日本カール・レーヴェ協会コンサート・2024 (Nr. 35) (2024年9月23日 王子ホール)
第35回日本カール・レーヴェ協会コンサート・2024
レーヴェ&ドイツ歌曲のワンダーランド
2024年9月23日(月・祝)14:00-(16:20頃終演) 王子ホール
辻宥子(進行・朗読)
境澤稚子, 新居佐和子, 峯島望美(以上S)
竹村淳, 櫻井利幸, 杉野正隆(以上BR)
高須亜紀子, 菅野宏一郎, 東由輝子, 平島誠也, 松永充代, 田中はる子(以上P)
佐藤征一郎(監修)
境澤稚子(Sakaizawa Wakako)(S), 高須亜紀子(P)
レーヴェ:エフタの娘 (Loewe: Jephtha's Tochter, Op.5-2)
マーラー:私はほのかな香りをかいだ (Mahler: Ich atmet' einen linden Duft)
マーラー:夏に交代 (Mahler: Ablösung im Sommer)
マーラー:あなたが美しさゆえに愛するのなら (Mahler: Liebst du um Schönheit)
竹村淳(Takemura Atsushi)(BR), 菅野宏一郎(P)
レーヴェ:アーチバルト・ダグラス (Loewe: Archibald Douglas, op.128)
新居佐和子(Niori Sawako)(S), 東由輝子(P)
レーヴェ:時計 (Loewe: Die Uhr, Op.123-3)
ヴォルフ:アナクレオンの墓 (Wolf: Anakreons Grab)
ヴォルフ:人の好い夫婦 (Wolf: Gutmann und Gutweib)
~休憩(15分)~
櫻井利幸(Sakurai Toshiyuki)(BR), 平島誠也(P)
レーヴェ:渡し (Loewe: Die Überfahrt, Op.94-1)
レーヴェ:オルフ殿 (Loewe: Herr Oluf, Op.2-2)
峯島望美(Mineshima Nozomi)(S), 松永充代(P)
レーヴェ:ああ、お願いです、苦しみの聖母さま! (Loewe: Ach neige, du Schmerzenreiche, Op.9-1)
レーヴェ:鐘のお迎え (Loewe: Die wandelnde Glocke, Op.20-3)
ツェムリンスキー:愛らしいツバメさん (Zemlinsky: Liebe Schwalbe, Op.6-1)
ツェムリンスキー:小さな窓よ、夜にはお前は閉じている (Zemlinsky: Fensterlein, nachts bist du zu, Op.6-3)
ツェムリンスキー:青い小さな星よ (Zemlinsky: Blaues Sternlein, Op.6-5)
ツェムリンスキー:手紙を書いたのは私 (Zemlinsky: Briefchen schrieb ich, Op.6-6)
杉野正隆(Sugino Masataka)(BR), 田中はる子(P)
レーヴェ:蓮の花 (Loewe: Die Lotosblume, Op.9-1)
レーヴェ:ぼくは夢で泣いた (Loewe: Ich hab' im Traume geweinet, Op.9-6)
レーヴェ:詩人トム (Loewe: Thomas der Reimer, Op.135)
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日本カール・レーヴェ協会コンサートを聴きに、銀座の王子ホールに行ってきました。調べたところ前回王子ホールに来たのが9年前の2015年でした(サンドリーヌ・ピオー&スーザン・マノフ)。ここ数年はごく限られたコンサートぐらいしか出かけることがないのですが、これほど王子ホールが久しぶりとは思ってもいませんでした。9年ぶりの王子ホールは特に変わったところもなく、これまで同様の素敵なホールでした。
そういえばちょっと開演まで時間があったので、久しぶりに山野楽器でCDでも見ようとお店の前まで行ったところ、CDの販売を終了した旨の案内があり、驚きました。こんな大きなお店でもCDはもう売れないのでしょうか。CDショップも最近見かけなくなり、現物を買うにはネットかご本人のコンサート会場に行くしかなくなる日も近いのかもしれません(渋谷のタワーレコードには頑張ってほしいです)。
