ベートーヴェン「空高くかかるこれらの雲(Diese Wolken in den Höhen, Op. 98, No. 4)」(歌曲集『遥かな恋人に寄せて("An die ferne Geliebte")』より第4曲)

Diese Wolken in den Höhen, Op. 98, No. 4 (aus "An die ferne Geliebte")
 空高くかかるこれらの雲(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』より第4曲)

1.
Diese Wolken in den Höhen,
Dieser Vöglein muntrer Zug,
Werden dich, o Huldin, sehen.
Nehmt mich mit im leichten Flug!
 空高くかかるこれらの雲や
 列になった元気な小鳥たちは
 おお優美な方よ、きみを見ることだろう。
 軽やかに飛んで僕を連れていっておくれ!

2.
Diese Weste werden spielen
Scherzend dir um Wang' und Brust,
In den seidnen Locken wühlen.
Teilt ich mit euch diese Lust!
 この西風たちは
 いたずらしながらきみの頬や胸と戯れるだろう、
 絹のような巻き毛をかき回しながら。
 この楽しみをきみたちと分かち合えたらいいのに!

3.
Hin zu dir von jenen Hügeln
Emsig dieses Bächlein eilt.
Wird ihr Bild sich in dir spiegeln,
Fließ zurück dann unverweilt!
 あの丘からきみのもとへ
 この小川がせっせと急ぎ行く。
 あの子の姿がきみの水面に映ったら
 すぐに戻ってきておくれ!

詩:Alois (Isidor) Jeitteles (1794-1858)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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第4曲「空高くかかるこれらの雲」は、この歌曲集中最も短く、あっという間に過ぎ去ってしまいます。前曲の歌から途切れることなく、すぐに第4曲の歌が続きます。

前曲からの橋渡し

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テキストは短いので、あらすじを書くほどでもないのですが一応まとめておきます。

1. 鳥はきみを見かけるだろう。鳥よ、僕を彼女のところに連れて行っておくれ。
2. 西風はきみの頬や胸と戯れる。ぼくもその楽しみを共有できたらいいのになぁ。
3. きみのもとに小川が急ぐ。彼女の姿が水面に映ったらすぐに戻っておいで!

周りの存在に彼女との仲立ちをしてもらおうとしているのですね。

歌声部は3つの連からなるほぼ完全な有節形式で、最後だけ次の曲に向かうために最終行をもう一度異なるメロディーで繰り返します。調も変わらず、心地よい速度を保ちながら高低高低のパターンをしばらく繰り返します。ふわふわと空想に遊んでいるようなイメージでしょうか。
一方のピアノパートは1連でプラルトリラーで鳥のさえずりを模し、2連は右手がオクターブを交互に弾くのに対し左手は3つの音で1つのまとまりを弾きます。3連は右手が歌をなぞるかと思いきや途中から距離を保ってポリフォニックに進んでいきます。おそらく各連の鳥、西風、小川を反映させているのだと思います。

1連
41

2連
42

3連
43

最後の部分は次の曲に向けてドラマティックに展開していきます。

6/8拍子
Nicht zu geschwinde angenehm und mit viel Empfindung (速すぎずに、心地よく、たっぷり感情をこめて)
ト長調(G-dur)

●詩の朗読(Sprecher: Johannes-c-held.com)

チャンネル名:Lied Lyrics

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ハインリヒ・シュミット(P)
Fritz Wunderlich(T), Heinrich Schmidt(P)

まばゆいほど輝かしいヴンダーリヒの美声で熱気をこめて歌われています。本当いいですね!

●ロビン・トリッチュラー(T), マルコム・マーティノー(P)
Robin Tritschler(T), Malcolm Martineau(P)

トリッチュラーのまろやかでつやのある美声はこの歌曲集の主人公が希望に満ちていることを感じさせてくれます。

●ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)

「Wolken in den Höhen(空高く流れゆく雲)で、テッシトゥーラも高くなるが、私にとってこのことははじめての高い変ホ音を、つまり、とりわけ、ひとつだけかなり高い第五のリートへの準備を促す、高音域での発声を意味している」(『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』より)。余裕をもったテンポでプライとムーアが美しいアンサンブルを聞かせてくれます。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

初期のF=ディースカウの甘さのある美声が魅力的です。

●ゲルハルト・ヒュッシュ(BR), ハンス・ウード・ミュラー(P)
Gerhard Hüsch(BR), Hanns Udo Müller(P)

楷書風の明瞭なヒュッシュの歌は、詩の上質な朗読を聞いているように心地よいです。

●ヴォルフガング・ホルツマイア(BR), イモジェン・クーパー(P)
Wolfgang Holzmair(BR), Imogen Cooper(P)

ホルツマイアの柔らかい感触の声は涼風が吹き抜けるかのようです。クーパーの粒だちのよいピアノも美しいです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーの歌う主人公は一途で真面目な青年像が浮かびます。

●ベンヤミン・ブルンス(T), カローラ・タイル(P)
Benjamin Bruns(T), Karola Theill(P)

ブルンスの歌唱は希望に胸ときめかせている感じがしていいですね。

●イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

ボストリッジはノンビブラートを結構使いますね。第3連の"fließ(流れる)"を2回ともノンビブラートにしているのはおそらく何らかの意図があるのでしょう。

●マティアス・ゲルネ(BR), アルフレート・ブレンデル(P)
Matthias Goerne(BR), Alfred Brendel(P)

ゲルネは第3曲からブレスせずにそのままこの第4曲を歌い始めます!おそらく誰もが出来ることではないように思います。

●ピアノパートのみ(Hye-Kyung Chung)
Diese Wolken in den Höhen Op. 98 No. 4 (L. v. Beethoven) - Accompaniment

チャンネル名:insklyuh

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「遥かな恋人に寄せて(連作歌曲)」——愛と自然を歌った声楽史上初の連作歌曲(平野昭)

吉村哲『ベートーヴェンの歌曲研究-連作歌曲集《遥かなる恋人に寄す》の演奏解釈をめぐって-』(盛岡大学短期大学部紀要24巻: 2014)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』の解説:前田昭雄)

『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』(原田茂生・林捷:共訳)(1993年第一刷 メタモル出版)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Alois Jeitteles (Wikipedia)

Alois Isidor Jeitteles (Österreichisches Biographisches Lexikon)

Alois Isidor Jeittelesの肖像画

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ベートーヴェン「空高く軽快に飛ぶアマツバメよ(Leichte Segler in den Höhen, Op. 98, No. 3)」(歌曲集『遥かな恋人に寄せて("An die ferne Geliebte")』より第3曲)

Leichte Segler in den Höhen, Op. 98, No. 3 (aus "An die ferne Geliebte")
 空高く軽快に飛ぶアマツバメよ(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』より第3曲)

1.
Leichte Segler in den Höhen,
Und du, Bächlein klein und schmal,
Könnt mein Liebchen ihr erspähen,
Grüßt sie mir viel tausendmal.
 空高く軽快に飛ぶアマツバメよ、
 そして君、小さく細く流れる小川よ、
 僕の恋人を探し出して
 僕からのいく千もの挨拶を伝えておくれ。

2.
Seht ihr, Wolken, sie dann gehen
Sinnend in dem stillen Tal,
Laßt mein Bild vor ihr entstehen
In dem luft'gen Himmelssaal.
 雲よ、君たちがそれから
 静かな谷を思いにふけりながら歩く彼女を見かけたら、
 僕の姿を彼女の前に現わしておくれ、
 風の吹く空の空間に。

3.
Wird sie an den Büschen stehen,
Die nun herbstlich falb und kahl.
Klagt ihr, wie mir ist geschehen,
Klagt ihr, Vöglein, meine Qual.
 彼女は立つだろう、
 もう秋めいて淡黄色になり葉の落ちた茂みのそばに。
 僕がどうなってしまったのか彼女に嘆いておくれ、
 小鳥よ、僕の苦しみを彼女に嘆いておくれ。

4.
Stille Weste, bringt im Wehen
Hin zu meiner Herzenswahl
Meine Seufzer, die vergehen
Wie der Sonne letzter Strahl.
 静かな西風よ、
 僕の心が選んだ方角に吹いていき
 僕の溜息を運んでほしい、
 太陽が沈む前の輝きのように消え去ろうとする溜息を。

5.
Flüstr' ihr zu mein Liebesflehen,
Laß sie, Bächlein klein und schmal,
Treu in deinen Wogen sehen
Meine Tränen ohne Zahl!
 僕からの愛のお願いを彼女に囁いて、
 小さく細く流れる小川よ、
 義理堅くも君の波間に映して彼女に見せてあげてほしい、
 無数に流れる僕の涙を!

