日本カール・レーヴェ協会コンサート・2024 (Nr. 35) (2024年9月23日 王子ホール)

第35回日本カール・レーヴェ協会コンサート・2024
レーヴェ&ドイツ歌曲のワンダーランド

2024年9月23日(月・祝)14:00-(16:20頃終演) 王子ホール

辻宥子(進行・朗読)
境澤稚子, 新居佐和子, 峯島望美(以上S)
竹村淳, 櫻井利幸, 杉野正隆(以上BR)
高須亜紀子, 菅野宏一郎, 東由輝子, 平島誠也, 松永充代, 田中はる子(以上P)
佐藤征一郎(監修)

境澤稚子(Sakaizawa Wakako)(S), 高須亜紀子(P)
レーヴェ:エフタの娘 (Loewe: Jephtha's Tochter, Op.5-2)
マーラー:私はほのかな香りをかいだ (Mahler: Ich atmet' einen linden Duft)
マーラー:夏に交代 (Mahler: Ablösung im Sommer)
マーラー:あなたが美しさゆえに愛するのなら (Mahler: Liebst du um Schönheit)

竹村淳(Takemura Atsushi)(BR), 菅野宏一郎(P)
レーヴェ:アーチバルト・ダグラス (Loewe: Archibald Douglas, op.128)

新居佐和子(Niori Sawako)(S), 東由輝子(P)
レーヴェ:時計 (Loewe: Die Uhr, Op.123-3)
ヴォルフ:アナクレオンの墓 (Wolf: Anakreons Grab)
ヴォルフ:人の好い夫婦 (Wolf: Gutmann und Gutweib)

~休憩(15分)~

櫻井利幸(Sakurai Toshiyuki)(BR), 平島誠也(P)
レーヴェ:渡し (Loewe: Die Überfahrt, Op.94-1)
レーヴェ:オルフ殿 (Loewe: Herr Oluf, Op.2-2)

峯島望美(Mineshima Nozomi)(S), 松永充代(P)
レーヴェ:ああ、お願いです、苦しみの聖母さま! (Loewe: Ach neige, du Schmerzenreiche, Op.9-1)
レーヴェ:鐘のお迎え (Loewe: Die wandelnde Glocke, Op.20-3)
ツェムリンスキー:愛らしいツバメさん (Zemlinsky: Liebe Schwalbe, Op.6-1)
ツェムリンスキー:小さな窓よ、夜にはお前は閉じている (Zemlinsky: Fensterlein, nachts bist du zu, Op.6-3)
ツェムリンスキー:青い小さな星よ (Zemlinsky: Blaues Sternlein, Op.6-5)
ツェムリンスキー:手紙を書いたのは私 (Zemlinsky: Briefchen schrieb ich, Op.6-6)

杉野正隆(Sugino Masataka)(BR), 田中はる子(P)
レーヴェ:蓮の花 (Loewe: Die Lotosblume, Op.9-1)
レーヴェ:ぼくは夢で泣いた (Loewe: Ich hab' im Traume geweinet, Op.9-6)
レーヴェ:詩人トム (Loewe: Thomas der Reimer, Op.135)

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日本カール・レーヴェ協会コンサートを聴きに、銀座の王子ホールに行ってきました。調べたところ前回王子ホールに来たのが9年前の2015年でした(サンドリーヌ・ピオー&スーザン・マノフ)。ここ数年はごく限られたコンサートぐらいしか出かけることがないのですが、これほど王子ホールが久しぶりとは思ってもいませんでした。9年ぶりの王子ホールは特に変わったところもなく、これまで同様の素敵なホールでした。

そういえばちょっと開演まで時間があったので、久しぶりに山野楽器でCDでも見ようとお店の前まで行ったところ、CDの販売を終了した旨の案内があり、驚きました。こんな大きなお店でもCDはもう売れないのでしょうか。CDショップも最近見かけなくなり、現物を買うにはネットかご本人のコンサート会場に行くしかなくなる日も近いのかもしれません(渋谷のタワーレコードには頑張ってほしいです)。

閑話休題。なぜ今回レーヴェ協会のコンサートに出かけたかというと、最近レーヴェの歌曲を少しずつ聞くようになり、cpoのレーヴェ歌曲全集を調べたりしていたところ、たまたまネットでこのコンサートの広告が目に入り、祝日ということもあり、曲目も興味深かったので出かけることにしたのです。

ピアニストの平島さんと東さんは以前に聞いたことがあり優れたピアニストであることは存じ上げていて、さらに今回進行役と朗読を務められたメゾソプラノの辻宥子さんは随分昔ですがこちらのリンク先のコンサートを聞いています。辻さんを含む4人の日本人歌手たちとドルトン・ボールドウィンによるこのロッシーニのコンサートは楽しかったのを覚えています。

日本カール・レーヴェ協会のコンサートは、私がこのブログを始めるよりも前に一度聞いた記憶があります(記憶が正しければ)。おそらく家のどこかにパンフレットがあると思います。
今回のコンサート、6人の歌手(ソプラノ3人とバリトン3人)と、それぞれ異なるピアニスト6人が、レーヴェのみ、もしくはレーヴェと他の作曲家の作品を合わせて披露していました。

最初の境澤稚子さん&高須亜紀子さんはレーヴェ1曲+マーラー3曲で、レーヴェの「エフタの娘」は聖書の話に基づくそうです。辻さんの解説によると、エフタが戦争に勝たせてくださいとエホヴァに祈り、もし勝利したら帰宅して最初に出迎えた者を捧げますと誓います。エフタが戦争に勝ち、帰宅したところ彼の愛娘が最初に出迎えて、エホヴァに捧げられることになります。バイロンの詩の独訳がテキストに用いられていますが、詩を読むとこの娘が気丈にも死ぬことを覚悟していることが分かります。父エフタが人身御供として娘を殺したという説と、殺されずにエホヴァに仕えて暮らしたという説があるようです。一方マーラーはしっとりとした2曲の間にコミカルな「夏に交代」がはさみこまれたプログラミングでした。

次の竹村淳さん&菅野宏一郎さんはレーヴェの10分以上かかる「アーチバルト・ダグラス」1曲を披露しました。歌曲としては10分はかなり長い方ですが、辻さんと竹村さんのトークでも触れられていましたが、実際にはもっと長い作品が沢山あり、cpoのレーヴェ全集を見ると、聞く前から身構えてしまいそうな長さの作品が多いことが分かります。この「アーチバルト・ダグラス」はレーヴェの作品の中では比較的よく演奏されていて、ヒュッシュからF=ディースカウ、プライ、ホッター、クルト・モル、クヴァストホフ、さらに現役世代のトレーケルやクリンメルまで録音しています。
アーチバルド・ダグラス伯爵はジェームズ王の子供の頃から支えてきましたが、アーチバルドの兄弟が謀反を起こした結果、ダグラス家は追放となります。7年間放浪したアーチバルドは再度ジェームズ王の前にあらわれ許しを請います。最初のうちはアーチバルドを見なかったこと、聞かなかったことにして、そのまま行こうとしますが、アーチバルドがもう一度だけ馬の世話をして故郷の空気を吸わせてほしい、それがかなわないのならばこの場で死なせてほしいと訴えます。それを聞いたジェームズ王は、その忠義心に胸を打たれ、彼を許して一緒に故郷へ向かうという内容です。レーヴェの曲がバラードの展開に沿って細やかに描かれていき、その長大さを感じさせない見事な作品だと思います。

前半最後の新居佐和子さん&東由輝子さんはレーヴェの有名な「時計」とヴォルフのゲーテ歌曲2曲を演奏しました。辻さんが最初の解説でこの「時計」というのは何のことをたとえているのでしょうと客席に問いかけて演奏が始まりました。最後の瞬間にひとりでに止まるであろう時計を神様にお返ししようとする主人公の心臓の鼓動を時計になぞらえているのでしょう。
ヴォルフの「アナクレオンの墓」は享楽主義の古代ギリシャの詩人を称えた名作。そしてなかなか実演で聞けない「人の好い夫婦」を聞けたのが楽しかったです(「人の好い夫婦」はレーヴェも作曲していますが、ここではヴォルフの作品が披露されました)。ヴォルフは先人が成功していると思った詩には作曲しなかったそうなので、レーヴェ作曲の「人の好い夫婦」には満足していなかったのかもしれません。

ここまで前半だけで1時間でしたがあっという間でした。

休憩15分をはさみ、後半は櫻井利幸さん&平島誠也さんのレーヴェ2曲で始まりました。最初の「渡し」は辻さんが「私」ではないですよと冗談をおっしゃり、場を和ませていました。この曲、歌手活動最晩年のディースカウも録音していて、川を渡る水の音を模すピアノパートに乗って美しい歌が静かな感銘を与えてくれます。何年も前に主人公が2人の友人と一緒にこの川を渡ったが、その2人は亡くなってしまった。再度同じ川を渡った後、今も絆のつながっている友人たちの分も含めた3人分の船賃を船頭に払うという内容です。一方で有名な「オルフ殿」はデンマークの詩のヘルダーによる独訳に作曲され、おどろおどろしい内容は、辻さんたちの解説でも触れられていましたが「魔王」によく似ています。演奏前に辻さんにふられて平島さんが前奏や夜が明けて朝になる場面の間奏を演奏してくれました。こういう実例の演奏は曲をはじめて聞く人にとっても大きな助けになるのではないかと思います。

続いて、峯島望美さん&松永充代さんはレーヴェ2曲とツェムリンスキー4曲を演奏しました。峯島さんはこのコンサート初登場だそうです。レーヴェの「ああ、お願いです、苦しみの聖母さま!」はシューベルトも作曲している「ファウスト」内のテキストによる作品で、凝縮した悲しみの表現が素晴らしい作品です。一方の「鐘のお迎え」は「追いかける鐘」と訳されることもある有名なリートで、教会にいきたがらない少年を鐘が追いかけるというユーモラスな作品です。続いてのツェムリンスキーは6曲からなる「トスカーナ地方の民謡によるワルツの歌Op. 6」からの4曲が演奏されました。初期のツェムリンスキーのまだ初々しさも感じられる耳に馴染みやすい作品群です。ピアノパートがすでに精緻でかなりの演奏効果をあげていました。

