【没後100年】フォレ「月の光」(Fauré: Clair de lune, Op. 46, No. 2)を聴く

Clair de lune (Menuet), Op. 46, No. 2
 月の光 (メヌエット)

Votre âme est un paysage choisi
Que vont charmant masques et bergamasques
Jouant du luth et dansant et quasi
Tristes sous leurs déguisements fantasques.
 あなたの魂は精選された風景だ、
 魅力的な仮面やベルガモの衣装をまとった人が行きかい、
 リュートを弾き、踊るが、
 奇抜な変装の下はほぼ悲しい表情。

Tout en chantant sur le mode mineur
L'amour vainqueur et la vie opportune,
Ils n'ont pas l'air de croire à leur bonheur
Et leur chanson se mêle au clair de lune,
 短調の調べで
 愛の勝者と時宜を得た人生を歌いながらも
 自らの幸せは信じていないようで、
 彼らの歌は月の光に混ざり合う。

Au calme clair de lune triste et beau,
Qui fait rêver les oiseaux dans les arbres
Et sangloter d'extase les jets d'eau,
Les grands jets d'eau sveltes parmi les marbres.
 静かな月の光は悲しく美しい、
 それは木々の鳥たちに夢を見させ、
 噴水をうっとりとむせび泣かせるのだ、
 大理石像の間の細く大きな噴水を。

(※テキストの和訳作成については、私のフランス語の文法知識が乏しい為、The LiederNet Archiveの英訳なども参考にしています。)

詩:Paul Verlaine (1844-1896), "Clair de lune", written 1867, appears in Fêtes galantes, no. 1, Paris, Alphonse Lemerre, first published 1867
曲:Gabriel Fauré (1845-1924), "Clair de lune", op. 46 no. 2 (1887), published 1888 [ voice and piano or orchestra ], Paris, Hamelle

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波乱に満ちた人生を送ったポール・ヴェルレーヌ(Paul Verlaine)が1867年に書いたテキストに、1歳下のガブリエル・フォレ(Gabriel Fauré)が1887年に作曲した「月の光(Clair de lune, Op. 46, No. 2)」は、フォレ歌曲の代表曲の一つでもあり、彼の最も美しい歌曲の一つとも言えると思います。

ヴェルレーヌのテキストは各行交互に脚韻を踏んでいるのが分かりますが、鼻母音も多く使われていて、第3節1行目を除いてすべての行に鼻母音が1箇所から3箇所(第1節3行目、第2節1行目)使われています。特に第2節1行目は"en chan-tant"と3音節連続して鼻母音が使われていて、こういうところをいかに美しく響かせるかも詩の朗読、歌曲の発音の際に注目されるポイントの一つだと思います。また、アンシェヌマン&リエゾンが多いのも特徴的で(第1節1行目から両方出てきます)、流れるような雅な雰囲気が感じられます。

・アンシェヌマン(enchaînement)
語末の発音される子音が、次の語の冒頭の母音と結びつく。
例えば、"Votre âme est(ヴォトゥル+アム+エ)"→"Votre âme est(ヴォトゥラメ)"

・リエゾン(liaison)
語末の発音されない子音や鼻母音が、次の語の冒頭の母音や無音のhと結びつく。
例えば、"est un(エ+アン)"→"est un(エタン)"

(※「AOI ABC French:【フランス語の発音ルール】「アンシェヌマン」と「リエゾン」の違いとは?」の解説を参照させていただきました)

この歌曲の魅力はなんといってもピアノパートにあると思います。前奏で弾かれる右手のメロディーと左手の分散和音による音楽が何度もそのまま繰り返されます。一方、歌声部は、ほぼ独立しているピアノパートの対旋律を歌うオブリガート(助奏)の役割が中心だと思います。とはいえ、そのオブリガートを歌う歌声部がまた魅力的で、歌の入り方がきりのいい所ではなく途中からさりげなく入るというのもチャーミングに感じられます。結局歌とピアノの結びつきの重要性をいつも以上に実感させてくれる作品ではないかと思います。

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3/4拍子
変ロ短調(b flat minor)
Andantino quasi Allegretto. ♩=78

●ヴェルレーヌの詩の朗読(Louis Velle)
Clair de lune, Paul Verlaine

Channel名:Poème(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
男性による比較的速めの朗読です。

●ヴェルレーヌの詩の朗読(Dana Andreea Nigrim)
Clair de lune de Paul Verlaine (Poetry reading/lecture de poèmes) english sbt.

Channel名:akattara(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
こちらはピアニストの女性による丁寧な朗読です。BGMにフォレの「月の光」のおそらくハープ編曲版が流れていて、ヴァトーの絵画を映しながら、いい雰囲気の映像です。

●カミーユ・モラーヌ(BR), リリ・ビヤンヴニュ(P)
Camille Maurane(BR), Lily Bienvenu(P)
(BR), Lily Bienvenu(P)

ビヤンヴニュのピアノは古い録音にもかかわらず、その魅力が十分に伝わってきます。明晰で高貴で美声のモラーヌの歌唱はただただ素晴らしく聞き惚れます。

●ジェラール・スゼー(BR), ジャクリーヌ・ロバン=ボノー(P)
Gérard Souzay(BR), Jacqueline Robin-Bonneau(P)

ボノーは出たり引っ込んだりの加減が印象的な演奏でした。スゼーはいつもながら素晴らしいですね。最後(parmi)の高音がファルセットだったのが意外でした。

●Victoria de los Ángeles(S), Gerald Moore(P)
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S), ジェラルド・ムーア(P)

ムーアは彼女の他にも複数の歌手とこの曲を録音していますが、この録音は右手のメロディの歌わせ方が非常に美しく、テンポ設定なども含めて一つの理想的な演奏だと思います。そしてロス・アンヘレスのなんとチャーミングなこと!

●ナタリー・ステュッツマン(シュトゥッツマン)(CA), カトリーヌ・コラール(P)
Nathalie Stutzmann(CA), Catherine Collard(P)

惜しくも早世したカトリーヌ・コラールはかなりテンポを自在に揺らし、他のピアニストとは異なる興味深い演奏です。ステュッツマンのつやつやした低音ボイスはとても魅力的です。

●ブリュノ・ラプラント(BR), ジャニーヌ・ラシャンス(P)
Bruno Laplante(BR), Janine Lachance(P)

ラシャンスは流れるように演奏しています。ラプラントの美声で聞けるのが嬉しいです。

●シリル・デュボワ(T), トリスタン・ラエ(P)
Cyrille Dubois(T), Tristan Raës(P)

ラエは美しい録音技術も相俟って細やかな表情まで伝わってくるピアノでした。フォレの全歌曲を一人で歌ったデュボワですが、この曲でも"r"を巻き舌でしっかりと発音しているのが印象的です。このヴェルレーヌのテキストにいかに"r"が多く含まれているかを実感しました(数えてみたところ、タイトルを含めて発音する"r"が27箇所ありました)。

●ジャネット・ベイカー(MS), ジェラルド・ムーア(P)
Janet Baker(MS), Gerald Moore(P)

楽譜付き。ムーアはフォレの指示に忠実で、冷静かつメロディラインをよく響かせた演奏をしています。ベイカーは温かみのある声です。

●川口聖加(S), 森田基子(P)
Seika Kawaguchi(S), Motoko Morita(P)

ピアノの森田さんの手のアップがあり、この美しいメヌエットの丁寧な演奏を見ることが出来ます。川口さんの透明でクールな感触の歌唱も素晴らしかったです。

●ニノン・ヴァラン(S), 名前の記載のないピアニスト
Ninon Vallin(S), with unidentified pianist

1928年の歴史的な録音ですが、当時としては驚くほどにピアノパートが明瞭に録音されていて、この歌曲におけるピアノの美しさを存分に堪能できます。それだからこそピアニストの名前の記載がないのは、当時の慣習なのかもしれませんが残念です。往年のソプラノ、ニノン・ヴァランは最後の3語(parmi les marbres)を除くと、特にテンポを大きく揺らすこともなく、古さを感じさせない素敵な演奏だと思います。

●シャルル・パンゼラ(BR), 名前の記載のないピアニスト
Charles Panzéra(BR), with unidentified pianist

こちらは1923年の録音でやはりピアニストの記載がありません。パンゼラのうっとりするような甘美なレガートを存分に堪能できる録音です。パンゼラも最後の3語はファルセットを使っていました。

