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レーヴェ「オーディンの海の騎行」(Carl Loewe: Odins Meeresritt, Op. 118)を聴く

Odins Meeresritt (oder Der Schmied auf Helgoland), Op. 118
 オーディンの海の騎行(あるいはヘルゴラントの鍛冶屋)

Meister Oluf, der Schmied auf Helgoland,
Verläßt den Amboß um Mitternacht.
Es heulet der Wind am Meeresstrand,
Da pocht es an seiner Türe mit Macht:
 オールフ親方はヘルゴラントの鍛冶屋で
 真夜中に金敷(かなしき)を離れる。
 岸辺では風が咆哮している。
 その時、勢いよくドアをたたく音がする。

"Heraus, heraus, beschlag' mir mein Roß,
Ich muß noch weit, und der Tag ist nah!"
Meister Oluf öffnet der Türe Schloß,
Und ein stattlicher Reiter steht vor ihm da.
 「出て来い、出て来い、わしの馬に蹄鉄を打ってくれ。
 わしはまだ遠くまで行けねばならぬ。夜明けも近い!」
 オールフ親方が扉の錠を開けると
 一人の堂々たる騎士が目の前に立っている。

Schwarz ist sein Panzer, sein Helm und Schild;
An der Hüfte hängt ihm ein breites Schwert.
Sein Rappe schüttelt die Mähne gar wild
Und stampft mit Ungeduld die Erd'!
 鎧、兜、盾は黒く、
 腰には幅の広い剣を差している。
 彼の黒馬は荒々しくたてがみを振り
 苛立って地面をけっている!

"Woher so spät? Wohin so schnell?"
"In Norderney kehrt' ich gestern ein.
Mein Pferd ist rasch, die Nacht is hell,
Vor der Sonne muß ich in Norwegen sein!"
 「こんな遅くにどちらから?そんなに速くどちらへ?」
 「わしはノルダーナイ島に昨日立ち寄った。
 わしの馬は足が速く、夜は光が照らしてくれる。
 日が出る前にノルウェーに行かねばならぬ!」

"Hättet Ihr Flügel, so glaubt' ich's gern!"
"Mein Rappe, der läuft wohl mit dem Wind.
Doch bleichet schon da und dort ein Stern,
Drum her mit dem Eisen und mach' geschwind!"
 「翼があるというのでしたら、喜んで信じるのですが!」
 「わしの馬は風に乗って駆けるのだ。
 だがもうあちこちで星の光が薄くなっている、
 だから鉄を持ってきて早く打ってくれ!」

Meister Oluf nimmt das Eisen zur Hand,
Es ist zu klein, da dehnt es sich aus.
Und wie es wächst um des Hufes Rand,
Da ergreifen den Meister Bang' und Graus.
 オールフ親方は鉄を手に取る、
 鉄はとても小さかったが、その時伸びたのだ。
 なんと蹄(ひづめ)のふちまで広がり、
 親方は不安と恐怖に襲われた。

Der Reiter sitzt auf, es klirrt sein Schwert:
"Nun, Meister Oluf, gute Nacht!
Wohl hast du beschlagen Odin's Pferd';
Ich eile hinüber zur blutigen Schlacht."
 この騎手は馬にまたがり、剣が音を立てる。
 「では、オールフ親方、おやすみ!
 あなたはオーディンの馬にうまく蹄鉄を打ってくれた。
 わしは血なまぐさい戦に急ぐとしよう。」

Der Rappe schießt fort über Land und Meer,
Um Odin's Haupt erglänzet ein Licht.
Zwölf Adler fliegen hinter ihm her;
Sie fliegen schnell, und erreichen ihn nicht.
 黒馬は陸へ海へと突進して行き、
 オーディンの頭のまわりは光り輝く。
 12羽の鷲がその後を飛ぶ。
 鷲は速く飛ぶが、オーディンに追いつかなかった。

*4連2行:Norderney: Ost-Friesische Insel(ノルダーナイ島:東フリースラントの島)

詩:Aloys Wilhelm Schreiber (1761-1841)
曲:Carl Loewe (1796-1869), "Odins Meeres-Ritt", subtitle: "Der Schmied auf Helgoland", op. 118 (1851)

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カール・レーヴェ(Carl Loewe: 1796-1869)のバラーデは史実や神話などが元になっているものが多い為、文化の全く異なる日本人にとってはとっつきにくい感がなくもないのですが、テキストは別として音楽だけ聞くと、描写表現がとても分かりやすく、メロディーラインも美しいので、次から次へと情景が変わる紙芝居に通じるようなわくわく感が感じられます。

