ヘンドリックス&ペンティネン/シューマン歌曲集
Robert Schumann / Lieder
Arte Verum: ARV-002
録音:2002年8月30日~9月2日、2003年3月12日~15日, Royal Academy Hall of Music in Stockholm, Sweden
バーバラ・ヘンドリックス(Barbara Hendricks)(S)
ロラント・ペンティネン(Roland Pöntinen)(P)
シューマン(1810-1856)作曲
献呈(Widmung, Op. 25-1)
わが麗しの星(Mein schöner Stern, Op. 101-4)
花嫁の歌Ⅰ(Lied der Braut I, Op. 25-11 )
花嫁の歌Ⅱ(Lied der Braut II, Op. 25-12 )
兵士の花嫁(Die Soldatenbraut, Op. 64-1)
捨てられた娘(Das verlassene Magdelein, Op. 64-2)
春だ(Er ist's, Op. 79-23)
あの国をご存知ですか(Kennst du das Land, Op. 98a-1)
ただ憧れを知る者だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt, Op. 98a-3)
話せと言わないで(Heiß mich nicht reden, Op. 98a-5)
悲しい音色で歌わないで(Singet nicht in Trauertönen, Op. 98a-7)
私をこのままの姿でいさせて(So laßt mich scheinen, Op. 98a-9)
あなたは花のよう(Du bist wie eine Blume, Op. 25-24)
哀れなペーター(Der arme Peter, Op. 53-3)
はすの花(Die Lotosblume, Op. 25-7)
孤独な涙は何を望む(Was will die einsame Träne, Op. 25-21)
はじめての緑(Erstes Grün, Op. 35-4)
歌曲集「女の愛と生涯」(Frauenliebe und -leben, Op. 42)
1. 彼に会ってからというもの(Seit ich ihn gesehen)
2. 彼は、あらゆる男性の中でもっとも立派な方(Er, der Herrlichste von allen)
3. 私には分からない、信じられない(Ich kann’s nicht fassen, nicht glauben)
4. ねえ、私の指にはまっている指輪よ(Du Ring an meinem Finger)
5. 手伝って、妹たち(Helft mir, ihr Schwestern)
6. やさしい友よ、あなたは不思議そうに私を見ています(Süßer Freund, du blickest)
7. わが心に、わが胸に(An meinem Herzen, an meiner Brust)
8. 今あなたは私にはじめての苦痛を与えました(Nun hast du mir den ersten Schmerz getan)
月夜(Mondnacht, Op. 39-5)
くるみの木(Der Nußbaum, Op. 25-3)
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先日、ラ・フォル・ジュルネで久しぶりの実演に接したバーバラ・ヘンドリックス。
声は年齢による重さを加えていたものの味わいを深めたシューベルトの歌唱はとても素晴らしかった。
会場のCDショップで彼女の新しいシューマン歌曲集が販売されていたので、早速購入して聴いてみた。
これまでEMIなどで多くの録音を残してきた彼女だが、数年前から自身のレーベルArte Verumを立ち上げ、メジャーレーベルで録音できなかった作品などを精力的にリリースしていくようだ(すでにスペイン歌曲やプランク、シューベルトの歌曲集が出ている)。
今回の彼女にとっておそらく初のシューマン歌曲集は、女声歌手の多くがレパートリーにもつ「女の愛と生涯」のほかに、「ミルテOp. 25」「リーダークライスOp. 39」「ヴィルヘルム・マイスターOp. 98a」歌曲集などからの代表的な作品がほぼ網羅されていて、女声用シューマン歌曲の有名どころをこの1枚で知ることが出来る好選曲になっている。
