« ヴォルフ:愛の春(Wolf: Liebesfrühling, Op. 9, No. 2) | トップページ | エリーの要点「なぜ?」(Elly's Essentials; “Why?")-ブラームス:五月の夜(Johannes Brahms: Die Mainacht, Op. 43, No. 2) »

ヴォルフ:はじめての喪失(Wolf: Erster Verlust, Op. 9, No. 3)

Erster Verlust, Op. 9, No. 3
 はじめての喪失

Ach wer bringt die schönen Tage,
Jene Tage der ersten Liebe,
Ach wer bringt nur eine Stunde
Jener holden Zeit zurück!
 ああ、誰が美しかった日々を戻してくれるのか、
 初恋のあの日々を。
 ああ、誰が
 あのいとしい時のほんの一時間だけでも返してくれるというのか!

Einsam nähr' ich meine Wunde
Und mit stets erneuter Klage
Traur' ich um's verlorne Glück.
 一人さびしく私は傷をはぐくみ
 絶えずわき起こる嘆きとともに
 失った幸せを悲しむまでだ。

Ach, wer bringt die schönen Tage,
[Jene holde Zeit zurück!]1
 ああ、誰が美しかった日々を
 あのいとしい時を返してくれるというのか!

1 Schubert: "Wer jene holde Zeit zurück!"; Medtner, Zelter: "Wer bringt die holde, süße, liebe Zeit zurück?"

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), "Erster Verlust", first published 1789
曲:Hugo Wolf (1860-1903), "Erster Verlust", op. 9 no. 3 (1876)

作曲:1876年1月30日(日)午前9時半着手、午前11時半完成

-----

ヴォルフが付与した作品番号9の第1,2曲はレーナウの詩による歌曲でしたが、第3曲はゲーテの詩による「はじめての喪失(Erster Verlust, Op. 9, No. 3)」です。前曲「愛の春」の1日後に作曲されています。

はじめて失恋をした主人公の心の痛手を歌ったゲーテの詩に多くの作曲家が曲を付けていますが、中でもシューベルトの作品(D 226)は簡素ながら非常に優れていると思います。
この若きヴォルフによる作品は、「つらい!苦しい!」と訴えるのではなく、全編を穏やかな長調の響きで貫き、自ら心の傷を癒そうとしているかのように感じられます。

初期のヴォルフの歌曲で顕著なのが、歌声部にメリスマを使うことで、この歌曲でも使われています。興味深いのが、歌声部に合わせてピアノパートもメリスマと同じリズムを奏でることで、しかも右手と左手両方がそれぞれ異なるフレーズを奏で、あたかも歌と三重唱を奏でているかのようです。あまり一般的なやり方ではないように思いますが、若かりしヴォルフは、オペラアリアの手法を歌曲に取り入れようとしていたのかもしれません。

第2連の最初"Einsam"のところにヴォルフは"Recitativ(レチタティーヴォ)"、"innig(内面的に)"と記しており、少しの間無伴奏になります。とはいえ、いわゆる語りというよりはメロディーの続きのようにも聞こえるので、ヴォルフはこの部分を語るように歌ってほしいと考えたのかもしれません。

若さゆえの未熟さはありますが、あれこれ工夫しようという意欲も伺えて、美しさも感じられる作品だと思います。

3/4拍子
変ホ長調(Es-dur)
Mäßig (中庸のテンポで)

●[Hugo Wolf:] Erster Verlust, Op. 9, No. 3
トマス・ホッブス(T), ショルト・カイノホ(P)
Thomas Hobbs(T), Sholto Kynoch(P)

Channel名:トーマス・ホッブス - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)
ライヴ録音:29 June 2013, St John the Evangelist, Oxford, U.K.

●Hugo Wolf: Erster Verlust - Andre Morsch (Bariton) & Marcelo Amaral (Klavier), 23.03.2017
アンドレ・モルシュ(BR), マルセル・アマラウ(P)→※余談ですが、このバリトン歌手モルシュ、少しプライと声質が似ているように感じました
André Morsch(BR), Marcelo Amaral(P)

Channel名:Internationale Hugo-Wolf-Akademie(オリジナルのリンク先はこちら)

-----

●【参考】ツェルター:はじめての喪失 D 226
[Carl Friedrich Zelter:] Sämtliche Lieder, Balladen und Romanzen, Z. 124, Book 4: Erster Verlust
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), アリベルト・ライマン(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Aribert Reimann(P)

Channel名:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】シューベルト:はじめての喪失 D 226
Schubert: Erster Verlust, D. 226
ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

Channel名:ヘルマン・プライ - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】ファニー・ヘンゼル=メンデルスゾーン:はじめての喪失(I)
[Fanny Hensel (1805-1847):] Erster Verlust (I)
トビアス・ベルント(BR), アレクサンダー・フライシャー(P)
Tobias Berndt(BR), Alexander Fleischer(P)

Channel名:Alexander Fleischer - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】ファニー・ヘンゼル=メンデルスゾーン:はじめての喪失(II)
[Fanny Hensel (1805-1847):] Erster Verlust (II)
トビアス・ベルント(BR), アレクサンダー・フライシャー(P)
Tobias Berndt(BR), Alexander Fleischer(P)

