ホル&オルトナー/シューベルト「白鳥の歌」(10月31日(金)川口・リリア音楽ホール)

「~リートの巨人~ロベルト・ホル 薄幸の天才、F.シューベルトの最後の作品「白鳥の歌」を歌う」
「最後の歌曲群-1828年のシューベルト」
Holl_ortner_20082008年10月31日(金)午後7時 川口・リリア音楽ホール(B列3番)

ロベルト・ホル(Robert Holl)(BSBR)(2-18)
みどり・オルトナー(Midori Ortner)(P)(1-18)
エレン・ファン・リアー(Ellen van Lier)(S)(1)
横川晴児(Seiji Yokokawa)(CL)(1)

シューベルト(Schubert)作曲

1.岩上の羊飼い(Der Hirt auf dem Felsen)D965(ミュラー&シェジ詩)

「白鳥の歌」D957
レルシュタープの詩による歌曲
2.愛の使い(Liebesbotschaft)D957-1
3.戦士の予感(Kriegers Ahnung)D957-2
4.春の憧れ(Frühlingssehnsucht)D957-3
5.セレナーデ(Ständchen)D957-4
6.別れ(Abschied)D957-7
7.住み処(Aufenthalt)D957-5
8.遠い地で(In der Ferne)D957-6

~休憩~

ライトナーの詩による歌曲
9.冬の夕べ(Der Winterabend)D938

ザイドルの詩による歌曲
10.鳩の使い(Die Taubenpost)D965a

ハイネの詩による歌曲
11.漁師の娘(Das Fischermädchen)D957-10
12.海辺で(Am Meer)D957-12
13.都会(Die Stadt)D957-11
14.影法師(Der Doppelgänger)D957-13
15.彼女の肖像(Ihr Bild)D957-9
16.アトラス(Der Atlas)D957-8

~アンコール~
17.音楽に寄せて(An die Musik)D547(ショーバー詩)
18.夕映えの中で(Im Abendrot)D799(ラッペ詩)

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オランダのバスバリトン、ロバート・ホルとピアニストのみどり・オルトナーによるシューベルトのコンサートを聴いた。
今回はシューベルト死の年1828年に作曲された作品が集められ、「岩上の羊飼い」1曲だけをホルの夫人であるオランダのソプラノ、エレン・ファン・リアーが歌い、続いて「白鳥の歌」全14曲をハースリンガー版の曲順を入れ替え、さらにライトナーの詩による「冬の夕べ」を加えてホルが歌った。

最初にみどり・オルトナーが舞台に現れ、予定されていたクラリネット奏者のエルンスト・オッテンザーマーが事情で来日できなくなったが、病気ではなく、演奏できなくて残念がっていた旨伝えられた。
ピンチヒッターはN響の首席クラリネット奏者、横川晴児。
さらに今回のプログラムに関するコンセプトが説明された。
それによると、前半のレルシュタープ歌曲群はナポレオン戦争に敗退し、死を予感した戦士の心情を歌ったという解釈も出来るといい、一般に指摘されることの多い明るさ、気楽さよりも重々しさに比重を置いた解釈をしていた。
後半のハイネ歌曲群は恋のはじまりから、失恋、そして最後の「アトラス」は失恋の苦しみを天をかつぎ続けるアトラスの苦悩にたとえたと語る(覚えている範囲で書いているので、彼女の言葉通りではない点、ご了承ください)。
10分ほど何も見ずに各曲の内容を説明し、曲に対する彼女の深い理解がうかがえた。

最初はクラリネット助奏付きの「岩上の羊飼い」。
録音では様々な演奏家で聴き馴染んでいて、好きな曲だが、これまで実演で聴いた記憶がない。
装飾的な技術が要求される声楽パートの難しさと、規模の大きさ(約10分かかる)、クラリネット奏者が必要という事情が、演奏会で歌われる機会の少なさに影響しているのかもしれない。
ソプラノのエレン・ファン・リアーは初めて聴くが、長身な体躯からオランダ人歌手の伝統とも言えそうな清澄で温かみのある美声を響かせていた。
高音だけでなく低音もしっかりと出ており、明るさの中に陰りも加わるシューベルト最晩年の技巧的な歌曲を表情豊かに生き生きと歌っていた。
間奏中に2、3度水を飲んでいたが、乾燥していたのだろうか。
だが声の調子は全く問題なかったように思えた。
クラリネットの横川晴児は歌心にあふれた極めて魅力的な音色を聴かせ、ファン・リアーとのかけあいも素晴らしかった。

続いてロバート・ホルとオルトナーによる「白鳥の歌」全曲が演奏された。
登場したホルはさらに恰幅がよくなった印象で、前から2列目で聴くと彼の声のものすごいボリュームに驚かされる。
声を張った時、依然として高音から低音までむらのない声は健在だった。
ただ弱声で高音を歌う時に若干響きの薄さを感じさせたが61歳という彼の年齢を考えれば瑣末なことだろう。
オルトナーが冒頭に説明したように、レルシュタープ歌曲群は死を覚悟した戦士の心情の流れと解釈したような重々しい雰囲気で貫かれた。
彼は右手の親指と人差し指で輪をつくり、それを覗き込むような形で(しかし目をつむって)右向きに(観客からは左向きに)歌うことが多かった。
前回の来日時に聴いた時同様、かなりアクションは激しく、歌唱も強弱の差を大きくとり、ドラマティックに歌う。
膝を折り曲げて左右に動く様はあたかも無骨なダンスをしているかのようでもあり、激しい独白では両手を広げ、時にその手を激しく揺すり、全身全霊で持てる力をフルに発揮しようとする。
それはほとんどオペラのモノローグを見ているかのようだった。
「愛の使い」や「春の憧れ」「別れ」のような軽快な曲でもテンポをゆっくり目にとり、かみしめるようにしっとりと歌う。
一方で「戦士の予感」や「住み処」の重々しい作品は激しく感情を発露させたドラマを聞かせる。
「遠い地で」でレルシュタープ歌曲を終えるというのはあまり慣れていないので不思議な感じだったが、この曲も最後は諦念を激しい感情に乗せて吐露し、その激しさをピアノが引き継いだまま終わるので、締めくくりの曲として適しているのかもしれないと思った。

