プッチーニ/「トスカ」(12月13日 新国立劇場 オペラパレス)

2009/2010シーズン
Tosca_200912ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini)/「トスカ(Tosca)」(全3幕)
(イタリア語上演/字幕付)

2009年12月13日(日)14:00 新国立劇場 オペラパレス(4階3列15番)

トスカ(Tosca):イアーノ・タマー(Iano Tamar)(S)
カヴァラドッシ(Cavaradossi):カルロ・ヴェントレ(Carlo Ventre)(T)
スカルピア(Scarpia):ジョン・ルンドグレン(John Lundgren)(BR)
アンジェロッティ(Angelotti):彭 康亮(Kang-Liang Peng)(BS)
スポレッタ(Spoletta):松浦 健(Matsuura Ken)(T)
シャルローネ(Sciarrone):大塚 博章(Otsuka Hiroaki)(BSBR)
堂守(Il Sagrestano):鹿野 由之(Shikano Yoshiyuki)(BS)
看守(Carceriere):龍 進一郎(Ryu Shinichiro)(BR)
羊飼い(Un Pastore):九嶋 香奈枝(Kushima Kanae)(S)

合唱:新国立劇場合唱団(New National Theatre Chorus)
児童合唱:TOKYO FM少年合唱団(TOKYO FM Boys Choir)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団(Tokyo Philharmonic Orchestra)
指揮:フレデリック・シャスラン(Frédéric Chaslin)

演出:アントネッロ・マダウ=ディアツ(Antonello Madau Diaz)
美術:川口直次(Kawaguchi Naoji)
衣裳:ピエール・ルチアーノ・カヴァロッティ(Pier Luciano Cavallotti)
照明:奥畑康夫(Okuhata Yasuo)

原作:ヴィクトリアン・サルドゥ(Victorien Sardou)
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ(Giuseppe Giacosa);ルイージ・イッリカ(Luigi Illica)
作曲:ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini)

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2回目の新国立劇場でのオペラ鑑賞。
今回も一番後ろから2列目という桟敷席だった。
座席表を見ると、同じ4階でも私の席の1列前になるだけでC席となり、3000円も高くなる。
こんなに遠い席でこの料金設定というのはどうなのだろう?(確かに1列前に座ればオーケストラピットが見えそうだが、それにしても料金あげ過ぎのような気が・・・。)

オペラの定番中の定番である「トスカ」だが、私は実演を鑑賞するのは今回が初めて。
こんな名作を生で聴いてこなかったとはこれまで随分もったいないことをしてきたものだと我ながら思う。

今回の歌手、主役陣は海外の名歌手を招聘し、脇を日本人で固めるというもの。
トスカ、カヴァラドッシ、スカルピアの3歌手はいずれも非常に素晴らしく感銘を受けた。
特に尻上がりに調子をあげてきたカヴァラドッシ役のヴェントレ(ウルグアイ出身のイタリア人)の歌う「星は光りぬ」は情感のこもった立派な歌唱で胸に響いた。
また、トスカ役のイアーノ・タマー(グルジア生まれ)は、嫉妬深くも一途な歌姫役になりきっていて良かった。
スカルピア役のルンドグレン(スウェーデン生まれ)は、本当にこの役のいやらしさを見事なまでに表現し尽していてはまり役だった。
日本人歌手もみな揃っていて、中でも堂守のコミカルな動きと歌唱は、この悲劇の中で一息つくことが出来る存在だった。

演出(マダウ=ディアツ)は特に奇をてらったところもなく、オーソドックスに作品を再現しようとしていたようで、好感をもてた。
第3幕冒頭の牧童はボーイソプラノではなく大人のソプラノ歌手(九嶋 香奈枝)が舞台裏で歌っていた(私の持っているDVDではドミンゴの息子が美しいボーイソプラノを披露していた)。