詩:Alois (Isidor) Jeitteles (1794-1858)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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この第3曲の冒頭行に"Segler"という単語が出てきます。
小学館『独和大辞典 コンパクト版』(1985年初版)を見ると、1番目に「帆船、ヨット、グライダー、氷上ヨット」、2番目には「(segelnする人.例えば:)帆走者、ヨット乗り、グライダー乗り」と記されています。そして3番目に「(Turmschwalbe)ヨーロッパアマツバメ」という訳が記されています。
この歌曲の訳語をいろいろ見てみると、雲を「帆船」に見立てたという解釈が多く、「空たかく軽やかに帆をあげてゆく雲よ」(西野茂雄氏)、「空高く帆をかけてゆく雲よ」(喜多尾道冬氏)、「天空を行く軽い帆船よ」(渡辺護氏)などと訳されています。インターネットで英訳を見るとほとんど"clouds(雲)"となっていました。私は独和大辞典の3番目の「ヨーロッパアマツバメ」が最も意味が通りやすいのではないかと思うのですが、誰もこの訳を使わないところを見ると、詩人のヤイテレスの時代にはSeglerに「ヨーロッパアマツバメ」という意味がなかったのでしょうか。ただ、こちらのWikipediaでこの曲のあらすじを英語で記しているのですが、「swift(アマツバメ)」という言葉を使っているので、この執筆者は「雲」ではなく「アマツバメ」であるという考えのようです("With this thought he bids the swifts and the brook to greet her, ...")。
インターネットのDUDENというドイツ語の辞書で調べてみると、2bの項目に"segelnder Vogel(滑空する鳥)"とあり、3の項目では"sehr schnell fliegender, der Schwalbe ähnlicher Vogel von graubrauner bis schwärzlicher Färbung mit sichelförmigen, schmalen Flügeln und kurzem Schwanz(非常に速く飛ぶツバメのような鳥で、黒褐色から黒っぽい色をしていて、鎌形の細い翼と短い尾を持っている)"という説明がありました。
「帆船」と訳すのが無難なのかもしれませんが、この詩の2連にも"Wolken(雲)"という言葉が出てくるので、私はあえて「アマツバメ」を選びました。ちなみにヨーロッパアマツバメの画像はこちらのリンク先にあります。

各連のあらすじはざっと次のような感じです。

1:ツバメよ、小川よ、僕の恋人を探し出して僕からよろしくと伝えておくれ。
2:雲よ、思いにふけった僕の恋人が谷を歩いていたら、彼女の前に僕の姿を映し出しておくれ。
3:彼女は秋めいて黄色くなった茂みのそばに立つだろう。小鳥よ、僕がいかに苦しんでいるか彼女に伝えておくれ。
4:西風よ、僕の溜息を僕が選んだ方向に運んでおくれ。
5:小川よ、僕のお願いを彼女にささやいて、波間に僕の涙を映して彼女に見せておくれ。

彼女のもとに飛んでいけない主人公は、自然のもろもろの存在に彼女への言伝を頼みます。しかもメッセージだけでなく、溜息や涙も届けてほしいと伝えます。気持ちを何かに託すというのは歌曲の詩のテーマとしては頻繁に出てくると思いますが、音楽家の心を揺さぶるものがあるのかもしれませんね。

前の曲からの橋渡し部分
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これまでの2曲では歌のメロディーラインが上行して下行するアーチのような形だったと言えると思います。この第3曲では各連の冒頭が一音下がってまた一音上がってという動きになっていて、ふわふわと空中を飛んでいくような趣が感じられます。しかしすぐに上行と下行のメロディーラインが現れ、ここでも前2曲のフレーズが踏襲されていることになるのでしょう。

ただ、この第3曲では一つの単語の音節の間に休符を入れる手法がかなり多用されているところが目をひきます。これはベートーヴェンの歌曲にしばしば見られる手法で、例えば、冒頭の"Leich-te(軽やかな)"という一つの単語の音節の分かれ目に八分休符を入れています。歌手は休符を生かしながらも一つの単語であることを聴衆に伝えなければなりません。後世の作曲家たちもこの手法を使ってはいますが、ここぞという時に使うことが多いのに対して、ベートーヴェンは比較的頻繁に使っているように思います。もちろん詩の語感や意味を反映していることが多いのでしょうが、必ずしもそうでないこともあるように思います。そのへんは音楽的な面白さを優先させているのかもしれませんし、もしかしたらベートーヴェン自身が朗読する際にはねるように発音する箇所に休符を入れているのかもしれませんね。

1連
31

2連
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3連
33

4連
34

5連
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この曲も変形有節形式で、歌の旋律はほとんど同じなのですが、1,2連が変イ長調なのに対して、3,4,5連が同主調の変イ短調になります(ベートーヴェンは調号は変えずに、臨時記号をその都度付けているので、雰囲気をがらっと変えることは望んでいないように思います)。
3連の「嘆く(klagen)」、4連の「溜息(Seufzer)」、5連の「涙(Tränen)」など少し湿っぽい内容になっているのをベートーヴェンは反映させたのでしょう。

ピアノパートはこの曲でもベートーヴェンらしい工夫がされていると思います。例えば第2連で、これまで軽快に三連符で流れていたリズム(下の譜例のA)が、彼女が思いにふける"sinnend"と歌った途端に付点の引きずるようなリズム(B)に変わり、足取りが重くなったかのようです。
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C (4/4拍子)
Allegro assai
変イ長調(As-dur)

●詩の朗読(Sprecher: Johannes-c-held.com)

チャンネル名:Lied Lyrics

●ロビン・トリッチュラー(T), マルコム・マーティノー(P)
Robin Tritschler(T), Malcolm Martineau(P)

トリッチュラーは休符をうまく取り入れることによって、憧れるあまり喘ぐような効果が出ているように感じました。

●ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)

「第三節の冒頭で曲ははじめて短調に移行する。しかしそのために声を暗くするのは間違いであろう」(『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』より)。とろけるような甘い美声と"Grüßt"の時のような威勢の良さとを合わせもったプライの歌は、若かりし頃の感傷が直に伝わってくるようです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

20代半ばのみずみずしいF=ディースカウの美声が熟していない時代ならではの良さを感じさせてくれます。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ハインリヒ・シュミット(P)
Fritz Wunderlich(T), Heinrich Schmidt(P)

ヴンダーリヒは短調になってからの声色の変化がはっきり伝わってくるのがさすがですね。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

僕からの挨拶を伝えておくれという呼びかけが非常に伝わってきて、その語り口のうまさを改めて感じました。

●ヴォルフガング・ホルツマイア(BR), イモジェン・クーパー(P)
Wolfgang Holzmair(BR), Imogen Cooper(P)

ホルツマイアの柔らかい声が心地よく感じられます。イモジェン・クーパーの多彩な表現には舌を巻きます。

●マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

重厚なゲルネがこれほど軽やかに推進力をもって歌い進めているのは凄いです。リシエツキの若さの感じられるピアノも新鮮でした。

●イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

ボストリッジの声質はこの歌曲集によく合っていると思います。パッパーノは熟練した歌曲ピアニストのような味わいと余裕があります。

●ベンヤミン・ブルンス(T), カローラ・タイル(P)
Benjamin Bruns(T), Karola Theill(P)

ブルンスは優しさと勇ましさが同居している声ですね。

●キンドラ・シャリク(MS), ジェフリー・ラドゥア(P)
Kindra Scharich(MS), Jeffrey LaDeur(P)

2019年2月18-20日St. Stephen's Episcopal Church, Belvedere, Tiburon, California録音。メゾの声は声変わり前の少年の声のようにも聞こえます。新鮮な趣があると思います。

●ピアノパートのみ(Hye-Kyung Chung)
Leichte Segler in den Höhen Op. 98 No. 3 (L. v. Beethoven) - Accompaniment

チャンネル名:insklyuh

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「遥かな恋人に寄せて(連作歌曲)」——愛と自然を歌った声楽史上初の連作歌曲(平野昭)

吉村哲『ベートーヴェンの歌曲研究-連作歌曲集《遥かなる恋人に寄す》の演奏解釈をめぐって-』(盛岡大学短期大学部紀要24巻: 2014)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』の解説:前田昭雄)

『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』(原田茂生・林捷:共訳)(1993年第一刷 メタモル出版)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Alois Jeitteles (Wikipedia)

Alois Isidor Jeitteles (Österreichisches Biographisches Lexikon)

Alois Isidor Jeittelesの肖像画

Wikipedia: An die ferne Geliebte (英語版)

DUDEN: Segler

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ベートーヴェン「山々がかくも青く(Wo die Berge so blau, Op. 98, No. 2)」(歌曲集『遥かな恋人に寄せて("An die ferne Geliebte")』より第2曲)

Wo die Berge so blau, Op. 98, No. 2 (aus "An die ferne Geliebte")
 山々がかくも青く(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』より第2曲)

1.
Wo die Berge so blau
Aus dem nebligen Grau
Schauen herein,
Wo die Sonne verglüht,
Wo die Wolke umzieht,
Möchte ich sein!
 山々がかくも青く
 模糊とした霧の中から
 見えるところ、
 太陽が燃え尽きるところ、
 雲が覆うところに
 僕はいたいのだ!

