クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース/シューベルト「白鳥の歌」他(2022年10月1日(土)トッパンホール)
トッパンホール22周年 バースデーコンサート
〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第25篇
〈シューベルト三大歌曲 1〉
クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース
2022年10月1日(土)18:00 トッパンホール
クリストフ・プレガルディエン(テノール)
ミヒャエル・ゲース(ピアノ)
ベートーヴェン:連作歌曲《遥かなる恋人に寄す》Op.98
第1曲 僕は丘の上に腰を下ろして
第2曲 青い山なみが
第3曲 空高く軽やかに飛ぶ雨ツバメよ
第4曲 高みにある雲の群れも
第5曲 五月はめぐり
第6曲 受け取ってください、これらの歌を
シューベルト:白鳥の歌 D957より
第1曲 愛の言づて
第2曲 兵士の予感
第3曲 春のあこがれ
第4曲 セレナーデ
第5曲 居場所
第6曲 遠い地で
第7曲 別れ
~休憩~
ブラームス:〈君の青い瞳〉Op.59-8~《リートと歌》より
ブラームス:〈永遠の愛〉Op.43-1~《4つの歌》より
ブラームス:〈野の中の孤独〉Op.86-2~《低音のための6つのリート》より
ブラームス:〈飛び起きて夜の中に〉Op.32-1~《プラーテンとダウマーによるリートと歌》より
ブラームス:〈教会の墓地で〉Op.105-4~《低音のための5つのリート》より
シューベルト:白鳥の歌 D957より
第10曲 魚とりの娘
第12曲 海辺で
第11曲 町
第13曲 もう一人の俺
第9曲 あの娘の絵姿
第8曲 アトラス
[アンコール]
シューベルト:鳩の使い D965A
シューベルト:我が心に D860
シューベルト:夜と夢 D827
(※上記の演奏者や曲目の日本語表記はプログラム冊子に従いました。アンコールもトッパンホールの公式Twitterの日本語表記に従いました。)
Toppan Hall The 22th Birthday Concert
[Song Series 25 -Gedichte und Musik-]
Christoph Prégardien(Ten) & Michael Gees(pf)
Saturday, 1 October 2022 18:00, Toppan Hall
Christoph Prégardien, Tenor
Michael Gees, piano
Beethoven: Liederzyklus "An die ferne Geliebte" Op.98
No. 1. Auf dem Hügel sitz ich spähend
No. 2. Wo die Berge so blau
No. 3. Leichte Segler in den Höhen
No. 4. Diese Wolken in den Höhen
No. 5. Es kehret der Maien, es blühet die Au
No. 6. Nimm sie hin denn, diese Lieder
Schubert: 7 Lieder nach Gedichten von L. Rellstab aus "Schwanengesang" D957
No. 1. Liebesbotschaft
No. 2. Kriegers Ahnung
No. 3. Frühlingssehnsucht
No. 4. Ständchen
No. 5. Aufenthalt
No. 6. In der Ferne
No. 7. Abschied
-Intermission-
Brahms: 'Dein blaues Auge' Op.59-8 aus "Lieder und Gesänge"
Brahms: 'Von ewiger Liebe' Op.43-1 aus "4 Gesänge"
Brahms: 'Feldeinsamkeit' Op.86-2 aus "6 Lieder für eine tiefere Stimme"
Brahms: 'Wie rafft' ich mich auf in der Nacht' Op.32-1 aus "Lieder und Gesänge von A. v. Platen und G. F. Daumer"
