クリスティーネ・シェーファー&エリック・シュナイダー/リサイタル(2012年7月2日&4日 王子ホール&東京文化会館 大ホール)
クリスティーネ・シェーファー
2012年7月2日(月)19:00 王子ホール(G列1番)
クリスティーネ・シェーファー(Christine Schäfer)(ソプラノ)
エリック・シュナイダー(Eric Schneider)(ピアノ)
モーツァルト(Mozart)作曲
静けさはほほえみつつ(Riente la calma) K152
すみれ(Das Veilchen) K476
クローエに(An Chloe) K524
哀れな私はどこにいるの(Misera dove son!…Ah! non son' io parlo) K369
ウェーベルン(Webern)/シュテファン・ゲオルゲの詩による5つの歌(5 Lieder nach Gedichten von Stefan George) Op.3
あなたのためだけの歌(Dies ist ein Lied für dich allein)
風のそよぎに(Im Windesweben)
小川のほとり(An Baches Ranft)
朝霧の中を(Im Morgentaun)
木は葉を落とし(Kahl reckt der Baum)
ベルク(Berg)/7つの初期の歌(Sieben frühe Lieder)
夜(Nacht)
葦の歌(Schilflied)
夜鳴き鶯(うぐいす)(Die Nachtigall)
夢を抱いて(Traumgekrönt)
この部屋で(Im Zimmer)
愛の賛歌(Liebesode)
夏の日々(Sommertage)
~休憩~
シューベルト(Schubert)作曲
エレンの歌(Ellens Gesänge) D837-D839
休め、兵よ(Raste, Krieger)
狩人よ、狩りを終えて休め(Jäger ruhe von der Jagd)
アヴェ・マリア(Ave Maria)
月に寄せるさすらい人の歌(Der Wanderer an den Mond) D870
秋の夜の月に寄す(An den Mond in einer Herbstnacht) D614
解消(Auflösung) D807
さすらい人(Der Wanderer) D649
デルフィーネの歌(Lied der Delphine) D857-2
フローリオの歌(Florio) D857-1
~アンコール~
シューベルト/夜と夢 D827
R.シュトラウス/アモール Op.68-5
R.シュトラウス/明日 Op.27-4
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8年ぶりの来日というソプラノのクリスティーネ・シェーファーを聴いた。
以前聴いた時はアーウィン・ゲイジとの共演だったが、今回のピアニストはエリック・シュナイダーである。
もちろんチケットは完売である。
小柄なシェーファーは、上半身が腕を出した黒のタンクトップ風(?)の服、下は昔の貴婦人のような大きくふくらんだ黒とグレーのドレスで登場した。
以前はかなり大胆な衣裳を着て、トンがった印象を受けたものだったが、今回はあらわになった腕もたくましくなり、拍手にこたえる時の笑顔も柔らかくなったように感じた。
年齢を重ねて落ち着いてきたというところだろうか。
ただ袖とステージの出入りの際に、ふくらんだスカートの印象もあり、ゼンマイ仕掛けの人形のような無機質さを感じさせるところは、いかにも彼女らしい。
モーツァルトとシューベルトを両端に置き、その間にウェーベルンとベルクをはさむというプログラミング。
現代ものが得意のシェーファーのこと、ウェーベルンとベルクは特に期待される。
シューベルトは以前の来日公演でも確か似たような選曲だったような気がするが、モーツァルトの歌曲を彼女の歌で生で聴くのははじめてではないか。
前半はモーツァルトの後に一度拍手にこたえて袖に引っ込んだが、ヴェーベルンとベルクは中断せずに続けて演奏された。
後半のシューベルトは全曲通して演奏された。
彼女の声、美声はそのままだが、以前のような純粋でストレートな声とはさすがに違う。
年輪を重ねてもっとコクがその声に加わり、それが歌にニュアンスに富んだ味わいを増していたように感じた。
冒頭の「静けさはほほえみつつ」(モーツァルトの作ではないという説あり)の最初の行"Riente la calma"の"calma"が若干「コルモ」に近く聴こえた。
イタリア語の発音については私はよく分からないが、"a"の発音の仕方にもいくつかあるということだろうか。
歌自体は最初から聴き手をぐっと惹きこんでしまうのはさすがだ。
続く「すみれ」は愛らしくも表情豊かな名唱。
「クローエに」は歌声部に装飾を加えていたと記憶する。
当時の演奏習慣に適った解釈だろう。
最後の歌い収めで"neben dir"を2回繰り返すが、最初の出だしが普段馴染んでいるよりも遅いタイミングだったのであれっと思った。
最初は間違えたのかと思ったのだが、2日後の上野公演でも同じように歌っていたので、そのような版があるのかもしれない。
モーツァルトのブロック最後はコンサートアリアが歌われた。
こちらも彼女ならではの熱唱。
続くウェーベルンはシュテファン・ゲオルゲの詩による作品3の5曲。
各曲が短く、あっという間に終わってしまう。
ピアノのシュナイダーの鋭敏な響きにのって、シェーファーの声が独自の世界を描き出す。
その言葉さばきの美しさに聞き惚れた。
続くベルクの「7つの初期の歌」はもはや馴染み深い作品といってもよいだろう。
