ベートーヴェン「ロプコヴィツ・カンタータ(Lobkowitz-Cantate, WoO 106)」

Lobkowitz-Cantate (Es lebe unser teurer Fürst), WoO 106
 ロプコヴィツ・カンタータ(親愛なる侯爵閣下万歳)

SOLO
Es lebe, es lebe unser teurer, teurer Fürst!
Er lebe, er lebe, er lebe!
(独唱)
 親愛なる、親愛なる侯爵閣下万歳!
 万歳、万歳、万歳!

CHORUS
Er lebe, er lebe, er lebe!
(合唱)
 万歳、万歳、万歳!

SOLO
Edel, edel, edel handeln, ja edel handeln,
sei sein schönster Beruf!
Dann, Dann wird ihm nicht entgehen der schönste, schönste Lohn, der schönste, schönste Lohn.
Es lebe, es lebe unser teurer, teurer Fürst!
Er lebe, er lebe, er lebe!
(独唱)
 高潔な、高潔な、高潔な行動をされる、そう 高潔な行動をされる、
 閣下の素晴らしき職務が高潔であらんことを!
 すると、すると素晴らしき、素晴らしき報いから閣下は逃れられないでしょう、素晴らしき、素晴らしき報いから。
 万歳、親愛なる、親愛なる侯爵閣下万歳!
 万歳、万歳、万歳!

CHORUS
Er lebe, er lebe, er lebe ja!
Es lebe, es lebe unser teurer, teurer Fürst!
Unser teurer, teurer Fürst!
Er lebe, er lebe, er lebe, er lebe!
(合唱)
 万歳、万歳、万歳!
 万歳、親愛なる、親愛なる侯爵閣下万歳!
 親愛なる、親愛なる侯爵閣下!
 万歳、万歳、万歳、万歳!

詩:Ludwig van Beethoven (1770-1827)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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独唱、高声2声、バス2声、ピアノの為の「ロプコヴィツ・カンタータ(Lobkowitz-Cantate, WoO 106)」は、ベートーヴェン自身の詩によって1823年(楽譜には1823年と書かれていますが1822年の可能性もあるそうです)4月12日に作曲されました。

独唱、高声2声、バス2声、ピアノの為の「ロプコヴィツ・カンタータ(Lobkowitz-Cantate, WoO 106)」は、ベートーヴェン自身の詩によって1822年(もしくは1823年)4月12日に作曲されました。

藤本一子氏の解説によると「かつての支援者フランツ・ヨーゼフ・フォン・ロプコヴィツ侯爵の長子フェルディナント侯爵の誕生日のために作曲」されたそうです(『ベートーヴェン全集 第8巻』:1999年10月11日第1刷 講談社)。
知り合いの息子の誕生日のために自作の詩による歌を送るなんてベートーヴェンの優しい一面が垣間見えますね。
侯爵邸の官吏カール・ペータースの妻が歌うことを想定していたそうです(前述の藤本一子氏の解説)。"schönste Lohn"の箇所に技巧的な装飾があるのもこの女性のために見せ場を作ったのではないでしょうか。

4/4拍子
変ホ長調(Es-dur)
Allegro non troppo - Adagio assai - Tempo primo

●エルヴィラ・ビル(MS), クリストファー・ブルックマン(P), コーアヴェルク・ルーア, フローリアン・ヘルガート(C)
Elvira Bill(MS), Christopher Bruckman(P), Chorwerk Ruhr, Florian Helgath(C)

ソロを務めるエルヴィラ・ビルの声の美しいこと!クリストフ・プレガルディアン門下なのだそうです。

●クリスタ・イェーザー(S), ヴァルター・オルベルツ(P), ベルリン・ゾリステン, ディートリヒ・クノーテ(C)
Christa Jehser(S), Walter Olbertz(P), Berliner Solisten, Dietrich Knothe(C)

録音: Nov, Dec. 1973, Berlin. 歌と合唱とピアノの親密な雰囲気がいいですね。

●パメラ・コバーン(S), ハインリヒ・シュッツ・クライス・ベルリン, レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Heinrich Schütz Kreis, Berlin, Leonard Hokanson(P)

録音: 1987-1989, Studio 10, RIAS, Berlin. コバーンは合唱パートも一緒に歌っています。

●ハイディ・ブルナー(MS), ヴィーン・グスタフ・マーラー合唱団, クリスティン・オーカーランド(P)
Heidi Brunner(MS), Gustav Mahler Chor Wien, Kristin Okerlund(P)

ブルナーの"schönster"における抑制した歌い方に惹きこまれました。

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(参考)

Beethoven-Haus Bonn

The "Complete" Beethoven: Day 333

『ベートーヴェン全集 第8巻』:1999年10月11日第1刷 講談社(「ロプコヴィツ・カンタータ WoO 106」の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(「ロプコヴィツ・カンタータ WoO 106」の解説:藤本一子、小林宗生)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「結婚式の歌(Hochzeitslied, WoO 105 (Hess 125, 124))」

Hochzeitslied, WoO 105 (Hess 125, 124)
 結婚式の歌

Auf, Freunde, singt dem Gott der Ehen!
Preist Hymen hoch am Festaltar,
Daß wir des Glückes Huld erflehen,
Erflehen für ein edles Paar!
Vor allem laßt in frohen Weisen
Den würd'gen Doppelstamm uns preisen,
Dem dieses edle Paar entsproß!
 さあ、友人たちよ、婚礼の神に歌うのだ!
 祝宴の祭壇で高らかにヒュメナイオスを讃えよ、
 幸せの恩寵を
 お似合いの夫婦のために懇願するのだ!
 何よりも、陽気な調べで
 品格のある2人の一族を讃えよう、
 そこからこのお似合いの夫婦が生まれたのだ!

※ヒュメナイオス:ギリシャ神話で婚礼の神

詩:Anton Joseph Stein (1759–1844)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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アントン・ヨーゼフ・シュタインのテキストによる「結婚式の歌(Hochzeitslied, WoO 105」は、マリア・アンナ・ジャンナタズィオ・デル・リオ(Maria Anna Giannatasio del Rio)と官吏レオポルト・シュメルリング(Leopold Schmerling)の結婚式の為に1819年1月14日に作曲され、結婚式当日(1819年2月6日)に初演されました。この夫婦の娘によると「母が教会の結婚式から家に戻ると美しい男声四重唱がきこえ、それがやんだとき、隠れていたベートーヴェンが姿を現し、心からなるお祝いの言葉とともに今歌われた男声四重唱の自筆譜を手渡した」とのことです(藤本一子解説:『ベートーヴェン全集 第8巻』:1999年10月11日第1刷 講談社)。

結婚式にふさわしい華やかな小品です。ベートーヴェンは2つの稿を作り、どちらもジャンナタズィオ家に贈られたそうです(前述の藤本氏の解説)。

楽譜には4回繰り返すように指示がある為、歌詞が4番まであったと思われますが、現在分かっているのは1番のみのようです。

第1稿の楽譜(Der Bär : Jahrbuch der Firma Breitkopf & Härtel – 1927)
1_20230104132001
2_20230104132001
3_20230104132001

