ベートーヴェン「グレーテルの忠告(Gretels Warnung, Op. 75 No. 4)」

Gretels Warnung, Op. 75 No. 4
 グレーテルの忠告

1.
Mit Liebesblick und Spiel und Sang
Warb Christel, jung und schön.
So lieblich war, so frisch und schlank
Kein Jüngling rings zu seh'n.
Nein, keiner war
In ihrer Schaar,
Für den ich das gefühlt.
Das merkt' er, ach!
Und ließ nicht nach,
Bis er es all, bis er es all,
Bis er es all erhielt.
 愛の眼差しと戯れと歌で
 若く麗しいクリステルはアピールした。
 こんなに愛くるしく、フレッシュで、スリムな
 若者はまわりに見当たらなかった。
 そう、
 彼女のまわりの人たちの中にはいなかった、
 私がそのように感じた人は。
 そのことに彼は気付き、ああ!
 アピールをやめなかった。
 その結果、彼はすべてを、彼はすべてを
 彼はすべてを手に入れた。

2.
Wohl war im Dorfe mancher Mann,
So jung und schön, wie er;
Doch sahn nur ihn die Mädchen an,
Und kosten um ihn her.
Bald riß ihr Wort
Ihn schmeichelnd fort;
Gewonnen war sein Herz.
Mir ward er kalt,
Dann floh er bald,
Und ließ mich hier, und ließ mich hier,
Und ließ mich hier in Schmerz.
 村には
 彼みたいに若くてハンサムな男性はいたけれど
 娘たちは彼にしか目がいかず、
 彼を取り巻いていちゃついた。
 間もなく彼女の言葉が
 甘く彼の心を奪った。
 彼の心を得たのだ。
 だが彼は私に冷たくなり
 間もなく逃げてしまった。
 そして私をここに、私をここに放っておき、
 苦しむ私をここに放っておいた。

3.
Sein Liebesblick und Spiel und Sang,
So süß und wonniglich,
Sein Kuß, der tief zur Seele drang,
Erfreut nicht fürder mich.
Schaut meinen Fall,
Ihr Schwestern all,
Für die der Falsche glüht,
Und trauet nicht
Dem, was er spricht.
O seht mich an, mich Arme an,
O seht mich an, und flieht.
 彼の愛の眼差しや戯れや歌は
 とても甘く素敵で、
 彼のキスといったら魂に深くしみいるほどで
 金輪際ないほどに喜ばせてくれる。
 私のケースをご覧なさい、
 姉妹たちみんな、
 不実な男が夢中になるみんな、
 そいつが言うことを
 信じちゃ駄目よ。
 おお、私をご覧なさい、哀れな私を。
 おお、私をご覧なさい、そして逃げるのよ。

詩:Gerhard Anton von Halem (1752-1819), "Gretels Warnung"
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Gretels Warnung", op. 75 no. 4, published 1810

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ゲルハルト・アントン・フォン・ハーレムの詩による「グレーテルの忠告」は1795年に作曲されたものと推測されていて、1809年に改訂されて作品75の第4曲として出版されました。
若く麗しいクリステルという若者を好きになり、恋仲になり、そして捨てられたグレーテルという女性が若い女性たちに注意喚起するという内容です。

ベートーヴェンは全3節の有節形式で作曲しました。
歌の旋律は長調の穏やかな雰囲気に貫かれ、警告の深刻さよりも不実な男との甘美な思い出に浸っているかのような曲調です。
実際、テキストの第1節から第2節前半まではクリステルのもてっぷりを伝えているので、そこは甘美な雰囲気を維持していても特に問題はないように思えます。
第2節後半になると捨てられたグレーテルの恨み節が切々と訴えられますが、第3節前半でクリステルがいかに素敵だったかを再び吐露していて、彼女の心がまだ揺れ動いているかのようです。
第3節後半でようやく不実な男から逃げなさいと若い女性たちに警告を発します。
ベートーヴェンは各節後半で歌の旋律を2度ずつ上行させて畳みかけるような効果を出そうとしていますが、ここは長調の響きのままなので、演奏次第で様々な解釈が可能になると思います。
主人公の心の中の行ったり来たりの葛藤を描き出すのは歌手とピアニストの役割でしょう。下記に引用した演奏はみなそのあたりを見事に描き出していました。

8/6拍子
イ長調 (A-dur)
Etwas lebhaft mit leidenschaftllicher Empfindung, doch nicht zu geschwind (情熱的な感情をもっていくぶん生き生きと、しかし速すぎずに)

●ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)

ペレスの心地よい響きの美声と巧みなディクションはテキストの主人公と一心同体となって聞き手を魅了します。

●アン・マリー(MS), イアン・バーンサイド(P)
Ann Murray(MS), Iain Burnside(P)

マリーは語り口の巧みさと声色の変化で手に取るように状況を伝えています。特に最終節の表現は鬼気迫ります。バーンサイドは後奏で装飾を加えていました。

●アデーレ・シュトルテ(S) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S) & Walter Olbertz(P)

シュトルテの清楚な美声で聴くと、警告というよりも甘美な思い出に浸っているかのようです。

●第1稿
ハイディ・ブルナー(MS) & クリスティン・オーカーランド(P)
Heidi Brunner(MS) & Kristin Okerlund(P)

第1稿による演奏です。基本的な楽想は第2稿にほぼそのまま引き継がれていますが、ピアノパートのリズムの刻みが控えめで語りの趣が強まっているのと、後半の歌のフレーズを2度ずつ高めていく個所の畳みかけ方がじっくりと進み、ピアノ後奏は歌の旋律を繰り返し余韻のような効果を出しているところが主な相違点でしょうか。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

6つの歌(ゲザング)第4曲「グレーテルの警告」——グレーテルの失恋から学ぶ教訓?

IMSLP (楽譜のダウンロード)

Gerhard Anton von Halem

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ベートーヴェン「ゲーテのファウストから(のみの歌)(Aus Goethe's Faust, Op. 75, No. 3)」

Aus Goethe's Faust, Op. 75, No. 3
 ゲーテのファウストから(のみの歌)

1.
Es war einmal ein König,
Der hatt' einen großen Floh,
Den liebt' er gar nicht wenig,
Als wie seinen eig'nen Sohn.
Da rief er seinen Schneider,
Der Schneider kam heran;
"Da, miß dem Junker Kleider
Und miß ihm Hosen an!"
 昔あるところに王様がおった、
 王は一匹の大きなのみを飼っており、
 かなりの溺愛ぶりだった、
 まるで自分の息子のように。
 王は仕立屋を呼び、
 仕立屋がやって来た。
 「この子の服と
 ズボンの寸法をとるように!」

2.
In Sammet und in Seide
War er nun angetan,
Hatte Bänder auf dem Kleide,
Hatt' auch ein Kreuz daran,
Und war sogleich Minister,
Und hatt einen großen Stern.
Da wurden seine Geschwister
Bei Hof auch große Herrn.
 ビロードと絹に
 のみは身をつつみ、
 服の上にはリボンが付けられ、
 十字勲章もかけられ、
 ただちに大臣になり、
 大きな星形勲章を得た。
 彼の兄弟たちも
 宮廷でやんごとなき身分となった。

3.
Und Herrn und Frau'n am Hofe,
Die waren sehr geplagt,
Die Königin und die Zofe
Gestochen und genagt,
Und durften sie nicht knicken,
Und weg sie jucken nicht.
Wir knicken und ersticken
Doch gleich, wenn einer sticht.
 それから宮廷にいる紳士淑女たちは
 大層苦しんだ、
 女王や侍女は
 刺されてかじられても
 潰してはならず
 かゆくてもどかすことが出来なかった。
 俺たちゃ潰して殺すまでさ、
 刺されたりしたら速攻でね。

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), appears in Faust, in Der Tragödie erster Teil (Part I)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Aus Goethe's Faust", op. 75 no. 3 (1809)

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1790年から1792年の間にスケッチが書かれ、それを基に1809年に改訂されたのがOp.75-3の「ゲーテのファウストから」、通称「のみの歌(Flohlied)」です。
Op.75の3曲目に配置されました。

ゲーテの戯曲『ファウスト』第1部の「ライプツィヒのアウエルバッハの酒場」でメフィストフェレスが挨拶がてら歌う歌です。

王様が1匹ののみを寵愛するあまり、立派な服を仕立て、立派な地位を与えた為、まわりのお偉方は刺されてかゆくてものみをつぶすことが出来ない、
でも一般人の俺たちなら一発で仕留める
という内容です。

以下に森鴎外の訳を載せておきます(下記ブランデルの台詞は「のみの歌」の詩からは省かれています)。森鴎外の訳では「ライプチヒなるアウエルバハの窖(あなぐら)」の一場面です。


メフィストフェレス(歌ふ。)
昔昔王がいた。
大きな蚤を持っていた。
自分の生ませた子のように
可哀がって飼っていた。
ある時服屋を呼んで来た。
服屋が早速遣って来た。
「この若殿の召すような
上衣うわぎとずぼんの寸を取れ。」