特に「ヴィルヘルム・マイスター」歌曲集(ミニョン、フィリーネ)はシューベルトやヴォルフに比べて歌われる機会がずっと少ないので、貴重な録音である。
2002~2003年にかけての録音ということは50台半ばの歌唱ということになる。
今から5年ほど前の録音だが、最初の「献呈」を聴いて、声自体は重くなり、ヴィブラートも太くなっているという印象をもった。
もともとが軽く細めの声を絞り出すようにして歌う歌手なので、声の変化は低声歌手より目立つのは仕方ないだろう。
だが、聴き進めていくうちにそんなことはどうでもよくなってきた。
とにかく歌の熟度が明らかに濃くなっているのだ。
声のパワーも減退するどころかさらに充実しているのではないか。
全身全霊を傾けた歌唱といえばいいだろうか。
恋する人への情熱的な「献呈」では、力強く愛を歌い上げ、「兵士の花嫁」ではコミカルな一面も披露する。
ミニョンの歌曲群では薄幸な少女の心情を深く掘り下げて、心に食い込んでくる歌を聞かせてくれた。
3曲からなる小さな歌曲集「哀れなペーター」は元恋人のグレーテが恋敵のハンスと結婚式をあげる場面ではじまり、絶望したペーターは山の上で涙を流し、ついには墓の中で眠ることを望むという内容である。
失恋した男性の気持ちを歌った歌だが、ヘンドリックスの声と表現はこの歌曲集にぴったりはまっていて、深い心情を引き出して感動的だった。
歌曲集「女の愛と生涯」はシャミッソーのあまりにも卑下しすぎた詩の内容ゆえに悪評高い作品だが、そのためかシューマンの曲自体も割りを食っているきらいがある。
しかし女声歌手の貴重なレパートリーとして多くの録音が残されているのは言うまでもない。
ここでのヘンドリックスは丁寧に女性の慎ましやかな心情を歌っていくが、夫を失った悲しみを歌った最終曲ではかなり劇性を前面に出して悲痛さを表現しているのが興味深かった。
長い孤を描くフレーズが印象的なアイヒェンドルフの詩による名作「月夜」では、一般的に静謐さを保った歌唱が多い中、あえて力強く歌いあげていたのが珍しくもあり、詩で語られる魂の飛翔の彼女なりの解釈なのだろうと受け取った。
アルバム最後を飾るのは有名な「くるみの木」。
優美で心地よい歌声が繊細な濃淡を描きながらシューマン・アルバムは締めくくられる。
ヘンドリックスはEMI時代はシューベルトではラドゥ・ルプー、ドビュッシーではミッシェル・ベロフ、モーツァルトではマリア・ジョアン・ピレシュというように、その分野の著名なソリストと組み、レコード会社側の思惑が見え隠れする共演が多かったが(結果的には成功していたと思うが)、最近はスタファン・シェイヤ(1950年生まれ)、ルーヴェ・デルヴィンイェル(1966年生まれ)などスウェーデンのピアニストとの共演が多いようだ。
ヘンドリックスはアメリカ出身だが、スウェーデン国籍を取得しているので、彼らとの共演はヘンドリックスの自発的な意思によるものだろう。
ロラント・ペンティネンは1963年スウェーデンのストックホルム生まれのピアニストで、ソリストとして多くの録音を出している。
このアルバムでのペンティネンはソリストとしての個性を前面に打ち出すことはせず、ヘンドリックスの音楽と一体になった演奏を披露している。
彼の音の美しさと停滞することのない自然な音楽の流れは、とかくルバートで揺れ動きすぎる演奏の多いシューマンの曲からかえって新鮮な魅力を引き出していた。
難民を支援するための音楽を離れた精力的な活動がヘンドリックスの演奏に及ぼした影響というものを安易に言ってはいけないのかもしれない。
だが、そうしたことを含めた人生経験の深みはやはりこの歌曲集の中の奥行きの深さに全く無縁ではないと思った。
この素敵な歌曲集はamazonのサイトで試聴することが出来る。
http://www.amazon.co.jp/Schumann-Lieder-Robert/dp/B000O77Q8I/ref=sr_1_5?ie=UTF8&s=music&qid=1211013918&sr=1-5
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