【没後100年】フォレ「月の光」(Fauré: Clair de lune, Op. 46, No. 2)を聴く
Clair de lune (Menuet), Op. 46, No. 2
月の光 (メヌエット)
Votre âme est un paysage choisi
Que vont charmant masques et bergamasques
Jouant du luth et dansant et quasi
Tristes sous leurs déguisements fantasques.
あなたの魂は精選された風景だ、
魅力的な仮面やベルガモの衣装をまとった人が行きかい、
リュートを弾き、踊るが、
奇抜な変装の下はほぼ悲しい表情。
Tout en chantant sur le mode mineur
L'amour vainqueur et la vie opportune,
Ils n'ont pas l'air de croire à leur bonheur
Et leur chanson se mêle au clair de lune,
短調の調べで
愛の勝者と時宜を得た人生を歌いながらも
自らの幸せは信じていないようで、
彼らの歌は月の光に混ざり合う。
Au calme clair de lune triste et beau,
Qui fait rêver les oiseaux dans les arbres
Et sangloter d'extase les jets d'eau,
Les grands jets d'eau sveltes parmi les marbres.
静かな月の光は悲しく美しい、
それは木々の鳥たちに夢を見させ、
噴水をうっとりとむせび泣かせるのだ、
大理石像の間の細く大きな噴水を。
(※テキストの和訳作成については、私のフランス語の文法知識が乏しい為、The LiederNet Archiveの英訳なども参考にしています。)
詩:Paul Verlaine (1844-1896), "Clair de lune", written 1867, appears in Fêtes galantes, no. 1, Paris, Alphonse Lemerre, first published 1867
曲:Gabriel Fauré (1845-1924), "Clair de lune", op. 46 no. 2 (1887), published 1888 [ voice and piano or orchestra ], Paris, Hamelle
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波乱に満ちた人生を送ったポール・ヴェルレーヌ(Paul Verlaine)が1867年に書いたテキストに、1歳下のガブリエル・フォレ(Gabriel Fauré)が1887年に作曲した「月の光(Clair de lune, Op. 46, No. 2)」は、フォレ歌曲の代表曲の一つでもあり、彼の最も美しい歌曲の一つとも言えると思います。
ヴェルレーヌのテキストは各行交互に脚韻を踏んでいるのが分かりますが、鼻母音も多く使われていて、第3節1行目を除いてすべての行に鼻母音が1箇所から3箇所(第1節3行目、第2節1行目)使われています。特に第2節1行目は"en chan-tant"と3音節連続して鼻母音が使われていて、こういうところをいかに美しく響かせるかも詩の朗読、歌曲の発音の際に注目されるポイントの一つだと思います。また、アンシェヌマン&リエゾンが多いのも特徴的で(第1節1行目から両方出てきます)、流れるような雅な雰囲気が感じられます。
・アンシェヌマン(enchaînement)
語末の発音される子音が、次の語の冒頭の母音と結びつく。
例えば、"Votre âme est(ヴォトゥル+アム+エ)"→"Votre âme est(ヴォトゥラメ)"
・リエゾン(liaison)
語末の発音されない子音や鼻母音が、次の語の冒頭の母音や無音のhと結びつく。
例えば、"est un(エ+アン)"→"est un(エタン)"
(※「AOI ABC French:【フランス語の発音ルール】「アンシェヌマン」と「リエゾン」の違いとは?」の解説を参照させていただきました)
この歌曲の魅力はなんといってもピアノパートにあると思います。前奏で弾かれる右手のメロディーと左手の分散和音による音楽が何度もそのまま繰り返されます。一方、歌声部は、ほぼ独立しているピアノパートの対旋律を歌うオブリガート(助奏)の役割が中心だと思います。とはいえ、そのオブリガートを歌う歌声部がまた魅力的で、歌の入り方がきりのいい所ではなく途中からさりげなく入るというのもチャーミングに感じられます。結局歌とピアノの結びつきの重要性をいつも以上に実感させてくれる作品ではないかと思います。
3/4拍子
変ロ短調(b flat minor)
Andantino quasi Allegretto. ♩=78
●ヴェルレーヌの詩の朗読(Louis Velle)
Clair de lune, Paul Verlaine
Channel名:Poème(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
男性による比較的速めの朗読です。
●ヴェルレーヌの詩の朗読(Dana Andreea Nigrim)
Clair de lune de Paul Verlaine (Poetry reading/lecture de poèmes) english sbt.
Channel名:akattara(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
こちらはピアニストの女性による丁寧な朗読です。BGMにフォレの「月の光」のおそらくハープ編曲版が流れていて、ヴァトーの絵画を映しながら、いい雰囲気の映像です。
●カミーユ・モラーヌ(BR), リリ・ビヤンヴニュ(P)
Camille Maurane(BR), Lily Bienvenu(P)
(BR), Lily Bienvenu(P)
ビヤンヴニュのピアノは古い録音にもかかわらず、その魅力が十分に伝わってきます。明晰で高貴で美声のモラーヌの歌唱はただただ素晴らしく聞き惚れます。
●ジェラール・スゼー(BR), ジャクリーヌ・ロバン=ボノー(P)
Gérard Souzay(BR), Jacqueline Robin-Bonneau(P)
ボノーは出たり引っ込んだりの加減が印象的な演奏でした。スゼーはいつもながら素晴らしいですね。最後(parmi)の高音がファルセットだったのが意外でした。
●Victoria de los Ángeles(S), Gerald Moore(P)
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S), ジェラルド・ムーア(P)
ムーアは彼女の他にも複数の歌手とこの曲を録音していますが、この録音は右手のメロディの歌わせ方が非常に美しく、テンポ設定なども含めて一つの理想的な演奏だと思います。そしてロス・アンヘレスのなんとチャーミングなこと!
