白井光子&ハルトムート・ヘル/プラチナ・シリーズ(2015年3月6日 東京文化会館 小ホール)

Music Weeks in TOKYO 2014
プラチナ・シリーズ 第5回
白井光子&ハルトムート・ヘル ~世界最高峰のリートデュオ~

2015年3月6日(金)19:00 東京文化会館 小ホール

白井光子(Shirai Mitsuko)(メゾソプラノ)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(ピアノ)

ブラームス(Brahms):
たそがれ op.49-5
メロディのように op.105-1
おお、帰り道さえわかれば(郷愁II) op.63-8
野原にひとり op.86-2
家もなく故郷もなく(あるドラマより) op.94-5
夢は去り op.58-7
春の歌 op.85-5

R.シュトラウス(R.Strauss):
森を行く op.69-4
おお、あなたが私のものなら op.26-2
帰郷 op.15-5

~休憩~

R.シュトラウス:
私は漂う op.48-2
冬の愛 op.48-5

リスト(Liszt):
ぼくの歌には毒がある S.289
花とそよ風 S.324
ざわめくのは風 S.294
それは素晴らしいことにちがいない S.314
マルリングの鐘よ S.328
御身、天から来たり S.279
3人のジプシー S.320

~アンコール~

フランツ(Franz)/こよなく美しい五月に(Im wunderschönen Monat Mai)Op.25-5
シューマン(Schumann)/くるみの木(Der Nussbaum)Op.25-3
シマノフスキ(Szymanowski)/窓からのり出して(Lean out of the window)Op.54-2
ブラームス(Brahms)/私は夢に見た(Es träumte mir)Op.57-3
ヴォルフ(Wolf)/ねずみ捕りのおまじない(Mausfallen-Sprüchlein)
ブラームス/ねこやなぎ(Maienkätzchen)Op.107-4

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白井光子とハルトムート・ヘルのデュオを久しぶりに聴いた。
前回聴いたのは日本歌曲だっただろうか。
今回は白井さんが歌いたい曲が選ばれているそうで、ブラームス、シュトラウス、それに珍しいリストの歌曲が選曲された。

舞台に登場した真っ赤なドレスに身を包んだ白井さんはお元気そうに見えた。
ブラームスの7曲は続けて歌われたが、最初ということもあり、声が出きっていない感もあり、音程が上がりきらない箇所もあったものの、今の彼女にふさわしい人生観照の深みが描き出されていて、しっとりと心に染み込んでいくような歌声だった。
白井さんは以前のようにあふれるように声を響かせるというよりは、語るように丁寧に言葉を響かせる。
そして、声の色を変化させながら、誠実に旋律を紡いでいく。
声の質は渋みを増しながら、落ち着いた美しい響きを保っていた。

R.シュトラウスの歌曲は前半の最後に3曲、そして後半のはじめに2曲演奏されたが、休憩によって中断された流れを取り戻す効果があるように感じられ、面白い配置法だと思った。
あまり有名ではない曲が選ばれているのも興味深い。
「森を行く」はシューマンの「ぼくの馬車はゆっくりと進む」と同じハイネのテキストによるものだが、シューマンよりもさらに描写的で、ピアノパートも含めて、演奏者の演じ方を楽しめる作品だった。
「おお、あなたが私のものなら」は悲しみに満ちた作品。
そして比較的知られている「帰郷」は美しい分散和音に乗せて「あなたのもとへと帰る」と歌われる。
この曲は、ブラームスの「おお、帰り道さえわかれば」と共に、回帰が歌われており、今の白井さんの心境を反映しているのかもしれない。
そして休憩後の「私は漂う」はピアノの美しい浮遊感のある演奏に乗って、シュトラウスらしいメロディーが歌われる。
最後の「冬の愛」で盛り上がって締めくくられる。
白井さんはシュトラウスのメロディーラインを生かしながら、ここでも語る要素を失わない歌唱を聴かせていた。

そして、貴重なリスト歌曲7曲が歌われた。
「ぼくの歌には毒がある」は前奏付きのバージョン。
ハイネらしい斜に構えたテキストを激しく歌い演奏する。
「花とそよ風」は繊細な美しい佳品。
「ざわめくのは風」はシューベルトの「秋」と同じレルシュタープのテキストによるが、もちろんシューベルトよりも濃厚だ。
「それは素晴らしいことにちがいない」はよく知られた曲で、他の濃いリスト歌曲の中に置かれるとちょっとした清涼感が味わえる。
「マルリングの鐘よ」はピアノパートに鐘の音を響かせながら美しい歌が静かに歌われる。
「御身、天から来たり」は有名なゲーテのテキストによるもので、リスト自身も複数のバージョンを作っている。
今回はドラマティックな第1バージョンで、同じ詩によるシューベルトの作品とのあまりの違いに驚かされる。
同じ詩で作曲家によってこれほど捕らえ方が異なるものなのかと思わされる。
リストの濃厚で官能的ですらある世界が展開されている。
そして締めの「3人のジプシー」はおそらくリスト歌曲の中で最も演奏される機会の高いもの。
今回は最後の省略可能な箇所を省いて演奏された(この方が迫力のあるまま終わるので、プログラムの最後にはふさわしいだろう)。
白井さんはリスト歌曲のブロックになって、声の伸びが格段によくなり、リスト独自の世界を丁寧に時に豊麗な響きで描いてみせた。
彼女の深みのある明晰なディクションによる歌唱は、リスト歌曲の演奏にはうってつけではないだろうか。
今回のコンサートの中で際立って充実した歌唱を聴かせてくれた。

アンコールは拍手にこたえて6曲。
彼女たちのレパートリーの広さが反映されたもので、いずれも素晴らしかった。
個人的にはヴォルフの「ねずみ捕りのおまじない」での声色を変えた茶目っ気のある歌唱を聴けたのが嬉しい!

ヘルは以前と比べて包容力が増して、白井さんの声を優しく包み込むように演奏していた。
主張すべきところは以前同様前面に出るのだが、概して白井さんの歌のボリュームと色合いに溶け込ませようという意識が感じられて、心地よいピアノだった。
ヘルの演奏の特徴のひとつは、小節線の区切りを意識させない前進のしかたにあると思うが、今回もそれは感じられた。
例えば、ブラームスの「野原にひとり」は荘重にゆったりめなテンポを守りながら演奏されるのが一般的だが、ヘルは早めのテンポで進め、重い額ぶちのようにではなく、歌に寄り添った伸縮自在な演奏を聴かせた。
白井さんとの信頼関係のうえに成り立つ演奏とも言えるだろう。
ヘルもまた円熟の時を迎えていると感じた。

ちなみに今回事前に配布されたプログラムノートには各曲への簡単な解説のみが付いていて、それを頼りに演奏を聴いたのだが、終演後にロビーでようやく全曲の歌詞対訳が配布されたのは、白井さんの「上演中はステージに集中してほしい」という気持ちのあらわれと受け取った。

久しぶりに濃密で充実した歌曲の夕べを堪能して、大満足の一夜だった。
まだまだリートデュオとしての歩みを止めないお二人のさらなるご活躍に大いに期待したいと思う。
そして、それが白井さんと同じ病と闘っておられる方々の大きな励みにもなるのではないだろうか。

ちなみに白井光子さん&ヘルさんからのメッセージは以下のサイトにあります。
 こちら

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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ&ハルトムート・ヘル/R.シュトラウス・リサイタル(1982年)(オランダRadio4 Concerthuis)

バリトンのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)がハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)のピアノで開いたオール・R.シュトラウス・リサイタルのライヴがオランダのネット配信サイトConcerthuisで期間限定で聴けます。
 こちら