往年の歌手(スレツァークやシュルスヌスなど)から現代の歌手にいたるまで歌い継がれているのは、ヨーロッパ圏の人たちにとっては馴染みのある内容であり、かつレーヴェの作品の親しみやすさも関係しているのではないかと思います。ただ、レーヴェの膨大な量の作品の中で何曲知っているかと問われるといささか心もとなくなります。コルト・ガルベンがcpoレーベルに歌曲全集を録音してくれたこともあり、テキストの難解さはとりあえず脇に置いて、少しずつ未知の作品に触れていくというのもいいかなと思ったりもしています。

そんな中、レーヴェのバラーデの王道であり、名歌手たちがこぞって歌い、録音してきた作品の1つが「オーディンの海の騎行(Odins Meeresritt, Op. 118)」で、「海を行くオーディン」という日本語タイトルでも親しまれています。北ゲルマン人の神話をもとにして書かれたテキストに作曲されたこの作品、とにかく良く出来ていて、格好いい曲なので、人気が高いのもうなずけます。

このテキストの登場人物は第三者の語り手を除くと2人で、鍛冶屋の親方オールフと、駿馬(8本脚のスレイプニル)にまたがる神オーディン(ヴァーグナーの『ニーベルングの指輪』に登場するヴォータンと同一人物)です。ヘルゴラントの鍛冶屋オールフは真夜中まで働き、ようやく仕事場を離れました。風が強く、海が荒れている中、オールフの家の扉を強く叩く者があり、出てみると全身黒ずくめの立派な騎士オーディンが立っていました。オーディンはノルダーナイ島から来て、夜明け前にはノルウェーに到着しなければならないので、馬の蹄鉄を打ってくれと頼みます。そんな速く移動できるわけないといぶかりながらも、オールフは小さな鉄を手にすると、蹄のふちまで鉄が伸びて恐怖におののきます。それでも無事鉄を打つと、オーディンが感謝の言葉を述べて、ノルウェーの戦へと去っていきます。十二羽の鷲が後を追うものの、速すぎてはぐれてしまったという内容です。

テキストの作者アロイス・ヴィルヘルム・シュライバー(Aloys Wilhelm Schreiber: 1761-1841)による原タイトルは「Meister Oluf(親方オールフ)」で、鍛冶屋に焦点を当てていますが、レーヴェのバラーデのタイトルは「オーディンの海の騎行」、つまりオーディンが主役で、「ヘルゴラントの鍛冶屋」、つまりオールフのことを副題として扱っています。

1851年、レーヴェ55歳の作曲で、Richard Wigmoreによると、1951年に娘アデーレ(Adele Loewe: 1827-1851)を亡くし、失意から立ち直る最中のノルウェーで作曲されたそうです。レーヴェがどのような描写をしているのか実際に楽譜を見てみましょう。

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前奏もなくいきなり歌のみで始まり、オールフの紹介が歌われる箇所は、行進曲のようなリズム進行で、最初の1行でホ短調の主音に戻るところなど、鉄を鍛える様を暗示しつつ、オールフが職人肌の律儀な人であるさまを印象づけます。次に海が荒れる箇所ではsfで左手に細かい音型が出てきます。その後、オーディンがドアを叩くところではスタッカート付きの二つの和音が表現しています。そしてクレッシェンドで盛り上がったすえに「出てこい(Heraus!)」でffに到達します。その後、馬に蹄鉄を打ってくれと頼む箇所では、左手の細かい装飾音が馬のいななきをあらわしているかのようです。

「オールフが扉を開けると立派な騎士が立っていた」という第2連3-4行目は、1-2行目の音楽をほぼ同様に繰り返し、リタルダンドとフェルマータの付いた八分休符でいったん区切りを付けます。

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その後、moderato(中庸の速度で)で騎士の外見(鎧、兜、盾は黒く...)が、語るように落ち着いて表現されます。次に荒馬が落ち着きなく地面を蹴る様をfと強拍のsfの連続で示し、八分休符のフェルマータで再び場面転換をはかります。続いて、オールフが「こんな遅くにどちらから?」と聞く箇所のおずおずとしたさまをpとスタッカートで絶妙に描写します。その後も騎士の語るような旋律とオールフのおずおずとした言葉が対照的に描かれ、「わしの馬は風に乗って駆けるのだ」の箇所でピアノパートの細かい上行形が馬の疾風のような速さを描きます。

