ブラームス/二重唱曲「海」(Brahms: Die Meere, Op. 20/3)を聞く
Die Meere (Nach dem Italienischen), Op. 20/3
海(イタリアの詩による)
Alle Winde schlafen
Auf dem Spiegel der Flut;
Kühle Schatten des Abends
Decken die Müden zu.
すべての風は眠りにつく、
水鏡の上で。
夕暮れの涼しい影が
疲れた者たちを包み込む。
Luna hängt sich Schleier
Über ihr Gesicht,
Schwebt in dämmernden Träumen
Über die Wasser hin.
月はベールを
彼らの顔の上にかぶせ
黄昏の夢の中で
水の上に浮かぶ。
Alles, alles stille
Auf dem weiten Meer!
Nur mein Herz will nimmer
Mit zur Ruhe gehn;
みな、なにもかも静かだ、
広大な海の上は!
ただ私の心だけは決して
眠ろうとしない。
In der Liebe Fluten
Treibt es her und hin,
Wo die Stürme nicht ruhen,
Bis der Nachen sinkt.
愛の洪水に
わが心はあちらこちらへと流される、
そこでは嵐はやむことがない、
小舟が沈むまで。
詩:Wilhelm Müller (1794-1827), "Die Meere", appears in Lyrische Reisen und epigrammatische Spaziergänge, in Lieder aus dem Meerbusen von Salerno
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Die Meere", op. 20 (Drei Duette) no. 3 (1860), published 1862 [vocal duet for soprano and alto with piano], Bonn, N. Simrock
-------------
今回はブラームスの非常に美しい二重唱曲を聞きたいと思います。
1858–60年に作曲され、1861年に「ソプラノ、アルトとピアノ伴奏のための3つの二重唱曲(Drei Duette für Soran und Alt mit Begleitung des Pianoforte, Op. 20)」として出版された中の3曲目が「海(Die Meere)」です。ちなみに"Die Meere"というのは"Das Meer"の複数形になります。
テキストはシューベルトの『美しい水車屋の娘』『冬の旅』でもお馴染みのヴィルヘルム・ミュラーで、『サレルノ湾の歌(Lieder aus dem Meerbusen von Salerno)』という11篇からなる詩集の2番目に置かれています。
詩の内容は海上にいる主人公の夕方から夜にかけての描写と心情が描かれています。なにもかもが眠りについた海の上の静かな光景と、一方であふれんばかりの愛のために決して落ち着かないままの主人公の心の内が対比されています。
ブラームスは6/8拍子の舟歌のスタイルで作曲しています。物悲しく流麗なメロディーはメンデルスゾーンの「ヴェネツィアの舟歌」を思い起こさせます。詩の2連、4連の各2行目最後の音節(Ge-sicht / hin)の息の長いメリスマは聞きどころの一つと言えるでしょう。
ピアノパートは舟が揺れながらゆっくり進むような左手の音形と、装飾音(プラルトリラー)のついた物憂い右手が極上の美しさで魅了されます。右手は常に2声で進み、時に歌声2声と重なり、時に歌声と離れ、ハーモニーの綾を聞かせてくれます。
詩の2連ずつを1まとまりにした有節形式ととらえることが出来ますが、詩の最後の2行(Wo die Stürme nicht ruhen,/Bis der Nachen sinkt.)だけが繰り返され、同主調のホ長調に転調し、明るい響きで歌は終わります。その後、ピアノ後奏で再びホ短調に戻り、メランコリックな雰囲気のまま曲が締めくくられます。この明暗の入れ替わりは海の上でたゆたう主人公の心の内を反映しているかのようで素晴らしいです。
ソプラノとアルトのための歌と指定されていますが、テキストの内容から男声2人によって歌われても全く問題ないと思います。
【最後の2行の繰り返し(ホ短調→ホ長調)とピアノ後奏(ホ長調→ホ短調)】
6/8拍子
ホ短調(e-moll)
Andante
●エディト・マティス(S), ブリギッテ・ファスベンダー(MS), カール・エンゲル(P)
Edith Mathis(S), Brigitte Fassbaender(MS), Karl Engel(P)
マティス、ファスベンダー、エンゲルの黄金トリオによる名演です!
●ユリアーネ・バンゼ(S), ブリギッテ・ファスベンダー(MS), コート・ガルベン(P)
Juliane Banse(S), Brigitte Fassbaender(MS), Cord Garben(P)
師弟によるデュエットです。バンゼの柔らかい声とそっと寄り添うファスベンダーの響きが美しいです。
●ジュリー・カウフマン(S), マリリン・シュミーゲ(MS), ドナルド・サルゼン(P)
Julie Kaufmann(S), Marilyn Schmiege(MS), Donald Sulzen(P)
女声2人の声がとても溶け合っていて美しかったです。
●チャーリー・ドラモンド(S), ジェイド・モファット(MS), ジェイムズ・ベイリュー(P)
Charlie Drummond(S), Jade Moffat(MS), James Baillieu(P)
Channel名:Independent Opera(オリジナルのサイトはこちらのリンク先:音が出ますので注意!)
2017年Wigmore Hallでのライヴ映像。実際に歌っている表情を見ながら聞くのもいいですね。ベイリューは今引く手あまたの歌曲ピアニストです。
●ピアノパートのみ(マイヤ・メリニチェンコ(P))
Brahms - Die Meere - Sopran and Alt - accompaniment
Майя Мельниченко(P)
※この動画は共有が出来ない為、こちらのリンク先からご覧ください。(音が出ますので注意!)
Channel名:Майя Мельниченко
ピアノの右手がほぼ二重唱のメロディーと一致しているので、ピアノパートだけで聞いても美しいです。
-------------
(参考)
Vermischte Schriften von Wilhelm Müller. Zweites Bändchen. Leipzig: F. A. Brockhaus, 1830 (p.104)
Lieder aus dem Meerbusen von Salerno (11篇からなる詩集。Die Meereは2番目に置かれている)
※「110ページ」のリンクをクリックして104ページまで上にスクロールすると"Die Meere"の詩が見られます。
最近のコメント