クリスティアン・ゲアハーアー&ゲロルト・フーバーのシューベルト歌曲集録音第2弾(SONY CLASSICAL)

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バリトンのクリスティアン・ゲアハーアー(ゲルハーヘル)とピアノのゲロルト・フーバーのコンビによるシューベルト歌曲集の新譜がSONY CLASSICALから発売された。
第1弾が録音されたのが2005年とのことなので、7年ぶりの新録音ということになる。

NACHTVIOLEN: SCHUBERT LIEDER (はなだいこん:シューベルト歌曲集)

SONY CLASSICAL: 88883712172

録音:2012年7月20-24日, Studio 2, Bayerischer Rundfunk, München

Christian Gerhaher (クリスティアン・ゲアハーアー) (baritone)
Gerold Huber (ゲロルト・フーバー) (piano)

1. An den Mond in einer Herbstnacht (秋の夜の月に寄せて) D 614
2. Hoffnung (希望) D 295
3. Im Jänner 1817 (Tiefes Leid) (1817年1月に:深い悩み) D 876
4. Abschied (別れ) D 475
5. Herbst (秋) D 945
6. Über Wildemann (ヴィルデマンの丘で) D 884
7. Der Wanderer (さすらい人) D 649
8. Der Wanderer an den Mond (さすらい人が月に寄せて) D 870
9. Der Zwerg (小人) D 771
10. Abendstern (夕星) D 806
11. Im Walde (森で) D 843
12. Nach einem Gewitter (嵐のあとで) D 561
13. Der Schiffer (舟人) D 694
14. An die Nachtigall (ナイチンゲールに寄せて) D 196
15. Totengräber-Weise (墓掘り人の歌) D 869
16. Frühlingsglaube (春の想い) D 686
17. Nachtviolen (はなだいこん) D 752
18. Abendlied für die Entfernte (遥かな女性に寄せる夕べの歌) D 856
19. Wehmut (悲しみ) D 772
20. Der Strom (川) D 565
21. Der Hirt (羊飼い) D 490
22. Lied eines Schiffers an die Dioskuren (双子座に寄せる舟人の歌) D 360
23. Nachtgesang (夜の歌) D 314
24. Der Sänger am Felsen (岩山の歌手) D 482

今や、最もリートに力を入れている歌手の一人となった名バリトン、ゲアハーアーは40代半ば。
ピアノのフーバーも同年である。
この2人によるシューベルト歌曲集第2弾を聴いて、なんと心地よい時間が流れていくのかと感じながら、歌曲を聴く喜びをこころゆくまで堪能した。
私はゲアハーアーの明晰なハイバリトンの声質が大好きである。
そして絶妙に美しいドイツ語の語りと、誇張のないレガートが本当に素晴らしい!
彼の美声と芸術はまさに今が旬と言ってもいいのではないか。
彼の師匠だったフィッシャー=ディースカウもハイバリトンの美声だったが、ディースカウは明らかに大ホール向きの声のボリュームを持っていた。
実際に大ホールでディースカウを聴いて、彼のフルボリュームのすごさに驚いたものだった。
ゲアハーアーが声量がないわけでは決してないのだが、彼はむしろより自然な語り口とメロディーへの誠実な寄り添い方が特徴と思う。
ディースカウは今聴くと若干誇張に感じられることもないわけではないが、ゲアハーアーは徹底して自然さを貫く。
彼が来日公演で中小ホールのみでリサイタルを開くのも自身の特性をわきまえてのことと思われる。
そしてリートが本来サロンの中で親密に演奏されたというルーツを彼の歌唱が思い出させてくれるのである。

それにしてもシューベルトは歌曲のピアノパートに時にソロ曲と思えるほどの愛らしさを与えることがある。
「秋の夜の月に寄せて」や「嵐のあとで」、「はなだいこん(夜咲きすみれ)」の前奏を聴いて心惹かれない人は少ないだろう。