ブランデル
服屋に好くそう云わなくちゃいけないぜ。
寸尺を間違えないようにして、
笠の台が惜しけりゃあ、
ずぼんに襞ひだの出来ないようにするのだ。

メフィストフェレス
天鵞絨為立じたて、絹仕立、
仕立卸おろしを著こなした。
上衣にゃ紐が附いている。
十字章さえ下げてある。
すぐ大臣を言い附かる。
大きな勲章をぶら下げる。
兄弟までも宮中で
立派なお役にあり附いた。

文官武官貴夫人が
参内すれば責められる。
お后きさきさまでも宮女でも
ちくちく螫さされる、かじられる。
押さえてぶつりと潰したり、
掻いたりしては相成らぬ。
己達ならば蚤なぞが
ちょぴりと螫せばすぐ潰す。

合唱者(歓呼する如く。)
己達ならば蚤なぞが
ちょぴりと螫せばすぐ潰す。


最後の2行は酒場で先導する者が歌った後でその場にいる者たちが繰り返して歌うという設定ですね。これはベートーヴェンやヴァーグナーの楽譜にも忠実に取り入れられています。

ゲーテの詩では特に第3連で"gestochen"、"knicken"、"jucken"、"ersticken"のようなつまる音を多用してノミの跳ねる様と響きでリンクさせているように感じられます。

ベートーヴェンの曲は、詩の3連を有節形式で繰り返した後に、第3節の最後の2行をコーダのように何度も変化を付けながら繰り返して終結に向かいます。コーダ(ベートーヴェンはコーダとは記載していませんが便宜上)に入る直前の繰り返し箇所に"Chor"と記載され、合唱で歌うように指示されています。ここは合唱団がいる場合は実際に歌われることもありますが、歌手のリサイタルなどでは独唱で最後まで歌われることが多いです。

この最後の2行は歌の旋律に当てはめる為に単語の追加がされていますが、"doch"や"gleich"を繰り返すだけでなく、例の"ja"を追加しているところがありベートーヴェンの常とう手段と言えるでしょう。

ピアノパートで細かい音型やスタッカート、跳躍、装飾音符などを使って、のみが飛び回る様を描写しています。

ピアノ後奏の右手の隣り合う2つの音の連続で、ベートーヴェンは両方とも1の指番号を指定しています(下記楽譜参照)。つまり親指だけで2音をずらして弾くことで、のみを潰す様を模しているわけです(移調して演奏する場合は難しいかもしれませんが)。こういうところはベートーヴェンのユーモアが発揮されていますね。

ところで、F=ディースカウやプライ、シュライアー等の録音を聞いた後に最近の録音を聞くと、最後の1フレーズが"wenn einer sticht"ではなく"sticht(刺す)"を伸ばす演奏が多いことに気付きます。
楽譜ではどうなっているのか確認すると、旧全集では"wenn einer sticht"が記されていて、F=ディースカウらの演奏がこの版を元にしていることが分かります。
一方新全集では"sticht"を伸ばして"sti- - - - -cht"(シュティッ・イッ・イッ・イッ・イーヒトゥ)となっています。
この歌曲の自筆譜や初版楽譜を確認してみると新全集同様"sticht"を伸ばす形だった為、ベートーヴェンの意図を反映したのはこの新全集版ということになりそうです。
なぜ旧全集で"wenn einer sticht"を当てはめたのかについては今のところ調べがついていませんが、何らかの編纂者の解釈が反映されているのでしょう。

2/4拍子
ト短調 (g-moll)
Poco Allegretto

ちなみにこのゲーテの詩のロシア語訳に作曲したムソルクスキーの「のみの歌」も大変よく知られていて、往年の伝説的バス歌手のフョードル・シャリヤピン(Фёдор Ива́нович Шаля́пин: 1873-1938)(料理の名前にも残っていますね)が得意としたことは有名です。

★自筆譜(楽譜をクリックすると拡大表示されます)
Autograph
Flohlied_3a
Flohlied_3b

★ライプツィヒ1810年出版の初版(Breitkopf und Härtel社)(※新全集もこの形を採用している)(楽譜をクリックすると拡大表示されます)
Leipzig: Breitkopf & Härtel, n.d.[1810]
Flohlied_1

★ライプツィヒ1863年出版の旧全集(Breitkopf und Härtel社)(楽譜をクリックすると拡大表示されます)
Ludwig van Beethovens Werke, Serie 23: Lieder und Gesänge mit Begleitung des Pianoforte, Nr.219
Leipzig: Breitkopf und Härtel, n.d.[n.d.[1863]]
Flohlied_2

2/4拍子
ト短調 (g-moll)
Poco Allegretto

ちなみにこのゲーテの詩のロシア語訳に作曲したムソルクスキーの「のみの歌」も大変よく知られていて、往年の伝説的バス歌手のフョードル・シャリヤピン(Фёдор Ива́нович Шаля́пин: 1873-1938)(ステーキの名前にも残っていますね)が得意としたことは有名です。

●アウエルバッハ酒場の場面の芝居
Faust Auerbachs Keller

ゲーテの戯曲からアウエルバッハ酒場の場面を演じています。4:16から歌が始まります。ところどころベートーヴェンの歌曲と節回しが共通していますが、全体的には創作だと思います。お芝居の雰囲気が伝わってくるので最初から見るのも面白いと思います。

●ヴァルター・ベリー(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Walter Berry(BR), Gerald Moore(P)

パパゲーノを得意とした往年の名バリトン、ヴァルター・ベリーのコミカルな味わいが隅々まで味わえる楽しい演奏です。最後の速度をあげていくところも爽快ですね。そして最後の2行のコーラス箇所をお聞き逃しなく!!

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

F=ディースカウがこの手のシニカルな作品へ絶妙な適性をもっていることはこの映像を見るまでもなく明らかなのですが、歌っている表情がまさに舞台俳優のようで、視覚でも楽しませてくれました。そしてムーアはこの曲の後奏でベートーヴェンの指示通り、右手の親指のみで隣り合った音を弾き、のみを潰していました!

●イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

こういうシニカルな歌を歌ったらボストリッジは見事ですね。斜に構えた持ち味が存分に生かされていたと思います。指揮者はどうしてリートの演奏がうまい人が多いのでしょう。パッパーノのピアノ、素晴らしかったです!

●ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)

プライは、この初期の録音でいつも以上に"r"の巻き舌を強調しています。それによりゲーテがこの皮肉な詩に"r"のつく単語を多く使っているのが偶然ではないように思えてきます。

●ヘルマン・プライ(BR), ハインリヒ・シュッツ・クライス・ベルリン, レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Heinrich Schütz Kreis, Berlin, Leonard Hokanson(P)

こちらは合唱も交えて、ベートーヴェンの指定に忠実な演奏です(プライもコーラス箇所で合唱団の一員のように一緒に歌っています)。プライはムーア盤の時よりも脱力してより自然にシニカルな味わいを醸し出していました。

●ペーター・シュライアー(T) & アンドラーシュ・シフ(P)
Peter Schreier(T) & András Schiff(P)

シュライアーはゆっくりめのテンポでもったいぶったように歌っています。円熟期のシュライアーらしい朗誦に近づいた歌唱で、苦み走った表情で歌っているのが目に浮かぶようです。

●ショスタコーヴィチによるオーケストラ編曲版(演奏者不明)
Dmitri Shostakovich MEPHISTOPHELES SONG OF THE FLEA BY BEETHOVEN, ORCHESTRAL TRANSCRIPTION OP. 75 NO. 3

ショスタコーヴィチが原曲のピアノパートを華麗にオーケストレーションしました。ロシア語で低声歌手によって歌われると、ムソルクスキーの「のみの歌」の味わいに近づきますね。

●ヴァーグナー作曲「メフィストフェレスの歌Ⅰ」
Richard Wagner: Lied des Mephistopheles I
トマス・ハンプソン(BR), ジェフリー・パーソンズ(P)
Thomas Hampson(BR), Geoffrey Parsons(P)

若きヴァーグナーがゲーテの『ファウスト』の中のテキストから7つの歌曲を作曲したうちの4曲目に置かれています。ピアノパートの急速な短いパッセージなど明らかにベートーヴェンの影響を受けていると言えるでしょう。なお、ベートーヴェン同様ヴァーグナーも最後の2行で独唱の後に"Chor"と記載していて合唱で歌うようになっています。ハンプソンのディクションの見事さ、パーソンズのみずみずしいタッチも聞きものです。

●ムソルクスキー作曲「アウエルバッハの酒場でのメフィストフェレスの歌(のみの歌)」
Modest Mussorgsky: The song of the flea (Песня Мефистофеля в погребке Ауербаха) (Песня о блохе)
フョードル・シャリヤピン(BS), ピアニスト不詳
Feodor Chaliapin(BS), Pianist (Recorded 1936)

ムソルクスキー作曲の「のみの歌」は朗誦のような趣があります。ロシアの名バス歌手シャリヤピンの十八番の一つです。最後の笑い声はシャリヤピンの別の録音とも異なり、その時々の違いを聞き比べるのも楽しいと思います。

