レーヴェ「エフタの娘」(Loewe: Jeptha's Tochter, Op. 5, No. 2)を聴く

Jeptha's Tochter, Op. 5, No. 2
 エフタの娘

Soll nach des Volkes und nach Gottes Willen,
O Vater, sich mein Schicksal jetzt erfüllen,
Hat dein Gelübde dieses Land befreit,
So triff den Busen, der sich jetzt dir beut!
 民衆と神の意志に従って
 おお、父上、私の運命が今実現することになっているのでしたら
 あなたの誓いがこの国を解放したのです、
 今あなたの前にあるこの胸を突いてください。

Die Zeit der Klag' und Trauer ist vollendet,
Der Schoß der Berge hat mich hergesendet.
Führt deine Hand, die ich geliebt, den Stahl,
So ist auch in dem Tode keine Qual.
 嘆きと悲しみの時が過ぎて
 山々のふところは私をこちらに送ってよこしました。
 私が愛したあなたの手が刀を扱うのでしたら
 死ぬ時も苦しくありません。

Und glaub', o Vater, was ich dir verkünde:
Ein reines Blut entströmet deinem Kinde.
Und wie dein letzter Vatersegen rein,
Wird auch in mir das letzte Denken sein.
 信じてください、おお、父上、これから私があなたに告げることを、
 純潔の血があなたの子供からあふれ出て
 あなたの最後の父親としての清らかな祝福のように
 私にとっても最後の思いとなるのです。

Es ziemt, wenn Salem's Jungfraun um mich klagen,
Dem Helden und dem Richter nicht das Zagen.
Die große Schlacht gewann ich ja für dich,
Mein Vater und mein Volk sind frei durch mich.
 サレムの処女たちが私を悼むとき
 英雄や審判者がひるまないことこそがふさわしいのです。
 あなたのために大きな戦いに私は勝ったのです、
 私によって父上やわが民衆たちは自由になったのです。

Ist längst das Blut, das du mir gabst, verrauchet,
Und dieser Ton, den du geliebt, verhauchet,
So denke nach des Ruhms, den ich erwarb,
Und o, vergiß nicht, daß ich lächelnd starb!
 あなたがとうの昔に私に与えてくれたこの血が煙と消え
 そしてあなたが愛したこの声が絶えた時
 私が得た栄誉によって思い出してください、
 そして、おお、私が微笑んで死んだことを忘れないでください!

原詩:a text in English by George Gordon Noel Byron, Lord Byron (1788-1824), "Jeptha's Daughter", appears in Hebrew Melodies, no. 7
訳詩:Franz Theremin (1780-1846), appears in Hebräische Gesänge, first published 1820
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Jeptha's Tochter", op. 5 no. 2 (1824)

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イギリスの詩人ロード・バイロン(Lord Byron: 1788-1824)は『ヘブライの旋律(Hebrew Melodies)』という詩集を書き、1815年にそのうち最初の24編が出版されました。これはアイザック・ネイサン(Isaac Nathan: 1792–1864)作曲の音楽に歌詞を付けるために作られました。その後、ネイサンが6編を加えて、バイロンがそれらにも詩を提供しました。その内容は、トマス・アシュトンの分析によると「世俗的な恋愛の詩」「ユダヤ風の詩」「旧約聖書の主題を直接扱った詩」に分類されるようです。

ちなみに、原詩バイロンによる『ヘブライの旋律(Hebrew Melodies)』のタイトルは次の30編になります。

Magdalen
She Walks in Beauty
Oh! Snatched Away in Beauty's Bloom
Bright be the Place of Thy Soul!
Sun of the Sleepless!
I Speak not - I trace not - I breathe not
I Saw Thee Weep
Oh! Weep for Those
From Job
The Harp the Monarch Minstrel Swept
The Wild Gazelle
My Soul is Dark
Jephtha's Daughter
They say that Hope is happiness
Herod's Lament for Mariamne
We Sate Down and Wept By the Waters of Babel
In the Valley of Waters
On the Day of the Destruction of Jerusalem by Titus
Saul
Song of Saul, before his last Battle
Vision of Belshazzar
To Belshazzar
The Destruction of Semnacherib
Were My Bosom as False as Thou Deem'st It To Be
When Coldness Wraps This Suffering Clay
If That High World
“All is Vanity, Saith the Preacher”
On Jordan's Banks
Thy Days Are Done
Francisca

上記のリストを見ると、シューマンやメンデルスゾーン、ヴォルフも作曲した詩が含まれています。

フランツ・テレミンによって独訳された『ヘブライの歌(Hebräische Gesänge)』にカール・レーヴェは全部で12曲の歌曲を作り、最初の6曲は『ロード・バイロンのヘブライの歌 第1分冊 作品4(Hebräische Gesänge, Heft I, Opus 4)』として1825年に出版され、続く6曲は『ロード・バイロンのヘブライの歌 第2分冊 作品5(Hebräische Gesänge, Heft II, Opus 5)』として1826年に出版されました。
一人の詩人にフォーカスして作曲して出版するという方法はレーヴェも行っていたことになります。

レーヴェは1824年に「エフタの娘」に作曲し、1826年に作品5の第2曲として出版されました。

「エフタの娘」は、旧約聖書の「士師記」第11章に基づいています。

エフタはアルモン人との戦いに勝ったら、私が帰った時に家の戸口から出てきて私を迎える者を主に捧げますという誓いをします。その後、戦いに勝利したエフタが家に帰るとエフタの一人っ子の娘がタンバリンを叩き踊りながら彼を出迎えます。エフタは彼女を見ると服を引きちぎって誓約を悔いますが、娘はその誓約の通りにしてくださいと父親に言います。その後、彼女は二か月だけ友人と山々を巡り、純潔であることを嘆かせてほしいと懇願し、エフタは許可します。二か月後、山から戻った彼女は誓約の通りに実行されるという内容です。
エフタの誓いの内容がどう考えても自分の家族を犠牲にすることになると分かりそうに思うのですが、なぜこのような誓いをしてしまったのでしょうか。戦いに勝つ為には自分の最も大切なものを引き換えにすることが求められているということでしょうか。このエピソードを読んでちょっと不思議な気がしました。

ヘンデルが「イェフタ(Jephtha, HWV 70)」というオラトリオを作っていて、この作品の中では娘は殺されず、その代わり一生処女として過ごさなければならないという結末だそうです(「イェフタ (ヘンデル)(Wikipedia)」)。

レーヴェの音楽はコラール風のピアノ前奏で始まります。父親を悲しませないように明るく振舞っていることを示すような長調の一見けなげな響きの中、ピアノパートは下行音型が聞かれ、本心は辛く沈んでいることを暗示しているかのようです。この歌曲はリピート記号を使わない有節形式で作曲されています。節ごとに歌声部やピアノパートに繊細な変化が施されていて、変形有節形式と言えるでしょう。
シューベルトの有節歌曲が記譜されたものに演奏者が即興的に軽い装飾を加えるとすると、レーヴェはそのちょっとした変更までも律儀に記譜したというところでしょうか(この曲の場合、装飾というよりもどっしりとした安定感があるので、ちょっと違うかもしれませんが)。

最終節の最後の方に「mit hoher Begeisterung(極めて興奮して)」という指示が与えられ、レーヴェが有節形式ではあってもバラードのような展開をこの作品に付与したかったのかなと感じました。演奏者によってエフタの娘の感情表現がどう変わってくるか、本当は聞き比べできたらいいのですが、私の知る限り今のところエディト・マティス&コルト・ガルベンの録音があるのみと思われます。なかなかの良作だと思うので、今後もっと演奏されるといいなと思います。

