レーヴェ「エフタの娘」(Loewe: Jeptha's Tochter, Op. 5, No. 2)を聴く
Jeptha's Tochter, Op. 5, No. 2
エフタの娘
Soll nach des Volkes und nach Gottes Willen,
O Vater, sich mein Schicksal jetzt erfüllen,
Hat dein Gelübde dieses Land befreit,
So triff den Busen, der sich jetzt dir beut!
民衆と神の意志に従って
おお、父上、私の運命が今実現することになっているのでしたら
あなたの誓いがこの国を解放したのです、
今あなたの前にあるこの胸を突いてください。
Die Zeit der Klag' und Trauer ist vollendet,
Der Schoß der Berge hat mich hergesendet.
Führt deine Hand, die ich geliebt, den Stahl,
So ist auch in dem Tode keine Qual.
嘆きと悲しみの時が過ぎて
山々のふところは私をこちらに送ってよこしました。
私が愛したあなたの手が刀を扱うのでしたら
死ぬ時も苦しくありません。
Und glaub', o Vater, was ich dir verkünde:
Ein reines Blut entströmet deinem Kinde.
Und wie dein letzter Vatersegen rein,
Wird auch in mir das letzte Denken sein.
信じてください、おお、父上、これから私があなたに告げることを、
純潔の血があなたの子供からあふれ出て
あなたの最後の父親としての清らかな祝福のように
私にとっても最後の思いとなるのです。
Es ziemt, wenn Salem's Jungfraun um mich klagen,
Dem Helden und dem Richter nicht das Zagen.
Die große Schlacht gewann ich ja für dich,
Mein Vater und mein Volk sind frei durch mich.
サレムの処女たちが私を悼むとき
英雄や審判者がひるまないことこそがふさわしいのです。
あなたのために大きな戦いに私は勝ったのです、
私によって父上やわが民衆たちは自由になったのです。
Ist längst das Blut, das du mir gabst, verrauchet,
Und dieser Ton, den du geliebt, verhauchet,
So denke nach des Ruhms, den ich erwarb,
Und o, vergiß nicht, daß ich lächelnd starb!
あなたがとうの昔に私に与えてくれたこの血が煙と消え
そしてあなたが愛したこの声が絶えた時
私が得た栄誉によって思い出してください、
そして、おお、私が微笑んで死んだことを忘れないでください!
原詩:a text in English by George Gordon Noel Byron, Lord Byron (1788-1824), "Jeptha's Daughter", appears in Hebrew Melodies, no. 7
訳詩:Franz Theremin (1780-1846), appears in Hebräische Gesänge, first published 1820
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Jeptha's Tochter", op. 5 no. 2 (1824)
-----
イギリスの詩人ロード・バイロン(Lord Byron: 1788-1824)は『ヘブライの旋律(Hebrew Melodies)』という詩集を書き、1815年にそのうち最初の24編が出版されました。これはアイザック・ネイサン(Isaac Nathan: 1792–1864)作曲の音楽に歌詞を付けるために作られました。その後、ネイサンが6編を加えて、バイロンがそれらにも詩を提供しました。その内容は、トマス・アシュトンの分析によると「世俗的な恋愛の詩」「ユダヤ風の詩」「旧約聖書の主題を直接扱った詩」に分類されるようです。
ちなみに、原詩バイロンによる『ヘブライの旋律(Hebrew Melodies)』のタイトルは次の30編になります。
Magdalen
She Walks in Beauty
Oh! Snatched Away in Beauty's Bloom
Bright be the Place of Thy Soul!
Sun of the Sleepless!
