ベートーヴェン「嘆き(Klage)」 WoO. 113

Klage, WoO. 113
 嘆き

Dein Silber schien
Durch Eichengrün,
Das Kühlung gab,
Auf mich herab,
O Mond, und lachte Ruh
Mir frohen Knaben zu.
 おまえの銀色が
 樫の緑色の間から
 涼しさを与え
 私の上に輝き注ぐ。
 おお、月よ、憩いが
 陽気な子供の私に笑いかけた。

Wenn jetzt dein Licht
Durchs Fenster bricht,
Lachts keine Ruh
Mir Jüngling zu,
Siehts meine Wange blaß,
Mein Auge thränennaß.
 今おまえの光が
 窓から差し込むと
 憩いが
 若い私に笑いかけることはない、
 私の頬は青白く見え、
 私の目は涙に濡れる。

Bald, lieber Freund,
Ach, bald bescheint
Dein Silberschein
Den Leichenstein,
Der meine Asche birgt,
Des Jünglings Asche birgt!
 間もなく、いとしい友よ、
 ああ、間もなく
 おまえの銀色の輝きが
 墓石を照らす。
 その墓石は私の灰を納める、
 若い私の灰を納めるのだ!

詩:Ludwig Heinrich Christoph Hölty (1748-1776)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ヘルティの「嘆き」という詩にベートーヴェンは1790年前半頃(当時20歳)に作曲しました。
ヘルティの詩はもともと「月に寄せて(An den Mond)」という題でしたが、フォス(Johann Heinrich Voß)が改訂版を出版した際に「嘆き」という題に変更されたそうです。

通作形式
前奏4小節
ホ長調→ホ短調
2/4拍子→2/2拍子
全41小節

Langsam und sanft (ゆっくりと穏やかに) (1小節) - Sehr langsam und traurig (非常にゆっくりと悲しげに) (16小節:第2節)

ピアノパートの指示
1小節
Durchaus müssen die Töne geschliffen und so sehr als möglich aushalten und zusammengebunden werden. (一貫して音は磨きぬかれていて、出来るだけ音を保持し、連なっていなければならない。)

14小節
Hier wird die Bewegung nach und nach langsamer. (ここで動きは徐々にゆっくりになる)

歌声部最高音:2点イ音
歌声部最低音:1点嬰ニ音

同じ詩にシューベルトも作曲していますが、そちらも非常に魅力的な小品です(D436)。

●マティアス・ゲルネ(BR) & ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR) & Jan Lisiecki(P)

深々とした声で哀しさと癒しの両方を感じるゲルネの表情豊かさが素晴らしかったです。

●ジョン・マーク・エインスリー(T) & イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T) & Iain Burnside(P)

爽やかな美声のエインスリーの真摯な歌いぶりに胸打たれます。バーンサイドの滴るような美しい音も聞きものです。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

含蓄のあるかみしめるようなプライの歌が胸に響きます。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

シュライアーは悲痛な表現も素晴らしいですね。

●【参考】シューベルトが同じテキストに作曲した「嘆き」D436
Franz Schubert (1797 - 1828), "Klage", D 436 (1816)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

これはまたシューベルトらしい美しい音楽ですね。有節形式と思わせておいて第3節で異なる音楽をつけているのはシューベルトのテキストの読みなのでしょう。

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ベートーヴェン最初期の歌曲「乳児に寄せて(An einen Säugling, WoO 108)」

An einen Säugling, WoO 108
 乳児に寄せて

Noch weißt du nicht wes Kind du bist,
Wer dir die Windeln schenket,
Wer um dich wacht, und wer sie ist,
Die dich erwärmt und tränket.
 まだ分からないでしょうね、あなたが誰の子なのか、
 誰があなたにおしめを付けてくれるのか、
 誰があなたを見守っているのか、その人は誰なのか、
 あなたを温めたりミルクを飲ませてくれる人は。

Geneuß indes mit frommem Sinn,
Geneuß! Nach wenig Jahren
Wird sich in deiner Pflegerin
Die Mutter offenbaren.
 その間優しい心で楽しみなさい!
 楽しむのです!ほんの数年も経てば
 あなたをお守りしていたのは
 お母さんだったと分かるでしょう。

So hegt und pflegt uns alle hier,
Auf gleich verborgne Weise,
Ein Geber, Dank sei ihm dafür!
Mit Gütern, Trank und Speise.
 このようにここにいる私たちみんなを面倒見て、世話してくれます、
 等しく人知れぬやりかたで、
 施してくださる方に感謝を!
 その方は財産、飲み物、食べ物を下さるのです。

Zwar faßt ihn nicht mein dunkler Sinn,
Allein nach wenig Jahren,
Wird wenn ich fromm und gläubig bin,
Er mir sich offenbaren.
 確かに私の暗い心ではこの方のことが分かりませんが、
 ほんの数年の後に
 私が敬虔で信心深ければ
 この方のことが私に分かるでしょう。

