は眠りに行きたい」
ベニー・アンダーソン&ビョルン・ウルヴァース/ミュージカル「クリスティーナ」より「The Wonders」

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アンネ・ソフィー・フォン・オッターを初台で聴いた。
オッターは9年ぶりの来日とのこと。
私は今回はじめて彼女の実演に接して、リート歌手としての言葉さばきの細やかさが強く印象に残った。
そしてメゾとはいえ、重い声というわけではなく、ソプラノのような軽やかさが持ち味の彼女の美声はまだまだ魅力的に感じられた。

私の席はステージ真横の2階、ピアニストの背中が真正面に来る位置なので、二人の女声歌手は右後方から見る形となる。
ドレイクの鍵盤の指さばきははっきり見られて面白かったし、二人の歌手の横顔の表情の変化なども楽しめたが、やはり音のバランス的には最良とはいかない席だった。
しかし、これだけ視覚的に楽しませてもらえれば贅沢だろう。
従って、彼女たちの声量については確かなことは言えないのだが、60歳を迎えたオッターのヴォリュームはおそらく圧倒するほどではなかったのではないか。
彼女の声質はもともと北欧的な要素の薄い、すっきりしたものなので、かえって国際的な活動にはそれが効を奏したという面もあるだろう。
今回のプログラミングも北欧の曲を取り入れつつも、ドイツ語、フランス語の歌曲が中心に選ばれていた。

ティリングはまだ40代半ばの若いソプラノ。
ちょっとボニーを思わせるリリカルな声の持ち主で、ショートカットなところも似ている。
だが、彼女には北欧歌手らしい細かいヴィブラートと押し出しの強さがあり、北欧の伝統の中から生まれた歌手という印象である。
オッターと比較するのは酷だが、まだ色合いの持ち駒は豊富とは言えないようで、これからさらに進化していくのだろう。
ただ、声の美しさと言葉さばきの巧みさなど、なかなか良いものをもった歌手という印象は感じられ、今後活躍していくのではないだろうか。

オッターはもう貫禄の歌唱。
決して声で圧するタイプではないようだが、伸ばすところではホールに美声が響き渡る。
すっきりした声で知的に描かれるそれぞれの歌は、オッターの顔の表情やちょっとしたお茶目な仕草なども加わって、一つの情景が浮かぶようだった。

また、デュエットの数々では、オッターが頻繁にティリングに顔を向けて、アイコンタクトをとろうとしていたのに対して、ティリングは真正面を向き、オッターに比べると若干硬い感もなきにしもあらずだった。
しかし、二人の声は、声種の違いがほとんど感じられず、絶妙に溶け合って、美しいハーモニーが会場を包み込んだ。
この2人のデュエットはちょっと類のないぐらいの緊密な響きで、ソロも良かったけれど、それ以上にデュエットが楽しかったというのが正直なところだ。

ドレイクのピアノはまさに歌に寄り添ったものだった。
恵まれた大きな手はしかし、必要以上に派手に動かすことはなく、鍵盤上をすっきりと這い回っていた。
手首をやや上げ気味にして、レガートの箇所はまさに歌っているかのように指を這わせていて、主に高音部を強調し、バス音は重要な場面のみ響かせ、後は歌手に配慮した音量だった。
「夕映えの中で」など、広い音域をアルペッジョにせずに弾けるのは恵まれた手をしている証だろう。
「明日!」でののめりこむことなく旋律を美しく歌わせるところなど、さすが一流の伴奏ピアニストだと思わされた。

ドレイクのような超一流のピアニストとの共演を聴けたのはもちろん嬉しいことだが、せっかくオッターの来日公演なのだから、彼女のいつものパートナーのベンクト・フォシュベリも聴いてみたかった気がする。
都合が合わなかったのだろうか。

なお、ステージにカメラが設置されていたので、おそらくそのうちBSで放映されるのではないか。
そちらも楽しみに待ちたい。

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ディアナ・ダムラウ&ヘルムート・ドイチュ/シュヴァルツェンベルク・シューベルト・ライヴRadio4配信中(期間限定)

毎年オーストリアの閑静な場所で開かれているシューベルティアーデから、ソプラノのディアナ・ダムラウと、ピアニストのヘルムート・ドイチュによる今年行われたばかりのライヴがオランダのRadio4で期間限定配信されています。

 こちら

上記のサイトの「Luister concert」をクリックすると全曲続けて流れます。
ブロックごとに聞きたい時は、その下の4つの再生ボタンのうち、お好きなボタンをクリックしてお聞き下さい。

曲目などデータは以下のとおりです。

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ライヴ録音:2015年6月21日, Angelika Kauffmann Hall, Schwarzenberg

ディアナ・ダムラウ(Diana Damrau) (sopraan)
ヘルムート・ドイチュ(Helmut Deutsch) (piano)
ポール・メイエ(Paul Meyer) (klarinet)(D.965)

