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ノーマン・シェトラー(Norman Shetler)を偲んで

ドイツ歌曲の好きな方ならば録音や実演で馴染みの方がいらっしゃると思いますが、ピアニストのノーマン・シェトラー(Norman Shetler: 1931.6.16-2024.6.25)が亡くなりました。93歳の誕生日を迎えて数日後のことで、ご家族に見守られながら安らかに旅立たれたとのことです。天寿を全うされたと言えると思いますが、やはり馴染みのある演奏家の訃報は寂しいですね。

OTS (ドイツ語)

MSN (ドイツ語)

Dreh Punkt Kultur (ドイツ語)

Mozarteum University (ドイツ語)

Facebook (ご遺族の報告)(英語)

ORF (三角の再生ボタンを押すと、ドイツ語の音声で訃報を伝えます)

私は、シェトラーの実演は幸い一度だけ聞くことが出来ました。ソプラノの中村智子さんとテノールのウーヴェ・ハイルマンご夫妻のリサイタルにシェトラーがピアニストとして出演した時で、場所は神楽坂の音楽の友ホールでした。
前半は中村さんの独唱でプフィッツナーの歌曲とドヴォジャークの歌曲集『ジプシーの歌』、後半はハイルマンの独唱でシューマンの歌曲集『詩人の恋』だったと記憶しています。アンコールではハイルマンさんが最近知ったと語った後に楽譜を見ながらシューベルトの二重唱曲「光と愛」を歌いました。
音楽の友ホールは音楽之友社の建物の中にある小ホールで、歌曲を聞くのにはうってつけのこじんまりとした空間です。シェトラーは我先にと自己主張するタイプではなく、歌と一体になることを目指した演奏だったように記憶しています。小さなホールの場合、音量のコントロールが大変ではないかと想像するのですが、そこはさすがベテランのシェトラーのこと、違和感のない響きを聞かせてくれたと記憶しています。

東京文化会館のアーカイブで検索すると、1979年5月に間隔を5日あけてソロ(小ホール)と、シュライアーの共演者(大ホール)として演奏していたようです。
 こちら

シェトラーは、アメリカのアイオワ州ダビューク(Debuque, Iowa)というところに生まれ、1955年にヴィーンに来て音楽学校を4年後に卒業しました。
その後、ヨーロッパを本拠地として演奏活動を行い、独奏者としての活動の他に、ペーター・シュライアー、アンネリーゼ・ローテンベルガー、テオ・アーダム、ズィークフリート・ローレンツなどの名歌手から、イェルク・デームス、ナタン・ミルシテイン、ハインリヒ・シフ、ギドン・クレーメルなどの楽器奏者まで、引く手あまたの共演者として世界中で活動しました。とりわけシュライアーの信頼は厚く、彼の自伝で唯一名前を挙げて賞賛していたピアニストがシェトラーでした(他のピアニストがちょっと可哀そうですが...)。
彼はイェルク・デームスとモーツァルト、ベートーヴェンの連弾作品などを録音したり、モーツァルトの複数のピアノのための協奏曲を演奏したりして結びつきが強かったようです。
日本にもしばしば来て、日本人歌手と共演したり、マスタークラスを開いたりしていたようです。もう少しアンテナをはって、1回だけでなくいろいろ聞きに行きたかったなと後悔しています。

録音ではそれこそいろいろと聞かせていただきました。特にシュライアーとのシューマン歌曲集とローレンツとの一連のドイツリート(特にシューベルト歌曲集)は忘れられません。それからもう一つ、彼のピアニズムに衝撃を受けた録音があるのですが、今書いている最中の歌曲聞き比べの記事の為にあえてここでは書かないでおきます(ちなみに共演者はクヴァストホフです)。シェトラーは確かな安定した音楽で共演者と隙なく一体になる演奏をしているところに魅力を感じます。歌とピアノが丁々発止と渡り合うという演奏とは対極にある、どこまでも音楽にまっすぐな姿勢で、変幻自在に共演者の個性に合わせつつ、しっとりとした自然な味わいを醸し出すシェトラーの演奏は、これからも録音の形で聞き継がれていくことと思います。

