二期会/ヴェルディ作曲 歌劇「リゴレット」(2015年2月21日 東京文化会館 大ホール)

《パルマ王立歌劇場との提携公演》
東京二期会オペラ劇場
リゴレット
オペラ全3幕
日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ
作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ

2015年2月21日(土)14:00 東京文化会館 大ホール

マントヴァ公爵:古橋郷平
リゴレット(公爵に仕えるせむしの道化):上江隼人
ジルダ(リゴレットの娘・16歳):佐藤優子
スパラフチーレ(ブルゴーニュ生まれの殺し屋):ジョン ハオ
マッダレーナ(スパラフチーレの妹):谷口睦美
ジョヴァンナ:与田朝子
チェプラーノ伯爵:原田勇雅
チェプラーノ伯爵夫人:杣友惠子
モンテローネ伯爵(チェプラーノ伯爵夫人の実父):長谷川 寛
マルッロ(公爵の廷臣):加藤史幸
マッテオ・ボルサ(公爵の廷臣):今尾 滋
マントヴァ公爵夫人の小姓:小倉牧子

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:アンドレア・バッティストーニ

演出:ピエール・ルイジ・サマリターニ/エリザベッタ・ブルーサ

美術:ピエール・ルイジ・サマリターニ
照明:アンドレア・ボレッリ

合唱指揮:佐藤 宏
演出助手:菊池裕美子

舞台監督:佐藤公紀
公演監督:直野 資

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二期会公演のヴェルディ作曲「リゴレット」を見てきた。

演出家は2人の名前がクレジットされているが、サマリターニ氏は随分昔にお亡くなりになっており、ブルーサ氏がサマリターニ氏の演出を引き継いだものということだろうか。
「リゴレット」はヴィクトル・ユゴーの原作を元にイタリア語版のリブレットに作曲された名作。
筋書きはドロドロしていて、登場人物の誰にも感情移入できないという印象を受けるが、オペラとしては優れた音楽に仕上がっていて、見る者を惹きつける要素は盛り沢山であるように思われる。
好きなオペラとして名前を第一に挙げるわけではないが、上演されれば足を運びたくなる作品という感じだ。

実際、感情移入出来ないはずの登場人物たちの怒りや喜びや悲しみの感情が歌手たちの優れた表現力で歌われた時の説得力の強さといったら、人物設定の特異さを超えて、胸を打つシーンも多かったほどである。

演出は読み替え一切なしのストレートなもの。
宴のシーンの廷臣、婦人たちの衣装から舞台装置まで、過去の名画を見ているかのようだった。
第2幕の奥行のあるセットも、第3幕の殺し屋の住居とその周辺の扱いなども、ぴったりはまっていたように思う。

歌手たちは若手から中堅、ベテランまで幅広いが、やはりリゴレット役の上江隼人の道化としての表現と、娘を思う親としての側面、そして娘を汚された相手である公爵への強い怒りの表現など、どのシーンも圧倒的な表現力で圧巻だった。
素晴らしい歌手である。
そして、その娘ジルダを演じた佐藤優子がまた良く伸びる芯のある美声(時折エディト・マティスを思い起こさせた)で、親への思いと、公爵への様々な感情の機微を丁寧に表現していて素晴らしかった。
マントヴァ公爵の古橋郷平は長身で舞台映えする容姿に恵まれ、しかも声の質もみずみずしく素晴らしく、第2幕で若干不安定になったのが惜しまれるが、いい歌を聴かせてくれたといえるのではないか。
殺し屋スパラフチーレを演じたジョン ハオの怪しい雰囲気に満ちた役作りや、その妹のマッダレーナを演じた谷口睦美の堂々たる歌唱なども聴きものだった。

アンドレア・バッティストーニ指揮の東京フィルハーモニー交響楽団が実に素晴らしく、劇的で起伏に富んだ雄弁な表現力で、ヴェルディのドラマを推進力をもって聴かせてくれた。
今回最も聴衆の拍手が大きかったのはバッティストーニに対してだった。

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新国立劇場/ワーグナー作曲「パルジファル」(2014年10月11日 新国立劇場 オペラパレス)

新国立劇場
2014/2015シーズン オペラ
パルジファル/ワーグナー作 全3幕〈ドイツ語上演/字幕付〉
2014年10月11日(土)14:00 新国立劇場 オペラパレス
(第1幕:115分-休憩:45分-第2幕:70分-休憩:35分-第3幕:75分)

【アムフォルタス】エギルス・シリンス
【ティトゥレル】長谷川 顯
【グルネマンツ】ジョン・トムリンソン
【パルジファル】クリスティアン・フランツ
【クリングゾル】ロバート・ボーク
【クンドリー】エヴェリン・ヘルリツィウス
【第1・第2の聖杯騎士】村上 公太、北川 辰彦
【4人の小姓】九嶋 香奈枝、國光 ともこ、鈴木 准、小原啓楼
【花の乙女たち(声のみの出演)】三宅 理恵、鵜木 絵里、小野 美咲、針生 美智子、小林 沙羅、増田 弥生
【アルトソロ】池田 香織

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
【指 揮】飯守 泰次郎

【演 出】ハリー・クプファー
【演出補】デレク・ギンペル
【装 置】ハンス・シャヴェルノッホ
【衣 裳】ヤン・タックス
【照 明】ユルゲン・ホフマン
【舞台監督】大仁田 雅彦
【合唱指揮】三澤 洋史

【芸術監督】飯守 泰次郎

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新国立劇場のヴァーグナー作曲「パルジファル」を見た。
飯守 泰次郎の指揮ということも注目だった。

ハリー・クプファーが新国立劇場のためにつくった新演出は、あちこちで情報を目にしていたので、ある程度は予想できるものだったが、それにしても舞台装置が凄かった。
ステージの手前から奥までジグザグの道があり、その道が様々な映像に変化する仕掛けになっている。
さらに道は途中で上げ下げが出来るようになり、断絶させて意味をもたせることも出来るし、上がってきた時に新しい人物が登場したりもする。
さらに槍の先のような細長い棒が動き回り、そこにクンドリが乗っていたり、アンフォルタスが乗っていたりする。
その棒は様々な色に光輝くようになっていて、物語の進行に合わせて、変化する。
さらに聖杯の置き場所にもなっていた。
そんな大がかりなセットの中、登場人物の衣装は基本的に斬新さはなかったように思うが、合唱団演じる聖杯騎士たちは白地の宇宙服っぽい感じに見えた(4階席から見たので違っているかもしれません)。
第2幕の花の乙女たちは歌手は登場せずに奥で歌い、女性ダンサー8人ぐらいがエロティックなダンスでパルジファルを誘惑していた。

