クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース/シューベルト「白鳥の歌」他(2022年10月1日(土)トッパンホール)

トッパンホール22周年 バースデーコンサート
〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第25篇
〈シューベルト三大歌曲 1〉
クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース

2022年10月1日(土)18:00 トッパンホール

クリストフ・プレガルディエン(テノール)
ミヒャエル・ゲース(ピアノ)

ベートーヴェン:連作歌曲《遥かなる恋人に寄す》Op.98
 第1曲 僕は丘の上に腰を下ろして
 第2曲 青い山なみが
 第3曲 空高く軽やかに飛ぶ雨ツバメよ
 第4曲 高みにある雲の群れも
 第5曲 五月はめぐり
 第6曲 受け取ってください、これらの歌を

シューベルト:白鳥の歌 D957より
 第1曲 愛の言づて
 第2曲 兵士の予感
 第3曲 春のあこがれ
 第4曲 セレナーデ
 第5曲 居場所
 第6曲 遠い地で
 第7曲 別れ

~休憩~

ブラームス:〈君の青い瞳〉Op.59-8~《リートと歌》より
ブラームス:〈永遠の愛〉Op.43-1~《4つの歌》より
ブラームス:〈野の中の孤独〉Op.86-2~《低音のための6つのリート》より
ブラームス:〈飛び起きて夜の中に〉Op.32-1~《プラーテンとダウマーによるリートと歌》より
ブラームス:〈教会の墓地で〉Op.105-4~《低音のための5つのリート》より

シューベルト:白鳥の歌 D957より
 第10曲 魚とりの娘
 第12曲 海辺で
 第11曲 町
 第13曲 もう一人の俺
 第9曲 あの娘の絵姿
 第8曲 アトラス

[アンコール]

シューベルト:鳩の使い D965A
シューベルト:我が心に D860
シューベルト:夜と夢 D827

(※上記の演奏者や曲目の日本語表記はプログラム冊子に従いました。アンコールもトッパンホールの公式Twitterの日本語表記に従いました。)

Toppan Hall The 22th Birthday Concert
[Song Series 25 -Gedichte und Musik-]
Christoph Prégardien(Ten) & Michael Gees(pf)

Saturday, 1 October 2022 18:00, Toppan Hall

Christoph Prégardien, Tenor
Michael Gees, piano

Beethoven: Liederzyklus "An die ferne Geliebte" Op.98
 No. 1. Auf dem Hügel sitz ich spähend
 No. 2. Wo die Berge so blau
 No. 3. Leichte Segler in den Höhen
 No. 4. Diese Wolken in den Höhen
 No. 5. Es kehret der Maien, es blühet die Au
 No. 6. Nimm sie hin denn, diese Lieder

Schubert: 7 Lieder nach Gedichten von L. Rellstab aus "Schwanengesang" D957
 No. 1. Liebesbotschaft
 No. 2. Kriegers Ahnung
 No. 3. Frühlingssehnsucht
 No. 4. Ständchen
 No. 5. Aufenthalt
 No. 6. In der Ferne
 No. 7. Abschied

-Intermission-

Brahms: 'Dein blaues Auge' Op.59-8 aus "Lieder und Gesänge"
Brahms: 'Von ewiger Liebe' Op.43-1 aus "4 Gesänge"
Brahms: 'Feldeinsamkeit' Op.86-2 aus "6 Lieder für eine tiefere Stimme"
Brahms: 'Wie rafft' ich mich auf in der Nacht' Op.32-1 aus "Lieder und Gesänge von A. v. Platen und G. F. Daumer"
Brahms: 'Auf dem Kirchhofe' Op.105-4 aus "5 Lieder für eine tiefere Stimme"

Schubert: 6 Lieder nach Gedichten von Heinrich Heine aus "Schwanengesang" D957
 No. 10. Das Fischermädchen
 No. 12. Am Meer
 No. 11. Die Stadt
 No. 13. Der Doppelgänger
 No. 9. Ihr Bild
 No. 8. Der Atlas

[Zugaben]

Schubert: Die Taubenpost D965A
Schubert: An mein Herz D860
Schubert: Nacht und Träume D827

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久しぶりに生のコンサートに出かけてきました。テノールのクリストフ・プレガルディエン(プレガルディアン)がシューベルトの三大歌曲集をトッパンホールで披露するというので、その初回(10月1日)の『白鳥の歌』他のリサイタルを聴きました。
最近はあまりコンサートの広告などを熱心に見ることもなく、たまたまフリーペーパーの「ぶらあぼ」をぱらぱらめくっていてこのコンサートに気付いたので、数日前に電話してチケットをとり、飯田橋に降り立ちました。

個人的なことですが、飯田橋は社会人になって最初に勤めた会社があった場所で(大昔の話です)、久しぶりにそのビルに行ってみましたが、とうの昔に居酒屋のビルに変わっているばかりか、周辺の書店やよく通った飲食店などかなり変わってしまっていて妙にノスタルジックな気分に襲われました。

そんな感傷を引きずりながら15分ほどの坂道をのぼっていくと、以前はなかったスーパーいなげやが途中にありました。コンサートに向かう道は期待に胸ふくらませていて独特の高揚感があるんですよね。

ホールに着き、チケットをもぎってもらうと同時に受け取るプログラム冊子は以前と全く同じ表紙・デザインのものでした。変わるものがあれば変わらないものもあり、いろいろな思いが交錯する日となりました。

トッパンホールに来たのは一体何年ぶりだろうというぐらい久しぶりだったのですが、席についてしまえば過去に過ごした多くの素敵な時間がよみがえってきます。

今回は後方左側の席だったのですが、段になっているので、舞台がよく見渡せるいい席でした。

プログラムは前半がベートーヴェンの歌曲集《遥かなる恋人に寄す》と、シューベルトの『白鳥の歌』からレルシュタープの詩による7曲、休憩をはさみ後半はブラームスの歌曲5曲と、『白鳥の歌』からハイネの詩による6曲でした。
『白鳥の歌』の順序を出版順から入れ替えるのが最近の流行りで、プレガルディエンのちらしではレルシュタープ、ハイネそれぞれ曲順を入れ替えた形で発表されていましたが、結局レルシュタープ歌曲集はお馴染みの出版順で演奏され、ハイネ歌曲集のみがプレガルディエン独自の曲順に入れ替えられていました。

プレガルディエンはすでに66歳になっていたということにまず驚きました。F=ディースカウが歌手活動から引退したのが67歳の時で、その頃にはすでに声がかなり重くなっていたことを考えると、プレガルディエンの声のコンディションの見事さはちょっと信じがたいほどでした。高音域が若干きつそうな場面がある以外は殆ど年齢による衰えを感じることがなく、細やかな表現から劇的な表現まで変幻自在でした。ホール後方の席にいた私にも細やかな表現の綾がしっかり伝わってきます。基礎がしっかりしている人は長く歌い続けられるということなのでしょうか。

プレガルディエンは楽譜立てに紙を置いて、歌っていましたが、それが楽譜なのか歌詞なのか席からは確認できませんでした。ただ、ほとんどそれを見ることなく、正面の客席に顔を向けて歌っていたので、あくまで万が一の為の備忘録のような感じに思えます。

