オーストリアのシューベルティアーデの過去記録アーカイブ

ヘルマン・プライが提唱してオーストリアで長く継続中のシューベルティアーデの過去プログラムが閲覧できるようになっていました。
日程順に見ることも出来ますし、アーティストごとに見ることも出来ます。
上の写真の左下にあるDEかENをクリックすることで、ドイツ語表記と英語表記を切り替えられます。

日程順はこちら

アーティストごとはこちら(past eventsをクリックして表示されたコンサートのDetailsをクリックすると、それぞれのプログラムが表示されます)

ちなみにシューベルティアーデの歴史についてもまとめられています。
 こちら

アーティストの一部をピックアップしておきましょう(声種別のアルファベット順。最後は伴奏ピアニスト。ここに挙げた以外に大物、中堅は沢山います)。

エリー・アーメリング

バーバラ・ボニー

エディット・マティス

ルチア・ポップ

エリーザベト・シュヴァルツコプフ

プリギッテ・ファンスベンダー

クリスタ・ルートヴィヒ

白井光子

ペーター・シュライアー

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ

ハンス・ホッター

ヘルマン・プライ

ヘルムート・ドイチュ

アーウィン・ゲイジ

グレアム・ジョンソン

ジェフリー・パーソンズ

エリック・ヴェルバ

面白いのが、普段リートの伴奏に並外れた情熱を注いでいるピアニストのレナード・ホカンソン、コンラート・リヒター、アーウィン・ゲイジの3人が1981年6月17日に一同に会して、シューベルトのピアノ・ソロ曲を演奏していることです。

 こちら

シューベルト作曲
3つのピアノ曲D946(ホカンソン)
ソナタ ハ短調D958(リヒター)
6つの楽興の時D780(ゲイジ)
即興曲 ヘ短調D935/1(ゲイジ)
ハンガリーのメロディー ロ短調D817(ゲイジ)
グラーツのワルツとトリオD924/12,D610(ゲイジ)

いずれもプライの伴奏者として名高い人たちですが、ソロ活動もしており、どの曲に誰が振り分けられているかを知ると何となく納得してしまいます。

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ロベルト・ホル&みどり・オルトナー/ロベルト・ホル バス・バリトンリサイタル(2016年11月27日 川口リリア・音楽ホール)

ロベルト・ホル バス・バリトンリサイタル
シューベルト! ~自然を描く幻想画家

2016年11月27日(日)14:00 川口リリア・音楽ホール

ロベルト・ホル(Robert Holl)(バス・バリトン)
みどり・オルトナー(Midori Ortner)(ピアノ)

シューベルト(Schubert)作曲

戸外にて D880
花の便り D622
春に D882

愛らしい星 D861
星々 D939
夜のすみれ D752
しおれた花 D795-18(「美しき水車小屋の娘」より)

野ばら D257
羊飼いの嘆きの歌 D121
月に寄せて D296
魔王 D328

~休憩~

丘の上の少年 D702
秋 D945
夕べの画像 D650

菩提樹 D911-5(「冬の旅」より)

夕映え D690
月に寄せて D193
夜と夢 D827

冬の夕べ D938

~アンコール~

音楽に寄せて D547

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1年ぶりにロベルト・ホルとみどり・オルトナーが川口リリアに帰ってきてくれた。
彼らの川口でのリーダーアーベントを昨年聴いた時はオルトナーさんの解説が非常に分かりやすく、気さくなお人柄も感じられて、もちろん演奏も素晴らしく、このコンビのコンサートが再び聴けることを心待ちにしていたのである。

今回も客席はかなりの盛況で、熱心な歌曲ファンが集まった。
この日はオール・シューベルト・プログラムで、どうやら選曲はオルトナーさんがしたようだ。
四季の移り変わりや、夜、月、星、夢、花など、歌曲の重要なテーマを盛り込んだ選曲のようだ。

「羊飼いの嘆きの歌」はオルトナーさん自身の解説にもあったように、珍しい前奏付きの版で演奏された。

ホルは今回はトークに加わらず、オルトナーさんの解説の間は横の椅子に腰掛けていた。
オルトナーさんはご自分のことを「とても真面目なディスクジョッキー」というような言い方をしていたが、その解説は各曲に対する造詣の深さと愛着が強く感じられて、それぞれの曲を聴くうえでの大きな道しるべとなった。
いっそオルトナーさんによるシューベルト歌曲全曲の解説本を出してほしいほどだ。

ホルの声は相変わらず、地の底から響き渡るような朗々とした低音が素晴らしく、声の艶は見事に保たれていた。
各曲に対する表情の細やかさも素晴らしく、どの曲も血肉となった表現で聴かせてくれた。
歌曲に対する真摯な姿勢がどの作品からも感じられ、とても充実した音楽を聴いたという気持ちにさせてくれた。
右手を動かす癖も健在だったが、それが鑑賞を妨げるほどではない。
彼の「魔王」を聴いたのはおそらくはじめてだったが、4つの役を違和感なく聴かせる術はさすがベテランの貫禄であった。
ちなみに「魔王」についてオルトナーさんは「ピアニストにとって地獄の曲」と語って笑いを誘っていた。
オルトナーさんの「魔王」の演奏は左手を効果的に使って右手の連打を助けていたが、それが実に自然で、全く見事な「魔王」だった。

オルトナーさんのピアノは、蓋を全開にしていて、バランスはもちろん見事にコントロールされていたが、あたかもシューベルトの即興曲を聴いているかのようなコードの美しさ、内声の浮き上げ方、明瞭なタッチによる立体感、ホルを導くリズム感の見事さ、そしてよく歌うメロディなど、その美質を挙げだしたらきりがない。
オルトナーさんはホルのことを「巨匠」と呼んでいたが、オルトナーさんもすでに「巨匠」のような素晴らしい演奏を聞かせてくれた。
ホルが日本に他のピアニストを連れてこないのも納得である。