ピアノのフーバーは現役の中で特にリート伴奏者としての存在感を増している。
生で彼を聴くと、唸り声が結構目立つのと、演奏ものめりこむタイプで、曲によってはもう少し素直に弾いた方が好ましく感じられる場合もあった。
だが、CD録音で彼の演奏を聴く限りでは、唸り声も聞こえないし、ゲアハーアーとのバランスも絶妙で演奏は細やかで成熟した充実感が感じられる。
つまり、フーバーの美点のみが味わえるというわけである。

私が中学生の頃、はじめて聴いてその魅力にとりつかれた「川」も含まれているのがうれしかった。
選曲はかなり渋めだが、素晴らしい作品が厳選されているので、シューベルト歌曲に馴染みの薄い人でも充分に楽しめると思う。
曲の雰囲気もバラエティに富んでいるのでシューベルトの多面性が味わえる。
「春の想い」はお馴染みの名曲である。
あまり知られていない中では「夕星」「悲しみ」などはリートファンの琴線に触れるのではないか。
「小人」や「ヴィルデマンの丘で」のドラマティックな展開も聴きものである。
「秋」の冷え冷えとした雰囲気に強い印象を受ける方もおられるだろう。
「さすらい人」は有名なリューベックの詩によるものではなく、F.シュレーゲルの詩による曲だが、いかにもシューベルトらしい慎ましやかな名作である。

このアルバムで貴重なのはゲアハーアーのハミングが聴ける曲があることである。
F.シュレーゲルの詩による「舟人」がそれである。
シューベルト歌曲の中でハミングが歌われるのはおそらくこの曲のみではないか。

試聴はこちら(ドイツのamazon)

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クリスティアン・ゲルハーヘル&ゲロルト・フーバー/シューマン歌曲集の夕べ(2014年1月8日 王子ホール)

ニューイヤー・コンサート
クリスティアン・ゲルハーヘル~シューマン歌曲集の夕べ~第1夜
(Schumann Lieder)
2014年1月8日(水)19:00 王子ホール

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クリスティアン・ゲルハーヘル(Christian Gerhaher)(Baritone)
ゲロルト・フーバー(Gerold Huber)(Piano)

オール・シューマン・プログラム
(All Schumann Program)

ミルテの花(Myrthen)Op.25より7曲
 2.自由な想い(Freisinn)
 8.お守り(Talismane)
 15.ヘブライの歌から(Aus den hebräischen Gesängen)
 17.2つのヴェニスの歌I(Zwei Venetianische Lieder I)
 18.2つのヴェニスの歌II(Zwei Venetianische Lieder II)
 25.東方のばらの花から(Aus den östlichen Rosen)
 26.エピローグ(Zum Schluss)

リーダークライス(Liederkreis)Op.39 全12曲
 1.異郷で(In der Fremde)
 2.間奏曲(Intermezzo)
 3.森の語らい(Waldesgespräch)
 4.鎮けさ(Die Stille)
 5.月夜(Mondnacht)
 6.麗しき異国(Schöne Fremde)
 7.古城にて(Auf einer Burg)
 8.異国で(In der Fremde)
 9.哀しみ(Wehmut)
 10.たそがれ(Zweilicht)
 11.森のなかで(Im Wald)
 12.春の夜(Frühlingsnacht)

~休憩~

ライオンの花嫁(Die Löwenbraut)Op.31-1(3つの歌Op.31より)

12の詩(12 Gedichte)Op.35 全12曲
 1.嵐の夜の悦び(Lust der Sturmnacht)
 2.愛と喜びよ、消え去れ(Stirb, Lieb' und Freud')
 3.旅の歌(Wanderlied)
 4.新緑(Erstes Grün)
 5.森へのあこがれ(Sehnsucht nach der Waldgegend)
 6.亡き友の杯に(Auf das Trinkglas eines verstorbenen Freundes)
 7.さすらい(Wanderung)
 8.秘めたる恋(Stille Liebe)
 9.問いかけ(Frage)
 10.秘めたる涙(Stille Tränen)
 11.それほどまでに悩むのは(Wer machte dich so krank?)
 12.古いリュート(Alte Laute)