●ピアノパートのみ
Fauré: Clair de lune (Piano accompaniment) (Dario Martin(P))

Channel名:Dario Martin(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)
ピアノパートだけで成立することがこの演奏で分かります(厳密に言うと最後の"parmi les marbres"の部分だけ完全な伴奏になっていますが、全体としてソロ曲としても成り立つと思います。)。Dario Martin氏の演奏、繊細でとても良かったです。

●ピアノパートのみ
Gabriel Fauré: "Clair de lune" op 46 No 2 - Sing Along Lied (Raul Neuman(P))

Channel名:Raul Neuman(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)
こちらはピアニストの手を上から見ることが出来ます。ピアニストの練習の参考にもなると思いますが、演奏も素晴らしいです。

●フォレ:「マスクとベルガマスク」Op. 112~6.月の光
Fauré: Masques et Bergamasques, Op. 112: VI. Clair de lune
ニコライ・ゲッダ(イェッダ)(T), トゥルーズ・キャピトル国立管弦楽団, ミッシェル・プラッソン(C)
Nicolai Gedda(T), Orchestre du Capitole de Toulouse, Michel Plasson(C)

フォレ自身のオーケストラ・アレンジ版が組曲「マスクとベルガマスク」の6曲目に組み込まれました。ピアノパートのどの部分をどの楽器が担当しているのかなど注目して聞いてみるのも面白いと思います。

●ドビュッシー:月の光
Debussy: Clair de lune
マディ・メスプレ(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Mady Mesplé(S), Dalton Baldwin(P)

ドビュッシーはこのヴェルレーヌの詩に2回作曲しています。その1回目がこの曲で1882年の作曲です。歌は広い音域を上に下に行き来し、メリスマも使用される、かなり技巧的な作品です。ピアノパートは空から降り注ぐ月光を模したと思われる和音の下行が印象的です。
【参考】Clair de lune (mélodie)

●ドビュッシー:「艶なる宴 第1集」~3.月の光
Debussy: Fêtes galantes, Book 1, L. 86, L. 80: III. Clair de lune
エリー・アーメリング(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P)

ドビュッシーがこのテキストに2回目に作曲したのは1891年~1892年のことで、歌曲集「艶なる宴 第1集」の第3曲として1904年に出版されました。噴水を模したかのような分散和音の前奏に導かれて物憂いメロディーが歌われます。
【参考】艶なる宴 (ドビュッシー)
Fêtes galantes (Debussy)

●ドビュッシー:月の光(「ベルガマスク組曲」~第3曲)
Claude Debussy: Clair de Lune (from "Suite bergamasque")
パスカル・ロジェ(P)
Pascal Rogé(P)

おまけとして、このヴェルレーヌの詩に触発されてドビュッシーが作ったという有名なピアノ組曲『ベルガマスク組曲』の3曲目「月の光」です。フランスを代表するピアニスト、ロジェの映像を見ながら演奏を味わえます。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP

Clair de lune (poème de Verlaine) (Wikipedia: 仏語)

月の光 (詩) (Wikipedia: 日本語)

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ブルックナー「秋の苦しみ(Herbstkummer, WAB. 72)」を聴く

Herbstkummer, WAB. 72
 秋の苦しみ

Die Blumen vergehen, der Sommer ist hin,
Die Blätter verwehen. Das trübt mir den Sinn.
Ein Röslein, das bracht' ich im Sommer ins Haus,
Es hält ihn, so dacht' ich, den Winter wohl aus.
Die Vögelein sangen, es lauschte der Hain,
Die Rehlein, sie sprangen im Mondenschein,
Der Blümlein so viel hier erblühten im Tal,
Von allen gefiel mir das Röslein zumal.
 花々は枯れ、夏は過ぎた。
 葉は吹き飛ばされてしまった。それが私の心を沈ませる。
 私が夏に家に持ち帰った一輪のばらは、
 持ちこたえているが、私が思うに、冬には枯れてしまうだろう。
 小鳥たちは歌い、林が耳を傾けていた。
 ノロジカは月明かりの中飛び跳ねていた。
 花々はこの谷に非常に多く咲いていた。
 なかでもこのばらがとりわけ私の気に入ったのだった。

Der Herbst ist gekommen, der Sturm braust heran,
Die Luft ist verglommen, der Winter begann.
Gern wollt' ich nicht klagen um Stürme und Schnee,
Könnt's Röslein ertragen das eisige Weh!
O schon' mir die Zarte, das liebliche Kind,
Die Eiche, die harte, umbrause du, Wind!
Blüh', Röslein, ohn' Bangen, von Liebe bewacht,
Bis Winter vergangen und Mai wieder lacht!
 秋が来て、嵐が徐々に荒れ狂う、
 風は次第におさまり、冬が始まった。
 私は嵐や雪を嘆きたくなかった。
 あのばらが氷の痛みを耐えられるなら!
 おお、私の繊細な娘をいたわっておくれ、愛らしい子よ、
 硬いナラの木よ、ナラの周りで轟音を立てろ、風よ!
 咲け、ばらよ、心配しないで、愛に見守られて、
 冬が過ぎ去り、五月が再び笑う時まで!

詩:Matthias Jacob Schleiden (1804-1881), as Ernst
曲:Anton Bruckner (1824-1896), "Herbstkummer", WAB. 72 (1864) [ voice and piano ]

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2024年はブルックナーの生誕200年のアニバーサリーで、いろいろな企画がなされています。本音を言うとちょっとブルックナーの交響曲に苦手意識を持っている私ですが、せっかくの機会なので、解説動画などで少しずつ慣れていこうと思っています(以前に一度N響のコンサートで聞いた記憶がありますが、何番だったか失念しました...)。
金管がごぉーっと咆哮するところや、シューベルトから受け継いだようなゲネラルパウゼ(全休止)などがブルックナーの特徴というのは覚えましたが、もっと勉強してみようと思います。こちらから近づかなくてもすぐに魅了される作曲家とそうでない作曲家がいますが、私の場合ブルックナーは残念ながら後者のようです。でも、気長に接していけたらなと思っています。

閑話休題。ブルックナーにも20曲ほどの歌曲があるということを今回何か記事を書こうと調べていて知りました(ブルックナー歌曲のリスト)。
その中で、マティアス・ヤーコプ・シュライデンという植物学者が、本業とは無関係に出版した詩集のテキストにブルックナーが作曲した「秋の苦しみ」という歌曲を聞いてみました。2節の変形有節形式ですが、秋の描写が沁みる素敵な曲だと思います。

作曲:1864年4月 リンツ(Linz)
C (4/4拍子)
ホ短調(e-moll)
Mäßig bewegt (適度な動きをもって)

●Emil Poschの写譜による楽譜(1ページ目)
Bruckner 

●ギュンター・グロイスベック(BS), マルコム・マーティノー(P)
Günther Groissböck(BS), Malcolm Martineau(P)

グロイスベック&マーティノーが「Männerliebe und Leben(男の愛と生涯)」というアルバムを作り、ブルックナーの歌曲を3曲収録しています。この録音はその中の1曲で、秋から冬にかけての厳しい季節の苦悩をバスの深い音で歌っています。寒々としたピアノパートも効果的です。

●エリーザベト・ヴィンマー(S), ダニエル・リントン=フランス(P)
Elisabeth Wimmer(S), Daniel Linton-France(P)

ソプラノで聞くとまた雰囲気が変わりますね。この演奏も素敵です。2019年10月5日リンツ、ブルックナーハウスでのライヴ録音です。

●ロベルト・ホルツァー(BS), トーマス・ケルブル(P)
Robert Holzer(BS), Thomas Kerbl(P)

同じバス歌手でもホルツァーはバリトンに近い印象を受けました。この演奏も素敵です。

●合唱用編曲版(Jonathan Rathbone編曲)
Calmus Ensemble, Robin Gaede(P)

透明な声の男女の歌手が非常に美しく歌っていて、胸に直接語り掛けてくるような感銘を受けました。

また、ブルックナーには秋をテーマにした短いピアノ独奏曲もありますのでご紹介します。

●秋の夕暮れに寄せる静かな省察
Stille Betrachtung an einem Herbstabend, WAB 123
ヴォルフガング・ブルンナー(P)
Wolfgang Brunner(P)

