2020年に聴いたコンサート(江崎皓介ピアノリサイタル、高橋健介 Kotoba to Oto Vol. 1)

2020年は某騒動のせいで軒並みイベントは中止や延期に追い込まれてしまいましたが、そんな中実施まで漕ぎつけたコンサートもありました。
アーティストやスタッフの方々は想像できないほどのご苦労があったことと思います。

歌劇『ヴォルフ イタリア歌曲集』の公演についてはすでに投稿しました。

他に2つ素晴らしいコンサートを10月に聴いてきました。

実は最近ツイッターのアカウントを作り、そちらには感想を投稿していたのですが、やはりブログの方が私には向いていることが分かり、今後はツイッターのアカウントは情報収集用に残し、発信はこちらのブログで続けていこうと思います。

●江崎皓介(えざきこうすけ)ピアノリサイタル

http://www.piano.or.jp/concert/20084290

2020.10.10(土)15:00-16:30 カワイ川口リリアサロン

江崎皓介(えざきこうすけ)(ピアノ)

シューマン:ダヴィット同盟舞曲集Op. 6

(休憩15分)

ショパン:幻想曲Op. 49

ベートーヴェン:ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」Op. 53

アンコール:
ドビュッシー:アラベスク第1番

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江崎皓介ピアノリサイタルを聴いてきました。いやぁ良かったです!
今年初の生音。動画も素晴らしいけれど、目の前で奏でられる音を全身に浴びる感覚!
やはりピアニストって凄いと改めて思いました!
シューマン、ショパン、ベートーヴェンと大作ばかりで聴き応えありました。

川口リリアに行く時はいつも音楽ホールの公演ばかりで、カワイのお店の奥にこんなサロン風のスペースがあるとは知りませんでした。

江崎さんの4人の作曲家(アンコールも含めて)の弾き分けが素晴らしく、タッチの変幻自在さに聞き入りました!

「ワルトシュタイン」はグリッサンドよりもオクターブの連続下行の方が指への負担は別にして難しそうな気がしますが、江崎さんのテクニックの素晴らしさもあって安心して身を委ねて聴けました。

それにしても年々シューマンが好きになっていく私です。
「ダヴィット同盟」最高ですね!

●高橋健介/Kotoba to Oto Vol. 1

https://kensuketakahashi-blog.com/kotoba-to-oto-vol-1-3/commentary/

2020.10.11(日)13:30-15:20 紀尾井町サロンホール

高橋健介(ピアノ)
水野沙六花(ピアノ)
澤原行正(テノール)
榎本郁(ヴァイオリン)

シューマン:《詩人の恋》 作品48 (澤原、高橋)

(休憩)

バーンスタイン :《キャンディード》 序曲 (水野、高橋)

サラサーテ:序奏とタランテラ  作品43 (榎本、高橋)

ドヴォルザーク:《スラヴ舞曲集》より  作品72-2 、作品46-5 (水野、高橋)

クライスラー:ドヴォルザークの主題によるスラヴ幻想曲 (榎本、高橋)

ブラームス(ハイフェッツ編):メロディのように  作品105-1 (榎本、高橋)

バッハ(高橋編):《神の時こそいと良き時》BWV106より第1曲〈ソナティナータ〉 (水野、高橋)
バッハ(高橋編):《楽しき狩こそわが悦び》BWV208より第9曲 アリア〈羊は安らかに草を食み〉 (水野、高橋)

クライスラー:愛の悲しみ (榎本、高橋)

モンティ:チャールダーシュ (榎本、高橋)

アンコール:

ラフマニノフ:ここは素晴らしい場所Op. 21/7 (高橋独奏)

グノー(バッハ原曲):アヴェ・マリア (4人全員)

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高橋健介さんが企画されたコンサートを聴いてきました。
「演奏(歌手やヴァイオリニストとの共演、ピアニストとの連弾、ソロ)、編曲、トーク、企画、プログラムの記述」等を一人でこなされたマルチな才能をまざまざと感じた時間でした。

共演者は皆高橋さんと関わりの深い方ばかりで、特に後半はトークも加わりなごやかな空気でした。もちろん演奏は真剣そのものでした。

水野沙六花さん(ピアノ):高橋さん同様歌ものの演奏が多いとのこと。明瞭なタッチで、見ていて楽しくなるような演奏でした!高橋さんとの息もさすがにぴったり!今回の連弾ではすべて水野さんがプリモ(高音パート)でした。

澤原行正さん(テノール):高橋さんと大学の同級生とのこと。美声でした!絵に書いたような貴公子然としたオーラを放っていて『詩人の恋』の主人公の苦悩を第三者ではなくまさに一人称の歌として表現していました。”mein Sehnen und Verlangen(ぼくの憧れと望み)”に満ちた歌だったと感じました。

榎本郁さん(ヴァイオリン):高橋さんの高校の同級生で、当時から音楽の話をしていたそう。学生時代の仲間とプロとして同じステージに立つというのは感慨深いことだろうなぁと想像します。テクニックが凄かったです!でも歌の編曲等での美しいフレーズにこそ榎本さんの良さがあると感じました。

高橋健介さん(ピアノ):かつてジェラルド・ムーアは文筆活動や講演、録音等を通して伴奏者の仕事や心構え等を幅広くシェアしましたが、高橋さんは現代のツール(SNSや名をなした人の著書等)を活用して、演奏家、聴衆の両者に惜しみなくノウハウをシェアしています。
その多方面の才能が今回のコンサートに結実したと言えるのではないでしょうか。
今回のKotoba to Oto というタイトルに込められた由来等も話されましたが、様々なツールを一つのコンサートに集約するというアイディアは新しいと思います!
そして高橋さんの演奏ですが、とても丁寧で細やかでした!

今回サポートチケットを購入した人には特典映像のURLが送られてくるのですが、『詩人の恋』の某曲を澤原さんとリハーサルしているシーンで、二人が試行錯誤している場面がありました。完成途上の段階の演奏をシェアするというのは勇気のいることだと思いますが、今回の本番で見事に完成していました。

今日『詩人の恋』を聴いていて感じたのですが、高橋さんの演奏は常にコントロールが行き届いていながら、血が通った表現でした。そしてそれはかつて実演で聴いた小林道夫さん(高橋さんの師)から感じたものを思い出させるものでした。

最後にもう1点。
今回高橋さんは譜めくりを自分でしたのですが、めくり方やタイミングが素晴らしかったです!
外来の有名なピアニストでも静かな余韻の中派手な音を立てて譜めくりする場面をこれまで何度も見てきましたが、高橋さんは必要なら次の曲で歌い始めてからめくったりもしていました。

Bravi!!!