フランツ・シューベルト(Franz Schubert):

大都会から遠く(Ferne von der großen Stadt) D.483
春の歌(Frühlingslied) D.398
春の信仰(Frühlingsglaube) D.686
春の歌(Frühlingslied) D.919
大地(Die Erde) D.579B
緑野の歌(Das Lied im Grünen) D.917

岩の上の羊飼い(Der Hirt auf dem Felsen) D.965

愛はいたる道に漂う(Liebe schwärmt auf allen Wegen) D.239/6
愛(Die Liebe) D.522
あちらこちらに矢が飛び交う(Hin und wieder fliegen Pfeile) D.239/3
アノット・ライルの歌(Lied der Anne Lyle) D.830

エレンの歌Ⅰ(憩え、兵士よ)、Ⅱ(狩人よ、狩をやめよ)、Ⅲ(アヴェ・マリア)(Ellens Gesänge aus Walter Scotts "The Lady of the Lake") D.837-839
マリア像(Das Marienbild) D.623
ひめやかな恋(Heimliches Lieben) D.922
デルフィーネ(Delphine) D.857/1

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ダムラウの伸縮自在で細やかな表現はリートそのものの魅力を伝えてくれますし、ベテラン、ドイチュのピアノは余裕すら感じられる変幻自在のタッチで堅実に演奏しています。

期間限定配信ですので、興味のある方はくれぐれもお早めに!

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サンドリーヌ・ピオー&スーザン・マノフ/~Evocation 美しい想い出への喚起~(2015年5月21日 王子ホール)

サンドリーヌ・ピオー ~Evocation 美しい想い出への喚起~

2015年5月21日(木)19:00 王子ホール

サンドリーヌ・ピオー(Sandrine Piau)(ソプラノ)
スーザン・マノフ(Susan Manoff)(ピアノ)

ケクラン(Koechlin)/グラディスのための7つの歌(Les sept chansons pour Gladys) Op.151
 1.愛の神は告げた(M'a dit Amour)
 2.縛るつもりが(Tu croyais le tenir)
 3.罠に落ちながら(Prise au piège)
 4.ナイアス(La Naïade)
 5.嵐(Le Cyclone)
 6.鳩(La Colombe)
 7.運命(Fatum)

ツェムリンスキー(Zemlinsky)/
愛と春(Liebe und Frühling)
夜の森を歩くとき(Wandl' ich im Wald des Abends)
ばらのリボン(Das Rosenband)
春の歌(Frühlingslied)

ドビュッシー(Debussy)/
西風(Zéphyr)
「ロマンス」より そぞろな悩める心(Romance "L'âme évaporée...")
麦の花(Fleur des blés)
星月夜(Nuit d'étoiles)

~休憩~

シェーンベルク(Schönberg)/4つの歌(Vier Lieder) Op.2
 1.期待(Erwartung)
 2.ほしいのは黄金の櫛(Schenk mir deinen goldenen Kamm)
 3.昂ぶる心(Erhebung)
 4.森の陽光(Waldsonne)

ショーソン(Chausson)/
魅惑(Le charme) Op.2-2
セレナード(Sérénade) Op.13
蜂雀(Le Colibri) Oop.2-7
リラの花咲く頃(Le temps des lilas) Op.19

R.シュトラウス(R.Strauss)/おとめの花(Mädchenblumen) Op.22(全4曲)
 1.矢車菊(Kornblumen)
 2.けしの花(Mohnblumen)
 3.きづた(Epheu)
 4.睡蓮(Wasserrose)

~アンコール~
フォーレ(Fauré)/シルヴィ
フォーレ/ひめごと
ドビュッシー(Debussy)/あやつり人形
ドビュッシー/美しき夕べ

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サンドリーヌ・ピオーとスーザン・マノフによる王子ホールのリサイタルは今回も実に充実した時間でした。
実は聴いてから記事を書かずに放置してしまって記憶の定かでない点もありますので、申し訳ありませんが詳細は書かないことにします。

絶頂期といってもいいピオーはばらばらな6人の作曲家の作品それぞれの核心に迫った充実した歌唱を聴かせてくれていましたし、なにしろ独仏のディクションが素晴らしいです!
ピアノのマノフは前回聴いた時に感じた感情的な部分は影をひそめ、知的に繊細にコントロールされ尽くした至芸を聴かせてくれました。
とにかく、知っている曲も未知の曲も二人の卓越した演奏家によって素晴らしく満ち足りた演奏となっていました。

アンコールで耳馴染みな曲が演奏されたのもほっと一息つけて良かったです。
歌曲の演奏家として、この二人に注目していきたいと思いました。

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ナタリー・デセイ(ドゥセ)&フィリップ・カサール/デュオ・リサイタル(2014年4月14日 サントリーホール)