彼の訃報を知ったのは昨日(6/28)だったのですが、ここのところたまたまシェトラーの演奏を沢山聞いていたので不思議な気持ちです。2週間ぐらい前からズィークフリート・ローレンツ&シェトラーのシューベルトの録音に再度はまって立て続けに聞いたり、次にブログに投稿しようと思っている聞き比べの曲で、素晴らしいのでぜひ紹介したいと思っていた演奏について下書きしたりしていました。

シェトラーには、ピアニスト、教育者の他にもう一つの顔があって、人形使いというのでしょうか、音楽劇を人形を使ってエンターテイメントとして披露する(Musikalisches Puppencabarett)ということをしていたようです。人形に「糸を紡ぐグレートヒェン」や「シルヴィアに」などを歌わせていた(つまりシェトラーが歌っていた)ようです。ローテンベルガーとロッスィーニの猫の二重唱を歌った動画がありますが、ゲストも交えてこんな形でやったのでしょうか。

●Katzenduett
Norman Shetler and Anneliese Rothenberger performing Rossini's Katzenduett (Cat Duet)

Channel名:herrprofessor31 (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

2022年7月19日ヴィーンのシューベルト教会(Schubertkirche in Wien)で行われた演奏会がシェトラーの最後のリサイタルだったそうで、幸い動画サイトにアップされていました。

●Klavierabend - Norman Shetler 2022 Teil 01

Channel名:Rumen Dobrev (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
Norman Shetler - KLAVIERABEND
aus der Schubertkirche in Wien 1090
am 19.Juli 2022
Mozart - Sonate „F-Dur, KV332“
Franz Schubert - 3 Moments Musicaux aus D780
Ludwig van Beethoven - Allegro con brio aus der Sonate No. 3 in C Major, Op. 2 No. 3 mit Thomas Toppler (Percussion)

●Klavierabend - Norman Shetler 2022 Teil 02

Channel名:Rumen Dobrev (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
Norman Shetler - KLAVIERABEND
aus der Schubertkirche in Wien 1090
am 19.Juli 2022
Schumann - "Kinderszenen op. 15"
Debussy “Children's Corner”

シェトラーは初期にソロのLPを録音しており、その中にシマノフスキーのピアノソナタ第3番があります。動画サイトで検索するとそのLPの演奏も今のところ聞けますが、同じ曲のライヴ音源もあがっていたので、そちらを掲載させていただこうと思います。

●Karol Szymanowski Sonata No. 3 op. 36

Channel名:1musikpensionaer (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)
WNCN, live performance at the Metropolitan Museum, Grace Rainey Rogers Auditorium, 1962

もう1つクヴァストホフが巧みにピアノを弾きながらジャズを歌う中、シェトラーがくつろいでダンスを踊るという貴重な動画がありましたので、こちらもぜひ!

●Thomas Quasthoff getting the Blues - Piano 4 Hands

Channel名:Matthias Eichele (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

最後にノーマン・シェトラーの共演者リストを掲載して、彼のご冥福をお祈りすると共にご遺族の方々にお悔やみ申し上げます。リンク先はコンサートで共演した記録、LP・CDで共演した情報、YouTubeにあがっている動画などです。YouTubeの場合はそれと分かるように記載していますので、音にご注意下さい。

●Soprano
Elly Ameling
Judith Blegen
Violet Chang (張縵) (YouTube: Violet Chang Recital リンク先は音が出ますので注意!)
Gudrun Elpert-Resch (YouTube: Schubert: Die Götter Griechenlands D 677 リンク先は音が出ますので注意!)
Junko Fukunaga
Dorothee Fürstenberg
Angela Gheorghiu (リンク先のSuchbegriff(e)欄に検索ワード(例えば、Norman Shetler)を入れて下さい)
Ingeborg Hallstein
Klesie Kelly (リンク先のSuchbegriff(e)欄に検索ワード(例えば、Norman Shetler)を入れて下さい)
Edith Mathis
Tomoko Nakamura (中村智子) (YouTube: Uwe Heilmann tenor Tomoko Nakamura soprano in Kioihall 1998 リンク先は音が出ますので注意!)
Margaret Price
Anneliese Rothenberger
Mitsuko Shirai (白井光子)