詩:Johann von Döring, Drost zu Wolfenbüttel (1741-1818)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ヨーハン・フォン・デーリングという代官でもあった人のテキストによる4節の有節歌曲です。この曲も1783/84年、ベートーヴェン13-14歳の作品で、楽譜は歌声部が分かれておらず、ピアノ右手パートの高声部を歌うようになっています。 つまり、ピアノ右手の低声部も別の人が歌えば重唱や合唱も可能ということですね。
詩は全4節からなり、前半2節はある乳飲み子への母親の問いかけですが、後半2節は"ein Geber(供給者)"という男性が登場し、主人公が数年後に敬虔で信心深ければこの供給者が誰なのか分かるでしょうとあり、おそらく救世主のことを言っているのではないかと思います。

前奏9小節、後奏4小節
イ長調
3/4拍子
29小節(テキスト1節分)
Arioso
最高音:2点イ音
最低音:イ音

●アデーレ・シュトルテ(S) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S) & Walter Olbertz(P)

第1-2節。シュトルテは訓練されたしっかりした声で美しいフレーズを聞かせてくれます。ピアノ右手高声部のトリル箇所はトリルを付けずに歌っています。

●カレン・ヴィエルツバ(S), ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Karen Wierzba(S), Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)

第1-4節。ピアノの右手を二重唱で歌っています。二人のハーモニーがとても美しいです。

●ハイディ・ブルナー(MS) & クリスティン・オーカーランド(P)
Heidi Brunner(MS) & Kristin Okerlund(P)

第1-4節。すべての節でピアノ前奏を律儀に繰り返しています。

●ベルリン・ハインリヒ・シュッツ・クライス & レナード・ホカンソン(P)
Heinrich Schütz Kreis, Berlin & Leonard Hokanson(P)

第1-4節。女声合唱による演奏で、とても澄んだ響きに心洗われます。ピアノ右手のトリル箇所はトリルを付けずに歌っています。ホカンソンの味のあるピアノもとてもいいです。

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ベートーヴェン最初期の歌曲「ある乙女の描写(Schilderung eines Mädchens, WoO 107)」

Schilderung eines Mädchens, WoO 107
 ある乙女の描写

Schildern, willst du, Freund! soll ich
   Dir Elisen?
Möchte Uzens Geist in mich
   Sich ergiessen!
 友よ、君は私に
 エリーゼを描写してほしいというのか。
 ウーツの精神が私の中に
 流れ込んでほしいものだ。

Wie in einer Winternacht
   Sterne stralen,
Würde ihrer Augen Pracht
   Oeser malen.
 冬の夜に
 星々が輝くように
 彼女の目の輝きを
 エーザーが描いてくれたらいいのに。

Finden wirst du voll und rund
   Ihre Wangen,
Und den Purpur auf dem Mund
   Herrlich prangen.
 きみは気付くだろう、
 彼女の頬がふっくらと丸いことに。
 そして口もとが深紅に
 見事に輝いていることに。

Und den stolzen Thron der Lust,
   Sich zur Ehre,
Bildete nach ihrer Brust
   Selbst Cythere.
 そして誇り高き欲望の王座を。
 名誉なことに
 彼女の胸を模して出来たのだ、
 キティラ島でさえ。

Wie sich, wenn ein Zephyr weht,
   Wölkchen heben,
Scheint das Mädchen, wenn sie geht,
   Nur zu schweben.
 西風が吹くと
 雲が沸き上がるように、
 あの娘(こ)が歩くと
 ただ空中を進んでいるように見える。

Sahst du je der Grazien
   Jüngste hüpfen:
O so hast du sie gesehn
   Tanzend schlüpfen.
 君がかつてグラティアの
 末っ子がとび跳ねるのを見たのなら
 おお、君は彼女が
 踊りながらするりと進むのを見たのだ。

Welchen Reiz dem Körper noch,
   Sag es, fehle?
Zehnmal findst du schöner doch
   Ihre Seele.
 その身体にさらに
 どんな魅力が欠けているというのか?
 十倍も美しいことが君には分かるだろう、
 彼女の魂は。

Wenn sie weit auf Gottes Flur
   Umher blicket,
Wie wird sie durch dich, Natur!
   Ganz entzücket!
 彼女がはるか神の野で
 あたりを見回すとき
 どれほど彼女が、自然よ、君に
 見とれていることだろう!

Fern ist sie von niederm Schmäh'n,
   Fern von Neide.
Glücklich alle Welt zu sehn
   Wär' ihr Freude.
 彼女は低俗な誹謗から距離をとり
 嫉妬からも離れている。
 世界中の幸せを見ることが
 彼女の喜びだろう。

Für ihr Herz, das edel denkt,
   Welche Ehre,
Wenn sie Menschenelend schenkt
   Eine Zähre!
 気高い考え方をする彼女の心にとって
 なんと名誉なことだろう、
 彼女が人の卑しさに
 一粒の涙を送るならば!