ナタリー・デセイ(ドゥセ)&フィリップ・カサール デュオ・リサイタル

2014年4月14日(月)19:00 サントリーホール

ナタリー・デセイ(ドゥセ)(Natalie Dessay)(Soprano)
フィリップ・カサール(Philippe Cassard)(Piano)

クララ・シューマン(C.Schumann)作曲
美しいために私を愛するのなら(Liebst du um Schönheit)作品12-2
ひそやかな語らい(Geheimes Flüstern)作品23-3
彼らは互いに愛し合っていた(Sie liebten sich beide)作品13-2
風雨の中を彼はやって来た(Er ist gekommen in Sturm und Regen)作品12-1

ブラームス(Brahms)作曲
ひばりの歌(Lerchengesang)作品70-2
私の歌(Meine Lieder)作品106-4
秘めごと(Geheimnis)作品71-3

デュパルク(Duparc)作曲
旅への誘い(L'Invitation au voyage)
恍惚(Extase)

R.シュトラウス(R.Strauss)作曲
私の心は迷う(Ich schwebe)作品48-2
すいれん(Wasserrose)作品22-4
夜(Die Nacht)作品10-3
春のひしめき(Frühlingsgedränge)作品26-1

~休憩~

フォーレ(Fauré)作曲
夢のあとに(Après un rêve)作品7-1
月の光(Clair de lune)作品46-2
牢獄(Prison)作品83-1
マンドリン(Mandoline)作品58-1
ひめやかに(En sourdine)作品58-2

プーランク(Poulenc)作曲
偽りの婚約(Les Fiançailles pour rire)
 1.アンドレの貴婦人(La Dame d'André)
 2.草の中に(Dans l'herbe)
 3.飛んでいる(Il vole)
 4.私の屍は手袋のように柔らかい(Mon cadavre est doux comme un gant)
 5.ヴァイオリン(Violon)
 6.花(Fleurs)

ドビュッシー(Debussy)作曲
現れ(Apparition)
アリエルのロマンス(Romance d'Ariel)

~アンコール~
ショーソン(Chausson)/はちどり(Le colibri)
ラフマニノフ(Rachmaninov)/ここは素晴らしい場所(Zdes′ khorosho)Op.21-7
ドリーブ(Delibes)/歌劇「ラクメ(Lakmé)」より〜あなたは私に一番美しい夢をくれた

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世界の歌姫ナタリー・ドゥセの日本初リサイタルをサントリーホールで聴いた。
ちなみに、彼女の名前、「デセイ」という表記が一般的のようだが、何度かネットラジオで聞いた限りでは「ナタリ・ドゥセ」というのが原音に近い。
以下の動画の6:17あたりから彼女自身と司会者の2人が「ナタリ・ドゥセ」と発音しているのを確認することが出来る。

ドゥセの歌曲リサイタルはドイツリートから始まった。
しかも、最近取り上げられる機会も増えてきたクラーラ・シューマンによる作品4曲である。
どちらかというと素直でつつましやかで内面的な曲調の作品を選んだドゥセの意図は想像するしかないが、オペラでの超絶技巧とは一線を画した歌を歌おうという決意のようなものもあるのではないだろうか。

続くブラームスの3曲もひそやかな美しさをもった佳品であり(私の大好きな3曲でもあった!)、ドゥセの披露したいドイツリートがこれらの小さく咲く花にあるのが想像される。
そしてデュパルクで官能の響きに包み、前半最後はシュトラウスのやはり重く激しい曲を避けた選曲で締めくくる。

休憩をはさんで、今度はドゥセのお国もので、フォーレ、プーランク、ドビュッシーの名品が歌われたが、フォーレの「牢獄」などいくつかが重い曲である以外はおおむね特有の軽やかさをもった作品が多い。

ドゥセが数々のオペラで魅せたのとは全く異なる側面を披露しようとしているように感じられた。

さて、ステージに登場したドゥセは体のラインにぴったりな輝くドレスに身を包み、シンプルだがゴージャスなオーラを発散していた。
彼女は風邪をひいていたのだろう、声がしばしばかすれ(特にソットヴォーチェで)、曲間でも咳をしていた。
だが、一流の歌姫は肝心の聴かせどころでは朗々とした美声を響かせるのがさすがと思った。
高く透明でよく響く彼女の声は天性のものだろう。
この声の魅力にあらがうことは出来ない。
聴き手はまず、その声の魅力にとらえられる。
しかし、それだけではない。
彼女のディクションはお国ものだけでなく、ドイツリートでもしっかりしていた。
彼女はここぞというところではもちろんボリュームをあげてホールを包み込むが、むしろこのリサイタルでは張りあげない声の表現にも美質があったように感じられた。
抑制した声を維持している時のホールの響きに包まれる素晴らしさ。
ダイナミクスを自在にコントロール出来る彼女だからこその世界だろう。
これで調子が良かったらどんなに良かったろうと思うが、彼女は出来る範囲で最善のことはしたと思う。
時折声がかすれながらも決して投げやりにならずに丁寧に歌を紡いでいった。
そのことにも感銘を受けた。
また、彼女は歌いながら腕をひらひら動かしたり、体をくねらせたりしていたのが印象的だった。