2.
Dort im ruhigen Tal
Schweigen Schmerzen und Qual.
Wo im Gestein
Still die Primel dort sinnt,
Weht so leise der Wind,
Möchte ich sein!
 あそこの静かな谷間では
 痛みや苦しさは口をつぐんでいる。
 岩山で
 静かにあのサクラソウが物思いにふけり、
 風がかすかに吹きわたるところに
 僕はいたいのだ!

3.
Hin zum sinnigen Wald
Drängt mich Liebesgewalt,
Innere Pein.
Ach, mich zög's nicht von hier,
Könnt ich, Traute, bei dir
Ewiglich sein!
 意味深くも森へと
 僕を急き立てるのは、愛の力と
 内なる苦しみだ。
 ああ、僕をここから連れ去らないでほしい、
 僕が、いとしい女性(ひと)よ、きみのもとに
 永遠にいられたらいいのに!

詩:Alois (Isidor) Jeitteles (1794-1858)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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歌曲集『遥かな恋人に寄せて』の第2曲「山々がかくも青く」は、前曲の変ホ長調、3/4拍子から、ト長調、6/8拍子に変わり、「若干より速く(Ein wenig geschwinder)」と指定されています。

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ピアノ前奏は右手最高音で歌声部の冒頭旋律を先取りして奏で、歌につなげます。歌のメロディーも、歌とピアノ間奏の関係もエコーの効果が随所に感じられ、山に向かって物音が反響している様を思い出させてくれます。

1連
21

2連
22

3連
23

この曲の3つの連は基本的に同じ旋律を奏でる有節形式なのですが、興味深いのが、第1連でト長調で披露した歌の旋律を、下属調のハ長調に転調した第2連ではピアノ右手の最高音が奏で、歌は「g(ハ長調のソ)」の一音のみをひたすら保ちます。ここでは歌がピアノの"伴唱"に回るのですね。この連では「あそこの静かな谷間では/痛みや苦しさは口をつぐんでいる。」というテキストから黙る(schweigen)効果を表現しようとしているように思えます。
そして第3連で再びト長調に戻り、歌声部が旋律を取り戻し、焦燥感に駆られたように「かなり速く(Ziemlich geschwind)」歌います。途中「内なる苦しみ(Innere Pein)」の箇所で「ややゆるやかに(Poco adagio)」にテンポを落とし、強調しますが、すぐに元のテンポに戻ります。

彼女のところに行きたいという思いが第3連で爆発するように、同じ素材を使いながら巧みに設計されていて、短いけれど優れた曲だと思います。

余談ですが、一つの音だけしか歌わない歌曲がコルネーリウス(Peter Cornelius: 1824-1874)の作品にもあります。そのタイトルが「一つの音(Ein Ton, Op.3-3)」。そのままですね。興味がある方は聴いてみて下さい。

6/8拍子
Ein wenig geschwinder. Poco Allegretto (前よりも少し速く)
ト長調(G-dur)

●詩の朗読(Sprecher: Johannes-c-held.com)

チャンネル名:Lied Lyrics

●ゲルハルト・ヒュッシュ(BR), ハンス・ウード・ミュラー(P)
Gerhard Hüsch(BR), Hanns Udo Müller(P)

ヒュッシュのディクションの美しさに聴き惚れます。

●ロビン・トリッチュラー(T), マルコム・マーティノー(P)
Robin Tritschler(T), Malcolm Martineau(P)

清流が流れるようなみずみずしいトリッチュラーの歌唱にただ引き込まれてしまいます。

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ハインリヒ・シュミット(P)
Fritz Wunderlich(T), Heinrich Schmidt(P)

ヴンダーリヒの歌う1,2連最後の"Möchte ich sein!"の"sein"の切ない響きに魅了されました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウならではの細かいところの凄さだけでなく、全体の設計が素晴らしいです。

●ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)

プライは抑えた第2連の後で第3連の爆発的な感情の吐露が効果的でした。第2連についてのプライの言葉:「あなたの描きだすこの谷間では、ほんとうに苦しみも悩みも静まります、とこの巨匠にむかって頷きたくなるほどだ」(『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』より)

●ベンヤミン・ブルンス(T), カローラ・タイル(P)
Benjamin Bruns(T), Karola Theill(P)

ブルンスのどの音も疎かにしない丁寧な歌唱に好感が持てました。引退少し前のF=ディースカウとも共演したタイルのピアノは第3連で情熱的にリードしていく感じが印象的でした。

●イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

ボストリッジとパッパーノの録音風景を見ることが出来ます。

●オーラフ・ベーア(BR), ジェフリー・パーソンズ(P)
Olaf Bär(BR), Geoffrey Parsons(P)

第3連の"Innere Pein(内なる苦しみ)"のベーアのディクションの素晴らしさ!苦しみがじかに伝わってくるようです。パーソンズのピアノもスタイルを意識した素晴らしい表現でした。

●バーバラ・ヘンドリックス(S), ルーヴェ・デルヴィンゲル(P)
Barbara Hendricks(S), Love Derwinger(P)

速めのテンポで歌うヘンドリックスの歌唱は早熟な少年の声にも聞こえます。

●ピアノパートのみ(Hye-Kyung Chung)
Wo die Berge so blau Op 98 No 2 (L. v. Beethoven) - Accompaniment

チャンネル名:insklyuh

●【参考】歌声部が1つの音のみで出来ている作品
コルネーリウス作曲:一つの音(Ein Ton, Op.3-3)
Peter Cornelius: "Trauer und Trost", Op. 3: No. 3. Ein Ton
ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

歌曲集『遥かな恋人に寄せて』の第2曲の手法を引き継いだ作品と言えるのではないでしょうか。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「遥かな恋人に寄せて(連作歌曲)」——愛と自然を歌った声楽史上初の連作歌曲(平野昭)

吉村哲『ベートーヴェンの歌曲研究-連作歌曲集《遥かなる恋人に寄す》の演奏解釈をめぐって-』(盛岡大学短期大学部紀要24巻: 2014)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』の解説:前田昭雄)

『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』(原田茂生・林捷:共訳)(1993年第一刷 メタモル出版)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Alois Jeitteles (Wikipedia)

Alois Isidor Jeitteles (Österreichisches Biographisches Lexikon)

Alois Isidor Jeittelesの肖像画

Primeln (Wikipedia: 詩の第2連に出てきたサクラソウの写真があります)

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ベートーヴェン「僕は丘の上に腰を下ろす(Auf dem Hügel sitz ich spähend, Op. 98, No. 1)」(歌曲集『遥かな恋人に寄せて("An die ferne Geliebte")』より第1曲)

Auf dem Hügel sitz ich, spähend, Op. 98, No. 1 (aus "An die ferne Geliebte")
 僕は丘の上に腰を下ろす(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』より第1曲)

1.
Auf dem Hügel sitz ich, spähend
In das blaue Nebelland,
Nach den fernen Triften sehend,
Wo ich dich, Geliebte, fand.
 僕は丘の上に腰を下ろす、
 青く霧のかかった大地の中を探りながら、
 はるかな放牧地の方を見ながら、
 そこで僕はきみを、恋人よ、見つけたものだった。

2.
Weit bin ich von dir geschieden,
Trennend liegen Berg und Tal
Zwischen uns und unserm Frieden,
Unserm Glück und unsrer Qual.
 きみとはるか離れ離れになり、
 山や谷が隔てている、
 僕らと僕らの平安、
 僕らの幸福、僕らの苦しみを。

3.
Ach, den Blick kannst du nicht sehen,
Der zu dir so glühend eilt,
Und die Seufzer, sie verwehen
In dem Raume, der uns teilt.
 ああ、きみは見ることが出来ない、
 燃えるようにきみへと急ぐ視線、
 そして溜息を、それらは
 僕らを隔てている空間にかき消されてしまうのだ。

4.
Will denn nichts mehr zu dir dringen,
Nichts der Liebe Bote sein?
Singen will ich, Lieder singen,
Die dir klagen meine Pein!
 それではもうきみのもとへとおし進む
 愛の使者はいないというのか?
 僕は歌を歌いたい、
 きみに向けて僕の痛みを嘆く歌を!

5.
Denn vor [Liedesklang]1 entweichet
Jeder Raum und jede Zeit,
Und ein liebend Herz erreichet,
Was ein liebend Herz geweiht!
 なぜなら歌が響くと
 空間や時の隔たりが消え、
 一つの愛する心が
 愛する心を捧げたものに到達するのだから!

1 Different editions of Beethoven's song have a discrepancy here. Peters Edition (n.d., reissued 1949) has "Liedesklang" but G. Schirmer has "Liebesklang" (1902, 1929).