最後は杉野正隆さん&田中はる子さんによるレーヴェ3曲。最初の2曲「蓮の花」「ぼくは夢で泣いた」はいずれもシューマンの歌曲が有名ですが、レーヴェの作品も素晴らしいです。前者は舟歌のようなリズムにのって歌われる歌声部の繊細な響きが美しく、後者は上行する旋律が印象的で有節形式なので繰り返し聞くうちに耳に残ります。今回のコンサートの締めは有名な「詩人トム」です。詩人トーマスが寝そべっていると妖精の女王に出会い、口づけをすると7年私に仕えなければならないと言われたトムは喜んで口づけをし、なんとも幸せを感じながら(Wie glücklich)女王とともに馬を進めたという内容です。馬のたてがみに付けられている鈴の音がピアノパートで美しく再現されます。歌声部は詩の展開に沿って進みますが、基本的にはのどかで心地よい響きに満ちています。素性の知らない女性と会っても驚きもせず、帽子をとって挨拶するトムの人物像はおそらくオリジナルのスコットランドの詩に由来するのではないかと想像します。

演奏はみな素敵でした。ソプラノ3人はそれぞれ個性の違う方たちで、同じソプラノでも異なる声の響きで楽しませていただきました。特に峯島さんは声量が豊かで「ああ、お願いです、苦しみの聖母さま!」の悲しみの表現など素晴らしかったです。他のお二人もそれぞれの個性を生かした表現で楽しませていただきました。

バリトン3人の中ではおそらく竹村さんが若い方のようで、櫻井さんと杉野さんはベテランの貫禄が滲み出ていました。3人ともかなり声のボリュームが凄くて、王子ホールより大きなホールでも余裕で後部座席まで届きそうな豊かな声をされていました。竹村さんはとても丁寧で真摯な表現で今後楽しみな歌手だと思いました。そして櫻井さんと杉野さんは味わい深い声の響きと表現力に酔いしれました。

ピアニストは久しぶりに聴いたベテランの平島さんはもちろん素晴らしくレーヴェの作品の展開を描いていましたし、東さんの余裕のある美しい響きも良かったです。今回他の4人の方も含め、みなピアノの音がとても美しく、どれほど一つの音を出すのに入念な準備をされているのだろうと思うほど、磨き抜かれた響きでした。6人の素晴らしいピアニストを聞くことが出来て大満足でした。

忘れてならないのが進行・朗読を務められた辻宥子さんです。舞台左の椅子に座られ、最初から最後まで聴衆と演奏者どちらにも場を和ます気配りをされながら会の進行を務めておられました。まず語りが素晴らしく、詩の内容や背景などの説明から朗読まで、どこを取っても味わい深さが感じられるものでした。ちなみに詩の全訳ではなく抄訳の為、「朗読」という言葉を使うことをためらわれていましたが、眼前に情景が浮かぶような見事な語りを披露されていて、紛れもなく朗読という芸術を味わった気持ちでした。今一度辻さんの歌も聞いてみたい気がします。

最後に、このプロジェクトを立ち上げられた監修の佐藤征一郎さんにも大きな拍手を送りたいと思います。
配布された充実した内容のプログラム冊子(堀越隆一氏の解説も貴重な資料です)に「エピローグとしてのプロローグ」という文章を寄稿されていて、大変なご苦労があった中、現在は音源の整理や執筆活動をされているということが分かりひとまず安心しました。当日会場にいらっしゃったのかどうかは分かりませんでしたが、今後も執筆活動など楽しみにしたいと思います。ちなみに高橋アキさんやボールドウィンと組んだ佐藤さんのレーヴェのCDも素晴らしいので、興味のある方はぜひ聞いてみてください。

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(参考)

日本カール・レーヴェ協会(ホームページ)

日本カール・レーヴェ協会(facebook)

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東京春祭 歌曲シリーズ vol.39:コンスタンティン・クリンメル(バリトン)&ダニエル・ハイデ(ピアノ)(2024年4月12日(金) ライブ配信席)

東京春祭 歌曲シリーズ vol.39
コンスタンティン・クリンメル(バリトン)&ダニエル・ハイデ(ピアノ)

2024年4月12日(金) 19:00開演(18:30開場)
東京文化会館 小ホール(※私はライブ配信で聞きました)

バリトン:コンスタンティン・クリンメル
ピアノ:ダニエル・ハイデ

シューベルト:《美しき水車屋の娘》D795

 第1曲 さすらい
 第2曲 どこへ?
 第3曲 止まれ!
 第4曲 小川への言葉
 第5曲 仕事を終えた宵の集いで
 第6曲 知りたがる男
 第7曲 苛立ち
 第8曲 朝の挨拶
 第9曲 水車職人の花
 第10曲 涙の雨
 第11曲 僕のもの
 第12曲 休み
 第13曲 緑色のリュートのリボンを手に
 第14曲 狩人
 第15曲 嫉妬と誇り
 第16曲 好きな色
 第17曲 邪悪な色
 第18曲 凋んだ花
 第19曲 水車職人と小川
 第20曲 小川の子守歌

※休憩なし

[アンコール]

シューベルト:月に寄せてD193
畑中良輔 (杉浦伊作:作詞):花林(まるめろ)
シューベルト:歓迎と別れD767


Tokyo-HARUSAI Lieder Series vol.39
Konstantin Krimmel(Baritone)& Daniel Heide(Piano)

2024/4/12 [Fri] 19:00 Start [ Streaming start from 18:30 ]
Tokyo Bunka Kaikan, Recital Hall

Baritone:Konstantin Krimmel
Piano:Daniel Heide

Schubert(1797-1828):"Die schöne Müllerin" D795

 I. Das Wandern
 II. Wohin?
 III. Halt!
 IV. Danksagung an den Bach
 V. Am Feierabend

 VI. Der Neugierige
 VII. Ungeduld
 VIII. Morgengruß
 IX. Des Müllers Blumen
 X. Tränenregen
 XI. Mein!
 XII. Pause
 XIII. Mit dem grünen Lautenbande
 XV. Eifersucht und Stolz
 XIV. Der Jäger
 XVI. Die liebe Farbe
 XVII. Die böse Farbe
 XVIII. Trockne Blumen
 XIX. Der Müller und der Bach
 XX. Des Baches Wiegenlied

※There is no intermission.

[Encore]

Schubert: An den Mond, D.296
Ryôsuke Hatanaka (Isaku Sugiura: Lyrics): Marumero
Schubert: Willkommen und Abschied, D.767

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「東京春祭 歌曲シリーズ」のライヴ配信に味を占めた私は、今売り出し中の若いバリトンと歌曲ピアニストのコンビ、コンスタンティン・クリンメル(バリトン)&ダニエル・ハイデ(ピアノ)の《美しき水車屋の娘》を自宅で味わいました。

コンスタンティン・クリンメルはルーマニア系ドイツ人で、まだ31歳とのこと。リートの録音もいくつかリリースしていて、今後の活躍が楽しみなバリトンです。ダニエル・ハイデはすでに多くの歌手たちと共演しているピアニストで、歌曲だけでなく、室内楽やソロも取り組んでいるオールラウンダーです。二人とも今回が初来日というのが意外ですが、これからますます活躍することと思います。

ところで、この二人のコンビ、すでに《美しき水車屋の娘》の録音をリリースしていて、事前に聞いてみたのですが、それを踏まえたうえで、今回のライヴ配信堪能しました。

まずクリンメルの爽やかで美しいハイバリトンの声と巧みなディクションに引きつけられました。特に高声から低声までよどみなくまろやかな美声を保っているので、とても聞いていて心地よいです。特に高音が本当に美しいです。そして、時にテンポを大胆に伸縮させて詩の世界を表現しようとする意欲も感じられました。

クリンメルの描いた人物像は、これから職人になる為の修行に出て、様々な経験を積み、新しい世界に飛び込んでいこうという若者らしい希望と不安のないまぜになった感覚が表現されていたと思います。彼自身の放つキャラクターや声質なども等身大の若者像を表現するのに今がベストなタイミングだと感じました。

《美しき水車屋の娘》の録音を聞いて分かっていたことですが、クリンメルは例えばクリストフ・プレガルディアンが多くの公演や録音で聞かせていたような装飾やメロディーの変奏を加えて歌っていました。それがその場の即興的なものというよりは、すでに彼の中で練られたメロディーとして披露していたように想像します。有節歌曲で最初にオリジナルのメロディーを歌い、繰り返す時に変更を加えるということが多かったように思いますが、そうでないケースもあったように思います。シューベルト存命中の習慣に倣ったこの一種の変奏は、すでに奇抜と思われていた時代は過ぎ、今後はオリジナル通りの歌唱を歌う人と、装飾を加える人が共存していくことになるのでしょう。興味深いのが、クリンメルは《美しき水車屋の娘》では程度の差こそあれ、ほぼすべての曲で装飾を加えていたのに対して、アンコールで歌われたシューベルトの歌曲2曲では私の記憶している限りオリジナルのまま歌っていました。歌いこんでいる曲は装飾を加え、そうでない作品はまずはオリジナルの通りで始め、徐々に装飾を加えていくということなのかなと想像しました。

第1曲「さすらい」の第4節(重い石臼でさえもっと速く踊ろうとすると歌われる)などかなり大胆なメロディーの変更がされて驚かされますが、こういう変更の意外性に出会うこともリートを聞く楽しみの一つになりつつあると思います。第3曲「止まれ!」の最後の"War es also gemeint(そういう意味だったのか)?"は何度も繰り返されるので、装飾が特に新鮮に響きます。