プーランクの「ヴァイオリン」での色気のある表現がとりわけ素晴らしかった。
アンコールでラフマニノフのロシア語歌曲まで披露したのには驚いた。
語学の才能に恵まれているのだろう。

今回、彼女の共演者として同行したのはフランスのフィリップ・カッサール。
彼がドゥセを歌曲の世界(特にドビュッシー)に引き寄せたとのことで、我々はカッサールに感謝せねばならない。
そして、カッサールのピアノの響きの素晴らしさもまた特筆すべきものだった。
あのサントリーの大ホールを完全にコントロールしきったピアノは、ドゥセを支えると共に、各歌曲の核心を伝えるものだった。
小さな曲のつらなりが完結しながらつながっていく様はカッサールの豊かな音楽性によるところが大きいと思う。
ソロも伴奏も自在にこなすこのピアニストに今後注目していきたい。

大好きなブラームスや馴染みの薄かったC.シューマンの歌曲、さらにネイティヴによる美しい発音によるフランス歌曲の数々を、オペラスターによって聴けたのは得難い機会だった。

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ソフィー・ダヌマン&イアン・ボストリッジ&ジュリアス・ドレイク/東京春祭 歌曲シリーズ vol.14(2014年4月12日 東京文化会館 小ホール)

東京・春・音楽祭-東京のオペラの森2014-
東京春祭 歌曲シリーズ vol.14
ソフィー・ダヌマン(ソプラノ)&イアン・ボストリッジ(テノール)

2014年4月12日(土)18:00 東京文化会館 小ホール

ソフィー・ダヌマン(Sophie Daneman)(Soprano)
イアン・ボストリッジ(Ian Bostridge)(Tenor)
ジュリアス・ドレイク(Julius Drake)(Piano)

シューマン(Robert Schumann)作曲

4つの二重唱曲(Vier Duette) op.78(ダヌマン&ボストリッジ)
 舞踏歌(Tanzlied)
 彼と彼女(Er und Sie)
 あなたを想う(Ich denke dein)
 子守歌-病気で寝ている子供のために-(Wiegenlied am Lager eines kranken Kindes)

5つのリート(Fünf Lieder) op.40(ボストリッジ)
 においすみれ(Märzveilchen)
 母親の夢(Muttertraum)
 兵士(Der Soldat)
 楽師(Der Spielmann)
 露見した恋(Verratene Liebe)

「子供のための歌のアルバム」op.79より(from Liederalbum für die Jugend)(ダヌマン)
 もう春だ(Er ist's)
 てんとう虫(Marienwürmchen)
 眠りの精(Der Sandmann)
 ゆきのはな(Schneeglöckchen)
 牛飼いの別れ(Des Sennen Abschied)
 ミニョン(Kennst du das Land, wo die Zitronen blühn)

「ロマンスとバラード 第4集(Romanzen und Balladen)」op.64
 兵士の花嫁(Die Soldatenbraut)(ダヌマン)
 捨てられた女中(Das verlassene Mägdlein)(ダヌマン)
 悲劇(Tragödie)
  Ⅰ. ぼくと駆け落ちして(Entflieh mit mir)(ボストリッジ)
  Ⅱ. 春の夜に霜がおり(Es fiel ein Reif in der Frühlingsnacht)(ボストリッジ)
  Ⅲ. 2人の墓の上には(Auf ihrem Grab)(ダヌマン&ボストリッジ)

〜休憩〜

歌曲集「ミルテの花」op.25より(from Myrthen)
 献呈(Widmung)(ダヌマン)
 自由な心(Freisinn)(ボストリッジ)
 くるみの木(Der Nussbaum)(ダヌマン)
 『西東詩集』-"酌童の巻"よりⅠ(Aus den Schenkenbuch des "Westöstlichen Divan" I)(ボストリッジ)
 『西東詩集』-"酌童の巻"よりⅡ(Aus den Schenkenbuch des "Westöstlichen Divan" II)(ボストリッジ)
 まだ見ぬ人(Jemand)(ダヌマン)
 2つのヴェネツィアの歌Ⅰ(Zwei venezianisches Lieder I)(ボストリッジ)
 2つのヴェネツィアの歌Ⅱ(Zwei venezianisches Lieder II)(ボストリッジ)
 はすの花(Die Lotosblume)(ダヌマン)
 ぼくの心はくらい(Mein Herz ist schwer)(ボストリッジ)
 ズライカの歌(Lied der Suleika)(ダヌマン)
 きみは花のよう(Du bist wie eine Blume)(ボストリッジ)
 東方のばらより(Aus den östliche Rosen)(ダヌマン)
 終りに(Zum Schluss)(ボストリッジ)