※この記事のコメント欄に真子様がキリスト教、聖書の背景について解説くださいました。このテキストの内容を理解するうえで大きな助けとなりますので、ぜひご覧ください。

ピアノ前奏
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第1節
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第2節
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第3節
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第4節
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第5節
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C (4/4拍子)
イ長調(A-dur)
Andante maestoso

●エディト・マティス(S), コルト・ガルベン(P)
Edith Mathis(S), Cord Garben(P)

ガルベンによるcpoレーヴェ歌曲全集の第5巻収録。今のところこの曲の唯一の録音かもしれません。芯のある折り目正しいマティスの歌唱は、エフタの娘のぶれない強さを真摯に表現していて感動的です。

●シューマン作曲「エフタの娘」Op. 95/1
[Schumann: ]3 Gesänge, Op. 95: No. 1, Die Tochter Jephthas
アンケ・フォンドゥング(MS), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Anke Vondung(MS), Ulrich Eisenlohr(P)

同じバイロンの原詩にケルナーが独訳したテキストにシューマンが作曲した作品です。こちらはかなり緊張感のみなぎった娘の辛い心情に焦点を当てたような音楽がつけられています。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP ("Jeptha's Tochter"はPDFのP.141)

World Project(士師記 第11章)

エフタ(Wikipedia:日本語)

ジョージ・ゴードン・バイロン(Wikipedia:日本語)

Lord Byron (Wikipedia:英語)

Franz Theremin (Wikipedia:独語)

Hebrew Melodies (Wikipedia:英語)

HEBREW MELODIES

Hebräische Gesänge (Franz Theremin) (Berlin, Duncker und Humblot, 1820) (P.22,24原詩、P.23,25テレミンの独訳)

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日本カール・レーヴェ協会コンサート・2024 (Nr. 35) (2024年9月23日 王子ホール)

第35回日本カール・レーヴェ協会コンサート・2024
レーヴェ&ドイツ歌曲のワンダーランド

2024年9月23日(月・祝)14:00-(16:20頃終演) 王子ホール

辻宥子(進行・朗読)
境澤稚子, 新居佐和子, 峯島望美(以上S)
竹村淳, 櫻井利幸, 杉野正隆(以上BR)
高須亜紀子, 菅野宏一郎, 東由輝子, 平島誠也, 松永充代, 田中はる子(以上P)
佐藤征一郎(監修)

境澤稚子(Sakaizawa Wakako)(S), 高須亜紀子(P)
レーヴェ:エフタの娘 (Loewe: Jephtha's Tochter, Op.5-2)
マーラー:私はほのかな香りをかいだ (Mahler: Ich atmet' einen linden Duft)
マーラー:夏に交代 (Mahler: Ablösung im Sommer)
マーラー:あなたが美しさゆえに愛するのなら (Mahler: Liebst du um Schönheit)

竹村淳(Takemura Atsushi)(BR), 菅野宏一郎(P)
レーヴェ:アーチバルト・ダグラス (Loewe: Archibald Douglas, op.128)

新居佐和子(Niori Sawako)(S), 東由輝子(P)
レーヴェ:時計 (Loewe: Die Uhr, Op.123-3)
ヴォルフ:アナクレオンの墓 (Wolf: Anakreons Grab)
ヴォルフ:人の好い夫婦 (Wolf: Gutmann und Gutweib)

~休憩(15分)~

櫻井利幸(Sakurai Toshiyuki)(BR), 平島誠也(P)
レーヴェ:渡し (Loewe: Die Überfahrt, Op.94-1)
レーヴェ:オルフ殿 (Loewe: Herr Oluf, Op.2-2)

峯島望美(Mineshima Nozomi)(S), 松永充代(P)
レーヴェ:ああ、お願いです、苦しみの聖母さま! (Loewe: Ach neige, du Schmerzenreiche, Op.9-1)
レーヴェ:鐘のお迎え (Loewe: Die wandelnde Glocke, Op.20-3)
ツェムリンスキー:愛らしいツバメさん (Zemlinsky: Liebe Schwalbe, Op.6-1)
ツェムリンスキー:小さな窓よ、夜にはお前は閉じている (Zemlinsky: Fensterlein, nachts bist du zu, Op.6-3)
ツェムリンスキー:青い小さな星よ (Zemlinsky: Blaues Sternlein, Op.6-5)
ツェムリンスキー:手紙を書いたのは私 (Zemlinsky: Briefchen schrieb ich, Op.6-6)

杉野正隆(Sugino Masataka)(BR), 田中はる子(P)
レーヴェ:蓮の花 (Loewe: Die Lotosblume, Op.9-1)
レーヴェ:ぼくは夢で泣いた (Loewe: Ich hab' im Traume geweinet, Op.9-6)
レーヴェ:詩人トム (Loewe: Thomas der Reimer, Op.135)

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日本カール・レーヴェ協会コンサートを聴きに、銀座の王子ホールに行ってきました。調べたところ前回王子ホールに来たのが9年前の2015年でした(サンドリーヌ・ピオー&スーザン・マノフ)。ここ数年はごく限られたコンサートぐらいしか出かけることがないのですが、これほど王子ホールが久しぶりとは思ってもいませんでした。9年ぶりの王子ホールは特に変わったところもなく、これまで同様の素敵なホールでした。

そういえばちょっと開演まで時間があったので、久しぶりに山野楽器でCDでも見ようとお店の前まで行ったところ、CDの販売を終了した旨の案内があり、驚きました。こんな大きなお店でもCDはもう売れないのでしょうか。CDショップも最近見かけなくなり、現物を買うにはネットかご本人のコンサート会場に行くしかなくなる日も近いのかもしれません(渋谷のタワーレコードには頑張ってほしいです)。

閑話休題。なぜ今回レーヴェ協会のコンサートに出かけたかというと、最近レーヴェの歌曲を少しずつ聞くようになり、cpoのレーヴェ歌曲全集を調べたりしていたところ、たまたまネットでこのコンサートの広告が目に入り、祝日ということもあり、曲目も興味深かったので出かけることにしたのです。

ピアニストの平島さんと東さんは以前に聞いたことがあり優れたピアニストであることは存じ上げていて、さらに今回進行役と朗読を務められたメゾソプラノの辻宥子さんは随分昔ですがこちらのリンク先のコンサートを聞いています。辻さんを含む4人の日本人歌手たちとドルトン・ボールドウィンによるこのロッシーニのコンサートは楽しかったのを覚えています。

日本カール・レーヴェ協会のコンサートは、私がこのブログを始めるよりも前に一度聞いた記憶があります(記憶が正しければ)。おそらく家のどこかにパンフレットがあると思います。
今回のコンサート、6人の歌手(ソプラノ3人とバリトン3人)と、それぞれ異なるピアニスト6人が、レーヴェのみ、もしくはレーヴェと他の作曲家の作品を合わせて披露していました。

最初の境澤稚子さん&高須亜紀子さんはレーヴェ1曲+マーラー3曲で、レーヴェの「エフタの娘」は聖書の話に基づくそうです。辻さんの解説によると、エフタが戦争に勝たせてくださいとエホヴァに祈り、もし勝利したら帰宅して最初に出迎えた者を捧げますと誓います。エフタが戦争に勝ち、帰宅したところ彼の愛娘が最初に出迎えて、エホヴァに捧げられることになります。バイロンの詩の独訳がテキストに用いられていますが、詩を読むとこの娘が気丈にも死ぬことを覚悟していることが分かります。父エフタが人身御供として娘を殺したという説と、殺されずにエホヴァに仕えて暮らしたという説があるようです。一方マーラーはしっとりとした2曲の間にコミカルな「夏に交代」がはさみこまれたプログラミングでした。