~アンコール~
シューマン/レクイエム(Requiem)(「6つの詩」追加曲 Op.90 bis)

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クリスティアン・ゲルハーヘル(ゲアハーアー)とゲロルト・フーバーという現役最高のリート演奏家コンビが新年早々来日してくれた。
銀座の王子ホールでシューマンの歌曲のみによる2夜のコンサートを開いたのだが、その第1夜を聴いた。

前半は「ミルテの花」から比較的珍しい曲を7曲、続いてアイヒェンドルフの詩による名作「リーダークライスOp.39」全曲、
後半は7分前後かかるシャミッソーの詩によるバラード「ライオンの花嫁」と、ユスティヌス・ケルナーの詩による「12の詩Op.35」全曲であった。

普通「ミルテの花」からの抜粋といえば、「献呈」「くるみの木」「はすの花」「あなたは花のよう」などが定番で、少なくともこれらから1曲は必ず含まれるといってもいいのだが、今回のコンサートでは(おそらく)意識的にこれらの定番を外している。
そこに演奏家の並々ならぬ意欲と挑戦がうかがえる。

当夜のゲルハーヘルは、歌い終わった時に鼻をすすっていたりしていたので、若干風邪気味だったのかもしれない。
だが、歌っている時は殆どそうした状態を感じさせないプロの歌を聴かせていた。

ゲルハーヘルの声質はハイバリトンとでも言おうか、心地よい響きで、言葉を明瞭に伝えてくる。
そのドイツ語の発音の美しいこと!
詩の朗読を聴いているのではと錯覚するほど、彼のドイツ語の響きにまず聴き惚れてしまう。
それから彼の歌唱を聴いて感じるのが、楷書風のかちっとしたアプローチであること。
これが彼の歌唱の安定感を作り出しており、私が魅力的に感じるところである。
ボストリッジの神経質なほど繊細でひりひりする歌唱も、ゲルネの包み込むような声の響きの中に封じ込められた求心的な歌唱も素晴らしいが、ゲルハーヘルの歌唱はその正攻法のアプローチがなんとも魅力的である。
彼の声は弱声では本当にささやくように柔らかく歌うのだが、フルヴォリュームとなると、聴き手を圧倒する鋭さももっている。
その幅の広さも、語りの巧みさと相まって、聴き手を深いリートの世界に引き込む魅力となる。

そうしたアプローチで歌われた彼のシューマンは、ロマンティックさをことさら強調せず、作品のもつ色合いを自然に醸し出すものだった。
「ミルテの花」ではまず「自由な想い」と「お守り」でフロレスタン風の元気でエネルギッシュな歌を安定感をもった歌唱で聴かせる。
そして「ヘブライの歌から」では一転して憂鬱な雰囲気をごく自然に醸し出す。
「2つのヴェニスの歌」では情景が浮かぶような軽快な歌いぶりを聴かせ、愛らしい「東方のばらの花から」を経て、シューマンの組曲の終曲では定番ともいえるコラール風の「エピローグ」を優しく歌い、小さなツィクルスを締めくくる。
てらいのない自然な表情で、歌曲の様々な心情を的確に描き出す点にかけて、うってつけの歌手がそこにいた。
ちなみに「2つのヴェニスの歌I」の"Gondolier"(ゴンドラ乗り)の発音を従来は「ゴンドリール」と歌う人が多かったが、ゲルハーヘルは「ゴンドリエー」と発音していたのが興味深かった。
その後に演奏された有名な「リーダークライス」は、ゲルハーヘルの安定感のある歌唱が、シューマネスクな響きに溶け合って素晴らしかった。
とりわけ「月夜」は、フーバーの何段階にも階層があるのではと思うほど豊富な色のパレットをもったピアノにのって、真摯な歌唱が胸を打った。