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP

Herbstkummer (Bruckner) (Wikipedia)

Liste der Lieder von Anton Bruckner (Wikipedia)

マティアス・ヤーコプ・シュライデン (Wikipedia: 日本語)

Matthias Jacob Schleiden (Wikipedia: 独語)

Matthias Jakob Schleiden (Wikipedia: 英語):筆名でErnstと名乗っていたことも記載されている

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ショパン新発見のワルツ

ショパンの短いワルツが最近(2024年春)ニューヨークのモーガン・ライブラリー&ミュージアム(Morgan Library and Museum)で発見され、世界中で演奏動画がアップされています。
30秒ほどであまりにも短いので、繰り返して演奏する人が多いようです(自筆譜では終止線の後に音符が1つ書かれており、まだ曲を続けるつもりだった可能性もありそうです)。
米国の報道と実際の演奏を引用しておきます。
アンコール曲の定番になりそうな予感です。

●Lost Chopin waltz discovered in New York City museum

●Tomasz Ritter on Fryderyk Chopin's Pleyel | Chopin's newly discovered waltz in A minor

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エリーの要点「宣伝」(Elly's Essentials; “Publicity”)

●Elly's Essentials; “Publicity”

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音声が出ます。)

(エリー・アーメリングの言葉の大意)

私は1953年から1996年までの音楽家としてのキャリアにおいて、ラジオ番組のための録音で報酬を得ていました。
ラジオ会社は番組を他社に売ることを許可していませんでした。
今日ではあらゆるコンサートが録音され交換されています。音楽家は録音し、演奏しますが、それに対する唯一の報酬は宣伝になることだけです。
私が現役の時にはLPやCDに70分の音楽を録音して報酬を得ていました。
今日では多くの演奏家はクラウドファンディングをしなければなりません。プロデューサーを見つけて、彼に報酬を支払います。つまり演奏家は自分の仕事に対して支払われるのではなく、支払う側なのです。まるでモーツァルトの時代のようではありませんか。
宣伝は新しい仮想通貨なのでしょうか。

2:06- フーゴー・ヴォルフ:「早朝に」(Hugo Wolf: In der Frühe (from Mörike Lieder))
エリー・アーメリング(Elly Ameling)(S), ルドルフ・ヤンセン(Rudolf Jansen)(P)
1986年1月14日, アムステルダム・コンセルトヘバウでのライヴ音源(14 January 1986, Concertgebouw Amsterdam)

In der Frühe
 早朝に

Kein Schlaf noch kühlt das Auge mir,
Dort gehet schon der Tag herfür
An meinem Kammerfenster.
Es wühlet mein verstörter Sinn
Noch zwischen Zweifeln her und hin
Und schaffet Nachtgespenster.
-- Ängste, quäle
Dich nicht länger, meine Seele!
Freu' dich! Schon sind da und dorten
Morgenglocken wach geworden.
 眠りがまだ私の目を冷やしてくれないうちに、
 あそこではもう夜が明けたのが分かる、
 部屋の窓辺から察するに。
 取り乱した私の心は
 まだあれこれ疑念を巡らせては
 夜の幽霊を生み出すのだ。
 -恐れ、苦しむのは
 もうやめよ、わが魂よ!
 喜ぶのだ!もうあちらこちらで
 朝の鐘が目を覚ましている。

詩:Eduard Mörike (1804-1875), "In der Frühe"
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "In der Frühe", from Mörike-Lieder, no. 24

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(参考)

Elly's Essentials; “Publicity”(YouTube)

The LiederNet Archive

IMSLP (Volume 1, P.88)

Gedichte von Eduard Mörike (Stuttgart, Göschen'sche Verlagshandlung, 1867) (P.38: In der Frühe)

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【没後20年】ジェラール・スゼー(Gérard Souzay)の思い出と1989年来日公演プログラム

ジェラール・スゼー(Gérard Souzay, 1918年12月8日, Angers – 2004年8月17日, Antibes)が亡くなって早くも20年が経ちました。
私がクラシック音楽を聴き始めたばかりの頃、レコード店でシューベルトの安価なLPを探していた時に、Philips系のFontanaレーベルで出ていた「シューベルト歌曲集」と「冬の旅」の2枚の国内盤LPを見つけました。当時中学生か高校生ぐらいで限られたお小遣いでやりくりしていた時期ですので、別々に購入したはずだと思いますが、これらのLPはスゼー&ボールドウィン体験の原点であり、フランス人がドイツ歌曲を歌うはじめての体験だったと思います。

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その後、AMラジオのニッポン放送(当時私の住んでいた神奈川県では簡易アンテナをいくら動かしても常に雑音が入っていました)で1980年代半ばぐらいの来日公演のライヴ(新日鉄コンサートだったと思います)が放送され、カセットにダビングした記憶があります。当時学校の音楽の授業でブラームスの「日曜日」の伴奏をすることになり、曲を知らなかったので、このラジオのスゼー&ボールドウィンの演奏ではじめて聞き、演奏の参考にしたのを覚えています。練習の時にテープと一緒に演奏しようとするのですが、ボールドウィンのあまりの上手さに絶望しながらも何とかついていこうとした懐かしい日々でした。

当時は図書館に貸し出し可能なLPがあり、スゼーのフランス歌曲は主にいろいろな図書館にお世話になりました(今はもう処分してしまったのでしょうか。久しぶりに確認しにあちこちの図書館に行ってみたいものです)。プーランクの歌曲を知ったのもスゼーのLPを通じてです。

当時少しずつ生演奏を聴くようになったのですが、スゼーをホールで聞いたのは後にも先にも1989年の津田ホール(現在は外部貸し出しはしていません)での公演1度きりでした。当時のメモを読むと、さすがのスゼーも加齢には勝てなかったようですが、同じ空間にいられたという体験は貴重な思い出です。

その時のプログラムが出てきたので、記録しておきたいと思います。

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●1989年ジェラール・スゼー来日公演
招聘:大庭音楽事務所

ジェラール・スゼー(Gérard Souzay)(バリトン)
ダルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)(ピアノ)

5月10日(水)18:00 横浜・フェリス女学院音楽ホール (※注:どのプログラムか記載がない為、独自のプログラムの可能性あり)

5月13日(土)18:30 宮崎女子高等学校内 大坪記念ホール(プログラムA)

5月16日(火)18:30 神戸文化ホール中ホール 特別出演:広岡隆正(テノール)(プログラムB)

5月19日(金)19:00 前橋市民文化会館小ホール(プログラムC)

5月22日(月)19:00 東京・津田ホール(プログラムA)

5月25日(木)18:30 熊本県立劇場コンサートホール(プログラムA)

●プログラムA (Programme A)

リュリ:嘆きの歌 (Lully: Alceste)
リュリ:カドモスとヘルミオネ (Lully: Cadmus et Hermione)
ラモー:華やかなインド (Rameau: Les Indes galantes)

シューベルト:愛の便り (Schubert: Liebesbotschaft)
シューベルト:漁夫の歌 (Schubert: Fischerweise)
シューベルト:海の静けさ (Schubert: Meeresstille)
シューベルト:舟人 (Schubert: Der Schiffer, D 536)

プーランク:目のあらいふるいの歌 (Poulenc: Chanson du clair tamis)
プーランク:心の支配された手 (Poulenc: Main dominée par le coeur)
プーランク:旅 (Poulenc: Voyage)
プーランク:乞食 (Poulenc: Le mendiant)

~休憩(Pause)~

シューマン:「詩人の恋」 (Schumann: <Dichterliebe>, Op. 48)

●プログラムB (Programme B)

リュリ:嘆きの歌 (Lully: Alceste)
リュリ:カドモスとヘルミオネ (Lully: Cadmus et Hermione)
ラモー:華やかなインド (Rameau: Les Indes galantes)

グノー:春の歌 (Gounod: Chanson de printemps)(広岡隆正(テノール))
グノー:あらぬ人 (Gounod: L'absent)(広岡隆正(テノール))
グノー:おいで!芝生が緑だから (Gounod: Viens! Les gazons sont verts)(広岡隆正(テノール))
グノー:ヴェニス (Gounod: Venise)(広岡隆正(テノール))