次の竹村淳さん&菅野宏一郎さんはレーヴェの10分以上かかる「アーチバルト・ダグラス」1曲を披露しました。歌曲としては10分はかなり長い方ですが、辻さんと竹村さんのトークでも触れられていましたが、実際にはもっと長い作品が沢山あり、cpoのレーヴェ全集を見ると、聞く前から身構えてしまいそうな長さの作品が多いことが分かります。この「アーチバルト・ダグラス」はレーヴェの作品の中では比較的よく演奏されていて、ヒュッシュからF=ディースカウ、プライ、ホッター、クルト・モル、クヴァストホフ、さらに現役世代のトレーケルやクリンメルまで録音しています。
アーチバルド・ダグラス伯爵はジェームズ王の子供の頃から支えてきましたが、アーチバルドの兄弟が謀反を起こした結果、ダグラス家は追放となります。7年間放浪したアーチバルドは再度ジェームズ王の前にあらわれ許しを請います。最初のうちはアーチバルドを見なかったこと、聞かなかったことにして、そのまま行こうとしますが、アーチバルドがもう一度だけ馬の世話をして故郷の空気を吸わせてほしい、それがかなわないのならばこの場で死なせてほしいと訴えます。それを聞いたジェームズ王は、その忠義心に胸を打たれ、彼を許して一緒に故郷へ向かうという内容です。レーヴェの曲がバラードの展開に沿って細やかに描かれていき、その長大さを感じさせない見事な作品だと思います。

前半最後の新居佐和子さん&東由輝子さんはレーヴェの有名な「時計」とヴォルフのゲーテ歌曲2曲を演奏しました。辻さんが最初の解説でこの「時計」というのは何のことをたとえているのでしょうと客席に問いかけて演奏が始まりました。最後の瞬間にひとりでに止まるであろう時計を神様にお返ししようとする主人公の心臓の鼓動を時計になぞらえているのでしょう。
ヴォルフの「アナクレオンの墓」は享楽主義の古代ギリシャの詩人を称えた名作。そしてなかなか実演で聞けない「人の好い夫婦」を聞けたのが楽しかったです(「人の好い夫婦」はレーヴェも作曲していますが、ここではヴォルフの作品が披露されました)。ヴォルフは先人が成功していると思った詩には作曲しなかったそうなので、レーヴェ作曲の「人の好い夫婦」には満足していなかったのかもしれません。

ここまで前半だけで1時間でしたがあっという間でした。

休憩15分をはさみ、後半は櫻井利幸さん&平島誠也さんのレーヴェ2曲で始まりました。最初の「渡し」は辻さんが「私」ではないですよと冗談をおっしゃり、場を和ませていました。この曲、歌手活動最晩年のディースカウも録音していて、川を渡る水の音を模すピアノパートに乗って美しい歌が静かな感銘を与えてくれます。何年も前に主人公が2人の友人と一緒にこの川を渡ったが、その2人は亡くなってしまった。再度同じ川を渡った後、今も絆のつながっている友人たちの分も含めた3人分の船賃を船頭に払うという内容です。一方で有名な「オルフ殿」はデンマークの詩のヘルダーによる独訳に作曲され、おどろおどろしい内容は、辻さんたちの解説でも触れられていましたが「魔王」によく似ています。演奏前に辻さんにふられて平島さんが前奏や夜が明けて朝になる場面の間奏を演奏してくれました。こういう実例の演奏は曲をはじめて聞く人にとっても大きな助けになるのではないかと思います。

続いて、峯島望美さん&松永充代さんはレーヴェ2曲とツェムリンスキー4曲を演奏しました。峯島さんはこのコンサート初登場だそうです。レーヴェの「ああ、お願いです、苦しみの聖母さま!」はシューベルトも作曲している「ファウスト」内のテキストによる作品で、凝縮した悲しみの表現が素晴らしい作品です。一方の「鐘のお迎え」は「追いかける鐘」と訳されることもある有名なリートで、教会にいきたがらない少年を鐘が追いかけるというユーモラスな作品です。続いてのツェムリンスキーは6曲からなる「トスカーナ地方の民謡によるワルツの歌Op. 6」からの4曲が演奏されました。初期のツェムリンスキーのまだ初々しさも感じられる耳に馴染みやすい作品群です。ピアノパートがすでに精緻でかなりの演奏効果をあげていました。

最後は杉野正隆さん&田中はる子さんによるレーヴェ3曲。最初の2曲「蓮の花」「ぼくは夢で泣いた」はいずれもシューマンの歌曲が有名ですが、レーヴェの作品も素晴らしいです。前者は舟歌のようなリズムにのって歌われる歌声部の繊細な響きが美しく、後者は上行する旋律が印象的で有節形式なので繰り返し聞くうちに耳に残ります。今回のコンサートの締めは有名な「詩人トム」です。詩人トーマスが寝そべっていると妖精の女王に出会い、口づけをすると7年私に仕えなければならないと言われたトムは喜んで口づけをし、なんとも幸せを感じながら(Wie glücklich)女王とともに馬を進めたという内容です。馬のたてがみに付けられている鈴の音がピアノパートで美しく再現されます。歌声部は詩の展開に沿って進みますが、基本的にはのどかで心地よい響きに満ちています。素性の知らない女性と会っても驚きもせず、帽子をとって挨拶するトムの人物像はおそらくオリジナルのスコットランドの詩に由来するのではないかと想像します。

演奏はみな素敵でした。ソプラノ3人はそれぞれ個性の違う方たちで、同じソプラノでも異なる声の響きで楽しませていただきました。特に峯島さんは声量が豊かで「ああ、お願いです、苦しみの聖母さま!」の悲しみの表現など素晴らしかったです。他のお二人もそれぞれの個性を生かした表現で楽しませていただきました。

バリトン3人の中ではおそらく竹村さんが若い方のようで、櫻井さんと杉野さんはベテランの貫禄が滲み出ていました。3人ともかなり声のボリュームが凄くて、王子ホールより大きなホールでも余裕で後部座席まで届きそうな豊かな声をされていました。竹村さんはとても丁寧で真摯な表現で今後楽しみな歌手だと思いました。そして櫻井さんと杉野さんは味わい深い声の響きと表現力に酔いしれました。

ピアニストは久しぶりに聴いたベテランの平島さんはもちろん素晴らしくレーヴェの作品の展開を描いていましたし、東さんの余裕のある美しい響きも良かったです。今回他の4人の方も含め、みなピアノの音がとても美しく、どれほど一つの音を出すのに入念な準備をされているのだろうと思うほど、磨き抜かれた響きでした。6人の素晴らしいピアニストを聞くことが出来て大満足でした。

忘れてならないのが進行・朗読を務められた辻宥子さんです。舞台左の椅子に座られ、最初から最後まで聴衆と演奏者どちらにも場を和ます気配りをされながら会の進行を務めておられました。まず語りが素晴らしく、詩の内容や背景などの説明から朗読まで、どこを取っても味わい深さが感じられるものでした。ちなみに詩の全訳ではなく抄訳の為、「朗読」という言葉を使うことをためらわれていましたが、眼前に情景が浮かぶような見事な語りを披露されていて、紛れもなく朗読という芸術を味わった気持ちでした。今一度辻さんの歌も聞いてみたい気がします。

