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ジークフリート・ローレンツ(Siegfried Lorenz)逝去

ドイツ出身の名バリトン歌手、ジークフリート・ローレンツ(Siegfried Lorenz: 1945.8.30 – 2024.8.24)が誕生日を6日後にひかえて亡くなったそうです。78歳と知って、もうそんな年齢だったのかと驚かされます。演奏家たちが現役ばりばりの頃のまま時がストップしてしまったかのようです。
F=ディースカウらの次の世代の注目株として名前が挙がっていたのが昨日のことのように感じられます。
ローレンツは来日したことがあるらしいのですが、それがいつなのか分からず(※(2024.9.7追記)調べて判明した来日公演の内容の一部を記事の下部に追記しました)、私自身は残念ながら実演を聞いたことがありませんでした。
ただ、シューベルトの歌曲集を沢山録音しているのが強く印象に残っていて、後年LP時代のものも含めてCD8枚組にまとめられています。
F=ディースカウの選曲をかなり意識したようなヴォルフ『メーリケ歌曲集』の録音を今あらためて聞くと、ディースカウと異なる資質をもったローレンツの楷書風の丁寧な歌声がとても爽快で、ヴォルフにとっつきにくさを感じている方にも聞きやすいのではないかと感じました。
ローレンツと長年コンビを組んでいたピアニストのノーマン・シェトラーも6月に亡くなって、その2ヶ月後にローレンツまで旅立つとは思ってもいませんでした。

この記事の後半にDiscogsに掲載されていたローレンツの歌曲の録音をまとめましたが、Discogsに載っていなかったブラームスの歌曲集が手元にあり、1989年、Lukaskircheの録音で『4つの厳粛な歌』+16曲の歌曲が収録されています。これもローレンツの柔らかい美声で丁寧に歌われたもので、シェトラーのピアノ共々素晴らしいので、中古ショップなどで見かけられたら入手してみるのもいいかもしれません。

また、これはApple musicのサブスクに含まれていた配信アルバムなのですが、"11th International Music Competition, Budapest"というブダペストのコンクールの入賞者によるHungarotonレーベルのアルバムの中で、ヘルベルト・カリガ(Herbert Kaliga)のピアノでブラームス、ベートーヴェン各1曲、R.シュトラウス2曲を歌っています。

●Zueignung, Op. 10 No. 1
11th International Music Competiton, Budapest
Siegfried Lorenz(BR), Herbert Kaliga(P)

ローレンツのインタビューとコンサートの3つの番組をつなげた3時間以上のボリュームの映像がアップされています。最初の「ジークフリート・ローレンツ-肖像と歌曲(Siegfried Lorenz - Portrait und Lieder)」は、インタビューの合間に歌曲などの演奏を挿入していますが、歌曲に関しては断片的ではなく1曲フルで見ることが出来ます。特にヴォルフの「戒めに」「別れ」などのユーモアとシニカルな表現を彼の映像で見ることが出来るのは貴重です。また、若かりしローマン・トレーケルに「夕星の歌」のレッスンをつける場面も長めに放送され、ローレンツの指導の仕方に穏やかな人柄があらわれているように感じました。
2番目の「音楽と詩(Musik und Poesie)」はピアニストのノーマン・シェトラーと、ヴィンフリート・ヴァーグナーのロマン・ロラン等の朗読を含んだ歌曲の夕べで、最後のブラームスとヴォルフを除いた歌曲はスタジオ録音がされていない貴重なレパートリーと思われます。
最後のシューベルトとシューマンの歌曲集はコルト・ガルベンのピアノで比較的有名な作品が演奏されています。シューマンについてもスタジオ録音されていないレパートリーと思われます。こういう映像で残されているのは歌曲のファンにとっては有難いですね。

●Siegfried Lorenz - Portrait und Lieder (VIDEO): Mozart, Bach, Wagner, Verdi, Schubert, Schumann u.a.