R.シュトラウスだけでF=ディースカウが一晩のリサイタルをもった貴重な記録です。
興味のある方はぜひ聴いてみてください。
詳細は以下の通りです。
個人的には18曲目から21曲目の「商人の鑑(Krämerspiegel)」op.66からの抜粋が聴きものだと思います。

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ)(BR)
Hartmut Höll(ハルトムート・ヘル)(P)

録音:1982年2月18日, Concertgebouw, Amsterdam

Richard Strauss(リヒャルト・シュトラウス)作曲

1 Schlechtes Wetter(悪天候), op.69 nr.5 (02:24)
2 Zugemessene Rhythmen(整いすぎたリズム), WoO.122 (02:28)
3 Im Spätboot(夜更けの小舟で), op.56 nr.3 (04:10)
4 Stiller Gang(静かな散歩), op.31 nr.4 (01:41)
5 O wärst du mein(おお君が僕のものならば), op.26 nr.2 (03:31)
6 Ruhe, meine Seele(憩え、わが魂よ), op.27 nr.1 (04:00)
7 Herr Lenz(春さん), op.37 nr.5 (01:08)
8 Wozu noch, Mädchen(少女よ、それが何の役に立つのか), op.19 nr.1 (01:45)
9 Frühlingsgedränge(春の雑踏), op.26 nr.1 (01:49)
10 Heimkehr(帰郷), op.15 nr.5 (02:42)
11 Ach, weh mir unglückhaftem Mann(ああ辛い、不幸な俺), op.21 nr.4 (03:59)

12 Winternacht(冬の夜) op.15 nr.2 (01:50)
13 Gefunden(見つけた), op.56 nr.1 (01:54)
14 Einerlei(同じもの), op.69 nr.3 (02:38)
15 Waldesfahrt(森の走行), op.69 nr.4 (03:23)
16 Himmelsboten(天の使者), op.32 nr.5 (03:03)
17 Junggesellenschwur(若者の誓い), op.49 nr.6 (02:19)
18 "Krämerspiegel(「商人の鑑」)": O lieber Künstler(おお親愛なる芸術家よ), op.66 nr.6 (02:53)
19 "Krämerspiegel": Die Händler und die Macher(商人どもと職人どもは), op.66 nr.11 (01:29)
20 "Krämerspiegel": Hast du ein Tongedicht vollbracht(あなたが交響詩を書き上げたら), op.66 nr.5 (00:56)
21 "Krämerspiegel": Einst kam der Bock als Bote(かつて牝山羊が使者にやって来た), op.66 nr.2 (06:14)

22 Traum durch die Dämmerung(たそがれを通る夢), op.29 nr.1 (05:05)
23 Ständchen(セレナーデ), op.17 nr.2 (04:23)
24 Morgen(明日), op.27 nr.4 (07:17)

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F=ディースカウの1987年来日公演(NHK Eテレ 2012年6月30日)

バリトンのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウを追悼して、NHK Eテレで1987年の来日公演からヴォルフのメーリケ歌曲集(11月1日)が放映されます。
2012年6月30日(土)0:00~1:15までとのことで、この記事を書いている時点で残り3時間半後には放送されることになります。

私もこの時はサントリーホールで生で聴き、非常に感銘を受けたのを思い出します。
ディースカウは本当に顔の表情が豊かなのです。
その顔の表情と声の表情がぴったり一致しているのは舞台人として素晴らしいと感じたものでした。
共演のピアニスト、ハルトムート・ヘルも当時まだ若く、ディースカウから多くのものを吸収していた時期と思われます。
ライヴで感動した後にさらにテレビ放映で細かな表情が見れたのを本当に懐かしく思い出します。

曲目などの詳細は以下のリンク先にあります。
ご都合があえばぜひご覧ください。
 こちら

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白井光子&ハルトムート・ヘル/リート・デュオが紡ぐ、日本のこころ(2012年3月18日 東京文化会館 小ホール)

東京・春・音楽祭
-東京のオペラの森2012-
東京春祭 歌曲シリーズvol.7
白井光子 & ハルトムート・ヘル
~リート・デュオが紡ぐ、日本のこころ

2012年3月18日(日)15:00 東京文化会館 小ホール(B列22番)

白井光子(Mitsuko Shirai)(メゾ・ソプラノ)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(ピアノ)

中田喜直(三好達治作詞)/木兎
三善晃(萩原朔太郎作詞)/ほうずき
諸井三郎(三好達治作詞)/少年
平井康三郎(北原白秋作詞)/追分
中田喜直(加藤周一作詞)/さくら横ちょう
中田喜直(山村暮鳥作詞)/たあんき ぽーんき
團伊久麿(北原白秋作詞)/雪女
大中恩(佐藤春夫作詞)/しぐれに寄する抒情
岡山県民謡/山田耕筰編/中国地方の子守歌
團伊久麿(大木実作詞)/花季
平井康三郎(北原白秋作詞)/ちびつぐみ

~休憩~

中田喜直(岸田衿子作詞)/おまつりはどこ
中田喜直(野口雨情作詞)/ねむの木
石桁真礼生(冬木京介作詞)/冬の日
山田耕筰(北原白秋作詞)/曼珠沙華
平井康三郎(北原白秋作詞)/山は雪かよ
服部正(大木惇夫作詞)/野の羊
山田耕筰(北原白秋作詞)/鐘が鳴ります
三善晃(萩原朔太郎作詞)/五月
中田喜直(堀内幸枝作詞)/村祭
中田喜直(小川未明作詞)/烏
別宮貞雄(加藤周一作詞)/さくら横ちょう
山田耕作(北原白秋作詞)/からたちの花

~アンコール~
別宮貞雄(大木惇夫作詞)/蛍
畑中良輔(八木重吉作詞)/秋の空
中田喜直(鎌田忠良作詞)/霧と話した
平井康三郎(北原白秋作詞)/びいでびいで
中田喜直(中井昌子作詞)/おやすみなさい
三善晃(萩原朔太郎作詞)/五月

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白井光子&ハルトムート・ヘルの初の日本歌曲リサイタルに出かけた。
東京・春・音楽祭の一環としての公演である。
この音楽祭、昨年は震災の影響で中止公演が相次いだのだが、こうして今年、予定通りに催されるということがいかに恵まれたことなのか、あらためて思わずにはいられない。
普通の生活が出来ることのありがたみをかみしめつつコンサートを聴いた。

これまでドイツリートの多くの名演を生み出してきたコンビが、全く異なる日本歌曲をどのように聴かせてくれるのか、期待はふくらむばかりだった。
とはいえ、恥ずかしながら、ドイツリートは大好きな私でも、今回選ばれた日本歌曲、知っているのはほんの数曲で、後は初めて聴く作品ばかりである。

今回、中田喜直の作品がアンコールも含めて9曲と多く選ばれている。
私でも知っている「たあんき ぽーんき」や「おやすみなさい」の他、おそらく珍しいと思われる作品も織り交ぜて、選曲はなかなか凝っているのではないか。

それにしても日本歌曲というのは、日本語で歌う西洋歌曲なのだなぁとあらためて思う。
ヘルのような外国人の意見はまた異なるのかもしれないが、日本語のイントネーションに従っていても、ピアノパートの響きを聴くと、リートとなんら変わらないような印象を受ける。
もちろん言葉がストレートに日本人の聴き手に伝わるという点は外国語の歌曲と大きく異なるところだが。

冒頭の中田喜直の「木兎(みみずく)」はドラマチックなバラードである。
中田氏の歌曲はピアノパートが実に雄弁だ。
ヘルが弾いても全く違和感のない、ヨーロッパの響きである。
白井さんの声はほぼ復調したといってよいだろう。
もちろん加齢による変化は多少感じられたが、がっしりと重みの加わった燻し銀の歌唱は今になってようやく聴ける響きだろう。
声もコンサートが進むにつれて張りを増し、徐々にホールいっぱいに響きわたっていった。