シューマン:「リーダークライス」作品90 (Schumann: <Liederkreis>, Op. 90)
 1)鍛冶屋の歌 (Lied eines Schmiedes)
 2)わたしのばら (Meine Rose)
 3)出会いと別れ (Kommen und Scheiden)
 4)羊飼いの乙女 (Die Sennerin)
 5)心の重い夕べ (Der schwere Abend)
 6)孤独 (Einsamkeit)
 7)鎮魂歌 (Requiem)

~休憩(Pause)~

フォーレ:ノクターン (Fauré: Nocturne)
フォーレ:マンドリン (Fauré: Mandoline)
フォーレ:墓地にて (Fauré: Au cimetière)
フォーレ:永遠に (Fauré: Toujour)

デュパルク:旅への誘い (L'invitation au voyage)(広岡隆正(テノール))
デュパルク:フローレンスのセレナード (Sérénade florentine)(広岡隆正(テノール))
デュパルク:ラメント(哀歌) (Lamento)(広岡隆正(テノール))
デュパルク:ロズモンドの館 (Le manoir de Rosemonde)(広岡隆正(テノール))

ラヴェル:「ドゥルシネア姫に心を寄せるドン・キホーテ」 (Ravel: <Don Quichotte a Dulcinée>)
 1)空想的な歌 (Chanson romantique)
 2)叙事的な歌 (Chanson épique)
 3)酒の歌 (Chanson a boire)

●プログラムC (Programme C)

リュリ:嘆きの歌 (Lully: Alceste)
リュリ:カドモスとヘルミオネ (Lully: Cadmus et Hermione)
ラモー:華やかなインド (Rameau: Les Indes galantes)

シューベルト:愛の便り (Schubert: Liebesbotschaft)
シューベルト:漁夫の歌 (Schubert: Fischerweise)
シューベルト:海の静けさ (Schubert: Meeresstille)
シューベルト:舟人 (Schubert: Der Schiffer, D 536)

プーランク:目のあらいふるいの歌 (Poulenc: Chanson du clair tamis)
プーランク:心の支配された手 (Poulenc: Main dominée par le coeur)
プーランク:旅 (Poulenc: Voyage)
プーランク:乞食 (Poulenc: Le mendiant)

~休憩(Pause)~

フォーレ:ノクターン (Fauré: Nocturne)
フォーレ:マンドリン (Fauré: Mandoline)
フォーレ:墓地にて (Fauré: Au cimetière)
フォーレ:永遠に (Fauré: Toujour)

マーラー:だれがこの歌を作ったか (Mahler: Wer hat dies Liedlein erdacht?)
マーラー:わたしはこの世に忘れられ (Mahler: Ich bin der Welt abhanden gekommen)

ラヴェル:「ドゥルシネア姫に心を寄せるドン・キホーテ」 (Ravel: <Don Quichotte a Dulcinée>)
 1)空想的な歌 (Chanson romantique)
 2)叙事的な歌 (Chanson épique)
 3)酒の歌 (Chanson a boire)

※表記は原則としてプログラム冊子に従いました(明らかな間違いは修正しました)。

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先ほども記載した通り、私は5月22日(月)の津田ホールの公演を聞きました。当時書いたメモによると、アンコールは5曲。

5月22日のアンコール(Encores)
1)シューベルト:音楽に寄せて (Schubert: An die Musik)
2)ドビュッシー:マンドリン (Debussy: Mandoline)
3)?(※注:メモには「アルペッジョの美しいフランス歌曲」としか書いておらず当時何の曲か分からなかったのですが、今思えばデュパルクの「悲しい歌」の可能性が高いです) (maybe, Duparc: Chanson triste)
4)ラヴェル:「ドゥルシネア姫に心を寄せるドン・キホーテ」~酒の歌 (Ravel: <Don Quichotte a Dulcinée>: 3. Chanson a boire)
5)R.シュトラウス:明日 (R.Strauss: Morgen!)

Photo_20241116201803 ←無料配布の1989年来日公演プログラム冊子。スゼーの描いた抽象画が表紙を飾っています。

●Schwanengesang, D. 957: No. 1, Liebesbotschaft
Gérard Souzay, Dalton Baldwin

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(参考)

ジェラール・スゼー (Wikipedia)

Gérard Souzay (Wikipedia: 仏語)

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【フォレ没後100年記念】ジェラルド・ムーアの演奏するフォレ器楽曲(エレジーOp. 24他)(Fauré: Élégie, Op. 24)

ガブリエル・フォレ(Gabriel Fauré: 1845.5.12-1924.11.4)は多くの歌曲やレクイエムだけでなく、器楽曲も沢山作曲しています。その中で個人的に強く印象に残っているのがチェロとピアノの為の「エレジー(Élégie) 作品24」です。最初に聞いたのはジェラルド・ムーア(Gerald Moore)を特集したFMラジオ番組でした。その頃、歌曲のピアニストとしてのムーアはすでに数多く聞いていて、私にとってのヒーローでしたが、器楽曲を演奏するムーアを当時ほとんど聞いたことがありませんでした。このラジオで流れたのはジャクリーン・デュ・プレと録音したフォレのエレジーでした。これはカセットテープにエアチェックして本当にどれほど巻き戻して繰り返し聞いたか分からないほど聞きまくりました。
このフォレの「エレジー」という曲はもともとソナタの緩徐楽章として書き始められたようですが、結局ソナタは実現せず、単独の小品として今でも愛されています。
曲の冒頭の暗い前奏からフォレの世界に引き込まれます。チェロが物悲しいメロディーを奏で終わると、今度はピアノが美しいメロディーを谷間に咲く一輪の花のように演奏し、次にチェロがそのメロディーを繰り返します。そうこうするうちに嵐のような音楽に変わり、チェロ、ピアノ共に激しく情熱をぶつけます。その後に落ち着いてから弾かれるピアノのメロディーがまた美しく、彼岸の音楽のようにはかなく切ないのです。そしてこのメロディーもチェロが繰り返します(この曲はピアノが先導してチェロが後に続くパターンが多いですね)。
7分ほどの音楽の中に静謐さと激しい慟哭と諦観のような響きが入れ替わり、聞いていて一つのドラマを体験したような気持ちになります。
これまで歌曲のピアニストとして知っていたムーアが、その音の温かさは残しつつ、深刻で悲痛な響きをドラマティックに響かせていて、私にとっては特別な録音となりました。デュ・プレのチェロも力強さと切なさが感じられて感動的な演奏でした。

ちなみにムーアはデュ・プレとの録音の12年前(1957年)にピエール・フルニエとすでにこの「エレジー」を録音していて、その際に他のフォレのチェロ小品3曲も併せて録音しています。

●フォレ:エレジーOp. 24
Fauré: Élégie, Op. 24
ジャクリーン・デュ・プレ(VLC), ジェラルド・ムーア(P)
Jacqueline du Pré(VLC), Gerald Moore(P)

1969年4月1日、No. 1 Studio, Abbey Road, London録音。この音源はムーアの70歳記念レコードの為にEMIに録音されました。

●フォレ:エレジーOp. 24
Fauré: Élégie, Op. 24
ピエール・フルニエ(VLC), ジェラルド・ムーア(P)
Pierre Fournier(VLC), Gerald Moore(P)

1957年9月、10月録音。

●フォレ:シシリエンヌ Op. 78
Fauré: Sicilienne, Op. 78
ピエール・フルニエ(VLC), ジェラルド・ムーア(P)
Pierre Fournier(VLC), Gerald Moore(P)

1957年9月、10月録音。「シシリエンヌ」の懐かしい響きは曲名は知らずとも誰もが一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。私も最初に聞いたのがいつだか覚えていないのですが、このメロディーは音楽好きなら必ずどこかのタイミングで耳にしているのではないかと思います。

●フォレ:蝶々 Op. 77
Fauré: Papillon, Op. 77
ピエール・フルニエ(VLC), ジェラルド・ムーア(P)
Pierre Fournier(VLC), Gerald Moore(P)

1957年9月、10月録音。

●フォレ:子守歌 Op. 16
Fauré: Berceuse, Op. 16
ピエール・フルニエ(VLC), ジェラルド・ムーア(P)
Pierre Fournier(VLC), Gerald Moore(P)