●Mezzosoprano
Brigitte Fassbaender
Axelle Gall
Marjana Lipovšek
Monika Piper-Albach
Eva Maria Santana (YouTube: Brahms- Zigeunerlieder リンク先は音が出ますので注意!)
Jutta Seifert
Eugenia Zareska

●Contralto
Taiko Okano (岡野泰子):CD (Schubert, Schumann & Brahms Lieder)

●Tenor
Eberhard Büchner
Niklas Engquist (YouTube: Schumann: Das ist ein Flöten und Geigen リンク先は音が出ますので注意!)
Uwe Heilmann (YouTube: Uwe Heilmann tenor Tomoko Nakamura soprano in Kioihall 1998 リンク先は音が出ますので注意!)
Josef Protschka
Peter Schreier

●Baritone
Christian Boesch
Paul Armin Edelmann (リンク先のSuchbegriff(e)欄に検索ワード(例えば、Norman Shetler)を入れて下さい)
Dietrich Fischer-Dieskau
Wolfgang Holzmair
Josef Loibl
Siegfried Lorenz
Tapio Nurkkala (YouTube: Schubert's 'Forelle' リンク先は音が出ますので注意!)
Hermann Prey
Thomas Quasthoff
Andreas Schmidt
Kazuo Tanaka (田中和男) (YouTube: Schubert: Die schone Mullerin (excerpts) リンク先は音が出ますので注意!)

●Bass-baritone
Theo Adam

●Bass
Peter Edelmann (リンク先のSuchbegriff(e)欄に検索ワード(例えば、Norman Shetler)を入れて下さい)
Matthias Hölle
Peter Lagger

●Boy soprano
Max Emanuel Cencic

●Piano
Jörg Demus
Helmut Deutsch
Markus Hinterhäuser
Rosario Marciano (リンク先のSuchbegriff(e)欄に検索ワード(例えば、Norman Shetler)を入れて下さい)
Robert Pobitschka (YouTube: Schubert f Moll Fantasie リンク先は音が出ますので注意!)
Stefan Soltesz

●Clarinet
Johann Hindler

●Violin
Emil Dekov
Robert Gerle
Thomas Goldschmidt (YouTube: Mozart: Violin Sonata No. 19 in E flat major, K. 302: I. Allegro リンク先は音が出ますので注意!)
Gidon Kremer
Luz Leskowitz
Nathan Milstein
Karen Murray

●Viola
Martin Lemberg

●Violoncello
Julius Berger
Jan Hališka (YouTube: Mozart: Andantino for cello and piano KV 374g リンク先は音が出ますので注意!)
Gerhard Iberer (リンク先のSuchbegriff(e)欄に検索ワード(例えば、Norman Shetler)を入れて下さい)
Leonard Rose (リンク先のSuchbegriff(e)欄に検索ワード(例えば、Norman Shetler)を入れて下さい)
Martin Rummel
Heinrich Schiff

●Contrabass
Franz Bauer
Ludwig Streicher

●Percussion
Thomas Toppler (YouTube: 29:00- Beethoven - Allegro con brio aus der Sonate No. 3 in C Major, Op. 2 No. 3 リンク先は音が出ますので注意!)