閑話休題。なぜ今回レーヴェ協会のコンサートに出かけたかというと、最近レーヴェの歌曲を少しずつ聞くようになり、cpoのレーヴェ歌曲全集を調べたりしていたところ、たまたまネットでこのコンサートの広告が目に入り、祝日ということもあり、曲目も興味深かったので出かけることにしたのです。
ピアニストの平島さんと東さんは以前に聞いたことがあり優れたピアニストであることは存じ上げていて、さらに今回進行役と朗読を務められたメゾソプラノの辻宥子さんは随分昔ですがこちらのリンク先のコンサートを聞いています。辻さんを含む4人の日本人歌手たちとドルトン・ボールドウィンによるこのロッシーニのコンサートは楽しかったのを覚えています。
日本カール・レーヴェ協会のコンサートは、私がこのブログを始めるよりも前に一度聞いた記憶があります(記憶が正しければ)。おそらく家のどこかにパンフレットがあると思います。
今回のコンサート、6人の歌手(ソプラノ3人とバリトン3人)と、それぞれ異なるピアニスト6人が、レーヴェのみ、もしくはレーヴェと他の作曲家の作品を合わせて披露していました。
最初の境澤稚子さん&高須亜紀子さんはレーヴェ1曲+マーラー3曲で、レーヴェの「エフタの娘」は聖書の話に基づくそうです。辻さんの解説によると、エフタが戦争に勝たせてくださいとエホヴァに祈り、もし勝利したら帰宅して最初に出迎えた者を捧げますと誓います。エフタが戦争に勝ち、帰宅したところ彼の愛娘が最初に出迎えて、エホヴァに捧げられることになります。バイロンの詩の独訳がテキストに用いられていますが、詩を読むとこの娘が気丈にも死ぬことを覚悟していることが分かります。父エフタが人身御供として娘を殺したという説と、殺されずにエホヴァに仕えて暮らしたという説があるようです。一方マーラーはしっとりとした2曲の間にコミカルな「夏に交代」がはさみこまれたプログラミングでした。
次の竹村淳さん&菅野宏一郎さんはレーヴェの10分以上かかる「アーチバルト・ダグラス」1曲を披露しました。歌曲としては10分はかなり長い方ですが、辻さんと竹村さんのトークでも触れられていましたが、実際にはもっと長い作品が沢山あり、cpoのレーヴェ全集を見ると、聞く前から身構えてしまいそうな長さの作品が多いことが分かります。この「アーチバルト・ダグラス」はレーヴェの作品の中では比較的よく演奏されていて、ヒュッシュからF=ディースカウ、プライ、ホッター、クルト・モル、クヴァストホフ、さらに現役世代のトレーケルやクリンメルまで録音しています。
アーチバルド・ダグラス伯爵はジェームズ王の子供の頃から支えてきましたが、アーチバルドの兄弟が謀反を起こした結果、ダグラス家は追放となります。7年間放浪したアーチバルドは再度ジェームズ王の前にあらわれ許しを請います。最初のうちはアーチバルドを見なかったこと、聞かなかったことにして、そのまま行こうとしますが、アーチバルドがもう一度だけ馬の世話をして故郷の空気を吸わせてほしい、それがかなわないのならばこの場で死なせてほしいと訴えます。それを聞いたジェームズ王は、その忠義心に胸を打たれ、彼を許して一緒に故郷へ向かうという内容です。レーヴェの曲がバラードの展開に沿って細やかに描かれていき、その長大さを感じさせない見事な作品だと思います。
前半最後の新居佐和子さん&東由輝子さんはレーヴェの有名な「時計」とヴォルフのゲーテ歌曲2曲を演奏しました。辻さんが最初の解説でこの「時計」というのは何のことをたとえているのでしょうと客席に問いかけて演奏が始まりました。最後の瞬間にひとりでに止まるであろう時計を神様にお返ししようとする主人公の心臓の鼓動を時計になぞらえているのでしょう。
ヴォルフの「アナクレオンの墓」は享楽主義の古代ギリシャの詩人を称えた名作。そしてなかなか実演で聞けない「人の好い夫婦」を聞けたのが楽しかったです(「人の好い夫婦」はレーヴェも作曲していますが、ここではヴォルフの作品が披露されました)。ヴォルフは先人が成功していると思った詩には作曲しなかったそうなので、レーヴェ作曲の「人の好い夫婦」には満足していなかったのかもしれません。
ここまで前半だけで1時間でしたがあっという間でした。