例えばプレガルディアンの共演者ミヒャエル・ゲースなどもそうでしたが、今回のダニエル・ハイデもかなりピアノパートに変更を加えていました。ピアニストのオリジナルの変更は私の記憶ではジェラルド・ムーアがすでに行っていて、F=ディースカウやプライなどとのライヴ録音を聞くと快活な曲の終わりの和音を威勢よく弾く時に音を加えて厚くしたり、オクターブ下げたりしていました。確か来日したムーアの「詩人の恋」を聞いた畑中良輔さんが、ある和音(終曲の冒頭だったか?)がオリジナルと違うと指摘していましたが、当時はオリジナル至上主義だったので今とはとらえ方も違ったのでしょう。私のおぼろげな記憶ではヘルムート・ドイチュだったかと思うのですが、第9曲「水車職人の花」を1オクターブあげて演奏したりしていました(すべての節ではなく、特定の節だけだったと思います)。今回のダニエル・ハイデも1オクターブあげるのは何か所かでやっていましたが、意外性が強かったのは第11曲「僕のもの」でした。中間部の分散和音をハイデは連打していました。これは新しい響きで印象に残っています。シューベルトっぽいかというとちょっと違う気もしますが、その時代に合った手法で変奏しても多分シューベルトは怒らないでしょう。

ハイデは基本的には歌手の方向性に合わせ、ここぞという所ではがっちりした立体的な響きも聞かせ、彩り豊かな音色で魅了してくれました。

クリンメルもハイデも最後の3曲ぐらいはあまりメロディーの変更を加えずに、思いつめた主人公の行きついた心情を一人称の歌唱で素直に聞かせてくれました。

この歌曲集、聞き手はどんどん年を重ね、主人公を回顧する立場で聞くことになりがちですが、歌手やピアニストが主人公になりきって演奏してくれると、聞き手も若かりし日々に戻ったかのように錯覚させてくれて、こういう感覚も音楽を聴く醍醐味だなとあらためて感じました。

アンコールは3曲。最初と最後にシューベルトを歌い(最後に歌われた「歓迎と別れ」は特に好きな曲なので聞けて良かった!)、2曲目で恥ずかしながら初めて聞く日本歌曲を驚くほど美しい日本語で歌ってくれました。これほど癖のない日本語で歌えるのは凄いと思います。クリンメルが2曲目を歌う前に、シュトゥットガルトで吉原輝氏に師事したというような話をして、「リョウスケ・ハタナカ」という名前が出た時、まさかクリンメルの口から畑中氏の名前が出るとは想像すらしておらずびっくりしました。ドイツリートばかり聞いていて、畑中氏の歌曲をほとんど知らない自分が恥ずかしく感じられました。クリンメルの口から「マルメロ」というタイトルを聞いた時、これがなんのことなのか分かりませんでしたが、後で調べると樹木の名前なのですね。果実はかりんに似ているそうです。分散和音のピアノにのったとても美しい歌曲でした。評論、指揮、作曲など多岐に渡る活動をされた畑中氏が亡くなったのは吉田秀和氏が亡くなった2日後、そしてF=ディースカウが亡くなった6日後のことでした。あの悲しかった5月から12年も経つのかと時の流れの速さに驚かされます。

このコンビ、すでに完成された素晴らしい音楽家たちでした。これからのますますの活躍を楽しみにしたいと思います。

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クリンメル&ハイデの『美しい水車屋の娘D795』CD

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フィッシャー=ディースカウ&ムーア・ユネスコ・コンサートの映像(1974年1月9日, Paris)

ジェラルド・ムーア(Gerald Moore: 1899-1987)は、1967年2月20日イギリスのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで催された告別コンサートでステージから別れを告げたと一般には言われていますが、実はその1か月後にフィッシャー=ディースカウとアメリカ演奏旅行に同行し、シューマンなどを演奏しています。その後もBBCの音楽番組に出演してビクトリア・デ・ロサンヘレスと共演しており、さらに1976年8月にシューマン「スペインの愛の歌」のグレアム・ジョンソンの連弾パートナーとしてもシークレットゲストとしてステージに出演したそうです。60年代後半から70年代前半にはF=ディースカウ、プライ、ベイカー、モッフォら複数の歌手たちとスタジオ録音を続けた後に演奏活動にピリオドを打ったと思いきや、1974年1月9日のユネスココンサートにF=ディースカウと共に出演し、シューベルトの歌曲を演奏しています(ムーアの回想録『Farewell Recital (1978)』によるとイェフディ・メニューヒンの依頼だったので断れなかったそうです)。その録画がアップされていましたのでこちらで共有させていただきます。
特に「夕映えの中で」の前奏ではムーアの手がアップになり、そのしなやかな指さばきを見ることが出来ます。
こちらは以前4曲まとめた映像でご紹介したことがありましたが、今回の映像はモノクロながらより鮮明に映っていて、曲ごとに分かれているので見やすいと思い、再度記事にしました。

●シューベルト:漁師の娘D957/10
Dietrich Fischer Dieskau Schwanengesang D 957 (10. Das Fischermädchen)

Channel名:George გიორგი (オリジナルのサイトはこちらのリンク先。音が出ます)

●シューベルト:夕映えの中でD799
Dietrich Fischer Dieskau Im Abendrot D.799

Channel名:George გიორგი (オリジナルのサイトはこちらのリンク先。音が出ます)

●シューベルト:孤独な男D800、ひめごとD719
Dietrich Fischer Dieskau Der Einsame D.800(, Geheimes D.719)

Channel名:George გიორგი (オリジナルのサイトはこちらのリンク先。音が出ます)

Piano: Gerald Moore
Recorded in Paris, France January 9, 1974 UNESCO concert

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東京春祭 歌曲シリーズ vol.37:レネケ・ルイテン(ソプラノ)&トム・ヤンセン(ピアノ)(2024年4月4日(木) ライブ配信席)

東京春祭 歌曲シリーズ vol.37
レネケ・ルイテン(ソプラノ)&トム・ヤンセン(ピアノ)

2024年4月4日(木) 19:00開演(18:30開場)
東京文化会館 小ホール(※私はライブ配信で聞きました)

ソプラノ:レネケ・ルイテン
ピアノ:トム・ヤンセン

シューベルト:春に D882
シューベルト:すみれ D786

シューマン:歌曲集《詩人の恋》op.48
 第1曲 いと美しき五月に
 第2曲 僕の涙から
 第3曲 ばらよ、ゆりよ、鳩よ、太陽よ
 第4曲 君の瞳を見つめると
 第5曲 僕の魂をひたそう
 第6曲 ラインの聖なる流れに
 第7曲 僕は恨まない
 第8曲 小さな花がわかってくれるなら
 第9曲 それはフルートとヴァイオリン
 第10曲 あの歌の響きを聞くと
 第11曲 若者が娘に恋をした
 第12曲 まばゆい夏の朝に
 第13曲 僕は夢の中で泣きぬれた
 第14曲 夜ごと君の夢を
 第15曲 昔話の中から
 第16曲 古い忌わしい歌

~休憩~

R.シュトラウス:歌曲集《おとめの花》op.22
 第1曲 矢車菊
 第2曲 ポピー
 第3曲 木づた
 第4曲 睡蓮

R.シュトラウス:歌曲集《4つの最後の歌》
 第1曲 春
 第2曲 九月
 第3曲 眠りにつくとき
 第4曲 夕映えの中で

[アンコール]

R.シュトラウス:明日! op.27/4
R.シュトラウス:献呈 op.10/1
R.シュトラウス:夜 op.10/3


Tokyo-HARUSAI Lieder Series vol.37
Lenneke Ruiten(Soprano)& Thom Janssen(Piano)

2024/4/4 [Thu] 19:00 Start [ Streaming start from 18:30 ]
Tokyo Bunka Kaikan, Recital Hall

Soprano:Lenneke Ruiten
Piano:Thom Janssen

Schubert: Im Frühling, D882
Schubert: Viola, D786

Schumann: Dichterliebe, Op.48

-Pause-

R.Strauss: Mädchenblumen, Op.22

R.Strauss: Vier letzte Lieder

[Zugaben]
R.Strauss: Morgen!, Op. 27/4
R.Strauss: Zueignung, Op. 10/1
R.Strauss: Die Nacht, Op. 10/3

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「東京春祭 歌曲シリーズ」は随分長いこと継続的に続いていて、歌曲ファンにとっては注目の公演なのですが、個人的に最近コンサートに出かけるのをずっと怠っていて、ここ数年もネットでチェックはするものの実際には足を運ばず仕舞でした。今回私は東京文化会館での実際の公演を同時刻にライブ配信するネット席(アーカイブ配信はなし)で聞きました。つまり家にいながらにして鑑賞できるわけです。ステージ中央の固定映像ですが、好きな場所をアップにすることが出来、さらに日本語字幕もついて料金も1200円というリーズナブルさ、しかも音質もなかなかいいと至れり尽くせりです(回し者ではございません)。

オランダのソプラノ、レネケ・ルイテン(Lenneke Ruiten)はアーメリングの弟子としてずっと昔から知ってはいたものの、コンサートで聞く機会はありませんでした。ちなみにオランダ語の"ui"という2重母音の発音は日本語にも他の欧米の言葉にもない音らしく、彼女の姓Ruitenをアーメリングは「ラウテン」に近い音で発音していました。"ui"はアウ、アイのどちらかに聞こえることが多いようですが、最初のアはドイツ語の"ö"を発音する時の要領で「ア」に近く発音するといいのかなぁと勝手に理解しています。

今回のレネケ・ラウテン(公式サイトの表記はルイテンですが、ここからはラウテンと書かせていただきますね)のコンサートは、シューベルトの春にちなんだ2曲、特に2曲目の「すみれ」は10分以上かかる作品ですが、詩の内容がかわいそうで読むたびにしんみりしてしまいます。シューベルトもすみれに共感を寄せたとても美しい音楽を付けています。その後にシューマンの歌曲集《詩人の恋》全曲というなかなかヘビーな内容で、前半だけで1時間近くかかっていました。後半はR,シュトラウスの2つの歌曲集《おとめの花》op.22、《4つの最後の歌》ですっきりまとめています。それにしても女声歌手のリーダーアーベントでのR.シュトラウス率の高さは昔から変わりません。やはり歌手にとってR.シュトラウスの伸びやかなフレーズは歌っていて気持ちいいのかもしれません。

