エリー・アーメリング(Elly Ameling)の「Musings on Music」シリーズ:ラヴェル-歌曲集『シェエラザード(Shéhérazade)』~3.「つれない人(L'Indifférent)」

●Musings on Music by Elly Ameling - Ravel, Shéhérazade - L'Indifférent

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

エリー・アーメリングによる説明(大意)

親愛なる視聴者様
前回の熟考(musing)シリーズではトリスタン・クリングゾル(Tristan Klingsor)の詩、モリス・ラヴェル(Maurice Ravel)の音楽による歌曲集『シェエラザード(Shéhérazade)』の2曲目「魅惑の笛(La flûte enchantée)」を聞きました。
この歌曲集は1904年に初演されました。
私は今回この歌曲集の終曲「つれない人(L'Indifférent)」について話したいと思います。
ある若い女性が男性に向けて言います。あなたの瞳は娘のように優しく、顔は魅力的だと。彼女はこの男性に家に入ってワインを飲むように誘います。しかし彼は断り、女性のような足取りで去ってしまいます。

(1:30-5:16 エリー・アーメリング、サンフランシスコ交響楽団、エド・ドゥ・ヴァールト指揮による演奏)

(5:21-7:21 アーメリングによる原詩と対訳の朗読)

※以下、原詩は著作権の都合上掲載せず、英訳詩とその重訳による私の日本語訳のみ掲載します。

Your eyes are gentle like those of a girl, young stranger,
あなたの瞳は少女のように優しい、若い異国の方、

And delicate curve of your handsome face shaded with down.
産毛で影になったハンサムな顔の繊細な曲線は

Is still more attractive in its contour.
その輪郭においてなおさら魅力的です。

Your lips chant on my doorstep.
あなたの唇は私の戸口で歌います

An unknown and charming tongue
未知の魅力的な言葉で

Like false music.
調子はずれの音楽のように。

Enter!
お入りなさい!

And let my wine refresh you.
私のワインで元気にしてさしあげましょう。

But no, you passed by
でもだめだった、あなたは通り過ぎて行きます。

And from my threshold I see you departing
私の敷居からあなたが遠ざかるのが見えます。

Gracefully waving farewell to me
優雅に別れの合図をしながら

Your hips lightly swaying
腰を軽く揺らして

With your feminine languid gait.
女性のようなけだるい足取りで。

この歌曲にp(ピアノ)の指示のない小節はありません。オーケストラも歌声もソフトに演奏します。
ピアニッシモ(pp)とピアニッシシモ(ppp)。
娘がワインで男性を誘う時の切望する気持ちと終結に向けて味わう失望-これはすべて弱音器付きです。
わずかな変化を伴ったゆっくりしたテンポとレガートが官能的な雰囲気を喚起します。
絵も見てみましょう。当時の人々や国々では、このような気分で生活するのに時間をかけました。

これからラヴェル自身による声とピアノの版を流そうと思います。
これまで述べたことで、ゆっくりしたテンポに関してはピアノでは非常に困難であることが明らかになるでしょう。
弦楽器、管楽器は長いフレーズを音を保ったまま演奏することは可能ですが、ピアノは音を発するとすぐに減衰してしまいます。
悲しいけれど事実です。
しかし、ルドルフ・ヤンセンがどれほど素晴らしく、指のレガートやペダルを繊細に用いて、ゆっくりのテンポで音を保持することに成功しているかを聞いてみましょう。
ヤンセンはこの歌に必要不可欠な官能的で規則的なレガートを作り出しています。

(9:39-13:48 エリー・アーメリング、ルドルフ・ヤンセンによるピアノ版の演奏)

お聞きの通り、テンポはオーケストラ版と全く同じでした。
そして、ほとんどの音楽では下行のみで用いられるポルタメントですが、ここで歌手は上行と下行のポルタメントを用いていました。
歌声がピアニストの演奏する和音の規則性を妨げないように、"sé-dui-sante" の "-sante" 音節の最初の拍でポルタメントを正確に終えています。

(14:27-14:56 上述箇所の演奏)

この厳密だが決して堅苦しくないテンポ、つまり拍(beat)こそが必須です。私たち演奏者は、これらの音符を伴奏付きのレチタティーヴォのように表現することは出来ません。
特徴は、古いアラビアの物語のくつろいだ雰囲気であり、音符以外にもラヴェルはスコアできわめて詳細な指示を与えています。
その後は次のように続きます-「あなたの唇は私の戸口で歌います/未知の魅力的な言葉で/調子はずれの音楽のように」
-あなたの唇は"調子はずれの音楽を"歌います。
"False (fausse)(調子はずれの)"-これは重要な言葉で声に特定の色合いを要求します。調子はずれの音楽は成功しなかった出会いそれ自体であるかのようです。和声の中の不協和音に注目してください。

