白井光子&ハルトムート・ヘル/プラチナ・シリーズ(2015年3月6日 東京文化会館 小ホール)
Music Weeks in TOKYO 2014
プラチナ・シリーズ 第5回
白井光子&ハルトムート・ヘル ~世界最高峰のリートデュオ~
2015年3月6日(金)19:00 東京文化会館 小ホール
白井光子(Shirai Mitsuko)(メゾソプラノ)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(ピアノ)
ブラームス(Brahms):
たそがれ op.49-5
メロディのように op.105-1
おお、帰り道さえわかれば(郷愁II) op.63-8
野原にひとり op.86-2
家もなく故郷もなく(あるドラマより) op.94-5
夢は去り op.58-7
春の歌 op.85-5
R.シュトラウス(R.Strauss):
森を行く op.69-4
おお、あなたが私のものなら op.26-2
帰郷 op.15-5
~休憩~
R.シュトラウス:
私は漂う op.48-2
冬の愛 op.48-5
リスト(Liszt):
ぼくの歌には毒がある S.289
花とそよ風 S.324
ざわめくのは風 S.294
それは素晴らしいことにちがいない S.314
マルリングの鐘よ S.328
御身、天から来たり S.279
3人のジプシー S.320
~アンコール~
フランツ(Franz)/こよなく美しい五月に(Im wunderschönen Monat Mai)Op.25-5
シューマン(Schumann)/くるみの木(Der Nussbaum)Op.25-3
シマノフスキ(Szymanowski)/窓からのり出して(Lean out of the window)Op.54-2
ブラームス(Brahms)/私は夢に見た(Es träumte mir)Op.57-3
ヴォルフ(Wolf)/ねずみ捕りのおまじない(Mausfallen-Sprüchlein)
ブラームス/ねこやなぎ(Maienkätzchen)Op.107-4
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白井光子とハルトムート・ヘルのデュオを久しぶりに聴いた。
前回聴いたのは日本歌曲だっただろうか。
今回は白井さんが歌いたい曲が選ばれているそうで、ブラームス、シュトラウス、それに珍しいリストの歌曲が選曲された。
舞台に登場した真っ赤なドレスに身を包んだ白井さんはお元気そうに見えた。
ブラームスの7曲は続けて歌われたが、最初ということもあり、声が出きっていない感もあり、音程が上がりきらない箇所もあったものの、今の彼女にふさわしい人生観照の深みが描き出されていて、しっとりと心に染み込んでいくような歌声だった。
白井さんは以前のようにあふれるように声を響かせるというよりは、語るように丁寧に言葉を響かせる。
そして、声の色を変化させながら、誠実に旋律を紡いでいく。
声の質は渋みを増しながら、落ち着いた美しい響きを保っていた。
R.シュトラウスの歌曲は前半の最後に3曲、そして後半のはじめに2曲演奏されたが、休憩によって中断された流れを取り戻す効果があるように感じられ、面白い配置法だと思った。
あまり有名ではない曲が選ばれているのも興味深い。
「森を行く」はシューマンの「ぼくの馬車はゆっくりと進む」と同じハイネのテキストによるものだが、シューマンよりもさらに描写的で、ピアノパートも含めて、演奏者の演じ方を楽しめる作品だった。
「おお、あなたが私のものなら」は悲しみに満ちた作品。
そして比較的知られている「帰郷」は美しい分散和音に乗せて「あなたのもとへと帰る」と歌われる。
この曲は、ブラームスの「おお、帰り道さえわかれば」と共に、回帰が歌われており、今の白井さんの心境を反映しているのかもしれない。
そして休憩後の「私は漂う」はピアノの美しい浮遊感のある演奏に乗って、シュトラウスらしいメロディーが歌われる。
最後の「冬の愛」で盛り上がって締めくくられる。
白井さんはシュトラウスのメロディーラインを生かしながら、ここでも語る要素を失わない歌唱を聴かせていた。
そして、貴重なリスト歌曲7曲が歌われた。
「ぼくの歌には毒がある」は前奏付きのバージョン。
ハイネらしい斜に構えたテキストを激しく歌い演奏する。
「花とそよ風」は繊細な美しい佳品。
「ざわめくのは風」はシューベルトの「秋」と同じレルシュタープのテキストによるが、もちろんシューベルトよりも濃厚だ。
「それは素晴らしいことにちがいない」はよく知られた曲で、他の濃いリスト歌曲の中に置かれるとちょっとした清涼感が味わえる。
「マルリングの鐘よ」はピアノパートに鐘の音を響かせながら美しい歌が静かに歌われる。
「御身、天から来たり」は有名なゲーテのテキストによるもので、リスト自身も複数のバージョンを作っている。
今回はドラマティックな第1バージョンで、同じ詩によるシューベルトの作品とのあまりの違いに驚かされる。
同じ詩で作曲家によってこれほど捕らえ方が異なるものなのかと思わされる。
リストの濃厚で官能的ですらある世界が展開されている。
そして締めの「3人のジプシー」はおそらくリスト歌曲の中で最も演奏される機会の高いもの。
今回は最後の省略可能な箇所を省いて演奏された(この方が迫力のあるまま終わるので、プログラムの最後にはふさわしいだろう)。
白井さんはリスト歌曲のブロックになって、声の伸びが格段によくなり、リスト独自の世界を丁寧に時に豊麗な響きで描いてみせた。
彼女の深みのある明晰なディクションによる歌唱は、リスト歌曲の演奏にはうってつけではないだろうか。
今回のコンサートの中で際立って充実した歌唱を聴かせてくれた。
アンコールは拍手にこたえて6曲。
彼女たちのレパートリーの広さが反映されたもので、いずれも素晴らしかった。
個人的にはヴォルフの「ねずみ捕りのおまじない」での声色を変えた茶目っ気のある歌唱を聴けたのが嬉しい!
ヘルは以前と比べて包容力が増して、白井さんの声を優しく包み込むように演奏していた。
主張すべきところは以前同様前面に出るのだが、概して白井さんの歌のボリュームと色合いに溶け込ませようという意識が感じられて、心地よいピアノだった。
ヘルの演奏の特徴のひとつは、小節線の区切りを意識させない前進のしかたにあると思うが、今回もそれは感じられた。
例えば、ブラームスの「野原にひとり」は荘重にゆったりめなテンポを守りながら演奏されるのが一般的だが、ヘルは早めのテンポで進め、重い額ぶちのようにではなく、歌に寄り添った伸縮自在な演奏を聴かせた。
白井さんとの信頼関係のうえに成り立つ演奏とも言えるだろう。
ヘルもまた円熟の時を迎えていると感じた。
ちなみに今回事前に配布されたプログラムノートには各曲への簡単な解説のみが付いていて、それを頼りに演奏を聴いたのだが、終演後にロビーでようやく全曲の歌詞対訳が配布されたのは、白井さんの「上演中はステージに集中してほしい」という気持ちのあらわれと受け取った。
久しぶりに濃密で充実した歌曲の夕べを堪能して、大満足の一夜だった。
まだまだリートデュオとしての歩みを止めないお二人のさらなるご活躍に大いに期待したいと思う。
そして、それが白井さんと同じ病と闘っておられる方々の大きな励みにもなるのではないだろうか。
ちなみに白井光子さん&ヘルさんからのメッセージは以下のサイトにあります。
こちら
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