中田喜直の「さくら横ちょう」を歌い終えた後、白井さんが「空調が入っているのですか。風が吹いてきます」と聴衆に話しかけ、その後ドイツ語でヘルにも話す。
やはり歌手にとって空調は影響があるのだろう。
しかし、そのまま演奏は続けられた。

楽しみにしていた「たあんき ぽーんき」、白井さんの愛嬌のある歌は素晴らしかったし、ヘルもリズミカルな好演だったが、1回で終わってしまったのは短く感じられた。
2回繰り返す演奏で馴染んでいたのだが、楽譜には繰り返す指示があるのかどうか、いつか調べてみたい。

團伊久麿の「雪女」は前奏からすでにホラー映画のような不気味さである。
曲のもつ描写的な表現力の押しの強さに強いインパクトを受けた。
もちろん演奏が素晴らしかったのは言うまでもない。

大中恩の「しぐれに寄する抒情」、山田耕筰編曲「中国地方の子守歌」と美しい作品が続き、前半最後の「ちびつぐみ」という曲はあっという間に終わってしまう可愛らしい曲だった。

休憩をはさみ、後半は中田喜直の「おまつりはどこ」という作品で始まった。
この曲と、「村祭」という中田の作品は私の記憶だと、どちらも祭囃子がピアノパートで描写されていたように思う(初めて聴いた曲だった)。
ヘルのピアノは実に生き生きと響きを描きだしていた。

山田耕筰の「曼珠沙華」「鐘が鳴ります」のような有名曲での白井さんの歌唱も聴き応えあった。

三善晃の「五月」という曲は、アンコールでも再度歌われたが、詩の内容が暗く、重い(いい曲だったが)。
こういう作品を選曲した白井さんの意図を聞いてみたいところだ。

先日亡くなった別宮貞雄の作曲した「さくら横ちょう」は、前半の中田喜直の作品よりも切ない雰囲気があり、聴き比べは興味深かった。
中田の同曲はより和を感じさせる。

本編の最後を締めくくったのは「からたちの花」。
ピアノパートは歌と合わせるのは難しそうだが、ヘルはぴったり合わせていてさすがである。
そして白井さんもこの名曲をさらりと、しかし思いをこめて歌ってくれた。

アンコールは6曲!
中でも中田喜直の「霧と話した」が強く印象に残った。

西洋の響きを借りて、和のテイストをいかにつくりあげるか、あるいは一切和のテイストを切り捨てるか、日本人作曲家たちのアプローチの仕方が興味深かった。

白井光子さんの歌う日本歌曲は、言葉の響きと抑揚に細心の注意が払われていた。
特に朗誦風の箇所を歌う白井さんの日本語は自然で、これまでのドイツ語の響きとははっきり区別しているのは(当然かもしれないが)すごいと思った。
早口で歌う曲でさえお手のものである。
目をつむりながら各曲の世界にひたっているように歌う彼女は、これまでのドイツリートの時には見られない新鮮な表情を見せていた。
例えば鮫島有美子さんの歌う日本歌曲には穏やかに聴く者を癒してくれるような雰囲気があったが、白井さんの歌は張りつめていた。
癒しというよりも心を揺さぶられるような感じだ。

ヘルはあたかもこれらの歌曲を何年も弾きこんでいるかのように見事に演奏した。
蓋はいつもながら全開だが、声とのバランスは、リートの時以上に緊密で非の打ちどころがない。

サイン会に並んで、シェーンベルク歌曲集のCDブックレット裏の写真を差し出したところ、「これはシュトゥットガルトの公園で撮影したの」と白井さんご自身からおっしゃった。
気さくな方だ。
失礼ながら「お体大丈夫ですか」と伺ったところ、「まだいろいろあるんですよ」とおっしゃる。
見た目には全然分からなくても体の不自由さと付き合いながら演奏活動を続けておられるようで頭が下がる思いだ。

なお、このコンサートは、4月9日、NHK BSプレミアム「クラシック倶楽部」で放映予定とのこと。
インタビューも織り交ぜての放映のようで楽しみです。

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フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1989年(第10回来日)

第10回来日:1989年4~5月

Fdieskau_1989ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)(バリトン)
ユリア・ヴァラディ(Julia Varady)(ソプラノ)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(ピアノ)
NHK交響楽団
ウォルフガング・サヴァリッシュ(Wolfgang Sawallisch)(指揮)

4月28日(金)19:00 サントリーホール:N響マーラー・スペシャル
4月30日(日)19:00 サントリーホール:ゲーテの詩による歌曲の夕べ
5月4日(木)19:00 サントリーホール:ハイネの詩による歌曲の夕べ
5月7日(日)19:00 サントリーホール:ティークの「マゲローネ」によるロマンスの夕べ
5月11日(木)19:00 NHKホール:N響第1083回定期公演
5月12日(金)19:00 NHKホール:N響第1083回定期公演

●N響マーラー・スペシャル 共演:ユリア・ヴァラディ(S) NHK交響楽団;ウォルフガング・サヴァリッシュ(C)

マーラー(Mahler)

1. さすらう若人の歌

2. 交響曲第4番ト長調

●ゲーテの詩による歌曲の夕べ(Liederabend nach Gedichten von J. W. v. Goethe) 共演:ハルトムート・ヘル(P)

シューベルト(Schubert)

1. 竪琴弾きの歌(Gesänge des Harfners)D478
 "寂しさに身を任せる者は"(Wer sich der Einsamkeit ergibt)
 "戸毎に私はそっと歩みよろうと思う"(An die Türen will ich schleichen)
 "涙とともにパンを食べたことのない者は"(Wer nie sein Brot mit Tränen aß)
2. プロメテウス(Prometheus)D674
3. 海の静けさ(Meeres Stille)D216
4. 人間の限界(Grenzen der Menschheit)D716
5. トゥーレの王(Der König in Thule)D367
6. 魔王(Erlkönig)D328

~休憩~

7. いこいなき恋(Rastlose Liebe)D138
8. ねずみ捕り(Der Rattenfänger)D255
9. 野ばら(Heidenröslein)D257
10. 耽溺(Versunken)D715
11. ひめごと(Geheimes)D719
12. 月に寄す(An den Mond)D259
13. 悲しみの喜び(Wonne der Wehmut)D260
14. 馭者クロノスに(An Schwager Kronos)D369
15. 希望(Hoffnung)D295
16. ミューズの子(Der Musensohn)D764

~アンコール~
1. シューベルト/川辺で(Am Flusse)D766
2. シューベルト/月に寄せて(An den Mond)D296
3. シューベルト/湖上で(Auf dem See)D543
4. シューベルト/さすらい人の夜の歌Ⅱ(Wanderers Nachtlied II)D768

●ハイネの詩による歌曲の夕べ(Liederabend nach Gedichten von H. Heine) 共演:ハルトムート・ヘル(P)

シューベルト(Schubert)/歌曲集《白鳥の歌》D957より(Lieder aus <Schwanengesang>)
1. アトラス(Der Atlas)
2. 彼女のおもかげ(Ihr Bild)
3. 漁師の娘(Das Fischermädchen)
4. まち(Die Stadt)
5. 海辺にて(Am Meer)
6. 影法師(Der Doppelgänger)

~休憩~

シューマン(Schumann)/歌曲集《詩人の恋》作品48(Dichterliebe)
1. 美しい五月に
2. ぼくの涙はあふれ出て
3. ばらや,百合や,鳩や,太陽や
4. きみの目に見入れば
5. ぼくの心にひそめてみたい
6. ラインの聖なる流れの
7. わたしは恨むまい
8. 小さな花がわかってくれるなら
9. あれはフルートとヴァイオリンのひびきだ
10. あの歌がまたきこえると
11. ある若ものが娘を愛し
12. 明るい夏の朝に
13. ぼくは夢のなかで泣きぬれた
14. 夜ごとの夢にきみを見る
15. 古い童話の世界から
16. あのいまわしい昔の歌も