【第1稿】(Hess 125)
独唱、斉唱、ピアノ
1819年1月14日作曲
C (4/4拍子)
ハ長調(C-dur)
Mit Feuer, doch verständlich und deutlich

【第2稿】(Hess 124)
独唱、合唱、ピアノ
C (4/4拍子)
イ長調(A-dur)
(Mit Feuer, doch verständlich und deutlich)

●【第2稿】(Hess 124)
2. Fassung
ヘルマン・プライ(BR), ハインリヒ・シュッツ・クライス・ベルリン, レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Heinrich Schütz Kreis, Berlin, Leonard Hokanson(P)

録音: 1987-1989, Studio 10, RIAS, Berlin. プライが先導して合唱を率いるのは本当に合っていますね。ホカンソンがいかにも楽しそうにパリパリと弾いているのもいいです。

●【第2稿】(Hess 124)
2. Fassung
マンフレート・ビットナー(BS), ハイケ・ハイルマン(S), アネ・ビーアヴィルト(CA), ダニエル・ヨハンソン(T), エリーザベト・グリューネルト(P)
Manfred Bittner(BS), Heike Heilmann(S), Anne Bierwirth(CA), Daniel Johannsen(T), Elisabeth Grünert(P)

録音: 15 February 2007, Bauer Studios Ludwigsburg. バスのビットナーが独唱し、合唱パートはハイルマン、ビーアヴィルト、ヨハンソンが加わっています。

●【第2稿】(Hess 124)
2. Fassung
タベア・ゲルストグラッサー(S), シュテファン・タウバー(T), カントゥス・ノヴス・ヴィーン, ディアナ・フックス(P), トマス・ホームズ(C)
Tabea Gerstgrasser(S), Stefan Tauber(T), Cantus Novus Wien, Diána Fuchs(P), Thomas Holmes(C)

録音: 20 January 2019, 4tune audio productions, Wien. ここでは独唱パートをソプラノとテノールが一緒に歌っています。結婚する二人が歌う設定でしょうか。素朴で優しい歌い方で微笑ましいです。

●【第2稿】(Hess 124)
2. Fassung
ジャン=フランソワ・ルッション(BR), ダニア・エル・ゼイン(S), ナタリー・ペレス(MS), ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Jean-François Rouchon(BR), Dania El Zein(S), Natalie Pérez(MS), Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

録音: August 2019. バリトンのルッションが独唱し、合唱パートで他の歌手たちが加わっています。

●【第1稿】(Hess 125)
1. Fassung
ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Vincent Lièvre-Picard(T), Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)

録音: August 2019. テノールのリエーヴル=ピカールが独唱し、斉唱パートでメゾのペレスが加わる形で演奏されています。

●【第1稿】(Hess 125)
1. Fassung
ハイディ・ブルナー(MS), ヴィーン・グスタフ・マーラー合唱団, クリスティン・オーカーランド(P)
Heidi Brunner(MS), Gustav Mahler Chor Wien, Kristin Okerlund(P)

第1稿の演奏。第2稿との違いは最後の詩行が混成四部合唱ではなくユニゾン(斉唱)で歌われ、第2稿より3度高い点、ピアノパートの若干の違いだけのようですので、聞いているとほぼ同じ印象を受けます。

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(参考)

Beethoven-Haus Bonn

『ベートーヴェン全集 第8巻』:1999年10月11日第1刷 講談社(「婚礼の歌 WoO 105」の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(「さあ、友よ結婚の神を讃美せよ(結婚歌) WoO 105」の解説:藤本一子)

Ludwig van Beethoven, "Hochzeitslied" für Tenor, Chor und Klavier WoO 105, Partitur, Bär (1924) (第1稿の楽譜)

Anton Joseph Stein (Wikipedia: 独語)

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ベートーヴェン「修道僧の歌(Gesang der Mönche, WoO 104)」

Gesang der Mönche, WoO 104
 修道僧の歌

Rasch tritt der Tod den Menschen an,
Es ist ihm keine Frist gegeben,
Es stürzt ihn mitten in der Bahn,
Es reißt ihn fort vom vollen Leben,
Bereitet oder nicht, zu gehen.
Er muß vor seinem Richter stehen!
 迅速に死がその人間に襲いかかる、
 彼に猶予はなかった、
 彼を道半ばに突き落とし、
 彼を人生からさらっていく、
 行く支度をしていようがしていなかろうが。
 彼は審判者の前に立たねばならない!

詩:Friedrich von Schiller (1759-1805), no title, appears in Wilhelm Tell 
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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フリードリヒ・フォン・シラーの『ヴィルヘルム・テル(Wilhelm Tell)』(日本では「ウィリアム・テル」という英語読みで知られていますね)第四幕、第三場の最後に歌われるテキストによる男声3声(テノール2声、バス、無伴奏)の為の「修道僧の歌(Gesang der Mönche, WoO 104)」は、1817年5月3日に作曲されました。

友人の音楽学者フランツ・サレス・カンドラー(Franz Sales Kandler: 1792-1831)の記念帳に記された自筆譜には「我らがクルンプホルツの1817年5月3日の不慮の死を偲んで(Zur Erinnerung an den schnellen unverhofften Tod unsers Krumpholz am 3 Mai 1817.)」と書かれています。クルンプホルツというのはベートーヴェンの友人だったヴァイオリニストで、その死を偲びつつ、ヴィーンを離れるカンドラーの記念帳に書いたようです。

・自筆譜

Gesang-der-monche

ヴィルヘルム・テルの話は、テルが息子の頭上に置いた林檎を矢で射落とす場面が有名ですが、シラーの『ヴィルヘルム・テル』では第三幕第三場にこのエピソードがあります。
第四幕、第三場で庶民を苦しめてきた悪代官のヘルマン・ゲスラーをテルが射て倒すわけですが、「死者をかこんで半円をつくり、低い調子で歌う」(野島正城訳)というト書きの後にこの「修道僧の歌」が歌われます。
そして「終わりの数行がくりかえされるうちに幕下りる」(野島正城訳)というト書きがあり、この第四幕、第三場は終わります。

※以下が原文

Barmherzige Brüder schließen einen Halbkreis um den Toten und singen in tiefem Ton:
Rasch tritt der Tod den Menschen an,
Es ist ihm keine Frist gegeben,
Es stürzt ihn mitten in der Bahn,
Es reisst ihn fort vom vollen Leben,
Bereitet oder nicht, zu gehen,
Er muss vor seinen Richter stehen!

Indem die letzten Zeilen wiederholt werden, fällt der Vorhang.