プレガルディエンはプログラム最初の《遥かなる恋人に寄す》の冒頭の曲からすでに声が朗々と前に出ていて年齢的な心配は杞憂に過ぎませんでした。
彼はバッハ歌いでもあり、彼の歌の基本は聴き手に伝えるという姿勢だと思います。
言葉が明瞭に聞こえてきます。
プレガルディエンは実演でも録音でも、歌の旋律に装飾を加えたり、多少変更を加えたりします。
当時の作品が演奏される際にすでにそうしたことは行われていて、シューベルト歌曲の紹介者フォーグルがどのように変更したかは楽譜の形で残っています。シューベルトはフォーグルの歌の伴奏をしたわけですから、そうした変更はシューベルトの公認と言ってもいいのでしょう。
プレガルディエンはすべての曲に装飾を加えるわけではなく、特定の曲に絞って装飾・変更を加えていきます。
私の記憶では《遥かなる恋人に寄す》では装飾は付けていませんでした。
この日最初に装飾を加えたのは『白鳥の歌』第3曲「春のあこがれ」でした。
特定の曲で装飾を加える時は、数か所変更を加えます。そして、歌手に呼応してゲースも思いっきりピアノパートに変更を加えます。
どこまで事前に準備していて、どこから即興的なやりとりなのかは知るよしもないですが、耳馴染みの音楽にちょっと装飾を加えて歌とピアノの新しい響きが生まれる瞬間に居合わせられるのはスリリングです。

プレガルディエンは万能歌手で、若者の心の痛みでも、抒情的な風景でも、疎外された者の心情でも、愛の告白でも、見事に説得力をもった表現で聴かせてくれるので、聴き手は身を委ねて、それぞれの小世界に浸ることが出来ます。
例えば《遥かなる恋人に寄す》第1曲では"Bote(使い)"の前に少しだけ間をとって「愛の使者はいないのか」という気持ちを強調していました。
年齢を重ねて低音は充実していて、特にテノール歌手には必ずしも歌いやすくはないであろう「遠い地で」の低音がしっかりと響いていたのは聴きごたえありました。

ピアノのミヒャエル・ゲースは、これまで数多くのピアニストたちと共演してきたプレガルディエンのパートナーの中でも極めて異彩を放っていることは間違いないです。
ゲースはリズムや拍を楽譜通りに明瞭に伝えようとはしません。
むしろ音楽的な響きの中でそれを(おそらく)あえてぼやかします。
ペダルの海の中で響きは時に濁り、普段聞こえる音が響きに埋没するかと思うと、普段埋もれがちな内声が浮き立ってきたりもします。
それは手垢にまみれたリート演奏に独自の視点をもたらそうとしているのかもしれませんし、もともとのゲースの資質なのかもしれません。
プレガルディエンが同じ作品を現代作曲家の様々な演奏形態による編曲版で歌ったりするのが新しい視点の可能性を試みているということならば、ゲースというピアニストと共演するということもその一環としてとらえてもいいのかもしれません。
ゲースは基本的に右手を中心に響かせ、左手はここぞという時だけ強調します。過去の様々な演奏に馴染んだ耳には、なぜ左手のバス音をこんなに弱く演奏するのだろうかという疑問をつきつけられます。それこそが先入観に疑問を持つようにというゲースから聴き手へのメッセージのようにも思えます。
それからリートを弾くピアニストたちがここぞという時にやる右手と左手のタイミングをわずかにずらすことによる味付けをゲースはこれでもかというぐらいに多用します。これはゲースの好みなのかもしれませんね。
また、ジャズも演奏するというゲースはプレガルディエンの装飾に呼応してかなり大胆な変更を施します。このあたりもプレガルディエンが志す方向と共通しているのだと思います。ただ、ブラームスの「永遠の愛」の後奏はゲースの創作作品になってしまっていて、これはさすがにやり過ぎかなと個人的には思いました。

大体『白鳥の歌』のプログラムだと、45分ぐらいで終わってしまうので、他に何が追加されるのかが愛好家にとっては気になるのですが、今回はよく一緒に演奏される『遥かなる恋人に寄す』の他にブラームスの歌曲5曲という珍しいカップリングが興味深かったです。私はブラームス歌曲が大好きなので、この日のコンサートは大好きな作品のオンパレードでとても楽しめました。プログラムビルディングも大事ですよね。

『白鳥の歌』出版時に含まれた「鳩の便り」は一つだけザイドルのテキストということもあって、今回のように正規のプログラムからは外されることが多くなってきましたが、アンコールで歌ってくれたのでこの曲が好きな私としては良かったです!そしてアンコール2曲目は珍しいシュルツェの詩による「我が心に」が演奏され、最後の「夜と夢」は魔術的な美しさでした。プレガルディエンのレガート健在でした!

やはりホールの美しい響きの中で聴く一流の演奏は格別でした。行って良かったです!あと2夜行ける方はぜひ楽しんできてください!

トッパンホールのHPでの公演詳細

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ベートーヴェン「愛 "ぼくは腕の中できみを揺り動かす"(Liebe "Ich wiege dich in meinem Arm", Hess 137)」(数年前にスケッチが発見され2013年に初演された歌曲)

Liebe "Ich wiege dich in meinem Arm", Hess 137
 愛 "ぼくは腕の中できみを揺り動かす"

1:
Ich wiege dich in meinem Arm.
Wovon ist dir dein Händchen warm?
Ach! ist so warm von Liebe!
 ぼくは腕の中できみを揺り動かす。
 きみのお手々はどうして温かいのかい?
 ああ!愛ゆえにこんなに温かいのです!

2:
Wovon, mein liebes Mädchen, o!
Wovon brennt dir die Wange so?
Ach! brennt dir so von Liebe!
 どうして、いとしい娘よ、おお!
 どうしてきみの頬はこんなにほてっているのかい?
 ああ!あなたへの愛ゆえにほてっているのです!

3:
Wovon, mein liebes Mädchen, o!
Wovon schlägt dir dein Herzchen so?
Ach! schlägt dir so von Liebe!
 どうして、いとしい娘よ、おお!
 どうしてきみの心臓はこんなにどきどきしているんだい?
 ああ!あなたへの愛ゆえにどきどきしているのです!

4:
Wovon, o Mädchen, schmeichelt so
Dein blaues Auge mild und froh?
Ach! schmeichelt so von Liebe!
 どうして、おお娘よ、
 穏やかで明るいきみの青い瞳は甘えた視線を向けるんだい?
 ああ!愛ゆえに甘えているのです!

5:
Wovon, ach! ist dein Kuss so süss,
Wie Pisang war im Paradies?
Ach! ist so süss von Liebe!
 どうして、ああ!きみのキスはこんなに甘いんだい、
 バナナが天国で甘かったように?
 ああ!愛ゆえにこんなに甘いのです!

6:
Und deiner Engelstimme Ton,
O! flötet ja so süss! wovon?
Ach! flötet so von Liebe!
 それからきみの天使の声のような響き、
 おお!笛のようにこんなに甘美な声!どうしてなんだい?
 ああ!愛ゆえにこんな甘い声になるのです!