ピアニストのトム・ヤンセンと先日亡くなったルドルフ・ヤンセンはどちらも日本語だと「ヤンセン」ですが、ルドルフ・ヤンセンはJansen、トム・ヤンセンはJanssenなので血縁関係はなさそうですね。アーメリングの公式チャンネルの編集者でもあり、あの貴重な動画はトム・ヤンセンのおかげで見ることが出来るのだと思うと、彼への感謝の念が沸き起こります。

ラウテンとヤンセンのコンビはおそらく数十年前、アーメリングがフランスの村でマスタークラスを開いた際のDVD映像に映っていて、まだ若々しい感じでした。ジャケット写真で近影を見ると結構大人になった印象ですが、今回のコンサートでは髪をまとめ、より若々しく感じられました。

シューベルトの「春に」からラウテンのリリックで芯のある声が美しく響き、会場で聞いたらさらに良かっただろうなと思わされます。ディクションも良く、強弱のめりはりもあり、シューベルトのメロディーに生き生きと寄り添った歌唱でした。

「すみれ」も10分以上があっという間に感じられる歌唱で、彼女がオペラにも積極的に出演していることが関係しているのか、物語の展開をドラマティックに迫真の表現で聞かせてくれました。"Schneeglöcklein(まつゆきそう)"と呼びかけるメロディーが優しく慈愛に満ちていて、曲中何度もあらわれるのですが、出てくるたびにシューベルトの天才を感じていました。まつゆきそうが春の到来を告げ、目を覚ましたすみれがいそいそと花嫁の準備をしたところ、まだ他に誰も目覚めておらず、早すぎたことを知ったすみれは羞恥のあまり、物陰で泣きじゃくります。その後、とうとう春がやってきて他の花々も目覚めて宴会をしようとしたところ、最愛のすみれがいないことに気づきみんなで探しに出かけたところ、憔悴してしおれているすみれを発見したという何とも切ない内容です。その後に例の「まつゆきそう」の音楽が再びあらわれ、すみれに安らかに眠るように語りかけます。誰のせいでもなくタイミングが悪かっただけなのかもしれませんが、すみれの繊細で傷つきやすい心にシューベルトが付けた音楽が共感に満ちていて、それをラウテンとヤンセンが美しく演奏してくれました。

その後で、シューマンの《詩人の恋》全曲ですが、第1曲が「いと美しき五月に」で、ラウテンはシューベルトから季節をつなげてプログラミングしたことが分かります。
はるか昔にロッテ・レーマンがこの歌曲集を歌と朗読の2バージョンで録音して以来、久しく女声歌手はこの作品に手を出しませんでした。カナダのロイズ・マーシャルがその後歌い、さらにブリギッテ・ファスベンダーやバーバラ・ボニーが歌いだしてから、女声による《詩人の恋》もこの作品の可能性の一つとして認知されるようになってきたと思います。今回ラウテンが歌った《詩人の恋》も、聞きなれた男声の響きが女声に変わっただけで、演奏の価値はいささかも変わらないと思います。実際、配信で聞いた限りでは特に違和感なく、恋の芽吹きから失恋、思い出を沈める最後まで、恋愛の過程を素晴らしく描き出していました。

前半だけで7:55ぐらいになってしまい、その後20分間の休憩をはさみ、後半のR.シュトラウスのプログラムとなりました。ラウテンとヤンセンは最近シュトラウスのCDをリリースし、今回選曲された作品はみな含まれている為、事前に聞いていました。
最初は《おとめの花》op.22全4曲です。CDで聞いた時はちょっと声が重かったように感じたのですが、コンサートで若返った?と思うほど、きれいに響きが伝わってきます。最初の「矢車菊」「ポピー」と異なる趣の曲を鮮やかに歌ったルイテンですが、ここで家でリラックスして聞いていた私はあろうことか寝落ちしてしまいました。普段もこの時間は寝落ちしてしまうことが多く、この日は気を付けていたのですが、次に気づいた時はアンコールの「明日!」が流れていました。つまり、今回のおそらくメインだった《4つの最後の歌》の時は夢の中でした。演奏者お二人に申し訳ない気持ちでいっぱいですが、寝てしまったものは取り返せないので、気持ちを切り替えて残りのアンコールを楽しみました。

レネケ・ラウテンはおそらく今が声・表現ともに全盛期といっていいのではないかと感じました。どこをとっても素晴らしく彫琢された歌唱で、歌曲歌手の多い現代にあってもっと評価されてしかるべき歌手だったと思います。会場で聞いていないので、確かなことは言えないのですが、おそらく声量も豊かだったのではないかと想像します。

トム・ヤンセンのピアノはラウテンの歌をのせる流れを作る演奏だったと思います。細かい目配りや主張よりは曲全体の流れをとめずに先に進めていくといった方向を目指していたように感じました。

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【備忘録】1993年6月のオーストリア・コンサート

部屋を整理していたら、私の唯一のオーストリア旅行時に聞いたコンサートのパンフレットが出てきたので、備忘録として内容を記載しておきます。
最初の2つはヴィーン・コンツェルトハウスで当日券で聞いたもの、後半の3つはフェルトキルヒのシューベルティアーデ・コンサートを事前に予約したチケットで聞いたものです。
ちなみにヴィーン・コンツェルトハウスもシューベルティアーデも過去公演のアーカイヴをWebサイトで閲覧可能です。後者はコンサートに直接飛ぶリンクを貼っておきました。
前者はコンサートの検索結果画面を開いてもURLが変わらないので、こちらのリンク先から適宜検索ワードを入力すると閲覧できます(例えば演奏家の名前など)。

・1993/6/9 マリヤーナ・リポヴシェク&チャールズ・スペンサー歌曲の夕べ(ヴィーン・コンツェルトハウス、モーツァルトザール)

・1993/6/13 アンドラーシュ・シフ・ピアノリサイタル(ヴィーン・コンツェルトハウス、大ホール)

・1993/6/20 アンドレアス・シュミット&ルドルフ・ヤンセン「冬の旅」(フェルトキルヒ、音楽院ホール)

・1993/6/21 ペーター・シュライアー&アンドラーシュ・シフ「シューベルト:ゲーテ&リュッケルト歌曲集」(フェルトキルヒ、モントフォルトハウス)

・1993/6/22 バンゼ、ツィーザク、ファスベンダー、プレガルディアン、マルクス・シェーファー、ベーア、トレーケル、ヤンセン、リーガー、スヴェーテ「シューベルト:重唱曲コンサート」(フェルトキルヒ、モントフォルトハウス)※本来出演予定だったマティアス・ゲルネがウイルスに感染した為、トレーケルが代役として出演しました。当日配布されたプログラムにはすでにトレーケルの写真・プロフィールが掲載されていた為、かなり早めに変更が決まっていたものと思われます。


●Mittwoch, 9. Juni 1993, 19.30 Uhr, Mozart-Saal, Wiener Konzerthaus

Marjana Lipovšek, Mezzosopran
Charles Spencer, Klavier

Arnold Schönberg (1874-1951)
Vier Lieder op. 2 (1899)
 Erwartung
 Schenk mir deinen goldenen Kamm
 Erhebung
 Waldsonne

Lucijan Marija Skerjanc (1900-1973)
Beli oblaki - Weiße Wolken (1919)
Pred ogledalom - Vor dem Spiegel (1919)
Večerna impresija - Abendstimmung (1919)
Vizija - Vision (1918)

Anton Lajovic (1878-1960)
Kaj bi le gledal! - Soll er nur schauen!
Mesec v izbi - Der Mond in der Kammer
Romanca - Romanze

*** Pause ***

Hector Berlioz (1803-1869)
Vier Lieder aus «Les Nuits d'été» op. 7 (1834)
 Villanelle op. 7/1
 Le Spectre de la Rose op. 7/2
 Sur les Lagunes op. 7/3
 L'île inconnue op. 7/6

Johannes Brahms (1833-1897)
Acht «Zigeunerlieder» op. 103 (1889)
 He, Zigeuner, greife in die Saiten ein!
 Hochgetürmte Rimaflut
 Wisst ihr, wann mein Kindchen am allerschönsten ist?
 Lieber Gott, du weißt, wie oft bereut ich hab
 Brauner Bursche führt zum Tanze
 Röslein dreie in der Reihe blühn so rot
 Kommt dir manchmal in den Sinn
 Rote Abendwolken ziehn am Firmament

●Sonntag, 13. Juni 1993, 19.30 Uhr, Grosser Saal, Wiener Konzerthaus

András Schiff, Klavier

Ludwig van Beethoven (1770-1827)
Sonate D-Dur op. 28 »Pastorale« (1801)
 Allegro
 Andante
 Scherzo. Allegro assai
 Rondo. Allegro ma non troppo

Leoš Janáček (1854-1928)
»Auf verwachsenen Pfaden« Band 1 (1901/08)
 Nr. 1 Unsere Abende
 Nr. 2 Ein verwehtes Blatt
 Nr. 3 Kommt mit!
 Nr. 4 Die Friedeker Muttergottes
 Nr. 5 Sie schwatzten wie die Schwalben
 Nr. 6 Es stockt das Wort!
 Nr. 7 Gute Nacht!
 Nr. 8 So namenlos bange
 Nr. 9 In Tränen
 Nr. 10 Das Käuzchen ist nicht fortgeflogen

*** Pause ***

Leoš Janáček (1854-1928)
Sonate 1. X. 1905 (1905)
 Vorahnung
 Tod

Robert Schumann (1810-1856)
Davidsbündlertänze op. 6 (1837)
 Lebhaft
 Innig
 Mit Humor
 Ungeduldig
 Einfach
 Sehr rasch
 Nicht schnell
 Frisch
 Lebhaft
 Balladenmäßig
 Einfach
 Mit Humor
 Wild lustig
 Zart und singend
 Frisch
 Mit gutem Humor
 Wie aus der Ferne
 Nicht schnell