フレデリック・シャスラン指揮の東京フィルハーモニー交響楽団もドラマティックに盛り上げ、好演だった。

第1幕と第2幕が各45分、そして第3幕が30分というコンパクトさも有難かった。
有名なアリアが多いうえ、プッチーニという作曲家はドラマの展開が本当に巧妙で一時も飽きさせない。
その職人技ゆえに多くのファンを虜にしているのだろう。
私はアレルギー性鼻炎の薬の副作用で今回も不本意ながらしばしば瞼を閉じて聴くことになってしまったが、充分に楽しむことが出来た(「楽しむ」といっても悲劇的な最後だが)。

Tosca_200912_chirashi

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R.シュトラウス/「カプリッチョ」(11月23日 日生劇場)

東京二期会オペラ劇場
Capriccio_20091123_pamphletR.シュトラウス/「カプリッチョ」
音楽のための会話劇
字幕付原語(ドイツ語)上演
台本:クレメンス・クラウス及びリヒャルト・シュトラウス

2009年11月23日(月・祝) 14:00 日生劇場(2階K列16番)

伯爵令嬢マドレーヌ:釜洞裕子
伯爵、マドレーヌの兄:成田博之
作曲家フラマン:児玉和弘
詩人オリヴィエ:友清崇
劇場支配人ラ・ロシュ:山下浩司
女優クレロン:谷口睦美
ムッシュ・トープ(プロンプター):森田有生
イタリア人ソプラノ歌手:高橋知子
イタリア人テノール歌手:村上公太
執事長:小田川哲也
8人の従僕たち:菅野敦、園山正孝、西岡慎介、宮本英一郎、井上雅人、倉本晋児、塩入功司、千葉裕一

エトワール:伊藤範子
男性ダンサー、兵士:原田秀彦
年老いた召使:久保たけし

管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(Tokyo City Philharmonic Orchestra)
指揮:沼尻竜典(Numajiri, Ryusuke)

演出・装置:ジョエル・ローウェルス(Joël Lauwers)   
照明:沢田祐二   
衣裳:小栗菜代子
振付:伊藤範子
舞台監督:小栗哲家 、金坂淳台 
公演監督:曽我榮子
制作:財団法人東京二期会

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日生劇場といえば、F=ディースカウらが参加したベルリン・ドイツ・オペラが1963年にこけら落とし公演をした劇場として名前は知っていた。
しかし、これまでオペラと縁の薄かった私はこの劇場に一度も行ったことはなく、今回「カプリッチョ」を鑑賞するためにはじめて出かけてきた。

ここのところ、オペラの面白さに少しずつ開眼してきた私は、経済的に許される範囲内でいろいろ聴いてみたい気持ちになっている。
先日フェリシティ・ロットがN響と共演して「カプリッチョ」からの一場面を非常に美しく歌ってくれたのを聴いて興味をもっていた折、このオペラ全曲が二期会によって上演されることを知り、チケットを購入することにした。

会場は日比谷駅からすぐのところにあり、交通の便はいい。
さすがに一昔前のつくりのような劇場だが、開館当時としてはきっと豪華な印象を与えたに違いない。

キャストは主要役についてはみなダブルキャストとなっていたが、私の聴いた23日に出演する歌手で以前に実演で聴いたことがあるのは釜洞さんだけだった。
初めての歌手を聴くのも期待にわくわくするものである。

「カプリッチョ」は1幕のオペラだが、全曲で2時間半を越す大作であり、今回は1時間ほどしたところで20分ほどの休憩が入った。
私の席は劇場最後列だったが、2階建てのつくりになっているせいか、新国立劇場に比べると随分ステージが近く感じられ、オーケストラピットや指揮者もはっきり見ることが出来た。
詩と音楽のどちらをとるかというテーマを、未亡人マドレーヌに思いを寄せる詩人オリヴィエと作曲家フラマンとの駆け引きに置き換えた内容である。
前半は、最初の20分ぐらいはなんとか字幕を追いながら舞台についていこうとしたのだが、連日のコンサート通い(たまたま連続してしまった)で疲れがたまっていたこともあったのか、気が付くと瞼がおりている状態で、筋の展開も分からなくなってしまい、そうこうするうちに休憩となってしまった。
休憩時間に体を動かして、後半はなんとか最後まで舞台を見ることが出来た。
正直なところ、事前に予習していなかった私にとってこのオペラは少々難しい印象を受けた。
インテリ層のらちのあかない議論を延々と聞かされているような気もしたが、途中のバレエの導入はよい気分転換になった。
沢山出てくる登場人物のそれぞれの立場をあらかじめ頭に入れておけば、結構楽しめるのかもしれない。
しかし、私のような初心者からすれば、このオペラは最後のマドレーヌのうっとりするようなモノローグを聴くためにあったようなものだった。
釜洞裕子演ずるマドレーヌを聴けたことが、今回一番の収穫だった。
彼女の声はボーイソプラノのような純粋さに、安定した技巧が加わったような印象を受けたが、伯爵令嬢の気品と落ち着きが感じられ、適役だったと思う。