(16:16-16:45 "Ta lèvre chante sur le pas de ma porte / Une langue inconnue et charmante / Comme une musique fausse"の部分のピアノ版の演奏)

その後、"Entre!(お入りなさい!)"と娘は言います。この"Entre!"という言葉には重要なグリッサンドがあるのですが、残念ながらこの録音の歌声にはグリッサンドがないのです。

(17:07-17:37 "Comme une musique fausse / Entre! / Et que mon vin te réconforte"の部分のピアノ版の演奏)

その後、3小節で彼女は彼が自分に興味を示さず優雅な女性的な足取りで歩き去るのを見ます。この男性は同性愛者だったのです。

(17:55-19:21 "Comme une musique fausse"以降歌の終わりまでのピアノ版の演奏)

よろしければ最後にもう一度曲全体を聴いて終わりにしましょう。私にとってはどちらの版にするか難しい選択ですが。オーケストラ版にします。

(19:36- オーケストラ版の全曲演奏)

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エリー・アーメリング(Elly Ameling)の「Musings on Music」シリーズ:ラヴェル-歌曲集『シェエラザード(Shéhérazade)』~2.「魅惑の笛(La flûte enchantée)」

●Musings on Music by Elly Ameling - Ravel, Shéhérazade - La Flute Enchantee

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

アーメリングによる説明
メロディー(mélodie)はフランスの作曲家による歌曲、もしくはフランス語のテキストによる歌曲を指します。
これまでの動画ではリート(Lied)、つまりドイツ歌曲を扱いました。
今回、この「Musings on Music」シリーズではじめてフランス歌曲を扱います。

私が選んだのはモリス・ラヴェルの歌曲集『シェエラザード』からの1曲です。シェエラザードは『千夜一夜物語』のヒロインかつナレーターです。もともと1000もの東洋のおとぎ話の歴史的コレクションでした。

20世紀初頭にトリスタン・クリングゾルがオリジナルの東洋の話をもとにした詩を出版しました。ラヴェルはクリングゾルの詩の中から3篇を選びました。
私は今回第2曲の「魅惑の笛 (La flûte enchantée)」を扱います。若い女性の使用人が歌う設定です。

1:55-4:49 「魅惑の笛」の音源が楽譜付きで流れる。演奏はオケ伴奏、楽譜はピアノ伴奏(アーメリング、サンフランシスコ交響楽団、エド・ドゥ・ヴァールト指揮)

詩と英訳の朗読

前奏はピアニッシモで、とてもゆっくり(Très lent)です。
弦は弱音器を付けてトレモロを刻む一方、フルート独奏が3小節続き、特に3小節目の9連符のフレーズは自由に流れているように聞こえなければなりません。

7:06- 前奏(演奏はオケ伴奏、楽譜もオケ伴奏)

この後歌が柔らかく(très doux)始まります。
なぜなら歌詞がこう言っているから「影は心地よく、わが主人は眠っている」

7:43- 前奏から歌の最初の3行まで(演奏はオケ伴奏、楽譜はピアノ伴奏)

ここで主人の鼻、帽子、ひげについて述べられます。
おそらく口髭(moustache)でしょう。

次に、ここで音符に示された通りに演奏しているか聞いてみましょう。また、いかにこのソプラノがそれぞれの小節で言葉を完璧に分けているか。

詩人のクリングゾルはこの詩をラヴェルに語って聞かせました。
彼が韻律(つまりリズム、アクセント、イントネーション)を把握できるように。
ディテールを理解して、ラヴェルはリズム、メロディー、ハーモニーを作り上げました。

10:12-10:48 前奏から(演奏はオケ伴奏、楽譜もオケ伴奏)(シュザンヌ・ダンコ(S)、スイス・ロマンド管弦楽団、エルネスト・アンセルメ(C))

この演奏は50数年前私が「シェエラザード」を勉強した時に触発された演奏でした。

少女が「私は起きていて、愛する人のフルートを聞いている」と言ったとき、フルートがいかに生き生きと演奏するかに注目して聞いてみてください。

11:26-12:12 歌の3行目から7行目まで(演奏はオケ伴奏、楽譜はピアノ伴奏)

そして興奮は突然止まり、音楽はゆっくりのテンポに戻ります。

少女はフルートを吹く男性と引き離されていることを悟っているようです。
彼女が窓のそばに近づき、フルートから聞こえた音はミステリアスなキスのようだと感じます。

12:45-13:59 8行目から最後まで(ダンコの歌唱)

後奏最後の3小節は前奏ですでに聞いたものです。

この詩と音楽の核心は愛の神秘だと思います。

今は自身の個性を演奏に反映しすぎてはならないのです。

神秘(Mystery)というものは私たち自身よりも大きいのではないでしょうか。

14:50- 全部の演奏(アーメリングの歌唱)(演奏はオケ伴奏、楽譜はピアノ伴奏)

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