ここ数年、いろいろな歌曲のリサイタル映像などでよく取り上げられる曲の中に、フランシス・ジャム(Francis Jammes: 1868-1938)のテキストにリリ・ブランジェ(Lili Boulanger: 1893-1918)が作曲した13曲からなる歌曲集『空の晴れ間(Clairières dans le ciel)』という作品が挙げられます(抜粋で演奏されることが多いようですが全曲でも演奏されます)。 ちなみに「clairière」というフランス語は森林の空き地を意味するようで、空にあてはめると「どんよりとした雲がそこのところだけ切れて抜けるような青空が広がっている」という藤井宏行氏の説も納得できますし(「詩と音楽」の藤井宏行氏の解説)、「神のうちに(En Dieu)」という詩の元のタイトルでもあることから「天の入り口が開く」という斉諧生氏の説も説得力があります(「斉諧生音盤志」中の「空のひらけたところ」訳詞)。 いずれにしても先が見通せない雲の中からすっぽりと開けたスペースのことを指しているようですね。それが神様のもとへ向かう空間なのか、雲の晴れ間なのかは読む人の解釈によるのでしょう。ブランジェは『空の晴れ間(Clairières dans le ciel)』という詩集の中の「悲しみ」という連詩から抜粋して作曲したそうで、恋する女性との思い出と別れた後の心情が描かれています。 藤井氏、斉諧生氏(手塚伸一氏の訳)それぞれのサイトに掲載された訳詞のリンクを貼っておきます。
00:00 1. Elle était descendue au bas de la prairie 02:11 2. Elle est gravement gaie 04:08 3. Parfois, je suis triste 07:57 4. Un poète disait 10:04 5. Au pied de mon lit 12:41 6. Si tout ceci n'est qu'un pauvre rêve 15:32 7. Nous nous aimerons tant 18:39 8. Vous m'avez regardé avec toute votre âme 20:13 9. Les lilas qui avaient fleuri 23:14 10. Deux Ancolies 25:05 11. Par ce que j'ai souffert 28:22 12. Je garde une médaille d'elle 30:31 13. Demain fera un an
1. Säuselnde Lüfte Wehend so mild, Blumiger Düfte Athmend erfüllt! Wie haucht Ihr mich wonnig begrüßend an! Wie habt Ihr dem pochenden Herzen gethan? Es möchte Euch folgen auf luftiger Bahn! Wohin? ざわめく風が 穏やかに吹き 花の香りが 放たれ いっぱいになる! きみは僕に喜んで挨拶をし、息を吐きかける! きみはこのどきどきする心に何をしたんだい? 風の道を通ってきみに付いて行きたい! でもどこへ?
2. Bächlein, so munter Rauschend zumal, [Wollen]1 hinunter Silbern in's Thal. Die schwebende Welle, dort eilt sie dahin! Tief spiegeln sich Fluren und Himmel darin. Was ziehst Du mich, sehnend verlangender Sinn, Hinab? 小川は、こんなに元気に いっせいに音を立てながら 谷へと 銀色に輝き下ろうとする。 漂う波、それはあちらへと急いで行きたいのだ! 野原や空が水底深くに映っている。 どうやってきみは僕を引っ張っていくのか、切望して、欲しがる気持ちよ、 向こうへ下りながら?
3. Grüßender Sonne Spielendes Gold, Hoffende Wonne Bringest Du hold. Wie labt mich Dein selig begrüßendes Bild! Es lächelt am tiefblauen Himmel so mild, Und hat mir das Auge mit Thränen gefüllt! - Warum? 挨拶する太陽が 金色にゆらめく、 望みをもつことの喜びを きみは優しくもたらしてくれる。 きみが幸せに満ちて迎えてくれる姿がどれほど僕を元気づけることか! 藍色の空はとても穏やかに微笑み、 僕の目は涙でいっぱいになった! でもどうして?
4. Grünend umkränzet Wälder und Höh'! Schimmernd erglänzet Blüthenschnee! So dränget sich Alles zum bräutlichen Licht; Es schwellen die Keime, die Knospe bricht; Sie haben gefunden was ihnen gebricht: Und Du? 周囲を緑に飾るのは 森や丘! きらきら輝くのは 雪のように舞う花々! あらゆるものが花嫁の放つ光へと突き進む、 芽はふくらみ、蕾は開き、 彼らに足りなかったものを見つけたのだ、 ではきみはどうなんだ?
5. Rastloses Sehnen! Wünschendes Herz, Immer nur Thränen, Klage und Schmerz? Auch ich bin mir schwellender Triebe bewußt! Wer stillet mir endlich die drängende Lust? Nur Du [befreist]2 den Lenz in der Brust, Nur Du! 絶え間ない憧れ! 欲する心、 常に涙、 嘆き、苦しみばかりなのか? 僕だって衝動が膨らんでくるのを自覚している! 僕の急き立てられた欲望をようやく鎮めてくれるのは誰なのか? きみだけが胸の中に春を解き放ってくれる、 きみだけなのだ!
1 Rellstab: "Wallen" 2 Rellstab: "befreiest"
詩:Ludwig Rellstab (1799-1860), "Frühlings-Sehnsucht" 曲:Franz Peter Schubert (1797-1828), "Frühlingssehnsucht", D 957 no. 3 (1828), published 1829 [voice and piano], from Schwanengesang, no. 3, Tobias Haslinger, VN 5370, Wien
この第3曲の詩を見ると春の到来と同時に、第4連にあるように「足りなかったもの(was ihnen gebricht)」つまり伴侶を見つけるということが主人公にとっての春であることが分かります。風や花や小川や太陽が主人公の心の中の衝動を引き起こそうとします。最終連で主人公は僕にも衝動が膨らんできて、それを鎮めてくれるのは「きみだけ(nur du)」なんだと気づきます。春が恋する気持ちを呼び覚ます、なんともロマンティックな詩ですね。
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