歌手は総じてみなよく歌っていたように感じた(時折出てくる音楽なしのドイツ語の語りについてはいまひとつの感もあったが)。
女優クレロンの衣装は宝塚の男役のようで、演技も男役っぽく感じられたのは衣装に引きずられてそう感じただけだろうか(それとも意図的?)。

「月光の音楽」を、沼尻竜典指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団は美しく演奏していた。

演出(ジョエル・ローウェルス)に関しては、ナチスの兵隊が冒頭にあらわれ、最後にはフラマン、オリヴィエを連行しようとしていたようだが、このオペラが作曲されたのが、ナチス政権の勢力が頂点にあった1942年とのことで、その政治状況を織り交ぜたということなのだろう。
最後の伯爵令嬢のモノローグでは、マドレーヌは白髪となっており、晩年の回想という設定に置き換えられているようだ。
その際に部屋のセットがゆっくりと後方に移動し、閉じられたのは、マドレーヌの現実を表現しようとしたのだろうか。
私にはその意図するところが難しく、よく分からなかった。

とはいえ、シャンデリアのある豪華な部屋のセットと、そこに多数あらわれる様々な人間模様は、視覚的には面白く、このオペラへの導入として、いい機会を与えてくれたと感じた。
今度は音楽面に集中してさまざまな音源を聴いてみたいと思った。

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ベルク/「ヴォツェック」(11月21日 新国立劇場 オペラパレス)

アルバン・ベルク(Alban Berg)/ヴォツェック(Wozzeck)(全3幕)
Wozzeck_200911212009/2010シーズン
新制作
ドイツ語上演/字幕付

200911月21日(土) 14:00 新国立劇場 オペラパレス(4階3列40番)

ヴォツェック(Wozzeck):トーマス・ヨハネス・マイヤー(Thomas Johannes Mayer)
鼓手長(Tambourmajor):エンドリック・ヴォトリッヒ(Endrik Wottrich)
アンドレス(Andres):高野二郎(Takano Jiro)
大尉(Hauptmann):フォルカー・フォーゲル(Volker Vogel)
医者(Doktor):妻屋秀和(Tsumaya Hidekazu)
第一の徒弟職人(1. Handwerksbursch):大澤 建(Osawa Ken)
第二の徒弟職人(2. Handwerksbursch):星野 淳(Hoshino Jun)
白痴(Der Narr):松浦健(Matsuura Ken)
マリー(Marie):ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン(Ursula Hesse von den Steinen)
マルグレート(Margret):山下牧子(Yamashita Makiko)
マリーの子供(Mariens Knabe):中島健一郎(Nakajima Kenichiro)
兵士(Ein Soldat):二階谷洋介(Nikaitani Yosuke)
若者(Ein Bursche):小田修一(Koda Shuichi)

合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:ハルトムート・ヘンヒェン(Hartmut Haenchen)

演出:アンドレアス・クリーゲンブルク(Andreas Kriegenburg)
美術:ハラルド・トアー
衣裳:アンドレア・シュラート
照明:シュテファン・ボリガー
振付:ツェンタ・ヘルテル

原作:ゲオルク・ビューヒナー(Georg Büchner)
台本・作曲:アルバン・ベルク(Alban Berg)

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いつも京王新線の初台駅で下車した時は東京オペラシティのコンサートホールが目当てだったのだが、遅ればせながら初めて新国立劇場でオペラを聴いてきた。
会場に入るとレッドカーペットが中まで続き、ちょっとしたリッチな雰囲気を味わわせてくれる。