●ティークの「マゲローネ」によるロマンスの夕べ(Liederabend der Romanzen aus Tiecks Magelone von J. Brahms) 共演:ハルトムート・ヘル(P)

ブラームス(Brahms)/《ティークの「マゲローネ」によるロマンス》作品33(Romanzen aus L. Tiecks Magelone)
1. 後悔した者などありはしない
2. そうとも!敵には弓矢こそがふさわしい
3. 苦痛だろうか,喜びだろうか?
4. 愛ははるばると遠い国から来ました
5. おん身はこの哀れな者を
6. この喜びを,この歓喜を,ぼくはどうやって支えたらいいのだろう
7. この唇がふるえたのはおん身に対してだったのか
8. ぼくらは別れなければならない
9. いこえ,やさしい恋びとよ
10. [絶望]泡立つ大波よ,とどろけ
11. なんとすばやく消えるのでしょう
12. 別離などというものがなぜあるのだろう?
13. [スリマ]恋びとよ,どこを踏み迷って
14. なんといきいきと楽しげにぼくの心は高揚を覚えることだろう
15. 誠実な愛はいつまでも続き

●N響第1083回定期公演 共演:ユリア・ヴァラディ(S) 東京芸術大学(合唱) NHK交響楽団;ウォルフガング・サヴァリッシュ(C)

ブラームス(Brahms)/ドイツレクイエム 作品45

(上記の歌曲の夕べの日本語表記は、アンコール曲目以外はプログラム冊子の表記に従った)

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前回から2年後の第10回来日公演では、サントリーホールでの歌曲シリーズ全3回と、N響とのマーラー、ブラームスを披露した。
リサイタルでのピアノは、日本公演で3回目の共演となるハルトムート・ヘル。

前回の歌曲リサイタルが作曲家に焦点をあてたものだったのに対して、今回は各回を1人の詩人に統一したシリーズとなった。
しかし、ハイネの詩による第2回がシューベルトとシューマンの2人の作曲家であるのを除くと、ゲーテの日はオール・シューベルト、そしてルートヴィヒ・ティークの日はブラームスの歌曲集で統一されている。
私はゲーテの詩によるシューベルト歌曲の日に実演を聴いたが、ステージ左横の2階席からディースカウの横顔を見る形となった。
前半が重くドラマティックな曲が多いのに対して、後半は気軽に聴けるアンコールピース的な曲が多い。
当時私が書いていたメモによると、休憩時間中にヘルが数人を引き連れて舞台にやってきて、ピアノの位置を客席により近づけたようだ。
「聴衆との親密な心の交流のためには、距離も短くする必要があったのではないか」と、当時の私は感じたらしい。
演奏についても素晴らしかったようで、「魔王」では本当にppのような抑えた声も使って歌い分けていたことに感銘を受けていた。
ヘルは「魔王」を物凄いスピードで破綻なく弾いていたようで(左手をうまく組み込んで工夫していたが)、そのことにも感銘を受けたようだ。

ハイネの夕べとティークの詩によるブラームスの夕べを聴かなかったことが今となっては悔やまれる。

サヴァリッシュ指揮NHK交響楽団との共演では、マーラー「さすらう若人の歌」とブラームス「ドイツレクイエム」を歌った。
今回も共演している夫人のヴァラディは、マーラー交響曲第4番の第4楽章と、ブラームス「ドイツレクイエム」のソプラノソロを歌っている。

それにしてもN響とは毎回のように共演し、初来日以前のパリ万博以来、随分長い信頼関係を築いていたようだ。

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フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1987年(第9回来日)

第9回来日:1987年10~11月

Fdieskau_1987ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)(バリトン)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(ピアノ)

10月22日(月)19:00 サントリーホール:シューベルトの夕べ
10月26日(木)19:00 サントリーホール:シューマンの夕べ
10月29日(土)19:00 サントリーホール:マーラーの夕べ
11月1日(月)19:00 サントリーホール:ヴォルフの夕べ

●シューベルトの夕べ 共演:ハルトムート・ヘル(P)

シューベルト(Schubert)/《冬の旅》D.911(Winterreise)
(お休み/風見の旗/凍った涙/かじかみ/菩提樹/あふれる涙/川の上で/回想/鬼火/憩い/春の夢/孤独/郵便馬車/霜おく髪/からす/最後の希望/村で/嵐の朝/幻覚/道しるべ/宿屋/勇気/幻の太陽/辻音楽師)

●シューマンの夕べ 共演:ハルトムート・ヘル(P)

シューマン(Schumann)/《リーダークライス》作品39(Liederkreis)
(見知らぬ土地で/間奏曲/森のささやき/静けさ/月の夜/美しき異郷/城の上で/見知らぬ土地で/悲哀/たそがれ/森で/春の夜)

~休憩~

シューマン(Schumann)/《12の詩》作品35(12 Gedichte)
(嵐の夜の楽しみ/愛と喜びよ,消え去れ/旅の歌/新緑/森へのあこがれ/亡き友の杯に/さすらい/ひそやかな愛/問い/ひそやかな涙/だれがお前をそんなに悩ますのだ/古いリュート)

~アンコール~
シューマン/君は花のよう 作品25-24(Du bist wie eine Blume)
シューマン/私の恋は輝く 作品127-3(Es leuchtet meine Liebe)
シューマン/はすの花 作品25-7(Die Lotusblume)
シューマン/自由な心 作品25-2(Freisinn)
シューマン/私の馬車はゆっくりと 作品142-4(Mein Wagen rollet langsam)

●マーラーの夕べ 共演:ハルトムート・ヘル(P)

マーラー(Mahler)/詩集《子供の魔法の角笛》より(Songs from "Des Knaben Wunderhorn")

ラインの伝説(Rheinlegendchen)
夏に小鳥はかわり(Ablösung im Sommer)
別離と忌避(Scheiden und Meiden)
少年鼓手(Der Tamboursg'sell)
番兵の夜の歌(Der Schildwache Nachtlied)
この世の生活(Das irdische Leben)
魚に説教するパドヴァのアントニウス(Des Antonius von Padua Fischpredigt)

~休憩~

美しいトランペットが鳴り響く所(Wo die schönen Trompeten blasen)
死んだ鼓手(Revelge)
シュトラスブルクの砦に(Zu Strassburg auf der Schanz)
塔のなかの囚人の歌(Lied des Verfolgten im Turm)
だれがこの歌をつくったのだろう(Wer hat dies Liedlein erdacht?)
いたずらな子をしつけるために(Um schlimme Kinder artig zu machen)
うぬぼれ(Selbstgefühl)

●ヴォルフの夕べ 共演:ハルトムート・ヘル(P)

ヴォルフ(Wolf)/《メーリケ詩集》より(Songs and Poems by Eduard Mörike)

希望の復活(Der Genesene an die Hoffnung)
朝早く(In der Frühe)
散歩(Fussreise)
新しい愛(Neue Liebe)
心よ考えよ(Denk' es, o Seele)
火の騎士(Der Feuerreiter)
眠りに寄す(An den Schlaf)
真夜中に(Um Mitternacht)
狩人の歌(Jägerlied)
こうのとりの使い(Storchenbotschaft)

~休憩~

春に(Im Frühling)
旅路(Auf einer Wanderung)
愛する人に(An die Geliebte)
ペレグリーナ1(Peregrina 1)
ペレグリーナ2(Peregrina 2)
めぐりあい(Begegnung)
狩人(Der Jäger)
ある婚礼にのぞんで(Bei einer Trauung)
いましめに(Zur Warnung)
別れ(Abschied)