Hält sie einst von Liebe warm,
   Wie die Sonne,
Mich in ihrem weichen Arm:
   Welche Wonne!
 彼女がいつか愛してくれて
 太陽のように温かく
 彼女の柔らかい腕の中でぼくを抱いてくれたら
 どんなに嬉しいことだろう!

詩:不詳 (Unidentified Author)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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*Johann Peter Uz (1720-1796), a German poet
*Adam Friedrich Oeser (1717-1799), a German painter

前奏なし
ト長調
6/8拍子
19小節
Tempo giusto (正しいテンポで)

作者不詳のテキスト「ある乙女の描写」は11節からなります。ベートーヴェンが10歳の時に作曲した(Componirt im 11. Lebenjahre.)と出版譜に書かれています。主人公はエリーゼ(あるいはエリーザ)という女性の美しさを称え、最後には彼女に愛してもらいたいと願うという内容です。

彼は1~2節をまとめた形で作曲しましたので、他の節も2節ずつをまとめて有節形式として演奏することは可能ですが、奇数節の為、1節余ってしまいます。
Constantin Graf von Walderdorff(BSBR), Kristin Okerlund(P)の録音のように余った最終節を2回歌うという方法もありますが、あえて繰り返さないでベートーヴェンの作曲した1~2節のみを歌うことが多いようです。

出版譜ではピアノの二段楽譜で書かれていて、右手の一番上の声部が歌の旋律です。

最初の歌詞"Schildern"の1音節目を「2点ト音→2点ロ音」のメリスマで歌うようになっており、冒頭から「2点ロ音」を出さなければならない歌手は大変そうです。

強弱記号もfとff、fに向けてのcresc.のみでかなり元気よく歌うことを想定していたものと思われます。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

第1-2節。シュライアーの生き生きとした歌いぶりとオルベルツの弾むような演奏が聴く者を一気に引き込んでくれます。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Jörg Demus(P)

第1-2節。F=ディースカウのテノールのような美声が魅力的です。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Hartmut Höll(P)

第1-2節。1980年代前半の録音。デームス共演の時よりも低く移調して歌っています。ヘルの曲の終わり方が余韻を感じさせて素敵でした。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

第1-2節。シュライアーやF=ディースカウとは別の曲に思えるほど、プライはかなりゆったりしたテンポで噛みしめるように歌っています。それぞれの解釈を楽しめますね。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BSBR) & クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Kristin Okerlund(P)

第1-11節(第11節は2回繰り返す)。詩の全部の節を歌った貴重な録音です。ヴァルダードルフの巧まない自然な歌い方がこのような作品にはふさわしく感じられます。

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ベートーヴェン(Beethoven)未完の歌曲「野ばら(Heidenröslein)」の補筆完成版

ベートーヴェンがゲーテの詩による「魔王(Erkönig, WoO 131)」に作曲を試み未完に終わったスケッチの補筆完成版について以前に記事にしました。

今回は同じゲーテの詩による「野ばら((Heidenröslein, Hess 150)」です。
こちらもベートーヴェンはいくつかのスケッチのみを残して完成しませんでした。

今回は複数のスケッチの中から最も完成されている版について、"The Unheard Beethoven"というWebサイトに詳しい情報とMIDI音源がありましたのでご紹介します。

https://unheardbeethoven.org/search.php?Identifier=hess150

このスケッチはかつてAlexander Wheelock Thayerという人が所有していて、現在はParis ConservatoireにMs. 79という番号で保管されているそうです。

スケッチに使われた紙は1793~1796年に使われていたものであることが確認されているとのことなので、この時期に書かれた可能性が高いでしょう(ベートーヴェン23~26歳)。

Henry Holden Huss氏が1898年に補筆完成した版があり、それもこのサイトの上から2番目のMIDIで聞くことが出来ます(この2番目のMIDIだけ音が聞き取りにくいです)。

ただ、このサイトの筆者であるMark S. Zimmer氏はHuss氏の版に重大な問題があることを指摘しています。それは"ritornello(リトルネッロ:反復して演奏される部分)"と書かれたピアノパートが無視されていることで、今回Mark S. Zimmer氏がその部分を生かした補筆完成版をこのサイトで発表しています(1番目のmp3と4番目のMIDI音源)。

ちなみに3番目はベートーヴェンのオリジナルの形をそのまま音源化したもののようです。確かにここで使われている素材がMark S. Zimmer版のピアノパートに使われていますね。

サイトの下に歌詞も掲載されているので、見ながら聞くことをお勧めします。
歌声部はかなり音の跳躍があって歌いにくそうですが、いつかどなたかにチャレンジしてもらえたらいいなと思います。
実際に演奏しようと思われた方は、楽譜の使用料金等についてWillem氏(xickx@unheardbeethoven.org)にお問い合わせください。

"The Unheard Beethoven"

Officers:
Project Director: Mark S. Zimmer
Musical Director: Willem
Board of Directors: Mark S. Zimmer, Willem, James F. Green

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ベートーヴェン生誕250年!!!