●ブゾーニ作曲「メフィストフェレスの歌」
Ferruccio Busoni: Lied des Mephistopheles
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P) (Studio recording, Berlin, V.1964)

フェルッチョ・ブゾーニの曲は絶えず上下に行き来するピアノパートがのみの跳躍や掻かれた人がぽりぽり掻いているさまを描いているように感じられ、歌手は冷静な第三者のように状況を伝えます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

6つの歌(ゲザング)第3曲:蚤の歌――ゲーテの詩の音楽化構想はボン時代から

IMSLP (楽譜のダウンロード)

青空文庫:ファウスト(森鴎外訳)

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ベートーヴェン「新しい愛、新しい生気(Neue Liebe, neues Leben, Op. 75, No. 2 (1. version: WoO 127))」

Neue Liebe, neues Leben, Op. 75, No. 2 (1. version: WoO. 127)
 新しい愛、新しい生気

1.
Herz, mein Herz, was soll das geben?
Was bedränget dich so sehr?
Welch ein fremdes neues Leben!
Ich erkenne dich nicht mehr.
Weg ist Alles, was du liebtest,
Weg warum du dich betrübtest,
Weg dein Fleiß und deine Ruh' -
Ach wie kamst du nur dazu!
 心よ、わが心、こんなことがあるというのか?
 そんなにひどく何に悩まされているのだ?
 なんともなじみのない新しい生気だ!
 私はもはやおまえが分からない。
 おまえが愛したものはすべて去り、
 おまえが悲しむ理由も去り、
 おまえの勤勉さも平安も去った、
 ああ、どうやって来たのか!

2.
Fesselt dich die Jugendblüte,
Diese liebliche Gestalt,
Dieser Blick voll Treu' und Güte,
Mit unendlicher Gewalt?
Will ich rasch mich ihr entziehen,
Mich ermannen, ihr entfliehen,
Führet mich im Augenblick
Ach mein Weg zu ihr zurück.
 若い盛りの花がおまえを縛り付けたのか、
 この愛らしい姿が、
 誠実で親切なこの眼差しが、
 計り知れない力で?
 私がすばやく彼女から逃れて、
 勇気を出して、彼女から逃げようとすると
 道はすぐに戻ってしまうのだ、
 ああ彼女のもとに。

3.
Und an diesem Zauberfädchen,
Das sich nicht zerreißen läßt,
Hält das liebe lose Mädchen,
Mich so wider Willen fest;
Muß in ihrem Zauberkreise
Leben nun auf ihre Weise.
Die Verändrung ach wie groß!
Liebe! Liebe! laß mich los!
 そして、ちぎれない
 この魔法の糸で
 このいとしいはすっぱ娘は
 私を心ならずも取り押さえる。
 彼女の魔力の圏内で
 彼女のやり方で今や生きていかなければならない。
 この変わりようの、ああ、なんと大きいことか!
 愛よ!愛!私を解放しておくれ!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Neue Liebe, neues Leben", written 1775, first published 1775
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Neue Liebe, neues Leben", op. 75 no. 2 (1809), "Neue Liebe, neues Leben", WoO 127 (1798)

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ゲーテの詩「新しい愛、新しい生気(Neue Liebe, neues Leben)」は愛を知った若者がこれまで馴染みのなかったような心の変わりように驚き、最後にはこれほど苦しむのなら解放してくれと懇願します(文字通りの意味ではなく、女性を愛したことによってすべてが変わってしまったことを表現しているのだと思います)。

このゲーテの詩にベートーヴェンは1798年終わりに第1稿(WoO. 127)を作曲し、それを基に1809年に改訂したのがOp.75-2の第2稿です。時折この2つの稿はあたかも全く別の曲であるかのように扱われることがありますが、実際には同じ曲のバージョン違いです。

第1稿ですでに楽想はほぼ完成しているように思いますが、最終稿ではより推進力を増し、簡潔で引き締まったように感じられます。両者とも詩の第1連(A)から第2連(B)まで進むと、ほぼ同じ音楽を再度繰り返します。最後の第3連(C)はコーダのように終結へ向かいます。

愛を知った男性の心が全く変わってしまった状況を常にどきどき鼓動を打っているようなピアノパートにのせて生き生きと歌っています。ベートーヴェンが歌曲のような小規模な作品でもかなりの年月をかけて推敲を重ねた軌跡を知ることの出来るよい例だと思います。

【第1稿(WoO. 127)】
6/8拍子
ハ長調 (C-dur)
Agitato
A-B-A'-B'-C

【第2稿(Op.75-2)】
6/8拍子
ハ長調 (C-dur)
Lebhaft, doch nicht zu sehr (生き生きと、しかし極端になりすぎないように)
A-B-A-B-C

●詩の朗読(フリッツ・シュターフェンハーゲン(朗読))
Johann Wolfgang Goethe „Neue Liebe, neues Leben" II
Rezitation: Fritz Stavenhagen

渋みのある大人の愛という印象を受けました。素晴らしい朗読でした!

●詩の朗読(フローリアン・フリードリヒ(朗読))
Johann Wolfgang von Goethe: NEUES LIEBE, NEUES LEBEN (Lesung) (Florian Friedrich)

こちらは現在進行形の若者の愛のようです。起伏が大きく若者らしい感情表現が感じられました。

●【第1稿(WoO. 127)】
ライナー・トロースト(T), ベルナデッテ・バルトス(P)
Rainer Trost(T), Bernadette Bartos(P)

第1稿は演奏される機会が少ないので、普段頻繁に聴くことの出来る最終稿との違いを感じることが出来ると思います。トローストはかなり速めのテンポをとり主人公の焦燥感を見事に表現していると思います。明確なディクションと美声も素晴らしかったです。

●【第1稿(WoO. 127)】
ペーター・マウス(T), ハンス・ヒルスドルフ(P)
Peter Maus(T), Hans Hilsdorf(P)

第1稿の楽譜が表示されます。マウスの訴えかけてくる歌声は素晴らしかったです。

●【第1稿(WoO. 127)】
フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)

フローリアンが歌うと気品が漂います。彼の大きな持ち味なのでしょうね。

●【第2稿(Op.75-2)】
ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーは清潔感がありながら、めりはりもありディクションも美しく素晴らしいです!

●【第2稿(Op.75-2)】
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Gerald Moore(P)

長年の名コンビ、F=ディースカウとムーアによるスタジオでの映像を見ることが出来ます(若干映像と音がずれていますが)。F=ディースカウは歯切れのよい曲との相性が抜群です。ムーアの細かいパッセージの粒立ちの美しさに聞き惚れます。

●【第2稿(Op.75-2)】
ヘルマン・プライ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Hermann Prey(BR), Gerald Moore(P)

プライは何種類もベートーヴェン歌曲を録音していますが、この若者の焦燥感を歌った作品には初期の歌唱がとりわけみずみずしく魅力的に感じられます。最初のうちは鼓動に戸惑っているような歌いぶりだったのが、最後は若さみなぎる高揚が聞かれます。

●【第2稿(Op.75-2)】
エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), エトヴィン・フィッシャー(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Edwin Fischer(P)

1954年放送録音。シュヴァルツコプフにとって珍しいレパートリーではないかと思います。彼女らしく言葉を大切にしつつも曲の推進力も失わない名人芸です。最後から2行目(Die Verändrung ach wie groß!)で少しテンポを落として強調しているのが彼女らしいなぁと思いました。

●ツェルター作曲「新しい愛、新しい生気」
Carl Friedrich Zelter (1758-): Sämtliche Lieder, Balladen und Romanzen, Z. 124, Book 4: No. 3, Neue Liebe, neues Leben
ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

有節形式。詩のリズムを生かしたツェルターらしい曲だと思います。温もりが感じられるプライの歌唱が心地よいです。

●シュポーア作曲「新しい愛、新しい生気」
Louis Spohr (1784-1859): Neue Liebe, neues Leben, WoO 127
ユディト・エルプ(S), ドリアナ・チャカロヴァ(P)
Judith Erb(S), Doriana Tchakarova(P)

シュポーアの曲は基本的に穏やかで抒情的な雰囲気ですが、最後の1行で上昇して盛り上がって終わります。

●ファニー・ヘンゼル=メンデルスゾーン作曲「新しい愛、新しい生気」
Fanny Hensel-Mendelssohn (1805-1847): Neue Liebe, neues Leben
トビアス・ベルント(BR), アレクサンダー・フライシャー(P)
Tobias Berndt(BR), Alexander Fleischer(P)

通作形式ですが、各節ごとのまとまりを意識した音楽で、冒頭の音楽が最後に回帰します。全体的に穏やかで、御しがたい鼓動への焦燥感よりも、どきどきしている状況を素直に受け入れて喜んでいるように感じられます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn (Op. 75, No. 2)

Beethoven-Haus Bonn (WoO. 127)

6つの歌(ゲザング)第2曲「新しい恋、新しい生」——ゲーテの恋のときめきや悩みを歌う(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「ミニョン(Mignon, Op. 75, No. 1)」