Channel名:Alexander Fleischer - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】フェーリクス・メンデルスゾーン:はじめての喪失 Op. 99, No. 1
[Felix Mendelssohn:] 6 Songs Op.99 : I Erster Verlust
バーバラ・ボニー(S), ジェフリー・パーソンズ(P)
Barbara Bonney(S), Geoffrey Parsons(P)

Channel名:バーバラ・ボニー - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】ニコライ・メトネル:はじめての喪失
[Nikolai Medtner (1880-1951):] 9 Lieder von W. Goethe, Op. 6: VIII. Erster Verlust - First Love
エカテリナ・レヴェンタル(MS), フランク・ペータース(P)
Ekaterina Levental(MS), Frank Peters(P)

Channel名:Ekaterina Levental - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

●【参考】アルバン・ベルク:はじめての喪失
[Alban Berg (1885-1935):] Erster Verlust
白井光子(MS), ハルトムート・ヘル(P)
Mitsuko Shirai(MS), Hartmut Höll(P)

Channel名:白井光子 - トピック(オリジナルのリンク先はこちら)

-----

(参考)

The LiederNet Archive

Hugo Wolf: Hugo Wolf Kritische Gesamtausgabe - Nachgelassene Lieder III (1875-1878)
stretta music
Musikwissenschaftlicher Verlag

| |

« ヴォルフ:愛の春(Wolf: Liebesfrühling, Op. 9, No. 2) | トップページ | エリーの要点「なぜ?」(Elly's Essentials; “Why?")-ブラームス:五月の夜(Johannes Brahms: Die Mainacht, Op. 43, No. 2) »

音楽」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

ヴォルフ Hugo Wolf」カテゴリの記事

ゲーテ Johann Wolfgang von Goethe」カテゴリの記事

ショルト・カイノホ Sholto Kynoch」カテゴリの記事

コメント

フランツさん、こんにちは。

色々聞いてみて、やはりシューベルトの曲に強く惹かれます。もうどうする事もできない現実の中で、幸せだった時間を何とか返してくれないかと言う悲痛な叫びとため息が、短い曲の中に見事に表し切っていますよね。
参考に上げて下さったプライさんは、何百回と聴きました(後奏が終わると、写真のCDの次の曲『駆者クロノス』の前奏が頭の中で鳴りました(笑))

ヴォルフは、この詩を愛(恋)を喪ってすぐではなく、時間が経過してから思い出すようなイメージで書いたのでしょうか。どこか懐かしむような雰囲気も感じました。

テノールとバリトンではずいぶん曲の印象が違いますね。バリトンのモルシェさん、確かにプライさんと似た声質ですね。甘さを含んだ音色は所々ハッとしました。

投稿: 真子 | 2025年9月27日 (土曜日) 09時17分

真子さん、こんにちは。
お忙しい中いろいろ聞き比べていただき、有難うございます!

やはりシューベルトの音楽は別格ですよね。作曲当時18歳にしてこの内容の深さ!シューベルトの天才をまざまざと感じました。

真子さんはプライの音源を何百回とお聞きになったとのこと、さすがです!CDの次の曲も脳内再生されるということはアルバムの配置に気を配るアーティストにとってとても嬉しいことではないでしょうか。CDや配信の時代になって手軽に好きな曲だけチョイスして聴けるようになりましたが、やはり時間のある時にはアルバムの最初から最後まで順番に聞きたいものですよね。

>この詩を愛(恋)を喪ってすぐではなく、時間が経過してから思い出すようなイメージで書いたのでしょうか。どこか懐かしむような雰囲気も感じました。

ヴォルフの「はじめての喪失」についてもコメントを有難うございます。センチメンタルな雰囲気も漂っていますから、時間が経過して恋の痛手から癒えた頃の落ち着いた心境なのかもしれませんね。

ちなみにフェーリクスの姉ファニー・ヘンゼル=メンデルスゾーンは最近再評価されていていろいろ演奏されていますが、こうして聞くと、弟に劣らず優れた才能の持ち主と感じました。この「はじめての喪失」では姉弟の競作を聞き比べられるのが珍しく面白かったです。

モルシュ、プライファンの真子さんも声質が似て感じられたとのことで、私の勘違いでなく安心しました。プライの後、沢山のリート歌手が登場しましたが、モルシュほどプライの声に近いバリトンはいなかったように思います(息子さんのフローリアンを除いて)。モルシュの動画を聞いた瞬間に「懐かしい!」と感じました。リートの演奏家も完全に世代交代しましたね。モルシュはこれから活躍してほしいです。

投稿: フランツ | 2025年9月27日 (土曜日) 15時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ヴォルフ:愛の春(Wolf: Liebesfrühling, Op. 9, No. 2) | トップページ | エリーの要点「なぜ?」(Elly's Essentials; “Why?")-ブラームス:五月の夜(Johannes Brahms: Die Mainacht, Op. 43, No. 2) »