なお、事前にピアニストが立ち上がるまでは拍手をしないようにアナウンスがあったが、曲のつながりが重要な歌曲のコンサートでは、拍手のタイミングをあらかじめ指示してくれるのは有難い。

アンコールの「音楽に寄せて」は胸にしみた。

なお、このコンサートの後に、昨年同様公開レッスンが催されたが、私は都合により、そちらは聞けなかった。
きっと受講生にとっても聴衆にとってもためになるレッスンが繰り広げられたのではないだろうか。

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ペーター・レーゼルのバッハ、そしてモーツァルト(2016年5月11日 紀尾井ホール)

ペーター・レーゼルのバッハ、そしてモーツァルト
Peter Rösel plays J.S.Bach and Mozart

2016年5月11日(水)19:00 紀尾井ホール

ペーター・レーゼル(Peter Rösel)(P)

J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach)/イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971 (Italian Concerto in F major, BWV971)
 I. -
 II. Andante
 III. Presto

J.S.バッハ/パルティータ第4番 ニ長調 BWV828 (Partita No.4 in D major, BWV 828)
 1. Overture
 2. Allemande
 3. Courante
 4. Aria
 5. Sarabande
 6. Menuet
 7. Gigue

~休憩~

モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)/ソナタ ニ長調 KV576(Sonata in D major, BWV576)
 I. Allegro
 II. Adagio
 III. Allegretto

モーツァルト/幻想曲とソナタ ハ短調 KV475/KV457(Fantasie in C minor, KV475; Sonata in C minor, KV457)
 I. Molto allegro
 II. Adagio
 III. Allegro assai

~アンコール~
J.S.バッハ/フランス組曲第5番ト長調BWV816より 第4曲ガヴォット
J.S.バッハ;レーゼル編/主よ人の望みの喜びよBWV147-6

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ペーター・レーゼルのリサイタルを2年ぶりに聴いた。
彼とゆかりの深い紀尾井ホールの客席はほぼ満席に近い状態で、いかに彼の演奏が日本の聴衆に受け入れられているかをうかがわせる。

1945年2月生まれのレーゼルはすでに71歳。
しかし舞台に登場した彼はこれまでとなんら変わることのない早めの足取りでピアノの前に進んだ。
お元気そうである。
私が生で彼のバッハやモーツァルトを聴くのは今回がはじめて。
これまでベートーヴェンのソナタやロマン派の多くの名作を通じて、レーゼルの高い技巧に裏打ちされた安定した演奏は知ってはいたが、今回あらためてレーゼルのもつ温かみあふれる音楽に魅了された。

バッハもモーツァルトも練習曲のように、あるいは機械のように演奏されかねない作品ではあるが、レーゼルのタッチは一瞬たりともそのような方向に陥ることはなかった。
決して思い入れたっぷりの演奏というわけでもないのに、紡ぎだされる音に常に血が通っているのである。
技術的にも最後のモーツァルトのソナタハ短調の最終楽章でやや疲れが感じられた他はほぼ完璧であった。

バッハの音楽がこれほど人間味にあふれて聞こえることはそうそうあることではない。
レーゼルはテンポやダイナミクスを決して派手に対比させる人ではないのだが、どのフレーズをとっても血が通っていて、それゆえにバッハのポリフォニーが生き生きと輝くのだ。

モーツァルトのソナタ ニ長調も奇をてらわず、あくまで正攻法なのだが、響き出す音の一音一音がとにかく温かいのである。
一方、幻想曲 ハ短調KV475とソナタ ハ短調KV457は、連続して演奏されることが多く、今回も続けて演奏されたのだが、悲劇の中にほのかな光を灯すのがレーゼルの魅力と感じた。
実は「幻想曲ハ短調KV475」は私が遠い昔、下手なピアノをかじっていた頃、先生から教材として与えられた作品だった。
当時私はその先生から楽譜を与えられるまで、この作品を一度も聴いたことがなかった。
まだ少ない小遣いをやりくりしていた学生時代なので、レコードも持っておらず、楽譜を前に格闘していたことを今でもよく覚えている。
従って、この曲に関しては、ピアニストの誰かの演奏を知る前に、自分で音を出して初めて知るという難しさと楽しさを与えてくれた思い出深い作品だった。
この作品、10分強ある様々な部分からなる曲で、とても初心者の手に負えない技術的な難所もあるのだが、それ以前に異なる音楽の羅列から一つの流れを作るのがとても難しかったのを覚えている。
そんな個人的な思い入れのある作品である為、実演でこの曲を聴く時は、純粋に作品として楽しめない嫌いがあったのだ。
だが、今回のレーゼルの演奏は、久しぶりにこの曲に接したということもあるのだろうが、モーツァルトの作品として冷静に聴くことが出来た方だと思う。
それにしてもうまい人が弾くと、こんなに違うものかと思い知らされた、この日のレーゼルの演奏だった。

アンコールはバッハを2曲。
「主よ人の望みの喜びよ」はマイラ・ヘスの編曲版が著名だが、今回聴きながらヘス版にちょっと手を加えているのかと思っていたら、レーゼル自身の編曲とのこと。
マイラ・ヘスも往年のピアニストであり、同じピアニストとしてレーゼルも自分なりのアレンジを加えたくなったのかもしれない。
心に染みる名演だった。

まだまだ現役ばりばりのテクニックと、ますます魅力を増す音楽性をもった彼のさらなる活動を楽しみにしたいと思う。

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モイツァ・エルトマン&マルコム・マルティノー/モイツァ・エルトマン ソプラノ・リサイタル(2016年4月20日 東京文化会館 大ホール)