ベートーヴェンの音楽は、順次進行や同音反復などの動きの少なさで重苦しい雰囲気を引きずって進みます。最終行の"er(彼は)"の繰り返しは、最初はsf(スフォルツァンド)、2回目はfp(フォルテピアノ)でこの悪代官を糾弾するような鋭い響きを与えています。あっという間に終わるコンパクトな作品ですが、テキストの内容を見事に表現した作品だと思います。

C (4/4拍子)
ハ短調(c-moll)
Ziemlich langsam

●マイケル・コネア(T), ヤン・コボウ(T), ラルフ・グローベ(BSBR), アンドレアス・プルイス(BS)
Michael Connaire(T), Jan Kobow(T), Ralf Grobe(BSBR), Andreas Pruys(BS)

録音: 11 May 2009, Bückeburger Stadtkirche, Germany。重唱で歌われています。各声部が主張していて死への畏怖が感じられました。

●カントゥス・ノヴス・ヴィーン, トマス・ホームズ(C)
Cantus Novus Wien, Thomas Holmes(C)

録音: 20 January 2019, 4tune audio productions, Wien。合唱で聞くと沈潜した雰囲気が強く出ていました。

●ヨアヒム・フォークト(T), ギュンター・バイアー(T), ズィークフリート・ハウスマン(BS), ディートリヒ・クノーテ(C)
Joachim Vogt(T), Günther Beyer(T), Siegfried Hausmann(BS), Dietrich Knothe(C)

録音: May, June 1976, Berlin。重唱で歌われていますが、それぞれの声が溶け合って美しかったです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《修道僧の歌》——シラーの戯曲『ヴィルヘルム・テル』から作曲した無伴奏男声三重唱(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第8巻』:1999年10月11日第1刷 講談社(「修道僧の歌 WoO 104」の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(「修道僧の歌 WoO 104」の解説:小林宗生)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Wilhelm Tell – Text: 4. Aufzug, 3. Szene

フリードリヒ・シラー『シラー名作集≪新装復刊≫』:内垣啓一他訳(「ヴィルヘルム・テル」(P.331~)は野島正城訳):2022年5月25日発行、白水社(元本は1972年刊行)

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ベートーヴェン「田園カンタータ(Cantata campestre, WoO 103)」

Cantata campestre, WoO 103
 田園カンタータ

1.
Un lieto brindisi,
Tutti a Giovanni
Cantiam così.

2.
Viva lunghi anni
Sempre felici
Utile al mondo,
Caro agli amici,
Nuovo Esculapio
Dei nostri dì!

3.
Viva Giovanni!
Viva, ed al solito
Febbri e malanni
Segua a sanar.

4.
Viva lunghi anni
Sempre felici
Utile al mondo,
Caro agli amici,
Nuovo Esculapio
Dei nostri dì!

5.
Viva Giovanni!
Viva ed il tempo
Sospenda i vanni,
E sì bei giorni
Tardi a troncar.

6.
Viva lunghi anni
Sempre felici
Utile al mondo,
Caro agli amici,
Nuovo Esculapio
Dei nostri dì!

詩:Clemente Bondi (1742-1821)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ソプラノ、2声のテノール、バスとピアノの為のカンタータ「田園カンタータ(Cantata campestre, WoO 103)」は、宮廷図書館員クレメンテ・ボンディのイタリア語のテキストに1814年に作曲されました。
平野昭氏の解説によれば「1806年からベートーヴェンのかかりつけの医師のひとりで、友人でもあったヨゼフ・フォン・ベルトリーニ(1784~1861)が、1814年に彼の恩師である医師ヨハン(イタリア名ジョヴァンニ)・マルファッティ(1775~1859)の霊名祝日のお祝いとして、ボンディにイタリア語の詩を、ベートーヴェンに作曲を依頼したもの」とのことです。ちなみに霊名祝日というのは、カトリック教会の伝統において洗礼を受けた信者の洗礼名の聖人の祝い日(記念日)のことだそうです(Wikipediaより)。この医師ジョヴァンニのドイツ語名ヨハンに該当する聖人はヨハネで、その霊名祝日の6月24日(Wikipedia)にマルファッティ邸で演奏されたようです。

●以下は英訳なども参照にした試訳です。正確ではありませんので、あくまで大意をつかむ程度にして下さい。

1.
愉快に乾杯、
みんなでジョヴァンニに
このように歌おう。

2.
彼が長生きして
ずっと幸せで
世界の役に立ち、
友人たちにとって大切な存在でありますように、
我らの時代の
新しい※アスクレーピオスよ!

3.
ジョヴァンニ万歳!
彼が長生きして、いつものように
発熱や病気を
治療しに行きますように。

4.
彼が長生きして
ずっと幸せで
世界の役に立ち、
友人たちにとって大切な存在でありますように、
我らの時代の
新しいアスクレーピオスよ!

5.
ジョヴァンニ万歳!
彼が長生きしますように、そして時が
翼の動きを止めて
こんな良き日々を
打ち切るのが遅くなりますように!

6.
彼が長生きして
ずっと幸せで
世界の役に立ち、
友人たちにとって大切な存在でありますように、
我らの時代の
新しいアスクレーピオスよ!

(※アスクレーピオス:ギリシャ神話の名医。薬方の神)

英訳:Beethoven: Secular Vocal Works (NAXOS) - Booklet

1945年にWinterthurのVerlag der Literarischen Vereinigungから初版が出版された時はドイツ語の歌詞のみが付されていて、解説をWilly Hessが書いていました。
1974年にLeipzigのVEB Deutscher Verlag für Musik社からようやくイタリア語歌詞版がはじめて出版されます。Harry Goldschmidtの"Die Erscheinung Beethoven"という論文の中に掲載され、楽譜の後にはドイツ語歌詞もまとめて記載されています。
オリジナルのイタリア語歌詞よりもドイツ語歌詞版が先に出版されたというのは不思議な気がしますが、機会作品ゆえに作曲されてから100年以上経ってようやく日の目を見たということになるのでしょう。

ちなみにドイツ語のテキストも下記に記しておきます。

Johannisfeier
begehn wir heute!
Wie sonst es war,
sei's heute auch!

Freudig erhebt euch,
liebe Leute,
leert das Glas
nach altem Brauch!

Wir wissen schon, wem
man heute trinkt!
Auf! leert das Glas
nach altem Brauch!
Wir wissen schon, wem
man heute trinkt!
Freudig erhebt euch,
liebe Leute,
auf leert das Glas!

Bei uns geborgen,
laß ab von Sorgen,
Freude dir winkt!
Tausend Gebete
schweben dankbar
aus allen Herzen,
die du zum Leben
einst auferweckt.

Trost bringst du den Armen,
Hilfst ihnen gern;
wo die Hoffnung schon fern,
spendest du Erbarmen.
Retter du der Kranken!
Sieh uns verzagt!
Würdig zu danken,
bebend von uns
niemand wagt.
Dir, Johannes,
Dank die Nachwelt sagt!