4つの二重唱曲(Vier Duette) op.34(ダヌマン&ボストリッジ)
 愛の苑生(Liebesgarten)
 求愛のセレナーデ(Liebhabers Ständchen)
 窓の下で(Unterm Fenster)
 家族の肖像(Familien-Gemälde)

~アンコール~
シューベルト(Schubert)/光と愛(Licht und Liebe) D352(ダヌマン&ボストリッジ)

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本来メゾソプラノのアンゲリカ・キルヒシュラーガーとボストリッジ&ドレイクによって、ヴォルフの「スペイン歌曲集」抜粋が演奏される予定だったのだが、キルヒシュラーガーが体調不良とのことで来日できず、代役にソフィー・ダヌマンを迎えて、オール・シューマン・プログラムに変更になった。
キルヒシュラーガーの「スペイン歌曲集」が聴けなくなったのは楽しみにしていただけあって本当に残念だが、迅速な対応で別プログラムを開催してくれただけでも有難いことである。

よく考えてみたら、このようにシューマンの独唱曲、重唱曲だけで一夜のプログラムを組むのは珍しいことではないだろうか。
かなり昔にエディット・マティスと小松英典がコルト・ガルベンのピアノでシューマン・プログラムを組んだのを聴いたことがあったが、それ以来だろうか。

代役を引き受けてくれたソプラノのソフィー・ダヌマン(発音は「デーンマン」ではないのだろうか?)は生で聴くのは初めてだが、CDではメンデルスゾーンやヴォルフの歌曲集にその名前があり、聴いていたことになる。
実際に聴いた彼女は古楽で活躍しているということもあるのだろう、癖のない清澄な声で丁寧に歌を紡いでいくリリック・ソプラノという印象である。
声量は必ずしも豊かというほどではないが、届かないわけではない。
だが、コンサートの最初のころはまだ硬さが感じられ、声が届ききっていない感じだった。
彼女の素晴らしいところは、その歌の丁寧さもそうだが、まずはその笑顔である。
ボストリッジがいつも難しい顔をしているから余計に目立つのかもしれないが、ダヌマンはステージへの出入りも含め、拍手に応じる時など、本当に気持ちのいい笑顔をしているのである。
芸の内容さえ良ければよいという考え方もあるだろうが、パフォーマーである以上、笑顔で微笑みかけてくれたら、悪い気は誰もしないだろう。
きっと素敵な人に違いないと思わせてくれる自然な笑顔の持ち主は、聴き手を視覚的にも心地よくさせてくれたのである。

今回のプログラムは、前半最初と後半最後に二重唱曲を置き、その間に独唱曲をはさむ形をとっていた(その他には前半最後の「悲劇Ⅲ」も二重唱曲)。

その二重唱曲は楽譜立てに楽譜を置いて歌われたが、そこで面白いことを発見した。
普段ソロだと気まぐれに歩き回るボストリッジだが、楽譜立ての前だと、多少動きはつけるものの、その場から移動しなかったのである。
楽譜を見なければならないという事情はあるだろうが、まっすぐ立って歌うボストリッジは新鮮だった(というか、それが普通のような気もするが)。
だが、独唱曲になると、やはり移動したり、上半身を反ったり折り曲げたりと、忙しい。
そうすることで彼の素晴らしい歌が生まれてくるのなら、その動きも許容しなければならないだろう。
だが、テキストの内容にもよるが、たまに意味もなくポケットに手をつっこんで歌うのは直した方がいい気もするが。

とはいえ歌に関してはやはりボストリッジ、素晴らしい。
シューマンのテキストを完全に自分のものとして、ドラマティックに表現する。
彼特有の声のユニークな美しさも相まって、シューマンの歌曲の様々な表情が分かりやすく表現される。
文化会館小ホールの親密な空間に彼の豊かな響きが満ちあふれるのは素晴らしい瞬間だ。
それから時々声色を変えて言葉の重みを加えるのも印象的だった。
例えば「母親の夢」では、眠る赤ちゃんに母親がうっとりと喜びをかみしめる一方で、外のカラスがいずれ自分たちの餌になるのさと歌う箇所があるが、そこでの苦み走ったような歌い方は、ボストリッジのテキスト解釈を分かりやすい形で表現したのだろう。

最初に歌われた「4つの二重唱曲」op.78の最初の2曲はムーアの引退コンサートでシュヴァルツコプフとF=ディースカウが披露したので知っていたが、男女二人だからこそのレパートリーもこうした優れた作品があるのだから、こういう二重唱の機会はもっとあってもいいのかもしれない。
この曲集の最後に置かれた「子守歌-病気で寝ている子供のために-」はピアノの響きがいかにもシューマネスクで、一度聴いただけで印象に残ったものだった。
久しぶりに今回聴いて、やはり個性的で優れた作品だなと思った。