●Chorus
St. Florianer Sängerknaben (Franz Farnberger: chorus master)

●Ensemble
The Juilliard String Quartet
Paracelsusquartett
Trio Stradivarius
Wiener Bläserensemble

●Orchestra
Niederösterreichisches Tonkünstlerorchester
Wiener Bachsolisten
Wiener Symphoniker

●Conductors
Josef Krips
Gert Meditz
Carl Melles
Karl Österreicher
Ernst Wedam

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(参考:ノーマン・シェトラーのコンサートアーカイブ等)

Musikverein in Wien

Salzburger Festspiele

Schubertiade Schwarzenberg, Hohenems

Wiener Konzerthaus
(検索結果のURLが表示されない為、上記のURLにアクセスしたらSuchbegriff(e)欄に検索ワード(例えば、Norman Shetler)を入れて下さい)

Norman Shetler (Wikipedia:英語)

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ブラームス「夕闇が上方から垂れ込め(Dämmrung senkte sich von oben, Op. 59, No. 1)」を聴く

Dämmrung senkte sich von oben, Op. 59, No. 1
 夕闇が上方から垂れ込め

Dämmrung senkte sich von oben,
Schon ist alle Nähe fern;
Doch zuerst emporgehoben
Holden Lichts der Abendstern!
Alles schwankt in's Ungewisse,
Nebel schleichen in die Höh';
Schwarzvertiefte Finsternisse
Widerspiegelnd ruht der See.
 夕闇が上方から垂れ込め
 近くにあったあらゆるものがすでに遠い。
 だが最初に空に上がるのは
 夕星の優しい光!
 すべてが定かならぬ中にゆらめき
 霧は丘へとそっとのぼる、
 濃い暗闇を映して
 湖は静止している。

[Nun]1 [am]2 östlichen Bereiche
Ahn' ich Mondenglanz und Gluth,
Schlanker Weiden Haargezweige
Scherzen auf der nächsten Fluth.
Durch bewegter Schatten Spiele
Zittert Luna's Zauberschein,
Und durch's Auge [schleicht]3 die Kühle
Sänftigend in's Herz hinein.
 今や東方に
 月の赤い輝きをほのかに感じる。
 ほっそりとした柳の、毛のごとき細枝は
 近くの大河の上でじゃれている。
 動く影の戯れによって
 月の魅惑的な明かりが震え、
 目を通って冷気が
 慰撫しながら心に忍び込む。

1 Diepenbrock: "Dort,"
2 some recent editions of Goethe's work have "im"
3 Grimm: "zieht"

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832), no title, appears in Chinesisch-deutsche Jahres- und Tageszeiten, no. 8

曲:Johannes Brahms (1833-1897), "Dämmrung senkte sich von oben", op. 59 (Acht Lieder und Gesänge) no. 1 (1871), published 1880 [ low voice and piano ], Leipzig, Rieter-Biedermann

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ゲーテは1827年にヴァイマル近郊の別荘で1ヵ月近く過ごし、その際に「中国風ドイツ歴(Chinesisch-deutsche Jahres- und Tageszeiten)」という14編からなる連詩の多くを書きます。その8番目に置かれたのが、この「夕闇が上方から垂れ込め(Dämmrung senkte sich von oben)」です。

主人公は木々の茂る湖のほとりにいて、日が落ちるにつれ、これまではっきり見えていたものが徐々にぼんやりとし始めます。夜霧も立ち込め、湖に目をやると星の光がゆらゆらと揺れます。月が姿をあらわし、柳の枝が湖面に触れて戯れている間からその月の光が差し込み、夜の冷たい空気が主人公の目に心地よい慰めをもたらし、心にしみわたるという内容です。

1_20240615183401 

ブラームスは3/8拍子で作曲しました。ゲーテの詩が各行、強弱強弱...と規則的に繰り返していく為、ブラームスも詩のリズムに合わせて、基本的には強音節を4分音符、もしくは8分音符2つ分にあてて、弱音節を8分音符にしています。テキストの区切り(例えば第1節の第4行、第8行)の最後の3音節は音価を2倍にしてフレーズがいったん終わることを印象付けます。

ピアノ前奏は右手の8分音符2つ+8分休符と左手のバス音で、静かに夕闇が帳を下すさまを描いているかのようです。歌が始まってもしばらくはこの音型が続きますが、第3行で星の光が出てくるくだりで右手がシンコペーションのリズムになり、左手のリズムと交互に刻むことで静謐な中に動きが感じられます。