6/8拍子(1小節) - 2/4拍子(50小節) - 6/8拍子(97小節)
変ロ長調(B-dur) - ト長調(G-dur) - 変ロ長調(B-dur) - 変ホ長調(Es-dur) - 変ロ長調(B-dur)
Allegro(1小節) - Adagio(50小節) - Tempo primo(97小節)
※曲の最後に"Dal Segno al Fine(セーニョ記号に戻ってフィーネ(Fine)まで)"と記載あり(13小節に戻って33小節まで演奏して終える)

●カントゥス・ノヴス・ヴィーン, ディアナ・フックス(P), トマス・ホームズ(Musical Director)
Cantus Novus Wien, Diána Fuchs(P), Thomas Holmes(Musical Director)

イタリア語版です。合唱で歌われています。聞いた感じだとテノールⅠをアルトが歌っているようです(混声四部合唱ですね)。ハーモニーが美しく響いていて良いですね。

●バルバラ・エミラ・シェーデル(S), ダニエル・シュライバー(T), ライナー・テーテンベルク(T), ミヒャエル・ヴァーグナー(P)
Barbara Emilia Schedel(S), Daniel Schreiber(T), Rainer Tetenberg(T),
Michael Wagner(P)

ドイツ語版で歌われています。各声部1人ずつの重唱による演奏です。生き生きとした活気に満ちた演奏で、聞いていて楽しくなります。

●スイス・イタリア語放送合唱団, アンドレア・マルコン(P), ディエゴ・ファソリス(C)
Coro della Radio Svizzera, Andrea Marcon(P), Diego Fasolis(C)

ドイツ語版です。合唱で歌われています。こちらの合唱団も活気にあふれていました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「田園カンタータ《楽しい乾杯の歌》」——かかりつけ医師の依頼で書かれたイタリア語作品(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第8巻』:1999年10月11日第1刷 講談社(「田園カンタータ WoO 103」の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(「田園カンタータ WoO 103 (Hess 127)」の解説:藤本一子、小林宗生)

Clemente Bondi (Wikipedia (伊語))

Clemente Bondi (Wikipedia (英語))

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ベートーヴェン「別れの歌(Abschiedsgesang, WoO 102)」

Abschiedsgesang, WoO 102
 別れの歌

Die Stunde schlägt, wir müssen scheiden,
bald sucht vergebens dich mein Blick;
am Busen ländlich stiller Freuden
erringst du dir ein neues Glück.
Geliebter Freund! du bleibst uns theuer,
ging auch die Reise nach dem Belt;
doch ist zum guten Glück Stadt Steyer,
noch nicht am Ende dieser Welt.
 時が来た、僕らは別れねばならない、
 すぐに僕の目はむなしくきみをさがす。
 田舎の静かな喜びを胸に抱いて
 きみは新たな幸せを手に入れるだろう。
 いとしい友よ!きみは僕らにとってかけがえのない存在で居続ける、
 ベルト海峡へ旅立っても。
 幸運にもシュタイアーの町は
 地の果てというわけでもない。

Und kommen die Freunde um dich zu besuchen,
so sei nur hübsch freundlich und back' ihnen Kuchen,
auch werden, so wie sich's für Deutsche gehört,
auf's Wohlsein der Gäste die Humpen geleert.
Dann bringen wir froh im gezuckerten Weine
ein Gläschen dem ewigen Freundschaftsvereine,
dein Töchterlein mache den Ganymed,
ich weiss, dass sie gerne dazu sich versteht.
 きみの友人たちが訪ねてきたら
 友好的に迎えてケーキでも焼いてくれよ。
 ドイツ人の作法に従い
 客の健康を祈って大ジョッキを空にするだろう。
 そうしたら砂糖入りのワインの入ったグラスを
 永遠の友情の絆のためにもってこよう。
 きみの娘は若いしもべを作んなきゃな、
 あの娘にその心得があることは知っているさ。

Die Stunde schlägt, wir müssen scheiden,
bald sucht vergebens dich mein Blick;
am Busen ländlich stiller Freuden
erringst du dir ein neues Glück.
Geliebter Bruder! Lebe wohl!
 時が来た、僕らは別れねばならない、
 すぐに僕の目はむなしくきみをさがす。
 田舎の静かな喜びを胸に抱いて
 きみは新たな幸せを手に入れるだろう。
 いとしい同胞よ!さらば!

詩:Joseph Ritter von Seyfried (1780-1849)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ベートーヴェンは、友人の治安判事マティアス・フォン・トゥッシャー(Mathias von Tuscher)から、シュタイアー(Steyer)に引っ越すレオポルト・ヴァイス博士(Dr. Leopold Weiss)の送別会のための作品を依頼されました。
ヨーゼフ・リッター・フォン・ザイフリートのテキストによる「別れの歌(Abschiedsgesang, WoO 102)」は、2声のテノールと1声のバスのための無伴奏の作品で、1814年5月に作曲されました。旧全集(1888年)ではじめて出版されました。

詩は田舎から都会に出ようとする友をみんなで送り出そうという内容です。

ベートーヴェンは第1連に別れのせつなさを反映したようなメロディーを付け、第2連では対照的に軽快で明るい曲調で友人同士の冗談を表現し、第3連で後ろ髪を引かれるように締めくくります。

旧全集の記載によると、ベートーヴェンは「ベートーヴェンにこれ以上侮辱されないために(Von Beethoven, um nicht weiter tuschirt zu werden)」と追記しているそうです。ベートーヴェンにいじめられないように遠くに引っ越すのだねとこの友人へ冗談を言っているわけですね。さらに講談社の『ベートーヴェン全集第8巻』の藤本一子氏の解説を読んではっとしたのですが、"tuschirt(「侮辱する」という意味の"tuschieren"の過去分詞)"という単語は作曲の依頼主のトゥッシャー(Tuscher)の名前にかけているわけです。こういう悪戯っぽいというか茶目っ気のある感じを知るとベートーヴェンがもっと身近な存在になりますね。ただ曲を聞くと、この言葉は別れの辛さを誤魔化そうとあえて言っているようにも感じられます。

C (4/4拍子) - 6/8拍子 - C (4/4拍子)
変ロ長調(B-dur) - ト長調(G-dur) - 変ロ長調(B-dur)
Andante ma non troppo - Lebhaft (doch nicht zu sehr) - Tempo I

●カントゥス・ノヴス・ヴィーン, トマス・ホームズ(C)
Cantus Novus Wien, Thomas Holmes(C)

2019年録音。無伴奏男声合唱によってこのテキストの状況が目に浮かぶようです。寂しいけれど友人同士ならではの軽口もたたきながら送り出す感じがして、聞きながら感情移入してしまいました。

●ヨアヒム・フォークト(T), ギュンター・バイアー(T), ズィークフリート・ハウスマン(BS), ディートリヒ・クノーテ(C)
Joachim Vogt(T), Günther Beyer(T), Siegfried Hausmann(BS), Dietrich Knothe(C)

こちらは重唱による録音で、各声部1人ずつの3人で1人の友人を送り出すのはよりリアリティがある気がします。中間部が元気(空元気かもしれませんが)な分、両端の穏やかな部分がより切なく感じられます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

The Complete Beethoven: DAY 268

《別れの歌》——転勤する聖職者を朗らかに送り出す三重唱曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第8巻』:1999年10月11日第1刷 講談社(「別れの歌 WoO 102」の解説:藤本一子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(「別れの歌 WoO 102」の解説:小林宗生)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Seyfried, Joseph Ritter (Wikisource)

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ベートーヴェン「聞け、そよ風のささやきを(生きる喜び) (Odi l'aura che dolce sospira (Lebens-Genuss), Op. 82/5)」(『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』より)

Odi l'aura che dolce sospira (Lebens-Genuss), Op. 82/5
 聞け、そよ風のささやきを(生きる喜び)

Venere:
Odi l'aura che dolce sospira;
Mentre fugge scutendo le fronde,
Se l'intendi, ti parla d'amor.