「ロマンスとバラード 第4集」op.64は最後に3曲からなる「悲劇」という歌曲群があるのだが、なぜか3曲目のみ二重唱なので、こういう機会でもないとなかなか取り上げられない。
そういう意味でも今回の選曲はうれしい。
「悲劇」の2曲目「春の夜に霜がおり」はF=ディースカウがよく歌っていたので、懐かしく聴いた。
ボストリッジでさえF=ディースカウと比べると、まだダイナミクスの変化も大人しい方だった(どちらがいいということではないが)。

「ミルテの花」では有名曲ももれなく網羅して、短縮版としてよい選曲だった。
今回は歌わない方は上手のいすに座り、ほぼ1曲ごとに入れ替わるのだが、座っている時のボストリッジも体を左右に大きく曲げたりと自由さ全開だった。
だが、こうしてあらためてまとめて聴いてみると「ミルテの花」はやはりシューマンのういういしさが感じられて素敵な歌曲集だと感じた。

最後の「4つの二重唱曲」op.34は2曲目と3曲目が男を女の家に入れる入れないの駆け引きで面白い。
こういう機会でもないと聴けないので大いに楽しんだ。
4曲目の「家族の肖像」は2つの異なる世代のカップルの心温まる交流を歌っている。こういうテーマの歌曲は珍しいのではないか。

アンコールのシューベルト「光と愛」も美しい作品である。

ドレイクの安定した、かつ立体的なピアノがどれほどこのコンサートの成功に大きく寄与したことか。
今回もピアノの蓋はわずかに開けられただけだったが、繊細に歌を支える時でも音が薄くなってしまわず、絶妙のバランスを保っていたのである。

なお、このコンサートは、いずれ東京春祭のサイトで期間限定の映像配信がされる予定だそうだ。

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マルリス・ペーターゼン&イェンドリック・シュプリンガー/東京春祭 歌曲シリーズ vol.12(2014年3月29日 東京文化会館 小ホール)

東京・春・音楽祭-東京のオペラの森2014-
東京春祭 歌曲シリーズ vol.12マルリス・ペーターゼン(ソプラノ)

2014年3月29日(土)18:00 東京文化会館 小ホール

マルリス・ペーターゼン(Marlis Petersen)(ソプラノ)
イェンドリック・シュプリンガー(Jendrik Springer)(ピアノ)

R.シュトラウス(R.Strauss)/献呈(Zueignung) op.10-1

シューマン(Schumann)/《女の愛と生涯(Frauenliebe und -leben)》op.42
1.彼に会ってから(Seit ich ihn gesehen)
2.だれにもまさる彼(Er, der Herrlichste von allen)
3.私にはわからない、信じられない(Ich kann's nicht fassen, nicht glauben)
4.私の指につけた指環よ(Du Ring an meinem Finger)
5.姉妹よ、手をかして(Helft mir, ihr Schwestern)
6.やさしい友よ、あなたは見つめる(Süsser Freund, du blickest)
7.私の心に、私の胸に(An meinem Herzen, an meiner Brust)
8.あなたは初めての悲しみを私に与えた(Nun hast du mir den ersten Schmerz getan)

R.シュトラウス/《おとめの花(Mädchenblumen)》op.22
1.矢車菊(Kornblumen)
2.けしの花(Mohnblumen)
3.きづた(Epheu)
4.すいれん(Wasserrose)

~休憩(Intermission)~

R.シュトラウス/オフィーリアの歌(Lieder der Ophelia)(《6つの歌》op.67より)
1.どうしたらほんとうの恋人を見分けられるだろう(Wie erkenn' ich mein Treulieb)
2.おはよう、今日は聖ヴァレンタインの日(Guten Morgen, 's ist Sankt Velentinstag)
3.彼女は布もかけずに棺台にのせられ(Sie trugen ihn auf der Bahre bloss)

リーム(Rihm: 1952-)/《赤(Das Rot)》
1.真紅(Hochrot)
2.すべては音もなくうつろに(Ist alles stumm und leer)
3.少年の朝のあいさつ(Des Knaben Morgengruss)
4.少年の夜のあいさつ(Des Knaben Abendgruss)
5.クロイツァーへ(An Creuzer)
6.あなたは暗闇を好む(Liebst du das Dunkel)

R.シュトラウス/ツェチーリエ(Cäcilie) op.27-2

~アンコール~

R.シュトラウス/万霊節(Allerseelen) op.10-8
シューマン/献呈(Widmung) op.25-1
即興「さくら」

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二日連続で東京文化会館の小ホールに来ることも珍しい。
しかもどちらも歌曲の夕べ。
私としてはうれしい2 daysだ。