Sonntag, 20. Juni 1993, 20 Uhr, Konservatoriumssaal, Feldkirch

Liederabend

Andreas Schmidt, Bariton
Rudolf Jansen, Klavier

Franz Schubert (1797–1828)

"Winterreise"

Liederzyklus nach Gedichten von Wilhelm Müller
D 911, op. 89 (1827)

Gute Nacht
Die Wetterfahne
Gefrorne Tränen
Erstarrung
Der Lindenbaum
Wasserflut
Auf dem Flusse
Rückblick
Irrlicht
Rast
Frühlingstraum
Einsamkeit
Die Post
Der greise Kopf
Die Krähe
Letzte Hoffnung
Im Dorfe
Der stürmische Morgen
Täuschung
Der Wegweiser
Das Wirtshaus
Mut
Die Nebensonnen
Der Leiermann


Montag, 21. Juni 1993, 20 Uhr, Montforthaus, Feldkirch

Liederabend

Peter Schreier, Tenor
András Schiff, Klavier

Franz Schubert (1797–1828)

Lieder nach Gedichten von Johann Wolfgang von Goethe
Rastlose Liebe, D 138
Nähe des Geliebten, D 162
Der Fischer, D 225
Erster Verlust, D 226
Gesänge des Harfners, D 478
 "Wer sich der Einsamkeit ergibt"
 "Wer nie sein Brot mit Tränen aß"
 "An die Türen will ich schleichen"
Wandrers Nachtlied II, D 768 "Über allen Gipfeln ist Ruh"

– Pause –

Lieder nach Gedichten von Friedrich Rückert
Sei mir gegrüßt, D 741
Daß sie hier gewesen, D 775
Lachen und Weinen, D 777
Du bist die Ruh, D 776

Lieder nach Gedichten von Johann Wolfgang von Goethe
Auf dem See, D 543
Ganymed, D 544
Schäfers Klagelied, D 121
Meeres Stille, D 216
Jägers Abendlied, D 368
Geheimes, D 719
Der Musensohn, D 764


Dienstag, 22. Juni 1993, 20 Uhr, Montforthaus, Feldkirch

Liederabend

Juliane Banse, Sopran
Ruth Ziesak, Sopran
Brigitte Fassbaender, Alt
Christoph Prégardien, Tenor
Markus Schäfer, Tenor
Olaf Bär, Bariton
Roman Trekel, Bariton *
Rudolf Jansen, Klavier
Wolfram Rieger, Klavier
Alexander Swete, Gitarre

* Herr Matthi[a]s Görne ist leider an einer Virusinfektion erkrankt. Freundlicherweise konnte dessen Aufgabe beim heutigen Liederabend kurzfristig Herr Roman Trekel übernehmen.

Franz Schubert (1797–1828)

Die Geselligkeit (Unger), D 609 (Alle Sänger, Rieger)
Die Advokaten (Engelhart), D 37 (Prégardien, Schäfer, Bär, Jansen)
Klage um Ali Bey (Claudius), D 140 (Banse, Ziesak, Fassbaender, Rieger)
Zur Namensfeier meines Vaters (Schubert), D 80 (Prégardien, Schäfer, Trekel, Swete)
Das Abendrot (Kosegarten), D 236 (Banse, Ziesak, Trekel, Jansen)
Gesang der Geister über den Wassern (Goethe), D 538 (Prégardien, Schäfer, Bär, Trekel)
Mignon und der Harfner (Goethe), D 877/1 (Fassbaender, Bär, Jansen)
Erlkönig (Goethe), D 328 (Prégardien (Erzähler), Bär (Vater), Banse (Kind), Schäfer (Erlkönig), Jansen)
Szene im Dom aus »Faust« (Goethe), D 126b (Ziesak (Gretchen), Trekel (Böser Geist), Banse, Fassbaender, Prégardien, Schäfer, Bär (Chor), Rieger)

– Pause –

Der Tanz (Schnitzer), D 826 (Alle Sänger, Rieger)
Licht und Liebe (M. v. Collin), D 352 (Ziesak, Prégardien, Jansen)
Das Leben (Wannovius), D 269 (Banse, Ziesak, Fassbaender, Prégardien, Bär, Trekel, Rieger)
Des Tages Weihe (Dichter unbekannt), D 763 (Banse, Fassbaender, Schäfer, Trekel, Jansen)
Das Dörfchen (Bürger), D 598 (Prégardien, Schäfer, Bär, Trekel, Swete)
Der Hochzeitsbraten (Schober), D 930 (Ziesak, Schäfer, Bär, Jansen)
Ständchen (Grillparzer), D 920a (Fassbaender, Prégardien, Schäfer, Bär, Trekel, Rieger)
Kantate für Irene Kiesewetter (Dichter unbekannt), D 936 (Alle Sänger, Jansen, Rieger)

Konzerthaus

Feldkirch

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江崎皓介ピアノリサイタル「ラフマニノフ生誕150周年プログラム」(2023年5月28日 大泉学園ゆめりあホール)

江崎皓介ピアノリサイタル「ラフマニノフ生誕150周年プログラム」
Koosuke Ezaki Piano Recital

2023年5月28日(日)14:30 大泉学園ゆめりあホール (自由席)

ラフマニノフ
S.Rakhmaninov

幻想的小品集 前奏曲 "鐘" Op.3-2 嬰ハ短調

東洋のスケッチ 変ロ長調

楽興の時 Op.16

~休憩~

リラの花 Op.21-5 変イ長調

ひなぎく Op.38-3 ヘ長調

断片 変イ長調

ピアノ・ソナタ第2番Op.36 変ロ短調 (1913年版)

●アンコール

ショパン:ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」Op.27-2~第2楽章Allegretto

ショパン:ワルツ第6番変ニ長調 Op.64-1「小犬のワルツ」

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毎年恒例の江崎皓介氏のピアノリサイタルを聞いてきました。
今回の場所は大泉学園ゆめりあホールで、調べたところ以前にこのホールに来たのは11年前でした。
これまで聞かせていただいた江崎氏のコンサートはサロン風の場所が多く、シューボックスタイプの本格的な音楽ホールで聴くのははじめてかもしれません。
とてもきれいな響きのホールで、江崎氏の演奏を堪能してきました。

今年がラフマニノフの生誕150周年にあたるということで、オールラフマニノフプログラムでした。
前半は「楽興の時」、後半はピアノ・ソナタ第2番のオリジナルバージョンをメインに置き、その前にいくつかの魅力的な小品が演奏されました。
冒頭の前奏曲「鐘」は特によく知られている作品ですが、江崎氏の演奏は最初から説得力に富んだものでした。江崎氏はおおげさな素振りやこれみよがしなパフォーマンスには決して走ることがなく、演奏そのもので聞き手の心をつかむピアニストです。音への誠実で繊細なアプローチが感じられた素敵な時間でした。

「楽興の時」というタイトルはおそらくシューベルトの同名のタイトルにあやかっているのでしょうが、曲数こそシューベルトと同じ6曲構成ながら、音楽の性格は当然全く異なります。シューベルトの前期ロマン派の素朴な美しさに比べると、ラフマニノフの方はもっと濃厚で甘美でロシアの底深い哀愁も帯びています。それらを1曲1曲江崎氏の優れた演奏で味わっていると、ラフマニノフの作品はロシアの大地で育った者ならではと実感しました。

休憩後、最初の2曲はラフマニノフ自身の歌曲のピアノ独奏用編曲です。とりわけ「リラの花」は彼の歌曲の中でも比較的よく歌われると思います。シューベルトの歌曲なども編曲している彼が、自作の歌曲も編曲しているのは、その出来ばえに自信があったのでしょうし、おそらくピアノファンにも知ってもらいたいという気持ちの表れなのではないかと思いました。江崎氏自身の解釈も配布されたプログラムノートに記載されていて興味深かったです。

詩の内容は下記サイト(「詩と音楽」)で藤井宏行さんが公開されています。
リラの花
ひなぎく

「リラの花」は劇的なパッセージも盛り込んで華やかさも加えていますが、「ひなぎく」は原曲に忠実な印象を受けました。
どちらも花に寄せて詩人の気持ちを吐露するという慎ましやかな作品です。この日演奏された「東洋のスケッチ」や「断片」なども含めた小品の簡潔な美しさは、彼のコンチェルトなどの華やかさとはまた異なる魅力があると思います。

最後に演奏されたピアノソナタ第2番は最初に発表された版によって演奏されました。ラフマニノフ自身が演奏した当時評判が芳しくなかったとのことで、14年後の1931年に改訂版を発表するのですが、ホロヴィッツは作曲家公認のもと、両者を融合させた別バージョンで演奏していたそうです。

江崎氏はドラマティックなパッセージから繊細な響きまで自由自在になんの違和感もなく見事に聞かせてくれました。きっと演奏者には相当のスタミナが求められるのではないでしょうか。1913年版のどこが当時不評だったのか私には分かりませんが、当時の聴衆と現代の我々の音楽環境の違いは作品の受容になんらかの影響を及ぼしていたのかもしれません。第2楽章の途中に極めて美しい惹きつけられる部分があり、そこはラフマニノフならではと感じました。

アンコールで弾かれたショパンの2つのワルツは以前のコンサートでも聞かせていただいたことがありますが、特に第7番のフレーズの変化に富んだ浮き立たせ方は出色でした。ある時は主旋律を、別の個所では弱拍のバスを強調し、メランコリックな著名作品にまだまだ新しい魅力がひそんでいることをまざまざと感じました。
「月光」の2楽章を単独でアンコールで聞いたのは今回が初めての体験でしたが、強調するリズムの右手と左手のずれという意味でショパンのワルツ第7番と共通するものを感じました(こちらはベートーヴェン自身の指示によるものですが)。