Pallade:
Senti l'onda che rauca s'aggira;
Mentre geme radendo le sponde,
Se l'intendi, si lagna d'amor.

(a due):
Quell'affetto chi sente nel petto,
Sa per prova se nuoce, se giova,
Se diletto produce o dolor!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1809年に作曲された『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』の最終曲(第5曲目)は、メタスタージオのテキストによる「Odi l'aura che dolce sospira(聞け、そよ風のささやきを)」で、ドイツ語タイトル訳は「Lebens-Genuss(生きる喜び)」となっています。この曲だけソプラノとテノールの二重唱曲になっています。

メタスタージオの『徳と美のあいだの平和(La pace fra la virtù e la bellezza)』から採られていて、最初の3行がヴィーナス、次の3行がパラス、最後の3行は2人で語る設定になっています。ベートーヴェンは第1連をソプラノ独唱、第2連をテノール独唱、そして第3連をソプラノとテノールの二重唱として作曲しています。

『ベートーヴェン事典(1999年初版 東京書籍)』の藤本一子氏による歌詞大意は次の通りです。
歌詞大意:「きいて,梢のざわめきを。それは愛の告白。きいて,波うち寄せる音を。それは愛の嘆き。二重唱:恋する者にはそれが嘆きなのか喜びなのかが分かるのです。」

そよ風が葉擦れの甘い溜息をつくのは愛を語っていて、波が岸辺に打ち寄せるのは愛を嘆いている、体験した人には分かるのだというなんともロマンティックな詩ですが、ベートーヴェンは第1,2連の最初の2行でそよ風や波をピアノパートの簡潔な描写で見事に表しています。第1,2連の3行目では雰囲気が変わり、テキストを繰り返しながら重みのある雰囲気で語るように歌われます。最終連でソプラノとテノールの甘美な二重唱になるのですが、テノールのパートの最後の方("se diletto"の"let-")に高い嬰ト音(gis)が出てきます。テノール歌手が歌う場合はもちろん問題ないのですが、バリトン歌手が歌う場合はこの箇所のみソプラノ声部と入れ替えて歌うことが多いようです。

Lebensgenuss

3/8拍子
ホ長調(E-dur)
Andante vivace

●アデーレ・シュトルテ(S), ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュトルテの清楚な美声とシュライアーの真摯な歌が合わさり、涼しい風に吹かれているような爽快さを感じました。

●アン・マリー(MS), ロデリック・ウィリアムズ(BR), イアン・バーンサイド(P)
Ann Murray(MS), Roderick Williams(BR), Iain Burnside(P)

英国の知的なコンビによる素敵なアンサンブルでした。ベートーヴェンによってテノールと指定されたパートをウィリアムズが歌っている為、最後の方の"se diletto"で高い嬰ト音(gis)が出てくる一箇所のみマリーとウィリアムズの声部を入れ替えて歌っています。

●パメラ・コバーン(S), ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

マリー&ウィリアムズの場合と同様、"se diletto"の箇所のみ両者の声部を入れ替えて歌っています。コバーンとプライのコンビはアットホームな温もりがあっていいですね。

●ズィモーナ・アイズィンガー(S), ライナー・トロースト(T), マンフレート・シーベル(P)
Simona Eisinger(S), Rainer Trost(T), Manfred Schiebel(P)

出版社によってイタリア語の歌詞の下に併記されたドイツ語歌詞による歌唱です。美声歌手二人の生き生きとした表現が味わえます。シーベルのピアノも美しいです。

●ダニア・エル・ゼイン(S), ヴァンサン・リエーヴル=ピカール(T), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Dania El Zein(S), Vincent Lièvre-Picard(T), Jean-Pierre Armengaud(P)

こちらもドイツ語歌詞による歌唱です。同じ旋律でもドイツ語で聞くとまた雰囲気がよりかっちりするのが面白いです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

4つのアリエッタとひとつの二重唱——作曲動機不明のイタリア歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Vier Arietten und ein Duett, Op. 82」の解説:高橋浩子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

Liber Liber: Metastasio: La pace fra la virtù e la bellezza

PIETRO METASTASIO: ARIE

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ベートーヴェン「いらだつ恋人(恋の焦燥) (L'amante impaziente. Arietta assai seriosa, Op. 82/4)」(『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』より)

L'amante impaziente (Liebes‑Ungeduld), Op. 82/4
 いらだつ恋人(恋の焦燥)

Che fa il mio bene?
Perchè non viene?
Vedermi vuole
languir così!
Oh come è lento
nel corso il sole!
Ogni momento
mi sembra un dì!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1809年に作曲された『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』の第4曲目は、第3曲目のメタスタージオの「L'amante impaziente(いらだつ恋人)」と同じテキストで、こちらは「Arietta assai seriosa(アリエッタ・アッサイ・セリオーサ)」という副題が付けられています。ドイツ語タイトル訳は「Liebes‑Ungeduld(恋の焦燥)」となっています(第3曲目の副題だった「静かな問いかけ」はむしろ第4曲の方がふさわしい気が・・・)。

第3曲と同じくこの第4曲もテキストの繰り返しと"sì"の追加がありましたので、それらを[ ]内で追記してテキストを表記してみます。

Che fa il mio bene?
Perchè[, perchè] non viene?
vedermi vuole
languir così[, così, così]!
Oh come è lento
nel corso il sole!
Ogni momento
mi sembra un dì[, mi sembra un dì, , un dì]!
 [Che fa, che fa il mio bene?]
 [Perchè, perchè non viene?]
 [vedermi vuole]
 [languir così, così!]
 [Oh come è lento]
 [nel corso il sole!]
 [ogni momento]
 [mi sembra un dì,]
 [ogni momento]
 [mi sembra un dì, , un dì, un dì!]
 [Che fa, che fa, che fa il mio bene?]
 [Perchè, perchè non viene?]
 [vedermi vuole]
 [languir,]
 [vedermi vuole]
 [languir!]
 [vedermi vuole]
 [languir così,]
 [languir così, così, , così!]