都民劇場音楽サークル第636回定期公演
モイツァ・エルトマン ソプラノ・リサイタル

2016年4月20日(水)19:00 東京文化会館 大ホール

モイツァ・エルトマン(Mojca Erdmann)(ソプラノ)
マルコム・マルティノー(Malcolm Martineau)(ピアノ)

R.シュトラウス(Strauss)/もの言わぬ花(Die Verschwiegenen) Op.10-6
モーツァルト(Mozart)/すみれ(Das Veilchen) K.476
R.シュトラウス/花束を編みたかった(Ich wollt ein Sträusslein binden) Op.68-2
シューベルト(Schubert)/野ばら(Heidenröslein) D257
R.シュトラウス/イヌサフラン(Die Zeitlose) Op.10-7
シューマン(Schumann)/重苦しい夕べ(Der schwere Abend) Op.90-6

R.シュトラウス/オフィーリアの3つの歌(Drei Lieder der Ophelia) Op.67-1~3
 1.どうしたら私は本当の恋人を(Wie erkenn ich mein Treulieb)
 2.おはよう、今日は聖バレンタインの日(Guten Morgen, s'ist St. Valentinstag)
 3.むき出しのまま、棺台にのせられ(Sie trugen ihn auf der Bahre bloss)
リーム(Rihm: 1952-)/オフィーリアは歌う(Ophelia sings)
 [1. How should I your true love know]
 [2. Tomorrow is Saint Valentine's day]
 [3. They bore him bare-faced on the bier]

~休憩~

ライマン(Reimann: 1936-)/「オレア(Ollea)」より 2.ヘレナ(Helena)(無伴奏)
R.シュトラウス/夜(Die Nacht) Op.10-3
シューマン/レクイエム(Requiem) Op.90-7
R.シュトラウス/万霊節(Allerseelen) Op10-8
シューベルト/万霊節の連祷(Litanei) D343(全9節中、おそらくよく歌われる3つの節が歌われた)

R.シュトラウス/私は漂う(Ich schwebe) Op.48-2
メンデルスゾーン(Mendelssohn)/歌の翼に(Auf Flügeln des Gesanges) Op.34-2
R.シュトラウス/星(Der Stern) Op.69-1
ライマン/「オレア」より 4.賢い星(Kluge Sterne)(無伴奏)

~アンコール~

モーツァルト/夕べの想い(Abendempfindung) K.523
R.シュトラウス/明日(Morgen!) Op.27-4

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ドイツの売れっ子ソプラノ、モイツァ・エルトマンと、イギリス伴奏界のベテラン、マルコム・マルティノーによる歌曲の夕べを聴きに行った。
今年に入って歌曲のコンサートはこれが最初!
本当は1月にトーマス・バウアーを聴こうと思っていたのだが、気づいた時には終わっていた!
最近コンサート通いをあまりしなくなっていたのだが、久しぶりのリーダーアーベントはやはり良いなぁと思った。

以前にエルトマンを聴いた時はゲロルト・フーバーのピアノで、彼がかなり立体的な演奏で自己主張が強かった為、今回はマーティノーに変わり、歌とピアノが寄り添って溶け合っていたように感じた。

それにしてもエルトマンはまだリートの録音は少ないものの、今回のリサイタルのプログラミングはかなり凝ったもので、歌曲マニアをもうならせるに足る内容だった。
R.シュトラウスの歌曲の間に他の作曲家の歌曲を挟むというもので、シュトラウスと他の作曲家の感性の違いがお互いの魅力を光らせることになった。
最初に花にちなんだ作品が並んだが、それらがどれもぴりっとした苦味をもったものが選ばれていて、恋の雲行きが危うくなる前触れとなっていた。
そしてシェイクスピアの「ハムレット」の詩の独訳によるシュトラウスの「オフィーリアの3つの歌」が歌われた後、現役の作曲家ヴォルフガング・リームによる同じ詩の英語原詩による3曲が歌われた。
リームの3曲中、最初の2曲は突然マーティノーがセリフを語り、エルトマンと掛け合いの芝居のような感じとなったが、これは原作のGertrude(ガートルード)やClaudius(クローディアス)の台詞の箇所をマーティノーが語っていたのだろう。
ちなみにマーティノーの語り、なかなか良い声で違和感なく演奏に溶け込んでいた。

シュトラウスのどこまでも感覚的な愉悦を目指しているかのような爛熟したフレージングは、女声歌手にとっては魅力的に違いないし、エルトマンのクールな美声にはうってつけだった。
彼女はリリカルな作品もコロラトゥーラの必要な作品も実に見事に自分のものにしてしまう。
リートのレパートリーというのは歌手の適性に応じた作品が選ばれるわけだが、エルトマンの場合、歌おうと思えば、どんな作品も歌えてしまえるのではないかと思えるほどだ。
もちろん歌えるからといってそれがふさわしくない作品もあるだろうが、彼女の技術、音楽的な感性、そしてステージ映えする容姿など、天性のものも相まって、彼女には無限の可能性があるように感じられた。

言葉さばきは完璧、現代音楽の難解な作品の音程もおそらく完璧、高音から低音までよく訓練された響きは、東京文化会館の3階左の席にいた私にも明瞭に聞こえてきた。
涼やかな美声というと一見冷たく感じられやすいかもしれないが、そうならないのが彼女の凄さで、クールな響きが心地よい風のように聴き手に爽快感を感じさせてくれた。

前半後半それぞれ途中で一回ずつ拍手に答えて舞台に引っ込み、あらたなブロックを始めるという感じだが、有名な「野ばら」「万霊節」「歌の翼に」は終わるとすぐに拍手が来たりして、聴衆の反応もストレートである。