~アンコール~
ヴォルフ/古い絵に(Auf ein altes Bild)
ヴォルフ/告白(Selbstgeständnis)
ヴォルフ/隠棲(Verborgenheit)
ヴォルフ/鼓手(Der Tambour)
ヴォルフ/ヴァイラの歌(Gesang Weylas)
ヴォルフ/《イタリア歌曲集》~私はもうこれ以上歌えない(Nicht länger kann ich singen)

(上記の日本語表記は、アンコール曲目以外はプログラム冊子の表記に従った)

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前回から4年後の第9回来日公演では、「サントリーホール1周年記念コンサート」の一環として、シューベルト、シューマン、マーラー、ヴォルフのそれぞれで一夜ずつ4つのプログラムを披露した。
ディースカウにとってはサントリーホール初登場ということになる。
ピアノは前回に続きハルトムート・ヘルが担当した。

私はシューマンとヴォルフの夕べの2夜を会場で聴くことが出来たが、NHKでシューベルトとヴォルフが録画されて放送されたので、マーラー以外は聴けたことになる。
当時私が書いていた感想を見ると、ディースカウはかなり表情の起伏を大きくとって歌っていたようだ。
シューマンの《12の詩》作品35は、当時あまり知られていなかったと思うが、曲のクオリティの高さに感銘を受けたものだった。
ヴォルフの夕べは「これまでに聴いたあらゆる音楽会の中で最も感動的だった」と当時の私はメモに記していた(青臭さの残った感想で、今となると気恥ずかしいが)。
「旅路」などではミスもあったようで、シリーズ最終日ともなると声の状態も若干疲れがあったようだが、それでもディースカウの説得力のある自在な表現力には圧倒されてしまった。
アンコールの最後に「私はもうこれ以上歌えない」が歌われると会場から笑い声が漏れたりして、リート愛好家の反応の良さにも驚かされた。
また、テレビで「冬の旅」を聴いた時、「おやすみ」の前奏でハルトムート・ヘルが和音を区切って、かなり強めに弾き始めたのが印象に残っている。

ドイツ歌曲の重要な流れを体感できる素晴らしいシリーズで、もし当時に戻れたならば4回とも聴いてみたかったものである。
ディースカウならではの来日公演であった。

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フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1983年(第8回来日)

第8回来日:1983年10月

Fdieskau_1983ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)(バリトン)
ユリア・ヴァラディ(Julia Varady)(ソプラノ)
ハルトゥムート・ヘル(Hartmut Höll)(ピアノ)
原田幸一郎(Koichiro Harada)(ヴァイオリン)
生沼誠司(Seiji Oinuma)(ヴィオラ)
岩崎恍(Koh Iwasaki)(チェロ)
奥田一夫(Kazuo Okuda)(コントラバス)
金昌国(Syokoku Kim)(フルート)
北島章(Akira Kitajima)(オーボエ)
小林道夫(Michio Kobayashi)(チェンバロ)
NHK交響楽団(NHK Sym. Orch.)
テオドル・グシュルバウアー(Theodor Guschlbauer)(指揮)

10月3日(月)19:00 東京文化会館:曲目A
10月6日(木)18:30 倉敷市民会館:曲目B
10月8日(土)16:00 倉敷市民会館:曲目C
10月10日(月)17:00 福岡郵便貯金会館:曲目A
10月12日(水)18:45 名古屋市民会館:曲目A
10月15日(土)19:00 東京・ゆうぽうと簡易保険ホール:曲目D
10月17日(月)19:00 東京・イイノホール:曲目C
10月19日(水)18:00 大阪・ザ・シンフォニーホール:曲目B
10月21日(金)19:00 神奈川県民ホール:曲目B

●曲目A 共演:ハルトゥムート・ヘル(P)

シューマン(Schumann)/「リーダークライス(Liederkreis, Op.24)」
(朝起きると胸に尋ねる/気ばかりあせって/僕は樹々の下をただひとり/かわいい恋人よ、手を僕の胸に/僕の苦しみの美しい揺り籠よ/待ってくれ、待ってくれ、威勢のいい舟乗りよ/山々とその上に立つ城が/はじめはほとんど絶望するところだった/愛らしくやさしげなミルテと薔薇で)

~休憩~

シューマン/「詩人の恋(Dichterliebe, Op.48)」
(こよなく美しい五月/僕の涙から/薔薇や百合や鳩や太陽/おまえの目をじっと見つめると/僕の心を/ライン川、この聖なる流れの/恨みはしない/花が、小さな花が分ってくれるなら/あれはフルートとヴァイオリンだ/むかしあの人の歌った歌が/ある若者が娘に恋し/光輝く夏の朝/僕は夢の中で泣いたんだ/毎晩夢でお前に会う/古いおとぎ話から/昔のいやな歌の数々)

●曲目B 共演:ハルトゥムート・ヘル(P)

シューベルト歌曲の夕べ(Franz Schubert Abend)

歌人の財産(Des Sängers Habe) D832
さすらい人(Der Wanderer) D649
大河(Der Strom) D565
臨終を告げる鐘(Das Zügenglöcklein) D871
みずから沈み行く(Freiwilliges Versinken) D700
死と少女(Der Tod und das Mädchen) D531
タルタルスの群れ(Gruppe aus dem Tartarus) D583
夜曲(Nachtstück) D672
墓掘人の郷愁(Totengräbers Heimwehe) D842

~休憩~

さすらい人が月に寄せて(Der Wanderer an den Mond) D870
宵の明星(Abendstern) D806
幸福の世界(Selige Welt) D743
ドナウ川の上で(Auf der Donau) D553
ヴィルデマンの丘で(Über Wildemann) D884
十字軍(Der Kreuzzug) D932
漁師の恋の幸福(Des Fischers Liebesglück) D933
リュートに寄せて(An die Laute) D905
ヘリオポリス 第ニ(Heliopolis II) D754

●曲目C 共演:原田幸一郎(VLN) 生沼誠司(VLA) 岩崎恍(VLC) 奥田一夫(CB) 金昌国(FL) 北島章(OB) 小林道夫(CEM)

A.スカルラッティ(A.Scarlatti)/カンタータ「傷つけられて」(Infirmata vulnerata)

ヘンデル(Händel)/バイオリンと通奏低音のためのソナタ ニ長調 作品1-13(Sonata for Violin and b.c. D major)

ヘンデル/カンタータ「時に暗雲は空を覆い」("Cuopre tal volta il cielo," cantata for baritone, flute, violin and b.c.)

~休憩~

テレマン(Telemann)/パリ四重奏曲 第1番 ニ長調(Pariser Quartett for flute, violin, cello and b.c. D major)

テレマン/カナリア・カンタータ("Trauermusik eines kunsterfahrenen Canarienvogels," cantata for baritone, violin, oboe, viola and b.c.)

