ニューイヤー・コンサート
クリスティアン・ゲルハーヘル~シューマン歌曲集の夕べ~第1夜
(Schumann Lieder)
2014年1月8日(水)19:00 王子ホール
クリスティアン・ゲルハーヘル(Christian Gerhaher)(Baritone)
ゲロルト・フーバー(Gerold Huber)(Piano)
オール・シューマン・プログラム
(All Schumann Program)
ミルテの花(Myrthen)Op.25より7曲
2.自由な想い(Freisinn)
8.お守り(Talismane)
15.ヘブライの歌から(Aus den hebräischen Gesängen)
17.2つのヴェニスの歌I(Zwei Venetianische Lieder I)
18.2つのヴェニスの歌II(Zwei Venetianische Lieder II)
25.東方のばらの花から(Aus den östlichen Rosen)
26.エピローグ(Zum Schluss)
リーダークライス(Liederkreis)Op.39 全12曲
1.異郷で(In der Fremde)
2.間奏曲(Intermezzo)
3.森の語らい(Waldesgespräch)
4.鎮けさ(Die Stille)
5.月夜(Mondnacht)
6.麗しき異国(Schöne Fremde)
7.古城にて(Auf einer Burg)
8.異国で(In der Fremde)
9.哀しみ(Wehmut)
10.たそがれ(Zweilicht)
11.森のなかで(Im Wald)
12.春の夜(Frühlingsnacht)
~休憩~
ライオンの花嫁(Die Löwenbraut)Op.31-1(3つの歌Op.31より)
12の詩(12 Gedichte)Op.35 全12曲
1.嵐の夜の悦び(Lust der Sturmnacht)
2.愛と喜びよ、消え去れ(Stirb, Lieb' und Freud')
3.旅の歌(Wanderlied)
4.新緑(Erstes Grün)
5.森へのあこがれ(Sehnsucht nach der Waldgegend)
6.亡き友の杯に(Auf das Trinkglas eines verstorbenen Freundes)
7.さすらい(Wanderung)
8.秘めたる恋(Stille Liebe)
9.問いかけ(Frage)
10.秘めたる涙(Stille Tränen)
11.それほどまでに悩むのは(Wer machte dich so krank?)
12.古いリュート(Alte Laute)
~アンコール~
シューマン/レクイエム(Requiem)(「6つの詩」追加曲 Op.90 bis)
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クリスティアン・ゲルハーヘル(ゲアハーアー)とゲロルト・フーバーという現役最高のリート演奏家コンビが新年早々来日してくれた。
銀座の王子ホールでシューマンの歌曲のみによる2夜のコンサートを開いたのだが、その第1夜を聴いた。
前半は「ミルテの花」から比較的珍しい曲を7曲、続いてアイヒェンドルフの詩による名作「リーダークライスOp.39」全曲、
後半は7分前後かかるシャミッソーの詩によるバラード「ライオンの花嫁」と、ユスティヌス・ケルナーの詩による「12の詩Op.35」全曲であった。
普通「ミルテの花」からの抜粋といえば、「献呈」「くるみの木」「はすの花」「あなたは花のよう」などが定番で、少なくともこれらから1曲は必ず含まれるといってもいいのだが、今回のコンサートでは(おそらく)意識的にこれらの定番を外している。
そこに演奏家の並々ならぬ意欲と挑戦がうかがえる。
当夜のゲルハーヘルは、歌い終わった時に鼻をすすっていたりしていたので、若干風邪気味だったのかもしれない。
だが、歌っている時は殆どそうした状態を感じさせないプロの歌を聴かせていた。
ゲルハーヘルの声質はハイバリトンとでも言おうか、心地よい響きで、言葉を明瞭に伝えてくる。
そのドイツ語の発音の美しいこと!
詩の朗読を聴いているのではと錯覚するほど、彼のドイツ語の響きにまず聴き惚れてしまう。
それから彼の歌唱を聴いて感じるのが、楷書風のかちっとしたアプローチであること。
これが彼の歌唱の安定感を作り出しており、私が魅力的に感じるところである。
ボストリッジの神経質なほど繊細でひりひりする歌唱も、ゲルネの包み込むような声の響きの中に封じ込められた求心的な歌唱も素晴らしいが、ゲルハーヘルの歌唱はその正攻法のアプローチがなんとも魅力的である。
彼の声は弱声では本当にささやくように柔らかく歌うのだが、フルヴォリュームとなると、聴き手を圧倒する鋭さももっている。
その幅の広さも、語りの巧みさと相まって、聴き手を深いリートの世界に引き込む魅力となる。
そうしたアプローチで歌われた彼のシューマンは、ロマンティックさをことさら強調せず、作品のもつ色合いを自然に醸し出すものだった。
「ミルテの花」ではまず「自由な想い」と「お守り」でフロレスタン風の元気でエネルギッシュな歌を安定感をもった歌唱で聴かせる。
そして「ヘブライの歌から」では一転して憂鬱な雰囲気をごく自然に醸し出す。
「2つのヴェニスの歌」では情景が浮かぶような軽快な歌いぶりを聴かせ、愛らしい「東方のばらの花から」を経て、シューマンの組曲の終曲では定番ともいえるコラール風の「エピローグ」を優しく歌い、小さなツィクルスを締めくくる。
てらいのない自然な表情で、歌曲の様々な心情を的確に描き出す点にかけて、うってつけの歌手がそこにいた。