後半は最初と最後に現役作曲家で最近オペラ2作が日生劇場で上演されたことで注目を浴びたアリベルト・ライマンの4曲からなる歌曲集「オレア」(柴田克彦氏の解説によるとギリシャ語で「美」を意味する)からの2曲が置かれた。
これらは無伴奏なので、この時だけエルトマンが舞台右側へ移り、楽譜立ての前で一人スポットライトを浴びて歌うという形になった。
ライマンのオペラでもすでに慣れていたが、これらの歌曲も超人的な高音が多い印象だ。
それを難なくこなしてしまうエルトマンはただただ凄い。
後半最初の「Helena」で超絶的な技巧を聴かせた後に続けて歌われたシュトラウスの「夜」の何と美しかったことか。
後半は死をテーマにした曲で始まり、最後は天空に飛翔して星に到達する。
シューベルトの「連祷」などは録音ではよく聴くが実際に生で聴くことはこれまで少なかったと思う。
こんなに簡素なのに心のこもった響きはさすがシューベルトの天才を感じずにはいられない。

アンコールも本プログラムの続きでシュトラウスと交互の選曲が続き、しかも、夕暮れから翌日の日の出までの時の流れがテーマになっていて、最後までエルトマンの知性に貫かれた演奏会だった。
「夕べの想い」と「明日」、作られた時代も違う2曲がどちらも鎮魂歌のように聴き手の心に染み渡った。

そして、久しぶりに聴いたマルコム・マーティノーの演奏はもはや名人芸と言ってよいだろう。
今では珍しくピアノの蓋を短いスティックで軽く開けただけだったが、緩急、強弱、自由自在という感じで、強音でも決して汚い音にならずにコントロールされていたのが心地よかった。
彼のピアノは例えば往年のジェフリー・パーソンズのようなピアノパートだけでソロのような完結した美音を貫くというタイプではなく、曲に応じ、多彩なパレットを使い分け、時には奥に引っ込み、時には前面に出て、あくまで歌との一体感に重きを置く演奏をしていた。
いまや円熟期を迎えた伴奏者の名人芸にも感銘を受けたこの日のコンサートだった。

ちなみに招聘元のジャパンアーツのツイッターに当日のお二人の写真がありました!
 こちら

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マルティーナ・キュルシュナー/パイプオルガン無料演奏会(2016年4月9日 川口リリア・音楽ホール)

リリア・プロムナード・コンサート
パイプオルガン無料演奏会

2016年4月9日(土)11:00 川口リリア・音楽ホール

マルティーナ・キュルシュナー(Martina Kürschner)(Organ)

キュルシュナー(Martina Kürschner)/即興演奏Ⅰ ヘンデルとヴィヴァルディのオマージュ(Improvisation I: Hommage a G.F.Händel und A.Vivaldi)

ブクステフーデ(Dietrich Buxtehude: 1637-1707)/いまぞ我ら聖霊に願いたてまつる("Nun bitten wir den Heiligen Geist" BuxWV208)

クレランボー(Louis N.Clérambault: 1676-1749)/『第2旋法の組曲(Suite du II. Ton)』より
 プランジュ/デュオ/トリオ/バスをクロモルネで/フルート/レシをナザートで/グラン・ジュによるディアローグ(Plain Jeu - Duo - Trio - Basse de Cromorne - Flutes - Recit de Nazard - Caprice sur les Grands Jeux)

キュルシュナー/即興演奏Ⅱ リリアホールのオルガンを賛えて 我らに平和を(Improvisation II: Hommage an die Orgel der Lilia-Hall "Verleih uns Frieden gnädiglich...")

バッハ(Johann S. Bach: 1685-1750)/人よ、汝の罪の大いなるを嘆け("O Mensch, bewein dein Sünde groß")

バッハ/ピース・ドゥ・オルグ(Pièce d'Orgue, [BWV572])
 速く/重々しく/遅く(Tres vitement - Gravement - Lentement)

アラン(Jehan Alain: 1911-1940)/架空庭園(Le Jardin Suspendu)

キュルシュナー/即興演奏Ⅲ 詩篇104編による祭壇画 ジャン・アランへのオマージュ(Improvisation III: Tryptichon über Psalm 104: Hommage a Jehan Alain)

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なんと今年初めて(!)のクラシックコンサートに出かけた。
家から近い川口リリアで、しかも無料のオルガンコンサートである。
客層は年配の方が多い印象だが、よく入っていた。

舞台に登場したマルティーナ・キュルシュナー女史はマイクを使い、非常に耳に心地よいソフトな声で英語の解説を5分ぐらいしてから演奏を始めた。
休憩なしの1時間ぐらいのコンサートの予定だったようだが、実際に終演したのは12時30分だった(アンコールはなし)から、ほぼフルコンサートを休みなしで聴いたことになる。
演奏者は大変だったのではないか。
彼女は即興演奏が得意とのことで、プログラムの最初と真ん中、最後にテーマをもった即興演奏を行い、その合間に古今のオルガンの名曲を織り込むという凝った内容だった。
とはいってもオルガンのレパートリーに疎い私はただただオルガンの多彩な響きに身を任せ、古式ゆかしい作品から、現代的な作品まで、たっぷり堪能した。
ジャン・アランの作品が演奏されていたが、彼の妹は、キュルシュナーも師事していた故マリー=クレール・アランである。
私が初めて聴いたオルガンの外来演奏家がM-C.アランだったので世代交代を感じて感慨深い。

これだけ充実した演奏会が無料で聴けるとは申し訳ないぐらいの気持ちだ。
ちなみに1日2回開かれた今回のコンサートの最初の部(11時開演)に出かけたが、土曜日に2回に分けて開催されるというのは、聴き手の都合のよい時間が選べて有難い。
こうした催しを今後も機会を見つけて聴いていきたい。

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住宅情報館 presents Every Little Thing 20th Anniversary Best Hit Tour 2015-2016~Tabitabi~(2016年3月20日 東京国際フォーラム ホールA)