ベートーヴェンは1770年12月17日に洗礼を受けたことが分かっています。
生後24時間以内に洗礼を受けていた可能性がある為、おそらく16日が誕生日ではないかと言われています。

ベートーヴェンにとって歌曲は重要なジャンルではありませんでした。
しかし、シューベルトやシューマン等の連作歌曲集の先駆的作品を作ったのは他ならぬベートーヴェンでした(歌曲集『はるかな恋人に寄せて』)。
彼の歌曲にもイメージ通りの荘厳な作品はありますが、むしろそれ以外の愛嬌のある作品も多いと思います。
そんな歌曲の数々を聴いてベートーヴェンの誕生日をお祝いしましょう!ここでは演奏を見ることが出来る映像を集めてみました。

●歌曲集『はるかな恋人に寄せて』Op. 98
An die Ferne Geliebte, op.98

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)

●別れ WoO. 124
La partenza, WoO. 124 "Ecco quel fiero istante!"

ヘルマン・プライ(BR) & ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)
Hermann Prey(BR) & Wolfgang Sawallisch(P)
produced by RAI in the early 1970s

●アデライーデ Op. 46
Adelaide, Op. 46

ペーター・シュライアー(T) & ノーマン・シェトラー(P)
Peter Schreier(T) & Norman Shetler(P)

●恋する男 WoO. 139
Der Liebende, WoO. 139

マティアス・ゲルネ(BR) & ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR) & Jan Lisiecki(P)

●ゲーテのファウストから(のみの歌)Op. 75-3
Aus Goethes Faust (Flohlied), Op. 75-3

イアン・ボストリッジ(T) & アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T) & Antonio Pappano(P)

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ベートーヴェン「マーモット(Marmotte, Op. 52, No. 7)」を聴く

Marmotte, Op. 52, No. 7
 マーモット

Ich komme schon durch manche Land',
Avecque la marmotte,
Und immer was zu essen fand
Avecque la marmotte,
Avecque si, avecque la,
Avecque la marmotte.
 僕はすでにいろんな国を巡って来ました、
 マーモットと一緒に。
 そしていつでも食べる物は見つけてきました、
 マーモットと一緒に。
 こちらへ一緒、あちらへ一緒、
 マーモットと一緒に。

Ich hab' gesehn gar manchen Herrn,
Avecque la marmotte,
Der hätt die Jungfern gar zu gern,
Avecque la marmotte,
Avecque si, avecque la,
Avecque la marmotte.
 僕は何人もの紳士を見てきました、
 マーモットと一緒に、
 その殿方たちは若い娘が大好きでした、
 マーモットと一緒に。
 こちらへ一緒、あちらへ一緒、
 マーモットと一緒に。

Hab' auch gesehn die Jungfer schön,
Avecque la marmotte,
Die täte nach mir Kleinem sehn,
Avecque la marmotte,
Avecque si, avecque la,
Avecque la marmotte.
 僕は美しい娘さんも見ました、
 マーモットと一緒に。
 彼女は幼い僕に視線を送ったものでした、
 マーモットと一緒に。
 こちらへ一緒、あちらへ一緒、
 マーモットと一緒に。

Nun laßt mich nicht so gehn, ihr Herrn,
Avecque la marmotte,
Die Burschen essen und trinken gern,
Avecque la marmotte,
Avecque si, avecque la,
Avecque la marmotte.
 さあ僕をこのまま行かせないでください、紳士の皆様、
 マーモットと一緒に。
 若者は食ったり飲んだりが大好きなのです、
 マーモットと一緒に。
 こちらへ一緒、あちらへ一緒、
 マーモットと一緒に。

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ベートーヴェンの有名なゲーテ歌曲"Marmotte"のことを私はつい最近まで誤解していました。
"Marmotte"という単語を見て、辞書を確認することもせずに「モルモット」のことだと早合点していたのです。
実は、この"Marmotte"というのは、実験の動物としてイメージされる小さなモルモット(テンジクネズミ)とは全く別種の「マーモット」という動物だったのです。

La Marmotte - Documentaire Animalier

Wikipediaによると、「フランスサヴォワ地方ではアルプスマーモットに芸をしこんで旅をする風習がある。ゲーテがそうした旅芸人を題材とした詩をつくり、さらにルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンがゲーテの詩に曲をつけた歌曲「マーモット(旅芸人)」がある」とのことです。詩の各節第1,3行のみドイツ語で、他の行はフランス語なのも、そういう背景を反映しているのでしょう。