7:
Ich wieg' in meinem Arme dich;
Sieh her! mit Thränen freu' ich mich,
O Mädchen, deiner Liebe!
 ぼくは腕の中できみを揺り動かす。
 こっちを見て!ぼくは涙を流して喜んでいるんだ、
 おお娘よ、きみが愛してくれるので!

詩:Friedrich Wilhelm August Schmidt (1764-1838)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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The Unheard Beethovenというサイトは未録音および未発表のベートーベン作品の音源をネット上で公開しています。

同サイトのMark S. Zimmer氏とWillem Holsbergen氏による「愛 "ぼくは腕の中できみを揺り動かす"(Liebe "Ich wiege dich in meinem Arm", Hess 137)」という歌曲の捜索と発見の経緯をこちらで語っています。

もともとベートーヴェンが出版社のペータース社に曲の提供をもちかけて、ペータースに断られたことは判明していたのですが、そのスケッチが数年前まで見つかっていなかったそうです。
1822年のベートーヴェンの価格リストに書かれていた表記がおそらく悪筆だった為か、研究者たちは"Ich schwinge dich in meinem Dom(大聖堂できみを揺り動かす)"という誤った詩行で長年に渡り楽譜を捜索してきましたが見つからず、後にAlan Tyson氏が"Ich wiege dich in meinem Arm"と転記した記事を発表して誤りが正されたそうです。

最終的にWillem Holsbergen氏が曲中の"Pisang war im Paradies"という詩行(第5連)を以前に見たことを思い出し、大英図書館のカフカ雑録(Kafka Miscellany)の中で見つけたとのことです。

フリードリヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・シュミット(Friedrich Wilhelm August Schmidt)の詩の原題は「愛(Liebe)」で、「ヘンリエッテB.に(An Henriette B.)」という副題が付いています。この副題はシュミットの妻ヘンリエッテ・ブレンデル(Henriette Brendel)のことで、この詩が初めて出版された1790年に詩人と結婚しましたが、1809年に39歳の若さで亡くなっています。

このスケッチが書かれたのは、筆跡と紙の年代から1797年 (あるいは1796年後半)と推定されるそうです。
歌声部はほぼ完成していて、ピアノパートは断片的とのことです。

初演は2013年9月8日(土)Chicago Beethoven Festivalにおいてテノールのドミニク・アームストロング(Dominic Armstrong)とピアニストのジョージ・ルポー(George Lepauw)によって行われました。その音源はThe Unheard Beethovenのサイトからmp3の形で公開されています。

全7連のテキストに通作形式で作曲されていますが、最終連で第1連の音楽が回帰しています。

●アルベルト・ヴィレム・ホルスベルヘン復元版
Reconstr. Albert Willem Holsbergen
エリーザベト・ブロイアー(S), ベルナデッテ・バルトス(P)
Elisabeth Breuer(S), Bernadette Bartos(P)

録音:2018年9月28日, 4tune Audio Productions, Wien。初演から5年後にNAXOSレーベルでスタジオ録音が実現したのですね。7連もあり、詩行の繰り返しもあるので、意外と規模の大きい作品ですが、歌声部はほぼ完成していて前述のように出版も視野に入れていたようで、なかなかの力作ではないかと思います(ホルスベルヘンによって復元された形で演奏されています)。ブロイアーの美声が心地よいです。

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(参考)

The Unheard Beethoven

The Unheard Beethoven: "A Lost Beethoven Song is Found"

Il Centro Ricerche Musicali (C.R.M.)

Wisconsin Foundation and Alumni Association

Broadway World Classical Music

JSTOR

Friedrich Schmidt von Werneuchen (Wikipedia: 独語)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

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ベートーヴェン「気高き人は援助を惜しまず善良であれ(Der edle Mensch sei hülfreich und gut, WoO. 151)」

Der edle Mensch sei hülfreich und gut, WoO. 151
 気高き人は援助を惜しまず善良であれ

(※ベートーヴェンはゲーテの詩「神性(Das Göttliche)」の第10連の最初の2行のみに作曲しました。)
Der edle Mensch
Sei hülfreich und gut!
 気高き人は
 援助を惜しまず善良であれ!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Das Göttliche"
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Der edle Mensch sei hülfreich und gut", WoO. 151 (1823), last stanza

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ゲーテの原詩は「Das Göttliche(神性)」というタイトルのもと10連からなり、ベートーヴェンはその最後の第10連の冒頭2行のみに作曲しました。「神性」の詩全体の日本語訳はネットでも読むことが出来ました。「ゲーテ 神性」で検索すると出てくると思います。

村田千尋氏の解説によると、「1823年1月20日、ベートーヴェンがウィーンの著名な銀行家エスケレス男爵の妻チェチーリエのために友情の記念帖に書き込んだものであり、歌曲の作曲としては最後のものと考えられる」(『ベートーヴェン全集 第6巻』講談社)そうです。
この特殊な事情ゆえか生前には出版されず、1843年にヴィーンの"Allgemeine Wiener Musik-Zeitung"に自筆譜のファクシミリが掲載されました。

ベートーヴェンの曲は11小節の短い作品の為、繰り返して演奏されることもあります。

アラ・ブレーヴェ(2/2拍子)
ト長調(G-dur)
Etwas langsam (いくぶんゆっくりと)

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライは詩の格言的な意味合いを生かしたかのような威厳のある歌を聞かせています。

●フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)

父親の威厳に対して息子フローリアンは軽やかな爽やかさで聴かせてくれます。

●ハイディ・ペルゾン(S), ハンス・ヒルスドルフ(P)
Heidi Person(S), Hans Hilsdorf(P)

繰り返して演奏されています。ペルゾンの温かみのある声が心地よいですね。

●ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)

繰り返して演奏されています。ペレスの歌は力強さを感じさせます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Der edle Mensch sei hülfreich und gut」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

RISM(国際音楽資料目録)

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ベートーヴェン「キス(Der Kuß, Op. 128)」

Der Kuß (Ariette), Op. 128
 キス (アリエッタ) (※初版ではOp. 121として出版され、後にOp. 128に変更された)

1.
Ich war bei Chloen ganz allein,
Und küssen wollt' ich sie.
Jedoch sie sprach, sie würde schrein,
Es sei vergebne Müh!
 僕はクローエと二人きりだった、
 そして彼女にキスしようとした。
 だが彼女は言い放った、そんなことしたら叫ぶからね、
 しようとしても無駄よ!