※今回はクラシック音楽の記事ではありません。
あらかじめご了承下さい。

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住宅情報館 presents
Every Little Thing 20th Anniversary Best Hit Tour 2015-2016~Tabitabi~

2016年3月20日(日)18:00-20:30 東京国際フォーラム ホールA

Every Little Thing(持田香織、伊藤一朗)

岩崎太整(キーボード、ギター、バンドマスター)
タナカマコト(キーボード)
笠原直樹(ベース)
髭白健(ドラムス)
山口めぐみ(コーラス)
FIRE HORNS(管楽器)

M1. Shapes Of Love
M2. Free Walkin'

M3. ANATA TO

M4. Time goes by
M5. ソラアイ

M6. レインボー
M7. Everything
M8. fragile

M9. azure moon
M10. water(s)

M11. jump
M12. Phone jamming (Instrumental)
M13. Feel My Heart
M14. Grip!

M15. 出逢った頃のように
M16. ON AND ON

-ENCORES-

M1. KIRA KIRA
M2. Dear My Friend

M3. このは

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1996年8月7日に「Feel My Heart」でデビューしたEvery Little Thingの20周年を記念したツアーTabitabiに参加してきました。
いつもは東京公演では追加公演があって土日の2 daysとなるのですが、なぜか今回は日曜公演のみでした(全国的なホール改修の影響でしょうか)。

今回はオープニングの効果音と映像がなく、部屋の中を模したセットに一人ずつ登場しては、明かりを灯して、本番前の思い思いの準備をするという設定のようでした。
いきなり持田さんの登場でしたが、部屋を端から端まで進んでは方向を変えて進む形で中央に進むと明かりを灯して、楽屋でのストレッチのようなことをし出します。一朗さんやサポートメンバーも同様に登場しては、チューニングのようなことをやっていました。
これらが完全な演出のもとに行われているのだろうなという感じがして新鮮でした。

サポートメンバーはおなじみのガッサン(ベースの笠原直樹さん)以外は総入れ替えで、最近テレビなどで持田さんの後ろで歌っているコーラスのメグさんも出演していましたし、管楽器の3人組が曲中の息の合ったダンスも含めて、曲に新鮮な響きを与えていました。

最初に歌われたのは「Shapes Of Love」。
この曲はライヴで歌われることのかなり多い曲ですが、これまではほとんど後半かアンコールで、会場が温まってから、客席にもマイクを向けつつ歌われることばかりだったので、今回のように最初から最後まで持田さんが一人で歌いきるというのははじめて見たかもしれません。
お馴染みの曲を改めてじっくりと聴くというのもいいものでした!

3人のホーングループが加わり、アレンジもほとんどがそれに合わせた形になっていた為、オリジナルのアレンジで歌われたのは、私の記憶では「ANATA TO」「レインボー」「KIRA KIRA」などごくわずかだったような・・・。
「出逢った頃のように」などはもう最近ライヴで歌われるアレンジバージョンばかりが定着した感があり、たまにはオリジナルで聴いてみたい気もしなくもないですが。
従ってオリジナルのアレンジで聴きたかった人にはちょっと不満が残ったかもしれませんが、それはELTなりの新しい挑戦として前向きに受け止めたいです。
それにしても「Time goes by」や「fragile」を手拍子をしながら聴く日が来るとは思わなかったです(笑)。
全体にジャズテイストが濃厚だったのはホーンセクションが加わったことによるのでしょうが、もっちーの衣装替えの間のインスト曲「Phone jamming」ではいっくんとFIRE HORNSとの演奏合戦が素晴らしく、伊藤さんのアーティストとしての実力ももっと世に知られていい気がしました。

本当はニューアルバムの曲がもっと聴きたかったですが(例えば「さよなら」とか「Best Boyfriend」など)、「レインボー」は意外とステージで映える曲でした。
「Everything」はELTらしい爽やかソングですが、例のセリフの箇所(好きです)は声が小さくて聞き取りにくかったのが惜しかったです。
照れていたのかな?
「ANATA TO」も生で聴きたかった曲だったので、ライヴで映える曲で楽しかったです。

「azure moon」はオリジナルでは歌う箇所を1箇所セリフとして語っていました。

今回はコーラスのメグさんが会場の振り付けリーダーのような形で、先導していたのが良かったです。

今回は、いつもに比べてぐだぐだトークは少な目で、全体的に演出がしっかり付けられていて、それに従って進行しているという印象でした。
それはそれで、また完成度の高いエンターテイメントを見ることが出来たので面白かったです(FIRE HORNSが演奏だけでなく、動きも加えて息の合ったエンターテイナーぶりを発揮していたのが素晴らしかったです)。
なぜかもっちーが終始東北方言のようなしゃべり方をしていて、親戚に東北の人がいるとか、先日東北でライヴをやったからとか言い訳していましたが、5年前のあの日を意識したのかもしれず、そういうさりげなさももっちーらしいなと感じました。
MCで結婚の話題が出るかなと思ったのですが、そうなりかけた時になぜかいっくんが話を逸らし、結局新婚話は聞けずじまいでした。

そして、持田さんの歌声ですが、概してアップテンポの曲の方が好調でした。
バラードになると、音程が下がり気味になる傾向が今回も聞かれたのですが、おそらく本人も気づいていて、すぐに音程を直そうとしているのが感じられました。
必ずしも好調ではなかったとは思いますが、こういう努力を惜しまないところも、彼女の素敵なところだと思います。