今回の「ヴォツェック」(「ヴォッツェク」という日本語表記の方がいいような気もするが)、全3幕が休憩なしに演奏されたが、1時間半ほどで、中だるみすることのない適度な長さだった。
無調で作られた作品らしいが、小難しさをほとんど感じなかったのは歌とストーリーを反映していたからだろうか。
歌手は無調の歌唱とシュプレッヒシュティメ(リズムだけが決められていて歌うのではなく語る)を使い分ける。

内容は、貧しい兵卒のヴォツェックと、内縁関係のマリー、そしてその幼い子供を軸にして進む。
ヴォツェックは貧しさと祝福されない子供をもつ後ろめたさから心を病み妄想を見たりする。
その一方でマリーは鼓手長に魅了され関係をもってしまう。
そのことを知ったヴォツェックはマリーを問い詰め、最後には刺し殺してしまう。
ヴォツェック自身もマリーを刺したナイフを探して溺れ死に、最後に何も分からない子供だけが取り残されるという筋。

今回の舞台は、ヴォツェック、マリー、その子供の住む殺風景な部屋がまずある。
その部屋は移動式になっており、奥に移動すると、水を薄く張った舞台があらわれ、その上で登場人物たちが長靴を履いて様々な場面を演じていた。
水の上での演技はなかなか大変そうで、演出家(クリーゲンブルク)の意図(芸術と自然の音との対比、水は鏡のように自らを映し出す)を表現するには他の方法もあったのではという気もする。

ヴォツェック役のマイヤーは見事な声と表現力だったが、心を病んでいる役にしてはあまりにも立派すぎる感もあった。
もう少し弱さがあった方が良かったのでは。
マリー役のシュタイネンは声は美しくよく通り、演技も自然で良かったが、さらに妖艶さがあったら良かったかもしれない。
大尉役のフォーゲルはまるまるとした体躯で、そういう衣装なのか、それとももともとの体型なのか遠目でははっきりしなかったが、おそらく後者ではないか。
動きにくそうな分、歌唱で大尉の嫌味な性格をよく表現していたように感じた。
奇天烈な衣装に身を包んだ医者役の妻屋秀和も立派な声だったが、あの衣装の意味がよく分からなかった。

演者の中ではほぼ全編で出ずっぱりと言ってもいいぐらいの子供(中島健一郎)が、歌う箇所がないにもかかわらず一番印象に残った。
児童合唱団のメンバーなのかと思ったが、どうやら俳優のようだ(小学生ぐらいだろうか)。
物怖じしない堂々とした演技は大物感たっぷりである。
彼をほとんど常に舞台に残すことによって、親子の複雑な関係がうまく暗示されていたように思った。

それにしても天井桟敷のお客さんは反応が冷静というのか、カーテンコールの時も私の回りで拍手をする人はまばらだった。
通の人たちの席なのだろうか。

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グルック/オペラ・コミック「思いがけないめぐり会い、またはメッカの巡礼」(11月15日 北とぴあ さくらホール)

北とぴあ国際音楽祭2009
Gluck_20091115_pamphletグルック(Gluck)/オペラ・コミック「思いがけないめぐり会い、またはメッカの巡礼(La rencontre imprévue, ou Les pèlerins de la Mecque)」(全3幕)(日本初演)

2009年11月15日(日) 15:00 北とぴあ さくらホール(2階J列8番)

作曲:クリストフ・ヴィリバルト・グルック
台本:ダンクール(原作:ルサージュ/ドルヌヴァル)
初演:1764年1月7日、ブルク劇場(ヴィーン)

レジア:森 麻季(Maki Mori)(ソプラノ)
バルキス:野々下 由香里(Yukari Nonoshita)(ソプラノ)
ダルダネ:柴山 晴美(Harumi Shibayama)(ソプラノ)
アミーヌ:山村 奈緒子(Naoco Yamamura)(ソプラノ)
アリ:鈴木 准(Jun Suzuki)(テノール)
オスミン:羽山 晃生(Kosei Hayama)(テノール)
托鉢僧:フルヴィオ・ベッティーニ(Fulvio Bettini)(バリトン)
ヴェルティゴ:大山 大輔(Daisuke Oyama)(バリトン)
スルタン:根岸 一郎(Ichiro Negishi)(テノール)
隊長:谷口 洋介(Yosuke Taniguchi)(テノール)