1957年9月、10月録音。

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【没後100年記念】フォレ「レクイエム」(アーメリング、クライセン、ジュリーニ:1963年)

●Gabriel Fauré: "Requiem", op. 48 (Amsterdam, 1963)

Channel名:kadoguy(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音に注意してください)

以前にもNPO Radio4のサイトにアップされたことを記事にした音源と同一ですが、別の動画サイトにもアップされていましたので、フォレ没後100年を記念して引用させていただきます。

Recording: 30 november 1963, Concertgebouw, Amsterdam
ライヴ録音:1963年11月30日、コンセルトヘバウ、アムステルダム

Elly Ameling, sopraan
Bernard Kruysen, bariton
Bernard Bartelink, orgel
Groot Omroepkoor
Radio Filharmonisch Orkest
Carlo Maria Giulini, dirigent

エリー・アーメリング(ソプラノ)
ベルナルト・クライセン(バリトン)
ベルナルト・バルテリンク(オルガン)
オランダ放送大合唱団
オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団
カルロ・マリア・ジュリーニ(指揮)

Gabriel Fauré - Requiem
フォレ:レクイエム(19:11頃からアーメリングの「ピエ・イエズ」)

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エリー・アーメリング(Elly Ameling)の「Musings on Music」シリーズ:シューベルト「ただ憧れを知る者だけがSchubert: (Nur wer die Sehnsucht kennt, D 877/4)」

●Musings on Music by Elly Ameling - Schubert - Nur wer die Sehnsucht kennt

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

エリー・アーメリングによる説明(大意)

親愛なる視聴者様、シューベルト歌曲の愛好家の皆様、
今回はシューベルトがゲーテの有名な詩「ただ憧れを知る者だけがSchubert: (Nur wer die Sehnsucht kennt)」に作曲した歌をとりあげます。

(0:43-4:11 全曲演奏:楽譜付き)

(4:16-5:26 アーメリングによる詩の朗読と英訳(行ごとに交互に))

主人公の名前を英訳すると「William Master(ウィリアム・マスター)」となり、ちょっと人名に聞こえないですね。
この小説は1796年に初版が発行されました。それはゲーテのイタリア旅行の8年後のことでした。
シューベルトは、この曲を他のミニョンの3曲と一緒に1826年に作曲しました。
この小説はゲーテ自身の人間の生活についてのアイデアと結びついています。
読者は、詩(韻文)や散文で語る多くの登場人物との出会いによってそれを体験するのです。
登場人物の一人がミニョンで、イタリアから誘拐された14歳の少女です。
彼女はヴィルヘルム・マイスターに救われます。
ヴィルヘルムは旅回りの劇団とドイツ中を旅していました。
ゲーテはミニョンに、北国の人が南国、特にイタリアに強く憧れる典型的な性格を付与しました。

ミニョンは最初の行で「ただ憧れを知る人だけが私が何に苦しんでいるのか分かるのです!(Nur wer die Sehnsucht kennt weiß, was ich leide!)」と歌います。シューベルトはこの詩句を繰り返しますが、その際フレーズの音を最初より高くして強調しています。

(7:52-8:56 曲の冒頭から"Nur wer die Sehnsucht kennt, weiß, was ich leide!"を繰り返しの終わりまで)

ミニョンは「永遠の世界(来世)」に憬れます。
つまり彼女が「私は天空のあちら側に目をやります(Seh ich an's Firmament nach jener Seite.)」と語る詩句がそれを示しています。
シューベルトは"je-ner(あちらの)"の"je"の音節にこのフレーズの最高音を置いています。和声は、服を着ていないあの世の印象を与えています。

(9:41-10:08 "Allein und abgetrennt von aller Freude"から"Seh ich an's Firmament nach jener Seite."までの演奏)

そしてミニョンの純粋で控えめな思慕は、父親像を重ねたヴィルヘルム・マイスターへの思いでもあります。

「ああ、私を愛し、知る方は遠方にいるのです。(Ach, der mich liebt und kennt, ist in der Weite.)」

(10:30-10:53 "Ach, der mich liebt und kennt, ist in der Weite."の音楽)

「私は眩暈がして、(Es schwindelt mir,)」
「内臓がちくちく痛みます。(es brennt mein Eingeweide.)」

彼女は自身の感情に圧倒されていて、シューベルトはリズムを突然細かく増やすことでそれを捉えています。繰り返した後にリズムは落ち着き、再び歌の冒頭に戻ります。

「ただ憧れを知る人だけが私が何に苦しんでいるのか分かるのです!(Nur wer die Sehnsucht kennt weiß, was ich leide!)」

シューベルトは冒頭の音楽同様にこのフレーズを繰り返しますが、"kennt"(知る)という言葉に"sf(スフォルツァンド)"を付けています(※訳注:アーメリングはsfを"striking fermata"と言っているように聞こえます)。

(11:52-13:25 "Es schwindelt mir, es brennt mein Eingeweide."から曲の最後まで)

ピアノの後奏は前奏と全く同じです。シューベルトはシンプルさによってロマンティックな来世の少女の感情の深さを作り出しているのです。

もう一度中断なしで全曲聞いてみましょう。

(13:55-17:24 全曲の演奏)

今回流した演奏はドルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)のピアノ、私(Elly Ameling)の歌でした。

(※注:この後、アーメリングがサプライズで(surprisingly)次回に取り上げる曲を1曲まるまる流してくれます。今回の曲に関連した曲ですが、「サプライズで」とおっしゃっているので、ここには詳細を記載しないことにします。皆さんも直接アーメリングからのサプライズを楽しんでみてください。)

(18:05-22:36 次回に扱う曲の演奏)

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Nur wer die Sehnsucht kennt
 ただ憧れを知る人だけが

Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
Allein und abgetrennt
Von aller Freude
Seh ich an's Firmament
Nach jener Seite.
Ach, der mich liebt und kennt,
Ist in der Weite.
Es schwindelt mir, es brennt
Mein Eingeweide.
Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!
 ひとり
 あらゆる喜びから引き離されて
 私は天空の
 あちら側に目をやります。
 ああ、私を愛し、知る方は
 遠方にいるのです。
 私は眩暈がして、
 内臓がちくちく痛みます。
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mignon", written 1785, appears in Wilhelm Meisters Lehrjahre, first published 1795
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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(参考)

ヴィルヘルム・マイスターの修業時代 (Wikipedia)

Wilhelm Meisters Lehrjahre (Wikipedia: 独語)

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【没後100年記念】9種類のガブリエル・フォレ(Gabriel Fauré)歌曲全集

歌曲の全集は昔からある程度は作られていましたし、特にドイツ歌曲に限って言えば、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウが男性用限定ですが歌曲全集を破竹の勢いで録音していました。一方フランス歌曲に目を転ずると、あることはあるのですが、ドイツ歌曲ほどは全集の形で作られることは多くなかったのではないかと思います(LP1枚に収まるデュパルクなどは別として)。

今年が没後100年にあたるガブリエル・フォレ(Gabriel Fauré: 12 May 1845 – 4 November 1924)の歌曲全集について調べてみたところ、なんと2024年現在で過去に9種類もの全集が作られていたことが判明して驚いています(他にも見落としがあるかもしれません)。
フォレ歌曲全集というと、1970年代にEMIで作られたエリー・アーメリング、ジェラール・スゼー、ドルトン・ボールドウィンによる素晴らしい名盤が真っ先に思い浮かびますが、同時期にCalliopeレーベルから6枚組のLPによる全集が出ていたのは知りませんでした。これはほとんどの歌曲をバリトンのジャック・エルビヨンが歌い、女性用の歌曲(LP1枚分のみ)をアンヌ=マリ・ロッドが担当し、ピアノをテオドル・パラスキヴェスコが弾いています。抜粋でCD化されていたようですが、さきほどApple musicで調べてみたところ全曲サブスクで聞けるようになっていました。

おそらく一番最初にフォレ歌曲全集がつくられたのは、1955年録音のWestminsterレーベルへのLP5枚組で、こちらも現在Apple musicで全曲聞けます。ドリアなど3人の歌手とグアのピアノ、デュエとジャノプロ(ヤノプロ)、ドゥレンヌとコックスによる演奏です。ティボーやシェリング、フルニエなど弦楽器奏者との共演で有名なジャノプロが歌手と共演している録音は珍しいのではないでしょうか。