第1節の前半4行が終わるとピアノの右手が十六分音符の旋律的な音型を奏で、左手と交代しながら歌の対旋律のような響きとなります。ここは霧の中を手探りで歩いているようなイメージでしょうか。
その後、再び、右手と左手のリズムのずれる音型で第1節を締めます。

第2連への橋渡しとなる間奏は前奏の音楽が再び使われますが、間奏の締めくくりで短2度(ト(g)と変イ(as))の不協和な響きがあらわれ、聞き手を驚かせます。

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第1節では歌声部は不安定な逡巡を感じさせる進行が多かったのですが、第2節の最初の2行、月が出るくだりでは上行していきます。
その後再び第1節のような逡巡するような上下の動きに戻りますが、5行目で調号がこれまでのフラット2つからシャープ1つになり、ト長調の響きに代わります。ここから最後まで、夜の冷気が主人公を癒すというテキストを反映するかのように穏やかさを保ったまま曲を締めくくります。

最後の"Herz hinein"は2種類の旋律があり、1回目の"Herz hinein"の進行から考慮すると、低く下がっていく方の旋律がブラームスの本来の意図に近いのかもしれません。低いト音(g)は高声歌手にはきついというブラームスの思いやりでおそらく上行して1オクターブ上のト音に向かうヴァリアントが追加されたものと想像されます。ただ、個人的な意見ですが、ここは上行していく旋律の方が聞いていて魅力的に感じられました。シューマンの楽譜などではヴァリアントは小さい音符で書かれていたりしますが、このブラームスの旧全集では音符の大きさの違いがなく、ブラームスはどちらでもいいよと言っているのかもしれません。

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3/8拍子
ト短調(g-moll)
Langsam(ゆっくりと)

●詩の朗読(ユルゲン・ゴスラー)
JOHANN WOLFGANG VON GOETHE - DÄMMRUNG SENKTE SICH VON OBEN (Rezitation: Jürgen Goslar)

速めの朗読で若干追いにくいかもしれませんが、朗読者の息遣いや表現を味わうのも興味深いと思います。

●エリー・アーメリング(S), ルドルフ・ヤンセン(P)
Elly Ameling(S), Rudolf Jansen(P)

私はこの曲をアーメリング&ヤンセンの津田ホールでのリサイタルで初めて聞き、その後Hyperionに録音されたCDで繰り返し聞いて、渋さの中の魅力を教えてもらった思い出の演奏です。どの言葉も音もなおざりにすることない細やかなアーメリングの歌唱とヤンセンのどこまでも彼女の意図とぴったり一致したピアノに感銘を受けます。

●マルリス・ペーターゼン(S), シュテファン・マティアス・ラーデマン(P)
Marlis Petersen(S), Stephan Matthias Lademann(P)

ペーターゼンのアンニュイな響きが魅力的です。ラーデマンのピアノも歌と一体になって情景を描いていました。

●ロベルト・ホル(BSBR), ルドルフ・ヤンセン(P)
Robert Holl(BSBR), Rudolf Jansen(P)

ホッターの弟子でもあったホルは深々とした響きで、黄昏時の雰囲気を見事に表現していました。

●スィルヴィア・シュリューター(CA), ルドルフ・ヤンセン(P)
Sylvia Schlüter(CA), Rudolf Jansen(P)

シュリューターのコントラルトの響きが日の沈む時間帯の様子を落ち着いて表現していました。上記のアーメリングとホルの音源でもピアノを弾いているルドルフ・ヤンセンの、それぞれのオランダ人歌手に応じた優れた表現を聞き比べてみるのも一興かと思います。

●ハンス・ホッター(BSBR), ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
Hans Hotter(BSBR), Michael Raucheisen(P)

30代のホッターはすでに深みもありますが、声の艶が美しいですね。

●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR), ダニエル・バレンボイム(P)
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Daniel Barenboim(P)

渋みを増した時期のF=ディースカウの歌唱と、バレンボイムの二重奏のようによく歌うアンサンブルは、この作品の魅力を見事に引き出していたと思います。

●ファニー・ヘンゼル・メンデルスゾーン作曲による「夕闇が上方から垂れ込め」
[Fanny Mendelssohn-Hensel]: Dammrung senkte sich von oben (Dusk Sinks from Above)
Christina Hogman(S), Roland Pöntinen(P)