今年は東京・春・音楽祭が10周年を迎えたとのこと。
おめでとうございます。
このシリーズは実行委員長の鈴木幸一氏が私財を投げ打って始めたと聞いた。
最初は動員も厳しかったそうだが、今はすっかり春の恒例イベントに定着した感がある。
今回は(いつも通り無料で)配布される分厚いプログラムに過去10年の全公演の記録も掲載されているので、このプログラムめあてに何か1公演聴かれるのもいいかもしれない。

今日聴くのは、ドイツ出身の今活躍中のソプラノ、マルリス・ペーターゼンの初リサイタル。
ピアノ共演はこの音楽祭ではお馴染みのイェンドリック・シュプリンガー。

今回のコンサートについて、演奏者2人の名前によるコメントがあり、テーマは「女性」とのこと。
シューマンの「女の愛と生涯」や、ハムレットによるシュトラウスの「オフィーリアの歌」は言うまでもないが、シュトラウスの歌曲集「おとめの花」は男性が女性を花にたとえた内容である。
そしてリームの「赤」という歌曲集の詩はカロリーネ・フォン・ギュンダーローデという女性の手による。
この人は、演奏者のコメントによれば「既婚の愛人、文献学者のフリードリヒ・クロイツァーが最終的に彼女のもとを去った時、26歳で自害」したとのこと。
歌曲集の5曲目の「クロイツァー」というのは愛人に向けての内容ということになる。

そのリームの歌曲集「赤」は、あまり現代音楽特有の趣は強くなく、歌の旋律などは後期ロマン派の流れといってもいいぐらいに親しみやすい。
ピアノパートもそれほど奇抜ではなく、歌唱パートに寄り添っているのは明らかだ。

ペーターゼンはカラフルな花をあしらった明るいドレスで登場した。
髪も一部をピンクに染めて、快活な現代っ子という感じ。
だが、その歌唱はリート歌唱の伝統を受け継ぐに足る充実したものだった。

声は基本リリックソプラノのようだが、芯があり、ボリュームも豊かで朗々とよく響く。
クールな美声と恵まれた容姿をもち、すでに完成されたアーティストという印象だ。
リームの歌曲集のみ楽譜を見ながらの歌唱だったが、他はもちろん暗譜。
シュトラウスの名品の数々も生き生きと躍動感にあふれて歌われ、しっとりとした趣の「おとめの花」の中の歌も魅力的な歌唱。
シューマンの「女の愛と生涯」はテキストに沿った丁寧な歌唱で、主人公になりきって歌ってはいるものの、第三者的な冷静な目も感じさせる。
そのクールな声の質感からそう感じさせられるのか。
リームの歌曲集では音の跳躍やら音程やらのおそらく難関を余裕で突破した見事な歌唱。

そして「ツェチーリエ」でドラマティックに締めくくる。
リート歌手としての知性と感性のバランスの良さを感じさせる逸材と思う。

アンコールはシュトラウスとシューマンから名作を1曲ずつ。
そして、最後は桜の美しさに触発されて短い即興を歌ってみせた(シュプリンガーのみやびやかな分散和音にのって)。

ピアノのイェンドリック・シュプリンガーはその対応能力の高さを感じさせた。
1972年ゲッティンゲン生まれというからまだ40台に入ったところ。
軽めのタッチだが、曲の特徴をよくつかんだ演奏を聴かせる。
上半身をゆっくり回転させながら演奏するのが特徴的だ。
今後の成熟が楽しみである。

演奏会前に寄った上野公園はすでに花見客でごったがえしている。
しかし、その活気もまた今の日本には必要なものだろう。
上野の森に耳と目を堪能させてもらった。

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Petersen_springer_autograph_2014032←二人のサイン(右下がペーターゼン、左上がシュプリンガー)

Tokyo_bunka_kaikan_20140329←東京文化会館がリボンで結ばれています。

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髙橋節子&田代和久&平島誠也/ドイツ歌曲の夕べ ~シューマンとブラームス~(2014年03月13日 日暮里サニーホール コンサートサロン)

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ドイツ歌曲の夕べ ~シューマンとブラームス~
Liederabend “Werke von Schumann und Brahms”

2014年03月13日(木)19:00 日暮里サニーホール コンサートサロン(全自由席)

髙橋節子(Setsuko TAKAHASHI)(ソプラノ)
田代和久(Kazuhisa TASHIRO)(パリトン)
平島誠也(Seiya HIRASHIMA)(ピアノ)

ブラームス(J.Brahms)/ドイツ民謡集より(Deutsche Volkslieder)
谷の底では(Da unten im Tale) WoO33-6(髙橋&田代)
どうしたら戸を開けて入れるのだ?(Wie komm ich denn zur Tür herein?) WoO33-34(髙橋&田代)
月が明るく照らなければ(Soll sich der Mond nicht heller scheinen) WoO33-35(1,3,4,5節)(髙橋&田代)
あるヴァイオリン弾き(Es wohnet ein Fiedler) WoO33-36(髙橋&田代)