Ezaki-kousuke-20201010 ←江崎皓介ピアノリサイタルちらし

Kawai-kawaguchi-lilia-salon ←カワイ川口リリアサロン

Kioicho-salon-hall-1 ←紀尾井町サロンホール

Kioicho-salon-hall-2 ←紀尾井町サロンホール

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岩田達宗(演出・構成)/歌劇『ヴォルフ イタリア歌曲集』(2020年11月28日東京文化会館小ホール)

歌劇『ヴォルフ イタリア歌曲集』

2020年11月28日(土)15:00 東京文化会館小ホール

ソプラノ:老田裕子
バリトン:小森輝彦
ピアノ:井出徳彦
ダンス:山本裕、船木こころ

演出・構成:岩田達宗

美術:松生紘子
衣裳:前田文子
照明:大島祐夫
振付:山本裕
舞台監督:大仁田雅彦

岩田達宗演出の歌劇『ヴォルフ イタリア歌曲集』を聴いた。
公式サイトはこちら

公演プログラムはこちら(公式)

大好きなヴォルフの『イタリア歌曲集』全曲がオペラ化されたと知り、楽しみにでかけてきた。
何年ぶりかで降り立った上野駅公園口は以前と出口が移動していて、信号を渡らずに東京文化会館に続いていたのが驚きだった(工事の途中?)。

小ホールに入ると、舞台に壇があり、テーブルが中央に置かれている。
その上から第1曲冒頭のドイツ語歌詞"Auch kleine Dinge können uns entzücken"がぶら下がっている。
階段で上下の場所を移動出来るうえ、両端にも階段が設置されていて、出入りの際に使われることが多かった。
ダンサーは壇の上で演じ、歌手はその下で歌うことが多いが、結局皆上下を行き交う。
ピアニストは客席と同じ高さの中央に、オーケストラピットのように位置する。
歌手とダンサーはそれぞれ男女のペアで、手に持てるサイズの「箱」が続々テーブルに積まれ、何らかの暗示をしていた。
場面によってその「箱」は異なる色を放つ。
相手に渡したり、投げ落としたりと、感情表現の象徴的な役割も与えられていたようだ。

ステージ上部に訳詞が投影されたが、オペラ字幕のようにうまく意訳してストーリーの流れを作り上げていた。

ヴォルフの『イタリア歌曲集』はイタリアの詩にパウル・ハイゼが独訳した46編に作曲された歌曲集で、男女の恋愛の機微が歌われる。
どれもほとんど1~2分の短い作品で、全曲がCD1枚分に収まってしまう。
その第1曲は「小さなものでも僕らを魅了することは出来る」という詩で、演出・構成の岩田達宗さんも今回のオペラ化に際して、この第1曲のメッセージに触発されて、全体のモットーとして掲げたようだ。

全46曲なので、休憩をはさんで23曲ずつでもよさそうなところだが、岩田さんはそうせず、前半26曲、後半20曲として、曲順もヴォルフのオリジナルとは大きく入れ替えた。
ヴォルフの曲順でやる場合も、入れ替えて演奏する場合もほぼ男女が1曲ずつ交互に演奏出来るのだが、それでも男性が続けて、もしくは女性が続けて2曲以上を歌う場面も普通は出てくる。
少なくとも市販されている音源や、私がこれまで聞いたコンサートを思い返してみても、同じ人が連続して歌うところはあった。
ところが、今回の岩田版は見事なまでに1曲ずつ男女が交互に歌えるように編み上げていた。
そして、岩田版の曲順ではある一つの物語が浮き上がるように綿密に考えられていた。
まずはモットーが歌われ、続いて女性が恋人が欲しいと望み、その望みが叶えられ、恋愛のはじまりのういういしい男女のやりとりが続く。
その後、お互いに相手をからかいながら恋愛中の駆け引きをやりあう。
くっついたり離れたりを繰り返し、最後に女性が相手に対して「誰があんたを呼んだの?」と言って前半を締めくくる。
その前に「天上のお母さまに祝福あれ」(ステージ上の字幕では確か「お母さんの冥福を祈ります」というような感じだった。老田さんが黒いベールをかぶって登場)が歌われ、その何曲か前に伏線として「みんな言っているわよ、あなたのお母さんが反対してる、って」という曲で「あなたはマザコンなんでしょ」というような字幕スーパーが付けられていた。
つまり、年上の女性に目移りしていることに苛立って、最後に「もっと好きな女のところに行きなさいよ」と突き放すという締めなのだろう。

休憩後は沸点が爆発した歌のやりとりで感情がエスカレートしていく。
女性が「地の底にあいつの家が飲み込まれればいい」と言えば男性が「お高くとまりやがって、このお嬢サマ」と応戦する。
この言い争いの場面はダンサーは登場せず、歌手二人だけで演じていたが、歌手たちの迫真の演技に舌を巻いた。
その後、言葉が止まり二人の間に沈黙が訪れる。
体感時間は結構長かったが、その後に女性が「ふたりとも ずっと黙ったままでした」と歌い始める。オペラ上演ならではの演出だろう。

その後「さあもう仲直りしよう」と男性が歌い、テーブル上に積み重ねられていた箱が完成して家が出来上がった。

男女の気持ちが通じ合った瞬間なのかもしれない。

晴れて大団円かと思いきや場面転換のようなエピソード(「しょっちゅう噂で聞いたわよ」)の後、男性が「どんな歌をきみにうたってあげればいいだろう」と、思いつめたような歌を歌う。
続いて「戦場に向かう若者のみなさん」と続き、男性が戦場に向かうことが明らかになる。
その後、登場した小森さんは兵隊のコートに身を包んでいた。
そして「きみがぼくを見て ほほえみ」と歌い終えると暗転する。
ここで戦場に向かった男性が死ぬことを暗示しているようだが、詩は、君を求める気持ちがふくらんで、ハートが脱走しないようにしたいという内容である。
ハートが肉体から脱走するということを死ととらえたということかもしれないが、正直そういう意図かどうか自信はない。
再び点灯すると、最後の曲「ペンナにわたしの恋人がいるの」で女性版ドン・ジョヴァンニの華麗な男性遍歴が歌われて華やかに締めくくる。

ダンサー2人は歌手の歌う内容に応じて、その内面を全身で表現する。
時に歌い手の感情の投影として、時に歌い手を応援する仲間として。
その振り付けはダンサーの一人、山本さんが担当したそうだ。
「ああ、あなたのお家がガラスのように透けて見えたなら」は、恋人の家が透明だったら川や雨の水滴よりも多くの視線を送るのにという内容で、水滴のような細かい同音反復がピアノパートを貫くが、その曲調を模したかのようにダンサー二人が小刻みな歩幅で前進する振り付けはコミカルで楽しかった。

ダイナミックあるいは繊細なダンスが音楽の表情をより増幅して真摯な感銘を与えてくれる一方、寝っ転がって足をばたつかせたりというコミカルな振りもまた生の肉体表現ならではの味わいを感じさせてくれたと思う。