最後に、このプロジェクトを立ち上げられた監修の佐藤征一郎さんにも大きな拍手を送りたいと思います。
配布された充実した内容のプログラム冊子(堀越隆一氏の解説も貴重な資料です)に「エピローグとしてのプロローグ」という文章を寄稿されていて、大変なご苦労があった中、現在は音源の整理や執筆活動をされているということが分かりひとまず安心しました。当日会場にいらっしゃったのかどうかは分かりませんでしたが、今後も執筆活動など楽しみにしたいと思います。ちなみに高橋アキさんやボールドウィンと組んだ佐藤さんのレーヴェのCDも素晴らしいので、興味のある方はぜひ聞いてみてください。

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(参考)

日本カール・レーヴェ協会(ホームページ)

日本カール・レーヴェ協会(facebook)

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レーヴェ「海の燐光」(Loewe: Meeresleuchten, Op. 145, No. 1)を聴く

Meeresleuchten, Op. 145, No. 1
 海の燐光(りんこう)

Wie viel Sonnenstrahlen
Fielen golden schwer,
Fielen feurig glühend
In das ew'ge Meer;
Und die Woge sog sie
Tief in sich hinab,
Und die Woge ward ihr
Wildlebendig Grab.
 どれほどの太陽の光が
 濃い金色に降り注ぎ
 真っ赤に燃えて
 永遠なる海へと落ちたことか。
 そして大波は陽光を
 自らの深くへと吸い込み、
 大波は陽光にとって
 生きる墓となった。

Nun in stiller Nächte
Heil'ger Feierstund'
Sprühen diese Strahlen
Aus des Meeres Grund.
Leuchtend roll'n die Wogen
Durch die dunkle Nacht;
Wunderbar durchglüht sie
Funkensprüh'nde Pracht.
 今や神聖な祝典の
 静かな夜に
 この光線が
 海底から煌めく。
 輝く大波は
 暗い夜の間押し寄せる。
 見事なまでに光は、
 煌めく壮麗さを輝きで満たす。

詩:Carl Siebel (1836-1868)
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Meeresleuchten", op. 145 no. 1 (1859?), from Liederkranz für die Bassstimme, no. 1

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レーヴェは、カール・ズィーベル(Carl Siebel: 1836-1868)の"Erinnerung(思い出)"という詩に、タイトルを"Meeresleuchten(海の燐光), Op. 145, No. 1"に変更して作曲しました。楽譜には「宮廷歌手アウグスト・フリッケ(August Fricke)の為に作曲され、彼に捧げられた」と記載されています。1959年に作曲され、5曲からなる"Liederkranz für die Bassstimme(バスの為の歌の冠)"の第1曲目として1869年に出版されました。

曲はリピート記号で繰り返される、2節の完全な有節歌曲です。レーヴェがバス歌手と指定しているだけあって、歌声部の最低音は最後に出てくるほ音(E)で、最高音はロ音(H)です。ソプラノの概念を超越したジェスィー・ノーマンがもし歌ったとしたら移調する必要はないかもしれませんが、基本的にこの曲を歌えるのは低声歌手に限られるでしょう。悠然とした伸びやかな旋律にしばしばあらわれるメリスマをいかに見事に歌うかがポイントの作品のように思えます。穏やかで美しいメロディーをもち、短いですが印象に残る作品です。

ピアノパートは基本的に右手で八分音符の和音を刻み、左手はオクターブのバス音をゆったり響かせています。

Meeresleuchten 

9/8拍子
ホ長調(E-dur)
Andante

●クルト・モル(BS), コルト・ガルベン(P)
Kurt Moll(BS), Cord Garben(P)

クルト・モルの重厚で包み込むような深いバスの美声が、この作品の魅力を余すところなく描いています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

ハイバリトンの印象の強いF=ディースカウですが、この曲の深く沈む低音を見事に表現していて素晴らしいです。

●カール・リッダーブッシュ(BS), リヒャルト・トリムボルン(P)
Karl Ridderbusch(BS), Richard Trimborn(P)

リッダーブッシュの声は深さと同時に優しさも感じられ、聞いていて癒される感じがしました。

●ヨーゼフ・グラインドル(BS), ヘルタ・クルスト(P)
Josef Greindl(BS), Hertha Klust(P)

息の長いメロディーを悠然と歌うグラインドルのバス歌手ならではの響きに魅了されました。

●フランツ・ハヴラタ(BS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Franz Hawlata(BS), Helmut Deutsch(P)

現役世代にもここで聞けるような優れたリートを歌うバス歌手がいることが嬉しいです。ちなみにハヴラタは東日本大震災の直後にキャンセルせずに来日してオペラ出演したそうです。当時の観客は大いに励まされたことと思います。

●ピアノパートのみ(Taisiya Pushkar(P))
Meeresleuchten (Carl Loewe) - Piano Accompaniment in E Major

Channel名:All Things Piano(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音が出ますので要注意)
楽譜表示付き。オリジナルのホ長調で演奏されています。ピアノだけで聞いてもとても美しいです。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP ("Meeresleuchten"はP.158)

Carl Siebel (Wikipedia: 独語)

Carl Siebel (Wikipedia: 英語)

Carl Siebel's Dichtungen (原詩の"Erinnerung"はp.106)

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レーヴェ「牧師の娘(Carl Loewe: Das Pfarrjüngferchen, Op. 62, Heft 2, No. 4)」を聴く

Das Pfarrjüngferchen, Op. 62, Heft 2, No. 4
 牧師の娘

1.
Herr Pfarrer hat zwei Fräulchen,
Die gar zu niedlich sind,
Sie haben kleine Mäulchen
Und Schühlein wie ein Kind
Und kleine flinke Händchen,
Zu knöppeln (klöppeln?) Spitz' und Käntchen,
Zu wickeln runde Knäulchen,
Zu drehen Rädchen wie der Wind.
 牧師様には2人の娘がいて、
 2人はとてもかわいらしく
 お口は小さく
 靴は子供のようで
 お手々は小さく器用で
 縁(ふち)をレース編みしたり
 糸をまるめて玉にしたり
 風のように糸車を回したりする。

2.
Im selbstgemachten Schöpfchen,
Im Lätzchen selbstgestickt,
Im selbstgeflochtnen Zöpfchen,
Im Strümpfchen selbstgestrickt,
Im selbstgebleichten Schürzchen,
Sie heben rußge Stürzchen,
Und rühren um im Töpfchen
Den Kohl, vom Gärtchen selbstbeschickt.
 自分で髪を整え
 自分で前掛けに刺繍をし
 自分でお下げ髪に編み
 自分で靴下に刺繍をし
 自分で前掛けを漂白して、
 二人は煤けた蓋を取り
 鍋の中の、
 自分でお庭から取ってきたキャベツをかき混ぜる。

3.
Am Sonntag, wenn zu lange
Der Vater läßt den Sand
Der Predigt rinnen, bange
Wird ihrer fleißgen Hand,
Verborgen unterm Stühlchen,
Sie halten da ein Spülchen,
Ein Künkelchen im Gange,
Man sieht es nicht im Gitterstand.
 日曜日に、あまりにも長いこと
 父が砂のように説教を
 垂れると
 不安になった二人の勤勉な手は
 椅子の下でこっそり
 糸巻をつかみ
 糸巻ざおを動かす。
 格子の囲いで見られることはない。