●曲目D 共演:ユリア・ヴァラディ(S: K.374, K.490, K.528) NHK交響楽団;テオドル・グシュルバウアー(C)

モーツァルト(Mozart)/歌劇「魔笛」序曲 K.620(Die Zauberflöte, overture)

モーツァルト/コンサート・アリア(Concert Arias)
 レチタティーヴォ「さあこの腕の中へ」・・・アリア「天はいまあなたを私に」K.374
 シェーナ「もう言わないで、すっかりわかりました」・・・アリア「恐れないで、恋人よ」K.490
 シェーナ「美しい恋人よ、さようなら」・・・アリア「とどまれ、わが心よ」K.528

~休憩~

マーラー(Mahler)/「亡き子をしのぶ歌」(Kindertotenlieder)
(いま太陽は明るく昇る/いま私には分るのだ/おまえのお母さんが/よく私は考える/こんなひどい嵐の日には)

ベートーベン(Beethoven)/序曲「レオノーレ」第3番(Leonore, overture No.3 Op.72a C major)

(上記の日本語表記はプログラム冊子の表記に従った)

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前回来日時の招聘元の倒産騒動から2年後、今度はパン・コンサーツの招聘で、4つのプログラムを披露した。
この時初めて当時若干30歳だったピアニストのハルトゥムート・ヘル(1952年11月24日,Heilbronn生まれ)と日本で共演した(ディースカウとの年齢差は27歳)。
ディースカウとヘルの初共演は1982年2月というから、まだ共演歴の浅かった時期だったことになる。
ヘルが白井光子とディースカウのマスタークラスに参加したのがきっかけとなり、その後、ディースカウ引退の1992年まで長い共演が続くことになる。

曲目Aのシューマンのハイネの詩による2つの歌曲集は1974年の第4回来日時に披露して以来である。
特に10月3日の東京文化会館でのシューマンの夕べは、パン・コンサーツと共同主催だったTBSが深夜に放送した(残念ながら「リーダークライス」は抜粋だったが、民放でクラシック歌曲のライヴ録画が流れるというのは珍しい事だったのではないだろうか)。

曲目Bのシューベルトの夕べは横浜と大阪で披露されたが、F=ディースカウによってその価値が広められたと言ってもいいような珍しい選曲が目を惹く。
私がはじめてF=ディースカウの実演を聴いたのはこの神奈川県民ホールでのシューベルトの夕べだった。
当時中学生だった私にとって決して安くはないチケットだったが、歌曲にのめりこみ始めた頃の大好きな歌手の生演奏を聴けるとあって、かなり興奮していたことを懐かしく思い出す。
「大河」「タルタルスの群れ」「夜曲」「墓掘人の郷愁」「ドナウ川の上で」「ヴィルデマンの丘で」「ヘリオポリス 第ニ」などは今でも好んで聴く私の好きな作品である。

なお、10月21日、神奈川県民ホールでのアンコールは、私の当時のメモによるとシューベルトばかり5曲だった(「春に」「夕映えに」「孤独な男」「漁師の娘」「漁師の歌D881」、以上順不同)。

曲目CはA.スカルラッティ、ヘンデル、テレマンのカンタータが日本を代表する名手たちと共演して歌われた。

曲目Dはグシュルバウアー指揮N響との共演で、前半に夫人ヴァラディによるモーツァルトのコンサート・アリア3曲、そして後半にディースカウによるマーラーが歌われた。

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白井光子&ヘル/ブラームス&R.シュトラウス(2009年11月4日 トッパンホール)

シリーズ<R.シュトラウス 2>
白井光子&ハルトムート・ヘル
2009年11月4日(水) 19:00 トッパンホール(G列1番)

白井光子(Mitsuko Shirai)(MS)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(P)

ブラームス(Brahms)作曲
1.エオリアン・ハープに寄す Op.19-5
2.ひばりの歌 Op.70-2
3.ナイチンゲール Op.97-1
4.夕暮れの雨 Op.70-4
5.テレーゼ Op.86-1
6.たそがれる夕べ Op.49-5
7.わたしの想いはあなたに Op.95-2
8.わたしは夢を見た Op.57-3
9.やなぎの花 Op.107-4

~休憩~

R.シュトラウス(R.Strauss)作曲
10.ダリア Op.10-4
11.かわらぬもの Op.69-3
12.たそがれの夢 Op.29-1
13.おお、きみがぼくのものなら Op.26-2
14.解脱 Op.39-4
15.旅人の心の安らぎ Op.67-6
16.帰郷 Op.15-5
17.万霊節 Op.10-8
18.セレナーデ Op.17-2

~アンコール~
1.ブラームス(Brahms)/あなたの青い瞳Op.59-8
2.ヴェーベルン(Webern)/似たもの同士(ヴォルフも同じゲーテの詩に作曲している)
3.ブラームス/私の傷ついた心Op.59-7
4.アイヴス(Ives)/イルメナウ(Ilmenau: テキストは、ゲーテの有名な詩「すべての頂に憩いあり(Über allen Gipfeln ist Ruh)」による)
5.シューマン(Schumann)/出会いと別れOp.90-3
6.ベルク(Berg)/山のかなたの(上田敏の訳で有名なブッセの詩による)

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昨年のラ・フォル・ジュルネで聴いた白井光子が風邪で不調だったこともあり、正直なところ今回聴こうかどうか迷ったのだが、今後彼女を聴ける機会がどれだけあるかを思い、チケットを購入した。
会場はほぼ満席で(完売とのこと)根強い人気をうかがわせた。

プログラムは当初予告されていた曲から2曲カットされたが、「リハーサルを重ね熟考した結果」とのことで、演奏者の厳しい自己批評のすえ決められたことなのだろう。

今回はトッパンホールのR.シュトラウス・シリーズの第2回目という位置づけで彼女たちのリサイタルが催された。
しかし私個人としては前半のブラームスの素晴らしい選曲に期待して出かけてきた。

白井は今回声が温まるまで時間がかかった。
ブラームス最初の数曲では音程も安定せず、ヴィブラートは太く、声量も充分ではなかった。
年齢的に全盛期のような声の充実は求められないだろうが、それでも最初のうちはまだ実力を発揮できていなかったように感じた。
しかし歌い進めるうちに彼女の真摯で温かい歌の世界に自然に引き込まれていった。
声の質は以前とは若干変わったように感じられた。
なんでもなく難所をクリアーしていた過去とは異なることを彼女自身がしっかり受け止め、いかに歌の形を保つか彼女の新たな挑戦が感じられて、その人間味が新たな魅力となっていた。

ブラームスのブロックでは、最初に歌われたメーリケの詩による「エオリアン・ハープに寄す」がとても美しい作品で、彼女の歌で聴けたことは感動的だった。
そしてもう1曲「ひばりの歌」、これはブラームスの知られざる傑作だと思う。
歌とピアノが繊細に対話しているような小品で、清らかな陶酔感がなんともいえない感動を与えてくれる。
「わたしは夢を見た」では白井本来の豊かなフレージングが素晴らしかったし、ブラームス最後の「やなぎの花」では愛らしく表情豊かな彼女の歌に可愛らしさを感じた。

後半のR.シュトラウスのブロックでは、彼女の本来の良さが聴かれ、ボリュームのある声で多彩な作品それぞれを描き分けていた。
とはいえ、「解脱」の最後のかなり長大に持続するフレーズでは、ヘルが速めのテンポで弾くことによって彼女の声を助けているのが感じられた。
一風変わった「旅人の心の安らぎ」という珍しい作品は、詩人ゲーテの皮肉な人生訓が歌われ、白井ならではの選曲と感じた。

ハルトムート・ヘルは以前に比べると、随分騒々しさは陰をひそめ、これみよがしなスタンドプレーは減ったように感じた。
これから円熟期に入ろうという白井を支えようとするかのように包容力のある優しい響きを聞かせるようになった。
それでも「リートデュオ」という形を意識しているせいなのか、かなり大胆にテンポを揺らす点は変わらない。
二人のソリスト同士のアンサンブルという感覚で演奏しているからだろう。
それはそれで、ほかのピアニストからは聞けない面白みがあるので、場合によっては新鮮な響きを聞かせてくれたことは確かである。
とはいえシュトラウス作曲「セレナーデ」の後奏のあまりにも素っ気無く、さっさと終わらせようという演奏は共感できなかった。
シュトラウスの歌曲におけるピアノパートはオペラアリアの伴奏に近いところがあるように思うので、四角四面に楽譜通りに弾かなくてもいいのかもしれないが(シュトラウス自身もそれほどピアニストに厳密さを求めていなかったようだ)、そうはいっても曲の締めくくりがおざなりなのは興ざめである。
常に安定した演奏を約束するピアニストではないが、何が起こるかわからないスリルはほかのピアニストからは味わえない彼独自のものであろう(それが好きかというとまた別問題なのだが)。