Channel名:Opernsänger DDR(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)

4:26-6:13 Schumann: Zigeunerliedchen Nr. 2 "Jeden Morgen, in der Frühe", Op. 79/7b, with Norman Shetler, piano (シューマン:ジプシーの歌II)(ノーマン・シェトラー(P))

23:17-26:03 Wolf: Zur Warnung, with Cord Garben, piano (ヴォルフ:戒めに)(コルト・ガルベン(P))

28:24-31:04 Wolf: Abschied, with Cord Garben, piano (ヴォルフ:別れ)(コルト・ガルベン(P))

39:02-39:50 Wolf: Nicht länger kann ich singen (No. 42 from "Italienisches Liederbuch"), with Cord Garben, piano (ヴォルフ:もうこれ以上歌えない)(コルト・ガルベン(P))

42:39-49:42 ローマン・トレーケル(Roman Trekel)へのレッスン映像(Wagner: Wie Todesahnung - O du, mein holder Abendstern)(ヴァーグナー:夕星の歌)

49:43-52:54 Wolf: Sterb' ich, so hüllt in Blumen meine Glieder (No. 33 from "Italienisches Liederbuch"), with Cord Garben, piano (ヴォルフ:僕が死んだら体を花で覆っておくれ)(コルト・ガルベン(P))

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57:34- "Musik und Poesie" (Rostock 1985) 解説

58:09- ライヴ映像
Siegfried Lorenz, Bariton - Norman Shetler, Klavier - Winfried Wagner, Moderation
58:56- Beethoven: Mit einem gemalten Bande, Op. 83 No. 3 (ベートーヴェン:彩られたリボンで) + 朗読
1:04:58- Beethoven: Adelaide, Op. 46 (ベートーヴェン:アデライーデ) + 朗読
1:15:45- Mozart: Abendempfindung, K 523 (モーツァルト:夕暮れの情感) + 朗読
1:24:26- Schumann: Mondnacht, Op. 39/5 (シューマン:月夜)
1:28:37- Schumann: Der Nussbaum, Op. 25/3 (シューマン:くるみの木)
1:35:04- Mendelssohn: Auf Flügeln des Gesanges, Op. 34/2 (メンデルスゾーン:歌の翼に)
1:38:05- Mendelssohn: Das erste Veilchen, Op. 19a/2 (メンデルスゾーン:最初のすみれ) + 朗読
1:43:40- Brahms: Feldeinsamkeit, Op. 86/2 (ブラームス:野の孤独) + 朗読
1:51:25- Wolf: Storchenbotschaft (ヴォルフ:こうのとりの使い)

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1:56:06- LIEDER von Schubert und Schumann (1986)
Siegfried Lorenz, Bariton - Cord Garben, Klavier
Teil 1: Franz Schubert
- An die Musik (音楽に寄せて)
- Die Taubenpost (はとの便り)
- Die Forelle (ます)
- Heidenröslein (野ばら)
- Ungeduld (焦燥)
- Ständchen (セレナーデ)
- Wanderers Nachtlied I (旅人の夜の歌I)
- Wanderers Nachtlied II (旅人の夜の歌II)
- Der Musensohn (ムーサの息子)
2:19:01- Pausen-Interview mit SFB-Kulturredakteur Georg Quander!!!
2:33:34- Teil 2: Robert Schumann
- Widmung (献呈)
- Mein Wagen rollet langsam (私の馬車はゆっくり進む)
- Zigeunerliedchen I (ジプシーの歌I)
- Zigeunerliedchen II (ジプシーの歌II)
- Die Lotosblume (はすの花)
- Nachtlied (夜の歌)
- Mondnacht (月夜)
- Schneeglöckchen (まつゆきそう)
- Frühlingsfahrt (春の旅)
- Tragödie II (悲劇II)
- Lieder aus dem Schenkenbuch I + II (酌童の巻からの歌I + II)
- Freisinn (自由な心)
- Der Hidalgo (スペインの伊達男)

ローレンツはシューマン歌曲のアルバムを残さなかったのでしょうか。ちょっと調べた限りでは情報が出てきませんでした。その代わりに2001年の『詩人の恋』のライヴ音源がアップされていました。

●Dichterliebe (Schumann) - Siegfried Lorenz and Herbert Kaliga (2001)
Siegfried Lorenz(BR), Herbert Kaliga(P)
Recorded: March 24, 2001 in Coswig (Saxony)

Channel名:s w(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)

正規商品なのか放送録音なのか分からないのですが、コルネーリウスの『クリスマスの歌』全6曲がアップされていました。これは彼にぴったりの素敵な選曲ですね。

●Siegfried Lorenz singt Peter Cornelius: Weihnachtslieder
Siegfried Lorenz(BR), Herbert Kaliga(P)