Brahms: 'Auf dem Kirchhofe' Op.105-4 aus "5 Lieder für eine tiefere Stimme"
Schubert: 6 Lieder nach Gedichten von Heinrich Heine aus "Schwanengesang" D957
No. 10. Das Fischermädchen
No. 12. Am Meer
No. 11. Die Stadt
No. 13. Der Doppelgänger
No. 9. Ihr Bild
No. 8. Der Atlas
[Zugaben]
Schubert: Die Taubenpost D965A
Schubert: An mein Herz D860
Schubert: Nacht und Träume D827
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久しぶりに生のコンサートに出かけてきました。テノールのクリストフ・プレガルディエン(プレガルディアン)がシューベルトの三大歌曲集をトッパンホールで披露するというので、その初回(10月1日)の『白鳥の歌』他のリサイタルを聴きました。
最近はあまりコンサートの広告などを熱心に見ることもなく、たまたまフリーペーパーの「ぶらあぼ」をぱらぱらめくっていてこのコンサートに気付いたので、数日前に電話してチケットをとり、飯田橋に降り立ちました。
個人的なことですが、飯田橋は社会人になって最初に勤めた会社があった場所で(大昔の話です)、久しぶりにそのビルに行ってみましたが、とうの昔に居酒屋のビルに変わっているばかりか、周辺の書店やよく通った飲食店などかなり変わってしまっていて妙にノスタルジックな気分に襲われました。
そんな感傷を引きずりながら15分ほどの坂道をのぼっていくと、以前はなかったスーパーいなげやが途中にありました。コンサートに向かう道は期待に胸ふくらませていて独特の高揚感があるんですよね。
ホールに着き、チケットをもぎってもらうと同時に受け取るプログラム冊子は以前と全く同じ表紙・デザインのものでした。変わるものがあれば変わらないものもあり、いろいろな思いが交錯する日となりました。
トッパンホールに来たのは一体何年ぶりだろうというぐらい久しぶりだったのですが、席についてしまえば過去に過ごした多くの素敵な時間がよみがえってきます。
今回は後方左側の席だったのですが、段になっているので、舞台がよく見渡せるいい席でした。
プログラムは前半がベートーヴェンの歌曲集《遥かなる恋人に寄す》と、シューベルトの『白鳥の歌』からレルシュタープの詩による7曲、休憩をはさみ後半はブラームスの歌曲5曲と、『白鳥の歌』からハイネの詩による6曲でした。
『白鳥の歌』の順序を出版順から入れ替えるのが最近の流行りで、プレガルディエンのちらしではレルシュタープ、ハイネそれぞれ曲順を入れ替えた形で発表されていましたが、結局レルシュタープ歌曲集はお馴染みの出版順で演奏され、ハイネ歌曲集のみがプレガルディエン独自の曲順に入れ替えられていました。
プレガルディエンはすでに66歳になっていたということにまず驚きました。F=ディースカウが歌手活動から引退したのが67歳の時で、その頃にはすでに声がかなり重くなっていたことを考えると、プレガルディエンの声のコンディションの見事さはちょっと信じがたいほどでした。高音域が若干きつそうな場面がある以外は殆ど年齢による衰えを感じることがなく、細やかな表現から劇的な表現まで変幻自在でした。ホール後方の席にいた私にも細やかな表現の綾がしっかり伝わってきます。基礎がしっかりしている人は長く歌い続けられるということなのでしょうか。
プレガルディエンは楽譜立てに紙を置いて、歌っていましたが、それが楽譜なのか歌詞なのか席からは確認できませんでした。ただ、ほとんどそれを見ることなく、正面の客席に顔を向けて歌っていたので、あくまで万が一の為の備忘録のような感じに思えます。
プレガルディエンはプログラム最初の《遥かなる恋人に寄す》の冒頭の曲からすでに声が朗々と前に出ていて年齢的な心配は杞憂に過ぎませんでした。
彼はバッハ歌いでもあり、彼の歌の基本は聴き手に伝えるという姿勢だと思います。
言葉が明瞭に聞こえてきます。
プレガルディエンは実演でも録音でも、歌の旋律に装飾を加えたり、多少変更を加えたりします。