休憩後の最初は珍しい「ライオンの花嫁」という歌曲。
飼っていたライオンに対して、飼い主の女性が自身の結婚を報告し、もうすぐお別れしなければならないと伝える。
そこへ婚約者の男がやってくると、ライオンは飼い主の女性が檻から出られないように出口をふさぐ。
それでも飼い主が出口から出ようとすると、ライオンは彼女を噛み殺し、屍となった飼い主のそばに横たわる。
ライオンは婚約者の銃に撃たれて死ぬという内容。
なんとも血なまぐさい内容ではあるが、シューマンはとりたててドラマティックな音楽を付けようとはしなかった。
ピアノは暗欝な響きが全体を貫き、その上を第三者的に歌が語る。
ゲルハーヘルもここでは語り手に徹し、激しい表情はほとんどとらずに緊張感を持続する。
珍しい作品をコンサートで聴くことが出来たのは意義深かった。

プログラムの最後はディースカウやプライも歌っていたケルナーの詩による「12の詩」である。
このうち、最後の2曲や「新緑」などはホッターが得意としていたのが思い出される。
ツィクルスとして12曲が演奏されることは最近ではめっきり少なくなってしまったが、こうして通して聴いてみると、単にばらばらな歌を寄せ集めたというのではない全体だからこその味わいというものが感じられた。
配布された解説書にも広瀬大介氏が書かれていたが、フィッシャー=ディースカウが「声とユニゾンで演奏される伴奏があまりに頻繁である」と指摘しているのは、この歌曲集全体の雰囲気の一端を作り出す要因となっているのではないか。
余計な装飾なく、歌とピアノが付かず離れずして平行に歩んでいく様がイメージされる。
その無駄のなさが独自の心象風景を描くのに寄与しているのではないか。
第2曲で多くのバリトン歌手が高すぎる音域をファルセットで歌う箇所があるのだが、そこをゲルハーヘルはおそらくファルセットなしで歌っていたように私の耳には聞こえた(違っていたらすみません)。
最後の2曲「それほどまでに悩むのは」と「古いリュート」はほぼ同じ音楽を続けて歌うのだが、ゲルハーヘルは過剰な思い入れもなく、さらりと歌って、ツィクルスとしての見事な締めくくりとしていた。
彼こそが現在最も知的なリート歌手と言えるかもしれない。

ピアニストのゲロルト・フーバーは、今回も非常に優れた演奏を披露した。
以前何度か彼の生演奏に接した限りでは、彼特有のうなり声が特徴的だったが、今回はかなり抑えていたように感じた。
自身でも意識しているのかもしれない。
演奏はふたを全開にしても歌を壊すことが皆無で、非常にバランス感覚に優れていた。
そのうえ、自身がピアノを歌わせるべきところは、外すことなく歌わせて、歌唱とピアノとの優れたデュオとなっていた。
いわゆる対決型のピアノではなく、歌とピアノで一体になる演奏であり、それがこの夜の成功の一因であったことは明らかだった。

この世界的なリート歌手とピアニストをこんな小さな空間でたっぷり味わうという贅沢を心ゆくまで堪能した時間だった。
なお、今回ドイツワインが無料でふるまわれ、心地よい気分のまま音楽を味わえたのもうれしい。

第2夜(1月10日)が聴けなかったのは悔しかったが、せめてプログラムの内容を以下に記して自らへの慰めとしよう。

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<第2夜 1/10>

6つの歌曲Op.107 全曲
 1.心の痛み 2.窓ガラス 3.庭師 4.糸を紡ぐ女 5.森の中で 6.夕暮れの歌

詩人の恋Op.48 全16曲
 1.美しき五月 2.この涙から芽生えた花が 3.バラ ユリ ハト お日様
 4.きみの瞳を見つめると 5.この心を消してしまおう 6.ライン川 美しき流れに
 7.恨んだりしない 8.小さな花よ わかってくれるか
 9.あれはフルートとヴァイオリン 10.あの歌を聴くと
 11.とある男が娘を愛す 12.光あふれる夏の朝 13.夢の中で泣いた
 14.毎夜きみを夢に見る 15.昔の童話が手招きする 
 16.古き悪しき歌