Channel名:Opernsänger DDR(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)

ヴォルフの『イタリア歌曲集』全曲を歌っている1988年の貴重な映像があります。ローレンツのピアニストはコルト・ガルベンで、女声用歌曲はヘレン&クラウス・ドーナト夫妻の演奏です。

●Hugo Wolf: Italienisches Liederbuch (Donath, Lorenz, 1988)
Helen Donath(S), Klaus Donath(P)
Siegfried Lorenz(BR), Cord Garben(P)

Channel名:Opernsänger DDR(オリジナルのサイトはこちらのリンク先)

ジークフロート・ローレンツさんの安らかな眠りをお祈りいたします。

Hungaroton Classics: LPX 11534
11th International Music Competition, Budapest
Recorded: 1970?
Siegfried Lorenz, baritone
Herbert Kaliga, piano
Brahms: Wie bist du, meine Königin, Op. 32/9
Beethoven: Aus Goethe's Faust, Op. 75/3
R.Strauss: Ach weh mir unglückhaftem Mann, Op. 21/4
R.Strauss: Zueignung, Op. 10/1

Ars Vivendi: 2100209
Brahms: Lieder
Recorded: 1989, Studio Lukaskirche, Dresden
Wie Melodien zieht es mir, Op. 105/1
Wir wandelten, Op. 96/2
Komm bald, Op. 97/5
Trennung "Wach auf, wach auf", Op. 15/5
Trennung "Da unten im Tale", Op. 97/6
Ich schleich umher, Op. 32/3
Klage, Op. 105/3
Mondnacht
Ständchen, Op. 106/1
Auf dem See, Op. 59/2
Wie bist du, meine Königin, Op. 32/9
Von ewiger Liebe, Op., 43/1
Feldeinsamkeit, Op. 86/2
In der Fremde, Op. 3/5
Nicht mehr zu dir zu gehen, Op. 32/2
Auf dem Kirchhofe, Op. 105/4
Vier ernste Gesänge, Op. 121/1-4

ETERNA: 8 26 641
Brahms – Liebeslieder Op. 52 / Neue Liebeslieder Op. 65 (Walzer)
Recorded: 8-16 March 1974, Jesus-Christus-Kirche, Berlin
Barbara Hoene, soprano
Gisela Pohl, alto
Armin Ude, tenor
Siegfried Lorenz, baritone (Op. 52/1,3,5,14,15,18; Op. 65/2,4,14)
Rundfunk-Solistenvereinigung Berlin
Wolf-Dieter Hauschild, conductor
Dieter Zechlin, piano
Klaus Bäßler, piano

Berlin Classics – 0093972BC
Gustav Mahler - Siegfried Lorenz – Lieder
Recorded: 1/1978, Paul-Gerhardt-Kirche, Leipzig (Kindertotenlieder), 1/1979, Paul-Gerhardt-Kirche, Leipzig (Lieder eines fahrenden Gesellen),
12/1979, 1,2/1980, 12/1982, Christuskirche, Berlin (Fünf Lieder nach Friedrich Rückert)
3,12/1982, Christuskirche, Berlin (Vier Lieder aus "Des Knaben Wunderhorn")
Siegfried Lorenz, baritone
Gewandhausorchester Leipzig (Kindertotenlieder; Lieder eines fahrenden Gesellen)
Berliner Sinfonie-Orchester (Fünf Lieder nach Friedrich Rückert)
Staatskapelle Berlin (Vier Lieder aus "Des Knaben Wunderhorn")
Kurt Masur, conductor (Kindertotenlieder; Lieder eines fahrenden Gesellen)
Günther Herbig, conductor (Fünf Lieder nach Friedrich Rückert)
Otmar Suitner, conductor (Vier Lieder aus "Des Knaben Wunderhorn")