I Speak not - I trace not - I breathe not
I Saw Thee Weep
Oh! Weep for Those
From Job
The Harp the Monarch Minstrel Swept
The Wild Gazelle
My Soul is Dark
Jephtha's Daughter
They say that Hope is happiness
Herod's Lament for Mariamne
We Sate Down and Wept By the Waters of Babel
In the Valley of Waters
On the Day of the Destruction of Jerusalem by Titus
Saul
Song of Saul, before his last Battle
Vision of Belshazzar
To Belshazzar
The Destruction of Semnacherib
Were My Bosom as False as Thou Deem'st It To Be
When Coldness Wraps This Suffering Clay
If That High World
“All is Vanity, Saith the Preacher”
On Jordan's Banks
Thy Days Are Done
Francisca
上記のリストを見ると、シューマンやメンデルスゾーン、ヴォルフも作曲した詩が含まれています。
フランツ・テレミンによって独訳された『ヘブライの歌(Hebräische Gesänge)』にカール・レーヴェは全部で12曲の歌曲を作り、最初の6曲は『ロード・バイロンのヘブライの歌 第1分冊 作品4(Hebräische Gesänge, Heft I, Opus 4)』として1825年に出版され、続く6曲は『ロード・バイロンのヘブライの歌 第2分冊 作品5(Hebräische Gesänge, Heft II, Opus 5)』として1826年に出版されました。
一人の詩人にフォーカスして作曲して出版するという方法はレーヴェも行っていたことになります。
レーヴェは1824年に「エフタの娘」に作曲し、1826年に作品5の第2曲として出版されました。
「エフタの娘」は、旧約聖書の「士師記」第11章に基づいています。
エフタはアルモン人との戦いに勝ったら、私が帰った時に家の戸口から出てきて私を迎える者を主に捧げますという誓いをします。その後、戦いに勝利したエフタが家に帰るとエフタの一人っ子の娘がタンバリンを叩き踊りながら彼を出迎えます。エフタは彼女を見ると服を引きちぎって誓約を悔いますが、娘はその誓約の通りにしてくださいと父親に言います。その後、彼女は二か月だけ友人と山々を巡り、純潔であることを嘆かせてほしいと懇願し、エフタは許可します。二か月後、山から戻った彼女は誓約の通りに実行されるという内容です。
エフタの誓いの内容がどう考えても自分の家族を犠牲にすることになると分かりそうに思うのですが、なぜこのような誓いをしてしまったのでしょうか。戦いに勝つ為には自分の最も大切なものを引き換えにすることが求められているということでしょうか。このエピソードを読んでちょっと不思議な気がしました。
ヘンデルが「イェフタ(Jephtha, HWV 70)」というオラトリオを作っていて、この作品の中では娘は殺されず、その代わり一生処女として過ごさなければならないという結末だそうです(「イェフタ (ヘンデル)(Wikipedia)」)。
レーヴェの音楽はコラール風のピアノ前奏で始まります。父親を悲しませないように明るく振舞っていることを示すような長調の一見けなげな響きの中、ピアノパートは下行音型が聞かれ、本心は辛く沈んでいることを暗示しているかのようです。この歌曲はリピート記号を使わない有節形式で作曲されています。節ごとに歌声部やピアノパートに繊細な変化が施されていて、変形有節形式と言えるでしょう。
シューベルトの有節歌曲が記譜されたものに演奏者が即興的に軽い装飾を加えるとすると、レーヴェはそのちょっとした変更までも律儀に記譜したというところでしょうか(この曲の場合、装飾というよりもどっしりとした安定感があるので、ちょっと違うかもしれませんが)。
最終節の最後の方に「mit hoher Begeisterung(極めて興奮して)」という指示が与えられ、レーヴェが有節形式ではあってもバラードのような展開をこの作品に付与したかったのかなと感じました。演奏者によってエフタの娘の感情表現がどう変わってくるか、本当は聞き比べできたらいいのですが、私の知る限り今のところエディト・マティス&コルト・ガルベンの録音があるのみと思われます。なかなかの良作だと思うので、今後もっと演奏されるといいなと思います。
※この記事のコメント欄に真子様がキリスト教、聖書の背景について解説くださいました。このテキストの内容を理解するうえで大きな助けとなりますので、ぜひご覧ください。
C (4/4拍子)
イ長調(A-dur)
Andante maestoso
●エディト・マティス(S), コルト・ガルベン(P)
Edith Mathis(S), Cord Garben(P)
ガルベンによるcpoレーヴェ歌曲全集の第5巻収録。今のところこの曲の唯一の録音かもしれません。芯のある折り目正しいマティスの歌唱は、エフタの娘のぶれない強さを真摯に表現していて感動的です。
●シューマン作曲「エフタの娘」Op. 95/1
[Schumann: ]3 Gesänge, Op. 95: No. 1, Die Tochter Jephthas
アンケ・フォンドゥング(MS), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Anke Vondung(MS), Ulrich Eisenlohr(P)
同じバイロンの原詩にケルナーが独訳したテキストにシューマンが作曲した作品です。こちらはかなり緊張感のみなぎった娘の辛い心情に焦点を当てたような音楽がつけられています。
-----
(参考)
IMSLP ("Jeptha's Tochter"はPDFのP.141)
Hebrew Melodies (Wikipedia:英語)
Hebräische Gesänge (Franz Theremin) (Berlin, Duncker und Humblot, 1820) (P.22,24原詩、P.23,25テレミンの独訳)
最近のコメント