●ナタリー・ステュッツマン(シュトゥッツマン)(CA), カトリーヌ・コラール(P)
Nathalie Stutzmann(CA), Catherine Collard(P)
惜しくも早世したカトリーヌ・コラールはかなりテンポを自在に揺らし、他のピアニストとは異なる興味深い演奏です。ステュッツマンのつやつやした低音ボイスはとても魅力的です。
●ブリュノ・ラプラント(BR), ジャニーヌ・ラシャンス(P)
Bruno Laplante(BR), Janine Lachance(P)
ラシャンスは流れるように演奏しています。ラプラントの美声で聞けるのが嬉しいです。
●シリル・デュボワ(T), トリスタン・ラエ(P)
Cyrille Dubois(T), Tristan Raës(P)
ラエは美しい録音技術も相俟って細やかな表情まで伝わってくるピアノでした。フォレの全歌曲を一人で歌ったデュボワですが、この曲でも"r"を巻き舌でしっかりと発音しているのが印象的です。このヴェルレーヌのテキストにいかに"r"が多く含まれているかを実感しました(数えてみたところ、タイトルを含めて発音する"r"が27箇所ありました)。
●ジャネット・ベイカー(MS), ジェラルド・ムーア(P)
Janet Baker(MS), Gerald Moore(P)
楽譜付き。ムーアはフォレの指示に忠実で、冷静かつメロディラインをよく響かせた演奏をしています。ベイカーは温かみのある声です。
●川口聖加(S), 森田基子(P)
Seika Kawaguchi(S), Motoko Morita(P)
ピアノの森田さんの手のアップがあり、この美しいメヌエットの丁寧な演奏を見ることが出来ます。川口さんの透明でクールな感触の歌唱も素晴らしかったです。
●ニノン・ヴァラン(S), 名前の記載のないピアニスト
Ninon Vallin(S), with unidentified pianist
1928年の歴史的な録音ですが、当時としては驚くほどにピアノパートが明瞭に録音されていて、この歌曲におけるピアノの美しさを存分に堪能できます。それだからこそピアニストの名前の記載がないのは、当時の慣習なのかもしれませんが残念です。往年のソプラノ、ニノン・ヴァランは最後の3語(parmi les marbres)を除くと、特にテンポを大きく揺らすこともなく、古さを感じさせない素敵な演奏だと思います。
●シャルル・パンゼラ(BR), 名前の記載のないピアニスト
Charles Panzéra(BR), with unidentified pianist
こちらは1923年の録音でやはりピアニストの記載がありません。パンゼラのうっとりするような甘美なレガートを存分に堪能できる録音です。パンゼラも最後の3語はファルセットを使っていました。
●ピアノパートのみ
Fauré: Clair de lune (Piano accompaniment) (Dario Martin(P))
Channel名:Dario Martin(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)
ピアノパートだけで成立することがこの演奏で分かります(厳密に言うと最後の"parmi les marbres"の部分だけ完全な伴奏になっていますが、全体としてソロ曲としても成り立つと思います。)。Dario Martin氏の演奏、繊細でとても良かったです。
●ピアノパートのみ
Gabriel Fauré: "Clair de lune" op 46 No 2 - Sing Along Lied (Raul Neuman(P))
Channel名:Raul Neuman(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)
こちらはピアニストの手を上から見ることが出来ます。ピアニストの練習の参考にもなると思いますが、演奏も素晴らしいです。
●フォレ:「マスクとベルガマスク」Op. 112~6.月の光
Fauré: Masques et Bergamasques, Op. 112: VI. Clair de lune
ニコライ・ゲッダ(イェッダ)(T), トゥルーズ・キャピトル国立管弦楽団, ミッシェル・プラッソン(C)
Nicolai Gedda(T), Orchestre du Capitole de Toulouse, Michel Plasson(C)
フォレ自身のオーケストラ・アレンジ版が組曲「マスクとベルガマスク」の6曲目に組み込まれました。ピアノパートのどの部分をどの楽器が担当しているのかなど注目して聞いてみるのも面白いと思います。
●ドビュッシー:月の光
Debussy: Clair de lune
マディ・メスプレ(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Mady Mesplé(S), Dalton Baldwin(P)
ドビュッシーはこのヴェルレーヌの詩に2回作曲しています。その1回目がこの曲で1882年の作曲です。歌は広い音域を上に下に行き来し、メリスマも使用される、かなり技巧的な作品です。ピアノパートは空から降り注ぐ月光を模したと思われる和音の下行が印象的です。
【参考】Clair de lune (mélodie)
●ドビュッシー:「艶なる宴 第1集」~3.月の光
Debussy: Fêtes galantes, Book 1, L. 86, L. 80: III. Clair de lune
エリー・アーメリング(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P)
ドビュッシーがこのテキストに2回目に作曲したのは1891年~1892年のことで、歌曲集「艶なる宴 第1集」の第3曲として1904年に出版されました。噴水を模したかのような分散和音の前奏に導かれて物憂いメロディーが歌われます。
【参考】艶なる宴 (ドビュッシー)
Fêtes galantes (Debussy)
●ドビュッシー:月の光(「ベルガマスク組曲」~第3曲)
Claude Debussy: Clair de Lune (from "Suite bergamasque")
パスカル・ロジェ(P)
Pascal Rogé(P)
おまけとして、このヴェルレーヌの詩に触発されてドビュッシーが作ったという有名なピアノ組曲『ベルガマスク組曲』の3曲目「月の光」です。フランスを代表するピアニスト、ロジェの映像を見ながら演奏を味わえます。
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(参考)
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