休憩15分をはさみ、後半は櫻井利幸さん&平島誠也さんのレーヴェ2曲で始まりました。最初の「渡し」は辻さんが「私」ではないですよと冗談をおっしゃり、場を和ませていました。この曲、歌手活動最晩年のディースカウも録音していて、川を渡る水の音を模すピアノパートに乗って美しい歌が静かな感銘を与えてくれます。何年も前に主人公が2人の友人と一緒にこの川を渡ったが、その2人は亡くなってしまった。再度同じ川を渡った後、今も絆のつながっている友人たちの分も含めた3人分の船賃を船頭に払うという内容です。一方で有名な「オルフ殿」はデンマークの詩のヘルダーによる独訳に作曲され、おどろおどろしい内容は、辻さんたちの解説でも触れられていましたが「魔王」によく似ています。演奏前に辻さんにふられて平島さんが前奏や夜が明けて朝になる場面の間奏を演奏してくれました。こういう実例の演奏は曲をはじめて聞く人にとっても大きな助けになるのではないかと思います。
続いて、峯島望美さん&松永充代さんはレーヴェ2曲とツェムリンスキー4曲を演奏しました。峯島さんはこのコンサート初登場だそうです。レーヴェの「ああ、お願いです、苦しみの聖母さま!」はシューベルトも作曲している「ファウスト」内のテキストによる作品で、凝縮した悲しみの表現が素晴らしい作品です。一方の「鐘のお迎え」は「追いかける鐘」と訳されることもある有名なリートで、教会にいきたがらない少年を鐘が追いかけるというユーモラスな作品です。続いてのツェムリンスキーは6曲からなる「トスカーナ地方の民謡によるワルツの歌Op. 6」からの4曲が演奏されました。初期のツェムリンスキーのまだ初々しさも感じられる耳に馴染みやすい作品群です。ピアノパートがすでに精緻でかなりの演奏効果をあげていました。
最後は杉野正隆さん&田中はる子さんによるレーヴェ3曲。最初の2曲「蓮の花」「ぼくは夢で泣いた」はいずれもシューマンの歌曲が有名ですが、レーヴェの作品も素晴らしいです。前者は舟歌のようなリズムにのって歌われる歌声部の繊細な響きが美しく、後者は上行する旋律が印象的で有節形式なので繰り返し聞くうちに耳に残ります。今回のコンサートの締めは有名な「詩人トム」です。詩人トーマスが寝そべっていると妖精の女王に出会い、口づけをすると7年私に仕えなければならないと言われたトムは喜んで口づけをし、なんとも幸せを感じながら(Wie glücklich)女王とともに馬を進めたという内容です。馬のたてがみに付けられている鈴の音がピアノパートで美しく再現されます。歌声部は詩の展開に沿って進みますが、基本的にはのどかで心地よい響きに満ちています。素性の知らない女性と会っても驚きもせず、帽子をとって挨拶するトムの人物像はおそらくオリジナルのスコットランドの詩に由来するのではないかと想像します。
演奏はみな素敵でした。ソプラノ3人はそれぞれ個性の違う方たちで、同じソプラノでも異なる声の響きで楽しませていただきました。特に峯島さんは声量が豊かで「ああ、お願いです、苦しみの聖母さま!」の悲しみの表現など素晴らしかったです。他のお二人もそれぞれの個性を生かした表現で楽しませていただきました。
バリトン3人の中ではおそらく竹村さんが若い方のようで、櫻井さんと杉野さんはベテランの貫禄が滲み出ていました。3人ともかなり声のボリュームが凄くて、王子ホールより大きなホールでも余裕で後部座席まで届きそうな豊かな声をされていました。竹村さんはとても丁寧で真摯な表現で今後楽しみな歌手だと思いました。そして櫻井さんと杉野さんは味わい深い声の響きと表現力に酔いしれました。
ピアニストは久しぶりに聴いたベテランの平島さんはもちろん素晴らしくレーヴェの作品の展開を描いていましたし、東さんの余裕のある美しい響きも良かったです。今回他の4人の方も含め、みなピアノの音がとても美しく、どれほど一つの音を出すのに入念な準備をされているのだろうと思うほど、磨き抜かれた響きでした。6人の素晴らしいピアニストを聞くことが出来て大満足でした。