4.(1行目はレーヴェの付加。他の行は第1連の繰り返し)
Das sind des Pfarrers Fräulchen,
Die gar zu niedlich sind,
Sie haben kleine Mäulchen
Und Schühlein wie ein Kind
Und kleine flinke Händchen,
Zu knöppeln Spitz' und Käntchen,
Zu wickeln runde Knäulchen,
Zu drehen Rädchen wie der Wind.
 それが牧師の娘さんたち、
 2人はとてもかわいらしく
 お口は小さく
 靴は子供のようで
 お手々は小さく器用で
 縁(ふち)をレース編みしたり
 糸をまるめて玉にしたり
 風のように糸車を回したりする。

詩:Friedrich Rückert (1788-1866), "Die Pfarrjüngferchen", appears in Haus- und Jahrslieder, in 3. Des Dorfamtmannsohnes Kinderjahre [formerly, "Erinnerungen aus den Kinderjahren eines Dorfamtmannsohns"] 
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Die Pfarrjüngferchen", op. 62, Heft 2 no. 4 (1837), stanzas 1-3 [ voice and piano ]

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フリードリヒ・リュッケルトの詩による「牧師の娘(Das Pfarrjüngferchen, Op. 62, Heft 2, No. 4)」はカール・レーヴェによって愛らしいリートとして1837年10月に作曲されました。私がこの曲をはじめて知ったのはファスベンダーとガルベンによるDeutsche Grammophonのレーヴェ歌曲集のCDでした。一回聞いただけで気に入り、一体何度聞いただろうというぐらい繰り返し聞いたものでした。

リュッケルトの原詩にはもともとレーヴェが作曲しなかった第4連があり、娘たちが何年も料理をしているうちにしわくちゃになってしまったので男たちの意欲が失せて独身のままだったという、今ならアウトな内容になっています。レーヴェがこの第4連を省略して、第1連を繰り返す形(1行目だけレーヴェによる改変がありますが)にしたのは妥当な判断だったように思います。

レーヴェは、第3連のみ若干の変化を加えた有節形式で作曲しました(A-A-A'-A)。第3連は説教する父親の目を盗んで編み物をするところで、途中からこれまでのニ長調の同主調にあたるニ短調に変わります。

レーヴェの歌曲の特徴の一つは歌声部にメリスマが多用されることだと思います。この曲でもそれほど多くはありませんが、メリスマがあります。弾き語りをするレーヴェにとって、装飾的な歌の技術に自信があったのでしょうか。

また、ピアノの間奏や後奏が糸車をくるくる回している様を思わせ、とても魅力的です。楽譜には特に指示はありませんが、コルト・ガルベンのようにアッチェレランドして速めていくとお茶目な感じが出て魅力的でした。

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C (4/4拍子)
ニ長調(D-dur)
Allegro grazioso

●ブリギッテ・ファスベンダー(MS), コルト・ガルベン(P)
Brigitte Fassbaender(MS), Cord Garben(P)

ファスベンダーとガルベンがDGに録音したレーヴェ歌曲集のCD(1987年10月ベルリン録音)によって、バラーデだけではないレーヴェのリートの魅力に開眼しました。このCDで解説を担当されている喜多尾道冬氏は日頃から歌曲を歌うファスベンダーを非常に高く評価していて、「F=ディースカウとならぶ大リート歌手」と言い切っておられるのが清々しいです。ピアノのガルベンは間奏や後奏をアッチェレランド気味に速めていく箇所など表現力が素晴らしいです。

●ガブリエレ・ロスマニト(S), コルト・ガルベン(P)
Gabriele Rossmanith(S), Cord Garben(P)

コルト・ガルベンによるcpoレーベルへのレーヴェ歌曲全集第4巻に収録されています。ロスマニトの清楚な美声で聞くと、テキストで歌われている娘さんたちのイメージが浮かびます。

●ルドルフ・ボッケルマン(BR), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Rudolf Bockelmann(BR), Michael Raucheisen(P)

1943年2月5日録音。ピアニストのラウハイゼンがドイツリートの集大成を録音するというプロジェクトを進める中、戦争で中断を余儀なくされますが、レーヴェの作品についてはかなり多くの録音が残されました。この録音はその中の一つと思われますが、ボッケルマンのとぼけたユーモラスな歌唱が楽しいです。後奏の最後にボッケルマンがテクスト最後の"wie der Wind(風のように)"を追加して歌っています。

●エンゲルベルト・クッチェラ(BS), グレアム・ジョンソン(P)
Engelbert Kutschera(BS), Graham Johnson(P)

この曲は女声歌手しか歌わないというイメージをこれまで勝手に持っていたのですが、男声の低声歌手が歌うことでユーモラスな雰囲気が強まってなかなかいいですね。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP ("Das Pfarrjüngferchen"はp.84)

フリードリヒ・リュッケルト(Wikipedia:日本語)

Friedrich Rückert (Wikipedia:独語)

F. Rückert's gesammelte poetische Werke. [Edited by H. Rückert.], 第 1 巻(P.219)

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レーヴェ「オーディンの海の騎行」(Carl Loewe: Odins Meeresritt, Op. 118)を聴く

Odins Meeresritt (oder Der Schmied auf Helgoland), Op. 118
 オーディンの海の騎行(あるいはヘルゴラントの鍛冶屋)

Meister Oluf, der Schmied auf Helgoland,
Verläßt den Amboß um Mitternacht.
Es heulet der Wind am Meeresstrand,
Da pocht es an seiner Türe mit Macht:
 オールフ親方はヘルゴラントの鍛冶屋で
 真夜中に金敷(かなしき)を離れる。
 岸辺では風が咆哮している。
 その時、勢いよくドアをたたく音がする。

"Heraus, heraus, beschlag' mir mein Roß,
Ich muß noch weit, und der Tag ist nah!"
Meister Oluf öffnet der Türe Schloß,
Und ein stattlicher Reiter steht vor ihm da.
 「出て来い、出て来い、わしの馬に蹄鉄を打ってくれ。
 わしはまだ遠くまで行けねばならぬ。夜明けも近い!」
 オールフ親方が扉の錠を開けると
 一人の堂々たる騎士が目の前に立っている。

Schwarz ist sein Panzer, sein Helm und Schild;
An der Hüfte hängt ihm ein breites Schwert.
Sein Rappe schüttelt die Mähne gar wild
Und stampft mit Ungeduld die Erd'!
 鎧、兜、盾は黒く、
 腰には幅の広い剣を差している。
 彼の黒馬は荒々しくたてがみを振り
 苛立って地面をけっている!