ソプラノの老田さんはリリックでよく通る美声がなんとも耳に心地よい。
喜怒哀楽のころころ変わる演技を求められていたが、どれも自然で演技も素晴らしかった。
地団駄を踏んだり、してやられて「イーッ」ってなる箇所ですら愛らしさを感じたのは、持って生まれたキャラクターも関係しているのかもしれない。

バリトンの小森さんは何度かリサイタルを聴いたことがあったが、オペラ歌手としての側面を今回初めて知り、歌曲をオペラの表現にするということがこんなにも新たな魅力を引き出してくれるものなのかということを感じた。例えば「目の見えないひとはさいわいだ」の最後の行の言葉"Liebesqualen(恋の苦しみ)"の"qualen"の"a"のメリスマにあえて一音ずつ息を入れて"a"を分離させることで苦悩をより拡大して伝える効果が出ていた。言葉への細やかな表情の綾、歌声の響き方、そして演技の自在さ・自然さ、どこをとっても圧巻だった。

ピアノの井出さんは飄々としたいでたちから演奏が始まった時のスイッチの入り方がすごい。何か憑依しているような空気の変化が感じられた。
長い指が生き物のように鍵盤上を自在に這い回り、視覚的にも印象的だが、オペラとして間をとったり、ガンガン突き進んだりと振れ幅の大きい表現でヴォルフの核心に迫ろうという気迫がすさまじかった。

衣装が白を基調としていたのも見やすかった。
女性二人は白いワンピースで裾が緑だった。
「緑色ってステキ 緑色を着ている人も」の時に裾が緑であることに気づいたので、目立つような振り付けだったのかもしれない。

拍手の時には演出の岩田さんの他にスタッフの方2人も登場した。

これが1回だけというのはなんとももったいない気持ちだが、このご時世の中、無事に公演が行われ、新しい試みが成功した場にいられたことの喜びを感じずにはいられない。
本当にワクワクが止まらない時間だった。

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(2021/1/30追記)この日の公演の動画を収録したものが公開されました!最初5分ほど解説があり、その後に演奏です。全曲聴けます!皆さん、是非ご覧ください。

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「東京・春・音楽祭2018」の動画(2018年7月20日(金)~10月19日(金)期間限定)

毎年春に催されている「東京・春・音楽祭」の今年のコンサート動画が7月20日よりアップされたようです。
3カ月のみの期間限定ですので、ぜひ下記のリンク先を開いて、お好きなコンサート動画をご覧ください。

 こちら

配信期間:2018年7月20日(金)~10月19日(金)期間限定

歌曲ファンの私が最初に見たのはヴァーグナー等を得意とするソプラノ、ペトラ・ラング(Petra Lang)の歌曲リサイタルでした(ピアノはアドリアン・バイアヌ(Adrian Baianu))。
正直、私は彼女の歌曲演奏をこれまでおそらく聞いていなかったと思うのですが、最初のブラームスを聞いて驚きました。
ベテランリート歌手の味わい、表情、趣が、オペラ歌手の彼女にすべてしっかり備わっていて、とても素晴らしかったからです。
ブラームスの「愛のまこと(Liebestreu)」の母親と娘の対話が、声の使い分けだけでなく、顔の表情からも伝わってきて、オペラ歌手としての彼女の強みが生かされているのが感じられました。
しかし、オペラ歌手の余技では決してなく、リートをしっかり歌いこんできた熟練の味わいのようなものも感じられて、素晴らしかったです。
声の若々しさは望めないにしてもまだ十分美声を保っていて、味わいはしっかり感じられました。
共演のピアニスト、アドリアン・バイアヌもいぶし銀の趣をもって、深みのある音をデリケートに響かせていて、こちらも素晴らしいです。
珍しいヨーゼフ・マルクスの歌曲なども数曲歌われ、歌曲ファンの方にはおすすめです。

 映像(1)はこちら:ブラームス&マーラー

 映像(2)はこちら:マルクス&R.シュトラウス&アンコール

 曲目解説などはこちら

もう一つ、世界中の歌劇場から引っ張りだこのテノールのクラウス・フロリアン・フォークト(Klaus Florian Vogt)のリサイタルも意欲的なプログラミングです。
ピアノはルパート・バーレイ(Rupert Burleig)です。

 映像(1)はこちら:ハイドン&ブラームス

 映像(2)はこちら:マーラー&R.シュトラウス&アンコール

 曲目解説などはこちら

テノールの歌う「さすらう若人の歌(遍歴職人の歌)」は珍しいので興味がわきます。
どこまでも柔らかい響きをもつフォークトがどのような表現を聞かせるか、これから楽しみたいと思います。
また、初めて聞くピアニストのルパート・バーレイの演奏も期待したいです。

他にも、中村恵理(S)と藤木大地(カウンターテナー)のデュエット(ピアノ:園田隆一郎)や、金子美香(MS)の日本歌曲&ドイツ歌曲のリサイタル(ピアノ:イェンドリック・シュプリンガー)、浜田理恵(S)のフランス歌曲リサイタル(ピアノ:三ツ石潤司)、ヴィタリ・ユシュマノフ(BR)のロシア歌曲リサイタル(ピアノ:山田剛史)など、歌曲ファンにはいくつも興味深い動画がアップされています。

歌曲以外にも多くのコンサートがアップされていますので、ぜひ気になったコンサートを聴いてみてくださいね。

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オーストリアのシューベルティアーデの過去記録アーカイブ

ヘルマン・プライが提唱してオーストリアで長く継続中のシューベルティアーデの過去プログラムが閲覧できるようになっていました。
日程順に見ることも出来ますし、アーティストごとに見ることも出来ます。
上の写真の左下にあるDEかENをクリックすることで、ドイツ語表記と英語表記を切り替えられます。

日程順はこちら

アーティストごとはこちら(past eventsをクリックして表示されたコンサートのDetailsをクリックすると、それぞれのプログラムが表示されます)

ちなみにシューベルティアーデの歴史についてもまとめられています。
 こちら

アーティストの一部をピックアップしておきましょう(声種別のアルファベット順。最後は伴奏ピアニスト。ここに挙げた以外に大物、中堅は沢山います)。

エリー・アーメリング

バーバラ・ボニー

エディット・マティス

ルチア・ポップ

エリーザベト・シュヴァルツコプフ

プリギッテ・ファンスベンダー

クリスタ・ルートヴィヒ

白井光子

ペーター・シュライアー

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ

ハンス・ホッター

ヘルマン・プライ

ヘルムート・ドイチュ

アーウィン・ゲイジ

グレアム・ジョンソン

ジェフリー・パーソンズ

エリック・ヴェルバ

面白いのが、普段リートの伴奏に並外れた情熱を注いでいるピアニストのレナード・ホカンソン、コンラート・リヒター、アーウィン・ゲイジの3人が1981年6月17日に一同に会して、シューベルトのピアノ・ソロ曲を演奏していることです。