これだけ見事な演奏をホールの美しい響きで味わえるというのはなんとも贅沢な時間でした。
アニバーサリーの作曲家に対する深いリスペクトが感じられる江崎氏の姿勢と、作品の奥底に迫ろうという気持ちの詰まった充実した演奏は素晴らしかったです。コンサートに向けてどれだけの準備をされてきたのかを思うと頭が下がります。
さらに多くの人に聞いていただきたいピアニストです。

ちらしはこちら

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エリー・アーメリング、パーセル&フランク・マルタンを歌う(1965年11月26日, De Kleine Zaal om de Hoek)

De Kleine Zaal om de Hoek(角の小ホール)というホールのWebサイトに、エリー・アーメリング32歳の頃のライヴ音源が掲載されていました。
ピアノはスイスの作曲家フランク・マルタン(アーメリングより43歳年長)で、マルタン自身の歌曲集『3つのクリスマスの歌』と、パーセルの歌劇『ダイドーとエネアス』から有名なアリア「ダイドーの嘆き」が聞けます。どちらもスタジオ録音が残されているいるレパートリーですが、パーセルの方はPHILIPS盤の録音がクルト・マズア指揮ゲヴァントハウス管弦楽団の伴奏だったので、ここでのピアノとの共演は貴重です。
アーメリングの若くみずみずしい歌声は、パーセルの苦悩の表現よりは一途に思いを吐露している感じで魅力的でした。そして、スタジオ録音でも同じ組み合わせで聞ける『3つのクリスマスの歌』はフルートの助奏の響きも相まって聖書のキリスト生誕の様子が美しく描かれていました。

上記のサイトでも"BELUISTER FRAGMENT"というボタンをクリックするとYouTubeが立ち上がり聴くことが出来ますが、こちらにも掲載させていただきます。

録音:1965年11月26日, De Kleine Zaal om de Hoek

エリー・アーメリング(S)
フランク・マルタン(P)
ピテル・オデ(FL:『3つのクリスマスの歌』)

ヘンリー・パーセル:歌劇『ダイドーとエネアス』より~「あなたの手を貸しておくれ、ベリンダよ~私が地中に寝かされるとき」

フランク・マルタン:歌曲集『3つのクリスマスの歌』(藤井宏行氏の対訳はこちら)
1. 贈り物
2. クリスマスの絵姿
3. 羊飼いたち

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Recorded: 26 november 1965, De Kleine Zaal om de Hoek

Elly Ameling, sopraan
Frank Martin, piano
Pieter Odé, fluit (Martin: "Trois chants de Noël")

Henry Purcell (1659 – 1695)
From "Dido and Aeneas":
Thy hand, Belinda, darkness shades me - When I am laid in earth

Frank Martin (1890–1974)
"Trois chants de Noël":
1. Les Cadeaux
2. Image de Noël
3. Les Bergers
(tekst: A.Ruthardt, 1947)

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Dido's Lament, Z. 626, from the opera Dido and Aeneas, no. 37
 ダイドーの嘆き(歌劇「ダイドーとエネアス(ディドとアエネアース)」より)

Thy hand, Belinda, darkness shades me;
On thy bosom let me rest.
More I would, but death invades me:
Death is now a welcome guest.
 あなたの手を貸しておくれ、ベリンダよ、暗闇が私を隠しています。
 あなたの胸の上で私を休ませておくれ。
 もっと生きていたかった、だが死が私を侵蝕しています。
 死は今や歓迎すべき客なのです。

When I am laid in earth,
May my wrongs create
No trouble in thy breast.
Remember me, but ah! forget my fate.
 私が地中に寝かされるとき、
 私の過ちが
 あなたの胸に苦しみをうみ出さないことを願います。
 私のことを覚えていておくれ、だが、ああ!わが運命は忘れておくれ。

詩:Nahum Tate (1652-1715)
曲:Henry Purcell (1658/9-1695)

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江崎皓介ピアノリサイタル(2022年12月10日 ミューザ川崎シンフォニーホール 音楽工房 市民交流室)

江崎皓介ピアノリサイタル
フランク生誕200周年&スクリャービン生誕150周年プログラム
~ピアノで織りなす神秘劇~

2022年12月10日(土)19:00開演(18:30開場)
ミューザ川崎シンフォニーホール 音楽工房 市民交流室

江崎皓介(ピアノ)

フランク(バウアー編):前奏曲、フーガと変奏曲 Op.18

フランク:前奏曲、コラールとフーガ M.21

フランク:前奏曲、アリアと終曲 M.23

~休憩(15分)~

スクリャービン:10のマズルカ Op.3

スクリャービン:ピアノソナタ第4番 Op.30

アンコール
シューマン:「子供の情景」~トロイメライ

江崎皓介氏のTwitter告知

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毎年恒例の江崎皓介氏のピアノリサイタルを聞いてきました。今回は川口ではなくミューザ川崎で、神奈川出身でありながら一度も行ったことがなかったので楽しみでした。

JR川崎駅中央改札を出て、地上に降りずにそのまま一本道で会場まで行けるのが便利でした(徒歩3分ぐらい)。会場前にはおそらく音符を模したと思われるモニュメントがいくつか設置されていました。
ミューザ川崎の建物に入り、長いエスカレーターを上ると、シンフォニーホールがありましたが、今回はそちらではなく音楽工房 市民交流室という小さなホールで、ピアノを聞くにはちょうどいいスペースでした。

ちょうどこの日はセザール・フランク(César Franck: 1822年12月10日 - 1890年11月8日)の生誕200回目の誕生日にあたり、その当日に彼の代表的な鍵盤作品3作が聴けるという贅沢な時間でした。

この日は前半がフランク、後半は今年が生誕150周年にあたるスクリャービン(Alexandre Scriàbine: 1872年1月6日 - 1915年4月27日)の作品で、アニバーサリー・イヤーの作曲家の作品を堪能できる素晴らしいプログラミングでした。

最初のフランク「前奏曲、フーガと変奏曲 Op.18」はもともとオルガン独奏用に作曲され、その後フランク自身によってハルモニウムとピアノの為に編曲されましたが、今回はかなり広く弾かれているハロルド・バウアー編曲によるピアノ独奏版です。前奏曲とフーガの間のつなぎのLargoの部分にピアノ版では急速なパッセージが追加されていますが、概して原曲に忠実な編曲なのではないでしょうか。冒頭のフレーズはあまりにも印象的で、一度聞けば耳から離れない魔力のようなものがあります。個人的にはいにしえの響きのようでもあり、フィリップ・グラスの作品を予感させるようにも感じられます。

続く「前奏曲、コラールとフーガ M.21」はフランクのピアノ曲の中でも特に有名なもので、アルペッジョの美しいフレーズはとりわけ印象的です。

前半最後の「前奏曲、アリアと終曲 M.23」は親しみやすいフレーズで始まる前奏曲、息の長いメロディのアリア、それと対照的に激しく蠢く終曲からなり、規模は大きめではないでしょうか。

江崎さんはこのかなりエネルギーを要すると思われるこの3作から実に細やかなポリフォニーを描き分け、それぞれの声部が浮かんでは背後に沈み、音が生き物のように胸に迫ってきました。かなりダイナミクスの幅は大きくとられ、渾身の演奏でした。

前半だけで55分というボリュームで、休憩15分をはさんで後半はスクリャービンです。

最初に「10のマズルカ Op.3」が演奏されましたが、私は寡聞にしてスクリャービンがマズルカを作曲していることを知りませんでした。なんでもスクリャービンはショパンの影響を受けていたそうで、このOp.3は10代後半に散発的に作曲されたのだとか。確かにショパンの香り漂う作品群でした。
江崎さんは昨年ショパンのエチュード全曲を聞かせていただき、素晴らしかったのを記憶していますが、プロフィールによると第14回スクリャービン国際コンクールで第一位を取られているとのこと。スラブ系の音楽は特に十八番なのでしょう。
スクリャービンのマズルカ、ショパンに近いものがありながらも曲調はそれぞれ異なり、それぞれの曲の中でも異なる曲調が併存しており、楽しめました。江崎さんは第4曲の後で一回拍手にこたえておられました。
最終曲は後半で執拗に繰り返される変ハ音(Ces)(ロ音と同じ音)が強迫観念のように聴き手の不安を煽ります。
私の記憶では江崎さんはこの最後の変ハ音を鳴らしたまま、次のピアノソナタ第4番Op.30の冒頭の異名同音のロ音(H)につなげて演奏していました。このソナタ冒頭の模糊とした雰囲気にすんなり溶け込んでいて、とても興味深い試みだと思いました。このソナタ、まだスクリャービンが単一楽章でソナタを作る前の作品で、2楽章からなりますが、短くあっという間に終わってしまいます。両楽章の性格は全く異なり、模糊とした1楽章から霧が晴れたような2楽章へと切れ目なく続き、単一楽章ソナタへの予兆と見ることも出来るかもしれません。江崎さんは深く踏み込んだ表現で素晴らしかったです。

スクリャービン:マズルカOp.3-10の最後
Scriabin-op-310

スクリャービン:ピアノソナタ第4番Op.30の冒頭
Scriabin-sonata-op-30

この日のアンコールはシューマンの「トロイメライ」。快適なテンポで美しく歌われていました。終演は21時。かなりのボリュームでしたが、集中力がとだえることなく、二人の偉大な作曲家の魅力を存分に堪能させていただきました。

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マーク・パドモア&内田光子 デュオリサイタル(2022年11月24日 東京オペラシティ コンサートホール)

マーク・パドモア&内田光子 デュオリサイタル

2022年11月24日(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

マーク・パドモア(T)
内田光子(P)

ベートーヴェン:
「希望に寄せて」(第2作)op. 94
「あきらめ」WoO 149
「星空の下の夕べの歌」WoO 150
歌曲集『遥かなる恋人に』op. 98
第1曲:丘の上に腰をおろし
第2曲:灰色の霧の中から
第3曲:天空を行く軽い帆船よ
第4曲:天空を行くあの雲も
第5曲:五月は戻り、野に花咲き
第6曲:愛する人よ、あなたのために