メンデルスゾーンの姉ファニーは優れた歌曲を書いています。この作品も静謐な響きが美しいです。

●オットマー・シェック作曲による「夕闇が上方から垂れ込め」
Schoeck: 8 Lieder nach Gedichten von Goethe, Op. 19a - No. 2, Dämmrung senkte sich von oben
Dietrich Fischer-Dieskau(BR), Margrit Weber(P)

スイスの作曲家シェックによる作品です。ピアノの細かい音型は星や月がちらちら輝いているさまをあらわしているのでしょうか。

------

(参考)

The LiederNet Archive

IMSLP (楽譜)

ゲーテ全集 2 詩集 新装普及版(1980年初版、2003年新装普及版発行 潮出版社)松本道介他9名訳(※「Dämmrung senkte sich von oben(夕やみがおりてきた)」の訳は内藤道雄)

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フィッシャー=ディースカウ&アーウィン・ゲイジのヘルシンキ・フェスティヴァル・ライヴ(1972年)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)は150人以上のピアニストと組んだとかつて述懐していましたが、その中でスタジオ録音では共演していないピアニストも沢山います。その一人がアーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)です。ゲイジの追悼放送でフィッシャー=ディースカウとのシューベルト「魔王」のライヴ音源が流れたことがありましたが、今回アンナ・アマーリア、ブゾーニ、レーガー、ライヒャルト、R.シュトラウス、ツェルターのゲーテ歌曲のヘルシンキ・ライヴ音源がアップされているサイトを見つけました。プログラミングはORFEOレーベルのカール・エンゲルとのライヴCDと同じと思われます。

こちら(mp)

1972, Helsinki Festival

Dietrich Fischer-Dieskau, baritone
Irwin Gage, piano

Anna Amalia von Sachsen-Weimar: Auf dem Land und in der Stadt

Johann Friedrich Reichardt: Beherzigung "Feiger Gedanken"

Carl Friedrich Zelter: Gleich und gleich

Richard Strauss: Gefunden, Op. 56,1

Max Reger: Einsamkeit, Op. 75,18

Ferruccio Busoni: Zigeunerlied

ディースカウとゲイジはお互いにあまり良好な関係ではなかったようで、1972年の4都市のツアー以降は再び共演することはなかったようです(こちらの記事参照)。ただ、貴重な記録であることは間違いなく、ファンにとってはお宝音源ですので、じっくり楽しみたいと思います。このサイト、何人かの音楽家のライヴ音源が他にも聞けるようで、ディースカウについては、ムーアとの1962年ロンドンでのブゾーニ歌曲や、コダーイ作品の作曲家自身の指揮との1960年共演録音もアップされていました。これから徐々に増えていくことを期待したいと思います。

(参考CD)カール・エンゲルとのゲーテ歌曲集(ORFEO)

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エリーの要点「なぜ歌の特徴にほとんど言及しないのか」(Elly's Essentials; “Why so few particular features”)

●Elly's Essentials; “Why so few particular features”

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です。音声が出ます。)

なぜ私がいつも歌の特徴にあまり言及しないのだろうと不思議に思った方もいるでしょう。

残念ながらどんな歌曲でも20分以上費やすのは困難です。

でももっと重要なことは、私のこの短いビデオから触発されて、学生、教師や他のすべての視聴者がより多くの特徴を自ら探して見つけることを望んでいるのです。

芸術歌曲と詩は無限の広さをもっていると同時にとても細やかなものです。

ヨハネス・ブラームスの歌曲「Wie Melodien zieht es mir leise durch den Sinn(メロディーのようにそれはわが心にそっと触れます)」