Berlin Classics: 0184142BC (8CDs)
Franz Schubert - Siegfried Lorenz, Norman Shetler – Lieder
Recorded: 1974-1987, Lukaskirche, Dresden
Siegfried Lorenz, baritone
Norman Shetler, piano
CD1: Die schöne Müllerin, Op. 25, D 795 (rec. 3/1987)
CD2: Winterreise, Op. 89, D 911 (rec. 9/1986)
CD3: Schwanengesang, D 957 (rec. 11/1985)
CD4: 17 Lieder nach Goethe (rec. 9/1974)
CD5: 6 Lieder nach Schiller (rec. 5/1976)
CD6: 17 Lieder nach Mayrhofer (rec. 7/1980)
CD7: 31 Lieder nach verschiedenen Dichter (rec. 3/1983 (1-22), 3/1977 (23-28))
CD8: 22 Lieder nach Dichtern des Freundeskreises, autobiographische Lieder (rec. 3/1977 (1-8), 10/1976 (9-22))

NOVA: 8 85 219
Siegfried Lorenz, Herbert Kaliga, Wilhelm Weismann, Rudolf Wagner-Régeny – Lieder Von Wilhelm Weismann Und Rudolf Wagner-Régeny
Recorded: 1981, Studio Christuskirche, Berlin
Siegfried Lorenz, baritone
Herbert Kaliga, piano
Wilhelm Weismann: Lieder und Balladen aus "Des Knaben Wunderhorn"
Wilhelm Weismann: Aus "Sechs Lieder für hohe Stimme"
Wilhelm Weismann: Drei Gesänge nach Worten von Friedrich Hölderlin
Rudolf Wagner-Régeny: Hermann-Hesse-Lieder
Rudolf Wagner-Régeny: Aus "Dahinter Wird Stille"
Rudolf Wagner-Régeny: Aus "Lieder der Frühe" (1924). Zwei Nietzsche-Lieder

ETERNA: 8 27 964
Hugo Wolf - Siegfried Lorenz, Norman Shetler – Mörike-Lieder
Recorded: April 1984, Lukaskirche, Dresden
Siegfried Lorenz, baritone
Norman Shetler, piano
Hugo Wolf: 15 Mörike-Lieder

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(2024.9.7追記)

ジークフリート・ローレンツの来日公演について、東京文化会館のアーカイブで検索したところ、
1975年11月にクルト・マズア指揮ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会でマーラー『さすらう若人の歌』を歌い、
1979年3月には小林道夫のピアノでシューベルト『美しい水車小屋の娘』を歌い、
1987年4月にはオトマール・スイットナー指揮ベルリン国立歌劇場のモーツァルト『フィガロの結婚』でアルマヴィーヴァ伯爵を歌っていたそうです。

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(参考)

slippedisc: Death of eminent German baritone, 78 (Norman Lebrecht)

Wikipedia: Siegfried Lorenz (baritone)

Discogs: Siegfried Lorenz

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エリーの要点「25年前から乗っているトヨタ車」(Elly's Essentials; “25 year old Toyota”)

●Elly's Essentials; “25 year old Toyota”

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音声が出ます。)

(エリー・アーメリングの言葉の大意)

91歳の現在、私は25年前のトヨタ車に壊れることなく乗っています。
時々、駐車場でとなりの車に甘く軽いキスのように触れることがあります。先週かすってしまった時は損傷が全くなかったことが分かり幸運でした。私の災難は小さなものでしたが、世界中でもっと大きな災難が襲っています。それらは先の世界大戦の終焉以降、未来を予見しなかった政治への罰なのでしょうか。私が6歳の時、父が「先見の明は政府の本質だ」とよく言っていました。現在、世界中のプロパガンダと選挙制度は、民主主義が消えそうなほど腐敗しているように思えます。1990年代に賢明な私の友人が「民主主義よりも優れた制度を知っていますか」と言っていましたが、それは次の問いにつながります。「混沌(chaos)は未来の私たちの運命でしょうか」。
ところで「chaos(混沌)」という言葉は古代ギリシャ語から借用したもので、「深淵(abyss)」を意味します。
ギリシャ文明が発展したらしい空っぽの深淵は、我々の言うところの混沌、つまり廃墟となりました。古代ギリシャ人はそれを見ていました。私たちは彼らから何かを学んだのでしょうか。

(3:55- Schubert: Die Götter Griechenlands, D677)
Elly Ameling, Rudolf Jansen
Concertgebouw Amsterdam
03-02-1990