詩:Alois (Isidor) Jeitteles (1794-1858)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ドイツ歌曲の歴史において、複数の関連するテキストを一つにまとめる連作歌曲集という形式の最初の例として、ベートーヴェンの6曲からなる『遥かな恋人に寄せて(An die ferne Geliebte, Op. 98)』は極めて重要な位置にあります。
この作品以降、シューベルトが『美しい水車屋の娘』等を、シューマンが『詩人の恋』等を、ブラームスが『美しいマゲローネによるロマンス』を作曲することになるのですが、それらと『遥かな恋人に寄せて』は決定的に違うところがあります。
シューベルトたちは構成する各曲をそれぞれ完結させて、1曲が終わると一息ついて次の曲に移るように作られているのですが、ベートーヴェンの『遥かな恋人に寄せて』は全6曲を分離させず、各曲の間に橋渡しの部分を付けて、6曲を一つの流れで演奏するようにしました。

詩を書いたアロイス・イズィドア・ヤイテレスはオーストリアの医師、ジャーナリスト、作家で、ユダヤ系の家族のもとBrünn(現在のチェコの南モラヴィア地方の都市Brno)に生まれました。プラハとBrünnで哲学を学び、ヴィーンで医学を学びました。1848年から亡くなるまで「ブリュン新聞(Brünner Zeitung)」の編集も務めました。

この歌曲集は1816年初頭に作曲され、4月に完成されました。ベートーヴェンがどうやってヤイテレスの詩を知ったのかはよく分かっていないようです。当時ヤイテレスは21歳の医学生だったとのことですが、人脈は広かったようです。藤本一子氏によると「おそらくは雑誌『セレム』の出版者カステリの仲介によってベートーヴェンを個人的に知ったと想像される」とのことです(後述の参考文献による)。

作曲からわずか半年後に出版された初版のタイトル頁には"An die ferne Geliebte (遥かな恋人に寄せて)"の下の行に"Ein Liederkreis von Al. Jeitteles"-つまり、「Al.ヤイテレスの詩によるリーダークライス」と記されています。シューマンがそのタイトルとして使うよりも前にベートーヴェンは「歌曲の環」を意味する「リーダークライス」をこの歌曲集の副題としていたのです。

An-die-ferne-geliebte

この歌曲集の研究論文として、吉村哲『ベートーヴェンの歌曲研究-連作歌曲集《遥かなる恋人に寄す》の演奏解釈をめぐって-』(盛岡大学短期大学部紀要24巻: 2014)をPDFで読むことが出来ます。成立、音楽的特徴など丁寧にまとめられた素晴らしい論文ですので興味のある方はダウンロードしてご覧ください。

第1曲「僕は丘の上に腰を下ろす」では、恋する女性と遠く離れた場所にいる主人公が丘に座り、彼女とはじめて会った放牧地に視線を向けます。山や谷が二人の間を隔てていることに苦しみ、歌を歌って障壁を取り除こうとします。

歌声部は各連をほぼ同じ旋律で繰り返します。

1連
1

2連
2

3連
3

4連
4

5連
5

一方ピアノパートは各連で異なるリズムやフレーズが展開され、ヘルマン・プライは「ピアノの変奏曲としても傑出した小品である」と述べています(『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』(1993年第一刷 メタモル出版)より)。

1連
1piano

2連
2piano

3連
3piano

4連
4piano

5連
5piano

ピアノパートはテキストを明らかに反映していると思われる箇所があります。

例えば、第3連の「溜息(Seufzer)」という言葉に反応して、すぐにピアノ右手に下降する音型を加えています。

13_seufzer

第4連で「歌を歌いたい(Lieder singen)」と歌った後のピアノ間奏が他の間奏と比べて「歌」を意識した柔らかい雰囲気になっている箇所も注目したいところです。

3_lieder-singen

楽譜を見ているとベートーヴェンの仕掛けがいろいろ凝らされていて飽きることがありません。一見普通の変形有節形式のように見えて、実は細かい工夫がいろいろされているところがやはりベートーヴェンの凄さだと思いました。

3/4拍子
Ziemlich langsam und mit Ausdruck (かなりゆっくりと、表情をつけて)
変ホ長調(Es-dur)

●詩の朗読(Sprecher: Johannes-c-held.com)

チャンネル名:Lied Lyrics (リンク先は音が出ます)

●ロビン・トリッチュラー(T), マルコム・マーティノー(P)
Robin Tritschler(T), Malcolm Martineau(P)

アイルランドのテノール、トリッチュラーの色合いが豊かでディクションの美しい歌唱は、この詩の主人公が障壁に対して前向きにとらえているように感じられました。素晴らしい歌唱です!

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ハインリヒ・シュミット(P)
Fritz Wunderlich(T), Heinrich Schmidt(P)

ヴンダーリヒは私の知る限りスタジオ録音ではこの歌曲集を残さなかった為、ライヴ音源がこうして残されたことに感謝するのみです。比較的落ち着いたテンポで丁寧に言葉を紡ぐヴンダーリヒはこの曲を歌うのに最もぴったりな一人だと思います。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーはここであくまで清澄に静かに語りかけています。この後の展開に備えて抑制しているのかもしれませんね。

●エルンスト・ヘフリガー(T), エリク・ヴェルバ(P)
Ernst Haefliger(T), Erik Werba(P)

ヘフリガーの純朴で一途な歌はこの曲の主人公をはっきりと目の前に浮かばせてくれます。

●イアン・ボストリッジ(T), ホーヴァル・ギムセ(P)
Ian Bostridge(T), Håvard Gimse(P)

2012年6月26日、Risør Chamber Music Festivalでのライヴ映像。ボストリッジは持ち前の美声を響かせていました。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

F=ディースカウとムーアは1951年10月にロンドンのレコーディングスタジオではじめて共同作業をし、それ以来約20年の名コンビとなりました。初共演でいくつか録音した中にこの『遥かな恋人に寄せて』もあります。初共演ですでに熟練のコンビのような息のあった演奏を聞かせてくれています。

●ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)

「語り手の想いが遥か彼方へさまよい出るのに対して、語り手自身は腰を下ろして、いつまでもその場にとどまっている。それゆえ歌手の第一の課題は落ち着きであり、静かな雰囲気が聴き手に伝わらねばならない」(上述のプライの自伝より)。若かりしプライの甘美でありながらもデリケートな感性でテキストに反応する歌唱が素敵でした。

●オーラフ・ベーア(BR), ジェフリー・パーソンズ(P)
Olaf Bär(BR), Geoffrey Parsons(P)

ベーアの歌唱は繊細で壊れやすい青年像をイメージさせてくれました。

●ヴォルフガング・ホルツマイア(BR), イモジェン・クーパー(P)
Wolfgang Holzmair(BR), Imogen Cooper(P)

私は個人的にこの歌曲集は柔らかい感触の声で歌われるのが好きです。そういう意味でホルツマイアの歌はまさに理想的でした。クーパーの美しいピアノもいいです。

●ピアノパートのみ(Hye-Kyung Chung)
Auf dem Hügel sitz ich spähend Op 98 No 1 (L. v. Beethoven) - Accompaniment (Piano Accompaniment, Hye-Kyung Chung)

チャンネル名:insklyuh

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「遥かな恋人に寄せて(連作歌曲)」——愛と自然を歌った声楽史上初の連作歌曲(平野昭)

吉村哲『ベートーヴェンの歌曲研究-連作歌曲集《遥かなる恋人に寄す》の演奏解釈をめぐって-』(盛岡大学短期大学部紀要24巻: 2014)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(歌曲集『遥かな恋人に寄せて』の解説:前田昭雄)

『喝采の時 ヘルマン プライ自伝』(原田茂生・林捷:共訳)(1993年第一刷 メタモル出版)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Alois Jeitteles (Wikipedia)

Alois Isidor Jeitteles (Österreichisches Biographisches Lexikon)

Alois Isidor Jeittelesの肖像画

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ベートーヴェン「憧れ(Sehnsucht, WoO. 146 "Die stille Nacht umdunkelt")」

Sehnsucht, WoO. 146
 憧れ

1.
Die stille Nacht umdunkelt
Erquickend Tal und Höh',
Der Stern der Liebe funkelt
Sanft wallend in dem See.
 静かな夜は
 元気を回復させながら谷や丘を闇に包み、
 愛の星は
 穏やかに湖の中でうねりながらきらめく。

2.
Verstummt sind in den Zweigen
Die Sänger der Natur;
Geheimnisvolles Schweigen
Ruht auf der Blumenflur.
 枝々にいる
 自然界の歌い手たちは口を閉ざし、
 秘めやかな沈黙が
 花咲き乱れる野原に憩う。

3.
Ach, mir nur schließt kein Schlummer
Die müden Augen zu:
Komm, lindre meinen Kummer,
Du stiller Gott der Ruh!
 ああ、眠りは
 僕の疲れた瞳を閉じない、
 来て、僕の苦しみを和らげておくれ、
 静かな憩いの神よ!

