ブラームス「あの下の谷底で」(Brahms: Da unten die Tale, WoO. 33/6)を聞く
Da unten die Tale, WoO. 33/6
あの下の谷底で
Da unten im Tale
Läuft's Wasser so trüb,
Und i kann dir's net sagen,
I hab' di so lieb.
あの下の谷底で
水があんなに濁って流れている、
そしてぼくはきみに言うことが出来ない、
きみをとても愛していると。
Sprichst allweil von Lieb',
Sprichst allweil von Treu',
Und a bissele Falschheit
Is auch wohl dabei.
あなたはいつも愛について語ったり
誠実さについて語ったりするけれど
少しばかりの偽りも
そこには混ざっているのでしょうね。
Und wenn i dir's zehnmal sag,
Daß i di lieb,
Und du willst nit verstehen,
Muß i halt weitergehn.
ぼくがきみに十回
きみを愛していると言っても
きみが分かろうとしないのなら、
ぼくはもう行くしかないんだ。
Für die Zeit, wo du gliebt mi hast,
Dank i dir schön,
Und i wünsch, daß dir's anderswo
Besser mag gehn.
あなたが私を愛してくれた時のことは
とても有難く思っているわ、
私は、あなたがどこかで
元気に過ごしてくれることを望んでいます。
詩:text in Bavarian (Boarisch) from Volkslieder (Folksongs) , "Trennung", Swabian
曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Da unten im Tale", WoO. 33 no. 6, published [1894], from Deutsche Volkslieder, no. 6, Berlin, N. Simrock
-----
ブラームスは様々な機会にドイツ民謡集のメロディーに美しいピアノパートを付与しています。その中でも全49曲(うち最初の6巻の42曲が独唱曲で、第7巻の7曲が合唱曲)の『ドイツ民謡集WoO.33』は非常に良く知られていて、現在でも演奏されています。アンドレアス・クレッチュマー(Franz Johann Karl Andreas Kretzschmer: 1775-1839)編纂による第1巻とアントン・ヴォルヘルム・フォン・ツッカルマーリオ(Anton Wilhelm von Zuccalmaglio: 1803-1869)による第2巻のドイツ民謡集は、こちらのサイト(IMSLP)からダウンロード出来ますので興味のある方はご覧ください。
「あの下の谷底で」(Da unten die Tale, WoO. 33/6)は、ツッカルマーリオによる第2巻のNo. 189に「別れ(Trennung)」というタイトルで掲載されています。「シュヴァーベン地方の民謡(Aus Schwaben)」と記載されていますが、クレッチュマー&ツッカルマーリオによる民謡集の出自についてはあまり信用できないようです(民謡を模した自作もあるようです)。
ツッカルマーリオによるドイツ民謡集の「別れ(Trennung)」
ちなみにツッカルマーリオによる第2巻の表紙には次にように書かれています(スラッシュ(/)は改行の意味)。
Deutsche / Volkslieder mit ihren Original-Weisen. / Unter Mitwirkung des Herrn Professor Dr. E. Baumstark und mehrerer anderer Freunde der Volks-Dichtung, / als Fortsetzung des A. Kretzschmer'schen Werkes, / gesammelt und mit Anmerkungen versehen / von A. Wilh. v. Zuccalmaglio. / Zweiter Theil. / Berlin, 1840. / Vereins-Buchhandlung.