Mignon, Op. 75, No. 1
 ミニョン

Kennst du das Land, wo die Zitronen blühn,
Im dunklen Laub die Gold-Orangen glühn,
Ein sanfter Wind vom blauen Himmel weht,
Die Myrte still und hoch der Lorbeer steht?
Kennst du es wohl?
Dahin! dahin
Möcht ich mit dir, o mein Geliebter, ziehn.
 あの国をご存知ですか、そこはレモンが花咲き、
 暗い葉の中に金色のオレンジが光り、
 青空からやさしい風が吹き、
 ミルテは静かに、そして月桂樹は高くそびえているのです。
 その国をご存知ですか。
 そこへ!そこへ
 あなたと行きたいのです、おお、私の恋人よ。

Kennst du das Haus? Auf Säulen ruht sein Dach.
Es glänzt der Saal, es schimmert das Gemach,
Und Marmorbilder stehn und sehn mich an:
Was hat man dir, du armes Kind, getan?
Kennst du es wohl?
Dahin! dahin
Möcht ich mit dir, o mein Beschützer, ziehn.
 あの家をご存知ですか。そこの屋根は円柱の上で安らいでいます。
 広間は光輝き、居間はほのかな明りを放ち、
 そして大理石像が立っており、私を見つめて
 「かわいそうな子よ、おまえは何をされたというのか」とたずねるのです。
 その家をご存知ですか。
 そこへ!そこへ
 あなたと行きたいのです、おお、私の保護者よ。

Kennst du den Berg und seinen Wolkensteg?
Das Maultier sucht im Nebel seinen Weg;
In Höhlen wohnt der Drachen alte Brut;
Es stürzt der Fels und über ihn die Flut!
Kennst du ihn wohl?
Dahin! dahin
Geht unser Weg! O Vater, laß uns ziehn!
 あの山とその雲のかかった通路をご存知ですか?
 らばは霧の中で道を探し求めます。
 洞穴には竜の古いやからが住んでいるのです。
 岩が落下し、その上を大水が覆っています!
 その山をご存知ですか。
 そこへ!そこへ
 私たちの道は向かうのです。おお、父上よ、行きましょう!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mignon", written 1784, appears in Wilhelm Meisters Lehrjahre, first published 1795
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827), "Mignon", op. 75 no. 1 (1809)

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本日(2021年12月17日)はベートーヴェンの洗礼日から251年目の記念日です。おそらく前日(12月16日)が誕生日だったのではないかと推測されています。ベートーヴェンの誕生日を祝いつつ、今日も新しい歌曲の聞き比べをしたいと思います。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(Wilhelm Meisters Lehrjahre)』第3巻第1章に登場する南国イタリアへの憧れをヴィルヘルムに訴えるミニョンの歌「あの国をご存知ですか(Kennst du das Land)」には多くの作曲家の創作意欲を刺激しましたが、ベートーヴェンは1809年に作曲しています。

このテキストについて、非常に綿密で詳細な考察をされた方のサイトをご紹介したいと思います。
ひま話  君よ知るや南の国 君よ知るやかの山を (2017.10.3)
(この記事が掲載されている「鉱物たちの庭」トップページはこちら)
素晴らしい見識に基づいた考察にただただ圧倒されます。

この曲を第1曲とした全6曲からなる『6つの歌』作品75は1810年にドイツのブライトコプフ&ヘルテル社とロンドンのムツィオ・クレメンティ社から出版されました。ブライトコプフ&ヘルテル社の楽譜は非常によく売れた為、1827年7月の発行時には第4版になっていたそうです。

ベートーヴェンはゲーテの詩の3つの連にほぼ同じ音楽を付けた変形有節形式で作曲しています。各節前半は基本的に穏やかな曲調に終始しますが、3行目でマイナーの響きを出し、変化をつけています。この3行目のピアノ右手は第3節のみオクターブになり、よりドラマティックな響きになります。5行目の「ご存じですか」と尋ねる箇所の歌の旋律がぐっと抑えた感じなのが引き込まれます。各節最後の2行"dahin(あそこへ)"から切迫感がぐっと増すのは後の作曲家たちにも踏襲されていますが、ベートーヴェンの影響というよりは詩を反映した結果なのかもしれません。歌声部は最終節の終わり直前の音価がより長くなり、終結感が出ています。

2/4拍子-6/8拍子
イ長調 (A-dur)
Ziemlich langsam (かなりゆっくりと)

ちなみに、以前にシューベルトの作曲した「ミニョン」の聞き比べ記事を書いた時に、他の作曲家による作品も掲載しましたので、よろしければこちらからご覧ください(削除された動画もありますが、YouTubeで検索すると他の演奏家の動画はヒットすると思います)。

●ナタリー・ペレス(MS), ジャン=ピエール・アルマンゴー(P)
Natalie Pérez(MS), Jean-Pierre Armengaud(P)

ペレスの少し陰のあるはかなげな美声はミニョンの悲劇を予感させます。

●アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

シュトルテの可憐だけれど芯のある美声で歌われると、ミニョンの素直な感情がぐっと伝わってくるのを感じました。

●バーバラ・ヘンドリックス(S), ルーヴェ・デルヴィンゲル(P)
Barbara Hendricks(S), Love Derwinger(P)

早めのテンポで歌われるヘンドリックスの歌唱はいてもたってもいられないミニョンの焦りにも似た心情が感じられました。デルヴィンゲルもヘンドリックスの表現に応じて雄弁に演奏していました。

●アンナ・ハーゼ(MS), ノルベルト・グロー(P)
Anna Haase(MS), Norbert Groh(P)

ハーゼの落ち着いた声で聴くと、ミニョンが少し大人びて感じられます。ピアノ共々感情の起伏をはっきりと打ち出した演奏でした。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「6つの歌(ゲザング)第1曲《ご存じですか、あの国を?》」——数十人が作曲したゲーテによる人気の詩

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「恋する男(Der Liebende, WoO. 139)」

Der Liebende, WoO. 139
 恋する男

1.
Welch ein wunderbares Leben,
Ein Gemisch von Schmerz und Lust,
Welch ein nie gefühltes Beben
Waltet jetzt in meiner Brust!
 なんと素晴らしい人生、
 苦しみと喜びが入り混じり、
 感じたことのない振動が
 今わが胸を支配していることか!

2.
Herz, mein Herz, was soll dies Pochen?
Deine Ruh' ist unterbrochen,
Sprich, was ist mit dir gescheh'n?
So hab' ich dich nie geseh'n!
 心よ、わが心よ、こんなにどきどきしてどうしたというのだ?
 おまえの憩いは妨げられた、
 なあ、いったいどうしてしまったのだ?
 こんなおまえは見たことがない!

3.
Hat dich nicht die Götterblume
Mit dem Hauch der Lieb' entglüht,
Sie, die in dem Heiligtume
Reiner Unschuld auf geblüht?
 神々の花(ドデカテオン)がおまえを
 愛の息吹で燃え上がらせたのではないのか、
 けがれのない無垢な聖域で
 咲いたこの花が?

4.
Ja, die schöne Himmelsblüte
Mit dem Zauberblick voll Güte
Hält mit einem Band mich fest,
Das sich nicht zerreissen läßt!
 そうだ、美しい天の花が
 魔法のように輝いて親切にも
 私をつかむ、
 引きちぎれることのない帯で!

5.
Oft will ich die Teure fliehen;
Tränen zittern dann im Blick,
Und der Liebe Geister ziehen
Auf der Stelle mich zurück.
 よく私はいとしい人を避けたくなる。
 涙が目の中で震え
 愛する精神は
 すぐに私からひっこんでしまう。

6.
Denn ihr pocht mit heißen Schlägen
Ewig dieses Herz entgegen,
Aber ach, sie fühlt es nicht,
Was mein Herz im Auge spricht!
 というのも彼女に向けて
 永遠にこの心は熱い鼓動を打つのだから、
 だが、ああ、彼女は感じないのだ、
 私の心が目で語るものを!