 こちら

シューベルト作曲
3つのピアノ曲D946(ホカンソン)
ソナタ ハ短調D958(リヒター)
6つの楽興の時D780(ゲイジ)
即興曲 ヘ短調D935/1(ゲイジ)
ハンガリーのメロディー ロ短調D817(ゲイジ)
グラーツのワルツとトリオD924/12,D610(ゲイジ)

いずれもプライの伴奏者として名高い人たちですが、ソロ活動もしており、どの曲に誰が振り分けられているかを知ると何となく納得してしまいます。

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ロベルト・ホル&みどり・オルトナー/ロベルト・ホル バス・バリトンリサイタル(2016年11月27日 川口リリア・音楽ホール)

ロベルト・ホル バス・バリトンリサイタル
シューベルト! ~自然を描く幻想画家

2016年11月27日(日)14:00 川口リリア・音楽ホール

ロベルト・ホル(Robert Holl)(バス・バリトン)
みどり・オルトナー(Midori Ortner)(ピアノ)

シューベルト(Schubert)作曲

戸外にて D880
花の便り D622
春に D882

愛らしい星 D861
星々 D939
夜のすみれ D752
しおれた花 D795-18(「美しき水車小屋の娘」より)

野ばら D257
羊飼いの嘆きの歌 D121
月に寄せて D296
魔王 D328

~休憩~

丘の上の少年 D702
秋 D945
夕べの画像 D650

菩提樹 D911-5(「冬の旅」より)

夕映え D690
月に寄せて D193
夜と夢 D827

冬の夕べ D938

~アンコール~

音楽に寄せて D547

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1年ぶりにロベルト・ホルとみどり・オルトナーが川口リリアに帰ってきてくれた。
彼らの川口でのリーダーアーベントを昨年聴いた時はオルトナーさんの解説が非常に分かりやすく、気さくなお人柄も感じられて、もちろん演奏も素晴らしく、このコンビのコンサートが再び聴けることを心待ちにしていたのである。

今回も客席はかなりの盛況で、熱心な歌曲ファンが集まった。
この日はオール・シューベルト・プログラムで、どうやら選曲はオルトナーさんがしたようだ。
四季の移り変わりや、夜、月、星、夢、花など、歌曲の重要なテーマを盛り込んだ選曲のようだ。

「羊飼いの嘆きの歌」はオルトナーさん自身の解説にもあったように、珍しい前奏付きの版で演奏された。

ホルは今回はトークに加わらず、オルトナーさんの解説の間は横の椅子に腰掛けていた。
オルトナーさんはご自分のことを「とても真面目なディスクジョッキー」というような言い方をしていたが、その解説は各曲に対する造詣の深さと愛着が強く感じられて、それぞれの曲を聴くうえでの大きな道しるべとなった。
いっそオルトナーさんによるシューベルト歌曲全曲の解説本を出してほしいほどだ。

ホルの声は相変わらず、地の底から響き渡るような朗々とした低音が素晴らしく、声の艶は見事に保たれていた。
各曲に対する表情の細やかさも素晴らしく、どの曲も血肉となった表現で聴かせてくれた。
歌曲に対する真摯な姿勢がどの作品からも感じられ、とても充実した音楽を聴いたという気持ちにさせてくれた。
右手を動かす癖も健在だったが、それが鑑賞を妨げるほどではない。
彼の「魔王」を聴いたのはおそらくはじめてだったが、4つの役を違和感なく聴かせる術はさすがベテランの貫禄であった。
ちなみに「魔王」についてオルトナーさんは「ピアニストにとって地獄の曲」と語って笑いを誘っていた。
オルトナーさんの「魔王」の演奏は左手を効果的に使って右手の連打を助けていたが、それが実に自然で、全く見事な「魔王」だった。

オルトナーさんのピアノは、蓋を全開にしていて、バランスはもちろん見事にコントロールされていたが、あたかもシューベルトの即興曲を聴いているかのようなコードの美しさ、内声の浮き上げ方、明瞭なタッチによる立体感、ホルを導くリズム感の見事さ、そしてよく歌うメロディなど、その美質を挙げだしたらきりがない。
オルトナーさんはホルのことを「巨匠」と呼んでいたが、オルトナーさんもすでに「巨匠」のような素晴らしい演奏を聞かせてくれた。
ホルが日本に他のピアニストを連れてこないのも納得である。

なお、事前にピアニストが立ち上がるまでは拍手をしないようにアナウンスがあったが、曲のつながりが重要な歌曲のコンサートでは、拍手のタイミングをあらかじめ指示してくれるのは有難い。

アンコールの「音楽に寄せて」は胸にしみた。

なお、このコンサートの後に、昨年同様公開レッスンが催されたが、私は都合により、そちらは聞けなかった。
きっと受講生にとっても聴衆にとってもためになるレッスンが繰り広げられたのではないだろうか。

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ペーター・レーゼルのバッハ、そしてモーツァルト(2016年5月11日 紀尾井ホール)

ペーター・レーゼルのバッハ、そしてモーツァルト
Peter Rösel plays J.S.Bach and Mozart

2016年5月11日(水)19:00 紀尾井ホール

ペーター・レーゼル(Peter Rösel)(P)

J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach)/イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971 (Italian Concerto in F major, BWV971)
 I. -
 II. Andante
 III. Presto

J.S.バッハ/パルティータ第4番 ニ長調 BWV828 (Partita No.4 in D major, BWV 828)
 1. Overture
 2. Allemande
 3. Courante
 4. Aria
 5. Sarabande
 6. Menuet
 7. Gigue

~休憩~

モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)/ソナタ ニ長調 KV576(Sonata in D major, BWV576)
 I. Allegro
 II. Adagio
 III. Allegretto

モーツァルト/幻想曲とソナタ ハ短調 KV475/KV457(Fantasie in C minor, KV475; Sonata in C minor, KV457)
 I. Molto allegro
 II. Adagio
 III. Allegro assai

~アンコール~
J.S.バッハ/フランス組曲第5番ト長調BWV816より 第4曲ガヴォット
J.S.バッハ;レーゼル編/主よ人の望みの喜びよBWV147-6

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ペーター・レーゼルのリサイタルを2年ぶりに聴いた。
彼とゆかりの深い紀尾井ホールの客席はほぼ満席に近い状態で、いかに彼の演奏が日本の聴衆に受け入れられているかをうかがわせる。

1945年2月生まれのレーゼルはすでに71歳。
しかし舞台に登場した彼はこれまでとなんら変わることのない早めの足取りでピアノの前に進んだ。
お元気そうである。
私が生で彼のバッハやモーツァルトを聴くのは今回がはじめて。
これまでベートーヴェンのソナタやロマン派の多くの名作を通じて、レーゼルの高い技巧に裏打ちされた安定した演奏は知ってはいたが、今回あらためてレーゼルのもつ温かみあふれる音楽に魅了された。