"Woher so spät? Wohin so schnell?"
"In Norderney kehrt' ich gestern ein.
Mein Pferd ist rasch, die Nacht is hell,
Vor der Sonne muß ich in Norwegen sein!"
 「こんな遅くにどちらから?そんなに速くどちらへ?」
 「わしはノルダーナイ島に昨日立ち寄った。
 わしの馬は足が速く、夜は光が照らしてくれる。
 日が出る前にノルウェーに行かねばならぬ!」

"Hättet Ihr Flügel, so glaubt' ich's gern!"
"Mein Rappe, der läuft wohl mit dem Wind.
Doch bleichet schon da und dort ein Stern,
Drum her mit dem Eisen und mach' geschwind!"
 「翼があるというのでしたら、喜んで信じるのですが!」
 「わしの馬は風に乗って駆けるのだ。
 だがもうあちこちで星の光が薄くなっている、
 だから鉄を持ってきて早く打ってくれ!」

Meister Oluf nimmt das Eisen zur Hand,
Es ist zu klein, da dehnt es sich aus.
Und wie es wächst um des Hufes Rand,
Da ergreifen den Meister Bang' und Graus.
 オールフ親方は鉄を手に取る、
 鉄はとても小さかったが、その時伸びたのだ。
 なんと蹄(ひづめ)のふちまで広がり、
 親方は不安と恐怖に襲われた。

Der Reiter sitzt auf, es klirrt sein Schwert:
"Nun, Meister Oluf, gute Nacht!
Wohl hast du beschlagen Odin's Pferd';
Ich eile hinüber zur blutigen Schlacht."
 この騎手は馬にまたがり、剣が音を立てる。
 「では、オールフ親方、おやすみ!
 あなたはオーディンの馬にうまく蹄鉄を打ってくれた。
 わしは血なまぐさい戦に急ぐとしよう。」

Der Rappe schießt fort über Land und Meer,
Um Odin's Haupt erglänzet ein Licht.
Zwölf Adler fliegen hinter ihm her;
Sie fliegen schnell, und erreichen ihn nicht.
 黒馬は陸へ海へと突進して行き、
 オーディンの頭のまわりは光り輝く。
 12羽の鷲がその後を飛ぶ。
 鷲は速く飛ぶが、オーディンに追いつかなかった。

*4連2行:Norderney: Ost-Friesische Insel(ノルダーナイ島:東フリースラントの島)

詩:Aloys Wilhelm Schreiber (1761-1841)
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Odins Meeres-Ritt", subtitle: "Der Schmied auf Helgoland", op. 118 (1851)

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カール・レーヴェ(Carl Loewe: 1796-1869)のバラーデは史実や神話などが元になっているものが多い為、文化の全く異なる日本人にとってはとっつきにくい感がなくもないのですが、テキストは別として音楽だけ聞くと、描写表現がとても分かりやすく、メロディーラインも美しいので、次から次へと情景が変わる紙芝居に通じるようなわくわく感が感じられます。

往年の歌手(スレツァークやシュルスヌスなど)から現代の歌手にいたるまで歌い継がれているのは、ヨーロッパ圏の人たちにとっては馴染みのある内容であり、かつレーヴェの作品の親しみやすさも関係しているのではないかと思います。ただ、レーヴェの膨大な量の作品の中で何曲知っているかと問われるといささか心もとなくなります。コルト・ガルベンがcpoレーベルに歌曲全集を録音してくれたこともあり、テキストの難解さはとりあえず脇に置いて、少しずつ未知の作品に触れていくというのもいいかなと思ったりもしています。

そんな中、レーヴェのバラーデの王道であり、名歌手たちがこぞって歌い、録音してきた作品の1つが「オーディンの海の騎行(Odins Meeresritt, Op. 118)」で、「海を行くオーディン」という日本語タイトルでも親しまれています。北ゲルマン人の神話をもとにして書かれたテキストに作曲されたこの作品、とにかく良く出来ていて、格好いい曲なので、人気が高いのもうなずけます。

このテキストの登場人物は第三者の語り手を除くと2人で、鍛冶屋の親方オールフと、駿馬(8本脚のスレイプニル)にまたがる神オーディン(ヴァーグナーの『ニーベルングの指輪』に登場するヴォータンと同一人物)です。ヘルゴラントの鍛冶屋オールフは真夜中まで働き、ようやく仕事場を離れました。風が強く、海が荒れている中、オールフの家の扉を強く叩く者があり、出てみると全身黒ずくめの立派な騎士オーディンが立っていました。オーディンはノルダーナイ島から来て、夜明け前にはノルウェーに到着しなければならないので、馬の蹄鉄を打ってくれと頼みます。そんな速く移動できるわけないといぶかりながらも、オールフは小さな鉄を手にすると、蹄のふちまで鉄が伸びて恐怖におののきます。それでも無事鉄を打つと、オーディンが感謝の言葉を述べて、ノルウェーの戦へと去っていきます。十二羽の鷲が後を追うものの、速すぎてはぐれてしまったという内容です。

テキストの作者アロイス・ヴィルヘルム・シュライバー(Aloys Wilhelm Schreiber: 1761-1841)による原タイトルは「Meister Oluf(親方オールフ)」で、鍛冶屋に焦点を当てていますが、レーヴェのバラーデのタイトルは「オーディンの海の騎行」、つまりオーディンが主役で、「ヘルゴラントの鍛冶屋」、つまりオールフのことを副題として扱っています。

1851年、レーヴェ55歳の作曲で、Richard Wigmoreによると、1951年に娘アデーレ(Adele Loewe: 1827-1851)を亡くし、失意から立ち直る最中のノルウェーで作曲されたそうです。レーヴェがどのような描写をしているのか実際に楽譜を見てみましょう。

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前奏もなくいきなり歌のみで始まり、オールフの紹介が歌われる箇所は、行進曲のようなリズム進行で、最初の1行でホ短調の主音に戻るところなど、鉄を鍛える様を暗示しつつ、オールフが職人肌の律儀な人であるさまを印象づけます。次に海が荒れる箇所ではsfで左手に細かい音型が出てきます。その後、オーディンがドアを叩くところではスタッカート付きの二つの和音が表現しています。そしてクレッシェンドで盛り上がったすえに「出てこい(Heraus!)」でffに到達します。その後、馬に蹄鉄を打ってくれと頼む箇所では、左手の細かい装飾音が馬のいななきをあらわしているかのようです。

「オールフが扉を開けると立派な騎士が立っていた」という第2連3-4行目は、1-2行目の音楽をほぼ同様に繰り返し、リタルダンドとフェルマータの付いた八分休符でいったん区切りを付けます。

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その後、moderato(中庸の速度で)で騎士の外見(鎧、兜、盾は黒く...)が、語るように落ち着いて表現されます。次に荒馬が落ち着きなく地面を蹴る様をfと強拍のsfの連続で示し、八分休符のフェルマータで再び場面転換をはかります。続いて、オールフが「こんな遅くにどちらから?」と聞く箇所のおずおずとしたさまをpとスタッカートで絶妙に描写します。その後も騎士の語るような旋律とオールフのおずおずとした言葉が対照的に描かれ、「わしの馬は風に乗って駆けるのだ」の箇所でピアノパートの細かい上行形が馬の疾風のような速さを描きます。

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オーディンに蹄鉄を早く鍛えるように急かされたオールフは、手に鉄をとるとそれはあまりにも小さかったが、「その時、伸びたのだ(da dehnt es sich aus)」という箇所をLentoで見事に表現していて、こういう物語の急展開を巧みに描く手腕はレーヴェの優れた点の一つだと思います。

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その後、馬の蹄の大きさまで鉄が伸びていく様をピアノパートが細かい音型で表現し、それを見て恐れおののくオールフのぶるぶる震えるさまをピアノパートのトレモロやトリルで描いています。

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最後の第7連・第8連で、オーディンは鍛冶屋のオールフに礼を言い、ノルウェーの戦場に向かうさまが語られますが、ここからは歌が1行歌うと、それに呼応してピアノソロが応じる形をとり、歌の内容をピアノの技巧的なパッセージが念押しするかのようです。歌とピアノソロが交互に応じあう曲というと、シューベルトの「愛の使い(Liebesbotschaft)」が思い出されますが、シューベルトは詩人と川の流れの対話を意図しているのに対して、シンガーソングライターのレーヴェは、歌とピアノそれぞれの名人芸をここで聴衆にアピールしようとしたのかもしれません。実際、この最後の2連は聞いていて徐々に高揚していく感じがたまらなく恰好よくて、最後へ向けて盛り上がる曲の代表格と言ってもよいかと思います。