1980年代は私の調べた限りではフォレ歌曲の全集録音はなく、1990年代にフランソワ・ル・ルーを中心とした全集が作られます。こちらのピアノはジェフ・コーエンが一人で担当し、若かりしドゥセも参加しています。

1990年代から2000年代にウォーカー、クラウセ、マーティノーの3人による4枚の全集がばらでリリースされ、その後、全集としてまとめて発売されたようです。

2000年代に歌曲王国Hyperionレーベルでグレアム・ジョンソンのピアノと大勢の歌手たちで4枚のCDがばらでリリースされましたが、その後2010年代にマーティノーのピアノと大勢の歌手たちによりSignumレーベルで全集が作られ、イギリスの名手二人が時期をずらして2種類のフォレ全集を作ったことになります。また、CRD Recordsでも全集を録音済のマルコム・マーティノーは、Signumレーベルの全集も完成してフォレ歌曲全集を2回全曲録音した今のところ唯一のピアニストとなりました。歌手ではフッシェクールが1990年代のREMの全集とSignumレーベルの両方に参加し、同様にエインスリーはHyperionとSignumの両方に参加しています。

2015-17年にAtmaレーベルに録音した全集は、ソプラノ、メッゾ、テノール、バリトンをそれぞれ1人ずつに割り振り、原調で聴ける全曲盤となっているようです。オリヴィエ・ゴダンの弾く1859年製エラールのピアノが当時の響きを体験させてくれるという意味でも意義深い録音だと思います。

そしてつい最近2020-2021年にApartéレーベルに録音された全集はとうとうテノール歌手とピアニストの2人だけによって全曲が演奏されたはじめての録音となりました。デュボワは柔らかく語るような歌が趣あってなかなかいいです。"r"の響きは他の歌手とは異なる響かせ方をしていて、より語りに近づいているように感じられます。

今回は歌曲全集のみをとりあげましたが、1枚物の選集でも優れた録音は沢山あります(ナタリ・ステュッツマン(シュトゥッツマン)&カトリーヌ・コラール、フレデリカ・ヴォン・スターデ(フォン・シュターデ)&ジャン=フィリップ・コラールなど)。さらに、パンゼラ、ベルナック、モラーヌ、バトリ、クロワザ、ヴァラン、マギー・テイト、ダンコなどフランス歌曲の伝統を引き継いできた往年の歌手たちも忘れるわけにはいきません。
それらも含めてそれぞれに特徴ある録音の中から、秋の夜長のお供にフォレの歌曲を聞いてみるのも素敵な時間の過ごし方ではないでしょうか。

(1)1955年録音 Westminster
ルネ・ドリア(S), ベルト・モンマール(S), ピエール・モレ(BR), シモーヌ・グア(P),
ジャック・デュテ(BR), タッソ・ジャノプロ(P),
ポール・ドゥレンヌ(T), ハリー・コックス(P)
LP: Westminster
Fauré: Complete Songs
Recording: 1955, Paris
Renée Doria(S), Berthe Monmart(S), Pierre Mollet(BR), Simone Gouat(P),
Jacques Dutey(BR), Tasso Janopoulo(P),
Paul Derenne(T), Harry Cox(P)
Vol. 1
Vol. 2
Vol. 3
Vol. 4

(2)1970, 1973-1974年録音 EMI
エリー・アーメリング(S), ジェラール・スゼー(BR), ドルトン・ボールドウィン(P)
LP, CD: EMI
Fauré: Intégrale des Mélodies
Recording: June 1970, Dec. 1973, Jan. - March 1974, Salle Wagram, Paris
Elly Ameling(S), Gérard Souzay(BR), Dalton Baldwin(P)
Disc 1 - Disc 4

(3)1974-1975年録音 Calliope
ジャック・エルビヨン(BR), アンヌ=マリ・ロッド(S), ソニア・ニゴゴシアン(S), テオドル・パラスキヴェスコ(P)
LP: Calliope
Fauré: Intégrale des Mélodies
Recording: Apr. 1974 to Sep. 1975, Paris
Jacques Herbillon(BR), Anne-Marie Rodde(S), Sonia Nigoghossian(S), Théodore Paraskivesco(P)
Mélodies, Op. 1, 2, 4 & 8
La bonne chanson, Op. 61, Mélodies, Op. 76, 83, 85 & 87, etc.
Le jardin clos, Op. 106 & L'horizon chimérique, Op. 118, etc.
La chanson d'Eve, Op. 95, Notre amour, Op. 3 No. 1 & Deux duos, Op. 10, etc.

(4)1991, 1992, 1993年録音 REM
フランソワ・ル・ルー(BR), ナタリ・ドゥセ(S), ベアトリス・ユリヤ・モンゾン(MS), ジャン=ポール・フッシェクール(T), ジェフ・コーエン(P)
CD: REM
Fauré: Mélodies (intégrale)
Recording: 1991, 1992, 1993
François Le Roux(BR), Natalie Dessay(S), Béatrice Uria-Monzon(MS), Jean-Paul Fouchécourt(T), Jeff Cohen(P)
CD 1 - CD 4

(5)1992年頃-2000年頃録音 CRD Records
サラ・ウォーカー(MS), トム・クラウセ(BR: Vol. III & IV), マルコム・マーティノー(P)
CD: CRD Records
Fauré: Mélodies Vol. I-IV
Recording: unknown (P1992, P1992, P1994, P2000)
Sarah Walker(MS), Tom Krause(BR: Vol. III & IV), Malcolm Martineau(P)
Vol. I
Vol. II
Vol. III
Vol. IV

(6)2002, 2003, 2004年録音 Hyperion
フェリシティ・ロット(S), ジェニファー・スミス(S), ジェラルディーン・マクグリーヴィー(S), シュテラ・ドゥフェクシス(S), ジョン・マーク・エインスリー(T), ジャン=ポール・フッシェクール(T), クリストファー・モルトマン(BR), スティーヴン・ヴァーコー(BR), グレアム・ジョンソン(P), ローナン・オホーラ(P)
CD: Hyperion
THE COMPLETE SONGS: 1-4
Recording: 2002, 2003 and 2004, All Saints' Church, East Finchley, London
Felicity Lott(S), Jennifer Smith(S), Geraldine McGreevy(S), Stella Doufexis(S), John Mark Ainsley(T), Jean-Paul Fouchécourt(T), Christopher Maltman(BR), Stephen Varcoe(BR), Graham Johnson(P), Ronan O'Hora(P)
Vol. 1
Vol. 2
Vol. 3
Vol. 4

(7)2015-2017年録音 Atma Classique
エレーヌ・ギルメット(S), ジュリー・ブリアンヌ(MS), アントニオ・フィグエロア(T), マルク・ブッシェ(BR), オリヴィエ・ゴダン(P: エラール (1859))
CD: Atma Classique
Fauré: Intégrale des mélodies
Recording: Oct. 2015 - Sep. 2017, Bourgie Hall at the Montréal Museum of Fine Arts
Hélène Guilmette(S), Julie Boulianne(MS), Antonio Figueroa(T), Marc Boucher(BR), Olivier Godin(P: Érard (1859))
Disc 1 - Disc 4

(8)2012-2019年録音 Signum Classics
ローナ・アンダソン(S), ジャニス・ケリー(S), ジョーン・ロジャーズ(S), イゾベル・ビュキャナン(S), ルイーズ・ケメニー(S), アン・マリー(MS), サラ・コノリー(MS), キティ・ウェイトリー(MS), イェスティン・デイヴィス(CT), ベン・ジョンソン(T), ジョン・マーク・エインスリー(T), ジョン・チェスト(BR), トーマス・オリマンス(BR), ウィリアム・デイズリー(BR), ナイジェル・クリフ(BS), マルコム・マーティノー(P)
CD: Signum Classics
The Complete Songs of Fauré, Vol. 1-4
Recording: 5 June 2012 - 2 Apr. 2019, All Saints' Church, East Finchley, London; St Silas Chalk Farm; Wathan Hall, Hammersmith
Lorna Anderson(S), Janis Kelly(S), Joan Rodgers(S), Isobel Buchanan(S), Louise Kemény(S), Ann Murray(MS), Sarah Connolly(MS), Kitty Whately(MS), Iestyn Davies(CT), Ben Johnson(T), John Mark Ainsley(T), John Chest(BR), Thomas Oliemans(BR), William Dazeley(BR), Nigel Cliffe(BS), Malcolm Martineau(P)
Vol. 1
Vol. 2
Vol. 3
Vol. 4