ダンサー :三井聡、井上圭、関根実里、水那れお、今村たまえ、黒瀬麻美

管弦楽:レ・ボレアード(Les Boréades)(オリジナル楽器使用)
指揮:寺神戸 亮(Ryo Terakado)

演出:飯塚 励生(Leo Iizuka)

台詞:日本語
歌詞:原語(フランス語)
日本語字幕付

第1幕:35分
第2幕:40分
第3幕:40分

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昨年の北とぴあ国際音楽祭でハイドンの「騎士オルランド」を見て、とても楽しめたので、今回のグルックのオペラも出かけてきた。
このオペラ全曲ははじめて聴くのだが、この中のアリア「Einem Bach der fließt」はシュヴァルツコプフなど女声歌手の歌曲リサイタルのレパートリーとしてしばしば歌われるので、それがオペラのどのような場面で歌われるのか興味があった。
また、今年アンティ・シーララのピアノリサイタルで聴いたモーツァルトの変奏曲K. 455も、このオペラの中の「われら愚かな民の思うは(Unser dummer Pobel meint)」をテーマに用いていた。

聴き終わっての感想は今回も「楽しかった」という言葉に尽きる。
各幕が40分ほどでその間に休憩が入ったので、オペラ初心者の私には集中力が途切れないちょうど良い長さだったのが良かった。
内容的にもコミカルな歌と演技が多く、アリア以外はレチタティーヴォではない無い純粋な日本語のセリフ(イタリア人のベッティーニだけは仏語のセリフ)で進められるので、物語の展開がもたつかず、飽きることなく聴けた。

オペラのあらすじは以下のとおり。
バルソラの王子アリは、ペルシアの王女レジアと恋仲で、駆け落ちの最中に海賊に襲われ、二人は離れ離れになる。
従者オスミンとともにアリはレジアを探す旅の途中、エジプトのカイロにたどり着く。
そこへ三人の美女(バルキス、ダルダネ、アミーヌ)が次々にあらわれ、アリを誘惑しようとするが、実はこの三人はレジアの侍女で、アリがカイロに来たことを知ったレジアが、自分への恋心を試すために侍女たちを使って誘惑させていたのだった。
誘惑に落ちることのなかったアリはとうとうレジアとの再会を果たし愛を確認しあうが、狩りに出かけたはずのスルタンが怒って戻ってきたということを聞き、托鉢層に頼んでメッカの巡礼にまぎれて逃げようとする。
しかし、この托鉢層が裏切り、彼らはスルタンに捕まってしまう。
そこで従者や侍女たちが、レジアとアリの深い愛を訴え、それを聞いて心動かされたスルタンは結局二人を許す。