2.
Ich wagt' es doch und küßte sie,
Trotz ihrer Gegenwehr.
Und schrie sie nicht? Jawohl, sie schrie --
Doch lange hinterher.
 でも僕は思い切って彼女にキスした、
 彼女が抵抗するのをものともせず。
 それで彼女は叫ばなかったのかって?そのとおり、彼女は叫んださ、
 でもずっと後になってからだけどね。

詩:Christian Felix Weisse (1726-1804), "Der Kuss", written 1758, appears in Scherzhafte Lieder, Leipzig
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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クリスティアン・フェリクス・ヴァイセの詩による「キス(Der Kuß, Op. 128)」は1798年終わりに着手、旋律の草稿は完成。1822年秋にスケッチが書かれ、1822年11月か12月までに作曲されました(Beethoven-Haus Bonn)。

詩は説明するまでもなく、女性と二人きりの男性が無理やりキスした顛末が歌われています。キスしたら声出すわよと言った彼女が実際に声を出したのはずっと後だったというちょっと官能的な情景がさらりとユーモラスに描かれています。

私の個人的なイメージですが、田園的な情景が浮かんできました(例えば、こちらの絵画:東京富士美術館Webサイトより)。

ピアノ前奏は歌いだしの2行の歌声部を先取りしていますが、歌が始まるとピアノはほぼ和音に終始します。しかし、歌を展開させる為に重要な立場を与えられているのは言うまでもありません。

ベートーヴェンは例によってこの曲でも詩句の繰り返しを多用しています。
繰り返し詩句を[ ]に入れて全体を記してみます(日本語訳も繰り返しに合わせてみました)。

1.
Ich war bei Chloen ganz allein,
Und küssen wollt' ich sie,
 [Und küssen, küssen, küssen wollt' ich sie:]
Jedoch sie sprach, sie würde schrein,
 [sie würde schrein, sie würde schrein, sie würde schrein,]
Es sei vergebne Müh,
 [vergebne Müh, Es sei vergebne, vergebne Müh.]
 僕はクローエと二人きりだった、
 そして彼女にキスしようとした、
 [キスを、キスを、キスをしようとした。]
 だが彼女は言い放った、そんなことしたら叫ぶからね、
 [叫ぶからね、叫ぶからね、叫ぶからね。]
 しようとしても無駄よ、
 [無駄よ、しようとしても無駄、無駄よ。]

2.
Ich wagt' es doch, und küßte sie,
 [und küßte sie,]
Trotz ihrer Gegenwehr,
 [Trotz ihrer Gegenwehr.]
Und schrie sie nicht? Jawohl, sie schrie,
 [sie schrie;...]
Doch [, doch, doch] lange hinterher,
 [doch, ja doch! doch lange hinterher,]
 [sie schrie, doch lange, lange, lange, lange, lange, lange, lange, lange, lange hinterher,]
 [hinterher, ja lange, lange hinterher.]
 でも僕は思い切って、彼女にキスした、
 [彼女にキスした、]
 彼女が抵抗するのをものともせず、
 [彼女が抵抗するのをものともせず。]
 それで彼女は叫ばなかったのかって?そのとおり、彼女は叫んださ、
 [彼女は叫んださ、]
 でも[でも、でも、]ずっと後になってからだけどね、
 [でも、そう でも!でもずっと後になってからね、]
 [彼女は叫んださ、でもずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと後になってからね、]
 [後になってから、そう ずっと、ずっと後になってからね。]

詩の最終行"lange(ずっと)"を何度も何度も繰り返しています。これによってキスから随分時間が経ってからようやく彼女が声を出したということをベートーヴェンが表現しているのは明らかですね。どうしてずっと後になって声を出したのかを解説するのは野暮というものですね。ネイティブの聴衆を前にしたライヴではここの箇所で笑いが起きることがあります。

蛇足ですが、この最終行の繰り返しの中にもベートーヴェンはお得意の"ja"を2回追加しています。この2箇所の"ja"は歌のメロディーに1音節の音をどうしても置きたかったので穴埋めに使用したように思えます。ただ無くても成立するとは思うので、もしかしたらベートーヴェンの口癖なのかもしれませんね。

若いカップルの「僕たちこんなふうにいちゃついています」という告白にベートーヴェンのお茶目な遊び心が存分に発揮されたユーモラスな名作で人気の高い作品です。最初に着手したのが28歳頃でメロディーはこの時に出来ていたそうですが、最終的な形に完成したのが52歳頃とは随分寝かせていたものですね。どういう経緯で若い頃のスケッチを完成させようと思ったのでしょう。ベートーヴェンのお堅いイメージを覆すにはうってつけの作品ですね。

3/4拍子
イ長調(A-dur)
Mit Lebhaftigkeit jedoch nicht in zu geschwindem Zeitmassee, und scherzend vorgetragen (活気をもって、しかし速すぎないテンポで諧謔的に演奏する)

●ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)

こういうユーモラスなタイプの曲を歌うプライの素晴らしさについて言葉で形容してもしきれない気がします。間合いといい、声の表情といい、聞けば分かる最高の歌唱です。湧き出るような声の充実感もいいですね。曲を締めくくるムーアのコミカルな表現もさすがです!

●オーラフ・ベーア(BR), ジェフリー・パーソンズ(P)
Olaf Bär(BR), Geoffrey Parsons(P)

ベーアは今ではあまり目立たなくなってしまいましたが、この録音を聞くと、ディクションの美しさ、声に喜怒哀楽をのせる上手さなど際立った才能の持ち主であることが分かります。

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), メルヴィン・タン(Fortepiano)
Anne Sofie von Otter(MS), Melvyn Tan(Fortepiano)

オッターのあまりのうまさに舌を巻きます!生き生きとした思春期の少年のように聞こえます。彼女がズボン役を得意としていたこともプラスに働いているのでしょう。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーは誠実な青年像が浮かんできますね。相変わらずディクションが素晴らしいです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヘルタ・クルスト(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hertha Klust(P)

若かりしF=ディースカウの甘い声で巧みに歌っています。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T), Hubert Giesen(P)

ヴンダーリヒは輝かしい美声に魅了されてしまいます。あえて表情をつけすぎずにメロディーラインを美しく響かせていました。

●ダニエル・ベーレ(T), ヤン・シュルツ(Fortepiano)
Daniel Behle(T), Jan Schultsz(Fortepiano)

2020年8月14日,Church of Saanenでのライヴ映像。こうして映像で見ると臨場感があってより身近に感じられますよね。リートにも力を入れているベーレの見事な歌唱と、シュルツの美しいフォルテピアノの響きが堪能できます。

●ピアノパートのみ
Der Kuss(L.v. Beethoven) 성악반주 Piano accompaniment

チャンネル名:My Pianist
楽譜が映るので、ピアノに合わせて歌えますね。ピアノパートがどうなっているのかを知るうえでも興味深かったです。そして演奏もとても良かったです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

アリエッテ「くちづけ」——少年の楽しい自慢話(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Der Kuß」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

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ベートーヴェン「兵士の別れ(Des Kriegers Abschied, WoO 143)」

Des Kriegers Abschied, WoO 143
 兵士の別れ

1:
Ich zieh' in's Feld, von Lieb' entbrannt,
Doch scheid' ich ohne Tränen;
Mein Arm gehört dem Vaterland,
Mein Herz der holden Schönen;
Denn zärtlich muß der wahre Held
Stets für ein Liebchen brennen,
Und doch für's Vaterland im Feld
Entschlossen sterben können.
 俺は戦地に赴く、愛に燃えて、
 だが涙を流さず別れよう。
 俺の腕は祖国のもの、
 俺の心はいとしい美女のもの。
 なぜなら真の英雄は愛をこめて
 常に恋人のために燃えるべきだから、
 だが祖国のためには戦地で
 決然と死ぬことが出来るのだ。

2:
Ich kämpfte nie, ein Ordensband
Zum Preise zu erlangen,
O Liebe, nur von deiner Hand
Wünscht' ich ihn zu empfangen;
Laß' eines deutschen Mädchens Hand
Mein Siegerleben krönen,
Mein Arm gehört dem Vaterland,
Mein Herz der holden Schönen!
 俺は、勲章をさげる大綬(だいじゅ)を
 得るために戦うのではない、
 おお愛する人、おまえの手からのみ
 勲章を受け取りたい。
 ドイツ娘の手で
 俺の勝者の生きざまに冠を授けておくれ、
 俺の腕は祖国のもの、
 俺の心はいとしい美女のもの!