白井さんは6曲もアンコールを歌ってくれたが、最後ベルクの曲を歌う前に聴衆に語り始めた。
大病をして体も動かなかった状態からリハビリを経てこうやってステージに立てるようになって感無量と涙を浮かべながら語り、聴衆も温かい拍手を贈っていた。
つらい病気からよくここまで回復してくれたと本当に感激もひとしおである。
同じ病気と闘っている人たちにもきっと大きな支えになるのではないか。
白井さんのさらなる歌の世界を今後も見守っていきたい。

Shirai_hoell_20091104_chirashi

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シューベルトの想い出~「流れ」D565

Der Strom, D565
 流れ

Mein Leben wälzt sich murrend fort,
Es steigt und fällt in krausen Wogen,
Hier bäumt es sich, jagt nieder dort
In wilden Zügen, hohen Bogen.
 私の人生は不平を漏らしながら転がり進む、
 さざ波を立てて上ったり落ちたりしつつ。
 ここで立ち止まるかと思えば、あちらで下へ駆り立てる、
 荒々しい動きで、高い弧を描いて。

Das stille Tal, das grüne Feld
Durchrauscht es nun mit leisem Beben,
Sich Ruh ersehnend, ruh'gen Welt,
Ergötzt es sich am ruh'gen Leben.
 静かな谷や緑の野原を
 今、かすかに震えながらざわめき抜ける。
 憩いを望み、穏やかな世界を望みながら、
 穏やかな人生を楽しんでいる。

Doch nimmer findend, was es sucht,
Und immer sehnend tost es weiter,
Unmutig rollt's auf steter Flucht,
Wird nimmer froh, wird nimmer heiter.
 だが、求めるものは決して見出せず、
 常に望みを抱きながら轟音を立ててさらに流れる。
 不機嫌に絶えず逃避しつつ転げまわり、
 決して陽気にも快活にもなることはない。

詩:不明
曲:Franz Peter Schubert (1797.1.31, Himmelpfortgrund - 1828.11.19, Wien)

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シューベルトの歌曲を聴きはじめたばかりの頃、F=ディースカウが神奈川県民ホールに来てシューベルトの夕べを開くことを知った。
1983年10月21日の公演はハルトムート・ヘルのピアノで正規のプログラムが18曲、アンコールが5曲の計23曲が演奏された。
当時学生だった私にはあまりにも高価なチケット代だったが、そのような体験を私のシューベルト探索のはじめの頃に出来たというのは今思うと貴重なことだったと思う。
ほとんど聴いたことのない曲ばかりで組まれたプログラムだったが、後に歌曲全集のLPを持っていた知人に無理を言って、同じ曲目を聞かせてもらった。
その中で特に気に入った曲が「流れ」という1分少々の短い作品だった。
冒頭から細かい分散和音で激しく上下に動き回るピアノパートにすっかり魅せられて、インターネットなどなかった時代なので輸入楽譜店に葉書で問い合わせてペータース版の第7巻を購入したものだった。
下手の横好きで前奏と後奏だけはとりあえず指が覚えたが、忍耐力のない私はそれだけで満足して練習するのをやめてしまった。
当時F=ディースカウ以外の歌手でも聴いてみようと探してみてもほとんど録音がなかったと思うが(クルト・モルによるこの曲の演奏が発売された時は喜んで購入したものだった)、F=ディースカウ自身はムーア、リヒテル、ヘルなどと繰り返し録音しており、愛着も深かったのだろう。

この曲の草稿には「シュタードラー氏の想い出のために」と記されているそうで、1817年の夏にシューベルトの神学校時代の友人アルベルト・シュタードラー(Albert Stadler: 1794.4.4, Steyr, Austria - 1888.12.5, Wien)がヴィーンを離れる際に作曲された。
そのため、このテキストがかつてはシュタードラーの手によるものとされてきたが、シューベルト自身による詩という説もあり、はっきりしていない。
人生という荒波にもまれて苦しむというかなりネガティブな内容だが、シューベルトの畳み掛けるように押し寄せる音の波で見事に表現されている。
F=ディースカウもその著書「シューベルトの歌曲をたどって」(原田茂生訳、1976年白水社)の中で、「最初のアウフタクトが始まるやいなや聴き手を激しい興奮にひきずり込む」と述べているのも納得できる知られざる名作である。

F=ディースカウ&ヘルが1991年にニュルンベルクのコンサートで演奏した際のライヴ映像がYouTubeにアップされている。
声は衰えたが、さすがに手の内に入った歌唱で、詩の内容を全身で表現している。
ヘルのピアノも若々しく、すでに後年の個性の片鱗が聞かれるようだ。
http://www.youtube.com/watch?v=_1lKTxpNYq0

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白井光子が歌うシュレーゲルの詩集「夕映え」による11の歌曲(シューベルト)

シューベルト/ツィクルス「夕映え」より;シュポーア/ドイツ歌曲
Shirai_hoell_schubert_spohr_2CAPRICCIO: 67 198
録音:1986年(シューベルト)&1993年(シュポーア), Tonstudio Teije van Geest, Heidelberg/Sandhausen
白井光子(MS)
エードゥアルト・ブルンナー(Eduard Brunner)(CL: 12-18)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(P)

シューベルト(1797-1828)作曲

フリードリヒ・フォン・シュレーゲルの詩集「夕映え」から
1.夕映えD690(1823年3月作曲)
2.山D634(1819年頃作曲)
3.鳥D691(1820年3月作曲)
4.少年D692(1820年3月作曲)
5.流れD693(1820年3月作曲)
6.ばらD745(1822年初頭(5月以前)作曲)
7.蝶々D633(1819年頃作曲)
8.さすらい人D649(1819年2月作曲)
9.少女D652(1819年2月作曲)
10.星D684(1820年作曲)
11.茂みD646(1819年1月作曲)

12.歌劇「謀反人たち」D787より~ロマンツェ(私は用心深くそっとあちこち忍び歩く)

シュポーア(1784-1859)作曲

独唱、クラリネット、ピアノのためのドイツ歌曲Op. 103
13.静まれ、わが心よ(シュヴァイツァー男爵)
14.二重唱(ライニク)
15.憧れ(ガイベル)
16.子守歌(ファラースレーベン)
17.ひそやかな歌(コッホ)
18.目覚めよ(不詳)

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昨年はハルトムート・ヘルの足の負傷により白井光子の病気回復後の復帰コンサートが中止となり残念だったが、今年のラ・フォル・ジュルネには出演するようだ(チケットがすぐに売切れてしまいそうだが)。

つい最近久しぶりに彼らの録音がCAPRICCIOからリリースされたので聴いてみた。
内容はシューベルトのシュレーゲルによる歌曲11曲と、歌劇「謀反人たち」からの美しいロマンツェ、さらにルイス・シュポーア作曲のクラリネット助奏付きの6つの歌曲である。
新譜とはいえ、シューベルトは20年ほど前、シュポーアも10年以上前の録音であり、随分長いこと眠っていたものである。
レコード業界の不況の中、録音してもそう簡単にリリースできるものでもないのだろう。
このCD、輸入盤取り扱い店で3000円~4000円台の値がついていて驚いた。
結局ドイツamazonの中古で安く入手したが、送料を含めると大差なかったかもしれない。

ジャケットの彼女はすでに白髪だが、穏やかな実にいい顔をしている。
豊かな人生を経てきたのがあらわれているかのような表情である。

フリードリヒ・フォン・シュレーゲル(Friedrich von Schlegel: 1772-1829)の詩集「夕映え(Abendröte)」は22編の詩から成るが、シューベルトはそのうち11編に1819年から1823年にかけてばらばらに作曲した。
従って、シューベルトが「夕映え」による11曲の歌曲集をあらかじめ想定していたとは考えにくいが、数曲が同じ時期に作曲されており、小さな規模でまとめて出版しようとしていたとしても不思議ではない。
いずれにせよこれらの曲がまとめて演奏されることによって、1つの詩集の統一感と同時にその中の多様性を味わうことは出来るだろう。
シュレーゲルの詩集「夕映え」は次のような構成になっている。