オリジナルの歌付きのドイツ民謡集 ドクター・バウムシュタルクとその他の多くの民謡創作の友人との共同作業による クレッチュマーの作品の続編 ツッカルマーリオによる収集と注釈付き 第2巻 ベルリン、1840年 フェアアインス書店
ブラームスは、ツッカルマーリオのメロディには手を加えず、調も変えず、ピアノパートの付与にとどめています。ブラームス編曲の他の民謡編曲同様、この曲のピアノパートや後奏は簡素ながら非常に美しく、胸に沁みわたります。
民謡(もしくは民謡を模した創作)なので、この曲も有節形式なのですが、おそらく第1節の冒頭の歌詞「Da(あそこの) unten(下の) die Tale(谷)」は、歌曲の作曲家ならばメロディーラインを低く下行するであろうことが推定されます。
しかし、この曲ではメロディーは上行していき、「Tale(谷)」で最高音に至ります。
ブラームス編曲「あの下の谷底で(Da unten die Tale, WoO. 33/6)」
ところが、ブラームスはこの「ドイツ民謡集」の編曲よりおそらく前に同じテキストによるオリジナルの歌曲を作曲していて、ツッカルマーリオ同様「別れ(Trennung)」というタイトルを付けて出版しています(Op. 97/6)。ピアノ後奏は、こちらのオリジナル歌曲版でブラームスが作曲したものを「ドイツ民謡集」の編曲版に転用したものと想像されます。
ブラームス作曲「別れ(Trennung, Op. 97/6)」
ブラームスのオリジナル歌曲の方は、冒頭の「あの下の谷底で(Da unten die Tale)」の歌詞のメロディーを下行音型で比較的低めに作曲しているので、「下の」「谷」という言葉と矛盾しないように作曲したものと思われます。
ブラームスの「ドイツ民謡集WoO. 33」の中の曲は前述したように今でも大変親しまれていて、演奏会や録音でも何曲か抜粋で演奏されることが多いですが、とりわけ「あの下の谷底で」は人気の高い作品です。ブラームスによるオリジナル作品の「別れOp. 97/6」以上に親しまれていることは間違いないでしょう(時々CDなどの表記で作品番号を混同していることがあります)。このメロディーの素晴らしさとブラームスの繊細なピアノパートの響き、それにテキストの切なさの相乗効果によるのではないかと思います。
実はブラームスは、このツッカルマーリオの単旋律を合唱用に編曲した版をすでに作っていました。1857–58?年頃編曲の無伴奏混成四部合唱(Da unten im Tale, WoO. posth. 35 no. 5)、1859–62年頃編曲の無伴奏女声三部合唱(Trennung, WoO. posth. 37 no. 10)ですが、それらは無伴奏なので、ブラームスによる美しいピアノパートは、WoO. 33ではじめて付けられたということになるでしょう(前述したようにピアノ後奏のみOp. 97/6から引用されていますが)。
-----
●グンドゥラ・ヤノヴィッツ(S), ハンス・フックスベルガー(P)
Gundula Janowitz(S), Hans Fuchsberger(P)
1985年10月5日ライヴ映像。私がこの曲をはじめて聞いたのは、テレビで放送されたこのリサイタルだったと記憶しています。リストやヴァーグナーなどの重いプログラムのアンコールで歌われたこの簡素で美しい作品がどれほど心に染みわたったことでしょう。ヤノヴィッツはリートも素晴らしいです。
●ヘルマン・プライ(BR), マルティン・メルツァー(P)
Hermann Prey(BR), Martin Mälzer(P)
若かりしプライの真摯な語り掛けがなんとも爽やかで、この曲の別れた二人はきっと幸せな未来が待っているだろうと予感させるプライの名唱でした。ちなみに1987年5月の円熟期にコバーン(S)パーソンズ(P)と男女のせりふを歌い分けた再録音(Capriccio: リンク先の5トラック目)は思いと味わいが深まって感動的です。
●アンゲリカ・キルヒシュラーガー(MS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Angelika Kirchschlager(MS), Helmut Deutsch(P)
キルヒシュラーガーの清流のような滑らかな歌唱にうっとりと聞き惚れました。
●エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S), ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ジェラルド・ムーア(P)
Elisabeth Schwarzkopf(S), Dietrich Fischer Dieskau(BR), Gerald Moore(P)
名歌手二人のやりとりは真に迫っていてドラマを見ているかのようです。ムーアの温かい響きがまた胸にしみます。