4.
Sanft trockne mir die Tränen
Gib süßer Freude Raum,
Komm, täusche hold mein Sehnen
Mit einem Wonnetraum!
 優しく僕の涙を乾かして、
 甘き喜びにひたらせておくれ、
 おいで、僕の憧れを快く
 歓喜の夢で欺いておくれ!

5.
O zaubre meinen Blicken
Die Holde, die mich flieht,
Laß mich ans Herz sie drücken,
Daß edle Lieb' entglüht!
 おお、僕の目に魔法をかけて
 僕から逃げたいとしい人を見せておくれ、
 気高い愛が燃え上がるように
 彼女をきつく抱きしめさせておくれ!

6.
Du Holde, die ich meine,
Wie sehn' ich mich nach dir;
Erscheine, ach, erscheine
Und lächle Hoffnung mir!
 僕の好きないとしい人、
 どれほどきみが恋しいことか、
 姿を見せて、ああ、姿を見せて
 希望が僕に微笑みかけますように!

詩:Christian Ludwig Reissig (1784-1847)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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今回はベートーヴェンがこれまでも好んで曲を付けてきたクリスティアン・ルートヴィヒ・ライスィヒの詩に1815年終わりから1816年初めに作曲した「憧れ(Sehnsucht, WoO. 146)」を取り上げたいと思います。

夜の静寂の中眠れない主人公は、逃げられた恋人への思慕の念を募らせ、夢にあらわれてくれるように願うという内容です。

コラール風の穏やかな信仰告白を思わせるこの曲は、恋人への憧れの気持ちを神聖な存在への思慕に昇華したかのようにすら感じられます。聴いているうちに胸が熱くなってくるほど静かな感動を覚える作品だと思います。

音楽は詩の2連づつをひとまとまりにした変形有節形式と言ってよいでしょう。歌声部はほぼ同じ音楽を3回繰り返し、一方ピアノ・パートは後期ピアノ・ソナタの緩徐楽章にも通じる天から降って来たような音楽を変奏形式で展開していきます。この作品はベートーヴェンにしか書けない音楽だと思います。知られざる傑作と言っていいのではないでしょうか。

3/4拍子
ホ長調(E-dur)
Mit Empfindung, aber nicht zu langsam (感情をこめて、しかしゆっくり過ぎずに)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウは詩の展開に沿って見事なまでに憧れの心情を描いていました。素晴らしかったです!デームスのピアノも感情の機微が感じられて良かったです。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

含蓄に富んだプライの豊かな表現に胸がいっぱいになりました。成熟した時期だからこその思いの深さがありました!

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), メルヴィン・タン(Fortepiano)
Anne Sofie von Otter(MS), Melvyn Tan(Fortepiano)

オッターの節度をもったしっとりとした味わいの歌は思わず耳をそばだてて聞き入ってしまうほどです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーの誠実な歌いぶりを聴くと、主人公の憧れの対象である恋人に思いが届いてほしいと思わずにいられません。

●オーラフ・ベーア(BR), ジェフリー・パーソンズ(P)
Olaf Bär(BR), Geoffrey Parsons(P)

ベーアが歌うと、繊細な青年像が思い浮かびます。この曲の主人公の心の痛みと恋人への強い思いの表現にぴったり合致していると思います。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「憧れ」——希望に呼びかける、ライシッヒの詩による歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Sehnsucht, WoO 146」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「秘密(Das Geheimnis, WoO. 145)」

Das Geheimnis (Liebe und Wahrheit), WoO. 145
 秘密(愛と真実)

1.
Wo blüht das Blümchen, das nie verblüht?
Wo strahlt das Sternlein, das ewig glüht?
Dein Mund, o Muse! dein heil'ger Mund
Tu' mir das Blümchen und Sternlein kund.
 決してしぼまない花はどこに咲いているのか?
 永遠に燃え続ける星はどこで輝いているのか?
 あなたの口、おおムーサよ!あなたの聖なる口よ、
 私に花と星のことを知らせておくれ。

2.
"Verkünden kann es dir nicht mein Mund,
Macht es dein Innerstes dir nicht kund!
Im Innersten glühet und blüht es zart,
Wohl jedem, der es getreu bewahrt!"
 「私の口はあなたに知らせることは出来ないのです、
 あなたの心の奥底がご自分に知らせないのならば!
 心の奥底にほのかに燃え、咲いているのです、
 誠実でい続ける者の奥底に!」

詩:Ignaz Heinrich Freiherr von Wessenberg (1774-1860), "Das Geheimniß", subtitle: "Liebe und Wahrheit", appears in Neue Gedichte, Constanz: M. Wallis, first published 1826
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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イグナーツ・ハインリヒ・フライヘア・フォン・ヴェッセンベルクの詩による歌曲「秘密」は1815年に作曲されました。

「愛と真実」という仰々しい副題が付けられていて、枯れない花や永遠に輝き続ける星がどこにあるのか教えてほしいと尋ねる主人公に対して、ムーサは誠実な人の内面にそれらがあると答えます。花や星というのは愛と真実を指しているのでしょう。

ベートーヴェンの音楽はほぼ有節歌曲と言っていいでしょう。ピアノパートが第2連でより細かくなっているのと、曲の締めに最後の2行を若干の変化を加えて繰り返している以外は基本的に同じ音楽です。歌の旋律を質問者の言葉(第1連)と回答するムーサの言葉(第2連)でほぼ一致させているのは、おそらくあえてそうしているのでしょう。

歌はド→レ→ミ→ファ→ソ→ラと順次進行し、ラの音と同時にピアノがサブドミナントの和音を急速なアルペッジョで奏でます。その後の歌は跳躍進行も含めながら進みます。各節最初の2行は十六分休符の後に歌い始め、相手にためらいがちに話しているさまを醸し出しているようです。

テキストは哲学的な問答ですが、ベートーヴェンの音楽は愛らしい小品といった印象を受けます。とはいえピアノパートに大胆な試み(急速なアルペッジョ)も取り入れた野心的な作品ということも言えるのではないかと思います。

2/4拍子
ト長調(G-dur)
Innig vorgetragen und nicht schleppend (心をこめて演奏し、間のびしないように)

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウはすっきりとしたテンポ設定で、いつもながら巧みに表現していたと思います。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

質問を投げかける者と、答えるムーサのどちらも真摯な感じが伝わってきます。

●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Michael Raucheisen(P)

シュヴァルツコプフの歌唱は笑顔を湛えつつちょっと悪戯っぽい目でこちらの反応をうかがっているような印象を受けました。

●パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

若干説教臭いこのテキストがコバーンによって爽やかさを獲得しています。

●ロデリック・ウィリアムズ(BR), イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR), Iain Burnside(P)

ウィリアムズの抑制した表現は特にムーサの回答に効果を発揮していたように感じました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

歌曲《秘密(愛と真実)》——新聞社からの依頼曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Das Geheimnis」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「声高な嘆き(Die laute Klage, WoO. 135)」

Die laute Klage, WoO. 135
 声高な嘆き

Turteltaube, du klagest so laut
Und raubest dem Armen seinen einzigen Trost,
Süßen vergessenden Schlaf.
Turteltaub', ich jammre wie du,
Und berge den Jammer in's verwundete Herz,
In die verschlossene Brust.
Ach, die hart verteilende Liebe!
Sie gab dir die laute Jammerklage zum Trost,
Mir den verstummenden Gram!
 こきじ鳩よ、おまえはそんなに声高に嘆きの声を発して、
 哀れな者から唯一の慰めである
 甘美で忘却をもたらしてくれる眠りを奪い取っているのだ。
 こきじ鳩よ、私もおまえと同じく嘆き悲しみ、
 傷ついた心の中の苦しみを
 閉ざした胸に隠すのだ。
 ああ、厳格に分けられた愛!
 愛はおまえには慰めるために声高な嘆きを与え、
 私には物言わぬ心痛を与えたのだ!