 こちら

私が幼かった頃に「山ねずみロッキーチャック」というアニメが放送されていて、そのキャラクターの描かれたコップを使っていたのを覚えているのですが、その主人公がマーモットだったようです。

ベートーヴェンが作曲したのは、ゲーテの「Das Jahrmarktsfest zu Plundersweilern」という芝居の中のテキストですが、ベートーヴェンは最初の6行しか記していないようです。
第1節しか歌わない歌手が多いのはそのためと思われます。
しかし、あまりにも短い為、有節歌曲として4節歌われることもあります。

なんとも言えない哀愁の漂う小品で、動画サイトで検索してみると分かると思いますが、ピアノ独奏や他の楽器にアレンジして演奏されることが非常に多いようです。
もともとピアノパートの右手は歌のパートをなぞったものなので、歌手がいなくても演奏は可能なわけです。

ちなみに、この作品、日本でも訳詞を付けて古くから歌われていたようで、ネット上でも様々な方が記事にしていました。
中でも「Beat!-Beet!-Beethoven!」というブログの記事はとても詳細な考察があり、勉強になりました。
ぜひご覧ください。

 こちら

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ハルトムート・ヘル(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Hartmut Höll(P)

全4節歌っています。80年代の録音で、肩の力の抜けた自然なディースカウの歌声が味わえます。

ヘルマン・プライ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR) & Gerald Moore(P)

1961年録音。第1節のみの歌唱。若き日の美声でしっとりと歌っています。

ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

第1節のみの歌唱。ゆっくり目のテンポで哀愁たっぷりに歌うシュライアーも魅力的です。

マックス・ファン・エフモント(BR) & ヴィルヘルム・クルムバハ(Hammerfluegel)
Max van Egmond(BR) & Wilhelm Krumbach(Hammerfluegel)

第1節のみの歌唱。ハンマーフリューゲルの鄙びた響きが素敵な味わいを醸し出しています。オランダ人歌手のエフモントもとても良いです。

Das Jahrmarktsfest zu Plundersweilern

「マーモット」の詩が含まれたゲーテの芝居の上演紹介。すべての役を一人で演じるという2008年ケルンでの上演。

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ベートーヴェンの未完の「魔王(Erlkönig)」WoO131を聴く(ラインホルト・ベッカー補完版による)

ベートーヴェンがゲーテの詩による「魔王」を歌曲として作曲しようとしていたことは以前から知っていました。
しかし、歌声部のみの未完成のスケッチにとどまったこともあり、その音楽を実際に聴くことはないと思っていました。
ある時、たまたま動画サイトでこのベートーヴェンの「魔王」をReinhold Becker (1842-1924)という人が1897年に補完した版で演奏しているものを見つけました。

Unheard Beethoven : Erlkönig (Robert-John Edwards and Jon French)

これを聴くと、ベートーヴェンが詩の韻律に忠実に従っていることが分かり、おそらく完成していたらゲーテも満足していたのではないかと想像出来ます。
ピアノパートについては後世の人の創作なので何とも言えませんが、おそらくベートーヴェンもこのぐらいのドラマティックな要素は盛り込んだのではないかと想像します。
シューベルトの大胆さはないものの、ベートーヴェンが詩を生かしつつ、一人語りのドラマを目指そうとしていたのではないかと感じました。

ちなみに楽譜は次のページ(IMSLP)で閲覧可能です。

 こちら

「Complete Score (higher resolution)」をクリックすると、会員番号などを入力する欄が出てくるので、何も入力せずに数秒そのまま放置して下さい。
しばらくするとサイト上側に青色で「Click here to continue your download.」と出てくるので、そちらをクリックします。
するとpdfファイルがダウンロードされて閲覧できます。

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ペーター・シュライアー&ノーマン・シェトラー/ベートーヴェン歌曲ライヴ映像(バート・ウーラハ)

ドイツの名テノール、ペーター・シュライアー(1935生まれ)と、アメリカ出身のピアニスト、ノーマン・シェトラー(1931生まれ)によるベートーヴェン歌曲集のコンサート映像がアップされていましたので、ご紹介します。
収録年代は不明ですが、先日のプライ同様、バート・ウーラハの秋の音楽祭で催されたコンサートのようです。
シュライアーはベートーヴェン歌曲に非常に力を入れていて、録音も全集をはじめ、ライヴ録音も出ていましたが、映像はまた新鮮な気持ちで楽しむことが出来ると思います。
この映像でのシュライアーは彼の美質がよく分かる歌唱で、リリカルで清潔で、ディクションは明瞭、ベートーヴェンの器楽的ともいえる歌曲の旋律を魅力的に歌っています。
そして、シュライアーが自著で絶賛していたピアニスト、シェトラーは、ソロや人形劇などの活動もしていますが、シュライアーとの共演歴も長く、歌曲を知り尽くした人ならではの聴きごたえのある演奏を聞かせてくれます。
ぜひお楽しみ下さい。