そして最初から最後まで頻繁に舞台後方に現れて、パルジファルたちの行く手を見守っていたのが、クプファー・オリジナルの仏教僧3人である。
彼らがこの演出の最後の鍵を握ることになるのだが、クプファーによると、ヴァーグナーは仏教にも関心をもっていて、この「パルジファル」においてキリスト教と仏教を「倫理的なレベルで結び合わせた」のだそう。
両者の信者がこの演出を見たらどう思うのかは分からないが、一つの解釈として成立するものではあるだろう。

歌手陣は総じて声のよく通る見事な出来栄えを示したが、私が断トツに感銘を受けたのがグルネマンツを演じたジョン・トムリンソンである。
すでに70近いそうだが、その渋みあふれる語り口と、登場人物を包み込むような大きな包容力が、どれほどこのオペラの奥行きを深めていたことか。
主役を食ってしまうほどの素晴らしさだった。
カーテンコールの時の拍手の大きさもそれを物語っているだろう。

そしてタイトルロールのクリスティアン・フランツは以前「ジークフリート」でスーパーマンTシャツを着て出演していたのを思い出すが、彼の凛々しいテノールもまた素晴らしいものだった。
惜しむらくは見栄えが中年のおじさん(失礼)なので、タイトルロールとしての華には若干欠けるものの、パルジファルの純真無垢な性格には合っていると言えるかもしれない。
クンドリのエヴェリン・ヘルリツィウスは声質はバーバラ・ヘンドリックスを思い出させたが、ヴァーグナー歌手の声の迫力をしっかり有していた。
それに加え、見た目も美しく、第2幕では官能的な演技でクリングゾルと渡り合っていた。
それにしても聖俗併せ持つクンドリという女性は本当に不思議な存在だなといつも思う。
ヘルリツィウスはその点、真逆のキャラクターをうまく演じ分けていたと思う。
それからアンフォルタスのエギルス・シリンスと、クリングゾルのロバート・ボークも声量の豊かさと語りのうまさ、さらに演技力で惹きつけられた。

二期会の応援も得た新国立劇場合唱団の歌はいつもながら力強く深みもあった。
飯守泰次郎の指揮はどうやら遅めだったようだが、私はあまり聴き込んでいないのでそのへんはよく分からない。
ただ第3幕でグルネマンツやパルジファルがオケに合わせてゆっくり歌っているようには聞こえた。
だが、飯守氏の指揮による東京フィルは健闘したのではないか。
弦のトレモロなど実に美しかった。
最後のシーンに感動したのは舞台上の視覚的な要素だけではないと私には思えた。

長丁場だが、作り込んだプロダクションによって、充実した感銘を受けることが出来た。

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東京二期会/モーツァルト作曲《イドメネオ》(2014年9月13日 新国立劇場 オペラパレス)

ウィーン・オリジナル・プロダクション
《アン・デア・ウィーン劇場との共同制作》
東京二期会オペラ劇場 

《イドメネオ》

オペラ全3幕
日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
台本:ジャンバッティスタ・ヴァレスコ
原案:アントワーヌ・ダンシェ『イドメネ』
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

2014年9月13日(土)15:00 新国立劇場 オペラパレス
上演予定時間:約3時間30分(第1&2幕:90分-休憩:25分-第3幕:70分)

イドメネオ:又吉秀樹
イダマンテ:小林由佳
イリア:経塚果林
エレットラ:田崎尚美
アルバーチェ:北嶋信也
大祭司:新津耕平
声:倉本晋児

助演:猪ヶ倉光志、和田京三
子役(映像/イダマンテの幼少時代):岡田拓也

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京交響楽団
指揮:準・メルクル

演出:ダミアーノ・ミキエレット

装置:パオロ・ファンティン
衣裳:カルラ・テーティ
照明:アレクサンドロ・カルレッティ
演出補:エレオノーラ・グラヴァグノラ
合唱指揮:大島義彰
演出助手:菊池裕美子
舞台監督:村田健輔
公演監督:曽我榮子

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二期会のオペラ「イドメネオ」の2日目キャスト公演を見てきた。
このオペラ、実際に生で見るのははじめてだが、私にとっては念願の実演だった。
ひいきのソプラノ、エリー・アーメリングがかつて唯一舞台で全幕上演に出演したのが、このオペラのイリア役だったのだ。
神話の世界を扱ったオペラセリアだが、今回のダミアーノ・ミキエレットの演出では時代を特定せず、服装もスーツやブランド服に身を包んだりしている。
舞台は一面砂が敷き詰められ、その上に無数の靴が散乱している。
戦争の跡をあらわしているようだ。
途中で椅子が大量に持ち込まれたり、中央にベッドが置かれたりする。
敵国クレタにとらわれたトロイヤの王女イリアは冒頭から登場するが、お腹が大きく、演出の結末をすでに予感させる。
イリアにとって敵国の王子でありながら恋心を抱いている相手のイダマンテは、メゾソプラノ、カウンターテノール、テノールなど、様々な声種によって歌われるようだが、今回はメゾソプラノが起用されている。
いわゆるズボン役である。
アルゴスの王女エレットラは、えせセレブ風のいでたちで登場。
気性は荒く、彼女もイダマンテを狙っているため、イリアに辛くあたる。
だが、単なるこわい女ではなく、どことなくコミカルな雰囲気がついて回る。
息子をネプチューンに生贄として捧げたくない父イドメネオの命令で、イダマンテはエレットラと共にアルゴスに避難することになるのだが、それを喜んだエレットラがブランド品の袋を大量に持って登場、脱いでは着てを繰り返す。
彼女に限らず、この演出服を脱いだり着たりの場面が多い(イダマンテ、エレットラ、映像の子役、合唱団)。
そこに演出家の意味がそれぞれ込められているのだろう。
イドメネオは戦争に勝ったものの血に対する恐怖心が生まれたようで、助演の血付け役たちがイドメネオの服にべったり血をつける場面もある。
イドメネオとイダマンテの親子関係を強調したのが、オペラの序曲中に幕に映し出された子役のイダマンテに父イドメネオがスーツを着せる場面である。
これがあって、2幕で父が息子に冷たく接することに対する息子の戸惑いが生きてくるとも言えるだろう。
最後、神の信託が下り、イドメネオが息子に王位を譲り、イリアを妃に命じたことにより、エレットラはすべてを悟り、狂い死ぬ。
その歌がまた素晴らしく、さらに泥だらけになってぶっ倒れる最期は強烈で、聴衆からの一番盛んな拍手を受ける結果となった。
また王位を譲ったイドメネオが静かに横になると息絶える設定になっていたが、その後、イドメネオの上に登場者たちが砂をかけ弔う。
群衆が去ると、イリアが産気づき、イダマンテとの子供を出産するシーンを経て、幕が下りた(この場面では普段は省略されるバレエ音楽が使われたらしい)。