アンコールでは1曲目の「KIRA KIRA」で、CDジャケット写真の女の子と、もう1人もっちーの甥っ子?が登場して会場をなごませていました。

その後、メンバーサイン入りのボール投げ(今回はタオルではなかった)をサポメンも含めてかなり会場に投げ込んでいましたが、その際のミニコントみたいなのが楽しかったです!
ドリフのひげダンスなんて、ある年齢層以上じゃないと分からないだろうに、もっちーもいっくんものりのりで踊っていました。
ホーン担当のサポートメンバーが「タッチ」とXジャパンの「紅」を高音を決めながら歌ったのですが、かなりうまくて驚きました。
高音などもっちーよりも出るのではと思ったぐらい。
それからメグさんといっくんの中森明菜のしゃべり真似がめちゃくちゃ面白く(一朗さんに「いっくんも明菜なの?」と繰り返すもっちーも面白かった)、最後にはもっちーも加わり、3人明菜状態に!
演奏だけでも楽しいのに、こんな面白い一芸披露まで見ることが出来て、ライヴに来た甲斐があったというものです。

なお、この日アンコールの時に、20周年記念ライヴの日程が発表されました。

8月5日(金)19:00開演(予定) 東京 国立代々木競技場第二体育館
8月7日(日)17:00開演(予定) 東京 国立代々木競技場第二体育館

ちょうど20年前のデビュー日にあたる8月7日公演は特に競争率が激しそうなので、早めにチケット争奪戦に参加しないと…。

当日のネットニュース(OKMUSIC)のレポートは次のリンク先からご覧下さい。
 こちら

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アンネ・ソフィー・フォン・オッター&カミラ・ティリング&ジュリアス・ドレイク/リサイタル(2015年9月25日 東京オペラシティ コンサートホール)

アンネ・ソフィー・フォン・オッター and カミラ・ティリング in リサイタル

2015年9月25日(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

アンネ・ソフィー・フォン・オッター(Anne Sofie von Otter)(メゾソプラノ)
カミラ・ティリング(Camilla Tilling)(ソプラノ)
ジュリアス・ドレイク(Julius Drake)(ピアノ)

メンデルスゾーン(Mendelssohn)
挨拶Op. 63-3 (デュエット)

リンドブラード(Lindblad: 1801-1878)
夏の日(ティリング)
警告(フォン・オッター)
少女の朝の瞑想(デュエット)

グリーク(Grieg)
「6つの歌」Op.48 (ティリング)
 挨拶
 いつの日か、わが想いよ
 世のならい
 秘密を守るナイチンゲール
 薔薇の季節に
 夢

シューベルト(Schubert)
ますD550(フォン・オッター)
夕映えの中でD799(フォン・オッター)
シルヴィアにD891(フォン・オッター)
若き修道女D828(フォン・オッター)

メンデルスゾーン
渡り鳥の別れの歌Op.63-2 (デュエット)
すずらんと花々Op.63-6 (デュエット) 

~休憩~

マイアベーア(Meyerbeer)
シシリエンヌ(ティリング)
来たれ、愛する人よ(フォン・オッター)
美しい漁師の娘(フォン・オッター)

マスネ(Massenet)
喜び!(デュエット)

フォーレ(Fauré)
黄金の涙Op.72(デュエット)

シュトラウス(Richard Strauss)
憩え、わが魂よOp.27-1(フォン・ オッター)
たそがれの夢Op.29-1(ティリング)
どうして秘密にしておけようかOp.19-4(フォン・オッター)
ひそやかな誘いOp.27-3(ティリング)
明日!Op.27-4(フォン・オッター)
ツェツィーリエOp.27-2(ティリング)

~アンコール~
オッフェンバック/「ホフマン物語」より「舟歌」
ブラームス/姉妹
フンパーディンク/「ヘンゼルとグレーテル」より「夜には、私は眠りに行きたい」
ベニー・アンダーソン&ビョルン・ウルヴァース/ミュージカル「クリスティーナ」より「The Wonders」

---------------

アンネ・ソフィー・フォン・オッターを初台で聴いた。
オッターは9年ぶりの来日とのこと。
私は今回はじめて彼女の実演に接して、リート歌手としての言葉さばきの細やかさが強く印象に残った。
そしてメゾとはいえ、重い声というわけではなく、ソプラノのような軽やかさが持ち味の彼女の美声はまだまだ魅力的に感じられた。

私の席はステージ真横の2階、ピアニストの背中が真正面に来る位置なので、二人の女声歌手は右後方から見る形となる。
ドレイクの鍵盤の指さばきははっきり見られて面白かったし、二人の歌手の横顔の表情の変化なども楽しめたが、やはり音のバランス的には最良とはいかない席だった。
しかし、これだけ視覚的に楽しませてもらえれば贅沢だろう。
従って、彼女たちの声量については確かなことは言えないのだが、60歳を迎えたオッターのヴォリュームはおそらく圧倒するほどではなかったのではないか。
彼女の声質はもともと北欧的な要素の薄い、すっきりしたものなので、かえって国際的な活動にはそれが効を奏したという面もあるだろう。
今回のプログラミングも北欧の曲を取り入れつつも、ドイツ語、フランス語の歌曲が中心に選ばれていた。

ティリングはまだ40代半ばの若いソプラノ。
ちょっとボニーを思わせるリリカルな声の持ち主で、ショートカットなところも似ている。
だが、彼女には北欧歌手らしい細かいヴィブラートと押し出しの強さがあり、北欧の伝統の中から生まれた歌手という印象である。
オッターと比較するのは酷だが、まだ色合いの持ち駒は豊富とは言えないようで、これからさらに進化していくのだろう。
ただ、声の美しさと言葉さばきの巧みさなど、なかなか良いものをもった歌手という印象は感じられ、今後活躍していくのではないだろうか。

オッターはもう貫禄の歌唱。
決して声で圧するタイプではないようだが、伸ばすところではホールに美声が響き渡る。
すっきりした声で知的に描かれるそれぞれの歌は、オッターの顔の表情やちょっとしたお茶目な仕草なども加わって、一つの情景が浮かぶようだった。