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バート・ウーラハ秋の音楽祭(Herbstliche Musiktage Bad Urach)
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン歌曲集(Lieder von Ludwig van Beethoven)

From the festival hall in Bad Urach (Germany)

ペーター・シュライアー(Peter Schreier) (Tenor)
ノーマン・シェトラー(Norman Shetler) (Piano)

ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)作曲

1.アデライーデ(Adelaide, Op.46) (7:31)

2.五月の歌(Mailied, Op.52 No.4) (2:59)

3.悲しみの喜び(Wonne der Wehmut, Op.83 No.1) (3:02)

4.憧れ(Sehnsucht, Op.83 No.2) (2:10)

5.彩られたリボンで(Mit einem gemalten Band, Op.83 No.3) (2:22)

6.新しい愛 新しい生命(Neue Liebe neues Leben, Op.75 No.2) (3:58)

7.希望に寄せて(An die Hoffnung, Op.94) (7:52)

8.愛されぬ男のため息と愛の答え(Seufzer eines Ungeliebten und Gegenliebe, WoO.118) (7:02)

9.遠方からの歌(Lied aus der Ferne, WoO.137) (4:17)

10.うずらの鳴き声(Der Wachtelschlag, WoO.129) (3:57)

11.諦め(Resignation, WoO.149) (3:34)

12.恋する男(Der Liebende, WoO.139) (2:42)

13.満ち足りた男(Der Zufriedene, Op.75 No.6) (1:42)

14.思い(Andenken, WoO.136) (3:15)

15.あなたを愛す(Ich liebe Dich, WoO.123) (3:16)

16.歌曲集「遥かな恋人に寄せて」("An die ferne Geliebte", Op.98) (17:21)

 0:10 Auf dem Hügel sitz ich spähend
 3:03 Wo die Berge so blau
 4:55 Leichte Segler in den Höhen
 6:41 Diese Wolken in den Höhen
 7:40 Es kehret der Maien, es blühet die Au
 10:35 Nimm sie hin denn, diese Lieder

17.祈り(Bitten, Op.48 No.1) (2:27)

18.キス(Der Kuss, Op.128) (3:56)

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NISSAY OPERA/ベートーヴェン作曲オペラ「フィデリオ」(2013年11月23日 日生劇場)

日生劇場開場50周年記念公演
オペラ「フィデリオ(FIDELIO)」
(全二幕 原語ドイツ語上演 -日本語字幕付-)

原作:ジャン=ニコラ・ブイイの戯曲『レオノール、あるいは夫婦愛』
台本:ヨーゼフ・フォン・ゾンライトナー、シュテファン・フォン・ブロイニング、ゲオルク・フリードリヒ・トライチュケ
作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)

2013年11月23日(土)14:00 日生劇場
(75分-休憩25分-65分)

ドン・フェルナンド:木村 俊光
ドン・ピツァロ:ジョン・ハオ
フロレスタン:成田 勝美
レオノーレ:小川 里美
ロッコ:山下 浩司
マルツェリーネ:安井 陽子
ヤキーノ:小貫 岩夫
囚人1:伊藤 潤
囚人2:狩野 賢一

合唱:C.ヴィレッジシンガーズ
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:飯守 泰次郎

演出:三浦 安浩

美術:鈴木 俊朗
照明:稲葉 直人
衣裳:坂井田 操

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日生劇場でベートーヴェン唯一のオペラ「フィデリオ」を見た。
「フィデリオ」を生で見るのははじめてだが、日生劇場の50年前のこけらおとしで演じられたのがベルリン・ドイツ・オペラによる「フィデリオ」だったとのことで、この劇場にとって特別な作品なのである。
その時はフィッシャー=ディースカウやルートヴィヒ、ベリーなど錚々たるメンバーがカール・ベームの指揮により演奏した。
そして、今回はドン・ピツァロを中国人のジョン・ハオが歌う以外は日本人メンバーにより全曲上演にこぎつけた。
まずはその偉業をたたえたいと思う。

ベートーヴェンの音楽はここでも彼らしさが全開で、荘厳で力強く、苦悩の中を光に向かって突き進んでいく響きは、全くぶれない。
ただ、そんな彼の音楽においても台本に従っただけなのかもしれないが、冒頭の場面は男女の駆け引きが軽快に歌われ、コミカルな要素も取り入れていて、深刻な内容に気晴らしの要素を与えてくれた。
今回はレオノーレがフロレスタンと再会した後に、マーラー以降の慣例に従って「レオノーレ序曲第3番」が演奏されたが、場面変換にはちょうどいいのかもしれない。