Die Götter Griechenlands, D 677
 ギリシャの神々

Schöne Welt, wo bist du? Kehre wieder
Holdes Blüthenalter der Natur!
Ach, nur in dem Feenland der Lieder
Lebt noch deine fabelhafte Spur.
Ausgestorben trauert das Gefilde,
Keine Gottheit zeigt sich meinem Blick,
Ach, von jenem lebenwarmen Bilde
Blieb der Schatten nur zurück.
 美しい世界よ、どこにいるのか?戻ってきておくれ
 自然が優しく花開いた時代よ!
 ああ、歌の中のおとぎの国にのみ
 あなたの寓話の足跡が生きている。
 死に絶えた広野は悲しみ、
 神は私の目の前に姿を現さず、
 ああ、あの生きて温かい姿の
 幻影だけが残ったのだ。

詩:Friedrich von Schiller (1759-1805), title 1: "Die Götter Griechenlandes", title 2: "Die Götter Griechenlands", written 1788, first published 1788
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Strophe aus 'Die Götter Griechenlands'", D 677 (1819), published 1848, stanza 12 [ voice, piano ], A. Diabelli & Co., VN 8819, Wien (Nachlaß-Lieferung 42)

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(参考)

Elly's Essentials; “25 year old Toyota” (YouTube)

The LiederNet Archive

etymonline (chaos の語源)

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エリー・アーメリング(Elly Ameling)の「Musings on Music」シリーズ:ラヴェル-歌曲集『シェエラザード(Shéhérazade)』~3.「つれない人(L'Indifférent)」

●Musings on Music by Elly Ameling - Ravel, Shéhérazade - L'Indifférent

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

エリー・アーメリングによる説明(大意)

親愛なる視聴者様
前回の熟考(musing)シリーズではトリスタン・クリングゾル(Tristan Klingsor)の詩、モリス・ラヴェル(Maurice Ravel)の音楽による歌曲集『シェエラザード(Shéhérazade)』の2曲目「魅惑の笛(La flûte enchantée)」を聞きました。
この歌曲集は1904年に初演されました。
私は今回この歌曲集の終曲「つれない人(L'Indifférent)」について話したいと思います。
ある若い女性が男性に向けて言います。あなたの瞳は娘のように優しく、顔は魅力的だと。彼女はこの男性に家に入ってワインを飲むように誘います。しかし彼は断り、女性のような足取りで去ってしまいます。

(1:30-5:16 エリー・アーメリング、サンフランシスコ交響楽団、エド・ドゥ・ヴァールト指揮による演奏)

(5:21-7:21 アーメリングによる原詩と対訳の朗読)

※以下、原詩は著作権の都合上掲載せず、英訳詩とその重訳による私の日本語訳のみ掲載します。

Your eyes are gentle like those of a girl, young stranger,
あなたの瞳は少女のように優しい、若い異国の方、

And delicate curve of your handsome face shaded with down.
産毛で影になったハンサムな顔の繊細な曲線は

Is still more attractive in its contour.
その輪郭においてなおさら魅力的です。

Your lips chant on my doorstep.
あなたの唇は私の戸口で歌います

An unknown and charming tongue
未知の魅力的な言葉で

Like false music.
調子はずれの音楽のように。

Enter!
お入りなさい!

And let my wine refresh you.
私のワインで元気にしてさしあげましょう。

But no, you passed by
でもだめだった、あなたは通り過ぎて行きます。

And from my threshold I see you departing
私の敷居からあなたが遠ざかるのが見えます。

Gracefully waving farewell to me
優雅に別れの合図をしながら

Your hips lightly swaying
腰を軽く揺らして

With your feminine languid gait.
女性のようなけだるい足取りで。

この歌曲にp(ピアノ)の指示のない小節はありません。オーケストラも歌声もソフトに演奏します。
ピアニッシモ(pp)とピアニッシシモ(ppp)。
娘がワインで男性を誘う時の切望する気持ちと終結に向けて味わう失望-これはすべて弱音器付きです。
わずかな変化を伴ったゆっくりしたテンポとレガートが官能的な雰囲気を喚起します。
絵も見てみましょう。当時の人々や国々では、このような気分で生活するのに時間をかけました。