~休憩~

ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスター」による歌曲集Op.98aより4曲
 2.竪琴弾きの歌/4.涙とともに パンを食べたことがないものは
 6.孤独に身を委ねると/8.扉のそばへ忍びより 

メランコリーOp.74-6(スペインの歌遊びOp.74より)

哀れなペーターOp.53-3(ロマンスとバラード第3集Op.53より)
 a.ハンスとグレーテが/b.この胸に/c.哀れなペーターは

心の奥深くに痛みを抱えつつOp.138-2(スペインの恋の歌Op.138より)

悲劇Op.64-3(ロマンスとバラード第4集Op.64より)
 1.俺と逃げてくれ 妻になってくれ 2.春の夜に蔭がさす 3.墓の上には菩提樹が

隠者Op.83-3

~アンコール~
シューマン/牛飼のおとめ(「6つの詩」 第4曲 Op.90-4)
シューマン/君は花のごとく(「ミルテの花」 第24曲 Op.25-24)

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クリスティアン・ゲルハーヘル&ゲロルト・フーバー/没後100年記念マーラーを歌う(2011年12月9日 トッパンホール)

〈歌曲(リート)の森〉 ~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第9篇
クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン) 没後100年記念マーラーを歌う
2011年12月9日(金)19:00 トッパンホール(C列6番)

クリスティアン・ゲルハーヘル(Christian Gerhaher)(Baritone)
ゲロルト・フーバー(Gerold Huber)(Piano)

グスタフ・マーラー(Gustav Mahler)

《さすらう若人の歌(Lieder eines fahrenden Gesellen)》
 第1曲 いとしいひとがお嫁に行く日は(Wenn mein Schatz Hochzeit macht)
 第2曲 今朝ぼくは野原を歩んだ(Ging heut morgen übers Feld)
 第3曲 ぼくは燃える剣をもっている(Ich hab'ein glühend Messer)
 第4曲 いとしいあの子のつぶらな瞳が(Die zwei blauen Augen)

《子どもの魔法の角笛》より(Lieder aus «Des Knaben Wunderhorn»)
 この歌をつくったのはだれ?(Wer hat dies Liedlein erdacht?)
 夏の歌い手交替(Ablösung im Sommer)
 みどり深い森をたのしく歩んだ(Ich ging mit Lust durch einen grünen Wald)
 いたずらっ子をしつけるには(Um die schlimme Kinder artig zu machen)
 ラインの伝説(Rheinlegendchen)
 番兵の夜の歌(Der Schildwache Nachtlied)

~休憩(Intermission)~

《子どもの魔法の角笛》より(Lieder aus «Des Knaben Wunderhorn»)
 塔の囚人の歌(Lied des Verfolgten im Turm)
 浮世の暮らし(Das irdische Leben)
 シュトラースブルクの砦(Zu Straßburg auf der Schanz)
 トランペットが美しく鳴りひびくところ(Wo die schönen Trompeten blasen)

《亡き子をしのぶ歌(Kindertotenlieder)》
 第1曲 いま太陽が明るく昇るところだ(Nun will die Sonn' so hell aufgeh'n)
 第2曲 今になってわかる、あの暗い炎がなぜ(Nun seh' ich wohl, warum so dunkle Flammen)
 第3曲 おまえのお母さんが(Wenn dein Mütterlein)
 第4曲 わたしはよく思う、子供たちはちょっと外出しただけだと(Oft denk' ich, sie sind nur ausgegangen)
 第5曲 こんなひどいあらしの日には(In diesem Wetter)

~アンコール~
マーラー/原光(Urlicht)