歌手は昨年にも増して水準が高いと感じた。
はじめて聴いた森麻季は、その名声に違わぬ実力をまざまざと実感させられた。
レジア役はこのオペラの中で最も高い技術が求められているように感じたが、彼女はどんな高音も、コロラトゥーラの箇所も、さらに内面的な表情が求められる箇所も、ものの見事に決めてしまう。
声は後ろから3列目の私の席まで、ほかのどの歌手にも増してよく通り、どの音域でもよく練られた美声は、彼女の現在の人気を裏付けるには充分であった。
そして、もちろん視覚も重要なオペラでは、彼女の恵まれた容姿もおおいにプラスに働いていた。
レジアの恋人アリを演じた鈴木准は、誠実な役どころをものの見事に表現し尽し、全く危なげのない美声で、森と堂々と渡り合っていた。
アリがタミーノだとしたら、その従者オスミンはパパゲーノのような性格と例えられるだろう。
そのオスミンを演じた羽山晃生は今日のキャスト一のコメディアンぶりを発揮していた。
コミカルな演技を全く不自然さを感じさせずに最後まで見せたのは、努力と同時にその適性もあったのであろう。
このようなキャラクターで今後活躍していく予感大である。
托鉢僧を演じたフルヴィオ・ベッティーニは以前にも北とぴあ音楽祭に出演したことがあるそうで、今回再登場となったようだ。
確かにわざわざ来日してもらうだけの声の表現力の豊かさと、巧まずしてコミカルな味を出す芸達者ぶり(時々日本語を織り交ぜるのが面白い)が素晴らしかった。
奇人画家ヴェルティゴは、オペラの本筋とは関係のない唯一の役どころながら、その役に付けられた音楽の充実ぶりは、作曲者グルックの思い入れの強さを感じさせる。
実はシュヴァルツコプフらが単独でしばしば歌った「流れる小川に(Einem Bach der fließt)」は、このヴェルティゴが最終幕で歌う"Un ruisselet, bien clair"というアリアらしいことが後で分かったのだが、このオペラを聴いている時には結局どこで歌われたのか気付かなかった。
ヴェルティゴ役の大山大輔は奇人ぶりをおおいに楽しんで演じていたように感じた。
レジアの3人の侍女たちもそれぞれ健闘していたが、古楽でよく知られている野々下由香里はカーテンコールでも拍手が大きかったように感じた。
スルタンとキャラバン隊長は最終幕しか出番がないものの、特に前者は重要な役どころと言えるだろう。
そして、男性2人+女性4人のダンサーたちは、切れのいいダンスだけでなく、ステージ上での登場人物としての演技も抜かりなく、そのプロ意識に感銘を受けた。

寺神戸亮率いる古楽集団レ・ボレアードの響きはやはり心地よい。
古楽器特有の響きに癒された気分である。

異国情緒たっぷりの舞台美術と衣装が素晴らしかったことも特筆すべきだろう(特に第1幕と第3幕)。
奇をてらわない正攻法の演出も好感をもてた。

そして、モーツァルトが変奏曲でそのテーマを使った「われら愚かな民の思うは」(第1幕の托鉢僧のアリア)は各幕がはじまる直前に開幕の合図のように鍵盤楽器で演奏されたのも洒落た演出だった(録音かもしれない。私の席からはオーケストラピットが殆ど見えないので)。

来年は生誕300年にあたるペルゴレージが特集されるとのこと。
レ・ボレアードの再登場を期待したい。

Gluck_20091115_chirashi

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ワーグナー/オペラ「パルシファル」(5月16日(土) サンパール荒川)

第一回ワーグナー音楽祭「あらかわバイロイト」
ワーグナー/オペラ「パルシファル」

2009年5月16日(土) 14:00開演(13:00開場) サンパール荒川

アムフォルタス 久岡昇(BR)
ティトゥレル 堀野浩史(BS)
グルネマンツ 若林勉(BS)
パルシファル 片寄純也(T)
クリングゾル 金努(BR)
クンドリー 池田香織(MS)
聖杯騎士1(合唱兼任) 柴田顕
聖杯騎士2(合唱兼任) 寺西丈志
小姓1 髙森ノリ子
小姓2 澤村翔子
小姓3(合唱兼任) 阿部修二
小姓4(合唱兼任) 飯沼友規
花娘Ⅰ-1 石井恵子
花娘Ⅰ-2 船津え莉
花娘Ⅰ-3 髙森ノリ子
花娘Ⅱ-1 丹藤麻砂美
花娘Ⅱ-2 柴田恵理子
花娘Ⅱ-3 澤村翔子
アルトの声 澤村翔子

管弦楽:TIAAフィルハーモニー管弦楽団
合唱:あらかわバイロイト合唱団
合唱指揮:佐藤一昭
指揮:珠川秀夫

演出: シュテフェン・ピオンテック(前ロストック国民劇場総監督)
公演監督: 田辺とおる
制作:片山孝調
美術・衣装: マイク・ハーネ(ロストック国民劇場主任美術家)