当時の作品が演奏される際にすでにそうしたことは行われていて、シューベルト歌曲の紹介者フォーグルがどのように変更したかは楽譜の形で残っています。シューベルトはフォーグルの歌の伴奏をしたわけですから、そうした変更はシューベルトの公認と言ってもいいのでしょう。
プレガルディエンはすべての曲に装飾を加えるわけではなく、特定の曲に絞って装飾・変更を加えていきます。
私の記憶では《遥かなる恋人に寄す》では装飾は付けていませんでした。
この日最初に装飾を加えたのは『白鳥の歌』第3曲「春のあこがれ」でした。
特定の曲で装飾を加える時は、数か所変更を加えます。そして、歌手に呼応してゲースも思いっきりピアノパートに変更を加えます。
どこまで事前に準備していて、どこから即興的なやりとりなのかは知るよしもないですが、耳馴染みの音楽にちょっと装飾を加えて歌とピアノの新しい響きが生まれる瞬間に居合わせられるのはスリリングです。
プレガルディエンは万能歌手で、若者の心の痛みでも、抒情的な風景でも、疎外された者の心情でも、愛の告白でも、見事に説得力をもった表現で聴かせてくれるので、聴き手は身を委ねて、それぞれの小世界に浸ることが出来ます。
例えば《遥かなる恋人に寄す》第1曲では"Bote(使い)"の前に少しだけ間をとって「愛の使者はいないのか」という気持ちを強調していました。
年齢を重ねて低音は充実していて、特にテノール歌手には必ずしも歌いやすくはないであろう「遠い地で」の低音がしっかりと響いていたのは聴きごたえありました。
ピアノのミヒャエル・ゲースは、これまで数多くのピアニストたちと共演してきたプレガルディエンのパートナーの中でも極めて異彩を放っていることは間違いないです。
ゲースはリズムや拍を楽譜通りに明瞭に伝えようとはしません。
むしろ音楽的な響きの中でそれを(おそらく)あえてぼやかします。
ペダルの海の中で響きは時に濁り、普段聞こえる音が響きに埋没するかと思うと、普段埋もれがちな内声が浮き立ってきたりもします。
それは手垢にまみれたリート演奏に独自の視点をもたらそうとしているのかもしれませんし、もともとのゲースの資質なのかもしれません。
プレガルディエンが同じ作品を現代作曲家の様々な演奏形態による編曲版で歌ったりするのが新しい視点の可能性を試みているということならば、ゲースというピアニストと共演するということもその一環としてとらえてもいいのかもしれません。
ゲースは基本的に右手を中心に響かせ、左手はここぞという時だけ強調します。過去の様々な演奏に馴染んだ耳には、なぜ左手のバス音をこんなに弱く演奏するのだろうかという疑問をつきつけられます。それこそが先入観に疑問を持つようにというゲースから聴き手へのメッセージのようにも思えます。
それからリートを弾くピアニストたちがここぞという時にやる右手と左手のタイミングをわずかにずらすことによる味付けをゲースはこれでもかというぐらいに多用します。これはゲースの好みなのかもしれませんね。
また、ジャズも演奏するというゲースはプレガルディエンの装飾に呼応してかなり大胆な変更を施します。このあたりもプレガルディエンが志す方向と共通しているのだと思います。ただ、ブラームスの「永遠の愛」の後奏はゲースの創作作品になってしまっていて、これはさすがにやり過ぎかなと個人的には思いました。
大体『白鳥の歌』のプログラムだと、45分ぐらいで終わってしまうので、他に何が追加されるのかが愛好家にとっては気になるのですが、今回はよく一緒に演奏される『遥かなる恋人に寄す』の他にブラームスの歌曲5曲という珍しいカップリングが興味深かったです。私はブラームス歌曲が大好きなので、この日のコンサートは大好きな作品のオンパレードでとても楽しめました。プログラムビルディングも大事ですよね。
『白鳥の歌』出版時に含まれた「鳩の便り」は一つだけザイドルのテキストということもあって、今回のように正規のプログラムからは外されることが多くなってきましたが、アンコールで歌ってくれたのでこの曲が好きな私としては良かったです!そしてアンコール2曲目は珍しいシュルツェの詩による「我が心に」が演奏され、最後の「夜と夢」は魔術的な美しさでした。プレガルディエンのレガート健在でした!
やはりホールの美しい響きの中で聴く一流の演奏は格別でした。行って良かったです!あと2夜行ける方はぜひ楽しんできてください!
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