登場者たちの喜怒哀楽を、この砂地と靴の舞台、さらに持ち込まれる椅子やスーツケース、ベッドなどを用いつつ、効果音も加えながら、基本的に暗めの色合いの中で描き出した。
この演出、群衆役の合唱団が一斉に体を掻き出したシーンはちょっとよく分からなかったが、それなりに納得の出来た面白い演出だったように感じた。

歌手たちは歌いにくい舞台の上で大健闘。
際立って印象に残ったのが、タイトルロールのイドメネオを歌った又吉秀樹である。
私ははじめて聴いたが、まさに逸材である。
美しいテノールの響きに奥行きも感じられ、よく伸びるボリュームも素晴らしかった。
スターの誕生を見た思いがした。

それからイダマンテの小林由佳はズボン役を見事にこなし、声、歌、容姿、演技ともに若々しい青年になりきっていた。
また、その恋人イリアの経塚果林もぴったりのキャスティング。
清楚だが芯の強い雰囲気がその歌唱と演技から伝わってきた。

エレットラの田崎尚美は己の信ずるままに生きるセレブをうまく演じてみせた。
だが、自分の思い通りにいかない悲哀のようなものも感じられ、それが表情の奥行きを作っていた。
怖いのだが、どこか憎めないコミカルなところは彼女の持ち味なのか、演出の狙ったところなのか、そこはあえて追求しないでおこう。

アルバーチェの北嶋信也はイドメネオの忠臣としてのけなげさが感じられた。
結構長めのアリアもあり、演出上も単なる脇役ではない重要さを持たされていた。

二期会合唱団は歌はもちろん、演技も健闘していて、拍手を送りたい。

準・メルクル指揮の東京交響楽団は鋭利さもありながら、軽やかさも失わず、心地よい音楽を作り上げた。
通奏低音の箇所はピアノとチェロが使用されていた。

なお、舞台写真などを多く掲載しているぶらあぼのサイトをご紹介しておきます。
 こちら

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新国立劇場/池辺晋一郎作曲 オペラ「鹿鳴館」(2014年6月21日 新国立劇場 中劇場)

新国立劇場
2013/2014シーズン
オペラ「鹿鳴館」/池辺晋一郎
Rokumeikan/Ikebe Shinichiro
全4幕〈日本語上演/字幕付〉

2014年6月21日(土)14:00 新国立劇場 中劇場
上演時間:約3時間15分(第Ⅰ・Ⅱ幕90分 休憩30分 第Ⅲ・Ⅳ幕75分)

【影山悠敏伯爵】黒田 博
【同夫人 朝子】大倉由紀枝
【大徳寺侯爵夫人 季子】手嶋眞佐子
【その娘 顕子】高橋薫子
【清原永之輔】星野 淳
【その息子 久雄】鈴木准
【女中頭 草乃】山下牧子
【宮村陸軍大将夫人 則子】鵜木絵里
【坂崎男爵夫人 定子】池田香織
【飛田天骨】早坂直家

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
【指揮】飯森範親

【原作】三島由紀夫
【上演台本】鵜山 仁
【演出】鵜山 仁
【作曲】池辺晋一郎
【美術】島 次郎
【衣裳】前田文子
【照明】沢田祐二
【振付】上田 遙

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池辺晋一郎のオペラ「鹿鳴館」をはじめて見た。
日本に多くの優れたオペラがあることは承知していたが、生で日本のオペラを見るのは今回がはじめて。
新国立劇場の委嘱作品で、2010年6月に初演されたとのこと。
三島由紀夫の原作を演出の鵜山仁が台本にして池辺晋一郎がオペラ化した。

なかなか長大などっしりとした手ごたえのある作品だった。
政治絡みの抗争に人間同士の愛憎を織り交ぜた内容で、あたかも芝居を見ているかのような緊迫感があった。

池辺氏の音楽は親しみやすい。
決して分かりやすいメロディーが出てくるわけではないのだが、映画やドラマでの音楽づくりに近いものがあるのではないか。
それぞれの場面の雰囲気を決定づける音楽が自然にドラマを展開していくのである。
日本語の扱いは比較的言葉の抑揚に沿ったものと言えるだろう。
時には字幕を見てはじめて分かる言葉もあったが、ある程度はオペラの宿命で仕方ないのだろう。
だが、若干日本語の抑揚との違いに違和感を感じた個所がないわけではなかった。
まぁ一度聴いただけなので即断は避けたい。

歌手はみな適材適所。
いい日本人歌手が沢山いるものだなぁとあらためて感じる。
主役級から脇役まで見事に揃っていた。
だが、群を抜いて素晴らしかったのが影山伯爵の黒田博だった。
こ憎たらしい役作りを役者顔負けの演技と歌唱で伝えきる。
名優を目の前にしているかのような充実した表現だった。
そして夫人 朝子の大倉由紀枝は伯爵夫人としての威厳と包容力をあわせもち、声は清澄で表現力豊か、彼女もまた名女優をまのあたりにしているかのような充実ぶりだった。

重要な役柄の久雄役は本来経種廉彦が予定されていたが、体調不良のため、別キャスト組の鈴木准が代役。
つまり彼は4日連続でこの出番の多い役柄を歌うことになる。
声は若々しく美しく、こちらも役柄に合っていた。
その恋人、顕子の高橋薫子は可憐だが芯のある声質がこれまたぴったり。