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実に濃密で充実した演奏であった。
「さすらう若人の歌」「亡き子をしのぶ歌」といった有名歌曲集を両端に置き、その間に「子どもの魔法の角笛」に因んだ歌曲を配すという選曲は見事なものである。

ゲルハーヘルもフーバーもこれらの作品の多くにひそむ暗部を拡大して表出してみせてくれた。
それにより、たまにあらわれる楽しい曲(「この歌をつくったのはだれ?」等)や皮肉な曲(「いたずらっ子をしつけるには」等)がちょっとした気分転換となり、聴衆に一息つかせる効果があった。

「さすらう若人の歌」での繊細な感情、そして「亡き子をしのぶ歌」での悲壮感が、真実味をもった表現で描かれていて素晴らしかった。
最高のリート解釈者2人の演奏を味わえた喜びを感じた2時間だった。
今後のさらなる活動がますます楽しみである。

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クリスティアン・ゲルハーヘル&ゲロルト・フーバー/“マーラーの二夜”<第2夜>(2011年12月7日 王子ホール)

クリスティアン・ゲルハーヘル“マーラーの二夜”<第2夜>

2011年12月7日(水)19:00 王子ホール(D列1番)

クリスティアン・ゲルハーヘル(Christian Gerhaher)(Baritone)
ゲロルト・フーバー(Gerold Huber)(Piano)

グスタフ・マーラー(Gustav Mahler)

「大地の歌」より 第2楽章 秋に寂しきもの
(From "Das Lied von der Erde" No.2 Die Einsame im Herbst)

「7つの最新歌曲(最後の7つの歌)」
(Sieben Lieder aus letzter Zeit)
 死せる鼓手(Revelge)
 少年鼓手(Der Tamboursg'sell)

 私の歌をのぞき見しないで(Blicke mir nicht in die Lieder)
 私は快い香りを吸いこんだ(Ich atmet' einen linden Duft!)
 真夜中に(Um Mitternacht)
 美しさをあなたが愛するなら(Liebst du um Schönheit)
 私はこの世に捨てられて(Ich bin der Welt abhanden gekommen)

~休憩(Intermission)~

「大地の歌」より 第6楽章 告別
(From "Das Lied von der Erde" No.6 Der Abschied)

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王子ホールはクリスティアン・ゲルハーヘルとゲロルト・フーバーを迎えて、今年没後100年のマーラー歌曲のみの夕べを2夜企画した。
そのうちの第1夜は9日のトッパンホールでも全く同じ内容で催されるので、私は王子ホールでは第2夜のみを聴いた。

プログラムは「大地の歌」の中から低声用の2曲を両端に置き、その間に「7つの最新歌曲」を挟み込むというもの。
「7つの最新歌曲」とは一般には聞き慣れないタイトルだが、「7つの最後の歌」という従来訳は"letzt"の解釈の違いによるものである。
この作品がマーラーの最後の歌ではないので「最新」という意味でとらえるべきだというのが訳者広瀬大介氏の考えであり、それは妥当な見解だと思う。
ちなみにこの「7つの最新歌曲」、「角笛」歌曲集から「死せる鼓手」「少年鼓手」の2曲にリュッケルトの5つの歌曲をまとめたものである。

久しぶりに聴いたクリスティアン・ゲルハーヘルは進境著しい。
声と音楽性の充実はピークに達している印象を受けた。
彼の限界を知らない朗々たる声には王子ホールが小さすぎる印象すら受ける場面もあった。
この声のボリュームは大きなコンサートホールで聴いたとしても全く問題ないであろう。
しかし、リートは声の豊かさだけではなく、抑制された繊細な表現も必要とされる。
従って、ゲルハーヘルの豊かなダイナミックレンジを小ホールの親密な空間で味わえるというのはとても贅沢であると同時に理に適ったことでもあるのだ。