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終盤の縦横無尽に駆け巡るピアノパートは、馬を駆るオーディンが鷲も追いつけないほどの猛スピードで戦場へ赴くさまがこれ以上ないぐらいドラマティックに表現されていて、ここはピアニストの腕の見せ所だと思います。レーヴェはピアノの腕前も優れていたそうなので、ここで聴衆に存分にアピールしたことでしょう。

C (4/4拍子) - 6/8拍子 - C - 6/8拍子
ホ短調(e-moll)
Andante maestoso - ...(テンポ表示が次々に変わる)

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ノーマン・シェトラー(P)
Thomas Quasthoff(BR), Norman Shetler(P)

このCDを初めて聞いた時に驚嘆したのはピアノのシェトラー(先日惜しくも亡くなりました)。いつもはもっと落ち着いたクールな演奏をする印象があったシェトラーがこの曲では激しく雄弁に勢いよく前進していきます。走り出したら止まらない勢いです!今でもこの曲のピアノパートで一番のお気に入りです!若かりしクヴァストフのディクションの美しさも素晴らしいです。

●ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

1970年代Philipsのシリーズの一環として録音された音源ですが、クリーンとの「白鳥の歌」を彷彿とさせる情熱的なプライの歌唱です。語るところと突進するところのテンポのめりはりがはっきりしていて、特に後半の手に汗握る緊迫感のある歌はエンゲルの鋭利で輝かしい超絶技巧も相まって痺れます。

●ハンス・ホッター(BSBR), ジェラルド・ムーア(P)
Hans Hotter(BSBR), Gerald Moore(P)

ホッターの深々とした歌声はバラーデの語り部としても素晴らしいです。

●ヨーゼフ・グラインドル(BS), ヘルタ・クルスト(P)
Josef Greindl(BS), Hertha Klust(P)

グラインドルはバス歌手としては重くなく、ディクションも良かったです。クルストのピアノも良かったです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

ディースカウはいつもながら巧みな表現力で隅々まで描き尽くしていました。デームスもいい演奏でした。

●コンスタンティン・クリンメル(BR), ドリアナ・チャカロヴァ(P)
Konstantin Krimmel(BR), Doriana Tchakarova(P)

かなりゆっくり目のテンポ設定で、それぞれの箇所の表現を丁寧に表現している感じがしました。途中で笑い声を入れたのは新鮮でした。ライヴだとこういう試みもしやすいでしょうね。

●カール・リッダーブッシュ(BS), リヒャルト・トリムボルン(P)
Karl Ridderbusch(BS), Richard Trimborn(P)

深みのあるリッダーブッシュの声がオーディンの威厳を感じさせてくれました。

●ピアノパートのみ
Carl Loewe: Odins Meeresritt op. 118 - Sing Along Lied

Channel名:Raul Neuman (オリジナルのサイトはこちらのリンク先。音声が出ます)
ここではニ短調に移調して演奏しています。レーヴェがこの曲のピアノパートにいかにドラマティックな要素をふんだんに盛り込んだかが分かります。そしてこのピアニストの演奏の素晴らしいこと!Bravo!

他に動画サイトにはアップされていませんでしたが、Hyperion RecordsのFlorian Boesch(BR), Roger Vignoles(P)によるレーヴェ・アルバム中の演奏も素晴らしかったです。こちらのアルバム、他の曲も含めてベッシュの語り口が非の打ちどころのないほど素晴らしく、ヴィニョールズも細やかに描写していて、とてもいいアルバムでしたので、興味のある方は聞いてみてはいかがでしょうか。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Hyperion RecordsのRichard Wigmoreによる解説

Liederabend - SV22 | Odins Meeresritt

Alois Wilhelm Schreiber: Gedichte. Erster Theil (1817, Bauer, Wien) ("Meister Oluf"は21~22ページ)

Aloys Schreiber (Wikipedia:独語)

ノルダーナイ島(Wikipedia:日本語)

フリースラント(Wikipedia:日本語)

オーディン(Wikipedia:日本語)

スレイプニル(Wikipedia:日本語)

カール・レーヴェ(Wikipedia:日本語)

Carl Loewe (Wikipedia:独語)

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レーヴェ(Carl Loewe)/「春(Frühling, Op. 107a, No. 3)」を聴く

Frühling, Op. 107a, No. 3
 春

Der Frühling begrüsset die junge Natur,
Ein wogendes Blumenmeer decket die Flur,
Und Nachtigallchöre besingen
Die Bäume mit liebliche Klingen.
 春は若き自然に挨拶する、
 波打つ花の海が野原を覆い、
 さよなきどりは
 木々をたたえて愛らしい声で歌う。

Die Blümchen des Maies bespiegeln sich hell
Im traulich, melodisch sie lockenden Quell,
Und froh zu der himmlischen Sphäre
Erhebt sich der Halm und die Ähre.
 五月の花々は
 親しげに旋律が誘う泉に明るく映る自らの姿を見る。
 そして朗らかに天空に向けて
 イネの茎や穂が立っている。

Der Schmetterling zeiget im Bilde dem Geist,
Dass dieser einst siegend die Hülle durchreisst,
Wenn er sich aus düsterem Dunkel
Aufschwinget mit Glanzesgefunkel.
 蝶々はその姿で
 いつか打ち勝ってベールを引き裂くという気持ちを見せている、
 薄暗い闇から
 きらめき輝き 飛び立つときに。

Glühwürmchen durchschweben im flimmenden Tanz
Die Lüfte mit goldenem leuchtendem Glanz,
Sie wiegen sich selig und irren und schwanken
Wie ahnend verschwimmende Traumesgedanken.
 蛍たちはちらちら光るダンスを舞いながら
 黄金色に輝く光でそよ風の中漂う。
 それらは幸せに揺れてさまよいよろめく、
 うすうす感じながらかすむ夢の思いのように。

詩:Thelyma Nelly Helene Branco (1818-1894), as Dilia Helena
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Frühling", op. 107 no. 3 (1842), from Waldblumen: Eine Liedergabe von Dilia Helena. Zweiter Strauß, no. 3

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今回はカール・レーヴェの「3つの歌(3 Lieder, Op. 107a)」の第3曲「春(Frühling)」を聞き比べたいと思います。とはいってもIMSLPに楽譜がアップされておらず、音源も私の知る限り今のところ2種類しかないのですが、とても魅力的な春の歌ですし、歴史物語を題材にしたバラーデ(バラード)を得意とした作曲家レーヴェの、バラーデだけではないリートの分野の魅力も感じることが出来るので、ぜひご紹介したいと思いました。

詩の第2連にもあるように、ドイツの春といったらやはり五月なのですね。

詩は4連からなり、レーヴェはA-A'-B-A''の形式で作曲しています。第3連で変化を見せて最後に元の音楽が回帰する形ですね。

明るく上昇する旋律は春の予感に胸躍らせる者の気持ちを見事なまでに描いていると思います。
第3、4連では4行目の詩句が異なる旋律で繰り返されます。
最終連で蛍が登場する場面のピアノの表現など、細やかな情景描写はバラーデ作家レーヴェの面目躍如たるものがあるでしょう。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Michael Raucheisen(P)

録音:9.III.1943
シュヴァルツコプフが歌うと情景が眼前に浮かぶんですよね。さらにかぐわしい香りまでも!気品がありながら親しみやすさもあるとてもチャーミングな歌唱でした。

●モニカ・グロープ(MS), コルト・ガルベン(P)
Monica Groop(MS), Cord Garben(P)