詩:Johann Gottfried Herder (1744-1803)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの詩による「声高な嘆き(Die laute Klage, WoO. 135)」は、Beethoven-Haus Bonnの記載によると1814年初頭に着手し、1814年終わり/1815年初頭に完成したようです(Beginn Anfang 1814, Abschluss Ende 1814 / Frühjahr 1815)。

珍しくベートーヴェンの生前には出版されず、1837年にヴィーンのDiabelli社から出版されました。

こきじ鳩(Turteltaube)と主人公は共に心に苦しみを抱えているが、こきじ鳩が声高に嘆く一方で主人公は押し黙り苦しみを心にしまい込むと境遇の違いを嘆きます。主人公の苦しみを忘れさせてくれる唯一のものである睡眠を、こきじ鳩の大きな声が妨げてしまうことに不満をもっているのですね。おそらく悩みを声高に訴えることの出来るこきじ鳩に対する主人公の羨望の念もあるのではないかと思います。

ピアノの前奏にこきじ鳩の鳴き声を模したような装飾音符付きの音型がありますが、これはベートーヴェンの自筆譜にはなく、講談社の『ベートーヴェン全集 第6巻』の村田千尋氏の解説によると、この前奏の追加は「恐らくディアベッリ自身によると思われる」とのことです。旧全集の楽譜でもこの前奏が掲載されている為、F=ディースカウ、シュライアー、プライはいずれもこの前奏付きで録音しています。最近の演奏家は前奏のない形(ベートーヴェンのオリジナルの形)で録音することが多いようです。

【自筆譜】前奏なし
Die-laute-klage-autograph

【初版(1837年、Diabelli社)】前奏あり
Die-laute-klage-erstausgabe

音楽は詩の3行ずつをひとまとめにして、最初の3行の音楽が次の3行に多少の変化をつけながら繰り返され、最後の3行で新しい音楽になり、再度その3行に多少の変化をつけて繰り返して締めくくります(A-A'-B-B')。

ベートーヴェンの歌曲でたまに見られる単語の中の休符がこの歌曲でも最終行の"verstummenden"という単語に複数回にわたって見られます。この「物言わぬ、押し黙った」という意味の単語の途中にあえて休符を入れて、言葉が喉にひっかかっているかのような効果を出して、嘆きを言葉にすることを許されていない辛さをうまく表現しているように思います。

Die-laute-klage-example

同じような楽句でもリズムや音を微妙に変化させたり、かなり頻繁に幅の大きなダイナミクスの変化を指定していて、かなり細かいところまでこだわって作りこんでいることが感じられました。渋さゆえにとっつきにくいかもしれませんが、聞き込むとなかなか味のある作品です。

6/8拍子
ハ短調(c-moll)
Andante sostenuto

●コキジバトの鳴き声
Turteltaube Gesang

胸の部分を振動させて鳴いていますね。キジバトより小さいのだそうです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

前奏付き。オルベルツは前奏の前打音をかなり思いをこめて弾いていました。シュライアーは余裕をもったテンポで丁寧に歌い進めます。稀代の福音史家らしく語りかけるように聴き手に訴えています。最後から3行目の"Liebe(愛)"でふわっと優しい響きになるところが聴きどころでしょうか(楽譜でもここでpの指示がありますが、特に柔らかさが際立っていたように感じました)。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

前奏付き。速めのテンポで演奏されていました。プライは楽譜にsfpと指示のある"verwundete(傷ついた)"をかなり強調して歌っていました。どこを強調するかということも演奏家の解釈が伺えて興味深いです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

前奏付き。比較的落ち着いたテンポで演奏しています。最後にきじ鳩の声高な嘆きに対して「私には物言わぬ心痛を与えた」と歌う時に静かに神妙に歌っていたのが印象的でした。F=ディースカウは後年ハルトムート・ヘルとも録音していますが、そちらも前奏付きでした。

●イリス・フェアミリオン(MS), ペーター・シュタム(P)
Iris Vermillion(MS), Peter Stamm(P)

前奏なし。フェアミリオンの声の温もりが詩の主人公に救いをもたらしているように感じました。

●第1稿
パウラ・ゾフィー・ボーネト(S), ベルナデッテ・バルトス(P)
Paula Sophie Bohnet(S), Bernadette Bartos(P)

第1稿で演奏しています。2019年録音。私は今のところ第1稿の楽譜を未確認なのですが、後半はピアノパートが未完成のようです。最終稿との違いは聴いた限りでは特にテキスト後半3行の箇所に顕著だと思います。歌詞も最終版とは異なるようで"Gram"はおそらく"Sinn"と歌われていました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《声高な嘆き》——きじ鳩の鳴き声で想い出すつらい別れ(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「声高な嘆き」の解説:村田千尋)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Staatsbibliothek zu Berlin Preußischer Kulturbesitz, Musikabteilung mit Mendelssohn-Archiv:自筆楽譜(上にある数字の5ページ目をクリックして下さい)

RISM(国際音楽資料目録)

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ベートーヴェン「メルケンシュタイン(Merkenstein, WoO. 144 / Op. 100)」

Merkenstein, WoO. 144 / Op. 100
 メルケンシュタイン

1.
Merkenstein! Merkenstein!
Wo ich wandle, denk' ich dein.
Wenn Aurora Felsen rötet,
Hell im Busch die Amsel flötet,
Weidend Herden sich zerstreun,
Denk' ich dein, Merkenstein!
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
 私が歩く場所でおまえのことを思う。
 曙の光が岩を赤く染め、
 茂みでつぐみが高らかにさえずり、
 草を食む群れが散り散りになるとき、
 おまえのことを思う、メルケンシュタイン!

2.
Merkenstein! Merkenstein!
Bei der schwülen Mittagspein
Sehn' ich mich nach deinen Gängen,
Deinen Grotten, Felsenhängen,
Deiner Kühlung mich zu freun.
Merkenstein! Merkenstein!
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
 昼の蒸し暑さに苦しみ、
 私はおまえの木陰道を、
 おまえの洞窟を、岩山の斜面を、
 おまえの涼しさを求める、どれも私を喜ばせてくれるのだ。
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!

3.
Merkenstein! Merkenstein!
Dich erhellt mir Hesper's Schein,
Duftend rings von Florens Kränzen
Seh' ich die Gemächer glänzen,
Traulich blickt der Mond hinein.
Merkenstein! Merkenstein!
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
 宵の明星の輝きがおまえを照らし、
 あたりはフローラの冠で香り、
 輝く部屋を見ると
 月がくつろいで覗き込んでいる。
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!

4.
Merkenstein! Merkenstein!
Dir nur hüllt die Nacht mich ein.
Ewig möcht' ich wonnig träumen
Unter deinen Schwesterbäumen,
Deinen Frieden mir verleihn!
Merkenstein! Merkenstein!
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
 おまえのためだけに夜が私を包み込む。
 永遠に楽しい夢を見ていたい
 おまえの姉妹の木の下で、
 私におまえの平安を与えてほしい!
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!

5.
Merkenstein! Merkenstein!
Weckend soll der Morgen sein,
Laß uns dort von Ritterhöhen
Nach der Vorzeit Bildern spähen:
Sie, so groß und wir _ so klein!
Merkenstein! Merkenstein!
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
 朝の光で起こしてほしい、
 あそこの騎士の丘から
 太古の光景を探ってみよう、
 それらはとても偉大で、一方我々はとても卑小だ!
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!

6.
Merkenstein! Merkenstein!
Höchster Anmut Lust-Verein.
Ewig jung ist in Ruinen
Mir Natur in dir erschienen;
Ihr, nur ihr mich stets zu weihn,
Denk' ich dein, Merkenstein!
 メルケンシュタイン!メルケンシュタイン!
 この上ない優美さと愉悦の融合。
 廃墟では
 おまえの中にある自然が永久に若く思えた。
 自然に、ただ自然にのみ常に身を捧げるべく
 おまえのことを思う、メルケンシュタイン!

詩:Johann Baptist Rupprecht (1776-1846)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ヨハン・バプティスト・ルップレヒト(Johann Baptist Rupprecht: 1776-1846)の詩による独唱曲「メルケンシュタイン(Merkenstein, WoO 144)」は1814年終わりに作曲されました。
その後、同じテクストに二重唱曲として1814年秋/1815年初頭に作曲された曲は、Op. 100として出版されました。

メルケンシュタインとは、ベートーヴェンの時代にはすでに廃墟となっていた古城のことです。平野昭氏の解説に作曲・出版の状況やメルケンシュタイン城の地図なども記されていますので興味のある方はご覧ください(メルケンシュタイン城の廃墟の画像はこちら)。

WoO 144の独唱曲は冒頭に2回"Merkenstein!"と歌う際に下行形で呼びかけます。最初のfpから最後のpまでダイナミクスの変化が大きく、ピアノは歌より遅れて同じ音型を響かせ、こだまのような効果を出しています。その後も歌の後に同じ音型をピアノ間奏で響かせていて、山の中のエコーをイメージさせます。6/8拍子のゆったりした四分音符+八分音符のリズムが自然の中を歩く時のリラックスした心境を表現しているようです。

Op. 100の二重唱曲は、独唱曲のようなエコーの効果はなく、流麗に素朴に進んでいきます。2つの歌声部は3度の音程を保つことが多く、一番最後の音で2声部とも同じ主音を歌います。最後の方に一度fが出る以外はダイナミクスはpで柔らかく歌われ、聴き手は森林浴のようにリラックスして聴けるのではないかと思います。

【WoO. 144 (独唱)】
6/8拍子
変ホ長調(Es-dur)

【Op. 100 (二重唱)】
3/8拍子
ヘ長調(F-dur)
Mäßig, jedoch nicht schleppend (中庸に、しかし引きずらないように)

●WoO. 144 (独唱)
ペーター・マウス(T), ハンス・ヒルスドルフ(P)
Peter Maus(BR), Hans Hilsdorf(P)