3:
Denk' ich im Kampfe liebewarm
Daheim an meine Holde,
Dann möcht ich seh'n, wer diesem Arm
Sich widersetzen wollte;
Denn welch ein Lohn! wird Liebchens Hand
Mein Siegerleben krönen,
Mein Arm gehört dem Vaterland,
Mein Herz der holden Schönen!
 戦のさなかに愛をこめて
 故郷のいとしい人を思うと
 この腕に
 抗おうとした人を見たいと思う。
 というのも、なんというご褒美!恋人の手で
 俺の勝者の生きざまに冠を授けてくれるのだから。
 俺の腕は祖国のもの、
 俺の心はいとしい美女のもの!

4:
Leb' wohl, mein Liebchen, Ehr und Pflicht
Ruft jetzt die deutschen Krieger,
Leb' wohl, leb' wohl und weine nicht,
Ich kehre heim als Sieger;
Und fall' ich durch des Gegners Hand,
Dann soll mein Ruf noch tönen:
Mein Arm gehört dem Vaterland,
Mein Herz der holden Schönen!
 さらば、恋人よ、栄誉と義務が
 今ドイツの兵士たちを呼んでいる。
 さらば、さらば、泣かないでくれ、
 俺は勝者として帰還する。
 そして敵の手にかかり死ぬときには
 叫び声を響かせよう、
 俺の腕は祖国のもの、
 俺の心はいとしい美女のもの!

詩:Christian Ludwig Reissig (1784-1847)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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クリスティアン・ルートヴィヒ・ライスィヒ(Christian Ludwig Reissig: 1784-1847)の詩による「兵士の別れ(Des Kriegers Abschied, WoO 143)」は1814年終わりに作曲されました。

戦争の歌は気分を高揚させるような勇ましい作品が多く、ベートーヴェンのこの「兵士の別れ」もまたしかりですが、ただ勇ましいだけでなく、別れの辛さとそれを吹っ切るような強がりも詩には表現されているように思われます。そこを演奏者がどのように歌い、演奏するかも聞き所の一つかと思います。

ピアノは各節5行目~6行目が左右交互のリズム打ちになる以外は右手高音が歌のメロディーをなぞります。軍歌でよく見られる手法ですが、起承転結の転にあたる5行目~6行目で突然歌のメロディーから離れるのは、詩の展開を意識した結果であるのと同時に聞き手に趣の変化を感じさせる効果もあるように思います。

C(4/4拍子)
変ホ長調(Es-dur)
Entschlossen(決然と)

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,2,3,4節。厚みのあるプライの声で威勢よく歌われていて、別れの感傷を振り払おうとしているかのようです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

1,3節。シュライアーは速めのテンポでめりはりのきいた歌い方をいていますが、そこはかとない淋しさも滲ませているように感じました。

●ハンス・ホッター(BSBR), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Hans Hotter(BSBR), Michael Raucheisen(P)

1,4節。ホッターの包容力のある声による歌唱は、恋人に安心させようと歌っているように感じました。

●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

1,2,3,4節。リエーヴル=ピカールの丁寧な歌いぶりは誠実な兵士像が感じられました。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Kristin Okerlund(P)

1,2,3,4節。ヴァルダードルフはここでも朴訥とした味が出ていました。オーカーランドのピアノが威勢よく盛り上げていてとても良かったです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「兵士の別れ」 ——出征する兵士の熱い思いを歌いあげる(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「私のことを覚えていて!(Gedenke mein!, WoO. 130)」

Gedenke mein!, WoO. 130
 私のことを覚えていて!

Gedenke mein! Ich denke dein!
Ach, der Trennung Schmerzen
Versüsst mir die Hoffnung.
 私のことを覚えていてね!私もきみを忘れないよ!
 ああ、別れる辛さを
 希望が和らげてくれるでしょう。

詩:Anonymous
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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作者不詳の詩による「私のことを覚えていて!(Gedenke mein!, WoO. 130)」にベートーヴェンは1804-5年頃に着手し、約15年後の1820年3月に改訂しました。平野昭氏によると、この詩の作者は「ほぼ確実にベートーヴェン自身と思われる」とのことです。

前半は"Gedenke mein! Ich denke dein!"と静かに始まり、マイナーな響きで少し高揚した後に落ち着きを取り戻します。ここまでで最初のリピート記号が付いています。後半は"Ach, der Trennung Schmerzen / Versüsst mir die Hoffnung."と歌われ、徐々に高揚して"Trennung(別れ)"という単語でクライマックスを迎え、徐々に落ち着きを取り戻します。この後半箇所も最後にリピート記号が付いていて、忠実に再現するか否かは演奏者の解釈次第でしょう。そして最後に"Ach(ああ)"とため息を2回繰り返し、主音にならないため息(変ホ長調のミ)で静かに終わります。

コラールのような書法を用いて、おそらく世俗的な別れを表現しているベートーヴェンの音楽からは、作曲家の実生活における何らかの感情が吐露されているように想像させられます。短い曲ですが、胸が締め付けられるような名作だと思います。

Gedenke-mein

3/4拍子
変ホ長調(Es-dur)
Andante con moto

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

リピート記号をすべて忠実に再現した演奏です。シュライアーの歌唱は平然と希望への期待を響かせながらも、そこはかとない辛さもにじませていたように感じました。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

リピート記号は前半は繰り返し、後半は繰り返しませんでした。プライの含蓄のある声の響きは、決然としつつも本心は別れるのが辛いという心情がにじみ出ているようで、この時期ならではの感動的な歌唱だったと思います。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hartmut Höll(P)

リピート記号は前半後半ともに繰り返しを省略しています。晩年のF=ディースカウの声でこの寂しげな内容を巧まずに自然に表現していたと思います。ちなみにデームスとの全集ではこの曲は録音していませんでした。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Gustav Mahler Chor Wien, Kristin Okerlund(P)

ヴァルダードルフの完全全集なので、リピート記号はもちろんすべて忠実に再現しています。ヴァルダードルフの抑制した歌が耳をそばだたせてくれます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「僕のことを想っていて」——作詞もベートーヴェン? 切ない気持ちが伝わる歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Gedenke mein!」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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アンゲリカ・キルヒシュラーガー2022年草津公演の映像

オーストリアのメゾソプラノ、アンゲリカ・キルヒシュラーガー(Angelika Kirchschlager)といえば、過去に何度か東京で歌曲のコンサートが企画されたものの、ご自身の出産や天災などの影響(私の曖昧な記憶なので違っていたらすみません)で結局実現しないままでした。
オペラでは以前に来日しているようですので、彼女の実演を聴いた方はおられることと思いますが、YouTubeのKusatsu Academy & Festivalのチャンネルを登録していたところ、突然"Angelika Kirchschlager in Kusatsu Academy 2022"という動画がアップされて驚きました。今年の8月に草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルの為に来日してコンサートを開いていたのですね。
リサイタルの詳細はこちらのリンク先に記載がありますが、シューベルト、ブラームス、シューマン、シュトラウス、マーラーといったドイツリートの王道のプログラムを披露したのですね。その中から3曲アップしてくださり、有難いです。