(9)2020-2021年録音 Aparté
シリル・デュボワ(T), トリスタン・ラエ(P)
CD: Aparté
Fauré: Complete Songs
Recording: 1-3 July, 10-17 August 2020 / 14-16 June 2021, Column Room, Paris
Cyrille Dubois(T), Tristan Raës(P)

●この地上ではどんな魂も
Puisqu'ici bas, Op. 10, No. 1
ルネ・ドリア(S), ベルト・モンマール(S), シモーヌ・グア(P)
Renée Doria(S), Berthe Monmart(S), Simone Gouat(P)
Recording: 1955, Paris

●黄金の涙
Pleurs d'or, Op. 72
エリー・アーメリング(S), ジェラール・スゼー(BR), ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S), Gérard Souzay(BR), Dalton Baldwin(P)
Recording: June 1970, Dec. 1973, Jan. - March 1974, Salle Wagram, Paris

●月の光
Deux mélodies, Op. 46: Clair de lune
ジャック・エルビヨン(BR), テオドル・パラスキヴェスコ(P)
Jacques Herbillon(BR), Théodore Paraskivesco(P)
Recording: Apr. 1974 to Sep. 1975, Paris

●秋
Gabriel Fauré : Automne - Poème d'Armand Sylvestre
フランソワ・ル・ルー(BR), ジェフ・コーエン(P)
François Le Roux(BR), Jeff Cohen(P)
Recording: 1991, 1992, 1993

●捨てられた花
Op.39, No.2: Fleur jetée
サラ・ウォーカー(MS), マルコム・マーティノー(P)
Sarah Walker(MS), Malcolm Martineau(P)
Recording: unknown (P1992, P1992, P1994, P2000)

●エスファハーンの薔薇
Fauré: Les roses d'Ispahan, Op. 39 No. 4
フェリシティ・ロット(S), グレアム・ジョンソン(P)
Felicity Lott(S), Graham Johnson(P)
Recording: 2002, 2003 and 2004, All Saints' Church, East Finchley, London

●揺りかご
Fauré: Les berceaux, Op. 23, No. 1
ジュリー・ブリアンヌ(MS), オリヴィエ・ゴダン(P: エラール (1859))
Julie Boulianne(MS), Olivier Godin(P: Érard (1859))
Recording: Oct. 2015 - Sep. 2017, Bourgie Hall at the Montréal Museum of Fine Arts

●五月
2 Songs, Op. 1: No. 2, Mai
アン・マリー(MS), マルコム・マーティノー(P)
Ann Murray(MS), Malcolm Martineau(P)
Recording: 5 June 2012 - 2 Apr. 2019, All Saints' Church, East Finchley, London

●歌曲集『幻想の水平線』~4. 私たちの愛する船よ
L'horizon chimérique, Op. 118: IV. Vaisseaux, nous vous aurons aimés
シリル・デュボワ(T), トリスタン・ラエ(P)
Cyrille Dubois(T), Tristan Raës(P)
Recording: 1-3 July, 10-17 August 2020 / 14-16 June 2021, Column Room, Paris

●歌曲集『良き歌(優しい歌)』(全9曲)
Gabriel FAURÉ - « La Bonne Chanson » (Paul Verlaine) - Bruno LAPLANTE, baryton.mov
ブリュノ・ラプラント(BR), ジャニーヌ・ラシャンス(P)
Bruno Laplante(BR), Janine Lachance(P)

Channel名:lapduval(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
録音:1979年2月モントリオール(Montréal en février 1979)
ラプラントは数々の珍しいフランス歌曲の発掘に大きな貢献をしましたが、一方で有名なフランス歌曲をスタジオ録音する機会が少なかったように思います。こちらはご本人と奥様のYouTubeチャンネルにアップしておられる音源です。ラプラントの柔らかい美声で聞くフォレ、聞き惚れます。

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シューベルト「夜曲」(Schubert: Nachtstück, D 672)を聴く

Nachtstück, D 672
 夜曲

[Wenn]1 über Berge sich der Nebel breitet,
Und Luna mit Gewölken kämpft,
So nimmt der Alte seine [Harfe]2, und schreitet,
Und singt waldeinwärts und gedämpft:
        "Du heil'ge Nacht!
        Bald ist's vollbracht.
        Bald schlaf' ich ihn
        Den langen Schlummer,
        Der mich erlöst
        Von [allem]3 Kummer."
    "Die grünen Bäume rauschen dann,
    Schlaf süß du guter alter Mann;
    Die Gräser lispeln wankend fort,
    Wir decken seinen Ruheort;
    Und mancher [liebe]4 Vogel ruft,
    O [laßt]5 ihn ruh'n in Rasengruft!" -

 Der Alte horcht, der Alte schweigt -
 Der Tod hat sich zu ihm geneigt.

 山々の上方に霧が広がり
 月がたなびく雲と争うとき、
 老いた男が竪琴を手にとり、歩み出て
 森に向かって小声で歌う。
    「聖なる夜よ!
    じきに終わるだろう。
    私はすぐに
    長い眠りにつく、
    その眠りは私を
    あらゆる苦悩から解放してくれるのだ。」
  「すると緑の木々はざわめく、
  善良な老人よ、安らかに眠れ。
  さらに草は揺れながらそよぐ、
  私たちが彼の休息の地を覆ってあげよう。
  そして多くの鳥は鳴く、
  おお、芝生の墓穴に彼を休ませてあげよう!」

  老人は耳を澄まし、そして老人は沈黙する。
  死が彼に近寄っていった。

1 Mayrhofer: Wann
2 Mayrhofer: Harf’
3 Mayrhofer: jedem
4 Mayrhofer: traute
5 Schubert (Alte Gesamtausgabe): laß

詩:Johann Baptist Mayrhofer (1787-1836), "Nachtstück"
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Nachtstück", op. 36 (Zwei Lieder) no. 2, D 672 (1819), published 1825 [voice, piano], Cappi und Comp., VN 60, Wien

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シューベルトの友人で1819年から3年間同居していたヨハン・マイアホーファー(Johann Mayrhofer)のこのテキストにシューベルトは1819年10月(第1稿)に作曲しました。この詩が出版されたのは1824年だったので(Johann Mayrhofer: Gedichte (Wien: Friedrich Volke))、おそらくマイアホーファー自身から直接詩を受け取って作曲したものと思われます。第2稿は1825年にOp. 36の第2曲としてヴィーンのCappi und Comp.社から出版されました(第1曲は「怒れるディアーナ(Die zürnende Diana, D 707)」)。

雲の群れが月にかかろうという夜分に、今際の時が近づいていることを予感した老人が竪琴を手にして「もうすぐ長い眠りにつく。あらゆる苦しみから解放されるのだ」と歌います。すると、木々や草、鳥たちが老人をいたわり声をかけます。それらの声に耳を澄ましていた老人はいつしか黙り込んでいました。いよいよ死が老人に寄りかかってきたのです。

"Es ist vollbracht(成し遂げられた)"は「ヨハネによる福音書」内の十字架にかけられたイエスの最後の言葉だそうです。これに"bald(間もなく、じきに)"を付けた詩句が老人の歌の2行目です(Bald ist's vollbracht.)。このイエスの最後の言葉についてはネット上にいろいろな解説が出ていますが、詳しい方がいらっしゃいましたらご教示いただけますと幸いです。

ちなみにこの曲(詩)のタイトル"Nachtstück"は「夜の曲」つまり「ノクターン」ですね。シューベルトはノットゥルノ(=ノクターン)(Notturno in E-flat major, D 897)と題するピアノ三重奏曲を後年作りますが、歌曲でもこんなに美しい作品を残してくれました。夜の神秘は詩人も作曲家も引き付けられるテーマなのでしょう。

