シーララ/ピアノ・リサイタル(6月20日 東京文化会館 小ホール)

東京文化会館で聴く
シリーズ「ヨーロッパ・ピアノの最先端」第1回
Siirala_200906アンティ・シーララ ピアノ・リサイタル

2009年6月20日(土) 18:00 東京文化会館 小ホール(K列22番)
アンティ・シーララ(Antti Siirala)(P)

モーツァルト/グルックの歌劇『メッカの巡礼』の「われら愚かな民の思うは」による10の変奏曲ト長調
Mozart / 10 Variations on “Unser dummer Pobel meint” from Gluck's La rencontre imprevue in G Major K. 455

ブラームス/2つの狂詩曲作品79より 第1番ロ短調
Brahms / 2 Rhapsodies op. 79 No.1 in b minor

ブラームス/創作主題による変奏曲作品21-1
Brahms / 11 Variations on an Original Theme in D Major op. 21-1

~休憩~

ショパン/3つのマズルカ作品50
Chopin / 3 Mazurkas op. 50 (No. 30 in G Major; No. 31 in A flat Major; No. 32 in c sharp minor)

ショパン/ピアノ・ソナタ第3番ロ短調
Chopin / Piano Sonata No.3 in b minor op. 58

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ヘルシンキに生まれ今年30歳になる若手ピアニスト、アンティ・シーララのリサイタルを聴いてきた。
最近ピアノづいていて、もらうチラシを見てはどれもみな行きたくなってしまう。
シリーズ「ヨーロッパ・ピアノの最先端」の第1回目として紹介されているシーララはまだ私にとっても馴染みの薄いピアニストで、このチケットを買った後で一枚シューベルトの編曲録音のみを持っていたことを思い出したが、日本での知名度もおそらくこれからという人だろう。
人気が出る前に聴いておくのも悪くないだろうとちょっと賭けをしてチケットを買ってみた。

東京文化会館小ホールは空席もちらほらあったが、結論を先に言うと、最近聴いた中でも最も感銘を受けたコンサートの一つとなった。
登場したシーララは北欧の人らしく肌が白いのが印象に残ったが、どんな難易度の高い箇所でもポーカーフェースで涼しげな表情を崩すことがなかったのも印象的だった。
演奏する姿勢が良く、余計な体の揺れもなく、指先に集中しているのが視覚的にも良かった。
ピアニッシモを繊細に弾けるピアニストは少なくないが、フォルティッシモをしっかり鳴らしながら、きつく耳障りな音にならないようにするのは案外難しいのではないか。
その点、シーララの奏でる強音は良く響きながらも常に美しさが保たれていて、そのコントロールの見事さにまず感銘を受けた。
ブラームスのラプソディーやショパンのソナタはかなり音量の大きな箇所が出てくるが、そのどの箇所においても、すかっと抜ける音でありながら、全く汚くならない。
これは打鍵の荒さが目立ちがちな現代ピアニストの中にあっては特筆に値する美点だと思う。
それから、安定したテクニックを持っていながら、それが誇示されない点。
ブラームスのラプソディーはさくさくと早めのテンポで弾き進めるが、そこにこれみよがしなところがなく、盛り上がるところは充分盛り上げながら、過剰さは一切ない。
そのため、聴衆はブラームスの作品そのものの魅力を最大限に味わうことが出来たと思う。

後半はすべてショパンで、美しいマズルカ第32番を含む作品50の3曲と、あまりにも有名なソナタ第3番が演奏された。
シーララのショパンは一貫して作品のしもべとなった誠実このうえない演奏だった。
従って、演奏者の個性を前面に押し出した巷のショパンの演奏とは異質のものとなり、物足りなさを感じた方もいたかもしれない。
しかし、私個人としてはこういうショパンを聴きたかったという、まさに理想的な演奏であった。
一切の誇張を排した、あるがままの演奏が提示されたのは、私にとってはめったにない機会であり、ショパンのソナタが、これほどソナタらしい構成を感じさせてくれたのは目からうろこが落ちたような新鮮さだった。
多少のミスはあったものの(実演では誰もがする程度なので問題ではない)、かゆいところに手が届くような切れの良さとテクニックの安定感がありながら、打楽器的なタッチが一切ない、音楽的な美しいタッチで貫かれたのは、ただただ素晴らしいという言葉しか思いつかない。

唯一最初に弾かれたモーツァルトの変奏曲では、若干構成する変奏間のテンポのギャップが大きく感じられることがあり、作品全体の構成感という点でさらに良くなる余地を残しているように思った。
もちろんモーツァルトの誤魔化しのきかない剥き身の音を見事に美しいタッチで弾いていたことは、このピアニストの素晴らしさを予感させるのに充分だったが。

プログラミングも前半にモーツァルトとブラームスの変奏曲を両端に置き、間に対照的なブラームスのラプソディーを置くという、よく考えられたものだった。
なお、ブラームスの2曲は拍手による中断もなく、続けて演奏された。

演奏後にサイン会が予定されていたせいか、盛大な拍手にもかかわらずアンコールはなかった。
今回のプログラムは、この未知だったピアニストの凄さを感じさせるのに充分な内容で、私にとって今後来日するたびに聴きたくなるピアニストとなった。

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