夫フロレスタンが失踪した後、妻レオノーレがフィデリオと名を変えて男装して監獄に潜り込み、夫を捜して救出するというのがおおまかな筋である。
フロレスタンは政敵ドン・ピツァロにさらわれて地下牢に閉じ込められていたが、最後は大臣ドン・フェルナンドの前で悪事が暴かれ、夫婦が再会し、妻の勇気が称えられて幕が下りる。

今回の演出(三浦 安浩)は現代人の設定のようだが、衣装も舞台装置も国や時代をそれほど強く意識させるものではないため、読み替えというほどではないのだろう。
助演の女性カメラマンが登場して、ドン・ピツァロの撮影をしたすえにピツァロの部下にいたぶられるというシーンもあった。
序曲の前に雷雨の音響が鳴り渡り、雨の照明の中、傘をさしたレオノーレの一人芝居があった。
そこではレオノーレの夫救出の決心に至る心の動きが描かれていたようだ。

歌手で第一に挙げるべきはレオノーレの小川 里美だろうか。
舞台姿の良さとちょっとクールな響きが特徴と感じられ、尻あがりに良くなっていった印象である。
ロッコ(山下 浩司)、マルツェリーネ(安井 陽子)、ヤキーノ(小貫 岩夫)は安定した上手さがあり、良かった。
特にコミカルな役どころのヤキーノは途中で第九やら「君を愛す(Ich liebe dich)」などを鼻歌で口ずさみ、会場をなごませていた。
私にとってはドン・フェルナンド役で木村 俊光の健在ぶりを聴けたのがうれしかった。
昔から名前は存じていたものの、一度もその生声に接する機会がなく、年齢的に正直若干不安もあったのだが、ボリュームこそ他の歌手ほどではないものの、朗々とした美声と醸し出される雰囲気は短い出番でも素晴らしく、聴けて良かったと思わせられた。
合唱も多少不揃いの場面もあったものの、総合的には素晴らしかった。
囚人の合唱はやはりこのオペラの重要な聴きどころなのだろう。
そして飯守 泰次郎の指揮は実に素晴らしかった。
今回一番の功労者ではなかろうか。
隅々まで目の行き届いた響きを作り上げ、とりわけ挿入された「レオノーレ序曲第3番」はなかなか聴けないほどの熱演だったのではないだろうか。
新日本フィルは最初のうち歌手と合わない箇所もあったものの、徐々に馴染み、ベートーヴェンの音を素晴らしく響かせていた。

正直なところ、頻繁に聴きたい作品ではないかもしれないが、この重厚で充実した音楽に折を見て今後も触れていけたらと思った。

20131123_fidelio

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ペーター・レーゼル/ベートーヴェンの真影【第7回&第8回】(2011年10月1日&12日 紀尾井ホール)

ドイツ・ピアニズムの威光
ペーター・レーゼル
ベートーヴェンの真影
ピアノ・ソナタ全曲演奏会【第4期2011年/2公演】全4期
(The Beethoven Piano Sonata Cycle)

【第7回】2010年10月1日(土)15:00 紀尾井ホール(1階4列13番)
【第8回】2010年10月12日(水)19:00 紀尾井ホール(1階3列15番)

ペーター・レーゼル(Peter Rösel)(Piano)

【第7回】2010年10月1日(土)

ベートーヴェン(Beethoven: 1770-1827)作曲

ピアノ・ソナタ第24番嬰へ長調 Op.78
 Adagio cantabile - Allegro ma non troppo
 Allegro vivace

ピアノ・ソナタ第25番ト長調 Op.79「かっこう」
 Presto alla tedesca
 Andante
 Vivace

ピアノ・ソナタ第11番変ロ長調 Op.22
 Allegro con brio
 Adagio con molt' espressione
 Menuetto
 Rondo: Allegretto

~休憩~

ピアノ・ソナタ第7番ニ長調 Op.10-3
 Presto
 Largo e mesto
 Menuetto: Allegro
 Rondo: Allegro

ピアノ・ソナタ第13番変ホ長調 Op.27-1
 Andante - Allegro - Andante
 Allegro molto e vivace
 Adagio con espressione
 Allegro vivace

~アンコール~
バガテルOp.126-3

---------

【第8回】2010年10月12日(水)

ベートーヴェン(Beethoven: 1770-1827)作曲

ピアノ・ソナタ第2番イ長調 Op. 2-2
 Allegro vivace
 Largo appassionato
 Scherzo: Allegretto
 Rondo: Grazioso

ピアノ・ソナタ第31番変イ長調 Op.110
 Moderato cantabile molto espressivo
 Allegro molto
 Adagio, ma non troppo - Fuga: Allegro, ma non troppo

~休憩~

ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調 Op.2-1
 Allegro
 Adagio
 Menuetto: Allegretto
 Prestissimo

ピアノ・ソナタ第32番ハ短調 Op.111
 Maestoso - Allegro con brio ed appassionato
 Arietta: Adagio molto semplice e cantabile