詩:Christian Ludwig Reissig (1784-1847)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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クリスティアン・ルートヴィヒ・ライスィヒの詩による歌曲「恋する男(Der Liebende, WoO. 139)」は、Beethoven-Haus Bonnの記載によると1809年秋-冬(Herbst-Winter 1809)の作曲とのことです。

ベートーヴェンは詩の2連をひとまとまりにした全3節の完全な有節歌曲として作曲しています。

恋を知った男性の、そうと気づかずに打ち続ける胸の鼓動に戸惑う様を、細かいピアノの分散和音にのせて歌っています。訳のわからない焦燥感と、無意識に思い浮かぶ恋の喜びが素晴らしく描かれていると思います。和声進行や後半の左手のバス音の畳みかけが楽しく、あっという間に過ぎ去ってしまいます。

ちなみに第3連に出てくるドデカテオン(die Götterblume)という花の写真がこのリンク先にあります。

6/8拍子
In leidenschaftlicher Bewegung (情熱的な動きで)
ニ長調(D-Dur)

●マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

ベートーヴェン・イヤーにこのコンビでベートーヴェン歌曲集が1枚録音されましたが、その中でおそらく唯一映像として公開されたものです。将来を期待されているピアニスト、リシエツキの疾走感とゲルネの前向きな表現が結びついて魅力的でした。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

この曲でのプライの芸達者ぶりに舌を巻きました!最初は大人の余裕を装っていたのが、最後で焦燥感があふれ出し、本心は戸惑っていることを見事に表現していたと思います。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーはここでまっすぐな感情を前面に出して、純な主人公になりきって歌っています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

F=ディースカウだったら雄弁に歌うだろうなという予測をいい意味で裏切る歌唱でした。焦燥感よりも第5連の「よく私はいとしい人を避けたくなる」という女性に対する弱気な感情を表現しているように感じました。

●フローリアン・プライ(BR), ノルベルト・グロー(P)
Florian Prey(BR), Norbert Groh(P)

この曲でもプライ親子競演が実現しました!フローリアンはためらいがちで少しおっとりした主人公を描いているように感じられました。父親より高めの声ですが、第1連の"Leben"や"Lust"などふとした時に父親の声質を受け継いでいるのが感じられますね。

●ソルフェージュ
Ex. 5-2: Der Liebende (WoO 139) by Ludwig van Beethoven (Bass/Movable-do)

チャンネル名:Singalong Solfege
歌いたい方は練習にいかがでしょうか。ただ聞いているだけでも楽しいです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「恋する男」——苦悩と歓喜が混ざり合う、心の震えを歌う(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「異郷の若者(Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138)」

Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138
 異郷の若者

1.
Der Frühling entblühet dem Schoß der Natur,
Mit lachenden Blumen bestreut er die Flur:
Doch mir lacht vergebens das Tal und die Höh',
Es bleibt mir im Busen so bang' und so weh.
 春は自然のふところに花咲かせ、
 笑いかける花を野にふりかける。
 だが谷や丘は私に笑いかけても無駄だ、
 私の胸はこんなに不安でつらい。

2.
Begeisternder Frühling, du heilst nicht den Schmerz!
Das Leben zerdrückte mein fröhliches Herz
Ach, blüht wohl auf Erden für mich noch die Ruh',
So führ' mich dem Schosse der Himmlischen zu!
 感銘を与えてくれる春よ、あなたは苦痛を癒してはくれない!
 人生は私の陽気な心を押しつぶした。
 ああ、この世に私のための憩いがまだ花開くのならば
 天上のふところへ私を連れて行っておくれ!

3.
Ich suchte sie Morgens im blühenden Tal;
Hier tanzten die Quellen im purpurnen Strahl,
Und Liebe sang schmeichelnd im duftenden Grün,
Doch sah ich die lächelnde Ruhe nicht blüh'n.
 私は朝には彼女を花盛りの谷でさがした。
 ここでは泉が深紅の光の中踊っていて、
 愛は匂い立つ緑の中で甘えるように歌っていたが
 ほほえむ安らぎが花開くのは見られなかった。

4.
Da sucht' ich sie Mittags, auf Blumen gestreckt,
Im Schatten von fallenden Blüten bedeckt,
Ein kühlendes Lüftchen umfloß mein Gesicht,
Doch sah ich die schmeichelnde Ruhe hier nicht.
 私は昼間は花々の上に寝そべって彼女をさがした、
 落ちた花々に覆われた陰で、
 涼しい風が私の顔のまわりを吹いたが
 甘えるような安らぎはここには見当たらなかった。

5.
Nun sucht' ich sie Abends im einsamen Hain.
Die Nachtigall sang in die Stille hinein,
Und Luna durchstrahlte das Laubdach so schön,
Doch hab' ich auch hier meine Ruh' nicht geseh'n!
 私は夕方に寂しい林で彼女をさがした、
 さよなきどりが静寂の中歌っていた、
 そして月は広がった木の葉にかくも美しく光を照らしたが
 ここでも私の安らぎは見つからなかった。

6.
Ach Herz, dich erkennt ja der Jüngling nicht mehr!
Wie bist du so traurig, was schmerzt dich so sehr?
Dich quälet die Sehnsucht, gesteh' es mir nur,
Dich fesselt das Mädchen der heimischen Flur!
 ああ心よ、おまえのことがこの若者にはもう分からない!
 おまえはなんと悲しいことか、おまえをこれほどひどく苦しめるものは何か。
 おまえを苦しめるのは憧れだ、白状しなさい、
 故郷の野原にいる娘がおまえをとりこにしているのだ!

詩:Christian Ludwig Reissig (1784-1847)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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クリスティアン・ルートヴィヒ・ライスィヒの詩による「異郷の若者(Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138)」は、Beethoven-Haus Bonnによると1809年秋から冬(Herbst-Winter 1809)に作曲されました。完全な有節歌曲です。

この曲は「遠くからの歌(Lied aus der Ferne)」の第1作(WoO138b)と同じ音楽が付けられています。「遠くからの歌」の最終形は別の音楽になった為、お蔵入りとなった音楽をこの詩に転用したということですね。詩の韻律と行数が一致していたことが幸いだったのでしょう。両曲は内容的に対になっていると思いますが、前作のテキストの前向きな感情に比べると、こちらは彼女と離れた若者の苦しみに焦点を当てているように思われます。従って、ベートーヴェンが転用した音楽の軽快で明るい曲調とずれが感じられますが、そこは演奏家たちの腕の見せ所でしょう。

3/8拍子
Etwas lebhaft, doch in einer mässig geschwinden Bewegung
変ロ長調(B-dur)

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

1,2,6節。清潔感のある丁寧な歌いぶりがこの主人公の青年の繊細な心情をイメージさせてくれます。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

1,2,3,6節。プライの味わい深い歌唱は、この若者に共感を寄せた第三者のように感じられます。各節終わりのピアノ後奏は少し端折っています(一番最後以外)。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

1,5節。F=ディースカウは最終節を省いたことにより、この若者の苦しみの原因を歌わずに終えることになります。種明かしをしないがゆえに聴き手への想像力に委ねたのかもしれませんね。長調の軽快な音楽にもかかわらず悲しみを表現するディースカウの歌はさすがでした。

●コンスタンティン・グラーフ・フォン・ヴァルダードルフ(BR), クリスティン・オーカーランド(P)
Constantin Graf von Walderdorff(BR), Kristin Okerlund(P)

1-6節。全部の節が歌われているので、第3~5節の朝・昼・晩に彼女をさがす様子が完全に明らかにされることになりますね。いつもながらヴァルダードルフは朴訥とした歌唱です。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「異郷の若者」——余った旋律に歌詞を後付け!?(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「遠くからの歌(Gesang (Lied) aus der Ferne, WoO. 137)」

Gesang (Lied) aus der Ferne, WoO. 137
 遠くからの歌

1.
Als mir noch die Träne der Sehnsucht nicht floß,
Und neidisch die Ferne nicht Liebchen verschloß,
Wie glich da mein Leben dem blühenden Kranz,
Dem Nachtigallwäldchen, voll Spiel und voll Tanz!
 私からまだ憧れの涙が流れず、
 遠方がねたんで恋人を閉じ込めたりしなかったころ、
 わが人生は花冠さながらに、
 さよなきどりの森さながらに、戯れとダンスに明け暮れていたものだ。

2.
Nun treibt mich oft Sehnsucht hinaus auf die Höhn,
Den Wunsch meines Herzens wo lächeln zu seh'n!
Hier sucht in der Gegend mein schmachtender Blick,
Doch kehret es nimmer befriedigt zurück.
 今や私をしばしば憧れが丘へと駆り立てる、
 わが心の望みがほほ笑むのを見ようとして!
 ここでわが思い焦がれたまなざしがあたりを探すが
 決して満たされないまま帰るのだ。

3.
Wie klopft es im Busen, als wärst du mir nah,
O komm, meine Holde, dein Jüngling ist da!
Ich opfre dir alles, was Gott mir verlieh,
Denn wie ich dich liebe, so liebt' ich noch nie!
 胸の中はどれほど脈打っていることか、君が僕のそばにいるかのように、
 おお、おいで、僕のいとしい人よ、君のものである若者はここにいるよ!
 神が僕に与えてくれたものはすべて君に捧げる、
 なぜなら僕が君を愛している以上に愛するものはまだないから。

4.
O Teure, komm eilig zum bräutlichen Tanz!
Ich pflege schon Rosen und Myrten zum Kranz.
Komm, zaubre mein Hüttchen zum Tempel der Ruh,
Zum Tempel der Wonne, die Göttin sei du!
 おお尊き人、急いで婚礼のダンスにおいで!
 僕はもう花冠にするためにばらやミルテの手入れをしているんだ。
 おいで、僕の小屋に魔法をかけて憩いの神殿に、
 歓喜の神殿にしておくれ、女神様は君であれ!