ピアノの前奏の左手は半音ずつ下行する二分音符の3度間隔の音が不穏な雰囲気を醸し出します。右手は十六分音符とアクセント付きの四分音符の組み合わせが主人公の老人のおぼつかない足取りを想起させます。しかもこの短い前奏の間でppから始まりクレッシェンドしてfにいたり、歌直前にppに戻るというダイナミクスの大きな変化があります。老人はつまづきながらも歩みを止めません。
Photo_20241026194401 

アッラブレーヴェ(2/2拍子)に変わり、老人が竪琴を取り歌おうとするところで左手のバス音は四分音符で静かに上行し、右手もこれまでの不安定さがなく、死を予感して歌おうとする老人が最後に矍鑠とした歩みを見せているかのようです。
So-nimmt-der-alte 

続いて老人の歌が始まりますが、竪琴をもって歌う美しいアルペッジョの部分の冒頭に"mit gehobener Dämpfung"という指示があります。
Du-heilge-nacht 
"Dämpfung"は「減衰」という意味を持ち、ピアノの左ペダル(ソフトペダル)のことと書かれているサイトもありました。ただ、ベートーヴェンの「月光」ソナタの1楽章に「senza sordino(文字通りの意味は弱音器なしで)」という指示があり、「sordino」がソフトペダルではなく、ダンパーをあらわし、ダンパーなし=つまり右ペダルを踏んで弦からダンバーを外すことで音を保持するという意味に使っているという説が濃厚であることを考えると、シューベルトのこの指示も同様の可能性が出てきます。つまり"mit gehobener Dämpfung"の"Dämpfung"もダンパーと同義と仮定すると「ダンパーをあげて」つまり「右ペダルを踏んで(音を保持して)」という意味になるのではないかと想像します。ちなみにドイツ語でダンパーはDämpferであり、シューベルトのDämpfungも同じものを指しているという可能性があると思います。実は「夕映えの中で(Im Abendrot)」の第1稿の冒頭標示も"Sehr langsam, mit gehobener Dämpfung"であり、こちらも右ペダルが必須の曲なので、「右ペダルを踏んで」のような気がしますがどうなのでしょう。

老人の歌の最後の部分「Der mich erlöst / von allem Kummer.(その眠りは私をあらゆる苦悩から解放してくれるのだ)」で左手のバス音が半音ずつ上行して、最後に変ホ長調(Es-dur)の明るい響きに至る箇所は、個人的に聞いていて特に感動する部分です。この部分はもう一度繰り返されますが"erlöst"のメロディに変化が見られます(友人の歌手フォーグルの意見が反映されているのかもしれないと想像したりもします)。
Photo_20241026200301 

老人の歌が終わると、緑の木々や草や鳥たちが老人を慰め、安らかに眠らせてあげようと歌います。ここでピアノパートの音型が変わり、右手のジグザグな音型は動植物たちのささやきを模しているように感じられます。最後に死が老人に寄っていくところまでこの音型は継続され、動植物たちに守られながらいつのまにか長い眠りについた様が描かれているように思います。
Die-gruenen-baeume-rauschen-dann 

そして最後はハ長調(C-dur)の明るい響きで老人の安らかな眠りが暗示されて終わります(この記事で使った楽譜は初版(Erstdruck)によりました)。
Photo_20241026202101 

私がこの曲をはじめて聞いたのは1983年10月21日(金)19:00 神奈川県民ホールでのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ&ハルトムート・ヘルによるオール・シューベルト・リサイタルでした。その時は当時ほとんど知らない曲ばかりのプログラムの中、曲の区別もつかないまま聞いていたと思いますが、後に当時いろいろリートのことを教えてくださった方から有難いことにディースカウとムーアの全集の録音でこのプログラムをそのままダビングしてくださり、そのカセットテープをそれこそテープがのびるまで繰り返し聞いたものでした。あの頃が私にとって現在まで続くリート愛の原点だったのでとても懐かしいです。その後、当時のディースカウがブレンデルとシューベルト歌曲集を録音したものがPhilipsからリリースされ、その中にこの曲も含まれていたので、その録音を聞いても当時を思い出します。回想が長くなってしまいました...。当時は珍しい曲でしたが、今はいろいろな演奏者がレパートリーに加え、この曲の素晴らしさが認識されてきたのだと思います。曲の最後で長調の響きで主人公の男性が安息を得たという結末にしたシューベルトの優しい解釈に感銘を受けます。この曲をご存じの方もそうでない方も下の録音からお好きなものを聞いてみて下さい。

・1. Fassung (第1稿)
C (4/4拍子)
cis-moll (嬰ハ短調)
Sehr langsam

・2. Fassung (第2稿)
C (4/4拍子)
c-moll (ハ短調)
Sehr langsam

●詩の発音(Susanna Proskura)
Schubert, Nachtstück, pronunciation

Channel名:A Susanna Proskura (元のサイトはこちらのリンク先です。どちらのリンク先も音が出るので要注意)
朗読というよりは、テキストの正確な発音を知りたい人に役に立つと思います。ソプラノ歌手のプロスクラが語っています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), アルフレート・ブレンデル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Alfred Brendel(P)

当時老境に入りかかったF=ディースカウの抑えた響きでのレガートが、テキストの主人公を彷彿とさせ、素晴らしいです。ブレンデルの美しい響きをPhilipsの録音技術がよくとらえていると思います。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライのメッザ・ヴォーチェの美しさを堪能できる歌唱です。ホカンソンも美しく寄り添っています。

●マティアス・ゲルネ(BR), エリック・シュナイダー(P)
Matthias Goerne(BR), Eric Schneider(P)

深々とした包容力のあるゲルネの声は今際の時の老人を優しく慰撫しているようです。

●ズィークフリート・ローレンツ(BR), ノーマン・シェトラー(P)
Siegfried Lorenz(BR), Norman Shetler(P)

ローレンツの東独出身者らしい律儀で一点もゆるがせにしない正確な歌唱は、お手本のようです。しかも声もみずみずしく美しいです。テキストの老人像とは遠いかもしれませんが、あまり知られていないのが残念なほど素晴らしい歌唱です。ローレンツと長く共演してきたシェトラーのピアノも非常に美しいです。

●ライナー・トロースト(T), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Rainer Trost(T), Ulrich Eisenlohr(P)

原調で聞ける貴重な録音。トローストの美声は聞き手の胸にぐいぐい迫ってきます。他の歌手が母音化しがちな"-er"の響きを(おそらく意図的に)しっかり発音している箇所が多いのが印象的です。

●クリストフ・プレガルディアン(T), アンドレアス・シュタイアー(Fortepiano)
Christoph Prégardien(T), Andreas Staier(Fortepiano)

プレガルディアンが丁寧にメロディーラインの美しさを聞かせてくれます。シュタイアーの古雅な響きも良いです。

●ブリギッテ・ファスベンダー(MS), グレアム・ジョンソン(P)
Brigitte Fassbaender(MS), Graham Johnson(P)

濃厚な声質をもったファスベンダーが、単色になりがちなこの作品で彩り豊かな歌唱を聞かせています。ジョンソンが前奏の十六分音符を鋭く弾いているのは当時の演奏習慣がそうだったのでしょうか。

●オラフ・ベーア(BR), ヤン・ザーチェク(GT)
Olaf Bär(BR), Jan Žáček(GT)

この曲はギター編曲版で歌われることも多いらしく、いくつかの動画があがっていましたが、このベーアの演奏は、他のギター伴奏歌曲と一緒に録音されたものです。ベーアの優しい歌声がギターの味わいと溶け合い、よりインティメートな雰囲気が感じられますね。

●ピアノパートのみ+歌声部もピアノで演奏した版(Piano. 홍이루(Iru Hong))
Nachtstück/accompaniment, with Melody/반주 멜로디연주/(high voice)Schubert

Channel名:홍반주 yourpianist (元のサイトはこちらのリンク先です)
ピアノパートがいかに精巧に出来ているのを感じることが出来ます。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP

Schubertlied.de

Österreichische Nationalbibliothek - Johann Mayrhofer: Gedichte (Wien: Bey Friedrich Volke: 1824) ("Nachtstück"はP.12)

Otto E. Deutsch: Franz Schubert. Thematisches Verzeichnis seiner Werke in chronologischer Folge - Seite 391 (PDFのP.415)

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