Angelika Kirchschlager in Kusatsu Academy 2022

Angelika Kirchschlager in Kusatsu Academy 2022

アンゲリカ・キルヒシュラーガー メゾ・ソプラノ ・リサイタルより

2022年8月22日(月)16:00 草津音楽の森国際コンサートホール
アンゲリカ・キルヒシュラーガー(MS)
クリストファー・ヒンターフーバー(P)

R.シュトラウス:献呈 作品10-1 TrV 141
G.マーラー:ラインの伝説~ 子供の不思議な角笛
G.マーラー:高遠なる知性の賛美 ~子供の不思議な角笛

Angelika Kirchschlager (M-Sop) / Christopher Hinterhuber (Pf)

R. Strauss:Zueignung, Op.10-1 TrV 141
G. Mahler:Rheinlegendchen / Lob des hohen Verstandes - from “Des Knaben Wunderhorn”

The 42nd Kusatsu International Summer Music Academy & Festival

さすがの歌いっぷりですね。生で聞けた方々がうらやましいです。

その他に草津の常連のピアニスト岡田博美さんが演奏した中からロッシーニの「老いのあやまち」のコミカルな2曲のピアノ独奏曲を披露していて、こちらも個人的には楽しめました。

from “Péchés de vieillesse”, Okada plays Rossini, Kusatsu Academy

他にもいろいろ過去動画なども含めてありますので、探してみてはいかがでしょうか。萩原朔太郎の小説(青空文庫で読めます)をもとにした西村朗作曲の「猫町」などというバリトンの松平 敬氏が委嘱した作品の実演もアップされていて楽しいです!

【Kusatsu Music Festival 2021】VOCAL CONCERT / FROM BEETHOVEN: ADELAIDE TO NISHIMURA (22.Aug.)

第41回草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル
「アデライーデ」から現代の歌へ
L.v.ベートーヴェン:アデライーデ 作品46
A.シェーンベルク:期待~4つの歌曲 作品2より第1曲
V.ウルマン:お前はどこからそのすべての美をうけたのだ/ピアノを弾きながら~リカルダ・フーフの詩による5つの愛の歌 作品26より第1曲/同第4曲
A.ツェムリンスキー:海の瞳/ばらのイルメリン~ばらのイルメリンとその他の歌 作品7より第3曲/同第4曲
L.ベリオ:セクエンツァ III
西村 朗:猫町
天羽明惠(ソプラノ)/ 日野妙果(メゾ・ソプラノ)/ 小貫岩夫(テノール)/ 江上菜々子(ピアノ)
松平 敬(バリトン)/工藤あかね(ソプラノ)/中川俊郎(ピアノ)

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ベートーヴェン「星空の下の夕暮れの歌(Abendlied unterm gestirnten Himmel, WoO 150)」

Abendlied unterm gestirnten Himmel, WoO 150
 星空の下の夕暮れの歌

1.
Wenn die Sonne niedersinket,
Und der Tag zur Ruh sich neigt,
Luna freundlich leise winket,
Und die Nacht herniedersteigt;
Wenn die Sterne prächtig schimmern,
Tausend Sonnenstrassen flimmern:
Fühlt die Seele sich so groß,
Windet sich vom Staube los.
 日が沈み
 一日が休息しようとしているとき、
 月の女神が親しげにかすかな合図をして
 夜の帳が下りる。
 星々が壮麗にちらつき
 千もの太陽の軌道がきらめくとき
 魂は自身が大きくなったことを感じ
 塵から解き放たれようと身をよじる。

2.
Schaut so gern nach jenen Sternen,
Wie zurück ins Vaterland,
Hin nach jenen lichten Fernen,
Und vergißt der Erde Tand;
Will nur ringen, will nur streben,
Ihre Hülle zu entschweben:
Erde ist ihr eng und klein,
Auf den Sternen möcht sie sein.
 あの星々を、
 祖国に帰るように、
 あの明るい遠方を喜んで見つめて、
 地上のつまらなさを忘れる。
 ひたすら奮闘し、努める、
 魂を覆っているものから離れようと。
 地上は魂にとって窮屈で小さい、
 星々にいたいのだ。

3.
Ob der Erde Stürme toben,
Falsches Glück den Bösen lohnt:
Hoffend blicket sie nach oben,
Wo der Sternenrichter thront.
Keine Furcht kann sie mehr quälen,
Keine Macht kann ihr befehlen;
Mit verklärtem Angesicht,
Schwingt sie sich zum Himmelslicht.
 地上の嵐が荒れ狂い
 偽りの幸せが悪人に報いようが、
 希望を持って魂は上方を見つめる、
 星々の審判者が君臨している所を。
 もはや恐怖が魂を苦しめることは出来ず
 権力が魂に命じることも出来ない。
 浄化した顔で
 天の光へと弧を描いて行く。

4.
Eine leise Ahnung schauert
Mich aus jenen Welten an;
Lange nicht mehr dauert
Meine Erdenpilgerbahn,
Bald hab ich das Ziel errungen,
Bald zu euch mich aufgeschwungen,
Ernte bald an Gottes Thron
Meiner Leiden schönen Lohn.
 あの世からのかすかな予感に
 私は震える。
 もはや
 私の地上での巡礼の道は長くないだろう。
 じきに私は目的地に達して
 きみたちのもとへ飛び立っていく、
 間もなく神の玉座で
 私の苦しみは素晴らしい報いを得るだろう。

詩:(Ferdinand August) Otto Heinrich, Graf von Loeben (1786-1825), as Heinrich Goeble
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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「星空の下の夕暮れの歌」の詩の作者はハインリヒ・ゲーブレ(Heinrich Goeble)という人で、これまで生没年も含めて詳細が知られていませんでしたが、Wikipediaの英語版では、ハインリヒ・ゲーブレは、オットー・ハインリヒ・フォン・レーベンの2番目の筆名であり、ベートーヴェンのこの歌曲の詩の作者であると明言しています。その根拠として"Theodore Albrecht, "Otto Heinrich Graf von Loeben (1786-1825) and the Poetic Source of Beethoven's Abendlied unterm gestirnten Himmel, WoO 150," in Bonner Beethoven-Studien, Band 10 (Bonn: Verlag Beethoven-Haus, 2012), pp. 7–32"という文献を挙げていますので、この論文の中で同一人物である旨考察がされているものと思われます。