録音:18-21 March 1998, Sendesaal, Cologne, Germany
丁寧に歌うグロープの歌唱もまた魅力的でした!コルト・ガルベンによるcpoレーヴェ歌曲全集の第11巻に収録されています。

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日本カール・レーヴェ協会/レーヴェ&ドイツ歌曲のワンダーランド(2014年11月2日 王子ホール)

日本カール・レーヴェ協会コンサート2014(Nr.27)
レーヴェ&ドイツ歌曲のワンダーランド

2014年11月2日(日)14:00 王子ホール(全席自由)

楢崎誠広(バス・バリトン)佐藤文雄(ピアノ)
近藤京子(メゾ・ソプラノ)鈴木陽子(ピアノ)高井洋子(クラリネット)
櫻井利幸(バリトン)堀江明子(ピアノ)
西 義一(バリトン)平島誠也(ピアノ)
秋葉京子(メゾ・ソプラノ)梅澤直子(ピアノ)
佐藤征一郎(バス・バリトン)大須賀恵里(ピアノ)堀越みちこ(ヴァイオリン)

楢崎誠広(バス・バリトン)佐藤文雄(ピアノ)
ブラームス(Brahms)/月に寄せてOp.71-2
ブラームス/愛の女神は遠くの国からやってきたがOp.33-4
ブラームス/別れなければならないのか?Op.33-12
レーヴェ(Loewe)/詩人トムOp.135

近藤京子(メゾ・ソプラノ)鈴木陽子(ピアノ)高井洋子(クラリネット*)
レーヴェ/ネックOp.129-2
ブラームス/鎮められた憧れOp.91-1*
ブラームス/聖なる子守歌Op.91-2*

櫻井利幸(バリトン)堀江明子(ピアノ)
メンデルスゾーン(Mendelssohn)/あいさつOp.19-5
メンデルスゾーン/春のうたOp.19-1
メンデルスゾーン/冬のうたOp.19-3
メンデルスゾーン/旅のうたOp.34-6
レーヴェ/鐘のお迎えOp.20-30
レーヴェ/わたしの心は暗いOp.5-5

~休憩~

西 義一(バリトン)平島誠也(ピアノ)
R.シュトラウス(R.Strauss)/献呈Op.10-1
R.シュトラウス/万霊節Op.10-8
レーヴェ/アーチバルド・ダグラスOp.128

秋葉京子(メゾ・ソプラノ)梅澤直子(ピアノ)
レーヴェ/見はるかす山やまの峰しずか(「旅人の夜の歌」より)Op.9 H1-3a
レーヴェ/天より来たりて(「旅人の夜の歌」より)Op.9 H1-3b
R.シュトラウス/あしたOp.27-4
R.シュトラウス/解き放たれた心Op.39-4
R.シュトラウス/たそがれの夢Op.29-1

佐藤征一郎(バス・バリトン)大須賀恵里(ピアノ)堀越みちこ(ヴァイオリン*)
ゲーテの詩による「魔王」の作品比較演奏の試み
コローナ・シュレーター(Corona Schröter: 1751-1802)/魔王
ライヒャルト(Reichardt: 1752-1814)/魔王
シュポーア(Spohr: 1784-1859)/魔王Op.154-4*
レーヴェ/魔王Op.1-3

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バラードの大家カール・レーヴェの作品研究・演奏に人並みはずれた情熱を注いでいるバス・バリトンの佐藤征一郎氏が会長を務める日本カール・レーヴェ協会の第27回コンサートを聴いた。
14時に始まり、休憩15分をはさんで終演が16時半という大変ボリュームのある充実したコンサートだった。
6人の歌手と伴奏者が必ずレーヴェの作品を含めて、他の作曲家の作品も併せて歌うという趣向のようだ。
歌手は今回ソプラノとテノールがいない為、深みをもった声の方々の競演となった。
レーヴェの歌曲(バラードとリート)は普段めったにリートのコンサートで聴く機会がない。
それは本国ドイツでも似たような状態らしい。
佐藤征一郎さんはその長年のレーヴェに対する功績によって、国際カール・レーヴェ協会の名誉会員に外国人としてはじめて今年認定されたとのこと。
歌手としては、プライ、アダム、モル、ディースカウ、シュライアー、トレーケルに続いての認定とのことで、佐藤さんのレーヴェ演奏がいかに評価されているかの証だろう。
おめでとうございます!

演奏は若手の楢崎さん、近藤さんがういういしい歌唱を聴かせ、その後にベテランの方々の含蓄あふれる演奏が続いた。
ブラームスの作品91は普段ビオラ助奏だが、今回はクラリネット版での演奏で、貴重な機会だった(ブラームスのヴィオラ・ソナタもクラリネットで演奏されるし、両者は音色的に近いとされているのだろうか)。
櫻井さんのメンデルスゾーンはすがすがしく、「冬のうた」の悲しい表情も見事だった。
西さんのレーヴェ「アーチバルド・ダグラス」は10分以上の大作を明瞭な語り口で素晴らしく魅力的に聴かせてくれた。
秋葉さんが大好きとおっしゃるレーヴェの「旅人の夜の歌」2曲は、秋葉さんの深みが心に沁みた。

そして佐藤征一郎氏はゲーテの「魔王」による4人の作曲家による比較演奏という非常に興味深い試みを聴かせてくれた。
中でもコローナ・シュレーターは女優でもあり、「魔王」が劇中歌として歌われる芝居「漁師の娘」のヒロイン、ドルトヒェン役を演じた際に節を付けたものが楽譜として残っているようで、佐藤さんは簡素な有節歌曲にさすがのドラマを盛り込んで、聞き手の心をとらえ続けた。
ゲーテのお気に入り、ライヒャルトも簡素な作品で、そこから佐藤さんの迫真の声の演技が冴えわたっていた。
シュポーアの「魔王」はヴァイオリン助奏が加わり、ロマン派のなまめかしさも感じられた。
そして有名なレーヴェの「魔王」での佐藤氏の迫真の歌唱が聴けて大満足であった。
もう70代だそうだが、現役の素晴らしい歌いっぷりであった。

ピアニストは歌手ごとにそれぞれ異なる方々だったが、みな個性をもって歌曲の核心に触れたいい演奏を聴かせてくれた。
とりわけ平島誠也氏のシュトラウスでの雄弁かつ配慮に満ちた演奏がさすがだったし、「アーチバルド・ダグラス」のドラマを見事に構築していた。

レーヴェの普及において佐藤氏のこれまでに行ってきた活動や現在も継続中の活動がどれほど大きな意義をもっていることか。
私たちが将来もレーヴェのバラードやリートに接する機会が保たれるように、今後の協会の活動にも注目していきたい。

珍しい作品も有名な作品も様々な世代の演奏家たちで聴くことの出来た楽しいコンサートだった。
まさにリート好きにとっては「ワンダーランド」であった。

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リンク集追加のお知らせ:B級現代詩の浅見龍之介 Personal Website

リンク集に「B級現代詩の浅見龍之介 Personal Website」を追加しました。
 こちら

詩人として詩集を出版された浅見氏のサイトです。
ユニークな視点での様々な文章を楽しめます。
さらに、シューベルトと同時期にドイツで活動していたカール・レーヴェに対して深い愛情をもっておられます。
特にcpoレーベルのレーヴェ歌曲全集の対訳を丁寧に手掛けられ、レーヴェの歌曲が好きな方は必見です!
今後のさらなる発展が楽しみなサイトです。
ぜひご訪問ください。

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