ブラームス/ダウマーの詩による歌曲(Lieder nach Texten von Daumer)
便り(Botschaft)(田代)
私の女王様、あなたは何と(Wie bist du, meine Königin)(田代)
僕らはさまよい歩いた(Wir wandelten)(田代)
なまあたたかく大気は淀み(Unbewegte laue Luft)(田代)

シューマン(R.Schumann)/レーナウの6つの詩とレクイエム 作品90より(Sechs Gedichte von Nikolaus Lenau und Requiem Op.90)
私の薔薇(Meine Rose)(髙橋)
羊飼いの娘(Die Sennin)(髙橋)
孤独(Einsamkeit)(髙橋)
陰鬱な夕暮れ(Der schwere Abend)(髙橋)
レクイエム(Requiem)(髙橋)

~休憩~

シューマン/ゲーテのヴィルヘルムマイスターにもとづくリートと歌 作品98a(Lieder und Gesange aus "Wilhelm Meister" von Johann Wolfgang von Goethe Op.98a)
1.ご存知ですか、レモンの花が咲くあの国を(Kennst du das Land, wo die Zitronen blühn)(髙橋)
2.竪琴弾きのバラード(Ballade des Harfners)(田代)
3.ただ憧れを知る人だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt)(髙橋)
4.涙と共にパンを食べたことのない者(Wie nie sein Brot mit Tränen aß)(田代)
5.語れと言わないで(Heiß mich nicht reden)(髙橋)
6.孤独に身を浸す者は(Wer sich der Einsamkeit ergibt)(田代)
7.悲しい調子で歌うのはやめて(Singet nicht in Trauertönen)(髙橋)
8.戸口にそっと歩み寄り(An die Türen will ich schleichen)(田代)
9.このままの姿でいさせてください(So laßt mich scheinen)(髙橋)

~アンコール~
シューマン/私はあなたを思う(Ich denke dein) Op.78-3(髙橋&田代)
ブラームス/静かな夜に(In stiller Nacht) WoO33-42(髙橋&田代)

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ソプラノの髙橋節子とバリトンの田代和久、そしてピアノの平島誠也による歌曲の夕べを聴くのは今回で2度目である。
いずれも安定した実力の持ち主だけあって、この日暮里の小さな空間がドイツロマン派の空気に染まったのだった。
男女の歌手が揃ってはじめて可能な選曲がここではなされていて、ブラームスの「ドイツ民謡集」の恋人同士のやりとりはまさにうってつけ。
一方でそれぞれの歌手の持ち味が生かされたソロ曲も披露され、田代さんはブラームスを、髙橋さんはシューマンを歌った。
ブラームスの4曲はいずれも有名な作品で、田代氏の充実した美声が遺憾なく発揮された。
一方のシューマンは名作との誉れ高い「レーナウの6つの詩とレクイエム」からの抜粋で、とりわけ「陰鬱な夕暮れ」は歌、ピアノともに極めて充実した演奏だった。

後半が意欲的な選曲で、シューマンがゲーテの「ヴィルヘルムマイスター」から選んで作曲した歌曲を出版した通りの順序で演奏するというものである。
これこそ名歌手2人が揃わないと実現できない企画であり、この選曲にブラヴォーである。
これまで竪琴弾きやミニョンのテキストによる歌曲で私が最初に思い浮かべるのはシューベルトやヴォルフによるもので、シューマンによるものではなかった。
だがこれらのシューマンの作品をじっくり聴いてみると、シューマンの心の闇が深く反映されているように感じられ、テキストに対するシューマンの感受性の豊かさを改めて思わずにはいられない。
この歌曲集、頭でっかちで、最初の2曲が長めで、その後はミニアチュールが続く。
だが、「このままの姿でいさせてください」で控えめに歌曲集を締めくくるなど、なんとも粋ではないか。
最後にクライマックスをもってくるだけがいいわけではないのである。
竪琴弾きの歌の中では「涙と共にパンを食べたことのない者」が非常にドラマティックで驚かされるが、他の2曲も感動的で、もっと演奏されてよいだろう。
シューベルトやヴォルフの「歌びと」と同じ歌詞の「竪琴弾きのバラード」をはじめ、他のどの作曲家にも増してピアノパートに「竪琴」の響きが頻出するのが興味深かった。

髙橋さんは声量が徐々に豊かさをもち、後半でその良さが最大に開花した。
ドイツ語の響きの美しさと、テキストの主人公になりきる歌唱は胸を打たれるものがあった。
田代さんはダンディでノーブルな声をもつ。
なんとも耳に心地よい声の質と表現力で聴き手を魅了した。
平島さんのピアノは、端正な中に歌手への深い気配りが感じられ、歌の呼吸に合わせて絶妙に伸縮するピアノは歌手にとって得難いものだろう。
後半のシューマンの演奏ではとりわけ魂がこもっていて、端正かつ美しく絡み合う響きで、シューマネスクな世界を形成していた。

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