これからラヴェル自身による声とピアノの版を流そうと思います。
これまで述べたことで、ゆっくりしたテンポに関してはピアノでは非常に困難であることが明らかになるでしょう。
弦楽器、管楽器は長いフレーズを音を保ったまま演奏することは可能ですが、ピアノは音を発するとすぐに減衰してしまいます。
悲しいけれど事実です。
しかし、ルドルフ・ヤンセンがどれほど素晴らしく、指のレガートやペダルを繊細に用いて、ゆっくりのテンポで音を保持することに成功しているかを聞いてみましょう。
ヤンセンはこの歌に必要不可欠な官能的で規則的なレガートを作り出しています。

(9:39-13:48 エリー・アーメリング、ルドルフ・ヤンセンによるピアノ版の演奏)

お聞きの通り、テンポはオーケストラ版と全く同じでした。
そして、ほとんどの音楽では下行のみで用いられるポルタメントですが、ここで歌手は上行と下行のポルタメントを用いていました。
歌声がピアニストの演奏する和音の規則性を妨げないように、"sé-dui-sante" の "-sante" 音節の最初の拍でポルタメントを正確に終えています。

(14:27-14:56 上述箇所の演奏)

この厳密だが決して堅苦しくないテンポ、つまり拍(beat)こそが必須です。私たち演奏者は、これらの音符を伴奏付きのレチタティーヴォのように表現することは出来ません。
特徴は、古いアラビアの物語のくつろいだ雰囲気であり、音符以外にもラヴェルはスコアできわめて詳細な指示を与えています。
その後は次のように続きます-「あなたの唇は私の戸口で歌います/未知の魅力的な言葉で/調子はずれの音楽のように」
-あなたの唇は"調子はずれの音楽を"歌います。
"False (fausse)(調子はずれの)"-これは重要な言葉で声に特定の色合いを要求します。調子はずれの音楽は成功しなかった出会いそれ自体であるかのようです。和声の中の不協和音に注目してください。

(16:16-16:45 "Ta lèvre chante sur le pas de ma porte / Une langue inconnue et charmante / Comme une musique fausse"の部分のピアノ版の演奏)

その後、"Entre!(お入りなさい!)"と娘は言います。この"Entre!"という言葉には重要なグリッサンドがあるのですが、残念ながらこの録音の歌声にはグリッサンドがないのです。

(17:07-17:37 "Comme une musique fausse / Entre! / Et que mon vin te réconforte"の部分のピアノ版の演奏)

その後、3小節で彼女は彼が自分に興味を示さず優雅な女性的な足取りで歩き去るのを見ます。この男性は同性愛者だったのです。

(17:55-19:21 "Comme une musique fausse"以降歌の終わりまでのピアノ版の演奏)

よろしければ最後にもう一度曲全体を聴いて終わりにしましょう。私にとってはどちらの版にするか難しい選択ですが。オーケストラ版にします。

(19:36- オーケストラ版の全曲演奏)

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レーヴェ「海の燐光」(Loewe: Meeresleuchten, Op. 145, No. 1)を聴く

Meeresleuchten, Op. 145, No. 1
 海の燐光(りんこう)

Wie viel Sonnenstrahlen
Fielen golden schwer,
Fielen feurig glühend
In das ew'ge Meer;
Und die Woge sog sie
Tief in sich hinab,
Und die Woge ward ihr
Wildlebendig Grab.
 どれほどの太陽の光が
 濃い金色に降り注ぎ
 真っ赤に燃えて
 永遠なる海へと落ちたことか。
 そして大波は陽光を
 自らの深くへと吸い込み、
 大波は陽光にとって
 生きる墓となった。

Nun in stiller Nächte
Heil'ger Feierstund'
Sprühen diese Strahlen
Aus des Meeres Grund.
Leuchtend roll'n die Wogen
Durch die dunkle Nacht;
Wunderbar durchglüht sie
Funkensprüh'nde Pracht.
 今や神聖な祝典の
 静かな夜に
 この光線が
 海底から煌めく。
 輝く大波は
 暗い夜の間押し寄せる。
 見事なまでに光は、
 煌めく壮麗さを輝きで満たす。

詩:Carl Siebel (1836-1868)
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Meeresleuchten", op. 145 no. 1 (1859?), from Liederkranz für die Bassstimme, no. 1