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Abendröte(詩集「夕映え」)

Erster Teil (第一部)

[Tiefer sinket schon die Sonne] (すでに日はさらに深く沈み:無題)(=夕映え)
Die Berge(山)
Die Vögel(鳥)
Der Knabe(少年)
Der Fluß(流れ)
Der Hirt(羊飼い:作曲されていない)
Die Rose(ばら)
Der Schmetterling(蝶々)
Die Sonne(太陽:作曲されていない)
Die Lüfte(風:作曲されていない)
Der Dichter(詩人:作曲されていない)

Zweiter Teil(第二部)

[Als die Sonne nun versunken] (日が今や沈んだのに:無題:作曲されていない)
Der Wanderer(さすらい人)
Der Mond(月:作曲されていない)
Zwei Nachtigallen(二羽のナイティンゲール:作曲されていない)
Das Mädchen(少女)
Der Wasserfall(滝:作曲されていない)
Die Blumen(花:作曲されていない)
Der Sänger(歌びと:作曲されていない)
Die Sterne(星)
Die Gebüsche(茂み)
Der Dichter(詩人:作曲されていない)

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シューベルトのシュレーゲル「夕映え」歌曲群のテキスト大意は以下の通り。

1.夕映えD690:すでに日は深く沈み、すべてが憩いの呼吸をしている。鳥も人も山も川もすべてが詩人に語っているようだ。すべてが一つの合唱となり、一つの口から多くの歌を歌うことが詩人には分かったからだ。

2.山D634:われわれが高められたのを見て困難に打ち勝ったと思う。でもすぐに永遠に確固として自分自身に根ざしていることに驚いて気付かざるをえない。

3.鳥D691:飛び、歌い、地上を見下ろすのはなんて楽しいことだろう。人間は飛ぶことも出来ず、苦しみ歎いて、愚かなこと。私たちは空に羽ばたいていける。

4.少年D692:もし僕が鳥だったら、陽気に飛び回り、すべての鳥を打ち負かしたい。そしてお母さんのところに飛んで行き、もし怒られたら甘えてその真剣さを打ち負かすんだ。

5.流れD693:素晴らしい弦の響きによって歌がうねり、節が変わってもまた元に戻ってくるように、銀の流れがくねり、茂みを映しながら流れていく。

6.ばらD745:暖かさに誘われて光を求めたことを永遠に歎くしかありません。太陽が暑すぎたのです。私の短かった若い命のことを死に瀕して言いたかったのです。

7.蝶々D633:どうして踊らずにいられよう。魅力的な色が緑野の中で輝いているというのに。小さな花々は甘く香り、私は花を失敬する。花を私から守ることなんて出来ませんよ。

8.さすらい人D649:月の光がはっきり私に語り、旅に出ようと思わせる。「昔の道に従い、故郷をつくるな。永遠の苦しみが辛い日々をもたらすことになるから。苦しみを逃れて、さすらうのだ。」

9.少女D652:私のいい人がどれほど心から私に身を捧げていることでしょうと言ってみたいのです、彼が私をそれほど好きではないという歎きを和らげるために。

10.星D684:われわれがなんと神聖に輝いているかと驚いているのか、人間よ。ただ天の指示に従ってわれらが親しげに輝いていることが分かれば、俗世の苦悩などは消えてしまうだろう。すべては神の泉から湧き出たもの、それぞれが合唱の一員ではないだろうか。

11.茂みD646:涼しくかすかに暗い野を風が渡る。海のとどろきも木の葉のざわめきもただ一つの魂が動かしているのだ。霊が悲しめば波の響きが重なり、霊が生を呼吸すれば言葉が連なる。

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シューベルトは詩集の第一部から7編、第二部から4編作曲していることが分かる。
白井&ヘルはこの詩集の順序そのままに11曲を歌っていることになる。
ちなみにハイペリオン歌曲全集27巻(グレアム・ジョンソンのピアノ)ではシェーファーとゲルネが分担して歌っているが、「少年」と「流れ」を入れ替えた以外は詩集の順序に則っている。

白井は以前日本でも「夕映え」による歌曲を集めて披露していたが、一見ロマン派の詩人が好みそうな主題がちりばめられていながら実は思索的で難解な洞察がされているテキストによるこれらの作品で、時に軽やかに明るく、時に深みをもってどのタイプの曲でも自在に表現する。
声は光沢にあふれてきらきらしている。
あるフレーズを歌い終える時の余韻の素晴らしさは彼女特有の美質だろう。
特に冒頭の「夕映え」の美しさは特筆すべきだろう。
この詩はもともと無題だったものにシューベルトが詩集全体のタイトル「夕映え」を付与したのだが、詩集全体にあらわれるもろもろが登場し、全体のモットーのような役割を与えられている。
夕暮れ時の自然の輝きと人間の研ぎ澄まされた感覚が赤みをおびたイメージと共に穏やかな倦怠感を呼び起こす。
その限られた瞬間の趣がシューベルトによって見事に表現されている。

これらの歌曲群は明るく美しい作品が多いが、なかでも「流れ」は個人的に特に気に入っている。
大きな孤を描いた息の長いフレーズをもった歌声部や、オクターブで美しいメロディーを歌うピアノパートなど、イタリアオペラのアリアをピアノ伴奏で歌ったものを思い起こさせるが、どこまでも甘美に溶けるような響きにひたれる、こういうタイプの曲はシューベルトには珍しいのではないか(有名な「アヴェ・マリア」も多少似たタイプではあるが)。
ヤノヴィッツやポップ、シェーファーなど美声のソプラノ歌手の録音が印象深いが、上述の3人、いずれもアーウィン・ゲイジが共演しているのが興味深い。
ゲイジのお気に入りの曲なのではないか。
白井さんは美しい響きを余裕をもって歌うが、曲の甘美さに溺れず、歌曲としてのフォルムを保っているところがいかにも彼女らしいと思った。

最後の「茂み」は随分遅めのテンポだが、噛みしめるようにしっとりと歌うことによって、例えばアーメリングが歌った時のような清涼感よりも自然の神秘性を前面に押し出しているように感じられた。
そして、そのほとんど魔術的な響きは第1曲に置かれた「夕映え」の響きに回帰したかのようである。

ヘルは作品に素直に寄り添い、恣意的なところもなく、冒頭の「夕映え」など繊細さを貫いていて素晴らしかった。

ちなみにシューマンのピアノ曲、幻想曲ハ長調Op. 17の冒頭には、「茂み」の最後の4行がモットーのように記されているという。

Durch alle Töne tönet
Im bunten Erdentraume
Ein leiser Ton gezogen,
Für den, der heimlich lauschet.
 すべての音を通して響くのだ、
 いろいろな地上の夢の中の
 かすかな音が、
 ひそかに耳を澄ます者には。

白井&ヘルはかつてリリースした「ヨーロッパの歌の本(Europäisches Liederbuch)」(CAPRICCIO: 67 024)と題されたCDの中で、お得意のシェックやベルク、ヴェーベルンなどのほかに、ブリテン、レスピーギ、ベリオ、シマノフスキーからプランクやドビュッシー(「もう家のない子供のクリスマス」)まで演奏しており、各国の色合いの異なる世界に違和感なく同化する幅の広さを示している。
「ぶらあぼ」2007年10月号のインタビューでは「日本歌曲のピュアな部分に惹かれています」と語っており、もしかしたら日本歌曲に彼女が手を伸ばす日も遠くないのかもしれない。

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