その他、清原永之輔役の星野淳の存在感、女中草乃の山下牧子の安定感など、キャストはみな素晴らしかった。

セットも衣装も鹿鳴館時代の洋装が視覚的にも楽しませた。

飯森範親指揮の東京フィルもドラマチックに演奏した。

一つ気になったのがダンサーたちの珍妙な踊りである。
あえて社交ダンスにしなかったのはおそらく演出家の意図なのだろう。
社交場でのダンスに滑稽さを意味づけようとしたのかもしれないが、私的にはあまり好きになれなかった。
そこだけが別空間になり、本質とずれたままのような感じがしたのだ。
滑稽なダンスにするにしても、もう少しやりようがあったような気がするのだが。

カーテンコールでは池辺先生も登場。
だが、拍手にこたえるだけで得意のダジャレが聞けないのはちょっと寂しい(しょうがないけれど)。

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(2014年7月20日追記)

テノールの経種廉彦(いだね・やすひこ)さんが2014年7月17日、膵臓(すいぞう)がんのため、お亡くなりになったそうです。
この日はじめて聴くはずだったのに、聴く機会を永遠に逸してしまいました。
ご冥福をお祈りいたします。

 ソース

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新国立劇場/「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」(2014年5月24日 新国立劇場 オペラパレス)

新国立劇場 2013/2014シーズン
新制作《カヴァレリア・ルスティカーナ(Cavalleria Rusticana)/道化師(I Pagliacci)》
【イタリア語上演/日本語字幕付】

2014年5月24日(土)14:00 新国立劇場 オペラパレス
上演時間:カヴァレリア~:75分-休憩25分-道化師:75分

<カヴァレリア・ルスティカーナ>
【サントゥッツァ】ルクレシア・ガルシア(Lucrecia Garcia)
【ローラ】谷口睦美(Taniguchi Mutsumi)
【トゥリッドゥ】ヴァルテル・フラッカーロ(Walter Fraccaro)
【アルフィオ】成田博之(Narita Hiroyuki)
【ルチア】森山京子(Moriyama Kyoko)

<道化師>
【カニオ】グスターヴォ・ポルタ(Gustavo Porta)
【ネッダ】ラケーレ・スターニシ(Rachele Stanisci)
【トニオ】ヴィットリオ・ヴィテッリ(Vittorio Vitelli)
【ペッペ】吉田浩之(Yoshida Hiroyuki)
【シルヴィオ】与那城敬(Yonashiro Kei)

合唱:新国立劇場合唱団(New National Theatre Chorus)
児童合唱:TOKYO FM少年合唱団(Tokyo FM Boys choir)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団(Tokyo Philharmonic Orchestra)
指揮:レナート・パルンボ(Renato Palumbo)

演出:ジルベール・デフロ(Gilbert Deflo)

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新国立劇場の新制作によるマスカーニ作曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」とレオンカヴァッロ作曲「道化師」を見た。
演出はジルベール・デフロ。

演出家によると、2つの作品は共通するところが多く(前者は復活祭、後者は聖母マリア被昇天祭)、それゆえに舞台装置も共通に使うのだとか。
それも不自然さはなく、成功していたと言えるのだろう。

私は以前二期会の公演を聴いて、そのわくわくする要素の多いプロダクションに感銘を受けたのだが(NHKでも放映された)、今回はそれよりもオリジナルを尊重した感じで、あっと驚く要素は少なかったが、誰にでも受け入れやすい演出だったように思う。
また「道化師」は客席も使い、旅回りの一座が客席から登場したり、最後にカニオが客席下手側のドアから逃げていったりといったところは新鮮だった。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」でのオリーブの木は演出家デフロによればサントゥッツァの孤独を暗示しているそうだ。
黒い衣装に身を包み、見た目は荘重な宗教色が感じられるが、マスカーニの音楽はこの上なく美しく悲しげだ。
人間のどろどろした部分を描いたゆえにヴェリズモ・オペラの代表作とまで評されるわけだが、その内容の救いのなさに反比例するような音楽の美しさ。
有名な間奏曲は単独でも演奏されるが、このオペラのこの場所で演奏されてこその効果があるように思う。
サントゥッツァのルクレシア・ガルシアと、トゥリッドゥのヴァルテル・フラッカーロはどちらも声量が湧き出す泉のように豊かだ。
押し出しの強さがこの主役2人の内面を見事に描き出していて素晴らしかった。
脇を固めた日本人キャストも堅実な出来栄えだった。

「道化師」はアクロバットを披露するキャストがいたりと見て単純に楽しめるシーンも多いが、それゆえに最後の悲劇とのギャップが一層際立つ。
正統的な解釈による分かりやすい舞台になっていたように感じた。
トニオのヴィットリオ・ヴィテッリが達者な演技と明瞭な歌唱で良かった。
カニオのグスターヴォ・ポルタと、ネッダのラケーレ・スターニシは、「カヴァレリア~」の主役コンビほど声の押し出しは強くないが、渋みのある声と表現が生かされていた。
ペッペの吉田浩之は声の美しさをあらためて感じた。
シルヴィオの与那城敬は二期会公演でも同役を演じていたのが思い出された。

合唱はいつも通りよく揃い、積極的で素晴らしかった。
レナート・パルンボ指揮の東京フィルも丁寧な演奏ぶり。

なおぶらあぼの記事に舞台写真が掲載されていた。
 こちら

3階右脇の安い席だった為、ステージ右端は隠れて見えなかったが、全体が見えたらきっと装置の良さもより味わえたことだろう。
前の座席との段差も低いので、お客さんの頭で舞台の大事な部分が隠れることもある。
意外とこの劇場、舞台が見えにくいように感じることが多いのだが、安い席ならば仕方ないのだろうか。

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二期会/プッチーニ作曲「蝶々夫人」(2014年4月27日 東京文化会館 大ホール)

東京二期会オペラ劇場《二期会名作オペラ祭》
「蝶々夫人」

オペラ(トラジェーディア・ジャポネーゼ)全3幕
日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ、ルイージ・イッリカ
原案:デイヴィッド・ベラスコ「マダム・バタフライ」
作曲:ジャコモ・プッチーニ