後半は「冬の夕べ」と「鳩の使い」といった穏やかで一息ほっとつける作品で始められた。
「冬の夕べ」は静かな冬の夕べに部屋に差し込む月の光に心地よさを感じながら過去の美しい恋の思い出に浸るという内容が見事に音楽に写されている。
情景が脳裏にふっと浮かぶような素敵な詩と音楽で私は大好きな作品であり、ホルもここでは激しさを一切出さず、ひたすら柔らかい響きに徹していた。
「鳩の使い」の右手のシンコペーションをオルトナーは「鳩のはばたき」と表現していた。
そのはばたきに乗って「あこがれ」という名の鳩の飛翔がたっぷりとした思い入れをこめて歌われ、弾かれていた。
天衣無縫の自然さでいつまでも続くかのような穏やかさの中にふと顔を覗かせる短調の響き、これはシューベルト自身の白鳥の歌に最もふさわしい作品といえるだろう。

ハイネ歌曲群はやはり圧巻であった。
ここには死の直前にシューベルトが到達した新しい世界が惜しげもなく提示されている。
天才は進化し続けるものなのだ。
ホルはここで曲順をかなり入れ替えて、恋のはじまりから終わりまでの一連のドラマを作り上げた。
実は過去のホルの演奏の記録などを調べてみると、彼はすでに昔からハイネ歌曲群をこの順序で歌うことが多かったようだ。
「漁師の娘」は浜辺で下心をちらつかせながら漁師の娘を軟派する男の軽薄な言葉が歌われ、続く「海辺で」では真剣な恋に発展した2人だが、愛するあまりに流した彼女の涙を飲んで、それが毒となって、彼女を思って死にそうなほどやつれてしまう。
「都会」で男は海に旅立つが、太陽の光が恋人を失ったあの場所を照らし出すのが海の上から見えてしまう。
「影法師」で男は再びモトカノの家の前に立つが、そこに苦痛のあまり手をよじった男を見る。それはほかでもないかつての自分自身、つまりドッペルゲンガーだったのだ。
「彼女の肖像」は、夢の中に彼女の肖像があらわれ、生気を帯び始めるが、それを見て男は涙する。彼女を失った現実が信じられないのだ。
最後に置かれた「アトラス」は、ギリシャ神話に登場する天空を背負う運命をになわされたアトラスに、己の失恋の苦しみが永遠に終わらないことをなぞらえる。
こういう1つの流れも確かに納得できるものであり、ハースリンガーの版がシューベルトの意思を反映したものとは言い切れない以上、このような試みはいろいろなされてもいいだろう。
ここでのホルの歌唱は終始劇的であった。
緊張の途切れない重苦しい世界が確かに1つのチクルスを形成していた。
普通ならば「影法師」でクライマックスを築くのだが、ここでは「影法師」は中間地点に過ぎなかった(それでもものすごい絶唱だったが)。
最後に「アトラス」が置かれたことで、己の苦しみを全身で存分に表現して、この恋の重く苦しいチクルスを締めくくった。
個々の歌の演奏の出来栄えといった次元を超えて、これは本当に壮絶な世界であり、シューベルトの天才をまざまざと目のあたりにさせてくれた非凡な2人の演奏家にはただ賞賛の言葉しか見つからない。

アンコールはよく知られた美しいシューベルトの曲2曲。
「音楽に寄せて」はせちがらい世の中で音楽によって救われた者の感謝の気持ちがどの音楽ファンの心情にもマッチするのではないか。
音楽への最高のオマージュである。
「夕映えの中で」での崇高な自然の力をシューベルトはこれほど雄大に表現してくれた。
目の前に情景が浮かんでくるようだ。
そんなことを感じながら、ホルとオルトナーのこれまでと一転して優しく穏やかな演奏が胸に響いてきた。

みどり・オルトナーのピアノは粒立ちのよい極めてよく歌うタッチで貫かれ、聞こえてほしい音は必ず見事なまでに浮かび上がらせる。
蓋は全開だが、ホルの声量がものすごいので、全く問題ない。
特に間奏箇所になると、彼女は実に雄弁にピアノで歌う。
その積極的なアンサンブルの妙が存分に味わえる充実した演奏を聞かせてくれた。
小柄な彼女が「アトラス」のような曲でも堂々たる響きを実現していたのは素晴らしかった。
ところで、彼女、もとは声楽家出身で、エディット・マティスなどにも師事して、オペラ出演などの経験もあるらしい。
その後はピアノに専念しているようだが、そうした経験がこのような歌曲への深い理解と積極的な表現につながっているのではないだろうか。

このブログを立ち上げたのは3年前の11月でしたが、最初に書いた音楽記事がホル&オルトナーのコンサート報告でした。
そういう意味でも再び彼らのコンサートを同じ川口のホールで聴くことが出来て、とても感慨深く感じました。
3年間もブログを継続してこられた原動力となったのは読者の方々あってこそと感謝しております。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。

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