ゲルネ&レオンスカヤ/シューベルト歌曲集「憧れ」

バリトンのマティアス・ゲルネ(1967年3月31日Karl-Marx-Stadt(現Chemnitz)生まれ)がシューベルト歌曲集のCDシリーズをスタートさせた。
レコ芸のインタビューによると、ゲルネ自身が仏ハルモニア・ムンディに直接電話をかけて、200曲以上のシューベルト歌曲のシリーズを録音したいと申し出てOKが出たのだとか。
完成の暁にはシューベルトの全歌曲の3分の1を彼の歌唱で聴くことが出来ることになる。
共演するピアニストは巻によって変わるそうで、三大歌曲集ではエッシェンバッハと共演する予定とのこと(ソリスト偏重ではなく、専門の歌曲ピアニストとの共演も望みたい)。
1人の歌手によるこれだけまとまったシューベルトの録音はF=ディースカウ、プライ、S.ローレンツ以来だろうか。
現在最も安定した歌を聴かせてくれる歌手の盛期の演奏が記録に残されるのは有難いし、今後が楽しみなシリーズである。

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Goerne_leonskaja_schubert_1憧れ:マティアス・ゲルネ・シューベルト・エディション1
(Sehnsucht: MATTHIAS GOERNE SCHUBERT EDITION 1)
harmonia mundi: HMC 901988
録音:2007年2~3月、Teldex Studio Berlin

マティアス・ゲルネ(Matthias Goerne)(BR)
エリザベト・レオンスカヤ(Elisabeth Leonskaja)(P)

シューベルト作曲
1.冥府への旅(Fahrt zum Hades)D526(詩:マイアホーファー)
2.自ら沈み行く(Freiwilliges Versinken)D700(詩:マイアホーファー)
3.泣く(Das Weinen)D926(詩:ライトナー)
4.漁夫の愛の幸せ(Des Fischers Liebesglück)D933(詩:ライトナー)
5.冬の夕べ(Der Winterabend)D938(詩:ライトナー)
6.メムノン(Memnon)D541(詩:マイアホーファー)
7.双子座に寄せる舟人の歌(Lied eines Schiffers an die Dioskuren)D360(詩:マイアホーファー)
8.舟人(Der Schiffer)D536(詩:マイアホーファー)
9.憧れ(Sehnsucht)D636(詩:シラー)
10.小川のほとりの若者(Der Jüngling am Bache)D638(詩:シラー)
11.エンマに(An Emma)D113(詩:シラー)
12.巡礼者(Der Pilgrim)D794(詩:シラー)
13.タルタロスの群れ(Gruppe aus dem Tartarus)D583(詩:シラー)
14.希望(Hoffnung)D295(詩:ゲーテ)
15.人間の限界(Grenzen der Menschheit)D716(詩:ゲーテ)

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シリーズ第1巻はシラーの詩による「憧れ」をタイトルに冠し、15曲が演奏されている。
「エンマに」「希望」を除くと、中期から晩年にかけての作品が中心になっている。
詩人もゲーテ、シラー、マイアホーファーといったシューベルトの付曲数ベスト5に入る人たちによる曲が中心で、それに晩年に作曲したライトナーの曲が含まれている。
渋みあふれる選曲だが、どれも低声歌手にふさわしいレパートリーが厳選されていて、まずは声の特質に合った曲で聴き手にアピールしようという意志が伝わってきた。
聴き手は「冥府への旅」の“小舟(Nachen)”に乗ってシューベルトの世界に漕ぎ出し、人生の荒波に時に抗い(「舟人」「憧れ」)、時に絶望して(「小川のほとりの若者」)、理想を見失いそうになりながら(「巡礼者」)、泣くことで傷を癒し(「泣く」)、希望を持ち続け(「希望」)、限られた生をもった人間が幾世代にもわたって“無限の鎖(unendliche Kette)”をつないでいく「人間の限界」まで様々な局面を音楽で体験する。
神話に由来するテーマを扱ったものもいくつかあるが、「自ら沈み行く」は太陽が冷たい水に身を浸そうと沈んでいくと歌われ“俺は受け取らずに与えるだけなのだ”と太陽の宿命をマイアホーファーらしいペシミズムで織り込みつつ壮麗で堂々たる音楽になっている。

第1巻はゲルネ39歳の時の録音。
ゲルネは包み込むようなまろやかな声がどの音域でも心地よく響き、不安定なところは皆無ですでに完成された歌唱に身を委ねることが出来る。
私はどちらかというとハイバリトンが好みなので、ゲルネのような低めの声(バスバリトンといってもいいぐらい?)は熱心に聴くタイプではないのだが、このディスクでの見事な歌唱には全く脱帽である。
同じ低声でも例えばロベルト・ホルなどはその粘っこさが時に重すぎるように感じることがあるのだが、ゲルネの歌唱は声の重さに引きずられることがなく推進力が感じられ、どこまでもコントロールが行き届いているので、作品本来の魅力が損なわれることなく提示されているのがすごいと思う。
言葉の発音は美しいが決して語り重視にならず、常に旋律に素直に寄り添った歌い方は、シューベルト歌唱の1つの理想と感じられた。

シリーズ最初の共演者はグルジア(旧ソ連)の首都Tbilisi出身のエリザベト・レオンスカヤ。
彼女の歌曲演奏といえばファスベンダーとの「マゲローネのロマンス」が思い出されるが、あれから久しぶりの歌曲演奏ではないだろうか(少なくとも録音の上では)。
ますます磨かれた音と、決して押し付けがましくはないが積極的な曲へのアプローチは、どこをとっても借り物でない、作品を熟知した演奏を聴かせている。
「タルタロスの群れ」のクライマックスでのドラマティックな演奏や「人間の限界」の前奏における荘厳な表現力は特に印象深い。
前に前にという演奏ではなく、ここぞというところでどっしりした存在感を示しながら、作品の自然な流れに沿って豊かな音楽を聴かせている。
ソロピアニストが単なる企画としてではなく、愛着をもって歌曲と真摯に向き合っているのが感じられるのはそう頻繁にあるわけではない。
そういう意味で、レオンスカヤという名手を得た第1巻は大成功だといっていいだろう。

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