2014年4月27日(日)14:00 東京文化会館 大ホール
第1幕:50分-休憩:25分-第2・3幕:80分

蝶々夫人:木下美穂子
スズキ:小林由佳
ケート:谷原めぐみ
ピンカートン:樋口達哉
シャープレス:泉 良平
ゴロー:栗原 剛
ヤマドリ:鹿野由之
ボンゾ:佐藤泰弘
神官:渥美史生
子供:今野后梨

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京都交響楽団
指揮:ダニエーレ・ルスティオーニ

演出:栗山昌良

舞台美術:石黒紀夫
衣裳:岸井克己
照明:沢田祐二
舞台設計:荒田 良
合唱指揮:佐藤 宏
演出助手:澤田康子
舞台監督:菅原多敢弘
公演監督:高 丈二

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二期会のオペラ「蝶々夫人」の最終日を見た。
御年88歳の長老、栗山昌良の演出は、「日本人で良かった」と感じることの出来る美しさで満ちていた。
ステージも衣装も紛れもなく日本の美を自然に表現しており、外国の演出家ではこうはいくまいと思える細やかな所作も素晴らしい。
日本人としての矜持を徹底的に追求して出来上がった舞台は観客をなんの違和感もない光景に導いてくれた。
外国の演出家には、栗山氏の演出を見てほしい。
もちろん偽物の和風蝶々夫人がいけないわけではない。
プッチーニだってそこまで厳密なものを求めたわけでもないだろうし。
だが、この上演を見たうえで、新しいものをつくるなりしてほしいと思う。
それほど日本人の心に寄り添った演出であり、本物の舞台であった。

歌手たちは脇役も含めてよく揃っていたと思う。
みなそれぞれの持ち場をしっかり演じていた。
シャープレスの泉 良平は個性的な声だが、人情味のある雰囲気は充分に伝わってきたし、スズキの小林由佳も抑制した表現や顔をそむける所作などが美しかった。
ゴローの栗原 剛はこにくたらしい感じを実に巧みに演じていた。
にっくきピンカートンの樋口達哉もその華やかなオーラで聴き手の心をつかんだ。
だが、やはり蝶々夫人を演じた木下美穂子の素晴らしさに尽きるだろう。
ピンカートンを信じ、愛し、けなげに待ち続ける心の美しさがそのまま彼女の歌唱からも伝わり感動的だった。
「ある晴れた日に」の後の猛烈な拍手は会場の皆が同じように思っていた証だろう。
声をどこまでも維持する見事さも特筆したい。
彼女の歌う蝶々夫人も今後これまでの歌手たちの伝説に連なっていくのかもしれない。

若手イタリア人指揮者のダニエーレ・ルスティオーニの意欲的な指揮に導かれて、東京都交響楽団は立体的な響きをつくりあげていた。

どこまでも純日本的な極めて美しい舞台を見て、私の涙腺もまたやられてしまったのであった。

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新国立劇場/アルバン・ベルク作曲 オペラ「ヴォツェック」(2014年4月5日 新国立劇場 オペラパレス)

2013/2014シーズン
オペラ「ヴォツェック(Wozzeck)」/アルバン・ベルク(Alban Berg)
全3幕〈ドイツ語上演/字幕付〉
上演時間:約1時間35分(休憩なし)

2014年4月5日(土)14:00 新国立劇場 オペラパレス

【ヴォツェック(Wozzeck)】ゲオルク・ニグル(Georg Nigl)
【マリー(Marie)】エレナ・ツィトコーワ(Elena Zhidkova)
【鼓手長(Tambourmajor)】ローマン・サドニック(Roman Sadnik)
【アンドレス(Andres)】望月哲也(Mochizuki Tetsuya)
【大尉(Hauptmann)】ヴォルフガング・シュミット(Wolfgang Schmidt)
【医者(Doktor)】妻屋秀和(Tsumaya Hidekazu)
【第一の徒弟職人(1. Handwerksbursch)】大澤 建(Osawa Ken)
【第二の徒弟職人(2. Handwerksbursch)】萩原 潤(Hagiwara Jun)
【白痴(Der Narr)】青地英幸(Aochi Hideyuki)
【マルグレート(Margret)】山下牧子(Yamashita Makiko)
【マリーの子供(Mariens Knabe)】池袋遥輝(Ikebukuro Haruki)
【兵士(Ein Soldat)】二階谷洋介(Nikaitani Yosuke)
【若者(Ein Bursche)】寺田宗永(Terada Munenaga)

【合唱】新国立劇場合唱団(New National Theatre Chorus)
【児童合唱】NHK東京児童合唱団(NHK Tokyo Children Chorus)
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団(Tokyo Philharmonic Orchestra)
【指揮(Conductor)】ギュンター・ノイホルト(Günter Neuhold)

【演出(Production)】アンドレアス・クリーゲンブルク(Andreas Kriegenburg)
【美術(Scenery Design)】ハラルド・トアー(Harald Thor)
【衣裳(Costume Design)】アンドレア・シュラート(Andrea Schraad)
【照明(Lighting Design)】シュテファン・ボリガー(Stefan Bolliger)
【振付(Choreographer)】ツェンタ・ヘルテル(Zenta Haerter)
【再演演出(Revival Director)】バルバラ・ヴェーバー(Barbara Weber)

[共同制作]バイエルン州立歌劇場

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新国立劇場の「ヴォツェック」を久しぶりに聴いた。
前回に聴いたのは2009年11月でもう5年も経つとは驚きである。
そして前回聴いた「ヴォツェック」が私の新国立劇場での初鑑賞であった。
そういう意味でも忘れられない思い出と結びついた演目である。

今回も例の水にひたされた舞台の上で登場人物や助演の黙役たちがぴしゃぴしゃやっている。
その上に吊るされた四角い空間はヴォツェックの家族の部屋という設定である。
子役の子も当然前回とは変わったが、相変わらず芸達者で、大人を食ってしまう。
1時間35分で全3幕を続けて上演したが、子役の子はほとんど出ずっぱりで、いつもながら凄いと思ってしまう。
なお、前回は子役の子は最後のシーンでも歌わなかった記憶があるが、今回はベルクの指示通り「ホップホップ」と歌っている。