~休憩(20分)~

シューベルト:歌曲集『白鳥の歌』D 957/D 965a
第1曲:愛の使い
第2曲:戦士の予感
第3曲:春の憧れ
第4曲:セレナーデ
第5曲:すみか
第6曲:遠い地で
第7曲:別れ
第8曲:アトラス
第9曲:彼女の肖像
第10曲:漁師の娘
第11曲:都会
第12曲:海辺で
第13曲:影法師
第14曲:鳩の便り

(※日本語表記はプログラム冊子に従いました)

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Mark Padmore & Mitsuko Uchida Duo Recital 2022

November 24, 2022, 7:00 pm
Tokyo Opera City, Concert Hall

Mark Padmore, tenor
Mitsuko Uchida, piano

Ludwig van Beethoven: An die Hoffnung, Op. 94
Ludwig van Beethoven: Resignation, WoO 149
Ludwig van Beethoven: Abendlied unterm gestirnten Himmel, WoO 150

Ludwig van Beethoven: "An die ferne Geliebte", Op. 98
1. Auf dem Hügel sitz ich spähend
2. Wo die Berge so blau
3. Leichte Segler in den Höhen
4. Diese Wolken in den Höhen
5. Es kehret der Maien, es blühet die Au
6. Nimm sie hin denn, diese Lieder

- Intermission (20 min.) -

Franz Schubert: "Schwanengesang", D 957/D 965a
1. Liebesbotschaft
2. Kriegers Ahnung
3. Frühlingssehnsucht
4. Ständchen
5. Aufenthalt
6. In der Ferne
7. Abschied
8. Der Atlas
9. Ihr Bild
10. Das Fischermädchen
11. Die Stadt
12. Am Meer
13. Der Doppelgänger
14. Die Taubenpost

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テノールのマーク・パドモアがベートーヴェンとシューベルトの歌曲を歌うというので初台の東京オペラシティに行ってきました。
すでに先週の土曜日には「冬の旅」を歌ったそうです。

過去にパドモアの実演を聴いたのはトッパンホール(2008,2011)と王子ホール(2014)で、2008年10月のイモジェン・クーパーとの「冬の旅」、2011年12月のティル・フェルナーとの「美しい水車屋の娘」と「白鳥の歌」他の2夜、2014年12月のポール・ルイスとの「美しい水車屋の娘」と「白鳥の歌」他の2夜と、5回も聴いていました。我ながらよく聞いたものだと思います(笑)クーパーとルイスは独奏者としても大好きなピアニストなので、彼らのピアノも目当てのうちだったのです。

トッパンホールは408席、王子ホールは315席と歌曲を聴くのにうってつけの広さで、演奏家と客席の一体感が魅力でした。今回の東京オペラシティ コンサートホールは1632席とトッパンホールの4倍、王子ホールの5倍以上です。こんな広いホールでパドモアを聴いたことがなかったので期待と不安の入り混じった気持ちで聴きに来ました。

今回の共演者はあの内田光子です!彼女のソロリサイタル(モーツァルト、シューマン、シューベルトの曲)も過去に聴いたことがあり、歌うようなとても美しい響きを奏でるピアニストなので、歌曲ではどんな感じなのか楽しみでもありました。

私の席は3階左側の後方でした。前に落下防止の手すりがあるので舞台はあまり見えません。パドモアは前方のお客さんが身を乗り出さない時に顔がかろうじて見えましたが、内田さんは位置的に演奏中は全く見えず、拍手にこたえて中央寄りに来た時にちらっと見えるぐらいでした。でもずっと顔を左に向けて聴くのもきついので、1階のお客さんのあたりに視線を落としながら耳を澄まして演奏を楽しむという感じでほとんどの時間を過ごしました。

これまで幸いなことに全盛期の実演を何度も聴くことが出来たパドモアがすでに60代だったことに驚きましたが、年齢による声の変化は生身の人間である限り避けられないのは当然でしょう。
強声の時は美しくふくよかな響きが私の席まで充分に届いてきましたが、ソットヴォーチェの時は響きがやせ気味になることがありちょっと年齢を感じました。ただ、それでも声が全く聞こえないということはなかったので、鍛錬を積んだ歌手は凄いですね。
パドモアは大きめのホールだからといって表現を大振りにするということはなく、フォルテからピアニッシモまで多様な響きでリートの繊細な世界をそのまま提示してくれていたのが心地よかったです。

冒頭のベートーヴェンの単独の3曲はいずれも内省的な趣で共通している選曲で、訴えかけるように歌うパドモアの表現が生きていました。驚くほど澄み切った響きの内田のピアノがパドモアの語るような歌唱を優しく包み、導いていました。ソリストにありがちな歌とピアノの衝突はなく、内田が磨きぬいたタッチでパドモアの声を包み込んでいました。

連作歌曲集『遥かな恋人に』は真摯なパドモアの描く人物がこの詩の主人公に重なります。内田は第6曲の前奏などこのうえなく美しく歌って奏でていました。それにしても第5曲「五月は戻り、野に花咲き」の冒頭から歌手は高いト音(G)を出さなければならず、歌手泣かせだなと思いました(パドモアはもちろん出していましたが、やはり楽ではなさそうです)。

休憩は20分とのことで、席に座っていると、15分ぐらい経った頃にステージ向い側の2階席に向けて拍手が起こり、なんと上皇后美智子様がおいでになりました。後半のプログラムを最後の拍手が終わるまでご覧になられ、楽しまれておられたようです。

後半はシューベルトの『白鳥の歌』で、通常のハスリンガー出版譜の曲順のまま14曲演奏されました。10月に聴いたプレガルティアンは曲順を入れ替えたりしていましたが、個人的にはこの通常の曲順が好きです。
これらの晩年の歌曲の底知れぬ深さと凄みをこの二人の名手の演奏からあらためて感じさせてもらえた時間でした。

パドモアは、例えば第1曲「愛の使い」の第3連"Wenn sie am Ufer,"の"Wenn"を"Wann"と歌っていたので、新シューベルト全集(Neue Gesamtausgabe)の楽譜を使用したものと思われます。
「戦士の予感」「すみか」での強靭な声の威力は健在でした。
内田は「セレナーデ」の右手のギターを模した音型を徹底してスタッカート気味に演奏して、見事な聞きものとなっていましたが、次の「すみか」でちょっと疲れが出た感もありました。もちろん概して作品の世界を見事に描いていたと思います。
後半のハイネ歌曲は切り詰めた音を用いた傑作群で、この名手たちの演奏の素晴らしさもあって、シューベルトが新しい境地に足を踏み入れた凄みが一層切実に感じられた時間でした。
「影法師」など内田は決して急激なアッチェレランドをかけたりせず、その和音の重みで徐々に緊迫感を出していて凄かったです。パドモアはほとんど語り部のような趣でこの曲の凄みを表現し尽くしていました。
このハイネ歌曲の厳しく緊迫した時間があったからこそ、最後の「鳩の便り」が生来のシューベルトらしい純粋な響きで聴き手の気持ちを解放してくれるのだと思います。この曲では両者は比較的ゆっくりめのテンポで丁寧に演奏していました。新しい境地と従来の抒情の間を自在に行き来するシューベルトの天才と、それを素晴らしく再現した二人の巨匠演奏家たちに拍手を送りたいと思います。

盛大な拍手に何度も呼び出された二人でしたがアンコールはありませんでした。でもこれだけボリュームたっぷりの充実したプログラムを聞かせてもらえれば聴き手ももうおなかいっぱいです。終演はちょうど9時頃でした。

オペラシティに来たのは随分久しぶりだなと思い、ブログの管理画面で検索してみたところ、2015年9月のオッター&ティリング&ドレイクのコンサート以来7年ぶりでした。だんだん実演から録音音源にシフトしつつあった私ですが、こうしてたまに生の音を浴びるとやはりいいものですね。

2022

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クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース/シューベルト「白鳥の歌」他(2022年10月1日(土)トッパンホール)

トッパンホール22周年 バースデーコンサート
〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第25篇
〈シューベルト三大歌曲 1〉
クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース

2022年10月1日(土)18:00 トッパンホール

クリストフ・プレガルディエン(テノール)
ミヒャエル・ゲース(ピアノ)

ベートーヴェン:連作歌曲《遥かなる恋人に寄す》Op.98
 第1曲 僕は丘の上に腰を下ろして
 第2曲 青い山なみが
 第3曲 空高く軽やかに飛ぶ雨ツバメよ
 第4曲 高みにある雲の群れも
 第5曲 五月はめぐり
 第6曲 受け取ってください、これらの歌を

シューベルト:白鳥の歌 D957より
 第1曲 愛の言づて
 第2曲 兵士の予感
 第3曲 春のあこがれ
 第4曲 セレナーデ
 第5曲 居場所
 第6曲 遠い地で
 第7曲 別れ

~休憩~

ブラームス:〈君の青い瞳〉Op.59-8~《リートと歌》より
ブラームス:〈永遠の愛〉Op.43-1~《4つの歌》より
ブラームス:〈野の中の孤独〉Op.86-2~《低音のための6つのリート》より
ブラームス:〈飛び起きて夜の中に〉Op.32-1~《プラーテンとダウマーによるリートと歌》より
ブラームス:〈教会の墓地で〉Op.105-4~《低音のための5つのリート》より

シューベルト:白鳥の歌 D957より
 第10曲 魚とりの娘
 第12曲 海辺で
 第11曲 町
 第13曲 もう一人の俺
 第9曲 あの娘の絵姿
 第8曲 アトラス

[アンコール]

シューベルト:鳩の使い D965A
シューベルト:我が心に D860
シューベルト:夜と夢 D827

(※上記の演奏者や曲目の日本語表記はプログラム冊子に従いました。アンコールもトッパンホールの公式Twitterの日本語表記に従いました。)