(試訳)

私のいとしい人は何をしているのだ?
どうして来ないのか?
あの人は見たいのだ、
私がこれほど憔悴するのを!
おおなんと遅いんだ、
太陽が進むのは!
一瞬が
一日に思えるほどだ。

テキスト前半の4行は6/8拍子でAndante、テキスト後半4行は2/4拍子でAllegroで演奏され、テキストが交互に繰り返される為、緩急の変化に富んだ作品になっています。
同じテキストによる前曲(第3曲)は常に速いテンポで一貫して焦燥感を打ち出したコミカルな作品だったのに対して、この第4曲は恋人がなぜ来ないという前半のテキストをあえてゆっくりのテンポにしたことで絶望感を表現し、後半の「瞬間が一日の長さに思える」というテキストの焦燥感と対比させて感情の幅の広さが感じられます。

・6/8. Andante con espressione
New1

・2/4. Allegro
New2

・6/8. Andante
New3

・2/4. Allegro
New4

・6/8. Andante
New5revised

6/8 - 2/4 - 6/8 - 2/4 - 6/8拍子
変ロ長調(B-dur)
Andante con espressione - Allegro - Andante - Allegro - Andante

●チェチーリア・バルトリ(MS), アンドラーシュ・シフ(P)
Cecilia Bartoli(MS), András Schiff(P)

バルトリは内面的な表現がまた素晴らしいです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

ディースカウは緩急のメリハリが相変わらず見事です。

●アン・マリー(MS), イアン・バーンサイド(P)
Ann Murray(MS), Iain Burnside(P)

テキストの悲痛な感情表現を声にのせて歌っているマリーの歌唱が素晴らしかったです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーは緩急の差を付け過ぎずに、焦燥感よりは悲痛な表情を前面に出しているように感じました。

●パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

コバーンは丁寧でしっとりとした感情表現を聞かせてくれています。

●レナート・ブルゾン(BR), マーカス・クリード(P)
Renato Bruson(BR), Marcus Creed(P)

ブルゾンの堂々たる歌唱は、相手に翻弄されるというよりも、むしろ余裕で受け止めているような印象を受けました。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

4つのアリエッタとひとつの二重唱——作曲動機不明のイタリア歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Vier Arietten und ein Duett, Op. 82」の解説:高橋浩子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

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RISM(国際音楽資料目録)

Adriano in Siria, Dramma per musica (Pietro Metastasio)

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ベートーヴェン「いらだつ恋人(静かな問いかけ) (L'amante impaziente. Arietta buffa, Op. 82/3)」(『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』より)

L'amante impaziente (Stille Frage), Op. 82/3
 いらだつ恋人(静かな問いかけ)

Che fa il mio bene?
Perchè non viene?
Vedermi vuole
languir così!
Oh come è lento
nel corso il sole!
Ogni momento
mi sembra un dì!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1809年に作曲された『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』の第3曲目はメタスタージオのテキストによる「L'amante impaziente(いらだつ恋人)」で、「Arietta buffa(アリエッタ・ブッファ)」という副題が付けられています。ドイツ語タイトル訳(おそらく出版社による訳)は「Stille Frage(静かな問いかけ)」となっています(この快活な曲になぜ「stille(静かな)」というドイツ語訳が付けられたのかは謎です)。

歌詞は、メタスタージオの"Adriano in Siria"の中のEmirenaの台詞を元に若干ベートーヴェンによる変更も加えられています(5行目が原詩では"Oggi è pur lento")。ご多分に漏れず、この曲でもテキストの繰り返しが多く、さらにベートーヴェンの追加の"sì"もありましたので、それらを[ ]内で追記して歌詞を表記してみます。

Che fa[, che fa] il mio bene?
Perchè[, perchè] non viene?
Vedermi vuole
languir così[, così, così]!
Oh come è lento
nel corso il sole!
Ogni momento
mi sembra un dì,
 [Ogni momento]
 [mi sembra un dì,]
 [sì, sì, mi sembra un dì!]
 [mi sembra un dì!]
 [Ah!]
 [che fa, che fa il mio bene?]
 [Perchè, perchè non viene?]
 [Vedermi vuole]
 [languir così, così, così!]
 [Vedermi vuole]
 [languir così, così, così!]
 [Perchè, perchè non vien il mio ben,]
 [languir, languir vedermi vuole così!]
 [Perchè, ah! perchè non vien il mio ben,]
 [languir, languir vedermi vuole,]
 [languir così, così,]
 [sì, vedermi]
 [languir così, così, così!]

(試訳)

私のいとしい人は何をしているのだ?
どうして来ないのか?
あの人は見たいのだ、
私がこれほど憔悴するのを!
おおなんと遅いんだ、
太陽が進むのは!
一瞬が
一日に思えるほどだ。

5~6行目(Oh come è lento / nel corso il sole!)だけ一切繰り返していませんね。
"così(これほど、このように)"という単語を頻繁に繰り返し、主人公が「このように」憔悴している様を相手が見たがっているんだという箇所にベートーヴェンは重点を置いているようです。

前奏に細かい十六分音符の音型が出て、主人公の焦る気持ちを最初から印象付けます。歌が始まるとピアノがいったん収まり、歌が終わるとまたピアノが細かい音型を繰り返します。その後はピアノはタッタタッタと休符をはさみながら心臓の鼓動のようなリズムになり、5行目から今度はタタタタタタと休符が消えてさらに鼓動が速まります。
いったんテキストの最後までたどりつくと、ピアノの両手がユニゾンで長い音価をつなぎます。再び冒頭の音型が戻り、テキストも最初に戻って繰り返します。1行目と2行目の歌は冒頭より高く上っていき、より気持ちが高揚していることを印象付けます。続いて左手はタッタタッタのリズムが回帰しますが、右手は細かいリズムを加えて変化を見せます。
終わりの方の"vedermi"は"ve-der-mi"と音節ごとに八分休符を入れて歌われ、焦って声が上ずっている感じを表現しているかのようです。
締めに"così"を3回繰り返すのですが、最初の2回は「ソ-ド」で主音で終わるのですが、一番最後だけ「ソ-ミ」で終わり、気持ちが解消されていないことを示しているかのようです。

6/8拍子
変ホ長調(Es-dur)
Allegro

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウはこのタイプの曲が本当に巧いです。"Perchè"の後にベートーヴェンによって追加された"ah!"の表情など焦燥感が手に取るように伝わってきます。

●チェチーリア・バルトリ(MS), アンドラーシュ・シフ(P)
Cecilia Bartoli(MS), András Schiff(P)

バルトリの変幻自在な表現とシフの鋭いタッチが素晴らしいです!