ヴォツェック役のゲオルク・ニグルはウィーン少年合唱団出身で、過去に何度か歌いに来日しているそうだ。
すっかり大人のバリトンの声になったニグルはヴォツェックの危うさを見事に演じた。

マリー役のエレナ・ツィトコーワは声もよく通り、すれた感じと家庭内の母親の顔をうまく演じ分けた。

大尉役のヴォルフガング・シュミットも特徴ある語り口をうまく表現していたし、前回も医者役を演じた妻屋秀和はその奇妙ないでたちと同様強く印象に残った。
なお、プログラム冊子の演出家の話によると、この演出ではヴォツェック目線で描いている為、家族以外はモンスターのように見えるように設定したとのこと。
そうすることによって家族のもとでのみヴォツェックが人間性を維持できることをあらわしているらしい。
確かにヴォツェック以外の登場人物はみなグロテスクないでたちである。

第3幕でヴォツェックが妻を殺して酒場に寄る場面でピアノがピアニストともどもくるくる舞台上を動き回る(黒子によって)のは、狂気の表現として印象的だった。

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新国立劇場/コルンゴルト作曲 オペラ「死の都」(2014年3月21日 新国立劇場 オペラパレス)

新国立劇場オペラ「死の都(Die tote Stadt)」

原作(Original):ジョルジュ・ローデンバック(Georges Rodenbach)
台本(Libretto):パウル・ショット(Paul Schott)(ユリウス・コルンゴルト(Julius Korngold)/エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(Erich Wolfgang Korngold))
作曲(Music):エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(Erich Wolfgang Korngold)

2014年3月21日(金・祝)14:00 新国立劇場 オペラパレス
(1幕:50分-休憩25分-2幕:50分-休憩25分-3幕:50分)

パウル:トルステン・ケール(Torsten Kerl)
マリエッタ/マリーの声:ミーガン・ミラー(Meagan Miller)
フランク/フリッツ:アントン・ケレミチェフ(Anton Keremidtchiev)
ブリギッタ:山下牧子(Yamashita Makiko)
ユリエッテ:平井香織(Hirai Kaori)
リュシエンヌ:小野美咲(Ono Misaki)
ガストン(声)/ヴィクトリン:小原啓楼(Ohara Keiroh)
アルバート伯爵:糸賀修平(Itoga Shuhei)
マリー(黙役):エマ・ハワード(Emma Howard)
ガストン(ダンサー):白鬚真二(Shirahige Shinji)

合唱:新国立劇場合唱団(New National Theatre Chorus)
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団(Setagaya Junior Chorus)
管弦楽:東京交響楽団(Tokyo Symphony Orchestra)
指揮:ヤロスラフ・キズリング(Jaroslav Kyzlink)

演出:カスパー・ホルテン(Kasper Holten)

美術(Scenery Design):エス・デヴリン(Es Devlin)
衣裳(Costume Design):カトリーナ・リンゼイ(Katrina Lindsay)
照明(Lighting Design):ヴォルフガング・ゲッベル(Wolfgang Göbbel)
再演演出(Revival Director):アンナ・ケロ(Anna Kelo)
合唱指揮(Chorus Master):三澤洋史(Misawa Hirofumi)
舞台監督(Stage Manager):斉藤美穂(Saito Miho)
芸術監督(Artistic Director):尾高忠明(Otaka Tadaaki)

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コルンゴルトのオペラ「死の都」をはじめて見た。
なんでも数日前にびわ湖で上演されたのが舞台上演の日本初演だったそうで、こちらは数日遅れで初演の栄誉を逃してしまったことになる。
しかし、上演は美しい音楽と凝った舞台美術、さらに工夫された照明で楽しめ、最後にはなぜか感動までしてしまった。

妻を亡くした男パウルが街中で妻にうりふたつなマリエッタと出会い、家に招待する。
そこで亡き妻と、目の前の似姿たるマリエッタとの間で揺り動くパウルの心理を描いたオペラということになるだろうか。
結果から言うと、マリエッタと過ちを犯し、最後には絞殺してしまうというのはすべて夢でしたという落ちになっている。
今時は誰もやらない手法だろうが、この当時はまだこういう手法もありだったのかもしれない。
だが、煮え切らないように見えるパウルだが、結局妻だけを愛していて、その面影を見たマリエッタを本当に好きになったわけではないことは誰でも分かるだろう。
しかし、理屈どおりにいかないのが人間関係であり、その機微を描いた作品として、これまで上演されなかったのが不思議なほどだ。
なんでもコルンゴルト23歳ごろに完成した作品とのことで、台本も父親との共作らしく、なんとも早熟な天才だったのだろう。
たまにR.シュトラウスっぽいところもあるが、全く前衛的な要素はなく、全体的には素直に耳に入ってくる音楽で、後の映画音楽の片りんを感じさせるようなドラマティックな音楽も出てくる。
マリエッタのリュートの歌というのと、道化フリッツの歌が単独でも歌われる有名なナンバーらしく、確かに甘美で美しい。

今回はミニチュアハウスが散らばった部屋の中に亡き妻の思い出の品や写真が飾られているという設定で、中央にベッドがある。
そして死んだはずの妻が常に黙役で舞台上に出ずっぱりなのも演出家の工夫なのだろう。
確かにパウルにだけ見える存在として、部屋の中をさまよっているのはそれなりの効果があったように思う。
第3幕でマリエッタにもマリーの姿が見えて以降の"女の闘い"は時代を超えておそろしい...