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2008年から毎年秋に2回ずつ行われてきたペーター・レーゼルのベートーヴェンソナタ全曲シリーズも今年で最後。
レーゼルというピアニストの真価をじっくり堪能できた好企画だった。

第7回は中期のソナタを中心に、そして最終回の第8回は最初と最後のソナタを2曲づつ組み合わせた興味深いプログラミングである。

第7回の前半は2つの楽章しかない第24番、「かっこう」というモティーフが頻繁に登場する第25番、そして4楽章からなる第11番を前半に置いた。
前半だけで1時間近くのボリュームだったが、その時間の長さを感じさせない魅力的な瞬間の連続であった。
後半は第7番と第13番だが、後者は楽章の間をあけずに続けて演奏し、しかも全体において特定のモティーフを出現させて統一をはかるという当時の新境地を感じさせる意欲作である。

そして最終回の第8回はベートーヴェンの最初と最後のソナタ2つずつを組み合わせた斬新で非常に興味深い配列にレーゼルの意欲がうかがえる。
ベートーヴェンは最初からベートーヴェンであったということをこのプログラミングから印象づけられた。
もちろん最初は先人たちからの影響もあったであろうし、学びの成果を作曲するうえでどれほど発揮するかという側面もあったに違いない。
しかし、第1番の最終楽章で聞かれる怒涛のように押し寄せるドラマは後のベートーヴェンの片鱗がはっきりと刻まれているように感じられるし、第2番最終楽章の細やかな分散和音を幅広い音域で響かせる華麗さは、ベートーヴェンの楽器への可能性の追求にも感じられた。

ベートーヴェン最後のピアノソナタ第32番は、第1楽章でごつごつしたドラマをレーゼルにしてはかなり大胆な表現で聞かせた後に演奏された第2楽章アリエッタは、これまでに聴いたレーゼルの演奏の集大成と行って良かったのではないか。
ここに到るまでの31ものソナタの響きは、すべてこの第32番第2楽章に向かうための序曲だったのだと言ったら言い過ぎだろうか(←それはやはり言い過ぎですね)。
しかし、この長大な変奏曲がこれほど美しく地上から足が浮いているかのような天上的な響きで私を魅了したことはかつてなかった。
このままもっとずっと聴いていたい、終わって欲しくないという神々しいまでの響きが私の心をとらえて離さなかった。
はじめて第32番の素晴らしさが分かったような気がした。
そんな感動的な演奏に酔い痴れながら、ベートーヴェンの闘争を経て勝ち取った至福をたっぷり味わったひとときであった。

第7回の前半で、ピアノの最後の音がまだ消えないうちに拍手する人がいて、それが休憩時間に問題になっていたようだ(ロビーでやりあっている怒号が聞こえたが、あまり気持ちのいいものではない。もっと冷静な対応が望まれる)。
結局休憩時間の終わり頃に「拍手は最後の音が消えてから」というアナウンスが入り、後半はフライングもほぼなくなった。
その余波は最終回にも持ち越され、配布されたプログラム冊子に、同様の注意事項が印刷された紙が挟まれ、「ご一緒に優しい静寂をつくりあげましょう」と聴衆の気遣いを促していた。

レーゼルのピアノは確かなテクニックに裏付けられた自在さをさらに増したのではと思わせる安定感に貫かれ、作品と聴衆との誠実な媒介者たらんとしているかのようだった。
その音はいつもながらきわめてまろやかで、決してとげとげしくはならない。
しかし、激しい箇所ではわめかなくとも充分に劇的な表現が出来るのだよと言っているかのような徹底したコントロールが見事だった。
彼の演奏から感じられる温かさは他のピアニストとは異なるレーゼルだからこそ醸し出されるものと思われた。
それでいながらただ温和なだけではない、ドイツ人らしいごつごつした感触も感じられる。
非常にいい音楽を聴いたと感じさせてくれる稀有のピアニストであることをあらためて感じた。

毎回アンコールで弾かれるバガテルは、ソナタで集中した気持ちをほぐしてくれるような癒しのひとときを与えてくれた。
CD化する際にこれらのバガテルもまとめて余白におさめてはどうだろうか。
最終回のみはアンコールを弾かずに自らピアノの蓋を閉じたが、最後のソナタの後にもはや音楽は不要であるというように受け取られた。
お疲れ様でした & Vielen Dank, Herr Rösel!

来年からは3年にわたる新プロジェクト「ドイツ・ロマン派 ピアノ音楽の諸相(仮題)」が始まる。
リサイタル、協奏曲、室内楽の各ジャンルにおいて、ドイツ・ロマン派の音楽の様々な作品を聴かせてくれるらしい。
来年は10月下旬から11月にかけてメンデルスゾーンの無言歌、ブラームス&シューベルトのソナタ、ブラームスの協奏曲第2番、シューマンのピアノ五重奏曲が予定されており、今から楽しみである。

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