詩:Christian Ludwig Reissig (1784-1847)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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クリスティアン・ルートヴィヒ・ライスィヒの詩による歌曲「遠くからの歌(Gesang (Lied) aus der Ferne, WoO. 137)」はBeethoven-Haus Bonnのサイトによると1809年8月もしくは冬?(August 1809? Winter 1809?)の作曲とのことです。

冒頭の歌の旋律を先取りした長大なピアノ前奏が充実しています。歌は詩の展開に応じて異なる音楽が付けられていますが、第4連は第1連の音楽を引き継いで若干の変更や繰り返しを加えています(A-B-C-A')。基本的に推進力のある軽快な音楽ですが、第2連で駆り立てられるように丘に登る箇所では右手と左手が交互にリズムを刻み、第3連では胸がどきどきする様を模したかのように両手の交互のリズムがより細かくなり、テキストをベートーヴェンが音で表現しようとしていることがはっきり伝わってきます。第3連の最後に歌がメリスマで下降して、クライマックスの第4連へとつなげていくところなども印象的です。歌詞の繰り返しはこの曲でもかなり多いですが、繰り返しの仕方を見ると、詩の各連のまとまりを意識しているように感じられます。なお、この曲でもベートーヴェンによって"ja"という単語が追加されています(最後だけでなく曲の途中にも追加されています)。

この歌曲については、葛西健治氏の詳細な研究論文「ベートーヴェンの通作歌曲《Gesang aus der Ferne》WoO137─《Lied aus der Ferne》WoO138bとの比較分析─」が大変参考になります。こども教育宝仙大学のWebサイトで誰でも閲覧可能なのは非常に有難いです。こちらのサイトの「kiyou0602」をクリックするとPDFで論文を見ることが出来ます。

実はこの詩にはWoO. 137の前にベートーヴェンの生前には未出版だった第1作が作曲されていて、WoO. 138bという番号が当てられているようです。
第1作(WoO. 138b)は完全な有節歌曲であり、通節形式の第2作(WoO. 137)とは別の音楽です。
ただし、葛西氏は、第1作(WoO138b)と第2作(WoO137)を比較分析することにより、この2作が全く異なる試みというわけではなく、第1作の要素が第2作に引き継がれている点を見て取ることが出来る為、第1作は習作ではないかという結論に達しておられます。

それから、歌曲のタイトルについてはWoO. 137の自筆譜では「Lied」が「Gesang」に修正されている為、現在一般的に普及している「Lied aus der Ferne」よりも「Gesang aus der Ferne」がベートーヴェンの意図に近いと考えられています。LiedとGesangはどちらも歌という意味ですが、その使い分けについて上述の葛西氏の論文に記載がありますので興味のある方はぜひご覧ください。

ところで、この第1作(WoO. 138b)の音楽は、そっくりそのまま歌詞だけを変えて(詩人は同じライスィヒ)「異郷の若者(Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138)」に流用されることになります。

下記の聞き比べでは、第2作のWoO. 137を中心に掲載していますが、最後に第1作のWoO. 138bの演奏も掲載しましたので、その比較も楽しんでいただければと思います。

6/8拍子 - 2/4拍子 - 6/8拍子
Andante vivace - Poco Allegretto - Poco Adagio - Allegretto vivace. Man nimmt jetzt die Bewegung lebhafter als das erstes Mal (ここでは最初の時より生き生きと動いて) - Poco Adagio - Temp I
変ロ長調(B-dur)

●ヴェルナー・ギューラ(T), クリストフ・ベルナー(Fortepiano)
Werner Güra(T), Christoph Berner(Fortepiano)

味のあるフォルテピアノの響きに支えられたギューラが明晰なディクションと清潔感のある歌で語って聞かせてくれます。

●ライナー・トロースト(T), ベルナデッテ・バルトス(P)
Rainer Trost(T), Bernadette Bartos(P)

トローストは凛々しい若者が希望に胸膨らませて歌うイメージが浮かびました。バルトスのピアノもみずみずしくて良かったです。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

比較的ゆったりしたテンポで細やかなニュアンスを付けて歌うエインスリーと、とても音楽的な演奏をするバーンサイドの素敵なアンサンブルでした。

●マティアス・ゲルネ(BR), ヤン・リシエツキ(P)
Matthias Goerne(BR), Jan Lisiecki(P)

ゲルネの深みのある声がリシエツキの若々しく疾走するピアノと見事な相乗効果を発揮していたと思います。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

噛みしめるように歌うプライの歌唱は、恋人との遠さが距離よりも時間的なものに感じられました。

●第1作(1809年作曲)
ダニエル・ヨハンセン(T), ベルナデッテ・バルトス(P)
Daniel Johannsen(T), Bernadette Bartos(P)

ベートーヴェンはこのライスィヒのテキストに最初はこの音源で聞ける有節形式の音楽を付けていたのですが、後年、上の様々な音源で聞けるような別の音楽に変えた為、この最初に付けた音楽を「異郷の若者(Der Jüngling in der Fremde, WoO. 138)」で再利用することになります。ヨハンセンは後の方の節では少し装飾を加えて歌っています。

上に掲載した演奏が多くなってしまったので今回は載せませんでしたが、ペーター・シュライアー&ヴァルター・オルベルツの微細なところまで目の届いた演奏や、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ&ヘルタ・クルストの若々しい息吹の感じられる演奏も特筆すべきだったことを補足しておきます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

葛西健治「ベートーヴェンの通作歌曲《Gesang aus der Ferne》WoO137─《Lied aus der Ferne》WoO138bとの比較分析─」(こども教育宝仙大学紀要6巻:2015年発行)

「はるか遠くからの歌(第2稿)」——君こそ女神だ! と歌う長大な歌曲(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「追想(Andenken, WoO. 136)」

Andenken, WoO. 136
 追想

1:
Ich denke dein,
[Wenn]1 durch den Hain
Der Nachtigallen
Akkorde schallen!
[Wann]2 denkst du mein?
 ぼくは君のことを考える、
 林中を
 さよなきどりの
 和音が響きわたるときに!
 君はいつぼくのことを考えるのだろう?

2:
Ich denke dein
Im Dämmerschein
Der Abendhelle
Am Schattenquelle!
Wo denkst du mein?
 ぼくは君のことを考える、
 夕映えの光で
 薄暗くなった
 日陰の泉のほとりで!
 君はどこでぼくのことを考えるのだろう?

3:
Ich denke dein
Mit süßer Pein,
Mit bangem Sehnen
Und heißen Thränen!
Wie denkst du mein?
 ぼくは君のことを考える、
 甘い痛みを伴って、
 不安なまま憧れを抱いて、
 熱い涙を流しつつ!
 君はどんなふうにぼくのことを考えるのだろう?

4:
[O denke mein,]3
Bis zum Verein
Auf besserm Sterne!
In jeder Ferne
Denk' ich nur dein!
 おお、ぼくのことを考えておくれ、
 もっと素敵な星で
 一緒になるときまで!
 遠くのどこにいても
 ぼくはただ君のことだけを考えるよ!

詩:Friedrich von Matthisson (1761-1831), "Andenken", written 1792-93, first published 1802
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

1 Matthisson (editions until 1803): "Wann"
2 Matthisson (editions after 1803): "Wenn"
3 Matthisson (Flora 1802): "Ich denke dein"

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フリードリヒ・フォン・マッティソンの詩による「追想」は4節からなり、恋人を思うシチュエーションについて熱烈な独白が続きます。この愛の詩にはベートーヴェンの他に若かりし頃のシューベルトやヴォルフも作曲しています。

ベートーヴェンは変形有節形式で作曲しました。作曲年代は、Beethoven-Haus Bonnによると1808年秋に完成(Abschluss Herbst 1808)とのことで、ベートーヴェン38歳直前頃ですね。

詩の第1連から第3連は同じ音楽が繰り返され、第4連でメロディが変わり後半の盛り上がりに向けて高揚していきその後軽快な雰囲気になります。再度第4連を同じ音楽で繰り返し、最後にコーダのように締めの音楽で"nur dein!(ただ君のことだけを!)"を繰り返し、ピアノの後奏でこのまま終わるかと思いきや再び"nur dein!"の詩句が最後に歌われて曲が終わります。"nur dein!"を繰り返す際に、ベートーヴェンの他の歌曲でもみられた"ja"が1か所追加されています。ここぞという時に追加するのでしょうね。

ピアノ前奏は歌のメロディを先取りします。明朗快活な歌の旋律は、このマッティソンの恋の詩を完全に肯定して、人生の春を謳歌している雰囲気です。各連最終行の「いつ」「どこで」「どのように」の疑問文でそれまでの流麗なピアノパートの分散和音の動きが止まり、歌声部は歌詞を繰り返し、今近くにいない恋人に呼びかけているかのようです。

6/8拍子
ニ長調(D-dur)
Andante con moto

●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ロルフ・ラインハルト(P)
Fritz Wunderlich(T), Rolf Reinhard(P)

1956年録音。ヴンダーリヒの湧き出るような美声に浸っているだけで幸せです。

●ジョン・マーク・エインスリー(T), イアン・バーンサイド(P)
John Mark Ainsley(T), Iain Burnside(P)

エインスリーの歌唱は真摯で誠実な人物像を表現しているように感じました。最後に装飾を加えて歌っています。バーンサイドの奏でる響きも美しいです。

●ペーター・シュライアー(T), ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T), Walter Olbertz(P)