第2幕では踊り子マリエッタの一座が登場してにぎやかになるが、主にパウルとマリエッタのやり取りが中心にあり、工夫次第で良くも悪くもなろう。
今回の演出は、舞台装置はほとんど同じで、照明や後景の変化で、単調にならないように工夫しているようだ。
だが、夢から覚めたパウルが妻の死を受け入れ、友フランクの誘いに乗って「死の都」ブリュージュから旅立つという最後が一番の見せ場だったような気がする。
もちろんそこに至るまでの様々な描写があってこそだが、最後にパウルが新たな一歩を踏み出すところは不思議な感銘があった。
演出のせいだろうか、音楽のためだろうか、とにかく珍しいオペラという以上のものが、この作品には宿っていることが分かり、充実した時間だった。

歌手では出ずっぱりのパウル役、トルステン・ケールが最後まで朗々たる声を聴かせ見事。
マリエッタ役のミーガン・ミラーも徐々に調子を上げて、初役とは思えない充実感があった。
天井桟敷ではっきり見えなかったのが残念だが、公式サイトのゲネプロビデオを見た限り、見た目も美しいようだ。
そして、黙ったまま舞台上で亡きマリーを演じたエマ・ハワードも可憐で目を引いた。
マリエッタとうりふたつという感じではなかったが。
召使いブリギッタ役の山下牧子も非常に充実した歌唱を響かせていたし、フランクとフリッツを兼ねたアントン・ケレミチェフも落ち着いた雰囲気が良かった。

キズリング指揮の東京交響楽団もよく音楽の美しさを引き出していたのではないか。
合唱団は今回必ずしも出番が多くはなかったが、いつも通りの安定した充実感はあった。

これから様々なプロダクションで上演されるようになることを祈ることにしたい。
なお、舞台のきれいな写真が掲載されているサイトをご紹介したい。
 こちら

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新国立劇場 オペラ研修所/R.シュトラウス作曲「ナクソス島のアリアドネ」(2014年3月1日 新国立劇場 中劇場)

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新国立劇場 オペラ研修所(New National Theatre, Tokyo Opera Studio)
リヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss)/ナクソス島のアリアドネ(Ariadne auf Naxos)
全2幕/ドイツ語上演/字幕付

2014年3月1日(土)14:00 新国立劇場 中劇場
上演時間:2時間30分(Ⅰ幕40分 休憩30分 Ⅱ幕80分)

プロローグ
【執事長】ヨズア・バールチュ(Josua Bartsch)
【音楽教師】小林啓倫(16期)
【作曲家】原 璃菜子(15期)
【テノール歌手(バッカス)】菅野 敦(15期)
【士官】伊藤達人(14期)
【舞踊教師】日浦眞矩(14期)
【かつら師】駒田敏章(11期修了)
【下僕】大塚博章
【ツェルビネッタ】清野友香莉(15期)
【プリマドンナ(アリアドネ)】飯塚茉莉子(16期)
【ハルレキン】村松恒矢(14期)
【スカラムッチョ】岸浪愛学(16期)
【トゥルファルディン】松中哲平(16期)
【ブリゲッラ】小堀勇介(15期)
【貴族(黙役)】根岸 幸

劇中劇
【アリアドネ】飯塚茉莉子(16期)
【バッカス】菅野 敦(15期)
【ナヤーデ(水の精)】種谷典子(16期)
【ドリアーデ(木の精)】藤井麻美(15期)
【エコー(やまびこ)】今野沙知恵(14期)
【ツェルビネッタ】清野友香莉(15期)
【ハルレキン】村松恒矢(14期)
【スカラムッチョ】岸浪愛学(16期)
【トゥルファルディン】松中哲平(16期)
【ブリゲッラ】小堀勇介(15期)

【管弦楽】ポロニア・チェンバーオーケストラ(Paulownia Chamber Orchestra)
【指揮】高橋直史

【演出・演技指導】三浦安浩
【美術】鈴木俊朗
【照明】稲葉直人
【振付】伊藤範子
【衣裳コーディネーター】加藤寿子
【舞台監督】髙橋尚史

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R.シュトラウスのオペラ「ナクソス島のアリアドネ」を見た。
新国立劇場オペラ研修所の公演だが、大いに満足して楽しんだ。
これほどプロの卵たちの歌唱と演技がしっかりしているとはなんとも頼もしい限り。
演出は現代風で、プロローグはちょっと懐かしいアメリカンなテイストだった。
舞台は、回り舞台の機能を使った効果的なもので、プロの上演と比べても遜色のないものだった。
歌手ではまず作曲家役の原 璃菜子の健闘をたたえたい。
その真摯な姿が印象に残る歌唱と演技だった。
そして、ツェルビネッタの清野友香莉がコロラトゥーラを自在に操り、魅力的な仕草もあいまって聴衆から熱烈な拍手を受けていた。
アリアドネの飯塚茉莉子や音楽教師の小林啓倫も将来性を感じさせる。
バッカスの菅野 敦もまだ完全ではないが声の質が魅力的で、今後が楽しみである。
また、ドリアーデ(木の精)の藤井麻美は深みと強靭さのある声が魅力的だった。
オネエの設定らしい舞踊教師やタンクトップ姿のワイルドな道化役4人もコミカルな味で大いに楽しませてくれた(大道芸をしながらの歌唱もよくこなしていて素晴らしい)。
歌手の卵たちはみな恵まれた資質と努力が感じられ、応援したくなる。
声量はまだこれからという人が多い印象だが、声の質と言葉の発音などはなかなか見事なものである。
賛助出演の人も素晴らしく、執事長(ヨズア・バールチュ)は歌わず語りのみだが、ドイツ語の語りが演劇調になりすぎず、自然さを感じさせたのが新鮮だった。
かつら師の駒田敏章は以前「カルミナ・ブラーナ」で見事な歌唱を聴いて強く印象に残ったが、今回はごくわずかしか出番のない役なのが残念。だが、他の出演日は音楽教師というかなり活躍する役を歌うそうなので、そちらで活躍されることだろう。

私のR.シュトラウス・アレルギーもだんだん治っているようだ。彼の音楽を楽しんでいる自分が確かにいる。オケが小編成でピアノが活躍するところは私好みだった。
終盤のバッカスの歌など、少しヴァーグナーを思い起こさせる感じだった。
このオペラの最後の方で、三人の精霊がシューベルトの有名な「子守歌」を思わせる重唱曲を歌っていたが、シュトラウスが意図的に似せたのだろうか。

公式サイトはこちら

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二期会/ヴェルディ作曲 オペラ「ドン・カルロ」(2014年2月22日 東京文化会館 大ホール)

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《ドイツ・フランクフルト歌劇場との提携公演》
東京二期会オペラ劇場
ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi)/「ドン・カルロ(Don Carlo)」
オペラ(イタリア語・5幕版)
日本語字幕付き原語上演
原作:ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラー「ドン・カルロス」
台本:フランソワ・ジョセフ・メリ、カミーユ・デュ・ロクル
イタリア語訳:アキッレ・デ・ロージェール