●ロデリック・ウィリアムズ(BR), アン・マリー(MS), イアン・バーンサイド(P)
Roderick Williams(BR), Ann Murray(MS), Iain Burnside(P)

ウィリアムズは知的な表現がなんとも爽快です。バーンサイドの雄弁なピアノも魅力的です。

●アンナ・ボニタティブス(MS), アデーレ・ダロンゾ(P)
Anna Bonitatibus(MS), Adele D'Aronzo(P)

ボニタティブスは非常に表情豊かに歌っていて個人的にとても気に入りました。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライの歌唱は大人の対応という印象で、彼女が来ないことで苛立ったりはせず、慣れっこになっているような余裕が感じられました。

●アンドレア・ボチェッリ(T), ユージン・コーン(P)
Andrea Bocelli(T), Eugene Kohn(P)

ボチェッリの歌唱は焦燥感を前面に押し出していて、聞いていて楽しくなります。

●レナート・ブルゾン(BR), マーカス・クリード(P)
Renato Bruson(BR), Marcus Creed(P)

ブルゾンの歌唱は焦燥感よりも恋人が来ないことに落ち込んでいるような感じが出ていました。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

ここでのシュライアーは強弱を明瞭に表現してメリハリのきいた歌唱でした。

●ピアノパートのみ(おそらくチャンネル名のSalvatore Gaglio氏による演奏と思われます)
BEETHOVEN " L'amante impaziente " Op. 82 n. 3 Lieder piano accompaniment with score baritone soprano

チャンネル名:salvatore gaglio pianist(リンクをクリックすると音が鳴りますのでご注意ください)
楽譜付きなので、ピアノに合わせて歌ってみてください。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

4つのアリエッタとひとつの二重唱——作曲動機不明のイタリア歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Vier Arietten und ein Duett, Op. 82」の解説:高橋浩子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

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RISM(国際音楽資料目録)

Adriano in Siria, Dramma per musica (Pietro Metastasio)

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ベートーヴェン「お前のことはよくわかる(愛の嘆き) (T'intendo, sì, mio cor (Liebes-Klage), Op. 82/2)」(『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』より)

T'intendo, sì, mio cor (Liebes-Klage), Op. 82/2
 お前のことはよくわかる (愛の嘆き)

T'intendo, sì, mio cor,
Con tanto palpitar!
So che ti vuoi lagnar,
Che amante sei.
Ah! taci il tuo dolor,
Soffri il tuo martir.
Tacilo, e non tradir
L'affetti miei!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:Pietro Antonio Domenico Bonaventura Trapassi (1698-1782), as Pietro Metastasio
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1809年に作曲された『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』の第2曲目はメタスタージオのテキストによる「T'intendo, sì, mio cor(お前のことはよくわかる)」で、ドイツ語タイトル訳は「Liebes-Klage(愛の嘆き)」となっています。

メタスタージオのテキストは「内気な恋(Amor timido)」の第2連から採られています。詩は、どきどき高鳴る自分の心臓に向けて、恋をしていることをばらすなよと必死で平静を保とうとする主人公のけなげな姿を描いています。

(試訳)

私はおまえのことを分かっている、そう、
とてもどきどきしている心臓よ!
私はおまえが嘆きたがっていること、
恋をしていることを知っている。
ああ!苦しみを内に秘めよ。
苦痛に耐えるのだ。
静かにしなさい、そして漏らすな、
私の気持ちを。

ベートーヴェンの曲はテキストの最後まで歌われた後、冒頭に戻り、3~4行目を除いて最終行まで繰り返されます(テキストが繰り返される時の音楽は必ずしも最初と同じではありません)。

いつものようにベートーヴェンのテキストの繰り返しをすべて書き出してみます([ ]内が繰り返し)。

T'intendo, sì, mio cor,
con tanto palpitar!
So che ti vuoi lagnar,
che amante sei,
 [che amante sei.]
Ah! taci il tuo dolor,
[ah!] soffri il tuo martir.
Tacilo, [tacilo] e non tradir
l'affetti miei[, l'affetti miei]!
 [T'intendo, sì, mio cor,]
 [con tanto palpitar,]
 [ah! taci il tuo dolor,]
 [ah! soffri il tuo martir.]
 [Tacilo, tacilo e non tradir]
 [l'affetti miei, l'affetti miei,]
 [tacilo, tacilo!]

ベートーヴェンの音楽は、ピアノの前奏で心臓の鼓動を模しているような音型が現れ、これが曲全体を通して頻繁に現れます。この鼓動は2つの音の後に休符が入ることによってドクドクではなく、ドクッドクッという感じに聞こえます。私には恋のはじまりのような初々しさが表現されているように思うのですがいかがでしょう。
01

歌声は基本的に長調の穏やかな雰囲気のまま進みますが、"amante(恋をしている人)"という単語に装飾音や細かいメリスマを付けて強調しているのは意図的なものでしょう。
02
03

鼓動に対して「静まれ(tacilo)」と言う箇所で突然タッタタンというリズムが現れ、鼓動を遮ろうとしているようですが、結局鼓動のリズムはすぐに現れ、最後まで消えることはありません。
04

曲の最後には「静まれ(tacilo)」という言葉にもはや決然としたリズムは現れず、鼓動のリズムにその言葉はかき消されてしまったかのようです。ベートーヴェンにとってはこの詩の主人公の鼓動は恋の続く限り打ち続けるということなのでしょう。
05

2/4拍子
ニ長調(D-dur)
Adagio ma non troppo

●チェチーリア・バルトリ(MS), アンドラーシュ・シフ(P)
Cecilia Bartoli(MS), András Schiff(P)

ニュアンスに富んだバルトリの歌声は最高でした。もし彼女がドイツリートにも進出してくれたらどんなに良かったことでしょう。シフも細やかなタッチで良かったです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーの情熱的な歌いぶりがこの曲に似つかわしく感じられました。

●アン・ソフィー・フォン・オッター(MS), メルヴィン・タン(Fortepiano)
Anne Sofie von Otter(MS), Melvyn Tan(Fortepiano)

恋するがゆえの制御しがたい鼓動に対してそっと落ち着かせようと試みる繊細なオッターの語り掛けが素晴らしいです!

●ジョイス・ディドナート(MS), デイヴィッド・ゾーベル(P)
Joyce DiDonato(MS), David Zobel(P)

2010.1.18, Madrid録音。ディドナートの歌は声質ゆえかケルビーノのような思春期の青年の趣を感じました。

●パメラ・コバーン(S), レナード・ホカンソン(P)
Pamela Coburn(S), Leonard Hokanson(P)

コバーンは芯のある声で丁寧にメロディーラインを聞かせてくれます。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

デームスが右手の鼓動の音型をペダルで柔らかく表現していたのが他のピアニストたちと異なっていて印象的でした。F=ディースカウはダイナミクスの幅広さで主人公の心情を見事に表現していたと思います。

●ルネ・ヤーコプス(Countertenor), ジョス・ファン・インメルセール(Pianoforte)
René Jacobs(Countertenor), Jos van Immerseel(Pianoforte)

ヤーコプスは自らの恋の鼓動をむしろ楽しんでいるかのような余裕が感じられる歌いぶりでした。

●ヴィンチツォ・リギーニ(Vincenzo Righini: 1756-1812)作曲による「お前のことはよくわかる」
“T'intendo, si, mio cor” by Vincenzo Righini
パトリス・マイクルズ・ベディ(S), デイヴィッド・シュレイダー(Fortepiano)
Patrice Michaels Bedi(S), David Schrader(Fortepiano)

ボローニャ出身の作曲家で歌手でもあったリギーニはベートーヴェンより14歳年長ということになります。流麗なピアノの分散和音にのって開放的なメロディーラインが心地よく響きます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

4つのアリエッタとひとつの二重唱——作曲動機不明のイタリア歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Vier Arietten und ein Duett, Op. 82」の解説:高橋浩子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

PIETRO METASTASIO: Amor timido

ヴィンチェンツォ・リギーニ(Wikipedia)

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ベートーヴェン「言っておくれ、愛しい人 (希望) (Dimmi, ben mio, che m'ami (Hoffnung), Op. 82/1)」(『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』より)

Dimmi, ben mio (Hoffnung), Op. 82, No. 1
 言っておくれ、愛しい人 (希望)

Dimmi, ben mio, che m'ami,
Dimmi che mia tu sei.
E non invidio ai Dei
La lor' divinità!
Con un tuo sguardo solo,
Cara, con un sorriso
Tu m'apri il paradiso
Di mia felicità!