詩は、窮屈な地上にいる主人公の魂が、やがてまとっている肉体から解き放たれてはるか星のもとに帰り、これまでの苦悩が報われることを予感するという内容です。

ベートーヴェンはこの詩に1820年3月4日に作曲し、同月出版されました。初版の出版譜にメトロノームの速度指示が記載されています。

歌は4節からなる変形有節形式で、基本は同じ音楽ですが、節によって多少の旋律の変化があります。歌声部の最終節の最終行はコーダのように繰り返されますが、その際にベートーヴェンお得意の"ja"を追加し、さらに"bald(間もなく)"を2回繰り返してから最終行を繰り返します。その際"Leiden(苦悩)"の下行する半音進行も印象的です。ピアノパートは各節異なっており、詩に応じた描写をしているように感じられます。特に高音域で締めくくるピアノ後奏の響きの美しさは印象的です。荘厳で透徹した神々しい音楽は、すでに主人公が天空に到達しているかのように感じられます。

各節の歌声部を掲載しておきます。

第1節
Abendlied-unterm-gestirnten-himmel_1

第2節
Abendlied-unterm-gestirnten-himmel_2

第3節
Abendlied-unterm-gestirnten-himmel_3

第4節
Abendlied-unterm-gestirnten-himmel_4

C (4/4拍子)
ホ長調(E-dur)
Ziemlich anhaltend (かなり音を保持して)
♩=76. Mälzels Metronom

●ハンス・ホッター(BSBR), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Hans Hotter(BSBR), Michael Raucheisen(P)

ホッターのもつ温かみのある声は、魂への限りない共感に満ちていました。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

高音歌手にとって決して歌いやすい音域ではないと思いますが、エインスリーは丁寧に心情を描き出していて感動しました!バーンサイドの音色も美しいです。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライは主に各節前半を柔らかく、後半を重厚に力強く歌い、この曲から威厳を引き出していました。ホカンソンも雄弁な演奏でした。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hartmut Höll(P)

いい意味で枯れた雰囲気のある後期のF=ディースカウの声によって、老境の悟りきった趣がよく出ていました。

●ジャン・デガエタニ(MS), ギルバート・カリッシュ(P)
Jan DeGaetani(MS), Gilbert Kalish(P)

慈しむように歌うデガエタニの歌唱に魅了されました。カリッシュのピアノはかなりドラマティックでした。

●ペーター・シュライアー(T), アンドラーシュ・シフ(P)
Peter Schreier(T), András Schiff(P)

シュライアーは必要以上に起伏を強調せず、自然に歌っていました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「星空の下の夕べの歌」——ベートーヴェンの力作! 来る死を想う歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Abendlied unterm gestirnten Himmel」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

Otto von Loeben (Wikipedia: 独語)

Otto Heinrich von Loeben (Wikipedia: 英語)

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ベートーヴェン「諦め(Resignation, WoO. 149)」

Resignation, WoO. 149
 諦め

1.
Lisch aus, mein Licht!
Was dir gebricht,
Das ist nun fort,
an diesem Ort
Kannst du's nicht wieder finden!
Du mußt nun los dich binden.
 消えよ、わが光!
 あなたに不足しているもの、
 それは今や無くなってしまった、
 この場所で
 あなたは再び見つけることは出来ない!
 あなたはもう失ったままいなければならない。

2.
Sonst hast du lustig aufgebrannt,
Nun hat man dir die Luft entwandt;
Wenn diese fort gewehet,
die Flamme irregehet,
Sucht, findet nicht;
lisch aus, mein Licht!
 かつてあなたは楽しげに燃え盛っていたが、
 今やあなたから空気が奪われてしまった。
 空気が去ってしまうと
 炎は迷子になり
 探しても、見つからない。
 消えよ、わが光!

詩:Paul, Graf von Haugwitz (1791-1856)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Resignation", WoO. 149, G. 252, published 1829 [voice and piano], Leipzig, Probst

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パウル・フォン・ハウクヴィツ伯爵の詩による歌曲「諦め(Resignation, WoO. 149)」は、Beethoven-Haus Bonnの記載によると、1814年から1815年の変わり目から1817年終わり、もしくは1818年始めまでに作曲されています(Jahreswende 1814 / 1815 bis Ende 1817 / Anfang 1818)。

光というのは生きる希望でしょうか、それとも愛する存在でしょうか。
輝く為に必要な空気がなくなり、探すが見つからないので、もはや消えてしまうように願います。

ハウクヴィツ伯爵の原詩は2連からなりますが、ベートーヴェンは1連(A)-2連(B)-1連(A')という形で作曲しています。
最初の1連の最終行を繰り返す際に十八番の"ja"が追加されているのはいつもながら微笑ましいです。1連は穏やかでメロディアスですが、2連は細かい音価の変化や休符の付与、メロディアスではない旋律など、語りの要素が勝っているように思います。最後に1連が回帰することで、主人公が諦観を受け入れたかのようです。

ちなみに初版楽譜にはメトロノームの速度指定も書かれています(後の旧全集には記載されていません。新全集は未確認です)。

3/8拍子
ニ長調(D-dur)
Mälzels Metronom76=♪
Mit Empfindung, jedoch entschlossen, wohl accentui[e]rt und sprechend vorgetragen (感情をこめて、しかし決然として、充分に抑揚をつけて表情豊かに演奏する)

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), フーベルト・ギーゼン(P)
Fritz Wunderlich(T), Hubert Giesen(P)

このような内省的な歌でもヴンダーリヒが歌うとその美声に酔いしれることが出来るというのは私にとって発見でした。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

言葉への反応が鋭敏で、第2節1行目で盛り上がったかと思うと、2行目で抑えるところなどF=ディースカウならではの表現力でした。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーはここでは重めのテンポで内省的な歌を聞かせています。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1970年代のPhilipsの録音ではまだ希望の灯を宿しているような勢いのあるプライの歌唱が印象的でした。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

エインスリーのみずみずしい美声による丁寧な歌唱とバーンサイドの雄弁なピアノが素晴らしかったです。

●マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

ゲルネの慰撫するような優しい語り掛けに惹かれます。

●マーク・パドモア(T), クリスティアン・ベザイデンハウト(Fortepiano)
Mark Padmore(T), Kristian Bezuidenhout(Fortepiano)

パドモアは歌うというよりも語りかけを重視したような繊細なアプローチに感じました。

●イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

ボストリッジはここでかなり厳格にベートーヴェンの書いた強弱記号を生かした歌い方をしていて、ベートーヴェンの意図が伝わってきます。

●イリス・フェアミリオン(MS), ペーター・シュタム(P)
Iris Vermillion(MS), Peter Stamm(P)

メゾで聞くと温かい雰囲気が加味される気がしました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲《あきらめ》——行進曲調の律動感にのせて切ない気持ちを歌う(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Resignation」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

Paul von Haugwitz (Wikipedia)

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ベートーヴェン「あれかそれか(So oder so, WoO. 148)」

So oder so, WoO. 148
 あれかそれか

1.
Nord oder Süd! Wenn nur im warmen Busen
Ein Heiligtum der Schönheit und der Musen,
Ein götterreicher Himmel blüht!
Nur Geistes Armut kann der Winter morden,
Kraft fügt zu Kraft, und Glanz zu Glanz der Norden.
Nord oder Süd! Wenn nur die Seele glüht!
 北か南か!温かい胸の中で
 美や芸術(ムーサ)の神聖さ、
 多くの神々がいる天空が花開いていさえすればいい!
 冬はただ精神の欠如を殺せるぐらいだ、
 北は力には力を、輝きには輝きを継ぎ合わせる。
 北だろうが南だろうが魂が燃えていさえすればいい!