1,2,3,4,5,6節。マウスは全節を歌っています。ハイバリトンの明晰な歌唱が素晴らしかったです。

●WoO. 144 (独唱)
ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,4,5節。プライはたっぷりしたテンポ設定で、いとしい対象に呼びかけるように歌っています。ホカンソンのピアノの響きがチャーミングです。

●WoO. 144 (独唱)
フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)

1,4,5節。フローリアンが父ヘルマンの録音と同じ節を選んで歌っているのは偶然でしょうか。古城への敬意が感じられる丁寧な歌唱でした。グローのピアノの美しさも印象的でした。

●WoO. 144 (独唱)
マティアス・ゲルネ(BR), アレクサンダー・シュマルツ(P)
Matthias Goerne(BR), Alexander Schmalcz(P)

1,2,3,4節。地底から湧き上がってくるようなゲルネの豊かな声で優しく細やかに歌っています。

●WoO. 144 (独唱)
ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

1,2,3,6節。テノールで聴くと涼風が吹くような爽やかさが際立ちますね。

●Op. 100 (二重唱)
ハイディ・ブルナー(MS), コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Heidi Brunner(MS), Constantin Graf von Walderdorff(BR), Kristin Okerlund(P)

1,2,3,4,5,6節。二重唱バージョンを全節歌っています。高音パート(主旋律)はすべてブルナーが歌っています。

●Op. 100 (二重唱)
ヘルマン・プライ(BR), パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

1,5,4節。高音パートは1,4節をコバーン、5節をプライが歌っています。詩の順序を入れ替えて歌っているのが興味深いです。

●Op. 100 (二重唱)
アナ・ハーゼ(MS), フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Anna Haase(MS), Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)

1,2,3,6節。高音パートはすべてハーゼが歌っています。

●Op. 100 (二重唱)
ナタリー・ペレス(MS), ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

1,2,3,6節。高音パートは1,6節をペレス、2,3節をリエーヴル=ピカールが歌っています。

●Op. 100 (二重唱)
アデーレ・シュトルテ(S), ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

1,2,3節。高音パートはすべてシュトルテが歌っています。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「メルケンシュタイン(第1作)」——風光明媚な古城を思い出し、呼びかける(平野昭)

メルケンシュタイン(第2作、ニ重唱)——お気に入りの散歩ルートにあった古城遺跡を題材に(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Johann Baptist Rupprecht (Österreichisches Biographisches Lexikon)

Ruine Merkenstein

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ベートーヴェン「吟遊詩人の亡霊(Der Bardengeist, WoO. 142)」

Der Bardengeist, WoO. 142
 吟遊詩人の亡霊

1.
Dort auf dem hohen Felsen sang
Ein alter Bardengeist;
Es tönt wie Äolsharfenklang
Im bangen schweren Trauersang,
Der mir das Herz zerreißt.
 あそこの高い岩の上で
 年老いた吟遊詩人の亡霊が歌っていた、
 それはエオリアンハープの音のように、
 不安で重々しい弔いの歌の中響く、
 その歌はわが心を引き裂くのだ。

2.
Und wie vom Berge zart und lind
In's süße Blumenland
Kastalia's heil'ge Quelle rinnt:
So wallt und rauscht im Morgenwind
Das silberne Gewand.
 そして山から穏やかに優しく
 甘美な花の国に
 カスタリア(※1)の聖なる泉が流れると、
 朝風に吹かれて
 銀の服がなびき、衣擦れの音を立てる。

3.
Nur leise rauscht sein Lied dahin
Beim grauen Dämmerschein,
Und zu den hellen Sternen hin
Entschwebt sein Herz, sein tiefer Sinn
In süßen Träumerei'n.
 ほんのかすかにその歌は
 灰色の薄暗がりの中鳴っている、
 すると明るい星の方へ
 彼の心は移り去り、彼の深い意識は
 甘き夢想の中へ流れ去る。

4.
Und still ergriff mich mehr und mehr
Sein wunderbares Lied.
Was siehst du, Geist, so bang und schwer?
Was suchst du dort im Sternenheer?
Wie dir die Seele zieht!
 そしてひそかに、
 彼の素晴らしい歌がますます私の心をとらえた。
 亡霊よ、あなたは何をそんなに不安に重々しく見ているのか。
 あの星団にあなたは何を探しているのか。
 魂がなんとあなたへと向かっていることか!

5.
,,Ich suche wohl, nicht find' ich mehr, 
Ach, die Vergangenheit!
Ich sehe wohl so bang und schwer,
Ich suche dort im Sternenheer
Der Deutschen gold'ne Zeit.
 「私が探しているのは、もはや見つからないのだが、
 ああ、過去なのだ!
 私がこれほど不安で重々しく見ていて、
 あの星団に探しているのは、
 ドイツ人の黄金時代だ。

6.
,,Hinunter ging die Sonne schon,
Kaum blieb ein Widerschein;
Mit Arglist und mit frechem Hohn
Pflanzt nun die düstre Nacht den Mohn
Um's Grab der Väter ein.
 日はすでに沈み、
 残照はほぼなくなった。
 悪だくみや無遠慮な侮蔑を込めて
 薄暗い夜はケシを
 祖先の墓の周りに植え付ける。

7.
,,Ja, herrlich, unerschüttert, kühn
Stand einst der Deutsche da;
Ach, über schwanke Trümmer zieh'n
Verhängnissvolle Sterne hin!
Es war Teutonia!''
 そう、立派で、動じず、勇敢だったのだ、
 かつてのドイツ人は。
 ああ、ぐらついた残骸の上を
 破滅の星が通り過ぎる!
 それこそがトイトニア(※2)だった!」

8.
Noch auf dem hohen Felsen sang
Der alte Bardengeist.
Es tönt wie Äolsharfenklang
Ein banger schwerer Trauersang,
Der mir das Herz zerreißt.
 まだ高い岩の上で
 年老いた吟遊詩人の亡霊が歌っていた、
 エオリアンハープの音のように、
 不安で重々しい弔いの歌が響く、
 その歌はわが心を引き裂くのだ。

詩:Franz Rudolf Herrmann (1787-1823)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

※1 カスタリア(Kastalia): ギリシャのデルポイ(Delphi)の近くパルナッソス山(Parnaß)の岩壁の割れ目からわき出る聖なる泉
※2 トイトニア(Teutonia): 「ドイツ」のラテン語形

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フランツ・ルドルフ・ヘルマン(Franz Rudolf Herrmann: 1787-1823)の詩による「吟遊詩人の亡霊(Der Bardengeist, WoO. 142)」が作曲されたのは楽譜の記載によると1813年11月3日です。1814年頃の初版楽譜では詩の第1連のみが記載されていましたが、旧全集で有節形式として扱われ、他の連(8連まで)も掲載されました。

詩の内容は以下の通りです。

吟遊詩人の亡霊が岩の上で歌っている。主人公が何を探しているのか尋ねると、すでに見いだせない過去のドイツ人の黄金時代と答える。

詩の第1連と最終連(第8連)がほぼ同じ内容で、その間に吟遊詩人の描写と言葉が挟まれている形です。多くの場合、詩のいくつかの連を選んで演奏されると思いますが、演奏者がどの連を採用したかでその演奏者が詩をどう読んだかが想像されて興味深いと思います。

詩は白昼夢のような幻想的な場面が広がっています。grau(灰色)という言葉がテキストに出てくるように、モノクロなイメージを受けましたが、ベートーヴェンも詩の世界観を忠実に描いていると思います。その渋さゆえにあまり演奏されたり録音されたりしないようですが、聞き込むとなかなか味わい深い作品です。

歌声部は前半で若干の跳躍があるものの、ほぼ順次進行(隣り合った音への進行)します。ピアノパートも独自の動きはあまりなく、ほぼ歌のリズムに合わせた和音に徹しています。この限定された音からそこはかとなくいにしえの響きが立ち上ってくるかのようです。ただ、最後のピアノ後奏は後ろ髪が引っ張られるように簡素な和音を予想以上に長めに続けます。ようやくⅠの和音で終わるかと思いきや、属七の和音が続き最後再びⅠで締めくくります。終わりそうで終わらないベートーヴェンらしいとも言えるでしょうが。

ちなみに詩の第3連に「Träumerei'n(夢想)」という単語が出てきますが、これは後にシューマンのピアノ曲のタイトルで使われた「トロイメライ」の複数形です。この単語は歌曲のテキストの中で初めて目にしました(私の知る範囲内ですが)。

6/8拍子
ホ短調(e-moll)
Mäßig langsam

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hartmut Höll(P)

1,5,3節。F=ディースカウはテキストの順序を入れ替えて歌っています(1966年のデームスとの録音では1,3節のみを歌っていたので、第3節で歌い終えることに意味を見出しているのかもしれません)。F=ディースカウは寂寥感を湛えたしみじみとした歌い方で感動的でした。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,3,4,8節。ホカンソンは間奏をベートーヴェンの指示より短縮して演奏しています(それぞれ短縮の仕方を変えています)。プライの歌唱からは、「トゥーレの王」のような物語を歌って聞かせる雰囲気が感じられました。特に第1連の"Felsen"の柔らかい響きが印象的でした。

●フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)

1-8節。フローリアンは全8節歌ってくれています。フローリアンのハイバリトンで聞くと、若者が吟遊詩人の霊を見て感じたことを伝えているような印象を受けました。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Kristin Okerlund(P)

1-8節。ヴァルダードルフはいつも通りすべての節を歌っています。ここでも素朴な持ち味が生かされていたと思います。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《吟遊詩人の亡霊》——岩山の上から聴こえる歌が心を引き裂く.....低声歌手のため歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Franz Rudolf Herrmann (Deutsche Biographie)

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ベートーヴェン「さよなきどりの歌(Der Gesang der Nachtigall, WoO. 141)」

Der Gesang der Nachtigall, WoO. 141
 さよなきどりの歌

1.
Höre, die Nachtigall singt, der Frühling ist wiedergekommen!
Wieder gekommen der Frühling und deckt in jeglichem Garten
Wohllustsitze; bestreut mit den silbernen Blüten der Mandel.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
 聞け、さよなきどりが歌っている、春がまたやってきたのだ!
 また春がやってきて、それぞれの庭にある快適な離宮を覆い、
 アーモンドの銀色の花がふりかけられる。
 さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。

2.
Gärten und Auen schmücken sich neu zum Feste der Freude;
blumige Lauben wölben sich hold zur Hütte der Freundschaft.
Wer weiß, ob er noch lebt, so lange die Laube nur blühet?
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
 庭や野原は喜びの祝祭のために新たに着飾り、
 花咲き乱れた木々は友情を結んだ小屋へ丸天井のように広がる。
 木々が花開く間、春がまだ健在かどうかなど誰が知ろう。
 さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。

3.
Glänzend im Schleier Aurorens erscheint die bräutliche Rose;
Tulpen blühen um sie wie Dienerinnen der Fürstin;
Auf der Lilie Haupt wird der Tau zum himmlischen Glanze:
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
 曙の光のベールの中で輝きながら花嫁のばらがあらわれる。
 チューリップは侯爵夫人の召使いのようにばらのまわりで花咲く。
 ゆりの頭上で露が天の輝きとなる。
 さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。

4.
Wie die Wangen der Schönen, so blühen Lilien und Rosen;
Farbige Tropfen hangen daran wie Edelgesteine.
Täusche dich nicht, auch hoffe von keiner ewige Reize.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
 麗しき女性の頬のように、ゆりとばらは花開き、
 色とりどりの雫が貴重な宝石のように付いている。
 永遠の魅力など誰にも望めないとしても思い違いしないでおくれ。
 さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。

5.
Tulpen und Rosen und Anemonen, sie hat der Sonne
Strahl mit Liebe gereizt, blutrot mit Liebe gefärbet;
Du, wie ein weiser Mann, genieße mit Freuden den Tag heut,
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
 チューリップやばらやアネモネを太陽の光は
 愛をこめて魅了した、愛で深紅色に染めて。
 きみは、賢者のように、今日という日を喜んで味わいなさい。
 さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。

6.
Denke der traurigen Zeit, da alle Blumen erkrankten,
da der Rose das welkende Haupt zum Busen hinabsank;
jetzo beblümt sich der Fels; es grünen Hügel und Berge.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
 悲しい時を思いなさい、花々がみな病み、
 ばらがしおれた頭を胸に沈めたときのことを。
 今や岩は花で飾られ、丘や山々は緑映えている。
 さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。

7.
Nieder vom Himmel tauen am Morgen glänzende Perlen;
Balsam atmet die Luft; der niedersinkende Tau wird,
eh er die Rose berührt, zum duftigen Wasser der Rose,
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
 朝に空から輝く真珠の露がおりる。
 香油を風が吸い込む。沈んでいく露は
 バラに触れる前にバラの香水になる。
 さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。

8.
Herbstwind war es, ein Tyrann, in den Garten der Freude gekommen;
aber der König der Welt ist wieder erschienen und herrschet
und sein Mundschenk beut den erquickenden Becher der Lust uns.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
 秋風という暴君が喜びの庭にやって来たが、
 世界の王が再び現れ支配して、
 王の酌人は元気づけてくれる喜びの盃を我々に差し出す。
 さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。

9.
Hier im reizenden Tal, hier unter blühenden Schönen
sang, eine Nachtigall, ich der Rose, Rose der Freude,
bist du verblüht einst, so verstummt die Stimme des Dichters.
Jetzt sei fröhlich und froh, er entblüht der blühende Frühling.
 この魅惑の谷で、この美しく花盛りの美女の下で
 さよなきどりは歌った、私はばらに、ばらは喜びに。
 きみはいつか盛りを過ぎ、詩人の声は押し黙る。
 さあ楽しみ喜ぼうではないか、花咲く春が開花したのだ。

詩:Johann Gottfried Herder (1744-1803)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー(Johann Gottfried Herder: 1744-1803)の詩による「さよなきどりの歌(Der Gesang der Nachtigall, WoO. 141)」は、1813年5月3日(ベートーヴェン42歳)に作曲されました(自筆譜に記載された日付によります)。歌曲「恋人に寄せて WoO 140」第1、2稿を1811年に作曲した後、ベートーヴェンは1年以上歌曲を書かなかったものと思われますが、1812年は交響曲第7番、第8番を完成しているので、決して作曲意欲が落ちたというわけではないと思います(1812年のベートーヴェンの精神的な苦悩はこちらのリンク先の山之内克子氏の文章が分かりやすいです)。

ベートーヴェンの歌曲は作品番号(Op.)の付いていない曲(WoO番号等の付与された曲)でも大多数は生前に出版されているようなのですが、この曲に関しては出版されず、1888年旧全集で初めて出版されたそうです。
この曲の自筆譜はこちらのリンク先で見ることが出来るのですが、ピアノ後奏の上にバツ印が付けられています。つまり、ベートーヴェンは一度書いた後奏が気に入らなかったものの代わりの後奏を書かないまま放置したということになるのでしょう。ただ、旧全集ではこのバツ印の後奏を復活させている為現在では演奏することが可能となっています。
ベートーヴェンは歌詞を第1連のみ記載しています。ヘルダーの原詩9連をすべて歌う場合は有節形式で繰り返すことになり、実際旧全集ではそのように指示しています。
ただ、例えば詩の第1連と第2連の音節の数を比較した時、下記の通り一致していない為、調整が必要になります(旧全集では第2節用に音符を示していますが、第3連以降も歌う場合は演奏者が決めなければなりませんね)。なお、各連第4行の詩行はすべて全く同一なのでここだけは完全に音節数も一致しています。

【第1連の音節数】
 第1行:16
 第2行:16
 第3行:16
 第4行:15

【第2連の音節数】
 第1行:15
 第2行:15
 第3行:15
 第4行:15

この歌曲はハ長調なのですが、春の到来を告げるさよなきどりの鳴き声の素朴で明るい雰囲気を描き出す為にこの調を選んだのかもしれませんね。ピアノ前奏のさよなきどりの鳴き声の描写がなんとも愛らしいです。歌はほぼタンタタ タンタタ タンタンという一定のリズムで進み、後半の間奏箇所以外は休みなく連続で歌い続けるので結構大変かもしれません。ピアノの右手高音部が歌の旋律を完全になぞり、素朴な味わいを強めています。

3/4拍子
Allegro ma non troppo
ハ長調(C-dur)

●さよなきどり(ナイチンゲール)の鳴き声
Der Gesang der Nachtigall (singing nightingale) / Nationalpark Unteres Odertal

実際のさよなきどりの鳴き声をお聞きください。いろんなタイプの音を立てていますが、この歌曲の前奏同様、同音反復もありますね。

●アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

1,2節。シュトルテの鳥の鳴き声のような美しい高音の響きがこの曲の爽やかな雰囲気に合っていました。

●ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)

1,2節。ペレスの細やかな表情の付け方がとても魅力的です。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,2節。プライは持ち前の甘美な声で優しく語りかけるように歌っていました。

●フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)

1,2,4,6,9節。フローリアンのハイバリトンが心地よく感じられます。第6節では悲しげな詩句を反映した抑制した表現を聞かせてくれました。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Gustav Mahler Chor Wien, Kristin Okerlund(P)

1-9節。ヴァルダードルフはこの全集の他の歌曲同様、ここでも原詩の全9節すべてを歌っています。やはり歌いづらそうな節もありますが、資料として貴重です。ヴァルダードルフの誠実な歌いぶりにブラボーです。オーカーランドの美しいタッチも良かったです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《ナイチンゲールの歌》——ヘルダーの詩にのせた鳴き声の描写がかわいらしい歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Staatsbibliothek zu Berlin Preußischer Kulturbesitz (自筆譜)

ベートーヴェンと1812年失踪事件(山之内克子)

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