バッハもモーツァルトも練習曲のように、あるいは機械のように演奏されかねない作品ではあるが、レーゼルのタッチは一瞬たりともそのような方向に陥ることはなかった。
決して思い入れたっぷりの演奏というわけでもないのに、紡ぎだされる音に常に血が通っているのである。
技術的にも最後のモーツァルトのソナタハ短調の最終楽章でやや疲れが感じられた他はほぼ完璧であった。

バッハの音楽がこれほど人間味にあふれて聞こえることはそうそうあることではない。
レーゼルはテンポやダイナミクスを決して派手に対比させる人ではないのだが、どのフレーズをとっても血が通っていて、それゆえにバッハのポリフォニーが生き生きと輝くのだ。

モーツァルトのソナタ ニ長調も奇をてらわず、あくまで正攻法なのだが、響き出す音の一音一音がとにかく温かいのである。
一方、幻想曲 ハ短調KV475とソナタ ハ短調KV457は、連続して演奏されることが多く、今回も続けて演奏されたのだが、悲劇の中にほのかな光を灯すのがレーゼルの魅力と感じた。
実は「幻想曲ハ短調KV475」は私が遠い昔、下手なピアノをかじっていた頃、先生から教材として与えられた作品だった。
当時私はその先生から楽譜を与えられるまで、この作品を一度も聴いたことがなかった。
まだ少ない小遣いをやりくりしていた学生時代なので、レコードも持っておらず、楽譜を前に格闘していたことを今でもよく覚えている。
従って、この曲に関しては、ピアニストの誰かの演奏を知る前に、自分で音を出して初めて知るという難しさと楽しさを与えてくれた思い出深い作品だった。
この作品、10分強ある様々な部分からなる曲で、とても初心者の手に負えない技術的な難所もあるのだが、それ以前に異なる音楽の羅列から一つの流れを作るのがとても難しかったのを覚えている。
そんな個人的な思い入れのある作品である為、実演でこの曲を聴く時は、純粋に作品として楽しめない嫌いがあったのだ。
だが、今回のレーゼルの演奏は、久しぶりにこの曲に接したということもあるのだろうが、モーツァルトの作品として冷静に聴くことが出来た方だと思う。
それにしてもうまい人が弾くと、こんなに違うものかと思い知らされた、この日のレーゼルの演奏だった。

アンコールはバッハを2曲。
「主よ人の望みの喜びよ」はマイラ・ヘスの編曲版が著名だが、今回聴きながらヘス版にちょっと手を加えているのかと思っていたら、レーゼル自身の編曲とのこと。
マイラ・ヘスも往年のピアニストであり、同じピアニストとしてレーゼルも自分なりのアレンジを加えたくなったのかもしれない。
心に染みる名演だった。

まだまだ現役ばりばりのテクニックと、ますます魅力を増す音楽性をもった彼のさらなる活動を楽しみにしたいと思う。

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モイツァ・エルトマン&マルコム・マルティノー/モイツァ・エルトマン ソプラノ・リサイタル(2016年4月20日 東京文化会館 大ホール)

都民劇場音楽サークル第636回定期公演
モイツァ・エルトマン ソプラノ・リサイタル

2016年4月20日(水)19:00 東京文化会館 大ホール

モイツァ・エルトマン(Mojca Erdmann)(ソプラノ)
マルコム・マルティノー(Malcolm Martineau)(ピアノ)

R.シュトラウス(Strauss)/もの言わぬ花(Die Verschwiegenen) Op.10-6
モーツァルト(Mozart)/すみれ(Das Veilchen) K.476
R.シュトラウス/花束を編みたかった(Ich wollt ein Sträusslein binden) Op.68-2
シューベルト(Schubert)/野ばら(Heidenröslein) D257
R.シュトラウス/イヌサフラン(Die Zeitlose) Op.10-7
シューマン(Schumann)/重苦しい夕べ(Der schwere Abend) Op.90-6

R.シュトラウス/オフィーリアの3つの歌(Drei Lieder der Ophelia) Op.67-1~3
 1.どうしたら私は本当の恋人を(Wie erkenn ich mein Treulieb)
 2.おはよう、今日は聖バレンタインの日(Guten Morgen, s'ist St. Valentinstag)
 3.むき出しのまま、棺台にのせられ(Sie trugen ihn auf der Bahre bloss)
リーム(Rihm: 1952-)/オフィーリアは歌う(Ophelia sings)
 [1. How should I your true love know]
 [2. Tomorrow is Saint Valentine's day]
 [3. They bore him bare-faced on the bier]

~休憩~

ライマン(Reimann: 1936-)/「オレア(Ollea)」より 2.ヘレナ(Helena)(無伴奏)
R.シュトラウス/夜(Die Nacht) Op.10-3
シューマン/レクイエム(Requiem) Op.90-7
R.シュトラウス/万霊節(Allerseelen) Op10-8
シューベルト/万霊節の連祷(Litanei) D343(全9節中、おそらくよく歌われる3つの節が歌われた)

R.シュトラウス/私は漂う(Ich schwebe) Op.48-2
メンデルスゾーン(Mendelssohn)/歌の翼に(Auf Flügeln des Gesanges) Op.34-2
R.シュトラウス/星(Der Stern) Op.69-1
ライマン/「オレア」より 4.賢い星(Kluge Sterne)(無伴奏)

~アンコール~

モーツァルト/夕べの想い(Abendempfindung) K.523
R.シュトラウス/明日(Morgen!) Op.27-4

---------------

ドイツの売れっ子ソプラノ、モイツァ・エルトマンと、イギリス伴奏界のベテラン、マルコム・マルティノーによる歌曲の夕べを聴きに行った。
今年に入って歌曲のコンサートはこれが最初!
本当は1月にトーマス・バウアーを聴こうと思っていたのだが、気づいた時には終わっていた!
最近コンサート通いをあまりしなくなっていたのだが、久しぶりのリーダーアーベントはやはり良いなぁと思った。

以前にエルトマンを聴いた時はゲロルト・フーバーのピアノで、彼がかなり立体的な演奏で自己主張が強かった為、今回はマーティノーに変わり、歌とピアノが寄り添って溶け合っていたように感じた。

それにしてもエルトマンはまだリートの録音は少ないものの、今回のリサイタルのプログラミングはかなり凝ったもので、歌曲マニアをもうならせるに足る内容だった。
R.シュトラウスの歌曲の間に他の作曲家の歌曲を挟むというもので、シュトラウスと他の作曲家の感性の違いがお互いの魅力を光らせることになった。
最初に花にちなんだ作品が並んだが、それらがどれもぴりっとした苦味をもったものが選ばれていて、恋の雲行きが危うくなる前触れとなっていた。
そしてシェイクスピアの「ハムレット」の詩の独訳によるシュトラウスの「オフィーリアの3つの歌」が歌われた後、現役の作曲家ヴォルフガング・リームによる同じ詩の英語原詩による3曲が歌われた。
リームの3曲中、最初の2曲は突然マーティノーがセリフを語り、エルトマンと掛け合いの芝居のような感じとなったが、これは原作のGertrude(ガートルード)やClaudius(クローディアス)の台詞の箇所をマーティノーが語っていたのだろう。
ちなみにマーティノーの語り、なかなか良い声で違和感なく演奏に溶け込んでいた。