シュライアーもオルベルツも折り目正しい演奏で、コントロールした中で繊細に感情を織り込んでいるように感じました。

●ヘルマン・プライ(BR), レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR), Leonard Hokanson(P)

円熟期のプライが歌うとゆったり余裕をもった大人の歌という感じです。ふっと力を抜いた時の声がいいですね。ホカンソンは前奏で他のピアニストが短前打音で弾いている箇所を長めに扱っているのが新鮮でした。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ヘルタ・クルスト(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Hertha Klust(P)

1951,1952年録音。20代のF=ディースカウの声のみずみずしさが感じられます。

●ハインリヒ・シュルスヌス(BS), ゼバスティアン・ペシュコ(P)
Heinrich Schlusnus(BS), Sebastian Peschko(P)

1938年録音。シュルスヌスのハイバリトンの甘い美声はとてもチャーミングです。

●アントニオ・サリエリ作曲:追憶
Antonio Salieri (1750-1825): Andenken
アネリー・ゾフィー・ミュラー(S), ウルリヒ・アイゼンローア(P)
Annelie Sophie Müller(S), Ulrich Eisenlohr(P)

シューベルトの師匠でもあったサリエリですが、彼自身がドイツ語の詩に曲を付けていたとは知りませんでした。鍵盤楽器は装飾音符で華やいでいて、歌声部は歌曲というよりアリアですね。

●シューベルト作曲:追憶D 99(第1作)
Schubert: Andenken, D 99
トーマス・バウアー(BR), ウルリヒ・アイゼンローア(Fortepiano)
Thomas Bauer(BR), Ulrich Eisenlohr(Fortepiano)

シューベルトはこの詩に2回作曲していて、その第1作は独唱曲です。ベートーヴェン同様爽やかで生き生きとした魅力的な作品です。

●シューベルト作曲:追憶D 423(第2作)
Schubert: Andenken, D 423
アルノルト・シェーンベルク合唱団
Arnold Schönberg Choir

シューベルトによる第2作は無伴奏男声合唱用に作曲されました。各連の歌詞をまるまる繰り返して(音楽は異なります)1節とした4節からなる完全な有節形式の合唱曲です。繰り返した際に急速なメリスマが続く箇所が印象的でした。独唱曲とは全く異なる曲想なのが興味深いところです。

●ヴェーバー作曲:君を想う!Op. 66-3
Weber: Ich denke dein!, Op. 66-3
マーティン・ヒル(T), クリストファー・ホグウッド(P)
Martyn Hill(T), Christopher Hogwood(P)

ヴェーバーはギター伴奏歌曲が比較的知られていますが、愛らしいピアノ伴奏歌曲も少なからず書いています。このヴェーバーの作品は各連を異なるキャラクターで描き、あたかも起承転結のように展開していくところが面白いです。

●ヴォルフ作曲:追憶
Wolf: Andenken
メアリー・ベヴァン(S), ショルト・カイノホ(P)
Mary Bevan(S), Sholto Kynoch(P)

難解と言われがちなヴォルフですが、初期にはこんなに初々しく親しみやすい曲を作っていたのです。第4連に重きを置いているのは他の多くの作曲家同様ですが、長めのピアノ後奏が主人公の気持ちの余韻を表現しているかのようです。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

「想い」——ベートーヴェンの大切な詩人の歌詞による歌曲(平野昭)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「プードルの死に寄せる悲歌(Elegie auf den Tod eines Pudels)」 WoO. 110

Elegie auf den Tod eines Pudels, WoO. 110
 プードルの死に寄せる悲歌

(Mesto)
1.
Stirb immerhin, es welken ja so viele
der Freuden auf der Lebensbahn.
Oft, eh' sie welken in des Mittags Schwüle,
fängt schon der Tod sie abzumähen an.
 それでも死ぬがいい、
 人生の喜びのこれほど多くがしぼむとしても。
 しばしば、昼の蒸し暑いさなかにしぼむ前に
 すでに死が喜びを刈り取りはじめるのだ。

2.
Auch meine Freude du! dir fließen Zähren,
wie Freunde selten Freunden weihn;
der Schmerz um dich kann nicht mein Aug' entehren,
um dich, Geschöpf, geschaffen mich zu freun.
 私の喜びであるおまえも!おまえを思い涙が流れる、
 友がごくまれに友に捧げる涙のように。
 おまえを失った苦痛が私の目を汚すことはできない、
 動物のおまえは私を喜ばせるために創られたのだ。

3.
Allgeber gab dir diese feste Treue.
dir diesen immer frohen Sinn;
Für Tiere nicht, damit ein Mensch sich freue,
schuf er dich so, und mein war der Gewinn.
 創造主はおまえにこの揺るぎない忠実さを与えた。
 おまえにこの常に快活な心を与えた。
 動物としてではなく、人間が喜ぶように
 主はおまえを創った、そして獲得したのは私だった。

4.
Oft, wenn ich des Gewühles satt und müde
mich gern der eklen Welt entwöhnt,
hast du, das Aug' voll Munterkeit und Friede,
mit Welt und Menschen wieder mich versöhnt.
 しばしば、私が雑踏にうんざりして疲れ、
 むかむかする世間から喜んで離れたとき、
 おまえは生き生きと安らぎに満ちた目で
 私を世間や人間と再び和解させてくれたのだ。

5.
Du warst so rein von aller Tück' und Fehle
als schwarz dein krauses Seidenhaar;
wie manchen Menschen kannt' ich, dessen Seele
so schwarz als deine Außenseite war.
 おまえはあらゆる悪意や欠点から離れて清らかなままだった、
 おまえのカールした絹のような毛の黒さと同じぐらいの悪意や欠点から。
 幾人かの人間を私は知っていた、その魂が
 おまえの外側の色と同じぐらい黒い人間を。

6.
Trüb sind die Augenblicke unsers Lebens,
froh ward mir mancher nur durch dich!
Du lebtest kurz und lebtest nicht vergebens;
das rühmt, ach! selten nur ein Mensch von sich.
 我々の人生の瞬間は暗い、
 おまえがいた時だけ私はいくらか明るくなった!
 おまえの命は短かったが無駄に生きたわけではなかった。
 そのことを、ああ!人はめったに褒めないが。

(Andante ma non troppo)
7.
Doch soll dein Tod mich nicht zu sehr betrüben;
du warst ja stets des Lachens Freund;
geliehen ist uns alles, was wir lieben;
kein Erdenglück bleibt lange unbeweint.
 だがおまえが死んでも私はあまり悲しまない。
 おまえはいつも笑わせてくれる友だった。
 私たちが愛したものはすべて借りてきたのだ。
 嘆き悲しまないでいられる地上の幸せなどずっとない。

8.
Mein Herz soll nicht mit dem Verhängnis zanken
um eine Lust, die es verlor;
du, lebe fort und gaukle in Gedanken
mir fröhliche Erinnerungen vor.
 私の心の中で争うべきではない、
 喜びを失ったこの不幸のために。
 さあ、心の中で生き続けて
 私に楽しい思い出を見させておくれ。

詩:Anonymous(詩の作者不詳)
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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ベートーヴェンの歌曲「プードルの死に寄せる悲歌」の作曲年代は諸説あり、Beethoven-Haus Bonnのサイトでは1806~1809年の間頃(ベートーヴェン36~39歳)の作曲と記載されていて、平野昭氏の解説では「1787年?94/95年?(ベートーヴェン17歳?24/25歳?)」と記載されていました。また、『ベートーヴェン事典』の藤本一子氏の解説では「1787年頃、または1794/95年の可能性もあり」と記載されていて、初期作品だけれどももしかしたらもっと遅い時期の作曲かもしれないというところでしょうか。

歌詞の作者は知られていませんが、飼っていたプードルの死に際して、これまでどれほど世間の荒波から自分を救ってくれたことかと感謝を述べるという内容です。動物が日常の疲れを癒してくれるというのはいつの世でも同じなのですね。ちなみに私も毎日動物動画を見て心を回復させていただいています。

曲は詩の第1連から第6連までは2連をまとめて1節にした形の有節形式で、ヘ短調でプードルを失った悲しみを歌います。続いて第7連から第8連は同主調のヘ長調に転調し、通作形式で愛犬への感謝を述べて曲を締めくくります。最初の有節形式の箇所は抜粋の形で演奏されることも多いです。

Mesto (悲しげに) - Andante ma non troppo
2/4拍子
ヘ短調(f-moll) - ヘ長調(F-dur)

●プードルはどんな犬?
Rasseportrait: Pudel

この歌曲の歌詞のように「雑踏にうんざりして疲れ」た方は、4分弱のこのプードルの動画がお役に立つと嬉しいです。

●ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)

第1-8節。プライはごく自然な感情表現で、詩に共感を寄せた歌唱を聞かせていて感動的です。

●ペーター・シュライアー(T) & ヴァルター・オルベルツ(P)
Peter Schreier(T) & Walter Olbertz(P)