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オーディンに蹄鉄を早く鍛えるように急かされたオールフは、手に鉄をとるとそれはあまりにも小さかったが、「その時、伸びたのだ(da dehnt es sich aus)」という箇所をLentoで見事に表現していて、こういう物語の急展開を巧みに描く手腕はレーヴェの優れた点の一つだと思います。

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その後、馬の蹄の大きさまで鉄が伸びていく様をピアノパートが細かい音型で表現し、それを見て恐れおののくオールフのぶるぶる震えるさまをピアノパートのトレモロやトリルで描いています。

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最後の第7連・第8連で、オーディンは鍛冶屋のオールフに礼を言い、ノルウェーの戦場に向かうさまが語られますが、ここからは歌が1行歌うと、それに呼応してピアノソロが応じる形をとり、歌の内容をピアノの技巧的なパッセージが念押しするかのようです。歌とピアノソロが交互に応じあう曲というと、シューベルトの「愛の使い(Liebesbotschaft)」が思い出されますが、シューベルトは詩人と川の流れの対話を意図しているのに対して、シンガーソングライターのレーヴェは、歌とピアノそれぞれの名人芸をここで聴衆にアピールしようとしたのかもしれません。実際、この最後の2連は聞いていて徐々に高揚していく感じがたまらなく恰好よくて、最後へ向けて盛り上がる曲の代表格と言ってもよいかと思います。

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終盤の縦横無尽に駆け巡るピアノパートは、馬を駆るオーディンが鷲も追いつけないほどの猛スピードで戦場へ赴くさまがこれ以上ないぐらいドラマティックに表現されていて、ここはピアニストの腕の見せ所だと思います。レーヴェはピアノの腕前も優れていたそうなので、ここで聴衆に存分にアピールしたことでしょう。

C (4/4拍子) - 6/8拍子 - C - 6/8拍子
ホ短調(e-moll)
Andante maestoso - ...(テンポ表示が次々に変わる)

●トーマス・クヴァストホフ(BR), ノーマン・シェトラー(P)
Thomas Quasthoff(BR), Norman Shetler(P)

このCDを初めて聞いた時に驚嘆したのはピアノのシェトラー(先日惜しくも亡くなりました)。いつもはもっと落ち着いたクールな演奏をする印象があったシェトラーがこの曲では激しく雄弁に勢いよく前進していきます。走り出したら止まらない勢いです!今でもこの曲のピアノパートで一番のお気に入りです!若かりしクヴァストフのディクションの美しさも素晴らしいです。

●ヘルマン・プライ(BR), カール・エンゲル(P)
Hermann Prey(BR), Karl Engel(P)

1970年代Philipsのシリーズの一環として録音された音源ですが、クリーンとの「白鳥の歌」を彷彿とさせる情熱的なプライの歌唱です。語るところと突進するところのテンポのめりはりがはっきりしていて、特に後半の手に汗握る緊迫感のある歌はエンゲルの鋭利で輝かしい超絶技巧も相まって痺れます。

●ハンス・ホッター(BSBR), ジェラルド・ムーア(P)
Hans Hotter(BSBR), Gerald Moore(P)

ホッターの深々とした歌声はバラーデの語り部としても素晴らしいです。

●ヨーゼフ・グラインドル(BS), ヘルタ・クルスト(P)
Josef Greindl(BS), Hertha Klust(P)

グラインドルはバス歌手としては重くなく、ディクションも良かったです。クルストのピアノも良かったです。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), イェルク・デームス(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Jörg Demus(P)

ディースカウはいつもながら巧みな表現力で隅々まで描き尽くしていました。デームスもいい演奏でした。

●コンスタンティン・クリンメル(BR), ドリアナ・チャカロヴァ(P)
Konstantin Krimmel(BR), Doriana Tchakarova(P)

かなりゆっくり目のテンポ設定で、それぞれの箇所の表現を丁寧に表現している感じがしました。途中で笑い声を入れたのは新鮮でした。ライヴだとこういう試みもしやすいでしょうね。

●カール・リッダーブッシュ(BS), リヒャルト・トリムボルン(P)
Karl Ridderbusch(BS), Richard Trimborn(P)

深みのあるリッダーブッシュの声がオーディンの威厳を感じさせてくれました。

●ピアノパートのみ
Carl Loewe: Odins Meeresritt op. 118 - Sing Along Lied

Channel名:Raul Neuman (オリジナルのサイトはこちらのリンク先。音声が出ます)
ここではニ短調に移調して演奏しています。レーヴェがこの曲のピアノパートにいかにドラマティックな要素をふんだんに盛り込んだかが分かります。そしてこのピアニストの演奏の素晴らしいこと!Bravo!