●エディト・マティス(S), カール・エンゲル(P)
Edith Mathis(S), Karl Engel(P)
マティスはここで一人で2役を歌っていますが、特に歌い分けるというよりはメロディーの美しさに自然と寄り添った歌唱で、それでいてしっとりとした情感が胸を打ちます。
●エリー・アーメリング(S), ドルトン・ボールドウィン(P)
Elly Ameling(S), Dalton Baldwin(P)
アーメリング&ボールドウィンはゆっくり目のテンポで味わい深い演奏でした。
●フリッツ・ヴンダーリヒ(T), ヨーゼフ・ミュラー=マイエン(P)
Fritz Wunderlich(T), Josef Müller-Mayen(P)
ヴンダーリヒによるこの録音はレアだと思います(放送録音のようです)。ミュラー=マイエンが最終節の後奏を変更していますが、オリジナルのままの方がいいように感じました。
●同じテキストによるブラームス作曲の独唱曲「別れ(Trennung, Op. 97/6)」
ユリアーネ・バンゼ(S), ヘルムート・ドイチュ(P)
Juliane Banse(S), Helmut Deutsch(P)
「ドイツ民謡集」の中の曲よりも先にこちらを作曲しているので、ピアノ後奏部分に関してはこのOp. 97/6のものを「ドイツ民謡集」の方に転用したのでしょう。テキストの繰り返しを付与して、より民謡らしさを強調しています。
●無伴奏混成四部合唱版(Da unten im Tale, WoO. posth. 35 no. 5)
NDR Chor, Günter Jena(C)
ハーモニーを付けると響きに厚みが出て、別の味わいがありますね。
-----
(参考)
Anton Wilhelm von Zuccalmaglio (Wikipedia: 独語)
エリザベート・シュワルツコップ&ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ&ジェラルド・ムーアによる「ブラームス:ドイツ民謡集」のCD(東芝EMI: CE30-5294・95)の解説書(ウィリアム・マン(西野茂雄:訳)、門馬直美)
| 固定リンク
« 東京春祭 歌曲シリーズ vol.44:アドリアナ・ゴンサレス(ソプラノ)&イニャキ・エンシーナ・オヨン(ピアノ)(2025年4月8日 東京文化会館 小ホール(ネット席)) | トップページ | エリーの要点「託児所」(Elly's Essentials; “Crèche"-ムーソルクスキイ(ムソルグスキー):春駒(はるこま)の騎手(歌曲集『子供部屋』から)(Mussorgsky: Steckenpferdreiter (aus "Kinderstube"): Elly Ameling & Rudolf Jansen) »
「音楽」カテゴリの記事
「詩」カテゴリの記事
- エリー・アーメリングYouTube公式チャンネルに最近投稿された音源(モーツァルト:夕暮れの感情(Mozart: Abendempfindung, KV 523))(2026.08.17)
- ヴォルフ:旅路で I, II (Wolf: Auf der Wanderschaft I, II)(2026.09.04)
- 「メムノン D 541」- ロベルト・ホルのシューベルト歌曲解説動画シリーズ「シューベルトの詩の世界-わが遺産」(Schubert: Memnon | Robert Holl in Schubert's poetischer Welt - "Mein Vermächtnis")(2026.07.26)
「ブラームス Johannes Brahms」カテゴリの記事
- エリーの要点「逆説」(Elly's Essentials; “Paradox")-ヨハネス・ブラームス:野の孤独(Johannes Brahms: Feldeinsamkeit, Op. 86, No. 2)(2026.01.30)
- 【生誕100年記念】ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの歌う個人的フェイヴァリット・ブラームス・リート20選(2025.12.29)
- 生誕100周年-ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ:ブラームス歌曲集の録音(2025.12.19)
- エリーの要点「なぜ?」(Elly's Essentials; “Why?")-ブラームス:五月の夜(Johannes Brahms: Die Mainacht, Op. 43, No. 2)(2025.09.27)
- ブラームス「あの下の谷底で」(Brahms: Da unten die Tale, WoO. 33/6)を聞く(2025.05.16)

コメント