また、デュエットの数々では、オッターが頻繁にティリングに顔を向けて、アイコンタクトをとろうとしていたのに対して、ティリングは真正面を向き、オッターに比べると若干硬い感もなきにしもあらずだった。
しかし、二人の声は、声種の違いがほとんど感じられず、絶妙に溶け合って、美しいハーモニーが会場を包み込んだ。
この2人のデュエットはちょっと類のないぐらいの緊密な響きで、ソロも良かったけれど、それ以上にデュエットが楽しかったというのが正直なところだ。

ドレイクのピアノはまさに歌に寄り添ったものだった。
恵まれた大きな手はしかし、必要以上に派手に動かすことはなく、鍵盤上をすっきりと這い回っていた。
手首をやや上げ気味にして、レガートの箇所はまさに歌っているかのように指を這わせていて、主に高音部を強調し、バス音は重要な場面のみ響かせ、後は歌手に配慮した音量だった。
「夕映えの中で」など、広い音域をアルペッジョにせずに弾けるのは恵まれた手をしている証だろう。
「明日!」でののめりこむことなく旋律を美しく歌わせるところなど、さすが一流の伴奏ピアニストだと思わされた。

ドレイクのような超一流のピアニストとの共演を聴けたのはもちろん嬉しいことだが、せっかくオッターの来日公演なのだから、彼女のいつものパートナーのベンクト・フォシュベリも聴いてみたかった気がする。
都合が合わなかったのだろうか。

なお、ステージにカメラが設置されていたので、おそらくそのうちBSで放映されるのではないか。
そちらも楽しみに待ちたい。

Otter_tilling_drake_20150925

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デジュー・ラーンキ/ピアノ・リサイタル(2015年7月8日 Hakuju Hall)

第16回 ワンダフルoneアワー
デジュー・ラーンキ ピアノ・リサイタル

2015年7月8日(水)15:00 Hakuju Hall

デジュー・ラーンキ(Dezső Ránki)(ピアノ)

ベートーヴェン(Beethoven)/ピアノ・ソナタ 第16番 ト長調 op.31-1

ショパン(Chopin)/24の前奏曲 op.28

アンコール
リスト(Liszt)/聖ドロテアをたたえて

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この日は休暇をとって、白寿ホールの休憩なしの1時間コンサート・シリーズ「ワンダフルoneアワー」の昼の部に出かけた。
デジュー・ラーンキは数年前関西旅行中に宗次ホールで聴いたリストの「ダンテを読んで」を聴いて衝撃を受けて以来、気になるピアニストの一人となった。
今回待望のソロリサイタルは久しぶりにその妙技を堪能できて大満足の一時間強だった。

久しぶりの白寿ホール、椅子の座るところと背もたれの両方が適度に柔らかい素材で出来ていて心地よい。
今回はラーンキのピアノの響きと、ラーンキのうなり声(!)と、客席のおじ様の気持ちよさそうな寝息が三重奏を奏でていた。

最初のベートーヴェンは、円熟味たっぷりの味わいあふれる演奏。
第1楽章の右手と左手のずれる効果も必要以上に強調せず、それでいて確実にずれは感じられるというコントロールの妙が感じられる演奏だった。
第2楽章も静かな歌心にあふれた演奏。ややゆっくりめのテンポながらだれることなく美しく端正に演奏された。
第3楽章の出だしはいつもモーツァルトの「トルコ行進曲」を思い出してしまう。この楽章の高音のパッセージの弱音の美しさと他の部分とのダイナミクスの違いが明確に感じられた演奏で素晴らしかった。

ショパンの「24の前奏曲」を実演で聴くのはおそらくはじめて。
「雨だれ」や太田胃散のCM曲など数曲はばらで知っているものの全曲を通して聴いたことがほとんどなかった。
だが、全曲通すことによって得られるまとまりが感じられた。
様々なキャラクターの作品が並置されているのだが、それぞれが大きなひとつの作品の構成要素として存在しているのを、ラーンキの豊かでみずみずしい響きの演奏を聴きながら感じた。
大きなものに包まれるような感触と、温かみのあるタッチ、それに自己に溺れることのないコントロールの行き届いたテンポ感覚で、ショパンの作品のありのままが提示されたような心地よさを感じた。

アンコールは以前のコンサートでも聴いたリストの「聖ドロテアをたたえて」。
余程ラーンキのお気に入りの作品なのだろう。
愛らしい小品である。
1時間のコンサートでも、これだけ密度の濃い充実した演奏を聴くと、それだけで満足して帰路につくことが出来る。
そんな素敵なコンサートだった。

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アンティ・シーララ/ピアノ・リサイタル(2015年6月30日 浜離宮朝日ホール)

アンティ・シーララ ピアノ・リサイタル

アンティ・シーララ(Antti Siirala)(piano)

2015年6月30日(火)19:00 浜離宮朝日ホール

シューマン/「ダヴィッド同盟舞曲集」op.6
(R.Schumann / Davidsbündlertänze, op.6)

~休憩~

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 op.110
(L.v.Beethoven / Piano Sonata No.31 in A-Flat Major, op.110)

スクリャービン/ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 op.70
(A.Scriabin / Piano Sonata No.10 in C Major, op.70)

~アンコール~

ショパン/ノクターン第2番変ホ長調 op.9-2

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フィンランドのピアニスト、アンティ・シーララが5年ぶりに来日した。
注目していたピアニストの待ちに待った再来日公演を浜離宮で聴いてきた。