Toppan Hall The 22th Birthday Concert
[Song Series 25 -Gedichte und Musik-]
Christoph Prégardien(Ten) & Michael Gees(pf)

Saturday, 1 October 2022 18:00, Toppan Hall

Christoph Prégardien, Tenor
Michael Gees, piano

Beethoven: Liederzyklus "An die ferne Geliebte" Op.98
 No. 1. Auf dem Hügel sitz ich spähend
 No. 2. Wo die Berge so blau
 No. 3. Leichte Segler in den Höhen
 No. 4. Diese Wolken in den Höhen
 No. 5. Es kehret der Maien, es blühet die Au
 No. 6. Nimm sie hin denn, diese Lieder

Schubert: 7 Lieder nach Gedichten von L. Rellstab aus "Schwanengesang" D957
 No. 1. Liebesbotschaft
 No. 2. Kriegers Ahnung
 No. 3. Frühlingssehnsucht
 No. 4. Ständchen
 No. 5. Aufenthalt
 No. 6. In der Ferne
 No. 7. Abschied

-Intermission-

Brahms: 'Dein blaues Auge' Op.59-8 aus "Lieder und Gesänge"
Brahms: 'Von ewiger Liebe' Op.43-1 aus "4 Gesänge"
Brahms: 'Feldeinsamkeit' Op.86-2 aus "6 Lieder für eine tiefere Stimme"
Brahms: 'Wie rafft' ich mich auf in der Nacht' Op.32-1 aus "Lieder und Gesänge von A. v. Platen und G. F. Daumer"
Brahms: 'Auf dem Kirchhofe' Op.105-4 aus "5 Lieder für eine tiefere Stimme"

Schubert: 6 Lieder nach Gedichten von Heinrich Heine aus "Schwanengesang" D957
 No. 10. Das Fischermädchen
 No. 12. Am Meer
 No. 11. Die Stadt
 No. 13. Der Doppelgänger
 No. 9. Ihr Bild
 No. 8. Der Atlas

[Zugaben]

Schubert: Die Taubenpost D965A
Schubert: An mein Herz D860
Schubert: Nacht und Träume D827

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久しぶりに生のコンサートに出かけてきました。テノールのクリストフ・プレガルディエン(プレガルディアン)がシューベルトの三大歌曲集をトッパンホールで披露するというので、その初回(10月1日)の『白鳥の歌』他のリサイタルを聴きました。
最近はあまりコンサートの広告などを熱心に見ることもなく、たまたまフリーペーパーの「ぶらあぼ」をぱらぱらめくっていてこのコンサートに気付いたので、数日前に電話してチケットをとり、飯田橋に降り立ちました。

個人的なことですが、飯田橋は社会人になって最初に勤めた会社があった場所で(大昔の話です)、久しぶりにそのビルに行ってみましたが、とうの昔に居酒屋のビルに変わっているばかりか、周辺の書店やよく通った飲食店などかなり変わってしまっていて妙にノスタルジックな気分に襲われました。

そんな感傷を引きずりながら15分ほどの坂道をのぼっていくと、以前はなかったスーパーいなげやが途中にありました。コンサートに向かう道は期待に胸ふくらませていて独特の高揚感があるんですよね。

ホールに着き、チケットをもぎってもらうと同時に受け取るプログラム冊子は以前と全く同じ表紙・デザインのものでした。変わるものがあれば変わらないものもあり、いろいろな思いが交錯する日となりました。

トッパンホールに来たのは一体何年ぶりだろうというぐらい久しぶりだったのですが、席についてしまえば過去に過ごした多くの素敵な時間がよみがえってきます。

今回は後方左側の席だったのですが、段になっているので、舞台がよく見渡せるいい席でした。

プログラムは前半がベートーヴェンの歌曲集《遥かなる恋人に寄す》と、シューベルトの『白鳥の歌』からレルシュタープの詩による7曲、休憩をはさみ後半はブラームスの歌曲5曲と、『白鳥の歌』からハイネの詩による6曲でした。
『白鳥の歌』の順序を出版順から入れ替えるのが最近の流行りで、プレガルディエンのちらしではレルシュタープ、ハイネそれぞれ曲順を入れ替えた形で発表されていましたが、結局レルシュタープ歌曲集はお馴染みの出版順で演奏され、ハイネ歌曲集のみがプレガルディエン独自の曲順に入れ替えられていました。

プレガルディエンはすでに66歳になっていたということにまず驚きました。F=ディースカウが歌手活動から引退したのが67歳の時で、その頃にはすでに声がかなり重くなっていたことを考えると、プレガルディエンの声のコンディションの見事さはちょっと信じがたいほどでした。高音域が若干きつそうな場面がある以外は殆ど年齢による衰えを感じることがなく、細やかな表現から劇的な表現まで変幻自在でした。ホール後方の席にいた私にも細やかな表現の綾がしっかり伝わってきます。基礎がしっかりしている人は長く歌い続けられるということなのでしょうか。

プレガルディエンは楽譜立てに紙を置いて、歌っていましたが、それが楽譜なのか歌詞なのか席からは確認できませんでした。ただ、ほとんどそれを見ることなく、正面の客席に顔を向けて歌っていたので、あくまで万が一の為の備忘録のような感じに思えます。

プレガルディエンはプログラム最初の《遥かなる恋人に寄す》の冒頭の曲からすでに声が朗々と前に出ていて年齢的な心配は杞憂に過ぎませんでした。
彼はバッハ歌いでもあり、彼の歌の基本は聴き手に伝えるという姿勢だと思います。
言葉が明瞭に聞こえてきます。
プレガルディエンは実演でも録音でも、歌の旋律に装飾を加えたり、多少変更を加えたりします。
当時の作品が演奏される際にすでにそうしたことは行われていて、シューベルト歌曲の紹介者フォーグルがどのように変更したかは楽譜の形で残っています。シューベルトはフォーグルの歌の伴奏をしたわけですから、そうした変更はシューベルトの公認と言ってもいいのでしょう。
プレガルディエンはすべての曲に装飾を加えるわけではなく、特定の曲に絞って装飾・変更を加えていきます。
私の記憶では《遥かなる恋人に寄す》では装飾は付けていませんでした。
この日最初に装飾を加えたのは『白鳥の歌』第3曲「春のあこがれ」でした。
特定の曲で装飾を加える時は、数か所変更を加えます。そして、歌手に呼応してゲースも思いっきりピアノパートに変更を加えます。
どこまで事前に準備していて、どこから即興的なやりとりなのかは知るよしもないですが、耳馴染みの音楽にちょっと装飾を加えて歌とピアノの新しい響きが生まれる瞬間に居合わせられるのはスリリングです。

プレガルディエンは万能歌手で、若者の心の痛みでも、抒情的な風景でも、疎外された者の心情でも、愛の告白でも、見事に説得力をもった表現で聴かせてくれるので、聴き手は身を委ねて、それぞれの小世界に浸ることが出来ます。
例えば《遥かなる恋人に寄す》第1曲では"Bote(使い)"の前に少しだけ間をとって「愛の使者はいないのか」という気持ちを強調していました。
年齢を重ねて低音は充実していて、特にテノール歌手には必ずしも歌いやすくはないであろう「遠い地で」の低音がしっかりと響いていたのは聴きごたえありました。

ピアノのミヒャエル・ゲースは、これまで数多くのピアニストたちと共演してきたプレガルディエンのパートナーの中でも極めて異彩を放っていることは間違いないです。
ゲースはリズムや拍を楽譜通りに明瞭に伝えようとはしません。
むしろ音楽的な響きの中でそれを(おそらく)あえてぼやかします。
ペダルの海の中で響きは時に濁り、普段聞こえる音が響きに埋没するかと思うと、普段埋もれがちな内声が浮き立ってきたりもします。
それは手垢にまみれたリート演奏に独自の視点をもたらそうとしているのかもしれませんし、もともとのゲースの資質なのかもしれません。
プレガルディエンが同じ作品を現代作曲家の様々な演奏形態による編曲版で歌ったりするのが新しい視点の可能性を試みているということならば、ゲースというピアニストと共演するということもその一環としてとらえてもいいのかもしれません。
ゲースは基本的に右手を中心に響かせ、左手はここぞという時だけ強調します。過去の様々な演奏に馴染んだ耳には、なぜ左手のバス音をこんなに弱く演奏するのだろうかという疑問をつきつけられます。それこそが先入観に疑問を持つようにというゲースから聴き手へのメッセージのようにも思えます。
それからリートを弾くピアニストたちがここぞという時にやる右手と左手のタイミングをわずかにずらすことによる味付けをゲースはこれでもかというぐらいに多用します。これはゲースの好みなのかもしれませんね。
また、ジャズも演奏するというゲースはプレガルディエンの装飾に呼応してかなり大胆な変更を施します。このあたりもプレガルディエンが志す方向と共通しているのだと思います。ただ、ブラームスの「永遠の愛」の後奏はゲースの創作作品になってしまっていて、これはさすがにやり過ぎかなと個人的には思いました。

大体『白鳥の歌』のプログラムだと、45分ぐらいで終わってしまうので、他に何が追加されるのかが愛好家にとっては気になるのですが、今回はよく一緒に演奏される『遥かなる恋人に寄す』の他にブラームスの歌曲5曲という珍しいカップリングが興味深かったです。私はブラームス歌曲が大好きなので、この日のコンサートは大好きな作品のオンパレードでとても楽しめました。プログラムビルディングも大事ですよね。

『白鳥の歌』出版時に含まれた「鳩の便り」は一つだけザイドルのテキストということもあって、今回のように正規のプログラムからは外されることが多くなってきましたが、アンコールで歌ってくれたのでこの曲が好きな私としては良かったです!そしてアンコール2曲目は珍しいシュルツェの詩による「我が心に」が演奏され、最後の「夜と夢」は魔術的な美しさでした。プレガルディエンのレガート健在でした!

やはりホールの美しい響きの中で聴く一流の演奏は格別でした。行って良かったです!あと2夜行ける方はぜひ楽しんできてください!

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