Brahms: Wie Melodien zieht es, Op. 105/1
 ブラームス:メロディーのように 作品105/1

Wie Melodien zieht es
Mir leise durch den Sinn,
Wie Frühlingsblumen blüht es,
Und schwebt wie Duft dahin.
 メロディーのようにそれは
 私の感覚をそっと通り抜けます、
 春の花々のようにそれは花咲き
 香りのように漂うのです。

Doch kommt das Wort und faßt es
Und führt es vor das Aug',
Wie Nebelgrau erblaßt es
Und schwindet wie ein Hauch.
 しかし言葉が来て、それをつかみ、 
 目の前にもってくるやいなや、
 かすんだ霧のようにそれは青ざめ
 吐息のように消えてしまうのです。

Und dennoch ruht im Reime
Verborgen wohl ein Duft,
Den mild aus stillem Keime
Ein feuchtes Auge ruft.
 それでも韻律の中に
 ひそかに香りは残り、
 それを静かな芽から穏やかに
 濡れた瞳が呼び起こすのです。

詩:クラウス・グロート(Klaus Groth: 1819-1899)

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エリー・アーメリング(Elly Ameling)の「Musings on Music」シリーズ:ラヴェル-歌曲集『シェエラザード(Shéhérazade)』~2.「魅惑の笛(La flûte enchantée)」

●Musings on Music by Elly Ameling - Ravel, Shéhérazade - La Flute Enchantee

Channel名:Elly Ameling (オリジナルのサイトはこちらのリンク先です)

アーメリングによる説明
メロディー(mélodie)はフランスの作曲家による歌曲、もしくはフランス語のテキストによる歌曲を指します。
これまでの動画ではリート(Lied)、つまりドイツ歌曲を扱いました。
今回、この「Musings on Music」シリーズではじめてフランス歌曲を扱います。

私が選んだのはモリス・ラヴェルの歌曲集『シェエラザード』からの1曲です。シェエラザードは『千夜一夜物語』のヒロインかつナレーターです。もともと1000もの東洋のおとぎ話の歴史的コレクションでした。

20世紀初頭にトリスタン・クリングゾルがオリジナルの東洋の話をもとにした詩を出版しました。ラヴェルはクリングゾルの詩の中から3篇を選びました。
私は今回第2曲の「魅惑の笛 (La flûte enchantée)」を扱います。若い女性の使用人が歌う設定です。

1:55-4:49 「魅惑の笛」の音源が楽譜付きで流れる。演奏はオケ伴奏、楽譜はピアノ伴奏(アーメリング、サンフランシスコ交響楽団、エド・ドゥ・ヴァールト指揮)

詩と英訳の朗読

前奏はピアニッシモで、とてもゆっくり(Très lent)です。
弦は弱音器を付けてトレモロを刻む一方、フルート独奏が3小節続き、特に3小節目の9連符のフレーズは自由に流れているように聞こえなければなりません。

7:06- 前奏(演奏はオケ伴奏、楽譜もオケ伴奏)

この後歌が柔らかく(très doux)始まります。
なぜなら歌詞がこう言っているから「影は心地よく、わが主人は眠っている」

7:43- 前奏から歌の最初の3行まで(演奏はオケ伴奏、楽譜はピアノ伴奏)

ここで主人の鼻、帽子、ひげについて述べられます。
おそらく口髭(moustache)でしょう。

次に、ここで音符に示された通りに演奏しているか聞いてみましょう。また、いかにこのソプラノがそれぞれの小節で言葉を完璧に分けているか。

詩人のクリングゾルはこの詩をラヴェルに語って聞かせました。
彼が韻律(つまりリズム、アクセント、イントネーション)を把握できるように。
ディテールを理解して、ラヴェルはリズム、メロディー、ハーモニーを作り上げました。

10:12-10:48 前奏から(演奏はオケ伴奏、楽譜もオケ伴奏)(シュザンヌ・ダンコ(S)、スイス・ロマンド管弦楽団、エルネスト・アンセルメ(C))

この演奏は50数年前私が「シェエラザード」を勉強した時に触発された演奏でした。

少女が「私は起きていて、愛する人のフルートを聞いている」と言ったとき、フルートがいかに生き生きと演奏するかに注目して聞いてみてください。

11:26-12:12 歌の3行目から7行目まで(演奏はオケ伴奏、楽譜はピアノ伴奏)