5年ぶりのシーララはステージで拍手にこたえる時、柔らかい笑顔を見せるようになっていた。
そして、シューマンの演奏が始まった時、懐かしい清冽で美しい透き通るような美音がホールを満たし、私は期待をふくらませながら聞き入った。
シーララは決して鍵盤を雑にたたくことはせず、常に歌うように奏で、そして少し内面への志向が強い解釈を聴かせた。
シューマン特有の模糊としたタメを聴かせつつも、決して自己陶酔には陥らず、常にコントロールの行き届いた解釈だった。
彼のシューマンは知性と感性のバランスが絶妙に感じられ、それがフロレスタンとオイゼビウスの対比をスムーズに行き来させていたように感じた。
シューマンの世界は、まさに音でしか描きえない心象風景の連続であるように感じられる。
そういう意味でシーララの描く「ダヴィッド同盟舞曲集」は、作品への誠実なアプローチによって、シューマンの心の内をありのままに見せてくれたようだった。

後半のベートーヴェンの第31番ソナタでも、シーララの美しく、誠実な姿勢は貫かれた。
3楽章の嘆きの歌の歌い方も美しく、フーガの扱いなども丁寧で明瞭だった。
2楽章も騒々しさとは無縁の音楽的な演奏だった。
だが、そうした美点をふまえたうえで、シーララにはさらに深い演奏が可能だったのではないかとも思った。
あるいは年輪を重ねることによって、そうしたものは加わってくるのかもしれない。
だから、ここで結論を出すのは控えたい。

スクリャービンのピアノ・ソナタ第10番は単一楽章の中で、アンニュイな響きと頻繁に現れるトリルの交錯が印象的な作品である。
ここでシーララは、作品と同化した豊かで起伏に富んだ音楽を描いてくれた。
ダイナミクスもここではかなり大きくとっていたように感じられた。
スクリャービンの楽しみ方をまだつかんでない私ではあるが、彼特有の響きを全身で浴びることが大切なのではないか。
そういう意味でシーララの演奏からスクリャービンの響きを存分に味わうことは出来たと思う。

アンコールはショパンの有名なノクターン。
彼は前回来日時もアンコールでショパンを弾いていた。
お客さんへのサービス精神からなのだろう。
ここでも誠実に丁寧に演奏されたが、シーララのレパートリーの中心にある作品ではないなという印象を受けた。
もちろん美しい演奏ではあったのだが、おおげさに言えば古典派の作品を聴いているような感じだった。

5年前に同じ会場で聴いた時は気の毒になるほど会場がすかすかだったものだが、今回は比較的客席も埋まっていて一安心である。
地味だが、作品を第一に考える本物のピアニストだと思うので、今後は頻繁に来日して、その魅力を多くの聴衆に聴かせてほしいものである。

なお、この日の公演は、BSプレミアムの「クラシック倶楽部」で8月27日に放送予定とのことで、楽しみです!

Antti_siirala_20150630

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サンドリーヌ・ピオー&スーザン・マノフ/~Evocation 美しい想い出への喚起~(2015年5月21日 王子ホール)

サンドリーヌ・ピオー ~Evocation 美しい想い出への喚起~

2015年5月21日(木)19:00 王子ホール

サンドリーヌ・ピオー(Sandrine Piau)(ソプラノ)
スーザン・マノフ(Susan Manoff)(ピアノ)

ケクラン(Koechlin)/グラディスのための7つの歌(Les sept chansons pour Gladys) Op.151
 1.愛の神は告げた(M'a dit Amour)
 2.縛るつもりが(Tu croyais le tenir)
 3.罠に落ちながら(Prise au piège)
 4.ナイアス(La Naïade)
 5.嵐(Le Cyclone)
 6.鳩(La Colombe)
 7.運命(Fatum)

ツェムリンスキー(Zemlinsky)/
愛と春(Liebe und Frühling)
夜の森を歩くとき(Wandl' ich im Wald des Abends)
ばらのリボン(Das Rosenband)
春の歌(Frühlingslied)

ドビュッシー(Debussy)/
西風(Zéphyr)
「ロマンス」より そぞろな悩める心(Romance "L'âme évaporée...")
麦の花(Fleur des blés)
星月夜(Nuit d'étoiles)

~休憩~

シェーンベルク(Schönberg)/4つの歌(Vier Lieder) Op.2
 1.期待(Erwartung)
 2.ほしいのは黄金の櫛(Schenk mir deinen goldenen Kamm)
 3.昂ぶる心(Erhebung)
 4.森の陽光(Waldsonne)

ショーソン(Chausson)/
魅惑(Le charme) Op.2-2
セレナード(Sérénade) Op.13
蜂雀(Le Colibri) Oop.2-7
リラの花咲く頃(Le temps des lilas) Op.19

R.シュトラウス(R.Strauss)/おとめの花(Mädchenblumen) Op.22(全4曲)
 1.矢車菊(Kornblumen)
 2.けしの花(Mohnblumen)
 3.きづた(Epheu)
 4.睡蓮(Wasserrose)

~アンコール~
フォーレ(Fauré)/シルヴィ
フォーレ/ひめごと
ドビュッシー(Debussy)/あやつり人形
ドビュッシー/美しき夕べ

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サンドリーヌ・ピオーとスーザン・マノフによる王子ホールのリサイタルは今回も実に充実した時間でした。
実は聴いてから記事を書かずに放置してしまって記憶の定かでない点もありますので、申し訳ありませんが詳細は書かないことにします。

絶頂期といってもいいピオーはばらばらな6人の作曲家の作品それぞれの核心に迫った充実した歌唱を聴かせてくれていましたし、なにしろ独仏のディクションが素晴らしいです!
ピアノのマノフは前回聴いた時に感じた感情的な部分は影をひそめ、知的に繊細にコントロールされ尽くした至芸を聴かせてくれました。
とにかく、知っている曲も未知の曲も二人の卓越した演奏家によって素晴らしく満ち足りた演奏となっていました。

アンコールで耳馴染みな曲が演奏されたのもほっと一息つけて良かったです。
歌曲の演奏家として、この二人に注目していきたいと思いました。

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