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とうとうヴァーグナーを聴いた。
普段2、3分で完結する歌曲に馴染んでいるせいか、長丁場のヴァーグナーをこれまで敬して遠ざけていた。
その長さにも増して、チケットの高額なことがますますヴァーグナーを私にとって縁の薄い存在にしていた。
しかし、「おらが街の小屋をめざす」という田辺とおる氏監督による「あらかわバイロイト」の公演はC席5000円という安価だったこともあり、チケットを購入して出かけてきた。

会場のサンパール荒川ははじめて行くホール。
雰囲気のある都電荒川線に乗り、「荒川区役所前」で下車して徒歩2分。

私の席は後ろから2列目だったが、会場自体がそれほど大きくないため、音響的にも視覚的にも問題なかった。
私のまわりは若干空席が目だったが、前の方の席はよく人が入っていたようだ。
第1幕1時間35分、第2幕と第3幕が各1時間だが、幕間の休憩は30分もあったので、意外と疲れずに聴くことが出来た(それでも第1幕の後半はうつらうつらしてしまったが。それにしても舞台上のクンドリは歌も重量級だが、眠っている演技をしている時間が多くて大変だなぁと思った)。

純粋無垢な愚者パルジファルが成長して、救済する存在になるというのがおおまかな筋。
「舞台神聖祝祭劇」と作曲家自身に名づけられたこの作品、宗教色が濃く、第1幕後の拍手はしないことが多いとのこと。
そのせいか、今日も第1幕後、しばらく間をおいてぱらぱらと拍手があったもののすぐに止み、幕が再び開いて出演者が勢揃いしているのを見て、ようやく客席全体から拍手が起こった。
ヴァーグナー最後の作品となった「パルジファル」は、バイロイトの劇場だけで上演されることを望んでいたそうだ。
パンフレットの解説に譜例も記されていて分かりやすかったが、やはりライトモティーフをあらかじめ知っておくと楽しめるんだろうなと思いながら聴いていた(客席は真っ暗でパンフレットを読むのは不可能だった)。
熱烈なワグネリアンだったフーゴ・ヴォルフはその影響を受けて半音階進行の目立つ歌曲を多く書いた。
しかし、「パルジファル」を聴いた感じでは思ったほどヴァーグナーの技法は半音階進行ばかりというわけでもなく、様々な手法の一手段として使用されているという印象を受けた。

歌手は、特に重要な役柄を歌った人は実力者を揃えていたように感じた。
何も外来の一流歌劇場に行かなくても、優れた歌唱を聴けるのだから素晴らしい。
なかでも老騎士グルネマンツを歌ったバスの若林勉は第1幕と第3幕でほぼ出ずっぱりながら、最後まで安定感を失わない素晴らしい声と表現力で最高に魅せられた。
この人の歌ったほかのオペラも今後聴いてみたいと思った。
同様に素晴らしかったのは、クンドリを歌った池田香織。
深みのある声と幅広い音域を通じてむらのない歌唱、美しいドイツ語の発音、それにほとんど演技のみの第3幕での圧倒的な存在感(もちろん第2幕での葛藤しながらもパルジファルを誘惑する演技力も)。
このオペラの成功の鍵を握る役柄と感じた。
アムフォルタスを歌った久岡昇も良く、声に込めた表情のきめの細かさは印象深い。
タイトルロールを歌った片寄純也はまだ若そうだが、後半に進むにつれて尻上がりに声に張りが出て素晴らしくなってきた。
今後が楽しみだ。
花娘たちは歌唱自体は声も良く出ていて良かったが、両腕を頭上でゆったり振る演技はパルジファルを誘惑するにしてはちょっとどうかなという印象。
これは演出の問題?
小さな役の歌手たちも、若手を積極的に起用して舞台経験を積ませようという田辺氏の思いが感じられ、歌手たちも精一杯つとめをまっとうしようとしていたのが好印象だった。
珠川秀夫指揮のTIAAフィルハーモニー管弦楽団はよく健闘したのではないか。
特に弦楽器群はしばしば美しいハーモニーを聴かせてくれた。

あまりにも奥の深いヴァーグナーの作品、まだまだ表面をなぞった程度の聴き方かもしれないが、これからも機会を見つけて聴いてみたいと思った。
でもやっぱり長かった!

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