シュトラウスのどこまでも感覚的な愉悦を目指しているかのような爛熟したフレージングは、女声歌手にとっては魅力的に違いないし、エルトマンのクールな美声にはうってつけだった。
彼女はリリカルな作品もコロラトゥーラの必要な作品も実に見事に自分のものにしてしまう。
リートのレパートリーというのは歌手の適性に応じた作品が選ばれるわけだが、エルトマンの場合、歌おうと思えば、どんな作品も歌えてしまえるのではないかと思えるほどだ。
もちろん歌えるからといってそれがふさわしくない作品もあるだろうが、彼女の技術、音楽的な感性、そしてステージ映えする容姿など、天性のものも相まって、彼女には無限の可能性があるように感じられた。

言葉さばきは完璧、現代音楽の難解な作品の音程もおそらく完璧、高音から低音までよく訓練された響きは、東京文化会館の3階左の席にいた私にも明瞭に聞こえてきた。
涼やかな美声というと一見冷たく感じられやすいかもしれないが、そうならないのが彼女の凄さで、クールな響きが心地よい風のように聴き手に爽快感を感じさせてくれた。

前半後半それぞれ途中で一回ずつ拍手に答えて舞台に引っ込み、あらたなブロックを始めるという感じだが、有名な「野ばら」「万霊節」「歌の翼に」は終わるとすぐに拍手が来たりして、聴衆の反応もストレートである。

後半は最初と最後に現役作曲家で最近オペラ2作が日生劇場で上演されたことで注目を浴びたアリベルト・ライマンの4曲からなる歌曲集「オレア」(柴田克彦氏の解説によるとギリシャ語で「美」を意味する)からの2曲が置かれた。
これらは無伴奏なので、この時だけエルトマンが舞台右側へ移り、楽譜立ての前で一人スポットライトを浴びて歌うという形になった。
ライマンのオペラでもすでに慣れていたが、これらの歌曲も超人的な高音が多い印象だ。
それを難なくこなしてしまうエルトマンはただただ凄い。
後半最初の「Helena」で超絶的な技巧を聴かせた後に続けて歌われたシュトラウスの「夜」の何と美しかったことか。
後半は死をテーマにした曲で始まり、最後は天空に飛翔して星に到達する。
シューベルトの「連祷」などは録音ではよく聴くが実際に生で聴くことはこれまで少なかったと思う。
こんなに簡素なのに心のこもった響きはさすがシューベルトの天才を感じずにはいられない。

アンコールも本プログラムの続きでシュトラウスと交互の選曲が続き、しかも、夕暮れから翌日の日の出までの時の流れがテーマになっていて、最後までエルトマンの知性に貫かれた演奏会だった。
「夕べの想い」と「明日」、作られた時代も違う2曲がどちらも鎮魂歌のように聴き手の心に染み渡った。

そして、久しぶりに聴いたマルコム・マーティノーの演奏はもはや名人芸と言ってよいだろう。
今では珍しくピアノの蓋を短いスティックで軽く開けただけだったが、緩急、強弱、自由自在という感じで、強音でも決して汚い音にならずにコントロールされていたのが心地よかった。
彼のピアノは例えば往年のジェフリー・パーソンズのようなピアノパートだけでソロのような完結した美音を貫くというタイプではなく、曲に応じ、多彩なパレットを使い分け、時には奥に引っ込み、時には前面に出て、あくまで歌との一体感に重きを置く演奏をしていた。
いまや円熟期を迎えた伴奏者の名人芸にも感銘を受けたこの日のコンサートだった。

ちなみに招聘元のジャパンアーツのツイッターに当日のお二人の写真がありました!
 こちら

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マルティーナ・キュルシュナー/パイプオルガン無料演奏会(2016年4月9日 川口リリア・音楽ホール)

リリア・プロムナード・コンサート
パイプオルガン無料演奏会

2016年4月9日(土)11:00 川口リリア・音楽ホール

マルティーナ・キュルシュナー(Martina Kürschner)(Organ)

キュルシュナー(Martina Kürschner)/即興演奏Ⅰ ヘンデルとヴィヴァルディのオマージュ(Improvisation I: Hommage a G.F.Händel und A.Vivaldi)

ブクステフーデ(Dietrich Buxtehude: 1637-1707)/いまぞ我ら聖霊に願いたてまつる("Nun bitten wir den Heiligen Geist" BuxWV208)

クレランボー(Louis N.Clérambault: 1676-1749)/『第2旋法の組曲(Suite du II. Ton)』より
 プランジュ/デュオ/トリオ/バスをクロモルネで/フルート/レシをナザートで/グラン・ジュによるディアローグ(Plain Jeu - Duo - Trio - Basse de Cromorne - Flutes - Recit de Nazard - Caprice sur les Grands Jeux)

キュルシュナー/即興演奏Ⅱ リリアホールのオルガンを賛えて 我らに平和を(Improvisation II: Hommage an die Orgel der Lilia-Hall "Verleih uns Frieden gnädiglich...")

バッハ(Johann S. Bach: 1685-1750)/人よ、汝の罪の大いなるを嘆け("O Mensch, bewein dein Sünde groß")

バッハ/ピース・ドゥ・オルグ(Pièce d'Orgue, [BWV572])
 速く/重々しく/遅く(Tres vitement - Gravement - Lentement)

アラン(Jehan Alain: 1911-1940)/架空庭園(Le Jardin Suspendu)

キュルシュナー/即興演奏Ⅲ 詩篇104編による祭壇画 ジャン・アランへのオマージュ(Improvisation III: Tryptichon über Psalm 104: Hommage a Jehan Alain)

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なんと今年初めて(!)のクラシックコンサートに出かけた。
家から近い川口リリアで、しかも無料のオルガンコンサートである。
客層は年配の方が多い印象だが、よく入っていた。

舞台に登場したマルティーナ・キュルシュナー女史はマイクを使い、非常に耳に心地よいソフトな声で英語の解説を5分ぐらいしてから演奏を始めた。
休憩なしの1時間ぐらいのコンサートの予定だったようだが、実際に終演したのは12時30分だった(アンコールはなし)から、ほぼフルコンサートを休みなしで聴いたことになる。
演奏者は大変だったのではないか。
彼女は即興演奏が得意とのことで、プログラムの最初と真ん中、最後にテーマをもった即興演奏を行い、その合間に古今のオルガンの名曲を織り込むという凝った内容だった。
とはいってもオルガンのレパートリーに疎い私はただただオルガンの多彩な響きに身を任せ、古式ゆかしい作品から、現代的な作品まで、たっぷり堪能した。
ジャン・アランの作品が演奏されていたが、彼の妹は、キュルシュナーも師事していた故マリー=クレール・アランである。
私が初めて聴いたオルガンの外来演奏家がM-C.アランだったので世代交代を感じて感慨深い。