2.
Stadt oder Land! Nur nicht zu eng die Räume,
Ein wenig Himmel, etwas grün der Bäume
Zum Schatten vor dem Sonnenbrand!
Nicht an das Wo ward Seligkeit gebunden;
Wer hat das Glück schon außer sich gefunden?
Stadt oder Land! Die Außenwelt ist Tand!
 都会か田舎か!場所が狭すぎず、
 空がわずかでも見えて、木々がいくらか緑に茂って
 日焼けしないための日陰となってくれさえすればいい。
 幸せは場所と結びつけられるものではない。
 誰が外の世界に幸福を見つけられただろうか?
 都会か田舎か!外の世界に出てもつまらないものだ!

3.(この連にはベートーヴェンは作曲していない)
Knecht oder Herr! Auch Könige sind Knechte.
Wir dienen gern der Wahrheit und dem Rechte.
Gebeut uns nur, bist du verständiger.
Doch soll kein Hochmut unsern Dienst verhöhnen.
Nur Sklavensinn kann fremder Laune fröhnen.
Knecht oder Herr! Nur keines Menschen Narr!
 しもべか主人か!王もしもべなのだ。
 我らは真理と法には喜んで仕える。
 我らに命じたまえ、あなたはより思慮深い。
 だが高慢に我々の奉仕をあざけるべきではない、
 ただ奴隷の感覚は他人の気分にふけることが出来る。
 しもべか主人か!だが愚かな人間などいないのだ!

4.
Arm oder reich! Sei's Pfirsich oder Pflaume!
Wir pflücken ungleich von des Lebensbaume,
Dir zollt der Ast, mir nur der Zweig.
Mein leichtes Mahl wiegt darum nicht geringe.
Lust am Genuß bestimmt den Wert der Dinge.
Arm oder reich! Die Glücklichen sind [gleich (reich)]!
 貧しいか豊かか!桃あるいはスモモであれ!
 我々は生命の木から不平等に摘み取る。
 あなたには大枝が、私にはほんの小枝が与えられる。
 私の軽い食事はとても大切だ。
 楽しむ気持ちが物事の価値を決める。
 貧しいか豊かか!幸せな者にとってはどちらも同じなのだ(幸せな者こそ豊かといえるのだ)!

5.
Blaß oder rot! Nur auf den bleichen Wangen
Sehnsucht und Liebe, Zürnen und Erbangen,
Gefühl und Trost für fremde Not!
Es strahlt der Geist nicht aus des Blutes Welle.
Ein andrer Spiegel brennt in Sonnenhelle.
Blaß oder rot! Nur nicht das Auge tot!
 青ざめるか紅潮するか!頬が青ざめるのはただ
 愛や憧れ、怒りや心配、
 馴染みのない苦悩に対する感情や慰めの為!
 精神は血流の波によって輝くのではない。
 別の鏡が太陽の明るさで燃えるのだ。
 青ざめるか紅潮するか!目だけは生気を失わない!

6.
Jung oder alt! Was kümmern uns die Jahre!
Der Geist ist frisch, doch Schelme sind die Haare.
Auch mir ergraut das Haar zu bald.
Doch eilt nur, Locken, glänzend euch zu färben,
Es ist nicht Schade, Silber zu erwerben.
Jung oder alt! Doch erst im Grabe kalt!
 若さか老いか!年月の経過を気にかけてもどうしようもない!
 心は若いのだが、厄介なのは髪の毛だ。
 私の髪もじきに白くなる。
 だが巻き毛よ、急いで染めてつやを出せばよい。
 銀髪になるのは損ではない。
 若さか老いか!だが墓に入ればようやく冷たくなるのだ!

7.
Schlaf oder Tod! Willkommen, Zwillingsbrüder!
Der Tag ist hin; ihr zieht die Wimper nieder.
Traum ist der Erde Glück und Not.
Zu kurzer Tag! zu schnell [verrauschtes Leben (verrauscht das Leben)]!
Warum so schön und doch so rasch verschweben?
Schlaf oder Tod! Hell strahlt das Morgenrot!
 眠りか死か!ようこそ、双子の兄弟よ!
 昼は去り、きみたちはまつ毛を下ろそうとする。
 夢は地上の喜びと苦しみだ。
 あまりにも日は短い!あまりにも速く人生は過ぎ去る!
 なぜこれほど美しく、だが素早く消え去るのか?
 眠りか死か!夜明けは明るく輝くのだ!

L. Beethoven sets stanzas 1-2, 4-7
R. Schumann sets stanzas 1-3, 6-7

詩:Karl Gottlieb Lappe (1773-1843), So oder so
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "So oder so", WoO. 148

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カール・ゴットリープ・ラッペの詩による「あれかそれか(So oder so, WoO. 148)」は1817年初頭に作曲されました。
ちなみにラッペは後にシューベルトが作曲した「夕映えの中で(Im Abendrot, D 799)」や「孤独な男(Der Einsame, D 800)」の詩も書いています。

詩は「北と南」「都会と田舎」のように対照的な要素を比較して、どちらがいいとも言えないという哲学的な内容になっています。
ベートーヴェンの曲は、1817年に"Wiener Zeitschrift für Kunst, Literatur, Theater und Mode(ヴィーン芸術・文学・演劇・流行雑誌)"の中に掲載されたものが初版ですが、何故か原詩の3連のみ印刷されておらず、ベートーヴェンの指示なのか、出版社の判断なのかは分かりませんでした。

テキストの教訓くさい内容にしてはベートーヴェンの音楽は随分軽快でコミカルに感じられます。各連冒頭行と最終行の「~ oder ~」を「ソミレド」と下行させていて、基本的に上行のフレーズで作られている他の箇所との違いを際だたせています。

同じ詩にシューマンが無伴奏混声合唱曲として作曲しています(Nord oder Süd, Op. 59-1)が、こちらは原詩の4,5連を省略し、6連までは有節形式(若干の細かい違いはあります)で、最終連だけ別の音楽になっています。

6/8拍子
ヘ長調(F-dur)
Ziemlich lebhaft und entschlossen (かなり生き生きと、決然として)

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,6,7節。プライはこの詩の説教臭さをあまり全面に出さず、ユーモラスにくつろいで歌っているように感じました。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

1,4,7節。シュライアーの説得力のある語り掛けに引き込まれました。

●ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

1,2,6,7節。リエーヴル=ピカールは丁寧な歌い方で好感がもてました。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Kristin Okerlund(P)

1,2,3,4,5,6,7節。ヴァルダードルフが意外と軽妙な歌いぶりを聞かせていて良かったです。例によってすべての節(3節も含めて)を歌っているので、資料としても貴重です。

●シューマンが同じ詩に作曲した無伴奏混声合唱曲「北か南か, Op. 59-1」
Robert Schumann: Nord oder Süd, Op. 59-1
Renner Ensemble, Bernd Engelbrecht

シューマンは原詩の4,5連を省略しており、ここではシューマンの指示通りに歌われています。最終連だけ音楽が異なるのが印象的です。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲「いずれにしても」——人生を達観したような詩をベートーヴェンが見事に表現(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「So oder so」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

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