ゲルハーヘルの歌い方はやはり師匠F=ディースカウの影響が大きく感じられる。
声がテノラールな軽やかさをもち、バリトンにもかかわらず明るく高めの響きが聴かれ、テキストが響きに埋没せずにくっきり明瞭に聞こえてくるのも師匠と共通する点だ。
しかし、ゲルハーヘルの歌唱は師匠よりもより作品に忠実たらんとする。
勢いに任せて音が曖昧になることもない。
そこに彼の美質の一つを見ることが出来るように思える。

ゲロルト・フーバーはピアノの蓋をいっぱいに開け、かなり振幅の大きな演奏。
以前は端正で安定した美しい演奏をしていた印象があったのだが、この日は師匠ハルトムート・ヘルを思わせる大胆さが感じられた。
美しさよりも真実味のある音を徹底的に追究し、それを演奏に反映しているように感じた。
時にその振幅の大きさが大仰に感じられる場面もないではなかったが、概して作品が求める表現として受け入れることが出来た。
また、弾きながら低いうなり声をあげるのも以前には気付かなかったことだ。

マーラーのほの暗く深遠な世界をくまなく表出しようとした2人のドラマティックな演奏に感激した。

アンコールはなし(「告別」の後にふさわしい曲はないということなのだろう)。
なお、この日の前半は冒頭の「秋に寂しきもの」の後に拍手を受けつつも袖に戻らず、そのまま「死せる鼓手」「少年鼓手」を歌ってから袖に戻った。
「7つの最新歌曲」とまとめられてはいても「死せる鼓手」「少年鼓手」とリュッケルト歌曲集の間にはそれだけ大きな表現上の切り替えが必要ということなのではないか。

なお、この日はサイン会に並び、サインをいただいたが、2人とも演奏で疲れているはずだろうに、非常に愛想よく、フーバーにいたっては"Tschüss!"とまで声をかけてくれて、人間的にも魅力を感じた2人であった。

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ゲルハーヘル?ゲルハーエル?それとも・・・

3月6日の早朝5時5分(現地時間の5日21時5分)からドイツのネットラジオ局Deutschlandfunkで、バリトンのChristian GerhaherとピアニストGerold Huberによる昨年のシューマン・コンサートの模様が放送された。
今が旬の演奏家であり、その演奏をじっくり聴きたいという気持ちはあるが、朝5時に起きるのはなかなか辛い。
コンサートを聴くという目的だけなら断念したかもしれない。
しかし、今回はどうしても聴き逃したくなかった。
なぜなら、ドイツのアナウンサーはこのバリトン歌手の姓"Gerhaher"をどのように発音するのか知りたかったからだ。

日本での表記は「ゲルハーヘル」「ゲルハーエル」など定まっておらず、両方の表記が混在している状況だった。

さて、実際どうだったかであるが、アナウンサーから聞こえてきた発音は「ゲアハーアー」であった。
途中でピアニストのゲロルト・フーバーの話もあり、彼も「ゲアハーアー」と言っていたから間違いないであろう。

長年の疑問が解決されてすっきりした早朝であった(日常語の発音と舞台などでの発音は違うので「ゲルハーエル」という表記も間違いとはいえないだろう)。

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ちなみにラジオで放送された曲目などのデータは以下のとおり。

シューマン作曲

「ミルテ」Op.25より(自由な心/はすの花/ここではそっと漕いでおくれ/広場に夕風が吹き渡ると/あなたは花のよう/東方のばらより)

「詩人の恋」Op.48(全16曲)

「5つの歌」Op.40(においすみれ/母の夢/兵士/楽師/ばれてしまった恋)

哀れなペーターOp.53-3

「ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスター」による歌」Op.98aより(涙を流しながらパンを食べたことのない者/孤独にひたっている者/戸口に忍び寄り)

メランコリーOp.74-6

心の奥深くに苦悩を抱えOp.138-2

隠遁者Op.83-3

悲しみOp.39-9(アンコール曲)

クリスティアン・ゲアハーアー(BR)
ゲロルト・フーバー(P)

ライヴ録音:2008年7月5日, Ordenssaal des Residenzschlosses Ludwigsburg

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