これだけ充実した演奏会が無料で聴けるとは申し訳ないぐらいの気持ちだ。
ちなみに1日2回開かれた今回のコンサートの最初の部(11時開演)に出かけたが、土曜日に2回に分けて開催されるというのは、聴き手の都合のよい時間が選べて有難い。
こうした催しを今後も機会を見つけて聴いていきたい。

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住宅情報館 presents Every Little Thing 20th Anniversary Best Hit Tour 2015-2016~Tabitabi~(2016年3月20日 東京国際フォーラム ホールA)

※今回はクラシック音楽の記事ではありません。
あらかじめご了承下さい。

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住宅情報館 presents
Every Little Thing 20th Anniversary Best Hit Tour 2015-2016~Tabitabi~

2016年3月20日(日)18:00-20:30 東京国際フォーラム ホールA

Every Little Thing(持田香織、伊藤一朗)

岩崎太整(キーボード、ギター、バンドマスター)
タナカマコト(キーボード)
笠原直樹(ベース)
髭白健(ドラムス)
山口めぐみ(コーラス)
FIRE HORNS(管楽器)

M1. Shapes Of Love
M2. Free Walkin'

M3. ANATA TO

M4. Time goes by
M5. ソラアイ

M6. レインボー
M7. Everything
M8. fragile

M9. azure moon
M10. water(s)

M11. jump
M12. Phone jamming (Instrumental)
M13. Feel My Heart
M14. Grip!

M15. 出逢った頃のように
M16. ON AND ON

-ENCORES-

M1. KIRA KIRA
M2. Dear My Friend

M3. このは

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1996年8月7日に「Feel My Heart」でデビューしたEvery Little Thingの20周年を記念したツアーTabitabiに参加してきました。
いつもは東京公演では追加公演があって土日の2 daysとなるのですが、なぜか今回は日曜公演のみでした(全国的なホール改修の影響でしょうか)。

今回はオープニングの効果音と映像がなく、部屋の中を模したセットに一人ずつ登場しては、明かりを灯して、本番前の思い思いの準備をするという設定のようでした。
いきなり持田さんの登場でしたが、部屋を端から端まで進んでは方向を変えて進む形で中央に進むと明かりを灯して、楽屋でのストレッチのようなことをし出します。一朗さんやサポートメンバーも同様に登場しては、チューニングのようなことをやっていました。
これらが完全な演出のもとに行われているのだろうなという感じがして新鮮でした。

サポートメンバーはおなじみのガッサン(ベースの笠原直樹さん)以外は総入れ替えで、最近テレビなどで持田さんの後ろで歌っているコーラスのメグさんも出演していましたし、管楽器の3人組が曲中の息の合ったダンスも含めて、曲に新鮮な響きを与えていました。

最初に歌われたのは「Shapes Of Love」。
この曲はライヴで歌われることのかなり多い曲ですが、これまではほとんど後半かアンコールで、会場が温まってから、客席にもマイクを向けつつ歌われることばかりだったので、今回のように最初から最後まで持田さんが一人で歌いきるというのははじめて見たかもしれません。
お馴染みの曲を改めてじっくりと聴くというのもいいものでした!

3人のホーングループが加わり、アレンジもほとんどがそれに合わせた形になっていた為、オリジナルのアレンジで歌われたのは、私の記憶では「ANATA TO」「レインボー」「KIRA KIRA」などごくわずかだったような・・・。
「出逢った頃のように」などはもう最近ライヴで歌われるアレンジバージョンばかりが定着した感があり、たまにはオリジナルで聴いてみたい気もしなくもないですが。
従ってオリジナルのアレンジで聴きたかった人にはちょっと不満が残ったかもしれませんが、それはELTなりの新しい挑戦として前向きに受け止めたいです。
それにしても「Time goes by」や「fragile」を手拍子をしながら聴く日が来るとは思わなかったです(笑)。
全体にジャズテイストが濃厚だったのはホーンセクションが加わったことによるのでしょうが、もっちーの衣装替えの間のインスト曲「Phone jamming」ではいっくんとFIRE HORNSとの演奏合戦が素晴らしく、伊藤さんのアーティストとしての実力ももっと世に知られていい気がしました。

本当はニューアルバムの曲がもっと聴きたかったですが(例えば「さよなら」とか「Best Boyfriend」など)、「レインボー」は意外とステージで映える曲でした。
「Everything」はELTらしい爽やかソングですが、例のセリフの箇所(好きです)は声が小さくて聞き取りにくかったのが惜しかったです。
照れていたのかな?
「ANATA TO」も生で聴きたかった曲だったので、ライヴで映える曲で楽しかったです。

「azure moon」はオリジナルでは歌う箇所を1箇所セリフとして語っていました。

今回はコーラスのメグさんが会場の振り付けリーダーのような形で、先導していたのが良かったです。

今回は、いつもに比べてぐだぐだトークは少な目で、全体的に演出がしっかり付けられていて、それに従って進行しているという印象でした。
それはそれで、また完成度の高いエンターテイメントを見ることが出来たので面白かったです(FIRE HORNSが演奏だけでなく、動きも加えて息の合ったエンターテイナーぶりを発揮していたのが素晴らしかったです)。
なぜかもっちーが終始東北方言のようなしゃべり方をしていて、親戚に東北の人がいるとか、先日東北でライヴをやったからとか言い訳していましたが、5年前のあの日を意識したのかもしれず、そういうさりげなさももっちーらしいなと感じました。
MCで結婚の話題が出るかなと思ったのですが、そうなりかけた時になぜかいっくんが話を逸らし、結局新婚話は聞けずじまいでした。

そして、持田さんの歌声ですが、概してアップテンポの曲の方が好調でした。
バラードになると、音程が下がり気味になる傾向が今回も聞かれたのですが、おそらく本人も気づいていて、すぐに音程を直そうとしているのが感じられました。
必ずしも好調ではなかったとは思いますが、こういう努力を惜しまないところも、彼女の素敵なところだと思います。

アンコールでは1曲目の「KIRA KIRA」で、CDジャケット写真の女の子と、もう1人もっちーの甥っ子?が登場して会場をなごませていました。

その後、メンバーサイン入りのボール投げ(今回はタオルではなかった)をサポメンも含めてかなり会場に投げ込んでいましたが、その際のミニコントみたいなのが楽しかったです!
ドリフのひげダンスなんて、ある年齢層以上じゃないと分からないだろうに、もっちーもいっくんものりのりで踊っていました。
ホーン担当のサポートメンバーが「タッチ」とXジャパンの「紅」を高音を決めながら歌ったのですが、かなりうまくて驚きました。
高音などもっちーよりも出るのではと思ったぐらい。
それからメグさんといっくんの中森明菜のしゃべり真似がめちゃくちゃ面白く(一朗さんに「いっくんも明菜なの?」と繰り返すもっちーも面白かった)、最後にはもっちーも加わり、3人明菜状態に!
演奏だけでも楽しいのに、こんな面白い一芸披露まで見ることが出来て、ライヴに来た甲斐があったというものです。