2014年2月22日(土)13:00 東京文化会館 大ホール
上演時間:約3時間45分(1-3幕:120分/休憩25分/4-5幕:80分)

フィリッポ2世(Filippo II):伊藤 純(Jun Ito)(BS)
ドン・カルロ(Don Carlo):福井 敬(Kei Fukui)(T)
ロドリーゴ(Rodrigo):成田博之(Hiroyuki Narita)(BR)
宗教裁判長(Il Grande Inquisitore):斉木健詞(Kenji Saiki)(BS)
エリザベッタ(Elisabetta di Valois):横山恵子(Keiko Yokoyama)(S)
エボリ公女(La principessa d'Eboli):谷口睦美(Mutsumi Taniguchi)(MS)
テバルド(Tebaldo):加賀ひとみ(Hitomi Kaga)(MS)
修道士(Un frate):三戸大久(Hirohisa San-nohe)(BSBR)
レルマ伯爵(Il Conte di Lerma):大槻孝志(Takashi Otsuki)(T)
天よりの声(Voce dal cielo):湯浅桃子(Momoko Yuasa)(S)
6人の代議士(6 deputati):岩田健志(Takeshi Iwata)(BR);勝村大城(Daiki Katsumura)(BR);佐藤 望(Nozomu Sato)(BR);野村光洋(Mitsuhiro Nomura)(BR);門間信樹(Nobuki Monma)(BR);湯澤直幹(Naoki Yuzawa)(BR)

合唱(Chorus):二期会合唱団(Nikikai Chorus Group)
合唱指揮(Chorus Master):佐藤 宏(Hiroshi Sato)
管弦楽(Orchestra):東京都交響楽団(Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra)
指揮(Conductor):ガブリエーレ・フェッロ(Gabriele Ferro)

演出(Stage Director):デイヴィッド・マクヴィカー(David McVicar)

装置(Set Designer):ロバート・ジョーンズ(Robert Jones)
衣裳(Costume Designer):ブリギッテ・ライフェンシュトゥール(Brigitte Reiffenstuel)
照明(Lighting Designer):ヨアヒム・クライン(Joachim Klein)
振付(Choreographer):アンドリュー・ジョージ(Andrew George)
演出補(Associate Stage Director):カテリーナ・パンティ・リヴェロヴィッチ(Caterina Panti Liberovici)

舞台監督(Stage Manager):幸泉浩司(Hiroshi Koizumi)
公演監督(Production Director):大島幾雄(Ikuo Oshima)

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東京二期会によるヴェルディ「ドン・カルロ」を見た。
このオペラ、以前メットのライブビューイングで見たが、今回も複数ある版の中からイタリア語5幕版(モデナ版とのこと)で演奏された。
冒頭の民衆が登場する場面はなく、いきなりドン・カルロのフォンテーヌブローの森の場面で始まった。

セットは大理石を模した岩や泉のモノトーンの装置が重々しい雰囲気を作り、この装置が部分的に上下して他の幕での場面にも流用できるようになっていた。
演出はオーソドックスなもので、衣装も派手な色合いは使用されず、このオペラの苦悩を象徴したかのような暗さが一貫していた。
第2幕のエボリ公女と貴婦人たちがヴェールの歌を歌うのが、オペラ中唯一ともいってよい明るい場面だろうか。
そこでの簡単な振りも含めたエボリ公女とテバルド、そして貴婦人たちの歌はスペイン色も感じられる聴衆にとっての一服の息抜きであった。
他の場面では、不幸を背負った複数の登場人物たちが敵対し、嫉妬し、威圧しという負の感情が生々しく描かれる。
だが、そうした中でドン・カルロと王の腹心でもあるロドリーゴとの友情は強固で、強い絆を感じる。
結婚相手を父親に奪われて、なお元婚約者を思い続けるドン・カルロの人間的な弱さをフランドルの救済という方向に転換させようとするロドリーゴ。
その彼も友情ゆえに銃弾にすすんで倒れる。
そして、フランドルを託されたドン・カルロも最後には父親の家臣たちによって殺されてしまうのである。
このドラマに救いはない。
友人の犠牲も結果的には無駄になってしまった。
だが、その過程を通じて極めてどろどろした人間的な感情がヴェルディのドラマティックな音楽で生々しく描かれるところに現代でも色あせない魅力がある。
決して昔話ではなく、現代にも通じるさまざまな感情がそこかしこにあらわれる。
それぞれの立場における、それぞれの悩み、一方では自己中心的に思えても、別の面から見るとそこに至る事情がある。
歯車の合わない者同士の感情の行き違いが、実在の人物の名を借りて描かれる。
そこに我々は共感し、何かを感じ取るのだろう。

題名役の福井 敬は相変わらずの素晴らしさだった。
どこをとっても隙がなく、すべてがドン・カルロという人物に捧げられていた。
心の移ろい、弱さ、迷い、率直さといったものが福井 敬の歌唱と演技によって劇的に描かれていた。
そして、彼に劣らず素晴らしいと思ったのが、友人ロドリーゴ役の成田博之の歌唱だった。
彼の歌もまた真実味にあふれ、カルロの為に自己を犠牲にしようという覚悟が強く表現されていて感銘を受けた。
今回カーテンコールで一番拍手を受けていたようにも思えた。
そしてエリザベッタの横山恵子はよく通る声で恋心や苦悩の表情を強く押し出し、さすがである。
エボリ公女の谷口睦美も超絶技巧も難なくこなし、嫉妬と改心の心情の変化をたっぷりしたメゾの声で素晴らしく表現した。
宗教裁判長の斉木健詞は権威者の威厳と非情さをよく伸びる声で表現した。
フィリッポ2世の伊藤 純は、フランドルにとっての暴君というわりには声が穏やかでボリュームも必ずしも豊かではないが、激昂した時の表現はそのギャップゆえになかなかの効果があったと思った。
また、夫として父として孤立感を深める第4幕のアリアはよい味を出していた。
加賀ひとみや三戸大久も好演。

合唱団も抑制した響きが美しかった。
また、ガブリエーレ・フェッロ指揮の東京都交響楽団は後半に進むにつれて馬力を発揮し、実に雄弁に奏で、迫力に満ちて素晴らしかった。
このオペラは二期会で33年ぶりの上演とのこと。
もっと頻繁に上演する価値のある作品ではないだろうか。

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