ちなみに「2つのヴェニスの歌I」の"Gondolier"(ゴンドラ乗り)の発音を従来は「ゴンドリール」と歌う人が多かったが、ゲルハーヘルは「ゴンドリエー」と発音していたのが興味深かった。
その後に演奏された有名な「リーダークライス」は、ゲルハーヘルの安定感のある歌唱が、シューマネスクな響きに溶け合って素晴らしかった。
とりわけ「月夜」は、フーバーの何段階にも階層があるのではと思うほど豊富な色のパレットをもったピアノにのって、真摯な歌唱が胸を打った。
休憩後の最初は珍しい「ライオンの花嫁」という歌曲。
飼っていたライオンに対して、飼い主の女性が自身の結婚を報告し、もうすぐお別れしなければならないと伝える。
そこへ婚約者の男がやってくると、ライオンは飼い主の女性が檻から出られないように出口をふさぐ。
それでも飼い主が出口から出ようとすると、ライオンは彼女を噛み殺し、屍となった飼い主のそばに横たわる。
ライオンは婚約者の銃に撃たれて死ぬという内容。
なんとも血なまぐさい内容ではあるが、シューマンはとりたててドラマティックな音楽を付けようとはしなかった。
ピアノは暗欝な響きが全体を貫き、その上を第三者的に歌が語る。
ゲルハーヘルもここでは語り手に徹し、激しい表情はほとんどとらずに緊張感を持続する。
珍しい作品をコンサートで聴くことが出来たのは意義深かった。
プログラムの最後はディースカウやプライも歌っていたケルナーの詩による「12の詩」である。
このうち、最後の2曲や「新緑」などはホッターが得意としていたのが思い出される。
ツィクルスとして12曲が演奏されることは最近ではめっきり少なくなってしまったが、こうして通して聴いてみると、単にばらばらな歌を寄せ集めたというのではない全体だからこその味わいというものが感じられた。
配布された解説書にも広瀬大介氏が書かれていたが、フィッシャー=ディースカウが「声とユニゾンで演奏される伴奏があまりに頻繁である」と指摘しているのは、この歌曲集全体の雰囲気の一端を作り出す要因となっているのではないか。
余計な装飾なく、歌とピアノが付かず離れずして平行に歩んでいく様がイメージされる。
その無駄のなさが独自の心象風景を描くのに寄与しているのではないか。
第2曲で多くのバリトン歌手が高すぎる音域をファルセットで歌う箇所があるのだが、そこをゲルハーヘルはおそらくファルセットなしで歌っていたように私の耳には聞こえた(違っていたらすみません)。
最後の2曲「それほどまでに悩むのは」と「古いリュート」はほぼ同じ音楽を続けて歌うのだが、ゲルハーヘルは過剰な思い入れもなく、さらりと歌って、ツィクルスとしての見事な締めくくりとしていた。
彼こそが現在最も知的なリート歌手と言えるかもしれない。
ピアニストのゲロルト・フーバーは、今回も非常に優れた演奏を披露した。
以前何度か彼の生演奏に接した限りでは、彼特有のうなり声が特徴的だったが、今回はかなり抑えていたように感じた。
自身でも意識しているのかもしれない。
演奏はふたを全開にしても歌を壊すことが皆無で、非常にバランス感覚に優れていた。
そのうえ、自身がピアノを歌わせるべきところは、外すことなく歌わせて、歌唱とピアノとの優れたデュオとなっていた。
いわゆる対決型のピアノではなく、歌とピアノで一体になる演奏であり、それがこの夜の成功の一因であったことは明らかだった。
この世界的なリート歌手とピアニストをこんな小さな空間でたっぷり味わうという贅沢を心ゆくまで堪能した時間だった。
なお、今回ドイツワインが無料でふるまわれ、心地よい気分のまま音楽を味わえたのもうれしい。
第2夜(1月10日)が聴けなかったのは悔しかったが、せめてプログラムの内容を以下に記して自らへの慰めとしよう。
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<第2夜 1/10>
6つの歌曲Op.107 全曲
1.心の痛み 2.窓ガラス 3.庭師 4.糸を紡ぐ女 5.森の中で 6.夕暮れの歌
詩人の恋Op.48 全16曲
1.美しき五月 2.この涙から芽生えた花が 3.バラ ユリ ハト お日様
4.きみの瞳を見つめると 5.この心を消してしまおう 6.ライン川 美しき流れに
7.恨んだりしない 8.小さな花よ わかってくれるか
9.あれはフルートとヴァイオリン 10.あの歌を聴くと
11.とある男が娘を愛す 12.光あふれる夏の朝 13.夢の中で泣いた
14.毎夜きみを夢に見る 15.昔の童話が手招きする
16.古き悪しき歌
~休憩~
ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスター」による歌曲集Op.98aより4曲
2.竪琴弾きの歌/4.涙とともに パンを食べたことがないものは
6.孤独に身を委ねると/8.扉のそばへ忍びより
メランコリーOp.74-6(スペインの歌遊びOp.74より)
哀れなペーターOp.53-3(ロマンスとバラード第3集Op.53より)
a.ハンスとグレーテが/b.この胸に/c.哀れなペーターは
心の奥深くに痛みを抱えつつOp.138-2(スペインの恋の歌Op.138より)
悲劇Op.64-3(ロマンスとバラード第4集Op.64より)
1.俺と逃げてくれ 妻になってくれ 2.春の夜に蔭がさす 3.墓の上には菩提樹が
隠者Op.83-3
~アンコール~
シューマン/牛飼のおとめ(「6つの詩」 第4曲 Op.90-4)
シューマン/君は花のごとく(「ミルテの花」 第24曲 Op.25-24)
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