なお、この日アンコールの時に、20周年記念ライヴの日程が発表されました。

8月5日(金)19:00開演(予定) 東京 国立代々木競技場第二体育館
8月7日(日)17:00開演(予定) 東京 国立代々木競技場第二体育館

ちょうど20年前のデビュー日にあたる8月7日公演は特に競争率が激しそうなので、早めにチケット争奪戦に参加しないと…。

当日のネットニュース(OKMUSIC)のレポートは次のリンク先からご覧下さい。
 こちら

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アンネ・ソフィー・フォン・オッター&カミラ・ティリング&ジュリアス・ドレイク/リサイタル(2015年9月25日 東京オペラシティ コンサートホール)

アンネ・ソフィー・フォン・オッター and カミラ・ティリング in リサイタル

2015年9月25日(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

アンネ・ソフィー・フォン・オッター(Anne Sofie von Otter)(メゾソプラノ)
カミラ・ティリング(Camilla Tilling)(ソプラノ)
ジュリアス・ドレイク(Julius Drake)(ピアノ)

メンデルスゾーン(Mendelssohn)
挨拶Op. 63-3 (デュエット)

リンドブラード(Lindblad: 1801-1878)
夏の日(ティリング)
警告(フォン・オッター)
少女の朝の瞑想(デュエット)

グリーク(Grieg)
「6つの歌」Op.48 (ティリング)
 挨拶
 いつの日か、わが想いよ
 世のならい
 秘密を守るナイチンゲール
 薔薇の季節に
 夢

シューベルト(Schubert)
ますD550(フォン・オッター)
夕映えの中でD799(フォン・オッター)
シルヴィアにD891(フォン・オッター)
若き修道女D828(フォン・オッター)

メンデルスゾーン
渡り鳥の別れの歌Op.63-2 (デュエット)
すずらんと花々Op.63-6 (デュエット) 

~休憩~

マイアベーア(Meyerbeer)
シシリエンヌ(ティリング)
来たれ、愛する人よ(フォン・オッター)
美しい漁師の娘(フォン・オッター)

マスネ(Massenet)
喜び!(デュエット)

フォーレ(Fauré)
黄金の涙Op.72(デュエット)

シュトラウス(Richard Strauss)
憩え、わが魂よOp.27-1(フォン・ オッター)
たそがれの夢Op.29-1(ティリング)
どうして秘密にしておけようかOp.19-4(フォン・オッター)
ひそやかな誘いOp.27-3(ティリング)
明日!Op.27-4(フォン・オッター)
ツェツィーリエOp.27-2(ティリング)

~アンコール~
オッフェンバック/「ホフマン物語」より「舟歌」
ブラームス/姉妹
フンパーディンク/「ヘンゼルとグレーテル」より「夜には、私は眠りに行きたい」
ベニー・アンダーソン&ビョルン・ウルヴァース/ミュージカル「クリスティーナ」より「The Wonders」

---------------

アンネ・ソフィー・フォン・オッターを初台で聴いた。
オッターは9年ぶりの来日とのこと。
私は今回はじめて彼女の実演に接して、リート歌手としての言葉さばきの細やかさが強く印象に残った。
そしてメゾとはいえ、重い声というわけではなく、ソプラノのような軽やかさが持ち味の彼女の美声はまだまだ魅力的に感じられた。

私の席はステージ真横の2階、ピアニストの背中が真正面に来る位置なので、二人の女声歌手は右後方から見る形となる。
ドレイクの鍵盤の指さばきははっきり見られて面白かったし、二人の歌手の横顔の表情の変化なども楽しめたが、やはり音のバランス的には最良とはいかない席だった。
しかし、これだけ視覚的に楽しませてもらえれば贅沢だろう。
従って、彼女たちの声量については確かなことは言えないのだが、60歳を迎えたオッターのヴォリュームはおそらく圧倒するほどではなかったのではないか。
彼女の声質はもともと北欧的な要素の薄い、すっきりしたものなので、かえって国際的な活動にはそれが効を奏したという面もあるだろう。
今回のプログラミングも北欧の曲を取り入れつつも、ドイツ語、フランス語の歌曲が中心に選ばれていた。

ティリングはまだ40代半ばの若いソプラノ。
ちょっとボニーを思わせるリリカルな声の持ち主で、ショートカットなところも似ている。
だが、彼女には北欧歌手らしい細かいヴィブラートと押し出しの強さがあり、北欧の伝統の中から生まれた歌手という印象である。
オッターと比較するのは酷だが、まだ色合いの持ち駒は豊富とは言えないようで、これからさらに進化していくのだろう。
ただ、声の美しさと言葉さばきの巧みさなど、なかなか良いものをもった歌手という印象は感じられ、今後活躍していくのではないだろうか。

オッターはもう貫禄の歌唱。
決して声で圧するタイプではないようだが、伸ばすところではホールに美声が響き渡る。
すっきりした声で知的に描かれるそれぞれの歌は、オッターの顔の表情やちょっとしたお茶目な仕草なども加わって、一つの情景が浮かぶようだった。

また、デュエットの数々では、オッターが頻繁にティリングに顔を向けて、アイコンタクトをとろうとしていたのに対して、ティリングは真正面を向き、オッターに比べると若干硬い感もなきにしもあらずだった。
しかし、二人の声は、声種の違いがほとんど感じられず、絶妙に溶け合って、美しいハーモニーが会場を包み込んだ。
この2人のデュエットはちょっと類のないぐらいの緊密な響きで、ソロも良かったけれど、それ以上にデュエットが楽しかったというのが正直なところだ。

ドレイクのピアノはまさに歌に寄り添ったものだった。
恵まれた大きな手はしかし、必要以上に派手に動かすことはなく、鍵盤上をすっきりと這い回っていた。
手首をやや上げ気味にして、レガートの箇所はまさに歌っているかのように指を這わせていて、主に高音部を強調し、バス音は重要な場面のみ響かせ、後は歌手に配慮した音量だった。
「夕映えの中で」など、広い音域をアルペッジョにせずに弾けるのは恵まれた手をしている証だろう。
「明日!」でののめりこむことなく旋律を美しく歌わせるところなど、さすが一流の伴奏ピアニストだと思わされた。

ドレイクのような超一流のピアニストとの共演を聴けたのはもちろん嬉しいことだが、せっかくオッターの来日公演なのだから、彼女のいつものパートナーのベンクト・フォシュベリも聴いてみたかった気がする。
都合が合わなかったのだろうか。

なお、ステージにカメラが設置されていたので、おそらくそのうちBSで放映されるのではないか。
そちらも楽しみに待ちたい。

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