いずれもロマン派の香りを残しながら強く訴えかけてくる美しい作品ばかりである。
それらをシェーファーとシュナイダーは時に深く沈みこみ、時に伸びやかに解放させて、変幻自在にそれぞれの世界を作り上げていた。
後半はオール・シューベルト。
ふくよかさと強靭さを併せ持った現在の彼女にはシューベルトの素朴な世界もまた聴き応え充分なものだった。
「エレンの歌」全3曲では、通して歌われることによって、エレンの優しさと強さがより伝わってきたように感じた。
「アヴェ・マリア」もこの流れで聴くと、切羽詰った状況の中で不屈の精神で祈りを捧げる彼女の強さがくっきりと伝わってきて、シェーファーの主人公への寄り添い方もまた見事だった。
いまやよく歌われるようになったザイドルの詩による「月に寄せるさすらい人の歌」では、月と自分との境遇の違いを明確に歌い分けることによって、月を羨む心情が描き出されていた。
こういうさりげないうまさが今回のシェーファーには感じられた。
「解消」はドラマティックだが引き締まった表現力で聴かせ、後半のプログラムの中でアクセントとなっていた。
シュレーゲルの詩による「さすらい人」は故郷にとどまらずにさすらいの旅に出るように月が誘うという内容。
しっとりとした静かな味わいがシェーファーの揺ぎ無い歌唱で魅力を増していた。
「月に寄せるさすらい人の歌」から「さすらい人」までの4曲は月や太陽を媒介とした「さすらい人の心情」をテーマにした選曲といえるだろう。
最後の2曲はシュッツの作による戯曲「ラクリマス」の中の登場人物が歌う詩による。
「デルフィーネ」は女声歌手の定番といってもいいかもしれないし、華麗な高音が聴く者を陶酔させる。
シェーファーはもちろん余裕の名唱。
一方の「フローリオ」は男声用の歌だが、こうしてシェーファーの声で聴くと、このしっとりとした作品の味わい深さが心に響いてくる。
静かな余韻を残してプログラムを終えるというのもなかなかいいものだ。
熱烈な拍手に何度も舞台に呼び戻されたシェーファーとシュナイダーによるアンコールは3曲。
「夜と夢」のどこまでもコントロールされたレガートの美しさにはただ聞き惚れるのみ。
そして「アモール」では、リリックな作品を歌ってきた彼女がここに来て余力充分でコロラトゥーラを完璧に歌うという神業を聞かせた。
長身で細身のピアニスト、エリック・シュナイダーは、以前F=ディースカウのDVDのマスタークラスの映像で見た時と比べると、さすがに見た目はすっかり変わったが、その演奏は実に素晴らしい。
決して音の大きさで自己主張するタイプではなく、歌との絶妙なバランスの中で、作品そのものをくっきりと描き出してみせてくれた。
さりげなくも核心を突いた演奏を披露して、その非凡さを印象づけた。
「アヴェ・マリア」のピアノだけの箇所で、左手ベース音の音価を楽譜の通りに守り、ペダルで単純につぶしてしまわないところも新鮮な解釈だった。
アンコールの「明日」のなんという繊細で美しい響き!感動的だった。
ドイツの伴奏芸術をしっかりと受け継いでいく逸材となるのではないか。
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都民劇場音楽サークル第599回定期公演
クリスティーネ・シェーファー ソプラノ・リサイタル
2012年7月4日(水)19:00 東京文化会館 大ホール(1階18列9番)
クリスティーネ・シェーファー(Christine Schäfer)(ソプラノ)
エリック・シュナイダー(Eric Schneider)(ピアノ)
モーツァルト/
静けさは微笑みつつ K.152(210a)
すみれ K.476
クローエに K.524
哀れな私、ここはどこ!~ああ、これを語るのは私ではない K.369
ウェーベルン/ゲオルゲの詩による5つの歌 作品3
これはあなただけのための歌
風のそよぎに私の夢はただのまぼろし
小川のほとりで
朝霧の中を
裸の木が枝を伸ばして
ベルク/7つの初期の歌
夜
葦の歌
夜鳴き鶯
夢を抱きて
部屋の中で
愛の賛歌
夏の日々
~休憩~
シューベルト/
エレンの歌 D837~D839
憩え、兵士よ
狩人よ、狩りを終えて休め
アヴェ・マリア
さすらい人が月に寄せて D870
秋の夜の月に寄す D614
消滅 D807
さすらい人 D649
デルフィーネの歌 D857-2
フローリオの歌 D857-1
~アンコール~
R.シュトラウス/アモール Op.68-5
シューベルト/夜と夢 D827
R.シュトラウス/明日 Op.27-4
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プログラムはアンコールも含めて2日の王子ホール公演と全く同じ(曲名の日本語表記は若干違うが)。
登場したシェーファーの衣裳も同じ。
今回は東京文化会館の大ホールで、前回とはホールの広さが全く違うが、彼女の歌唱には全く無理がなく、むしろこの日の方が調子が良かったように思えた。
お客さんもよく入っていた。
大ホールでも全く無理なく伸びやかに余裕をもって響く強声と、繊細な弱声の表現力は、この歌手の非凡さをあらためて実感させられることとなった。
ピアノのシュナイダーとのコンビは息がぴったりで、さらに今後の活躍が期待される。
この日は後半のシューベルトで急に1曲ごとにフライング拍手をする人が現れた。数曲で止んだが、一人で聴いているわけではないという自覚をもっていただきたいものだ。
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