忘れてならないのが進行・朗読を務められた辻宥子さんです。舞台左の椅子に座られ、最初から最後まで聴衆と演奏者どちらにも場を和ます気配りをされながら会の進行を務めておられました。まず語りが素晴らしく、詩の内容や背景などの説明から朗読まで、どこを取っても味わい深さが感じられるものでした。ちなみに詩の全訳ではなく抄訳の為、「朗読」という言葉を使うことをためらわれていましたが、眼前に情景が浮かぶような見事な語りを披露されていて、紛れもなく朗読という芸術を味わった気持ちでした。今一度辻さんの歌も聞いてみたい気がします。
最後に、このプロジェクトを立ち上げられた監修の佐藤征一郎さんにも大きな拍手を送りたいと思います。
配布された充実した内容のプログラム冊子(堀越隆一氏の解説も貴重な資料です)に「エピローグとしてのプロローグ」という文章を寄稿されていて、大変なご苦労があった中、現在は音源の整理や執筆活動をされているということが分かりひとまず安心しました。当日会場にいらっしゃったのかどうかは分かりませんでしたが、今後も執筆活動など楽しみにしたいと思います。ちなみに高橋アキさんやボールドウィンと組んだ佐藤さんのレーヴェのCDも素晴らしいので、興味のある方はぜひ聞いてみてください。
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(参考)
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コメント
フランツさん、こんばんは。
カール·レーヴェのコンサートにお出掛けになったのですね。
これだけの歌手の方が共演されるののは、曲もさることながら、様々な声を楽しめますね。
レーヴェは、エフタの娘を題材にしたものに曲をつけていたのですね。
これは、旧約聖書の『士師記(ししき)』と呼ばれる文書の中のお話です。
士師とは、古代イスラエルの司法官で、指導者の役割をしていました(ざっくりですが)。
外敵と戦いながら信仰を保って行こうとするなかで、エフタの娘の話も生まれたものであろうと思います。
教会でもあまり取り上げられる事が少ない箇所ですので、歌曲になっているとは知りませんでした。
探して聴いてみようと思います。
『アーチバルト·ダグラス』は、カッコいい曲ですよね!
プライさんの、少しテンポをずらして歌うかっこいい演奏が耳にこびりついています。
作曲家がなぜこの詩にひかれ、曲をつけたんだろう等と思いながら聞くのも楽しいです。
曲、詩の解説や歌手の声の特質などありがとうございました。
投稿: 真子 | 2024年10月 4日 (金曜日) 17時45分
真子さん、こんにちは。
コメント有難うございます!
佐藤征一郎さんが会長をつとめられる日本カール・レーヴェ協会は、レーヴェやドイツ歌曲の普及につとめておられる団体で、そのコンサートに久しぶりに出かけてきました。
歌手もそれぞれ同じ声種でもタイプが異なるのが興味深く、ピアニストは6人全員が素晴らしく美しい音を響かせていて、大満足でした。
エフタの娘についてのご説明、有難うございます。聖書にお詳しい真子さんに説明していただき、いつも助かります。
旧約聖書の『士師記(ししき)』に登場する話なのですね。士師についても教えていただき有難いです。教会であまり取り上げられないのは不思議ですね。
このレーヴェの歌曲はイギリスの詩人バイロンの原詩をテレミンという人が独訳したものに作曲されているのですが、実は同じバイロンの詩に別の人(ケルナー)が独訳したものにシューマンも作曲しています。レーヴェが「maestoso(威厳をもって)」と指示しているように、ある種エフタの娘の堂々たる覚悟の気持ちが伝わってくるのに対して、シューマンの方は悲痛な気持ちとの葛藤が聞こえるような感じで、聞き比べてみると面白いと思います(そのうち記事にするかもしれませんが、動画サイトで「Jephtas Loewe」「Jephtas Schumann」などと検索するとそれぞれの曲が表示されると思います)。
「アーチバルト·ダグラス」最初の前奏から緊張感があって引き込まれますよね。プライの普段明るいイメージの声でこういう厳格な曲を歌った時のギャップがいいですね。
>作曲家がなぜこの詩にひかれ、曲をつけたんだろう等と思いながら聞くのも楽しいです。
全く同感です。どうしてこの詩を選んだのだろうと思いながら聞くのはいろいろ想像を掻き立てられますよね。
いつもお読みくださり、有難うございます。
投稿: フランツ | 2024年10月 5日 (土曜日) 12時41分