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レーヴェは、カール・ズィーベル(Carl Siebel: 1836-1868)の"Erinnerung(思い出)"という詩に、タイトルを"Meeresleuchten(海の燐光), Op. 145, No. 1"に変更して作曲しました。楽譜には「宮廷歌手アウグスト・フリッケ(August Fricke)の為に作曲され、彼に捧げられた」と記載されています。1959年に作曲され、5曲からなる"Liederkranz für die Bassstimme(バスの為の歌の冠)"の第1曲目として1869年に出版されました。

曲はリピート記号で繰り返される、2節の完全な有節歌曲です。レーヴェがバス歌手と指定しているだけあって、歌声部の最低音は最後に出てくるほ音(E)で、最高音はロ音(H)です。ソプラノの概念を超越したジェスィー・ノーマンがもし歌ったとしたら移調する必要はないかもしれませんが、基本的にこの曲を歌えるのは低声歌手に限られるでしょう。悠然とした伸びやかな旋律にしばしばあらわれるメリスマをいかに見事に歌うかがポイントの作品のように思えます。穏やかで美しいメロディーをもち、短いですが印象に残る作品です。

ピアノパートは基本的に右手で八分音符の和音を刻み、左手はオクターブのバス音をゆったり響かせています。

Meeresleuchten 

9/8拍子
ホ長調(E-dur)
Andante

●クルト・モル(BS), コルト・ガルベン(P)
Kurt Moll(BS), Cord Garben(P)

クルト・モルの重厚で包み込むような深いバスの美声が、この作品の魅力を余すところなく描いています。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

ハイバリトンの印象の強いF=ディースカウですが、この曲の深く沈む低音を見事に表現していて素晴らしいです。

●カール・リッダーブッシュ(BS), リヒャルト・トリムボルン(P)
Karl Ridderbusch(BS), Richard Trimborn(P)

リッダーブッシュの声は深さと同時に優しさも感じられ、聞いていて癒される感じがしました。

●ヨーゼフ・グラインドル(BS), ヘルタ・クルスト(P)
Josef Greindl(BS), Hertha Klust(P)

息の長いメロディーを悠然と歌うグラインドルのバス歌手ならではの響きに魅了されました。

●フランツ・ハヴラタ(BS), ヘルムート・ドイチュ(P)
Franz Hawlata(BS), Helmut Deutsch(P)

現役世代にもここで聞けるような優れたリートを歌うバス歌手がいることが嬉しいです。ちなみにハヴラタは東日本大震災の直後にキャンセルせずに来日してオペラ出演したそうです。当時の観客は大いに励まされたことと思います。

●ピアノパートのみ(Taisiya Pushkar(P))
Meeresleuchten (Carl Loewe) - Piano Accompaniment in E Major

Channel名:All Things Piano(オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音が出ますので要注意)
楽譜表示付き。オリジナルのホ長調で演奏されています。ピアノだけで聞いてもとても美しいです。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP ("Meeresleuchten"はP.158)

Carl Siebel (Wikipedia: 独語)

Carl Siebel (Wikipedia: 英語)

Carl Siebel's Dichtungen (原詩の"Erinnerung"はp.106)

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フランスィスコ・アライサ&アーウィン・ゲイジの歌曲ライヴ(ゲスト:アーリーン・オージェ)(1982年3月15日, Zürich Opera House)

メキシコのテノール、フランスィスコ・アライサ(Francisco Araiza)とアメリカ人ピアニスト、アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)は、1980~90年代に日本を含む世界各地で歌曲のコンサートを開き、そのいくつかはFMラジオで放送され、来日公演はそのたびにNHKで録画され、TV放送されました(NHKにアライサのファンがいたのだろうかと思うほど来日のたびに放送されていました)。Deutsche Grammophonレーベルにはシューベルトの歌曲集『美しい水車屋の娘』を録音(1984年7月, Hohenems, Austria)して評判になりましたが、オペラの録音がその後も継続されたのに対して、歌曲の録音はゲイジとはマイナーレーベル(ATLANTIS)にシューベルトの歌曲集を1枚録音(1983年6月23-24日, Baumgartner Casino, Wien録音)したものが海外で発売されたぐらいでした。
ライヴ録音は多数残されたようですから、そうしたお宝音源が発掘されるといいのですが、今回、動画サイトでkadoguy様がチューリヒでのライヴ音源をシェアしておられたので、ご紹介します。