第1,2,7,8節。シュライアーは前半の悲しみと後半の前向きな希望の表現の歌い分けが素晴らしかったです。

●エドウィン・クロスリー=マーサー(BSBR) & ジャン=フランソワ・ジゲル(P)
Edwin Crossley-Mercer(BSBR) & Jean-François Zygel(P)

第5,6,7,8節。クロスリー=マーサーは最初に第3節の1行目を歌いはじめたと思ったら2行目途中から第5節の2行目に移ったので「創造主はおまえにこの揺るぎない忠実さを与えた。おまえにカールした絹のような毛を与えた」という意味になりました。これが最初から詩行をくっつける予定だったのか、ミスなのかは分かりませんが、もしこれが突然のハプニングだったらこれ以上ないぐらい自然に対処したということですね。

●カール・シュミット=ヴァルター(BR) & ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Karl Schmitt-Walter(BR) & Michael Raucheisen(P)

第1-8節。シュミット=ヴァルターは好々爺のような味わい深い声とディクションで引き込まれました。

●動画サイトに音源がアップされていない録音の中では、Constantin Graf von Walderdorff(BSBR) & Kristin Okerlund(P)が、第1,2,3,5,4,6,7,8節の順序で歌っています。また、水越 啓(T) & 重岡麻衣(Fortepiano)の録音でも第1,2,3,5,7,8節が歌われています。3→5→4→6節の順序が最新の研究成果で得られた結果なのかどうかは未確認ですが、何らかの根拠があるのではないかと思われます。

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(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《プードルの死に寄せる悲歌》——愛犬の死を悲しむ詩をベートーヴェンの音楽が見事に表現

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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ベートーヴェン「憧れ(Sehnsucht, WoO. 134)」

Sehnsucht, WoO. 134
 憧れ

1:
Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
Allein und abgetrennt
Von aller Freude
Seh ich an's Firmament
Nach jener Seite.
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!
 ひとりぼっちで
 あらゆる喜びから引き離されて
 私は天空の
 あちら側に目をやります。

2:
Ach, der mich liebt und kennt,
Ist in der Weite.
Es schwindelt mir, es brennt
Mein Eingeweide.
Nur wer die Sehnsucht kennt
Weiß, was ich leide!
 ああ、私を愛し、知る方は
 遠方にいるのです。
 私は眩暈がして、
 はらわたがちくちく痛みます。
 ただ憧れを知る人だけが
 私が何に苦しんでいるのか分かるのです!

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Mignon", written 1785, appears in Wilhelm Meisters Lehrjahre, first published 1795
曲:Ludwig van Beethoven (1770-1827)

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古今東西の作曲家たちの作曲意欲を掻き立てたゲーテの「ただ憧れを知る人だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt)」は、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(Wilhelm Meisters Lehrjahre)』第4部第11章でミニョンと竪琴弾きによって歌われるという設定になっていますが、ベートーヴェンは1808年初頭に3種類、1810年に1種類の計4作ソプラノ独唱用に作曲しました。
いずれも前作の改訂というわけではなく個別の異なる作品として4回作曲されています。第1作のみ1808年に雑誌に掲載されたそうですが、1810年にKunst und Industrie Comptoir.から出た際は、4作まとめて「ピアノ伴奏付きの4つの旋律を伴ったゲーテによる憧れ」(Die Sehnsucht / von / Göthe / mit vier Melodien nebst Clavierbegleitung)として出版されました(楽譜の歌声部の冒頭に"Soprano"と記載されています)。初版は歌声部の音符記号がソプラノ記号(ハ音記号)で記載されていますが、ベートーヴェンの自筆楽譜もソプラノ記号だったので、そのまま初版で生かしたということになります(旧全集ではト音記号に変更されていました)。

同じ年に作られた第1作から第3作まではすべて詩の6行を1節にした2節からなる有節形式で作曲されています。
調は第1,2作がト短調で主人公の苦悩を響かせますが、第3作は変ホ長調で穏やかな曲調です。長調で有節形式だと「眩暈がして、はらわたがちくちく痛みます」の詩句も第三者的に穏やかに過ぎてしまいますが、これはこれで一つの可能性を探ったのでしょう。
拍子は1作から3作まですべて異なり、ベートーヴェンがいろいろな表現を試していたのだと想像されます。

一方2年後に作曲した第4作は調こそ第1,2作のト短調に回帰しているものの、はじめて通作形式を取り入れ、全体で一つの感情の流れを追う形になっているのが新しいところです。
ベートーヴェンは"Allein und abgetrennt"の箇所に細かく8分休符を入れ、"Allein / und ab- / getrennt / von ~"(スラッシュ箇所が8分休符)のように分けて歌うように記していますが、これは"abgetrennt(引き離されて)"という言葉の意味を反映しているのでしょう。
「ああ、私を愛し、知る方は遠方にいるのです。」の箇所で明るい響きになりますが、いとしい人のことを思った時の心情がふっと挿入されているようで空気が変わるのが感じられます。
「眩暈がして、はらわたがちくちく痛みます」でピアノの和音を細かく刻ませてドラマティックな効果を生み出しているところは特筆すべきでしょう(のちのシューベルトの作品(D877-4)はこのベートーヴェン第4作の影響を受けているように思われます)。
最後に"Weiß, was ich leide!"の詩句を繰り返す前に"ja"という言葉を追加しているのは、単に歌の旋律にあてはまる言葉を追加したというだけでなく、ベートーヴェンのこの詩句への思い入れが感じられました。

第1作の「Freude」「Eingeweide」の最後の音節、第4作の「Eingeweide」の最後の音節は、次の音程に向けてポルタメントのように間を音符で埋めています。この手法は私の印象では歌曲ではあまり見られず、オペラアリア的に感じました。ちなみに第2作、第3作は上述の箇所の最後の音節と次の音節が同音程の為、ポルタメントにしようがなかったということは言えると思いますが、もし違う音程だったらポルタメントにしていたのかどうか気になるところです。

なお、ゲーテのこの詩に作曲した複数の作曲家による演奏を以前の記事でまとめていますので、興味のある方はこちらもご覧いただけると幸いです。

【No. 1】
4/4拍子
ト短調 (g-moll)
Andante poco Agitato(旧全集ではAndante poco Adagioと記載されています。誤りか意図的かは不明ですが、新全集の校訂報告を見れば何か掲載されているかもしれません)
2節の有節形式

【No. 2】
6/8拍子
ト短調 (g-moll)
Poco Andante
2節の有節形式

【No. 3】
3/4拍子
変ホ長調 (Es-dur)
Poco Adagio
2節の有節形式

【No. 4】
6/8拍子
ト短調 (g-moll)
Assai Adagio
通作形式

●【第1作】アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

シュトルテの響きの切なさがしっとりと伝わってくる名唱でした。

●【第1作】エリーザベト・ブロイアー(S), ベルナデッテ・バルトス(P)
Elisabeth Breuer(S), Bernadette Bartos(P)

ブロイアーは古楽歌手のような清冽な響きで主人公の心痛を丁寧に表現していました。

●【第2作】アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

同じ音を続けたり徐々に隣り合った音にスライドしていく歌声部の効果なのか、訴えかけてくる印象が強いです。このノスタルジックな曲調とシュトルテの清澄な響きが美しく溶け合っていました。

●【第2作】イアン・ボストリッジ(T), アントニオ・パッパーノ(P)
Ian Bostridge(T), Antonio Pappano(P)

竪琴弾きの視点からの歌唱ということになるのでしょう。ボストリッジの持ち味ゆえか、ちょっと斜に構えたピリピリした感じが新鮮でした。

●【第3作】アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

第3作の長調の響きはどこか第三者的な印象を受けますが、苦悩を内に隠して平然を装っている風にもとることは出来ると思います。シュトルテはここで優しい表情を聞かせてくれます。

●【第3作】イリス・フェアミリオン(MS), ペーター・シュタム(P)
Iris Vermillion(MS), Peter Stamm(P)

フェアミリオンは主人公の心痛を自ら癒すかのように静かに歌っていました。

●【第4作】アデーレ・シュトルテ(S), ヴァルター・オルベルツ(P)
Adele Stolte(S), Walter Olbertz(P)

8分の6拍子のたゆたうようなリズムに悲痛な心情が込められ、聞き手がすっと感情移入してしまう傑作だと思います。シュトルテの可憐であるがゆえに悲痛な表現がより強く聴き手に迫ってくるように感じました。そしていつもながらオルベルツが見事にドラマを作っていて素晴らしかったです。

●【第4作】バーバラ・ヘンドリックス(S), ルーヴェ・デルヴィンゲル(P)
Barbara Hendricks(S), Love Derwinger(P)

円熟期のヘンドリックスの粘りのある暗めの声質がこの曲の表現にぴったりでした。彼女は後半装飾も加えていました。

(参考)

The LiederNet Archive

Beethoven-Haus Bonn

《憧れ》全4作——ゲーテの同じ詩で異なる歌を4回作曲!(平野昭)

『ベートーヴェン事典』:1999年初版 東京書籍株式会社(歌曲の解説:藤本一子)

IMSLP (楽譜のダウンロード)

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