(対訳:「詩と音楽」藤井宏行氏)

詩:anonymous
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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1809年に作曲された『4つのアリエッタと1つの二重唱曲(Vier Arietten und ein Duett, Op. 82)』は、1811年にロンドンのクレメンティ社(Clementi)とライプツィヒのブライトコプフ&ヘルテル社(Breitkopf und Härtel)から出版されました。5曲ともイタリア語の歌曲集ですが、ブライトコプフ&ヘルテル版は初版からドイツ語歌詞も併記されていて、どちらの言語でも歌えるようになっています(クレメンティ版は未確認です)。ただし、両言語の音節の違いが楽譜のぼう(符幹)の上下で区別されている為(ぼうが上に付いている方がイタリア語)、若干分かりにくい感は否めません。

第1曲のタイトルは「Hoffnung(希望)」とドイツ語で記載されていて、作者不詳のテキストの内容はおおよそ次のようなものです。

私を愛していると言って、愛しい人、あなたは私のものと言ってください、私は神々の神性などうらやましくないのです。
あなたの一瞥だけで、愛しい人、あなたの微笑みだけで、あなたは至福の楽園を私に見せてくれるのです。

ここでも、ベートーヴェンのテキストの繰り返しをすべて書き出してみます([ ]内が繰り返し)。

Dimmi, ben mio, che m'ami,
dimmi che mia tu sei,
e non invidio ai Dei
la lor' divinità!
Con un tuo sguardo solo,
cara, con un sorriso
tu m'apri il paradiso
di mia felicità!
 [di mia felicità!]
 [, di mia felicità!]
 [Dimmi, dimmi, dimmi che m'ami,]
 [dimmi, ben mio, che m'ami,]
 [dimmi che mia tu sei;]
 [con un tuo sguardo solo,]
 [cara, cara, con un sorriso]
 [tu m'apri il paradiso]
 [di mia felicità!]
 [Con un tuo sguardo solo,]
 [cara, cara, con un sorriso]
 [tu m'apri il paradiso]
 [di mia felicità!]
 [, di mia felicità!]

赤字の"sì"はオリジナルにないベートーヴェンの追加ですが、これは英語でいうところの"yes"、つまりドイツ語の"ja"です。"ja"の追加がベートーヴェンのドイツ語歌曲にどれほど多くあったかを私たちはこれまでの記事で見てきましたが、イタリア語においても同じ意味の"sì"を追加していたというのは面白いなと思いました。同時代の他の作曲家の単語の追加の傾向を調べるのも一つの研究テーマとして成立する気がします。

この曲では、一通りすべての歌詞をそのまま歌った後に最後の行を繰り返して、冒頭から順に繰り返していくという形をとっています。
ただ、第3~4行目(私は神々の神性などうらやましくない)のみ全く繰り返されていないので、ベートーヴェンは機械的に全部繰り返すわけではなく、繰り返すテキストを吟味していることが分かります。
楽譜を見ると、ベートーヴェンがこの短いテキストからいかに細やかに内容を描き出そうとしたかが伝わってきます。"Con un tuo sguardo solo, / cara, con un sorriso(あなたの一瞥だけで、愛しい人、あなたの微笑みだけで)"でritardandoしながらピアノはアルペッジョのみになって恋人の一瞥や微笑みに主人公が恍惚となり動きが止まるさまを表す点、"paradiso(天国)"で突然細かい分散和音になり天国の雰囲気を表現している点、繰り返し箇所の"m'ami(私を愛している)"の長いメリスマなど、テキストの描写が徹底しているように感じます。これらが停滞することなく短い作品の中に詰め込まれている点が素晴らしいなと思います。

・譜例(長いメリスマ箇所)

20221015_1 

C (4/4拍子)
イ長調(A-dur)
Allegretto moderato

●チェチーリア・バルトリ(MS), アンドラーシュ・シフ(P)
Cecilia Bartoli(MS), András Schiff(P)

愛らしく魅力的なバリトリの語り口は素敵ですね。

●ジョイス・ディドナート(MS), デイヴィッド・ゾーベル(P)
Joyce DiDonato(MS), David Zobel(P)

ディドナートの明晰な言葉の扱いと表現力はオペラで培った部分も大きいのかもしれませんね。

●ジャン・ジロドー(T), ジャック=デュポン(P)
Jean Giraudeau(T), Jacque-Dupont(P)

ジロドーの軽やかな歌声がなんとも爽快です。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

ディースカウは全体の設計がとてもうまく感じられました。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

プライはここで若かりし頃の恋の情熱を表現しようとしたかのように切迫感をもって表現していたように感じました。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーの抑えた歌いぶりは、恋の喜びに浮かれている様子は皆無で、心ここにあらずな状態を表現しているのでしょうか。

●第1稿
Early version of Op. 82, No. 1. Hess 140 (c. 1809?)
ライナー・トロースト(T), ベルナデッテ・バルトス(P)
Rainer Trost(T), Bernadette Bartos(P)

2018.12.6, Wien録音。楽譜を見ていないのではっきりとは分かりませんが、聞いた限りでは終わりの方の繰り返し箇所が第2稿よりも長くなっていて、歌声部の違いがありました。トローストの凛々しい歌声は熱烈な恋文を聞いているかのようでした。

●第2稿(パリ自筆譜版)
Paris autograph version of Op. 82, No. 1. Hess 140 (1811)
ライナー・トロースト(T), ベルナデッテ・バルトス(P)
Rainer Trost(T), Bernadette Bartos(P)

2018.12.6, Wien録音。ほぼ第2稿(Op. 82, No. 1)と一緒で、後半少しだけ異なる箇所があるようです(音符と単語の割り当てが若干ずれている箇所もありました)。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

4つのアリエッタとひとつの二重唱——作曲動機不明のイタリア歌曲(平野昭)

『ベートーヴェン全集 第6巻』:1999年3月20日第1刷 講談社(「Vier Arietten und ein Duett, Op. 82」の解説:高橋浩子)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

RISM(国際音楽資料目録)

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