他に動画サイトにはアップされていませんでしたが、Hyperion RecordsのFlorian Boesch(BR), Roger Vignoles(P)によるレーヴェ・アルバム中の演奏も素晴らしかったです。こちらのアルバム、他の曲も含めてベッシュの語り口が非の打ちどころのないほど素晴らしく、ヴィニョールズも細やかに描写していて、とてもいいアルバムでしたので、興味のある方は聞いてみてはいかがでしょうか。

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(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

Hyperion RecordsのRichard Wigmoreによる解説

Liederabend - SV22 | Odins Meeresritt

Alois Wilhelm Schreiber: Gedichte. Erster Theil (1817, Bauer, Wien) ("Meister Oluf"は21~22ページ)

Aloys Schreiber (Wikipedia:独語)

ノルダーナイ島(Wikipedia:日本語)

フリースラント(Wikipedia:日本語)

オーディン(Wikipedia:日本語)

スレイプニル(Wikipedia:日本語)

カール・レーヴェ(Wikipedia:日本語)

Carl Loewe (Wikipedia:独語)

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コメント

フランツさん、こんにちは。

オリンピック始まりましたね。
対ドイツの男子バレーを見ながら、ドイツリートの感想を書こうとしています。

この曲かっこいいですよね。凄みさえあるこの曲は、やはり低音歌手の聞かせどころでもあるように思います。
どの演奏も素晴らしかったです!
しかしやはり、プライさんに肩入れしてしまいます。
この時期の彼の声は甘さと男性的な力強さが入りまじった、滴るような美声なのですが、さらに、良質なゴムをグーと引き伸ばしたような粘りある強声もとても魅力的です。
バラードのように詩も曲の状況にあわせて歌い分け語り分けて行く歌曲において、この粘りある強声と、空間を埋め尽くす強声の使い分けが、また更に表現を豊かにしていて聞いて飽くことがありません。

この曲はピアノパートも聞きごたえがありますね!
まさに共演であり、丁々発止の競演だと思います。
カールエンゲルと共演したプライさんの演奏はどれも名盤ですよね(*^^*)

投稿: 真子 | 2024年7月27日 (土曜日) 17時00分

真子さん、こんばんは。
コメント有難うございます!

前回のオリンピックから随分早く感じたのですが、そういえば前回は1年遅れだったんでしたよね。とにかく無事に開催されるようになって良かったです。
トランプさんの襲撃などもありましたが、オリンピックも警備はかなりしっかりしているように信じたいと思います。

ドイツ相手のバレーを見ながらドイツリートを聞く真子さん、ユーモアのセンスも素晴らしいです(^^)

本当にこの曲かっこいいですよね!私もレーヴェのバラードで一番好きな曲です(まだ知らない曲も沢山ありますが、今のところ)。
たしか鮫島由美子さんだったと思いますが、プライの来日公演パンフレットに寄せた文章で、プライには日本でぜひレーヴェを歌ってほしいと書かれていた記憶があります。海外では結構レーヴェを歌っていたようですし、プライに合ったレパートリーだと思います。
「良質なゴムをグーと引き伸ばしたような粘りある強声」という表現、素晴らしいですね。さすが真子さんだと思いました。バラードは真子さんも書かれていますが、いろんな種類の声が1曲の中で求められることが多いように思うので、プライの変幻自在な色合いの変化で歌われると紙芝居を見るように引き込まれます。先日フィリップスのエンゲルとのCDを聞きましたが、エンゲルともども素晴らしかったです。カール・エンゲルはばりばりのテクニシャンで技術的な問題がないので、「オーディン」のような音数の多い華やかな作品もこの録音のような速いテンポで見事に弾ききってしまうのが凄いと思います。
今自分の中でレーヴェ・ブームが来ているので、いろいろ聞いてみようと思っています。
どうかくれぐれもご無理のないようにご自愛くださいね。

投稿: フランツ | 2024年7月27日 (土曜日) 19時19分

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