まずは、ジェイムズ・マクファーソン(James McPherson)による『オシアン(Ossian)』のドイツ語訳に因んだシューベルトの2曲を美声ソプラノ歌手のアーリーン・オージェ(Arleen Augér)を迎えて歌った録音です。シルリック役をアライサ、ヴィンヴェラ役をオージェが歌っています。いずれも10分ほどの大作で、「シルリックとヴィンヴェラ」D293では戦争に向かう恋人のシルリックと、彼を丘で待つヴィンヴェラのそれぞれの心情が歌われ、「クロナン」D282ではシルリックが戦争から唯一人戻ると、悲しみのあまり亡くなってしまったヴィンヴェラが幽霊となってシルリックの前にあらわれるという内容です。ちなみにシューベルトの二重唱曲集をジャネット・ベイカー&ムーアと録音したF=ディースカウはこの2曲中「クロナン」のみを採りあげています。

●Arleen Auger & Francisco Araiza sing Schubert duets! (1982)

Arleen Auger(S: Vinvela), Francisco Araiza(T: Shilric), Irwin Gage(P)
Recording: 15 March 1982, Zürich Opera House
I. "Shilric und Vinvela"(シルリックとヴィンヴェラ), D 293 0:00
II. "Cronnan"(クロナン), D 282 10:57
kadoguy氏のオリジナルのサイトはこちら

このコンサートでアライサとゲイジはしばしばコンサートで採りあげていたシューベルトの「歌びと」と「わすれなぐさ」を演奏しています。後者はショーバーの詩による15分弱もある長大な作品で、去り際に口づけした春を求めてわすれなぐさが探しに行くという内容です。シューベルトらしい美しい旋律が散りばめられた作品です。

●Francisco Araiza sings Schubert lieder (Zurich, 1982)

Francisco Araiza(T), Irwin Gage(P)
Recording: 15 March 1982, Zürich Opera House
- Der Sänger(歌びと), D 149 0:00
- Vergissmeinnicht(わすれなぐさ), D 792 7:40
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「春の思い」といえば言わずと知れたシューベルトの名曲ですね。アライサの十八番だと思います。

●Francisco Araiza sings "Frühlingsglaube", D 686 (Zurich, 1982)

Francisco Araiza(T), Irwin Gage(P)
Recording: 15 March 1982, Zürich Opera House
- Frühlingsglaube(春の思い), D 686
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アライサは来日公演で数曲フォレの歌曲を歌ったことがありましたが、この音源で歌われている曲のいくつかは含まれていなかったと思います。「マンドリン」や「月の光」などの有名曲を含む5曲が聞けます。

●Francisco Araiza sings Faure mélodies (Zurich, 1982)

Francisco Araiza(T), Irwin Gage(P)
Recording: 15 March 1982, Zürich Opera House
- En sourdine(ひそやかに), op. 58, no. 2 0:00
- Mandoline(マンドリン), op. 58, no. 1 3:42
- Clair de lune(月の光), op. 46, no. 2 5:40
- Au cimetière(墓地で), op. 51, no. 2 8:18
- Spleen(憂鬱), op. 51, no. 3 12:58
- La Rose(ばら), op. 51, no. 4 15:33
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アライサがここで採りあげられたヴォルフの曲を歌っていたとは知りませんでした。珍しい音源で、アライサによって情熱的に歌われるヴォルフも魅力的でした。シューベルトと全く異なるヴォルフの「ガニュメデス」の官能的な響きと、ブラームスと全く異なるヴォルフの「エオリアンハープに寄せて」のこちらも官能的な響きの2曲を連続して演奏したところに演奏者のプログラミングの意図があったのかもしれないと想像します。ゲイジのピアノも雄弁で美しいです。

●Francisco Araiza sings Wolf lieder (Zurich, 1982)

Francisco Araiza(T), Irwin Gage(P)
Recording: 15 March 1982, Zürich Opera House
- Frühling übers Jahr(一年中 春) (1891) 0:00
- Ganymed(ガニュメデス) (1891) 2:19
- An eine Äolsharfe(エオリアンハープに寄せて) (1888) 6:56
- Er ist’s!(春だ) (1888) 12:55
- Zum neuen Jahr(新年に) (1888) 14:32
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