そして興奮は突然止まり、音楽はゆっくりのテンポに戻ります。

少女はフルートを吹く男性と引き離されていることを悟っているようです。
彼女が窓のそばに近づき、フルートから聞こえた音はミステリアスなキスのようだと感じます。

12:45-13:59 8行目から最後まで(ダンコの歌唱)

後奏最後の3小節は前奏ですでに聞いたものです。

この詩と音楽の核心は愛の神秘だと思います。

今は自身の個性を演奏に反映しすぎてはならないのです。

神秘(Mystery)というものは私たち自身よりも大きいのではないでしょうか。

14:50- 全部の演奏(アーメリングの歌唱)(演奏はオケ伴奏、楽譜はピアノ伴奏)

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ルドルフ・ヤンセン「デュオピアニスト」(Rudolf Jansen ‘Duo pianist’)(オランダネットラジオ局concertzender)

オランダネットラジオ局concertzenderでは、歌曲の特集など1時間様々な音楽を流してくれます。以前にはアーメリングの特集なども放送されて、今でも聞くことが出来るようになっています。歌曲ファンにとっては貴重で良質なラジオ局だと思います。

そんな中、5月26日に放送されて、こちらのリンク先で聞けるようになっているのが、今年2月に84歳で亡くなったルドルフ・ヤンセン(Rudolf Jansen)の特集です。あまたの歌曲ピアニストの中でも、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカなどのピアニストは注目を浴びることも多くニュースにもなりやすいのでしょうが、オランダが生んだヤンセンについてはオランダ国外ではほとんど報道されず(日本の音楽メディアだけでなく、アメリカのメディアでさえ!)、寂しい思いをしていましたが、さすがお国のラジオ局は静かに特集を組んでくれて遠い国のファンの渇望を癒してくれました。
このラジオ局は期間限定ではなく、いつでも聞けるので、よろしければお時間のある時に聞いてみてください。アナウンスはオランダ語ですが、様々な歌手と共演したヤンセンの驚異的に幅広い対応力をもった演奏を楽しめると思います。ちなみに46分頃にはヤンセンのピアノ独奏も聞けます(バスバリトンのロベルト・ホルの作曲した間奏曲Ⅰ)。

1.ドビュッシー/それは物憂い恍惚(歌曲集『忘れられた小歌』より)(ルドルフ・ヤンセン(P), マルフレート・ホーニフ(S))

2.ディーペンブロック/旅への誘い(ルドルフ・ヤンセン(P), クリスタ・プファイラー(MS))

3.ブラームス/使いOp.47/1(ルドルフ・ヤンセン(P), エリー・アーメリング(S))

4.コズマ/枯葉;ブラームス/メロディーのようにOp.105/1;憩え、かわしい恋人よOp.33/9(歌曲集『美しいマゲローネからのロマンス』より);甲斐なきセレナーデOp.84/4;私たちは歩き回ったOp.96/2(ルドルフ・ヤンセン(P), エリー・アーメリング(S))

5.シューベルト/巡礼の歌D789(ルドルフ・ヤンセン(P), ロベルト・ホル(BSBR))

6.ロベルト・ホル/間奏曲Ⅰ(歌曲集『春の旅』より)(ピアノ独奏)(ルドルフ・ヤンセン(P))

7.プフィッツナー/別れOp.9/5(ルドルフ・ヤンセン(P), アンドレアス・シュミット(BR))

8.シューベルト/水の上で歌うD774(ルドルフ・ヤンセン(P), ハンス・ペーター・ブロホヴィツ(T))

9.グリーグ/海を見ればEG 121(ルドルフ・ヤンセン(P), クリスタ・プファイラー(MS))

10.シューマン/今あなたは私にはじめて苦痛を与えました(後奏のみ)(歌曲集『女の愛と生涯』より)(ルドルフ・ヤンセン(P)と思われる(サイトに記載なし))

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